判例全文 line
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【事件名】雑誌記事の社保庁内LAN無断掲載事件
【年月日】平成20年2月26日
 東京地裁 平成19年(ワ)第15231号 著作権侵害行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年12月18日)

判決
原告 A
訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
被告 国
代表者法務大臣 鳩山邦夫
指定代理人 西尾健太郎
同 原田美千代
同 阿萬哲也
同 内田浩
同 保坂拓夫
同 荻原和宏


主文
1 被告は、社会保険庁が運営する社会保険庁LANシステムの電子掲示板用記録媒体に別紙著作物目録記載の著作物を記録し、又は当該著作物を公衆の求めに応じ自動送信させてはならない。
2 被告は、原告に対し、42万0500円及びこれに対する平成19年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを7分し、その4を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、社会保険庁が運営する社会保険庁LANシステムから、別紙著作物目録記載の著作物1ないし4を削除せよ。
2 被告は、社会保険庁が運営する社会保険庁LANシステム上に原告の著作物を掲載してはならない。
3 被告は、原告に対し、374万円及びこれに対する平成19年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告の機関である社会保険庁の職員が、ジャーナリストである原告の著作物である雑誌記事を、社会保険庁LANシステム中の電子掲示板システムの中にある新聞報道等掲示板にそのまま掲載し、原告の複製権又は公衆送信権を侵害したとして、原告が、被告に対し、上記複製権又は公衆送信権侵害を選択的請求原因として、同掲載記事の削除及び原告のすべての著作物についての掲載の予防的差止め並びに損害賠償374万円(不法行為日の後である平成19年4月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか、該当箇所末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 当事者
 原告は、これまでに官僚問題、マスコミ問題などを取り上げてきたジャーナリストであり、近年は、年金問題を多く取り上げている者である。
 被告は、国家行政組織法3条2項の規定に基づく行政機関として厚生労働省を設置し、同省の外局として社会保険庁を置いている。
(2) 原告は、別紙著作物目録1ないし4(以下、それぞれを「本件著作物1」などといい、まとめて「本件著作物」という。)を執筆し、これらはいずれも、同目録の各著作物末尾記載の、株式会社講談社(以下「講談社」という。)が発行する「週刊現代」各号に掲載された。
(3) 被告の機関である社会保険庁は、社会保険庁LANシステム(以下「本件LANシステム」という。)を管理運営し、同システムは、電子メール、電子掲示板及び電子報告等の機能を有している。
(4) 本件LANシステム内には、電子掲示板システムがあり、同システム内に新聞報道等掲示板(以下「本件掲示板」という。)が存する。社会保険庁の職員は、本件掲示板に、社会保険庁に関連する新聞や雑誌の記事を複写・掲載していた。
(5) 社会保険庁職員は、平成19年3月19日に本件著作物1を、同年4月2日に本件著作物2を、同月9日に本件著作物3を、同月16日に本件著作物4を、それぞれ本件掲示板に掲載した(乙16)。
(6) 社会保険庁は、同年6月18日、本件掲示板をいったん閉鎖した(乙6、弁論の全趣旨)。
(7) 本件LANシステムは、厚生労働省において整備された厚生労働省LANシステムとは別個独立に管理運営されており、社会保険庁内部部局、施設等機関、地方社会保険事務局及び社会保険事務所をネットワークで接続するネットワークシステムとなっている。本件LANシステムの利用機関は、社会保険庁の内部部局におかれる課、社会保険庁大学校及び社会保険庁業務センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所である。
2 争点
(1) 被告は、原告の複製権を侵害したか。
(2) 被告は、原告の公衆送信権を侵害したか。
(3) 損害の額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(被告は、原告の複製権を侵害したか)について
(原告の主張)
ア 社会保険庁の職員は、本件著作物を、いずれも、その掲載された「週刊現代」が発売された日に、これらをそのまま本件掲示板に掲載して複製したものであり(以下「本件複製行為」という。)、本件著作物につき原告の有する複製権を侵害した。
