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【事件名】インターネットカフェ利用者情報開示請求事件(2)
【年月日】平成20年5月28日
 東京高裁 平成20年(ネ)第123号
 (原審・東京地裁平成19年(ワ)第4528号)

判決
控訴人(被告) 株式会社ランシステム
代表者代表取締役 X
訴訟代理人弁護士 大塚一郎
被控訴人(原告) テレビ東京ブロードバンド株式会社
代表者代表取締役 Y1
被控訴人(原告) Y2
上記両名訴訟代理人弁護士 高橋利昌
同 鳥越雅文


主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、インターネット上の掲示板に書き込まれた情報により名誉等の権利を侵害されたと主張する被控訴人らが、端末機器等を設置するインターネットカフェの運営者である控訴人に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、上記書込に係る発信者情報の開示を求めたもので、@控訴人が保有、管理する端末機器、ルーター(異なる網間の中継・接続を行う通信機器)等の設備が法2条2号にいう「特定電気通信設備」に当たるか、A控訴人が、法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に当たるか、B控訴人が「発信者情報」を保有しているといえるか、C上記書込により被控訴人らの「権利が侵害されたことが明らかである」といえるか、という点が争点となった事案である。
 原判決は、被控訴人らの請求をいずれも認容したので、控訴人が控訴をした。
2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1項ないし3項(原判決2頁7行目から同10頁26行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、当事者の当審における主張は、3のとおりである。
3 当審における当事者の主張
(1)控訴人の主張
ア 控訴人が特定電気通信役務提供者に当たらないことについて
 特定電気通信役務提供者とは、自らが設置している特定電気通信設備から発信者情報を入手でき、かつ、情報送信を防止できる者を前提としているのであり、さらに情報の流通(法1条)の起点となる情報の記録媒体を含む設備であるウェブサーバ、ストリームサーバのみが特定電気通信設備に該当すると解すべきである。法案の審議過程で対象となることが明確に議論されなかった控訴人のようなインターネットカフェの運営者まで開示関係役務提供者とすることは、発信者の表現の自由及び通信の秘密を侵害し、憲法21条 1項及び2項に違反する。また、立法者の意思に反して開示関係役務提供者の範囲を拡張することは司法権による立法権の侵害となり、憲法41条にも違反する。
 控訴人は、顧客のプライバシー保護の観点から通信ログ(アクセスログ)を管理していないため、自己が設置する端末機器等から発信者情報を入手することはできないし、情報送信を防止することもできない。さらに、控訴人は、顧客に一時的に端末(パソコンと通信回線)及び契約プロバイダーの提供するインターネット接続サービスを利用させているにすぎず、ウェブサーバやストリームサーバを保有していないから、特定電気通信役務提供者に該当しない。
イ 被控訴人らが開示を求める情報は、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条第1項の発信者情報を定める省令(以下「省令」という。)が定める発信者情報のいずれにも該当しないことについて
 発信者情報の開示により発信者の表現の自由及び通信の秘密が侵害される危険性にかんがみると、法4条1項の定める発信者情報は明確な範囲に限定されるべきである。被控訴人らが開示を求める氏名又は名称及び住所の主体は、原判決「別紙書込目録記載の書込番号16640及び書込番号16759の各書込日時において、IPアドレス(〈省略〉)が割り振られた端末機器を管理する被告店舗を重複して利用した者」と抽象的に特定されているにすぎないし、被控訴人らの請求は、原判決別紙書込目録記載の書込番号16640及び書込番号16759の書込を行った者が同一人であるとの推定に基づき、本件第1書込、本件第2書込の書込日時(以下「本件各書込日時」という。)に重複して控訴人の該当店舗を利用していた顧客がいればその者が上記書込を行った発信者であると推認しているにすぎないのであって、真実上記の者が発信者であるとはいえないはずであり、省令1号、2号と同義ではない。被控訴人らが開示を求める発信者情報は、省令1号ないし5号のいずれにも該当しない。
(2)被控訴人らの主張
ア 控訴人が特定電気通信役務提供者に当たることについて
 法2条2号は、特定電気通信設備について記録媒体を持つ設備に限定していない。法2条3号に定める特定電気通信役務提供者は、「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な」者とはされておらず、発信者情報の取得方法にも何らの限定はない。法3条が、「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合」に限って損害賠償責任を負うとする理由は、そのような場合でなければ結果回避可能性がないからにすぎない。他方、店舗を利用する顧客全員について身分を確認のうえ会員登録を行い、会員のみがインターネットの利用ができるようにしている控訴人のようなインターネットカフェの運営者においては、発信者の特定に資する情報を開示するという対応をとることが可能であり、これは送信を防止する措置の可否とは何ら関係がない。
イ 被控訴人らが開示を求める情報は、省令が定める発信者情報であることについて
 本件各書込日時に重複して控訴人の該当店舗を利用した顧客が本件各書込を行ったと推認できるところ、本件各書込日時に重複して該当店舗を利用した顧客は1名であるというのであるから、上記の者が発信者であることは明らかであり、該当顧客の氏名及び住所は、省令1号及び2号に定める発信者情報に該当する。
