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【事件名】民族史記録映画の著作権帰属事件
【年月日】平成20年7月16日
 東京地裁 平成19年(ワ)第11418号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年5月26日)

判決
原告 甲
同訴訟代理人弁護士 猪瀬敏明
被告 乙
被告 株式会社日本映像民俗社
上記2名訴訟代理人弁護士 八杖友一
同 工藤洋治


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙映画目録記載の映画のプリント、ネガ原版及びその素材(残ネガ、音素材、サウンドテープ及びスチール写真を含む。)の一切を使用してはならない。
2 被告乙は、別紙映画目録記載の映画のプリント、ネガ原版及びその素材(残ネガ、音素材、サウンドテープ及びスチール写真を含む。)の一切を久高区(久高区長・西銘政秀)に交付せよ。
3 被告株式会社日本映像民俗社は、別紙映画目録記載の映画のプリント、ネガ原版などを使用して作成したDVD原版、DVD製品を廃棄処分せよ。

第2 事案の概要
 本件は、別紙映画目録記載の映画(以下「本件映画」という。)の製作に参加した原告が、本件映画の製作に参加した被告乙(以下「被告乙」という。)及び同人が代表取締役を務める被告株式会社日本映像民俗社(以下「被告映民社」という。)に対して、同人らの間でした合意に基づき、@本件映画のプリント、ネガ原版及びその素材(残ネガ、音素材、サウンドテープ及びスチール写真を含む。以下同じ。)の使用の差止め、A本件映画のプリント、ネガ原版及びその素材の一切を撮影の現場となった沖縄県の久高島(現在は同県南城市所在、以下同じ。)の地域住民の自治組織である久高区(所在地が沖縄県南城市知念字久高231番地2、区長・丙。以下、単に「久高区」という。)に交付すること、及びB本件映画のプリント、ネガ原版などを使用して作成したDVD原版及び製品を廃棄することを、それぞれ求めている事案である。
1 争いのない事実等(証拠により認定した事実については、当該証拠の証拠番号を末尾に摘示した。)
(1) 原告及び被告乙を含む撮影 スタッフは、久高島の年中行事や祭りを題材としたドキュメンタリー映画(本件映画)を製作することになり、同人らは、昭和53年1月ころから昭和54年1月ころまでの間に、その撮影をした。
(2) 上記撮影が終了した後、上記撮影スタッフは、撮影したフィルムを編集し、本件映画を完成させることになり、同作業に入るに当たって、まず、本件映画の著作権の帰属主体となるべき法人を設立することにした。このようなことから、同年2月26日、被告映民社が設立され、原告は同社の代表取締役に、被告乙は同社の取締役に、それぞれ就任した。
 ところが、原告と被告乙との間で紛争が生じ、本件映画の編集作業は中断した。その間、原告は、被告映民社の代表取締役及び取締役を退任し、被告乙が被告映民社の代表取締役に就任した(甲14、16)。
(3) 原告及び被告乙は、昭和57 年12月30日、本件映画を完成させることを目的として、本件映画の製作方法等についての覚書(以下「本件覚書」という。)を取り交わして合意(以下「本件覚書合意」という。)をした(甲1)。
 本件覚書に署名した者は、原告、被告乙及び丁(以下「丁」という。)のみであり、丁は、仲介者として署名した。本件覚書には、次のとおりの条項(以下「本件条項」という。)が記載されている。
 「本映画は、映画製作に携わった何人も、版権、著作権、所有権、利用権を主張しない。完成した映画のプリント、原版およびその素材は、後世沖縄久高島の研究に役立たせるために、久高島ないししかるべき公の機関に提供するものとする。それをどこにすべきかは、実行委員会が甲、乙を加えて協議し、趣旨にかなった最善の措置を決める。」
(4) 本件映画は、昭和59年7月ころ完成した。
(5) 被告映民社の開設したホームページには、本件映画のビデオ及びDVDの宣伝広告がされ、同ビデオ及びDVDの販売委託先として、株式会社ワイズ(以下「ワイズ」という。)が紹介されていた(甲12)。
