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【事件名】北朝鮮映画のニュース報道事件(フジテレビ) 【年月日】平成19年12月14日 東京地裁 平成18年(ワ)第6062号 著作権侵害差止等請求事件 (口頭弁論終結日 平成19年9月3日) 判決 原告 朝鮮映画輸出入社 原告 有限会社カナリオ企画 上記両名訴訟代理人弁護士 齊藤誠 同 金舜植 同訴訟復代理人弁護士 石川美津子 被告 株式会社フジテレビジョン 同訴訟代理人弁護士 前田哲男 同 中川達也 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 請求の趣旨 (1) 被告は、別紙映画目録記載の映画を放送してはならない。 (2) 被告は、原告ら各自(原告らの連帯債権)に対し、550万円及びこれに対する平成18年3月30日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 請求の趣旨に対する答弁 (1) 本案前の答弁 本件各訴えをいずれも却下する。 (2) 本案の答弁 原告らの請求をいずれも棄却する。 第2 事案の概要 本件は、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)の国民が著作者である映画を、被告が、その放送に係るニュース番組で使用したことについて、原告朝鮮映画輸出入社(以下「原告輸出入社」という。)が、被告の上記行為は、同映画の著作権者である原告輸出入社の著作権(公衆送信権)を侵害し、かつ、今後も侵害するおそれがあると主張して、被告に対し、いずれも北朝鮮の国民が著作者であり、原告輸出入社が著作権を有すると主張する上記映画を含む別紙映画目録記載の各映画(以下「本件各映画著作物」という。)について、侵害の停止又は予防として放送の差止めを請求し、また、原告らが、被告の上記行為は、原告輸出入社の著作権及び本件各映画著作物の日本国内における使用等につき独占的な利用等の権利を有している原告有限会社カナリオ企画(以下「原告カナリオ」という。)の利用許諾権を侵害する不法行為に当たると主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、原告ら各自(原告らの連帯債権)に550万円(無断使用による損害の内金500万円及び弁護士費用50万円)及びこれに対する遅延損害金を支払うよう請求する事案である。 これに対し、被告は、本案前の答弁として、原告輸出入社に当事者能力がないことを理由に訴えの却下を求めるとともに、本案の答弁として、北朝鮮の国民が著作者である著作物(以下「北朝鮮の著作物」という。)は我が国が条約により保護の義務を負う著作物(著作権法6条3号)に当たらないなどと主張し、請求棄却を求めている。 1 争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告輸出入社は、北朝鮮の憲法に基づいて登録及び保護されている北朝鮮文化省傘下の行政機関である。(甲1の1ないし3) イ 原告カナリオは、実写映画、アニメーション映画、テレビ映画、コマーシャルフィルム、グラフィックデザインその他の映像等の企画、製作、請負、配給、売買、貸借、輸出入、管理及びあっせん仲介等を目的とする有限会社である。(弁論の全趣旨) 原告カナリオは、原告輸出入社との間で、平成14年9月30日、原告輸出入社が著作権を有する北朝鮮の国内で製作された映画(以下「北朝鮮映画」という。)について、その日本国内における独占的な上映、複製及び頒布を、原告輸出入社が原告カナリオに許諾することなどを内容とする映画著作権基本契約(以下「本件映画著作権基本契約」という。)を締結した。(甲2) ウ 被告は、放送法に基づくテレビジョン放送等を目的とする株式会社である。 (2) 北朝鮮のベルヌ条約加入 北朝鮮は、平成15年1月28日、世界知的所有権機関事務局長に対し、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)の加入書を寄託した。同事務局長は、同日、その事実をベルヌ条約加盟国に対し通告し、これにより、ベルヌ条約は、同通告の3か月後である同年4月28日から、北朝鮮について効力を生じた(ベルヌ条約28条(2)(c)及び(3))。 なお、我が国は、昭和50年にベルヌ条約に加入した。(乙4) (3) 我が国の北朝鮮に対する国家承認の不存在我が国は、国際法上、北朝鮮を国家として承認していない。 (4) 被告の行為 被告は、平成15年12月15日、「スーパーニュース」と題するニュース番組において、別紙映画目録1n記載の「司令部を遠く離れて」と題する映画(以下「本件放送著作物」という。)の映像の一部を、原告らの事前の許諾を受けずに放送した。(甲15ないし17) 2 主要な争点 (1) 原告輸出入社は、当事者能力を有するか。 (2) 北朝鮮の著作物は、我が国の著作権法による保護を受けるか。 (3) 原告輸出入社は、本件各映画著作物の著作権を取得したか。 (4) 原告カナリオの利用許諾権の範囲 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)(原告輸出入社の当事者能力の有無)について 〔原告らの主張〕 (1) 朝鮮民主主義人民共和国民法(以下「北朝鮮民法」という。)11条1項は、「民事法律関係の当事者には、独立的な経費予算又は独立採算制により運営する機関、企業所、団体及び公民がなる。」と規定し、同法12条は、「組織された機関、企業所、団体は、当該機関に登録されてはじめて創設されたものと認められる。機関、企業所、団体は、当該機関に登録されたときから民事上の権利を有し、又は義務を負うことができる民事権利能力とそれ自身が直接実現することができる民事行為能力を有する。」と規定している。これらの規定にいう「機関」とは、国家行政機関を意味する。原告輸出入社は、北朝鮮の憲法に基づいて登録及び保護されている北朝鮮文化省傘下の行政機関であるから、北朝鮮民法11条1項にいう民事法律関係の当事者となり得るものであり、また、同法12条により、北朝鮮民法上、権利能力及び行為能力を有している。 (2) 原告輸出入社の本国法である北朝鮮の法律によって権利能力が認められる以上、北朝鮮が未承認国であるか否かを問わず、当然に当事者能力が認められるべきである。 したがって、原告輸出入社は、当事者能力を有する。 〔被告の主張〕 (1) 当事者能力の準拠法については、法廷地法によるとするのが判例、通説であるから、原告輸出入社の当事者能力の有無は、法廷地である我が国の民事訴訟法によって判断されることになる。そして、この場合、本国法で権利能力が認められている者については、民事訴訟法28条により当事者能力を認める見解が有力である。 しかし、本国法で権利能力が認められている限り、あらゆる者に当事者能力が認められるとすると、我が国の基本的な法制度とは相容れない法制度を採用している国で権利能力を付与された者についても、当事者能力を肯定せざるを得なくなる。この場合、その者が我が国の訴訟手続の規制等に服し得る実態を有しているとは限らないため、訴訟手続に混乱をきたすことになりかねず、当事者能力の準拠法を法廷地法とした趣旨が没却される。 そこで、民事訴訟法28条によって当事者能力が認められるのは、本国法上権利能力を有する者のうち、我が国でも権利能力が認められる者に限られると解すべきである。 (2) 我が国では、行政機関には権利能力が認められていないから、北朝鮮の行政機関である原告輸出入社は、当事者能力を有しない。 2 争点(2)(北朝鮮の著作物の我が国の著作権法による保護の可否)について 〔原告らの主張〕 (1) ベルヌ条約の締約国は、他の締約国の著作物を保護する義務を負う。 北朝鮮がベルヌ条約に加入しその締約国となった以上、同条約の締約国である我が国は、北朝鮮の著作物である本件各映画著作物を保護する義務を負うことになったことは明白である。著作権法6条3号は、「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」が我が国の著作権法による保護を受けると規定しており、本件各映画著作物がこれに該当することは明らかである。 (2) 我が国が北朝鮮を国家として承認していないことは、上記(1)のように解する妨げとなるものではない。 北朝鮮が国家としての資格を事実上備えていることは明白であるから、国家承認の有無にかかわらず、我が国が北朝鮮に対してベルヌ条約上の義務を負うと解することは国際法上可能である。このことは、外務省の公式見解においても、「多数国間条約のうち、締約国によって構成される国際社会(条約社会)全体に対する権利義務に関する事項を規定していると解される条項についてまで、北朝鮮がいかなる意味においても権利義務を有しないというわけではない。」という留保が付されていることからも明らかである。 