判例全文 line
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【事件名】性格心理テストの著作権譲渡事件B
【年月日】平成20年6月19日
 大阪地裁 平成18年(ワ)第3174号 著作権持分確認請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年3月10日)

判決
原告 X1
訴訟代理人弁護士 本橋光一郎
同 下田俊夫
被告 日本心理テスト研究所株式会社
被告 Y1
上記2名訴訟代理人弁護士 西村渡
同 辻本希世士
同訴訟復代理人弁護士 笠鳥智敬
同 松田さとみ
同補佐人弁理士 辻本一義
同 上野康成


主文
1 原告が、別紙著作物目録記載の著作物につき100分の9の著作権の共有持分を有することを確認する。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。

第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、別紙著作物目録記載の著作物(YG性格検査の別紙質問項目目録記載の計120問の質問項目全体。以下「本件質問項目」という。)の共同著作者から著作権の共有持分を相続により承継取得したと主張する原告が、共同著作者性を争う被告らとの間で、本件質問項目について100分の9の著作権の共有持分を有することの確認を求めた事案である。
1 前提事実(いずれも当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は、P1とその妻P2との間に生まれた子である。P1は昭和33年3月24日に死亡し、P2は平成18年8月2日に死亡した。
イ 被告日本心理テスト研究所株式会社(以下「被告会社」という。)は、心理テストのための印刷物・録音物及び映像物の企画・開発・製作並びに販売等を目的とする株式会社である。
ウ 被告Y1は、P3の子であり、被告会社の代表取締役である。
(2) YG性格検査(矢田部ギルフォード性格検査)
 YG性格検査(矢田部ギルフォード性格検査)とは、南カリフォルニア大学心理学教授であったJ.P.ギルフォード教授(以下「ギルフォード教授」という。)が考案した3つの人格目録を、日本の文化環境に合うように、P1、P4の指導のもとで、P3が標準化した、120の質問からなる質問紙法性格検査である。
 YG性格検査は、企業や官公庁などで採用試験や人事異動の参考資料として利用され、学校関係でも進路指導や生徒指導などに利用されている。
(3) YG性格検査用紙
 YG性格検査を施行する検査用紙(以下「YG性格検査用紙」という。)は、現在、竹井機器工業株式会社(以下「竹井機器」という。)及び被告会社からそれぞれ発行・販売されている(現在発行されているYG性格検査用紙(一般用)を以下「現行用紙」という。甲2〔乙5も同じ〕)。
(4) YG性格検査の研究
ア P1らの研究
 P1は、ギルフォード教授が開発した性格自己診断検査を日本向けにアレンジすることを発案し、P1を代表者とする京都大学文学部心理学教室において、ギルフォード教授が作製した英文の質問文(13特性〔尺度〕、計595項目)を日本語に翻訳し、また、日本の文化や風習に適した表現となるようにこれを改め、昭和29年ころまでに、YG予備検査(18特性、計240項目)、YG検査第一形式(16特性、計200項目。以下「YG第一形式」という。)、YG検査第二形式(13特性、計156項目。以下「YG第二形式」という。)を作製した。
イ P3の研究
 P3は、上記研究を引き継ぎ、それまでの研究で用いられていた因子分析の手法(GP分析)とは異なる因子分析法を用いて検討を加え、さらに5段階にわたる検討及び約6000名に対する資料収集等を行い、12特性、計120項目からなるYG性格検査の質問項目を作製した。
(5) YG性格検査用紙の開発
ア 昭和30年代用紙
 P3が作製した12特性、計120項目からなる質問項目をもとに、昭和30年代に検査用紙(乙3。以下「昭和30年代用紙」という。)が作成された。
イ 昭和40年代用紙
 昭和40年代に、昭和30年代用紙に改訂を加えた検査用紙(乙4。以下「昭和40年代用紙」という。)が作成された。
ウ 現行用紙
 現行用紙(甲2〔乙5も同じ。〕)は、昭和40年代用紙にさらに改訂を加えたものである。
 現行用紙には、別紙質問項目目録記載の計120問の質問項目全体(本件質問項目)が掲載されている。
(6) 現行用紙における「著者」の表示
 現行用紙は、三つ折り六面の用紙であるところ、「YG性格検査記入欄」とし所属団体、氏名、生年・月・日、性別、検査月日等の各欄がある面(三つ折りにした際の裏表紙に当たる。)の下部右側に、「YG性格検査用紙[不許複製]」の記載があり、その下に「著者」として、P3、P1、P4の氏名が表示されている。また、「YG性格検査(矢田部ギルフォード性格検査)一般用」の表題、「作者のことば」等の各欄がある面(三つ折りにした際の表紙に当たる。)にも「構成者」として上記3名の氏名が肩書付きで表示されている。
2 争点
 本件の争点は、P1が本件質問項目の共同著作者の1人であるか否か(P1が本件質問項目の作製について創作的な関与をしたか否か)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 原告の主張
(1) P1は、現行用紙に「著者」の1人として表示されており、本件質問項目の著作者と推定される(著作権法14条)。
 本件質問項目が掲載されている現行用紙の「YG性格検査記入欄」のある面には、「著者」としてP3、P1及びP4の氏名が表示されている(甲2、乙5)。ちなみに、「YG性格検査」「作者のことば」などのある面には、「構成者」として同じく上記3名の氏名が表示されている。
 この著者表示は、YG性格検査の重要な構成部分であり、かつ同検査を施行するための検査用紙の構成部分でもある本件質問項目について、上記3名が著作者であることを推定させるものである(著作権法14条)。
(2) P1は本件質問項目の共同著作者である。
ア 本件質問項目の編集著作物性
 編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護される(著作権法12条1項)。
 本件質問項目は、素材(個々の質問項目)の選択、配列によって創作性を有するものであり、編集著作物である。編集著作物性は、素材の選択又は配列のいずれかに創作性があれば肯定される(なお、本件質問項目は、素材の選択、配列の両方に創作性が存する。)が、P1は、本件質問項目の配列については直接具体的な関与をしていないので、素材(個々の質問項目)の選択の創作性のみが問題となる。
イ 質問項目の選択
 YG性格検査の質問項目は、YG予備検査、YG第一形式及びYG第二形式の各段階での質問項目(以下「旧質問項目」と総称する。)の分析、その後の標準化のための分析等を経て、昭和30年代用紙の段階において、本件質問項目と同じ数の質問項目(120項目)が作製された。
 各段階における質問項目の選択に関する概要は、以下のとおりである。
(ア) YG予備検査の質問項目
 P1らにより、ギルフォード教授が考案した3つの人格診断目録の計595項目について、@日本語として不適当な表現は適当な日本語に改変し、A社会的態度に依拠するところが多いと思われる項目は削除し、B感情的因子とは区別されるべき特性群において、感情的な特徴と混同されていると思われるような項目は除外し、C極めて特殊な行動傾向に属するとみなされる項目は削除するなどして(甲1・161頁参照)、18の項目群(特性)にあわせて計204項目を選択し、また他の検査を参考に36項目を加えて、計240項目の質問項目が選択された。
(イ) YG第一型式の質問項目
 P1らにより、YG予備検査による被験者の解答結果、項目分析をもとに、特性数を16に限定し(S特性とS−R特性とを合併、D特性とDC特性とを合併、T−R特性を除外)、各特性の項目数を25ずつとして、YG予備検査の240の質問項目の中から、計200項目(16特性×25項目=400項目となるはずであるが、異なる特性間に項目の重複を許したので、実数は200項目となった。)の質問項目が選択された。
(ウ) YG第二型式の質問項目
 YG第一型式とは異なり、項目の重複を避けるべきとの考えから、P1らにより、YG予備検査の240の質問項目の中から、13の特性(YG第一型式の16特性のうち、CR、Y及びY’を除外)ごとに内的整合性の高い質問項目を各12項目、計156項目の質問項目が選択された。
(エ) 昭和30年代用紙の質問項目
