判例全文 line
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【事件名】慰安婦法廷番組の改変事件(3)
【年月日】平成20年6月12日
 最高裁(一小) 平成19年(受)第808号、同第809号、同第810号 損害賠償請求事件、
 平成19年(受)第811号、同812号、同813号 附帯上告事件
 (一審・東京地裁平成13年(ワ)第15454号/二審・東京高裁平成16年(ネ)第2039号)

判決


主文
1(1) 原判決中、平成19年(受)第808号上告人Y1及び同第809号上告人Y2の各敗訴部分を破棄する。
(2) 上記(1)の部分につき、平成19年(受)第808号・同第809号被上告人の控訴及び原審で追加した請求をいずれも棄却する。
2(1) 原判決中、平成19年(受)第810号上告人Y3の敗訴部分を破棄する。
(2) 第1審判決中、平成19年(受)第810号上告人Y3の敗訴部分を取り消し、同部分につき、同号被上告人の請求を棄却する。
(3) 平成19年(受)第810号被上告人の原審で追加した請求のうち、上記(1)に係る部分を棄却する。
(4) 第1審判決中、債務不履行に基づく請求のうち、上記(3)の部分と選択的併合の関係にある部分についての平成19年(受)第810号被上告人の控訴を棄却する。
3 平成19年(受)第811〜813号附帯上告人の附帯上告を棄却する。
4 第1項の部分に関する控訴費用及び上告費用、第2項の部分に関する訴訟の総費用並びに附帯上告費用は、平成19年(受)第808〜810号被上告人・同第811〜813号附帯上告人の負担とする。

理由
第1 事案の概要
1 本件は、平成19年(受)第808号上告人・同第811号附帯被上告人Y1(以下「Y1」という。)が、平成19年(受)第808〜810号被上告人・同第811〜813号附帯上告人(以下「原告」という。)が中心となって開催したいわゆる従軍慰安婦問題を裁く民衆法廷「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」(以下「本件女性法廷」という。)を取り上げたテレビジョン放送番組(以下「本件番組」という。)を放送したことについて、本件番組のための取材を受け、これに協力した原告が、@Y1、A本件番組について取材、制作に関与したAを原審係属中に吸収合併した平成19年(受)第809号上告人・同第812号附帯被上告人Y2(以下、時期を問わず、「Y2」という。)及びBY2と共に本件番組について取材、制作に関与した平成19年(受)第810号上告人・同第813号附帯被上告人Y3(以下「Y3」という。)に対し、不法行為又は債務不履行を理由とする損害賠償を求める事案である。
 原告は、@実際に制作、放送された本件番組の趣旨、内容は、原告が取材を受けた際に説明を受けたものとは異なっており、被告らは、本件女性法廷をつぶさに紹介する趣旨、内容の放送がされるとの原告の期待、信頼が侵害されたことについて不法行為責任を負う、A被告らは、本件番組の趣旨、内容が変更されたことを原告に説明しなかったことについて、債務不履行責任又は不法行為責任を負うと主張している。なお、原告は、原審において、上記Aのうちの不法行為を理由とする請求を選択的に追加するとともに、Y1に対する関係で請求額を増額した。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 当事者
ア 原告は、戦時・武力紛争下の女性への暴力を無くすために、女性の人権の視点に立って、平和をつくる役割を担い、世界の非軍事化を目指すことを目的として、Bらが中心となって、平成10年6月に設立された権利能力なき社団である。
イ Y1は、日本全国において放送事業を営む特殊法人である。
ウ Y2は、Y1の委託による放送番組(以下「番組」という。)の制作等を業とする会社である。
エ Y3は、映画、テレビジョン等に関する映像の企画・制作等を業とする会社である。
(2) 本件女性法廷の開催等
 アフリーのジャーナリストで女性運動に傾注していたBは、戦時下で女性に対して行われる性暴力を根絶するためには責任者の処罰が不可欠であるが、第二次世界大戦中に旧日本軍が行った性暴力の問題である従軍慰安婦問題についての日本政府の対応は不十分であり、公的な司法機関による責任の追及は困難であると考え、ベトナム戦争におけるアメリカ合衆国の戦争犯罪を裁くために哲学者バートランド・ラッセルらの提唱により開催されたいわゆるラッセル法廷に倣い、女性や民間人の手で従軍慰安婦問題を裁く民衆法廷の開催を構想し、平成10年4月の国連人権委員会のNGO(非政府組織)フォーラム等においてこれを提案し、参加者の支持を得た。
 そして、同年6月に、Bが代表者となって原告が設立され、平成11年2月、上記民衆法廷に当たる本件女性法廷を主催するために、従軍慰安婦問題の加害国としての日本のNGOである原告、元慰安婦が所属する被害国としての韓国、中国等6か国の各NGO及び国際法の専門家や人権活動家らからなる国際諮問委員会によって構成される国際実行委員会が組織され、同委員会において、本件女性法廷を、戦時性暴力等に関し国際法に違反する個人や国家の責任を追及するものとして、刑事裁判に近い形式を採用し、裁判官、検察官及び書記局による構成とすること、平成12年12月8〜10日に法廷を開いて審理を行い、同月12日に判決の概要を言い渡すことなどが決定された。Bは、国際実行委員会の共同代表として、本件女性法廷の開催に向けて準備を行った。
