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【事件名】イラストの無断転用事件B
【年月日】平成20年4月18日
 東京地裁 平成18年(ワ)第10704号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年2月1日)

判決
原告 株式会社サンヨーテクニカ
同訴訟代理人弁護士 春日秀文
被告 株式会社ムサシノ広告社
同訴訟代理人弁護士 森壽男


主文
1 被告は、原告に対し、3012万9004円及びこれに対する平成17年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その2を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、5000万円及びこれに対する平成17年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、自社製品のパッケージ(包装)等にイラストを使用した行為が第三者の著作権及び著作者人格権を侵害するとして同人に損害賠償金の支払等を余儀なくされた原告が、同イラストの使用に関与した広告代理店である被告に対し、主位的に債務不履行、予備的に不法行為に基づき、上記支払額等の損害金及び民法所定の遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告は、カーエレクトロニクス用品の製造販売を業とする株式会社であり、平成5年に、車外からリモートコントロールによりエンジンを作動させるタイプのエンジンスターターを開発し、「スターボ」と命名してその販売を開始し、以後、その販売を継続している(以下、これらの製品を「スターボ製品」又は「スターボ」という。)。
イ 被告は、広告代理店を業としている株式会社である。
 (以上、争いのない事実)
(2) 原告被告間の取引
ア 取引の概略
(ア) 原告は、昭和60年ころから、被告に対し、原告商品の広告宣伝のために、雑誌広告及びテレビコマーシャルの製作及び取次ぎ、リーフレットの製作及び印刷、並びに商品パッケージの製作等を依頼していた。
(イ) 原告の被告との取引額は、年間1億5000万円を超えた年もあり、原告は、被告にとってトップテンに入る大口取引先であった。
(ウ) Aは、被告社員として、昭和61年夏以降、原告との取引の大部分の窓口となっていた。
(エ) 原告と被告は、これらの取引に際し、契約書を交わしたことはない。
 (以上、争いのない事実、乙2、証人A)
イ スターボ製品に係る取引の経緯
(ア) 平成5年9月契約の内容
a 原告は、平成5年9月、被告に対し、@スターボ(RS−12)のリーフレットに用いるデザインを作成すること、Aそのデザインを用いたリーフレット用原稿を作成の上印刷手配をすること、及びBそれらの対価は100万円であることを内容とする注文をし、被告はその仕事の完成を約したこと(以下、この契約を「平成5年9月契約」という。)の限度では、当事者間に争いがない。
b 原告と被告は、平成5年9月契約において、本件イラストの利用範囲についての取決めをしなかった。
 (以上、争いのない事実、明らかに争わない事実)
c なお、被告が、平成5年9月契約において、スターボ製品の販売促進のためのキャラクターの開発することを約したこと(原告準備書面(8)第1、1)については、被告は、弁論の全趣旨により、これを争っているものと認められる。
(イ) 平成5年9月契約の履行
a 被告は、平成5年9月契約の履行のため、そのデザイン製作を、株式会社ジー・エー・ラボラトリ・ゼル(以下「ゼル社」という。)に依頼した。
 Bは、ゼル社の代表取締役であり、グラフィックデザイナーである。
 (争いのない事実、甲6)
b Bは、Cに対し、イラストの作成を代金25万円で行わせた。
 Cは、平成5年10月2日、イラスト(甲1。以下「本件イラスト」という。)を完成させ、ゼル社に納入した。
 (甲1、3、9、13、証人C、証人B)
c 原告は、被告に対し、平成5年10月、本件イラストを使用したリーフレットの原稿を製作し、リーフレットを印刷した上、原告に納品した。
 (争いのない事実)
(ウ) その後の本件イラストの使用状況
a RS−12
(a) 原告は、被告に対し、平成5年11月以降、スターボ(RS−12)につき、本件イラストを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び広告掲載の取次ぎを依頼した。
(b) 被告は、これを履行し、平成5年12月26日号の自動車雑誌(甲8の2)等の1雑誌に、合計3回にわたり、本件イラストを使用したスターボ(RS−12)の雑誌広告が掲載された。
 (以上、争いのない事実、明らかに争わない事実)
b RS−50
(a) 原告は、被告に対し、平成6年9月以降、スターボ(RS−50)につき、本件イラストの衣装を黒色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び広告掲載の取次ぎを依頼した。
(b) 被告は、これを履行し、平成6年11月26日号の自動車雑誌等の2雑誌(甲8の3)に、合計7回にわたり、黒色の衣装の本件イラストを使用したスターボ(RS−50)の雑誌広告が掲載された。
 (以上、争いのない事実、明らかに争わない事実)
(c) この黒色に変えるデザインは、Bが行った。
(甲9、証人B)
c RS−60
(a) 原告は、被告に対し、平成8年9月以降、スターボ(RS−60)につき、本件イラストの衣装を黄色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び広告掲載の取次ぎを依頼した。
(b) 被告は、これを履行し、平成8年11月26日号の自動車雑誌(甲8の4)等の3雑誌に、合計5回にわたり、黄色の衣装の本件イラストを使用したスターボ(RS−60)の雑誌広告が掲載された。
 (以上、争いのない事実、明らかに争わない事実)
(c) この黄色に変えるデザイン及びそれ以降のデザインは、Bに依頼せず、被告社内の者が行った。
 (証人A)
d RS−651
