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【事件名】類似“ヒュンメル”事件
【年月日】平成20年1月24日
 大阪地裁 平成18年(ワ)第11437号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年11月16日)

判決
原告 株式会社エスエスケイ
訴訟代理人弁護士 中嶋邦明
同 平尾宏紀
訴訟代理人弁理士 東尾正博
同 田川孝由
被告 株式会社コマリヨー
訴訟代理人弁護士 小島秀樹
同 菊池毅
同 工藤敦子


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は、別紙イ号物件目録記載の短靴を製造し、輸入し、販売し、販売の申出をしてはならない。
2 被告は、被告の所有する前項記載の短靴を廃棄せよ。
3 被告は、別紙ロ号物件目録記載の短靴を製造し、輸入し、販売し、販売の申出をしてはならない。
4 被告は、被告の所有する前項記載の短靴を廃棄せよ。
5 被告は、別紙ハ号物件目録記載の短靴を製造し、輸入し、販売し、販売の申出をしてはならない。
6 被告は、被告の所有する前項記載の短靴を廃棄せよ。
7 被告は、別紙ニ号物件目録記載の短靴を製造し、輸入し、販売し、販売の申出をしてはならない。
8 被告は、被告の所有する前項記載の短靴を廃棄せよ。
9 被告は、原告に対し、1881万円及びこれに対する平成18年11月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10 訴訟費用は被告の負担とする。
11 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、デンマーク王国法人である後記ヒュンメル社の製品(スポーツシューズ等)を日本国内において独占的に輸入販売・製造販売する権利を有する原告が、短靴(スニーカー・カジュアルシューズ)を輸入・販売する被告に対し、ヒュンメル社の短靴の図柄模様は、同社の出所を表示する商品等表示として周知性を有するところ、被告の短靴(後記イ号ないしニ号物件)の図柄模様はヒュンメル社の短靴の図柄模様と類似し、ヒュンメル社の商品と混同のおそれがある(不正競争防止法2条1項1号)として、@上記1号及び同法3条1項に基づき被告の各短靴の輸入・販売等の差止め、A上記1号及び同法3条2項に基づき被告の各短靴の廃棄、B同法4条に基づき被告の短靴の販売によって原告が被った1881万円の損害賠償及びこれに対する平成18年11月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
 なお、以下、不正競争防止法のことを単に「法」という。
2 前提事実(証拠を掲記しないものは争いがないか弁論の全趣旨により容易に認められるものである。)
(1) 原告は、平成14年10月7日、デンマーク王国法人の「Hummel A/S」(以下「ヒュンメル社」という。)との間で、@スポーツとレジャーの被服と靴、Aスポーツシューズ、バッグや被服、Bサッカー関連用具、及びCハンドボール関連用具について、次の内容のライセンス契約(LICENCE AGREEMENT)を締結した(甲9。以下「本件ライセンス契約」という。)。
ア 2.1項
 この契約の各条項にしたがって、ヒュンメル社は、ライセンシー(原告)に対して、許諾地域(日本)において上記許諾製品を製造及び販売するために許諾商標を独占的に使用することを許諾する。
 ヒュンメル社及びその指名した者は、許諾地域(日本)内でヒュンメル製品を製造し又は製造させる権限を有する。
イ 2.3項
 ヒュンメル社は、ライセンシー(原告)を通じてのみ、販売のために上記許諾製品を許諾地域(日本)内に輸出することができることについて、両当事者により承認されている。
(2) ヒュンメル社が製造販売する短靴の形態は、別紙原告物件目録1及び2の写真のとおりである(以下「原告商品1」、「原告商品2」といい、併せて「原告商品」という。)。
(3) 被告は、別紙イ号ないしニ号物件目録の写真の短靴を製造販売している(以下、イ号ないしニ号物件を併せて「被告商品」という。)。
3 争点
(1) 原告は、ヒュンメル社の商品の商品等表示について、法2条1項1号、3条及び4条の権利を行使する資格を有するか。
(2) 原告商品の図柄模様はヒュンメル社の周知な商品等表示か。
(3) 被告商品の図柄模様は原告商品の図柄模様と類似するか。
(4) 被告商品はヒュンメル社の商品と混同のおそれがあるか。
(5) 被告の故意・過失の有無及び原告の損害額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(原告の権利行使資格)について
【原告の主張】
 原告はヒュンメル社との契約によりヒュンメル社の製品の日本における独占的製造販売権を得ている。すなわち、本件ライセンス契約は、条項2.1によって、原告に対して「許諾製品の製造販売」についての独占と、その製品への「商標使用」の独占という2つの事項を許諾している。また条項2.3は条項2.1によって原告に対して許諾した「許諾製品の製造販売」についての独占の意味をより明確にするために規定されたものであり、この条項2.3によって、許諾者であるヒュンメル社といえども、原告を介することなく同社製品を日本に輸出できないことになっている。したがって、許諾製品の製造販売に関する原告の立場は、特許法にいういわゆる独占的通常実施権者よりむしろ専用実施権者に近い。そして、法第3条は、不正競争によって「営業上の利益を侵害された者等に差止請求」権を認め、また、法第4条は、不正競争によって「営業上の利益を侵害した者」に対して損害賠償義務を課しているところ、原告は、上記のとおり独占的製造販売権者であり、被告の不正競争行為によって営業上の利益を害されたものであるから、原告は差止請求権や損害賠償請求権を有する。
【被告の主張】
 法2条1項1号の商品等主体混同行為によって「営業上の利益を侵害される者」(法3条1項)とは、商品等表示がその者の商品ないし営業を示す表示として周知となっている者であって混同の対象となっている者、すなわち、「他人」(法2条1項1号)に該当する者である。
 そうすると、原告の主張によっても、後記原告商品等表示は、ヒュンメル社の商品を示す表示にすぎず、原告の商品を示すものではなく、原告は「他人」に該当しないから、原告は後記原告商品等表示の使用に対する差止請求権等を有していない。
 この点、原告は、本件ライセンス契約によってヒュンメル社の靴の独占的輸入販売権等を有していることを指摘する。しかし、独占的販売権は、商品等表示の権利者と販売許諾を受けた者(「独占的販売権者」)との間の債権であり、第三者に対して主張できる絶対的・物権的権利ではない。独占的販売権者の行為も、形式的には商品等主体混同行為に当たり得るが、被害者たる権利者の承諾により、違法性が阻却されるにすぎない。それ以上に、独占的販売権者独自の利益が保護されるものではない。したがって、原告がヒュンメル社の靴の独占的販売権者であったとしても、原告には、保護されるべき利益はなく、差止請求権等を有する余地はない。
2 争点(2)(周知商品等表示性)について
【原告の主張】
(1) 原告商品の図柄模様に顕れた商品等表示は、次のとおりである。
ア 原告商品1について(以下「原告商品等表示1」という。)
A1 短靴の内外各側面に、前後方向後方の上方にある履き口3の裏材折返し部分5と前後方向後方の下端の当て革6との間に図柄模様を表示したものであること。
B1 この図柄模様が、平仮名「く」の字状に中ほどで略105度の角度で屈曲する線幅略1.1cmの直線を、その線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配したものであること。
イ 原告商品2について(以下「原告商品等表示2」といい、原告商品等表示1と併せて「原告商品等表示」という。)
A2 短靴の内外各側面に、前後方向前方の上方にあるフラップ2とその下方の靴底7との間に図柄模様を表示したものであること。
B2 この図柄模様が、平仮名「く」の字状に中ほどで略105度の角度で屈曲する線幅略1cmの直線を、その線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配したものであること。
(2) 原告商品等表示の周知商品等表示性について
ア サッカーシューズ等の短靴の市場では、多くの会社が参入してその販売を競い合っている。別紙1の一覧表は、代表的な大手の短靴を一覧に示したものであるが、その側面にはそれぞれ各社特有の図柄模様が表示されている。
