判例全文 line
line
【事件名】商標“NEC”侵害事件
【年月日】平成20年3月19日
 東京地裁 平成17年(ワ)第17078号 商標使用権確認請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年12月20日)

判決
原告 華禮東方有限公司
同訴訟代理人弁護士 鈴木勝利
同 丸山恵一郎
同 佐野知子
同 崔宗樹
同 増渕勇一郎
同 渡邉宙志
被告 日本電気株式会社
同訴訟代理人弁護士 野本新
同訴訟復代理人弁護士 大羽裕子
補助参加人 NECディスプレイソリューションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 大羽裕子
上記両名訴訟代理人弁護士 高取芳宏
同 菊地孝太
同 神庭豊久


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、補助参加によって生じた費用を含め、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
 原告が中国本土、香港及び台湾において「NEC」の商標(正商標番号第00008530号、中華人民共和国における登録番号第1533916号、香港における登録番号第200103361号、台湾における登録番号第691680号)を付したスピーカー、CDプレイヤー及びその関連製品並びにコンピューター周辺機器を製造販売する権利を有することを確認する。
2 予備的請求
 原告が中国本土、香港及び台湾において「NEC」の商標(正商標番号第00008530号、中華人民共和国における登録番号第1533916号、香港における登録番号第200103361号、台湾における登録番号第691680号)及び「D’cube」の商標(香港における登録番号第2003B12399号、台湾における登録番号第01057410号、中華人民共和国における受理番号ZC5574962SL)を併記したMP3プレイヤーを製造販売する権利を有することを確認する。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、原告が中国本土、香港及び台湾においてスピーカー、CDプレイヤー及びその関連商品並びにコンピューター周辺機器を製造販売するに際し被告の登録商標である「NEC」の商標を使用する権利(通常使用権)を有すること並びに上記「NEC」の商標と原告の登録商標である「D’cube」の商標とを併記したMP3プレイヤーを製造販売する権利を有することの確認を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠を掲記した事実以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、香港に本店を置き、中国本土、香港及び台湾においてスピーカー、CDプレイヤー及びその関連製品並びにMP3プレイヤー等のコンピューター周辺機器(これらの電気製品をまとめて、以下「本件商品」という。)の製造販売をしている法人である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、電気通信機械器具、コンピュータその他の電子応用機械器具等の製造販売等を業とする株式会社である。
ウ 補助参加人(旧商号・NECビューテクノロジー株式会社)は、被告が全額出資をして平成12年1月18日に設立された株式会社である。
(2) 本件商標等
ア 被告は、「NEC」の商標(正商標番号第00008530号、中華人民共和国における登録番号第1533916号、香港における登録番号第200103361号、台湾における登録番号第691680号。以下「本件商標」という。)の商標権を有している。
イ 原告は、「D’cube」の商標(香港における登録番号第2003B12399号、台湾における登録番号第01057410号、中華人民共和国における受理番号ZC5574962SL)の商標権を有している(弁論の全趣旨)。
(3) 確認の利益
 原告は、被告が中国本土、香港及び台湾において本件商標を付した本件商品を製造販売する権利(通常使用権。以下「本件使用権」という。)を第三者に許諾する権限(以下「本件許諾権限」という。)を補助参加人に与え、補助参加人が更に株式会社トーマジャパンに本件許諾権限を与え、トーマジャパンが本件使用権を原告に許諾した(以下「本件許諾」という。)と主張しているのに対し、被告は、被告や補助参加人が本件許諾権限を他に授与したことはなく、原告には本件使用権がないと主張して争っている。
