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【事件名】写真の“水彩画”模写事件
【年月日】平成20年3月13日
 東京地裁 平成19年(ワ)第1126号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年12月21日)

判決
原告 A
訴訟代理人弁護士 篠島正幸
被告 サンケイデザイン株式会社
被告 B
上記両名訴訟代理人弁護士 加地和
同 政次秀夫
被告 株式会社白川書院
被告 C
被告 八坂神社
上記三名訴訟代理人弁護士 山崎浩一
訴訟復代理人弁護士 濱田広道


主文
1 被告Bは、原告に対し、30万円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告サンケイデザイン株式会社は、原告に対し、22万円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告サンケイデザイン株式会社及び被告八坂神社は、原告に対し、連帯して33万円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告B、被告株式会社白川書院及び被告Cは、原告に対し、連帯して6万円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、これを50分し、その5を被告B、その4を被告サンケイデザイン株式会社のそれぞれ負担とし、その5を被告サンケイデザイン株式会社及び被告八坂神社、その1を被告B、被告株式会社白川書院及び被告Cのそれぞれ連帯負担とし、その余は原告の負担とする。
7 この判決は、第1項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告Bは、原告に対し、135万円及びこれに対する平成19年2月3日(訴状送達の日の翌日。以下同じ。)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告B及び被告サンケイデザイン株式会社は、原告に対し、連帯して30万円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告八坂神社、被告サンケイデザイン株式会社及び被告Bは、原告に対し、連帯して105万円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告株式会社白川書院、被告C、被告サンケイデザイン株式会社及び被告Bは、原告に対し、連帯して15万円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告らは、原告に対し、連帯して15万円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案について
 本件は、原告が、下記2( )記3 載の被告らの各行為等は、次の各号に掲げる被告らの区分(括弧内の数字は原告の請求額である。)に応じて、それぞれ別紙写真目録の写真の著作物(以下「本件写真」という。)に係る原告の権利を侵害すると主張して、被告らに対し、民法709条及び719条に基づいて合計300万円の損害賠償を請求した事案である。
(1) 被告B(135万円)
ア 本件写真の京都新聞への掲載による本件写真の複製権の侵害(30万円)及び原告の氏名表示権の侵害(37万5000円)
イ 別紙絵画目録の水彩画(以下「本件水彩画」という。)の制作とその京都新聞への掲載による本件写真の翻案権の侵害(30万円)、原告の氏名表示権及び同一性保持権の侵害(37万5000円)
(2) 被告サンケイデザイン株式会社(以下「被告サンケイデザイン」という。)及び被告B(30万円)
 本件写真の被告八坂神社の祇園祭用ポスター(以下「本件写真ポスター」という。)への掲載による本件写真の複製権の侵害
(3) 被告サンケイデザイン、被告B及び被告八坂神社(105万円)
ア 本件写真の本件写真ポスターへの掲載による原告の氏名表示権の侵害(37万5000円)
イ 本件水彩画の被告八坂神社祇園祭ポスター(以下「本件水彩画ポスター」という。)への掲載による本件写真の翻案権の侵害(30万円)、原告の氏名表示権及び同一性保持権の侵害(37万5000円)
(4) 被告サンケイデザイン、被告B、被告株式会社白川書院(以下「被告白川書院」という。)及び被告C
 本件写真の月刊京都への掲載による本件写真の複製権の侵害(15万円)
(5) 弁護士費用(15万円)
2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定される事実をいう。なお、証拠により認定した事実については、当該証拠を該当箇所の末尾に掲げた。)
(1) 当事者
ア 原告は、趣味として、京都の祇園祭を中心に写真撮影をする者である。
イ 被告サンケイデザインは、印刷及びデザイン企画等を目的とする株式会社であり、被告Bは、同社の代表取締役である。
 なお、被告Bは、被告八坂神社の三若神輿会の会長を務めている。
ウ 被告白川書院は、雑誌単行本の出版及び販売等を目的とする株式会社であり、被告Cは、同社の代表取締役である。
エ 被告八坂神社は、神社神道に従って祭祀等を行う宗教法人である。
(2) 原告の写真の著作権
 原告は、平成14年7月17日に、本件写真を撮影し、平成15年6月15日に本件写真を表紙に掲載した「京乃七月」と題する祇園祭の写真集を被告サンケイデザインの製版印刷により1000部発行した。原告は、このうち100部を被告八坂神社に、その余を関係者にそれぞれ無料で配布した(甲1の1及び2、16)。
(3) 被告らの行為
ア 本件水彩画の制作について
 被告サンケイデザインは、被告八坂神社からの依頼を受けて、平成17年6月ころ、原告の許諾を得ずに、被告サンケイデザインの社員によって、本件写真に依拠した本件水彩画を制作した(乙9、丙4)。
イ 祇園祭の広告関係について
a) 京都新聞への掲載
 被告Bは、京都新聞(朝刊)の全面広告に、祇園祭の広告として、平成15年7月17日及び平成16年7月17日に本件写真を、平成17年7月17日に本件水彩画を、それぞれ被告Bを広告主として掲載した(甲6の1及び2、11)。
b) 八坂神社の祇園祭用ポスターへの掲載
 被告サンケイデザインの代表者である被告Bは、被告八坂神社から依頼を受けて、平成15年及び平成16年に本件写真を大きく拡大して掲載した八坂神社の祇園祭用の本件写真ポスターを、平成17年に本件水彩画を大きく掲載した八坂神社の祇園祭用の本件水彩画ポスター(以下、「本件写真ポスター」と併せて「本件ポスター」という。)を、それぞれ印刷し制作して、被告八坂神社に納品した(丙4)。
 そして、被告八坂神社は、平成15年及び16年の各7月1日ころ、本件写真ポスターを、平成17年7月1日ころ、本件水彩画ポスターを、京都市内各所に貼付した。なお、本件ポスターには、いずれも原告の氏名は表示されていなかった(甲5、10)。
ウ 月刊京都への掲載について
 被告白川書院とその代表者である被告Cは、被告Bから本件写真のポジフィルムを借りて、平成15年7月1日発行の月刊京都7月号の祇園祭の特集記事に、原告の氏名を表示した上、見開き2頁にわたる大きさで、本件写真を掲載し、これを発行した(甲2の1ないし3、甲4の1及び2、乙3、4)。
3 争点
(1) 原告は、被告サンケイデザイン又は被告Bに対し、本件写真の使用許諾をしたか(争点1)。
(2) 原告の被告らに対する請求は権利の濫用か(争点2)。
(3) 本件水彩画の制作は、本件写真の翻案権を侵害するか(争点3)。
(4) 被告八坂神社は、共同して侵害行為を行った者に当たるか(争点4)。
(5) 原告は、被告八坂神社に対し、本件写真の使用許諾をしたか(争点5)。
(6) 被告八坂神社には、故意又は過失があるか(争点6)。
(7) 被告Cは、共同して侵害行為を行った者に当たるか(争点7)。
(8) 被告白川書院及び被告Cには、故意又は過失があるか(争点8)。
(9) 損害額はいくらか(争点9)。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告は、被告サンケイデザイン又は被告Bに対し、本件写真の使用許諾をしたか)について
〔被告らの主張〕
ア 原告は、被告サンケイデザイン及び被告Bに対して、本件写真を自由に使用することを許諾していた。
 もっとも、被告Bは、被告白川書院のために本件写真を使用することについて、事前に明確に原告の許諾を得た記憶はないものの、このことは、原告の利益にもなるから、原告が当然承諾してくれるだろうと思い、被告白川書院に本件写真のポジフィルムを渡した。
 なお、被告Bは、被告白川書院の担当者に対して、原告の面前で、本件写真を自由に使用していいと説明したにもかかわらず、原告は異議を述べなかった。このことからも、原告が本件写真の使用を許諾していたことは明らかである。
イ 原告は、平成15年6月末ころ、被告B及び被告Cに対して、本件写真が月刊京都に掲載されたことにつき抗議した。しかし、これは、本件写真を使用したことではなく、月刊京都において、写真撮影者として原告の氏名を表示したことによるものである。具体的には、原告が失業保険の受給期間中に本件写真の掲載に関して報酬を得ていたと職業安定所に誤解されると、失業保険の受給を打ち切られるおそれがあることによるものであった。そのため、被告白川書院及び被告Cは、原告が本件写真の掲載によって報酬を得ていないことを記載した文書を作成し、原告はこれで納得した。
 したがって、この時点で、原告は、本件写真を使用することを事後的に許諾したといえる。
〔原告の主張〕
 否認する。なお、原告が、被告Cに対して、原告が本件写真の掲載によって報酬を得ていない旨記載した文書を作成させたことは認めるものの、この文書には、原告が本件写真の使用を事後的に許諾した旨の記載はない。したがって、原告が本件写真の使用を事後的に許諾したとはいえない。
2 争点2(原告の被告らに対する請求は権利の濫用か)について
〔被告らの主張〕
 原告は、平成15年6月末ころ、被告白川書院及び被告Cに対し、月刊京都において本件写真を掲載したことについて抗議をした際に、被告Cが原告において本件写真によって報酬を得ていないことを証明したことによって、本件写真を使用することについて一旦納得したにもかかわらず、失業保険の受給期間経過後に、本件写真の無断使用を理由として本件の損害賠償を請求している。この請求は、禁反言の原則に反するから、権利の濫用として許されない。