 原告の雑誌広告には、「ヒュンメルはトレードマークとして蜂のデザインを採用 未来の広がりを象徴するシェブロン(ライン)と共に、ユニークなhummelデザインのモチーフとなっています。」として原告商品等表示を解説している。また、広告宣伝の商品写真においては、この原告商品等表示である短靴の側面の図柄模様が明確となるように撮影され、表示している。このように各社の短靴側面に表示された特徴ある図柄模様は、自社商品とライバル社商品とが遠くからでもすぐ見分けがつくように表示されている。また、雑誌等による各社短靴の紹介記事においても、商品写真には各社の短靴の側面を撮影して図柄模様を明確に表し、需要者、取引者も、これらの図柄模様によって各社の商品を見分け、有名選手、贔屓選手の履いている靴と同じ図柄模様の靴を選んで購入するのである。
イ ヒュンメル社は、サッカーシューズを含むサッカー用品やハンドボール用品の製造業者として1923年にドイツ北部で創業し、サッカーのデンマークのナショナルチームに対するオフィシャルサプライヤーを1979年から2004年までの永年にわたって務めて、世界的に有名となっている。わが国では、昭和55年ころには、既に大松貿易株式会社が総代理店となってヒュンメル社製のサッカー用短靴(サッカーシューズ)等の輸入をし、モンブラン株式会社がこれを販売していた。その後、平成3年12月から原告がサッカー用短靴をはじめとするヒュンメル社の各種製品をわが国において独占的に輸入販売又は製造販売するようになり、当該製品の広告宣伝に努めて現在も継続している。そのため、サッカーシューズを含むヒュンメル社の各種製品は、サッカー愛好家を中心にわが国においても親しまれている。そして、このサッカーシューズその他の短靴には、原告商品等表示が表示され、そのうち約8割が原告商品等表示2であり、この原告商品等表示2は極めて周知となっている。
 株式会社矢野経済研究所による各社のサッカーシューズの2001年から2004年の調査によれば、原告によるヒュンメル社のサッカーシューズの販売は、出荷数量で業界10位、売上数量で業界9位〜10位の地位にある。
 原告による原告商品等表示2を表示したヒュンメル社の靴の広告宣伝も枚挙に暇がない。
ウ 原告取扱いのヒュンメル社の靴のうち、原告商品等表示1を表示した靴の占める割合は約2割程度である。しかしながら、原告商品等表示1と原告商品等表示2とは、くの字状の直線を2本並行に並べた図柄の特徴を共通し、相違するところは、この図柄が前者が靴の履き口の下方にあるのに対して、後者は靴のフラップの下方にあることにすぎない。靴の側面の前後方向の位置の相違にすぎず、いずれも同様の図柄が大きく表示されているために、その印象は共通する。したがって、原告商品等表示1も原告商品等表示2と同じ出所に係るものとして需要者、取引者に親しまれ、原告商品等表示2と同様に周知なものとして認識されている。
 また、原告商品等表示1と原告商品等表示2とは、短靴の側面の前後位置こそ相違するものの、両者は極めて近似の構成であり、その外観印象は共通するところが大きい。したがって、両者は社会通念上同一視されるから、仮に原告商品等表示1に周知性がないとしても、原告商品等表示2の周知性の範囲内に包含される。
エ アディダスやプーマ、ナイキ等の周知著名なサッカーシューズのメーカーは、いずれもスニーカー等のスポーツシューズも同時に製造販売している。これは、メーカーにとってサッカーシューズで獲得した名声をスポーツシューズにも生かして販売を拡張するためであり、有名選手の着用している同じ図柄のサッカーシューズやスニーカー等のスポーツシューズを着用したいという需要者の要望に応えることでもある。サッカーシューズやスニーカー等のスポーツシューズは不即不離の関係にあり、車の両輪の如くにその名声を利用し合うために、各メーカーはサッカーシューズやスポーツシューズを問わずその品質や性能を競い合っている。原告取扱いのヒュンメル社のサッカーシューズやスニーカー等のスポーツシューズも同様であり、両者に共通して原告商品等表示を使用して、各靴の需要者の購買意欲を高めている。また、ヒュンメル社のスニーカーは、映画「旅の贈り物」の小道具として採用され、狂言回しの重要な役割を果たしている
オ 以上のとおり、原告商品等表示は、ヒュンメル社の商品等表示として周知性を有している。
(3) 被告の主張に対する反論
ア ヒュンメル社の併用商標との関係について
 被告が指摘するヒュンメル社のマルハナバチを象った図形商標や「hummel」の文字商標等がヒュンメル社の短靴の出所表示であることと、原告商品等表示が出所表示機能を奏しているかどうかとは、次元の異なるものである。複数の出所表示が使用されている場合に、そのうちの特定の1つのみが出所表示であって、他のものに出所表示の機能はないというような択一関係はない。
イ 他社商品の例について
 被告が指摘するもののうち、乙第5号証、乙第6号証及び乙第11号証のものは、側面にくの字状の2本線の図柄模様を配したものであり、ヒュンメル社の靴のデザインを模倣盗用するものである。これら商品や他に現時点で不明の短靴が仮にあるとしても、短靴側面の図柄模様を付した原告商品等表示がありふれた一般的なものということはできない。むしろこのようなヒュンメル社製の短靴の模倣品が出てくること自体、原告商品等表示の周知性を裏付けるものである。
ウ ヒュンメル社の商品における図柄の相違について
 ヒュンメル社の個々のサッカーシューズやカジュアルシューズにおける図柄模様には、被告主張のように2本並行のくの字状の直線におけるその直線の太さや間隔等の細部の点で多少の相違があり、また当て革の有無等の付加的部分の相違、その他細部の相違もある。しかしこれらの相違があるとしても、くの字状の直線を2本並行に設けた特徴は全商品を通じて共通しているのであり、原告商品等表示は自他識別力を有している。
エ アンケート調査について
 被告が指摘するアンケート調査は、調査時刻に調査会場付近を通行していた人を母集団として設定しているが、このような母集団は、調査対象である購入者全員の縮図ではなく、偏っている。また、同調査は、上記母集団の中から標本抽出をする際に、上述の両会場前でアンケートに応ずるよう依頼した通行人のうち、これに応じた者のみを標本として抽出しており、標本抽出において人為が加わっている。
 したがって、そのようなアンケート調査結果に全く信頼性はない。
【被告の主張】
(1) 原告商品等表示の特別顕著性について
 短靴の模様が商品等表示性を有するというには、当該模様に特徴があり、かつ当該模様が周知性を有し、出所識別能力を獲得していることが前提条件となる。特に、原告商品等表示のように、それ自体に意味を持たない簡単でかつありふれた図柄模様であり、本来的に特別顕著性を有していない場合、出所主体がひとつの全く同じ表示を徹底して統一的、独占的に使用することにより、需要者がその表示が当該出所主体の表示であるとの認識を持つに至った場合にのみ、例外的に当該表示が特別顕著性を獲得したという余地ができる。
ア ところが、ヒュンメルブランドのカジュアルシューズ及びサッカーシューズ等短靴の側面に付された「くの字の2本線」のデザインは、極めて多様であり、統一規格がない。すなわち、「くの字の2本線」の線の太さ、長さ、屈曲する位置、屈曲する角度は、それぞれの靴で異なっており、また、「くの字の2本線」の傾きがほとんどないもの、下斜め前方に傾いているものなどがあり、さらに、「くの字の2本線」の付された位置も、靴の側面の後方、中央後方、中央前方、前方とさまざまである。
 2本線のデザイン以外の短靴の側面のデザインも多様であり、一部の例を示すと、「くの字の2本線」に加えて、直線や屈曲線を付しているもの(原告商品1ほか)、前方下方、後方下方に地布とは別の色の当て布を付しているもの(原告商品1ほか)、「くの字の2本線」が付されているものの地布にステッチで表示されており、全く目立たないものなどがある。また、「くの字の2本線」を使用しないデザインの靴も数多い。
