判例全文 line
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【事件名】“土地宝典”の違法コピー事件
【年月日】平成20年1月31日
 東京地裁 平成17年(ワ)第16218号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年12月4日)

判決
原告 株式会社富士不動産鑑定事務所
原告 A
原告 B
上記3名訴訟代理人弁護士 荒井俊行
被告 国
指定代理人 青木優子
同 鳥澤充
同 林洋文
同 恒川浩二
同 松原行宏
同 山下栄子
同 丸尾秀一
同 青木恒巳
同 北田聖一
同 鈴木英嗣
同 薮崎哲子


主文
1 被告は、原告株式会社富士不動産鑑定事務所に対し463万2000円、原告Aに対し86万4000円及び原告Bに対し26万4000円並びに上記各金員に対する平成17年8月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告株式会社富士不動産鑑定事務所に対し1億1740万8049円、原告Aに対し2189万9947円、原告Bに対し669万1650円及びこれらに対する平成17年8月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、別紙著作権一覧表(以下「別紙一覧表」という。)1ないし120記載の各土地宝典(以下、まとめて「本件土地宝典」という。)に係る各著作権を譲り受けた原告らが、被告に対し、遅くとも昭和55年から、不動産関係業者等をはじめとする不特定多数の第三者が、業務上の利用目的をもって、同一覧表記載の各法務局(支局、出張所を含む。以下同じ。)に備え置かれた本件土地宝典の貸出を受けて、各法務局内に設置されたコインコピー機により無断複製行為を繰り返していたことは、被告において本件土地宝典を各法務局に備え置いて利用者に貸し出すとともに、各法務局内にコインコピー機を設置し、当該コインコピー機を用いた利用者による無断複製行為を放置していたことによるものであり、この被告の行為は、被告自身による複製権侵害行為であるか、少なくとも不特定多数の第三者による本件土地宝典の複製権侵害行為を教唆ないし幇助する行為であり、また、本件土地宝典の著作権の使用料相当額の支払を免れた不当利得にも当たると主張して、損害賠償及び不当利得の一部として、合計1億4599万9646円(原告株式会社富士不動産鑑定事務所に対し1億1740万8049円、原告Aに対し2189万9947円、原告Bに対し669万1650円)及び遅延損害金(これらに対する訴状送達の日の翌日である平成17年8月24日から支払済みまで年5分の割合による)の支払を求めた事件である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか、該当箇所末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 土地宝典は、個人又は出版社が法務局等に備え付けの旧土地台帳附属地図(以下「公図」という。)に旧土地台帳の地目・地積等の情報を追加し、編集したもので、索引図としての全図と対象地域を数枚に納めた切図とで構成され、関東を始め中部、関西、九州、東北地方の一部などで、原則として市町村ごとに1冊が発行されている。土地宝典の発行は、明治初期から開始され、現在も刊行が続いている。その発行者も多数名にのぼり、明治初期から現在までに確認された発行者として帝国地図を含む41名が指摘された文献もある。土地宝典に使用される原図は、@明治前期以降実施された壬申地券交付、地租改正、地押調査、地籍編成の諸事業で調整された地籍図類、A昭和26年の国土調査法の施行に伴う地籍調査事業による地籍図、B市区改正、区画整理、耕地整理事業などにより新調された公図の3種類に大別されるものの、変更後の訂正が速やかにされる法務局の公図が優先して使用される。(乙1)
(2) 法務局に備え付けられているいわゆる「公図」は、旧土地台帳附属地図の総称であり、旧耕地整理事業による換地確定図、自作農創設特別措置法によって作製された確定図、土地台帳法施行時に備え付けられた土地改良あるいは土地区画整理事業の換地確定図、国土調査の地籍図等を含むが、その大部分は、明治6年から明治14年にかけて実施された地租改正事業によって作製された改租図(野取絵図、字限図)及びこれを基に明治17年から明治21年にかけて全国的に実施された地押調査事業によって作製された地押調査図(更正図)である。これらの図面(公図)は、土地台帳規則(明治22年勅令第39号)及びこれを引き継いだ土地台帳法(昭和22年法律第30号)に基づく課税台帳である土地台帳の附属図面として税務官署において保管管理されていたが、地方税法(昭和25年法律第226号)の制定に伴う土地台帳法の一部を改正する法律(昭和25年法律第227号)の施行により、税務官署から各法務局に移管され、以来、法務局に備える図面とされた。
 その後、不動産登記法の一部を改正する等の法律(昭和35年法律第14号)の施行により登記簿と台帳の一元化が実施され、それに伴い、土地台帳法、土地台帳法施行細則が廃止された結果、公図の備付けについての法的根拠は失われた。しかし、公図は法務局の内部資料として法務局で保管が継続されることとなり、事実上の措置として、従前の土地台帳の閲覧又は謄本の交付等の取扱いと同様に、一般の閲覧等に供される取扱いとなった。
 公図は、法務局に備え付けるべき地図に代わるものとしての機能が期待されており、現実の不動産取引において、土地の位置、形状等を確認する上で重要な資料として、法務局において一般に公開されてきたことから、不動産登記法の一部を改正する法律(平成5年法律第22号)により、不動産登記法(明治32年法律第24号。以下、「旧不登法」という。)17条の規定により作成された地図が備え付けられるまでの間、これに代わる「地図ニ準ズル図面」として旧不登法上の位置付けがされ、平成17年3月7日施行された不動産登記法(平成16年法律第123号。以下、「新不登法」という。)においても同様に、新不登法14条4項により、同条1項の地図が備え付けられるまでの間、これに代わる「地図に準ずる図面」として規定され、法務局に備え付けられているものである。
 また、従来、公図は、閲覧の方法により公開されていたが、行政機関の保有する情報の公開に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成11年法律第43号)により不動産登記法の一部改正が行われ、平成13年4月1日から、不動産登記法に基づく公開手続として、地図と同様、写しの交付が認められるようになった。
 そして、土地の異動に伴う地図に準ずる図面の変更又は訂正は、地図と同様に行うこととされている(不動産登記事務取扱手続準則(平成17年2月25日付け法務省民二第456号民事局長通達)16条1項)。
 ところで、地押調査図の多くは美濃紙によって調製され、表紙を厚くして大福帳式に糸で綴じられたものや、美濃紙の各葉が更に裏打ちされて折り畳まれ、厚紙の表紙が付けられたもの、裏打ちもせずにただ折り畳んだもの、あるいはこれを袋に入れたものがみられ、全国的に形式は一定していない。
 公図によっては、地目を彩色によって区別していたもの(例えば里道は赤、水路は水色、堤塘は灰色、田は白、畑は黄土色等)もあるが、これも各都道府県によって異なっている。描かれた各地形の中には、地番を記載し、このほか反別、間数、余白部分に地目別反畝、総計などが記載されたものがある。
 公図の縮尺は、例えば、市街地においては、6尺を1間とし、1間の長さを図上では1分としていることから、一般に600分の1であるが、原則として、字ごとに1枚の公図が作成されるため、公図の大きさは一定していない。
(3) 株式会社帝国地図ことC(以下「C」という。)は、本件土地宝典を作成し、別紙一覧表「発行日」欄記載の日に発行したものである(弁論の全趣旨)。
(4) 被告は、別紙一覧表「局名」「法務局名」欄記載の法務局において、本件土地宝典をそれぞれ保有しており、これらを、第三者に貸し出したことがあった。(乙3、甲34、甲35、乙28。なお、被告は、豊川出張所備付けの別紙一覧表73、74、90、93、97記載の土地宝典及び蒲郡出張所備付けの別紙一覧表86ないし89記載の土地宝典につき、第三者に対する貸出の事実を不知とするものの、D作成の報告書(甲35)によれば、豊川出張所及び蒲郡出張所備付けの上記土地宝典の第三者に対する貸出の事実を認めることができる。また、被告は、富士支局備付けの別紙一覧表1ないし9記載の土地宝典につき、第三者に対する貸出の事実を否認するものの、原告A作成の報告書(甲34)によれば、富士支局備付けの土地宝典の貸出を受け、これを複写することが現に可能であったと認められ、他方、恒川浩二作成の報告書(乙28)により、この貸出が稀有なものであったとの事情が十分明らかにされているとはいえないから、富士支局備付けの上記土地宝典についても第三者に対する貸出の事実を認めることができる。)
(5) 本件土地宝典を含め、被告が法務局において保有する土地宝典は、いずれも購入したものではなく、寄贈されたものであり、また、正式に備品として受け入れたものではないため、その取扱いに係る通達等は存在しない。
(6) 被告は、財団法人民事法務協会(以下「民事法務協会」という。)に対し、公図等を閲覧する者のため、コインコピー機設置の用に供する目的で、各地の法務局の建物の一部につき、国有財産法18条3項及び19条に基づいてその使用を有償で許可しており、これを受けて、昭和57年ころから、民事法務協会が各法務局内にコインコピー機を設置し管理している。各法務局におけるコピー事業開始年月日は、別紙一覧表「コピー事業開始年月日」欄記載のとおりである。(乙20ないし乙22)
(7) 一部の法務局において、保有する土地宝典を利用者の求めに応じて閲覧させていた。また、利用者が土地宝典の複写を行い、その際、被告が特段制止等をしなかったことがあった。
(8) 複数の公的申請の添付書類として、土地宝典の写しの提出が求められ、あるいは、他の書類に代えて土地宝典の写しを提出できるものとされている。(甲9ないし甲13)
2 本件の争点
(1) 本件土地宝典の著作物性(争点1)
(2) 本件土地宝典の著作権の原告らへの帰属の有無(争点2)
(3) 被告の行為(本件土地法典の貸出及び民事法務協会に対する法務局内におけるコピー機設置場所の提供)が本件土地宝典の著作権を侵害する不法行為に該当するか(争点3)。
(4) 損害額(争点4)
ア 被告の行為により本件土地宝典の逸失利益の損害が発生したか(争点4−1)。
イ 著作権法114条3項による使用料額はいくらが相当か(争点4−2)。
(5) Cが法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が謄写することを包括的に許諾していたといえるか(争点5)。
(6) 著作権法38条4項の趣旨は法務局窓口での本件貸出に及ぶか(争点6)。
(7) 二次的著作物の原著作者の複製についての許諾権により違法性が阻却されるか(争点7)。
(8) 信義則違反の有無(争点8)
(9) 消滅時効の成否(争点9)
(10) 不当利得の成否(争点10)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件土地宝典の著作物性)について
ア 原告らの主張
 本件土地宝典は、著作物に当たる。その理由は次のとおりである。
