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【事件名】彦根市長への名誉毀損事件(週刊新潮)(2)
【年月日】平成19年12月26日
 大阪高裁 平成19年(ネ)第2489号 謝罪広告等請求控訴事件
 (原審・大津地裁平成18年(ワ)第745号)

判決
控訴人 甲野太郎
同訴訟代理人弁護士 吉原稔
被控訴人 株式会社新潮社
同代表者代表取締役 佐藤隆信
同訴訟代理人弁護士 岡田宰


主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、二二万円及び内金二〇万円に対する平成一八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも、これを一〇〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 本件控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、週刊新潮の本文及び電車内吊広告内に、別紙一「謝罪広告目録」記載の謝罪広告を掲載せよ。
三 被控訴人は、控訴人に対し、二二〇○万円及び内金二〇〇〇万円に対する平成一八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人発行の週刊誌及び同誌の広告における「バカ市長」等の表現によりその名誉を毀損されたと主張して、不法行為に基づき、謝罪広告及び損害賠償を求めた事案である。
二 前提事実(争いがないが、括弧内掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 控訴人は、滋賀弁護士会に登録をする弁護士であり、彦根市長である。
イ 被控訴人は、書籍及び雑誌の出版等を業とする株式会社であり、週刊誌「週刊新潮」を発刊している。
(2)彦根市職員の服務に関する規程とこれをめぐる控訴人の発言
ア 彦根市職員の服務に関する規程(昭和四〇年四月一日訓令第一〇号。以下「服務規程」という。)二五条は「職員が公務により負傷し、もしくは疾病にかかり、または突発的な事故を起こし災禍を発生させた場合は、所属長は速やかに事故報告書を市長に提出しなければならない。」と規定する。
イ 他方、彦根市職員の交通事故等に係る処分に関する要綱(以下「要綱」という。)二条は、従前、事故等の報告として、「所属長は、職員が公務または公務外にかかわらず事故等を起こしたときは、服務規程第二五条の規定に基づき、速やかに任命権者に報告しなければならない。」と規定していた。
ウ 控訴人は、平成一八年一〇月二五日、定例記者会見において、服務規程二五条に関し、「公務外の事故について報告義務はないのか」と質問を受けたのに対し、「公務外の事故については報告義務はない」と答え、その理由として、@職員に対し、公務外の飲酒運転などの交通法規違反について市への報告義務を課すのは、自己に不利益な供述の強要を禁じた憲法三八条に反する、A公務員にだけ公務外における飲酒運転等の報告義務を求めるのは職業差別であるなどと発言した(以下「控訴人発言」という。)。
エ 控訴人は、その後、要綱二条が所属長の報告義務を「公務または公務外にかかわらず事故等を起こしたときは、」としていたのを「公務により事故等を起こしたときは、」と改め、同年一一月一日からこれを施行することとし、公務外の事故について報告義務がないことを明確にした。
(3)本件記事の掲載
ア 被控訴人は、平成一八年一一月二日、「週刊新潮」一一月九日号(以下「本件週刊誌」という。)を発行したが、その一五二頁以下において、「「飲酒事故」報告義務は憲法違反と言った「彦根のバカ市長」」との見出し(以下「本件見出し」という。)を付けて、別紙二記載のとおりの記事を掲載した(以下、本件見出しを含めて「本件記事」という。)
イ 本件週刊誌の目次には、本件見出しが掲載されでいる。
(4)広告
 被控訴人は、本件週刊誌の発行にあたって、朝日新聞、讀賣新聞、毎日新聞などの全国紙及びJR、私鉄等の電車内において、本件見出しを掲載した別紙三記載のとおりの新聞広告(朝日新聞、讀賣新聞)や電車内中吊広告を出して本件週刊誌の宣伝をした(以下「本件広告」という。)。
三 争点
(1)本件記事についての不法行為の成否
(2)本件見出し及び目次についての不法行為の成否
(3)本件広告についての不法行為の成否
(4)損害
