判例全文 line
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【事件名】ネット掲示板の中傷事件(ラーメンチェーン)(刑)
【年月日】平成20年2月29日
 東京地裁 平成16年(わ)第5630号 名誉毀損被告事件

判決


主文
 被告人は無罪。

理由
第一 本件公訴事実と当裁判所の結論
 本件公訴事実(ただし、第一回公判期日における起訴状の訂正及び平成一八年四月一八日付け訴因変更請求後のもの)は、「被告人は、フランチャイズによる飲食店「<略>ラーメン甲野」の加盟店等の募集及び経営指導等を業とする株式会社甲野食品(平成一四年七月一日に「乙山株式会社」に商号変更)(代表取締役B、C)の名誉を毀損しようと企て、平成一四年一〇月一八日ころから同年一一月一二日ころまでの間、東京都大田区<番地略>丙川荘一〇四号室被告人方において、パーソナルコンピュータを使用し、インターネットを介して、株式会社ぷららネットワークスから提供されたサーバーのディスクスペースを用いて開設した「丁原軍観察会 逝き逝きて丁原軍」と題するホームページ内のトップページにおいて、「インチキFC甲野粉砕!」「貴方が『甲野』で食事をすると、飲食代の四〜五%がカルト集団の収入になります。」などと上記甲野食品がカルト集団である旨の虚偽の内容を記載した文章を、同ホームページの上記甲野食品の会社説明会の広告を引用したページにおいて、その下段に「おいおい、まともな企業のふりしてんじゃねぇよ。この手の就職情報誌には、給料のサバ読みはよくあることですが、ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト『丁原軍』が母体だということも、FC店を開くときに、自宅を無理矢理担保に入れられることも、この広告には全く書かれず、『店が持てる、店長になれる』と調子のいいことばかり。」と前記甲野食品が虚偽の広告をしているがごとき内容を記載した文章などをそれぞれ掲載し続け、これらを不特定多数の者に閲覧させ、もって公然と事実を摘示して前記乙山株式会社の名誉を毀損したものである。」というのである。
 しかしながら、当裁判所は、被告人が、インターネット上で本件公訴事実記載の乙山株式会社の社会的評価を低下させる上記表現行為に及んだということは認められるものの、被告人が摘示した事実は「公共の利害に関する事実」に係るものであって、主として公益を図る目的のもとに上記表現行為に及んだものであり、その際、被告人がインターネットの個人利用者として要求される水準を満たす調査を行った上、摘示した事実がいずれも真実であると誤信してこれを発信したものと認める。本件においては、被告人が摘示した事実が真実であるとの立証が奏功しておらず、また、被告人が確実な資料、板拠に基づいて、摘示した事実が真実であると誤信したとも認められないものの、結局、被告人が摘示した事実が真実でないことを知りながら発信したとはいえず、上記の調査をせず真実かどうか確かめないで発信したものともいえないことに帰するので、被告人に対して名誉毀損の罪責は問い得ないと考えられる。
 以下、その理由を述べる。
第二 本件の経緯等
一 当事者及び関係者
 被告人は、アメリカの大学を中退後、警備員のアルバイトを経て平成八年七月ころからは、プログラマーとして丙社に勤務して現在に至っている。
 株式会社甲野食品は、平成六年六月八日に、BとCを代表取締役として設立された、フランチャイズチェーンシステムによる飲食店の加盟店募集、経営コンサルタント業及び飲食店の経営などを目的とする会社であって、「<略>ラーメン甲野」などの名称で、直営店を有するとともにフランチャイズ加盟店を募集し、東京都内を中心に全国規模で幅広くラーメン事業を展開している。同社は、平成一四年七月一日、乙山株式会社に商号変更して現在に至っている(以下、特段区別する必要がない場合には、甲野食品のことを「乙山社」という。)。
 日本丁原軍は、そのホームページ(平成一五年五月のもの、弁四八号証の一、二)によれば、「日本精神の体得と錬磨、そのために肉体と精神の訓練をおこなう」ことを建軍の目的とし、「日本の中心は天皇であり日本国は世界の中心である」、「我が国は神国である」などという考えをその理念と哲学に掲げ、本営を「東京都中野区<番地略>成田ビル」に、士官学校を「静岡県伊東市<番地略>」に置き、月刊「甲田」を機関誌として発行し、「将校三二八名、下士官五九〇名、兵士三三二〇名」を擁する団体とされている。
 Dは、天皇を神格化し、神道を基軸として、これと法華経を融合させた独自の思想を信奉し(押収してあるカセットテープ一巻(平成一七年押第一一三五号の一、弁三六号証の一)、日本丁原軍を主宰しているほか、これまで乙野会、丙山カレッジ、丁川教会、甲田研究会などの団体を主宰し、宗教法人戊原寺を取得し、Eというペンネームで「催眠術の神秘」、「催眠霊気功の脅威」、「信仰哲学入門」など多数の書物を著し、事業面では、株式会社甲川、乙原株式会社、株式会社丙田大学日本校などの設立者ないしは創始者となって、これらグループ企業の会長を自認し、ときに自ら一〇〇億円の事業家であると発言している。なお、乙山代表取締役Bは、Dの長男であり、同じくCは、Dの娘婿である。
二 本件の経緯
(1)日本丁原軍の関係者とその思想に反対する人物らとの間においては、平成九年八月ころには、パソコン通信サービス(ニフティサーブBBS#8)を使って、すでに活発な批判の応酬が繰り広げられていたところ、その中には、「財界展望(平成七年一一月号)」の記事(弁二号証)を転載してDの宗教活動を宗教法人ブローカーなどと批判したり、甲野食品の会社名を出して、その代表者、資本金、業績、店舗等の情報を基にDが同社の事実上のオーナーである旨を指摘してその事業活動を批判するなどの書き込みが相当数に上っていた(弁一〇三号証、第一五回公判F供述)。被告人は、当時、それらの書き込みを見るなどして、Dや日本丁原軍の思想、活動に興味を抱くに至り、平成一一年八月ころ、すでに開設していた「毒電波Razio」と題する自らのホームページの一コンテンツとして、「丁原軍観察会」というホームページを立ち上げて、日本丁原軍に関係する記事を掲載するようになった(弁六四号証、第二〇回公判被告人供述)。
(2)平成一二年七月五日、インターネット上の掲示板である「ラーメン甲野を誹謗中傷するスレッド」には、新潟市で「<略>ラーメン甲野」をフランチャイジーとして経営している者からの書き込みとして、加盟店を開店した後に自宅を無理矢理担保に入れさせられた、甲野食品の本部のスーパーバイザーによる加盟店に対する指導が杜撰である、客から教えられてインターネットで2チャンネルという掲示板を見ると、右翼というよりカルト団体といった方がふさわしい日本丁原軍という団体が甲野食品の母体で、ラーメン店の売り上げが日本丁原軍の活動資金になっている、というような趣旨の情報が流れていることが分かった、そこで、このことが自分の店が赤字続きの原因かと思って、甲野食品の本部に問い合わせてみると、甲野食品から解除通知書が送りつけられ、日本丁原軍の教祖であるDから抗議の電話が入り、甲野食品の社長、副社長らが本部から釈明をしに来た旨の書き込みが掲載され(弁三二号証)、同年八月八日には、元中木戸店従業員Gの名前で、中木戸店のオーナーが全財産を叩いて店を開業したのに、開店後に至ってオーナーの自宅を強引に抵当に入れさせられたりした旨の書き込みや、同年九月三日には、名無しさんの名前で、甲野食品が、加盟店を開業させてはオーナーに借金を背負わさせて放置するという手法で急激に店舗を増やしているのは、日本丁原軍の村でも作るためなのか、などといった趣旨の書き込みが掲載された(弁三一号証)。