 YG第二型式(13特性12項目・計156項目)の質問項目について、P3及びP4により、GP分析とは異なる操作で尺度の内的整合性を検討するなどされ、各特性の12項目から不適当な項目を除いて10項目とし、12の特性(YG第二型式の13特性のうち、Mを除外。なお、M特性については、P1らの研究でも、心理学的意義に乏しいことが指摘されている。甲1・100頁)ごとに各10項目、計120項目の質問項目が選択された(乙1・74頁)。
 なお、昭和30年代用紙の96問及び120問は、YG第二型式の質問項目には存しないが、YG予備検査には同じ質問項目が存する(226問、224問)。
(オ) 昭和40年代用紙の質問項目
 P3により、昭和30年代用紙の質問項目と同じ計120項目の質問項目が選択された。
(カ) 現行用紙の質問項目
 P3により、計120項目の質問項目のうち、19問、31問、103問が除かれ、昭和30年代用紙(及び昭和40年代用紙)の質問項目と同じ質問項目が選択された。
 なお、19問及び31問は、YG第二型式の質問項目の139問、48問と同一であり、また、昭和30年代用紙の103問は、YG予備検査の質問項目の232問と同一である。
ウ 本件質問項目と、それ以前に作製された質問項目(旧質問項目)との対比
(ア) 昭和40年代用紙の質問項目中、本件質問項目と異なるのは、本件質問項目のうち19問、31問、103問の3問だけである。
(イ) 昭和30年代用紙の質問項目は、形式的な表現の違いを除き、昭和40年代用紙の質問項目と同じである。
(ウ) 本件質問項目120項目のうち119項目(103問を除く。)は、形式的な表現の違いを除き、YG第二型式の質問項目と同一である。
(エ) 本件質問項目120項目のうち108項目は、形式的な違いを除き、YG第一型式の質問項目と同一である。
(オ) 本件質問項目120項目の全部が、形式的な違いを除き、YG予備検査中の質問項目と同一である。
エ 質問項目の選択の創作性
 本件質問項目は、昭和40年代用紙の質問項目を一部改変して作製されたものである。昭和40年代用紙の質問項目は、昭和30年代用紙の質問項目と同じである。また、昭和30年代用紙の質問項目は、YG第二型式の質問項目に依拠して、これを改変したものである。
 P3は、昭和30年代用紙の質問項目の作製にあたって、前記のとおり、YG第二型式の13特性12項目の計156項目について、12項目から不適当な項目を除外して10項目とし、また、1つの特性(M特性)を除外し、12特性10項目の計120項目の質問項目を選択した。M特性は、前記のとおり、P1の研究においても心理学的意義に乏しいことが指摘されていたのであって、これを除外したこと自体は、P3の独自の創作性によるものとはいえない。また、各特性に関する質問項目12項目のうち2項目を除外して10項目としたことは、除外する2項目を選択したという点ではP3による独自の創作性が存するものの、YG第二型式での12項目のうち10項目を選択しているという点では、P1らによるYG第二型式における質問項目の選択の創作性をそのまま引き継いでいることにほかならない。
 本件質問項目は、質問項目全体が素材の選択によって創作性を有するものであるが、その選択に関する創作性は、P3によりYG第二型式の各特性の12項目のうち2項目が除外されたという点では、P3による独自の選択の創作性が存するものの、他の10項目はP1らによる研究の成果によって選択された質問項目(旧質問項目)をそのまま用いていることからすれば、最終的に選択された12特性10項目の計120項目の質問項目(本件質問項目)は、全体としてみれば、P3のみならずP1らが共同して作製したものと評価でき、かつ、各人の寄与を分離して利用することはできないので、共同著作物に該当するものである。
(3) P1は旧質問項目の作製について創作的な関与をしている。
 以下の諸事実からすれば、P1が旧質問項目の作製について具体的な関与をしたことは優に認められる。
ア 「PSYCHOLOGIA」(甲9)の110〜11頁に「One of the authors, Yatabe translated all items of Guilford’ thirteen scales into Japanese, and selected 240 items ・・・By this item analysis, Yatabe constructed thirteen scales which were composed of 12 items each.」(日本語訳:3人の著者のひとりであるXが、ギルフォードの13の尺度の全ての項目を訳し240の項目を選択した、・・Xは、項目分析により、各尺度毎にそれぞれ12個の項目からなる13尺度を考案した。)と書き記されているが、この記述は、P1が質問項目の作製について創作的な関与をしていることを端的に示している。
イ 「矢田部・Guilford性格検査」(乙1)の72頁に、「矢田部・Guilford性格検査はXおよびP5がGuilfordらの次の三つのインヴェントリィを出発点とし、幾多の検討をへて作製したものである」と書き記されているが、この記述は、P1が質問項目の作製について創作的な関与をしていることを端的に示している。
ウ 「矢田部ギルフォード性格検査研究手引(1)」(甲11)の「はしがき」に、「本検査の最初の項目選定は、X教授とP5が行い、その後をひきついで、現主任教授P4教授およびP3が、最終的な項目選定を行い尺度化したものである。」と書き記されているが、この記述は、P1が質問項目の作製について創作的な関与をしていることを端的に示している。
エ P6証人は、テスト結果の計算を請け負った当時の学部生であるP8が、計算の誤りについて、P1から「この資料はY君に渡すもんなんだ…、そんな大事な資料を間違って、Y君に渡すと、これは大変なことになる」と言って叱られたことがあるとのエピソードについて証言しているが(P6尋問調書5〜6頁。なお、甲7・2頁)、このエピソードは、P1が、P3に渡すべき資料、すなわちYG性格検査の資料に自ら目を通して誤りがないかどうかチェックしていたことを示すものであり、この記述も、P1が質問項目の作製について創作的な関与をしていることを示している。
オ P3の手紙(甲10)の3枚目に、「先生のYGは」、「YGとは名のみで先生独自のものとも考えます」と書き記されているが、この記述は、P3自身、P1がYG性格検査の著作者、著作権者の一人であることを認めていることを示している。
カ P6証人は、P1の仕事ぶりについての問いに対し、「先生、自らやられます」と証言し(P6尋問調書6頁)、またP7証人も、P1について「自分は特に動かないで、助教授や助手などにやらせるだけで、自分は名前だけというような仕事をされていたか」との問いに対し、「そうは思いませんが」(P7尋問調書11頁)と証言しているが、これらの証言からすると、P1が、YG性格検査の研究について、下の者にやらせるだけで、自分は音頭を取っただけであるとか、研究体制を作っただけなどということは、およそありえない。
キ なお、被告らは、「性格自己診断検査の作製」(甲1)の中の第二部「特性別自己診断検査の作製」が、P5の単独名で公表されていること、同部分に「意訳しておく」と記述されていることをもって、P1の創作的関与がない旨主張するが、これは、論文の表面上の記述からの単なる抽象的な可能性をいうにすぎず、誤りである。P5が1人で全ての質問項目を意訳し、かつ質問項目の選択を行うことがおよそ考えられないこと、P1が意訳や質問項目の選択に関与していることは、P1及びP5をよく知るP6証人が証言するとおりである。
 仮に、P5が1人で意訳し質問項目を選択したことが事実であれば、P5もYG性格検査の著者の1人として検査用紙の著者として表示されてしかるべきであるが、そのような表示がないということは、逆にP5・1人では意訳等を行っていないことを証明するものである。
ク 小括
 以上の諸事実から明らかなとおり、P1は、旧質問項目の作製について創作的な関与をしている。
(4) 被告らの主張について
ア 被告らは、現行用紙に記載されている「著者」の表示は「YG性格検査用紙」の著作者の表示であって、「YG性格検査」の著作者の表示とはいえないと主張するが、これは被告ら独自の解釈であって、何ら「用紙」だけに限定される理由はない。
イ 被告らは、昭和30年代用紙と昭和40年代用紙とでは用紙の構成及び内容が異なり、本件質問項目の作製についてP1の関与は認められない旨主張するが、原告は用紙の著作権を問題にしているのではないから(原告が著作権の共有持分権の存在の確認を求めているのは、編集著作物であり共同著作物である本件質問項目(質問項目全体)である。)、上記主張は無意味な主張である。
ウ 被告らは、心理テストについては、素材の選択のみによっては創作性は認められず、素材の配列に至って初めて心理テストとしての創作性を獲得すると解すべきであると主張するが、編集著作物及び心理テストにおける素材の選択の意義・創作性を無視した、被告ら独自の見解にすぎない。
