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【事件名】ノンフィクションの共同著作事件
【年月日】平成20年2月15日
 東京地裁 平成18年(ワ)第15359号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年11月27日)

判決
原告A
同訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 杉田禎浩
同 大井法子
同 杉浦尚子
同 吉田朋
同 雪丸真吾
同 芹澤繁
同 亀井弘泰
同 大藏隆子
同 村上弓恵
被告B
被告株式会社 汐文社
上記2名訴訟代理人弁護士 松山憲秀
同訴訟復代理人弁護士 長坂省


主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して62万8150円及びこれに対する平成16年11月30日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告らは、別紙書籍目録記載2の書籍を複製し、頒布してはならない。
3 被告株式会社汐文社は、別紙書籍目録記載2の書籍を廃棄せよ。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
6 この判決は、第1項及び第5項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して215万2000円及びこれに対する平成16年11月30日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告らは、被告株式会社汐文社(以下「被告汐文社」という。)の公式ホームページ(アドレスhttp:<略>)に、別紙謝罪広告目録記載1の謝罪広告を同目録記載2の条件で掲載せよ。
3 主文第2項及び第3項と同旨。
第2 事案の概要等
 本件は、別紙書籍目録記載1の書籍(以下「本件書籍」という。)が原告と被告Bとの共同著作物であるにもかかわらず、被告らが、本件書籍を複製ないし翻案した同目録記載2の書籍(以下「被告書籍」という。)を原告に無断で制作、発行したとして、原告が、@被告らに対し、共同不法行為に基づき、原告の本件書籍に関する著作権(複製権、翻案権又は譲渡権)の侵害に基づく損害賠償及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害に基づく慰謝料を、A被告らに対し、著作権法115条に基づき、本件書籍に関する原告の著作者人格権の侵害に伴う名誉回復措置として謝罪広告の掲載を、B被告らに対し、著作権法112条1項に基づき、被告書籍の複製、頒布の差止めを、C被告汐文社に対し、著作権法112条2項に基づき、被告書籍の廃棄を、それぞれ求める事案である。
 なお、附帯請求は、被告書籍の発行日(不法行為の日)である平成16年11月30日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払請求である。
1 当事者間に争いのない事実等(認定事実については末尾に証拠を掲記する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、主に人物伝を中心としたドキュメンタリーの執筆を業とするジャーナリスト、作家である。(弁論の全趣旨)
イ 被告Bは、現在、鳥取大学に勤務する医学博士、看護師であり、自身が顔面の海綿状血管腫に苦しんだことから、顔面に病気や傷などを抱える人たちに対する差別や偏見をなくすための活動を行っている者である。
ウ 被告汐文社は、主に学校、公共図書館向けの児童書を出版する出版社である。
(2) 本件書籍の発行
 本件書籍は、平成15年10月30日、株式会社草思社(以下「草思社」という。)から発行された。
 本件書籍には、別紙「本件書籍と被告書籍との文章対比表」の「本件書籍」欄記載の各箇所(以下、上記対比表の「本件書籍」欄記載の各箇所をまとめて「各本件文章」という。)がある。(甲1)
(3) 本件書籍は、おおむね、@原告が被告Bの口述を聴取、録音する、A原告が被告Bの口述を基に、原稿を執筆する、B被告Bが、原告の執筆した原稿を確認し、表現を確定する、という過程を経て作成された。
(4) 被告書籍の発行等
 被告Bは、被告書籍の著作者である。被告書籍は、平成16年11月30日、被告汐文社から発行された。
 被告書籍には、別紙「本件書籍と被告書籍との文章対比表」の「被告書籍」欄記載の各箇所(以下、上記対比表の「被告書籍」欄記載の各箇所をまとめて「各被告文章」という。)がある。(甲2、乙5)
2 争点
(1) 本件書籍は原告と被告Bとの共同著作物であるか否か。(争点1)
(2) 本件書籍が原告と被告Bとの共同著作物である場合の持分割合(争点2)
(3) 被告らによる本件書籍に関する原告の著作権(複製権、翻案権又は譲渡権)の侵害の有無(争点3)
(4) 被告らによる本件書籍に関する原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害の有無(争点4)
(5) 被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄の必要性(争点5)
(6) 損害の有無及び額(争点6)
(7) 謝罪広告の必要性(争点7)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件書籍は原告と被告Bとの共同著作物であるか否か)について
