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【事件名】商標“MACKINTOSH”侵害事件 【年月日】平成19年12月21日 東京地裁 平成19年(ワ)第6214号 商標権侵害差止請求事件 (口頭弁論終結日 平成19年10月30日) 判決 原告 マッキントッシュリミテッド 同訴訟代理人弁護士 尾関孝彰 同訴訟復代理人弁護士 鰺坂和浩 同補佐人弁理士 小暮君平 被告 栄進物産株式会社 被告 株式会社ニュース 被告 有限会社ミディネット 上記3名訴訟代理人弁護士 飯塚孝 同 濱口善紀 同 荒木理江 同補佐人弁理士 若林擴 主文 1 被告らは、別紙標章目録記載1ないし5の標章をコート若しくはその包装に付し、又はこれらの標章を付したコートを輸入し、販売し若しくは販売のために展示してはならない。 2 訴訟費用は被告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文と同旨 第2 事案の概要 本件は、英国法人である原告が、日本国内でアイルランド製コート類の販売を予定するなどしている被告らに対し、その商品に関して使用される5つの標章について、原告の有する商標権を侵害すると主張して、商標法36条1項に基づき、その使用の差止めを求める事案である。 1 前提となる事実 (1)当事者等 原告は、英国のランカシャーに本社を有する法人(旧商号は「トラディショナルウェザーウェアリミテッド」)であって、コート類を製造、販売しており、日本国内において、「MACKINTOSH」のブランド名で、コート類を販売している。(弁論の全趣旨) 被告栄進物産株式会社(以下「被告栄進物産」という。)は、衣料品の販売等を目的とする法人であり、被告株式会社ニュース(以下「被告ニュース」という。)は、紳士服、婦人服の販売等を目的とする法人であり、被告有限会社ミディネット(以下「被告ミディネット」という。)は、衣料用繊維製品の販売等を目的とする法人である。(争いがない) マッキントッシュレインウェアリミテッド(旧商号は「ハイドロファストウェザーウェアリミテッド」。以下「訴外会社」という。)は、アイルランド共和国ダブリンに本社を有する法人であって、コート類を製造、販売している。(弁論の全趣旨) (2)原告の商標権 原告は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有している。(甲1、2) 商標登録 第4056857号 出願日 平成6年12月2日 商品等区分 第25類 指定商品 イギリス製のジャケット、イギリス製のその他の洋服、イギリス製のコート、イギリス製の雨着、イギリス製の帽子、その他のイギリス製の被服、イギリス製のズボンつり、イギリス製のバンド、イギリス製のベルト、イギリス製の靴類、その他のイギリス製の履物、イギリス製の運動用特殊衣服、イギリス製の運動用特殊靴 登録日 平成9年9月12日 登録商標 別紙商標目録記載のとおり (3)被告らの行為 被告栄進物産は、訴外会社の製造、販売するコート類の商品(以下「被告商品」という。)を輸入し、被告ニュース及び被告ミディネットは、いずれも被告商品を販売のために展示しており、被告らは、被告商品を販売する予定である。(争いがない) 被告らは、別紙標章目録記載1ないし5の各標章(以下、併せて「被告各標章」といい、個別に「被告標章1」「被告標章2」「被告標章2及び3」などという。)のうち、被告商品に関し、被告標章2ないし5を現に使用し、あるいは、使用する予定である。(争いがない) 被告商品には、タグとして、被告標章4及び5が付され(争いがない)、ボタンには、丸く円を描くように被告標章1の文字列と「Ireland」の文字列とが刻まれている(甲17の4)。 2 争点 (1)被告による被告標章1の使用の有無 (2)本件商標と被告各標章との類否 ア 本件商標の要部 イ 本件商標と著名商標 ウ 本件商標と普通名称 (3)普通に用いられる方法でする被告各標章の表示といえるか否か (4)本件商標権の行使が権利濫用となるか否か 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)〔被告による被告標章1の使用の有無〕について 〔原告の主張〕 被告商品のボタンには、丸く形取った被告標章1の文字列と「Ireland」の文字列とが刻まれており、被告らの配布した展示会招待状(甲5)にも、上部の最も需要者の注意を引きやすい場所に大きく被告標章1の文字が印刷されているから、被告らは、被告標章1を使用している。 〔被告らの主張〕 被告標章1の使用に関する原告の主張を否認する。 被告商品のボタンには、「Mackintosh Ireland」と刻印され、展示会招待状に「Mackintosh of Ireland by Francis Campelli」と記載されているのであって、被告らは、現に、「Mackintosh」の文字を単独で標章として使用していないし、今後も、これを使用する予定はない。 2 争点(2)〔本件商標と被告各標章との類否〕について 〔原告の主張〕 (1)本件商標の要部 本件商標は、文字及び図形からなる結合商標であり、その類否判断は、常に一体として観察されなければならないものではなく、全体の結合から一定の外観、称呼、観念が生じるような特別の事情のない限り、結合商標の要部を分離ないし抽出して行われるべきである。 本件商標では、「MACKINTOSH」の文字は、大きなサイズの等幅フォント(non-proportional font)で全体の7割程度を占めるほどに大きく中央に表示され、「Made in Scotland」の文字は、格段に小さいサイズ(対比して8分の1程度)の非等幅フォント(proportional font)で下部に目立たなく表示されているから、「MACKINTOSH」の文字は、明らかに「Made in Scotland」から分離して外観、称呼、観念を生じる。また、右端に配置された紳士の図形は、「MACKINTOSH」の文字から若干隔離され、全体の5分の1程度の横幅しかなく、さしたる特徴のないありふれた形状である。このような紳士図形は、商品区分の類似群でみれば、多数登録されている上、本件商標の特徴点であるハット、コート、ブーツ及びステッキを備えているものもあるから、洋服、コートの商品に使用された場合には識別力が弱いといえる。 そうすると、本件商標において、「MACKINTOSH」の文字は、紳士の図形と結合して初めて一定の外観、称呼、観念を生じるものではなく、紳士の図形とは独立して外観、称呼、観念を生じる能力があるから、この文字が要部であるということができる。原告が「MACKINTOSH」の文字に紳士の図形と「Made in Scotland」の文字を付加したのは、スコットランドの伝統工法で製造されたコートというブランドのイメージを強調するためにすぎず、本件商標の要部は、あくまでも「MACKINTOSH」の文字である。称呼においては、「MACKINTOSH」が唯一の識別性のある単語である。 他方、被告各標章において、識別性を有する唯一の部分は、「Mackintosh」又は「マッキントッシュ」である。訴外会社及び被告らも、日本国内では、これらが識別力を有する単語であると認識しているからこそ、独自の図形や「by Francis Campelli」などの文字を付加していないのである。 