(a) 原告は、被告に対し、平成10年6月以降、スターボ(RS−651)につき、本件イラストの衣装をオレンジ色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び広告掲載の取次ぎを依頼した。
(b) 被告は、これを履行し、平成10年8月26日号の自動車雑誌等の3雑誌(甲8の5・6)に、合計10回にわたり、オレンジ色の衣装の本件イラストを使用したスターボ(RS−651)の雑誌広告が掲載された。
 (以上、争いのない事実、明らかに争わない事実)
e RS−601
(a) 原告は、被告に対し、平成10年8月以降、スターボ(RS−601)につき、本件イラストの衣装を黄色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び広告掲載の取次ぎを依頼した。
(b) 被告は、これを履行し、平成10年11月10日号の自動車雑誌等の3雑誌(甲8の6・7)に、合計8回にわたり、黄色の衣装の本件イラストを使用したスターボ(RS−601)の雑誌広告が掲載された。
 (以上、争いのない事実、明らかに争わない事実)
f RS−701
(a) 原告は、被告に対し、平成10年8月以降、スターボ(RS−701)につき、本件イラストの衣装を赤色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び広告掲載の取次ぎを依頼した。
(b) 被告は、これを履行し、平成10年11月10日号の自動車雑誌等の3雑誌(甲8の6)に、合計7回にわたり、赤色の衣装の本件イラストを使用したスターボ(RS−701)の雑誌広告が掲載された。
 (以上、争いのない事実、明らかに争わない事実)
g RS−2000
(a) 原告は、被告に対し、平成11年9月以降、スターボ(RS−2000)につき、本件イラストの衣装をオレンジ色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び広告掲載の取次ぎを依頼した。
(b) 被告は、これを履行し、平成13年9月26日号の自動車雑誌等の3雑誌(甲8の8)に、合計4回にわたり、オレンジ色の衣装の本件イラストを使用したスターボ(RS−2000)の雑誌広告が掲載された。
 (争いのない事実)
h パッケージのデザイン
(a) 原告は、被告に対し、上記dないしgに記載のスターボ製品及び平成11年9月から販売された衣装を赤色とするスターボ(RS−3000)につき、本体のパッケージ並びに取付器具(ハーネス)及びオプションのパッケージのデザイン製作を依頼し、被告は、これを履行した。
(b) 被告のデザインに基づく印刷は、原告の上海工場等で行われた。
 (以上、争いのない事実、甲19、20、原告代表者、弁論の全趣旨)
(c) 上記aないしcに記載のスターボ製品につき、原告が被告にパッケージデザインを依頼したことを認めるに足りる的確な証拠はない。
i  他社によるデザイン
(a) 原告は、株式会社アドメルコ(以下「アドメルコ」という。)に対し、平成12年2月から平成14年5月まで、スターボ製品の新型について、次のとおりの自動車雑誌用の広告原稿の製作並びに本体及び取付器具等のパッケージのデザイン製作を依頼し、アドメルコは、これを履行した。
製品 衣装の色
 RS−3500 赤色
 RS−1500 ピンク(濃)
 RS−2500 グリーン(濃)
 CS−7000 ピンク(濃)
(b) 被告は、原告の依頼により、上記(a)の広告掲載の取次ぎを行い、自動車雑誌に広告(甲8の8は、その一例)が掲載された。
 (争いのない事実)
j 原告によるデザイン
(a) 原告は、平成14年7月以降、社内デザイナーにより、スターボ製品の新型について、次のとおりの自動車雑誌用の広告原稿の製作並びに本体及び取付器具等のパッケージのデザイン製作を行った。
 原告は、これらのデザインにおいて、単に衣装の色を変えただけでなく、女性の髪形、体型などにも変更を加えた(以下、髪型等の変更も伴ったものを「本件改変イラスト」という。)。
製品 衣装の色
 RS−160i ブルー
 RS−210i ピンク(淡)
 RS−360i パープル(淡)
 EG−100 ブルー
 RS−170i ブルー
 RS−220i ピンク(淡)
 RS−271i グリーン(淡)
 RS−370i ブラック
 RS−180i パープル(青)
 RS−230i パープル(赤)
(b) 被告は、原告の依頼により、平成14年11月以降、上記(a)の広告掲載の取次ぎを行い、自動車雑誌に広告(甲8の9は、その一例)が掲載された。
 (争いのない事実、原告代表者、弁論の全趣旨)
(c) Aは、これまでの原告の宣伝及び販売の態様から、アドメルコ又は原告により製作され、広告掲載に使用されたデザインがスターボ製品のパッケージにも使用されることを認識していた。
 (弁論の全趣旨)
(3) Cの権利主張
ア Cは、平成14年3月15日、Bに対し、本件イラストにつき、著作権侵害の事実関係を問い合わせた。
 (甲3)
イ Aは、同年3月か4月ころ、Bから、Cが本件イラストについて苦情を述べていることを知らされた。
 (争いのない事実)
ウ Cは、平成15年10月1日ころ、原告に対し、本件イラストを使用したパッケージ及び雑誌広告等の使用中止、製作数量の開示等を求める通告書(乙6)を送付した。
 原告は、これに対する返答をしなかった。
 (争いのない事実、乙6)
エ Cの代理人である柳原弁護士は、同月24日ころ、原告に対し、原告から上記ウの通告書に対する返答がないが、訴訟提起前に一度だけ交渉に応じる用意がある旨の通告書(乙7)を送付した。
 原告は、これに対する返答もしなかった。
 (争いのない事実、乙7)
オ(ア) Cは、平成16年1月10日、原告を相手方として、本件イラストの使用差止め、使用図柄の廃棄及び損害金の支払を求める民事訴訟を提起した(東京地方裁判所平成16年(ワ)第1398号。以下「C前訴」という。)。
 損害金の請求金額は、当初は5億5486万6080円の一部請求として1000万円であったが、後に1億0500万円に拡張された。
(イ) Cの主張の要旨は、次のとおりであった。
a ゼル社とCとの間で、許諾の範囲について、契約書が作成されたり、話し合われたことがないことは、当初話があった雑誌の広告に数回使用することを許諾したのみであり、他の媒体での使用や期間について限定のない使用が許されたことを意味するものではない。