イ 同年12月8〜10日、本件女性法廷が東京都内のa会館で開催され、著名な国際法や戦争犯罪の専門家が裁判官及び検察官として参加した。本件女性法廷においては、従軍慰安婦問題について、昭和天皇及び旧日本軍の中将以上の地位にあった軍人合計30名が人道に対する罪により起訴され、また、国家としての日本国の損害賠償責任等が追及された。被告人らに弁護人は選任されなかったが、アミカス・キュリエ(法廷助言者)が被告人らの立場の者として意見を述べた。本件女性法廷における審理は、首席検事による冒頭陳述、アミカス・キュリエによる意見陳述の後、被害国ごとに、起訴状の朗読、元慰安婦の証言及び証拠の提示が行われ、旧日本軍の構造、昭和天皇の責任及び従軍慰安婦制度などについての専門家の証言、加害者としての元兵士(以下「加害兵士」という。)の証言などを経て、最後に、アミカス・キュリエによる意見陳述及び首席検事による論告が行われた。
 同月11日には、「現代の紛争下の女性に対する犯罪」をテーマとした国際公聴会(以下「本件公聴会」という。)が開催され、現在、世界各地域の紛争において被害を受けている女性の証言や専門家による解説などが行われた。
 同月12日、東京都内のb会館において本件女性法廷が再び開催され、昭和天皇を有罪とし、日本国の責任を認めるなどの判決の概要が言い渡された。旧日本軍の軍人については、時間的制約のため判断に至らず、判断は最終判決によることとされた。
ウ その後、平成13年12月4日に、オランダのハーグで本件女性法廷が再び開催され、被告人全員を有罪とし、日本国の損害賠償責任を認める旨の最終判決が言い渡された。
(3) 本件番組の放送
 Y1は、教育テレビジョンの放送番組である「ETV2001」において、全4回にわたる「戦争をどう裁くか」と題するシリーズ番組(以下「本件シリーズ」という。)の第2回目として、平成13年1月30日午後10時から、「問われる戦時性暴力」の標題で、本件女性法廷を取り上げた本件番組を放送した。
(4) 本件番組の企画・取材の経緯等
ア Y2のチーフプロデューサーであるCは、平成12年8月4日に行われたDc大学助教授(以下「D助教授」という。)の講演「歴史と裁き」に感銘を受け、Y3のディレクターであるEと共に、上記講演の中で紹介された本件女性法廷と本件公聴会を素材として、「人道に対する罪」というテーマで番組を制作することを企画し、このことについて、Y1の番組制作局教養番組部に所属し、教育テレビジョンの番組「ETV2000」(ETV2001の前身)のチーフプロデューサーであるFや同番組デスクのGと打合せを行った。その際、Fは、CやEに対し、本件番組の構成について、番組すべてを本件女性法廷のドキュメントにするのではなく、スタジオ対談を取り入れた深みのある教養番組にするよう要請した。これを受けて、Eは、同年9月26日付けの「番組提案票」(以下「本件提案票」という。)を作成し、Y1及びY2に提出した。本件提案票においては、番組名は「ETV2000 二夜連続シリーズ『女性たちの国際法廷』〜戦時性暴力が裁かれる時〜」とされ、第1夜目「何が裁かれたのか?」において本件女性法廷を、第2夜目「戦時性暴力を問う」において本件公聴会を、それぞれ扱うものとされ、第1夜目の内容の説明として、「東京で開かれる『女性国際戦犯法廷』をつぶさに追い、スタジオでの対談をはさみながら、半世紀後に戦時性暴力を問うことの意味を考える」などと記載され、スタジオ対談の候補者として、D助教授とHd大学教授(以下「H教授」という。)が挙げられていた。
 同じころ、Y1においては、ヨーロッパ総局から、ヨーロッパの戦争責任と和解の問題をテーマとするETV2000の番組を制作したいとの提案がされており、Fは、同総局の提案に係る番組と、Y2及びY3の上記提案に係る番組とは「人道に対する罪」という点で共通すると考え、これらを合わせて4回のシリーズ番組(本件シリーズ)とし、その第2回目を本件女性法廷を扱う番組(本件番組)、第3回目を本件公聴会を扱う番組とすることとし(第2回目の番組と第3回目の番組とを併せて、以下「本件番組等」という。)、C及びY3のチーフプロデューサーであるIに対し、人道に対する罪を考えるシリーズ番組の一環として、Y2及びY3が提案した本件番組等の企画を進める予定である旨伝えた。
イ これを受けて、Y2とY3は、同年10月5日、Y2がY1から本件番組等の制作業務の委託を受け、更にY3がY2から同業務の再委託を受けることを前提として、本件番組等の制作を進めることとした。本件番組等についてのY1とY2との間の制作業務の委託契約及びY2とY3との間の同業務の再委託契約は、後日締結された。