したがって、本件商標と被告各標章とは、本件商標中の「MACKINTOSH」と被告各標章中の「Mackintosh」又は「マッキントッシュ」とが一致し、出所混同を惹起するから、いずれも類似する。 (2)本件商標と著名商標について 被告らは、本件商標のうちの「MACKINTOSH」の文字部分が、米国アップル社の有する「Macintosh」(マッキントッシュ)の著名商標と類似するため、本件商標の要部でない旨を主張する。 しかしながら、原告は、長年にわたって、「MACKINTOSH/マッキントッシュ」の称呼を自社製品のコートに使い続けた結果、同称呼は、原告のブランド名として、需要者に広く認識されている。他方、米国アップル社は、近年では、コンピュータに加え、携帯端末の専門メーカとして認識されているから、需要者において、イギリスの伝統的工法に基づくコートと米国アップル社の商品とを混同するおそれはない。しかも、米国アップル社は、1998年以降、「iMac」ブランドのコンピュータを売り出して以来、「iPod」、「iTunes」、「iPhone」のように、「i」を自社のブランドとしており、現在では、「Macintosh」の商標を使用していないから、混同の可能性は、ますます低下している。 なお、特許庁の商標法4条1項15号の審査基準(改訂第7版)によれば、「他人の著名な商標と他の文字又は図形等と結合した商標は、その外観構成がまとまりよく一体に表されているもの又は観念上の繋がりがあるものなどを含め、原則として、商品又は役務の出所の混同を生ずるおそれがあるものと推認して、取り扱うものとする。」とされているものの、被告らも本件商標権の有効性自体を争っていないし、また、実際に、原告の出願した「MACKINTOSH PHILOSOPHY」の商標が平成19年2月9日に登録されている。 したがって、本件商標のうちの「MACKINTOSH」の文字部分が米国アップル社の有する「Macintosh」と類似しているとしても、本件商標の「MACKINTOSH」を要部としてとらえることの妨げになるものではない。 (3)本件商標と普通名称について 被告らは、本件商標のうちの「MACKINTOSH」の文字部分について、ゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートを意味する普通名称であるから、本件商標の要部でない旨を主張し、その根拠として、広辞苑(乙2の1)において、「マッキントッシュ」の語の意味として、「ゴム引き防水布製レーン・コート。転じてレーン・コートの別称。」と記載されていることなどを挙げる。 しかしながら、広辞苑の収録語数は、23万語にのぼり、一般的な日本人の語彙力をはるかに超過しており、一度収録された単語は原則として削除されないことからも、普通名称として浸透しているか否かは、ほかの一般の国語辞典も参酌した上で決すべきである。そして、大辞林(甲61)には、「マッキントッシュ」の語について、ゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートを示唆する記載はないこと、一般的な日本人の語彙力を超過するといえる小型の一般の国語辞典(甲62〜64)にも、これらのマッキントッシュの意味が掲載されていないことは、日本において、マッキントッシュがゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートの普通名称として通用していないことを意味する。英語辞典や特殊な辞典に「マッキントッシュ」の語の意味として被告らの主張する意味が掲載されていることは、一般消費者層の間での普通名称性を証するに足りるものではない。 また、日本の特許庁における商標審査の実例としても、「Macintosh」の文字からなる商標の登録出願について、同文字が米国アップル社のブランドとして通用しているものの、普通名称としては通用していないとの前提から、商標法4条1項15号を根拠として拒絶査定をしたもの(甲8の1〜甲9の3)がある。 さらに、原告の依頼したマーケティングリサーチ業者の実施した電話聴取り調査の結果(甲65)中には、「マッキントッシュ」の意味について、ゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートと答えた者はない。 したがって、「マッキントッシュ(MACKINTOSH)」は、日本人の一般消費者にとって、ゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートを意味する単語ではなく、普通名称ということはできないから、本件商標の「MACKINTOSH」を要部としてとらえることの妨げになるものではない。 〔被告らの主張〕 (1)本件商標の要部について 「MACKINTOSH」が本件商標の要部であるとの原告の主張は否認する。 本件商標は、@レインコートを着用し、ステッキを持ち、レインハットを被り、レインブーツを履いた紳士の図形、A「MACKINTOSH」という英文字及びB商品産地を示す「Made in Scotland」という英文字が一体となった結合商標である。 しかしながら、このうちの「MACKINTOSH」の文字については、後記(2)及び(3)のとおり、これを本件商標の要部ととらえることはできないから、本件商標は、紳士の図形、あるいは「Made in Scotland」の文字の双方が相まってその要部を構成するものである。 他方、被告各標章は、英文字又はカタカナ文字で構成されて、本件商標のような紳士の図形はなく、文字が全く異なっている。 また、裁判例として、登録商標の「ニチバンセロテープ」について、「セロテープ」の文字が大きく表記されていても会社名の「ニチバン」に要部を認めて連合標章として登録されたと認定して、「セキスイセロテープ」とは「セロテープ」が共通するものの、その要部は「セキスイ」であって、両者は非類似であり、「ニチバンセロテープ」の商標権は「セキスイセロテープ」に及ばないと判示したものがある(大阪高決昭和40年9月29日判例タイムズ188号204頁、乙15)。 したがって、本件商標と被告各標章とは、要部が異なるから、いずれも類似しない。 (2)本件商標と著名商標 結合標章である本件商標のうち、「MACKINTOSH」の文字部分は、米国アップル社の有する「Macintosh」(マッキントッシュ)の著名商標と類似するものであり、要部にならない。 すなわち、日本の特許庁において、「Macintosh」の商標につき第25類の商品区分でされた2社からの登録出願について、平成9年7月にこれらをいずれも拒絶する査定をした各審査の実例があり(甲8の1〜甲9の3)、これらの審査では、米国アップル社の「マッキントッシュ」が著名商標であって混同を生ずるおそれがある(商標法4条1項15号)とされている。 したがって、本件商標は、紳士の図形、あるいは、「Made in Scotland」の文字とが相まって要部を構成しているからこそ、米国アップル社の著名商標とは異なる商標として登録を許されたものであり、「MACKINTOSH」の文字部分は要部でない。 (3)本件商標と普通名称 結合標章である本件商標のうち、「MACKINTOSH」の文字部分は、ゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートを意味する普通名称であり、要部にならない。 