2 争点
 本件の争点は、本件覚書合意に基づき、被告乙に対して、@本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の使用の差止めを請求すること、並びにA本件映画のプリント、ネガ原版及び素材を、久高区に交付するよう請求することができるか、また、被告映民社に対して、@本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の使用の差止めを請求すること、並びにA本件映画のDVD原版及びDVD製品の廃棄を請求することができるかである。
3 争点に対する当事者の主張
(原告)
(1) 本件覚書合意に至る経緯
ア 原告は、本件映画製作の企画、監督、製作をし、その撮影のため、昭和53年1月から昭和54年1月までの間、久高島にカメラマンを派遣したが、被告乙も本件映画製作に参加した。原告は、本件映画の撮影が終了した後の同年2月26日、本件映画を製作、公開し、本件映画の著作権を保有する主体として、被告映民社を設立し、その代表取締役に就任し、被告乙は、被告映民社の取締役に就任した。
イ ところが、被告乙は、被告映民社から原告を排斥することを企図し、原告から預かった被告映民社の代表者の実印を不正に使用して、原告を含めた本件映画製作に参加した者を代表取締役ないし取締役から退任させ、さらに、自らを代表取締役とする手続をした。原告は、この被告乙の違法行為に対して、抗議をし、被告乙と何度も話合いをした結果、本件映画の製作を被告映民社と切り離し、新たに本件映画の製作のための実行委員会を立ち上げ、同実行委員会に本件映画の仕上げを任せ、原告及び被告乙の両名は本件映画の仕上げから手を引くことにし、このような経緯で、原告と被告らは、本件覚書合意をした。
(2) 本件覚書合意の内容と被告らの違反行為
ア 本件条項は、「完成した映画プリント、原版およびその素材は、後世沖縄久高島の研究に役立たせるために、久高島ないししかるべき公の機関に提供するものとする。」と規定されているところ、同条項の「久高島」とは、権利能力のない社団としての「久高区」を意味する。
イ(ア) 被告らは、本件覚書合意をしたにもかかわらず、本件映画の原版、プリント等を使用して、本件映画のDVDを作成し、同DVDを被告映民社の製品として販売し、また、被告映民社の開設したホームページ上に、上記DVDの宣伝をしている。
(イ) 被告らは、本件映画のプリント、ネガ原版及びその素材を所持している。
(ウ) 被告映民社は、本件映画のDVD原版及びDVD製品を所持している。
 また、被告映民社は、本件映画のDVD原版及びDVD製品を所持していないと主張するが、被告らは、本件映画のDVDの販売をワイズに依頼しており、それにもかかわらず本件映画のDVD原版及びDVD製品を所持していないということはあり得ない。
ウ 被告らの上記各行為は、本件条項に違反する。
(ア) この点、被告映民社は、本件覚書合意の当事者となっていないから、本件覚書合意の法的効果は及ばない旨主張する。
 しかし、被告映民社も、本件覚書合意の当事者であり、仮に、被告映民社が本件覚書合意の当事者ではないとしても、被告映民社が上記の主張をすることは、法人格の濫用、信義則違反又は権利の濫用である。
(イ) また、被告らは、本件映画のプリント、ネガ原版等を被告映民社が管理することは、本件条項に反しない旨主張する。
 しかし、本件条項では、「久高島映画仕上げ実行委員会」(以下「本件映画実行委員会」という。)が原告及び被告乙と協議して、提供先を決める旨規定しており、本件映画実行委員会が原告と協議せずに、提供先を決めることはできないところ、本件映画のプリント、ネガ原版等を被告映民社に提供することについて、原告は、本件映画実行委員会から一切相談をされなかった。
 また、被告映民社は、公の機関ではない。
 したがって、被告らの上記主張は失当である。
(5) よって、原告は、本件覚書合意に基づき、被告乙に対して、@本件映画のプリント、ネガ原版及びその素材の使用の差止めと、A本件映画のプリント、ネガ原版及びその素材の一切を久高区に交付することを、被告映民社に対しては、@上記@の使用差止めと、A本件映画のプリント、ネガ原版などを使用して作成したDVD原版及びDVD製品を廃棄することをそれぞれ求める。