(5)謝罪広告の要否
四 争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(不法行為の成否)
(控訴人の主張)
ア 名誉毀損表現の存在
(ア)「名誉」とは、人の品性、徳行、名声、信用などの人格的価値について社会から受ける客観的評価であり、名誉毀損とは、これを低下させることである。
(イ)本件記事中には、数か所にわたり、控訴人が控訴人発言をしたことについて、「バカ」、「バカ市長」、「バカさ加減」、「バカ発言」、「妄言を繰り返す」と記載されているが、その表現は、「バカ」な人物が市長という公職についているという事実を摘示することにより、読者をして、「市長である控訴人はバカである」との誤った印象を与え、さらには弁護士としての能力までが「バカ」、「能力がない」との印象を与えて、彦根市長で、弁護士である控訴人の社会的評価を低下させ、その名誉感情を傷つけるものである。
(ウ)また、その表現は、同時に、公人たる控訴人に対する低俗な人格的非難、中傷、揶揄、罵倒、侮辱となる人身攻撃に該当するから、仮に事実の摘示ではなく、意見ないし論評の表明による表現であったとしても、名誉毀損となる。
イ 違法性阻却の有無
(ア)控訴人は、京都大学法学部を卒業し、司法試験を二回目で合格して検事に任官し、その後、弁護士に転身し、市長に二回当選した経歴と実績を有する法曹出身の市長であり、バカな人物が彦根市長の職にあるという事実はない。
 また、控訴人は、市の職員について、公務外の飲酒事故については市への報告義務がないと述べたのみであって、道路交通法上の報告義務や公務上の飲酒事故等の一切の報告義務まで否定する発言をしたのではない。にもかかわらず、本件記事は、控訴人が「公務外」の事故等に限定して報告義務はないと述べたことには一切ふれず、あたかもその状況にかかわらず、一切の飲酒運転について、憲法三八条を根拠に報告義務を否定したかのような印象を与える記載をした。しかも、控訴人がかかる発言をしたことを前提に、学者にコメントを求め、報告義務が憲法違反であるとの控訴人の見解は明らかな誤解であるという上記学者の意見を掲載している。
 したがって、本件記事中、控訴人がバカ市長であるとしたことや控訴人が公務上の交通法規違反に関する報告義務等まで否定する趣旨の発言をしたことは真実ではない。
(イ)被控訴人は、雑誌の売り上げを伸ばす「売らんかな」主義の金儲けの目的で上記の表現を記載したにすぎず、もっぱら公益を図る目的で批判、論評を行ったものとはいえない。
(ウ)仮に、「バカ市長」等の表現が、事実を前提に、これについての論評、意見を表明するものであるとしても、その表現は、「バカ市長」、「舌禍事件」、「妄言」、「バカにつける薬はない」などと控訴人を誹謗中傷し、人身攻撃に及んでいるのであって、論評の域を逸脱しているから、違法性を阻却されるものではない。
(被控訴人の主張)
ア 本件記事中の表現が事実か論評かについて
 控訴人が「バカ」であるか否かなどということの存否は証拠によって決することが不可能であるから、控訴人が「バカ市長」である等の表現は、事実の言明ではなく、論評である。
イ 違法性阻却の有無
(ア)@論評の対象が公務員の地位における行動である場合には、かかる論評により公務員の社会的評価が低下することがあっても、A論評の目的が専ら公益を図るものであり、かつ、Bその前提としている事実が主要な点において真実であることの証明があったときは、C人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り、論評による名誉毀損は違法性を欠き、不法行為は成立しない。
(イ)本件記事は、平成一八年八月二五日に福岡市職員が飲酒運転をした上で事故を起こし、その結果、幼児三名の命が失われた悲惨な事故(以下「福岡事故」という。)を契機として、全国で合計四二自治体が飲酒運転に関する処分規定を新たに明文化したり、従来の規定をより厳罰化したりする傾向にある中で、元検事で、弁護士でもある彦根市長の控訴人が定例記者会見において、要旨「市の職員に飲酒事故の報告義務を課すことが憲法三八条に違反する」と発言したことについて、これを検証したものである。したがって、上記@Aの要件は充たす。
(ウ)本件記事における論評の前提としている事実は、平成一八年一〇月二五日の定例記者会見での控訴人の発言である。かかる発言が真実であることは、翌日の全国紙の報道内容からも明らかである。