〔原告の主張〕
 否認する。
3 争点3(本件水彩画の制作は、本件写真の翻案権を侵害するか)について
〔原告の主張〕
(1) 写真の本質的特徴について
 写真は、いわば光の芸術であり、光をいかに美しく取り込むことができるかによって芸術的価値が定まるといっても過言ではない。このような写真という著作物の特性によれば、写真の本質的特徴とは、被写体の選定に加えて、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定又は現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分であるといえる。
(2) 本件写真の本質的特徴について
ア 構図の選択
 原告は、本件写真を撮影するにあたり、祇園祭の真のメインイベントである神幸祭(以下、神幸祭のことも含めて「祇園祭」と総称する。)の神官によるお祓いの場面を選定し、西楼門前の石段下に、祭りの象徴である神官と三社の神輿及び子供神輿(以下、まとめて「4基の神輿」という。)のすべてを重なることなく写し込むという構図を実現した。
イ フィルムサイズの選択による画質の工夫とその成果
 本件写真は、被写体の範囲が極めて広範囲に及ぶとともに、写真の表紙として拡大して使用されることが想定されていたため、原告は、通常の35mmフィルムではなく、粒状性の高い大判フィルム(6cm×9cmブローニー版)を使用した。
 これにより、ピント・絞りと露光時間を適切に選択することで、被写体となった祇園祭の情景の相当細部まで正確に写すことができた。
 具体的には、遠くにおいては、西楼門の瓦の様子、二階の観音開きの扉の模様、門脇にある狛犬の表情、「八坂神社」と刻まれた石柱の文字やくすみ具合、近くにおいては、三社の神輿の屋根や胴の細工や飾りの様子、輿丁の法被の紋の形状など、同じ距離からの撮影によっては通常の35mmフィルムでは出すことのできない細部まで、本件写真には写し込んでいる。
 なお、ブローニー版サイズのフィルムを使用するため、原告は、大型レンジファインダーカメラで撮影した。レンジファインダーカメラは、一眼レフカメラとは異なり、ミラーショックによる手ぶれが少ない反面、ファインダーから覗く情景とフィルムに写される情景に若干のブレがある。そのため、ピントや絞りは、熟練の勘に頼ることとなる。
ウ フィルムの感度の選択による工夫とその成果
 原告は、フィルムの感度についても工夫を凝らしている。一般的には、感度の高いフィルムは暗い場所でも撮影できるものの、粒子が粗くなるため、拡大には向かないのに対して、感度の低いフィルムは暗い場所での撮影を行うと露光時間を伸ばさなければならないため、手ぶれを起こしやすくなる。
 本件写真を撮影するにあたっては、原告は、アーケードの上というポジションとアングルを選択したため、三脚を使うことができなかった。また、毎年、神官のお祓いが始まる撮影時刻には、被写体の情景となる西楼門及び石段下の広場はビルの日陰になるかどうかの瀬戸際となることもあり、フィルムとして低感度のASA(ISO)100 のフィルムを選択するか、高感度のASA400 を選択するか、判断が非常に困難な状況であった。
 そこで、原告は、あらかじめ撮影場所にこれらの2種類のフィルムを持参して撮影に臨んだ。
 そして、神官がお祓いを開始するころには、西楼門や石段下は日陰に入ったため、結局、原告は、高感度フィルム(ASA400)によって撮影を行った。このような高感度フィルムでの撮影であったが、原告によるピント・絞りの設定と露光時間の選択が適切であったため、本件写真には、拡大にも耐え得るほどクリアな印象の映像を取り込むことができた。
エ 撮影ポジション・アングルの工夫とその成果
 原告は、撮影ポジションとアングルについても工夫を凝らした。本件写真は、商店街のアーケードの屋根上から撮影したものである。そのため、本件写真には、西楼門、中御座及び左右の神輿(東御座及び西御座)という四つの特徴的な被写体の対角線上に結んだ直線の中心に、神官が配置されている。このように、本件写真には、構図及びアングル選定の成果が表現されている。なお、この場所を選択したのは原告自身であり、商店会長から撮影の許諾を受けるよう交渉したのも原告自身である。
 また、アーケードの屋根上からであれば、西楼門とほぼ同じ高さから石段下に集まった三社の神輿を俯瞰することが可能となり、このような視野を前提として、門の正面より向かってやや左側から、神官のお祓いとそれを注目する輿丁や観光客全体を撮影するポジションとアングルを選択したことによって、本件写真には、強烈な個性が表れている。
オ レンズの選択による工夫とその成果
 本件写真の被写体は、西楼門と三社の神輿を含めたお祓い全体の情景であったため、相当広角にわたる画像をフィルムに納める必要があった。
 そのため、原告は、広角レンズを用いて情景の隅々までフィルムに収めるとともに、広角レンズの使用に伴って発生するパースを利用して被写体の立体感や距離感を強調した。
 例えば、本件写真では、近くの輿丁の大きさが急に大きくなり、また、写真の左右の端の画像が若干ゆがんでブレが出ている。これらは広角レンズを利用した効果である。
カ 撮影時間の選択による工夫とその成果
 本件写真の被写体となる祇園祭における西楼門の石段下でのお祓いは、年1回、7月17日にしか開催されず、その時間も限られている。そのため、いかなる撮影者も同じ時間を選択するものの、原告の表現上の創作性は、撮影の瞬間の選択に現れている。
 具体的には、神官によるお祓いは、ほぼ午後6時ころから数分にわたって行われるところ、原告は、その中でもさらに、神官がお祓いを開始する直前の瞬間を選んで撮影している。
 この理由は、原告が、神官のお祓いとそれに続く「差し上げ」の前の輿丁たちの静けさを、荒ぶる神である素戔嗚尊が荒神としての本来の姿を現す直前の静けさにたとえ、写真の中に「静の中の動」を表現したかったためである。
 原告の期待どおり、本件写真には、上部には荘厳な西楼門が静かに鎮座するのと対照的に、俯瞰する方向で写し出された石段下には三社の神輿と猥雑な観光客と輿丁が集い、お祓いを始めようと榊御幣を振り上げた神官を一斉に注目しながらも、その後の「差し上げ」を待ちわびる情景、まさに「静の中の動」が絶妙に写し出された。
キ ピント・絞りの選択
 原告は、本件写真のピントの焦点を、子供神輿又は八坂神社の石柱あたりに定め、絞りを11程度にして、西楼門から三社の神輿全体にピントが合うように設定した。
 その理由は、最も写真において強調したい西楼門、神官及び三社の神輿に焦点を合わせつつ、それ以外の部分は若干ピントを外すことで、より遠近感を出すためである。ただし、レンジファインダーカメラでは、上記イのとおり、ピントを合わせるためには熟練の勘が必要であった。
 本件写真では、西楼門、三社の神輿と神官は、それぞれカメラとの距離が異なるにもかかわらず、相当細部にわたるまで判別できるほど焦点が合っている。他方で、写真手前の方がむしろ焦点が合っておらず、法被の印などの輪郭がぼやけており、また、西楼門の奥の木々も同じように若干焦点が合わず、奥行き感が発生している。神輿の左右、画面の端の部分も同様であって、これらがピント・絞りの選択の成果である。
ク 露光時間
 原告は、本件写真を撮影するにあたり、高感度フィルムを選択し、露光時間は、若干長めに1/15秒程度にした。この速度は、通常の一般人が手でカメラを固定して撮影すると手ぶれを起こしてしまうほどの長時間の露光である。
 しかしながら、高感度フィルムであっても、上記キの絞りや当時の光量を前提にすると、取り込む光の量を多くする必要があった。これは、露光時間が短いと、全体が暗く写ってしまい、例えば、西楼門の背景や左右の木々が真っ黒に写ってしまうなど、立体感がなくなってしまうからである。
 そして、増感処理を行った場合には、画質がさらに粗くなり、表紙を飾るには不適切な写真となってしまう可能性があるため、可能な限り撮影の瞬間の技術力で多くの光を取り込む必要があった。
 他方で、露光時間が長すぎると、逆に明るい部分にハレーション(当該部分の周囲が白くぼやける現象等をいう。)を起こしたり、手ぶれによって写真自体が駄目になってしまう可能性があった。
 そこで、原告は、6cm×9cmのブローニー版フィルム用カメラを手で固定する場合には相当な熟練が必要となるものの、逆に長すぎることのない1/15秒という時間を選択し、シャッターを切ったのである。
 本件写真は、原告による適切な露光時間の選択により、西楼門の奥や脇の木々などの暗い部分でも緑が映え、コントラストがはっきりしている。しかも、明るい部分、例えば、神輿の屋根や輿丁の純白の法被など明るさが際だつ部分であっても、決してハレーションを起こすことなく、本件写真には、色や形がはっきり写り込んでいる。
(3) 本件水彩画から感得できる本件写真の本質的特徴について
ア 構図の反映
 本件水彩画は、本件写真をほぼトレースしている。そのため、本件写真では、祇園祭の神官によるお祓いの場面を選定し、特に、西楼門前の石段下に、祭りの象徴である神官と三社の神輿のすべてが重なることなく写し出されており、この構図は、忠実に本件水彩画に反映されている。
イ フィルムやピント・絞り等の選定による細部に至るまでの取り込みの反映
 本来、水彩画には、フィルムの選定やピント・絞りという概念はない。そのため、写真の技術そのものを模倣することはできないものの、これらの写真の技術によって、写真に反映された創作部分を模倣することは可能である。
 本件水彩画は、鉛筆又は黒墨系の印象を有する線画に、水彩系の着色が施されているため、もちろん本件写真そのものを再現する程の精緻さはない。
 しかしながら、原告が構図の中に思い描いた被写体のうち、最も中心となる対象物や特徴的な部分については、本件水彩画でも相当細部まで書き込まれている。
 具体的には、西楼門の瓦の様子、二階の観音開きの扉の模様、門脇にある狛犬の表情「八坂神社」、 と刻まれた石柱の文字やそのくすみ具合、三社の神輿の屋根や胴の細工や飾りの様子、輿丁の法被の紋の形状などは、細部にわたるまで細かく、しかもリアリティをもって描き出され、着色されている。
 通常では、画家が自身の想像でここまでリアルに描くことはできないものである。
 結局、本件水彩画の中心となる対象物の細部にわたるまでの精緻な描写は、本件写真のフィルムの選定と、撮影に際するピント・絞り及び露光時間の成果としての表現上の創作部分を忠実に模倣した結果といえる。
ウ アングルとポジションによる成果の反映