イ 原告商品の図柄模様をヒュンメル社のサッカーシューズの図柄模様と比べてみても、両者は著しく異なっている。すなわち、(a)ヒュンメル社のカタログに掲載されているサッカーシューズ全21種類のうち、原告商品1のように、「くの字の2本線」が履き口裏材折返し部分の下に表示されているもの(HAS1048、HAS2048及びHJS1048の3種類)を見ても、「くの字の2本線」が両脇に縁取りがつけてある点、前方のくの字の線が中ほどより下で屈曲している点、くの字の上辺よりも下辺が太くなっている点で原告商品1と異なることに加え、「くの字の2本線」以外の図柄においても著しく異なっている。また、(b)ヒュンメル社のサッカーシューズ全21種類のうち、原告商品2と同様に、「くの字の2本線」がフラップとその下方の靴底との間に表示されているもの(HAS1060及びHAS1057の2種類)を見ても、「くの字の2本線」は、@HAS1060においては、くの字の下辺部分が緩やかな曲線となり、太さが上辺より太くなっている点、両脇に縁取りがつけてある点、下辺が上辺の3〜4倍の長さとなっている点、屈曲角の頂点を結ぶ線が爪先よりも手前の靴底に向かって、鋭角に下方を向いている点、後方のくの字の線の下端は履き口の中央よりも後ろまで延びている点で、AHAS1057においては、くの字の下辺の太さが上辺より太くなっている点、下辺が上辺の3〜4倍の長さとなっている点、屈曲角の頂点を結ぶ線が原告商品2よりも鋭角に下方を向いている点、後方のくの字の線の下端が靴底とのつなぎ目よりも上で途切れている点で原告商品2と異なることに加え、HAS1057においては「くの字の2本線」以外の図柄においても著しく異なっている。
 以上のように、2本線のデザイン自体、及びこれを含む短靴全体のデザインのいずれも統一性を全く欠いており、特別顕著性獲得の前提が存在しないこととなる。
ウ また、側面に「くの字の2本線」を配したカジュアルシューズは、ヒュンメルブランド及び被告の短靴以外にも、少なくとも7社により8種類が、販売されており(乙5ないし12)、ヒュンメルブランドの短靴に「くの字の2本線」が独占的に使用されているともいえない。
エ 以上より、原告商品等表示は、ヒュンメル社によって統一的にも独占的にも使用されていないので、特別顕著性を獲得する余地がなく、出所識別能力を獲得することはあり得ない。
(2) 原告商品等表示の周知性について
 原告商品もイ号ないしニ号物件も、ともにカジュアルシューズであるので、本件では、カジュアルシューズの需要者における周知性が問題である。仮に、原告商品等表示がサッカーシューズの需要者において周知性を獲得していても、直ちに本件における周知性を獲得したとはいえない。
 そもそも、原告によるヒュンメルブランドのサッカーシューズの販売が、業界9〜10位といっても、ある程度の販売実績を上げているサッカーシューズのメーカー自体が11〜12社しかないのであるから、サッカーシューズにおいてさえ、原告は業界の下位に位置している。また、平成16年のサッカーシューズの国内出荷数量における原告のシェアは全体のわずか1.6%と極めて低い。このことからすると、原告のカジュアルシューズの販売のシェアがさらに低いことは、容易に想像がつく。
 また、ヒュンメルブランドのカジュアルシューズ及びサッカーシューズには、常に統一規格のマルハナバチを象った商標、「hummel」の文字商標、及び/又は複数本のV字商標が付されて統一的に使用されており、これとは独立して、バラエティに富むデザインの「くの字の2本線」が原告の商品等表示として周知性を獲得することは極めて困難である。
 現に株式会社日本リサーチセンターが、カジュアルシューズ(スニーカー)を保有していることを前提条件として、平成19年8月17日新宿において、翌18日渋谷において、街頭でランダムにリクルートした20〜50代の男女200名を対象に行ったアンケート調査の結果によれば、原告商品のいずれの発売元も原告だと回答した者は回答者200人中1名もなく、ブランド名をヒュンメルと回答した者は、原告商品1及び2共に、僅か2名にすぎず、2名はいずれも同一人物だった。しかも、ヒュンメルと回答した者のうち1名は、「hummel(?)」と回答しており、同人にとって、原告商品に表示された原告商品等表示が商品等表示としては機能していないことが明らかである。また、回答者200名中見聞きしたことのあるブランドとして「hummel(ヒュンメル)」にマークした者は17名いたにもかかわらず、原告商品の側面の図柄模様をヒュンメル社の商品等表示として認識した者は1名しかいなかった。このことから、ヒュンメルというブランドを知っている者のうちほとんどの者が原告商品の側面の図柄模様を単なる図柄模様としてしか認識しておらず、ヒュンメル社製品を識別する商品等表示としては認識していないことが判明した。
3 争点(3)(類似性)について
【原告の主張】
(1) 被告商品の商品等表示について
ア イ号物件
 イ号物件は、別紙イ号物件目録記載のとおりであり、次の側面形態を有することを形態上の特徴とする合成皮革製の短靴である(色違いの短靴を含む)。
a1 短靴の内外各側面に、前後方向後方の上方にある履き口3の裏材折返し部分5とその下方の靴底7との間に図柄模様を表示したものであること。
b1 この図柄模様が、平仮名「く」の字状に中ほどで略115度の角度で屈曲する線幅略1.2cmの直線を、その線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配したものであること。
イ ロ号物件
 ロ号物件は、別紙ロ号物件目録記載のとおりであり、次の側面形態を有することを形態上の特徴とする合成皮革製の短靴である(色違いの短靴を含む)。
a2 短靴の内外各側面に、前後方向前方の上方にあるフラップ2とその下方の靴底7との間に図柄模様を表示したものであること。
b2 この図柄模様が、平仮名「く」の字状に中ほどで略115度の角度で屈曲する線幅略1.3cmの直線を、その線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配したものであること。
c2 短靴の内外各側面に表示された前記図柄模様のうち、外側の側面に表示された前記図柄模様には、この図柄模様を構成する後方の直線内の中程から下方かけて「PERSON'S」の欧文字をゴシック体で書していること。
ウ ハ号物件
 ハ号物件は、別紙ハ号物件目録記載のとおりであり、次の側面形態を有することを形態上の特徴とする合成皮革製の短靴である(色違いの短靴を含む)。
a3 短靴の内外各側面に、前後方向後方の上方にある履き口3の裏材折返し部分5とその下方の靴底7とのつなぎ目との間に図柄模様を表示したものであること。
b3 この図柄模様が、平仮名「く」の字状に中ほどで略108度の角度で屈曲する線幅略1cmの直線を、その線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配したものであること。
c3 前記図柄模様を構成する後方の直線の下端は、後端の踵当て革8とのつなぎ目で切れていること。
エ ニ号物件
 ニ号物件は、別紙ニ号物件目録記載のとおりであり、次の形態からなるデニム製の短靴である(色違いの短靴を含む)。
a4 前後方向前方の上方にあるフラップ2とその下方の靴底7との間に図柄模様を表示したものであること。
b4 この図柄模様が、平仮名「く」の字状に中ほどで略125度の角度で屈曲する線幅略1.2cmの直線を、その線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配したものであること。
c4 短靴の内外各側面に表示された前記図柄模様のうち、外側の側面に表示された前記図柄模様には、この図柄模様を構成する後方の直線内の中程から下方かけて「PERSON'S」の欧文字をゴシック体で書していること。
(2) 原告商品等表示と被告商品の商品等表示との類否について
ア 原告商品等表示1とイ号物件の商品等表示との類否について
 原告商品等表示1の構成A1とイ号物件の商品等表示の構成a1とは、短靴の内外各側面の前後方向後方の上方にある履き口の下方に側面の上下にわたる図柄模様を表示した外観形態であることで共通する。
 同B1と同b1とは、平仮名「く」の字状に短靴の側面前方に向かって中ほどで屈曲する太い直線をその線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配した図柄模様であることを共通する。しかし、この直線の屈曲角において、原告商品等表示1の直線が直角よりわずかに広角に屈曲するのに対して、イ号物件の商品等表示の直線は略115度で屈曲すること、及びこの直線の線幅において前者が略1cm強であるのに対して後者は略1.2cmであることで相違する。
 このように、原告商品等表示1の構成とイ号物件の商品等表示の構成とはいずれも共通し、その相違する直線の屈曲角度や線幅も微差にすぎない。したがって、イ号物件の商品等表示は、原告商品等表示1とその外観上相紛れるおそれのある類似のものである。
イ 原告商品等表示2とイ号物件の商品等表示との類否について