(3)被告人は、平成一二年七月上旬ころから、「<略>ラーメン甲野」の新潟中木戸店の店長であったHとの間で度々メールを受送信した。被告人が受信したHからのメールには、赤字が続いて甲野食品の本部に日本丁原軍との関係を問い合わせたところ、フランチャイズ契約の解除通知が送りつけられたこと、D本人から「何か文句があるのか」という抗議の電話があったこと、甲野食品のBとCらがHの許に出向いて来て、「オヤジと俺は関係ないんだ」とか、「オヤジのやってることに興味はないけど、理解はしている」とか言っていた、という記載(同年七月三日、弁三〇号証の一)や、この度、Dと敵対する「バールカルト」という弁護士と手を組んで宣戦布告した、という記載(同年七月七日、弁三〇号証の二)、あかいは、明日から収入がなく家もとられそうな状況にあり、開店後に強引に自宅を抵当に入れさせられたオリックス・アルファのおかげで、自宅を担保に借り入れをすることも不可能になった、という趣旨の記載(同年七月二〇日、弁三〇号証の三)などがあった。
 被告人は、以前から、上記(2)のインターネット上の書き込みも見てその内容を知っていたが、Hとの間で受送信したメールから、実際に、乙山社が展開するフランチャイズチェーンシステムを信用し、加盟店を開業するために多額の投資をしたにもかかわらず、結局財産を失うという被害に遭った人が存在する、という問題意識を強く持つとともに、一般人が日本丁原軍やその関係企業に知らず知らずのうちに関わってしまうことの危険性を感じ、インターネット上で「A'」の名前を使うなどして、日本丁原軍に対する批判を本格化させるに至った(弁六四号証、第二〇回公判被告人供述)。
(4)被告人は、平成一二年九月下旬以降、日本丁原軍の中佐、丙田大学の教授の肩書きをもつTを名乗る人物から、複数回にわたり、「速やかに、丙田大学、甲野の名誉毀損はやめなさい」などと記載されたメールを受信したほか、日本丁原軍の関係者と思しき複数の人物から、日本丁原軍やDに対する誹謗中傷を止めるよう警告し、「仏罰」、「神罰」が下るなどと記載されたメールを受信するようになり、平成一三年三月には、三島由紀夫が日の丸を背景に日本刀を持っていると思しき画像が添付され、「正体が分かり次第、私が参上するぞ!直ちに丁原軍をへ(ママ)が誹謗中傷を止めなさい」と記載されたメールを受信した(弁五一号証の一ないし一〇、弁四八号証の二)。
 他方で、平成一三年七月五日、日本丁原軍のホームページの掲示板には、「急募毒電波一味の情報を求む!懸賞金五〇万円」と題する懸賞広告が出された(弁二三号証の三)。
(5)被告人は、平成一四年七月一四日ころ、甲野食品、甲川社の登記簿謄本をホームページ上で公表したが、その前後に、被告人の開設していた前記「毒電波Radio」の掲示板には、Jを名乗る丁原軍関係者と思しき人物から、「左翼のせんずりはどうするの?はい!赤い鼻紙でやります……A'くんのせんずりはどうするの?はい!人の悪口をいいながらやります」などという下品な書き込みが繰り返され、被告人もこれに対抗したが、Jらからは、更に、「君がやっていることは『殺されてもしょうがないこと』……」、「偉大なるE総督にわびなさい。地獄にいくのをさけるために」、「A'君も人の商売の邪魔などせず……」などの書き込みがなされ、被告人もこれに対抗した(弁五二号証、第二〇回公判被告人供述)。
 また、誰かによって、同年八月一三日の被告人の上記掲示板には、「YOU SHALL DIE!!」などと記載された英文の殺人予告をにおわせる記事が書き込まれるとともに(弁五三号証の二、三)、同年九月ころには、被告人のホームページを真似たホームページが勝手に開設され、「これが本当の毒電波Radio」、「現代の犯罪者の代表A'とはこういう人間だ!!」、「殺されても当然の犯罪者だから!」などという記載がなされた(弁五四号証の一、第二〇回公判被告人供述)。
 他方で、同年一〇月一六日、日本丁原軍のホームページの掲示板には、日本丁原軍広報部を名乗る投稿者から、「長い間、とんでもない犯罪行為(業務妨害・名誉毀損など)を続けていた、あのA'氏に『ついに警察の手がせまっている』との有力情報を入手致しました……」という書き込みがなされた(弁五六号証)。
(6)被告人は、平成一四年一〇月一八日ころから同年一一月一二日ころまでの間、被告人の「日本丁原軍観察会 逝き逝きて丁原軍」と題するホームページ内において、そのトップページに「インチキFC甲野粉砕!」、「貴方が『甲野』で食事すると、飲食代の四〜五%がカルト集団の収入になります」などと記載した文章を、また、同ホームページの甲野食品の会社説明会の広告を利用したページの下段に「おいおい、まともな企業のふりしてんじゃねぇよ。この手の就職情報誌には、給料のサバ読みはよくあることですが、ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト『丁原軍』が母体だということも、FC店を開くときに、自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも、……この広告には全く書かれず、『店が持てる、店長になれる』と調子のいいことばかり」と記載した文章などをそれぞれ掲載し続けた(甲一、一九、二〇号証、第一回公判調書中の被告人の供述部分。本件公訴事実記載の表現行為、以下「本件表現行為」ともいう。)。
(7)被告人は、上記(5)のような書き込み等が相次いだことから、平成一四年一一月二〇日、前記「毒電波Radio」のホームページ自体を閉鎖し、これにより上記(6)の本件表現行為も存在しなくなった(第二〇回公判被告人供述)。
 他方で、被告人は、別のプロバイダーを介して、新たに「丁原軍観察会」の掲示板を開設したが、同年一二月九日ころ、この掲示板に、丁原軍関係者と思しきKを名乗る人物から、「こめびつに いれるなぬけよ 汚い手 てだけですまぬ 両手いたむぞ」との書き込みがなされたほか、平成一五年一月からは、Lを名乗る人物により、被告人の住居を特定していることをほのめかす内容の書き込みが次々となされるようになり、M、N、O、P、Qなどという投稿者名で、被告人に対する脅迫と受け止められるような書き込みも次々となされるようになり、同年一月下旬には、「愛国リーグ」なる投稿者名で、「犯罪者集団<A'>が……日本精神を復興させようとしている愛国陣営並びに、その関係社・者一同に対する業務妨害・信用毀損・名誉毀損・侮辱を継続的かつ組織的に実施しております。従って、私たち愛国リーグは、顧問弁護士や関係協議機関を通じて、これらの犯罪行為を、これから厳重に取り締まる所存です。……匿名者(公称:A')の実態に関して、何らかの情報をお持ちの方は、取り急ぎ、愛国リーグの窓口である丁原軍の方まで……情報提供を御願い申し上げます。……情報提供者 (ママ)者に対する謝礼金として、愛国リーグの丁原軍より現金で五万円から五〇万円を差し上げることを布告致します」などという書き込みが、同年二月一三日には、「だいたい、このクラスの組織や、会社は弁護士さんは三〜四人、いろいろなところとつながりもあると思うし、いろいろなところがもう動いていると思うわ」、「会長さんのEさんは、苦労人のようで、ずいぶん警告しょ(ママ)てるわ」との記載がなされた(弁六二号証の一、二)。