すなわち、「mackintosh/マッキントッシュ」がゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートを意味することは、世界的にみて、特に英米では、疑いのない事実であり、日本においても、少なくとも、服飾輸入業者又は一般購入者の間では、普通名称に該当する。 このような普通名称性は、各種の英和辞典、英英辞典のほか、広辞苑(岩波書店)、朝日現代用語・知恵蔵(朝日新聞社)、現代用語の基礎知識2007年度版(自由国民社)などの各種国語辞典(乙1の1〜乙2の3)、インターネット検索サイトのGoogleでの検索結果(乙3)でも、「マッキントッシュ」の語の意味について、ゴム引きの防水布地と表記されていることから明らかである。 また、原告のOEMによるルイヴィトン社製のレインコートに貼付されたお手入れ方法のラベルには、英語の「CARE OF YOUR MACKINTOSH」、仏語の「PRENEZ SOIN DE VOTREVERITABLE MACKINTOSH」の日本語訳として、「マッキントッシュ使用製品」と表記されており(乙6の1、乙13の1、2)、原告自身が、「マッキントッシュ」の語をゴム引き防水布地の意味で使っている。 さらに、ファッション、アパレル、服飾関係の辞書類に「マッキントッシュ」の語の意味についての記述があり(乙17の1〜6)、業界新聞の繊研新聞と日本繊維新聞に「マッキントッシュ」の記事が掲載されている(乙16の1、2)ことは、これらの業界関係者にとって、「マッキントッシュ」の語がゴム引き防水布地製コートとして普通に使われていることを意味する。また、高級ブランドファッションを取り扱う雑誌の「プレシャス」や「家庭画報」にルイ・ヴィトンのマッキントッシュコートが掲載されている(乙18の1、2、乙20)ことは、富裕購買層にとって、「マッキントッシュ」がゴム引き防水布地製コートを意味する単語として使用されていることを示すものである。 したがって、「MACKINTOSH」の文字は、普通名称として、本来、単独では商標登録を受けることができない(商標法3条1項1号)ものであるから、要部とはならない。 なお、原告の行ったマーケティングリサーチ(甲65)については、本来、需要者として、ファッション、アパレル、服飾の製造、流通、販売に関わる者やその購買層が対象とされるべきであって、男女を問わず、日本国民全体を問題にするのは適切でないから、無作為に抽出した者にアンケートをしても、ある標章が需要者にとって普通名称であるか否かの立証とは無関係である。 3 争点(3)〔普通に用いられる方法でする被告各標章の表示といえるか否か〕について 〔被告らの主張〕 被告各標章に共通する「Mackintosh」又は「マッキントッシュ」は、普通名称であり、しかも、極めて単純な普通の書体で表された外観を示しており、特殊な書体や図案による技巧も加えられていないから、商標法26条1項2号にいう普通に用いられる方法で表示されたものである。 〔原告の主張〕 被告らの普通に用いられる方法でする被告各標章の表示に関する主張を否認する。 仮に、被告らの主張のとおり、被告各標章について、「Mackintosh」又は「マッキントッシュ」が普通名称であり、かつ、使用標章が普通の書体で表示されていたとしても、他人の商品と区別するための識別標識として用いられていることが客観的に明白であれば、もはや商標法26条1項2号にいう普通に用いられる方法で表示されたものということはできない。 被告標章1は、被告商品のボタン(甲17の4)に、ボタン内で円を描くように刻印されており、ほかの商品と識別することを可能とするように表記されたものである。 被告標章1及び2は、被告商品の展示会招待状(甲5)の上部の最も需要者の注意を引きやすい場所に大きく印刷され、また、文中にも「『Mackintosh of Ireland by Francis Campelli』のブランドで、アイルランド国内はもちろん、欧米の多くの専門店へ製品を供給しています」とあり、被告標章1及び2が自他識別標章としてのブランド名として使用されている。 被告標章3は、被告商品の展示会招待状(甲5)の文中で目立つようにかっこ書きのなかで表現されており、この英語訳である被告標章2と同様、自他商品の識別標章としてのブランド名として用いられている。 被告標章4及び5は、タグとして被告商品に付され、その中央部に大きく目立つように「Mackintosh」の文字が配置されているから、自他識別標章として用いられている。 したがって、被告各標章は、いずれも他人の商品と区別するための識別標識として用いられており、普通に用いられる方法で表示されたものでない。 4 争点(4)〔本件商標権の行使が権利濫用となるか否か〕について 〔被告らの主張〕 仮に、本件商標と被告各標章とが類似しているとしても、原告の本件商標権の行使による被告各標章の使用差止請求は、権利の濫用である。 原告は、第三者が商標出願した「Macintosh」の文字商標につき特許庁によって米国アップル社の有する著名商標との混同するおそれがあるとして拒絶査定がされており、本来、本件商標にも商標法4条1項15号の無効事由があることを熟知しながら、本件商標の一部にすぎない「MACKINTOSH/マッキントッシュ」の部分に基づいて、被告各標章の使用差止めを求めている。これは、結合標章である本件商標権の濫用的行使にほかならない。 しかも、原告の本件商標と同一の商標は、米国において、権利不要求の制度に基づき、「MACKINTOSH」及び「MADE IN SCOTLAND」につき単独で権利主張をしないことを条件に登録されており、原告は、日本において権利不要求制度がないことを奇貨として、本件訴えの提起に及んだものである。 したがって、原告の本件訴えによる差止請求は、著しく信義誠実の原則に反するものであって、権利の濫用として許されない。 〔原告の主張〕 本件商標権の行使が権利濫用であるとの被告らの主張は否認する。 本件商標権について、仮に、商標法4条1項15号違反のような無効事由が存在していたとしても、既に5年の除斥期間が経過しており、同法47条1項により、無効審判を請求することができないものである。もし、除斥期間の経過後に権利濫用の抗弁を認めると、同条の立法趣旨をないがしろにすることになるから、無効審判請求につき除斥期間の経過した本件商標権について、権利濫用の抗弁を認める余地はない。 また、英語を母国語としない日本において、被告らの主張するような米国の制度や米国特許商標庁の判断は参考にならず、被告らの主張は、そもそも、属地主義の原則に基づいて、日本の商標権と米国の商標権とが別個独立であることに反している。 したがって、被告らの権利濫用の主張は、到底容認することができない。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)〔被告による被告標章1の使用の有無〕について (1)被告らが被告商品に関して被告商標2ないし5を現に使用し又は使用する予定であることは、当事者間に争いがない。 (2)被告らは、被告標章1については、被告商品のボタンに「Mackintosh Ireland」と刻印され、展示会招待状に「Mackintosh of Ireland by Francis Campelli」と記載されているから、現に標章として使用していないし、また、今後も「Mackintosh」の文字を単独で使用する予定はない旨主張する。 