 原告商品等表示2の構成A2とイ号物件の商品等表示の構成a1とを対比すると、両者はいずれも、短靴の内外各側面に上下にわたる図柄模様を表示した外観形態であることで共通し、その側面の図柄模様の前後位置が、前者が前後方向前方の上方にあるフラップ2とその下方の靴底との間にあるのに対して、後者は前後方向後方の上方にある履き口の下方に側面の上下にわたってあることで相違する。
 同B2と同b1とを対比すると、両者はいずれも、平仮名「く」の字状に短靴の側面前方に向かって中ほどで屈曲する太い直線をその線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配した図柄模様であることを共通する。また、この直線の屈曲角が、両者はいずれも略115度で屈曲することにおいても共通する。しかし、この直線の線幅において前者が略1cm強であるのに対して後者は略1.2cmであることで相違する。
 このように、原告商品等表示2の構成A2、B2とイ号物件の商品等表示の構成a1、b1とは図柄模様やその直線の屈曲角においていずれも共通し、図柄模様の前後位置や線幅において微差があるにすぎない。したがって、イ号物件の商品等表示は、原告商品等表示2とその外観上相紛れるおそれのある類似のものである。
ウ 原告商品等表示2とロ号物件の商品等表示との類否について
 原告商品等表示2の構成A2とロ号物件の商品等表示の構成a2とは、短靴の内外各側面の前後方向前方の上方にあるフラップの下方に側面の上下にわたる図柄模様を表示した外観形態であることで共通する。
 同B2と同b2・c2とは、平仮名「く」の字状に中ほどで屈曲する直線を、その線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配したものであることにおいて共通する。しかし、この直線の屈曲角において、原告商品等表示2の直線が直角よりわずかに広角に屈曲するのに対して、ロ号物件の商品等表示の直線は略115度で屈曲すること、及びこの直線の線幅において前者が略1cm強であるのに対して後者は略1.3cmである相違の他、この図柄模様の後方の直線内にロ号物件の図柄模様では「PERSON'S」の欧文字を有するのに対して、原告商品等表示2にはこのような文字がないことにおいて相違する。
 このように、原告商品等表示2の構成とロ号物件の商品等表示の構成とはいずれも共通し、その相違する直線の屈曲角度や線幅も微差にすぎない。したがって、ロ号物件の商品等表示は、原告商品等表示2とその外観上相紛れるおそれがあるから、類似する。
エ 原告商品等表示1とハ号物件の商品等表示との類否について
 原告商品等表示1の構成A1とハ号物件の商品等表示の構成a3とは、短靴の内外各側面の前後方向後方の上方にある履き口の下方に側面の上下にわたる図柄模様を表示した外観形態であることで共通する。
 同B1と同b3とは、平仮名「く」の字状に短靴の側面前方に向かって中ほどで屈曲する太い直線をその線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配した図柄模様であることを共通する。ハ号物件の商品等表示は、原告商品等表示1にない構成として、その図柄模様のうち後方の直線の下端が短靴後端の踵当て革とのつなぎ目で切れている構成を有している(c3)が、両者は、短靴の内外各側面に靴底とのつなぎ目の上方に大きく表示されている図柄模様である点で共通する。また両者は、この直線の屈曲角において原告商品等表示1の直線が直角よりわずかに広角に屈曲するのに対して、ハ号物件の商品等表示の直線は略108度で屈曲することの相違があるが、その直線の線幅は略1cmと共通する。
 このように、原告商品等表示1の構成とハ号物件の商品等表示の構成とはいずれも共通し、その相違は微差にすぎない。したがって、ハ号物件の商品等表示は、原告商品等表示1とその外観上相紛れるおそれのある類似のものである。
オ 原告商品等表示2とハ号物件の商品等表示との類否について
 原告商品等表示2の構成A2とハ号物件の商品等表示の構成a3とを対比すると、両者は、その側面の図柄模様の前後位置において相違するにすぎず、その余を共通する。
 同B2と同b3とを対比すると、両者はいずれも、平仮名「く」の字状に短靴の側面前方に向かって中ほどで屈曲する太い直線をその線幅と略同じ間隔で2本並行に設けて、屈曲角の各頂点を結ぶ直線が略爪先下端方向に向かうように配した図柄模様であることを共通する。
 そして、ハ号物件の商品等表示は、原告商品等表示2にない構成として、その図柄模様のうち後方の直線の下端が短靴後端の踵当て革とのつなぎ目で切れている構成を有しているとしても(c3)、両者は、短靴の内外各側面に靴底とのつなぎ目の上方に大きく表示されている図柄模様である点で共通する。また両者は、この直線の屈曲角において原告商品等表示2の直線が略115度で屈曲するのに対して、ハ号物件の商品等表示の直線は略108度で屈曲することの相違があるが、その直線の線幅は略1cmと共通する。
 このように、原告商品等表示1の構成A1、B1とハ号物件の商品等表示の構成a3、b3、c3とはいずれも共通し、その相違は微差にすぎない。したがって、ハ号物件の商品等表示は、原告商品等表示2とその外観上相紛れるおそれのある類似のものである。
カ 原告商品等表示2とニ号物件の商品等表示との類否について原告商品等表示2の構成A2とニ号物件の商品等表示の構成a4とは、短靴の内外各側面に図柄模様が表示された外観形態であることで共通する。
 同B2と同b4・c4とは、平仮名「く」の字状に短靴の側面前方に向かって中ほどで屈曲する太い直線をその線幅と略同じ間隔で2本並行に配した図柄模様であることにおいて共通し、「PERSON'S」の欧文字の表示の有無で相違する。また両者は、この直線の屈曲角において原告商品等表示2の直線が直角よりわずかに広角に屈曲するのに対して、ニ号物件の商品等表示の直線は略125度で屈曲することの相違があり、その直線の線幅は前者が略1cm強であるのに対して後者は略1.2cmと相違する。
 このように、原告商品等表示2の構成とニ号物件の商品等表示の構成とはいずれも共通し、その相違は微差にすぎない。したがって、ニ号物件の商品等表示は、原告商品等表示2とその外観上相紛れるおそれのある類似のものである。
【被告の主張】
(1) 原告商品等表示1とイ号物件の商品等表示との類否について
 原告商品1の内外各側面には、薄茶色の地布の上に「くの字の2本線」(黄色)が存するが、それだけでなく、フラップから靴底とのつなぎ目までの直線(茶色)、爪先部分及び後方下方部分の当て革(地布と同じ薄茶色だが材質は異なる)が配されており、これらが一体となって図柄模様といい得るものである。
 他方、イ号物件の内外各側面の図柄模様は、履き口とその下方の靴底とのつなぎ目の間に表示されている「くの字の2本線」に加えて、爪先部分及び後方下方部分に配されている、地布(白)とは全く異なる色(灰色)の当て革が一体となったものである。
 両者の図柄模様とを比較すると、両者とも、@後方履き口の下方部分に「くの字の2本線」、A爪先部分に当て革、B後方下方部分に当て革を配していることでは抽象的に共通するものの、そもそも、イ号物件には、原告商品1の図柄模様のようにC側面中ほどにフラップから靴底とのつなぎ目までの直線は配されていない。また、@くの字の2本線の特徴、A爪先部分の当て革の特徴、B後方下方部分の当て革の特徴は、別紙2の1記載のとおり、ことごとく異なっている。したがって、原告商品1の図柄模様とイ号物件の図柄模様は、全体的に見ても、くの字の2本線のみを取り出して見たとしても、特徴が明らかに異なり、外観上相紛れるおそれは全くない。
(2) 原告商品等表示2とイ号物件の商品等表示との類否について争う。
(3) 原告商品等表示2とロ号物件の商品等表示との類否について別紙2の2記載のとおり、原告商品等表示2の「くの字の2本線」は細く長いのに対し、ロ号物件の「くの字の2本線」は太く短いため、前者は鋭利な印象を見た者に与え、後者は柔和な印象を与えるのであり、両者の特徴は明らかに異なり、外観上相紛れるおそれは全くなく、類似しているとはいえない。
(4) 原告商品等表示1とハ号物件の商品等表示との類否について
 原告商品1の内外各側面の図柄模様は、くの字の2本線(黄色)、フラップから靴底とのつなぎ目までの直線(茶色)、爪先部分及び後方下方部分の当て革(地布と同じ薄茶色だが材質は異なる)が一体となったものである。ハ号物件の内外各側面の図柄模様は、履き口の下方に表示されている「くの字の2本線」に加えて、爪先部分及び後方下方部分に配されている地布(白)とは全く異なる色(灰色)の当て革が一体となったものである。