 本件水彩画は、西楼門とほぼ同じ高さのアーケードの屋根上から、石段下に集まった三社の神輿を俯瞰し、門の正面より向かってやや左側から、神官のお祓いとそれを注目する輿丁や観光客全体を撮影した成果を忠実に反映している。
 しかも、荘厳さを強調するために、隣接するビルや家屋を被写体から外し、西楼門と三社の神輿との中心に神官を据えた撮影アングルは、本件水彩画にそのまま反映されている。
エ 撮影時間の成果の反映
 本件水彩画は、原告が「静の中の動」と象徴した撮影の瞬間、すなわち、西楼門の石段下に三社の神輿が集い、輿丁や見物客が一斉に神官に着目する中、神官がお祓いを始めるまさにその瞬間を描き出したという本件写真の成果を、ほぼ忠実に取り込んでいる。
 なお、本件写真と本件水彩画は、神官の榊御幣の位置こそ異なるが、これはまさにお祓いが始まる直前か、始まった瞬間かという若干の相違にすぎないものである。
オ レンズ・ピント等の選定の成果の反映
 原告が広角レンズやピント・絞り等によって描き出そうとした立体感が、本件水彩画ではデフォルメされた形で表されている。
 すなわち、広角レンズを使用してパースをつけたり、ピントの絞りを調整することで遠い距離や近い距離のピントを外すことによって、西楼門、三社の神輿とこれらが取り囲む神官に焦点を絞ったという成果は、本件水彩画では、描線の濃淡によって端的に強調されている。
 本件水彩画では、西楼門、三社の神輿や神官は、特に強調されるべき対象物として濃い描線で描かれ、しかも鮮やかな色彩で描かれている。
 他方で、輿丁などは若干薄めの描線で描かれているものの、これら輿丁ですら、強調すべき対象物(例えば神輿や神官をいう。)に近い位置の者ほど濃い描線で描かれ、ここから離れるほど薄い描線でソフトフォーカスがかかったように描かれている。
 特に、本件水彩画の端の方にいる輿丁や観光客は、描線が省略されているなど、まさにピントが外されてぼやけているような表現方法になっている。また、西楼門の奥の林については、強調すべき対象物ではないことから、描写自体が省略されている。
 これらの描線は、原告が本件写真において表現したピント・絞りやレンズの選定の成果を取り込みつつ、これらを強調した結果にほかならない。
カ 露光時間や陰影に関する成果の反映
 露光時間の選定等によって、ハレーションなどにより写真の立体感を失わせることなく、かつ、明るい雰囲気を保ちつつ全体にわたるまで細部に光を取り込んだ成果も、本件水彩画には取り込まれている。
 すなわち、本件水彩画では、本件写真と同様に、神輿の屋根の部分は、本件写真において判読することができるのと同程度にそのまま描写され、着色も本件写真とほぼ同じような色合いで行われている。
 例えば、本件水彩画の向かって左側の「東御座」と中央の「中御座」の屋根の色合いの違いは、まさに本件写真のコントラストの差を反映した結果である。
 さらに、本件写真では露光時間を長くしたことにより、木々の陰影まで写し込むことに成功しており、本件水彩画でも、木々は本件写真とほぼ同様の陰影をもって着色されている。
(4) まとめ
 以上のとおり、本件水彩画は、被写体の選定に加え、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定又は現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創作的な表現部分においても、本件写真を模倣していることは明らかである。
 したがって、本件写真の本質的特徴は、本件水彩画に反映されているから、本件水彩画は、本件写真の翻案物である。
〔被告らの主張〕
(1) 本件写真と本件水彩画の共通点の存否について
ア 構図及びアングルの選択
 本件写真も本件水彩画も、西楼門前の石段下付近を西方向のやや高い位置から撮影するという構図とアングルを選択しているという点では類似している。しかし、このような被写体の選択、組合せ及び配置等は、独創的表現部分には該当しない。
 すなわち、祇園祭りを撮影し又は描こうとする者は、誰でも同じような構図とアングルを選択するから、この点は、創作的表現部分というべき本質的特徴部分に該当しないというべきである。
イ フィルムサイズ、レンズ、ピント、絞り、感度及び露光時間
 原告は、フィルムサイズ、レンズ、ピント、絞り、感度及び露光時間を工夫することにより、相当広角にわたり、情景の細部まで正確に写すことができたと主張する。
 そして、本件水彩画でも、西楼門の瓦の様子、二階の観音開き扉の模様、狛犬の表情、石柱の文字やそのくすみ具合、御輿の細工や飾りの様子、法被の紋の形状が、細部にわたって描かれている点において共通すると主張する。
 しかしながら、本件写真程度の鮮明性は、何ら特異性のあるものではなく通常程度のものであり、創作的表現部分というべき本質的特徴部分に該当するものではない。
 しかも、本件水彩画は、原告が撮影の中心テーマであると主張する神官をはじめ、その周囲の人物が極めて省略された形で描かれている。
 その意味で、原告の主張する鮮明性は逆にぼかされているのであり、両者は、鮮明性という点において共通していないのである。
ウ 撮影時間
 原告は、本件写真が「神官がお祓いを始めるまさにその瞬間を描き出した」として、その成果を忠実に取り込んでいると主張する。
 しかし、具体的に神官に注目してみると、本件写真と本件水彩画では明らかに大きく異なっている。
 すなわち、本件写真では、神官は紙垂(シレ)の付いた榊を前に突き出しているのに対し、本件水彩画では、棒に紙垂が付いたものを左手で高く掲げている。
 このように、神官の手の動きが異なるばかりでなく、神官の神事に用いるものとしては、榊に紙垂が付いたものと棒に紙垂が付いたものの2種類があるところ、本件水彩画ではあえて本件写真とは異なる物を神官に持たせて描いているのである。
 以上のとおり、原告が強調する神官の動作の瞬間も、両者では異なるタイミングで描かれ、しかも、動作も道具も異なっているのである。
 なお、本件水彩画には、お祓いをしている最中の神官が描かれているにすぎず、原告の主張するような「神官がお祓いを始めるまさにその瞬間」というような緊張した空気は一切描かれてはいない。
(2) 本件写真と本件水彩画の相違点について
ア 鮮明性、細密性及び省略性
 本件写真では、写真に写っているものすべてが鮮明かつ細密である。例えば、写真の下部、すなわち手前にいる法被を着た担ぎ手一人一人まで鮮明に写っている。
 これに対して、本件水彩画では、その鮮明性や細密性が捨象され、神官、担ぎ手、見物人その他すべての人物が省略的に描かれている。すなわち、人物の顔、法被の文字や紋は一切描かれていない。
 その結果、本件水彩画では、どちらかというと、西楼門や御輿が際だつ印象となっている。
 この印象では、本件水彩画に接する者が、本件写真の表現上の本質的な特徴を直接感得することができないというべきである。
イ 神官の動作や持ち物の違い
 これは、上記( )ウのとお1 りである。本件写真の重要なテーマが、神官がお祓いをする直前の緊張感であるという原告の主張に照らすと、この違いは、極めて重大な相違であるというべきである。
ウ 西楼門の背後の樹木の存否
 本件写真では、西楼門の背後に鬱そうたる樹木が写っており、これにより、神社全体が神秘的な雰囲気を醸し出しているのに対して、本件水彩画では、このような樹木が完全に省略されている。
 これにより、本件水彩画では、西楼門の落ち着いた雰囲気や神社のもつ神秘的な雰囲気がすべて捨て去られている。
 この点においても、両者は大きく違う印象を見る者に与えるのである。
エ その他の違い
 本件水彩画では、本件写真に写っているもののうち、多くが省略されたり、変えられたりしている。
(3) まとめ
 以上のとおり、本件水彩画には、本件写真における「創造的な光」、「陰影の妙」、「独創的なアングル」、「当該写真が切り取った得難い瞬間」等といった創作的表現部分というべき本質的特徴部分に該当するものは何ら存在しない。
 もっとも、撮影対象と構図は似ているものの、この点は、写真という表現形式に照らすと重視すべき特徴とはいえないものである。
 したがって、本件水彩画は、本件写真の翻案権を侵害するものではない。
4 争点4(被告八坂神社は、共同して侵害行為を行った者に当たるか)について
〔原告の主張〕
 被告八坂神社は、本件写真の著作者名を表示しないという事情を知りつつ、被告サンケイデザイン又は被告Bを利用して本件写真ポスターに本件写真を掲載したものである。したがって、被告八坂神社は、共同不法行為者であるから、共同不法行為責任を負うというべきである。
〔被告八坂神社の主張〕
 否認する。なお、被告八坂神社は、著作者名を表示せずに本件写真を本件写真ポスターに掲載したことについて共謀した事実はない。
5 争点5(原告は、被告八坂神社に対し、本件写真の使用許諾をしたか)について
〔被告らの主張〕
 本件写真は、被告八坂神社の施設内で撮影されたものである。このような撮影をする場合には、被告八坂神社は、撮影を許可する代わりに写真の提供に協力してもらうことにしていた。そのため、平成9年から5年間の写真の撮影許可には、「御社が写真を必要とした時は、これを無償でご提供する。」という条件を付していた。
 したがって、原告は、被告八坂神社が本件ポスターに本件写真を使用することを許諾していたといえる。
 もっとも、被告八坂神社による平成14年7月2日付けの再度の撮影許可書では、撮影場所その他撮影条件が従前よりも制限され、写真の無償提供に関する上記の条件は記載されていないものの、被告八坂神社は、写真の無償提供に関する条件を廃止するつもりはなかった。
 なお、原告が、平成14年7月ころ、本件写真の撮影の前に、被告Bに対して、「神輿の写真だから、『神輿会』が使うなら協力するが、八坂神社のポスターには貸さない。」と明言したことは認めるものの、神輿会は、被告八坂神社を奉賛するためのものであるから、原告の発言内容は、それ自体矛盾している。
〔原告の主張〕
 被告八坂神社は、平成14年7月2日付けの再度の撮影許可書では、撮影条件を従前よりも制限したため、写真の無償提供に関する条件は記載されていない。
 したがって、本件写真を撮影した当時では、原告は、写真を被告八坂神社に無償で提供する義務を負っていたものではない。
 なお、原告は、平成14年7月ころ、本件写真の撮影前に、被告八坂神社との信頼関係が疑わしい状況になったため、被告Bに対して、「神輿の写真だから、『神輿会』が使うなら協力するが、八坂神社のポスターには貸さない。」と明言していた。
6 争点6(被告八坂神社には、故意又は過失があるか)について
〔原告の主張〕
