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【事件名】商標“AJ”審決取消事件(2)
【年月日】平成20年3月27日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10243号 審決取消請求事件
 (平成20年1月17日 口頭弁論終結)

判決
原告 ジェ ア モドゥフィヌ エス アー
同訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 中村勝彦
同訴訟代理人弁理士 田中景子
被告 特許庁長官 肥塚雅博
同指定代理人 田中亨子
同 田代茂夫
同 大場義則


主文
1 特許庁が不服2006−65020号事件について平成19年2月20日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、イタリアのデザイナーであるジョルジオアルマーニ(GIORGIO ARMANI)が設立し、そのデザインに係る商品の取扱い及び商標権等の知的所有権の管理を目的とするスイス国法人である。
 原告は、別紙商標目録記載のとおりの黒塗り長方形の中に「AJ」の欧文字の白抜きにした構成からなる商標について、指定商品を第25類「Clothing, footwear、headgear」(被服・履物及び運動用特殊靴・帽子)として、国際登録第743296号に係る国際商標登録出願をしたが(事後指定日:平成16年10月25日)、平成17年11月10日付けの拒絶査定を受けたので、平成18年2月8日、これに対する不服審判請求(不服2006−65020号事件)をした。
 特許庁は、平成19年2月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
2 審決の内容
 審決は、本願商標は、簡単かつありふれた標章のみからなる商標であり、自他商品の識別標識としての機能を有しないものであるから、商標法(以下「法」という場合がある。)3条1項5号に該当し登録することができないなどと判断した(審決の記載内容については、第5の1で述べる。)。
第3 原告主張の取消事由
 審決には、@商標法3条1項5号該当性の判断の誤り(取消事由1)、A商標法3条2項該当性の判断の誤り(取消事由2)があるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1(法3条1項5号該当性の判断の誤り)
 審決は、「本願指定商品との関係において欧文字二文字は、・・・商品の品番、型式等を表示する一類型として使用され、かつ、取引者、需要者に認識されている」から「簡単、かつ、ありふれた標章のみからなる商標」に該当すると判断したが、審決の上記判断には誤りがある。
(1) 本願商標の構成は、別紙商標目録記載のとおり、黒塗りの長方形の中にデザイン化された「AJ」の欧文字を白抜きさせてなる構成を有する。このような文字と図形を外観上一体的に構成してなる商標は、一体不可分の図形として把握されるべきであり、「AJ」の文字のみが構成要素となるものではない。したがって、本願商標は、法3条1項5号に該当しない。
(2) 我が国の取引の実情として、被服の号数としては、S、X、L、LLや、7号、8号あるいは「ラージ」、「ミディアム」、「スモール」などの語が使用されており、審決が例示する「AR」、「YA」等が被服の号数として使用されているとしても、一般的に普及している品番、規格等とはいえない。
 「AJ」が商品の品番等として認識される余地はない。
 この点について、被告は、欧文字2文字がサイズ表示として利用されていること及び数字の組合せが品番表示として使用されていることから(乙1の1ないし4の9)、欧文字2文字又はこれと数字が結合した標章が本願指定商品の取り扱い分野において、商品の種別、規格、等級、品番等を表す記号、符号として類型的に採択、使用されていると主張する。
 しかし、被告の主張は、以下のとおり失当である。
ア 本願商品である被服等の分野において、欧文字2文字がサイズとして表示して使用される場合や、品番の一部に欧文字が使用されている場合には、サイズ表記であることが明記されているか又はサイズ表記であることがわかるようになっているのが通常である。また、品番に欧文字が使用されていても、あくまで数字との組合せであり、欧文字が単独で品番として使用されることはない。
