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【事件名】商標“Kent”侵害事件(2)
【年月日】平成20年5月30日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10428号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年5月15日)

判決
原告 株式会社ケントジャパン
訴訟代理人弁理士 田中二郎
被告 株式会社ショップエンドショップス
訴訟代理人弁護士 鳥海哲郎
同 上野さやか
訴訟代理人弁理士 佐野弘
同 小林彰治


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が無効2006−89177号事件について平成19年11月19日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
(1) 被告は、登録第4766118号商標(甲1、別紙「商標目録」、以下「本件商標」という。)に係る商標権者である。本件商標は、「Kent Family」と欧文字で横書きをしたものであり、平成15年2月26日にその登録出願がされ、第18類「かばん金具、がま口口金、皮革製包装用容器、愛玩動物用被服類、かばん類、袋物、携帯用化粧道具入れ、傘、ステッキ、つえ、つえ金具、つえの柄、乗馬用具、皮革」及び第25類「被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、仮装用衣服、運動用特殊衣服、運動用特殊靴」を指定商品として、同16年3月9日にその登録査定がされ(甲2)、同年4月23日にその設定登録(以下「本件商標登録」という。)がされたものである。
(2) 原告は、平成18年12月25日、特許庁に対し、本件商標登録の無効審判請求(無効2006−89177号事件)をした。
 原告(請求人)が審判手続において本件商標の登録無効の理由として引用する商標は、以下のとおりである(いずれも、別紙「商標目録」のとおりである。)
ア Kent商標
 株式会社ヴァンヂャケット及び株式会社イトーヨーカ堂が紳士用の衣服等について使用している「Kent」の欧文字からなる商標(甲5。以下、「Kent商標」という。)。
イ 本件引用商標1
 登録第653109号商標(甲60、61。以下「本件引用商標1」という。)は、欧文字をやや傾斜させて「KENT」と横書きしたものであり、昭和38年2月12日にその登録出願がされ、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として、同39年9月16日にその設定登録がされたものである。その後、指定商品については、平成17年11月9日に、第16類「紙製幼児用おしめ」、第20類「クッション、座布団、まくら、マットレス」、第21類「家事用手袋」、第22類「衣服綿、ハンモック、布団袋、布団綿」、第24類「布製身の回り品、かや、敷布、布団カバー、布団側、まくらカバー、毛布」及び第25類「被服」とされ、指定商品の書換登録がされている。
ウ 本件引用商標2
 登録第836101号商標(甲62、63。以下「本件引用商標2」という。)は、片仮名文字の「ケント」と、欧文字の「KENT」とを上下2段にして横書きしたものであり、昭和38年12月25日にその登録出願がされ、第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉及びその模造品、造花、化粧用具」を指定商品として、同44年10月29日にその設定登録がされている。
エ 本件引用商標3
 登録第3031467号商標(甲64、65。以下「本件引用商標3」という。)は、片仮名文字で「ケント」と横書きしたものであり、平成4年5月8日にその登録出願がされ、第25類「運動用特殊衣服」を指定商品として、同7年3月31日にその設定登録がされている。
(3) 審決の経緯及び判断
 特許庁は、平成19年11月19日、無効2006−89177号事件について、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月29日に原告に対して送達された。審決の内容は、別紙審決書写しのとおりであり、その要点は、本件商標は、商標法4条1項10号、11号及び15号に該当しないとするものである。
第3 当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張
 審決には、以下のとおり、商標法4条1項11号、及び同条同項15号に該当しないとした認定判断に誤りがある。
 なお、商標法4条1項10号に該当しないとした認定判断については取消事由として主張しない。
(1) 取消事由1(商標法4条1項11号該当性)について
ア 本件商標と本件引用商標1ないし3の各商標との商標の類否
 本件引用商標1は、欧文字を傾斜させて「KENT」と横書きしたものであり、本件引用商標2は、片仮名文字の「ケント」と欧文字の「KENT」とを上下2段にして横書きしたものであり、本件引用商標3は、片仮名文字で「ケント」と横書きしたものである。