 他人が創作した著作物を使用する者は、著作者がその使用を許諾しているか否かを調査すべき義務を負うことはいうまでもない。被告八坂神社は、平成17年6月ころ本件水彩画ポスターが納品される前に、原告から、本件写真ポスターに本件写真を無断で使用したとして抗議を受けていたから、被告八坂神社は、本件水彩画が本件写真に依拠していることを知っていたはずであり、仮に知らなかったとしても、容易に知り得たはずである。
 したがって、被告八坂神社には、故意又は過失がある。
〔被告八坂神社の主張〕
 本件ポスターは、被告サンケイデザインにより制作されたものである。被告八坂神社は、被告サンケイデザインに本件ポスターの制作を全面的に依頼していたため、同社が原告から異議を受けるような本件写真を本件写真ポスターに使用し、又は本件写真に依拠した本件水彩画を本件水彩画ポスターに使用していることを全く知らなかった。
 したがって、被告八坂神社には、故意又は過失がない。
7 争点7(被告Cは、共同して侵害行為を行った者に当たるか)について
〔原告の主張〕
 被告Cは、被告白川書院と共同して侵害行為を行った者である。
〔被告白川書院及び被告Cの主張〕
 被告Cは、月刊京都の編集作業には一切関与していない。したがって、被告Cは、被告白川書院と共同不法行為責任を負うものではない。
8 争点8(被告白川書院及び被告Cには、故意又は過失があるか)について
〔原告の主張〕
 被告白川書院は、まさに著作物の取扱いのプロであるから、本件写真の使用について原告から許諾を得ていると軽信することは考えられない。したがって、被告白川書院には、故意又は過失がある。
〔被告白川書院及び被告Cの主張〕
 被告白川書院は、被告Bから本件写真のポジフィルムを受け取ったものであり、被告白川書院が適法に本件写真を使用し得ることについて信頼していた。そのため、被告白川書院が本件写真の掲載につき被告Bから原告の氏名を表示することの了解を得ていたこともあり、当然に本件写真を掲載することも含めて原告から許諾を得ていると思っていた。
 したがって、被告白川書院には、故意又は過失がない。
9 争点9(損害額はいくらか)について
〔原告の主張〕
(1) 損害額について
ア 被告Bの侵害行為について
 原告は、本件写真を京都新聞に2回掲載された行為(第2の2(3)イa)参照)によって、本件写真の複製権を侵害され、これにより使用料相当額の合計30万円の損害を、氏名表示権も侵害され、これにより慰謝料37万5000円の損害を、本件水彩画を京都新聞に2回掲載された行為(第2の2(3)イa)参照)によって、本件写真の翻案権を侵害され、これにより使用料相当額合計30万円の損害を、氏名表示権及び同一性保持権を侵害され、これにより慰謝料37万5000円の損害を、それぞれ被った。
イ 被告サンケイデザイン及び被告Bの侵害行為について
 原告は、被告サンケイデザインの代表者の被告Bにより、本件写真を本件写真ポスターに2回掲載されたのであり(第2の2(3)イb)参照)、この両被告の共同不法行為によって、本件写真の複製権を侵害され、これにより使用料相当額の合計60万円の損害を被った。なお、原告は、このうち一部請求として30万円を請求するものである。
ウ 被告サンケイデザイン、被告B及び被告八坂神社の侵害行為について
 原告は、被告八坂神社の依頼を受けた被告サンケイデザインの代表者の被告Bにより、本件写真を本件写真ポスターに掲載され(第2の2(3)イb)参照)、この3名の被告の共同不法行為によって、本件写真の氏名表示権を侵害され、これにより慰謝料37万5000円の損害を、同様に、本件水彩画を本件水彩画ポスターに掲載された共同不法行為によって、本件写真の翻案権を侵害され、これにより使用料相当額の30万円の損害を、並びに、氏名表示権及び同一性保持権を侵害され、これにより慰謝料37万5000円の損害を、それぞれ被った。
 なお、被告八坂神社は、平成15年7月中旬ころ、原告から本件写真の掲載につき抗議を受けているから、本件ポスターが原告の著作権を侵害していることを認識していた。しかし、被告八坂神社は、原告の氏名をシールで貼付するなどの修正をせずに、あえて原告の氏名表示のない本件ポスターを京都市内各所に貼付し、もって共同して氏名表示権を侵害したというべきである。
エ 被告サンケイデザイン、被告B、被告白川書院及び被告Cの侵害行為について
 原告は、被告サンケイデザインの代表者である被告Bから本件写真のポジフィルムを借りた被告白川書院(代表者被告C)により、本件写真を月刊京都に掲載されたのであり(第2の2(3)ウ参照)、この4名の共同不法行為によって、本件写真の複製権を侵害され、これによって使用料相当額の15万円の損害を被った。
(2) (1)の損害額の根拠について
ア 財産的損害について(合計135万円)
 本件写真は、自らの写真集の表紙を飾るものであって、極めて重要な意味を持つ写真である。したがって、財産的損害の算定には、このような本件写真の特質を考慮する必要がある。なお、本件水彩画は、本件写真の代替物であるから、本件水彩画の使用料相当額は、本件写真の使用料相当額と同一である。
a) 京都新聞への掲載について
 新聞紙見開き1枚という大々的な広告であり、本件写真の集客効果を考慮すると、使用料は1回につき15万円を下らない。
b) 本件ポスターへの掲載について
 本件ポスターは、「八坂神社」との名称で貼付されるため、権威があり、祇園祭や八坂神社への参拝に対する集客効果が高いから、使用料は、各年度ごとに1回の掲載行為があったものとして、1回の使用につき30万円を下らない。
 なお、被告サンケイデザイン及び被告Bは、平成15年7月と平成16年7月に本件写真を本件写真ポスターに2回掲載したため、原告は、合計60万円の損害を被ったものであるものの、本件では、このうち内金30万円の支払を求めるものである。
c) 月刊京都への掲載について
 雑誌見開き1枚という使用形態での使用料は、1回につき15万円を下らない。
イ 精神的損害について(合計150万円)
 原告は、被告らによる度重なる著作者人格権の侵害により、極めて深い精神的苦痛を被った。とりわけ、本件写真が原告の写真集の表紙を飾る写真であることからも、原告の被った精神的苦痛は、通常の写真の無断使用より重いといわざるを得ない。
 したがって、氏名表示権及び同一性保持権侵害による損害は、合計150万円といえる。
(3) 弁護士費用について
 原告は、弁護士費用として、15万円の損害を被った。
〔被告らの主張〕
 否認し争う。
第4 当裁判所の判断
1 本件写真の京都新聞への掲載による本件写真の複製権及び原告の氏名表示権侵害に関する被告Bに対する請求について
(1) 争点1(原告は、被告Bに対し、本件写真の使用許諾をしたか)について
ア 証拠によって認められる事実
 前提となる事実並びに該当箇所末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
a) 月刊京都への掲載について
 被告白川書院の編集長であるDは、祇園祭の特集号の準備で神輿の写真が必要になったため、同社のEに被告Bに対して月刊京都の特集号に掲載する旨説明させて、被告Bから本件写真のポジフィルムを借りた。
 そして、Eは、本件写真を掲載するにあたり原告の名前を表示することについて、被告Bから許諾を得た。
 その後、被告白川書院は、平成15年6月10日、原告の氏名を表示して本件写真を掲載した月刊京都7月号を発刊した(甲2の1ないし3、乙3、4)。
b) a)に対する原告の抗議について
 原告は、上記月刊京都の発刊日から数日後、被告白川書院を訪れ、本件写真の掲載によって収入を得たと職業安定所に誤解されると失業保険を受給することができない等として、Dに対して抗議をした。
 これを受けて、被告白川書院は、次のとおり、職業安定所あての被告白川書院作成名義の文書を作成し、原告に対してこれを交付した。
 「月刊京都2003年7月号(6月10日発行)カラーページ14−15頁に掲載の写真については、小社取引先の印刷会社から提供を受けたものであり、A氏から直接、提供されたものではありません。ここに証明いたします。」(甲16、乙2、4)
c) 被告Bの原告に対する手紙について
 被告Bは、原告に対して、次の内容を記載した平成16年2月13日付けの被告B作成名義の手紙を送付した(甲4の1、2)。
 「1昨年7月17日四条石段下で貴殿撮影の祇園祭りの写真1枚を貴殿の承諾なしに(株)白川書院に借り出し月刊京都7月号に掲載されたのは全く私の落ち度であり、(株)白川書院には何の責任もなく、すべて私の責任と思っています。
 貴殿と同じく祇園祭りの最大の神事である御神輿渡御を広く世間に知ってもらう事の理念が先行した経果で有りますので貴殿の信用失墜に対しての責任は私に有り応分の処置をさせていただきますので都合の良い時にご連絡いただきますようお願いします。」
d) 被告Bの原告に対する通知書について
 原告の元代理人であった弁護士Fは、被告白川書院に対して、平成16年5月28日、本件写真を月刊京都に掲載したことをめぐる紛争について、解決金として200万円の支払を求める旨の内容を記載した通知書を送付した(丙1、2)。
 これに対して、被告Bの代理人である弁護士加地和は、Fに対して、同年8月6日、次のとおり、本件写真を月刊京都に掲載した経緯等を記載した通知書を送付した(丙2)。
 「小職は、B氏(以下、私という)の代理人として本書を御送りします。貴職の株式会社白川書院宛ての平成16年5月28日付け通知書(以下、A文書という)に関連して、次の通り述べさせて頂きます。
 A氏の写真(以下、本件写真という。)を私がA氏の承諾を得ないで、月刊京都7月号(平成15年)(以下、B書という)に掲載する写真として提供した状況は以下の通りですが、理由の如何を問わず、貴殿の著作権を侵害したことを深くお詫び申し上げます。
 @ 私は、八坂神社の三若神輿会会長をしております。八坂神社は祇園祭りの鉾が有名ですが、神輿祭も、素晴らしい行事であることを世間にもっと知って欲しいと思って、損得抜きで活動しています。
 A A氏も祇園祭、神輿祭の際に熱心にカメラマンとして、祭礼の際に来ておられることは良く知っております。そして、本件写真を撮影された場所は、商店街のアーケードの上ですが、A氏がアーケードの上に登って撮影出来るように私が商店街と交渉して了解を取りました。
 B 私はA氏も神輿祭の発展の為に、カメラマンとして協力して頂ける同志としての気分を持っておりました。
 C A氏が去年7月に「京乃七月」というタイトルで写真集を1000冊印刷され各方面へ無料で配布されましたが、写真集の製作に私が経営するサンケイデザイン株式会社が携わり、本来なら240万円程要するのを190万円にしてあげました。