 控訴人は、本件記事において、控訴人の発言が「公務外」の飲酒事故について市への報告義務がないとするものであったことが一切ふれられておらず、この意味で控訴人の発言を歪曲するものであったかのように主張する。
 しかし、公務上の飲酒運転事故については服務規程二五条で報告義務が課されている。被控訴人は、控訴人が、服務規程ではふれられていない公務外の事故について報告義務がないと記者会見で明らかにしたことから、報道価値があると判断して本件記事を掲載したのである。そもそも、公務員が公務従事中に飲酒運転事故を起こすことは想定されておらず、昨今の飲酒運転厳罰化の議論も公務外の休日での飲酒運転をめぐるものであった。そうした中で、公務外の飲酒運転事故について市への報告義務はないとすることは、実質上すべての報告義務はないというのに等しいから、「公務外」ということにふれずに報道しても控訴人の発言の主要部分を歪曲したことにはならない。
 よって、上記Bの要件を充たす。
(エ)本件記事は、福岡事故以降、飲酒運転、とりわけ公務員の飲酒運転につき、多くの地方自治体が厳罰化に向けて何らかの対応をとっている中で、上記のとおり、控訴人が飲酒運転の市への報告義務付けは憲法三八条に違反するとして、公務外の飲酒運転について報告義務はないと発言したことについて、世論の動向を無視し、一人法律論のみをふりかざしている社会常識の欠けた専門バカという意味で、「バカ市長」と論評したものである。控訴人は、市長の地位にある以上、その資質、能力、品格を社会的に厳しく批判されることは受忍すべきである。したがって、「バカ市長」という表現は、市長の見識に向けられた評価の一つであって、人身攻撃に当たるものではないから、論評の域を逸脱していない。
 よって、上記Cの要件を充たす。
(2)争点(2)(本件見出し及び目次についての不法行為の成否)
(控訴人の主張)
 本件見出し及び目次は、本件記事とは別個に控訴人の社会的評価を低下させるものであるから、これらについては独自に不法行為が成立する。
(被控訴人の主張)
 本件見出し及び目次は、特段誇張的な表現を用いたものとはいえず、その内容は本件記事から逸脱したものではないから、不法行為は成立しない。
(3)争点(3)(本件広告についての不法行為の成否)
(控訴人の主張)
 全国の各新聞紙上や電車内吊広告に掲載された本件広告に記載された本件見出しは、「バカ市長」という文言が印象に残るように誇張して表現されており、本件記事本文は読まずに本件広告のみを読む一般公衆に対し、控訴人が「バカ市長」であるとの印象を強く与えるものであるから、不法行為を構成する。
(被控訴人の主張)
 上記(2)(被控訴人の主張)のとおり、本件見出しについて不法行為は成立せず、そして、広告を見る者が見出しのみを見て事実の有無を断定的に判断することは少ないから、本件見出しを記載した本件広告についても不法行為は成立しない。
(4)争点(4)(損害)
(控訴人の主張)
ア 被控訴人の不法行為により、低下した控訴人の社会的評価を金銭で評価すれば、二〇〇〇万円を下らない。また、控訴人は、本件訴訟を提起するにあたって、弁護士に委任せざるをえなかったが、その費用二〇〇万円は被控訴人の不法行為の相当因果関係のある損害である。
イ したがって、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為に基づき、損害金二二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日(平成一八年一一月二八日)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被控訴人の主張)
 争う。
(5)争点(5)(謝罪広告の要否)
(控訴人の主張)
 被控訴人の不法行為により毀損された控訴人の名誉を回復するには、損害賠償のみならず、謝罪広告が必要である。新聞広告や電車内吊広告の中のタイトルだけを見て、実際にその雑誌を購入しない読者が多数であることにかんがみると、謝罪広告は、被控訴人が発行する「週刊新潮」の新聞広告及び電車内吊広告に掲載されるべきである。
(被控静人の主張)
 争う。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件記事についての不法行為の成否)
(1)本件記事の名誉毀損性