〔原告の主張〕
(1) 本件書籍の創作過程は、おおむね次のとおりである。
ア 原告が被告Bの口述を聴取、録音する。
 原告は、あらかじめ質問事項を用意した上で、被告Bと面談し、質問する。原告の質問及び被告Bの回答をすべて録音する。
イ 被告Bの口述を基に原告が原稿を執筆する。
 原告は、口述を録音したテープを書き起こす。
 書起しを基に、原告が原稿を執筆する。この際、原告は、口述を逐一文章化するのではなく、被告Bの意思や外部状況を推測しながら、原告が具体的表現を自由に創作する(これは、被告Bや第三者の発言内容についても同様である。)。
 原告による具体的表現の創作は、「被告Bによる表現を別の表現に置き換える」、「細かなエピソードを原告が創作、追加する」などという形で行った。
 また、被告Bの口述に特に変更を加えていない場合であっても、被告Bの膨大な量の口述の中から、原稿に用いる箇所を取捨選択するという過程自体が、原告の本件書籍に対する創作的関与であるといえる。
ウ 原告の原稿内容を被告Bが確認し、表現を確定する。
 原告は、本件書籍の第1原稿を作成した後、これを被告Bに渡して、内容の確認を得た。
 第1原稿、第2原稿については、被告Bから表現の変更の希望が出されることはなかったものの、第3原稿については、数か所にわたって、表現の変更の希望や意見が出された。
 原告は、被告Bの上記変更の希望や意見を取り入れて、最終原稿(甲1)を執筆した。
エ 被告Bの口述内容、原告が作成した第1原稿の内容、本件書籍の内容は、別紙「被告Bの口述と第1原稿及び本件書籍との対比表」記載のとおりである。
(2) 本件書籍の創作過程にあるとおり、本件書籍について、どの部分で原告と被告Bのどちらがどれだけ創作性を発揮したのかを具体的に明らかにすることは困難であり、その関与の態様ごとに明確に区分することはできないから、本件書籍は、全体として、原告と被告Bとが共同で創作したもの、すなわち、共同著作物(著作権法2条1項12号)である。
(3) 本件書籍においては、「構成」として、原告の氏名表記がされている。この「構成」との表記は、著作者名の表記にほかならない。したがって、原告は著作権法14条により、本件書籍の著作者と推定される。
 なお、本件書籍の奥付下部には、「(C) 2003 B、A」と明示されている。
(4) 被告らは、原告の執筆した原稿に対し、被告Bが補筆、加筆、修正など詳細な指示を出しており、本件書籍の表現には原告の創作的関与が一切なかったかのように主張する。
 しかしながら、原告が作成した第1原稿における表現と、被告Bによる確認を経た後に作成した最終原稿との間には、別紙「被告Bの口述と第1原稿及び本件書籍との対比表」記載のとおり、ほとんど差異がない。
〔被告らの主張〕
(1) 本件書籍は、いわゆる容貌障害者である被告Bの体験を被告B自身の言葉で語ることを目的とする自叙伝である。
 原告は、被告Bの口述を忠実に文章化することを請け負った、いわゆる「ゴーストライター」にすぎない。ここに、「ゴーストライター契約」とは、「ゴーストライター」となる者が著作の趣旨を心得つつ、執筆の労力の大半を引き受けながら、著作権は帰属しないことを承諾することを内容とする契約である。
 すなわち、原告の作業は、被告Bの口述を逐一文章に起こし、被告Bがこれに施した補筆、加筆、修正を踏まえて、確定稿に仕上げることであって、その過程に原告の創作が入り込む余地はない。本件書籍は、被告B自身が、固有の表現をもって書き下ろすことが期待されている著作物、すなわち、原告による創作的表現の混入を許さない著作物であるから、原告は代筆者以外の何者でもない。
 したがって、本件書籍の著作者は被告Bのみである。本件書籍は、原告と被告Bとの共同著作物などではない。
 なお、被告Bが、原告に対して、本件書籍の印税につき、半分を超える割合の分配を認めたのは、原告の「ゴーストライター」としての働きに報いたいという思いから、そのようにしたにすぎず、それ以上の意味を持つものではない。
(2) 本件書籍の作成経緯について
ア 被告Bは、熊本大学医学部の教授であった平成12年ころ、当時の同大学医学部長から、「被告Bと同じような容貌障害によって、偏見、蔑視、心ない誹謗中傷にさらされてきた方々への励ましと、社会に向けた啓発活動の趣旨で自伝を書きなさい」と強く勧められ、草思社の紹介を受けた。
 これを受け、被告Bは、広く容貌障害に苦しむ人々に向けた激励を兼ねて、自らの経験と考えを社会に向けて発信するため、書籍を出版することにした。
イ 上記書籍は、このような経緯から、被告Bがそれまでの人生の中で経験した事実を明らかにしつつ、考えたこと、感じたことなどを、ありのままにつづる自叙伝として企画された。
ウ 被告Bは、当初、自ら上記書籍を執筆するつもりであったものの、熊本大学医学部の保健学科を開設する準備に忙しい時期と重なったため、書籍の執筆を代筆に委ねることにし、いわゆる「ゴーストライター」である原告を紹介された。
 原告は、被告Bの自叙伝の代筆という依頼の趣旨を了解した上で、被告Bから、「ゴーストライター」としての仕事を請け負った。
エ 本件書籍は、被告Bの口述を原告が逐一文章に起こし、これに被告Bが補筆、加筆、修正を加えるという作業を何度も繰り返すことにより作成された。