ウ Eは、同年10月初めころ、原告に対し、ETV2000の番組において本件女性法廷を取り上げたいとして、取材を申し込んだ。原告は、同月20日の運営委員会においてこれを審議したところ、運営委員らは、日ごろからETV2000の番組を高く評価しており、また、Eが優れたドキュメンタリー番組の制作者であると評価していたため、ETV2000において本件女性法廷を取り上げるのであれば、戦時性暴力の被害者の立場に立った良い番組ができるであろうと考え、上記取材の申込みを承諾する旨決定した。そして、同月24日、Y3からEのほか、ディレクターのJらが、原告からKらが、それぞれ参加して、取材に関する打合せを行った。その席上、Eは、Kに対し、本件提案票の写しを交付した上、番組の企画が本件提案票に記載された2夜連続シリーズから全4回のシリーズに変更されたこと、本件番組等は、ドキュメンタリーと対談で構成され、本件女性法廷が何を裁くかということや本件女性法廷の様子をありのままに視聴者に伝える番組になると説明した。また、Kが、昭和天皇が訴追された場合に、昭和天皇についての判決が放送されるかと質問したのに対し、Eは、どのような表現方法になるかは分からないが、判決に含まれるのであれば判決の内容として放映すべきだと答えた。さらに、E及びJは、Kらに対し、本件女性法廷をすべて撮影するだけでなく、その準備活動や、原告の運営委員会、記者会見など、本件女性法廷の開催に向けた一連の活動について取材し、撮影したい旨申し入れた。
 なお、番組提案票は、Y1など番組の制作を決定する機関や部署に対していかなる番組を制作するかを提案するために、番組制作担当者が作成する文書であって、取材の相手方(以下「取材対象者」という。)に提示したり、交付したりすることを予定した文書ではなかったが、Eは、原告側に対してその点の説明をせず、また、本件提案票を原告に交付することについて、あらかじめ上司であるIの承諾も得ていなかった。
エ Kは、同年11月6日に開催された原告の運営委員会において、公にしないようにと注意した上で、本件提案票の写しを出席者の回覧に供した。原告の運営委員会は、本件番組の制作を担当することとなったJほか1名が同日の運営委員会を傍聴することを許可し、同月21日に行われた運営委員会については、傍聴だけでなく撮影も許可した。
 Bは、同日、Jのインタビューに応じて、1時間〜1時間半、原告の代表者として、本件女性法廷の目的や開催に至った経緯について語った。また、原告は、同日行われた本件女性法廷の会場の下見に、Jほか1名の同行を認め、同年12月5、6日に非公開で行われた本件女性法廷のリハーサルについては、Y3に対してのみ、取材及び撮影を許可した。
オ 一方、同年11月16日にY1の教養番組部で開かれた定時提案部会において、Fは、本件シリーズについて、本件提案票を基に作成した「教養番組部定時提案」と題する書面(以下「Y1提案書」という。)を提出して、その概略を説明し、教養番組部長であるLの了承を得た。Y1提案書においては、本件シリーズの標題は「戦争をどう裁くか」とされ、第2回目の本件番組については、標題が「問われる戦時性暴力」とされ、内容の説明として、本件女性法廷の概要と共に、「この国際法廷を東京裁判以来の歴史の中に位置づけ、戦時性暴力を裁くことの難しさを明らかにするとともに、日本とアジア諸国の被害者が、どのようなプロセスで和解を目指すべきなのかを考える」などと記載されていた。
 同日、Y1からF、Gらが、Y2からCが、Y3からI、E、Jらが出席し、D助教授を交えて打合せが行われ、出席者全員にY1提案書が配付された。
 同月21日、Y1の番組制作局において、番組制作局長のMが主催し、Lら各部の部長が参加する提案部長会が開かれ、教養番組部から、Y1提案書に基づいて本件シリーズの制作が提案され、これが承認された。
カ Fは、同年11月22日、Y2及びY3に対し、本件番組における対談予定者のH教授について、本件女性法廷の運営委員で本件女性法廷との距離が近すぎるとして、人選をやり直すよう要請した。これを受けて、Y3は、H教授に代えて、e大学のN準教授(以下「N準教授」という。)を対談者に決定した。
キ 原告に対しては、本件女性法廷に関し、多数の報道機関が取材を申し込んでいたが、報道機関は会場2階席において取材、撮影することとされ、1階における取材、撮影は、Y3と、原告が公式記録ビデオテープの制作を委託していた団体に対してのみ許可された。Y3の職員は、本件女性法廷の開催中、会場において、2階席のほか、1階においても本件女性法廷の様子を取材、撮影した。
(5) 本件番組の制作、編集の経緯等
ア Jは、本件女性法廷の取材、撮影を終了すると、平成12年12月15日ころから、取材で得た素材及び資料の編集に取り掛かり、本件番組の構成案及びスタジオ台本を作成し、この台本に基づき、同月27日、対談者のD助教授及びN準教授並びに司会役のアナウンサーが出演するスタジオ対談の撮影が行われた。
イ Jは、平成13年1月初旬にかけて、上記スタジオ対談の映像と本件女性法廷を撮影した映像とを編集して、本件番組の第1次版を制作した。これには、@本件女性法廷は、第二次世界大戦中の旧日本軍による従軍慰安婦問題を裁くために、原告等が提唱、主催し、著名な法律家が参加して開催された国際民衆法廷であることや、その審理対象は昭和天皇と日本国の責任であることを伝える映像や音声、A元慰安婦、加害兵士及び専門家が証言した場面、アミカス・キュリエが公正な裁判を求めるなどと意見を陳述した場面、昭和天皇を有罪とし、日本国の責任を認める判決の概要が言い渡された場面など本件女性法廷の審理経過を伝える映像や音声、BBに対するインタビューの映像や音声などが盛り込まれており、同月13日における試写及び同試写における指摘を踏まえて一部編集を経た後の同月17日における試写に立ち会ったF及びGらは、方向付けはこれで良いとの認識を持った。