ア 名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的な価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立する。
イ 本件記事中には、控訴人を指して「彦根のバカ市長」と記載し、控訴人発言につき、「そのバカさ加減に呆れ返ってしまった。」とか、「妄言を繰り返す。」とか、「「バカにつける薬」は、未だ発見されていない。」とする部分(以下「本件表現」という。)がある。
ウ その表現は、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準とすれば、控訴人が、「市長としての資質や能力に欠ける愚かな人物」という否定的な印象を与えるものであるから、彦根市長であり、弁護士である控訴人が社会から受ける客観的評価を低下させるものであり、名誉毀損表現に当たる。
(2)本件表現は、事実の摘示か意見ないし論評の表明か
ア 問題の表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり、証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである(最高裁平成一六年七月一五日第一小法廷判決・民集五八巻五号一六一五頁)。
イ 本件表現は、控訴人が、市長の定例記者会見において、市の職員に対し飲酒運転等の交通法規違反について市への報告義務を課すのは憲法三八条に反するなどと発言した事実を前提として、その発言(控訴人発言)が市が打ち出した飲酒運転に対する厳罰化の方針と矛盾しており、公職である市長たる者の発言として常識に外れるのみならず、憲法解釈としても的外れなものであるとの見解を表明したもので、証拠等による証明になじまないから、意見ないし論評の表明に当たるというべきである。
(3)意見ないし論評の表明に当たる場合の名誉毀損の成否についての判断基準
 ある真実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、@その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、A上記意見ないし論評の前提としている事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとき、或いは仮に上記意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由がある場合には、B人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉毀損の不法行為は成立しないというべきである(最高裁判所平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁)。
 そこで、本件表現が、名誉毀損の不法行為に該当するかどうか、上記の各点につき検討するに、次の(4)項のとおり、本件記事は公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったこと(上記@の点)、次の(5)項のとおり、上記意見ないし論評の前提としている事実がその重要な部分について真実であることの証明があったこと(上記A)は認められるが、次の(6)項のとおり、本件記事は、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであり、名誉毀損の不法行為が成立すると解することができる。
(4)本件記事の公共性について
 <証拠略>によれば、平成一八年八月二五日に福岡市職員が、飲酒運転で一家五人が乗車中の車両に自車を追突させ、海に転落させるという事故を起こし、幼児三名が死亡した事件(福岡事件)を契機として、本件週刊誌の発行以前から、公務員の飲酒運転が全国的に問題とされるようになり、全国の各自治体において、飲酒運転事故で職員が逮捕された場合には、当該職員を懲戒免職にするなど公務員に対する処分を厳しくする傾向にあったことが認められる。本件記事は、このような公務員の飲酒事故をめぐる社会的状況の下で、控訴人が公務外の事故についてまで市の職員に飲酒運転事故を市に報告する義務を課すのは憲法三八条に違反するなどと定例記者会見で発言したことについて、地元記者市議、憲法学者とされる大学教授(以下「大学教授」という。)らの意見を紹介する手法により、彦根市長の立場にある控訴人が地方公共団体の首長という公的立場にたずさわる者として相当な資質や見解を備えているかについて、これを評価し、批判しようとするものである。