(3) そもそも、本件書籍は、被告Bの単なる自叙伝に止まらず、被告Bが容貌障害者として自ら体験した、本人しか知り得ない事実を明らかにするものであり、原告において、その当時の被告Bの意思や外部状況を推測するなどということ自体できるはずもない。また、被告Bの口述を文章化するに当たっては、被告Bの語り口に忠実に沿う以外、被告B固有の体験を表現しようがないのである。
 被告Bによる原稿の確認は、被告Bが自身の半生を固有の言葉で語る、という本件書籍の目的に適ったものとなっているか否かという観点から行われ、「原告による自由な創作」を排除する目的で行われた。
(4) 仮に、本件書籍中に、被告Bの口述表現と異なる部分があったとしても、これをもって、原告による創作行為があったということはできない。
 すなわち、本件書籍は、原告が被告Bの口述を逐一文章に起こし、これに被告Bが補筆、加筆、修正するという作業を何度も繰り返して完成されたものであるから、最終的に出来上がった本件書籍の文章表現と口述との相違は、被告Bによる表現推敲の結果であって、原告の創作の結果ではない。
 また、第1原稿から最終原稿(本件書籍)への過程に、被告Bによる大幅な手直しがなかったとしても、これは、第1原稿自体が被告Bの口述に忠実であったことの証左であり、原告の関与が助言的段階に止まり、創作的なものなどではなかったことの証左でもある。
(5) 本件書籍の最終頁には、被告Bの略歴が紹介されるとともに、著者として被告Bの名前が明記されている。他方、原告の名前は構成担当者として挙げられているにすぎない。「著作(者)」は、当該著作物の著作権者であり、「構成」は、書き手、すなわち、著作者特有の体験や思想を著作者の意図に沿って忠実に文章化する役割を担った者を意味する。
 このことからも、原告が代筆者にすぎないことが分かる。
(6) 別紙「被告Bの口述と第1原稿及び本件書籍との対比表」について
ア 同表「B氏からの聴取り(発問は記載なき限り原告によるもの。)」欄のうち、番号1ないし3及び同6ないし13の「聴取内容」欄記載の原告の見聞内容は知らない。
 上記番号以外の「聴取内容」欄の記載について、被告Bが原告との間でおおむね上記記載の聴取内容に近いやりとりをしたことは認める。
イ 被告Bからの聴取内容をもとに本件書籍の第1原稿が作成される過程には、被告Bと原告との多数回に及ぶ濃密なやりとりが存在している。このような過程を経て作成された第1原稿は、被告Bが自らの半生とその感慨を原告に事細かに語った所産であって、内容はもとより、その表現形式においても、原告の創作によるものではない。
2 争点2(本件書籍が原告と被告Bとの共同著作物である場合の持分割合)について
〔原告の主張〕
 草思社から支払われた本件書籍の印税が、原告に対しては定価の6.5パーセント、被告Bに対しては定価の3.5パーセントであったことに照らすと、原告と被告Bの本件書籍に対する著作権の持分割合は、原告が65パーセント、被告Bが35パーセントであると認めることができる。
〔被告らの主張〕
 否認ないし争う。本件書籍の著作権はすべて被告Bに帰属する。
3 争点3(被告らによる本件書籍に関する原告の著作権(複製権、翻案権又は譲渡権)の侵害の有無)について
〔原告の主張〕
(1) 被告書籍は、本件書籍に依拠して作成されたものである。これは、@被告書籍に「構成者」として関与したCが、被告書籍を本件書籍の「子ども向け構成」と認識していたこと(甲3)、A被告書籍の94頁及び奥付部分で、本件書籍が紹介されており、被告ら及びCは、本件書籍の存在を認識していたこと、から明らかである。
(2) 本件書籍の表現と被告書籍の表現とを対比すると、別紙「本件書籍と被告書籍との文章対比表」のとおり、被告書籍には、本件書籍の表現をほぼそのままに引き写した部分が少なくとも156か所存在する。
(3) 以上によれば、被告書籍は、本件書籍の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるか、少なくとも、本件書籍の表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができるものであるから、本件書籍を複製又は翻案したものであるといえる。
(4) 原告は、被告らに対し、本件書籍の複製も、翻案も許諾したことはないから、被告らによる被告書籍の制作、発行は、本件書籍に関する原告の複製権、翻案権又は譲渡権の侵害に当たる。
〔被告らの主張〕
(1) 依拠について
 本件書籍も被告書籍も、容貌障害者である被告Bの体験を、被告B自身の言葉で語ることを目的とした自叙伝であるから、両著作物とも、依拠し得るのは被告B自身が語る経験等のみである。
 Cは、被告Bが子ども向けに独自に創作した表現を忠実に被告書籍に反映させたにすぎず、本件書籍に依拠したわけではない。
(2) 翻案について
 各被告文章が、各本件文章の翻案に当たることは争わない。
 本件書籍と被告書籍とは、異なる機会における別の対象を想定して制作したという違いはあるものの、扱われているテーマは同一である上、口述者がいずれも被告Bである以上、用いる語彙や表現手法に共通性が見出されるのは、むしろ当たり前のことである。
(3) 仮に、本件書籍の著作権が原告にも分属するとしても、被告書籍は本件書籍に依拠したものではないから、被告書籍の制作、発行が、本件書籍に関する原告の著作権の侵害行為に当たることはない。
4 争点4(被告らによる本件書籍に関する原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害の有無)について
〔原告の主張〕