 両者を比較すると、両者とも、@後方部分の「くの字の2本線」、A爪先部分の当て革、B後方下方部分の当て革を配していることでは抽象的に共通するものの、そもそも、ハ号物件には、原告商品1の図柄模様のようにC側面中ほどにフラップから靴底とのつなぎ目までの直線は配されていない。また、@くの字の2本線の特徴、A爪先部分の当て革の特徴、B後方下方部分の当て革の特徴は、別紙2の3記載の通りことごとく異なっている。
 したがって、原告物件1の図柄模様とハ号物件の図柄模様は、全体的に見ても、くの字の2本線のみを取り出して見たとしても、特徴が明らかに異なり、外観上相紛れるおそれは全くない。
(5) 原告商品等表示2とハ号物件の商品等表示との類否について争う。
(6) 原告商品等表示2とニ号物件の商品等表示との類否について
 別紙2の4記載のとおり、原告商品等表示2のくの字の2本線は細く長く、ニ号物件のくの字の2本線は太く短く、屈曲角は、原告商品等表示2の方がニ号物件よりも鋭角のため、前者は鋭利な印象を見た者に与え、後者は、柔和な印象を与えるのであり、両者の特徴は明らかに異なり、外観上相紛れるおそれは全くなく、類似しているとはいえない。
4 争点(4)(混同のおそれ)について
【原告の主張】
(1) 原告商品等表示は周知であり、被告商品の各商品等表示は原告商品等表示と類似する。したがって、被告による被告商品の輸入販売は、ヒュンメル社の商品と出所混同のおそれがある。
(2) 被告の主張に対する反論
ア 被告は、被告商品に使用している「PERSON'S」商標の著名性を指摘するが、その事実は証拠上明らかでなく、否認する。
イ 被告は、消費者の商品選択行動や価格帯から、原告商品と被告商品とが混同されるおそれがないと主張する。しかし、この種のファッション性に富んだ短靴は、その側面に付された図柄模様が需要者の購買意欲を増進させ、また被告商品に原告商品等表示に類似する商品等表示があるために、この表示を信頼し、ヒュンメル社又はヒュンメル社と何らかの関係のある会社の商品であるかの如くに誤認して、同社の高い品質を信頼して被告商品を誤って購入する。また、被告商品が安価なものであるとしても、ヒュンメル社又はヒュンメル社と何らかの関係のある会社が製造販売していると誤認して、同社の高い品質を信頼して被告商品を誤って購入する。したがって、出所の誤認混同を生ずるおそれは極めて大きい。
【被告の主張】
(1) 出所の確認は、ロゴマーク等でするのが通常であるところ、イ号ないしニ号物件には、側面に付された「くの字の2本線」上又はそれに極めて近接する箇所、内底及びタグに、角ゴシック体の「PERSON'S」の文字よりなる商標が付されている。「PERSON'S」は、1976年に「渋谷の公園通りで発生し」、1979年には、ファッションの街原宿で注目を集める人気ブランドとなり、30年間一貫して上記商標を自ら使用し、または第三者にライセンスして使用させ、レディスカジュアル、スクールユニフォーム、子ども用品、ペット用品など広範囲にわたる商品を市場に送り出している。2001年には伊藤忠商事の100%子会社である伊藤忠ファッションシステム株式会社が上記商標のライセンス権を獲得し、以来2006年末まで、ライフスタイルブランドとしての確立を目指して多岐にわたり、事業展開してきたという実績もある。このように、「PERSON'S」は極めて著名な商標である。被告商品にはこの商標が付されているから、消費者が被告商品をヒュンメル社の商品であると誤認混同するおそれはない。
(2) 原告商品も被告商品も共にカジュアルシューズであり、靴の中でも特に履き心地が重視される部類に属する。足に合わない靴を履くことは非常に苦痛を伴うことから、需要者たる消費者が靴を選ぶとき、見た目で瞬間的に判断するのではなく、履き心地を確かめたり、信頼のできるブランドであるかどうか確認したりするのが通常である。その商品選択行動からも、「PERSON'S」の文字商標に気付かぬことはあり得ないし、マルハナバチを象った商標も「hummel」の文字商標も付されていない被告商品をヒュンメル社の靴であると誤認することはない
(3) 原告商品を含む原告が取り扱うヒュンメル社のカジュアルシューズの価格帯は、9000円から1万5000円であるのに対し、被告商品の価格帯は1980円から2980円であり、全く異なる。すなわち、両者のグレードは全く異なり、競業関係に立たず、ヒュンメル社の商品が対象とする消費者が、このように低価格で売られている被告商品をヒュンメル社の商品と混同するおそれはない。
5 争点(5)(故意過失の有無・損害額)
【原告の主張】
(1) 被告は、短靴を取扱う同業者として、ヒュンメル社の短靴のデザインの特徴である原告商品等表示を知り得る立場にある。したがって、被告による被告商品の輸入販売は、故意又は少なくとも過失によるものである。
(2) 被告は、被告商品の輸入販売を次の通り開始し、平成18年10月31日の本件訴訟提起時までの売上高は次の額を下らない。
ア イ号物件 輸入販売の開始 平成17年11月頃から 売上高53、640、000円
イ ロ号物件 輸入販売の開始 平成17年11月頃から 売上高53、640、000円
ウ ハ号物件 輸入販売の開始 平成18年3月頃から 売上高62、820、000円
エ ニ号物件 輸入販売の開始 平成18年6月頃から 売上高18、000、000円
(3) 被告商品の利益率は10%を下らないから、被告が被告商品の売上によって得た利益の額は、1881万円を下回らず(不正競争防止法5条2項)、これが原告が受けた損害の額と推定される([53,640,000円+53,640,000円+62,820,000円+18,000,000円]×10%=18,810,000円)。
(4) 仮にそうでないとしても、原告は、被告による被告商品の輸入販売によって、その売上高の10%を下らない額の実施料相当額の営業上の利益を害され、損害を受けている(不正競争防止法5条3項1号)。したがって、原告の損害額は、上記売上合計額の10%である1881万円を下らない。
【被告の主張】
(1) 被告商品の側面に付された「くの字の2本線」は、太さ、屈曲する位置、付された側面上の位置に全く統一性がなく、被告は、「くの字の2本線」をカジュアルシューズの側面に意匠的に使用しているにすぎず、商品等表示として使用する意思がない。また、争点(4)の被告の主張にある事情からして、被告が原告の信用に便乗して自己の商品を販売する意図がないことは明白である。したがって、被告に不正競争行為の故意又は過失があるということはあり得ない。
(2) 損害額の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(2)(周知商品等表示性)について
(1) 本件において原告は、原告商品等表示はヒュンメル社の商品等表示として周知であると主張するので、まず争点(2)について検討する。
(2) 前記前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア ヒュンメルブランドについて
 「hummel」は、1923年にドイツ北部で生まれた世界で最も古いサッカー・ハンドボールブランドの一つであり、発売されたサッカーシューズは、多くのプロ選手に使用された。その後、1974年にハンドボール選手により買収され、その本拠をデンマーク王国に移した。
 1979年からはサッカーのデンマークナショナルチームのオフィシャルサプライヤーとなり、これは25年間続いた。同チームは、1992年のヨーロッパ選手権で初優勝し、1998年のワールドカップフランス大会でベスト8に進み、2002年のワールドカップではベスト16に進むなどの活躍をした。
 また、1980年代には、ヨーロッパのサッカーの主要強豪クラブ(レアルマドリード、トッテナム、スポルティングリスボン、ウディネーゼなど)がヒュンメル社のウェアを着用した。
 「hummel」とは、ドイツ語で「マルハナバチ」を意味し、ヒュンメル社は、自社商品に対して蜂を象ったデザインの商標を使用するとともに、最初に開発されたサッカーシューズから、両側面に「2本のくの字」のマーク(シェブロン・マーク)を施していた。
 なお、ヒュンメル社は、1970年代後半から1980年代前半にデザインやタイトでフィットなシルエットを特徴としたファッションライン「OLD SCHOOL」を立ち上げ、このスタイルは世界のセレブリティーに注目されるところとなり、MTVや種々の雑誌でヒュンメル社の被服を着用した有名人が掲載されるようになった。現在では、Aライフ、Kボンド、バーニーズ、フレッド、シーガルなどの有名ショップを含む世界で約700の販売店で販売されている。もっとも、これらの被服に「2本のくの字」の図柄が施されているか否かは定かではない。(以上、甲3の5及び6)