イ 被告は、本件複製行為は、著作権法(以下、著作権法の条文を記載する場合は、条項のみで表記する。)42条1項本文によって、許容されると主張する。
 しかし、同条は、著作権の制限規定であり、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」(1条)という法の趣旨からしても、厳格に解釈されるべきである。
 42条にいう「行政の目的」があるとされるためには、単に執務の参考という程度では足りず、行政庁が、国家意思等を決定するに必要であり、その著作物を複製しなければ行政の目的を十全に達成できないような場合でなくてはならない。行政上必要な市販の書籍をスキャニングして庁内のイントラネットシステム上に保管し、職員が必要に応じて閲覧できるようにすることは、行政の職務執行上、必要不可欠な場合とはいえない。
 報道内容の把握やその周知徹底が、国家意思等の決定・行使に必要ということはなく、本件著作物を複製しなければ行政の目的が十全に達成できないということもない。
 社会保険庁が対応しなければならない「国民の苦情」は、社会保険庁の所管事務に関する事項に向けられているのであり、報道の当否や報道内容そのものに対してではない。社会保険庁は、国民からその所管事項について問い合わせや苦情が寄せられた場合は、その保有する資料、情報に基づいて適切に回答すればよいのであり、その際、社会保険庁の所管事務に関連するすべての報道記事の内容を把握しておかなければならないということは、全くない。
 もともと、報道等で摘示されている事実自体は、社会保険庁の施策に関わる事実であり、報道内容に拠らずとも、社会保険庁が把握している事実である。
 したがって、社会保険庁の業務を遂行するために、報道内容を知る必要があり、そのために、本件著作物を本件掲示板に掲載することが必要であるとの被告主張は、全く理由がない。
イ 被告によれば、本件LANシステムの利用機関は、社会保険庁の内部部局に置かれる課、社会保険庁大学校及び社会保険庁業務センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所である一方、国民から寄せられる苦情に対して、適切な対応を行うという業務に従事するのは、主として地方の第一線機関として、国民に対する直接的な行政サービスの提供主体となる社会保険事務所、地方社会保険事務局(以下「社会保険事務所等」という)であるというのである。から、本件LANシステムの利用機関の多くは、国民からの苦情に対応しているわけではない。しかし、現実には、これらすべての部局で閲覧が可能とされており、必要部数を超えた多部数の複製であることは明らかである。したがって、42条1項本文の「必要と認められる限度」の要件も満たしていない。
 また、被告は、ID及びパスワードについて述べる。しかし、本件著作物は、現実には、各部局に置かれた共用パソコンで、社会保険庁の全正規職員による閲覧が可能となっており、利用者の限定はなされていない。
ウ 被告は、本件複製行為は、42条1項ただし書に該当しないと主張する。
 しかし、原告は、雑誌掲載された記事を後にまとめて単行本にするという執筆出版形態をとっている。定期刊行物の読者は、多くの場合、当該刊行物を長期にわたって保管しておくことはせず、時期を経て、一冊の本にまとめられた時点で改めて当該書籍を購入している。社会保険庁が行ったように、本件著作物が本件LANシステムの中に掲載されている場合は、同庁職員は、いつでもこれを閲読することができ、改めて書籍を購入することはないと予測される。本件では、被告の主張によっても、8000名以上の職員が閲覧謄写できる状態に置かれたのであり、これが、原告の書籍の潜在的販路に悪影響を与えることは明らかである。
 したがって、本件著作物の複製は、42条1項ただし書によっても禁止される。
(被告の主張)
ア 本件複製行為は、42条1項本文にいう「行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合」に「必要と認められる限度」において複製したものである。
 社会保険庁は、政府管掌年金事業等の実施等を所管事務としており、その適正な遂行が求められている。同庁は、平成16年11月に策定した「緊急対応プログラム」において、年金相談体制の強化、苦情報告体制の整備を盛り込むことにより、国民の年金に対する関心等の高まりに対応し、不安を解消するとともに、国民の声を的確に反映して業務運営の改善を図っていくこととした。同庁は、その後、平成17年9月に策定した「業務改革プログラム」においても、到達目標の一つとして、国民の声に対応したサービス改善を継続的に推進する仕組みを整備し、高い満足度を得られるサービスの実現及び年金相談体制の充実等を掲げて、その取組を継続している。同庁は、これらの取組に関して、社会保険事務所等における体制強化、迅速かつ適切な対応能力の向上が不可欠であるため、総合相談室の設置等により体制の強化を図ってきた。