a) Cは、本件土地宝典の作製において、各種資料を丹念に閲覧・分析して公図情報を取捨選択し、誤情報を修正する等して、各公図を矛盾なく連結している(甲4の1ないし甲4の4)。また、一帯の地域を構成する字の大きさや連結状態を考慮し、東西の縦横表示方向を変えたり、適宜分割して配置したりする等の工夫もしている。かくして、本件土地宝典の随所に、広範な地域の公図情報の一覧性を保持しつつ、可及的に携帯性を高めるような設計工夫が施されている。
 また、本件土地宝典においては、単に公図情報を集纂するのではなく、土地資料としての利便性を高めるべく、表示方法や掲載情報の取捨選択にさまざまな創意工夫が凝らされた。例えば、官有地については、各筆界とは無関係に、道路・畦畔は空白、水路・河川は黒で一体的に表示し、地番記号は省略して表示するよう改良されている(甲5)。具体的な例を挙げると、道路のセットバック等で、道路部分に細長い形状の官有地が付いていたとしても、道路としてあえて一体の空白で表示し、民間地の状況把握が容易になるように工夫されている(甲4の1ないし甲4の4)。
 さらに、土地形状を示す一筆の区画の中には、地番だけでなく、地積や宅地・山林・農地・雑種地等の地目情報が表示されることとし、一定の施設名等も掲載されている(甲5)。なお、これらの情報の記載にあたっては、必要に応じて独自の記号を創作し、かかる記号を用いて表示している(甲6の1及び甲6の2)。
 このように、本件土地宝典は、土地資料としての利便性を高めるべく、さまざまな創意工夫を重ねて創作された著作物である。
b) 地図の場合、他の著作物に比して侵害対象たり得る創作的表現の部分が少ないため、その侵害判断における保護範囲は狭いと一般に解されている。しかし、本件は、デッドコピーの事案である。本件で、本件土地宝典の創作性を否定するということは、多大なる労力と創意工夫の成果である本件土地宝典の著作権法上の価値を否定し、全面的なデッドコピー等の行為に対してさえ著作権法上の保護を一切拒絶するということを意味している。
 そもそも、著作物として保護を受け得る要件である創作性については、「厳格な意味での独創性があるとか他に類例がないとかが要求されているわけではなく『思想又、 は感情』の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で表れていれば足り」るとされているのである(東京高裁昭和62年2月19日判決等参照)。
 地図は、法文上も著作物の一つとして明示されており(著作権法10条1項6号)、地図の創作性については、限られたスペースの中に地球上のあらゆる現象を細大漏らさず記入することは不可能であり、そのために、地図の用途に従い、記入すべき項目を取捨選択しなければならないのであるから、各種素材の取捨選択、配列及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たすものであり、その素材の選択、配列及び表現方法を総合したところに、地図の著作物性を認めるべきである。
 なお、被告は、土地宝典の「基本的構想ないし作成方針」というアイディアが共通することをもって、直ちに創作性を否定するかのごとき主張をしているものの、表現の多様性の保護を主題とする著作権法においては、アイディアの共通性は、具体的表現の創作性を否定する直接的根拠とはならないというべきである。
c) 本件土地宝典についても、多様な表現の中の一表現形態として、各葉の図面と公図を比較すれば明らかなとおり、以下を代表例とする表現特徴が全般にわたって認められる。そして、これらの個性の表出に鑑みるならば、本件土地宝典の創作性が否定されることはないというべきである。
@ 地域の特徴に応じて、一覧できる範囲、すなわち一葉内に記載する地域範囲の設定が行われ、複数の公図中から最適と考えられる公図記載情報を選択した上、当該範囲における複数枚の公図にわたる公図記載情報を整合的に補正した表現が施されている。
A 素材自体についても、公図をすべてそのまま丸写ししたものを素材として用いるのではなく、公図記載情報の正確性を確認した上で、その不備や誤謬については補足修正すべく、他の各種資料からの情報が選択されて表現されている。
B 素材としては公図記載情報のみにとどまらず、取捨選択された登記簿記載情報や、公共施設名等の情報と共に利用統合されて全体として表現されている。
C 本件土地宝典は、売買や賃貸等の民間取引にかかる物件調査の便宜に資することを目的としているため、表現の工夫として、民間地については詳細な情報を掲載する一方、公有地等民間取引の対象外の土地については情報を省略し、白地化している。
D 現地踏査の便宜のための表現上の工夫として、水路・河川については、明瞭にそれと判別できるように黒塗りされ、河川沿いに土手がある場合には、独特の表現でその判別ができるように記載されている。
E 地目についても、本件土地宝典独特の記号で表現されている。
d) これらの表現特徴は、本件土地宝典全般にわたって認められるものの、その具体例として、以下の例が挙げられる。
@ 一葉内に記載する地域範囲の設定について
 被告は、600分の1という縮尺に従って作成されたものを本件土地宝典一葉に収まる範囲で集合させたにすぎず、地域の特徴に応じて範囲が決せられているものではない、と主張する。しかし、以下の具体例に示されるとおり、かかる主張は誤りである。
 例えば、静岡県富士市(須津地区)の土地宝典(検甲2)においては、全18葉中12葉については、記載する地域範囲を2000分の1の縮尺で設定しているものの、比較的農地や山林が多い3葉目及び14〜17葉目については、2500分の1の縮尺とし、さらに山岳部である18葉目は3000分の1の縮尺としている。
 これに対して、静岡県沼津市(旧市街地区)の土地宝典(検甲3)においては、住宅密集地域であるため、全7葉中6葉について、1500分の1の縮尺とし、4葉目のみ2400分の1の縮尺としている。
A 公図記載情報の整合的補正表現について
 同一の地域について、公図ごとに土地情報が異なっている例が存在する(甲28の1及び甲28の2:地番41−1の土地が存在する公図と存在しない公図が混在している。甲28の3及び甲28の4:二葉の公図で土地が二重に重なっている。)。このような場合でも、本件土地宝典では、他の資料等を参照しながら制作者において正確と判断した情報を選択して掲載している(甲24)。
 また、公図には、仮等の印を付した未解決地(甲28の4)が多数存在するところ、本件土地宝典では、これらの筆界を適宜、整合させている(甲24)。
B 公図記載情報の不備・誤謬の補足修正について
 公図には、合筆処理が未了のために不要な筆界(甲28の5)やT印が記入されている(甲28の6)のに対し、本件土地宝典では、これらの情報については適宜補正されている(甲25)。
 また、公図では地番と地積の関係も整合していない場合があるのに対し、本件土地宝典では適切な関係になるように訂正されている(甲4の1ないし甲4の4)。
 さらに、公図では位置未記入の地番が存在するのに対し、本件土地宝典では他の資料情報から位置を特定して記載されている(甲24、甲28の7)。
 なお、公図上、同一土地が異なる地番で表現されているものについて、他の資料からも適切な土地情報が選択できなかった部分については、本件土地宝典では特にそれとわかるように選択的な方法で記載がなされている(甲26の1、甲26の2、甲28の8、甲28の9)。
C 公図以外の情報選択・掲載について
 本件土地宝典では、地番の他に地目や地積、公共施設名(学校、駅、公園等)等、物件調査の便宜に資する情報を適宜選択して掲載している(甲5:寺院・運動場・球場・工場等)。
 また、小細筆については、スペース上、該当地に地目や地積を記入しきれないため、別途、「小細筆一覧表」を作成掲載して、これらの情報を記載している(検甲1)。
 さらに、公図に地番の記載がないため、位置が不明となっている土地も存在する。本件土地宝典ではこれらについて、「位置不明台帳」を作成掲載することによって、その地番、地目、地積を一覧できるようにしている(検甲1)。
D 民間取引対象外地の白地化について
 本件土地宝典では、道路巾員の認識が容易になる等の便宜の観点から、道路のセットバック等で道路部分に細長い形状の官有地が付いていたとしても、道路として一体的に白地表示している(甲4の1ないし甲4の4)。
 また、JR所有地についても、鉄道敷地等であることが容易に認識できるように、一体的に白地表示している(甲26の2、甲28の10)。
E 水路・河川の表現等について
 公図では水路か道路か不明であったり、画地内を水路が横断している状況を認識できなかったりするが、本件土地宝典では、現地調査の便宜のために現況を伝えるべく、水路は黒塗りした上、河川沿いに土手がある場合には、それを独自の記号で表現している(甲24、甲28の7)。そして、公図には記載がなくても、実際に水路が存在する場合には、現況において水路であることを黒塗り線で表現している(甲25、甲28の11)。
F 地目表示記号について
 本件土地宝典では、宅地、田、畑、山林、雑種地、原野、墓地、保安林等について、独自の記号を用いて表示しているほか、特に農協についても記号化を図り、独自の記号で表示している(甲6)。
イ 被告の反論
 本件土地宝典は、著作物に当たらない。その理由は、次のとおりである。
a) 著作物は、「思想又は感情」を「創作的に」表現したものでなければならない。地図は、地形や構築物等客観的に存在する事物を記号を用いて平面上に表現するものであり、表現の対象が現に客観的に存在するものであるため、地図の創作性は、図面上に何をどのように表現するかという点に現れることになる。
 また、地図には、作成者が実際に測量を行って、その結果に基づいて作成した、いわゆる「測量地図」のほか、既存の地図を編集して作成したいわゆる「編集地図」がある。編集地図は、もともと存在する地図を基礎として、これに加筆修正して作成されるものであるから、編集地図が著作物性を有するとすれば、著作権法12条1項所定の編集著作物として、「素材の選択又は配列によって創作性を有する」か、あるいは著作権法2条1項11号の二次的著作物として「著作物を…変形…その他翻案することにより創作した」と認められる場合であることを要する。したがって、編集地図の場合は、通常の地図に比して著作物性が認められる余地はさらに狭まるといわざるを得ない。
b) 本件土地宝典は、公図の縮尺を変え、必要に応じて複数の公図を接合して一覧性を高めた上で、地目、地積等の情報を付加したものであり、いわゆる「編集地図」に当たる。編集地図が、著作物性を認められるためには、編集著作物として素材の選択又は配列によって創作性が認められるか、二次的著作物として、基礎となった著作物を変形、翻案して創作したものと認められなければならない。
 これを本件土地宝典についてみると、土地宝典そのものは、明治初期から発行され、その当時、既に、公図をまとめ、地目、地積等を表示するという形をとっており(乙1)、本件土地宝典もその枠組みから外れるものではなく、この点は、他社から刊行されている土地宝典においても同様である。
 土地宝典に編集著作物としての独創性が認められるとすれば、隣接する複数の公図を接合して一覧性を高め、そこに地目、地積その他の情報を付加したところにあると解されるものの、このような基本的構想ないし作成方針は、明治初期の土地宝典の発生当初から実現されていたのであって、その後に続く土地宝典は、その模倣ないし亜流にすぎないのであるから、明治初期の土地宝典に続く土地宝典である本件土地宝典についても編集著作物といえるだけの創作性は認められないというべきである。