(8)そのころ、乙山社が原告となり、被告人を被告として相手取り、本件表現行為が同社の名誉を毀損する不法行為に当たるとして、損害賠償請求訴訟が提起され、平成一五年二月一八日ころ、その訴状が被告人に送達されたが、被告人の前記「丁原軍観察会」の掲示板には、同年三月四日、「ある筋から聞いたところでは、もうすぐ、?千万円の損害賠償請求がA'氏のところへ甲食品から出されて戦死ということかもしれませんね」という書き込みがなされた(弁六二号証の一、第二〇回公判被告人供述)。
 他方で、日本丁原軍のホームページには、同年一月下旬ころ、「警告!!邪悪な陰謀を張り巡らすA'一派 我らも我慢の限界があるのだ 総攻撃を覚悟されたし 甘く見るなよ 丁原軍は軍隊なのだ!」、同年二月下旬ころ、「反日グループによる本軍関係者に対する電話・メールによるイヤガラセが続いております。これらのグループについては刑事・民事事件として現在告訴中!」などの記載がなされた(弁二三号証の一、五五号証の一、三)。
(9)平成一五年一〇月三〇日、前記民事訴訟において、乙山社の請求を一部認容した第一審判決が言い渡された(甲八号証、弁一四八号証)。同日、日本丁原軍のホームページには、「日本丁原軍全面勝訴!H/P『逝き逝きて丁原軍』で丁原軍に対して誹謗・中傷を重ねてきた被告:A'(A)は損害賠償金一一〇万円の支払いを命じられた」などと記載がなされるとともに、同日から一一月上旬にかけて、日本丁原軍のホームページ上の「愛国者の掲示板」と題する掲示板においても、乙山社の請求を一部認容する判決が言い渡されたことを告示する書き込みが複数回なされた(弁六六ないし六九号証)。
第三 当裁判所の判断
一 公訴棄却の申立てについて
 弁護人は、@検察官は、乙山社と一体をなす日本丁原軍関係者らによる被告人に対する脅迫行為を認識していたにもかかわらず、被害者である被告人に対する事情聴取すらせずこれを不問に付し、被告人の本件表現行為のみを問題として公訴を提起したのは明らかな差別的起訴に当たる、A検察官は、極めて軽微で、民事事件で相応の結論が下される予定の事案について、問題の表現行為から丸二年も経って公訴を提起したのは、恣意的な権限行使で違法である、したがって、いずれにしても、本件公訴の提起は、公訴権の濫用であって、刑訴法三三八条四号により公訴棄却の判決がなされるべきであると主張する。
 そこで検討すると、現行法制の下では、検察官には公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権が認められているのであって、刑訴法一条、二四八条、刑訴規則一条二項、検察庁法四条等の規定から、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合があり得ることは否定できないにしても、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものと解すべきである(最高裁判所昭和五五年一二月一七日第一小法廷決定・刑集三四巻七号六七二頁参照)。本件においては、仮に、弁護人の上記@Aの主張にかかる事実があったとしても、それが上記のような極限的な場合に当たる事情といえるかはそもそも極めて疑問であるが、この点を措いても、上記第二の二で認定した本件の経緯に照らすと、被告人が日本丁原軍関係者と思しき人物らから脅迫と評価され得るインターネット上の掲示板への書き込みなどをされたことは確かに認められるものの、その人物らは特定されておらず、誰がどのような経緯、思惑でそのような行為に及んだかは見当がつかない状況にあるとうかがわれる上、被告人に対する捜査がその思想、信条、社会的身分又は門地などを理由に一般の場合に比べ不利益に取り扱われたという証跡も存しないから、弁護人の上記@の主張は採用できず、また、本件公訴事実記載の表現行為にかかる事実は、幅広くラーメン事業を展開する乙山社の社会的評価を相当低下させる内容のものであって、名誉毀損罪の法定刑の下限にもかんがみると、事案が軽微などとも評価できないから、弁護人の上記Aの主張も採用の限りでない。
 したがって、本件公訴を棄却するとの判決をすべきであるという弁護人の申立ては理由がない。
二 名誉毀損罪の構成要件該当性がないとの主張について
 弁護人は、本件公訴事実記載の表現行為は、いずれも事実を摘示して乙山社の各誉を毀損したものとはいえず、そもそも刑法二三〇条一項の名誉毀損罪の構成要件に該当しないと主張する。
(1)そこで検討するに、関係各証拠によれば、被告人が、平成一四年一〇月一八日ころから同年一一月一二日ころまでの間、株式会社ぷららネットワークサービスから提供されたサーバーのディスクスペースを用いて開設した「丁原軍観察会 逝き逝きて丁原軍」と題するホームページにおいて、@そのトップページで、「丁原軍と北朝鮮の信じられない関係」、「甲野、甲川社の登記簿入手しました!」、「『ノー・モア丁原軍』『甲野不食運動』バナーキャンペーン実施中!」、「ニフティでの無許可使用済み下着販売からインチキフランチャイズチェーンまで、数々の犯罪行為を繰り返す日本丁原軍 このカルト集団の正体を広く知らしめ、これ以上被害者が出ないようにするために、そして何より、この笑える電波集団の存在を国民の皆さんに知ってもらい、お茶の間に娯楽を提供するために(笑)このバナーを張って、日本丁原軍の存在を広めましょう!」などと記載するとともに、「No more丁原軍」、「インチキFC甲野粉砕!」、「センズリ砲から市民を守れ!」などの文字や、「甲野不食運動」、「貴方が『甲野』で食事をすると飲食代の四〜五%がカルト集団の収入になります」、「『<略>ラーメン甲野』の正体……それは右翼系カルト、丁原軍!」などの文字が明滅して表示されるいわゆるバナー広告を表示したこと、A甲野食品の企業広告を引用した上、「おいおい、まともな企業のふりしてんじゃねぇよ。この手の就職情報誌には、給料のサバ読みはよくあることですが、ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト『丁原軍』が母体だということも、FC店を開くときに、自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも、スーパーバイザーが『柵にあるバイキンマンのぬいぐるみが(売上げ減少の)原因』というドキュンな経営指導をすることも、この広告には全く書かれず、『店が持てる、店長になれる』と調子のいいことばかり」などと記載したことが認められる(甲一、一九、二〇号証、第一回公判被告人供述部分)。
(2)本件表現行為は、不特定多数人が容易に閲読することのできるインターネット上でなされたものであるから、公然性のある表現行為であることは明らかである。