 ところで、平成16年以降、社会保険庁及び政府管掌年金事業等に対する、新聞、雑誌及びテレビ等のマスコミによる批判的な報道等が急増しており、これらの報道を契機として国民から寄せられる苦情に対して、適切な対応を行うことが、社会保険庁及び政府管掌年金事業に対する国民の信頼を確保するために極めて重要となっている。
 これら苦情の多くは、主に地方の第一線機関である社会保険事務所等に対して寄せられる。しかし、同事務所等において把握できる報道等には限度がある上、これらの報道等を受けた国民からの苦情に対して、社会保険事務所等によって対応・回答が異なることは、社会保険庁及び政府管掌年金事業に対する国民の信頼を損ないかねず、社会保険庁の本来の目的である適切な国民サービスの提供が不可能となるおそれがある。
 社会保険事務所等に対して寄せられる国民の苦情の多くは、報道等を見たという明示的なもの、又はそれが推定されるものなど、マスコミによる批判的な報道等を契機とするものであり、本件著作物を含めた報道等の内容は、その速報性・時事性の高さから、国民の関心が非常に高い。国民の苦情への対応は、社会保険事務所等における業務量として大きなものとなっている。また、社会保険事務所等を通じて社会保険庁の見解をただす趣旨の苦情も多く、これに対するより的確な対応のできる体制が必要である。
 したがって、極力速やかに報道等の内容を把握し、これらに対して、可能な限り統一的な応答を社会保険事務所等に周知・徹底せしめることが必要不可欠であり、そのために活用している本件掲示板も、社会保険庁における行政の目的を実現するために必要不可欠な手段である。
 このように、本件複製行為は、社会保険庁における行政事務の遂行のために必要不可欠な行為であることが、明らかである。
 加えて、社会保険庁職員は、本件複製行為を広報資料のように外部に配布することを前提として行ったのではなく、週刊現代の記事のうち、社会保険庁に関連する記事のみを抽出して、あくまで内部資料として必要と認められる限度において複製したものである。そして、その利用に当たっては、平成15年3月28日付け社会保険庁訓第2号「社会保険庁LANシステム等管理規程」により、業務に関連しない利用及び社会常識に反する利用を行ってはならないとされているのであるから、本件複製行為は「行政の目的、 のために内部資料として必要と認められる場合」に当たり、「必要と認められる限度」において複製したにすぎず、著作権者の複製権が制限されることは明らかである。
イ 本件記事は、週刊誌の記事であるから、例えば「○○行政ハンドブック」といった類の書籍のように、当該行政事務に携わる人の数だけ購入が予定されており、自由に複製されたのでは当該著作物の販売に影響を及ぼすような場合とは異なるので、42条1項ただし書にいう「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しない。
 また、本件LANシステムを利用することができる者は、利用機関の職員及び総括管理者の承認を受けた者で、利用者ID及びパスワードを付与された者に限られており、その付与数は、平成19年6月18日現在で8089人、本件LANシステムの利用に必要なクライアントパソコンの総設置数は、同日現在で8280台であり、複製の部数及び態様に照らしても、著作権者の利益を不当に害することはない。
(2) 争点(2)(被告は、原告の公衆送信権を侵害したか)について
(原告の主張)
 本件LANシステムは、社会保険庁内部部局、施設等機関、地方社会保険事務局及び社会保険事務所をネットワークで接続するネットワークシステムであり、全国に所在する社会保険庁職員は、本件掲示板に掲示された各種新聞雑誌記事を閲覧し、プリントアウトすることができる。
 社会保険庁職員は、平成19年3月19日ころから同年4月16日ころにかけて、社会保険庁職員が利用する電気通信回線に接続している本件LANシステムの本件掲示板用の記録媒体に本件著作物1ないし4をそれぞれ記録し(以下「本件記録行為」という。)、原告の専有する本件著作物の公衆送信(自動公衆送信における送信可能化を含む。)を行う権利を侵害した。
(被告の主張)
 本件著作物は、社会保険庁職員が、複製した上、本件掲示板用の記録媒体に記録し、同掲示板に本件LANシステムの端末からアクセスすることにより送信され、利用者ID及びパスワードの付与を受けた社会保険庁とその他関係機関の職員が、同端末の画面に本件著作物の内容を表示あるいは印刷することにより、再度複製され、同人らに周知される。
 原告は、当初の複製後、これを本件掲示板に記録する行為により、本件LANシステムを通じて複製データを送信可能な状態とすることを公衆送信と主張しているようである。
 しかし、当初の複製については、争点(1)について詳述したとおり、行政の目的を達するためにされるものであるから、原告の複製権を侵害しない。
 もっとも、当初の複製が、その後の複製物の利用行為によっても原告の複製権を侵害しないといえるためには、当該複製物を当該目的に沿って使用することが必要とされるものの(49条1項1号参照)、本件では、争点(1)について述べたとおり、各職員に周知することが行政の目的を達するためであるから、原告の複製権を侵害しない。