ウ 同年1月19日、Lが上記第1次版の再編集版(50〜55分程度のもの。なお、本件番組は44分の番組とすることが予定されており、この再編集版については、以後の編集による絞り込みが予定されていた。)を試写したが、同人は、本件番組について、かねてから、本件女性法廷を東京裁判以来の世界的な潮流の中に位置付け、その歴史的意義を客観的・批判的に考察する教養番組にしたいと考えており、上記再編集版が、本件女性法廷を紹介するだけの内容であり、上記のような視点が欠けていると感じた。そこで、Lは、上記試写に参加したF、G、C、I及びJらに対し、「法廷との距離が近すぎる。」、「企画意図と違う。」、「修正不能」などと述べた。このため、同人らは、資料映像を用いて戦後補償裁判などの歴史的経緯の説明を行うこと、海外の報道機関による反響を紹介すること、死者を裁くことや弁護人が無いこと等の問題点をアナウンサーのコメントで補うことなどを確認し、さらに、Bに対するインタビューを削除し、昭和天皇有罪の審理結果発表の場面をナレーションに変更するなどの編集を行ったが、同月24日に行われた試写において、Lは、上記同様の理由から更に番組の内容を変更するよう求めた。これに対し、Iは、これまでの編集方針を大幅に変更するものであると受け止め、Y3がLの上記求めに応じて放送当日までに本件番組を制作することは困難であると考えて、本件番組の編集作業から離脱することとした。そして、同月25日及び26日、Y3からY1に対し、それまでに編集した本件番組のビデオテープ及び編集前の素材のビデオテープ等が納入された。
エ F及びGは、同年1月25日及び26日、Lからの変更指示に従って本件番組の台本を修正し、N準教授の発言と加害兵士の証言部分を大幅に短縮し、D助教授とアナウンサーのスタジオ撮影部分を撮り直すこととした。
オ 同年1月26日、Y1において、O放送総局長、P総合企画室担当局長(国会担当)、M、L及びFらが立ち会って、本件番組の試写が行われた。OやPが番組の試写に立ち会うことは例外的なことであったが、Fらに対して、予算説明の際に国会議員から話題とされることに備えて見ておきたいとの説明がされた。Mは、この試写後、Lに対し、本件女性法廷に批判的な意見も入れるよう指示し、Fらは、Qf大学教授(以下「Q教授」という。)に出演を依頼した。そして、修正された台本に基づき、Q教授に対するインタビューを撮影した部分が加わり、D助教授のコメントが追加され、これに対応してN準教授のコメントが一部削除され、アミカス・キュリエによる意見陳述の場面が削除され、司会役のアナウンサーが本件女性法廷を紹介する発言中に、あくまで民間のもので法的拘束力がないこと、被告人が一切出廷していないこと、裁けない死者を裁こうとしていること、被害者の証言についてそのすべてを必ずしも確認することができないことなど本件女性法廷が様々な争点や問題点を抱えている旨が追加されるなどし、Lによる試写を経て、同月28日中に、仮編集版(44分版)が制作された。なお、本件女性法廷の主催団体については、当初は上記イのとおり原告等であることが示されていたが、この仮編集の段階までには「日本とアジアの女性のNGO」とされた。
カ 同年1月29日、O、M、P、L、F及びGの立会いの下、上記仮編集版の試写が行われた。試写後、Pは、Fに対し、@本件女性法廷において日本国と昭和天皇に責任があるとした部分を全部削除すること、Aスタジオ発言で本件女性法廷をラッセル法廷に匹敵するかのように積極的に評価している部分を削除すること、B海外メディアの反応から日本政府の責任に言及した部分を削除すること、C日本政府の責任に言及したその余の部分も削除すること、D本件女性法廷に反対する立場のQ教授に対するインタビューを更に追加することなどを指示し、上記指示に基づき台本の修正及び本編集が行われ、さらに、その後、M及びOの指示に基づき、元慰安婦らの証言場面の一部と加害兵士の証言場面等が削除されたため、最終的に完成し、放送された本件番組は約40分のものとなった。
キ この間の同年1月25日、Y1の平成13年度予算案が総務大臣に提出された。Y1においては、この少し前から、総合企画室の担当者らにおいて、与党3党所属の国会議員の一部に対して個別に予算説明を行っていたが、その中で、本件番組について、4夜連続で本件女性法廷をドキュメントで放送する番組である旨のうわさが流れていることが判明した。そして、同月29日にO及びPらがR内閣官房副長官と面会した際に、Oが、本件番組について、本件女性法廷は素材の一つであり、4夜連続のドキュメンタリー番組ではないと説明をしたところ、同副長官は、従軍慰安婦問題について持論を展開した上、Y1がとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した。
 また、本件番組の放送に先立ち、Y1に対しては、右翼団体等から本件番組の放送中止を求める要求等があった。
(6) 本件番組の内容
 上記(5)の編集を経て、実際に放送された本件番組の構成及び内容は、次のようなものであった。
ア オープニング及び資料映像(約3分56秒)
 最初にタイトルバックが流れた後、約3分29秒間、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害の映像や、アルジェリア紛争の映像など人道に対する罪に関連する資料映像とナレーションが流れる。
イ スタジオ映像(約3分14秒)
 D助教授とN準教授の紹介を含む導入的なスタジオ対談の映像が流れる。
ウ 本件女性法廷の録画映像及び学者のコメント(約10分20秒)