 編集著作物について、その素材の選択に創作性が存すれば著作物性が認められることは当然のことであり、それはたとえ心理テストであっても変わるものではない。被告らは、心理テストにおける配列の重要性を縷々主張するが、それは、素材の選択だけではなく素材の配列についても創作性が存すること(選択及び配列の両要素が併存するということ)をいうにすぎない。素材の選択によって獲得された編集著作物性が、その後に行われた素材の配列によって消失してしまうなどという解釈は成り立ち得ない。
エ 被告らは、「現行の質問項目を構成するための研究は、すべてP3の手でP1の研究のものとは異なる心理学見地からなされている」、「表現物としての著作物は別個のものである」などと主張する。
 性格検査の作製における心理学的思想の違いにより、具体的な表現(質問項目)が全く異なるものが作製されたならば、それは別個の著作物というべきであることについて異論はない。しかしながら、本件質問項目のほとんど全ては、P1らによる研究の成果によって選択された質問項目がそのまま用いられている。
 そもそもYG性格検査の作製は、P1のもとで着手・研究され、その後、最終的にP3の手で完成に至っている(前掲甲11「はしがき」参照)。「性格自己診断検査の作製」(甲1)において公表された研究結果をもとに、さらに研究され、実用化・標準化されることは、当然ながら予定されていたことである。P3は、P1によるYG性格検査の作製を引き継ぎ、最終的に完成させたのであって、従前の研究成果と全く別個のものを作製したのではない。だからこそ、P3は、最終的に完成させた性格検査について、「矢田部・Guilford性格検査」(乙1)、「矢田部ギルフォド性格検査」(乙3)といった名称を使用していたり、P1の意向を確認しながらYGに関する事柄を進めている(甲10)のである。
 よって、P1の研究によるものとP3の研究によるものとは、別個の著作物であるとの主張は理由がない。
2 被告らの主張
(1) 著作権法14条は適用されないこと
 原告は、YG性格検査用紙に「著者」としてP1の名前が記載されていることを根拠として、本件質問項目についてP1が著作者の1人であると推定されると主張する。
 しかし、YG性格検査用紙に記載されている「著者」の表示は、あくまで「YG性格検査用紙」についての著作者の表示であって、「YG性格検査」についての著作者の表示とはいえない。
 そして、YG性格検査用紙についての著作者の推定をYG性格検査の質問項目にまで及ぼすことはできない。
(2) 著作者の推定に対する反証
 仮に、YG性格検査用紙の著作者の推定がYG性格検査自体の著作者の推定に及ぶとしても、推定の効果は以下の反対事実によって覆される。したがって、P1は本件質問項目の著作者とはいえない。
ア 旧質問項目の選択を行ったのはP5であり、P1はYG性格検査作製の研究チームを立ち上げるなど、同検査作製の音頭を取ったにすぎないこと
(ア) P5の関与
 P1は、YG性格検査の作製に当たって、研究チームを立ち上げ、予備調査の着手を促したにすぎない。YG予備検査、YG第一形式及びYG第二形式の各質問項目(旧質問項目)の選択を行ったのはP1ではなく、P5である。
 P5は、「性格自己診断検査の作製」(甲1)の中で、「特性別自己診断検査の作製」と題する単独論文を発表しており、かかる論文中に、「・・・簡単に意訳しておく。」として、質問項目の意訳を記しているが(同・90頁)、かかる表現から同人が主体的に訳を行ったとしか考えられない。なぜなら、もしこの意訳をP1が単独で行った、あるいはP1とP5が共同で行ったのであれば、P1のような大教授が行った偉業を、一研究者であるP5があたかも自己の業績かのように表現(「・・・簡単に意訳しておく。」)することは考えられないからである。
 P6証人は、質問項目の意訳をしたのはP1であって、P5ではない旨証言するが、「意訳しておく」との記述に反するものであり、同証言は虚偽である。P6証人は、P5の語学力を問題視するが、P5は、学童用のYG性格検査用紙の構成者として名を連ねており(甲10)、YG性格検査に対するP5の関与度合いや能力を疑うことはナンセンスである。
(イ) 「PSYCHOLOGIA」(甲9)について
 「PSYCHOLOGIA」には、「One of the authors, Yatabe (16) translated all items of Guilford's thirteen scales into Japanese, and selected 240 items…」とP1が翻訳した旨記されているが、これは、同論文の執筆者であるP3が研究チームの総括者であるP1に敬意を表する意味を込めてそのように書いたものにすぎない。
(ウ) P6証人が証言するエピソードについて
 P6証人は、テスト結果の計算に関するエピソードについて証言しているが、かかるエピソードは、YG性格検査に関するものではなく、当時YG性格検査に先行して進められていたYAないしYK向性検査に関する可能性が大である。なぜなら、同証人によれば、P1が性格検査法に対して果たした役割は比較的初期のものであるとのことであること、また、P1は、京都大学の退官講義において、YAないしYK向性検査に触れているにもかかわらず、YG性格検査には触れていない(甲8)が、退官講義である以上、P1は自らの研究成果を語ったはずであり、YG性格検査に触れていないということは、YG性格検査についてはP1が具体的な研究に関与していなかったと考えるのが自然だからである。
(エ) 手紙(甲10)について
 P3がP1に宛てた手紙(甲10)には、P3は「本来ならば先づ先生の御意をお伺いいたした上で決定すべき所ですが、YGについてやるとすれば終りを全うするのは、私の責任であります・・・」(同2頁)と記しており、あくまでYGについての責任は自分にあり、P1は事後報告をすべき存在ではあるも、かかる立場にとどまり、出版権の設定という本件著作物の利用に関する重要な決定をP3はP4とのみ相談の上、行っている。
 また、竹井機器との出版契約にあたって、竹井機器の方から作製費として20万円の提供の申出があったが、当該金員の使用についても、「P4先生と相談の上、使用したいと思っております。」と記しており(同頁)、P1が本件質問項目の著作権者であるならば、当然にP1にも当該金員の使途について事前に相談するのが筋であるにもかかわらず、それをしていない。かかる事実も、P1が本件質問項目の創作に何ら関与していないことを表している。
 結局のところ、P1はYG性格検査について何ら創作的な関与はしておらず、ただ、大教授であったP1に敬意を表するという意味で、また権威のあるP1の名も加えて出版販売する方が性格検査自体の信頼性も向上し、ひいては販売数の増加にもつながるため、各種YG性格検査用紙に著者としてP1の名を入れたにすぎない。
イ 旧質問項目とそれ以降の質問項目との間には同一性がないこと
 仮に、旧質問項目がP1の著作物であるとしても、旧質問項目とそれ以降の質問項目は、次のとおり同一性を有しない。したがって、本件質問項目は、旧質問項目とは無関係に新たに創作された著作物であると評価されるものである。
(ア) 特性ないし尺度
a P1の研究チームで作成された質問項目
(a) YG予備検査(甲1の100頁)
 S、S−R、T、T−R、D、C、DC、R、CR、G、A、I、N、O、Ag、Co、Y、Y´の18特性
(b) YG第一型式(甲1の120頁)
 S、T、D、C、R、CR、G、A、M、I、N、O、Ag、Co、Y、Y´の16特性
(c) YG第二型式(甲1の128頁)
 S、T、D、C、R、G、A、M、I、N、O、Ag、Coの13特性
b 本件質問項目(乙5の現行用紙)
 D、C、I、N、O、Co、Ag、G、R、T、A、Sの12特性
c 比較
 以上のとおり、P1の研究チームで作成された特性は、本件質問項目における尺度の数や配列と根本的に異なっている。
(イ) 質問項目全体
a P1の研究チームで作成された質問項目(旧質問項目)
(a) YG予備検査(甲1の101頁以下)
 「1.話すより書く方が気持を伝えやすい」「2.友達は選ばれた少数だけでよい」「3.度々考えこむくせがある」から始まる240項目
(b) YG第二型式(甲1の132頁以下)
 「1.誰とでもよく話す」「2.何でもよく考えてみないと気がすまない」「3.度々元気がなくなる」から始まる156項目(130、140、150、160は尺度項目(甲1の126頁以下)には存在しない質問項目である。)
 なお、YG第一型式については、P1を報告者とする論文(甲1)に質問順に並べた記載が存在しないため省略したが、尺度項目(甲1の121頁以下)からすれば、YG第二型式と一致する部分が多いことが窺われる。
b 本件質問項目(現行用紙)
 「1.色々な人と知り合いになるのが楽しみである」「2.人中ではいつも後の方に引込んでいる」「3.むずかしい問題を考えるのが好きである」から始まる120項目