 他方、本件商標は、その後半に「Family」の語が付加されている点で本件引用商標1ないし3と相違する。しかし、「Kent Family」と、一連で使用されると、「Family」は「一族」、「一家」という意味となり、全体として「Kent一族」、「Kent一家」といった意味合いを生じさせる。本件商標が付された商品に接した需要者、取引者は、本件引用商標1ないし3の付された商品主体と何らかの関連性を有する主体に係る商品であると認識する可能性が高いと考えられるから、両者の観念は類似する。そのような点を考慮すると、本件商標は、本件引用商標1ないし3の各商標とは類似するといえる。
イ 本件商標と本件引用商標1ないし3の各商標との指定商品の類否
 本件商標に係る指定商品は、本件引用商標1の指定商品中の「被服」において同一であり、本件引用商標2の指定商品中の「装身具」において同一の範囲内に含まれ、本件引用商標3の指定商品中の「運動用特殊衣服」において同一である。
ウ 以上のとおり、本件商標は、その指定商品のうち第18類「かばん類、袋物」及び第25類「被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、運動用特殊衣服」について、商標法4条1項11号に該当する。
 審決は、本件商標と本件引用商標1ないし3とは類似しないと認定判断した点に違法があるから、取り消されるべきである。
(2) 取消事由2(商標法4条1項15号該当性)について
ア 「Kent商標」は、本件商標出願前である昭和38年からその使用が開始されて以来、著名な商標となっており、本件商標出願時である平成15年2月26日においても、また、現在においても、継続的な使用によってその周知、著名性が継続している。
 平成17年においても、「Kent商標」を付した商品は、使用権の設定を受けたイトーヨーカ堂において良好な売上げを示してきた。これは、1960年代から1980年代のアイビーブームの中で青春を送ったいわゆる団塊世代が、「VAN」商標と肩を並べて人気のあった「Kent商標」の名称や英国的かつ伝統的なイメージを記憶していたからである。周知され著名になった商品ブランドのイメージは、長い期間にわたって、需要者、取引者の記憶に残っているといえる。
 本件商標は、このように著名な「Kent」を、商標中に含むから、本件商標と「Kent商標」は、観念において同一又は類似といえる。
イ 上記のとおり、「Kent商標」は「被服」等の商品に使用されており、現在においても、周知、著名商標である。
 多くの服飾メーカーが、被服だけでなく、靴や傘・かばん等にまで同一標章の下に商品を製造、販売し、同一デザインや同一コンセプトを活かしたトータルファッションを提供するという商品展開を行っている取引の実情を前提とすれば、本件商標を「被服」に使用した場合はもとより、「被服」以外の靴・傘・かばん等の指定商品に使用した場合であっても、本件商標を付した商品に接した需要者、取引者は、その商品を「Kent商標」の出所と何らかの関連を有する出所に係る商品であると認識する。
ウ 被告は、熊本ケントファミリーショップの写真(平成16年7月。甲175の1)及び茨城県大洗のショッピングセンターのアウトレットの写真(平成18年3月。甲175の2)に示されるとおり、本件商標「Kent Family」の使用に際して、「Kent」の文字を大きく表記し、その部分が目立つように使用していた。
 また、登録商標「Mr.SHOP KENT」(登録第2491313号)については、原告が商標権を有し、被告に使用権を付与していたが、被告は当該商標を使用する際においても、伊勢丹浦和店の伊勢丹通信(平成16年6月。甲176の1)、大手町ビルヂングのSHOP GUIDE及び店内の写真(平成19年2月。甲176の2)に示すように、「Kent」の文字を大きく表記して、その部分が目立つように使用していた。被告は、原告の停止の求めに応じて、そのような態様での使用を停止したものの、現在でも不正な使用行為を続けている。例えば、平成20年2月29日に配信されていた株式会社ショップエンドショップスのホームページ(甲177)においては、画面下方に枠の中に表示された「Mr.SHOP/Kent」の全体を2段書きにし、「Kent」の語を大きく表記している(なお、上記の「/」は上下段に分かれた商標を意味する。以下同じ。)。
 被告のこのような行為は、「Kent商標」の周知性・著名性を認識した上で、その顧客吸引力を利用して自己に有利な業務を展開しようとする行為といえる。
エ 以上のとおり、本件商標は、その指定商品(第18類、25類)について他人(原告)の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標であるから、商標法4条1項15号に該当する。
 審決は、「Kent商標」の周知性・著名性の認定判断を誤まり、本件商標と「Kent商標」とは、その業務に係る商品の出所を混同するおそれがないと認定判断した点において違法であるから、取り消されるべきである。