(被告ら)
(1) 本件覚書合意に至る経緯
ア 本件映画のための撮影が昭和53年から昭和54年にかけての1年間の間に行われたこと、原告及び被告乙が本件映画製作に参加したこと、同年2月26日、本件映画を製作、公開し、本件映画の著作権を保有する主体として、被告映民社が設立されたこと、同社の設立当初の代表取締役には原告が就任し、被告乙は同社の取締役に就任したことは、いずれも認める。
イ 原告は、被告映民社内で、種々の問題を起こしたため、他の関係者の信頼を失い、また、別会社を設立して、自ら被告映民社から離れていき、いわば、被告映民社と本件映画を自分から捨てていったのである。
 本件映画製作のための撮影の終了後、本件映画の製作が一向に進んでいなかったので、被告乙らは、原告が被告映民社から離れていった後の昭和57年6月、本件映画の完成に向けての話合いをし、本件映画の編集作業を開始することにした(なお、この会合には、原告は出席していない。)。
 その後、昭和57年の後半になり、原告が、自分が関与していないところで本件映画の製作が着々と進んでいることを知り、被告乙を本件映画の製作から引き離そうと画策し、映画業界の実力者である丁に仲介役を依頼して、被告乙に本件覚書合意についての打診をしてきた。被告乙としては、自分が本件覚書合意をしても、被告映民社や他のスタッフに迷惑はかからないものと判断し、映画業界の実力者である丁から頼まれたこともあって、本件覚書合意をすることに応じることにしたのである。
 以上の経緯で、本件覚書合意は、原告と被告乙との間でされたのである。
(2) 本件覚書合意の内容と被告らの違反行為について
ア 原告の主張(2)イ(ア)の事実(本件映画のDVDを作成し、同DVDを被告映民社の製品として販売し、また、被告映民社の開設したホームページ上に、上記DVDの宣伝をしたこと)及び同(ウ)の事実(本件映画のDVD原版、DVD製品を所持していること)は否認する。
 なお、被告映民社が、ワイズに対して、本件映画のVHSビデオテープの販売を委託していた事実はあるが、DVD原版及びDVD製品を作成又は所持したことはない。
イ 原告の主張(2)イ(イ)の事実(被告らが本件映画のネガ原版等を所持していること)について
 本件映画のネガ原版等は、被告映民社が所持、管理しており、被告乙は所持、管理していない。
ウ 原告の主張(2)ウ(被告らの行為は本件条項に違反するとの主張)について
 争う。
(ア) まず、本件覚書合意は、原告と被告乙との間でされたものであって、被告映民社は、その当事者ではないから、本件覚書合意を根拠に、被告映民社に対する権利は導き出されるはずがない。
 なお、本件覚書合意をした被告乙は被告映民社の代表取締役であるが、代表取締役個人と会社とは、あくまでも別の法主体であり、特段の事情のない限り、両者が同一視されるものではないところ、被告映民社は、被告乙のほか、A、B及びCをそれぞれ取締役とし、Dを監査役としている株式会社であり、上記取締役及び監査役のほか、合計7名の従業員が勤務しており、被告乙と被告映民社とを同一視すべき特段の事情がないことは明らかである。
(イ) また、本件映画の完成当時、本件映画実行委員会のメンバーは、本件映画のプリント、原版等を久高島等に引き渡すと、保存に適した状態で管理されることが期待できず、貴重な資料を後世に残すという関係者一同の願いが達せられないと判断して、本件映画のプリント、ネガ原版等の管理を被告映民社に移したのである。
 このように、本件映画実行委員会が本件映画のプリント、ネガ原版等の管理を被告映民社に移したのは、それが最善の措置であると判断したためであるから、本件条項に違反することはない。
(ウ) そもそも、契約に基づいて差止請求及びそれに付随する請求をすることはできないから、本件覚書合意に基づいて差止め及び廃棄処分を求める原告の主張は失当である。
(3) 以上より、原告の請求はいずれも理由がない。
第3 当裁判所の判断
1 本件紛争の経緯