 49条1項1号にいう「公衆に提示」の意義については、複製物の機械的使用の結果としての著作物提示行為だけでなく、複製物の直接的使用を伴いながらの著作物提示行為も、複製物によって著作物を公衆に提示する行為と考えられる。したがって、本件記録行為も、「公衆に提示」に該当し、42条により複製が認められたものを公衆に提示したものであり、42条の行政の目的に反するものではないため、49条1項1号により、21条の複製権侵害行為とみなされることはない。
 複製物を公衆送信して利用する場合に、別途その利用方法にすぎない公衆送信行為をとらえて公衆送信権侵害とするのでは、一定の目的での複製及びその利用を認めた42条及び49条1項1号の趣旨を没却してしまうので、複製物の公衆送信は、42条の目的以外の目的でされたものでない以上、著作権者の公衆送信権を害さないと解すべきである。すなわち、42条による複製が認められる場合は、その複製物を公衆送信の方法で利用するとしても、複製が認められる目的以外の目的で公衆送信をするのでない限り、著作権者は、複製権のみならず公衆送信権も制限され、いずれの権利の侵害ともならないと解するのが相当である。
(3) 争点(3)(損害の額)について
(原告の主張)
ア 114条1項ないし同項類推適用による損害額
 本件著作物は、それぞれ少なくとも1万7000部が複製又は公衆送信されたものであり、原告が、被告による侵害行為がなければ販売できた物の単位数量当たりの利益は50円を下ることはないから、原告が受けた損害の額は、340万円である。
 原告のような実績を有する著作者が、有料のメールマガジンを発行したとすれば、読者が負担する購読費用は概ね年間1万円程度と思われる。したがって、このうち、本件著作物に対応する「利益の額」が、著作物一部当たり50円を下らないとみることは合理的である。
 また、社団法人日本複写権センターでは、個別許諾方式を採った場合の使用料は1頁当たり2円とされている。本件著作物は、いずれも4頁であるから、それぞれ8円となる。ただし、同センターで複写が認められるのは、あくまで限定的な使用の場合であり、社会保険庁の全職員向けのコピーなどは想定されていない。社会保険庁の全職員向けのコピーの場合には、将来の単行本販売に悪影響が出るから、複写代金を本件著作物それぞれにつき、1部当たり50円とみることは相当である。
イ 114条2項に基づく損害額
 社会保険庁が、本件著作物を全正規職員に配布しようとすれば、本来であれば「週刊現代」を定価で購入しなければならなかった。しかし、被告は、本件LANシステムに本件著作物を掲載したことにより、週刊誌購入による財産減少を免れている。本件著作物が掲載された「週刊現代」の定価は、いずれも350円であるから、被告の受けた「利益の額」は、本件著作物それぞれにつき、1部当たり50円を下ることはない。
ウ 114条3項に基づく損害額
a 株式会社タイムブックタウンが運営している電子書籍のレンタル配信サービスであるタイムブックタウンでは、会員は、登録された電子書籍をダウンロードし、これに対して一定の料金を支払う。デジタル著作権管理システムを使って配信された電子書籍は、会員が予め登録した機器でしか読むことができず、不法なコピーによる著作権侵害は起こらない。ダウンロードされた電子書籍の閲覧期間は、60日間である。
 現在、タイムブックタウンに登録されている原告の著書は、「新聞が面白くない理由」、「年金大崩壊」、「年金の悲劇」の3冊であり、これら書籍の60日間のレンタル料は、それぞれ367円、420円、420円である。株式会社タイムブックタウンは、納付されたレンタル料の50パーセントを運営費として取得し、残る50パーセントを版元の出版社に支払う。原告の上記書籍を出版している講談社は、支払われた金額のうち、30パーセントを著作権使用料として原告に支払う。
 仮に、本件著作物が原告の書籍に収録され、当該書籍について、タイムブックタウンによってレンタルされたとすると、レンタル料、ダウンロード数は、次のとおりである。
@ レンタル料420円×2
 本件LANシステムに本件著作物が掲載されていた期間は、平成19年3月19日から同年6月18日までであり、1回のレンタル期間である60日を超えるため、レンタルが2回発生すると推定される。
A ダウンロードする人数17000人
 社会保険庁の正規職員1万7099人のほぼ全員が、2回のレンタル期間のそれぞれでダウンロードするものと推定される。
 以上によれば、全体のレンタル料は、1428万円となる。
 (計算式) 420円×2×1万7000=1428万円
 出版社は、このうち50パーセントに相当する714万円を受け取り、原告には、その30パーセントに当たる214万2000円を著作権使用料として受け取る。
 (計算式) 1428万円×0.5×0.3=214万2000円