c 比較
 以上のとおり、旧質問項目は、本件質問項目と、数・配列の順序・具体的表現の点で全く相違している。
ウ 昭和30年代用紙と昭和40年代用紙との間には同一性がないこと 昭和30年代用紙と昭和40年代用紙とは、尺度の配列、120の質問項目の配列、粗点集計欄の形状、プロフィールの形状、裏面の記入欄・注意書きの有無など全てにおいて構成が異なっており、明らかに著作物としての同一性が認められない。
 したがって、仮に、昭和30年代用紙についてP1の著作者としての関与が認められたとしても、昭和30年代用紙と、昭和40年代用紙及び現行用紙との間には著作物としての同一性がないから、本件質問項目についてP1の著作権は認められない。
エ 心理テストは質問項目の配列によって初めて創作性を獲得するものであり、質問項目の選択のみによっては創作性が認められないこと
(ア) 心理学的見地から最重要視されるのは、個々の質問項目ではなく、質問項目の配列であるから、YG性格検査用紙が創作性を有し、著作物性が認められる所以は、個々の質問項目をいかに配列するかによる。
 質問項目の配列に関して、P3と同じくP1の研究チームにいたP5は、項目分析の手法として、GP分析(グッド・プア・アナリシス)という幾つかの項目を組にして尺度を構成する方法を用いていた。これに対し、P3は、因子分析法という2系列相関係数を用いて項目と尺度との相関関係を明らかにするという、独自の手法を用いた。項目分析は、性格検査を構成していく上で、その根幹をなすものであって、性格検査が実用化されるための必要条件であり、項目分析の結果、尺度の信頼性が高められ、尺度を構成する質問項目が決まってくる。
 さらに、性格検査は、信頼性の確認がされた後に、多数の被験者の結果をもとに基準点を求める標準化の作業が不可欠であり、そうした作業を経てようやく性格検査用紙は完成する。
 性格検査用紙が実用性あるものとなるためには、以上のような一連の作業が必要不可欠であるところ、これらの作業をしたのはP3であって、P1は一切関与していない。
 よって、かかるYG性格検査用紙の作製経緯に照らしても、P1の関与は認められない。したがって、P1は本件質問項目の著作権者には当たらない。
 さらに言えば、旧質問項目は、GP分析に基づくものであるのに対し、P3が作製した質問項目は、これとは全く異なる心理学上の思想である因子分析法に基づくものであるから、旧質問項目に依拠して作製されたものと評価することはできない。
(イ) 編集著作物が著作物として保護されるか否かの判断をするに当たっては、著作権法12条1項の文言上、「素材の選択又は配列」となっていることを捉えて、「素材の選択」に関与しただけで著作権者に当たると判断するのではなく、当該編集著作物が素材の選択のみによって創作性を獲得したといえるか、選択した素材を配列するに至った段階で初めて創作性を獲得したといえるかを、当該編集著作物の性質を考慮して個別具体的に判断するべきである。
 これを本件についてみると、本件質問項目は心理テストの質問項目であるところ、心理テストは、その性質上、どのような質問をどのような順序で行うかによって結果が大きく異なるのであり、質問項目を選択しただけでは、未だ著作物として完成されていないといえる。すなわち、心理テストの作製に当たっては、質問項目を選択しただけの段階では、心理テストとしての思想は十分に表現されていないため、創作性を獲得するに至っておらず、選択した質問項目を思想に基づき配列した段階で初めて心理テストとしての表現が完成したといえる。
 したがって、心理テストについては、素材の選択のみによっては創作性は認められず、素材の配列に至って初めて心理テストとしての創作性を獲得するものと解すべきである。
 しかるところ、P1は本件質問項目の配列に何ら関与していないから、P1が本件質問項目の共同著作者と認められることはない。
オ 本件質問項目と旧質問項目とでは基礎となる心理学的思想が異なること本件質問項目の創作者を検討するには、誰のどのような心理学(正しくは、心理測定学)的思想(研究)の下に、どのような具体的表現がなされるに至ったのかを分析する必要がある。
 YG性格検査の質問項目を完成させるために必要な心理学的思想(研究)の内容は、心理学評論(乙1)に挙げられている7つの要素からなる。すなわち、現在の質問紙法性格検査が市販されるまでには、@内的整合性を有する特性別人格診断目録を作成すること、Aその検査の尺度間の因子構造を明らかにすること、B各尺度を構成している項目間の因子構造を明らかにすること、C各尺度の信頼性を明らかにすること、D大学生・高校生・中学生・一般成人・非行少年等の集団について本検査の標準化を行うこと、E種々の実際的分野における本検査の実際的妥当性を検討すること、F他の人格検査との関係を研究すること、以上7段階の研究が必要である(乙1・72頁)。
 P3は、120問の質問項目の作成のため、新たに関西大学の学生から被験データを集め、さらに新たな統計学的手法を取り入れて、全く一から作成しており(乙1・74頁、乙2・4頁、乙6・4頁)、本件質問項目を構成するために心理学的見地から必要な研究はすべてP3が行ったものと評価できる。したがって、本件質問項目は、すべてP3の研究に基づく心理学的思想に基づくものと評価できる。
 なお、原告は、本件質問項目に旧質問項目と同様の質問項目が用いられていることのみに基づいて本件質問項目につきP1の著作者性を求めようとするが、研究を加えられていない状態の質問項目は単なるモデルにすぎず、かかるモデルに一部共通する部分があるからといって、基礎となる心理学的思想が異なる以上、その表現物としての著作物は完全に別個であると評価するほかない。
第4 争点に対する当裁判所の判断
1 はじめに
 本件の争点は、前記のとおり、P1が本件質問項目(現行用紙に掲載されている質問項目全体)の共同著作者の1人であるか否か、より具体的には、P1が本件質問項目の作製について創作的な関与をしたか否かである。
 当裁判所は、P1は本件質問項目の作製について創作的な関与をしたと判断するものであるが、YG性格検査における質問項目は、その研究当初から今日までの間に研究の成果を踏まえて変遷してきている。
 そこで、以下では、まず、YG性格検査の研究の経緯について事実認定を行い(後記2)、その上で、現行用紙にP1が「著者」の1人として表示されていることにより本件質問項目の著作者としての推定が及ぶか否か(著作権法14条の適用の有無)について判断し(当裁判所はこれを肯定する。後記3)、次に、P1が本件質問項目の著作者であるとの推定を覆すに足りる事実が認められるか否かについて被告らの主張を順次検討する(後記4)こととする。
2 YG性格検査の研究の経緯について
 証拠(甲1、2、9、乙1、3〜5)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 研究の端緒
 YG性格検査の研究は、P1及びP4が代表者として昭和26年に文部省科学研究費の補助を受けて行っていた「人格診断法の総合的研究」(研究番号:昭和26年度1091、昭和27年度1063、昭和28年度1037)の予備的研究の一部をなすものとして、京都大学文学部心理学教室の全体的協力の下で行われた。
 上記「人格診断法の総合的研究」は、以下の3つの課題、すなわち、@従来の諸性格検査法を検討し、できるだけ十分な統計的信頼性をもつ性格診断法を作製すること。この場合はできるだけ性格の形成的な変動面を離れて、比較的不動の基本的な因子を捉えて診断しうるように努めること、A性格が社会的生活場面で顕現する形成過程について、その要因を分析するとともに、標準的な発達尺度を作製すること、B異常人格の異種性を明らかにするため、臨床的に妥当性をもつ異常人格者用の人格診断尺度を作製すること、以上3つの課題を中心として、これに対応した3つの部会、すなわち、@性格検査の研究を行う第一部会、A社会性発達の研究を行う第二部会、B異常人格の研究を行う第三部会に分かれて行われた。YG性格検査の研究は、@の第一部会において、京都大学の分校のS教授がギルフォード教授の考案した3つの人格目録を米国から取り寄せたことをきっかけとして始まった。
(2) YG予備検査の質問項目
 YG性格検査の作製に当たっては、まず、ギルフォード教授が考案した3つの人格診断目録の計595項目について、@日本語として不適当な表現は適当な日本語に改変し、A社会的態度に依拠するところが多いと思われる項目は削除し、B感情的因子とは区別されるべき特性群において、感情的な特徴と混同されていると思われるような項目は除外し、C極めて特殊な行動傾向に属するとみなされる項目は削除するなどして、18の項目群(特性)に合わせて計204項目を選択し、また他の検査を参考に36項目を加えて、計240項目の質問項目を選択するという作業が行われた。このようにして選択された質問項目がYG予備検査の質問項目であり、その内容は別紙質問項目対照表の「YG予備検査欄」記載のとおりである。