 前記争いのない事実等、証拠(甲1、5、6、8、9、12、14、16、18、20、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
(1) 原告及び被告乙を含む撮影スタッフは、沖縄県の久高島の年中行事や12年に1度開催される「イザイホー」という祭り(以下「イザイホー」という。)等を題材としたドキュメンタリー映画(本件映画)を製作することになり、同人らは、昭和53年1月ころから昭和54年1月ころまでの間に、久高島の年中行事やイザイホー等の様子を撮影した。
(2) 上記撮影が終了した後、撮影スタッフは、撮影したフィルムを編集し、本件映画を完成させることになり、同作業に入るに当たって、まず、本件映画の著作権の帰属主体となるべき法人を設立することとなった。そのため、同年2月26日、被告映民社が設立され、原告は同社の代表取締役に、被告乙は同社の取締役に就任した。
 ところが、本件映画製作における中心的な存在であった原告及び被告乙の間で紛争が生じたため、本件映画の編集作業は中断した。その間、原告及び被告乙は、他の関係者も交えて、被告映民社の運営や本件映画の製作について、何度も話合いをし、その話合いの中で、被告映民社の運営については、原告が被告映民社の代表取締役を退任し、代わって被告乙が代表取締役に就任することが、本件映画の製作については、今後、被告映民社は、本件映画製作に関与せず、本件映画の製作のための組織を新たに立ち上げて、同組織が本件映画の製作をしていくことが、それぞれ基本的な合意内容として形成されていった。そして、両者の上記の話合いがされている時期に、被告映民社の商業登記簿において、昭和57年3月30日付けで、原告が被告映民社の代表取締役及び取締役を退任したこと(昭和54年11月30日付けの退任)、被告乙が被告映民社の代表取締役に就任したこと(昭和56年10月29日付けの就任)の登記がされた。
(3) このような状況の中、昭和 57年12月30日、丁が仲介人となり、原告及び被告乙の間で、本件覚書合意がされた。
 本件覚書には、原告、被告乙及び丁の署名、押印があり、それ以外の者の署名等はない。
 本件覚書には、前文として、「久高島の自主映画は、事情によって久しく作業を中断していたが、この件に関して、甲、乙の両名は、仲介者丁の立会いのもとに話し合いを行い、以下のような合意に達した」との記載があり、次のとおりの条項が記載されている。
ア 本映画のために撮影されたフィルムは、久高島の民俗資料として貴重なものである。被写体となった現実は、時代を反映して次々と消失してゆくことが予想されるだけに、われわれは過去のいきさつやお互いの思惑を超えて、この公的な意義と価値を有するフィルムを、後世の研究資料として役立つように完成させる社会的な責任がある。
イ 右の意図をすべての事情に優先させるため、甲、乙の両名は今後、本映画の仕上げ過程からはずれ、その作業を「久高島映画仕上げ実行委員会」(略称として以後単に実行委員会と記す)に委嘱する。
ウ 同実行委員会は、本覚書を承認した今までの映画参加者、協力者で構成し、作業上の役割分担をはじめ運営上の諸問題を自主的かつ民主的に決定する。ただし、同委員会が目的を達成するうえで必要とあれば、本覚書を承認するかぎりにおいて新たなメンバーを加えることは差支えない。
エ 実行委員会の正式発足が確認されたら、散在している原版、ラッシュ、サウンド、スチール等は、すみやかに同委員会に預けることとし、同委員会はそれらを責任をもって管理する。
オ 実行委員会は、それらの素材の客観的な事実関係と取材意図を正しく理解し、民俗資料として価値をもつ材料を可能なかぎり生かして、あくまでも久高島の行事・風習の正確な記録保存に役立つことを第一義とした映画を完成させる。
カ その目的のかぎりにおいて、実行委員会は甲、乙両名の知識と意見を汲みあげ、作業に反映させる必要があり、そのために両氏とそれぞれ最低4回のミーティングを行う。これは別々でも構わないが、第一回目は作業開始前、第二回目は粗編の段階(棒つなぎの段階)、第三回目は編集決定の段階、第四回目はダビング前とする。ただし実行委員会が必要と認めれば、随時その回数を増やすことができる。