 なお、本件著作物は、通常の書籍の4分の1程度に相当することから、本件著作物に対するレンタル料は書籍レンタル料の4分の1とみなされるとしても、53万5500円である。
b ところで、タイムブックタウンでは、レンタルされた書籍を60日を超えて閲覧することはできず、また、ダウンロードされた書籍をプリントアウトすることは原則としてできないので、レンタル料は、通常の書籍の定価よりも低く設定されている。
 これに対し、本件LANシステムの場合は、本件著作物を無期限で本件掲示板に掲載し、かつ、プリントアウトが可能であったのであり、このような方法で著作物を配信することは、書籍本体を売ることとほぼ同様であり、レンタル料も、書籍の定価と同額に設定される。
 そうであるとすると、本件では、本件著作物を含む書籍の定価は概ね1500円程度と見込まれるから、これを電子配信する場合のレンタル額も同額とみることができる。そして、これを約1万7000人の社会保険庁職員が閲覧したとすれば、その場合のレンタル料は、2550万円となる。
 (計算式) 1500円×1万7000=2550万円
 出版社は、このうち50パーセントに相当する1275万円を受け取り、原告には、その30パーセントに当たる382万5000円を著作権使用料として受け取る。
 仮に、本件著作物が、書籍の4分の1程度であることを考慮しても、少なくとも、95万6250円を請求できる。
エ 弁護士費用
 原告は、本件訴訟の遂行を弁護士に依頼したが、本件が、著作権侵害行為に関する法律問題を含むこと等に照らせば、その弁護士費用のうち相当部分は、被告による著作権侵害行為と相当因果関係のある損害であり、その額は、本件に表れる法律問題その他一切の事情を考慮すると、34万円が相当である。
(被告の主張)
ア 本件では、原告が、講談社との間でいかなる契約を締結し、いかなる条件の下に同社が本件著作物を週刊現代に掲載したのかは判然としないものの、原稿料方式が採用されたと推測される。そうだとすると、原告については、そもそも財産的損害自体が発生していないというべきであり、他に、財産的損害が発生していることを示す具体的事実の主張立証はない。
イ 114条1項は、権利者の立証負担の軽減を図るため、権利者が自ら著作物等を販売する能力を有している場合には、侵害者の譲渡等数量に正規品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を損害額とできるとするとともに、「権利者が譲渡等数量の全部又は一部に相当する数量を販売できない事情」があることを侵害者が立証した場合には、当該事情に相当する数量に応じた額を減額する旨を定めた規定であり、権利者が著作物等を販売していない場合には、本項の適用はない。原告は、本件著作物について、有料メールマガジン、単行本等を販売していない以上、114条1項を適用する余地はない。
 原告は、利益の額が50円であると主張するものの、その根拠は、別人の有料メールマガジンに関する書面であり、何故別人の有料メールマガジンの年間購読料から、原告の単位当たりの利益が認定できるのかについては不明である。また、有料のメールマガジンを配信するについては、当初は無料でメールマガジンを配信して読者を集め、その後、相当数の会員が集まった時点を見計らって、有料化に踏み切るものであり、仮に原告がいきなり有料メールマガジンを発行したとしても、短期間に多数の読者を獲得することは期待し得ず、社会保険庁の全職員に対応する人数分を有料配信できるとは到底考えられない。したがって、「譲渡等数量の全部又は一部に相当する数量を著作権者等が販売することができないとする事情」があることは明らかである。
 また、原告は、日本複写権センターのホームページに係る書面も、利益を50円とする根拠になるとする。しかし、仮に、原告が週刊現代の発行元である講談社から単行本を出版した場合、印税は10パーセントとされることに鑑みると、「年金大崩壊」は定価1600円、「年金の悲劇」は定価1500円であるから、原告に対する印税は、1冊当たり150円から160円程度と推認される。そして、これら単行本の本体部分の原稿文字数が約9万字から12万字程度であることに照らすと、本件著作物が本文中に占める割合から印税に占めると思料される金額は、総額で16円から20円程度と考えられ、1部当たり50円を下らないとの原告の主張は、明らかに過大である。
ウ 114条2項は、売上げ減少による逸失利益の推定規定であり、損害発生の事実まで推定するものではない。したがって、権利者が当該著作物を利用していない場合には、消極的損害の発生自体を観念することができないため、同項の適用はないというべきである。原告は、有料メールマガジン、単行本等を販売しておらず、自ら本件著作物を利用していないのであるから、114条2項を適用する余地はない。
エ 原告は、電子書籍配信サービスにおいて、電子書籍の閲覧期間が60日間であり、納付されたレンタル料の50パーセントのうち30パーセントが、出版社を通じて原告に支払われること、本件著作物が原告の書籍に収録されるとレンタル料は1回420円であること、社会保険庁の全職員が2回レンタルすることを前提として、被告に対して53万5500円を請求することができると主張する。