b 本件イラストをパッケージに使用することを許諾したことは、一切ない。したがって、損害額の算定に当たっては、製品の販売額を重視すべきである。
c 広告だけでなく、リーフレットに使用することを許諾したと解する余地があるとしても、勝手に衣装の色を変えることは許されない。原告の社内デザイナーによる髪型等の変更は、到底許されることではない。
 (甲3、4、12〜16、弁論の全趣旨)
カ 原告は、C前訴を担当する裁判官から敗訴の心証を開示されたため、平成16年中に、本件イラストの使用を中止した。
 (甲19、原告代表者)
キ(ア) C前訴において、原告は、平成17年5月16日、Cとの間で、@本件イラスト及びこれの衣装の色を変形したもの並びに髪型等を変形したものを使用しないこと、A著作権侵害による損害金として800万円、著作者人格権侵害による慰謝料として400万円を支払うことを内容とする和解をした。
 (甲1、3、5、15)
(イ)  原告は、上記訴訟上の和解に従い、Cに対し、@本件改変イラストが印刷されている本体及び取付器具等のパッケージをすべて廃棄し、別のデザインのパッケージに差し替え、かつ、A1200万円を支払った。
 (甲19、原告代表者)
(4) 本件イラストの著作者及び権利処理
ア 本件イラストの著作者
 証拠(甲9、12〜16、証人C、証人B)によれば、本件イラストを実際に描いたのはCであること、Bは、Cに本件イラストの作成を依頼するに当たり、原告代表取締役社長であるD(以下「D」又は「D社長」という。)の意向も取り入れ、女性が後ろ向きで、右手を尻の上に回すなどの基本的構図、女性の衣装のイメージ、描くべき自動車の車種の指示を伝えたが、その指示の程度は、Bが著作者であり、Cはその補助者にすぎないと認めるには足りないことが認められ、これらの事実によれば、本件イラストの著作者は、Cであると認められる。
 これに反する被告の主張は、BがCから苦情が出された時の対応内容等(甲9、12、13、乙10、証人C、証人B)に照らすと、到底採用することができない。
イ ゼル社による権利処理
 Bが、平成5年当時に、リーフレットや雑誌広告に使用することを超えて、Cから、本件イラストにつき著作権の譲渡又は包括的許諾並びに著作者人格権の不行使の約束を取り付けたことについて、証人Bの証言及び陳述書(甲9)にはこれに沿うかのような部分があるが、明確な取決めがされなかったことを自己に都合よく述べているにすぎないものであり、到底採用することはできず、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
ウ 被告による権利処理
 被告の担当者であるAは、Bが本件イラストの作成にCを関与させたことをそもそも知らなかったから、Cの著作権等につき、権利処理を行うことはしなかった。
 (乙2、証人A)
2 争点
(1) 債務不履行に基づく損害賠償請求権
ア 原告被告間の契約内容
イ 被告の履行の有無
ウ 被告の責めに帰すべき事由
エ 因果関係
オ 損害
カ 過失相殺
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求権
3 争点(1)ア(原告被告間の契約内容)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 平成5年9月契約等の内容
(ア) 被告は、平成5年9月契約において、原告との間で、前提事実(2)イ(ア)の合意ほか、以下の内容の合意もした。
a スターボ製品の販売促進のためのキャラクター(「本件イラスト」と同旨である。)を開発すること、
b 原告が本件イラストを今後使途の限定なく使用することができるように、本件イラストの著作権が原告に譲渡され又は少なくともその複製及び翻案につき包括的若しくは個別的に許諾され、かつ、それについて著作者人格権が行使されないよう権利処理を行うこと
(イ)a したがって、被告は、本件イラストの著作権が原告に譲渡され又は少なくともその複製及び翻案につき包括的若しくは個別的に許諾され、かつ、それについて著作者人格権が行使されないよう権利処理を行う義務を負っていた。
b さらに、被告は、契約による信義則上、上記aの権利処理が行われていなかったことを認識し又は認識し得たときは、そのような権利処理が行われたものと信頼している原告に対してその使用をしないよう連絡するなどの方法により、原告に発生する被害の拡大を防止する義務を負っていた。
(ウ) 被告は、前提事実(2)イ(ウ)の各雑誌広告の原稿製作、パッケージデザインの製作及び自動車雑誌への広告掲載の取次ぎの受注の都度、上記(ア)と同旨の合意をし、上記(イ)と同旨の義務を負っていた。
イ 合意の成立を裏付ける事実
(ア) 利用範囲の取決めがなかったこと
a 原告は、新製品であるスターボ製品について、特色あるキャラクターを用いて市場に浸透していくことを意図していた。
b 被告も、原告の上記意図を理解していた。
c したがって、本件イラストの利用範囲について取決めがなかったこと(前提事実(2)イ(ア)b)は、原告が本件イラストを今後使途の限定なく使用することができる旨取り決めたことを意味する。
(イ) 広告代理店の役割
a 広告代理店の役割及び存在理由は、効果的なデザインを作成することだけでなく、著作権等の関係する権利を過誤なく処理することにある。
b 原告は、このことを期待して、被告との間で平成5年9月契約等を締結したものである。
c 被告も、当然、原告の期待を理解していた。
(ウ) デュープの交付
a D社長は、平成5年12月ころ、Aに対し、本件イラストについて、自分が作ったようなものであること、対価も支払って買い取ったこと、いろいろなことに使うこと、被告の下にポジフィルムが存在するのでは納品が完結していない旨を述べ、本件イラストのポジフィルムの交付を要求した。
b Aは、間もなく、原告に対し、本件イラストのポジフィルムのデュープ(複製物)を交付した。
c 被告が原告にデュープを交付した事実は、平成5年9月契約の内容として、本件イラストの使途に限定がなく、その著作権が原告に譲渡されたことを裏付ける。
(エ) その後のパッケージデザイン等
a 原告が被告に対し、パッケージのデザイン製作を依頼した際、Aが、イラストの使用料を少しもらえないかとの趣旨の発言をした。