そこで、検討するに、被告商品のボタン(甲17の4)には、ボタン内で丸く円を描くように「Mackintosh」の文字列と「Ireland」の文字列が刻印されていること、被告商品の展示会招待状(甲5)の各頁の最上部に、「Mackintosh」の部分が大きく印刷され、2頁目の文中の見出し的な位置にも「【Mackintosh of Ireland by Francis Campelli】」として印刷されていることがそれぞれ認められる。 このようなボタンに刻印され、あるいは招待状に印刷された「Mackintosh」の文字は、地名や人名を表す「Ireland」、「of Ireland」、「by Francis Campelli」の文字と同時に使われているものの、それ自体で、地名や人名から独立した一つのブランド名として使われているものととらえることができる(なお、ここでは、「Mackintosh」の語の意味については考慮しない。)から、被告らの主観的な意図にかかわらず、被告らにおいて、被告標章1を標章として使用しているものと認めるのが相当である。 したがって、被告らは、被告商品に関し、被告標章1についても、これを現に使用し、あるいは、使用する予定であるということができる。 2 争点(2)〔本件商標と被告各標章との類否〕について (1)本件商標は、別紙商標目録記載のとおりの構成であり、中央部に大きな文字により全体の横方向の7割程度の大きさで、「MACKINTOSH」の英文字が横書きされ、その右脇に全体の縦方向の8割程度、横方向の1割強程度の大きさで、ハット、コート、ブーツ及びステッキを備えた紳士の図形が配置され、中央部の下方に小さな文字により全体の横方向の4割程度の大きさで、「Made in Scotland」の英文字が横書きされた結合商標である。 他方、被告各標章は、いずれも別紙標章目録記載のとおりの構成である。 被告標章1は「Mackintosh」の、被告標章2は「Mackintosh of Ireland」の各英文字が横書きされ、被告標章3は「マッキントッシュオブアイルランド」のカタカナ文字が横書きされた標章である。 被告標章4は、3段からなる文字標章であり、中央部の1段目に大きく全体の横方向の7割以上の大きさで下線を伴って、「Mackintosh」と横書きされ、2段目に小さく全体の横方向の4割程度の大きさで、「of Ireland」と横書きされ、3段目に小さく全体の横方向の5割弱程度の大きさで「by Francis Campelli」と横書きされた標章である。 被告標章5は、2段からなる文字標章であり、中央部の1段目に大きく全体の横方向の6割以上の大きさで下線を伴って、「Mackintosh」と横書きされ、2段目に小さく全体の横方向の3割強程度の大きさで、「of Ireland」と横書きされた標章である。 (2)前記第2の1の前提となる事実に、証拠(甲8、9の各1ないし3、甲61ないし64、乙1の1ないし4、乙2の1ないし3、乙4、乙8、9の各1、2、乙13、乙14の1、2、乙16の1ないし3、乙17の1ないし6、乙18の1、2、乙19、20)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。 ア 歴史的沿革 英国スコットランドの化学者チャールズ・マッキントッシュ(Charles Macintosh、1766年〜1843年)は、薄いゴムシートを形成して布に貼り合わせた防水布地を発明し、1823年にこの発明につき特許権を取得し、また、1824年に英国マンチェスターに工場を建設し、防水布地を製造、販売して、主に、陸海軍に供給してきた。(争いがない) 原告は、現在も、英国において、19世紀からの「マッキントッシュ」(Mackintosh)製法を再現し、コート類を製造し、英国内外に販売、輸出している。(争いがない) イ 国語辞典(その1)、英和辞典及び英英辞典の記載 (ア)広辞苑第五版(岩波書店、1998年)には、「マッキントッシュ【mackintosh】(考案者名に因む)ゴム引き防水布製レーン・コート。転じてレーン・コートの別称。」と記載されている。(乙2の1) (イ)朝日現代用語知恵蔵(朝日新聞社、2000年)には、「マッキントッシュ[mackintosh]@ゴム引きの防水布、レインコート.A[M_]米アップル社製のパソコン.略してマック.」と記載されている。(乙2の2) (ウ)現代用語の基礎知識2007(自由国民社、2007年)には、「マッキントッシュ(mackintosh)防水織布の一種。それで作ったレインコート」と記載されている。(乙2の3) (エ)新英和中辞典第7版(研究社、2006年)には、「mack・in・tosh」、@「《英》マッキンットッシュ、レインコート.」、A「防水加工した生地.【C.Mackintosh 考案者のスコットランド人】」と記載されている。(乙1の1) (オ)スーパー・アンカー英和辞典第3版(学習研究社、2003年)には、「mack・in・tosh」、「(ゴム引き布製の)防水レインコート;(一般に)レインコート.」、「《インフォーマル》ではmac, mack ともいう.」と記載されている。(乙1の2) (カ)ワードパル英和辞典初版(小学館、2001年)には、「mack・in・tosh」、@「ゴム引き防水布」、A「《おもに英》レインコート(= mac)」と記載されている。(乙1の3) (キ)Webster's Third New International Dictionary(MERRIAM-WEBSTER、1986年)には、「mack・in・tosh also mac・in・tosh」, 「n -ES [after Charles Macintosh †1843 Scot.chemist and inventor] 1chiefly Brit:RAINCOAT 2:a lightweight waterproof fabric orig. of rubberized cotton」/「mack・in・toshed」、「adj:dressed in a mackintosh」と記載されている。(乙1の4) (ク)日本語になった外国語辞典第2版(集英社、1989年)には、「マッキントッシュ[mackintosh]」、@「ゴム引き処理をした防水布.またはそれで作ったレインコート.発明者の名にちなむ.A[M−]米国でのアップルコンピューター社製のパーソナルコンピューター.」と記載されている。(乙14の1) (ケ)コンサイスカタカナ語辞典第3版(三省堂、2005年)には、「マッキントッシュ1[(商)Macintosh]米国アップル社製のコンピューター.〈現〉」/「マッキントッシュ2[mackintosh]【服】@ 防水織布の1種.ゴム引き防水布.〈明〉A @で作られたレーンコート.ゴム引き防水雨外とう.〈明〉★考案者のC.Macintosh(1766-1843)の名にちなむ.」/「マッキントッシュ3[McIntosh]紅色リンゴの1品種.旭(あさひ).カナダのオンタリオ州原産の初秋に熟する高級リンゴ.〈現〉★1796年に最初にその木を発見し、栽培したカナダ人John McIntoshの名にちなむ.」と記載されている。(乙14の2) ウ 専門辞典の記載 (ア)新ファッションビジネス基礎用語辞典増補改訂第7版(チャネラー、2004年)には、「コート■COAT」として、「■マッキントッシュ【mackintosh】1823年にスコットランド人チャールズ・マッキントッシュ(1766〜1843)によって考案されたゴム裏張りの防水布(マッキントッシュ)でつくられたレインコートの一種。