2 被告の反論
(1) 取消事由(商標法4条1項11号該当性)に対して
 本件商標と本件引用商標1ないし3とは、称呼、外観において相違する。また、本件商標から「Kent一族、Kent一家」という観念が生ずるのに対して、本件引用商標1ないし3からは、欧米の男子名である「ケント」又は英国の州名「ケント州」という観念が生ずるから、両者は、観念において異なる。
 原告は、本件商標が「Kent一族、Kent一家」という意味合いを有するがゆえに、需要者において、「Kent」の商品主体と関連性を有する商品主体の商品であると誤認される可能性が高いから、観念が類似すると主張する。
 しかし、誤認を招くことを根拠に、両商標の観念が類似であるとするのは論理の順序が逆である。また、本件商標は、「Kent」標章を付した商品の出所との関連性を想起させるものではなく、商品の出所について誤認を招くことはない。
 したがって、本件商標と本件引用商標1ないし3とは、外観、称呼、観念ともに異なる非類似の商標であるから、審決の認定判断に誤りはなく、これを取り消すべき事由はない。
(2) 取消事由2(商標法4条1項15号該当性)に対して
 以下の事実、すなわち、@書籍・雑誌における「Kent」製品に関する記事の掲載時期、頻度及び内容(甲7〜13、16)、A「Kent」製品の広告の掲載時期、頻度及び内容(甲8、17〜34、45〜53)、B「Kent」製品に係るカタログの発行時期、頻度及び内容(甲35〜44、54〜58)、Cイトーヨーカ堂に係る「Kent」製品に関する新聞記事及び折り込みチラシの掲載又は発行時期、頻度及び内容(甲67〜77)、D「Kent」製品に係る売上高(甲59)、及びE取引の状況(甲66)に照らすならば、本件商標が登録出願された平成15年当時、「Kent商標」に周知・著名性があったとはいえない。このことは、「Kent」製品の売上高(甲59。平成11年8月から同18年7月までの各月の売上高を示したもの。)が紳士服業界における他社の売上高と引き比べても僅少であり(甲115)、また周知・著名な商標を掲載した専門リスト(甲116、117)にも、「Kent商標」は登載されていないことからも明らかである。
 また、昭和52年当時の周知・著名性についても、「Kent」製品の当時の売上高及び広告宣伝の事実を示す証拠がないため、周知、著名性があったと認めることはできず、それ以降の継続的な使用によって「Kent商標」の周知・著名性が本件商標の登録出願時まで維持されていたということもできない。
 本件商標の指定商品中の「かばん類、袋物、履物」が、「Kent商標」を使用した被服との間で一定の関連性を有する商品群であるとしても、そもそも「Kent商標」は周知、著名性を有していないから、本件商標を付した商品が「Kent商標」を付した商品と、出所において関連性を有する商品であると誤認されるおそれはない。
 したがって、本件商標が「Kent商標」との間で出所混同を生じさせるおそれはなく、審決の認定判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性)について
(1) 本件商標と本件引用商標1ないし3の類否について検討する。
 商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるかどうかによって決めるべきであり、そのためには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によつて取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかもその商品の取引の実情を明らかにし得るかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきである。
 上記の観点から、以下のとおり判断する。
ア 外観、称呼について
 外観について、本件商標は、欧文字により「Kent Family」と表記され、「Kent」と「Family」の間には一字分の間隙があるものの、「Kent」と「Family」が同じ大きさであり、それぞれの頭文字が同じ大きさの大文字で表記されていること、全体として「ケント家、ケント一族」という意味を連想させる語であることからすれば、「Kent」と「Family」とが一連に表記されているとの外観を呈しているといえる。これに対し、本件引用商標1は欧文字をやや傾斜させて「」と横書きしたKENT ものであり、本件引用商標2は片仮名文字の「ケント」と欧文字の「KENT」を上下2段にして横書きしたものであり、本件引用商標3は片仮名文字で「ケント」と横書きしたものである。したがって、本件商標と、本件引用商標1ないし3とは、外観において類似しないというべきである。
 また、称呼について、本件商標は「ケントファミリー」との称呼が生ずるのに対して、本件引用商標1ないし3は、いずれも「ケント」との称呼が生ずるから、称呼において類似しない。
イ 観念について