 これに対し、Dは「以前払った、 代金で全部でよいのではないか。」と念を押したところ、Aは、はっきり「はい。」と回答した。
b その後、被告は、格別のイラスト利用料金を要求することなく、しかも、本件イラストの改変に異議をとどめることなく、前提事実(2)イ(ウ)のとおり、原告のために、雑誌広告の原稿製作、パッケージデザインの製作及び自動車雑誌への広告掲載の取次ぎを行った。
(2) 被告の主張
ア 平成5年9月契約等の内容
(ア) 原告の主張アは、いずれも否認する。
(イ) 平成5年9月契約当時、リーフレット及びせいぜい雑誌広告に使用するとの原告の方針で、本件イラストの作成依頼を受けたにすぎない。
(ウ) 原告も被告も、平成14年3月までは、Cが著作者であるとの認識を全く有していなかったから、平成5年9月契約の内容として、Cから著作権の譲渡を受けることなどを内容とする義務が発生する余地はない。
(エ) 単なる一広告代理店にすぎない被告に、大口の取引先である原告に対して本件イラストの無限定な使用を止めさせるような行為を期待することは、到底できない。
(オ)  被告が、自ら衣装の色の改変を行ったものについて責任があるか否かはともかく、原告が勝手に衣装の色や髪型等の改変を行ったものや、被告が単に広告掲載の取次ぎを行ったにすぎないものについて責任を負う理由はない。
イ 合意の成立を裏付ける事実
(ア) 利用範囲の取決めがなかったこと
 同イ(ア)のうち、aは不知、その余は否認する。
(イ) 広告代理店の役割
a 同イ(イ)のうち、bは不知、その余は否認する。
b 平成5年9月契約時、契約書を作成しなかったこと、原告被告共、本件イラストの作成にCが関与していたことを知らず、Bがその作成に当たったという認識であったこと、Bがいわゆる著名なイラストレーターでないこと、及び製作代金もわずかな金額であること等の事情からすると、原告にも被告にも、著作権等について権利処理を行う必要があるとの認識は全くなかった。
(ウ) デュープの交付
a 同イ(ウ)aのうち、D社長が平成5年12月ころ、Aに対し、本件イラストのデュープの交付を要求したことは認め、その余は否認する。
b 同bは認める。
c 同cは争う。
 通常の広告製作においても、その依頼された業務が完成した場合には、ポジフィルム又はそのデュープを依頼主に渡すことは常識であり、本件においても通常どおり処理されたにすぎない。
(エ) その後のパッケージデザイン等
a 同イ(エ)aは否認する。
b 同bのうち、「本件イラストの改変に異議をとどめることなく」は否認し、その余は認める。
 Aは、後記4(1)イのとおり、髪型等まで改変された広告原稿を渡された際、原告の担当者に対し、これでは責任を持てない旨を伝えた。
4 争点(1)イ(被告の履行の有無−先行行為による連絡義務に対し)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 平成14年4月の連絡
(ア) Aは、Cが苦情を述べている旨をBから連絡を受けた後の平成14年4月ころ(前提事実(3)イ参照)、原告の担当者であるE又はFに、Cから苦情が出ていることを連絡した。
(イ) Aは、原告担当者から、D社長は原告が買い取ったものだから、原告は1円も払わないと言っている旨聞かされたため、被告が多少の金を支払って解決に当たろうとしたが、結局うまくいかなかった。
(ウ) Aは、同年6月ころからCからBに連絡が来なくなったので、原告担当者に 対し、とりあえず本件イラストの使用を一時止めてほしいと要請した。
(エ) D社長は、平成15年9月30日付けのCからの通告書(乙6)が届くまでCの件は全く聞いていない旨供述する。
 しかし、原告の陳述書(甲10)には、Aから「少し落ち着いたみたいですよ。」と報告を受けた旨の記載があるが、少し落ち着いた時期は、平成14年6月から平成15年9月の前記通告書発送までの期間であることは明らかであるから(甲3添付経過年表3頁)、原告代表者の上記供述は、時期を誤解したものである。
イ 平成14年11月の連絡
 Aは、平成14年11月ころ、前提事実(2)イ(ウ)jの髪型等まで改変された広告原稿を渡された際、原告の担当者に対し、これでは責任を持てない旨を伝えた。
ウ 平成15年10月以降の連絡
 Aは、C等から原告への通知書(乙6、7)の到達後も、Dらに対し、本件イラストの使用を一時止めてほしいと要請した。
(2) 原告の主張
ア 平成14年4月の連絡
 被告の主張アは否認する。
イ 平成14年11月の連絡
 同イは否認する。
ウ 平成15年10月以降の連絡
 同ウは否認する。
エ 原告の具体的主張
(ア) D社長は、Cから原告への通知書(乙6)により、初めてCという名前及び同人が著作権侵害を問題としていることを知り、Aを呼び、上記通告書を受領したが、どういうことなのかと質問した。
 これに対して、Aは「実はB氏は、 C氏からそういう内容のメールを受け取っている。」と答えた。
 Dは、「広告については、すでに金も支払っているんだから、うちの問題ではない、きみのところで処理してくれ。」と告げた。
 これに対して、Aは、「この件について何ら問題はない。」、「大丈夫です。ほっといてください。」、「著作権はBにあるから関係ないですよ。」と回答した。
(イ) その後、Aは、原告のGに対し、「少し落ち着いたみたいですよ。」と述べた。
 原告は、この報告を受け、被告が解決してくれたものと理解した。
(ウ) ところが、Cの代理人である柳原弁護士から原告への通告書(乙7)が届いたため、DがAに確認したところ、Aは、再度同旨の回答をした。
5 争点(1)ウ(被告の責めに帰すべき事由)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 被告の責めに帰すべき事由
 原告も被告も、平成14年3月までは、Cが著作者であるとの認識を全く有していなかったから、Cから著作権の譲渡を受けることなどせず、広告掲載の取次ぎ等の都度、原告に警告をしなかったことにつき、被告の責めに帰すべき事由又は不法行為上の過失はない。
イ 履行補助者の責めに帰すべき事由
 後記原告の主張イは否認する。
(2) 原告の主張
ア 被告の責めに帰すべき事由
 被告の主張アは否認する。
 被告は、Bに確認するなどして、著作者がだれであるかを十分確認すべきであったから、被告の責めに帰すべき事由及び不法行為における過失があったことは明らかである。