 D 私は、A氏がカメラマンとして、益々活躍して欲しいし、名前も広めて欲しいので、本件写真をA氏の名前入りで、掲載してもらったものです。本件写真の中には、私も登場人物として入っております。多くの神輿祭の役員等も入っています。また、本件写真は、私が商店街のアーケードにA氏が登る許可を得てあげなければ誕生しなかったでしょう。これ等のことを考え、私としては多忙もあり、うっかり事前に本件写真を、B書に掲載するのに事前にA氏の承諾を得るのを失念していたのが真相です。(以下省略)」
イ 争点に対する判断
 原告は、「サンケイデザインから月刊京都へ、どのような経路で写真のデータが移転したのか、私には判りません。7月1日発行の月刊京都に掲載された私の写真については、私は掲載に同意したことは一切ありません。」と述べており(甲16〔陳述書〕)、被告B自身も、「私としては当時多忙だったこともあり、事前に本件写真を、月刊京都7月号(平成15年)に掲載するのに原告の承諾を得たとのはっきりした記憶がなく、事前の承諾の有無について私自身はよく覚えておりません。」として、事前の承諾があったとは明確に述べていない(丙4〔陳述書〕)。
 このような証拠に加えて、上記アc)及びd)によれば、被告Bは、平成16年2月13日付けの手紙及び同年8月6日付けの通知書において、原告の承諾を得ずに本件写真を月刊京都に掲載させたことを認めてこれを謝罪しているという事実が認められる。
 上記の証拠にこれらの間接事実を考慮すれば、原告が本件写真を月刊京都に掲載することを許諾していたと認めることはできない。原告が本件写真を京都新聞に掲載することを許諾していたものと認めることができないことも、これと同様であり、他に原告の許諾の事実を認めるに足りる証拠はない。
 もっとも、上記アb)によれば、月刊京都7月号の発刊日から数日後に、原告が被告白川書院のDに抗議した内容は、本件写真の掲載自体ではなく、本件写真に加えて原告の名前も表示したことであったことが認められる。被告らは、このような事実によれば、原告が本件写真の使用を事前に許諾していたことが推認され、また、本件写真の使用を事後に許諾したことが認められると主張している。
 しかしながら、原告の抗議の内容を仔細に検討すれば、原告は、職業安定所との関係で本件写真の掲載により収入を得たという誤解を解く必要があったというものであるから、抗議の内容が上記のとおりであったとしても、このことは、原告が職業安定所との関係で誤解を解くための行動をしたまでのことであると解するのが自然であり、これを超えて、本件写真の掲載自体を事後的に許諾したとまで解するのは相当ではない。
 そうすると、このような原告の行動により、原告が本件写真の使用を許諾したと認めることができないのはもとより、本件写真の使用を許諾していたことを推認するに足りるものとも認めることはできない。
 以上のとおり、被告らの主張は、いずれも理由がなく、これらを採用することができない。
(2) 被告Bの過失の有無について
 上記(1)イに認定したとおり、原告は、被告Bに対して本件写真の使用を許諾していたものとは認められない。仮に、被告Bにおいて、原告の許諾があると漠然と考えていたとしても、被告Bは、原告に本件写真の許諾の有無を確認することが極めて容易にできたにもかかわらず、このような確認行為をすべき注意義務を怠り、漫然と本件写真を使用したものである。
 したがって、被告Bには、本件写真の京都新聞への無断掲載による著作権侵害行為について、過失があるというべきである。
(3) 争点2(原告の被告らに対する請求は権利の濫用か)について
 被告らは、原告において本件写真を月刊京都に掲載したことにつき一旦納得したにもかかわらず、失業保険の受給期間経過後に本件の損害賠償を請求するのは、禁反言の原則に反するから、権利の濫用として許されないと主張する。
 しかしながら、原告は、職業安定所との関係で誤解を解くために被告白川書院に対し抗議したまでであって、この経緯によっても、本件写真の使用を許諾したものとは認められないことは、前記(1)イに認定したとおりである。
 したがって、被告らの主張は、その前提を欠くから、採用することができない。
2 本件水彩画の制作と京都新聞への掲載による本件写真の翻案権並びに氏名表示権及び同一性保持権侵害に関する被告Bに対する請求について
(1) 争点3(本件水彩画の制作は、本件写真の翻案権を侵害するか)について
ア 本件写真の著作物性について
 著作権法27条に規定する著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
 そして、著作権法は、同法2条1項1号の規定するとおり、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁)。
 本件写真は、祇園祭のイベントである神幸祭において被告八坂神社の西楼門前に4基の神輿(子供神輿を含む。)を担いだ輿丁が集まり、神官がお祓いをする直前の場面を撮影したものである(甲1の1、甲5、)。本件写真の被写体が客観的に存在する被告八坂神社の西楼門と、同じく客観的に存在しながらも時間の経過により移動していく神輿と輿丁及び見物人であり、これを写真という表現形式により映像として再現するものであること、及び、写真という表現形式の特性に照らせば、本件写真の表現上の創作性がある部分とは、構図、シャッターチャンス、撮影ポジション・アングルの選択、撮影時刻、露光時間、レンズ及びフィルムの選択等において工夫したことにより表現された映像をいうと解すべきである(甲1の1、甲5、甲17)。すなわち、お祭りの写真のように客観的に存在する建造物及び動きのある神輿、輿丁、見物人を被写体とする場合には、客観的に存在する被写体自体を著作物として特定の者に独占させる結果となることは相当ではないものの、撮影者がとらえた、お祭りのある一瞬の風景を、上記のような構図、撮影ポジション・アングルの選択、露光時間、レンズ及びフィルムの選択等を工夫したことにより効果的な映像として再現し、これにより撮影者の思想又は感情を創作的に表現したとみ得る場合は、その写真によって表現された映像における創作的表現を保護すべきである。
 なお、被写体自体が創作的表現になり得ると解すると、同一の撮影場所であれば、誰が撮影したとしても同一となるものを保護することを意味することになるとの反論があり得るものの、本件写真のように、撮影者が人々の動きのある神幸祭のある一瞬の風景を、上記のような構図、撮影ポジション・アングルの選択、露光時間、レンズ及びフィルムの選択等を工夫して撮影し、これを再現した、その創作的表現を保護するのであれば、特段の弊害は生じないものと解される。
イ 本件写真の具体的な創作的表現について
 本件写真は、被告八坂神社の境内の西楼門の正面よりやや斜めの位置で、アーケードの上に撮影ポジションをおき、子供神輿と神官の姿を明確にとらえることができるようにし、また、被写体を広角域で捉えてその遠近感を強調するために広角レンズを用いて、被告八坂神社の境内の西楼門から4基の神輿までの全体にピントが合うように奥行きを広げ、さらに、夕方6時以降の時刻であることを考慮して、ASA400 のフィルムにより、1/15秒のシャッタースピードで撮影されたものである(甲1の1、甲5、甲17)。
 その結果、本件写真においては、神官及び4基の神輿が相当細部にわたるまで鮮明に写し出されており、とりわけ、お祓いをする神官にあっては、手に持つ榊の紙垂のなびく様子が止まって写されており、神輿にあっては、その屋根の円形模様、色彩その他の細部の装飾までもが色鮮やかに写されている。
 このように、本件写真の創作的表現とは、被告八坂神社の境内での祇園祭の神官によるお祓いの構図を所与の前提として、祭りの象徴である神官と、これを中心として正面左右に配置された4基の黄金色の神輿を純白の法被を身に纏った担ぎ手の中で鮮明に写し出し、これにより、神官と神霊を移された神輿の威厳の下で、神輿の差し上げ(神輿の担ぎ手がこれを頭上に担ぎ上げることをいう。)の直前の厳粛な雰囲気を感得させるところにあると認められる。
ウ 本件写真と本件水彩画との対比
a) 本件水彩画が本件写真に依拠して制作されたことは、前記第2・2(3)ア認定のとおりである。そのため、本件水彩画は、その全体の構成から細部の描写に至るまで、本件写真を基にして制作されたとみられる部分が多い。すなわち、本件水彩画の全体的構成は、本件写真の構図と同一であり、西楼門(門脇の木々及び狛犬並びに八坂神社の石柱を含む。)、神官及びこれを中心として正面左右に配置された4基の神輿の位置関係がほぼ同じであるだけでなく、4基の神輿を担ぐ輿丁や多数の見物客の様子や姿態が全体として簡略化されているものの、その一部が不自然に類似して描かれているのである(甲12)。また、本件水彩画においては、本件写真と同様に、これらの西楼門、神官及び4基の神輿が、いずれも濃い画線と鮮明な色彩で強調されて描かれている。これに対して、本件水彩画においては、神官のお祓いを見守る人々は上記のとおり薄い画線と色彩で簡略化されており、また、西楼門背後の樹木は省略されている(甲1の1、甲5、甲10、甲12)。
b) 本件水彩画においては、このようにデフォルメされている部分もあるものの、とりわけ、4基の神輿は、金色及び西楼門と同一の赤色で彩色を施され、多くの純白の法被の中で浮かび上がるがごとく、鮮明に描かれている。
 本件水彩画のこのような創作的表現によれば、本件水彩画においては、写真とは表現形式は異なるものの、本件写真の全体の構図とその構成において同一であり、また、本件写真において鮮明に写し出された部分、すなわち、祭りの象徴である神官及びこれを中心として正面左右に配置された4基の神輿が濃い画線と鮮明な色彩で強調して描き出されているのであって、これによれば、祇園祭における神官の差し上げの直前の厳粛な雰囲気を感得させるのに十分であり、この意味で、本件水彩画の創作的表現から本件写真の表現上の本質的特徴を直接感得することができるというべきである。
 なお、本件写真と本件水彩画では、神官の動作及び持ち物に違いが認められる。しかしながら、本件水彩画では、神官の動作を紙垂が付された棒を高く掲げる動作に修正して、神官のお祓いの動作をより強調するものであって、この意味で、厳粛な雰囲気をより増長させるものと認められる。したがって、上記の表現の相違は、本件水彩画から本件写真の表現上の本質的特徴を直接感得できるという上記認定を左右する程のものではない。
エ 結論
