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【事件名】複製写真の不正競争事件
【年月日】平成20年4月25日
 東京地裁 平成19年(ワ)第29381号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年3月11日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 馬場恒雄
同 田中史郎
同 佐藤祐介
被告 四国八十八ヶ所霊場会(以下「被告霊場会」という。)
被告 B(以下「被告B」という。)
被告2名訴訟代理人弁護士 中田祐児
同 島尾大次
同 早崎卓也
同 高木誠一郎


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して、1億7600万円及びこれに対する平成17年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告霊場会の所有する仏像画を写真に撮影した原告が、同写真の複製物を更に写真撮影してこれを基に御札を製作して販売した被告らに対し、不正競争防止法(平成17年法律第75号による改正前のもの。以下「改正前不正競争防止法」という。)2条1項3号、4条又は民法709条に基づき、損害賠償を請求した事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告
(ア) 原告は、Cをペンネームとする写真家である。
(争いのない事実)
(イ) 原告は、平成8年に得度し、真言宗の僧侶の資格を持っている。
(甲7)
イ 被告ら
(ア) 被告霊場会の概要等
a 「四国八十八ヶ所」とは、四国にある88か所の弘法大師の霊場寺院の総称であり、徳島県23か所、高知県16か所、愛媛県26か所及び香川県23か所の寺院(札所)から構成されている。
(争いのない事実)
b 被告霊場会は、弘法大師の教義に関する布教、宣伝活動を行うこと、公認先達制度を設け、巡拝者の資質の向上を図ること、巡拝関係の業者を推薦・指定し、その品位の向上を図ることなどを目的として、四国八十八ヶ所の寺院の住職を正会員として組織された権利能力なき社団であり、理事17名からなる理事会が業務について決定をし、理事の中から選ばれた会長が業務を執行し、予算及び決算は総会の議決を経なければならず、財産は総会の議決を経て会長が管理することが定められているから、その名において訴え、又は訴えられることができる。
(乙1、弁論の全趣旨)
(イ) 被告B
 被告Bは、平成16年ころから現在まで、被告霊場会の代表者会長である。
(争いのない事実、弁論の全趣旨)
(2) お砂踏本尊
ア お砂踏」とは、各札所の境内の砂を集め、その砂を各札所と考えて、砂の上を踏みながら礼拝することである。通常、「お砂踏」をする場所の前に、各札所の本尊の絵図(お砂踏用本尊軸)、石仏等が祭られる。この礼拝によって、四国八十八ヶ所を遍路したのと同じ功徳があるとされる。
(争いのない事実)
イ 被告霊場会は、平成13年、同被告の事業としてのお砂踏等に用いるために、お砂踏本尊を製作することを決定した。
(争いのない事実、弁論の全趣旨)
ウ(ア) Dは、四国八十八ヶ所第4番札所である大日寺の住職であり、仏教美術の製作を行っていた。
(イ) 被告霊場会は、Dとの間で、平成13年8月、Dは「大師御影」1幅及び各札所につき1幅、合計88幅の「お砂踏本尊」を製作し、その所有権、著作権その他の一切の権利を被告霊場会に譲渡する、被告霊場会はその製作費3696万円を支払う旨の契約をした。
(ウ) Dは、平成14年5月までに、上記契約どおりに大師御影及びお砂踏本尊を製作し(以下、これらを「D著作物」という。)、被告霊場会に対し、その所有権、著作権その他一切の権利を譲渡した。
(争いのない事実、乙6、弁論の全趣旨)
(3) 本件出版契約及び本件書籍の出版
ア 株式会社日本放送出版協会(以下「NHK出版」という。)は、日本放送協会(以下「NHK」という。)のグループ企業である。
(争いのない事実)
イ 原告は、平成13年9月4日、NHK出版との間で、次の内容の出版契約を締結した(以下、この契約を「本件出版契約」という。)。
 第1条@ 原告は、「四国遍路・秘仏巡礼」(本著作物A)と「四国八十八ヶ寺・秘仏へんろ」(本著作物B)(いずれも仮称)と題する著作物を著作する。本著作物A及びBは、原告が撮影した写真と原告の解説文並びに第三者の寄稿文より構成されるものとする。
  A 原告は、本著作物A及びBの出版権をNHK出版に対し設定する。