ゆったりとしたルーズなシルエットが特徴で、俗にマックともよばれる。縫い目にも防水テープが付き、1836年頃からレインコートとして広く着られたが、1900年代初期にバーバリー★が登場すると共に、その立場が入れ替わった。」/「■マック【mac】→マッキントッシュ」//「布地と組織■FABRIC/WEAVE&KNIT」として、「■マッキントッシュ【mackintosh】防水布の一種で、ゴムを塗布した、ゴム引き織物。この加工法を発明した英国人チャールズ・マッキントッシュの名前に由来する。空気が完全に遮断され、完全な防水性があるため、捺染機の捺染の下敷き布として使われる。従来これをブランケット★に使っていたので、マッキントッシュ・ブランケットともいわれる。またレインコート用としても使われる。」と記載されている。(乙17の1) (イ)新・実用服飾用語辞典(文化出版局、2000年)には、「マッキントッシュmackintosh ゴムびきの防水布、またはゴムびきの防水布で作られたレーンコートのことをいう。袖はラグラン・スリーブ、または普通袖で、襟は二重襟のものが多く、外套の上からも着られるようにゆったりした型。この名称は、1823年にチャールズ・マッキントッシュが発明したことから名づけられたもの。」と記載されている。(乙17の2) (ウ)新・田中千代服飾事典第一版新訂(同文書院、2002年)には、「マッキントッシュ[Mackintosh]ゴム引防水布またはこれを用いてつくった雨外套(がいとう)のこと。袖は普通袖またはラグラン袖で、二重衿のものが多い。→コート」と記載されている。(乙17の3) (エ)ファッション辞典第3版(文化出版局、2002年)には、「マッキントッシュ[mackintosh、macintosh]ゴム引き防水コート、およびゴム引き防水素材のこと。19世紀前半に、マッキントッシュ(Charles Mackintosh, 1766〜1843)により考案され、コートには縫い目にも防水テープがはられた。英国ではレインコートと同義にもつかわれるが、現在では綿素材などに押され、本来のものはあまりみられない。」と記載されている。(乙17の4) (オ)図解服飾用語事典増補新版(ブティック社、2003年)には、「コート」として、「マッキントッシュ[mackintosh]チャールズ・マッキントッシュが1823年に開発したゴム引きの布地、またはこの布地で作られたレイン・コートをさす.英国では広くレイン・コートのことをさす.略してマックmacともいう.→マッキントッシュ(布地と組織)」//「布地と組織」として、「マッキントッシュ[mackintosh]創始者のチャールズ・マッキントッシュの名にちなんだ、防水加工をしたコート地の総称.マッキントッシュが開発したものは、2枚の布の間に生ゴムとコールタール、ナフサ油との混合物を挟み、加圧して接着したもので、気候が暖かければ、やわらかく湿っぽくベタベタしたものになり、寒ければ硬くゴワゴワになる.19世紀の初めに創案された.→マッキントッシュ(コート)」と記載されている。(乙17の5) (カ)ファッション/アパレル辞典初版(繊研新聞社、2004年)には、「●マッキントッシュmackintosh 単に「マック」ともいう。英国で「レインコート」をいう。これは初の本格的な防水コートというべき「ゴム引き雨外套」をスコットランドの化学者「チャールズ・マッキントッシュCharles Macintosh(姓のスペルにはk がない)」(1766-1843年)が発明し、大ヒットしたことによる。正確にはマッキントッシュが発明したのはゴム引き防水布で、1823年にカシミヤの生地2枚の間にゴムを溶かして挟み込んだ防水布の特許を取った。始めは生地だけを売り、仕立ては購入者まかせであったが、1830年、ゴム製品製造業のトマス・ハンコック商会と合併、既製品の生産販売に乗り出した。当時としては完全防水コートであるとして大ヒットし、19世紀中ごろの最大のファッションになった。しかしこのコートは鉄道輸送手段の向上とともに下火になった。かつては無蓋客車で風雨にさらされるためマッキントッシュが必要であった乗客が、有蓋の箱型客車に乗れるようになったためである。厚い生地のため不格好な外観もイメージダウンとなり、加えて独特のゴムの匂いも不人気の原因になっていった。それでも一世を風靡したためマッキントッシュという語は、その後、化学防水などのレインコートになってもそのまま用いられた。なお、マッキントッシュという姓の語頭のマックはスコットランド系に多い「息子」という意味である。例えば日本占領の連合軍総司令官「マッカーサーDouglas MacArthur」元帥(1880-1964年)は「アーサー(Arthur)の息子」、ハンバーガーで有名なマクドナルド(McDonald)は「黒褐色の髪の、よそ者の息子」で、マッキントッシュは「親方の息子」という意味である。英国ではレインコートを「レインプルーフコート」「ウオータープルーフコート」、米国では「スリッカー」などともいう。」/「●マック mac →マッキントッシュ」と記載されている。(乙17の6) エ 業界新聞の記載 (ア)平成12年3月4日の繊研新聞の海外欄に「クローズアップ」として、「”実用ウエア”がファッションに」、「『マッキントッシュ』は5年前比で倍増」、「非ゴム引きコートがけん引」、「著名ブランドと共同開発も」などとの見出しのもとで、ロンドンの記者からの記事として、ゴム引きコートで知られる「マッキントッシュ」は長年の間、OEM商品として販売されてきたが、ファッションブランドとして、「グッチ」、「ラルフ・ローレン」、「エルメス」、「ルイ・ヴィトン」等の有力ブランドが新作に取り入れるようになり、製造元のトラディショナル・ウェザーウェア社は、ゴム引き以外のマッキントッシュコートの開発にも力を入れ、急速に売上げを伸ばしており、10年前にはほとんど他社ブランド製品であったマッキントッシュコートが現在では70パーセントが自社ブランドになり、次のステップとして、伝統的なマッキントッシュの風合いを保ちながらもドライクリーニングのできる非ゴム引きコートの販売に力を入れており、その90パーセントが輸出で、ルイ・ヴィトンやエルメスのフランスが50パーセント、日本が30パーセントであって、2年前から八木通商と組む日本市場では、自社ブランド製品が伸び、来年は40〜50パーセントの比率に達してフランスを抜いて第1位の輸出先になるとの内容が記載されている。(乙16の1) (イ)平成13年9月6日の日本繊維新聞では、エルメス・ジャポンの「エルメス」01年秋冬コレクションが同月3日に東京都現代美術館で開催されたことを伝え、そのなかで、「軽く、流れるようなフォルムのカシミヤコートやノースリーブコート、マッキントッシュコートなどを中心にチャコール、ブルー系のコートを数多く発表。」と記載されている。(乙16の2) (ウ)平成18年5月27日の繊研新聞では、ルイ・ヴィトンの06〜07年秋冬の「イコン」シリーズに2〜8歳を対象としたガールズラインを加えたことを紹介し、そのなかで、「赤とチョコレート色のミニ・ルイ・ヴィトン・マッキントッシュ、インディゴのジーンズとお揃いのブルゾン、オフホワイトと赤のカシミヤのセーターとファスナー付きカーディガン、モノグラムデニムのミニスカートとムートンの襟付きブルゾンなどがある。」