 観念について、本件商標からは「ケント家、ケント一族」との観念を生ずると解するのが自然である。他方、本件引用商標1ないし3は、欧米の男子の名「ケント」又は英国の州名「ケント州」などの観念を生ずる余地はあるが、「ケント家、ケント一族」という観念が生ずることはない。
 これに対して、原告は、本件商標は、「Kent」に「Family」の語を付加したものであり、「Kent一族、Kent一家」という観念を有するので、需要者において、「Kent」の出所と関連性のある出所であると理解される余地があるから、本件商標と本件引用商標1ないし3とは類似すると解すべきであると主張する。
 しかし、後記認定のとおり、「Kent」の語を含む登録商標は、「KENT HOUSE」、「LOYAL KENT/ロイヤルケント」等、多数存在している実情等に照らすならば、本件商標と本件引用商標1ないし3が、観念において類似するということはできず、この点における原告の主張は採用できない。
(2) 以上によれば、本件商標は、本件引用商標1ないし3とは、その外観、称呼及び観念のいずれの点においても類似していないから、類似する商標とはいえない。したがって、取消事由1に関する原告の主張は採用の限りでない。
2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性)について
(1) 本件商標は、その指定商品(第18類、25類)について他人(原告)の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標であるといえるか否かについて、検討する。
 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品等に使用したときに、当該商品等が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれがある商標を含むものと解するのが相当である。そして、「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである。
 上記の観点から、本件商標が、商標法4条1項15号に該当するか否かについて検討する。
(2) 事実認定
ア 「Kent商標」の経緯
 昭和22年設立の株式会社ヴァンヂャケット(以下「旧ヴァンヂャケット社」という。甲14)は、昭和35年ころからアイビー(アメリカのカジュアルウエア)と呼ばれる若者向けの衣料品の販売を始め、「VAN」ブランドを展開していたが、昭和41年ころから、20代後半から30代の社会人男性を主な購買層として、「VAN」商標よりも高品質高価格なブランドとして「Kent商標」の製品の販売を開始した(甲7、8)。「Kent商標」を付した製品は、青山Kentショップなどで販売され(甲7、10、12)、昭和40年代から昭和50年代においては、ファッションに関心を持っていた男性を中心として相当程度知られるようになった。
 ところが、旧ヴァンヂャケット社は、昭和53年4月ころ事実上倒産し、同年10月に破産宣告を受け、昭和59年2月に破産手続が終結した(甲12、14)。
 昭和54年、同社の元社員で構成されたPX組合が、破産管財人の許可を受けて、「Kent商標」の在庫品等の販売をしたが(甲12)、昭和55年12月ころ、株式会社ヴァンヂャケット新社が設立され(甲3)、同社は、旧ヴァンヂャケット社の保有していた知的財産権のすべてを譲り受けた(甲15の1〜3)。ヴァンヂャケット新社設立後は、青山Kentショップ、名古屋ヴァンショップ、大阪のヴァンガーズ等において「Kent商標」を付した製品の販売を続け(甲12、16)、雑誌にも「Kent商標」の商品が紹介された(甲16)。
 昭和58年ころ、ヴァンヂャケット新社は、新たに設立された株式会社ケントに対し、「Kent」商標の使用権を与え、同社に「Kent」商標の製品の販売を委託した。株式会社ケントは、「Kent商標」の製品を青山Kentショップ等で販売し、年に1〜4回程度、雑誌等に「Kent商標」の広告や「Kent商標」を付した製品の広告を掲載したり(甲8、17〜34[昭和62年から平成8年までの約10年間に18回])、1年に2回程度「Kent商標」を付した製品のカタログを、来店した顧客に対して配布したり、顧客に対してノベルティグッズを配布するなどした(甲35〜44)。平成9年3月、ヴァンヂャケット新社は、株式会社ケントを吸収合併し、合併後は、ヴァンヂャケット新社が、「Kent商標」を付した製品の販売活動を行った。
 ヴァンヂャケット新社の「Kent商標」の月間売上は、平成11年10月には、8000万円程度あったが、その後減少して、平成18年には、月間100万円前後を推移するまで減少した(甲59)。
イ 原告による「Kent商標」の展開
 平成17年2月、ヴァンヂャケット新社は、原告に対し、その有する本件引用商標1ないし3の商標権を譲渡し(甲60〜65)、譲渡を受けた原告は、本件引用商標1ないし3の商標権について、関連会社である株式会社ビイエムプランニング(以下「ビイエムプランニング社」という。)のために専用使用権を設定した。