 被告らは、原告が著作権持分を有する本件書籍を原告に無断で改変し、二次的著作物である被告書籍を制作し、これを発行したにもかかわらず、被告書籍には原告の氏名を表示しなかった。
 したがって、被告らは、本件書籍に対する原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害したものである。
〔被告らの主張〕
 原告の主張は否認ないし争う。
5 争点5(被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄の必要性)について
〔原告の主張〕
 被告らによる原告の著作権侵害及び著作者人格権侵害の停止又は予防のためには、被告Bに対しては、被告書籍の複製、頒布を差し止める必要があり、被告汐文社に対しては、被告書籍の複製、頒布を差し止めることに加え、被告書籍の在庫499部を廃棄する必要がある。
〔被告らの主張〕
 原告の主張は否認ないし争う。
6 争点6(損害の有無及び額)について
〔原告の主張〕
(1) 著作権法114条2項に基づく損害額
ア 被告汐文社は、被告書籍の発行により109万4030円の利益を得た。
イ 被告Bは、被告書籍の発行により52万円の利益を得た。
ウ 被告らは、被告書籍の制作、発行という本件書籍に関する原告の著作権を侵害する行為を共同して行った者である。
エ 本件書籍についての原告の著作権持分は65パーセントであるから、原告が被告らに対して請求し得る損害額は、ア及びイの合計額161万4030円の65パーセントに当たる104万9119円である。
(2) 著作権法114条3項に基づく損害額
ア 原告が、通常の取引において、本件書籍について受けるべき著作権使用料は、定価の6.5パーセント相当額と認めるのが相当である。
イ 著作権侵害訴訟における損害額の算定においては、通常の取引関係において合意される利用料率より高率な利用料率により損害額を算定しなければ、著作権侵害者を利得する結果を生じてしまうことになる。このような事態を回避することを目的とする著作権法改正の趣旨、被告書籍が本件書籍の表現を少なくとも156か所の多数にわたって利用したものであること、被告らは本件書籍の存在を十分に認識していたにもかかわらず、あえて著作権侵害を行ったこと、本件書籍と被告書籍との内容は酷似しており、被告書籍の存在により本件書籍の売上げが相当に減少したものと考えられること、などの事情を総合考慮すると、本件においては、原告が本件書籍について受けるべき著作権使用料は、定価の13パーセント相当額と認めるのが相当である。
ウ 本件書籍の定価は1300円であり、被告書籍は8000部発行されたから、原告が被告らに対して請求し得る損害額は、135万2000円となる。
(3) 慰謝料
 本件書籍に関する原告の氏名表示権及び同一性保持権が侵害されたことに対する慰謝料額は、30万円と認めるのが相当である。
(4) 弁護士費用
 原告は、原告訴訟代理人らに対し、本訴の遂行を委任した。
 被告らの著作権及び著作者人格権の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は少なくとも50万円を下らない。
(5) 損害額のまとめ
ア 著作権法114条2項に基づく場合
 合計184万9119円
イ 著作権法114条3項に基づく場合
 合計215万2000円
〔被告らの主張〕
 被告書籍の定価が1300円であること、被告書籍が8000部発行されたことは認め、その余は否認ないし争う。
 被告汐文社が被告書籍により得た利益は、原告主張の金額である109万4030円から、被告汐文社が被告Bに支払った印税46万8000円を控除した残額である62万6030円である。
7 争点7(謝罪広告の必要性)について
〔原告の主張〕
 原告は、被告らによって、本件書籍に関する著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害されたから、被告らに対し、著作権法115条に基づき、「第1 請求」の2項記載のとおり、謝罪広告を掲載することを求める。
〔被告らの主張〕
 原告の主張は否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件書籍は原告と被告Bとの共同著作物であるか否か)について
(1) 証拠(甲1、甲5の1・2、甲6、7、甲8の1ないし7、甲9の1ないし7、甲10の1ないし9、甲11ないし14、16、乙1ないし3、5)及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍が創作された経緯に関し、以下の事実が認められる。
ア 被告Bは、熊本大学医学部の教授であった平成12年ころ、当時の同大学医学部長から、「被告Bと同じような容貌障害によって、偏見、蔑視、心ない誹謗中傷にさらされてきた方々への励ましと、社会に向けた啓発活動の趣旨で自伝を書きなさい」と強く勧められ、出版社として草思社の紹介を受けた。
 これを受け、被告Bは、容貌障害に苦しむ人々に向けた激励を兼ねて、自らの経験と考えを社会に向けて発信するため、被告Bの経験やその思いなどを内容とする自叙伝を草思社から出版することにした。
イ このようにして、出版の企画は決まったものの、そのころ被告Bの大学教授としての職務が多忙であったことなどから、被告Bにおいて、原稿の執筆に取り掛かることができないまま、約1年が経過してしまった。
 そこで、被告Bと草思社の担当編集者であったDは、第三者に被告Bの自叙伝の執筆を依頼することにした。