第3 当裁判所の判断
1 まず、被控訴人らが開示を求めている情報が法4条1項にいう「発信者情報」に当たるといえるかを検討する。
(1)被控訴人らが開示を求める情報は、「発信者その他侵害情報の送信に係る者(原判決別紙書込目録記載の書込番号16640及び書込番号16759の各書込日時において、IPアドレス〔〈省略〉〕が割り振られた端末機器を管理する控訴人店舗を重複して利用していた者)の氏名又は名称及び住所」というものである。
 被控訴人らがこのような情報の開示を求めるのは、以下のような理由による。すなわち、本件では、@控訴人は、店館内に複数のインターネットに接続された端末機器を設置し、会員登録した顧客に対して、これを使用させるサービスを提供しているところ、控訴人は、POSシステムにおいて、顧客の利用記録(利用日、利用時刻、利用席)を保有しているが、使用端末の情報、通信ログは保有していない(甲2の1、2、甲11、弁論の全趣旨)。A本件各書込については、本件第1書込、本件第2書込のいずれにおいても、控訴人の管理するIPアドレス〔〈省略〉〕を使用してインターネットに接続がされ、書込がされている上、二度にわたる書込について、その投稿者のIDがいずれも同一で、いずれも書込の末尾に「メディア業界オンブズマン」との記載がされている(甲3、4、9、10、11)。そして、B控訴人は、原審において、裁判所の釈明に答える形で、本件各書込日時において、当該IPアドレスが割り振られた端末機器が設置された店舗(以下「当該店舗」という。)を重複して利用していた顧客は1名であり、控訴人は、当該顧客の住所及び氏名を把握していると答弁した。そこで、複控訴人らは、Aの事実から本件各書込は同一人物によるものであると推測した上、Bのとおり当該店舗を本件各書込日時に重複して利用した人物が1名であることから、その人物が本件書込をした者と推認し、@の顧客の利用記録を保有している控訴人に対し、上記のように開示を求める情報を特定して開示を求めたものである。
 以上によると、控訴人においては、POSシステムの形で、どの顧客が本件各書込日時に当該店舗を利用したかという情報を保有しているだけであるところ、被控訴人らが開示を求めている情報も、実は「当該店舗を重複して利用していた者」についての情報であるということができる(発信者がだれかという端的な情報を求めているのではない。また、控訴人はそのような端的な情報を保有していない。)。重複して利用した者が本件各書込をしたというのは、この情報から帰結される一つの判断(推認)にすぎない。
(2)ところで、法4条が想定している発信者情報の開示請求というのは、例えば@掲示板を管理するプロバイダーに対し、その保有する侵害情報に係るIPアドレスとタイムスタンプの情報(省令4号5号)の開示を求めたり、A発信者にインターネット接続サービスを提供しているISPに対し、@で獲得したIPアドレスとタイムスタンプの情報を使用して、当該発信の時点で当該IPアドレスの割当を受けていた者の氏名と住所の情報の開示を求めたり(省令1号、2号)するような場合が典型であって、開示を求める情報は、特定電気通信の過程において把握される発信者に関わる情報でなければならないと解される(Aの場合も発信者は特定通信の過程で把握されている。)
 ところが、本件で開示を求める情報は、顧客管理のための情報として、特定電気通信の過程とは別個の過程で得られた情報であり、かつ、特定の日時にだれが店舗を利用していたかという情報にすぎないのである。確かに、この店舗を利用したかどうかの情報は発信者を突き止めるのに役立つものであるが、そのような情報の開示は法4条の枠外である(なお、法4条では「発信者情報」に続く括弧書内において「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報」という文言が使われているが、この部分は、特定電気通信の過程で具体的に把握された発信者について、住所、氏名等で特定するようにするという趣旨をいっているだけである。ここで「特定に資する情報」という文言が使われていることは、本件のように、特定電気通信の過程においては発信者が不明の場合に、他で発信者発見の手がかりになるような情報の開示を求めることの根拠にはならないものである。)
 したがって、被控訴人らが開示を求める「発信者その他侵害情報の送信に係る者(原判決別紙書込目録記載の書込番号16640及び書込番号16759の各書込日時において、IPアドレス〔<省略>〕が割り振られた端末機器を管理する控訴人店舗を重複して利用していた者)の氏名又は名称及び住所」という情報は、法4条にいう発信者情報に当たらないことになるから、その余の点を検討するまでもなく、被控訴人らの請求は失当である(なお、被控訴人らは、訴状では開示を求める情報を「発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称及び住所」としていたのを、原審第2回口頭弁論期日において、上記のとおりに変更したものであるが、仮に元の請求に従って考えるとしても、控訴人が、「発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称及び住所」を知るためには、本件各書込日時に重複して当該店舗を利用した者がいるかどうかを、特定電気通信の過程の外にあるPOSシステムで調査して確認する必要があるところ、控訴人は、そのような調査をする義務まで負うものではないから、そのような情報を保有していないということになって、いずれにしても請求は理由がないことになる。)。
2 結論
 よって、被控訴人らの請求をいずれも認容した原判決を取り消し、被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第9民事部
 裁判長裁判官 大坪丘
 裁判官 宇田川基
 裁判官 足立哲
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