 したがって、本件記事は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあるということができる。
(5)本件記事の前提事実の真実性について
 次に、本件記事中において、被控訴人が本件表現を用いて行った意見ないし論評の表明の前提となる事実がその重要な部分について真実であるかどうかについて検討する。
ア 本件表現は、控訴人が、平成一八年一〇月二五日、定例記者会見において、職員に対し、公務外の飲酒運転などの交通法規違反について市への報告義務を課すのは、自己に不利益な供述の強要を禁じた憲法三八条に反する、公務員にだけ報告義務を求めるのは職業差別であるなどと述べたことを前提として行われたものであるが、控訴人が前記の日に、前記の趣旨の発言をしたことは上記第二、二(2)のとおりである。
イ この点につき、控訴人は、本件記事には、控訴人が、公務上の飲酒運転についての報告義務や道路交通法上の事故の報告義務についてまで否定する趣旨の発言をした旨の事実が摘示されているが、かかる事実は真実ではないし、控訴人発言にあらわれた憲法解釈が誤解である旨の大学教授のコメントも、控訴人が公務上の飲酒運転事故についての報告義務をも憲法三八条に反すると発言したとの誤った事実を前提とするものであると主張する。
ウ しかしながら、本件記事が、前記アのような性格を有するものであることを前提に、一般の読者の普通の注意と読み方を基準としてその内容を全体として読めば、本件記事において、控訴人が、公務上の飲酒運転についての報告義務や道路交通法上の事故の報告義務についてまで否定する発言をした趣旨には解されないというべきである。
 確かに、本件記事には、控訴人発言において問題とされたのが公務外の飲酒運転であるとは明確に記載されていない。しかし、公務員の飲酒運転事故に対する厳罰化の流れをもたらす発端となった福岡事故が、福岡市職員が定時退庁後友人らと午後一〇時半ころまで飲酒し、その後、ドライブに出発した際に起こした公務外の事故であり、かかる事実は本件週刊誌発行当時、広く一般に認識されていたこと、現に公務員の飲酒運転事故として報道されるものの多くが公務外の事故であり、各種地方自治体の厳罰化傾向を伝えた当時の他の報道機関も、上記の傾向をふまえて、公務外の事故を対象とするかどうかを特に触れることなく報道していることなどに照らせば、控訴人発言について本件表現を用いて意見ないし論評を表明する前提としては、本件記事に記載された程度の事実を記載すれば足りるというべきである。
 したがって、控訴人発言において問題とされているのが公務外の飲酒事故の報告義務であることを明確にしなかったとしても、これをもって意見ないし論評の前提となる事実が、その重要な部分において真実に反するものであるということはできない。
エ なお、本件記事中には、控訴人発言について大学教授のコメントが掲載されているが、その内容及び本件記事全体の記載を勘案すれば、上記コメントは、大学教授が、控訴人が公務外の飲酒運転についての市への報告義務を否定する趣旨の発言をしたことについて述べた意見を掲載したものと解するのが相当である。控訴人の主張は採用できない。
(6)本件記事が、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱していることについて
ア 意見ないし論評を表明する自由は民主主義社会に不可欠な表現の自由を構成するものであるから、その表明による名誉毀損が、上記のように、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、意見ないし論評の前提となる事実が重要な事実について真実であることの証明があったときには、その内容の正身性や合理性を特に問うことなく、人身攻撃に及ぶなど、意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為が違法性を欠くことは前記(3)のとおりである。
 ことに、本件のように批判・論評の対象とされる者が、政治家であり、かつ地方公共団体の首長という地域住民の投票により選任される者である場合には、その者が公人として行った発言、行動に対する批判、論評は、民主政治の過程を正当に機能させるため必要不可欠な行為であるから、その前提となる事実が重要な部分において真実である限り、原則として自由というべきであり、その表現自体が激しく攻撃的になることがあるとしても、対象とされた者は原則としてこれを甘受すべきであって、その論評ないし意見の表明は、意見ないし論評としての域を逸脱しない限り、不法行為を構成しないというべきである。