また、二次的著作物に該当するか否かという点についても、本件土地宝典は、地目、地積等の情報は付加されているものの、その資料としての価値の大部分は、法務局備付けの公図をそのまま縮小した点にあるといっても過言ではない。各筆の土地の位置関係に関する公図の情報には信頼性があるとされており、本件土地宝典において、地目、地積等の各種の情報が付加されたとしても、作成の基礎となったのが公図であることは、一目瞭然である。換言すれば、公図の接合及び各種情報の付加という作業を経てもなお、公図の個性は保たれており、だからこそ、原告らがいうように、各種申請における添付資料の一つとして認められているのである。
 したがって、本件土地宝典が、公図を接合し、各種情報を付加して作成されていても、それは、公図を変形、翻案して新たな地図として創作されたというまでには至っていないというべきであり、本件土地宝典は二次的著作物とも認められない。
c) 原告らは、本件土地宝典の創作性を基礎付ける具体的事実をいくつか列挙している。しかし、次のとおり、実際にはこれらの事実は存在しないか、あるいは存在するとしても、本件土地宝典の創作性を裏付ける事実とはいえないものである。
@ 地域の特徴に応じて一覧できる範囲を設定しているとの点について
 原告らは、地域の特徴に応じて、一葉内に記載する地域範囲の設定が行われ、当該範囲における複数枚の公図にわたる記載情報を整合的に補正した表現を施していると主張する。
 しかしながら、実際の土地宝典(検甲1)を一見すれば明らかなとおり、本件土地宝典の一葉内に登載されている公図は、600分の1という縮尺に従って作成されたものを本件土地宝典一葉に収まる範囲で集合させたにすぎず、地域の特徴に応じて範囲が決せられているものではない。また、どの公図を接合して一つの地域とするかという点についても、各公図の接合が容易であればこれを接合し、そうでない場合には、隣接した公図であっても分離したまま登載しているのであり、いずれにしても、一葉内に記載する地域範囲の設定は機械的にされているにすぎない。
A 記載情報を整合的に補正したとの点について
 原告らは、同一の地域について、公図ごとに土地情報が異なっている例が存在する(甲28の1及び甲28の2)とする。しかし、当該飛び地部分は、鮫島3の旧公図をマイラー化する際に欠落したものであって、鮫島3の旧公図(乙4)には、原告らが指摘する部分に対応する部分が白抜きされ飛び地として記載されており、さらに、中丸7の旧公図添付の「中丸字分図」(乙5)にも当該飛び地が記載されている。
 また、二葉の公図で土地が二重に表示されているという点(甲28の3及び甲28の4)については、公図中の空白部分を考慮しないまま重ねた結果である。原告らが問題としている2枚の公図についても、公図の該当部分を道路の屈曲を基準として重ねれば、位置関係は甲24とほぼ一致する(乙6)。また、川成島旧公図添付の「大字図」にも、飛び地同士の位置関係は明確にされている(乙7)。
 なお、原告らが、公図上の未解決地であると主張する仮印の記載は、平成8年から静岡地方法務局管内で開始された、地図管理システム導入に向けての準備(乙8の1及び乙8の2)の際に、入力用の手控えとして鉛筆書きでした記載が残っていたものであって、未解決地の表示などではない。ちなみに、原告らが書証として提出した本件土地宝典の発行時期は不明であるが、おそらくは、この地図管理システム導入より相当以前であろうと思われ、当然のことながら、その当時の公図にはこのような記載は存在しなかった。
B 合筆処理が未了のため不要な筆界が記入されているとの点について
 原告らは、「公図には、合筆処理が未了のために不要な筆界」(甲28の5)やT印が記入されていると主張する(甲28の6)。しかし、原告ら主張の該当部分の表記は旧公図も同様であった。ただ、大淵4938番の土地には合筆の経緯は認められないこと(乙9)からすると、当該空白地は大淵4938番とは別個の土地として存在していると考えられ、これを合筆処理が未了とするのは誤りであると思われる。なお、H様の表記(原告らが言うところのT印)が、同一地番の土地の表記であることは認める。
 その他、原告らが、公図上、位置未記入の土地とするもの(甲24、甲28の7)も、同様に、旧公図(乙10)の飛び地表示や字分図(乙11)で容易に位置関係は判明する。
 なお、原告らが指摘する部分について、公図上、地番と地積が整合していなかったとの点は認める。
C 公図以外の情報選択・掲載及び地目表示記号について
 原告らは、本件土地宝典には、地番以外に地目、地積、公共施設名等の情報を適宜選択して掲載していると主張する。しかし、これは本件土地宝典に限らず、他の同種土地宝典でも同様の情報が掲載されている。また、地目を表示するのに使用されている地図記号も、本件土地宝典より以前に他社から発行された土地宝典においても、ほぼ、本件土地宝典と同様の地図情報が同種ないし類似の地図記号を用いて表示されている(乙17ないし乙19)。
D 民間取引対象外地の白地化、水路・河川の表現等について
 取引対象外の土地を白地として表示するのも、従前から他社発行の土地宝典において採用されている手法であり(乙15)、また、水路は黒で表示しているとの点についても、公図自体、水路は青、道路は赤で彩色しているのであり(乙16)、土地宝典は色を変えたにすぎない。
d) 原告らは、本件土地宝典作成に当たって行われた作業をもって、作成者であるCらの個性の表出と主張するようである。しかし、これらの作業のほとんどは、公図の接合という機械的な作業、ないしその過程の当然の帰結であり、また、情報の選択、掲載も、従前から存在していた土地宝典の慣例に倣ってされたものであって、そこに作成者の個性の表出、あるいは何らかの「思想又は感情の外部的表現」を見出すことはできない。本件土地宝典の作成において、相当数に上る公図を接合し、これを縮小することが必要であり、これについては多大な時間と労力を要するとしても、著作権法が保護の対象とするのは、あくまでも創作性であり、作成に当たって作成者がどれほど時間と労力を費やしたとしても、それだけでは著作権法上の保護は与えられない。
(2) 争点2(本件土地宝典の著作権の原告らへの帰属の有無)について
ア 原告らの主張
 本件土地宝典の著作権の譲渡契約は、真正に成立して有効に権利が移転しており、かかる事実は証拠に照らして明らかである(甲47の1ないし甲47の10、甲48の1及び甲48の2)。
イ 被告の反論
 本件土地宝典の著作権の譲渡契約による権利移転の効力は発生しておらず、本件土地宝典の著作権は原告に帰属していない。その理由は以下のとおりである。
a) 本件土地宝典の著作権の各譲渡契約書(甲7の1ないし甲7の10の各第2条)によれば、契約締結と同時に代金の全額を支払うことになっている。これは代金が支払われることによって初めて本件各契約で譲渡の対象としている売主の権利を原告らに移転する趣旨と解するのが当事者の合理的意思に合致する。しかし、原告らからは代金の支払を裏付ける証拠は提出されていないし、権利が移転したことを窺わせるような事実もない。また、上記各譲渡契約書各第5条には、Cの権利として認められる違法複製等に対する損害賠償請求権等の求償権は契約日以降原告らに無償で移転する旨の条項があるものの、その債権譲渡については、少なくとも被告に対する譲渡通知はなされていない。
b) 本件各契約の代金額の合計は730万円であり、原告らが当初主張していた損害額(少なくとも7億2540万円としていた。)と比較すると100分の1にすぎない。
(3) 争点3(被告の行為(本件土地法典の貸出及び民事法務協会に対する法務局内におけるコピー機設置場所の提供)が本件土地宝典の著作権を侵害する不法行為に該当するか)について
ア 原告らの主張
a) 著作権の侵害主体は、物理的に著作物の違法複製行為を行っている者に限定されるわけではない(最高裁判所昭和63年3月15日判決・民集42巻3号199頁)。本件において、被告は、本件土地宝典を業務上利用する需要者に対し、本件土地宝典を貸し出し、法務局内に設置したコインコピー機でそれを無断複製させるという結果を生じさせたのであり、まさに自らの管理の下、具体的かつ現実的な蓋然性をもって著作権侵害行為を惹起させる行為をしているのであるから、被告自身が著作権侵害主体であると規範的に評価することができる。すなわち、各法務局は本件土地宝典を保管書庫に管理し、法務局が管理する場所にコインコピー機が設置され、申請者は、法務局職員に本件土地宝典の閲覧及び複写申請をした上で、法務局内のコインコピー機で本件土地宝典を閲覧・複写しているものであり、このような実態と、民事法務協会がコインコピー機を設置しているとしても、同協会が法務省所轄の財団法人であって、組織的にも被告と密接な関係を有すること等に鑑みれば、本件の違法複製行為についての被告の管理性・図利性は十分に認められ、被告は、物理的に著作権侵害行為を行わないものであっても、本件土地宝典の著作権を侵害していると規範的に評価することができる。
b) 被告は、遅くとも昭和55年以前から、各法務局に備置された本件土地宝典を利用者に貸し出すとともに、同年以降、各法務局内にコインコピー機を設置し、適宜、当該コインコピー機をもって利用者に無断で本件土地宝典の複製行為を繰り返しなさしめ、もって、不特定多数の第三者による本件土地宝典の複製権侵害行為を教唆ないし幇助した。
イ 被告の反論
a) 仮に、本件土地宝典につき著作物性が認められるとしても、本件における被告の行為については、著作権侵害行為を惹起させる蓋然性は認められない。
 原告らは、被告が、本件土地宝典を業務上利用する需要者に対し本件土地宝典を貸し出し、法務局内に設置したコインコピー機でこれを無断複製させるという行為を惹起したものであり、まさに自らの管理の下、具体的かつ現実的な蓋然性をもって著作権侵害行為を惹起させる行為をしているのであるから、被告自身が著作権侵害主体であると規範的に評価することができる、と主張する。
 しかしながら、被告の行為そのものが結果発生の高い蓋然性を有しており、被告について結果発生の予見可能性が認められ、現に、侵害の事実が発生していることも立証されている場合は別として、本件のように、被告の行為による権利侵害の蓋然性は高いとはいえず、被告には結果発生の予見可能性すらない上、現実に権利侵害が発生している立証すらない場合については、被告の行為を著作権侵害行為と評価できないことは明らかというべきである。
 本件においても、法務局窓口での本件土地宝典の貸出し自体は何ら著作権侵害に当たるものではないことからして、被告が責任を負うとすれば、法務局内に設置されたコインコピー機での本件土地宝典の複写を禁止する措置を採らなかったという不作為が問題となるものの、本件では、被告において、窓口での貸出しが作成者の権利侵害につながる認識を抱くことは困難であった以上、結果についての予見可能性がなかったものである。被告に予見可能性が認められるのは、原告らにより静岡簡易裁判所に調停が申し立てられ、本件紛争が顕在化した時点である。しかし、被告は調停が申し立てられた後、直ちに法務局窓口での本件土地宝典の貸出しを中止し、結果回避の手段を採っているのである。
b) そもそも、法務局内のコインコピー機は、民事法務協会が設置、管理しているものであって、被告は、同協会に対し、公図等を閲覧する者のため、コインコピー機設置の用に供する目的で、各地の法務局の建物の一部につき、国有財産法18条3項及び19条に基づいてその使用を許可しているにすぎない(乙20)。すなわち、法務局内に設置されたコインコピー機の管理について被告は関与する権利を有しないのである。
 なお、原告らは、民事法務協会は、法務省所轄の財団法人であって、組織的にも被告と密接な関係にあると主張する。
 しかしながら、民事法務協会は、独立した財団法人であり、寄附行為からも分かるように、役員人事は法人の内部で決定され、被告はこれに何ら干渉するものではないし(甲32の第7、8条)、また、被告から民事法務協会に対して助成金等の資金援助は一切されていないのであり、民事法務協会が被告と密接な関係にあるとの原告らの主張は失当といわざるを得ない。