 本件女性法廷の映像として、会場の全景、首席裁判官の発言、検察官ら、元慰安婦ら及び傍聴人らの映像、元慰安婦2名の証言及び旧日本軍の従軍慰安婦制度についての専門家の証言の映像が流れ、これに続いて、一事不再理の原則、被害者の申立て以外に事実について調べる方法がないこと、時効の問題があること、弁護人が無いことなど本件女性法廷の問題点を述べるQ教授のインタビュー映像、本件女性法廷の意義を述べるH教授のインタビュー映像、本件女性法廷の首席裁判官と首席検事がいずれもアメリカ人であるのが不可解である、慰安婦には親に売られて慰安所に連れて行かれた者も多く、それは商行為であるなどと述べるQ教授のインタビュー映像が順に流れる。
エ スタジオ映像(約2分22秒)
 ラッセル法廷について言及するD助教授の発言、本件女性法廷をフェミニズム思想の流れの中に位置付けるのが重要であるとのN準教授の発言などが流れる。
オ 資料映像等(約7分40秒)
 極東国際軍事裁判(東京裁判)、ベトナム戦争、韓国の民衆運動、元慰安婦の韓国人女性による東京地方裁判所への提訴、フィリピンの元慰安婦のデモ、旧ユーゴスラビアの市街戦などの資料映像をバックに、主としてナレーションにより、人道に対する罪に対する考え方の推移の説明などが流れる。
カ スタジオ映像(約3分15秒)
 戦時性暴力についてのD助教授の発言、司会役のアナウンサーによるパターンを用いての従軍慰安婦問題に対する日本政府の対応の経緯の説明などが流れる。
キ 録画映像(約2分27秒)
 本件女性法廷において裁判官を務めた専門家2名の記者会見での発言、海外の報道機関による本件女性法廷の取り上げ方、本件女性法廷の首席検事のインタビュー映像が流れる。
ク スタジオ映像(約6分22秒)
 本件女性法廷を海外の報道機関が大きく取り上げたこととの関連で、人道に対する罪への関心が世界的に高まってきていることなどについてのD助教授の発言、和解の難しさについてのN準教授の発言、戦時性暴力について日本が責任を追及されることの意味等についてのD助教授の発言などが流れる。
ケ エンディング(約34秒)
第2 平成19年(受)第808号上告代理人宮川勝之ほかの上告受理申立て理由、同第809号上告代理人猪瀬敏明の上告受理申立て理由及び同第810号上告代理人奧野善彦、同荒井俊行、同内海雅秀の上告受理申立て理由について
1 原審は、上記事実関係等の下において、次のように判断して、原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求を、いずれも一部認容すべきものとし、その余の請求を棄却すべきものとした。
(1) 原告の本件番組に対する期待、信頼とその侵害について
ア 取材の経過や取材担当者と取材対象者の関係等に照らし、取材担当者の言動等により取材対象者が一定の内容の番組が放送されるとの期待を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるときは、番組制作者の編集の自由もそれに応じて一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待、信頼が法的に保護され、このような期待、信頼を故意又は過失により侵害する行為は、法的利益の違法な侵害として不法行為を構成すると解するのが相当である。
イ 本件についてみると、平成12年10月24日の打合せにおいて、Y3のEが原告に本件提案票の写しを交付して行った説明は、本件番組は、本件女性法廷を中心に紹介し、しかも、実際に行われる法廷の手続の冒頭から判決の概要の言渡しまでの過程を、被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組となるとの趣旨であったものというべきであり、Kらは、本件番組がそのような番組になるとの認識に達し、その旨の期待と信頼を抱いたものと認められる。さらに、Jは、Y3の本件番組担当のディレクターとして、積極的な姿勢で取材に臨み、原告から特別の便宜を受けて、本件女性法廷の準備から開催、終了までを網羅的に取材、撮影し、原告はこれらの取材活動に全面的に協力したことなどに照らすと、本件番組の内容についての原告の上記期待、信頼は、本件女性法廷の準備が進展し、開催に至る中で、Y3 による取材活動を通じてより具体的で明確なものになるとともに、期待の度合いも高められていったものと認められる。また、これらの期待、信頼は、Y3に対してのみならず、Y1等、本件番組にかかわる関係者すべてに対しても抱くこととなったことは明らかである。
 以上によれば、本件においては、上記アにいう特段の事情が認められるものというべきであり、原告には、本件番組の内容について法的保護に値する期待、信頼が生じたと認められる。
ウ 実際に放送された本件番組では、本件女性法廷が中心的に取り上げられてはいるものの、本件女性法廷の主催者、趣旨、審理対象及び審理経過等を認識することができず、むしろ、本件女性法廷自体がさまざまな争点や問題点を抱えているなどのコメント部分が付加されるなどの改編がされており、本件女性法廷は、スタジオ対談や資料映像を用いて、女性に対する戦時性暴力が人道に対する罪として問われるようになった歴史的潮流を追い、その中での位置付けや意義を考察するという観点から素材として扱われているにすぎず、いわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組とは相当程度かい離したものとなっていると認められ、このことは原告の期待、信頼を侵害するものであったというべきである。