イ 「AJ」の文字は、「ARMANI JEANS」の表記と並べて使用されており(甲30ないし36、40ないし54)、このような状況下においては、「AJ」の文字に接する取引者、需要者は、「AJ」の文字を商品の種別等を表す記号と認識することはなく、著名な「ARMANI JEANS」ブランドの頭文字を冠した1つのブランドを指称する標章であると容易に認識するというべきである。
ウ 本願商標の登録が認められた場合に、他者が、サイズ表示や品番の一部として「AJ」を使用したとしても、自己の業務に係る商品を表す標章として使用されているわけではないので、本願商標に係る商標権の効力が及ぶことはなく、本願商標に係る商標権が第三者へ不測の不利益を及ぼすおそれもない。
(3) デザイナーが、自分の名前をブランド名とすることは一般的であり、そのイニシャルもブランド名として採用されており、例えば「Ralph Lauren」、「Jeanne Lanvin」、「Calvin Klein」は、そのイニシャルから構成された商標が登録されている(甲17ないし19)。このような商標の登録が認められたのは、アルファベット2文字でも、ファッションブランドの頭文字として使用される等、その構成に独自性がある場合には、法3条1項5号に該当しないとして登録を認めても差し支えはない。本願商標は、「ARMANI JEANS」の頭文字である「AJ」からなり、その構成に独自性があるから、登録が許されるべきである。
2 取消事由2(法3条2項該当性の判断の誤り)
 審決は、「ARMANI」や「AJ」の著名性や取引事情を考慮するならば、本願商標は自他商品識別力を取得しているとの原告の主張に対し、「本願商標の『AJ』の欧文字は、『ARMANI JEANS』の欧文字とともに使用されているものであり、これらを本願商標の使用ということはできず、他に本願商標の使用を示す証拠を見いだすことはできない。」と判断したが、審決の上記判断には誤りがある。
(1) 審決の認定の誤りについて
 審決は、「AJ」の文字が「ARMANI JEANS」の欧文字とは別に、シャツ及びマフラーに大きく単独で表示されているものがあるにもかかわらず(甲39ないし41、43)、それらを看過している。また、本願商標が「ARMANI JEANS」の欧文字とともに使用されている場合であっても、本願商標の使用というべきである。
(2) 本願商標の自他商品の識別機能について
ア 「GIORGIO ARMANI」の周知著名性について
 ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)は、1975年にイタリアで紳士・婦人物既製品を扱うファッション・デザイン会社「ジョルジオ アルマーニ社」を設立して以来、「GIORGIO ARMANI」(ジョルジオ アルマーニ)の商標を付した紳士・婦人用既成服を製作、販売してきた。ジョルジオ アルマーニは、1975年以来、特に紳士服のデザインにおいて、世界的な名声を博し、また数多くの賞を受賞し、「ARMANI」(アルマーニ)の略称をもって知られている。アルマーニのデザインする紳士服は、「アルマーニのスーツ」、「アルマーニの服」等と呼ばれ、他の商品についても、これと同様に「アルマーニの○○○」と呼ばれる。現在では、その呼称「アルマーニ」は、世界的に有名なファッションブランド「GIORGIO ARMANI」の略称を示すものとして取引者、需要者の間に広く知られている(甲1ないし12)。
イ 「ALMANI JEANS」の周知著名性について
 「ARMANI JEANS」は、1981年に発表されたカジュアルブランドであり、「GIORGIO ARMANI」のブランド群の1つとして、我が国のみならず、世界中で広く知られている。
 我が国における「ARMANI JEANS」の商品の売上げは、1994年以降2000年までは、約2億円、約7億円、約6億円、約5億円を記録し(甲14)、2001年以降も、約1億円、約6億円、約8億円、約10億円の売上実績を示している(甲140)。また、世界においては、1999年以降2003年まで、約217億円、約187億円、約240億円、約290億円、約330億円を推移している(甲15)。
 我が国における2006年の店舗数は、直営2店、フランチャイズ8店、マルチブランドストア54店にまで増加しており、雑誌等への広告宣伝費は約3000万円に及ぶ(甲141)。また、それ以前の2000年から2004年度までの広告宣伝費についても約1000万円ないし6000万円を投じてきた(甲140、甲35)。