と記載されている。(乙16の3) オ ファッション・婦人誌の記載 (ア)プレシャス2006年4月号(小学館)には、ルイ・ヴィトンのコートの紹介記事のなかに、「一流のこだわりが生きた洗練の仕上がりが魅力の定番カジュアルコート」として、「”マッキントッシュ”の防水生地や高度な技術が”ルイ・ヴィトン”のモード感と調和。着るとほっそりしているのに動きやすい、計算されたゆとりのもたせ方と絶妙な着丈に質の高さを実感。マッキントッシュコート¥224、700(ルイ・ヴィトン)」と記載されている。(乙18の1) (イ)世界のファッション名品一流大名鑑(プレシャス2007年4月号別冊付録、小学館)には、「MACKINTOSH ”ルイ・ヴィトン”の『マッキントッシュコート』」として、「裏地からのぞくモノグラムに老舗ブランドの粋が感じられて'98年秋冬(日本上陸は'99年春夏)の初登場以来、隠れた名品として通の間で評判になっているのが、”ルイ・ヴィトン”別注の『マッキントッシュコート』シリーズです。伝統ある英国”マッキントッシュ”の防水生地やハンドメイドの手法と”ルイ・ヴィトン”のセンスが競演する、とっておきのアイテム。なによりも心躍るのが、裏地に使ったおなじみのモノグラム・モチーフ。毎年、微妙に色やモチーフが変化した新作の裏地が登場。あからさまではなく、さりげなくわかるハイブランドの証がおしゃれ心をくすぐります。さらに通常の”マッキントッシュ”のコートよりも、細身に見えながらも、ゆとりをもたせたシルエットも見逃せません。おしゃれの価値のわかった大人の女性に着てほしい一着です。」、「名品の理由背中のタグは、特殊な生地を用い、伝統的な製法でつくられた”マッキントッシュ”コートの証。取り扱いの説明にもこだわりが。」、「名品の理由完全防水にこだわるため、縫製を施した縫い目の裏に、防水テープを貼っている。すべて、職人による手作業とか。」と記載されている。(乙18の2) (ウ)家庭画報2007年10月号(世界文化社)には、ルイ・ヴィトンのキッズラインの紹介のなかで、「ゴム引きの防水布、マッキントッシュクロスを使用したコートの裏全面に広がる、おなじみのLVロゴ。エスプリに溢れた着こなしは、まさに大人服の縮小版。男の子・コート94,500円セーター39,900円パンツ32,550円靴42,000円女の子・コート94,500円カーディガン51,450円スカート34,650円靴39,900円〈洋服すべて4〜8歳児〉/すべてルイ・ヴィトン(ルイ・ヴィトンカスタマーサービスセンター)」と記載されている。(乙20) カ 趣味の書籍の記載 「英國紳士はお洒落だA GENTLEMAN’S WARDROBE」(ポール・キアーズ、出石尚三訳、飛鳥新社、平成4年)には、「T紳士の原点レインコートの誕生」として、「チャールズ・マッキントッシュはなにも最初からレインコートを発明しようとしたわけではなかった。たしかに一八二二年、マッキントッシュは”インディアン・ラバー・クロス”の特許を得た。が、これは二枚の生地の間に特殊なゴムを挟み込んだ防水地であって、たとえばテントなどの類には最適であった。ところがこの報せを耳にした洋服店が彼のところに押しかけてきたのが、問題のはじまりである。縫合わせたら針目から水が通ってしまう、という忠告を無視した洋服屋は案の定、レインコートを作り、失敗した。それでも彼らは凝りずに縫目を二重にしたが、結果は水の通りを二倍よくしただけであった。これでマッキントッシュの防水地はインチキだという風評がたってしまった。かくしてマッキントッシュは汚名返上のため、仕立職人を雇い、洋品店をはじめることになったのである。やがて史上初の完全防水コートが完成し、マッキントッシュの出身地であるスコットランドに因んでタータンの裏地が張られたのである。この初のレインコートが考案者の名前で呼ばれるようになったのは、至極当然のことであろう。しかしゴム引きの”マッキントッシュ”は理想的なレインコートからははるかに遠い代物であった。強烈なゴムの臭いがあり、通気性がないために蒸し暑く、仕立てるにも骨が折れた。ただ”マッキントッシュ”が完全防水布であったことは間違いない事実である。だからこそ、その後防水加工技術が進歩し、様ざまな素材のレインコートが登場してからも、”マッキントッシュ”は作業着や合羽などに利用されることが少なくなかったのだ。一八五一年になってロンドンのジョール・スピルなる人物が、金属の鳩目で、マッキントッシュの腋の下に穴を開けることを思いついた。「汗」の出口を設けることによって、完全防水のコートが嫌われる最大の原因を解決した」と当時、報道されたものである。この汗の出口のアイデアは今なおマッキントッシュや合羽などに利用されていること、ご存じであろう。」と記載されている。(乙19) キ ルイ・ヴィトンコートの取扱説明 ルイ・ヴィトン社製の「マッキントッシュコート」の裏地に縫合された取扱説明には、英語、仏語、日本語の3か国語で、「CARE OF YOUR MACKINTOSH 1. Wash with a mild soap and brush gently 2. Do not soak 3. Do not machine wash 4. Do not dry clean 5. Do not expose to extreme high temperatures」、「PRENEZ SOIN DE VOTREVERITABLE MACKINTOSH」、「マッキントッシュ使用製品使用上の注意について」などと記載されている。(乙6の1、乙13の1、2) ク 小説等の書籍の記載 (ア)「回想のシャーロック・ホームズ」(コナン・ドイル、阿部知二訳・創元推理文庫、1960年初版、2006年74版)には、「・・in spite of her entreaties he pulled on his large mackintosh and left the house.」との文章を「いくら懇願してもきき入れず、大きな雨外套に身をつつんで出て行ってしまった。」と訳している箇所がある。(乙8の1、2) (イ)「ジェレミー・フィッシャーどんのおはなし」(ビアトリクス・ポター作・絵、いしいももこ訳・福音館書店、1983年発行、2004年新装版)には、「Mr.Jeremy put on a mackintosh, and a pair of shiny galoshes;」との文章を「フィッシャーどんは、あまがっぱをきて、ぴかぴかのごむぐつをはきました。」と訳している箇所がある。(乙9の1、2) ケ 国語辞典(その2)の記載 (ア)大辞林新装第二版(三省堂、1999年)には、「マッキントッシュ【Charles Rennie Mackintosh】」、「イギリスの建築家・デザイナー・画家。グラスゴー美術学校の仲間四人でグループを結成。スコットランドの伝統的様式とアール・ヌーボーの斬新なデザインを結合させた。」と記載されており、「マッキントッシュ」の項目に、「ゴム引き防水布地」、「ゴム引き防水布地製コート」、「レインコート」又は「米国アップル社製のコンピュータ」などの意味は記載されていない。(甲61) (イ)岩波国語辞典第四版(岩波書店)、新明解国語辞典第四版(三省堂)及び新潮国語辞典新装改訂版(新潮社)には、「マッキントッシュ」の項目がなく、意味が記載されていない。