 なお、同対照表中の番号欄の数字は、各質問項目の記載順を示している。また、赤字で示している部分は、本件質問項目と表現が異なる部分(仮名が漢字表記になっている等、形式的な表現の相違を含む。)である。
(3) YG第一型式の質問項目
 次に、YG予備検査による被験者の解答結果に基づく項目分析をもとに、特性数を16に限定し(S特性とS−R特性とを合併、D特性とDC特性とを合併、T−R特性を除外)、各特性の項目数を25ずつとして、YG予備検査の240の質問項目の中から、計200項目(16特性×25項目=400項目となるはずであるが、異なる特性間に項目の重複を許したため、実数は200項目となった。)の質問項目が選択された。これがYG第一形式の質問項目であり、その内容は別紙質問項目対照表の「YG第一形式」欄記載のとおりである。
 なお、「YG第一形式」欄中、空欄になっている部分は、本件質問項目と同じ質問項目が存在しないことを意味する。また、YG第一形式では、文献上、質問項目を質問項目順に並べた記載がなく、尺度項目ごとに列挙された質問項目しかないため、番号欄には各尺度のアルファベット表記と尺度項目内の記載順の数字を記載している(たとえば、「S8」は、S項目の8番目に記載されている質問項目を示す。)。さらに、YG第一形式では、質問項目が特性間で重複している場合があるため、同じ質問項目が複数の尺度項目に存在するが、そのような場合、番号欄では最初に現れる尺度項目とその記載順の数字のみを掲げ、「外」という表記を付加している。
 なお、また、YG第一型式の個々の質問項目は、同じ質問項目が複数の尺度項目に存するにもかかわらず形式的な表記が異なっているものがあるため、確定的な質問項目が明らかでないので、本件質問項目と違う部分の赤字による表記はしていない。
(4) YG第二型式の質問項目
 YG第一型式とは異なり、項目の重複を避けるべきとの考えから、YG予備検査の240の質問項目の中から、13の特性(YG第一型式の16特性のうち、CR、Y及びY’を除外)ごとに内的整合性の高い質問項目各12項目、計156項目の質問項目が選択された。これがYG第二形式の質問項目であり、その内容は別紙質問項目対照表の「YG第二形式」欄記載のとおりである。
(5) 昭和30年代用紙の質問項目
 P3は、YG第二型式(13特性12項目・計156項目)の質問項目について、GP分析とは異なる因子分析の手法を用いて尺度の内的整合性を検討した上、各特性の12項目から不適当な項目を除いて10項目とし、YG第二型式の13特性のうちMを除外して、12の特性ごとに各10項目、計120項目の質問項目を選択した。これが昭和30年代用紙の質問項目であり、その内容は別紙質問項目対照表の「昭和30年代用紙」欄記載のとおりである。
 なお、上記のとおり除外されたM特性は、YG予備検査の研究時点で既に、心理学的意義に乏しいことが指摘されていた。また、昭和30年代用紙の第96問及び第120問は、YG第二型式の質問項目には存しないが、YG予備検査には同じ質問項目が存する(第226問、第224問)。
(6) 昭和40年代用紙の質問項目
 P3は、昭和40年代用紙について、昭和30年代用紙の質問項目と同じ計120項目の質問項目を選択した。その内容は別紙質問項目対照表の「昭和40年代用紙」欄記載のとおりである。
(7) 現行用紙の質問項目
 P3は、現行用紙について、昭和40年代用紙(昭和30年代用紙も同じ)の第19問、第31問及び第103問を除いて、昭和40年代用紙(昭和30年代用紙も同じ)の質問項目と同じ質問項目を選択した。その内容は別紙質問項目対照表の「現行用紙」欄記載のとおりである。
 現行用紙の第19問、第31問は、YG第二型式の質問項目の第139問、第48問と同一であり、また、現行用紙の第103問は、YG予備検査の質問項目の第232問と同一である。
3 著作権法14条の適用の有無について
 著作権法14条は、「著作物の原作品に、又は著作物の公衆への提供若しくは提示の際に、その氏名若しくは名称(以下「実名」という。)又はその雅号、筆名、略称その他実名に代えて用いられるもの(以下「変名」という。)として周知のものが著作者名として通常の方法により表示されている者は、その著作物の著作者と推定する。」と定める。本件質問項目が掲載されている現行用紙には「著者」として、P3及びP4と並んでP1の氏名が表示されているところ、被告らは、この表示はあくまでYG性格検査用紙についての著作者の表示であって、YG性格検査についての著作者の表示ではないと主張する。
 しかし、現行用紙は、本件において著作権(持分権)の帰属が問題となっている著作物である本件質問項目を掲載したものであるから、本件質問項目は、現行用紙がYG性格検査の被験者等の公衆に対して提供又は提示される際に、これに伴い公衆に対して提供又は提示されるものである。したがって、現行用紙に「著者」として表示されている者は、現行用紙自体の「公衆への提供若しくは提示の際に」その実名が「著作者名として通常の方法により表示されている者」であると同時に、著作物である本件質問項目の「公衆への提供若しくは提示の際に」その実名が「著作者名として通常の方法により表示されている者」ということができる。よって、現行用紙に「著者」としてP1の氏名が表示されている以上、P1は本件質問項目の著作者と推定される(著作権法14条)
4 著作者の推定を覆すに足りる事実の有無について
(1) 被告らの主張
 被告らは、仮にP1が本件質問項目の著作者と推定されるとしても、推定の効果は、反対事実の証明によって覆されるとし、その反対事実として以下のアないしオの各点を挙げる。
ア 旧質問項目の選択を行ったのはP5であり、P1はYG性格検査作製の研究チームを立ち上げるなど、同検査作製の音頭を取ったにすぎない。
イ 仮に旧質問項目がP1の著作物であるとしても、旧質問項目とそれ以降の質問項目との間には同一性がないから、本件質問項目はP1とは無関係に新たに創作された著作物であり、本件質問項目についてP1の著作権(持分権)は認められない。
ウ 仮に昭和30年代用紙についてP1が著作者として関与しているとしても、昭和30年代用紙と昭和40年代用紙及び現行用紙との間には著作物としての同一性がないから、本件質問項目についてP1の著作権(持分権)は認められない。
エ 心理テストは、どのような質問をどのような順序で行うかが重要であり、質問項目を選択しただけでは著作物としては未完成であり、創作性を獲得するに至っていないから、素材である質問項目の選択のみによっては創作性は認められない。しかるところ、P1は本件質問項目の個々の質問項目の配列には関与していないから、本件質問項目についてP1の著作権(持分権)は認められない。
オ 本件質問項目の創作性を検討するには、誰のどのような心理学的思想に基づいてどのような具体的表現がなされるに至ったかを分析する必要があるところ、YG性格検査の質問項目を完成させるために必要な7段階の研究は全てP3によって行われていることからすれば、その成果としての本件質問項目は全てP3の心理学的思想に基づくものであると評価できる。したがって、本件質問項目に旧質問項目と同様の質問項目が用いられているとしても、基礎となる心理学的思想が異なる以上、その表現物としての著作物は別個のものというべきであり、本件質問項目についてP1の著作権(持分権)は認められない。
 そこで、以下、上記各点について順次検討し、本件質問項目についてP1が著作者であるとの推定が覆されるか否かについて判断する。
(2) 被告らの主張アについて
ア 被告らは、「旧質問項目の選択を行ったのはP5であり、P1はYG性格検査作製の研究チームを立ち上げるなど、同検査作製の音頭を取ったにすぎない」旨主張する。
 被告らの上記主張は、P5が単独名で発表した「性格自己診断検査の作製」(甲1)の中の「特性別自己診断検査の作製」と題する論文(以下「P5論文」という。)中に、「意訳しておく」と記述していることを根拠とするものである。
 そこで、P5論文の位置づけ、同論文中で「意訳しておく」との記述がいかなる文脈で用いられているかを見てみると、証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) P5論文は、P1を「報告者」とする「性格自己診断検査の作製」と題する報告書(甲1。以下「甲1報告書」という。)に収められた、3名の「研究担当者」の論文のうちの1つである。甲1報告書は、「京都大學文學部研究紀要第3号」(昭和29年3月発行)に所収されている。
(イ) 甲1報告書の冒頭には、P1によって、同報告書に取りまとめられた研究が、P1及びP4を代表者として文部省科学研究費の補助を受けて行っている「人格診断法の綜合的研究」の予備的研究の一部をなすものであり、京都大学文学部心理学教室関係者の全体的協力の下に行われたこと等が記されている。