2 争点
(1) 補助参加人及びトーマジャパンを介しての許諾の有無
ア 被告は、補助参加人に対し、本件許諾権限を第三者に授与する権限を与えたことがあるか(争点(1)ア)。
(原告の主張)
 被告は、補助参加人の設立当初から、又は遅くとも平成12年4月までに、補助参加人に対して、明示又は黙示に、本件許諾権限を第三者に授与する権限を与えていた。
(被告の主張)
 否認する。
 被告は、補助参加人に対して、本件商標の通常使用権を許諾したことはあるが、本件許諾権限を第三者に授与する権限を与えたことはない。
イ 補助参加人は、トーマジャパンに対し、本件許諾権限を授与したことがあるか(争点(1)イ)。
(原告の主張)
 補助参加人は、平成12年4月初めころにトーマジャパンに本件商品の製造を許諾をする旨の委任状(甲21の1)を交付し、又は同年7月10日にトーマジャパンとの間で本件商品に関する一切の商権を同社に引き渡す旨の記載のある売買契約書(甲23)を取り交わすことによって、トーマジャパンに対して、本件許諾権限を授与した。
(被告の主張)
 否認する。
 原告主張の委任状(甲21)は、偽造されたものである。原告主張の売買契約書(甲23)は、補助参加人からトーマジャパンに対して、本件商品を売り渡す旨の売買契約書にすぎず、本件許諾権限を授与する趣旨を含むものではない。
ウ トーマジャパンは、原告に対し、本件許諾をしたか(争点(1)ウ)。
(原告の主張)
 トーマジャパンは、平成14年1月ころから同年4月1日までの間に、原告に本件商品の購入申込書(甲29の1)を交付するなどしてその製造を発注し、これによって、原告に対して、本件許諾をした。
(被告の主張)
 否認する。
(2) 表見代理による本件許諾の成否
 (1)イについて、補助参加人のトーマジャパンに対する本件許諾権限の授与が表見代理により有効となるか(争点(2))。
(原告の主張)
 補助参加人は、被告から、本件商標を用いた本件商品を含む家電製品を製造販売する権利(基本代理権)を授与されていたところ、平成12年4月から同年7月10日ころにかけて、被告を代理して、トーマジャパンに対し、本件許諾権限を授与する旨の意思表示をしたものであり、トーマジャパンは、補助参加人に被告を代理して本件許諾権限の授与をする権限があるものと過失なく信じたから、トーマジャパンは、民法110条の表見代理に基づき、本件許諾権限を取得した。したがって、トーマジャパンから本件許諾を受けた原告は、本件使用権を取得した。
(被告の主張)
 否認する。
 被告は、補助参加人に対して、本件商標の使用権を許諾したことはあるが、代理権を授与したことはない。補助参加人が被告の代理人と称したこともない。
(3) 権利外観法理による本件許諾の成否
 (1)ウについて、トーマジャパンの原告に対する本件許諾が権利外観法理により有効となるか(争点(3))。
(原告の主張)
 原告代表者のKは、平成15年12月1日に原告の株式を買収したが、その際、原告がトーマジャパンから本件商標の同一性を識別するための被告作成のマニュアル(甲14。以下「本件マニュアル」という。)の交付を受けて保管していること、被告が原告においてトーマジャパンからの許諾に基づいて本件商標と「D’cube」の商標を併記したMP3プレイヤーを製造販売しているのを少なくとも黙認していたこと、原告が本件商標を付したMP3プレイヤーの製造契約を香港、台湾、韓国の製造業者と締結していたこと及び原告が製造させていたMP3プレイヤーの型番がNECの正規商品の型番と同一であることを確認した。このような事情からすると、原告代表者が原告を買収するに際して被告からトーマジャパンに対し本件許諾権限の授与がされているものと信じたことには、正当の理由があったというべきである。
(被告の主張)
 否認する。
 本件マニュアルが被告又は補助参加人からトーマジャパンや原告に交付されたことはないし、被告が原告において本件商標と「D’cube」の商標とを併記したMP3プレイヤーを製造販売しているのを黙認していたこともない。
(4) 被告の黙認による本件使用権の許諾の有無
 被告は、少なくとも、原告が中国本土、香港及び台湾で本件商標を付したMP3プレイヤーを製造販売することを黙認したか(争点(4))。