c) 本件土地宝典について著作物性があると認識するのは困難であることは上記のとおりであり、また、原告らが主張する著作権侵害の事実自体、発生可能性が低く、想像の域を出ないこと、本件土地宝典の作成者であるCは法務局窓口で土地宝典が貸し出されている事実を長年にわたって知りながら、それに対して異議を唱える等是正措置を全く要求しなかったこと(甲22)等の事情があり、更に、著作権法が公表された著作物について、非営利かつ無償での貸与を認めていること(著作権法38条4項)からすれば、被告には、土地宝典の貸出しによる著作権侵害という結果発生の予見可能性はなかったというべきである。
 したがって、仮に、本件土地宝典の貸出しにより何らかの権利侵害があったとしても、被告には故意はもとより過失もない以上、被告が損害賠償の責を負ういわれはないというべきである。
(4) 争点4(損害額)について
ア 争点4−1(被告の行為により本件土地宝典の逸失利益の損害が発生したか)について
a) 原告らの主張
@ 土地宝典は、他に類を見ない特徴を有する地図であり、郊外地や山林地などの踏査や、各種申請(国土利用計画法に基づく土地取引届出など)の添付資料として必要不可欠であり、殊に、各種申請の添付資料としては市場において代替性がない。したがって、郊外地等踏査や各種不動産関係申請、不動産取引などを業とする不動産関係業者等は、業務を行う上で土地宝典を必ず利用しており、本来、これらの業者は例外なく土地宝典を購入するはずである。しかるに、被告が各法務局において本件土地宝典を利用者に貸し出し、各法務局内に設置したコインコピー機により適宜利用者に無断複製行為をなさしめたことにより、不動産関係業者等の利用者は本件土地宝典を購入する必要がなくなり、本件土地宝典の販売部数は激減した。
 本件土地宝典は、小字ごとにしか作成されず、精度も低い公図や、単なる文字データにすぎない不動産登記簿とは異なり、広汎な地域の精度の高い土地情報を一覧できるように工夫し、公図及び不動産登記簿に記載された以外の現況の情報をも適宜選択・表現し、物件調査の便宜に資するように作成されている。公図ないし不動産登記簿の閲覧謄写で利用者の目的が達成されるのであれば、利用者はそもそも法務局で本件土地宝典を借り受けて閲覧謄写することはないのであるから、公図ないし不動産登記簿の閲覧謄写が可能なことは因果関係を否定する理由にはならない。
 本件は、本件土地宝典の需要者に対し、本件土地宝典そのものを閲覧謄写させた事案であるから、被告の行為と本件土地宝典の販売部数減との因果関係は明白である。
A このような販売部数減による損害は、以下のとおり、2億3760万円を下らない。
 まず、土地宝典の1部当りの販売価格は、昭和30年代から現在まで3万円であるところ、1部増刷して販売するために必要な経費は、販売価格の4割を上回ることはないから、1部当りの限界利益は、1万8000円を下らない。
 また、例えば、富士・富士宮地域における宅建業者数が350業者を下らないことからすると、各地区の本件土地宝典1冊当りの需要者(既購入者を除く。)は、100業者を下らない。
 さらに、各地区の本件土地宝典の冊数は、合計120冊である。
 以上によれば、販売部数減による損害金額は、「1部当りの限界利益1万8000円以上」、「各地区の1冊当りの需要者100業者以上」、「各地区の本件土地宝典の冊数120冊」を乗じ、さらに、弁護士費用としてその1割を加算した2億3760万円を下らない。
 本件は、その一部請求である。
b) 被告の反論
@ 土地宝典の写しは、各種申請につき必須の添付資料とされているわけではないし、土地宝典そのものが発行されていない地域も数多く存在するのであるから、各種申請における土地宝典の写しは、公図の写しの代替物又は補完物として認められているにすぎない。土地宝典に登載された公図情報や地目・地積という不動産登記情報は、公図や不動産登記簿の閲覧謄写により、最新の情報を容易に入手し得るから、土地宝典に非代替性があるとは認められない。仮に、被告が、本件土地宝典を法務局窓口で貸し出さなかったとしても、利用者は目的地域の公図や不動産登記簿の閲覧謄写によって必要な情報を入手したと考えられるから、被告の行為と本件土地宝典の販売部数の数量との間には因果関係はない。
 消滅時効にかからない平成14年8月8日以降の貸出の際には、本件土地宝典は10年以上経過し陳腐化したものとなっており、不動産関係業者や金融機関の融資担当者等が、各種申請書類に添付し、あるいは現地踏査の資料とするために本件土地宝典を複写する必要は極めて少ない。
A 原告らは、被告を相手方として静岡簡易裁判所に申し立てた調停事件において、土地宝典1冊当りの粗利益を1万5000円としていた。
イ 争点4−2(著作権法114条3項による使用料額はいくらが相当か)について
a) 原告らの主張
 著作権法114条3項による使用料相当額は、以下のとおり、6336万円を下らない。
 まず、本件土地宝典のコピー1枚当りの使用料相当額は、法務局における登記事項証明書や各種図面等の写しの発行手数料が1通当り500円ないし1000円であることに鑑みれば、500円を下らない。法務局利用者の立場からすれば、本件土地宝典は、公図の場合と同様の手順で閲覧謄写できるものであるから、本件土地宝典の複製許諾料を公図の閲覧申請費用と同額で計算することには合理性がある。
 また、法務局における各地区の本件土地宝典の違法複製にかかる枚数は、1か月20枚を下らない。
 さらに、各地区の本件土地宝典の冊数は、合計120冊である。
 そして、侵害期間は、原告らによる各本件土地宝典の著作権の譲受日から、本件訴訟に先立つ調停申立日である平成17年2月8日までであり、その総平均は48か月である。
 以上によれば、著作権法114条3項による使用料相当額は、「コピー1枚当りの使用料相当額500円以上」、「1冊当りの違法複製の月間枚数20枚以上」、「各地区の本件土地宝典の冊数120冊以上」、「侵害期間48か月」を乗じ、さらに、弁護士費用としてその1割を加算した6336万円を下らない。
b) 被告の反論
 法務局所管の各種図面等の写しの発行手数料は、登記手数料令2条3項により500円であることが定められている。しかし、国の公証行為を伴う登記事項証明書などの発行手数料と単なる複製許諾料とを同一に論じることはできない。なお、公図の閲覧手数料は、昭和55年当時は無料だったものであり、有料化されたのは平成5年10月1日以降である。
 また、各法務局における本件土地宝典の複写通数が1か月当り20通以上というのも、原告らの推測にすぎず、何ら客観的な裏付けはない。
(5) 争点5(Cが法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が謄写することを包括的に許諾していたといえるか)について
ア 被告の主張
 本件土地宝典は、大量の公図を接合して作成されているものの、マイラー化される以前の旧公図は字ごとに作成されるため、畳1畳分ほどの大きさになることもしばしばであり、その筆写には相当の時間と場所を必要とすることは明らかである。しかし、公図は外部への持出しができないため、これを筆写する作業は法務局内で行うしかなく、これは法務局の協力なくしては不可能に近い。したがって、Cが、複写機のない時代に大量の公図を筆写し得たのは、各法務局において、作業机を提供する等何らかの便宜を図っていたためである可能性が高い。
 また、本件土地宝典には、「賛助員御芳名」という表題のページがある。原告らは、これを、土地宝典の予約購入者の一覧表と主張しているものの、本件土地宝典の多くには、この「賛助員」として各法務局の支局、出張所名及び農政局、市役所、農業協同組合等土地宝典に登載されている地図情報を保有している機関が登載されていること、法務局が保有する本件土地宝典はいずれも寄贈されたものであって、正式に購入したものではないことからすると、この「賛助員」は、原告が主張するような土地宝典の予約購入者だけではなく、その作成に当たり協力した関係者名も登載されたものというべきであり、本件土地宝典作成に当たって法務局が協力したであろうことが窺える。
 さらに、法務局が保有している本件土地宝典の奥書には、いずれも「非売品」との記載がある。既にCが死亡した今となっては、実際に寄贈を受けた経緯を明らかにすることは不可能であるものの、相当数の法務局に本件土地宝典が寄贈されており、上記のようにそれらはいずれも市販されているものではないこと、本件土地宝典の作成に各法務局が事実上何らかの協力をしていたと考えられることからすれば、本件土地宝典は、C自身が、便宜を図ってもらったことに対する謝意を示す意図で各法務局に寄贈していたと考えるのが合理的である。そうであるとすれば、Cは、各法務局にコインコピー機が設置された後も、引き続き、本件土地宝典を寄贈していたことになり、他方で、生前、法務局窓口で本件土地宝典を貸し出している事実を知りながら、これに対し、特に苦情を述べたり、あるいは貸出しを中止するよう申し入れることはしていない。
 以上の事実に照らせば、Cは、生前、被告に対し、本件土地宝典の法務局窓口での貸出し及びこれを受けた不特定多数の第三者による複写について、黙示の包括的許諾を与えていたと解することができる。
 このことは、本件土地宝典に係る権利譲渡の代金額からも窺える。すなわち、本件において、原告らは、著作権法114条3項に基づいて算定されるべき本件土地宝典の著作権侵害に基づく損害額は約3億円であると主張しているのに対し、Cは、原告らに対し、わずか730万円で本件土地宝典に係る一切の権利を譲渡している。Cが、このような低廉な価額での譲渡に応じたのは、本件土地宝典につき著作権が認められるとしても、それは、上記のような、包括的な許諾の負担付きであって、被告に対しては権利主張できないことを前提として、売買代金額を定めたものにほかならないと考えられる。
 したがって、原告らが譲り受けたのは、法務局窓口での貸出しと法務局内での不特定多数の第三者による複写についての包括的許諾という負担付きの権利であるから、原告らは、被告に対し、損害賠償請求権を有しない。
イ 原告らの反論
 Cは、本件土地宝典の出版・販売を事業として営んでいたものであり、かかる営業と相矛盾する本件土地宝典の自由な複写について、包括的許諾があるという被告主張を基礎付ける事実は存在しない。実際、無断複製行為によって本件土地宝典の販売部数が激減した結果、訴外Cの財務状況は破綻し、出版不能状態に追い込まれるまでに至っているのであって、包括的複製許諾などあり得ない。
(6) 争点6(著作権法38条4項の趣旨は法務局窓口での本件貸出に及ぶか)について
ア 被告の主張
 著作権法は、著作物について、私的使用のための複製を作成することは許容しており(30条1項)、さらに、書籍類については自動複写機を使用した複写も許されている(附則5条の2)。
 したがって、法務局において、本件土地宝典を借り受けた利用者が仮に複写を作成したとしても、それが私的使用目的の場合には、いかなる意味でも著作権を侵害しないことは明らかである。
 現在、我が国における自動複写機の普及はめざましいものがあるものの、それを前提としても、公表された著作物については、営利を目的とせず、かつその複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合にはその複製物を公衆に貸与することが認められている(38条4項)ことに照らすと、著作権法は、同項に基づいて書籍等を借り受けた者が、私的使用以外の目的で複製した場合についても、著作物の貸出しが著作権を侵害することを予定していないと解するのが相当である。