特に、多数国間条約が私人間の権利義務に関する事項を規定し、かつ、私人間の権利義務が裁判上の重要な判断の前提となっている場合には、私人の生活関係や権利義務を尊重するという国際正義の観点から、裁判所は、積極的に司法権を行使すべきであり、我が国が未承認国に対しても条約上の義務を負っていることを前提とした法解釈を行うべきである。 このように解しても、国家承認に関する行政府の政策決定権限を侵害することにはならない。実際にも、我が国の裁判実務において、未承認国の法律を準拠法として適用した事例が多数存在するように、行政府が承認していない国であっても、判決における判断において当該国の存在を前提とした措置をとることが少なくない。 本件において問題となっているベルヌ条約は、私人の著作権という重要な権利を主な対象とする多数国間条約であり、著作者の権利を保護するという普遍的価値を有する命題に関する事項を規定するものである。そして、ベルヌ条約の締約国は、上記の命題に対し、あらゆる手段を尽くすことが要求される国際同盟を構成するとされている。したがって、北朝鮮がベルヌ条約に加入したことにより、著作権に関して我が国と北朝鮮とは同盟関係にあると認められ、我が国は、この同盟関係に従って、北朝鮮に対しベルヌ条約上の義務を負うと解するのが相当である。 (3) 文化庁は、我が国が台湾を国家として承認していないにもかかわらず、台湾が世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(以下「WTO協定」という。)に加入し、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(以下「TRIPS協定」という。)が台湾に発効したことを理由として、台湾と我が国との間に相互に著作権及び著作隣接権の保護が認められる関係が生じ、台湾の国民である著作者の著作物(以下「台湾の著作物」という。)が我が国において保護される旨の見解を示している。 一方、文化庁は、平成15年4月22日、同じ未承認国である北朝鮮の著作物に関し、我が国はベルヌ条約に基づいて保護すべき義務を負うものではないとの見解を示している。 このように、文化庁の見解は、同じ未承認国であるにもかかわらず、台湾と北朝鮮との間で取扱いを異にしており、明らかな齟齬が認められる。 未承認国である台湾の著作物を保護するのであれば、同じく未承認国である北朝鮮の著作物も保護すべきである。 (4) 最高裁判所は、外国人の特許権及び特許に関する権利の享受につき相互主義を定めた旧特許法(大正10年法律第96号)32条について、同条にいう「其ノ者ノ属スル国」は、我が国によって外交上承認された国家に限られるものではないと判断して、未承認国との間でも相互主義を適用した(最高裁昭和49年(行ツ)第81号同52年2月14日第二小法廷判決・最高裁判所裁判集民事第120号35頁。以下「52年最高裁判決」という。)。 52年最高裁判決の法理によれば、我が国は、未承認国である北朝鮮に対しても、ベルヌ条約上の義務を負うというべきである。 (5) 北朝鮮著作権法5条は、「朝鮮民主主義人民共和国が締結した条約に加入した他の国の法人若しくは個人の著作権はその条約によって保護する。」と規定し、北朝鮮文化省は、同国において日本の著作物を保護するとの意思表明をしており、この意味からしても、我が国においてもベルヌ条約に従い北朝鮮の著作物を保護すべきである。北朝鮮の著作物を条約上の義務として保護し、同国に対しても我が国の著作物を保護するよう国際的な働きかけをするのが妥当である。 北朝鮮の著作物が我が国において保護されないということになると、北朝鮮映画を我が国において無断で上映しても良いという結果を招くことになると同時に、北朝鮮において日本の映画が無断で上映されたり、インターネットを通じて直接日本国民に販売されたりするといった事態も生じ得る。 北朝鮮国内に置かれたサーバーからインターネットを通じて日本の映画が無断で日本国民に販売された場合を仮定すると、この場合の準拠法は、我が国の国際私法上、発信国法及び受信国法になると考えられる。この場合、発信国である北朝鮮において日本の著作物を何ら保護しないという扱いになると、著作権侵害に対する処罰を含む実効的な対処がされなくなり、その結果、我が国は著作権侵害に十分対応することができず、著作権侵害と評価される行為を事実上放置することになるといった事態が生じる。 (6) 平成19年5月に開催されたカンヌ国際映画祭において、北朝鮮映画である「ある女子学生の日記」と題する映画が公開された。また、平成18年10月に平壌国際映画祭が開催され、イタリア、イギリス、ドイツ、フランス、ベルギー、ロシア、スイス等が参加して、北朝鮮映画の版権の売買が行われた。