(原告の主張)
 被告は、原告が平成14年1月以降原告が製造したMP3プレイヤーに本件商標と「D’cube」商標を併記したものが正規品として中国本土、香港及び台湾で販売されていること、被告は本件マニュアルを補助参加人、トーマジャパンを介して原告に交付したこと、上記MP3プレイヤーの説明書には原告が総発売元と記載されていること、被告が中国で設立したNEC有限会社知的財産センターの担当者が消費者に対する電子メールで原告の下請製造業者に対してOEM方式によりMP3プレイヤーを製造する権利を与えた旨表明していることなどからすると、被告は、本件商品又は少なくともMP3プレイヤーについては、原告がこれに本件商標を付して製造することを黙認し、もって、直接原告に対して、本件使用権を許諾したものというべきである。
(被告の主張)
 否認する。
 被告は、MP3プレイヤーに表示された「D’cube」が原告の商標であることを知らなかったものであり、原告主張のMP3プレイヤーは、補助参加人が製造し、本件商標が付された正規品として販売されているものと考えていた。
(5) 本件許諾の取消しによる本件使用権の失効の成否
 原告が主張する本件使用権は、本件許諾を取り消す旨の被告の意思表示によって、失効したか(争点(5))
(被告の主張)
 仮に、権利外観法理により、被告が原告に対して本件商標の通常使用権(本件使用権)を許諾したことになるとしても、そのような使用権は、期限の定めのないものであり、被告はいつでもその許諾を取り消すことができるところ、被告は、平成19年5月28日の本件口頭弁論期日において、本件許諾を取り消す旨の意思表示をした。当該解約告知は、被告が平成13年8月1日以来トーマジャパンに対して本件商品の取引を終結させる旨申し入れ、平成15年8月1日には正式に解約告知をしていたことにかんがみれば、有効なものというべきである。
(原告の主張)
 争う。
 被告主張の許諾の取消しは、商標使用許諾取引関係が信義則の支配する継続的取引関係であることにかんがみれば、効力を生じないものというべきである。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(補助参加人及びトーマジャパンを介しての許諾の有無)について
(1) 争点(1)アについて
 原告は、被告が補助参加人に対して本件許諾権限を第三者に授与する権限を与えた旨主張する。
 しかし、これを認めるに足りる証拠はない。
 かえって、証拠(乙1、4、5、18、31ないし33、証人F)によれば、被告は、従来から商標の管理を厳重に行い、遅くとも平成11年ころ以降は、原則として、被告が50%以上の出資比率を有し、「NEC」の標章を商号として使用することを許諾された会社に対してしか、本件商標を使用することを許諾しておらず、その許諾に当たっても、許諾条件について役員等で構成する標章審査会議で審議した上、使用許諾契約書によって、商標の使用方法、使用状況の報告、有効期間、契約の解除事由等を定めていたこと、「NEC」の標章を含む商号を有しない第三者に本件商標の使用を許諾するのは被告の標章審査会議で相当と認められた場合等例外的な場合に限るものとしていたこと、平成12年1月18日に締結された被告と補助参加人との間の標章等使用許諾契約書(乙1)においてはもちろん、その他の同様の標章等使用許諾契約書(乙4、5)においても、第三者に対する本件商標の再使用許諾は、明示的に禁止されていることが認められる。
 このような事実に照らせば、被告が補助参加人に対して本件許諾権限をトーマジャパン等の第三者に授与する権限を与えたものと認めることは到底できない。
(2) 争点(1)イについて
 アでみたとおり、被告が補助参加人に対して本件許諾権限を第三者に授与する権限を与えた事実は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、補助参加人及びトーマジャパンを介して本件許諾を受けたとする原告の主張は、理由がないことになるが、本件訴訟の経過にかんがみ、以下、補助参加人がトーマジャパンに対して、本件許諾権限を与えた事実が認められるかどうかについて、検討することとする。