 「ARMANI JEANS」については、現在に至るまで、ファッション雑誌での宣伝・広告活動が継続して行われ(甲55ないし139)、特に、サッカー選手のカカなどの著名人を広告モデルとして起用したプロモーション活動は、ファッション業界の注目を集め(甲55、56、59)、平成18年には、25周年を記念して「ARMANI JEANS」全店にて大々的なキャンペーン活動が行われ、雑誌にも宣伝されている(甲64ないし92)。
 以上のとおり、「ARMANI JEANS」は、我が国で周知・著名性を獲得しているというべきである。
ウ 本願商標を構成する「AJ」の周知著名性について
 本願商標の「AJ」の文字部分は、ジョルジオ・アルマーニの著名なブランド「ARMANI JEANS」の文字の頭文字「A」と「J」の組合わせからなり、「ARMANI JEANS」という1ブランドを示すものとして、「ARMANI JEANS」の文字とともに、あるいは、「AJ」の文字単独で、使用されてきた(甲20ないし29、36ないし51、58ないし61、甲142、143、145、147の1ないし4)。その結果、「ARMANI JEANS」の周知・著名性と相まって、本願商標を構成する「AJ」自体も、周知・著名なものとなり、自他商品の識別力を備えるに至ったというべきである。
(3) 被告は、使用商標は、本願商標とは相違すると主張する。しかし、商標法3条2項の特別顕著性の有無の判断に当たっては、本願商標と使用商標との同一性を、両商標の外観、称呼及び観念を総合的に比較検討し、取引実情を参酌して、社会通念上同一といえるか否かを基準とすべきであって、本願商標と使用商標は社会通念上同一であるといえる。
(4) 以上のとおり、本願商標を構成する「AJ」の文字は、原告に係るブランド「ARMANI JEANS」の略称として本願に係る指定商品に使用され、取引者、需要者の間で相当程度知られており、かかる取引の実情を考慮すれば、「AJ」は単なる「A」と「J」との組合せではなく、自他商品の識別機能を果たし得るものであるから、同条2項により登録が認められるべきである。
第4 被告の反論
 審決の認定判断はいずれも正当であって、審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(法3条1項5号の判断の誤り)に対し
 本願の指定商品を取り扱う業界において、欧文字2文字、又はこれと数字とを結合した標章は、商品の種別、規格、等級、品番等を表す記号、符号として類型的に採択・使用されている。そして、商品の包装や通信販売等においては、商品を注文するための注文コード等に、商品の品番、カラー記号、サイズ記号等を白抜きで表している実例がある。また、品番、記号等に使用される文字の態様は、レタリング技法の進展によって、図形内に文字を表して彩色を施す手法や文字を装飾的に図案化する表現手法が採用されている。本願商標の欧文字部分は、「AJ」の欧文字を表してなるものと認識、把握される。さらに、黒塗り長方形図形と組み合わせた本願商標の構成全体からみても、この程度のデザイン化は、商品のラベルなどにおいては普通に採択・使用されているものであって、特殊な態様からなるものということはできない。
 そうすると、「黒塗り長方形の中に『AJ』の欧文字を白抜き」で表した構成よりなる本願商標は、これをその指定商品「被服、履物及び運動用特殊靴、帽子」(仮訳)について使用をするときは、これに接する取引者、需要者は、これを商品の種別、規格、等級、品番等を表す記号、符号の一類型と理解するにとどまり、自他商品の識別標識としては認識し得ないものというべきである。したがって、本願商標は、「極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標」であるから、商標法3条1項5号に該当するとした審決の認定、判断に誤りはない。
2 取消事由2(法3条2項の判断の誤り)に対し
(1) 商標法3条2項は、本来識別性がないものについて、現実の使用に基づいて例外的に商標登録を認めることから、その登録が認められる商標及び指定商品は、使用に係る商標及び商品と同一であることを要し、たとえ当該特定の商品の類似商品といえども使用されなかった商品についてまで同条同項の規定により登録を受けることができるというものではない。また、登録により発生する権利は、全国的に及ぶ独占権であることをも考慮すると、同条同項は、厳格に適用されるべきである。