 以上のとおり、本件水彩画に接する者は、その創作的表現から本件写真の表現上の本質的な特徴を直接感得することができると認められるから、本件水彩画は、本件写真を翻案したものというべきである。
(2) 被告Bの過失の有無について
 上記1(1)イのとおり、原告は、被告Bに対して本件写真の使用すら許諾していたものと認めることができない。したがって、被告Bは、原告に無断で本件写真を翻案して制作された本件水彩画を京都新聞に掲載したものであり、被告Bには、本件水彩画を京都新聞に掲載して、本件写真の翻案権並びに原告の氏名表示権及び同一性保持権を侵害したことについて、少なくとも過失があるというべきである。
3 本件写真ポスターの制作による本件写真の複製権侵害に関する被告サンケイデザイン及び被告Bに対する請求について
(1) 被告Bの共同不法行為責任について
 本件写真ポスターは、被告サンケイデザインが印刷して制作したものであると認められ(丙4)、本件全証拠によっても、被告Bが、被告サンケイデザインの代表取締役としてではなく個人として、この制作に客観的に関連する行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告Bは、共同不法行為者とはいえないから、その責任を負わないものと認められる。
(2) 争点1(原告は、被告サンケイデザインに対し、本件写真の使用許諾をしたか)について
 前記1(1)認定の事実によれば、原告は、被告Bに対してはもとより、被告サンケイデザインに対しても、本件写真を本件写真ポスターに掲載することを許諾していたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(3) 被告サンケイデザインの過失の有無について
 上記( )のとおり、原告は、2 被告Bに対してはもとより、被告サンケイデザインに対しても本件写真の使用を許諾していたものと認めることはできない。仮に、被告サンケイデザインの代表者の被告Bにおいて、原告の許諾があると漠然と考えていたとしても、被告サンケイデザインは、原告に本件写真の許諾の有無を確認することが極めて容易にできたにもかかわらず、このような確認行為をすべき注意義務を怠り、漫然と本件写真を使用し、本件写真ポスターを制作したものであるから、被告サンケイデザインには、本件ポスター制作による本件写真の複製権侵害について過失があるというべきである。
(4) 争点5(原告は、被告八坂神社に対し、本件写真の使用許諾をしたか)について
 被告サンケイデザインは、被告八坂神社に依頼されて本件写真ポスターを制作したのであるから、原告が被告八坂神社に対して、本件写真の使用を許諾していたかどうかを、念のため、判断する。
ア 証拠によって認められる事実
 前提となる事実並びに該当箇所末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
a) 最初の撮影許可について
 原告は、被告八坂神社から、平成9年ころ、次の内容で、平成9年から5年間、撮影を許可された(乙1参照)。
 「撮影範囲
 御本殿内を始め御社で執り行われる、祇園祭の神事・祭典及び、御奉仕団体により催行される行事において、行事を直接運営する団体から許可され、且、神事などの執行を妨げない範囲。
 使用目的
 ・申請者の著作物及び、共著となる単行本・写真集などへの掲載。
 ・申請者の個展及び、申請者が主要なメンバーとなるグループ展での展示。
 ・公募展などへの応募及び、これに関わる展示並びに図録への掲載。応募作品の著作権が、主催者に移管されるものへの応募は行なわない。
 ・上記著作物・写真展などに関わる、案内状・パンフレット並びに、告知のための写真雑誌・情報誌などへの掲載。
 申請条件
 ・上記の範囲・目的を外れる撮影・使用に関しては、その都度事前にご許可を得る。
 ・祭の意義を考慮したうえで、その尊厳を乱す様な行為は慎む。
 ・御社が写真を必要とした時は、これを無償でご提供する。
 ・著作物を出版する時は内1冊をご奉納する、写真展など開催の時はご案内をする。
 ・御社の都合により、この許可事項が期間満了前に停止されても、異議を唱えない。」
b) 撮影許可願について
 原告は、被告八坂神社に対して、平成14年6月15日、上記a)の最初の撮影許可による撮影期間が満了したため、撮影期間を同年から平成18年までの5年間における各年7月1日から31日までの1か月間とする外は、上記a)と同一の撮影条件とする祇園祭写真撮影許可願を提出した(甲15)。
 これに対し、被告八坂神社は、原告に対して、@撮影期間を平成14年の1年間のうち7月1日から7月末日までに限定すること、A撮影対象は神社が直接主催する主催の神事・祭典に限り、具体的・限定的に神社側の指定する行事のみに限って記載すること、B撮影許可条件は被告八坂神社において定めるため記載しないことの3点を指示したことから、原告は、被告八坂神社に対して、平成14年6月28日、改めて、次の内容の祇園祭写真撮影許可願を提出した(甲14、16)。
 「撮影範囲
 祇園祭の神事・祭典のうち、御社が直接執行するもの。撮影期間平成十四年七月一日より三十一日のうち
 7/1  10:00〜 長刀鉾町お千度
 7/10  10:00〜 神事用水清祓
   17:00〜 神輿洗い(準備より)
 7/14  18:00〜 長刀鉾灯火もらい
 7/16  18:00〜 鷺舞、田楽公開練習
 7/17  17:00〜 神幸祭(準備より御旅所まで)
 7/24  17:00〜 還幸祭(御旅所より宮入まで)
 7/28  10:00〜 神事用水清祓
   17:00〜 神輿洗い(準備より)
 7/31  10:00〜 疫神社夏越祓
 使用目的
 ・祇園祭の写真展を予定しております。過去4回開催。
 ・祇園祭の写真集の出版を予定しております。」
c) 再度の撮影許可について
 これを受けて、被告八坂神社は、原告に対して、平成14年7月2日付けで、次の内容の撮影許可書を発行して、条件付きで撮影を許可した(甲9)。
 「このたび願出のありました当社に関する撮影につきましては、左記の事項を遵守することで許可致します。
 一、使用目的は左記に限ること。記載の目的以外には使用しないこと。
  申請書類記載の通り(但し、七月十六日鷺舞、田楽公開練習については、舞殿前での奉納のみと致します。)
 一、撮影対象は左記に限ること。
  申請書類記載のとおり。
 一、撮影期間は平成十四年七月一日〜平成十四年七月三十一日に限ること。
 一、著作権を損ない、当社に不適切なナレーション・テロップ表示・解説文を使用しないこと。
 一、映像の複写・複製・貸与・販売は厳禁と致します。
 一、本殿内部を始め建造物内に立ち入っての撮影は禁止いたします。
 一、撮影に際しては当社職員の指示に従い、祭儀の進行や参拝者の妨げとなる撮影を行わないこと。
 一、写真展開催時にはその詳細を案内してください。また写真集出版に際しては一部献納してください。
 一、撮影した映像・写真を二次使用するときは再申請すること。」
d) 上記c)の撮影許可の影響について
 原告は、従来は本殿内部その他建物内部で撮影をすることができたため、一般のカメラマンや報道陣でさえ撮影できない場所でも撮影することができた。しかしながら、上記c)の撮影許可によって、原告は、これらの内部で撮影することができなくなったため、G家による鷺踊の練習風景その他祇園祭に不可欠な行事の撮影をすることができなくなった。その結果、原告の撮影許可の範囲は、一般の観光客とそれ程変わらないものとなった(甲16)。
イ 争点に対する判断
 上記認定事実によれば、再度の撮影許可には、最初の撮影許可とは異なり、上記アc)のとおり、写真の無償提供に係る条件(最初の撮影許可に付されていた「御社が写真を必要とした時は、これを無償でご提供する。」との条項をいう。以下「本件無償提供条項」という。上記アa)参照)は付されていなかったことが認められる。
 このことは、上記アd)のとおり、被告八坂神社は、再度の撮影許可では、撮影許可の範囲を一般の観光客とそれ程変わらないものに制限したことを考慮して、写真展を開催する場合には案内を要するという条件や写真集を出版する場合には一部の献納を要するという条件については従前どおり維持しつつも、本件無償提供条項については削除したものと解するのが自然である。
 そうすると、原告は、被告八坂神社との間で、本件写真の使用を許諾するとの合意をしたとは認められず、その外に、原告が被告八坂神社に本件写真の使用を許諾していたと認めるに足りる証拠はない。
 もっとも、被告らは、被告八坂神社において撮影許可書には明記しなかったものの、当事者双方は、従前どおり、本件無償提供条項も当然に撮影許可条件として含まれているという黙示の合意があったと主張している。
 しかしながら、再度の撮影許可における本件撮影条件は、上記アc)及びd)のとおり、建造物内部での撮影を禁止するなど、従来よりも原告の撮影範囲を大幅に制限するものであるから、それにもかかわらず、原告が本件無償提供条項も黙示に付されていたと解していたと認めるのは相当ではない。
 加えて、原告は、原告が被告Bに対し「神輿の写真だから『神輿会』が使うのなら協力するが、八坂神社のポスターには貸さない。」と明言したと主張したのに対して(平成19年5月2日付け準備書面1の1(2)参照)、被告サンケイデザイン及び被告Bは、原告が、被告Bに、「神輿の写真だから、『神輿会』が使うなら協力するが、八坂神社のポスターは貸さない」と明言したとあるのは承認すると主張している(平成19年5月9日付け被告(サンケイデザイン・B)準備書面の2イ参照)。このように、少なくとも、原告においては、撮影条件を大幅に制限されたことから、被告八坂神社に対して写真を無償で許諾するという意思はなかったことが認められる。
 したがって、被告らの主張は、理由がなく、採用することができない。
(5) 争点2(原告の被告らに対する請求は権利の濫用か)について
 前記1(3)と同じ理由により、原告の請求は権利の濫用とはならない。
4 本件写真ポスターの制作による原告の氏名表示権侵害に関する被告サンケイデザイン、被告B及び被告八坂神社に対する請求について
(1) 被告Bの共同不法行為責任について
 前記3(1)と同じ理由により、被告Bは、共同不法行為責任を負わない。
(2) 争点1(原告は、被告サンケイデザインに対し、本件写真の使用許諾をしたか)について
 前記3(2)と同じ理由により、原告は、被告サンケイデザインに対し、本件写真の使用を許諾していない。
(3) 争点4(被告八坂神社は、共同して侵害行為を行った者に当たるか)について