 第3条A ・・・本著作物A及びBに関する四国の八十八ヶ寺各寺の写真掲載許諾は、原告が得るものとする。
(甲9)
ウ(ア) NHK出版は、平成14年6月、「四国遍路秘仏巡礼」と題する書籍(甲1。以下「本冊甲1」という。)及び「四国八十八ヶ所お砂踏本尊」(甲2。以下「別冊甲2」という。)を組とした書籍(以下「本件書籍」という。)を出版した。
 本件書籍は、本件出版契約における本著作物Aに相当する。
(争いのない事実、弁論の全趣旨)
(イ) 本冊甲1には、原告が撮影した写真及び原告の解説のほか、E、被告B、Dらの各文章、並びに東海大学情報技術センター提供の地図その他の画像等が掲載されている。
 そして、本冊甲1の表紙には、「C」及び「四国八十八ヶ所霊場会・監修」と表示され、同奥付には、「著者◎C」及び「監修◎四国八十八ヶ所霊場会」と表示されている。
(争いのない事実)
(ウ)a 原告は、平成14年5月、被告霊場会の事務所において、D著作物の写真を撮影した(以下、この写真を「本件写真」という。)。
b 本件写真は、平面的な作品であるD著作物を写真撮影したものである。
c 原告は、本件写真の撮影に当たり、D著作物の線及び色を忠実に再現した。
 ただし、後記7(1)ア(ア)bのとおり、原告は、忠実に再現することに加えて、お砂踏本尊に込められたDの「心」と「魂」を読者の「心」と「魂」に伝えようとしたと主張している。
d 忠実な再現のためには、高機能のカメラを使用し、その機能を引き出すために照明の当て方、シャッターのスピード及びレンズの絞り等カメラの操作に工夫と熟練を必要とする。
e また、D著作物は掛軸様に作成されたもので、そのサイズは縦約1.40m、横約0.50mであり、原告は、これを縦約13.6p、横約6pのサイズの写真として作成したが、このようなサイズの違いを克服して、原画の様子を写真で表現するには、熟練と技能を要する。
f さらに、D著作物には掛け軸の外枠が付いているが、この外枠なしに原画の様子を表現するためには、カメラの操作等に工夫を要する。
(以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)
(エ)a 別冊甲2の表紙には、「『四国遍路秘仏巡礼』別冊四国八十八ヶ所お砂踏本尊」との表題が付され、本件写真のうち「大師御影」が複製して掲載されている。
b 同中面には、本件写真のうち「お砂踏本尊」が、札所順に番号、寺号、本尊名が付記された上複製して掲載されている。
c 同裏表紙には、「所蔵◎四国八十八ヶ所霊場会」、「作画◎仏教美術会・D(2002年製作)」、「この冊子は、『四国遍路秘仏巡礼』(C=著、四国八十八ヶ所霊場会=監修)の別冊として作成したものです。」、「発行◎日本放送教会(NHK出版)」と記載されている。
(争いのない事実)
(オ) 平面的な作品を撮影対象とする写真において、正面から撮影する以外に撮影位置を選択する余地がない上、様々な技術的な配慮も、原画をできるだけ忠実に再現するために行われるものであり、独自に何かを付け加えるというものではないから、そのようにして撮影された写真は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)とはいえない。
 本件写真も、前記ウのとおり撮影されたものであるから、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)とはいえない。
(4) 本件御影の製作及び販売の経緯
ア 「御影(おみえ)」とは、本尊その他の諸仏を描いた絵画である。
 四国八十八ヶ所においては、遍路が巡拝の証として、各札所で御札大の本尊の御影を求める慣習がある。
(争いのない事実)
イ 被告霊場会は、平成16年、D著作物を基に、多色刷りの各お砂踏本尊の御影を製作し、各札所で販売することを決定した。
(弁論の全趣旨)
ウ(ア) 被告霊場会の担当者は、原告に連絡してその了解を得るようなことは一切せずに、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物のうち、25番札所である津照寺のものを除く87枚の写真をカメラで撮影し、これらを基に、背景等に加工を加え、御札大の多色刷りのお砂踏本尊の御影を製作した(以下、これらの御影を「本件御影」という。)。
(イ) 被告霊場会の所有するD著作物の原作品ではなく、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が撮影された理由は、上記複製物の大きさが一般的な御札の大きさにほぼ合致しており、縦1.4m、横0.5m程度の大きさを有するD著作物の原作品から撮影するのに比し、作業が楽であったためである。