イ ヒュンメルブランドの日本における展開について
 日本では、昭和55年ころから、大松貿易株式会社が総代理店となってヒュンメル社のサッカーシューズ等を輸入し、モンブラン株式会社が販売していたが、平成3年12月からは、原告が本件ライセンス契約により、ヒュンメル社の商品を我が国において独占的に輸入販売又は製造販売するようになった。
ウ ヒュンメルブランドのサッカーシューズ等のデザインについて
 原告が発行するヒュンメルブランドのカタログに掲載されたサッカーシューズ、フットサルシューズ及びジュニアサッカーシューズ(全37商品)には、そのうち35商品の側面に、「く」の字の両端が靴のかかと側にあり「く」の字の屈曲点が靴、 先側にある「2本のくの字」(以下、単に「2本のくの字」という。)から成ると認識できる大きなマークが施されている。これらのマークの施され方は、その前後方向の位置、「く」の字の屈曲角度・長さ・太さ・傾き、側面の地模様等において相違があるが、いずれも「「2本のくの字」から成る」との認識を生じさせるものである。また、これに加えて、サッカーシューズ及びジュニアサッカーシューズでは、上面に小さな「2本のくの字」のマークが施されている。また、以上のシューズには、「hummel」との表示もされている。
 また、ヒュンメル社のサッカーウェアには、「hummel」の表示とともに、シャツの腕部及びパンツの側面に、縦に数多くのV字(「くの字」を90度回転させたもの)を配したデザインが施されている。(以上、甲3の6)
エ ヒュンメルブランドのカジュアルシューズのデザインについて
 平成19年2月22日の時点で原告が販売するヒュンメルブランドのスニーカー(カジュアルシューズ)は、別紙3のとおり全部で63品目ある。そのうち少なくとも42品目(別紙3の○印のあるもの)の側面に「2本のくの字」から成ると認識できる大きなマークが施されている。これらのマークの施され方は、その前後方向の位置、「く」の字の屈曲角度・長さ・太さ・傾き、側面の地模様等において相違があるが、いずれも「「2本のくの字」から成る」との認識を生じさせるものである。他方、14品目(別紙3の×印のあるもの)の側面には上記マークは施されていない(なお別紙3の無印の7品目は、上記マークの有無が証拠からは判然としないものである。)。
 また、これらの商品には、「hummel」とのロゴが表示されるとともに、多くの商品には上面にマルハナ蜂を象ったマークが表示されている。これら商品の価格は、最も安いもので9450円、最も高いもので1万5750円とされている。(以上、乙3及び4の各号)
オ ヒュンメルブランドのシューズの宣伝広告について
 原告がヒュンメルブランドの靴について宣伝広告を掲載した媒体は、別紙4のとおりである(甲3の4)。これらの媒体は、商品カタログを除けば、ほぼすべてがサッカーやハンドボール等の競技雑誌であり、このことからすると、そこに掲載されている商品も、サッカーシューズ等の競技用シューズであると推認される。
カ 競技雑誌以外の雑誌等におけるヒュンメルブランドのスニーカーの宣伝・紹介について
(ア) 雑誌「フットウェアスタイル」第1号(平成17年11月30日発行)では、「カジュアルシューズ最新コレクション」のタイトルの下、「この秋冬のタウンユースには欠かすことのできない、全23ブランドがオススメする計188足の最新フットウェアを徹底紹介」として、その中で「hummel」のカジュアルシューズ8足が紹介された。そのうちシューズの側面に「2本のくの字」のマークが施されたのは6足である。
 また、同誌第2号(平成18年4月30日発行)では、「最近カジュアルシューズFILE」のタイトルの下、「人気23ブランドから今シーズンリリースされるアイテムの中から194足を紹介。」として、「hummel」のカジュアルシューズ8足(これらのシューズの側面に「2本のくの字」のマークが施されている)が紹介された。
 なお、以上2冊で紹介された23ブランドの内容は、別紙5のとおりである。(以上、甲11及び14)
(イ) 雑誌「Real Design」2006年春号(平成18年4月30日発行)では、「デザイン&機能で選ぶブランド別定番スニーカー115足」のタイトルの下、「hummel」ブランドのスニーカー7足(これらのシューズの側面に「2本のくの字」のマークが施されている)が紹介された(甲15)。
(ウ) 平成18年2月4日のデイリースポーツでは、「新庄サッカースパイク”密造”」の見出しの下、プロ野球球団「日本ハム」の新庄選手が、ヒュンメル社のサッカーシューズを改造したスパイクを履いて練習したことが、写真付きで報じられた(甲13)。
(エ) 「大人のおしゃれバイブル」をコンセプトとする雑誌「smart MAX」2007年4月号(平成19年4月10日発行)では、見開き2頁の大きさで、「hummel」ブランドのスニーカーの宣伝広告が写真付きで掲載された(甲16)。
(オ) 雑誌「CAR&LIFE STYLE Daytona」2007年7月号(平成19年7月1日発行)では、1頁の大きさで、「セレブ御用達ブランド『hummel』のレザースニーカー」として、6点のスニーカーの写真とともに紹介広告された。ここでは、「1923年創業の歴史あるスポーツブランドとして、とくにサッカーシューズで不動の地位を築いたヒュンメルが、1998年頃にロンドンやパリのクラブシーンで起こったポストモダンスタイルをヒントに生み出した、このヴィンテージ・スタイルは瞬く間にハリウッドスターやロックスターの間で人気となり、ヒュンメルの『マルハナバチ』マークを身に纏った数多くのセレブたちが出現する現象が起きているという。」と記載され、特にマルハナバチを象ったマークのアップ写真も掲載されている。(甲17)
(カ) 平成19年4月26日の読売新聞では、「足取り軽く♪心地よく」の見出しの下、カジュアルなスニーカーの紹介記事が掲載された。そこでは、「国内外のスポーツ用品メーカー製を中心に、約700種類を取りそろえている神戸市中央区の専門店『P1』では、白を基調にした綿布製が根強い人気の中、『ヒュンメル』の麻製(9975円)や牛革製(1万5750円)も売れ行きが好調だ。」と記載されている。(甲18)
(キ) 平成18年10月7日に全国公開された日本映画「旅の贈りもの」では「ゆっくり歩くと、 見えるものがあります。」とのコピーをモチーフとし、都会に住む主人公の女性がハイヒールからスニーカーに履き替えて田舎の町を歩く中で心の変化が生じていくというものであるが、この中で、側面に「2本のくの字」のデザインが施されたスニーカー(ヒュンメルブランドの製品で、マルハナバチを象った商標が付されている。)が、主人公の女性が使用するスニーカーに用いられ、映画の随所でアップ映像も用いられた。(甲19ないし25[枝番含む])
キ 原告によるスポーツシューズの売上実績について
(ア) 株式会社矢野経済研究所発行の「スポーツシューズビジネス2005」によれば、サッカーシューズの各メーカーの国内出荷数量のうちで、原告の占める割合は、平成14年が1.4%(10位)、平成15年が1.4%(10位)、平成16年が1.5%(9位)、平成17年(予測)が1.6%(9位)であった(乙13)。
(イ) 原告によるヒュンメルブランド商品の売上高は、平成18年7月期で合計22億円で、そのうちサッカー及びフットサルを軸にしたチームスポーツ部門が19億円、ライフスタイル部門では、アパレルが1億7000万円、シューズが1億1000万円、アクセサリーが2000万円であった(甲12の各号)。
ク 他社商品について
(ア) 各メーカーのスニーカーの側面には、メーカーごとに種々の図柄が施されている。代表的なブランドについて示したものが別紙1である。
(イ) 側面に「2本のくの字」のデザインを施したスニーカーで原告以外から販売されているものとしては、次のものがある(なお、乙8、9、12及び21に掲載されているものは、「くの字」の方向が原告商品等表示と逆である。また、乙19及び20に示されているものは、いずれも「2本のくの字」と認識することができない。)。
a ヤマギワ社から「SELFISH SPORTS」のブランドで販売されているもの(乙5)
b トライデント社から「non.no club」のブランドで販売されているもの(乙6)
c トライデント社から「FORMULA」のブランドで販売されているもの(乙7)
d GEOX社から「GEOX RESPIRA」のブランドで販売されているもの(乙10)