(2) 原告が提出した証拠に示された使用商標は、本願商標とは明らかに相違する構成態様にデザインされた「AJ」と思われる表示のもの、又は、「AJ」の文字が、代表的なデザイナーブランドである「ARMANI」との併記された態様で、たとえば、「AJ|ARMANI JEANS」、「ARMANI JEANS」若しくは「アルマーニジーンズ」として表記されているものであるから、上記使用商標は、いずれも本願商標と同一であるとはいえない。
(3) 本願商標の指定商品のうち、「被服」には、原告の販売等に係る商品のほか、「洋服、コート」、「セーター類、ワイシャツ類、寝巻き類、下着」、「和服」等、多種多様な繊維製品が流通している商取引の実情に鑑みれば、原告の販売に係る商品は「被服」の一部にすぎない。また「履物」には原告の販売に係る使用商品の「スニーカー」の他に「雨靴、運動靴、作業靴、サンダル靴、短靴、長靴、地下足袋、婦人靴、防寒靴、幼児靴」等を含め、各種の履物が一般市場に流通している商取引の実情に鑑みれば、「スニーカー」は「履物」の一部にすぎない。よって、本願商標は、その指定商品の中に、少なくとも商標法3条2項の要件を具備しないために登録を受けることができない商品が存在する以上、全体として登録を受けることができない。
(4) したがって、原告に係る商品について「AJ|ARMANI JEANS」として使用して知られているといえても、本願商標の構成態様の「黒色長方形内に『AJ』の欧文字を白抜き」に表した商標が、使用された結果により、独立して商品の出所表示機能を発揮して、需要者が原告の業務に係る商品であると認識できるほどに広く知られるに至っていたとはいえないから、審決に誤りはない。
第5 当裁判所の判断 
1 審決の理由不備の有無について
 当裁判所は、審決書には、本願商標が法3条1項5号に該当するとの理由は記載されているが(その判断内容にも誤りはないものと解する。)、本願商標に自他商品識別機能がなく法3条2項に該当しないとの理由は、実質的に記載されていないものと判断する。したがって、審決は、理由不備の違法があるものとして、取り消されるべきものと解する(原告は、「AJ」の文字が「ARMANI JEANS」の欧文字とは別に、シャツ及びマフラーに大きく単独で表示されているものがあるにもかかわらず、審決においてそれらを看過している旨主張しているが、それは審決における法3条2項の判断に関する理由不備をも指摘するものと理解される。)。
 その理由は、以下のとおりである。
(1) 審判手続は、特許、商標等のそれぞれの専門知識を有する複数の審判官が、特許法等が規定する特定の事件について、裁判手続に準じた厳格な手続よって審理を行い、判断をするものであって、いわゆる準司法手続の一つである。審判体において審判手続を経て得られた最終判断は、審決として示される。審決は、行政処分として対世的な効力を有すると同時に、高等裁判所の判決等によらなければ取り消されることがないという点で判決類似の効力を有する。審決は、このような点に鑑み、文書によって「結論」を記載することが求められている外、結論に至る判断の論理過程を「理由」として記載すると定められている。また、審決に対する訴えは、地方裁判所の審級が省略され、知的財産高等裁判所が第一審としての管轄を有するという特別な手続的観点からの手当がされている(特許法157条2項、商標法56条、63条)。上記のような審判の手続及び効力における性質に照らすならば、審決に記載すべき理由は、@当該事件の適用に関係する法律の根拠及びその解釈、A当事者が提出し、又は職権で調査した証拠に基づいて認定した事実、B認定した事実を法律に適用した場合の論理過程及び判断結果等を過不足なく記載することが不可欠である。
(2) 上記の観点から、本件審決の実質的な「理由」記載の有無について検討する。
ア 審決には、以下のとおり理由が付されている。
 「理由
1 本願商標
 本願商標は、「AJ」の欧文字を別掲のとおりに書してなり、第25類「Clothing, footwear、headgear」を指定商品とし、2004年(平成16年)10月25日を事後指定の日とするものである。
2 原査定の拒絶理由
 本願商標は、本願指定商品の分野においては、商品の規格や、製造表示等を表すものとして類型的に使用されている欧文字二文字の「AJ」を、普通に用いられる方法で書してなるにすぎないものであるから、極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標と認める。したがって、本願商標は、商標法第3条第1項第5号に該当する。