ウ 原告は、主に人物伝を中心としたドキュメンタリーの執筆を業とするジャーナリストであり、「ジロジロ見ないで」という題名の、顔にあざや病気などをかかえる9人の経験談をまとめた書籍(平成14年に扶桑社から刊行)を執筆したことがあった。
 上記書籍には、被告Bの体験談も取り上げられていた。
エ 被告Bは、既知の間柄であった原告に対し、草思社から出版予定の被告Bの自叙伝の執筆を依頼し、原告から執筆の了承を得た。そこで、被告Bは、平成14年11月28日ころ、Dに対し、「私の本の件ですが、私の親友でライターのA様を推薦させていただきます。私と一緒に仕事をして、私以上に私のことをよく知るかたです。インタビューなどをとうして、熊本での活躍や日本の顔あざ患者の未来についてぜひまとめさせていただきたいと思います。本人の了解は得ています。」と記載した書面(乙2)を、FAXで送信した。
オ 原告は、平成14年12月ころ、草思社から、被告Bの自叙伝の執筆の依頼を受けた。
 原告は、平成14年12月11日、草思社の会議室において、担当の編集者であるDと打合せをした際、Dから、被告Bのヒューマンドキュメンタリーであるため、被告Bの語り口調の文体にするように依頼された。
 原告は、同月27日、草思社の会議室において、被告Bを交えて、書籍の制作、進行等について打合せをした。
カ 原告は、平成14年12月29日、原告の事務所において、被告Bから、被告Bの誕生時の話、「海面状血管腫」の病状、被告Bの症状の経時的な変化や治療経過、両親の経歴や被告Bに対する教育方針や関わり方、幼稚園や小学校での生活や経験、これらに対する被告Bの心情等について聴取した。
 さらに、原告は、平成15年1月以降も多数回にわたり、被告Bの勤務先である熊本大学を訪ね、その研究室や会議室等で被告Bを取材した。
 同年1月の取材では、被告Bが行ってきた種々の習い事について、その内容や出来事、母親の関わり、これらに対する被告Bの心情等について聴取し、同年2月23日の取材では、血管腫の発病の時期、その状況、症状の変化、中学校、高校、大学での生活や経験、これらに対する被告Bの心情等について聴取し、同月24日の取材では、大学時代のゼミでの活動、就職活動、河野臨床医学研究所に就職することになった経緯、就職後の仕事の内容、手術を通しての体験、看護大学に入学することになった経緯、看護大学での生活や経験、大学院に入学することになった経緯、筑波大学の大学院での研究や生活、これらに対する被告Bの心情等について聴取し、同月25日の取材では、名古屋大学の大学院での研究や生活、飯田女子短期大学での講師の経験、岐阜医療技術短期大学での助教授の経験、熊本大学の教授に就任した際の周囲の反応や被告Bの心情等について聴取し、同月26日の取材では、それまでの取材を通して原告が持った疑問点等について、被告Bから更に詳細な事情や被告Bの心情等を聴取し、また、その後に予定されていた小学校での交流会に向けての考えや京都政経塾での経験等についても聴取した。
 小学校での交流会を経た後の同年3月7日の取材では、被告Bが同交流会を通して考えたことや思いについて聴取した。
 また、同年6月8日には、それまでの取材に追加して、被告Bの経験や心情等について詳細に聴取した。
 上記取材は、おおむね次のような手順で行われた。すなわち、@原告において、被告Bに対する質問事項を用意する、A原告と被告Bとが面談し、原告が被告Bに対して質問し、被告Bは原告の質問に応じて、あるいは、質問に関連して自由に、体験や心情等について説明する、B原告が、被告Bとの面談時の会話を録音しておき、後に口述を文章に反訳する(甲10の1ないし8)。
 なお、上記反訳書は、被告Bの体験や心情等を広く、かつ、詳細に聞き取ったものとなっている。
キ 原告は、上記取材結果や、「ジロジロ見ないで」を執筆するために平成14年ころに被告Bを取材した際のデータ(甲10の9)や、被告Bの小学校での交流会に同席して取材した結果等に基づき、平成15年春ころから、原稿の執筆を開始し、同年7月ころ、第1原稿(甲11)を執筆した。
 原告は、被告Bから聴取した結果に基づいて第1原稿を執筆したものであり、別紙「被告Bの口述と第1原稿及び本件書籍との対比表」記載のとおり、被告Bの口述内容をそのまま引き写したのではなく、盛り込む内容を取捨選択し、記載する順序や内容等を組み立て直し、表現を工夫した。
ク 原告は、第1原稿を確認した被告Bから、これに対する加筆や削除等の指摘を受けたため、被告Bの指摘に沿って第1原稿を修正し、第2原稿を執筆し、更に推敲を重ねて第3原稿を執筆した。原告は、第2原稿や第3原稿についても、被告Bの確認を受け、これらに対する加筆や削除、変更等の指摘を受けた際には、被告Bの指摘に沿ってそれぞれ原稿を修正し、最終原稿を完成した。なお、被告Bからの上記指摘について、現在においては、その箇所や内容を特定することはできない。
ケ 平成15年10月30日、本件書籍が刊行された。
 なお、本件書籍の題名は原告が提案したものである。
コ 本件書籍が刊行される直前に、Dは、被告Bと原告の印税の配分率について、本件書籍の制作過程における作業量が原告の方が多かったとの考えから、印税10パーセントを、原告が6パーセント、被告Bが4パーセントという配分にすることを提案した。
 この提案を受け、被告Bは、原告の仕事に報いたいとの思いから、原告が7パーセント、被告Bが3パーセントの配分率でも構わない旨を提案したものの、結局、原告と被告Bとの間で、原告が6.5パーセント、被告Bが3.5パーセントの配分率とすることが合意された。