イ 履行補助者の責めに帰すべき事由
 仮に、被告自身には、その責めに帰すべき事由がなかったとしても、被告の履行補助者であるゼル社の責めに帰すべき事由があったことは明らかである。
6 争点(1)エ(因果関係)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 被告の債務不履行行為と原告の被った損害との間には、相当因果関係がある。
イ 後記被告の主張イ(イ)〜(エ)は否認する。
(2) 被告の主張
ア 原告の主張アは否認する。
イ(ア) 原告は、平成14年11月以降、髪型等の変更も伴った本件改変イラストを使用した広告及びパッケージを製作した(前提事実(2)イ(ウ)j)。
(イ) 本件改変イラストは、誰が見ても従前のイラストに比較して粗末なデザインであり、女性の姿も小さく、スターボねえちゃんと評判をとった本件イラストに比較して、明らかに女性のインパクトも弱く、従前のわざわざ後姿にした特徴的な点を有しない。
(ウ) この時期にこのようなデザインにした理由は、従前のイラストがCのクレームの対象になっているため、あえてこれを多少異なるデザインにすることにあったのではないかと思われる。
(エ) このような改変行為が、Cの逆鱗に触れ、通告書(乙6、7)及びC前訴の提起に発展していった。
7 争点(1)オ(損害)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 和解金
(ア) 原告がC前訴における和解により支払った1200万円(前提事実(3)キ)は、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害である。
(イ) すなわち、パッケージに本件イラストを使用したスターボの出荷金額は、63億8540万2576円であり、仮に使用料を0.1%にすると6385万円、0.05%にしても3200万円近くとなるから、1200万円を下回る判決を得たり、和解における合意に至ることは不可能であった。
イ パッケージ廃棄及び差替費用
(ア) 原告は、C前訴における和解に従い、本件改変イラストが印刷されている本体及び取付器具等のパッケージをすべて廃棄し、別のデザインのパッケージに差し替えるために、合計1979万5007円の費用を要した(甲21、23、24)。
(イ)  この費用は、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害である。
ウ C前訴の訴訟対応に要した役員等の費用
(ア) 訴訟対応のため要した役員及び従業員の費用額は、200万円である。
(イ) この費用は、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害である。
エ C前訴の弁護士費用
(ア) C前訴に要した弁護士費用は、420万円である。
(イ) この費用は、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害である。
オ 本件イラストの使用利益
(ア) 原告は、本件イラストを使用できなくなったことにより、少なくとも1億0500万円の損害を被った。
(イ) すなわち、原告は、10年間以上にわたって本件イラストをスターボ製品のイメージガールとして使用し、業界内外での認知を高め、本件イラストに顧客吸引力を与えた。
(ウ) ところが、C前訴により本件イラストを使用できなくなったことから、原告が本件イラストに投下した労力はすべて無駄になった。今後、本件イラストに匹敵するキャラクターを手に入れるには、10年間にわたって同キャラクターを使用して育て上げるか、顧客吸引力を伴ったキャラクターを高額の対価を払って購入するほかない。
(エ) このように、本件イラストを使用できなくなったことにより、原告に発生した損害は莫大であり、その損害額は1億0500万円を下らない。
(オ) この損害は、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害である。
カ 本訴における弁護士費用
(ア) 原告は、本訴における弁護士費用として、500万円を要した。
(イ) この費用は、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害である。
(2) 被告の主張
ア 和解金
 原告の主張アは否認する。
イ パッケージ廃棄及び差替費用
(ア) 同イ(ア)は不知。
(イ) 同イ(イ)は否認する。
ウ C前訴の訴訟対応に要した役員等の費用
(ア) 同ウ(ア)は不知。
(イ) 同ウ(イ)は否認する。
エ C前訴の弁護士費用
(ア) 同エ(ア)は不知。
(イ) 同エ(イ)は否認する。
オ 本件イラストの使用利益
(ア) 同オは否認する。
(イ) スターボ製品は、売れば売るほど赤字が累積し、ここ3期では10億円の赤字を計上し(乙9、原告代表者)、原告はスターボ製品の販売から撤退することを計画していたから(乙8)、使用利益は発生しない。
カ 本訴における弁護士費用
(ア) 同カ(ア)は不知。
(イ) 同カ(イ)は否認する。
8 争点(1)カ(過失相殺)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
 仮に被告の責めに帰すべき事由があるとしても、以上の事実によれば、原告にも、自己に著作権が帰属しているか十分確認せず、また、Cが苦情を述べていることを知った後も、Cと誠実に交渉をせず、髪型等まで改変した本件改変イラストの使用を開始するなどしたものであるから、損害の発生及び拡大につき、原告にも多大な過失がある。
 損害額の算定に当たり、原告の過失を斟酌すべきである。
(2) 原告の主張
 被告の主張は否認する。
9 争点(2)(不法行為に基づく損害賠償請求権)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
 前提事実及び前記3ないし8の原告の主張によれば、被告には、民法715条の不法行為も成立し、原告に生じた損害を賠償する義務がある。
(2) 被告の主張
 原告の主張は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 原告被告間の契約内容
(1) 著作権の譲渡