 しかし、原告は、社会保険庁の全職員を対象として金額を算定しているものの、社会保険庁において、利用者ID及びパスワードを付与しているのは8089人に限られる。また、平成19年3月19日から同年4月30日までの間における、本件掲示板に掲載された本件著作物に対するアクセス数は、調査により判明したものに限ると5449回(共用IDによるアクセス数は、133回)である。本件LANシステムは、6台のサーバーにより運用されているところ、上記アクセス数は、同年3月19日から同月30日までの間は4台、同年4月2日から同月30日までの間は5台のサーバーにおけるアクセス数を集計したものであり、また、同年5月1日以降のアクセス数は、加算されていない。しかし、上記アクセス数に集計されていない残りのサーバー分を加算しても、同年3月19日から同年4月30日までの間における、本件著作物に対するアクセス数は、6962回程度と推定され、各著作物の掲載日からのアクセス数の減少状況に照らせば、同年5月1日以降のアクセス数については、無視し得る程度の件数であることは明らかである。以上によれば、社会保険庁の全職員を前提とする原告の請求は、明らかに過大である。
 また、原告は、週刊誌等に掲載した記事を、後でまとめて単行本にするという執筆・出版形態をとってきたと主張するものの、本件著作物について単行本にする具体的な計画の主張立証はなく、週刊誌等で発表したすべての記事を単行本として出版していないことは容易に推察できるから、単行本のレンタル料を根拠に利用料相当額を求めることは、理由がない。
 さらに、原告は、電子書籍のレンタル配信サービスでは、閲覧期間を超えて閲覧することができないのに対し、本件著作物の掲載は無期限になされたものであるため、書籍本体を売ることとほぼ同様であり、上記電子書籍配信サービスのレンタル料を根拠に、少なくとも95万6250円を請求できるとも主張するものの、社会保険庁は、本件著作物を掲載した本件掲示板を平成19年6月18日にいったん閉鎖していることから、無期限に掲載したことを前提とする原告の主張は、誤りである。
第3 当裁判所の判断
1 争点(2)(被告は、原告の公衆送信権を侵害したか)について
 原告は、選択的請求原因として、公衆送信権侵害を主張するので、まず、争点(2)について、判断する。
(1) 本件LANシステムは、社会保険庁内部部局、施設等機関、地方社会保険事務局及び社会保険事務所をネットワークで接続するネットワークシステムであり(前提となる事実)、その一つの部分の設置の場所が、他の部分の設置の場所と同一の構内に限定されていない電気通信設備に該当する。したがって、社会保険庁職員が、平成19年3月19日から同年4月16日の間に、社会保険庁職員が利用する電気通信回線に接続している本件LANシステムの本件掲示板用の記録媒体に、本件著作物1ないし4を順次記録した行為(本件記録行為)は、本件著作物を、公衆からの求めに応じ自動的に送信を行うことを可能化したもので、原告が専有する本件著作物の公衆送信(自動公衆送信の場合における送信可能化を含む。)を行う権利を侵害するものである。
(2) 被告は、本件著作物については、まず、社会保険庁職員が複製しているところ、この複製行為は42条1項本文により複製権侵害とはならず、その後の複製物の利用行為である公衆送信行為は、その内容を職員に周知するという行政の目的を達するためのものなので、49条1項1号の適用はなく、原告の複製権を侵害しない、また、複製物を公衆送信して利用する場合に、その利用方法にすぎない公衆送信行為については、42条の目的以外の目的でなされたものでない以上、著作権者の公衆送信権侵害とはならない旨主張する。
 しかし、社会保険庁職員による本件著作物の複製は、本件著作物を、本件掲示板用の記録媒体に記録する行為であり、本件著作物の自動公衆送信を可能化する行為にほかならない。そして、42条1項は、「著作物は・・・行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には、その必要と認められる限度において、複製することができる。」と規定しているとおり、特定の場合に、著作物の複製行為が複製権侵害とならないことを認めた規定であり、この規定が公衆送信(自動公衆送信の場合の送信可能化を含む。)を行う権利の侵害行為について適用されないことは明らかである。また、42条1項は、行政目的の内部資料として必要な限度において、複製行為を制限的に許容したのであるから、本件LANシステムに本件著作物を記録し、社会保険庁の内部部局におかれる課、社会保険庁大学校及び社会保険庁業務センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所内の多数の者の求めに応じ自動的に公衆送信を行うことを可能にした本件記録行為については、実質的にみても、42条1項を拡張的に適用する余地がないことは明らかである。なお、被告が主張する49条1項1号は、42条の規定の適用を受けて作成された複製物の目的外使用についての規定であるから、そもそも42条の適用を受けない本件について、49条1項1号を議論する必要はない。被告の主張は採用することができない。