 また甲1報告書の末尾には、P4によって、「結語」として、「人格診断法の総合的研究」の3つの課題及びこれに対応する3つの部会について記された後、「人格の基本的因子について未だ殆んど何も分つていない現状では、一応各部会夫々独立の見地から研究を進め、相互の成果の集積からさらに高次の見地に到達することも一つの行き方と考えたのである。しかしそれにしても、一応比較的確実な性格検査法をもつという必要は、第二部会第三部会においても強く感ぜられ、第一部会の成果に深い期待がよせられていたのである。」、「本報告は、第一部会において自己診断法を担当されたX教授以下京大心理学教室をあげての努力の成果であり、高い内的整合性をもち日本人向きに改訂された総括的自己診断法(YK検査)、特性別自己診断法(YG検査)が、その周到なる統計的検査基礎を明らかにして報告された。これを如何に実用的に標準化するかテスト化するかの問題はなお残されているが、それはもはや時日の問題に過ぎない。」と記されている。
(ウ) 甲1報告書の第一部には、P9による「綜括的自己診断検査の作製」と題する論文が掲載され、P5論文は第二部に掲載され、第三部には、P3による「矢田部Guilford 性格検査の因子分析的研究」と題する論文が掲載されている。
(エ) P5論文は、「T 出発点」、「U YG性格検査の作製」、「V 第二部の結び」からなり、被告ら主張の「意訳しておく」との記述は、このうち「T 出発点」の中にある。
 すなわち、「T 出発点」では、冒頭に「前章においては極めて一般的性格特性と考えられる向性の検査についても、GP分析法を適用することによつて、綜合点を与えることに対して妥当な根拠を示すことができた。本章においては同様の方法によつて種々異なる多くの特性に対しても、夫々自己矛盾のない項目群を選定して、特性別に妥当な得点を出しうるような検査を作製しようとする。その出発点として我々はGuilford−Martinの三つのinventory、即ちSTDCR、GAMIN、及びPersonnel Inventoryを使用することにした。これら三つのinventoryは13の性格特性を診断することができるものである。」との記述がある。そして、これに続けて、ギルフォード教授の研究の経緯と13の因子の性質について説明がされた後、「以下参考のためGuilford−Martinの三つのテストの項目を掲げておこう。」との記述があり、「意訳しておく」との記述は、そのすぐ後にくる「An Inventory of Factors STDCRの項目は次の通りである。原文は質問形になつているが、以下では叙述形に直して簡単に意訳しておく。」の部分にある。そして、その後に、「1 書くより話す方が気持を伝えやすい」、「2 友達の数は少い方がよい」、「3 会合ではいつも指導的な役目を引きうける」等、175の項目が列挙されている。
イ 被告らは、P5がP5論文を単独名で発表していることを根拠の1つとして、P5が旧質問項目の選択を行ったと主張するが、第一部会において行われていた性格検査の研究は、P1及びP4が代表者として文部省科学研究費の補助を受けて行っていた「人格診断法の綜合的研究」の予備的研究の一部をなすものであり、しかも、「比較的確実な性格検査法をもつ」必要は、第二部会及び第三部会においても強く感じられていたというのであるから、P1が旧質問項目の選択に無関心であったとは考えられない。
 また、被告らは、P5論文に「意訳しておく」との記述があることも根拠の1つとして、旧質問項目の選択を行ったのはP5であると主張するが、「意訳しておく」との記述からは、P5がGuilford−Martinの3つのinventoryの項目を英語から日本語に訳す際に、原文では質問形になっていたのを叙述形に直し、簡単に意訳したということが認められるにとどまるのであり、しかも、P5が意訳したとする項目は、「1 書くより話す方が気持を伝えやすい」、「2 友達の数は少い方がよい」、「3 会合ではいつも指導的な役目を引きうける」のような、いずれも平易な単文である。
 したがって、P5が上記の程度の平易な英文を日本語に翻訳(意訳)し、単独名でP5論文を発表したからといって、これをもって直ちにP5がP1による指導、助言等を一切受けることなく独自にギルフォード教授の595項目から旧質問項目240項目を選択したこと、すなわち、ギルフォード教授の595項目について前記2(2)認定の@日本語として不適当な表現は適当な日本語に改変し、A社会的態度に依拠するところが多いと思われる項目は削除し、B感情的因子とは区別されるべき特性群において、感情的な特徴と混同されていると思われるような項目は除外し、C極めて特殊な行動傾向に属するとみなされる項目は削除するなどして、18の項目群(特性)に合わせて計204項目を選択し、また他の検査を参考に36項目を加えて、質問項目240項目の選択をP5がP1による指導、助言等を受けることなく行ったことまで推認することはできない。
ウ かえって、証拠(甲9〜11、乙1、証人P6、同P7)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これらを総合すると、P1は、旧質問項目を選択するについて具体的に関与していたことが推認できる。
(ア) 甲9論文
 「PSYCHOLOGIA プシコロギア−東洋国際心理学誌−第1巻第2号(1957年12月号)」(編集発行人プシコロギア会S)に所収されたP3、P4及びP1を著者とする論文「A factorial study of the temperament of Japanese college males students by the Yatabe-Guilford Inventory」(甲9。以下「甲9論文」という。)の記述
a 甲9論文には次の記述がある。
 「One of the authors, Yatabe translated all items of Guilford's thirteen scales into Japanese, and selected 240 items ・u65381 ・・By this item analysis, Yatabe constructed thirteen scales which were composed of 12 items each.」(110〜111頁。日本語訳:3人の著者の1人であるXが、ギルフォードの13の尺度の全ての項目を日本語に訳し、240の項目を選択した・・Xは、この項目分析により、各尺度毎にそれぞれ12個の項目からなる13の尺度を構成した。)
b 上記記述は、甲9論文の著者であるP1、P4及びP3の認識を示すものということができ、これによれば、上記3名は、旧質問項目を選択したのはP1であると認識していたものと認められる。
 これに対し、被告らは、上記記述は、論文の執筆者であるP3が研究チームの総括者であるP1に敬意を表する意味を込めてそのように書いたものにすぎないと主張する。
 なるほど、YG性格検査の研究は、P1及びP4が代表者となり、文部省科学研究費の補助を受けて京都大学文学部心理学教室を上げて運営していた「人格診断法の綜合的研究」の予備的研究の一部をなすものであり、P3は、その研究担当者の1人という位置づけにあった者であるから、そのような観点で、P1に対して敬意を表すべき立場にあったであろうことは想像に難くない。
 しかし、P1とP3が上記のような関係にあり、P3がP1に対して敬意を表すべき立場にあったとしても、そのようなことのみから、旧質問項目の選択に関してP1の具体的な関与が全くないのにもかかわらず、「Xが…240の項目を選択した」という虚偽の事実を敢えて述べるということはにわかに首肯することができず、P3において旧質問項目を選択したのがP1であると認識していたとの上記認定を覆すには足りないというべきである。
(イ) 乙1論文
 「心理学評論・第1巻」(1957年発行)に所収されたP3の論文「矢田部・Guilford性格検査」(乙1。以下「乙1論文」という。)の記述
a 乙1論文には次の記述がある。
 「矢田部・Guilford性格検査はXおよびP5がGuilfordらの次の三つのインヴェントリィ(6、7、8、)を出発点として、幾多の検討をへて作製したものである(23)。」(72頁)
 上記「(23)」として、甲1報告書が参考文献として引用されている(「P1 性格自己診断検査の作製.京大文学部紀要、第三.1954」)。
b 上記記述は、乙1論文の著者であるP3の認識を示すものということができ、これによれば、P3は、P1が旧質問項目の選択に関与したと認識していたものと認められる。
(ウ) 甲11著作
 P3の著作「矢田部ギルフォード性格検査研究手引(T)−基礎と応用−」(昭和35年8月15日発行。甲11。以下「甲11著作」という。)の記述