ア 原告被告間で、本件イラストの著作権及び著作者人格権の帰属について取り決めた契約書は、作成されていない(前提事実(2)ア(エ))。
イ 原告は、平成5年9月契約当時から、スターボ製品の販売促進のためのキャラクターを開発することが合意されていた旨主張する。
 しかしながら、この点は、被告が否認し、証人Aも否定するところであるから、原告代表者尋問の結果(甲10、19を含む。以下、同じ。)のみから、上記事実があったものと認定することはできない。かえって、証拠(甲20)及び弁論の全趣旨により認められるスターボ製品が徐々に販売数量を増やして行き、パッケージに本件イラストが初めて使用されたのはスターボ製品の発売開始から約5年後であることからすると、当初は、キャラクターとして統一して使用することまでは考えられていなかったが、本件イラストに人気が出てきたことから、段々とキャラクター的に使用されるようになったものと認定すべきである。
ウ 原告は、被告にパッケージのデザイン製作を依頼した際、Aがイラストの使用料を少しもらえないかとの趣旨の発言をしたのに対し、Dは、「以前払った代金で全部でよいのではないか」と念。を押したところ、Aは「はい」と回答した旨主張する。
 しかしながら、この事実は、被告が否認し、証人Aも否定するところであるから、原告代表者尋問の結果のみから、上記事実があったものと認定することはできない。
エ D社長が平成5年12月ころ、Aに対し、本件イラストのデュープの交付を要求し、Aが間もなく本件イラストのデュープを交付したことは、当事者間に争いがないが、その際、D社長がAに対し、本件イラストについて、自分が作ったようなものであること、対価も支払って買い取ったこと、いろいろなことに使うこと、被告の下にポジフィルムが存在するのでは納品が完結していない旨を述べた点については、被告が否認し、証人Aも否定するところであるから、原告代表者尋問の結果のみから、上記事実があったものと認定することはできない。
オ よって、本件イラストの著作権が原告に譲渡され、著作者人格権が行使されないように権利処理をすることが合意されたとまで認定することはできない。
(2) 包括的許諾又は個別的許諾
ア 前提事実(2)ア(エ)及び上記(1)のとおり、原告被告間には、本件イラストの著作権の帰属等につき契約書が交わされておらず、それに代わり得る口頭の合意があったことを認定することもできない。
 他方、原告が衣装の色を変えたり、髪型等も変えたデザインを広告やパッケージに使用していたところ、被告は、当初はこれらのデザイン自体に関与し、他の広告社又は原告自らがデザインを行うようになってからも、改変された広告の掲載取次ぎを行い、その改変の内容を把握していたものであり、そのように改変されたデザインが広告に使用されるだけでなく、これまでの原告の宣伝及び販売の態様から、広告掲載に使用されたデザインがスターボ製品のパッケージにも使用されることを認識していたものである(前提事実(2)イ(ウ)j(c))。
イ これらの点を法的に把握しようとすれば、当初の広告原稿やパッケージ原稿の作成に被告が関与していた時点では、被告の関与の際に、品番ごとに翻案の許諾及び著作者人格権が行使されないように権利処理を行うことが合意されていたが、平成12年4月以降他の広告社や原告自らがデザインを担当し、被告が広告掲載の取次ぎのみに関与し、パッケージには全く関与しなくなった時点からは、被告が広告掲載の取次ぎをしたデザインのものが広告、リーフレット及びパッケージに使用することができるように、翻案の許諾を得、かつ、著作者人格権が行使されないように権利処理を行うことが、品番ごとに、黙示に合意されたものと認められる。
ウ これに反する原告の主張は、契約書の作成が行われておらず、口頭での合意について立証がない以上、採用することができない。
エ 被告は、自分が広告原稿やパッケージ原稿の作成に関与したものについて何らかの法的責任を負うことは強く否定していないが、自分が広告掲載の取次ぎにのみ関与したものやパッケージのように全く関与していないものについて法的責任を問われることを強く争っている。
 しかしながら、平成5年9月契約以来、原告の契約の相手方であったのは、飽くまで被告であり、そのような被告は、自ら広告原稿やパッケージ原稿の作成に関与した時期に引き続き、広告掲載の取次ぎにのみ関与するようになった時期においても、パッケージでの使用も知りながら、広告やパッケージでの使用に問題があることを告げずに、広告掲載の取次ぎを継続していたとの事実関係の下では、上記イの黙示の合意があったものと認めざるを得ないものであり、被告の上記主張は採用することができない。
(3) 被告の義務内容
 平成5年9月契約及びその後の個別的合意によれば、被告は、前提事実(2)イ(ウ)のものが広告、リーフレット及びパッケージに使用することができるように、著作者から翻案の許諾を得、かつ、著作者人格権が行使されないように権利処理を行う義務があり、このような権利処理が行われていなかったことを認識し又は認識し得たときは、契約による信義則上、原告にその使用をしないよう連絡するなどの方法により、原告に発生する被害の拡大を防止する義務を負っていたものである。
2 被告の履行の有無
(1) 権利処理の有無
 前提事実(4)ウのとおり、被告の担当者であるAは、Bが本件イラストの作成に当たり、Cを関与させたことをそもそも知らなかったから、Cの著作権等につき、権利処理を行うことはしなかったものである。
(2) 被告の履行の有無−先行行為による通知義務に対し
ア 平成14年4月の連絡
(ア) 被告は、Cが苦情を述べている旨をBから連絡を受けた後の平成14年4月ころ、Aが原告担当者に、Cから苦情が出ていることを連絡し、さらに、同年6月ころからCからBに連絡が来なくなったので、原告担当者に対し、とりあえず本件イラストの使用を一時止めてほしいと要請した旨主張する。
(イ) しかしながら、次の理由により、上記被告の主張に沿う証人Aの証言(乙2を含む。)は採用することができず、他に被告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
 仮に、Aが原告担当者にCの件をある程度伝えたとしても、それは、被告としては以後責任を負えないことを明確に伝え、本件イラストの使用中止を強く求めたものではなく、被告の方で解決することとして、原告の使用継続を結局は許容したものであったと認められる。