 次に、本件公訴事実記載の表現行為が、それを閲読した一般の読者に対し、いかなる印象を抱かせるかという点を検討すると、本件表現行為はすべて被告人が開設した「丁原軍観察会 逝き逝きて丁原軍」と題するホームページの中において「インチキFC甲野粉砕!」と銘打ってなされたものであるところ、@「貴方が『甲野』で食事をすると、飲食代の四〜五%がカルト集団の収入になります」などという記載は、真実は、乙山社がフランチャイズチェーンシステムにより事業展開しているラーメン店「<略>ラーメン甲野」で客が食事すると、その飲食代の一部が加盟店から乙山社本部に支払われ、それがそのまま日本丁原軍の収入になるという関係にあって、同社が日本丁原軍といわば実在的な一体関係にあるにもかかわらず、同社はそのような実態を秘匿して事業を展開しているとの印象を抱かせるものであり、また、A企業広告を引用して「おいおい、まともな企業のふりしてんじゃねぇよ。この手の就職情報誌には、給料のサバ読みはよくあることですが、ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト「丁原軍』が母体だということも、FC店を開くときに、自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも、……この広告には全く書かれず、『店がもてる、店長になれる』と調子のいいことばかり」という記載は、真実は、乙山社が誰でも簡単に収益を上げられるような調子のいい宣伝文句を広告に並べてフランチャイジーを惹きつけておきながら、実際に加盟店を開店させる際には、フランチャイジーの自宅を無理矢理担保に入れさせるような強引な手法を用いてフランチャイジーを食い物にし、結局それで得た資金がひいては日本丁原軍に流れる構図になっており、その意味で少なくとも同社が日本丁原軍(母体)のいわば悪辣なフロント企業のようになっているのに、同社はそのような実態を秘匿して事業を展開しているとの印象を抱かせるものといえる。
 そうすると、被告人が摘示した以上の各事実は、乙山社の社会的評価を相当低下させる内容のものといえ、かつ、これらの事実は証拠によりその有無を確定しうる性質のものでもあるから、単なる抽象的な評価にとどまらず、具体的な事実を摘示して乙山社の名誉を毀損したものと認められる。
(3)そして、名誉毀損罪はいわゆる抽象的危険犯と解されるから、いったん表現された以上は、それが反論の容易なインターネット上でなされたものであるからといって、同罪の構成要件該当性を否定することはできないと考えられる。被告人は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した」ものと認められるから、弁護人の上記主張は採用することができない。
三 刑法二三〇条の二第一項を適用すべきであるとの主張について
 弁護人は、本件表現行為が事実を摘示して乙山社の名誉を毀損するものであるとしても、刑法二三〇条の二第一項が適用され、被告人は無罪であると主張する。
(1)「公共の利害に関する事実」に係るものといえるかどうか
ア 弁護人は、フランチャイズ事業は、事業経験等がない一般市民を相手として行うものであり、フランチャイザーとフランチャイジーの間の紛争が消費者問題として位置づけられることも少なくない性質のものである上、乙山社は、平成一四年の時点で二六〇店舗を有し、相当高い売上高の伸び率を示していたのであるから、同社は、広くフランチャイズ事業を営むことにより社会に大きな影響を及ぼしうる地位にあったといえ、このような地位にある同社の正体や問題性は、一般市民にとって重要な関心事であり、特に、宗教団体が社会に大きな害悪をもたらす事件が発生していることなどにかんがみると、反社会的な活動を行っている日本丁原軍と一体ないし極めて密接な関係を有する乙山社を批判する本件表現行為が公共の利益を増進するものであることは明らかであると主張する。
イ そこで検討すると、関係各証拠によれば、@乙山社は、上記第二の一のとおり、フランチャイズチェーンシステムにより「<略>ラーメン甲野」などの名称で幅広く事業展開する会社であるところ、平成一四年一〇月当時、同社は、従業員約五二〇名を擁し、加盟店として約一八〇店舗、直営店として約四〇店舗を有していたこと(第三回公判B供述〔一丁以下〕、甲一〇号証)、A日本丁原軍は、上記第二の一のとおり、士官学校を有して尊皇の志士を育てることを教育目標の一つにし、軍隊を標榜する団体であるところ(なお、実際にも、士官らの隊列を組んだ行進風景が写真撮影されている。弁二三号証の二、一九九ないし二〇一号証、第一八回公判D供述)、その主宰者であるDは、神道を基軸にこれを法華経と融合させた独自の思想を信奉し、(a)同人が宗教法人の売買を手がけ、オウム真理教が宗教法人を買いに来たとか、宗教法人戊原寺の代表役員を務めたり宗教法人丁野寺をめぐる取引に関与したなどと報道され、同人には宗教法人ブローカーとか宗教法人コンサルタントなどとしての批判が存在していること(弁一号証「新潮45(平成一四年六月号)」の「シリーズ現代のカルト」と題する記事、弁二号証「財界展望(平成七年一一月号)」の記事、弁三号証「週刊新潮(平成四年八月一三日、二〇日合併号)」の記事等)、(b)同人が「乙野会」などの団体を創立してこれを主宰してきていることや、ハワイ州の認可を受けて設立されたという丙田大学の日本校代表取締役を務めているところ、同大学には学位商法を行っているとの批判が存在していること(弁四、六、九、七六、七七号証等)、B乙山社と日本丁原軍との関係がすでに一部の雑誌において、「有名ラーメンチェーンとカルト右翼の奇妙な関係」という題で取り上げられていたこと(弁二八号証「タイトル(平成一二年一二月号)」)などが認められる。
 そうすると、乙山社について、日本丁原軍との関係性を取り上げたり、その文脈の中で、同社のフランチャイズ事業のあり方について言及したりすることは、同社の経済的活動の内容や規模、影響力等にも照らすと、一般公衆の利害に関係し、公共的な利益の確保に役立つものとみられるから、被告人が本件表現行為において摘示した事項は、「公共の利害に関する事実」に係るものというべきである。
ウ したがって、表現行為において摘示された事実が「公共の利害に関する事実」に係るものであるとの弁護人の主張には理由がある。
(2)「その目的が専ら公益を図ることにあった」といえるかどうか
ア 弁護人は、被告人は、反社会性、反倫理性を有する日本丁原軍と同一ないし極あて密接な関係にある乙山社が、その背後関係を隠しながら、一般市民を相手に大規模な事業活動を行っていることに憤りを感じ、その間題性を指摘することによって、社会に対して警鐘を鳴らし、真実を知らない一般市民の知る権利に奉仕することを目的として本件表現行為を行ったと主張する。
イ そこで検討すると、刑法二三〇条の二の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法二一条による正当な言論の保障の調和を図った趣旨のものであり、表現の自由は、いわゆる知る権利の保障を含み、情報や思想の自由な流通を要請するものであると解されるところ、刑法二三〇条の二第一項にいう「その目的が専ら公益を図ることにあった」という意味について、公益を図ること以外の目的が併存することをおよそ許されない趣旨に解するとすれば、情報や思想の自由な流通を期し難いことが明らかであるから、表現に及んだ主たる目的が公益を図ることにあると認定できるのであれば、それをもって十分であると解すべきである。