e 幼児靴として「Dr.Kong」のブランドで販売されているもの(乙11)
(ウ) 被告商品の側面には、別紙イ号ないしニ号物件目録の写真のとおり、「2本のくの字」のデザインが施されている。被告商品の価格帯は1足1980円ないし2980円である。
ケ アンケート調査について
 内外の市場及び世論などに関する調査・研究とその受託等を事業内容とする株式会社日本リサーチセンターは、被告訴訟代理人事務所からの依頼に基づき、平成19年8月17(金)・18日(土)に「靴のデザインに関するCLT調査」を行った。その内容及び結果は次のとおりである。(乙22及び23の各号)
(ア) 調査方法の概要
 上記17日は東京都新宿区所在の<以下略>、上記18日は東京都渋谷区所在の<以下略>を調査会場とし、会場前にて、20〜50代のスニーカーを持っている男女100人ずつ(ただしマスコミ関係者、市場調査会社関係者、スポーツ用品・靴のメーカー・販売関係者を除く)に対して、「商品のデザインのアンケート」であるとして選別・依頼する。会場において調査対象者は、原告商品1及び2、アディダスブランドのスニーカー、ナイキブランドのスニーカーの4足について、側面の図柄以外の商標やマークを隠した状態で順次観察し、このスニーカーを見たことがあるか、そのブランド名を知っているか等の質問に順次回答し、最後に年齢、性別、職業等の属性や見聞したことのあるブランドについて回答する。
(イ) 調査対象者の分布
 別紙6のとおりである。
(ウ) 調査結果の概要
a 原告商品1について
 このスニーカー又はこのスニーカーと同じブランドと思われるスニーカーを「確かに見た」と回答した人は200人中2人(1%)で、「見たような気がする」と回答した人は32人(16%)で、残る166人(83%)は「見たことはない」「覚えていない」という回答であった。
 また、このスニーカーのブランド名を「知っている」と回答した人は6人(3%)であったが、具体的には、ヒュンメルとした人が2人(うち1人は「hummel(?)」としている。)、アディダス、ナイキ、アシックス、ヴァンズとした人が各1人であった。
 また、ブランド名を「知らない」と回答した194人について、ブランド名以外で何か知っていることがあれば記載を求めたところ、「スポーツ関係、スポーツメーカー関係」とした人が1人、「デザインに見覚えがある」とした人が1人で、特に知っていることはないとした人が189人であった。
b 原告商品2について
 このスニーカー又はこのスニーカーと同じブランドと思われるスニーカーを「確かに見た」と回答した人は200人中7人(3.5%)で「見たような気がす、 る」と回答した人は46人(23%)で、残る147人(73.5%)は「見たことはない」「覚えていない」という回答であった。
 また、このスニーカーのブランド名を「知っている」と回答した人は12人(6%)であったが、具体的には、ヒュンメルとした人がaと同じ2人(やはり1人は「hummel(?)」としている。)、アディダスとした人が4人、アシックス、プーマとした人が各2人、ヤスダ、ヴァンズとした人が各1人であった。
 また、ブランド名を「知らない」と回答した188人について、ブランド名以外で何か知っていることがあれば記載を求めたところ、「スポーツ関係、スポーツメーカー関係」とした人が1人、「デザインに見覚えがある」とした人が2人、様々な靴を作っているとした人が1人で、特に知っていることはないとした人が179人であった。
c アディダスブランドのスニーカーについて
 このスニーカー又はこのスニーカーと同じブランドと思われるスニーカーを「確かに見た」と回答した人は200人中91人(45.5%)で、「見たような気がする」と回答した人は76人(38%)で、残る33人(16.5%)は「見たことはない」「覚えていない」という回答であった。
 また、このスニーカーのブランド名を「知っている」と回答した人は118人(59%)であったが、具体的には、アディダスとした人が117人、アシックスとした人が1人であった。
 また、ブランド名を「知らない」と回答した82人について、ブランド名以外で何か知っていることがあれば記載を求めたところ、「スポーツ関係、スポーツメーカー関係」とした人が2人、「様々な靴を作っている」とした人が1人で、特に知っていることはないとした人が73人であった。
d ナイキブランドのスニーカーについて
 このスニーカー又はこのスニーカーと同じブランドと思われるスニーカーを「確かに見た」と回答した人は200人中108人(54%)で、「見たような気がする」と回答した人は73人(36.5%)で、残る19人(9.5%)は「見たことはない」「覚えていない」という回答であった。
 また、このスニーカーのブランド名を「知っている」と回答した人は166人(83%)であったが、具体的には、ナイキとした人が161人、アシックスとした人が3人、アディダス、プーマとした人が各1人であった。
 また、ブランド名を「知らない」と回答した34人について、ブランド名以外で何か知っていることがあれば記載を求めたところ、「デザインに見覚えがある」とした人が1人、「様々な靴を作っている」とした人が1人、「アメリカのブランド」とした人が1人、「バスケットボールに関係がある」とした人が1人で、特に知っていることはないとした人が27人であった。
e 見聞したことのあるブランドについて
 回答率の高い順に並べたものが別紙7であるが、「ヒュンメル」というブランドを見聞したことがあると回答した人は、200人中17人(8.5%)であった。
(3) 以上に基づき検討する。
ア 靴の側面の図柄は、第一次的には靴のデザインの一部としての意味を有するものであって、需要者は普通はその図柄を特定の出所と結びつけて認識しないが、その図柄が他社商品の図柄と異なる独自の特徴を有しており、それが長期間にわたって独占的に使用されるなどして、需要者の間に浸透して特定の出所を示すものとして周知となった場合には、二次的に出所を識別する商品等表示として機能する場合があるといえる。そして、先に(2)ウ、エ及びク(ア)で認定したところからすると、靴の側面に「2本のくの字」状と認識される図柄を施していることは、ヒュンメルブランドのサッカーシューズ・フットサルシューズのほとんどやカジュアルシューズの大半に共通する図柄の特徴であると認めることができ、またこのように認識される図柄を施した商品は、他の主要ブランドの商品中には存在していない(別紙1。その他に甲11で選ばれた人気23ブランド中でもそのように認められる。)。そうすると、「2本のくの字」状という共通した図柄の特徴は、需要者に対する浸透度如何によっては、ヒュンメルブランドの商品等表示としての機能を獲得し得る独自性を有しているというべきである(前記(2)ク(イ)で認定した同種図柄の他社商品は、有力ブランドではなく、売上高も不明であるので、それらの例があるからといって、上記図柄がありふれているとか、独自性がないとはいえない。もっとも、これらの商品の存在は、周知性の獲得を妨げる方向に作用する要素として、その検討においては考慮されるべきである。)。そして、本件で原告が主張する原告商品等表示1及び2は、このような共通の図柄の特徴を有する商品群の中から、特定の商品における図柄を個別に特定したものであるから、それらの周知商品等表示性を検討するに当たっては、単にその個別の図柄自体の需要者への浸透度を検討するのではなく、その背後に存する上記共通の図柄の特徴の需要者への浸透度を検討するべきである。
 この点について被告は、ヒュンメルブランドの靴の側面のデザインに施された「2本のくの字」状の図柄には種々の態様のものがあり、またそれを含めた側面のデザイン全体にも種々の態様のものがあることを指摘して、このようにデザインの統一性を欠く場合には、図柄が出所識別力を獲得することはあり得ないと主張する。しかし、複数の商品に付された図柄に異なる点があっても、それらの中に他の商品の図柄には見られない共通の特徴を看取し得る場合には、その共通の特徴に注目して一括して同様の図柄であると認識・記憶されるのであり、ヒュンメルブランドの靴の図柄には、そのように認識・記憶され得るだけの共通の特徴があることは前記のとおりである。したがって、被告が指摘するようなデザイン上の種々の態様があることは、前記の共通の特徴が出所識別力を獲得し得ることを妨げるものではない。
 なお、ヒュンメルブランドの靴には、側面に「2本のくの字」状の図柄を施していないものもある。しかし、同図柄は、ヒュンメルブランドのサッカーシューズ・フットサルシューズのほとんどやカジュアルシューズの大半において施されているのであるから、同図柄がヒュンメルブランドと結びつけて認識される素地は十分にあるというべきである。ただし、上記図柄を施していない靴があるという事実は、同図柄の周知性の獲得を困難にする方向に作用する要素として、その周知性の検討に当たり考慮するのが相当である。