a 証人Aの証言自体、伝えた相手方である原告担当者が不確かなものにすぎない。そもそも原告との取引の大部分の窓口となっており、D社長としばしば顔を合わせていたAが(前提事実(2)ア(ウ)、原告代表者、弁論の全趣旨)、このような使用中止を含む重要な要件をD社長に直接話していないことは、不自然である。しかも、証人Eは、Cからの通告書(乙6)が来るまで被告からCの苦情を聞いたことはなかった旨証言し(甲11、証人E)、原告代表者の供述もこの点で一致している(原告代表者)。
b 前提事実(2)イ(ウ)によれば、平成14年4月当時、原告は、既に、本件イラストをキャラクター的に使用していたものであるから、Aがその使用の中止を求めたとすれば、原告は、その宣伝広告の方法を根本から見直す必要があり、当然、そのことによって原告に生じる損害の補償問題や、それがこじれた場合の取引関係の解消の問題が生じることになり、被告として補償に応じるのか否かを真剣に検討せざるを得ない状況になる。しかしながら、Aが、このような点まで十分考慮し、以後責任を負えないことを明確に伝え、本件イラストの使用中止を強く求めることをうかがわせる状況を認めるに足りる証拠はないものである。C前訴が提起された後においても、C前訴の提起後の原告による使用は原告の自己責任である旨を伝える内容証明を原告に送付したり、被告の担当役員がD社長と面談して、上記の旨を伝えたことがうかがわれないことは、AがCからの苦情につき、明確な態度を採らなかったことをうかがわせるものである。
c しかも、証拠(甲9、乙2、10、証人B、証人A)及び弁論の全趣旨によれば、平成14年4月ないし7月ころのCの苦情は、訴訟の提起に至ることが予想されるといったものではなく、B及びAは、ゼル社又は被告が数十万円の支払をすれば解決できる程度のものであると認識していたことが認められる。そのような段階で、Aが取引解消の危険を賭して、本件イラストの使用中止を強く求めたとは考え難い。
イ 平成14年11月の連絡
 被告は、Aは、平成14年11月ころ、前提事実(2)イ(ウ)jの髪型等まで改変された原稿を渡された際、原告の担当者に対し、これでは責任を持てない旨を伝えた旨主張する。
 しかしながら、Aは、広告掲載の取次ぎの依頼を断らずにその取次ぎをしているものであるから(乙2、証人Aの証言)、上記被告の主張に沿う証人Aの証言等を採用することは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
ウ 平成15年10月以降の連絡
 被告は、Aは、C等から原告への通知書(乙6、7)の到達後も、Dらに対し、本件イラストの使用を一時止めてほしいと要請した旨主張する。
 しかしながら、原告の立場からすれば、Cの著作権等について権利処理が行われていなかったとすれば、その責任は被告にあり、原告がその責任を負うことはない(証人Aも、原告の春日弁護士から、C前訴が始まる段階で、同訴訟で原告が敗訴すれば、被告を訴える旨言われた旨証言している。)。したがって、Aがその使用の中止を求めたとすれば、そのことによって原告に生じる損害の補償問題や、それがこじれた場合の取引関係の解消の問題が生じることになり、被告として補償に応じるのか否かを真剣に検討せざるを得ない状況になる。しかしながら、この時点においても、Aがこのような点まで十分考慮し、以後責任を負えないことを明確に伝え、本件イラストの使用中止を強く求めることをうかがわせる状況を認めるに足りる証拠はないものである。
 したがって、上記被告の主張に沿う証人Aの証言(乙2を含む。)は採用することができない。かえって、Aは、本件イラストの使用の中止を求めることはせず、著作権はBにある旨を述べた旨の原告代表者尋問の結果は採用できるものというべきである。
エ まとめ
(ア) 以上のとおり、Aが、原告担当者又はD社長に対し、本件イラストの使用を中止してほしいと要請したことは認められず、仮にそれに類する行為があったとしても、それは、本件イラストの使用中止を強く求めるものではなく、被告において解決することを述べたにとどまるものである。
(イ) Aの上記程度の行為が先行行為により生じた被告の原告に対する連絡義務を満たすものではないことは、明らかである。
3 被告の責めに帰すべき事由
(1) 被告は、原告も被告も、Cが著作者であるとの認識を有していなかったから、Cから著作権の譲渡を受けることなどをしなかったことにつき、被告の責めに帰すべき事由はなかった旨主張する。
 しかしながら、Bの製作過程を知り得ない原告に、Cが著作者であるとの認識がなかったことをもって、被告の責めに帰すべき事由がなかったと解することは到底できない。
 さらに、被告にCが著作者であるとの認識がなかったとしても、広告代理店である被告として、自己の履行補助者の立場にあるゼル社に製作過程等を確認するなどして、著作権法上問題が生じないように権利処理を行う義務を有していたことは当然であるところ、被告がこの義務を履行していないことは明らかである。
(2) したがって、この点の被告の主張は理由がなく、Aには、不法行為上の過失もあったものと認めるべきである。
4 因果関係
(1) 以上の事実によれば、被告の債務不履行行為と原告の被った損害との間に相当因果関係があることが認められる。
(2) 被告は、14年11月以降の髪型等の変更も伴った本件改変イラストの使用がCの逆鱗に触れ、通告書(乙6、7)及びC前訴の提起に発展した旨主張するが、前記2(2)のとおり、Aが本件イラストの使用中止を申し入れたにもかかわらず、原告がこれを無視して本件改変イラストの使用を継続したとの事実が認められないから、被告の主張は、その前提を欠き、理由がない。
5 損害及び過失相殺
(1) 和解金
ア(ア) 原告は、C前訴における和解により1200万円を支払ったところ(前提事実(3)キ)、パッケージに本件イラストを使用したスターボの出荷金額は、63億8540万2576円であり(甲20、原告代表者)、仮に使用料を0.1%にしても6385万円、0.05%にしても3200万円近くとなるから、1200万円を下回る判決を得ることや和解における合意に至ることは不可能であったと認められる。