 そして、本件番組は、平成13年1月24日の試写の段階においては、本件女性法廷の手続の冒頭から判決の概要の言渡しまでの過程を、被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容のものであった。上記試写後、Y3が編集方針の違いを理由に番組制作から離脱しており、番組の編集方針に大きな転換が生じたものというべきであるが、上記試写後のLの指示による番組内容の変更は、本件番組の制作責任者としてより良い番組を作ろうとした純粋な姿勢によるものと評価され、この段階における編集の自由は尊重されるべきであり、原告の期待、信頼も維持されていたと認められる。しかし、ふだん番組制作に立ち会うことが予定されていないO及びPが立ち会って試写が行われ、同人らの意見が反映されて修正が行われた同月26日以降は、同人らが、番組作りは公正中立であるようにとの国会議員等の発言を必要以上に重く受け止め、その意図をそん度してできるだけ当たり障りの無いような番組とすることを考え、そのような形にすべく本件番組について直接指示したことにより、修正が繰り返されたものであって、これは当初の本件番組の趣旨とはそぐわない意図からされた編集行為であった。そして、本件番組の取材、編集行為は、放送という目的に向けられた手段であるから、Y1の放送行為と共に被告らが共同して行った本件番組の改編行為が、原告の期待、信頼に対する侵害行為となる。
(2) 説明義務違反について
ア 番組の制作や取材に携わる者は、番組の制作過程で番組のねらいや内容が変更された場合、取材対象者との間においてこれを説明する旨の約束がある等、特段の事情があるときに限り、法的な説明義務を負うと解するのが相当である。
イ 本件についてみると、上記のとおり、原告には本件番組の内容について法的保護に値する期待、信頼が生じており、被告らはこのことを認識していたのであるから、上記アにいう特段の事情があるというべきである。そして、本件番組は、改編の結果、EやJによる説明とは相当かけ離れた内容になったのであるから、原告は、この点の説明を受けていれば、自己決定権の一態様として、被告らに対して、番組から離脱することや善処方を申し入れたり、他の報道機関等に実情を説明して対抗的な報道を求めたりすること等ができたものであるが、被告らが説明義務を果たさなかった結果、これらの手段を採ることができなくなったのであり、その法的利益を侵害されたものというべきである。
(3) 被告らの責任について
ア Y3のE及びJは、番組制作に携わる者として、番組の制作過程において、取材対象者から得られた素材が様々に編集され得ることや、それを使用して制作される番組の趣旨や内容が流動的で変化し得るものであることを承知しており、本件番組についても同様であったから、原告に対し、そのような説明をすることにより誤解を生じさせないようにすべきであったのに、そのような説明をしなかったために原告に前記期待と信頼を抱かせることとなったものである。また、Y3は、編集作業から離脱することとなった平成13年1月24日には、Y1のその後の編集の結果、番組が更に変更されることを十分に予測することができたのであるから、Y1の担当者に対し、Y3において原告に番組改編の説明をすることの許可を求めたり、Y1の責任において説明義務を果たすように申し出るべきであったのに、これらを行わなかった。
イ Y1においては、原告の上記期待、信頼を認識しながら、本件番組の改編を実際に決定して行い、これを放送したものであり、また、平成13年1月26日以降、原告の期待、信頼とは相当かけ離れた内容の改編を行ったのであるから、同日以降、原告に対して改編の内容を説明すべきであったが、これを行わなかった。
ウ Y2も、Eの上記取材活動をいわば自己の活動として利用し、原告の期待と信頼を認識しながら行動してきたことは明らかであり、Iを通じる等してEの動静に注意するなり、Y1に善処を求めるなりすべきであったのに、これをしなかったし、Y3と同様に説明義務も果たしていない。
エ 以上によれば、被告らは、いずれも、原告に対して、期待、信頼を侵害したこと及び番組内容の改編についての説明義務を怠ったことによる各不法行為責任を負う。被告らは、本件番組の放送に向けて互いに協力し合い、他者の行為を利用して取材、編集行為を行い、その結果完成した本件番組を被告らの共同制作としてY1が放送したのであって、被告らの行為は原告の信頼破壊に向けられた有機的に関連を有する一連の行為であるから、共同不法行為が成立する。
2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
(1) 原告の期待、信頼が侵害されたことを理由とする被告らの不法行為責任について
ア 放送法は、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」等の原則に従って、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的として制定されたものである(同法1条)が、同法3条は、「放送番組は、法律に定める権限に基く場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」と規定し、同法3条の2第1項は、「放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。一 公安及び善良な風俗を害しないこと。二 政治的に公平であること。三 報道は事実をまげないですること。