2 争点(3)(損害の額)について
(1) 原告は、114条1項ないしその類推適用により、本件著作物の公衆送信が公衆によって受信されることにより作成された複製物それぞれ1万7000部に、原告が、被告による侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益50円を乗じた額である340万円の損害賠償を請求できると主張する。しかし、114条1項による損害額の推定は、権利者自らその著作物を販売することができたであろうということが前提となっていると解され、そして、本件著作物は、いずれも週刊誌に掲載された記事であり、原告はこれを自ら販売していないのであるから(弁論の全趣旨)、同項の適用はないというべきである。
(2) また、原告は、被告が、本件著作物の公衆送信により、本件著作物の掲載された「週刊現代」の購入を免れたので、本件著作物それぞれ1部当たり少なくとも50円の利益を得ているとして、114条2項により340万円の損害賠償を請求できるとも主張する。しかし、同項による損害額の推定も、権利者自らがその著作物を販売できたであろうということが前提となっているものであるから、上記のとおり、原告が本件著作物を自ら販売していない本件においては、同項の適用もないというべきである。
(3) そこで、114条3項の使用料相当額の損害について判断する。
ア 原告は、その著作に係る書籍である「新聞が面白くない理由」、「年金大崩壊」及び「年金の悲劇」の3冊を、株式会社タイムブックタウンが運営する電子書籍のレンタル配信サービスであるタイムブックタウンに登録している(甲16)。
 タイムブックタウンに登録され、電子書籍として配信されている原告の上記書籍3冊のレンタル配信料は、60日間で、それぞれ367円、420円、420円である(甲15、16)。そして、原告の書籍がタイムブックタウンによってレンタル配信された場合の著作権使用料相当額は、レンタル配信料にダウンロードする人数を乗じた額から、原告の書籍の版元に支払われる50パーセントのうちの30パーセントである(甲18ないし20、弁論の全趣旨)。
イ 本件著作物は、平成19年3月19日に本件著作物1が本件掲示板に掲載され、以後、同年4月16日までに、本件著作物2ないし4も、順次、本件掲示板に掲載され、社会保険庁が本件掲示板をいったん閉鎖した同年6月18日まで掲載されていたものであるから、この間、本件著作物を収録した書籍を公衆送信(配信)していたものとして、これにより原告が受ける本件著作物の著作権使用料相当額を算定すべきである。
 本件著作物は、各4頁で合計16頁から成るものであり、原告の上記各書籍に比較すると頁数は明らかに少ない。しかし、タイムブックタウンの上記レンタル配信は、60日間のレンタル配信にすぎず、著作物を複製することが原則としてできないものであるのに対し、本件LANシステムによる自動公衆送信は、社会保険庁職員が本件著作物をダウンロードした後に、これを印刷することが可能であるだけでなく、印刷したものを他の職員がさらにコピーすることも可能なものである。このような質的な差異を考慮すれば、本件著作物の頁数が少ないことを考慮しても、本件LANシステムにおける本件著作物の自動公衆送信による使用料相当額は、上記期間について、本件著作物当たり420円と認めるのが相当である。
 原告は、上期期間は1回のレンタル期間である60日を超えることから、2回レンタルしたことになるとし、420円に2を乗ずるべきと主張する。
 しかし、乙16によれば、本件各著作物が本件掲示板に掲載された当日は、アクセス件数がそれぞれ954、746、805、924と増えるものの、翌日には、305、222、290、301とその3分の1程度となり、以後、漸次減少していること、最終掲載日から2週間後である平成19年4月30日には、アクセス件数は1件となっていることからすれば、本件LANシステムの利用者が、60日の期間を経過した後、もう一度本件著作物にアクセスすることは考えがたいというべきであるから、2回レンタルされた際のレンタル配信料を基準として考えることはできない。
 また、原告は、タイムブックタウンでは、ダウンロードされた書籍をプリントアウトすることは原則としてできないことから、レンタル料は書籍の定価よりも低く設定されているのに対し、本件著作物は、もともと期限の定めなく本件掲示板に掲載されており、その間、プリントアウトすることも可能であったものであるから、本件著作物の配信は書籍本体を売ることとほぼ同様であり、レンタル料は原告の書籍の定価である1500円(甲17)と同額に設定すべきとも主張する。