ア 証拠(甲1ないし3、10、11、22ないし27、30、33の1、34の1、35、36の1、37、59、62、78の1ないし4、乙2、6の1及び2、12、14、18)及び弁論の全趣旨によれば、トーマジャパンは、平成6年5月20日の設立当時から、被告の子会社であるNECホームエレクトロニクス株式会社から本件商標の付された家電製品を仕入れ、中国、香港、台湾などで販売していたこと、NECホームエレクトロニクスは、平成11年8月ころ、本件商標を付したオーディオ製品等(本件商品)を現地の製造業者にOEM方式(他社ブランドの製品を製造すること)で製造させ、これを仕入れてトーマジャパンに独占販売させるという営業方針を採ることとし、同年10月4日ころ、中国本土、香港及び台湾の事情に詳しいトーマジャパンに対し、これらの地域にあって本件商品のOEM生産の委託先となり得る製造業者の調査や現地の需要に応じた製品の開発を依頼したこと、その結果、NECホームエレクトロニクスは、トーマジャパンから紹介された現地の製造業者に本件商標の付された本件商品の開発、製造を委託し、その納入を受け、トーマジャパンに独占販売させることとし、トーマジャパンとの間で、売買基本契約書(平成11年8月31日付け。甲10)及びその変更覚書(同年10月4日付け。甲11)を取り交わして、本件商品を同社に独占販売させるようになったこと、NECホームエレクトロニクスは、平成12年2月ごろ解散したが、被告の全額出資の子会社である補助参加人(平成12年1月18日設立)がその事業を引き継いだこと、補助参加人とトーマジャパンとの間では、改めて、平成13年8月1日付けの基本売買契約書(乙2)や平成14年4月17日付けの確認書(甲1)が取り交わされたが、それらの内容は、トーマジャパンとNECホームエレクトロニクスとの間で取り交わされた売買基本契約書等と同様であり、補助参加人がトーマジャパンからの個別の注文に応じて本件商品を継続的に売り渡し、トーマジャパンや同社から全権を委託された原告が上記地域における本件商品の独占販売、保守サービス及び本件商標の信用維持を行う旨の記載がある一方、トーマジャパンに対して本件商標を付した本件商品を製造したり、それを製造することを第三者に許諾したりする権限を授与することをうかがわせる記載はないこと、実際にも、トーマジャパンは、上記基本売買契約書に定めるところにより、補助参加人に対して本件商品の注文書(甲35、乙6の1、2)を発行し、補助参加人から本件商品を購入し、これを原告等の販売会社を通じて販売した上、購入者に対するアフターケアも担当していたこと、原告は、平成14年1月から中国本土、香港及び台湾において、本件商標と「D’cube」商標を併記したMP3プレイヤーを製造販売するようになったが、補助参加人は、これについても同様に、トーマジャパンから紹介された香港、台湾、韓国の製造業者にOEM方式による生産をさせて購入し、トーマジャパンとの売買基本契約に基づいて同社に独占販売させていたこと、もっとも、補助参加人は、遅くともトーマジャパンとの間で前記売買基本契約書を取り交わした平成13年8月1日ころには、トーマジャパンとの取引が補助参加人の目指す事業領域と合致しないという理由で、これを順次縮小させて、最終的に中止するという方針を決定し、平成15年4月1日付け通知書(甲2)により同年7月31日をもって上記取引を解約したこと、このような経過の中にあって、トーマジャパンの補助参加人に対する上記取引に基づく代金債務の支払が滞るようになり、また、トーマジャパン又は原告が補助参加人を経由せずに補助参加人がOEM方式による製造をさせている製造業者に本件商品を直接発注しその納入を受けて販売するということも行われるようになり、補助参加人がこのような本件商品を偽ブランド品とする声明を出したこともあったこと、トーマジャパンは、平成19年1月19日、補助参加人に対して、平成18年12月31日時点で上記売買基本契約に基づく買掛金債務が約538万ドルあることを認める旨の書面(乙37)を差し入れていることが認められる。
 以上認定のような補助参加人とトーマジャパンとの間の取引経過に加え、(1)に認定したとおり、補助参加人は、被告との間の標章等使用許諾契約書(乙1)において、第三者に対して本件商標の再使用許諾をすることを明確に禁止されていたことなどを併せ考えると、補助参加人は、トーマジャパンから紹介された香港や台湾の製造業者に本件商標を付した本件商品のOEM方式による生産をさせ、それらの製造業者から納入された本件商品をトーマジャパン又は原告を通じて独占販売させていたことはあるものの、トーマジャパン又は原告に対し、本件商標をトーマジャパン又は原告を表示する商標として使用して本件商品を製造することを許諾したことはないものと認めるのが相当である。