 平成13年2月ころ、イトーヨーカ堂は、ビイエムプランニング社から、「Kent商標」の使用の許諾を受けて、「Kent商標」を付した男性用被服の販売を開始した(甲66、69)。イトーヨーカ堂の「Kent商標」を付した商品は、一時期、売上げが伸びたが、その後減少に転じ、平成18年には「Kent商標」の製品の販売を中止した。なお、平成19年3月から、ららぽーと横浜店においてのみ「Kent商標」の製品の販売を再開した(甲80〜82)。
 イトーヨーカ堂における「Kent商標」を付した製品の取扱量は、仕入原価でみると、次のとおりであった(甲66)。すなわち、平成13年度は、6億4715万9000円、平成14年度は、7億2548万8000円、平成15年度は、5260万3000円、平成16年度は、18億2930万5000円、平成17年度は、24億7182万4000円、平成18年度(5か月)は、2億6693万7000円であった。
ウ 「Kent商標」の評価
(ア) 「ファッションブランドガイド/SENKEN FB2002」中の「メンズウエア業績ランキング」(平成13年12月10日繊研新聞社発行。甲116)によれば、業界トップのオンワード樫山の売上高は約623億円であり、業界100位のイグルスも約23億8000万円である。これに対し、ヴァンヂャケット新社の売上高(例えば平成15年3月は399万5000円、甲59)はもとより、イトーヨーカ堂の前記売上高(例えば本件商標出願時である平成15年度の仕入原価5260万3000円)も、極めて少ないといえる。
(イ) 「Nissen BRAND DATA2000」(甲117)には、約2000件もの被服ブランドが掲載されているが、「Kent商標」は記載されていない。また、「ファッションブランドガイド/SENKEN FB2002」中の「ブランドインデックス」(平成13年12月10日繊研新聞社発行。甲118)にも、約2000社9000件の日本の被服ブランドが掲載されているが、「Kent商標」は記載されていない。
(ウ) 「Kent」を含む商標は、現在、27件の登録商標が存在し(甲85の1〜27、弁論の全趣旨)、その中には、「KENT HOUSE」(甲85の3)、「KENT JONEZ」(甲85の8)、「KENT JOSEF」(甲85の9)、「KENT BROS」(甲85の10)、「KENT DENTAL/ケントデンタル」(甲85の15)、「LOYAL KENT/ロイヤルケント」(甲85の16)、「STUART KENT/スチュアートケント」(甲85の18)「ケントアヴェニュー/Kent Ave.」(甲85の24)等の登録商標がある(なお、それらの正確な登録商標は、甲85の1〜27の各「標準表示」記載のとおりである。)。
(3) 判断
 上記の認定事実に基づいて、商標法4条1項15号該当性を判断する。
 「Kent商標」は、旧ヴァンヂャケット社の著名な学生向けブランド「VAN」に関連して、社会人男性を主な購買層として展開され、昭和40年代から昭和50年代においては、男性を中心として相当程度に知られていた商標であったが、昭和53年に旧ヴァンヂャケット社が倒産するとともに、その商標価値が大きく損なわれ、ヴァンヂャケット新社による「Kent商標」製品の販売継続や書籍への広告掲載等の継続にもかかわらず、その周知度は次第に失われていった。「Kent商標」製品の月間売上高は、平成11年10月には8176万5000円であったものが、平成18年7月には71万4000円へと激減していること(甲59)、平成10年ころ以降は「Kent商標」独自の雑誌等への広告記事やカタログ作成もされた形跡がないこと、9000件程度の日本の被服ブランドが掲載されている平成14年版の書籍等にも「Kent商標」の記載がないこと、一方、現在では「Kent」の文字部分を含む27件の他社の登録商標が存在していること等を総合すれば、本件商標の出願時において、「Kent商標」は、広く知られた商標であると認めることはできず、また、前記認定したとおり、本件商標と「Kent商標」とは、その外観、称呼及び観念のいずれの点においても類似していないというべきである。
(4) 小括
 本件商標は、その指定商品(第18類、25類)及び類似する商品に使用した場合に、本件商標の指定商品等の一般の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準にして判断すると、他人(原告)の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標とはいえない。したがって、審決の認定及び判断に誤りはないから、この点に関する原告の主張は理由がない。
3 結論
 以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも失当であり、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 齊木教朗
 裁判官 嶋末和秀
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