 しかし、本件著作物は、全体で16頁にすぎず、原告の上記書籍と頁数において明らかに異なることからすれば、書籍本体を販売することと同視することまではできないというべきである。原告の上記主張も採用し得ない。
ウ 本件掲示板に掲載された本件著作物に対する、平成19年3月19日から同年4月30日までのアクセス数は、調査により判明した限りでは5449回である(乙16)。もっとも、社会保険庁におけるサーバーは6台あるものの、このアクセス数は、同年3月30日までは4台分、同年4月2日から同月30日までは5台分のアクセス数であり、同年5月1日以降のアクセス数は加算されていない。そこで、加算されていないサーバーも含めたアクセス数を推計すると6962回となる(乙16)。また、同年5月1日から同年6月18日までの間も若干のアクセス数はあったと推認されるものの、その数は少ないと推認されることも併せると、本件著作物が本件掲示板に掲載されていた期間中のアクセス数は、7000回と認めるのが相当である。
 なお、本件著作物への上記アクセス数は、延べアクセス数であるから、同一人が複数回(4回、3回、2回)アクセスする場合も、1回のみアクセスする場合も含まれており、一人当たりのアクセス数の分布は不明である。しかし、4回続けてアクセスする熱心な人もいれば、1回のみアクセスするだけの人もいると想像される以上、一人当たりのアクセス数は平均2回とみるのが相当であり、上記期間中のアクセス人数は、3500人(平均2回)と認めるのが相当である(114条の5)。
エ 以上によれば、本件著作物を本件掲示板用の記録媒体に記録し、自動公衆送信したことについての著作権使用料相当額は、147万円である。
 420円×7000÷2=147万円
 そして、原告が取得することができる著作権使用料は、原告書籍の出版社が取得する総レンタル配信料の50パーセントのうち、30パーセントであるから、22万0500円である。
 147万円×0.5×0.3=22万0500円
 よって、被告による本件著作物の公衆送信権侵害行為により、原告が被った損害額は、22万0500円と認められる。
(4) 本件訴訟の内容、性質その他本件に表れた全事情を考慮するなら、被告による本件著作物の公衆送信権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、20万円と認められる。
(5) 以上のとおり、損害額の合計額は、42万0500円である。
3 差止請求について
(1) 本件著作物の削除請求について
 被告は、平成19年6月18日に本件掲示板を閉鎖しており、これにより本件著作物は、本件LANシステムから削除されたものと認められる(弁論の全趣旨)。したがって、本件LANシステムからの本件著作物の削除を求める、原告の現在の侵害行為の停止に必要な措置としての削除請求(112条2項)は、既に被告により履行済みであるから、理由がない。
(2) 原告の著作物の掲載差止請求について
 原告は、被告に対し、原告の著作物すべてについて本件LANシステムへの掲載行為の予防的差止を求めている(112条1項)。このうち、本件著作物以外の原告の著作物については、「年金大崩壊」等の書籍もあるものの、被告がこれらを本件掲示板に掲載したこともなく、本件全証拠によっても、今後これらを掲載するおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。
 しかし、本件著作物については、本訴提起後にその掲載を中止し、これを本件掲示板から削除したことは事実であるものの、被告が一度これを掲載した事実があること、並びに、被告は、本訴において、本件著作物を本件掲示板に掲載したことは、原告の公衆送信権及び複製権を侵害するものではないとして争っていること、及び、社会保険庁の下部組織である社会保険事務所等において、マスコミ等による報道に関する苦情、問い合わせに対して適切な対応を取る必要から、本件掲示板に報道等の内容の掲示を再開する希望も強いこと(乙11)も考慮すれば、今後において、本件著作物を本件掲示板に掲載するおそれがないということもできないところである。したがって、原告の請求のうち、本件著作物についてはその将来の掲載行為の予防的差止請求は理由がある。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、本件著作物の本件掲示板用の記録媒体への記録及び自動公衆送信の差止め、並びに、被告による公衆送信権侵害行為に対する損害賠償として、42万0500円及びこれに対する平成19年4月17日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由がある。なお、仮執行宣言については、相当でないので、これを付さないこととする。
 よって、主文のとおり、判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 中島基至
 裁判官 関根澄子
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