イ そこで、「2本のくの字」状の図柄の周知性について検討すると、ヒュンメルブランドのサッカーシューズは、ワールドカップで上位に勝ち進んだデンマークナショナルチームに長年採用され、ヨーロッパにおけるサッカークラブにそのウェアが採用されてきたこと(前記(2)ア)、日本においてもサッカー専門雑誌に頻繁に広告が掲載されてきたこと(前記(2)オ)、原告によるサッカーシューズの出荷量の国内シェアは1.5%前後ではあるものの、ヒュンメルブランドのサッカーシューズ等競技用シューズの売上げは年間19億円に上っていること(前記(2)キ)から、サッカーシューズの需要者であるサッカー競技者や専門雑誌を購読するようなサッカーファンの間では、ヒュンメルブランドはサッカーシューズやサッカーウェアのブランドとして周知性を有していると認めることができる。そして、ヒュンメルブランドは、サッカーシューズに関しては、ほぼすべての商品に「2本のくの字」状の図柄が施されており、しかもそれは1923年の創立以来継続的に使用されてきたのであるから、ウェアにも「く」の字が2本並んでいる点で同様のシェブロン・マークが施されていることを併せ考慮すると、同図柄は、マルハナバチを象った商標や「hummel」の名称と並んで、上記のサッカーシューズ等の需要者の間では独自の周知性を獲得したものと認めるのが相当である。
ウ もっとも、本件で問題となっている被告商品はスニーカー(カジュアルシューズ)であり、その需要者はサッカーとの関係の有無を問わない一般消費者であるので、一般消費者に対する「2本のくの字」状の図柄の周知性を検討する必要がある。
(ア) この観点から検討すると、まず一般消費者向けの雑誌等の媒体でヒュンメルブランドのスニーカーが広告された例は、前記(2)カ(エ)及び(オ)程度にとどまっている。また、映画「旅の贈りもの」の中でヒュンメルブランドのスニーカーが重要な小道具として使用されている(前記(2)カ(キ))が、同映画が大ヒットしたとか、同映画を契機にヒュンメルブランドのスニーカーが大きな話題になったという事情は認められず、単に映画とタイアップした宣伝広告がされたという以上の評価をすることはできない。また、プロ野球の新庄選手が改造して使用した(前記(2)カ(ウ))というのも、単発的なエピソードの域をでない。さらに、ヒュンメルブランドのスニーカーがよく売れているという新聞記事(前記(2)カ(カ))はあるものの、統計数字としては、ヒュンメルブランドのスニーカーの売上も、年間1億1000万円にとどまっている(前記(2)キ(イ))。
(イ) もっとも、ヒュンメルブランドのスニーカーは、靴関係の専門雑誌のスニーカーの特集中で、2期続けて人気23ブランドの1つに数えられており(前記(2)カ(ア))、同じく23ブランドに含まれているのが別紙5の諸ブランドであることからすると、ヒュンメルブランドのスニーカーは、いわゆる価格が1万円を超えるようなブランド物の高級スニーカーとしては、そのような高級スニーカーの購入者層に対してそれ相応の知名度を有していると推認される。しかし、本件で問題とされている被告商品は、価格が1980円から2980円であり、ブランド物の高級スニーカーの需要者よりも広く、スニーカーのブランドに対する興味が格別高いというわけではない一般的な消費者を需要者とするものであるから、上記専門雑誌の記事の存在をさほど重視することはできない。
(ウ) また、このようなより一般的な消費者の間における周知性という観点からすると、株式会社日本リサーチセンターが実施したアンケート調査の結果を軽視することはできない。
 この調査は、母集団を調査時刻ころに調査会場前を通りかかった人々とし、その中からスニーカーを持っており、調査への協力を承諾した20歳代から50歳代の男女を100人ずつ抽出して行ったものであるが、原告が主張するように、母集団の設定にも標本の抽出にも統計学的に求められる確率的正確さ(甲26、27の各号)を欠いており、この調査結果をもって直ちに全体の調査結果と同視することは統計理論的に許されないものではある。しかし、@調査場所が東京都の新宿区<以下略>と渋谷区<以下略>という、全国的に見てファッションやブランドに敏感な人々が比較的存すると考えられる場所であること、調査日が平日である金曜日と土曜日の双方で行っていること、対象年齢も20歳代から50歳までとし、スニーカーを持っていることを条件にしていることから、一般のスニーカーの需要者層の選定条件としては適切で、関係者も除外しており、調査方法としての誠実さも認められること、A結果的に年齢・職業構成も一般のスニーカーの需要者層におけるものとしては、さして偏りがあるとはいえないこと、Bこのような調査をしようとした場合、厳密な統計学的正確性を確保することは困難であると考えられることからすると、上記のような統計学的問題点があるにせよ、上記調査は、おおよその傾向を示す補足的な資料としては、斟酌し得るものと認めるのが相当である。
 しかるところ、商品の認識度について、原告商品1及び2の場合には、そのスニーカー又はそのスニーカーと同じブランドと思われるスニーカーを「確かに見た」と回答した人が1%又は3.5%(「見たような気がする」と回答した人を併せると17%又は26.5%)であったのに対し、アディダス及びナイキの場合には、それぞれ45.5%と54%(「見たような気がする」と回答した人を併せるとそれぞれ83.5%と90.5%)であり、同じ高級スニーカーのブランドでありながら、一般の消費者における原告商品等表示の図柄自体に対する認識・記憶度に極めて大きな差があることが認められる。
 また、商品のブランドについて、原告商品1及び2の場合には、「知っている」と回答した人が3%又は6%であり、しかもブランド名がヒュンメルであると正確に認識していた人はそのうちの3分の1又は6分の1にすぎないのに対し、アディダス及びナイキの場合には、ブランド名を「知っている」と回答した人が、それぞれ59%、83%であり、そのうちブランド名を正確に回答した人はそのうちのいずれも95%以上であり、図柄とブランド名の結びつきの認識度にも極めて大きな差があることが認められる。
 さらに、ヒュンメルというブランドを見聞したことのある人は、全体のわずか8.5%にすぎず、(イ)で触れた人気23ブランドと調査対象が重複しているもの(別紙7の「甲11」「甲14」欄で○を付している12ブランド)の中でも極端に低いのであって、ヒュンメルブランドは、そもそも一般消費者の間におけるブランドとしての認識度が低いことが認められる。
(エ) 以上の諸点に加え、@スニーカーにおいては、ヒュンメルブランドの中で「2本のくの字」の図柄が施されていると認められるのは全品目の約3分の2にとどまっていること((2)エ)、Aブランド物でないスニーカーの市場では、「2本のくの字」の図柄と認識される他社商品も複数存在していること((2)ク(イ))、B靴の側面の図柄は第一次的には靴のデザインとして認識され、ブランド名と比べて出所識別標識として認識される力は一般に弱く、特定の称呼を持たないため、その図柄に係る商品の出所を認識し、呼ぼうとすれば、第一次的にはブランド名によるものと思われる(本件の場合も「2本のくの字」の図柄の商品やその紹介には、合わせて「hummel」ないし「ヒュンメル」との記載がされている((2)ウ、エ、カ)。)から、靴の図柄から特定の出所が認識されるようになっているならば、それよりも前にブランド名の方が周知になるものと考えられるが、ヒュンメルブランドの場合は、スニーカー一般の需要者の間でのブランド自体の認知度が低いことを併せ考慮すると、「2本のくの字」状の図柄が、単なる図柄ではなく特定の出所を表示する商品等表示として、被告商品の需要者である一般消費者の間で広く認識されているとは、認めるに足りないというべきであり、このことは原告商品等表示についても同様である。
(4) したがって、原告商品等表示は、法2条1項1号にいう「他人の商品等表示…として需要者の間に広く認識されているもの」に当たらない。
2 まとめ
 以上によれば、原告の本件請求は、その余の点について検討するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 山田知司
 裁判官 高松宏之
 裁判官 村上誠子
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