ア 証拠(乙9、丙4)及び弁論の全趣旨によれば、被告八坂神社は、千年以上もの伝統を有する祇園祭を執行する者であって、本件写真ポスターは、その祇園祭のいわば看板ポスターとして、京都市内各所に約1か月間貼付されたものであると認められる。
 そして、このようなポスターを必要とするに当たり、被告八坂神社は、神輿を中心としたポスターを作成することとして、三若神輿会の会長である被告Bが代表取締役を務める被告サンケイデザインに対して、平成15年に本件写真ポスターの制作を初めて依頼し、翌年にも本件写真ポスターの制作を依頼したことが認められる。
イ このような本件写真ポスターの重要性からすれば、被告八坂神社が、初めて依頼する被告サンケイデザインに対して、そのポスターの写真の具体的選択につき、神輿を中心とすること等の注文をした以外は被告サンケイデザインの裁量に委ねていたとしても、ポスターを大量に印刷する前には、注文者である被告八坂神社が、本件写真を掲載して制作されたポスターでいいかどうかを最終確認するのが通常であるから、本件写真ポスターに本件写真を使用することを最終的に了解したのは、被告八坂神社であったと解するのが相当である。
 したがって、注文者である被告八坂神社は、本件写真ポスターの制作による原告の氏名表示権侵害について、被告サンケイデザインと共同して侵害行為を行ったものと認めるのが相当である。
(4) 争点5(原告は、被告八坂神社に対し、本件写真の使用許諾をしたか)について
 前記3(4)認定のとおりであり、原告が被告八坂神社に対し、本件写真の使用許諾をしたと認めることはできない。また、仮に、被告八坂神社の撮影許可条件が従前と同様であったと解する余地があるとしても、原告の氏名表示をせずに、原告の写真の著作物を使用してよいとの許諾があったことを認めることはできない。
(5) 被告サンケイデザインの過失の有無について
 前記3(3)と同じ理由により、被告サンケイデザインには過失が認められる。
(6) 争点6(被告八坂神社には、故意又は過失があるか)について
ア 証拠によって認められる事実
a) 前提となる事実に証拠(甲16、乙9、丙4)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
@ 被告八坂神社は、神輿を中心としたポスターを作成することとなり、被告Bが三若神輿会の会長であることから、同人が代表取締役を務める被告サンケイデザインに対して、平成15年に、本件写真ポスターの制作を初めて依頼した。その際に、被告八坂神社の権宮司であるHは、被告Bが「心配はありませんか。」と念を押したところ、被告Bは、「何も心配いりません。任せてください。」と述べた。
A 被告サンケイデザインは、平成15年及び平成16年に本件写真ポスターを印刷し制作して、それぞれ被告八坂神社に納品した。
 そして、被告八坂神社は、祇園祭が始まる同各年7月1日ころに、本件写真ポスターを京都市内各所にそれぞれ貼付した。
B 原告は、平成16年7月ころ、本件写真ポスターを見付けたため、被告Bに本件写真の無断使用につき抗議をした。
C これと同様に、原告は、Hに対して、平成16年7月末日ころ、「自分の写真が勝手に使われている。大きな問題になるぞ。自分以外の他の仲間の写真も使われている。」などと電話で抗議した。
 そのため、被告八坂神社と被告Bは、相談の上、原告とのトラブルを避けるために、写真ではなく、絵を用いて八坂神社の祇園祭用のポスターを制作するものとし、被告八坂神社は、被告Bにその旨依頼した。
D 被告サンケイデザインは、平成17年に本件水彩画ポスターを印刷し制作して、被告八坂神社に納品した。
 そして、被告八坂神社は、同年7月1日ころ、本件水彩画ポスターを京都市内各所に貼付した。
b) 原告は、被告八坂神社に対して、平成15年7月末日ころにも、本件写真ポスターにつき抗議をしたと述べている(甲16)。
 しかしながら、@原告の抗議の後に、被告Bが原告にあてた平成16年2月13日付けの手紙には、月刊京都に写真を無断掲載した件についてのみ謝罪が述べられており、本件写真ポスターの件については一切言及されていないこと(甲4の1)、A被告B及び被告八坂神社が本件写真を本件水彩画に変更したのは、平成16年ではなく平成17年であるという事実がそれぞれ認められることと、被告B及びHが平成15年には抗議を受けていないとそれぞれ述べていることを考慮すれば(乙9、丙4)、むしろ、原告は、平成15年7月ころは、月刊京都についてのみ抗議をしたものであって、本件写真ポスターについては、平成16年7月ころに初めて抗議をしたと解するのが自然である。
 したがって、この点に関する原告の供述は信用することができず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。
イ 争点に対する判断
 第2の2(1)エのとおり、被告八坂神社は、神社神道に従って祭祀等を行う宗教法人であって、千年以上もの伝統を有する祇園祭を執行するなどして信仰や文化を発信し、日本各地から広く崇敬を集める神社である。そして、被告八坂神社のホームページには、八坂神社写真展として、本殿(重要文化財)、西楼門(重要文化財)、境内摂末社その他被告八坂神社の境内建物の写真を写真集としてまとめて掲載し、これらの写真の利用の許可申請を受け付けるものとしている。また、被告八坂神社は、撮影を許可する際にも、著作権を損なわないよう留意する旨の撮影条件を付していることが認められる(甲9、甲13)。
 このように、被告八坂神社は、重要文化財、著作物その他文化的所産を取り扱う立場にある者であって、もとより著作権に関する知識を有するものであるから、著作物を使用するに際しては、当該著作物を制作した者などから著作権の使用許諾の有無を確認するなどして、著作権を侵害しないようにすべき注意義務があるというべきである。
 本件についてみるに、上記(4)のとおり、本件写真を選択し、本件写真ポスターとすることを最終的に了解したのは、被告八坂神社であったと解するのが相当であるから、被告八坂神社は、その最終判断に当たり、被告サンケイデザインに対して、本件写真の著作者名や当該著作者名を表示しないことに対する承諾の有無を具体的に確認し、その状況次第では、更に著作者に当該承諾の有無を直接確認するなどして、著作者人格権を侵害しないようにすべき注意義務があったというべきである。
 しかしながら、被告八坂神社は、このような確認行為をすべき注意義務を怠り、本件写真ポスターの制作を依頼した被告サンケイデザインが本件写真の著作者名を表示せずに本件写真ポスターに本件写真を掲載するのを漫然と容認したものであって、被告八坂神社には、この点において過失があるというべきである。
(7) 争点2(原告の被告らに対する請求は権利の濫用か)について
 前記1(3)と同じ理由により、原告の請求は、権利の濫用には当たらない。
5 本件水彩画ポスターの制作による本件写真の翻案権侵害、原告の氏名表示権及び同一性保持権侵害に関する被告サンケイデザイン、被告B及び被告八坂神社に対する請求について
(1) 被告Bの共同不法行為責任について
 前記3(1)と同じ理由により、被告Bは、共同不法行為責任を負わない。
(2) 争点3(本件水彩画の制作は、本件写真の翻案権を侵害するか)について
 前記2(1)と同じ理由により、本件水彩画の制作は、本件写真の翻案権を侵害するものである。
(3) 争点4(被告八坂神社は、共同して侵害行為を行った者に当たるか)について
 前記4(3)と同様に、本件水彩画ポスターの重要性からすれば、注文者である被告八坂神社が、ポスターを大量に印刷する前には、本件水彩画を掲載して制作されたポスターでいいかどうかを最終確認するのが通常であるから、本件写真ポスターに本件水彩画を使用することを最終的に了解したのは、被告八坂神社であったと解するのが相当である。
 したがって、注文者である被告八坂神社は、本件水彩画ポスターの制作による本件写真の翻案権、原告の氏名表示権及び同一性保持権侵害について、被告サンケイデザインと共同して侵害行為を行った者と認めるのが相当である。
(4) 被告サンケイデザインの過失の有無について
 前記3(3)のとおり、原告は、被告サンケイデザインに対して本件写真の使用を許諾していたものと認めることはできない。それにもかかわらず、被告サンケイデザインは、原告に無断で本件写真を翻案して本件水彩画を制作したのであるから、被告サンケイデザインにおいては、本件水彩画ポスターの制作による、本件写真の翻案権侵害、原告の氏名表示権侵害及び同一性保持権侵害について、少なくとも過失があるというべきである。
(5) 争点6(被告八坂神社には、故意又は過失があるか)について
 前記4(6)イ認定のとおり、被告八坂神社は、重要文化財、著作物その他文化的所産を取り扱う立場にある者であって、もとより著作権に関する知識を有するものであるから、著作物を使用するに際しては、当該著作物を制作した者などから著作権の使用許諾の有無を確認するなどして、著作権を侵害しないようにすべき注意義務があるというべきである。
 本件についてみると、前記4(6)アa)の事実が認められることは前記認定のとおりであり、これらの事実によれば、被告八坂神社は、平成16年7月末日ころ、原告から本件写真ポスターの制作につき直接電話で抗議を受けたものであるから、この時点において本件写真の著作権者である原告が本件写真の使用を許諾していない事実を認識したことが認められる。
 このような状況にあっては、被告八坂神社は、本件水彩画をポスターに使用するという最終判断をするに際しては、被告サンケイデザインに対して、本件水彩画が依拠した写真が本件写真であるか否か、また、本件写真に依拠したものであれば原告からこれを本件水彩画に翻案する許諾を得たか否かについて確認すべきであったのであり、このような確認行為をすべき注意義務を怠り、写真ではなく水彩画であれば問題がないと慢心し、被告サンケイデザインによる本件水彩画ポスターの制作を漫然と容認したものである。したがって、被告八坂神社においては、本件写真の翻案権侵害、原告の氏名表示権及び同一性保持権侵害について、少なくとも過失があるというべきである。
6 本件写真の月刊京都への掲載による本件写真の複製権侵害に関する被告B、被告サンケイデザイン、被告白川書院及び被告Cに対する請求について
(1) 被告サンケイデザインの共同不法行為責任について