(甲62〜64) コ 米国アップル社の商標 株式会社イングラムが平成7年11月8日にした「Macintosh」の商標登録出願(出願番号平7−115003号、商品等区分第25類)及びジェイ・エム・エス株式会社が同月27日にした「Macintosh」の商標登録出願(出願番号平7−122765号、商品等区分第25類)は、それぞれ、平成9年3月25日付けをもって、特許庁により、「この商標登録出願に係る商標は、「APPLE COMPUTER INC.」(アメリカ合衆国カリフォルニア州所在)がコンピューターに使用して本願商標出願前より広く知られている著名な商標「Macintosh」の文字を書してなるものであるから、これをその指定商品に使用するときは上記会社もしくは上記会社と何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように商品の出所について混同を生ずるおそれがある。」として、商標法4条1項15号該当を理由に拒絶理由が通知され、いずれも、同年7月25日に上記の理由により、拒絶査定された。(甲8の1〜3、甲9の1〜3) サ 本件商標と同様の商標の米国での権利不要求 原告は、米国において、平成11年6月1日にハット、レインウェア、コート、ジャケット、スポーツバッグ、トラベルバッグ、ショルダーバッグ、ダッフルバッグを指定商品として本件商標と同様の商標を出願し、平成14年7月2日に登録されており、上記商標のうちの「MACKINTOSH」と「MADE IN SCOTLAND」について、権利不要求として、それぞれ上記商標とは別個独立に権利を主張しないことを宣言している。(乙4) (3)一般に、商標の類否の判断については、商標を全体的に観察してするのが基本であるものの、常に一体として観察しなければならないものではなく、商標のうちの特定の部分が注意をひきやすく、その部分が存在することによって初めてその商標の識別機能が認められるときは、全体的観察と並行して商標を機能的に観察し、その中心的な識別力を有する部分、すなわち要部を抽出して対比の判断をすることが必要である。そして、いくつかの文字と文字、文字と図形又は図形と図形の結合などによって構成される結合商標の類否の判断をするに当たっては、結合の強弱の程度、結合した各構成部分の大小や意味内容等によって、構成部分の一部のみが要部となり、あるいは、各構成部分がそれぞれ要部となることがある。 そこで、このような見地から、被告各標章との対比の前提として、本件商標を観察すると、本件商標は、「MACKINTOSH」と「Made in Scotland」の各文字と紳士の図形とから構成される結合商標であり、これらの各文字と図形については、外形的にみて、全体が不可分一体となって1個の統一的な外観、称呼や観念を形成しているとは特に認められないから、常に一体として観察されなければならないものではなく、各構成部分を各別に分離して観察することは何ら妨げられないというべきである。そして、上記の各文字及び図形のうち、「MACKINTOSH」の文字部分は、本件商標の中央部に大きな文字により全体の横方向の7割程度の大きさで横書きされており、小さい文字により書かれた「Made in Scotland」の文字部分や図形部分と区別されて、注意をひく部分であるということができるから、本件商標の要部となり得る構成部分として抽出することができる。 この点につき、被告らは、上記「MACKINTOSH」の文字部分については、識別力がなく、本件商標の要部とはいえないと主張するので、以下、検討する。 (4)本件商標と著名商標について 被告らは、平成9年に他社が本件商標と同一の商品等区分についてした「Macintosh」の各商標登録出願について、それぞれ、米国アップル社のコンピュータに使用する同一の著名商標との商品出所の混同のおそれがあることを理由に拒絶査定がされていることを挙げて、本件商標のうちの「MACKINTOSH」の文字部分について、米国アップル社の有する「Macintosh」(マッキントッシュ)の著名商標と類似するから、本件商標の要部でない旨を主張する。 被告らのこの主張は、元来、原告の本件商標は、「MACKINTOSH」の文字部分の単体では、米国アップル社の有する著名商標である「Macintosh」と類似するため、商標法4条1項15号によって拒絶されるべきものであったのを、紳士の図形及び「Made in Scotland」の文字と結合したことによって、はじめて登録を許されたものであるから、「MACKINTOSH」の文字部分だけを取り出して、これを識別力のある要部ととらえることはできない、との趣旨であると解することができる。 しかしながら、本件商標とは異なる他の商標登録出願についての特許庁による前記審査の判断があったことから、直ちに本件商標の登録が結合商標であるがゆえに登録をされたものであるということができないことは明らかである。仮に、原告が本件商標の文字部分の「MACKINTOSH」を単体で商標登録出願をしていたとすれば、登録を拒絶された可能性があったと考えられるとしても、被告らの前記主張は、本件商標について、無効事由の存在を指摘するものではなく、当該文字部分に関する識別力の有無を問題とするものであるから、侵害訴訟における類否判断のための基準時は、あくまでも口頭弁論終結の時であり、商標の登録審査の時と状況が異なることは十分にあり得るところである。 そこで、この点についてみるに、特許庁が「Macintosh」を米国アップル社の著名商標と判断した平成9年から既に10年が経過していること、平成9年から平成19年までの間における米国アップル社及びその日本法人による「Macintosh」のロゴの使用形態については、何ら主張、立証がなく、かえって、証拠(甲84〜86)及び弁論の全趣旨によれば、現在、「Macintosh」のロゴは実際の商品に関して使用されておらず、汎用のパーソナルコンピュータの主たるブランドとして「iMac」が使用されていること、米国アップル社のロゴ戦略として、「iPod」、「iTunes」、「iPhone」などのように、「i」をキーワードにした統一ブランドの構築を企図しているものと窺えることがそれぞれ認められるから、米国アップル社の「Macintosh」が本件の口頭弁論終結時である平成19年の時点においても著名であると認めることはできない。 そうすると、本件商標のうちの「MACKINTOSH」の文字部分について、米国アップル社の有する「Macintosh」の著名商標と類似しているとして、本件商標の要部でないとする被告らの主張は失当であり、採用することができない。 (5)本件商標と普通名称について 次に、被告らは、本件商標のうちの「MACKINTOSH」の文字部分について、ゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートを意味する普通名称であって、本件商標の要部でない旨を主張する。 商標法3条1項1号、26条1項2号にいう「普通名称」については、取引界において、その商品の一般的な名称と認められていることが必要であり、また、その判断にあっては、辞書、事典その他の刊行物で普通名称であるかのように使用されているだけでは足りず、商品自体の名称として普及して使用された事実が認められることが必要である。結合商標から抽出された文字が普通名称性との関係で識別力のある要部であるか否かについても、その検討の方法は基本的に同様であると考えられる。 