イ 原告は、補助参加人がトーマジャパンに対して本件許諾権限を授与したことの証拠として、平成13年8月1日付けの製造許諾承認契約書の写し(甲12)を提出している。
 しかし、被告は、上記契約書は偽造されたものであると主張しているところ、原告は、その作成又は入手の経過を明らかにしないばかりでなく、証拠(甲12)によれば、上記契約書には、補助参加人の住所について「足柄上郡」とすべきところを「足柄郡」とし、社名について「NECビューテクノロジー株式会社」とすべきところ「NECビューテクノジー株式会社」とするなどの誤記があること、上記契約書の体裁は、補助参加人を代理して上記契約書を取り交わした事業本部長Yの名下に職印が押捺されておらず、作成日付が不動文字で記入されるなど、同日付けで締結された補助参加人とトーマジャパンとの間の売買基本契約書(乙2)や覚書(甲59)の体裁と異なることなど、不自然な点があり、真正に成立したものとは認め難い。
ウ 原告は、補助参加人からトーマジャパンに対する本件許諾権限の授与があったことの証拠として、補助参加人のトーマジャパンに対する委任状の写し(甲21の1)を援用する。
 しかし、上記委任状の写しについても、被告はその成立を争っているところ、上記委任状は、その作成者が明らかでなく、トーマジャパンがその原本を所持していないこと(証人T)、補助参加人の英文の社名表記が定款の記載と異なっていること(乙18)、補助参加人の事務所の電話番号の表記も日本において通常行われる表記とは異なっていること、トーマジャパンの代表者Tは、日本語に堪能であったのであるから(証人T)、上記委任状の作成者が原告主張のように補助参加人従業員のFであるとするならば、それが英文で作成された理由が不明であること(甲第10、第11、第23号証の売買契約書等は、FとTとの間で取り交わされたものであるが、いずれも日本文で作成されている。)などにも照らすと、やはり、真正に成立したものと認めることはできない。
エ 原告は、補助参加人からトーマジャパンに対する本件許諾権限の授与があったことの証拠として、補助参加人とトーマジャパンとの間の平成12年7月10日付け売買契約書(甲23)を援用する。
 しかし、上記売買契約書は、その表題どおり、補助参加人とトーマジャパンとの間の本件商品の売買契約書であって、補助参加人がトーマジャパンに対して本件許諾権限を授与したことを証明するものとはいえず、このことは、上記売買契約書に「甲(補助参加人)は乙(トーマジャパン)に一切の商権を引き渡す」旨の記載があることを考慮しても、変わらないというべきである。
オ なお、証拠(甲67ないし70の各1)によれば、トーマジャパン又は原告が、補助参加人が本件商品のOEM方式による生産を委託した香港、台湾の製造業者から、補助参加人を経由せずに、直接本件商品の引渡しを受けていた場合もあることがうかがわれる。
 しかし、アで認定した事実に照らせば、それらの取引は、トーマジャパン又は原告が、補助参加人との合意に反し、本件商標を冒用して上記製造業者に本件商標を付した本件商品の製造を発注して直接その納入を受け、これを販売して利益を上げようとしたものである疑いが強く、そのような取引が行われた事実があるからといって、補助参加人がトーマジャパン又は原告に対して本件許諾又は本件許諾権限の授与をしていたと即断することはできない。
カ 証人Tの証言中には、OEM方式による生産の委託先の製造業者から補助参加人への本件商品の納入、補助参加人からトーマジャパンへの本件商品の売却は、補助参加人の売上高を過大に仮装するための架空のものであったとする部分がある。
 しかし、前記認定のとおり、補助参加人は、平成13年8月ころ以降、トーマジャパンとの本件商品の売買取引を収束させるために売上を減少させ、最終的に平成15年4月1日付け通知書(甲2)により同年7月31日をもって売買基本契約書(乙2)に基づく取引を解約したことが認められるのであるから、補助参加人の側に、売買取引を仮装してまで、トーマジャパンに対する売上を増加させる動機があったとはいえない。そして、前記認定のとおり、トーマジャパンが補助参加人に対して、上記売買基本契約書に基づく買掛金債務の額が約538万ドルであることを認める旨の書面(乙37)を差し入れていることも併せ考えると、証人Tの上記証言部分は、到底信用できない。