 そこで、本件表現行為に及んだ被告人の主たる目的が公益を図ることにあったかどうかをみるに、被告人は、かねてより、宗教団体あるいは宗教類似団体の活動について興味をもっていたものであるが、被告人が本件表現行為において摘示しているのは、社会において幅広くフランチャイズ事業を展開している乙山社と、日本丁原軍との関係性及びその実態という、それ自体が公共の利害に強く関わる事柄である上、@被告人は、日本丁原軍が軍隊を標榜して差別主義的で、宗教的排他性をもち、暴力肯定的な危険思想を有しているものと考え、日本丁原軍の活動実態等を調査するとともに、日本丁原軍の総督といわれているDと乙山社の役員らとの人的関係、Dが主宰する丙田大学日本校や乙野会等への乙山社役職員らの関与の有無・程度、Dがオーナーであるといわれる甲川社等のグループ企業と乙山社との関係性などについて、雑誌等の記事、インターネット上の2チャンネル等で流布している情報、日本丁度軍関係者によるものと思われるインターネット上の書き込み、甲野食品や甲川社等の登記簿謄本等を見たり集めたりして、従来から情報収集を行っていたこと、A被告人は、乙山社(当時は甲野食品)のフランチャイジーの一人であったHとの間で度々メールを受送信し、同社がフランチャイジーを食い物にするような不当な事業展開をしているものと考え、同人からのメールやインターネットの書き込み等を見たりして情報収集を行っていたこと、B被告人は、上記第二の二で認定したように、被告人による累次の表現行為に対して、日本丁原軍の関係者と思しき人物らからの脅迫的な書き込み等が断続的になされていた経緯があるにもかかわらず、これに屈することなく、被告人が表現活動を継続していたなどの事実が認められる。
 そうすると、被告人は、本件ホームページ上で、「何より、この笑える電波集団の存在を国民の皆さんに知ってもらい、お茶の間の娯楽を提供するため(笑)」「日夜我々を楽しませてくれているのです」、「最低最悪最弱のチキン集団」と記載するなど、興味本位で日本丁原軍に関する問題を扱っているかのような印象を与える揶揄的ないし冷笑的な表現を一部使っていることや、「甲野不食運動」、「インチキFC甲野粉砕!」、「食べてはいけない」など、乙山社の営業活動を妨害するかのような攻撃的な表現をしたりしている点など、検察官の指摘する諸事情を考慮しても、なお、本件表現行為の主たる目的は公益を図ることにあったと認めることができる。
ウ したがって、被告人が公益を図る目的で本件表現行為に及んだとする弁護人の主張には理由がある。
(3)摘示した事実が真実といえるかどうか。
ア 弁護人は、被告人が本件表現行為において摘示した事実は真実であると主張する。
イ そこで検討すると、被告人は、上記二の(1)(2)でみたとおり、@「貴方が『甲野』で食事をすると、飲食代の四〜五%がカルト集団の収入になります」などと表現して、真実は乙山社がフランチャイズチェーンシステムにより展開しているラーメン店で食事をすると、加盟店から乙山社本部に支払われる金銭がまさに日本丁原軍の収入になるという実在としての一体関係があるにもかかわらず、乙山社がそのような事実を秘匿して事業を展開しているとの事実を摘示し、A企業広告を引用して「おいおい、まともな企業のふりしてるんじゃねぇよ。この手の就職情報誌には、給料のサバ読みはよくあることですが、ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト『丁原軍』が母体だということも、FC店を開くときに、自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも、……この広告には全く書かれず、『店が持てる、店長になれる』と調子のいいことばかり」と表現して、実際には、誰でも簡単に収益を上げられるというような宣伝文句でフランチャイジーを惹きつけておきながら、実際に開店させる際には、フランチャイジーの自宅を無理矢理担保に入れさせるような強引な手法でフランチャイジーを食い物にし、結局それで得た資金が日本丁原軍(母体)に流れる構図になっているのに、乙山社がそのようなフロント企業的な実態を秘匿して事業を展開しているとの事実を摘示している。
 したがって、それらの事実が証拠により真実であるとの証明がなされたかどうかが次に問題となるところ、摘示された事実はその細部の点に至るまで真実であるとの証明を必要とするものではなく、摘示された事実のうち重要な事実について真実であることの証明が得られたときに、それに付随する一部の事実の真実性の証明が得られなくても、全体として摘示された事実の証明がなされたものと解するのが相当である。そして、本件表現行為において、このような重要性を有する事実は、第一に、乙山社と日本丁原軍との間の、ヒト、カネ、モノの観点からみた一体性の有無、第二に、加盟店から乙山社、乙山社から日本丁原軍への資金の流れの実態であると考えられる。
ウ 前提となる事実
 関係各証拠によれば、乙山社の事業、乙山社と日本丁原軍との関係性の有無・程度等について、以下の事実が認められる。
(ア)乙山社の役員構成等について
@ 乙山社の代表取締役は、上記第二の一で認定したとおり、Dの長男であるBと娘婿であるCであるが、その他の取締役はDの二男R及び三男Sで、監査役は、Dがかつて代表取締役を務めていた甲川社の取締役のTであった(弁七、八、一〇ないし一三号証)。
A 乙山社の資本金は一〇〇〇万円であり、出資比率は、Dが五一%、B、C、R及びSが各一二%、Tが一%であり、平成一四年一〇月時点においてもこの株主構成に変化はなかった(第三回公判B供述〔二丁以下〕、第一二回公判C供述〔三七丁以下〕)。
B なお、乙山社が、当初、株式会社甲野食品として設立された際、Cは一二〇万円を実際には出資しておらず(第一三回公判C供述〔三丁〕)、株式会社設立前にBらが個人事業として営んでいたラーメン事業にDが支出していた二〇〇〇万円くらいの金額を、株式会社設立時に資本金に振り替えるなどしたものであった(第一九回公判D供述〔三丁以下〕)。
(イ)乙山社と加盟店の関係について
@ 乙山社と加盟店との間のフランチャイズ契約は、契約内容が一般型、大型、メガの三種に分かれ、一般型は更にAからCまでの三タイプに細分されている。いずれの場合も、加盟店から乙山社へ支払うべきロイヤリティーは、売上げの四・七%とされていた。前記Hが契約した新潟中木戸店は、大型フランチャイズチェーンシステム(賃貸型)によるものであって、初期投資額は総額合計一六〇〇万円とされ、標準月間収支欄において、ロイヤリティーは三七万六〇〇〇円、売上げの四・七%、厨房機器・食券機・エアコン等の各種リース料は二二万七〇〇〇円、売上げの二・八%とされ、更に、投資回収期間は、標準的な店舗モデルを想定して六・一か月である旨パンフレットでうたわれていた(弁一六九号証)。
A 乙山社(当時は甲野食品)とHとの間では、平成一一年七月九日の開店を予定してフランチャイズ契約が交わされ、Hは同社に対し、自己資金と公庫からの融資を受けて合計一六一七万円余りの金員を支払ったが、その後、券売機を二〇〇万円の即金で買わないといけなくなるなど、Hにとっては、契約締結に先立って同社から受けた説明とは食い違いを感じる事態が生じ、Hは、新たにオリックス・アルスァ株式会社との間でリース契約等を締結し、その際、同社に対する債務の担保として自己の不動産に極度額一八〇〇万円の根抵当権を設定せざるを得なくなった。Hの店舗は、その後一年間にわたり売上げも低迷したことから、最終的には、F弁護士を代理人に選任して乙山社と交渉してもらい、オリックス・アルファ株式会社に対する債務を乙山社に免責的に引き受けさせ、根抵当権を抹消することなどを内容とする和解が成立した(弁九七、一〇〇、一七〇ないし一七三、一七六号証、第一五回公判F供述〔三丁以下〕等)。