イ 普通地方公共団体である市の職員は、市全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(地方公務員法三〇条)、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(同法三三条)。そして、市長は、市の職員に全体の奉仕者たるにふさわしくない非行があったこと等の事由が認められる場合には、当該職員の懲戒を行うことができる(同法六条一項、二九条)。
 市長は、普通地方公共団体である市を統括し、これを代表し、事務を管理し及びこれを執行する権限を有する地位にある者(地方自治法一四七条、一四八条)として、また、職員を指揮監督する地位にある者(同法一五四条)として、公務員の勤務関係の秩序を維持し、公務に対する信奉、公務の円滑な遂行を確保するために、職員の懲戒事由が発生した場合には相応の処分をして適正に懲戒権を行使し、また、そのために、市民の意見、世論の動向等を配慮した上で、職員の懲戒や監督に関して適正な内容の規定を制定したり、取扱いを決めるべき政治的責務を負っている。
ウ 先に認定したとおり、福岡事故をきっかけに、公務員による飲酒運転が批判の対象としてマスメディアに広く取り上げられ、公務員は一般住民によりも高度の行為規範が要求されるとの考えから、尊い人命を奪いかねない交通事故を誘発する危険の高い飲酒運転等の交通法規違反を行った公務員に対しては、その事故ないし違反について厳しい指導や処分をするべきであるとの見解が広まり、多くの地方公共団体では公務外の事故についても、厳格に懲戒の対象とされるようになってきていた。
 控訴人は、彦根市職員の公務外の事放について、従来の規定中の服務規定では公務上の事故のみ報告義務の対象とされているのに、その下位規定である要綱では、公務または公務外にかかわらず報告義務の対象とされており、両者の内容は矛盾しているので、下位規定である要綱を上位規定である服務規程に合わせて、公務により事故を起こした場合にと改め、公務外の事故を報告義務の対象から除外したことに関し、彦根市長として、定例記者会見の場で、その旨述べると共に、その措置の相当性について、職員に対し、公務外の飲酒運転などの交通法規違反について市への報告義務を課すのは、自己に不利益な供述の強要を禁じた憲法三八条に反する、公務員にだけ報告義務を求めるのは職業差別であるなどと述べる等の市政に関わる控訴人発言をしたものである。
 本件記事は、かかる真実を前提として、@控訴人発言の後には、市民からも「監督責任を放棄するつもりか」、「見つからなければ飲酒運転してむいいのか」などとする抗議の電話やメールが市役所に寄せられたこと、A控訴人の飲洒事故報告義務が憲法三八条に違反するとの憲法上の見解は、これと意見を異にする大学教授もいるとして、その見解をも紹介している。したがって、本件記事は、控訴人発言を、独自の憲法解釈に固執し、世論を無視し又はこれに配慮せずに、市長としての職員の飲酒運転に対する監督責任を果たそうとしていない姿勢の表れと評価した上で、控訴人を、上記イの市職員に対する懲戒や監督に関する市長としての責務や市の規則の憲法適合性に係わる事項について市長として持つべき資督を欠くものとして厳しく批判する意図を含むものであったということができる。
エ しかしながら、本件記事における具体的な表現方法につき検討するに、上記(1)イで検討したとおり、本件記事中には、控訴人を指して「彦根のバカ市長」と記載し、控訴人発言につき、「そのバカさ加減に呆れ返ってしまった。」とか、「妄言を繰り返す。」とか、「「バカにつける薬」は、未だ、発見されていない。」とする本件表現が存在する。
 本件表現方法は、飲酒事故報告を報告義務の対象から除外した点につき、その処置につき厳しく非難するとともに、そのことから控訴人において彦根市長としての資質に欠ける旨、厳しく非難、論評する趣旨であるものの、このようなバカという言葉が使用されている前後の文脈等を考え合わせれば、その表現内容は、控訴人の彦根市長としての資質に欠ける旨の論評の範囲を超えて、控訴人という人物そのものが、おろかな愚人であり、その矯正が不可能である旨、皮肉を交えて、表現しでいるのであり、いわば、控訴人の全人格自体を否定し、或いは控訴人を愚人としていわゆるバカ扱いにした記載となっているのであり、意見ないし論評としての域を逸脱したものであって、違法な記載であるといわなければならない。