3 当審の判断
 本願商標は、前記のとおり、黒塗り長方形の中に、「AJ」の欧文字を白抜きにし、別掲のとおりの構成で書してなるものである。
 そして、欧文字二文字は、商品の品番、型式を表示するための記号、符号として、取引上普通一般に使用されているものであって、長方形は、ありふれた形状であることから、本願商標のかかる構成は、簡単、かつ、ありふれた商標というのが相当である。
 本願指定商品との関係において欧文字二文字は、例えば、衣料品について、女性向け商品のサイズ(体型)等を表すものとして、「AR」や、男性向け商品のサイズ(体型)等を表すものとして、「YA」「AB」や「BE」等と表示しているものが見受けられる。
 また、靴のサイズを表すものとして、「EE」等もあり、これらによれば、本願指定商品との関係において欧文字二文字は、商品の品番、型式等を表示する一類型として使用され、かつ、取引者、需要者に認識されているものである。
 したがって、本願商標は、簡単、かつ、ありふれた標章のみからなる商標であり、自他商品の識別標識としての機能を有しないものであるから、商標法第3条第1項第5号に該当するとして拒絶した原査定は妥当であって、取り消すことはできない。
 なお、請求人は、世界的に著名なイタリアのデザイナー「GIORGIO ARMANI」(ジョルジオ アルマーニ)の設立した会社で、「ARMANI」の著名性について述べ、「AJ」は、「アルマーニジーンズ」を示すものとして、自他商品識別機能を有している旨、主張している。
 しかしながら、本願商標については、前記のとおり判断するのが相当であって、かつ、請求人提出にかかる甲第39号証ないし同第41号証及び同第43号証によれば、本願商標の「AJ」の欧文字は、「ARMANI JEANS」の欧文字とともに使用されているものであり、これらを本願商標の使用ということはできず、他に本願商標の使用を示す証拠を見いだすことはできない。
 よって、結論のとおり審決する。」
イ 審決には、以下の点で理由不備があるというべきである。
(ア) すなわち、審判手続において提出された証拠に照らすならば、本件における主要な争点は、本願商標の法3条2項の該当性の有無であると理解できる。このような場合、審判体としては、審判手続の中で、当該争点に着目した審理(適切に釈明権を行使することを含む。)を行うべきであって、審決書に、理由及び結論を記載するに当たっても、@法3条2項所定の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品・・・であることを認識することができる」との条文の文言についての審判体の解釈、A証拠によって認定された事実の経緯、B法律に認定事実を適用した場合に得られる結論に至るまでの論理過程を示すことが必要であるといえる。
(イ) 法が、同条2項所定の場合に登録をすることができるとした趣旨は、@当該商標が、本来であれば、自他商品の識別力を持たないとされる標章であっても、特定人が当該商標をその業務に係る商品に使用した結果、当該商標から、商品の出所と特定の事業者との関連を認識することができる程度に、広く知られるに至った場合には、登録商標として保護を与えない実質的な理由に乏しいといえること、A当該商標の使用によって、商品の出所であると認識された事業者による独占使用が事実上容認されている以上、他の事業者等に、当該商標を使用する余地を残しておく公益的な要請は喪失したとして差し支えないことにあるものと解される。したがって、本願商標について自他商品の識別力を有するに至ったか否かを検討するに当たって、使用に係る商標及び商品の性質・態様、本願商標との類否、使用した期間・地域、当該商品の販売数量・程度、宣伝広告の程度・方法などの諸事情を総合考慮して判断すべきことは不可欠であるといえる。