 (なお、ここで便宜上、弁九七及び一〇〇号証のH作成の各陳述書の証拠能力について検討すると、本件表現行為で摘示された事実の真実性の立証に当たって、Hの供述が証拠価値を有することはこれまでの説示から明らかであると思われるところ、Hは既に死亡しているので(弁二二四号証)、公判期日において供述することができず、かつ、被告人がHからの情報に基づいて、「FC店を開くときに、自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも、……この広告には全く書かれず、『店がもてる、店長になれる』と調子のいいことばかり」などと摘示したもので、当該事実が真実であることを証明する上で上記各陳述書が欠くことができないものと認められる。また、上記各陳述書の内容は、利害対立のあった証人Bら乙山社の関係者の証言とも外形的事実においておおむね一致しているばかりか、本件の民事訴訟の過程で相手方から再反論がなされうる状況下で、いずれも弁護士でもある代理人がHから事情を聴取した上で作成したものであるとみられることなどにかんがみると、Hに虚偽供述をしうる動機があることなどを考慮に入れても、なおその特信性を担保する外部的な情況があったということができる。したがって、上記各陳述書は刑訴法三二一条一項三号により証拠能力を有するものというべきである。)
(ウ)Dと乙山社との関わりについて
@ Dは、上記(ア)のAのとおり、乙山社の設立時に五一%の株式を取得して株主となり、以後、同社から、設立当時には四〇〇万円程度、第七期(平成一一年一〇月から平成一二年九月)に四〇五〇万円、第八期(平成一二年一〇月から平成一三年九月)に六三五七万円、第九期(平成一三年一〇月から平成一四年九月)に五九〇三万四三三六円、第一〇期(平成一四年一〇月から平成一五年九月)に二八七〇万〇五〇九円、第一一期(平成一五年一〇月から平成一六年九月)に二九七三万三九四四円をそれぞれ配当代わりに受領した(第七回公判B供述〔一丁以下〕、第一二回公判C供述〔五二丁以下〕、第一三回公判C供述〔六五丁〕等)。
A Dは、信者らへの説法や講演等において、甲野食品の会長であると度々発言したり、著書の著者経歴欄において、食品会社会長などと記述したりし、市販されている雑誌中には、Dを「甲野食品の会長を務める」とか、「甲川社を経営し、甲野食品の事実上のオーナーでもある」とする記事があった(弁一、二号証、押収してあるカセットテープ一巻(平成一七年押第一一三五号の一)、弁三六号証の一、四九号証等)。
B Dは、平成八、九年ころ、乙山社の加盟店であった池袋本町店の店の前の道路工事が長引き、同店の売上げが低迷した件に絡んで道路公団と交渉した際、恐喝の被疑事実でCとともに逮捕され、最終的には脅迫罪に問われて罰金刑を受けた(第一一回公判C供述〔一四丁以下〕、第一二回公判C供述〔一丁以下〕、第一九回公判D供述〔五六丁以下〕等)。
C Dは、平成一二年七月ころ、新潟中木戸店の店長である前記Hが、乙山社に対して、同社と日本丁原軍との関係を問い合わせたところ、Hに直接電話をかけて、「何か文句があるのか」と抗議するなどした(弁三〇号証の一、九七号証等)。
D 乙山社から株式会社ぷららネットワークスに対し、本件表現行為をホームページ上に掲載し続けていることについて、平成一四年一〇月一八日付けで抗議通知が出されているが、この抗議通知の名義人は「渇ウ山会長D」であった(甲一号証中の「鰍ユららネットワークスヘの抗議通知」と題する書面)。
E Dは、平成一五年一〇月八日、被告人及び弁護人紀藤正樹らと話し合いをしたことがあったが、その席上、本件の訴訟を取り下げできるのは自分だけであるなどと発言した(弁九五号証等)。
F Dは、平成一七年一二月九日、乙山社と日本丁原軍の関係性を指摘しようとした雑誌社に対して、自ら電話をかけ強く抗議するなどした(押収してあるカセットテープ一巻(平成一七年押第一一三五号の二)、弁一三一号証、第一九回公判D供述〔四六丁以下〕等)。
(エ)Dが関係する企業、団体と乙山社との関係について
@ Dが出資し、その二男Rが代表取締役に就いている乙原社と乙山社との取引額は、平成一二年度が二五六八万円余り、平成一三年度が一億〇二一三万円余り、平成一四年度が一億六九六二万円余り、平成一五年度が九八四一万円余りであり、乙原社は、乙山社が事業展開する店舗の内装工事を請け負うなどしていた(弁一五五号証、第七回公判B供述〔三丁〕、第一二回公判C供述〔五二丁〕)。また、甲川社と乙山社との取引額は、平成一一年度が六五二六万円余り、平成一二年度が一四〇二万円余りであった(第一二回公判C供述〔五二丁〕等)。
A 乙山社が伊豆高原に所有するキャンピングペンション「甲野荘」とDの運営する「丙山カレッジ」の住所及び日本丁原軍のホームページに日本丁原軍の士官学校の所在地として記載されている住所はいずれも同一であり(静岡県伊東市<番地略>)、また、甲野荘の問い合わせ先として表示されているメールアドレスも、日本丁原軍のホームページで連絡先として表示されていたそれと同一であった(弁四六号証の二、四七号証の一、四八号証の二、一五〇、一五一号証等)。
B 乙山社が東京都杉並区<番地略>に所有する「甲野第一ビル」をDが代表者を務める丙田大学日本校が賃借している(弁八三号証の九、九二号証、九三号証の四、一五六号証)。
C なお、乙山社代表取締役Bの妻であるU子は、高校生のときから甲田研究会に来ていた人物で、日本丁原軍の機関誌「甲田」には、その編集者として名前が上がっており、日本丁原軍の合宿にもその子どもとともに参加したことがあった(弁一五〇、一五一号証、第一八回D供述〔八九丁以下〕等)。
D また、DとB及びその家族、Sは、同一の建物に居住している(第六回公判B供述〔二二丁〕等)。
エ 検討
(ア)乙山社と日本丁原軍との一体性について
 まず、乙山社と日本丁原軍との一体性について検討すると、上記ウでみたところによれば、本件表現行為がなされた平成一四年一〇月から一一月の当時、日本丁原軍を主宰するDの三人の息子や娘婿が同社の取締役であったこと、Dが同社の株式の五一%を保有していたこと、Dが同社の前身である甲野食品が株式会社として設立された際に上記の比率を上回る出資をしたとうかがえること、同人が単なる大株主ではなく、甲野食品の会長を自認するとともに、加盟店に関するトラブルや本件表現行為をめぐる対外的折衝等にも度々関わってきたとうかがわれること、乙山社が所有するキャンピングペンション甲野荘の住所と日本丁原軍の士官学校の住所が同じであること、同じく乙山社が所有する甲野第一ビルにはDの主宰する団体が入居していることなどの事実が認められるのであって、ヒト、カネ、モノの観点からして、乙山社と日本丁原軍との間には一定の関係性が認められる。しかしながら、他方において、乙山社は、本件表現行為がなされた当時、従業員約五二〇名を擁し、加盟店約一八〇店舗、直営店約四〇店舗を有する独立した事業体であって、同社と日本丁原軍との各構成員に重なり合いがうかがわれず、同社が日本丁原軍の思想に影響を受けている形跡も認められない。そうすると、乙山社が日本丁原軍と法人格において一体であると認めることができないのはもちろんのこと、同社が日本丁原軍と実在として一体をなす会社であると認めることができないことも明らかである。
(イ)加盟店から乙山社、乙山社から日本丁原軍への資金の流れについて