キ 甲、乙両名は、本覚書の趣旨に沿う範囲で、仕上げ作業のチェックと助言を行うが、それ以上のことを実行委員会に押しつけることはしない。また実行委員会は両名の経験と知識を正しく反映させて事実の正確な再現と解説がなされるよう最善の努力をする義務があるが、仕上げ作業の最終的な判断と処置は実行委員会がこれを行う。
ク 本映画は、諸種のいきさつとその目的からして、フィルム上にはもちろん、いかなる資料にも一切スタッフ名を記載しない。また何人といえども、この映画を自己の作品経歴に加えたり、公言したりすることも許されない。本映画には関係者の全員が私利私欲を捨てて無名者としてかかわるべきであり、いわば“読み人知らず”の資料映画としてこれを後世に残すべきである。
ケ 本映画は、映画製作に携わった何人も、版権、著作権、所有権、利用権を主張しない。完成した映画プリント、原版およびその素材は、後世沖縄久高島の研究に役立たせるために、久高島ないししかるべき公の機関に提供するものとする。それをどこにすべきかは、実行委員会が甲、乙を加えて協議し、趣旨にかなった最善の措置を決める。(本件条項)
コ 以上の覚書に記載されていない問題が生じたときは、甲、乙両名が善意をもって協議し、その解決に当たるものとする。またこの覚書で両者に解釈の相違が生じたときは、仲介者丁が公正な立場で判断を加え、両名ともそれに従うものとする。
(4) 本件覚書合意がされたころ 、本件映画を完成させるための組織として本件映画実行委員会が設立され、同委員会は、被告映民社から、本件映画製作のために撮影された映像のテープ、フィルム等を受領した。
(5) 本件映画は、昭和59年7月ころ、第1部「年中行事」(2時間5分)、第2部「午年のマツリ」(2時間2分)から成る2編の映画として完成し、その後、被告映民社は、本件映画を各地で上映したが、そのパンフレット等に本件映画製作に参加した者の名前がその担当内容とともに表示されていたため、原告は、これを問題視し、本件映画実行委員会の世話人代表に、本件映画のパンフレット等からスタッフ名等を削除するよう約束させた。
 本件映画が完成した後、本件映画実行委員会は、本件映画のネガ原版やその素材のすべてを被告映民社に引き渡し、以後、それらは被告映民社が管理している。
 原告、被告乙及び本件映画実行委員会は、現在に至るまで、本件条項の合意事項を実行するために、本件映画のプリント、原版等の提供先について、協議をしたことはない。
(6) 被告映民社は、テレビ番組 や企業VP等の映像製作を業としており、ホームページを開設しているところ、本件訴えが提起された時点において、同ホームページでは、本件映画のビデオ及びDVDの宣伝広告がされ、同ビデオ及びDVDの販売委託先として、ワイズが紹介されていたが、同ホームページ上には本件映画のスタッフ名等の記載はない。
(7) 久高島には、島民による自治組織である久高区があるところ、久高区は、規約を有し、同規約には、構成員の資格に関する事項、最高議決機関としての総会の他各種の機関を置くこと、総会の開催時期及び開催手続に関する事項、総会で決議すべき事項、総会決議は議決権を有する出席者の過半数によること、久高区を代表する区長の他各種役員を置くこと、構成員が久高区に納めるべき費用に関する事項、各種決算書類の作成主体及び作成時期に関する事項等についての定めがある。
2 被告乙に対する請求の可否について
(1) 本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の使用の差止めを請求することの可否について
 原告は、本件覚書の本件条項を根拠に、被告乙に対し、本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の使用の差止めを請求している。
 しかしながら、本件条項のうち原告の上記請求部分を基礎付ける記載は、前記争いのない事実等及び前記1で認定したとおり、「本映画は、映画製作に携わった何人も、版権、著作権、所有権、利用権を主張しない。」というものであり、この記載に基づいて、被告乙が、本件映画のプリント、ネガ原版及び素材を使用しないという具体的な義務を負わされたものと解釈することは困難であり、他にこの解釈を首肯し得るに足る証拠もないから、原告の上記主張は失当といわざるを得ない。