(イ) したがって、上記1200万円は、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害であると認められる。
イ 後記過失相殺の判断のためにここで判断しておくと、証拠(甲20)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件イラストを使用したパッケージによる販売額のうち、原告がCからの苦情を知った平成15年10月から原告が本件イラストの使用を中止した平成16年中までの販売額の占める割合は、1割程度であると認められる。
(2) パッケージ廃棄及び差替費用
ア(ア) 証拠(甲21、23、24、原告代表者)によれば、原告はC前訴における和解に従い、本件改変イラストが印刷されている本体及び取付器具等のパッケージをすべて廃棄し、別のデザインのパッケージに差し替えるために、合計1979万5007円の費用を要したことが認められる。
(イ) 上記1979万円余は、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害であると認められる。
イ パッケージの印刷時期や製品をパッケージした時期を明らかにする資料はないが、平成15年10月からC前訴における和解時までに1年半以上経過していたことを考慮すると、差し替えられた製品の大部分は原告がCの苦情を知った平成15年10月以降にパッケージされたものと推認される。
(3) C前訴の訴訟対応に要した役員等の費用
 この点を認めるに足りる的確な証拠はない。
(4) C前訴の弁護士費用
 証拠(原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、C前訴における弁護士費用として420万円を要したことが認められる。
 本訴に現れたC前訴に関する諸般の事情によれば、この費用も、被告の債務不履行行為と相当因果関係を有する損害であると認められる。
(5) 本件イラストの使用利益
ア 前記1のとおり、本件イラストの使用につき、著作権の譲渡や包括的許諾は認定できず、品番ごとに、翻案の許諾等があったにすぎないものであるから、原告が技術の進展及び市場の要求に応じて改良していく新たな品番の製品について、原告が当然本件イラストを使用することができるものではない。
 しかし、それまで個別の品番ごとに翻案の許諾等が継続されてきたものであり、原告が今後とも継続して本件イラストを使用することができると期待することは保護に値するから、被告が正当な理由なしに新たな品番の製品につき翻案の許諾等を得られるようにしないことは、契約における信義則上許されないと解する余地がある。
イ 仮に、被告が翻案の許諾等を得られるようにしないことに正当な理由がないとしても、証拠(乙8、9、原告代表者)によれば、平成16年8月以降、スターボ製品は、アフターサービスに経費がかかり、利益が出ない製品であるため、原告は、その生産縮小及び商品ラインナップの削減を考えていたことを認められるから、そのような製品に使用されてきた本件イラストに使用利益があるものと認めることはできない。
 これに反する原告代表者尋問の結果は採用することができない。
(6)  過失相殺
ア(ア) 以上に認定の事実によれば、被告は、平成15年10月までは本件イラストの使用に問題があることを原告に伝えていなかったものであるから、それまでの使用によって生じた損害につき、原告に過失相殺されるに足りる過失があると認めることはできない。
(イ) しかしながら、平成15年10月には、Aの説明により、本件イラストの製作には、B以外のCが関与しており、そのCから著作権について苦情が出されたことを知ったものであるから、原告としても、Aの話を鵜呑みにせず、自ら事実関係を調査するなどして、自分の損害の拡大防止をすることが期待されていたものである。
 そして、この段階においても、Aは本件イラストの使用の中止を求めることはせず、著作権はBにある旨を述べていたことを考慮すれば、原告と被告の過失割合を4対6と認めるのが相当である。
イ そうすると、和解金及びC前訴における弁護士費用のうち、Cの苦情を知った後の使用に対応する1割についてのみ過失相殺をし、パッケージ廃棄及び差替費用については、その全額につき過失相殺をすると、次のとおり、損害額は2742万9004円となる。
 (1200万円+420万円)×0.9+(1200万円+420万円)×0.1×6/10+1979万5007円×6/10=2742万9004円
(7) 本訴における弁護士費用
ア 証拠(原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本訴における着手金及び成功報酬として、春日弁護士に500万円を支払い又はその支払の約束をしたことが認められる。
イ 後記6のとおり、本件については、単に債務不履行が成立するだけでなく、不法行為が成立すると認められる。したがって、債務不履行の請求原因においても、相当額の弁護士費用相当の損害を請求することができると解される。
ウ 本訴の難易、請求額及び認容額等の本訴に現れた諸般の事情によれば、被告の上記行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当の損害額を、認容額の1割程度である270万円と認めるのが相当である。
(8) まとめ
 以上によれば,損害額の合計は,3012万9004円となる。
 2742万9004円+270万円=3012万9004円
6 不法行為
 以上に説示の事実によれば、被告の行為は、不法行為上も違法であると認められ、同額の損害が認められる。
7 結論
 以上によれば、原告の請求は、被告に対し、債務不履行に基づき(ただし、平成17年5月17日から訴状送達日である平成18年5月31日までの遅延損害金は不法行為に基づき)、損害金3012万9004円及びこれに対する平成17年5月17日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
 仮執行の宣言は、主文第4項の限度で付するのが相当であり、その余は付さないこととする。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 大竹優子
 裁判官 宮崎雅子
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