 次に、加盟店から乙山社への資金の流れについて検討すると、上記ウでみたところによれば、乙山社と加盟店とのフランチャイズ契約では、加盟店から同社に支払われるロイヤリティーが売上げの四・七%であること、フランチャイズ契約の内容を記載したパンフレットには、厨房機器や食券機等のリース費用などについては初期投資額とは別建てで記載されており、同社が上記ロイヤリティーや飲料代のほかに加盟店から不当な金員を徴収するような余地のあるシステムをとっていないことなどが認められる。そうすると、個々の事案において、乙山社からフランチャイジーに対する契約時の説明義務違反の問題が生じ得ることはともかくとして、加盟店から乙山社への資金の流れに取り立てて問題視すべきところはないといわなければならない。更に、乙山社から日本丁原軍への資金の流れについて検討すると、上記ウでみたところによれば、Dが乙山社から多額の現金を配当代わりに受け取り、その額は、平成一四年九月期で五九〇三万円余りに上り、平成一五年九月期でも二八七〇万円余りであったこと、Dが設立に関わったり、代表者を務めたりしていた乙原社や甲川社が乙山社と取引関係にあって、利益を得ていること、更には、上記第二の二の(7)でみたとおり、丁原軍関係者と思しき人物が、被告人による本件表現行為に対して「こめびつに手を入れるな」と警告していることなどが認められるが、他方において、乙山社は幅広く事業展開を行っており、平成一四年九月期の営業収益は五一億二〇四九万円、純利益が二億〇四七三万円に達していること(弁一五二号証)、同社と乙原社や甲川社との間の取引関係が架空のものであるとか水増しされたものであるとかいうような形跡が認められないことなどにもかんがみると、乙山社からDへの資金の流れについても取り立てて問題視すべきであるとは考えられず、そうである以上、Dが手にした資金が日本丁原軍の資金に充てられていたとしても、その点を問題視することもできない。
(ウ)小括
 このようにみてくると、乙山社が日本丁原軍と実在的一体性を有すると認められないことはもちろん、加盟店から乙山社への資金の流れにも、乙山社から日本丁原軍への資金の流れにも取り立てて問題視すべき点はなく、同社が日本丁原軍といわばフロント企業のような緊密な関係にあると認めることはできない。
 そうすると、被告人が本件表現行為において摘示した事実の重要部分が真実であるとの証明があったとみることはできない。
(4)結論
 以上によれば、本件表現行為は、公共の利害に関する事実に係るものであり、かつ、被告人が主として公益を図るためにしたものと認められるものの、摘示された事実の重要な部分が真実であることが証明されたとはいえない。本件に刑法二三〇条の二第一項を適用すべきであるとの弁護人の主張は採用できない。
四 犯罪の成立を妨げるその他の理由があるとの主張について
(1)弁護人は、仮に、被告人が本件表現行為において摘示した事実が真実であることの証明が十分でないとしても、本件表現行為は公共の利害に関する事実について公益目的のもと、相当な資料、根拠に基づいて行われたものであるから、誤信に相当性があって被告人には何らの犯罪も成立しないというべきであるが、更に、本件表現行為が社会的意義を有し、脅迫を受けつつ行われた対抗言論であること、損害賠償金が既に支払われていることなども考慮すると、本件表現行為はそもそも可罰的違法性を欠如していると主張する。
(2)そこで検討すると、従来は、名誉毀損罪の構成要件に該当する表現行為が、公共の利害に関する事実に係るものについて公益を図る目的でなされたときには、摘示した事実が真実であることの証明ができなかった場合であっても、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当な理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解されている(最高裁判所昭和四四年六月二五日大法廷判決・刑集二三巻七号九六五頁参照)。しかしながら、本件においては、被告人が本件表現行為において摘示した事実が真実であると信じたことについて、確実な資料、根拠に照らし相当な理由があったと認めることはできない。なぜならば、被告人は、本件表現行為の時点において、@甲野食品や甲川社の商業登記簿謄本等から、甲野食品の取締役が、Dの息子であるB、R及びS並びにDの娘婿であるCであり、監査役が甲川社の取締役のTであることを、A土地登記簿謄本、日本丁原軍のホームページ及び丙田大学のパンフレット等から、乙山社の所有する「甲野荘」の住所と日本丁原軍の「士官学校」の所在地が同一であることや、「甲野荘」の問い合わせ先とされているメールアドレスが日本丁原軍のホームページで連絡先として使われていたそれと同一であること、乙山社の所有する「甲野第一ビル」を丙田大学が賃借していることを、B市販されている雑誌の記事やインターネット上の書き込み等から、乙山社と日本丁原軍の関係性が取り沙汰され、Dが乙山社の「事実上のオーナー」とか、「会長を務める」などと評されていることを、Cインターネット上の書き込みから、日本丁原軍の関係者と思しき人物が乙山社に対する名誉毀損を止めるように要求したり、日本丁原軍の関係者と思しき人物が丙田大学、乙山社、日本丁原軍を並列的に扱ったりしていることを、D乙山社のフランチャイジーであった新潟中木戸店の店長Hとの間で受送信したメールや、新潟中木戸店の従業員であったGらのインターネット上の書き込みから、Hが開店後に自宅を強引に担保に入れさせられたことや、Hが同社と日本丁原軍との関係を尋ねたところ、Dから抗議の電話を受けたこと、Hが弁護士を選任して乙山社と戦うことにしたこと、E社団法人日本フランチャイズチェーン協会や乙山社のホームページ等から、フランチャイズチェーンシステムの一般的な仕組みや実際、甲野食品のフランチャイズ勧誘内容などを認識していたにとどまるところ(弁二二三号証、第二〇回公判被告人供述)、これらの資料のなかには、確度の疑わしいものや、一方的な立場からなされたものが相当数含まれている上、これらの資料を総合したとしても、そこから摘示した事実の重要部分、すなわち、乙山社がフランチャイズチェーンシステムにより事業展開しているラーメン店「<略>ラーメン甲野」で客が食事をすると、その飲食代の一部が加盟店から乙山社本部に支払われ、それがそのまま日本丁原軍の収入になるという関係にあって、同社が日本丁原軍といわば実在的な一体関係にあるとか、乙山社が誰でも簡単に収益を上げられるような調子のいい宣伝文句を並べてフランチャイジーを惹きつけておきながら、実際に加盟店を開店させる際には、フランチャイジーの自宅を無理矢理担保に入れさせるような強引な手法を用いてフランチャイジーを食い物にし、結局それで得た資金がひいては日本丁原軍(母体)に流れる構図になっており、その意味で少なくとも同社が日本丁原軍のフロント企業のような存在になっているとかいうような事実を推論するには少なからず飛躍があって、乙山社からなされ得る反論をも予測した場合、被告人の誤信に相当な理由があったことを通常人をして十分納得させるに足りる資料、根拠があったとまではみられないからである。
 したがって、被告人が本件表現行為において摘示した事実が真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当な理由があったとはみられず、従来の基準によった場合には、故意がないとして無罪となることもないと考えられる。
(3)しかしながら、翻って考えてみると、本件のようなインターネット上の表現行為について従来の基準をそのまま通用すべきかどうかは、改めて検討を要するところであるというべきである。