イ 原告らの反論
 著作権法30条1項は、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」での使用(私的使用)を目的とするときは、自由に複製できるとしている。しかし、企業その他の団体において、業務上利用するために著作物を複製する行為は、同条所定の私的使用には該当しない。そして、本件土地宝典については、不動産関係業者や金融機関等が業務上利用する目的で複製するものであるから、同条所定の私的使用目的での複製には該当しない。
 また、被告は、貸出行為のみを切り出して合法性を主張しようとしているものの、かかる主張は、何ら説得的ではない。被告の行為を著作権法上どのように評価すべきかについては、被告管理下における一連の行為等を全体的かつ規範的に評価すべきであって、部分的行為のみを切り出して論じても意味がなく、被告の行為には著作権の制限規定は該当しないというべきである。実際、被告の行為が、全体的に見て土地宝典の複写サービスを提供しているものと一般に認識されていることは、国である被告の扱いにならって、地方公共団体等が、直接的に土地宝典の閲覧謄写サービスを提供している事実に如実に示されている(甲27の1及び2)。
(7) 争点7(二次的著作物の原著作者の複製についての許諾権により違法性が阻却されるか)について
ア 被告の主張
 仮に、本件土地宝典の著作物性を肯定するとしても、本件土地宝典は、公図を原著作物とする二次的著作物ということになる。そして、被告は、公図という原著作物について著作権を有するから、本件土地宝典との関係で原著作者ということになる。なお、本件土地宝典に利用された公図の中には、作成後50年を経過したものが含まれていたと思われるものの、そのような公図についても、総じて過去50年の間には分筆あるいは合筆が行われるなどその一部が改訂されて新たな著作物性を備えるに至っていると解される。
 したがって、原著作者である被告は、本件土地宝典について二次的著作権を有する者と同一の種類の権利を有するから(著作権法28条)、複製についての許諾権も有していることになり、不特定多数の第三者が法務局において本件土地宝典を複写したことについて被告に幇助行為等があったと観念できるとしても、違法性が阻却されるため、不法行為は成立しない。
イ 原告らの反論
 そもそも本件土地宝典は、公図の二次的著作物ではない。仮に、本件土地宝典が公図を原著作物とする二次的著作物であるとしても、著作権法28条は、二次的著作物に関しては、原著作者の権利と二次的著作物の著作者の権利が併存することを規定し、その利用にあたっては両者の権利を処理する必要があるとするものであって、原著作者が、二次的著作物の著作者の許諾なく第三者に対して複製等を許諾し得ることを規定するものではない。
 よって、被告の著作権法28条に基づく違法性阻却の主張は、本件土地宝典が公図の二次的著作物か否かを論ずるまでもなく、主張自体失当である。
(8) 争点8(信義則違反の有無)について
ア 被告の主張
 原告らは、Cが本件土地宝典の製作者として原資料を提供してもらっているなどの事情から、法務局における不特定多数の第三者のコピー機による複写行為について黙示的に承諾していたとしても、自分たちであれば被告に対する損害賠償請求が可能であると考え、製作から年数が経過して買い手のなくなった本件土地宝典について、平成12年以降専ら被告に対する損害賠償請求のみを目的として、その著作権及び過去に発生した損害賠償請求権が存在するとして譲り受けた。そして、原告らは、何ら苦情等の申入れをすることもなく数年待った後、平成16年9月30日に至って初めて被告に対して協議を申し入れ、被告がこれに応じないと調停を申し立て、これが不調に終わると本件訴訟を提起したものである。
 このような経過に照らすと、仮に、本件土地宝典に著作物性が認められ、被告にこれを侵害した損害賠償責任が成立すると解する余地があるとしても、これに基づく損害賠償請求は、それまで黙認されていた法務局における不特定多数の第三者による本件土地宝典の複写行為が継続していることを奇貨として、著作権の本来の行使というよりは、専ら不意打ち的な損害賠償請求のみを目的として、権利を譲り受けた形を整えた上で行われた権利行使というべきものであり、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。
イ 原告らの反論
 原告らは、被告が邪推するような目的で本件土地宝典の著作権を譲り受けたものではなく、本件の権利行使が権利の濫用とされる評価根拠事実は存在しない。
 すなわち、原告らがCから本件土地宝典の著作権や損害賠償請求権等を譲り受けた経緯は、原告Aの陳述書(甲22)記載のとおりであり、Cの事業不振を見かねて、本件土地宝典を存続させ続けるために、原告らが購入したものである。
(9) 争点9(消滅時効の成否)について
ア 被告の主張
 被告による平成14年8月7日までの本件土地宝典の貸出行為に係る損害賠償請求権は、平成17年8月7日の経過をもって時効消滅しており、被告は、原告らに対し、平成19年6月5日直送の同月11日付け準備書面(8)において、上記時効を援用するとの意思表示をした。
a) 原告らの請求のうち、不法行為に基づく損害賠償請求権は、被害者が損害及び加害者を知ったときから3年間これを行使しないときは時効により消滅する。
 本件で原告らが土地宝典の著作者であるとするCは、平成17年8月9日に死亡しているものの、原告Aによれば、Cは生前、法務局が本件土地宝典を無償で貸し出しているために売上げが減少したと嘆いており、そのため、原告らはCから本件土地宝典に係る権利を買い受けたとのことである。そうであるとすれば、仮に、本件土地宝典に著作物性が認められ、各法務局窓口における本件土地宝典の貸出しが著作権侵害行為に当たるとしても、原告らは、遅くとも、原告らがCから最初に権利を譲り受けた平成12年6月30日までには、当該不法行為について、「損害及び加害者を知っ」ていたことになるから、同日が、それまでに発生した損害賠償請求権に係る消滅時効の起算点ということになる。
 また、平成12年6月30日以降の損害賠償請求権についていえば、仮に、各法務局窓口における本件土地宝典の貸出しが著作権侵害に当たるとした場合、個々の貸出行為がそれぞれ1個の不法行為となる。そして、原告らは、上記のとおり、Cから本件土地宝典に係る権利を譲り受けた時点で、損害及び加害者を知っていたのであるから、上記平成12年6月30日以降の個々の貸出行為によって発生する各損害賠償請求権の消滅時効期間は、個々の貸出行為の時から個別に進行する。
 したがって、平成14年8月7日までの貸出行為に係る損害賠償請求権については、いずれも本件訴訟提起の前日である平成17年8月7日の経過をもって時効消滅している。
 なお、平成14年8月8日以降の貸出行為にかかる損害賠償請求権の各消滅時効の進行は、平成17年8月8日に本件訴訟を提起したことにより中断したことになる。
b) 原告らは、最高裁判所平成14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁(以下「最高裁平成14年判決」という。)を引用し、原告らが各法務局におけるそれぞれの本件土地宝典貸出しの事実を認識していなかった以上、平成12年6月30日までには、個々の損害について現実の認識がなかったのであるから、その時点を消滅時効の起算点とすることはできないと主張する。
 しかしながら、最高裁平成14年判決は、民法724条の短期消滅時効の趣旨について、「同条にいう『損害及ヒ加害者ヲ知リタル時』とは被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当である」としているのであり、民法724条の「損害及び加害者を知った時」について、必ずしも、被害者が、個々の損害について、具体的かつ詳細に認識していることまでを求めたものではなく、加害者に対して損害賠償請求に及ぶことが可能である程度に現実に認識していれば足りるとしたものと解すべきである。
 これを本件についてみるに、本件土地宝典の貸出しを行っている法務局は各地に存在するものの、それぞれが別個の人格を有しているわけではないから、加害者(国)について原告らが現実に認識していたことは明らかである。また、本件土地宝典の著作権譲渡契約は地域ごとに締結されているところ、そのいずれの契約においても、特約として、本件土地宝典のこれまでの著作権侵害に係る損害賠償請求権は当該各契約によって原告らに移転する旨が明文で定められていること(甲7の1ないし甲7の10の各5条但書)、原告らは、Cから、各法務局がその窓口において本件土地宝典を貸し出しているために、本件土地宝典の売上げが伸びないと聞かされ、Cの窮状を救うために本件土地宝典の著作権を譲り受けたとし、平成12年6月30日に原告株式会社富士不動産鑑定事務所が一部地域についての本件土地宝典の著作権を譲り受けた後、それ以外の地区について同様に譲受人を募ったものの、買取りを打診した不動産鑑定士は皆、法務局窓口で土地宝典のコピーを入手することができるため、需要者への販売は困難であるとの理由で拒否された旨陳述書に記載していること(甲22)等からすれば、原告らは、遅くとも最後に著作権譲渡契約が締結された平成13年10月31日までには、各地の複数の法務局窓口において、本件土地宝典が貸し出され、一部ではコインコピー機によって複写がされていたという事実を現実に認識していたことは明らかである。
 以上によれば、原告らの損害賠償請求権のうち、本件訴訟の提起の時において既に発生から3年以上経過していた分については時効により消滅しているというべきであるから、原告らの主張は失当である。
イ 原告らの反論
 平成14年8月7日までの貸出行為に係る損害賠償請求権についても、消滅時効は完成していない。
 すなわち、各法務局窓口における本件土地宝典の貸出行為は、個々の貸出行為がそれぞれ1個の不法行為となると解される。本件土地宝典の取扱いは各法務局によってそれぞれ異なっていたのであるから、原告らは、全国の各法務局における本件土地宝典の取扱い態様について、すべて被告の主張する平成12年6月30日までに知っていたということはできない。
 民法724条にいう被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を「現実に認識した時」をいうと解すべきところ(最高裁平成14年判決)、原告らは、法務局によっては、本件訴訟における被告の答弁まで、現実にその損害を認識したとはいえないものもある。
 もっとも、原告らは、各法務局における本件土地宝典の取扱いの実態についていくつかの法務局を調査した結果、平成16年9月30日付け内容証明郵便にて被告に損害賠償等を請求する通知を発送している。そこで、仮にこの平成16年9月30日の時点をもって、すべての不法行為に基づく損害賠償請求権に関する時効消滅の起算点と考えたとしても、平成17年8月8日の本件訴訟の提起により、すべての請求権について消滅時効は中断されている。
(10) 争点10(不当利得の成否)について
ア 原告らの主張
 被告は、本件土地宝典につき著作権者の許諾を得ず、かつ、その使用料を支払うことなく、本件土地宝典を各法務局に備え置いて第三者に貸し出すとともに、各法務局内にコインコピー機を設置し、当該コインコピー機をもって第三者に無断複製行為をなさしめたものである。かくして、被告は、法律上の原因なくして、本来支払われるべき本件土地宝典の使用料の支払いを免れてこれと同額の利益を取得し、そのため著作権者はその同額について損失を被っている。