そこで、前記第2の1の前提となる事実及び前記(2)の認定事実を総合して、本件商標のうちの「MACKINTOSH」の文字部分が普通名称といえるか否かについて検討する。 上記の事実関係に照らせば、「MACKINTOSH」の語は、もともとは、スコットランドに多い人名の「Macintosh」に由来し、かつて19世紀にチャールズ・マッキントッシュの発明したゴム引き防水布地によって作られたゴム引き防水布地製コートが英国を中心として広く普及したことから、英語圏では、人名から転じた「Mackintosh」がそのような布地やコートを指すものとして用いられ、さらに、広くレインコートの一般的な名称としても定着したものということができる。 しかしながら、我が国においては、英国におけるようにゴム引き防水布地製コートが国内に広く普及したことを示す証拠はない。国語辞書においても、収録語彙の比較的多い国語辞書の中には、「マッキントッシュ(mackintosh)」として、上記の内容の意味が説明されているものがあるものの、上記の語を掲げながら、上記の内容の意味の説明がないものもある上、「マッキントッシュ」の語自体が必ずしもすべての国語辞書に掲載されているわけではない。そして、英語を原典とし、日本語に翻訳された小説や物語の書籍のなかで登場する文章中の「mackintosh」の語の翻訳部分においては、「マッキントッシュ」や「ゴム引き布地製コート」などではなく、「雨外套」、「あまがっぱ」などと訳されている。そうすると、今日の標準的な日本人の国語的意味において、「マッキントッシュ」の語が、ゴム引き布地又はゴム引き布地製コートとして、認識されているとは認めることができない。 これに対し、英語や外来語の辞書、あるいは、服飾やファッション関係の専門の事典には、「マッキントッシュ」の語について、ゴム引き布地又はゴム引き布地製コートとの意味の記載があるものの、これは、英語圏において、前記の歴史的経緯により、「mackintosh」の語がゴム引き防水布地やそのような布地で作られたコートを指すものとして用いられ、広くレインコートの一般的な名称として普及したことに由来するものであるとみるのが自然であるから、上記の辞書、事典の記載をもって、我が国においても「マッキントッシュ」や「mackintosh」の語が一般的に上記の意味で用いられていると認めることはできないというべきである。また、前記(2)エ及びオの認定のとおり、業界新聞やファッション・婦人誌において、英語圏での上記用法で「マッキントッシュ」の語が一般名称的に用いられているかのようにみえる部分があるものの、これらの「マッキントッシュ」の語の使われ方を子細にみるならば、原告のブランド名として使用されているとみられるもののほかは、専ら、原告がOEM(相手先ブランドによる生産)での提供や共同企画をしたエルメス、ルイ・ヴィトンの商品(甲60、77の1、2、乙16の1)に関して使用されているものと認められ、このように限られた範囲で一般名称的に使用されていることだけでは、「マッキントッシュ」の語を普通名称であると認めるには足りない。そして、前記(2)キの認定のとおり、ルイ・ヴィトン社製の「マッキントッシュコート」の裏地に縫合された取扱説明(乙6の1、乙13の1、2)中に「マッキントッシュ使用製品」と記載されていることも、同様に限られた範囲での使用にすぎず、普通名称性の根拠とはならないというべきである。 このようにしてみると、本件商標における「MACKINTOSH」の文字部分について、商品の一般的な名称であることを指す普通名称であるとまでいうことはできない。 以上のとおりであるから、本件商標のうちの「MACKINTOSH」の文字部分を、ゴム引き防水布地又はゴム引き防水布地製コートを意味する普通名称であるとして、本件商標の要部でないととらえることはできない。 被告らの上記主張は採用することができない。 (6)本件商標と本件各標章との対比 前記(3)ないし(5)で述べたところによれば、本件商標から抽出した「MACKINTOSH」の文字については、これを識別力のある要部として考えることができる。 他方、被告各標章については、被告標章1が「Mackintosh」の英文字による標章であるほか、被告標章2ないし5は、それぞれ、「Mackintosh」の英文字又は「マッキントッシュ」のカタカナ文字を含む結合標章であり、いずれも、「Mackintosh」又は「マッキントッシュ」の文字が識別力のある要部である、ととらえることに支障はない。 したがって、本件商標と被告標章1、2、4及び5とは、外観及び称呼が実質的に同一であるか又は類似し、本件商標と被告標章3とは、称呼が同一であることになる。 (7)以上によれば、本件商標と被告各標章とは、いずれも類似するというべきである。 3 争点(3)〔普通に用いられる方法でする被告各標章の表示といえるか否か〕について 被告各標章に共通する「Mackintosh」又は「マッキントッシュ」については、前記2(5)において、本件商標中の「MACKINTOSH」の普通名称性の有無について述べたのと同じく、これらが普通名称であるとはいえないものというべきであるから、その余の点について論ずるまでもなく、この点に関する被告らの主張は理由がない。 4 争点(4)〔本件商標権の行使が権利濫用となるか否か〕について 被告らは、原告の本件商標権の行使による被告各標章の使用差止請求について、原告において、第三者が商標出願した「Macintosh」の文字商標につき特許庁によって米国アップル社の著名商標との混同が生ずることを理由に拒絶査定された関係で、本件商標にも商標法4条1項15号の無効事由があることを熟知しながら、本件商標の一部にすぎない「MACKINTOSH/マッキントッシュ」の部分に基づいて請求するものであること、米国では、権利不要求の制度に基づいて「MACKINTOSH」につき単独で権利主張をしないことを条件に登録されていて、日本に権利不要求制度がないことを奇貨とする請求であることを理由に、権利の濫用である旨主張する。 しかしながら、これらの被告らの指摘のうち、現時点において、米国アップル社がコンピュータについて有する「Macintosh」の商標が著名であるとは言い難いことは、前記2(4)で述べたとおりであり、また、仮に、本件商標の登録時点において、何らかの無効事由に該当する瑕疵があったとしても、本件商標については、既に登録後5年間の除斥期間を経過し、もはや無効審判を請求することができないものであることは明らかであるから、これを権利濫用の抗弁の根拠とすることはできないというべきである。さらに、権利不要求の制度は、我が国においては、現行の商標法に改正された際、撤廃されて存在しない制度である上、米国で「MACKINTOSH」につき権利不要求としたことの理由は証拠上明らかでなく、米国での取扱いが英語を母国語としない我が国で直ちに通用するものでないことは明らかである。 したがって、本件商標権の行使が権利濫用であるとの被告らの主張は、理由がない。 5 結論 以上によれば、原告の請求は理由があるから(なお、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。)、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 平田直人 裁判官 柵木澄子 (別紙) 商標目録 略 標章目録1〜5 略 |
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