(ウ) 25番札所である津照寺の御影は、本件写真の複製物ではなく、Dが新たに描いたお砂踏本尊を撮影して製作された。
(以上、争いのない事実、甲2、3の25、弁論の全趣旨)
(エ) 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物と本件御影とを対比すると、次の違いがある。
@ 背景の色について、本件写真の複製物では、背景の色が忠実に再現されている。
 これに対し、本件御影では、背景の色が全く再現されていない。
A 色の濃淡について、本件写真の複製物では、頭髪、顔や手足の肌、着衣及び台座等の色の濃淡が微に入り細に渡って原画を忠実に再現している。
 これに対し、本件御影では、その再現の仕方が粗雑である。
B 仏像の着衣の線及び台座の線について、本件写真の複製物では、緻密に原画が再現されている。
 これに対し、本件御影では、その再現の仕方が粗雑である。
(甲2、3(枝番の25を除く。)、弁論の全趣旨)
エ(ア) 被告霊場会は、平成16年12月、87か所の本件御影を各1万部、合計87万部分印刷して、上記各札所に対し、1部25円で納品した。
(イ) 被告霊場会は、平成18年6月、本件御影を合計8万部分増刷して、一部の札所に納品した。
(争いのない事実、弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 改正前不正競争防止法2条1項3号に基づく損害賠償請求
ア 商品の形態等
(ア) 他人の商品
(イ) 商品の形態
(ウ) 実質的同一
(エ) 通常有する形態
イ 被告Bの関与及び故意過失
ウ 原告の営業上の利益の侵害
エ 損害
(2) 不法行為による損害賠償請求
ア 違法性
イ 被告Bの関与及び故意過失
ウ 損害
(3) 権利濫用の抗弁
3 争点(1)ア(商品の形態等)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 他人の商品
 別冊甲2に掲載された本件写真の各複製物は、原告の同意なくして利用できないものとして、取引の対象となる動産であるから、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に当たる。
イ 商品の形態
 同本件写真の各複製物の形状は、横5.5p、縦14.2pで、そこに複製されたお砂踏本尊の線及び色は、原告が撮影したものでないと表現できない形態を有している。
ウ 実質的同一
 本件御影は、同本件写真の複製物と同一の形態を有している。
エ 通常有する形態
 後記被告らの主張エは否認する。
(2) 被告らの主張
ア 他人の商品
(ア) 原告の主張アは否認する。
(イ) 本件において、本件写真の原作品又はその複製物自体は、取引の対象とされていない。本件において改正前不正競争防止法2条1項3号の「商品」に当たるものは、別冊甲2である。
イ 商品の形態
(ア) 同イは否認する。
(イ) 改正前不正競争防止法2条1項3号は、商品に記録された思想、感情の創作的な表現ではなく、動産としての商品の形態を保護するものである。そして、この商品の形態は、商品と結び付けられた形状、模様、色彩及び光沢など外観上認識できる物理的性状でなければならず、心、技巧、努力、工夫、時間、労力等などの抽象的、精神的、内面的な諸要素によって左右されない。
(ウ) 仮に同本件写真の各複製物が商品であるとしても、その場合の「商品の形態」は、当該写真の動産としての形態、具体的には長方形、平面、プリント用紙、縦の長さ、横の長さなどの物理的性状である。
ウ 実質的同一
 同ウは否認する。
エ 通常有する形態
(ア)a 写真は、通常、長方形の形状を有している。
b 本件御影の長方形の形状は、「同種の商品・・・が通常有する形態」(改正前不正競争防止法2条1項3号)の点で、同本件写真の複製物と同一であるにすぎない。
(イ)a 仮に、同本件写真の各複製物のお砂踏本尊の線及び色が商品の形態に含まれるとしても、D著作物を正確に複製しようとすればするほど、同本件写真の各複製物のお砂踏本尊の線及び色は、D著作物のそれに似ざるを得ない。
b 本件御影のお砂踏本尊の線及び色は、被告霊場会が所有するD著作物を正確に複製しようとしたものであるから、「同種の商品・・・が通常有する形態」(改正前不正競争防止法2条1項3号)の点で、本件写真の複製物と実質的に同一であるにすぎない。