a 甲11著作の「はしがき」には次の記述がある。
 「本検査の最初の項目選定は、X教授とP5が行い、その後をひきついで、現主任教授P4教授およびP3が、最終的な項目選定を行い尺度化したものである。」
b 上記記述は、甲11著作の著者であるP3の認識を示すものということができ、上記記述によれば、P3は、P1が旧質問項目の選択に関与したと認識していたものと認められる。
(エ) テスト結果の計算についてのエピソード(P6証言)
a 証拠(甲7、証人P6)及び弁論の全趣旨によれば、昭和28年にテスト項目の基礎資料を作成するに当たり、結果の計算を請け負った当時の学部生であるP8が計算を誤り、P1から「この資料はY君に渡すもんなんだ…、そんな大事な資料を間違って、Y君に渡すと、これは大変なことになる」と言われて叱られたことがあったことが認められる。
b 上記事実によれば、P1が、P3に渡すべき資料に自ら目を通して誤りがないかどうかを確認していたことが推認できる。
 これに対して、被告らは、上記事実はYG性格検査に関するエピソードではなく、YG性格検査に先行して進められていたYAないしYK向性検査に関する可能性が大であると主張する。しかし、当時P3が従事していた研究は、YG性格検査であって、YAないしYK向性検査ではなく、したがって、P3に渡すべき上記資料もYG性格検査に関するものであったことが明らかである。
 よって、被告らの上記主張は採用できない。
(オ) 甲10手紙
a P3がP1に宛てた手紙(甲10、12月10日付け。消印の判読が困難であり、何年に差し出された手紙であるかは不明。以下「甲10手紙」という。)の記述
 甲10手紙には次の記述がある。
(a) 「YGの高校生及び中学生の標準化並びに幼児用の同様なインヴェントリィ作製について、完成の節は竹井製作所の方から出版させてほしいとの依頼があり、P4先生と御相談致し、竹井の方でやらせるように決定いたしました。もう一つ、大成出版(…)からもたのまれていたのですが、後者は主として学校関係のみで、竹井の方が産業関係との連絡も密接で、聞く所によりますと、かなり広く出るさうで、竹井が代理販売しているテストペーパーだけでもかなり大量にわたるさうで、一つ竹井自身がやろうということになったのだそうです。本来ならば先づ先生の御意をお伺いいたした上で決定すべき所ですが、YGについてやるとすれば、終りを全うするのは、私の責任でありますし、御寛大な先生はそれ位の先越はお許し下さると勝手に決めて、そのようにしたのですが、事後報告のようで全く申し訳ありませんがその点よろしく御寛恕下さる様お願い申し上げます。それについて、竹井の方から、作製費として、20万円を提供するとの申出があり、五万円づつ、研究の進捗にしたがって支出する取決めがあり、近くとりあえず最初の五万円を出して呉れることになりましたが、P4先生と相談の上使用したいと思っております。」
(b) 「尚、竹井との話合いの節、ギルフォートの版権を取ること、それを尊重することを充分理解させておきました。先生のYGは、実際の所、ギルフォドのイミテーションでなく、かなり独自なアダプテーションだと思いますし、あるいみでは、YGとは名のみで先生独自のものとも考えますのですが、S先生はやはり、版権を尊重する方が無難だといっておられますので、私としてはX先生の御意向に従って、その手続を取りたいと思っております。」
b 上記a(a)の記述は、P3が、P1に対して事後にではあれ、YG性格検査に関する出版権の設定について報告しているものであり、この記述によれば、P3は、P1がYG性格検査について権利者の1人であるとの認識を有していたものと推認することができる。
 また、上記a(b)の記述は、YG性格検査が、ギルフォード教授の研究成果の模倣ではなく、かなり独自性のあるものであるとのP3の考えを示した上で、念のためギルフォード教授の権利を尊重する方が無難であるとの「S先生」(甲1報告書冒頭で、「Guilford−MartinのInventoryのManual」を取り寄せたとして紹介されているS教授を指すものと思われる。)の考えも示した上で、P1の意向に従うとしているというものであり、この記述からもまた、P3は、P1がYG性格検査について一定の権利を有する者であるとの認識を有していたものと推認することができる。
 これに対し、被告らは、上記a(a)の記述から、@P3はYG性格検査に係る出版権の設定をP4とのみ相談の上行っており、P1は事後報告をすべき立場にとどまる、A竹井機器から申出のあった作製費の使途についても、P3はP4とのみ相談して決めるとしており、P1に事前に相談していないとして、P1が本件質問項目の創作に何ら関与していない旨主張する。
 しかし、P1が旧質問項目の選択に具体的な関与をしておらず本件質問項目の創作に何ら関与していないのであれば、YG性格検査に係る出版権の設定について事後報告する必要さえないのであり、P3が上記内容の手紙をP1に送っていることは、やはりP1が旧質問項目の選択に具体的な関与をしていたことを推認させるものというべきである。
 したがって、被告らの上記主張は採用の限りではない。
(カ) P1の仕事ぶり
 証拠(証人P7、同P6)及び弁論の全趣旨によれば、P1は、その研究に関して必要な作業を弟子である助教授や助手に任せてその成果を自分だけの名前で発表するようなタイプではなかったことが認められる。
エ 上記(ア)ないし(カ)を総合考慮すれば、P1は旧質問項目の選択に具体的な関与をしていたものと推認することができる。したがって、旧質問項目の選択にはP1も関与していることが明らかであって、これを行ったのはP5であり、P1はYG性格検査作製の音頭を取ったにすぎない旨の被告らの主張は理由がない。
(3) 被告らの主張イについて
ア 被告らは、「仮に旧質問項目がP1の著作物であるとしても、旧質問項目とそれ以降の質問項目との間には同一性がないから、本件質問項目はP1とは無関係に新たに創作された著作物であり、本件質問項目についてP1の著作権(持分権)は認められない」旨主張する。
イ そこで、別紙質問項目対照表により、本件質問項目と旧質問項目とを対比してみると、次の事実が認められる。
(ア) 昭和40年代用紙の質問項目120問中、本件質問項目と異なるのは、本件質問項目の第19問、第31問及び第103問の3問のみである。
(イ) 昭和30年代用紙の質問項目は、形式的な表現の違いを除けば、昭和40年代用紙の質問項目と同じである。
(ウ) YG第二型式の質問項目は全部で156問あるが、形式的な表現の違いを除けば、本件質問項目120問中119問(ただし第103問を除く。)がYG第二型式の質問項目と同一である。
(エ) YG第一型式の質問項目は全部で200問あるが、形式的な表現の違いを除けば、本件質問項目120問中108問がYG第一型式の質問項目と同一である。
(オ) YG予備検査の質問項目は全部で240問あるが、形式的な表現の違いを除けば、本件質問項目120問全部がYG予備検査中の質問項目と同一である。
ウ 上記イの事実及び前記2認定の質問項目の変遷の経緯に照らせば、本件質問項目は、YG予備検査、YG第一形式、YG第二形式における各質問項目(旧質問項目)に依拠してこれを改変して作製されたものであり、旧質問項目を原著作物とする二次的著作物であると認められる。
エ したがって、本件質問項目が旧質問項目と同一性を欠き、旧質問項目とは別個の著作物であることを前提とする被告らの上記主張は理由がない。
(4) 被告らの主張ウについて
ア 被告らは、「仮に昭和30年代用紙についてP1が著作者として関与しているとしても、昭和30年代用紙と昭和40年代用紙及び現行用紙との間には著作物としての同一性がないから、本件質問項目についてP1の著作権(持分権)は認められない」旨主張する。
イ しかし、本件において問題となっているのは、本件質問項目の著作権の帰属であって、性格検査用紙の著作権の帰属ではないから、被告らの上記主張はそれ自体失当である。そして、本件質問項目が120問中3問を除いて昭和40年代用紙の質問項目と同じであり、同質問事項が形式的な表現の違いを除けば昭和30年代用紙の質問項目と同じであることは、上記(3)に認定したとおりである。
(5) 被告らの主張エについて
ア 被告らは、「心理テストは、どのような質問をどのような順序で行うかが重要であり、質問項目を選択しただけでは著作物としては未完成であり、創作性を獲得するに至っていない。したがって、素材である質問項目の選択のみによっては創作性は認められないところ、P1は本件質問項目の個々の質問項目の配列には関与してないから、本件質問項目についてP1の著作権(持分権)は認められない」旨主張する。