 現代社会において、インターネットは、アクセスしようとすれば、ほとんど誰もが容易にアクセスできる情報ツールであって情報の発信者と受信者との立場が固定されてきたこれまでのマスコミと個人との関係とは異なっている。すなわち、インターネットの利用名は相互に情報の発受信に際して対等の地位に立ち言論を応酬し合える点において、これまでの情報媒体とは著しく異なった特徴をもっているのである。したがって、インターネット上での表現行為の被害者は、名誉毀損的表現行為を知り得る状況にあれば、インターネットを利用できる環境と能力がある限り、容易に加害者に対して反論することができる。インターネット上の名誉毀損的表現は、これまでの情報媒体による場合に比べ、その影響力が大きくなりがちであるが、インターネットを使ったその反論も同程度に影響力を行使できるのである。そうであるとすれば、加害者からの一方的な名誉毀損的表現に対して被害者に常に反論を期待することはもちろん相当とはいえないものの、被害者が、自ら進んで加害者からの各誉毀損的表現を誘発する情報をインターネット上で先に発信したとか、加害者の名誉毀損的表現がなされた前後の経緯に照らして加害者の当該表現に対する被害者による情報発信を期待してもおかしくないとかいうような特段の事情があるときには、被害者による反論を要求しても不当とはいえないと思われる。そして、このような特段の事情が認められるときには、破害者が実際に反論したかどうかは問わずに、そのような反論の可能性があることをもって加害者の名誉毀損罪の成立を妨げる前提状況とすることが許されるものと考えられる。
 更に、インターネット上で発信される情報の信頼性についての受け取られ方についてみると、インターネットを利用する個人利用考に対し、これまでのマスコミなどに対するような高い取材能力や綿密な情報収集、分析活動が期待できないことは、インターネットの利用者一般が知悉しているところであって、マスコミや専門家などがインターネットを使って発信するような特別な場合を除ぐと、個人利用者がインターネット上で発信した情報の信頼性は一般的に低いものと受けとめられているものと思われる。この点において、マスコミや専門家が従来の情報媒体を使って行った表現が読者一般に信頼性が高いものと受けとめられてきたことと好対照をなしている。上述したインターネットの特性に加え、インターネット上の発信情報の信頼性に対するこのような一般的な受け取られ方にもかんがみると、加害者が主として公益を図る目的のもと、「公共の利害に関する事実」についてインターネットを使って名誉毀損的表現に及んだ場合には、加害者が確実な資料、根拠に基づいてその事実が真実と誤信して発信したと認められなければ直ちに同人を名誉毀損罪に問擬するという解釈を採ることは相当ではなく、加害者が、摘示した事実が真実でないことを知りながら発信したか、あるいは、インターネットの個人利用者に対して要求される水準を満たす調査を行わず真実かどうか確かめないで発信したといえるときにはじめて同罪に問擬するのが相当と考える。企業や団体等の活動実態や他の企業、団体等との関係性、資金の流れなどが複雑で容易に把握できない現代社会においては、公共利害事項に属する事実についての真実性の立証や、従来の基準にいう真実性についての誤信の相当性の立証が困難であることにも思いを致すと、上記のように解することによって、インターネットを使った個人利用者による真実の表現行為がいわゆる自己検閲により萎縮するという事態が生ぜず、ひいては憲法二一条によって要請される情報や思想の自由な流通が確保される、という結果がもたらされることにもなると思われる。
(4)そこでこのような基準に基づいて、本件表現行為について再度検討することとする。第一に、乙山社に被告人がなした本件表現行為に対して反論を要求しても不当とはいえない状況があったか、という点についてみるに、上記第二の一、二でみた「本件の経緯等」の項及び上記三の(3)のウの(ウ)でみた「Dと乙山社との関わりについて」の項で認定、説示したところに照らすと、被告人は、インターネットのホームページで日本丁原軍に対する批判活動を継続的に行っていたところ、日本丁原軍の関係者と思しき人物らから、ときには脅迫的な内容のものも含めて数多くの書き込みやメールを受信し、これに対してまた対抗するということを繰り返すうち、本件表現行為に及んだものであるが、日本丁原軍は乙山社の代表取締役であるBらの父Dが主宰する団体であって、Bらは、被告人がインターネット上で日本丁原軍を批判する活動を行ううち乙山社の名誉を毀損する本件表現行為に及んだものであることを認識していたこと、Dは日頃から甲野食品すなわち乙山社の会長を自認し、他方、週刊誌やインターネットなどでも同人が度々同社のオーナーであるなどと指摘されてきたこと、BらはDが乙山社の事業活動に関して対外的折衝等に当たることが度々あって、少なくともそのことを黙認し続けてきたことなどの事実が推認できる。そうすると、ホームページを持つ乙山社に対して(なお、同社がホームページを有していることは、第五回公判B供述〔三九丁以下〕、第一三回公判C供述〔二八丁以下〕等から明らかである。)、本件表現行為によって日本丁原軍との一体性ないし緊密な関係性を指摘されたことに対する反論を行うことを要求しても不当とはいえない状況があったと認められる。第二に、本件表現行為で摘示した事実が「公共の利害に関する事実」に係るものであり、被告人が主として公益を図る目的のもとに本件表現行為に及んだものであるか、という点については、上記三の(1)(2)で検討したとおりであって、そのように認めることができる。第三に、被告人が本件表現行為において摘示した事実が真実でないことを知っていたか、という点についてみるに、被告人が摘示した事実が真実であると誤信していたと認められることは、改めて被告人の供述(弁六四、九八、二二三号証、第二〇回公判被告人供述)に徴するまでもなく、これまで検討してきたところからも優に推認できるところである。第四に、被告人が、本件表現行為に及ぶに際して、摘示しようとする事実が真実かどうか確かめないで本件表現行為に及んだのではないか、という点についてみるに、上記(2)でみたところによれば、被告人がインターネットの個人利用者に対して要求される程度の情報収集をした上で本件表現行為に及んだことが認められることが明らかというべきである。
(5)このようにみてくると、被告人は、インターネット上で情報を発信する際に、個人利用者に対して要求される水準を満たす調査を行った上、本件表現行為において摘示した事実がいずれも真実であると誤信してこれらを発信したものと認められ、結局、被告人が摘示した事実が真実でないことを知りながら発信したとも、上記の調査をせず真実かどうか確かめないで発信したともみることはできないので、被告人に対して名誉毀損の罪責は問い得ないと考えられる。
 (なお、本件の公判審理においては、刑法二三〇条の二第一項の各要件立証に絡んで、被害会社の関係各証人に対する弁護人による尋問が多岐にわたって行われ、各証人が、証言内容がインターネットで明らかにされることを恐れて、証言を事実上回避しようとしたり、覚えていないと供述するなどする局面が多くみられた。本件は、表現の自由が問題となる事案であって、対審を非公開で行うことは許されないにしろ、各証人が危倶するところももっともであって、その懸念を一蹴できる筋合いのものとは思われない。手続的には何らかの立法措置を講ずべき必要性を感じさせるところであるが、その点はさて措き、本件の事実認定においては、証言が十分得られなかった点を被告人に文字どおり不利益に判断することは避けることとした。)
第四 結語
 以上検討してきたところによれば、結局本件公訴事実は、法律上犯罪の成立を妨げる理由があることに帰し、罪とならないことになるから、刑訴法三三六条により被告人に無罪の言渡しをすることとする。

東京地方裁判所第3刑事部
 裁判長裁判官 波床昌則
 裁判官 柴田誠
 裁判官 牛島武人
line
 
日本ユニ著作権センター
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