 したがって、原告らは、不法行為に基づく請求において著作権法114条3項に基づき計算した使用料相当額の損害と同額について、選択的に不当利得の返還を請求する。
イ 被告の反論
 被告自身は、本件土地宝典の貸出によって何ら利得していないから、被告が不当利得返還義務を負ういわれはない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件土地宝典の著作物性)について
(1) 地図の著作物性について
 本件土地宝典は、地図の一種であると解されるので、まず、地図の著作物性について検討する。
 一般に、地図は、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって、客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である。しかし、地図において記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表われ得るものということができる。そこで、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して、判断すべきものである。
(2) 本件土地宝典の著作物性について
 本件土地宝典は、民間の不動産取引の物件調査に資するという目的に沿って作成されるものであり、次のような特徴を備えている。
ア 本件土地宝典は、公図を主要な素材の一つとするものではあるものの、地域の特徴に応じて、隣接する複数の公図を選択した上でこれらを接合して一葉内に収録し、より広範囲の地図として一覧性を高めて公図に記載された情報を表示するものであり、そのため、素材とされた公図の縮尺を変更し、また、複数の公図を接合する際に、公図上の誤情報があれば、必要な補正を施して、これを接合している(甲29、甲45、検甲1ないし検甲4)。
 例えば、公図の縮尺は一般に600分の1であるが、本件土地宝典の一部である甲29号証においては、一葉内に収録する範囲が各地域ごとに選択され、複数の公図が接合された結果、その縮尺としては、6000分の1、5000分の1、2500分の1という三つの縮尺が用いられている。
 また、例えば、甲45号証は、本件土地宝典の一部とそれに対応する公図(甲44)とを比較対照した原告A作成の報告書であり、その4頁以下には、右方に本件土地宝典、左方に公図(本件土地宝典に対応する地域の公図が複数枚にまたがる場合にはこれを接合した後のもの)という形で比較対照がなされ、34頁以下には、公図と本件土地宝典の表現との主要な相違点が具体的に記載されているものであるが、これによれば、公図が必ずしも整合せず、一部の土地が重なり合ってしまうような場合も、本件土地宝典においては、適宜整理して表示されており(甲45の4頁・A1、15頁・D3、16頁・D4ほか)、また、公図の東西南北の向きも適宜修正されて接合されている(甲37の1、甲37の3、甲41の1、甲41の2)。
 さらに、例えば、本件土地宝典の一部である甲4号証の2、その中に含まれる土地の登記簿である甲4号証の1、その中に含まれる地域の公図である甲4号証の3及び甲4号証の4によれば、甲4号証の2の右方上部に記載されている富士宮市大中里字西ノ山2151番2の土地と2151番10の土地については、時期を異にする2枚の公図(甲4の3及び甲4の4)において、土地の位置(地番の表示)が入れ替わって表示されており、公図上は地番表示情報が混乱しているのに対し、本件土地宝典(甲4の2)の作成にあたっては、この異なる地番表示情報のうち、登記簿上の地積情報に適合する地番表示情報が取捨選択されて表示されている。
イ 本件土地宝典においては、素材とされた複数の公図が単に接合されているにとどまらず、公図記載の情報のうち、道路、水路、河川など公有地で民間取引の対象外となる土地やJRの鉄道敷地などについては、公図上の土地境界情報を記載せずに、白色ないし黒色等で一体的に連続して表示されている。また、本件土地宝典においては、地目や地積など登記簿に記載された情報の一部が取捨選択されて、地番についてはアラビア数字横書きで、地積については漢数字縦書きで、地目については独自の記号で表示されている。さらに、公共施設の位置情報など不動産物件調査の便に資する情報も適宜追加されて記載されている。(甲4の2、甲5、甲6の1、甲24の1、甲24の2、甲25の1、甲25の2、甲26の1の1、甲26の1の2、甲26の2の1、甲26の2の2、甲29、甲34、甲35、甲37の3、甲37の4、甲38の2、甲39の3、甲39の4、甲40の3、甲40の4、甲41の2、甲42の3、甲43、甲45、検甲1ないし検甲4)
 例えば、本件土地宝典の一部である甲4号証の2、その中に含まれる土地の登記簿である甲4号証の1、その中に含まれる地域の公図である甲4号証の3及び甲4号証の4によれば、甲4号証の2の右方上部に記載されている富士宮市大中里字西ノ山2151番2の土地について、土地の形状及び「−2」と表示されている地番といった公図(甲4の3及び甲4の4)に記載されている情報に加えて、地積(264平方メートル)及び地目(原野)という登記簿(甲4の1)記載の情報が取捨選択されて表示されている。また、公図(甲4の3及び甲4の4)によれば、この2151番2の土地と2151番10の土地の間には、2151番11の土地が存在するものと認められる。これに対し、本件土地宝典(甲4の2)においては、2151番11の土地は、これに隣接する2151番9の土地や2151番13の土地などとともに、単に帯状に白地化され、一体的に道路として表示されており、地番表示も土地境界表示もない。そして、本件土地宝典においては、この白地化された帯状の道路は、公図(甲4の4)において、「道」と表示された部分(右方下部の2158番6の1の土地と2158番13の土地との間において分岐し、2158番9の2の土地や2158番9の3の土地に接しつつ上方に伸びる「道」と表示された部分)と、右方上部の2152番4の土地に接する地点において、白地化された帯状の道路としてつながっている。すなわち、本件土地宝典(甲4の2)においては、公図上「道」と表示されたものはもちろん、公図上は「道」と表示されていない土地(例えば、上記の2151番11の土地、2151番9の土地、2151番13の土地など)についても、現況が「道路」であれば、道路の敷地となっている土地同士の境界情報を記載しないことを選択し、白地化された帯状の道路として表現しているものである。
 また、例えば、前掲甲45号証において、本件土地宝典には、公図上は単に分筆された土地として表示されていても、現況が「水路」や「道路」ないし「JR鉄道」である場合は、黒塗りされた「水路」や、白地化された「道路」ないし「線路」として表示されている(甲45、8頁・B1、17頁・E2、20頁・F1、22頁・F3ほか多数。甲6の1、甲25の1、甲25の2の各凡例による。)(なお、本件土地宝典では、公図上「鉄道用地」とされている土地についても、これと隣接する複数の土地とともに「線路」としての表示(甲6の1、甲25の1、甲25の2の各凡例による。)がされているものもある(甲45、28頁・H2、31頁・I2)。)また、本件土地宝典においては、公図にはない「公園」という情報(同4頁・A1)や、公図の地番区域欄に表示されている「字」の情報が、地図上に表示されているなど、公図とは視覚効果の異なる表示方法が用いられている(同9頁・B2、12頁・C3、15頁・D3ほか多数)。
 さらに、本件土地宝典の一部である甲6号証の1によれば、凡例として、「農協」、「郵便局」、「駐在所・派出所」、「警察署」、「学校」、「支所」、「役場」、「寺院」、「神社」、「墓地」、「橋梁」、「私鉄」なども列挙されており、実際に、本件土地宝典においては、公図に記載されている情報に加え、このような現地踏査の際に目印となりそうな公共施設の一部についてその所在情報が取捨選択されて、表示されているものである(甲5、甲26の1の1、甲26の2の1、甲39の3、検甲1ないし検甲4)。
 なお、凡例として挙げられている「同一親番」の情報は、公図に記載された情報ではあるものの、本件土地宝典においては、筆界に独特の記号を付すことで、公図とは視覚効果の異なる表示方法を用いていることが認められる(甲6の1)。
ウ 以上によれば、本件土地宝典は、民間の不動産取引の物件調査に資するという目的に従って、地域の特徴に応じて複数の公図を選択して接合し、広範囲の地図として一覧性を高め、接合の際に、公図上の誤情報について必要な補正を行って工夫を凝らし、また、記載すべき公図情報の取捨選択が行われ、現況に合わせて、公図上は単に分筆された土地として表示されている複数の土地をそれぞれ道路、水路、線路等としてわかりやすく表示し、さらに、各公共施設の所在情報や、各土地の不動産登記簿情報である地積や地目情報を追加表示をし、さらにまた、これらの情報の表現方法にも工夫が施されていると認められるから、その著作物性を肯定することができる。
エ これに対して、被告は、次のように反論する。しかし、これらの主張はいずれも理由がない。
a) 被告は、公図をまとめ、地目、地積等を表示するという形式は、明治初期に刊行された土地宝典において既に採用されており、本件土地宝典はその模倣ないし亜流にすぎないから、公図の二次的著作物といえるだけの創作性は認められないと主張する。
 しかし、被告が本件土地宝典に先立って発行された土地宝典と本件土地宝典とで同一である旨指摘する点は、抽象的な編集方法ないし編集方針(アイディア)の共通性にすぎないというべきである。特定の地域を対象とする本件土地宝典とその余の土地宝典とで、その対象とする地域が異なる限り、そもそも地図の対象となる素材が異なるのであるから、抽象的な編集方法ないし編集方針が共通していたとしても、これにより本件土地宝典の創作性が否定されるものではない。なお、本件土地宝典と同一の地域を対象とし、本件土地宝典より先立って発行されたとする土地宝典が存在するとの証拠もない。
 また、大羅陽一氏の論文「土地宝典の作成経緯とその資料的有効性」(乙1)によれば「土地、 宝典には名称・形態をはじめ、掲載事項や表現内容などにおいてさまざまな種類のものが認められる」(1頁)、「一概に土地宝典といっても発行時期や発行地域によって、さらに都鄙の別で掲載した項目・内容が相違し、必ずしも一定していない」(3頁)、「単に土地宝典といっても、発行地域によってあるいは発行時期によって、原図とした公図は異なっている」(17頁)、「土地宝典は名称や体裁・表現内容において多様性がみられるものの、横長は明治期に多く、縦長は大正期以降の発行のものに多い。また、表現内容・記載事項においては、その出版社に規定される面が強い」(17頁)等と分析されており、一般的に土地宝典といっても、その素材とする公図の選択、あるいはその表現内容・方法等に多様性がみられることが説明されている。このことは、土地宝典といっても、明治時代以来、種々のものがあり、その作成者により、情報の取捨選択、表現上の工夫において作成者の個性が表れることを物語るものである。
b) 被告は、本件土地宝典は、地目、地積等の情報は付加されているものの、その資料としての価値の大部分は、法務局備付けの公図をそのまま縮小した点にあり、したがって、本件土地宝典が、公図を接合し、各種情報を付加して作成されていても、それは、公図を変形、翻案して新たな地図として創作されたというまでには至っていないというべきであり、本件土地宝典は公図の二次的著作物とは認められない、と主張する。