(ウ) 「AJ」の使用例に関しては、具体的使用態様の詳細はさておき、少なくとも、審判手続(甲55以降は当審において提出)において、証拠が提出されている。すなわち、甲20(ベルトに、黒色又は白色の「AJ」の文字が付されている例)、甲21(シャツに、黒色の「AJ」の文字が付されている例)、甲22(黒色長方形で白抜きで「AJ」の文字が、帽子に付されている例)、甲23、24(黒色長方形で白抜きで「AJ」の文字が帽子に付されている例)、甲26(上着に、白色の「AJ」の文字が付されている例)、甲29(本願商標の「AJ」と同一の字体で使用されている例)、甲39(シャツに、「AJ」の文字が付されている例)、甲40、46、52、128(シャツ、ジャンパーの左胸部等に、「AJ」の文字が付されている例)、甲41、43(マフラーに、「AJ」の文字が付されている例)、甲42、61(帽子及びマフラーに、「AJ」の文字が付されている例)、甲44、52(シャツの胸部、ベルトに、「AJ」の文字が付されている例)、甲45(Tシャツの胸部に、「AJ」の文字が付されている例)、甲48(ポロシャツの左袖に、「AJ」の文字が付されている例)、甲49(長袖Tシャツの左胸に、「AJ」の文字が付されている例)、甲50(ブルゾンに、「AJ」の文字が付されている例)、甲51(ベルトの端部に、「AJ」の文字が付されている例)、甲59(長袖Tシャツの胸部に、「AJ」の文字が付されている例)、甲60ないし62(コート及び上着の背部、帽子に、「AJ」の文字が付されている例)、甲63(帽子に、「AJ」の文字と横長楕円に囲まれたデザインが施されている例)、甲145(Tシャツ、長袖シャツ等に、「AJ」の文字が付されている例)に関する証拠が提出されている。
 しかし、審決書には、「AJ」が「ARMANI JEANS」の欧文字と共に使用されている点を形式的に挙げて、本願商標の使用に当たらないとしているのみで、「AJ」が使用されている商品等に関する証拠の評価、具体的な使用状況等に関する事実認定、法律を事実に適用した判断過程は何ら記載されておらず、本件の審判手続において、法3条2項に着目した審理を実施した形跡もない。
(エ) したがって、審決には、法3条2項に該当するか否かという重要な争点についての実質的な理由が付されていないから、その余の点を判断するまでもなく、理由不備(商標法56条、特許法157条2項)の違法があるというべきである。
2 法3条1項5号の該当性についての補足的判断
 上記のとおり、審決には理由不備の違法がある。したがって、再開される審判手続において、本願商標の法3条1項5号及び2項の該当性について審理を行うことになるが、審理促進の観点から、原告主張に係る取消事由1についての判断を、あらかじめ示すこととする。
(1) 本願商標は、黒色横長方形内に「AJ」の欧文字を白抜きに表記したものであり、このうち白抜き部分である「AJ」は、欧文字の「A」と「J」の文字の組合せたものである。各文字は、「モダンローマン」字体で記載され、デザイン性は優れているものの、格別特徴のある字体ではなく、また、特別の図形的な特徴を連想するものとはいえない(乙5の1、2)。黒色長方形内に白抜きで文字を配置する構成についても、商品の品番等の表示において長方形内に白抜き文字とする事例があることに照らすならば、さほど特徴のある構成ということはできない(乙2の1、乙7の1ないし7、乙8)。そうすると、本願商標は、商標法3条1項5号の「極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標」に該当するとした審決の認定に誤りはない。
(2) この点について、原告は、デザイナーの名称のイニシャルの欧文字2文字が商標登録されている例(甲17ないし19)があると主張する。しかし、原告の指摘する商標は、合衆国の国旗を連想するデザインと組み合わせた例(甲17)、欧文字のデザインに特徴のある例(甲18)、2文字を大きさを変化させた例(甲19)であって、いずれも、本願商標とは基本的構成を異にするもので、本願商標についての前記認定判断を左右するとはいえない。
 また、原告は、欧文字2文字で商標登録された例(甲148、149)を挙げるが、甲148に係る商標の構成は「PS」及び「ピーエス」の文字を二段に書してなるものであり、欧文字2文字のみではなく、また、甲149に係る商標については「FF」の2文字であるが、その自他商品の識別力は、その使用態様等によって異なるものであるから、この登録例をもって、本願商標についての前記認定判断を左右するものとはいえない。
3 結論
 以上のとおりであり、審決には、本願商標が法3条2項に該当するか否かについて、理由不備の違法があるから、これを取り消すこととし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 三村量一
 裁判官 上田洋幸


(別紙)商標目録 略
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