サ また、原告は、草思社に対し、本件書籍における原告の表記は「構成」とするように申し出た。なお、原告の執筆にかかる書籍である前記「ジロジロ見ないで」の奥付にも、「著者撮影E/構成A」と記載されている。
シ 本件書籍の表紙には、被告Bの写真、本件書籍の書名「運命の顔」との表記と共に、被告Bの氏名のみが記載されており、本件書籍の背表紙には、書名と共に、被告Bの氏名のみが記載されている。
 本件書籍の末尾奥付には、「著者」として被告Bの氏名が、「構成」として原告の氏名が、それぞれ記載されている。また、本件書籍の末尾には、「(C)2003 B、A」と記載されている。
(2) 上記認定事実によれば、原告は、本件書籍の文章表現について、単に被告Bの口述表現を書き起こすだけといった、被告Bの補助者としての地位にとどまるものではなく、自らの創意を発揮して創作を行ったものと認められる。また、被告Bは、自らの体験、思想及び心情等を詳細に原告に対して口述し、被告Bの口述を基に原告が執筆した各原稿について、これを確認し、加筆や削除を含め表現の変更を指摘することを繰り返したのであるから、被告Bも、本件書籍の文章表現の創作に従事したものと認められる。
 そうすると、本件書籍の文章表現は、原告及び被告Bが共同で行ったものであり、原告と被告Bとの寄与を分離して個別的に利用することができないものと認めるのが相当であるから、本件書籍は、原告と被告Bとの共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たるというべきである。
(3) 被告らは、本件書籍は、被告Bの体験を被告B自身の言葉で語ることを目的とする自叙伝であり、原告の作業は、被告Bの口述を逐一文章に起こし、被告Bがこれに施した補筆、加筆、修正を踏まえて、確定稿に仕上げることであり、その過程に原告の創作が入り込む余地はなく、本件書籍は被告Bの単独著作物である旨主張する。
 しかしながら、本件書籍の第1原稿が、被告Bの口述を逐一文章に書き起こしたにすぎないものであるということができないことは、前記認定のとおりである。また、本件書籍において表現の対象となっている思想や感情が被告Bの固有のものであるとしても、その表現行為、すなわち、本件書籍の第1原稿を作成し、それを推敲して最終的に本件書籍を完成する過程には、原告の創作性が発揮されているといえる。
 したがって、本件書籍を被告Bの単独著作物であるとする被告らの上記主張は理由がない。
2 争点2(本件書籍に関する原告の著作権の持分割合)について
 共同著作物の持分割合については、共有者の意思表示によって定まり、共有者の意思が不明な場合には、各共有者の持分は相等しいものと推定される(民法264条、250条参照)。
 本件書籍については、前記1(1)認定のとおり、印税の配分率について、本件書籍が刊行される直前に、出版社である草思社のDから、原告と被告Bに対して、本件書籍の制作過程における作業量を考慮して、本件書籍の印税(10パーセント)を、原告に6パーセント、被告Bに4パーセント配分してはどうかという提案があり、これを受け、原告と被告Bとの間で、最終的に、原告を6.5パーセントとし、被告Bを3.5パーセントとする旨の合意が成立している。
 上記事実に照らせば、本件書籍の著作権の持分割合については、共有者である原告と被告Bとの間で、原告を65パーセントとし、被告Bを35パーセントとする合意があったものと認めるのが相当である。
 なお、本件全証拠によっても、被告Bと原告との間で、本件書籍に関する原告の著作権共有持分を被告Bに譲渡する旨の合意がされたことを認めることはできない(かえって、本件書籍の刊行に当たって、原告と被告Bとの間で、本件書籍の印税配分率が合意されていたことは上記のとおりである。)。
3 争点3(被告らによる著作権侵害の有無)について
(1) 各本件文章と各被告文章とを対比した結果は、別紙「本件書籍と被告書籍との文章対比表」記載のとおりであり、これらの部分についての被告書籍における表現は、本件書籍における表現をほぼそのままに引き写したか、本件書籍における表現を平易な言葉を用いて修正したり、一部を削って簡略化したり、並べ替えたりしたものにすぎないといえる。
 したがって、各被告文章は、各本件文章の内容及び形式を覚知させるに足りるものか、少なくとも、各本件文章の表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができるものであるということができる。
 そして、被告書籍も本件書籍も共に、被告Bの体験や心情等をつづった自叙伝であることに加え、証拠(甲2、3、乙5)及び弁論の全趣旨によれば、被告書籍の本文(94頁)や末尾に掲載された被告Bのプロフィールの中で、被告Bの著書として本件書籍が紹介されていること、被告書籍の執筆に関与したCのブログ中で、被告書籍が本件書籍の子ども向け書籍である旨言及されていることなどを総合すれば、各被告文章は各本件文章に依拠して作成されたものであると認められる。
 そうすると、各被告文章は、各本件文章を複製ないし翻案したものであるというべきである(なお、各被告文章が各本件文章の翻案に当たることについて、被告らは争っていない。)。
(2) (1)で述べたところによれば、原告の同意なく、各本件文章を複製ないし翻案した各被告文章を含む被告書籍を制作、発行することは、本件書籍に関する原告の複製権(著作権法21条)、翻案権(著作権法27条)又は譲渡権(著作権法26条の2)を侵害するものといえる。