 しかし、本件土地宝典は、上記のとおり、複数の公図を選択し、これを接合してより広範囲の地図とし、その際に公図上の誤情報を補正したり、また、公図情報に加え、道路、水路、鉄道などの現況情報、公共施設の所在情報、地積、地目表示などの不動産登記簿情報を付加して作成されたものであり、不動産取引の前提となる物件調査に必要な民有地の情報を優先して取捨選択して表示したものである。そして、土地宝典といっても、その作成者により、その情報の取捨選択や表示方法に個性が存在することは前記のとおりであるから、本件土地宝典を公図の二次的著作物として保護すべきである。被告の主張は採用することができない。
c) 被告は、公図自体が、水路は青、道路は赤で彩色しているのであり(乙16)、本件土地宝典は色を変えたにすぎない、とも主張する。
 しかし、公図によっては、例えば、水路を水色に表示するものもあるとしても(乙16)、前提となる事実認定のとおり、このような表記方法は一部のものにすぎず、公図については各都道府県により異なった表記方法となっているのであり、本件土地宝典に対応する公図については、前記認定のとおり、現況が水路や道路等でも、単に分筆された土地として表示されている部分も多いのである。被告の上記主張は、採用することができない。
2 争点2(本件土地宝典の著作権の原告らへの帰属の有無)について
 本件土地宝典の著作権の各譲渡契約書及び各譲渡証書(甲7の1ないし甲7の10、甲47の1ないし甲47の10)、原告Aの陳述書(甲22)によれば、Cが、別紙一覧表「譲渡日」欄記載の日に、別紙一覧表「譲受人」欄記載の者に、本件土地宝典の著作権を譲渡したことを認めることができる。
 被告は、本件土地宝典の著作権等の譲渡対価が低廉であることや改訂版の発行がなされていないことなどを理由に、Cに権利移転の意思があったか疑問であると主張し、また、本件土地宝典の著作権は代金支払時に移転すると解するのが合理的であるのに、代金支払の立証がないなどと主張する。しかし、上記各譲渡契約書及び各譲渡証書には、Cの実印が押捺されているから(甲48の1及び甲48の2 、上記各譲渡) 契約書及び各譲渡証書は、Cの意思に基づいて真正に成立したものであると認められる。そして、そもそもこの各譲渡契約書及び各譲渡証書によれば、契約締結時に本件土地宝典の著作権が譲渡されることが明記されているのであり、本件土地宝典の著作権が代金支払と引換えに移転するとの条項は存在しないから(甲7の1ないし甲7の10)、本件土地宝典の著作権は譲渡契約と同時に移転したと解すべきである。なお、上記各譲渡契約書及び譲渡証書によれば、本件土地宝典の著作権の譲渡代金は、各契約締結時に一括して支払われることが明記されているものの、仮に、原告らがこの譲渡代金を支払わなかったとすれば、原告らとCとの間に何らかの紛争が生じていたはずであるのに対し、本件ではそのような紛争があったことを認めるに足りる証拠は存在せず、かつ、上記各譲渡契約書及び譲渡証書は、別紙一覧表記載の譲渡日時のとおり、約1年4か月位の期間内において、次々と締結されていったのであるから、このことからも契約締結時に譲渡代金が滞りなく支払われていったことが推認されるところである。よって、被告の上記主張は理由がない。
3 争点3(被告の行為(本件土地法典の貸出及び民事法務協会に対する法務局内におけるコピー機設置場所の提供)が本件土地宝典の著作権を侵害する不法行為に該当するか)について
(1) 証拠(甲30、甲33、甲34、甲35、乙20、乙21)によれば、次の事実が認められる。
ア 本件土地宝典の管理状況
 法務局にある本件土地宝典は、法務局職員により管理されており、一般人が本件土地宝典の閲覧及び複写を申し込むと、法務局職員が本件土地宝典を申込者に貸与する。ただし、貸与された本件土地宝典の閲覧は、改ざん防止のため、法務局内においてのみ許されており、これを外部に持ち出すことはできないため、その複写をする場合は、法務局内に設置されたコインコピー機によってのみ複写することになる。
イ 法務局内のコインコピー機の管理状況
 法務局内のコインコピー機は、被告が民事法務協会に使用許可を与えた場所において、同協会がこれを設置し、一般人に対し、法務局から貸し出された図面等のコピーサービスを提供している。コインコピー機は、閲覧複写の対象となる書類の改ざん防止のため、法務局が直接管理監督する場所に設置されている。本件土地宝典は、各種申請書類、例えば、国土利用計画法に基づく土地取引届出(甲9)、都市計画法32条に基づく同意申請(甲10)、埋蔵文化財関連申請(甲11)、公共用財産用途廃止申請(甲12)、国有地払下げ申請(甲13)などにおける添付資料とされていること、公図及び不動産登記簿等の情報を一覧することができること、公図よりも広域であり一覧性に優れるため、特に郊外地や山林などの踏査にあたって重用されることから、不動産取引関係者及び金融業関係者を中心として、貸出及び複写の需要がある。
ウ 民事法務協会と被告の関係
 民事法務協会は、法務省所管の財団法人であって、その事業の一つとして、法務局において公図等を閲覧する人の利便等を図るため、同所にコインコピー機を設置し、その管理運営に当たっているものである。すなわち、民事法務協会は、法務局の貸与する図面等の複写について独占的な事業を営んでいるものである。そのため、コインコピー機の利用料金は市中にあるコインコピー機よりやや高額に設定されている。なお、被告は、コインコピー機の設置に関し、国有財産法18条3項及び19条に基づいて、法務局の建物の一部の使用を許諾し、民事法務協会から、国有財産の使用料を徴収している。
(2) 上記認定事実によれば、本件土地宝典は、広範な地域の公図及び不動産登記簿等の情報を一覧することができるため、不動産関係業者等が郊外地や山林地などの物件調査をするにあたって重用されており、また、各種申請における添付資料とされていることなどから、遅くとも原告らが本件土地宝典の著作権を譲り受ける以前から、現在に至るまで、不動産関係業者等をはじめとする不特定多数の第三者が、上記のような業務上の利用目的をもって、各法務局に備え置かれた本件土地宝典の貸出を受けて、各法務局内に設置されたコインコピー機において複製行為をなしてきたことは容易に推認し得るところである(甲14)。
 一方、このような公的申請の添付資料や物件調査資料としても使われるという本件土地宝典の性質上、貸出を受けた第三者がこれを謄写することは十分想定されるのみならず、閲覧複写書類の改ざん防止の見地から、コインコピー機は法務局が直接管理監督している場所に設置されているものであるから、各法務局は、本件土地宝典が貸し出された後に複写されているという事情については、十分に把握していたはずである。また、民事法務協会がコインコピー機を設置しているとはいえ、同協会は法務省所管の財団法人であって、被告が同協会に対し法務局内のコインコピー機設置場所の使用許可を与えており、かつ、実際にコインコピー機設置場所の管理監督をしているのは、上記のとおり、各法務局である。よって、被告(各法務局)は、本件土地宝典の貸出を受けた者がこれを複写しているという事情を十分に把握していたのであるから、この複製行為を禁止する措置をとるべき注意義務があったのに禁止措置をとらず、漫然と本件土地宝典の貸出行為及び不特定多数の一般人による複製行為を継続させたことにおいて、本件土地宝典の無断複製行為を惹起させ、継続せしめた責任があるといわざるを得ない。
 また、民事法務協会は、コインコピー機の直接の管理者であり、不特定多数の一般人をして本件土地宝典の無断複製行為をさせ、これにより利益を得ていたのであるから、本件土地宝典の複製行為については、その侵害主体であるとみるべきである。そして、被告(各法務局)が本件土地宝典の複製を禁止しなかった不作為についても、被告が民事法務協会に対しコインコピー機の設置許可を与え、同設置場所の使用料を取得し、同コピー機が法務局が貸し出す図面の複写にのみ使用されるものであること、法務局がコインコピー機の設置場所についても直接管理監督をしていることを考慮すると、各法務局がコインコピー機の使用に関し、民事法務協会と共に直接これを管理監督していたものと認められ、各法務局についても、不特定多数の一般人による本件土地宝典の複製行為について、単なる幇助的な立場にあるとみるよりは、民事法務協会と共に共同正犯的な立場にあるとみるのが相当である。以上によれば、民事法務協会と被告とは、本件土地宝典の不特定多数の一般人による上記複製行為について、共同侵害主体であると認めるのが相当である。
 なお、被告は、本件土地宝典の複製行為により直接の利益を得ているわけではない。しかし、被告は、本件土地宝典の複製行為により利益を得ている民事法務協会からコインコピー機の設置使用料を取得しているものである。
 また、本件土地宝典の複製行為については、民事法務協会と被告とが共同侵害主体であると評価すべきことは前記のとおりであるから、共同侵害主体と評価し得る者のいずれかが複製行為により利益を得ているだけで足りると解すべきである。
 被告は、本件のように、被告の行為による権利侵害の蓋然性は高いとはいえず、被告には結果発生の予見可能性すらない上、現実に権利侵害が発生している立証すらない場合については、被告の行為を著作権侵害行為と評価できない、と主張する。
 しかし、本件土地宝典の貸出とコインコピー機の設置により、不特定多数の一般人による本件土地宝典の違法複製行為が発生する蓋然性が高く、実際に複製行為がなされていたこと、及び、被告がその結果を十分に予見し、かつ、認識し得たことは前記認定のとおりである。被告の上記主張は採用し得ない。
4 争点5(Cが法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が謄写することを包括的に許諾していたといえるか)について
 被告は、Cが、生前、被告に対し、本件土地宝典の法務局窓口での貸出し及びこれを受けた不特定多数の第三者による複写について、黙示の包括的許諾を与えていた、と主張する。
 しかし、本件に顕れたすべての証拠を精査検討しても、Cが法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が謄写することを包括的に許諾していたと認めるに足りる証拠はなく、被告の主張は採用することができない。
 被告主張のとおり、本件土地宝典の作成にあたり、法務局においてCに対して便宜を図ったことがあり、Cがこれに対する謝意を表するために本件土地宝典を法務局に寄贈していたとの事実があったとしても、法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が無制限に謄写することを包括的に許諾すれば、本件土地宝典を購入しなくても法務局において謄写すれば足りることになり、本件土地宝典の購入者が減少するであろうことは容易に想像がつくことであるから、本件土地宝典の販売を生業としていたCがそのような包括的な許諾をしたとは考えがたいというべきである。このことは、本件土地宝典の奥付には、「非売品」との表示とともに、「不許複製」と明記されていること(乙2)とも整合する。
5 争点6(著作権法38条4項の趣旨は法務局窓口での本件貸出に及ぶか)について
 被告は、著作権法は、38条4項に基づいて書籍等を借り受けた者が、私的使用以外の目的で複製した場合についても、著作物の貸出しが著作権を侵害することを予定していないと解するのが相当である、と主張する。
 しかし、著作権法38条4項は、昭和59年の法改正により貸与権(26条の2)が創設されたのに伴って、改正前から行われていた図書館、視聴覚ライブラリー等の社会教育施設やその他の公共施設における図書や視聴覚資料の貸出を、地域住民の生涯学習の振興等の観点から、改正後も円滑に行うことができるようにする目的で、貸与権を制限することにしたものである。