キ 原告は、補助参加人がトーマジャパン又は原告に対して本件許諾又は本件許諾権限の授与をしていたことの証拠として、補助参加人の従業員Fが原告代表者に宛てた電子メール(甲66)にトーマジャパン又は原告が本件商標の付された本件商品を製造販売してきたことを前提とする記載があることを指摘する。
 しかし、前記認定のとおり、補助参加人は、中国本土、香港及び台湾の事情に詳しいトーマジャパンや原告に現地の製造業者の紹介や現地の需要に応じた製品の開発を委託した事実は認められるのであり、上記電子メールの記載は、そのようなトーマジャパンや原告の関与を指して、両名が本件商品を製造販売してきたものと表現したに止まり、それ以上に、両名が自己を製造業者であることを表示するものとして本件商標を付した本件商品を製造販売してきたことを認める趣旨で書かれたものとは考え難いというべきである。
ク 原告は、被告がトーマジャパンに対して第三者に本件商標を付した本件商品の製造を許諾したことがない旨の証明書(甲56、57、71)を提出させていることからすると、被告は、その前提として、トーマジャパンに対して本件許諾をする権限があることを認めていたことが明らかであると主張する。
 しかし、証拠(甲3、乙7ないし10)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、上記証明書が作成された当時、偽の本件商標を付した本件商品の摘発を進めており、上記証明書の徴収はその作業の一環としてされたものであることが認められるところ、このような当時の状況からすると、被告は、トーマジャパンがその権限もないのに本件商品の製造を第三者に許諾したのではないかと疑って上記証明書を提出させたと考えるのが自然であるから、原告の上記主張は採用できない。
ケ 原告は、補助参加人がトーマジャパンに宛てたファクシミリ文書(甲27)でトーマジャパンにOEM方式による本件商品の生産の委託先である製造業者に関する詳細情報の提供を求めていることからすれば、製造業者に本件商品の製造を請け負わせていたのは、原告であって補助参加人ではないことが明らかであるとも主張する。
 しかし、前記認定のとおり、補助参加人は、本件商品のOEM方式による生産の委託先である製造業者をトーマジャパン又は原告から紹介されたのであり、そうだとすると、トーマジャパン又は原告の方が被告よりもそれらの製造業者に関する詳しい情報を保有しているとしても、一向に不自然であるとはいえない。
コ 以上のとおり、前記アの認定に反する原告の主張は、いずれも採用することができない。総じて原告の主張は、トーマジャパン又は原告が本件商品の製造や納入に事実上関与したことを指摘して補助参加人がトーマジャパン又は原告に対して本件商標を付した本件商品の製造を許諾していたことの論拠とするものであるが、ここでの問題は、トーマジャパン又は原告がそのような関与をするに当たって本件商標をトーマジャパン又は原告の製造したものであることを示すものとして本件商品に使用することを補助参加人が許諾していたかどうかという点なのであるから、原告の主張は的を射たものとはいえない。
(3) 以上のとおり、争点(1)についての原告の主張は理由がない。
2 争点(2)(表見代理による本件許諾の成否)について 原告は、仮に被告が補助参加人に第三者に対して本件許諾をする権限を授与していなかったとしても、補助参加人は、被告から、本件商標を用いた本件商品を含む家電製品を製造販売する権限を授与されていたから、この権限を基本代理権として、補助参加人のトーマジャパンに対する本件許諾権限の授与につき、民法110条の表見代理が成立すると主張する。
 しかし、上記権限は、補助参加人がその名において本件商品等の家電製品を製造販売する権限であって、これを表見代理の基本となる代理権と見ることはできない。また、補助参加人がトーマジャパンに対して本件許諾権限を授与したと認められないことも、前記説示のとおりである。しかも、証拠(証人T)によれば、補助参加人がトーマジャパンから本件商標の再使用許諾を要請された際にこれを拒否した事実が認められるのであって、トーマジャパンは、補助参加人に本件商標の再使用許諾をする権限がないことを認識していたものと推認することができる。