二 争点(2)(本件見出し及び目次についての不法行為の成否)
(1)本件記事冒頭及び本件週刊誌の目次に記載された本件見出しは、「「飲酒事故」報告義務は憲法違反と言った「彦根のバカ市長」」というものであり、控訴人発言が公務外の事故に限定して行われたものであることを明示するものとはなっていない。
(2)本件週刊誌が発行された当時、世間で問題となっていたのは主として、公務員の公務外の飲酒運転事故であったことは、先に認定したとおりである。したがって、本件見出しに記載された「「飲酒事故」報告義務は憲法違反と言った」という部分は、本件週刊誌発行当時、一般読者を基準とすれば、控訴人発言の重要部分について一応正確に伝えるものであり、本件記事の記載内容を前提として、その内容を要約し、控訴人の市長としての資質について論評したものということができる。
(3)しかしながら、この「彦根のバカ市長」との表現は、上記一(6)と同様、控訴人の彦根市長としての資質に欠ける旨の論評の範囲を超えて、控訴人という人物そのものが、おろかな愚人である旨、控訴人の全人格自体を否定したととれる内容であり、意見ないし論評としての域を逸脱したものであって、違法な記載であり、名誉毀損の不法行為を構成するといわなければならない。
(3)争点(3)(本件広告についての不法行為の成否)
(1)本件広告は、本件週刊誌を広く一般公衆に閲読してもらうために行われたものであり、本件広告にも本件見出しと同一の内容が記載されている。
(2)そして、上記二(2)の説示と同様、本件広告に記載された「「飲酒事故」報告義務は憲法違反と言った」という部分は、本件週刊誌発行当時、一般読者を基準とすれば、控訴人発言の重要部分について一応正確に伝えるものであり、本件記事の記載内容を前提として、その内容を要約し、控訴人の市長としての資質について論評したものということができる。
(3)しかしながら、この「彦根のバカ市長」との表現は、上記一(6)と同様、控訴人の彦根市長としての資質に欠ける旨の論評の範囲を超えて、控訴人という人物そのものが、おろかな愚人である旨、控訴人の全人格自体を否定したととれる内容であり、意見ないし論評としての域を逸脱したものであって、違法な記載であり、名誉毀損の不法行為を構成するといわなければならない。
四 争点(4)(損害)について
 本件記事等は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったこと、上記意見ないし論評の前提としている事実がその重要な部分について真実であることの証明があったが、本件記事等は、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであったとして、名誉毀損の不法行為が成立するものであること、その意見ないし論評の域を逸脱している程度等、本件に表われた一切の事情を総合考慮すれば、控訴人に対する慰謝料として二〇万円を認めるのが相当である。そして、弁論の全趣旨によれば、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用として二万円を認めるのが相当である。
五 争点(5)(謝罪広告の要否)
 本件の名誉毀損の不法行為の内容と程度に弁論の全趣旨を総合して考慮すれば、控訴人に対し、上記のとおりの損害賠償を認容すれば、控訴人の求める謝罪広告などの名誉を回復するための処分をするまでの必要性は認めることはできない。
第四 結論
 以上の次第で、控訴人の請求は、被控訴人に対し、慰謝料二〇万円及び弁護士費用二万円の合計二二万円及び内慰謝料二〇万円に対する平成一八年一一月二八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。よって、当裁判所の判断と一部異なる原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第1民事部
 裁判長裁判官 横田勝年
 裁判官 東畑良雄
 裁判官 小林秀和


別紙一 謝罪広告目録<略>
別紙二、三<略> 
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