 月刊京都に掲載した行為については、被告白川書院のDは、被告Bから本件写真を借りたと述べており(乙4)、また、被告Bは、原告がカメラマンとして益々活躍してその名前を広めて欲しいと考えて、本件写真を原告の名前入りで月刊京都に掲載してもらったと述べており(丙4)、この件につき被告Bが原告にあてた謝罪の手紙の作成名義人は被告B個人であって、その中では、すべて被告B個人の責任である旨を述べている(甲4の1及び2)。
 これらの事実を総合すれば、被告Bは、被告サンケイデザインの代表取締役としてではなく個人として、本件写真のポジフィルムを被告白川書院に貸したものと認められ、本件全証拠によっても、被告Bが、被告B個人ではなく被告サンケイデザインの代表取締役として、本件写真の月刊京都への掲載に客観的に関連する行為をしたと認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告サンケイデザインは、本件写真の月刊京都への掲載については、共同不法行為者とはいえないから、その責任を負うものとは認められない。
(2) 平成18年における本件水彩画の京都新聞への掲載について
 本件水彩画が平成18年7月に京都新聞に掲載された事実については、証拠が全くない。なお、原告は、被告八坂神社に対して、平成17年8月に本件水彩画について抗議を申し入れていることが認められるから(甲16)、この抗議を受けて、平成18年には本件水彩画ポスターが制作されなかったと認められるのと同様に、本件水彩画も京都新聞に掲載されなかったと認めるのが相当である。
(3) 争点1(原告は、被告Bに対し、本件写真の使用許諾をしたか)について
 前記1(1)と同じ理由により、原告は、被告Bに対し、本件写真の使用許諾をしたと認めることはできない。
(4) 被告Bの過失の有無について
 前記1(2)と同じ理由により、被告Bには、本件写真の月刊京都への掲載について過失があると認められる。
(5) 争点7(被告Cは、共同して侵害行為を行った者に当たるか)について
 証拠(甲2の3)によれば、月刊京都7月号は、Dを編集人、被告Cを発行人、被告白川書院を発行所として発刊されていることが認められる。
 そうすると、被告Cは、月刊京都7月号の発行人であり、月刊京都7月号の発行にあたり責任を有する者であるから、被告白川書院とともに、月刊京都7月号を発刊したものと認めるのが相当である。
 したがって、被告Cは、被告白川書院と共同して月刊京都を発刊し、本件写真の複製権を侵害したものと認められる。
(6) 争点8(被告白川書院及び被告Cには、故意又は過失があるか)について
 第2の2(1)ウの前提となる事実のとおり、被告白川書院は、雑誌単行本の出版及び販売等を目的とする株式会社であり、また、被告Cは、同社の代表取締役であり、かつ、月刊京都の発行人である。
 このように被告白川書院及び被告C(以下、本項において「被告ら」という。)は、いずれも業として雑誌を出版する者であるから、著作物を使用するに際しては、当該著作物を制作した者などから著作権の使用許諾の有無を確認するなどして、著作権を侵害しないようにすべき注意義務があるというべきである。
 本件についてみると、前提となる事実のとおり、被告らは、被告Bから本件写真のポジフィルムを借りているものの、原告とは既に面識がある上、本件写真の著作権者が原告であることを認識していたのであるから(乙4)、このような事情に照らすと、被告らは、原告に対し本件写真の使用許諾の有無を容易に確認することができたものと認められる。
 しかしながら、被告らは、このような確認行為をすべき注意義務を怠り、本件写真を掲載して月刊京都を発刊したものであって、被告らには、本件写真の複製権侵害について過失があるというべきである。
(7) 争点2(原告の被告らに対する請求は権利の濫用か)について
 前記1(3)と同じ理由により、原告の請求を権利の濫用と認めることはできない。
7 争点9(損害額はいくらか)について
(1) はじめに
 本件写真については、被告Bが京都新聞に2回にわたり掲載した行為並びに被告サンケイデザイン及び被告八坂神社が本件写真ポスターに掲載した行為がそれぞれ本件写真の複製権及び原告の氏名表示権(ただし複製権侵害については被告八坂神社を除く。)を、被告B、被告白川書院及び被告Cが月刊京都に掲載した行為が本件写真の複製権を、それぞれ侵害するものと認められる。
 他方で、本件水彩画については、被告Bが京都新聞に掲載した行為並びに被告サンケイデザイン及び被告八坂神社が本件水彩画ポスターに掲載した行為が、それぞれ本件写真の翻案権、原告の氏名表示権及び同一性保持権を侵害するものと認められる。
(2) 財産的損害について
 前提となる事実(第2の2(1)ア及び(2))によれば、原告は、趣味として、京都の祇園祭を中心に写真を撮影する者であって、本件写真を表紙に掲載した「京乃七月」と題する祇園祭の写真集についても、発行した1000部すべてを被告八坂神社その他の関係者に無料で配布しているという事実が認められる。このような原告のアマチュア写真家としての立場に加えて、本件写真の内容、財産的価値、侵害行為の態様(京都新聞に掲載された本件写真も、月刊京都に掲載された本件写真もいずれも大きなサイズで掲載されており、また、本件写真ポスターに掲載された本件写真も、本件水彩画ポスターに掲載された本件水彩画もいずれも相当大きなサイズのものである(甲2の2、甲5、甲6の1・2、甲10、甲11)。)、その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すれば、本件写真の複製権侵害に基づく本件写真の使用料相当額としては、京都新聞及び月刊京都への掲載行為については各5万円、本件写真ポスターへの掲載行為については各10万円、本件水彩画の制作による本件写真の翻案権侵害に基づく本件写真の使用料相当額としては、京都新聞への掲載行為については5万円、本件水彩画ポスターへの掲載行為については10万円とそれぞれ認めるのが相当である。
(3) 精神的損害について
ア 本件写真については、本件写真ポスターの制作、京都新聞への掲載により、原告の氏名表示権が侵害されたものであり、弁論の全趣旨によれば、原告は、これにより精神的苦痛を被ったものと認められる。
 そして、原告は、趣味で写真を撮影するいわゆるアマチュア写真家であるものの、本件写真は、原告が退職を機に出版した「京乃七月」と題する写真集の表紙を飾るものであって、原告にとってはいわば苦心の結晶であり、本件写真への愛着が強いこと、及び、これに加えて、上記侵害行為の態様、その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すれば、本件写真について氏名表示権が侵害されたことに対する慰謝料としては、京都新聞への掲載行為については各3万円、本件写真ポスターへの掲載行為については年度ごとに各5万円と、それぞれ認めるのが相当である。
イ 本件水彩画の京都新聞への掲載と本件水彩画ポスターの制作により、原告の氏名表示権及び同一性保持権が侵害されたものであり、証拠(甲17)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、これにより精神的苦痛を被ったものと認められる。
 そして、上記アと同様に、原告の本件写真への愛着が強いこと、本件水彩画への改変行為の態様、その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すれば、本件水彩画の制作による原告の氏名表示権及び同一性保持権が侵害されたことに対する慰謝料としては、京都新聞への掲載行為については6万円、本件水彩画ポスターへの掲載行為については10万円とそれぞれ認めるのが相当である。
(4) 弁護士費用について
 本件における原告の請求の内容、事案の性質、訴訟に至った経緯、難易度、審理経過その他一切の事情を総合考慮すれば、本件写真の京都新聞への掲載行為による著作権及び著作者人格権の侵害行為と相当因果関係があるものとして被告Bに負担させるべき弁護士費用としては3万円、本件ポスターへの掲載行為による本件写真の複製権侵害行為と相当因果関係があるものとして被告サンケイデザインに負担させる弁護士費用としては2万円、本件写真ポスターへの掲載行為による原告の氏名表示権と本件水彩画ポスターへの本件水彩画の掲載行為による原告の翻案権並びに氏名表示権及び同一性保持権の侵害行為と相当因果関係があるものとして被告サンケイデザイン及び被告八坂神社に連帯して負担させるべき弁護士費用としては3万円、月刊京都への掲載行為による複製権の侵害行為と相当因果関係があるものとして被告B、被告白川書院及び被告Cに連帯して負担させるべき弁護士費用としては1万円とそれぞれ認めるのが相当である。
(5) 以上によれば、原告の請求は、次の限度において、理由がある。

被告B
 5万円×3(京都新聞複製権)+3万円×2(同氏名表示権)+6万円(同氏名表示権、同一性保持権)+3万円(弁護士費用)=30万円
被告サンケイデザイン
 10万円×2(本件写真ポスター複製権)+2万円(弁護士費用)=22万円
被告サンケイデザイン・被告八坂神社
 5万円×2(本件写真ポスター氏名表示権)+10万円(本件水彩画ポスター翻案権)+10万円(同氏名表示権・同一性保持権)+3万円(弁護士費用)=33万円
被告B・被告白川書院・被告C
 5万円(月刊京都複製権)+1万円(弁護士費用)=6万円

 なお、本判決が認定した上記損害額は、当裁判所が本件について和解勧告をした際に前提としていた損害額よりもやや高額のものとなっている。このことは、原告がプロの写真家ではないため、その写真の使用料相当額を認定し得る直接的な証拠がないことが影響しているものであるものの、同時に、本件における多岐にわたる争点について、当裁判所が最終的に詳細かつ綿密に検討し、本件に表れたすべての事情を斟酌した結果、上記のとおり損害額を認定するのが相当であるとの結論に至ったことによるものであることを付言する。
第5 結論
 以上によれば、原告の請求は、各被告らに対する上記損害賠償金並びにこれらに対する平成19年2月3日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからそれぞれ認容し、その余については理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用につき民訴法61条、64条本文及び65条1項ただし書を、仮執行の宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 中島基至
 裁判官 古庄研
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