 したがって、原告が、被告乙に対して、本件条項に基づき、本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の使用の差止めを請求することはできないというべきである。
(2) 本件映画のプリント、ネガ 原版及び素材を、久高島の地域住民の自治組織である久高区に交付するよう請求することの可否について
 原告は、本件条項を根拠に、本件映画のプリント、ネガ原版及び素材を、地域住民の自治組織である久高区に交付するよう請求している。
 しかしながら、本件条項のうち原告の上記請求部分を基礎付ける記載は、前記争いのない事実等及び前記1で認定したとおり、「完成した映画プリント、原版およびその素材は、後世沖縄久高島の研究に役立たせるために、久高島ないししかるべき公の機関に提供するものとする。それをどこにすべきかは、実行委員会が甲、乙を加えて協議し、趣旨にかなった最善の措置を決める。」というものであり、本件映画のプリント、ネガ原版等の提供先としては、久高島の自治組織である久高区又は適切な公的機関と例示するのみで、具体的な提供先を規定せず、具体的な提供先は、本件映画実行委員会、原告及び被告乙の協議によって決定するという内容であることが明らかである。そして、本件において、本件映画のプリント、ネガ原版等の提供先をいずれにするかについて、原告及び被告乙の間では争いがあり(弁論の全趣旨)、また、前記1で認定したとおり、上記の者の間でその協議も持たれていないのであるから、本件条項に規定された本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の提供先が久高区に特定されたものということはできない。
 したがって、被告乙が、本件条項により、本件映画のプリント、ネガ原版等を久高区に交付すべき義務を負っているということはできず、原告の上記の請求を認めることはできない。
(3) 以上のとおり、原告は、被告乙に対して、本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の使用の差止め、並びに本件映画のプリント、ネガ原版及び素材を久高島の地域住民の自治組織である久高区に交付することを請求することはできない。
3 被告映民社に対する請求の可否について
(1) 原告は、本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の使用の差止めと、本件映画のDVD原版及びDVD製品の廃棄を請求している。
 しかしながら、前記争いのない事実等及び前記1で認定したとおり、本件覚書には、契約当事者として、原告及び被告乙の署名、押印が存するのみであり、被告映民社の記名捺印はなく、他に被告映民社が本件覚書合意の当事者であったと認めるに足る証拠はないのであるから、被告映民社が本件覚書合意に基づき、何らかの債務を負担することはないというべきである。
(2) この点、原告は、仮に、被告映民社が本件覚書合意の当事者でないとしても、被告映民社が、そのことを理由として本件覚書合意に拘束されないと主張することは、法人格の濫用、信義則違反又は権利の濫用である旨主張するが、本件全証拠によるも、原告の上記主張を基礎付ける事実を認めるに足りず、原告の上記主張は理由がない。
(3) したがって、原告は、本件覚書合意に基づき、被告映民社に対して、本件映画のプリント、ネガ原版及び素材の使用の差止め、並びに本件映画のDVD原版及びDVD製品の廃棄を求めることはできない。
第4 結論
 以上より、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 佐野信
 裁判官 國分隆文


映画目録
 昭和53年から昭和54年の間に撮影したフィルムを利用して完成させた沖縄県南城市久高島の民俗に関する以下の自主映画
1 久高島 第一部 年中行事
2 久高島 第二部 午年のマツリ
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/