イ しかし、前記2認定のとおり、旧質問項目の選択については、ギルフォード教授が考案した3つの人格診断目録の計595項目について、@日本語として不適当な表現は適当な日本語に改変し、A社会的態度に依拠するところが多いと思われる項目は削除し、B感情的因子とは区別されるべき特性群において、感情的な特徴と混同されていると思われるような項目は除外し、C極めて特殊な行動傾向に属するとみなされる項目は削除するなどして、18の項目群(特性)に合わせて計204項目を選択し、また他の検査を参考に36項目を加えて、計240項目の質問項目を選択してYG予備検査を作製し、その後、YG予備検査による被験者の解答結果等に基づき項目分析を行った上でYG第一形式の質問項目を作製し、また、YG第一形式では項目の重複を許していたが、項目の重複を避けるべきとの考えからYG第二形式の質問項目を作製したものであることが認められる。
ウ 上記認定事実によれば、旧質問項目(YG予備検査、YG第一形式及びYG第二形式)の選択は、独自の心理学的な思想に基づいてなされたものであることが認められ、それ自体の創作性を否定することはできないというべきである。
エ したがって、旧質問項目、ひいては旧質問項目を原著作物とする二次的著作物である本件質問項目は、「編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するもの」(著作権法12条1項)ということができるから、P1が本件質問項目の配列に関与していなかったとしても、旧質問項目の選択について創作的な関与をしている以上、P1は、本件質問項目について著作者としての権利を有するものと認められる。
 よって、被告らの上記主張は理由がない。
(6) 被告らの主張オについて
ア 被告らは、「本件質問項目の創作性を検討するには、誰のどのような心理学的思想に基づいてどのような具体的表現がなされるに至ったかを分析する必要があるところ、YG性格検査の質問項目を完成させるために必要な7段階の研究は全てP3によって行われていることからすれば、その成果としての本件質問項目は全てP3の心理学的思想に基づくものであると評価できる。したがって、本件質問項目に旧質問項目と同様の質問項目が用いられているとしても、基礎となる心理学的思想が異なる以上、その表現物としての著作物は別個のものというべきであり、本件質問項目についてP1の著作権(持分権)は認められない」旨主張する。
イ そこで検討するに、被告ら主張の「YG性格検査の質問項目を完成させるために必要な7段階の研究」、すなわち、@内的整合性を有する特性別人格診断目録を作成すること、Aその検査の尺度間の因子構造を明らかにすること、B各尺度を構成している項目間の因子構造を明らかにすること、C各尺度の信頼性を明らかにすること、D大学生・高校生・中学生・一般成人・非行少年等の集団について本検査の標準化を行うこと、E種々の実際的分野における本検査の実際的妥当性を検討すること、F他の人格検査との関係を研究することは、P3の著作である乙1論文に記載されているものであるところ、証拠(甲1、乙1)によれば、次の事実が認められる。
(ア) P5は、P5論文の「V 第二部の結び」において、YG第二形式の13特性について個々に説明をした後、「これらの特性が果して生来的の性格特性であるか、或は習慣的な生活態度に過ぎないかは、我々の資料からはきめられない。しかしとにかく比較的独立な又内的整合性の高い性格の一面であることには間違いあるまい。この検査を如何に活用するか、如何に標準化するかは、我々に課された今後の課題である。」と結んでいる。
(イ) P3は、甲1報告書の第二部に掲載されたP5論文に続く論文「矢田部Guilford性格検査の因子分析的研究」の「T 出発点」の冒頭において、次のとおり述べている。
 「第二部における我々の課題は項目分析によって本インヴェントリーの内的整合性を高めることにあつた。それではこのような操作を経て作成された夫々の特性項目群は性格の如何なる特性を測定するものであるか、又そのような特性、或は次元の数は幾何であるかを因子分析によつて探究するのが第三部の課題である。」
(ウ) 甲1報告書の「結語」の後の「要約」は、「第二部『特性別自己診断検査の作製』においては、Guilford−MartinのInventoryから出発し、数次のGP分析を経て、各尺度が殆んど完全な内的整合性を有する二つのInventoryを構成した。…第三部『矢田部Guilford性格検査の因子分析的研究』においては、上述の第二形式を200名の京大生に施行した結果から、その因子構造を分析した。一次因子は8個抽出されたが、それらはThurstoneの因子と極めて近親的であつた。ただしかれのImpulsiveに相当するものは明瞭でなく、その社交性は二つに分離された。…第二次因子は4個抽出された。…第二次因子間の相関はすべて完全相関を示した。その意味は未だ明らかでない。」と結ばれている。
(エ) P3は、乙1論文の「1 研究目的」において、「…われわれの問題は、まずこのような信頼性と因子的妥当性の高い尺度を作製することであり、そしてこれらを標準化し、次に種々の現場、すなわち、教育、臨床、産業等の諸分野において、種々の立場からの実際的妥当性を検討することである。…以上の立場から、(1)内的整合性を有する特性別人格診断目録を作製すること。(2)その検査の尺度間の因子構造をあきらかにすること。(3)各尺度を構成している項目間の因子構造をあきらにすること。(4)各尺度の信頼性をあきらかにすること。(5)大学生、高校生、中学生、一般成人、非行少年等の集団について本検査の標準化を行うこと。(6)種々の実際的分野における本検査の実際的妥当性を検討すること。(7)他の人格検査との関係を研究すること。が本研究の目的である。」と述べている。
ウ 上記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被告ら主張の7段階の研究は、YG第一形式及びYG第二形式がほぼ完全な内的整合性を有するものとして作製された後、この研究成果を受けて、さらにその尺度を信頼性が高くかつ因子的妥当性の高いものとするために行われたものであることが認められる。
 したがって、P3によってなされた上記7段階の研究は、因子分析の手法については旧質問項目の作製の際に用いられた手法と異なるものの、その基礎となる心理学的思想は、旧質問項目の基礎となった心理学的思想を踏まえ、これをさらに発展させたものというべきものである。
エ よって、旧質問項目と本件質問項目とでは基礎となる心理学的思想が異なることを根拠に、それらが別個の著作物であるとの被告らの上記主張もまた理由がない。
(7) 小括
 以上のとおり、被告らの各主張、すなわち、@P1はYG性格検査の作製の音頭を取ったにすぎず旧質問項目の選択に創作的な関与をしていない、A旧質問項目と本件質問項目との間には同一性がない、B昭和30年代用紙と昭和40年代用紙及び現行用紙との間には同一性がない、C心理テストは質問項目の選択のみによっては創作性が認められないから、質問項目の配列に関与していないP1に本件質問項目についての著作権は認められない、D旧質問項目と本件質問項目とでは基礎となる心理学的思想が異なるから、P1には本件質問項目についての著作権は認められない、との各主張はいずれも理由がない。
 そうすると、P1は、現行用紙に「著者」の1人としてその氏名が表示されていることから、本件質問項目の共同著作者の1人と推定される(著作権法14条)ところ、この推定を覆すに足りる反対事実は認められないことになるから、P1は、本件質問項目の共同著作者であると認められる。
5 権利承継
(1) 証拠(甲3〜6)及び弁論の全趣旨によれば、P1は昭和33年3月24日に死亡し、その妻P2が単独でYG性格検査に係る権利を相続したこと、P2は平成18年8月2日に死亡し、P1とP2の間の二男である原告が単独でP2が有していたYG性格検査に係る権利を相続したこと、以上の事実が認められる。
(2) 上記事実によれば、原告は、本件質問項目についてP1が有していた著作権の共有持分を取得したことが認められる。
6 持分割合
(1) 弁論の全趣旨によれば、現行用紙の販売に係る印税は、用紙の定価の17%相当額であること、原告はそのうち1.5%分を取得し、その余の15.5%分はP3の遺族が取得していることが認められる。
(2) 上記事実によれば、本件質問項目に対する原告の著作権の共有持分は、印税割合に準じて100分の9(1.5÷17×100。小数点以下四捨五入)となるものと認めるのが相当である。
7 結論
 以上によれば、原告の本件請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 田中俊次
 裁判官 西理香
 裁判官 高松宏之は、転任のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 田中俊次
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