四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」と規定し、同法3条の3第1項は、「放送事業者は、放送番組の種別及び放送の対象とする者に応じて放送番組の編集の基準(以下「番組基準」という。)を定め、これに従って放送番組の編集をしなければならない。」と規定している。これらの放送法の条項は、放送事業者による放送は、国民の知る権利に奉仕するものとして表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることを法律上明らかにするとともに、放送事業者による放送が公共の福祉に適合するように番組の編集に当たって遵守すべき事項を定め、これに基づいて放送事業者が自ら定めた番組基準に従って番組の編集が行われるという番組編集の自律性について規定したものと解される。
 このように、法律上、放送事業者がどのような内容の放送をするか、すなわち、どのように番組の編集をするかは、表現の自由の保障の下、公共の福祉の適合性に配慮した放送事業者の自律的判断にゆだねられているが、これは放送事業者による放送の性質上当然のことということもでき、国民一般に認識されていることでもあると考えられる。
 そして、放送事業者の制作した番組として放送されるものである以上、番組の編集に当たっては、放送事業者の内部で、様々な立場、様々な観点から検討され、意見が述べられるのは、当然のことであり、その結果、最終的な放送の内容が編集の段階で当初企画されたものとは異なるものになったり、企画された番組自体が放送に至らない可能性があることも当然のことと国民一般に認識されているものと考えられる。
イ 放送事業者が番組を制作し、これを放送する場合には、放送事業者は、自ら、あるいは、制作に協力を依頼した関係業者(以下「制作業者」という。)と共に、取材によって放送に使用される可能性のある素材を広く収集した上で、自らの判断により素材を取捨選択し、意見、論評等を付加するなどの編集作業を経て、番組としてこれを外部に公表することになるものと考えられるが、上記のとおり、放送事業者がどのように番組の編集をするかは、放送事業者の自律的判断にゆだねられており、番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が当初企画されたものとは異なるものになったり、企画された番組自体放送に至らない可能性があることも当然のことと認識されているものと考えられることからすれば、放送事業者又は制作業者から素材収集のための取材を受けた取材対象者が、取材担当者の言動等によって、当該取材で得られた素材が一定の内容、方法により放送に使用されるものと期待し、あるいは信頼したとしても、その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならないというべきである。
 もっとも、取材対象者は、取材担当者から取材の目的、趣旨等に関する説明を受けて、その自由な判断で取材に応ずるかどうかの意思決定をするものであるから、取材対象者が抱いた上記のような期待、信頼がどのような場合でもおよそ法的保護の対象とはなり得ないということもできない。すなわち、当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において、取材担当者が、そのことを認識した上で、取材対象者に対し、取材で得た素材について、必ず一定の内容、方法により番組中で取り上げる旨説明し、その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは、取材対象者が同人に対する取材で得られた素材が上記一定の内容、方法で当該番組において取り上げられるものと期待し、信頼したことが法律上保護される利益となり得るものというべきである。そして、そのような場合に、結果として放送された番組の内容が取材担当者の説明と異なるものとなった場合には、当該番組の種類、性質やその後の事情の変化等の諸般の事情により、当該番組において上記素材が上記説明のとおりに取り上げられなかったこともやむを得ないといえるようなときは別として、取材対象者の上記期待、信頼を不当に損なうものとして、放送事業者や制作業者に不法行為責任が認められる余地があるものというべきである。
ウ これを本件についてみると、上記事実関係等によれば、本件番組の取材に当たったY3の担当者は、原告に対し、@本件提案票の写しを交付し、A本件番組は、ドキュメンタリーと対談とで構成され、本件女性法廷が何を裁くかということや本件女性法廷の様子をありのままに視聴者に伝える番組になると説明し、B昭和天皇についての判決がされれば、判決の内容として放映すべきであると述べ、C本件女性法廷の全部及びその準備活動等その開催に向けた一連の活動について取材、撮影したいと申し入れ、D実際に、原告の運営委員会の傍聴や撮影、Bに対するインタビュー、本件女性法廷の会場の下見への同行、リハーサルの撮影を行い、本件女性法廷の開催当日、他の報道機関が2階席からの取材、撮影しか許されなかったのに対し、1階においても取材、撮影することが許され、本件女性法廷の一部始終を撮影したというのである。しかしながら、上記DのY3による実際の取材活動は、そのほとんどが取材とは無関係に当初から予定されていた事柄に対するものであることが明らかであり、原告に格段の負担が生ずるものとはいえないし、上記CのY3による当初の申入れに係る取材の内容も、原告に格段の負担を生じさせるようなものということはできない。また、上記@〜CのY3の担当者の行為は、取材を申し入れた時点において提案ないし予定されている番組の趣旨内容及び取材内容に関するもの、あるいは取材担当者の個人的な意見を述べたにとどまるものであることが明らかであり、Y3の担当者の原告に対する説明が、本件番組において本件女性法廷について必ず一定の内容、方法で取り上げるというものであったことはうかがわれないのであって、原告においても、番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が上記説明と異なるものになる可能性があることを認識することができたものと解される。
