判例全文 line
line
【事件名】「シェーン」格安DVD事件(3)
【年月日】平成19年12月18日
 最高裁(三小) 平成19年(受)第1105号 著作権侵害差止等請求事件
 (一審・東京地裁平成18年(ワ)第2908号/二審・知財高裁平成18年(ネ)第10078号)

判決


主文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

理由
 上告代理人遠山友寛ほかの上告受理申立て理由第2、第3について1 本件は、(1) 第1審判決別紙映画目録記載の映画「シェーン」(以下「本件映画」という。)の著作権者である上告人X1(以下「上告人X1」という。)が、本件映画を収録したマスターフィルムを製造し販売する被上告人Y1及びこれを基に本件映画を複製したDVD商品を製造し販売する被上告人Y2に対し、本件映画の複製権及び頒布権の侵害を理由に、上記マスターフィルム及びDVD商品のそれぞれの販売等の差止め及び廃棄を求め、(2) 我が国における本件映画の独占的利用権を有する上告人X2が、被上告人らに対し、上記利用権の侵害を理由に、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。これに対し、被上告人らは、本件映画の著作権は存続期間の満了により消滅したと主張している。
2 本件映画の著作権法上の保護に関する関係法令の概要等は、次のとおりである。
(1) 本件映画は、アメリカ合衆国法人である上告人X1を著作者とし、その著作名義をもって、1953年(昭和28年)に同国において最初に公表されたものであるが、我が国及びアメリカ合衆国は、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約に加盟しているため、本件映画は、同条約3条(1)及び著作権法6条3号の規定により、我が国の著作権法による保護を受け、その保護期間については我が国の法令に従うこととなる(同条約7条(8)本文)。
(2) 映画の著作物の保護期間に関する我が国の法令の概要は、次のとおりである。
ア 旧著作権法(明治32年法律第39号)は、映画の著作物の保護期間を、独創性の有無(22条の3後段)及び著作名義の実名、無名・変名、団体の別(3条、5条、6条)によって別異に取り扱っていたところ、本件映画のように団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物の保護期間は、公表(発行又は興行)後33年間とされていた(22条の3、6条、52条2項)。
イ 旧著作権法は、昭和46年1月1日に施行された現行の著作権法(昭和45年法律第48号。以下「現行著作権法」ということもある。)により全部改正された。現行著作権法(下記ウの改正前のもの)は、映画の著作物の保護期間を原則として公表後50年を経過するまでと定める(54条1項)とともに、附則2条1項において、「改正後の著作権法・・・中著作権に関する規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法・・・による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない」旨の経過措置を定めた。
 なお、旧著作権法及び現行著作権法を通じて、上記保護期間の終期を計算するときは、公表された日の属する年の翌年から起算するものとされ(旧著作権法9条、現行著作権法57条)、その年から所定の年数を経過した年の末日の終了をもって当該期間は満了することとなる(民法141条)。
ウ 映画の著作物の保護期間の延長措置等を定めた著作権法の一部を改正する法律(平成15年法律第85号。以下「本件改正法」といい、その改正を「本件改正」という。)が、平成15年6月12日に成立し、平成16年1月1日から施行された。これにより、映画の著作物の保護期間は、原則として公表後70年を経過するまでとされることとなった(本件改正後の著作権法54条1項)。なお、本件改正法附則2条は、この保護期間の延長措置の適用に関し、「改正後の著作権法・・・第54条第1項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による」旨を規定している(以下、この規定を「本件経過規定」という。)。
(3) 本件映画を含め、昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物は、旧著作権法上の保護としては、公表後33年を経過するまで、すなわち昭和61年12月31日までの保護期間が予定されていたところ、昭和46年1月1日の現行著作権法の施行に伴い、公表後50年を経過するまで、すなわち平成15年12月31日まで保護されることとなった。そして、本件映画が本件経過規定にいう「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物」として本件改正後の著作権法54条1項の適用が認められるとすれば、その保護期間は平成35年12月31日まで延長されたことになるのに対し、本件経過規定にいう「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物」として本件改正後の著作権法54条1項の適用が認められないとすれば、保護期間は延長されず、その著作権は既に消滅していることになる。