4 争点(1)イ(被告Bの関与及び故意過失)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 被告Bは、本件御影の作成に当たり、被告霊場会の担当者に対し、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を撮影し、これらを基に、本件御影を製作することを命じた。
イ 被告Bは、改正前不正競争防止法2条1項3号違反の不正競争を行って原告の営業上の利益を侵害することにつき、故意又は少なくとも過失があった。
(2) 被告らの主張
 原告の主張は否認する。
5 争点(1)ウ(原告の営業上の利益の侵害)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 別冊甲2に掲載された本件写真の各複製物は、原告の商品である。
イ 原告は、被告らの改正前不正競争防止法2条1項3号違反の不正競争により、本件写真の原作品等の売上げの減少を強いられ、線及び色の劣悪な札を販売されて原告の写真家としての名声及び信用を害され、原告の作成した本件写真との同一性を誤認混同されるなどして、営業上の利益を侵害された。
(2) 被告らの主張
ア 原告の主張は否認する。
イ 本件における商品は別冊甲2であるから、営業上の利益を侵害される者はNHK出版である。
6 争点(1)エ(損害)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 各札所の寺は、平成16年12月から、本件御影を1枚200円で販売した。
イ 各札所の寺は、平成17年6月30日までに、本件御影を完売した。
ウ よって、原告に生じた損害額は、次の計算式のとおり、1億7600万円である。
 200円×1万枚×88か所=1億7600万円
(2) 被告らの主張
ア 原告の主張アは認める。
イ 同イは否認する。
ウ 同ウは否認する。
 前提事実(4)ウのとおり、25番札所である津照寺につき、原告が撮影した写真の複製物を利用して御影が作成されたことはない。
7 争点(2)ア(不法行為の違法性)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア(ア)a 原告は、前提事実(3)ウ(ウのとおり、本件写真の撮影に当たり、D著作物の線及び色を忠実に再現した。
b さらに、同複製物は、お砂踏本尊に込められたDの「心」と「魂」を、読者の「心」と「魂」に伝えた。
(イ) その忠実な再現のために、原告は、前提事実(3)ウ(ウ)dないしfのとおり、機材の準備並びにカメラ操作上の工夫と熟練を必要とした。
(ウ)a 原告は、2日間で、合計で9ないし10時間程度の時間をかけてD著作物を写真撮影した。
b 原告は、慎重を期して、1個のお砂踏本尊について5回写真撮影し、その5枚のうち最も適切であるものを選択して別冊甲2に掲載した。
(エ) さらに、お砂踏本尊に込められた心を表現することは、僧侶の資格を持ち、かつ、仏像等の写真を撮影して実績を積み重ねてきた原告でなければなしえないことであった。
イ 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が上記アのようなものであるにもかかわらず、原告の了解を得ることなく、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物をカメラで撮影し、これらを基に本件御影を製作した行為(前提事実(4)ウ)は、民法709条の不法行為に該当し、違法である。
(2) 被告らの主張
ア(ア) 原告の主張ア(アのうち、bは不知。
(イ) 同ア(ウ)のうち、aは否認し、bは不知。原告は数時間で撮影を完了した。
(ウ) 同ア(エ)は否認する。
イ 同イは否認する。
ウ(ア) 被告霊場会がその所有するD著作物に基づき御影を作成することは、何ら問題がないし、原告と競合する関係にもない。
(イ) さらに、後記9(1)のとおり、被告霊場会は、四国遍路を広く知ってもらいたいとの気持ちからNHK出版による本件書籍の発行の企画に協力してきたため、未公開のD著作物を撮影することを無償で許諾したものである。
(ウ) このような事実関係の下では、被告霊場会担当者の行為をもって、不法行為法上違法であるとすることはできない。
8 争点(2)イ(被告Bの関与及び故意過失)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 被告Bは、本件御影の作成に当たり、被告霊場会の担当者に対し、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を撮影し、これらを基に、本件御影を製作することを命じた。