 このように、著作権法38条4項は、貸与権との関係を規定したものにすぎず、複製権との関係を何ら規定したものではないのであって、ましてや、貸出を受けた者において違法複製が予見できるような場合にまで、貸出者に違法複製行為に関して一切の責任を免れさせる旨を規定しているとは到底解することはできない。被告の主張は採用することができない。
 また、本件土地宝典については、その利用者である不動産関係業者や金融機関の関係者が業務上利用する目的で、貸出を受けた上でこれを複写することが多いことは明らかであるから、これらの行為が著作権法30条1項の私的使用目的での複製に該当しないことも自明である。この点に関する被告の主張も採用することができない。
6 争点7(二次的著作物の原著作者の複製についての許諾権により違法性が阻却されるか)について
 被告は、原著作者である被告は、本件土地宝典について二次的著作権を有する者と同一の種類の権利を有するから(著作権法28条)、複製についての許諾権も有していることになり、不特定多数の第三者が法務局において本件土地宝典を複写したことについて被告に幇助行為があったと観念できるとしても、違法性が阻却されるため、不法行為は成立しない、と主張する。
 しかし、本件土地宝典が公図の二次的著作物であり、被告が公図の原著作者であるとしても、本件土地宝典の複製には、原著作者の許諾とともに、二次的著作物の著作権者である原告らの許諾を要するのであるから、原告らの許諾を得ずに複製を行うことが違法であることは明らかであり、被告の主張は採用することができない。
7 争点8(信義則違反の有無)について
 被告は、原告らが、本件土地宝典の著作権を損害賠償請求権と共に譲り受け、その数年後に権利を行使したのは、信義則に反し、権利の濫用である、と主張する。
 しかし、本件に顕れたすべての証拠を精査検討しても、原告らの損害賠償請求権の行使が信義則に反し、権利の濫用に当たると認めるに足りる証拠はなく、被告の主張は失当である。
 被告は、Cが法務局における第三者による無断複製行為を黙認していたと主張する。しかし、そのような事実を認めることができないことは既に述べたとおりである。また、権利者が権利を行使するかしないか、行使するとしてもそれをいつ行使するのかは権利者の自由であり、権利者が一定期間権利を行使しなかったことは消滅時効制度によって権利者に不利益となるのが原則であり、権利の濫用を基礎付ける有力な事情の一つとして評価されるのは例外的な場合に限られるというべきである。本件においても、原告らは、後に述べるとおり、一定期間権利を行使しなかったことにより、消滅時効制度により不利益を被っているのであり、それ以上に、これを権利の濫用を基礎付ける有力な事情の一つとして評価して、自ら不法行為を継続した被告を救済すべき事情は見当たらない。
8 争点9(消滅時効の成否)について
(1) 原告Aは、本件土地宝典の著作権の譲渡を受ける以前に、Cから、法務局や役所等で勝手に土地宝典のコピーを取らせるために、土地宝典の販売がうまくいかず、改訂版の発行すらできない状況になってしまったとの趣旨のことを聞かされていた(甲22)。また、原告らは、平成12年6月30日に本件土地宝典の一部を買い取って以降、複数の不動産鑑定士に本件土地宝典の買い取りを打診したものの、それらの者がいずれも、土地宝典は法務局でコピーを取得することが可能なため、一般需要者へ販売することは極めて困難である、との理由で買い取りを拒絶したため、原告らにおいて、順次本件土地宝典を買い取ることにしたものである(甲22)。さらに、原告らは、本件土地宝典の著作権の譲渡を受ける際、その各譲渡契約書に「甲の権利として認められる違法コピー等に対する損害賠償請求権等の求償権は本日以降乙に無償にて移転する」と明記している(甲7の1ないし甲7の10)。そうすると、原告らは、遅くともかかる譲渡契約のうち最終のものが締結された平成13年10月31日までには、各法務局において本件土地宝典が貸し出され、それが無断で複製されていたとの事実、及び、これにより既に損害が発生し、今後も損害が発生し得べきことを知っていたものと認められる。
 したがって、原告らが本件土地宝典の著作権の譲渡を受けた日から本訴提起日の3年前である平成14年8月7日までの間の違法複製に係る損害賠償請求権については、原告らは損害賠償請求権の発生と同時に、加害者たる被告に対する賠償請求が可能な程度に損害の発生を知ったものというべきであり、これらについては本件訴訟提起前に消滅時効が完成したものと認められる。そして、被告がかかる消滅時効を援用したことは当裁判所に顕著な事実であるから、被告の消滅時効の抗弁は理由がある。
(2) これに対して、原告らは、被害者たる原告らが損害の発生を現実に認識したのは、本件訴訟における被告の答弁の時であり、早くてもいくつかの法務局を調査して内容証明郵便を発送した平成16年9月30日であるから、平成17年8月8日の本訴提起により消滅時効は中断した旨主張する。
 しかしながら、本件について、個々の法務局における具体的な違法複製行為の認識が必要であると考えると、本件訴訟を提起した後に消滅時効の起算点が到来することになるが、このように権利行使したにもかかわらず消滅時効の起算点が到来していないという考え方は、権利を行使することができる時から消滅時効が進行する旨を定める民法166条1項と相容れないものというほかなく、採用することができない。また、既に述べた本件土地宝典の著作権の各譲渡契約書の記載によれば、原告らは、本件土地宝典の著作権の譲渡時において、既に法務局における本件土地宝典の違法複製により現に損害が発生し、今後も損害が発生し得べきことを知っていたものと認められるから、いくつかの法務局を調査して内容証明郵便を発送した平成16年9月30日が消滅時効の起算点になるとの原告らの主張も採用することはできない。
9 争点10(不当利得の成否)について
 原告らは、被告が、法務局内のコインコピー機における不特定多数の一般人による本件土地宝典の無断複製行為について、その侵害主体であることを前提として、法律上の原因なくして、本来支払われるべき本件土地宝典の使用料を免れてこれと同額の利益を取得した、と選択的に主張する。
 本件において、本件土地宝典を違法に複製した共同侵害主体と評価し得る者が被告と民事法務協会であることは前記認定のとおりである。したがって、被告は、民事法務協会と共に、法務局内において不特定多数の一般人により行われた本件土地宝典の複製行為により本来支払われるべき使用料の支払を免れてこれと同額の利益を得たものというべきであり、原告らは、これにより損失を被ったものである。よって、原告らの不当利得の請求は理由があるので、消滅時効が成立する期間内の侵害行為について、不当利得の請求が認められる。
10 争点4(損害額)及び損失額について
(1) 原告らは、被告が法務局備付けの本件土地宝典を利用者に貸し出して、法務局内に設置のコインコピー機により利用者をして無断複製行為をなさしめたことにより、本件土地宝典の販売部数が減少し、逸失販売利益の損害を被ったと主張する。しかし、本件に顕れたすべての証拠を精査検討しても、本件土地宝典について、そもそも不特定多数の者による本件土地宝典の違法複製行為が各法務局においてどの程度の頻度でどの程度なされたかが不明であり、また、違法複製行為を放置したことにより、本件土地宝典の販売部数の減少が生じ得るとしても、複製行為をした者のうち、どの範囲の者が複製行為をすることができなければ本件土地宝典を購入したかについても全く不明である。したがって、本件については、被告が違法複製行為を放置したことにより、原告らに本件土地宝典の逸失利益の損害が生じたとしても、その損害の額を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
(2) しかし、原告らには、本件土地宝典の不特定多数の一般人による無断複製行為により、使用料相当額の損害が生じており、原告らは、民事法務協会と共にその共同侵害主体である被告に対し、同額の損害賠償を請求することができる(民法709条、719条、著作権法114条3項)。
 ただし、本件においては、上記のとおり、違法複製行為がなされた回数を特定することが極めて困難であるから、原告らに損害が生じたことは認められるものの、「損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるとき」(著作権法114条の5)に当たる。
 そして、著作権侵害の対象である本件土地宝典が各法務局に合計120冊備え付けられていること、本件土地宝典の売価が3万円であること(甲16)、本件土地宝典は、前記認定のとおり、複数の公図を選択して接合して一葉に表示したため、一覧性にすぐれた広範囲の情報を提供し得ること、その際に公図の誤情報を補正していること、公図情報に加え、道路、水路、鉄道などの現況情報、公共施設の所在情報、地積、地目表示などの不動産登記簿情報を付加して作成されたものであり、各種申請行為の添付資料として選択し得る資料の一つともされていたこと、特に郊外地や山林原野などの現地調査の際に便利であったことなどから、その貸出のみならずこれを複写する需要も相当程度存在したこと、本件土地宝典は従前は10年ごとに改訂されていた(甲22)ものの、被告が本件土地宝典の著作権を侵害した期間が平成12年6月30日ないし13年10月31日から平成17年2月8日までの期間であるのに対し、本件土地宝典120冊のうち最も古いものは昭和47年3月28日に発行されたものであり、最も新しいものでさえ平成4年6月24日に発行されたものであり、平成元年以降に発行されたものは120冊中17冊にすぎないこと、原告らは本件土地宝典の著作権を、過去の損害賠償請求権も含め、合計730万円で譲り受けていることなどの事情を考慮すると、上記期間内における本件土地宝典の違法複製行為による原告らの使用料相当額の損害は、本件土地宝典各1冊につき1年当たり平均1万円として、120冊全体で1年当たり120万円と認めるのが相当である。
 また、原告らは、消滅時効が認められる期間については、使用料相当額の不当利得の主張をしており、この使用料相当額も、本件土地宝典各1冊につき1年当たり平均1万円として、120冊全体で1年当たり120万円と認めるのが相当である(著作権法114条の5の類推適用)。
 なお、本件土地宝典の著作権が譲渡された時期は、別紙一覧表記載のとおり、平成12年6月30日から平成13年10月31日までの期間内のいずれかの日時に分かれており、この各始期から平成17年2月8日の侵害行為終了時までの期間を平均すると少なくとも48月分となる(原告らも、この期間を48か月として請求している。)。
 以上によれば、原告らの請求は、弁護士費用を除き、本件土地宝典の48月分の使用料相当額合計480万円(120万円×4年)の限りで理由がある(このうち、平成14年8月8日から平成17年2月8日までは著作権侵害の不法行為による損害であり(120万円×2年6月)、それ以前は不当利得による損失(120万円×1年6月)である。)。
 また、弁護士費用については、本件訴訟追行の困難さなど、本件訴訟に顕れたすべての事情を考慮し、96万円を相当因果関係にある損害と認める。
(3) 以上によれば、原告らの損害は、合計で576万円であり、これを原告らの持分に応じて割り振ると、原告株式会社富士不動産鑑定事務所につき463万2000円、原告Aにつき86万4000円、原告Bにつき26万4000円となる。
11 結論
 よって、原告らの本訴請求は、主文掲記の限度で理由があり、その余は理由がなく、仮執行宣言については相当でないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 関根澄子
 裁判官 古庄研
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