 なお、このことは、本件書籍の共同著作者である被告Bによってされた行為であっても同様である(著作権法65条2項)。
(3) 被告Bは、前記1(1)で認定した本件書籍の創作の経緯を認識していたものと認められるから、原告の同意なく被告書籍を制作したことにつき、少なくとも過失が認められる。
 また、前記1(1)認定のとおり、本件書籍の末尾奥付には、「著者」として被告Bの氏名が、「構成」として原告の氏名が、それぞれ記載されており、本件書籍の末尾には、「2003 (C) B、A」と記載されていたことに照らすと、被告汐文社には、原告の同意なく被告書籍を発行したことにつき、少なくとも過失が認められる。
 そして、弁論の全趣旨によれば、被告汐文社から被告Bの自叙伝を発行するとの企画の下、被告Bにおいて被告書籍を制作し、被告汐文社においてこれを発行したものと認められるから、被告らは、被告書籍の制作、発行による本件書籍に関する原告の著作権の侵害につき、共同不法行為責任を負うというべきである。
4 争点4(被告らによる著作者人格権の侵害の有無)について
 被告らは、原告が著作権持分を有する本件書籍について、前記3で述べたとおり、原告に無断で改変を加えて二次的に利用した被告書籍を制作し、これを発行したものであり、しかも、被告書籍に、原告の氏名を表示しなかったのであるから(甲2、乙5)、本件書籍に関する原告の同一性保持権(著作権法20条)及び氏名表示権(著作権法19条)を侵害したものといえる。
 また、前記3(3)で述べたところによれば、被告らには、上記侵害行為につき、少なくとも過失が認められるから、被告らは、被告書籍の制作、発行による本件書籍に関する原告の著作者人格権の侵害につき、共同不法行為責任を負う。
5 争点5(被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄の必要性)について
(1) 被告らによる、被告書籍の制作、発行行為は、前記3及び4で述べたとおり、本件書籍に関する原告の著作権及び著作者人格権を侵害する行為である。
 そして、本件において、被告らが、上記著作権及び著作者人格権侵害を争っていること(弁論の全趣旨)からすれば、被告らに対し、被告書籍の複製、頒布の差止めを認める必要性がある。
(2) また、被告汐文社は、被告書籍を8000部発行したうち、499部を在庫として所有し、占有しているから(弁論の全趣旨。なお、在庫部数について当事者間に争いがない。)、被告汐文社に対し、これら被告書籍の廃棄を命ずる必要性がある。
6 争点6(損害の有無及び額)について
(1) 財産的損害について
ア 被告書籍について、定価が1冊1300円であること、販売部数が7500部であること、上記販売につき卸売販売価格が1冊780円であること、被告書籍の発行部数は8000部であり、これを発行するために被告汐文社が要した費用は、印刷製本代352万5970円のほか、162万円(出荷手数料52万円、広告費50万円、編集費30万円及び営業費30万円)であること、被告Bが被告書籍について得る印税は、1冊につき、定価1300円の5パーセント相当額であることは、当事者間に争いがない。
 また、証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍につき、被告Bが被告汐文社から支払を受けた印税額(利益額)は合計46万8000円であると認められる。
 そうすると、被告汐文社が本件書籍の発行により得た利益額は、23万6030円(780円×7500部−352万5970円−162万円−46万8000円)となる。
イ さらに、被告書籍のうち、本件書籍に関する原告の著作権を侵害するのは、別紙「本件書籍と被告書籍との文章対比表」の「被告書籍」欄に記載の部分であり、証拠(甲2、乙5)によれば、同部分は、行数にして合計約547行である(ただし、1行の途中から始まるものや1行の途中で終わるものについては、侵害部分に係る文字数が同行の文字数の過半数を超えている場合には1行として数え、過半数に満たない場合には1行として数えないものとして算出した。なお、同欄の番号86と番号87については、番号86の最後の行と番号87の最初の行とが同一の行にあたり、同一行内の番号86に係る部分の文字数と番号87に係る部分の文字数とが同一であるため、両者とも過半数に満たないものの、これについては、番号86に行数を加算するものとした。)。
 被告書籍の1頁当たりの行数は12行であり、上記侵害部分を頁数に直すと45頁(小数点以下切捨て)となる。被告書籍の本文(4頁ないし131頁)の総頁数は、頁全体が写真となっている頁(合計3頁)を除くと、125頁であるから、総頁数に対する侵害部分の頁数の割合は、125分の45である。
ウ 著作権法114条2項に基づく場合
 被告らが、被告書籍の制作、発行により得た利益は、前記アによれば、合計70万4030円(46万8000円+23万6030円)である。
 前記イのとおり、総頁数に対する侵害部分の頁数の割合は、125分の45であり、本件書籍に関する原告の著作権の持分割合は100分の65であるから、原告が被った損害は、次の計算式のとおり、16万4743円(円未満切捨て。以下同じ)となる。
 (計算式)
 70万4030円×45/125×65/100=16万4743円
エ 著作権法114条3項に基づく場合
 本件書籍の使用料相当額は、被告書籍の定価1300円の10パーセントと認めるのが相当である。
 上記ウと同様に、原告が被った損害を算定すると、次の計算式のとおり、22万8150円となる。