イ 被告Bは、原告の権利侵害につき、故意又は少なくとも過失があった。
(2) 被告らの主張
 原告の主張は否認する。
9 争点(2)ウ(損害)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 被告霊場会は、四国八十八ヶ所の各札所につき、平成16年12月23日から平成17年6月30日までの間に各1万枚、平成17年7月1日から平成18年6月30日までの間に各1万枚、平成18年7月1日から平成19年6月30日までの間に各1万枚の御影を印刷して納品した。
イ 各札所は、これらの御影を1枚200円で販売した。
ウ 各札所は、平成19年6月30日までに、被告霊場会から納品された御影3万枚を販売した。
エ そのため、原告は、次の計算式のとおり、5億2800万円の損害を被った。
 200円×3万枚×88か所=5億2800万円
オ 原告は、上記5億2800万円の内金1億7600万円の支払を請求する。
(2) 被告らの主張
ア 原告の主張アのうち、被告霊場会が、平成17年6月30日までに87万部、その後8万部の御影を印刷して納品したことは認め、その余は否認する。
イ 同イは認める。
ウ 同ウは否認する。
エ 同エは否認する。各札所での販売額がそのまま原告の損害となる理由はない。
10 争点(3)(権利濫用)に関する当事者の主張
(1) 被告らの主張
ア 本件書籍の製作経緯
(ア)a NHK松山放送局のF放送部長は、平成12年12月、被告霊場会に対し、「四国八十八ヶ所・秘仏の資料作成に関する取材依頼」と題する文書(乙3)を送付して、NHKの企画への協力を要請してきた。
b NHKの企画は、@原告らが四国八十八ヶ所を回り、各札所の本尊などの仏像(秘仏を含む)、厨子などの関連物、古文書、本堂・塔などの建築物並びに滝及び井戸等を写真撮影する様子を映像撮影して、番組として放送する、Aその後、NHK出版において写真を掲載した書籍を出版するというものであった。
c 被告霊場会は、大師信仰に基づく四国遍路を広く知ってもらいたいとの気持ちからこれに応じることとし、NHKが撮影した写真をその書籍の出版以外には使用しないことを条件に、会員に対し、NHKの企画への協力を呼びかけた。
d 原告らは、NHKの上記企画に基づいて、平成12年末から平成13年にかけて、各寺院を回り、仏像等を撮影した。
(イ)a 平成13年9月、NHK出版は、「四国遍路・秘仏巡礼」と「四国八十八ヶ寺・秘仏へんろ」(いずれも仮称)の出版を企画し、被告霊場会に対し、その出版への協力を本格的に要請してきた(乙5)。その具体的な要望事項は、被告霊場会が監修としてこれらの書籍の出版に参加すること、被告霊場会及び会員がこれらに掲載する原稿を執筆すること等であった。
b 被告霊場会は、会員に対し、協力を要請するとともに、NHK出版に対し、原稿の執筆者を選定、推薦するなどして全面的に協力した。
(ウ)a さらに、NHK出版は、被告霊場会に対し、本冊甲1の別冊として、D著作物を一般に紹介したいので写真を撮影させてほしい旨申し入れた。
b 被告霊場会は、その要請にも応じることとし、NHK出版が未公開のD著作物の写真を撮影することを無償で許諾した。
c その結果、原告は、D著作物を写真撮影することができたものである。
イ 権利濫用
(ア) 前提事実(2)ウのとおり、D著作物は、被告霊場会が多くの資金、労力及び時間を投下して獲得したものであり、被告霊場会がその所有権及び著作権を有する。
(イ) 他方、原告は、上記アのとおり、被告霊場会とその会員の全面的な協力により、仏像等を撮影して本冊甲1の著作ができただけでなく、無償でD著作物の撮影をして、別冊甲2の製作のための撮影をすることができたものである。
(ウ) このようなD著作物と本件写真との関係を含む本件の経過に照らせば、原告の本訴請求は、いずれも権利の濫用として許されない。
(2) 原告の主張
ア 本件書籍の製作経緯
(ア) 被告らの主張ア(アのうち、aは不知。
 bは否認する。四国八十八ヶ所の札所の仏像等を写真撮影し、それらを集大成した書籍を出版することを企画したのは、原告であり、NHKは、これらに賛同して書籍の出版を行う意向を表明したにすぎない。
 cは不知又は否認する。
 dのうち、「NHKの上記企画に基づいて」は否認し、その余は認める。
(イ) 同ア(イのうち、aは認め、bは不知又は否認する。
(ウ) 同ア(ウのうち、a及びbは不知、cは否認する。
イ 権利濫用
 同イは否認する。
第3 当裁判所の判断
1 改正前不正競争防止法2条1項3号に基づく損害賠償請求