 そうすると、原告の主張する本件番組の内容についての期待、信頼が法的保護の対象となるものとすることはできず、上記期待、信頼が侵害されたことを理由とする原告の不法行為の主張は理由がない。
(2) 説明義務違反を理由とする被告らの債務不履行責任又は不法行為責任について
 上記のとおり、原告の主張する本件番組の内容についての期待、信頼が法的保護の対象となるものとすることはできないから、このような場合においては、放送事業者や制作業者と取材対象者との間に番組内容について説明する旨の合意が存するとか、取材担当者が取材対象者に番組内容を説明することを約束したというような特段の事情がない限り、放送事業者や制作業者に番組の編集の段階で本件番組の趣旨、内容が変更されたことを原告に説明すべき法的な説明義務が認められる余地はないというべきである。そして、本件においてそのような特段の事情があることはうかがわれないから、上記説明義務違反を理由とする原告の債務不履行及び不法行為の主張は、いずれも理由がない。
(3) まとめ
 各論旨のうち、以上の趣旨をいう点はいずれも理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中、原告の請求を認容すべきものとした部分は破棄を免れない。
第3 平成19年(受)第811〜813号附帯上告代理人飯田正剛ほかの附帯上告受理申立て理由について
 論旨は、原審が説明義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求を認めなかったことを非難するものであるが、同請求に理由がないことは上記第2、2(2)のとおりであるから、論旨は理由がない。
第4 結論
 以上のとおりであるから、@原告のY1及びY2に対する請求については、原判決中、同被告らの各敗訴部分を破棄し、同部分につき原告の請求を棄却した第1審判決に対する原告の控訴及び原告の原審で追加した請求をいずれも棄却し、A原告のY3に対する請求については、原判決中、同被告の敗訴部分を破棄し、第1審判決中、同被告の敗訴部分を取り消して、同部分につき原告の請求を棄却するとともに、原告の原審で追加した請求のうち原判決中同被告の敗訴部分に係る部分を棄却し、第1審判決中、債務不履行に基づく請求のうち同部分と選択的併合の関係にある部分についての原告の控訴を棄却し、B原告の附帯上告については、これを棄却することとする。
 よって、判示第2、2(1)につき裁判官横尾和子の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官横尾和子の意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見の結論に賛成するものであるが、その理由は、判示第2、2(1)に関しては、多数意見と異なり、事実についての報道及び論評に係る番組の編集の自律は取材対象者の期待、信頼によって制限されることは以下の理由により認められないとするものである。
 取材対象者が抱いた内心の期待、信頼は、それが表明されないままに取材担当者が認識できるものではなく、また、取材の都度、その内容や程度を確認することも報道取材の実際からして期待できるものでもない。それにもかかわらず、期待、信頼を確認せずに番組の放送をした場合に、その内容が期待、信頼と異なるとして違法の評価を受ける可能性があるということであれば、それが取材活動の萎縮を招くことは避けられず、ひいては報道の自由の制約にもつながるものというべきである。
 また、期待、信頼を保護することの実質は、放送事業者に対し期待、信頼の内容に沿った番組の制作及びその放送を行う作為を求めるものであり、放送番組編集への介入を許容するおそれがあるものといわざるを得ない。
 さらに、多数意見も述べるとおり、放送法上の放送事業者の番組の編集は、表現の自由の保障の下、公共の福祉の適合性に配慮した放送事業者の自律的判断にゆだねられており、また編集過程においては取材された素材の取捨選択を含め番組の内容が変更されることも当然のことと認識されているものと考えられているのであるから、取材対象者の抱く期待、信頼を法的保護に値するものと認める余地はないと解される。
 本件番組は、その内容からして上記の報道及び論評に係る番組に当たるといい得るものであり、上述の理由により、原告の主張するような期待、信頼が侵害されたことを理由とする主張は理由がない。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 横尾和子
 裁判官 甲斐中辰夫
 裁判官 泉徳治
 裁判官 才口千晴
 裁判官 涌井紀夫
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