 なお、原告は、著作権侵害訴訟における損害額の算定については、通常の取引関係において合意される利用料率よりも高率な利用料率により損害額を算定すべきである旨主張するものの、著作権法114条3項が「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」と規定していることに照らし、採用することができない。
 (計算式)
 1300円×7500部×0.1×45/125×65/100=22万8150円
オ 以上によれば、エの算定による方がウの算定によるよりも高額であるから、財産的損害については、22万8150円と認められる。
(2) 精神的損害について
 被告らによる著作者人格権の侵害態様、被告書籍の発行部数、販売部数等、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被告らによる著作者人格権の侵害により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は30万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用
 本件事案の内容、認容額、本件訴訟の経過等を総合すると、本件著作権侵害行為及び本件著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、10万円と認めるのが相当である。
(4) (1)ないし(3)の合計62万8150円
7 争点7(謝罪広告の必要性)について
(1) 原告は、本件書籍に関する著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)が侵害されたとして、被告らに対し、謝罪広告の掲載を請求する。
 著作者は、故意又は過失によりその著作者人格権を侵害した者に対し、著作者の名誉若しくは声望を回復するために、適当な措置を請求することができ(著作権法115条)、「適当な措置」には謝罪広告の掲載も含まれる。同条にいう「名誉若しくは声望」とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉声望を指すものであって、人が自分自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情を含むものではないと解される。
(2) 本件についてみると、前記1(1)認定のとおり、そもそも、本件書籍は、被告Bの体験や心情等をつづった自叙伝であり、本件書籍の表紙には、被告Bの写真、本件書籍の書名「運命の顔」との表記と共に、被告Bの氏名のみが記載され、本件書籍の背表紙にも、被告Bの氏名のみが記載されており、原告の氏名は、本件書籍の末尾奥付に、「著者」として被告Bの氏名が記載されるとともに、「構成」として記載されているにとどまること、被告書籍も、本件書籍と同様に、被告Bの体験や心情等をつづった自叙伝であること、被告書籍の内容、被告書籍の販売部数が7500部とそう多くはないこと等に照らし、被告書籍が発行されたことによって、原告に対する社会的な名誉が毀損されたとまで認めることはできないから、謝罪広告の掲載を求める請求は理由がない。
8 よって、原告の本訴請求は、被告らに対し、民法719条に基づき、連帯して62万8150円及びこれに対する被告書籍の発行日である平成16年11月30日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を、著作権法112条1項に基づき、被告書籍の複製、頒布の差止めを、被告汐文社に対し、同条2項に基づき、被告書籍の廃棄を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、仮執行宣言の申立てについては、主文記載の限度でこれを相当と認め、その余は相当でないので却下することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 平田直人
 裁判官 柵木澄子


(別紙)書籍目録
1 書名運命の顔
 発行者 <略>
 発行日 2003年10月30日
 発行所 株式会社草思社
 定価 1500円
2 書名さわってごらん、ぼくの顔
 発行者 <略>
 発行日 2004年11月30日
 発行所 株式会社汐文社
 定価 1300円
 以上

(別紙)謝罪広告目録
1 私共は「さわってごらん、ぼくの顔」と題する書籍(以下「侵害書籍」といいます)において、A殿の著作物「運命の顔」(2003年10月30日初版、(株)草思社)の表現を無断で利用し、もってA殿の著作者人格権及び著作財産権を侵害したことについておわびするとともに、今後、侵害書籍及びその類似出版物の印刷、製本、販売又は頒布をしないことはもとより、A殿の著作物を他の書籍において無断で流用したり、私共が第三者に対して行う講演、教育、指導及び研修において無断で流用するなど、A殿の著作物の全部又は一部を今後無断で使用しないことを誓約致します。
 B (株)汐文社
2 掲載条件
(1) 被告株式会社汐文社の公式ホームページトップページ(アドレスhttp:<略>)に掲載すること
(2) 1文字12ポイント以上のフォントで掲載すること
(3) 1年間掲載すること
 以上

(別紙)本件書籍と被告書籍との文章対比表 <省略>
(別紙)被告Bの口述と第1原稿及び本件書籍との対比表 <省略>
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/