(1) 争点(1)ア(ア(他人の商品)等
ア 前提事実(3)ウ(エ)からすると、別冊甲2は、被告霊場会が所有するお砂踏本尊を紹介することを目的として出版されたものであり、本件写真の複製物は、別冊甲2の内容として掲載されているものであるから、本件において改正前不正競争防止法2条1項3号にいう「他人の商品」に当たるものは、別冊甲2であると認められる。
 これに反する原告の主張は、採用することができない。
イ そうすると、本件御影が別冊甲2の摸倣(実質的同一)をしたものとはいえないし、原告は営業上の利益を侵害される者に当たらない。
(2) 争点(1)ア(エ)(通常有する形態)等
ア 通常有する形態
(ア) 仮に、別冊甲2に掲載された本件写真の各複製物が改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に当たるとしても、本件御影がその性質上D著作物を忠実に再現することを目指したと同様に、原告が他人の商品であると主張する同本件写真の各複製物も、D著作物を忠実に再現することを目指したものであるから、両者は、結局、似ざるを得ないものである。
(イ) したがって、同本件写真の各複製物に表現された線及び色は、同種の商品が通常有する形態であり、本件御影のお砂踏本尊の線及び色は、同種の商品が通常有する形態の点で、本件写真の複製物と実質的に同一であるにすぎない。
 これに反する原告の主張は、採用することができない。
イ 実質的同一
(ア) 仮に、原告が主張するとおり、同本件写真の複製物はお砂踏本尊に込められたDの「心」と「魂」を読者の「心」と「魂」に伝えるものであり、そこに表現された線及び色は同種の商品が通常有する形態に当たらないと解した場合、本件御影は、色の濃淡並びに仏像の着衣の線及び台座の線の再現において粗雑であるから(前提事実(4)ウ(エ))、お砂踏本尊に込められたDの「心」と「魂」を読者の「心」と「魂」に伝えるものではない。
(イ) したがって、本件御影は、改正前不正競争防止法2条1項3号の摸倣(実質的同一)の点を満たさないものである。
(3) まとめ
 以上によれば、原告の改正前不正競争防止法2条1項3号に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 不法行為に基づく損害賠償請求
(1) 原告の了解を得ることなく、別冊甲2に掲載された本件写真の各複製物をカメラで撮影し、これらを基に本件御影を製作したのは、一般的な御札の大きさにほぼ合致した同本件写真の各複製物をそのまま撮影すれば、縦1.4m、横0.5m程度の大きさであるD著作物を一から撮影するのに比し、作業が楽であるからである(前提事実(4)ウ)。
 したがって、被告霊場会の担当者の上記行為に、原告がD著作物の撮影に費やした機器の準備及び労力並びに写真家等としての経験により得られた成果にただ乗りした面があることは、明らかである。
(2)ア 他方、被告霊場会は、D著作物を所有し、その著作権も有しているものである(前提事実(2)ウ)。したがって、被告霊場会が、D著作物に基づき、お砂踏本尊の御影を作成し、各札所で販売すること自体には、何ら問題はない。
 これに対し、原告が被告霊場会所有のお砂踏本尊の御影を作成して販売するような行為は、被告霊場会の著作権を侵害する行為であり、実際上も、札所ではない原告がそのような事業に乗り出すことは考えられない。
 したがって、原告と被告霊場会とは、御影の製作及び販売において競合する関係にはないものである。
イ さらに、四国八十八ヶ所の札所の仏像等を写真撮影し、それらを集大成した書籍を出版することの発意ないしその内容を決定する際の発言力がNHKにあったか原告にあったかについては、争いがあるが、証拠(乙3〜5)及び弁論の全趣旨によれば、被告霊場会は、NHKないし原告に協力し、各寺院の有する仏像等の撮影及び被告霊場会が有するD著作物の撮影を無償で許諾し、その結果、本冊甲1のみならず、別冊甲2の発行が可能となったことが認められる。
(3) 以上の事実によれば、被告霊場会の担当者が同本件写真の各複製物を撮影し、本件御影を製作した行為をもって、不法行為に当たると認めることはできない。
 よって、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
3 結論
 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 大竹優子
 裁判官 宮崎雅子
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