 以上のとおり、争点(2)についての原告の主張も理由がない。
3 争点(3)(権利外観法理による本件許諾の成否)について
 原告は、原告代表者のKがトーマジャパンから本件許諾を受けた際、本件マニュアルがトーマジャパンから原告に交付されていたこと、被告が原告においてトーマジャパンからの許諾に基づいて本件商標と「D’cube」商標を併記したMP3プレイヤーを製造販売しているのを正規商品の製造販売として黙認していたことなどを指摘して、原告において、被告又は補助参加人がトーマジャパンに対し本件許諾授与権限を与えているものと信じたことには、正当の理由があり、そのような外観に対する原告の信頼は保護されるべきであるなどと主張する。
 しかし、仮に原告主張のような事情があったとしても、トーマジャパンが原告に対して本件許諾をする権限を有するとの外観が作出されたものとはいえない。
 また、トーマジャパンが本件マニュアルを入手した経緯は不明であり、被告がMP3プレイヤーに付された「D’cube」の表示がトーマジャパンの商標であることを認識してこれに本件商標を併記することを容認していたことを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりであるから、被告がトーマジャパンが本件許諾をする権限を有する外観を作出し、又はこれを放置していたということはできない。
 さらに、証拠(乙38ないし40の各1)によれば、原告代表者のKとトーマジャパン代表者のTとは、台湾において同じ会社の役員を務めるなど、近しい関係にあることがうかがわれること、原告代表者は、平成15年12月1日になって、トーマジャパンから依頼されて原告を買収していること(証人T、被告代表者)からすると、原告がトーマジャパンには本件許諾権限を有しないことを知っていた疑いも強いというべきである。
 以上のとおり、争点(3)についての原告の主張も採用することができない。
4 争点(4)(被告の黙認による権限の授与)について
(1) 原告は、原告が本件商標と原告の商標である「D’cube」の商標とを併記したMP3プレイヤーを製造して中国本土、香港及び台湾で販売しているのを黙認していたことから、被告が原告に対して本件使用権の行使を黙認して許諾していた旨主張する。
 しかし、被告が「D’cube」の商標が原告の商標であり、MP3プレイヤーが原告において製造販売するものであることを知りながら、これに本件商標を併記することを明示又は黙示に承認していたことを認めるに足りる証拠はない。
(2) 原告は、補助参加人がトーマジャパンに本件マニュアルを提供したのは、トーマジャパンに対して本件商標を付した本件商品を製造販売する権限を授与したからに他ならないと主張する。
 しかし、本件全証拠によっても、補助参加人がトーマジャパンに本件マニュアルを提供した経緯は不明であり、トーマジャパンがこれを保管していたというだけでは、トーマジャパンによる本件許諾権限の行使を黙認していたものとはいえない。
(3) 原告は、MP3プレイヤーの説明書に総発売元として原告の会社名が記載されていることから、被告は、原告が本件商標を付したMP3プレイヤーを製造販売することを黙認していたと主張する。
 しかし、MP3プレイヤーの説明書等に総発売元として原告の表示があるからといって、被告において原告が本件商標を付したMP3プレイヤーの製造を黙認したことにならないことはいうまでもないから、原告の上記主張は採用することができない。
(4) 原告は、被告が中国で設立したNEC有限会社知的財産センターの担当者が消費者に対する電子メールで原告の下請製造業者に対してOEM方式によりMP3プレイヤーを製造する権利を与えた旨表明したから、原告によるMP3プレイヤーの製造販売を容認したとも主張する。
 しかし、被告がOEM方式により原告の下請業者に発注してMP3プレイヤーを製造させたからといって、原告による本件商標を付したMP3プレイヤーの製造販売を容認したことにならないことはいうまでもない。
(5) 以上のとおり、争点(4)についての原告の主張も理由がない。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第24部
 裁判長裁判官 矢尾渉
 裁判官 澤野芳夫
 裁判官 長博文
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/