3 原審は、本件改正後の著作権法54条1項が適用されるのは、本件改正法の施行日である平成16年1月1日において本件改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物であるところ、本件映画は平成15年12月31日の終了をもって著作権の存続期間が満了しているから、本件改正後の著作権法54条1項の適用を受けないとして、上告人らの請求をいずれも棄却した。これに対し、上告人らは、本件経過規定中の「この法律の施行の際現に」という文言は、当該法律の施行の直前の状態を指すものと解すべきであるのに、これを「この法律の施行の日において」と同義に理解し、本件改正後の著作権法54条1項の適用を否定した原審の判断には、本件経過規定の解釈適用を誤った法令違反があると主張する。
4(1) そこで検討すると、本件経過規定中の「・・・の際」という文言は、一定の時間的な広がりを含意させるために用いられることもあり、「・・・の際」という文言だけに着目すれば、「この法律の施行の際」という法文の文言が本件改正法の施行日である平成16年1月1日を指すものと断定することはできない。しかし、一般に、法令の経過規定において、「この法律の施行の際現に」という本件経過規定と同様の文言(以下「本件文言」という。)が用いられているのは、新法令の施行日においても継続することとなる旧法令下の事実状態又は法状態が想定される場合に、新法令の施行日において現に継続中の旧法令下の事実状態又は法状態を新法令がどのように取り扱うかを明らかにするためであるから、そのような本件文言の一般的な用いられ方(以下「本件文言の一般用法」という。)を前提とする限り、本件文言が新法令の施行の直前の状態を指すものと解することはできない。所論引用の立法例も、本件文言の一般用法によっているものと理解できるのであり、上告人らの主張を基礎付けるものとはいえない。
 したがって、本件文言の一般用法においては、「この法律の施行の際」とは、当該法律の施行日を指すものと解するほかなく、「・u65381 ・・の際」という文言が一定の時間的な広がりを含意させるために用いられることがあるからといって、当該法律の施行の直前の時点を含むものと解することはできない。
 本件経過規定における本件文言についても、本件文言の一般用法と異なる用いられ方をしたものと解すべき理由はなく、「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物」とあるのは、本件改正前の著作権法に基づく映画の著作物の保護期間が、本件改正法の施行日においても現に継続中である場合を指し、その場合は当該映画の著作物の保護期間については本件改正後の著作権法54条1項が適用されて原則として公表後70年を経過するまでとなることを明らかにしたのが本件経過規定であると解すべきである。そして、本件経過規定は、「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による」と定めているが、これは、本件改正法の施行日において既に保護期間の満了している映画の著作物については、本件改正前の著作権法の保護期間が適用され、本件改正後の著作権法の保護期間は適用されないことを念のため明記したものと解すべきであり、本件改正法の施行の直前に著作権の消滅する著作物について本件改正後の著作権法の保護期間が適用されないことは、この定めによっても明らかというべきである。したがって、本件映画を含め、昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物は、本件改正による保護期間の延長措置の対象となるものではなく、その著作権は平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了し消滅したというべきである。
(2) 上告人らは、本件改正法の施行後においては「改正前の著作権法」はもはや存在しないのであるから、本件文言は当該法律の施行の直前の状態を指すものと理解しないと、「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物」という規定自体が論理破たんを来すこととなる旨主張する。しかし、本件文言は、上記のとおり、新法令の施行日においても継続することとなる旧法令下の事実状態又は法状態が想定される場合に、新法令の施行日において現に継続中の旧法令下の事実状態又は法状態を新法令がどのように取り扱うかを明らかにするために用いられるものであるから、何ら論理矛盾は存しない。
 また、上告人らは、本件改正法の成立に当たり、昭和28年に公表された映画の著作物の保護期間の延長を意図する立法者意思が存したことは明らかであるとして、この立法者意思に沿った解釈をすべきであると主張する。しかし、本件経過規定における本件文言について、本件文言の一般用法とは異なる用い方をするというのが立法者意思であり、それに従った解釈をするというのであれば、その立法者意思が明白であることを要するというべきであるが、本件改正法の制定に当たり、そのような立法者意思が、国会審議や附帯決議等によって明らかにされたということはできず、法案の提出準備作業を担った文化庁の担当者において、映画の著作物の保護期間が延長される対象に昭和28年に公表された作品が含まれるものと想定していたというにすぎないのであるから、これをもって上告人らの主張するような立法者意思が明白であるとすることはできない。
5 以上によれば、本件映画の著作権は存続期間が満了して消滅したとする原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷
 裁判長裁判官 藤田宙靖
 裁判官 堀籠幸男
 裁判官 那須弘平
 裁判官 田原睦夫
 裁判官 近藤崇晴
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/