このような国際市場において、未承認国であるから著作権の保護が及ばないという論理が通用すれば、国際市場は存立し得なくなるのであり、反面からいえば、国際市場においては、ベルヌ条約の加盟国が相互に著作権を尊重し合うことが暗黙の前提となっているということができる。 また、上記の映画「ある女子学生の日記」については、フランスの映画配給会社であるプリティーピクチャーズが、前記の平壌国際映画祭において版権を購入し、平成19年11月には、フランス全土において公開されることが予定されている。フランスは、北朝鮮を国家として承認しておらず、その国で北朝鮮映画の版権を購入し、その映画をフランス全土で公開するという事実は、映画という分野において、未承認国の著作権を認めることを前提とした取引関係が成立していることを証明するものである。 〔被告の主張〕 (1) 国家承認とは、ある主体を国際法上の国家として認めることをいう。国家承認がされると、被承認国は、承認国にとって国際法上の国家として存在し、承認国との間で国際法上の権利義務関係が生じる。したがって、たとえ未承認国が多数国間条約に加盟したとしても、当該条約が規定する権利義務関係は、承認国と未承認国との間では基本的に生じない。 我が国は、北朝鮮を国家承認していないから、北朝鮮がベルヌ条約に加盟したとしても、条約上の権利義務関係は、我が国と北朝鮮との間では生じない。 (2) もっとも、多数国間条約の特定の条項が、二国間の相互主義的な権利義務関係だけに帰着することができず、国際社会全体に対して負う義務を規定していると解される場合には、例外的に、未承認国との間で当該条項が適用されることもある。国際社会全体に対して負う義務を規定した条項としては、集団殺害の防止・処罰の約束(ジェノサイド条約1条)、拷問の防止(拷問等禁止条約2条)、非核兵器国の核拡散避止義務(核兵器不拡散条約2条)、領土権・請求権の凍結(南極条約4条)等が挙げられる。 しかし、ベルヌ条約の各条項は、国際社会全体に対して負う義務を規定した条項には該当しない。著作権を含む知的財産権は、社会における他の理念や制度等との調和の上に認められる後国家的、人工的な権利であり、ジェノサイド条約等の条項とはおよそ性質を異にするし、ベルヌ条約上の権利義務関係は、あくまで二国間の相互主義的な関係に分解することができるからである。 したがって、上記のような例外を認めるとしても、我が国が北朝鮮の著作物を保護すべき義務を負わないという結論に変わりはない。 (3) 我が国が北朝鮮の著作物を保護する義務を負うか、という問題は、我が国と北朝鮮との間にいかなる権利義務が存在するか、という問題と直結し、外交関係そのものに関わる問題である。外交関係の処理及び条約の締結は内閣の権限であるから(憲法73条2号、3号)、上記の問題は、裁判所による判断に本来的になじまない。特に、北朝鮮との外交については、極めて高度の専門的、政治的判断が求められる状況にあることは、公知の事実である。裁判所は、本件のような外交関係そのものに関わる問題に関しては、三権分立の観点から、内閣の判断を最大限に尊重し、自己の権限を抑制的に行使すべきであり、特段の事情がない限り、内閣と異なる判断を示すことは適切でないというべきである。 外務省及び文部科学省は、我が国と北朝鮮との間ではベルヌ条約上の権利義務関係が生じないとの立場に立っており、また、特許庁は、特許権に関し、未承認国がパリ条約の同盟国に当たらないことを前提とした実務処理を行っている。したがって、裁判所も、我が国政府の立場を尊重し、未承認国である北朝鮮との間では条約上の権利義務関係が生じないという解釈を示すべきである。 (4) 原告らは、我が国と台湾との間に著作権等の保護関係が生じているという文化庁の見解は、北朝鮮の著作物に関する同庁の見解と明らかに齟齬していると主張する。 しかし、WTO協定の加入資格は、国家主権の存否とは無関係であり、「独立した関税地域」としての加入が明文により認められている(WTO協定12条1項)。文化庁は、このことを前提に、「独立した関税地域」としてWTO協定に加入した台湾との間でTRIPS協定に基づく保護関係が生じていることを示したものにほかならない。 したがって、文化庁の上記各見解の間には、何ら矛盾はない。 (5) 原告らは、52年最高裁判決によれば、北朝鮮の著作物もベルヌ条約により保護されるべきであると主張する。 しかしながら、上記判決は、旧商標法(大正10年法律第99号)24条が準用する旧特許法(大正10年法律第96号)32条にいう「其ノ者ノ属スル国」に未承認国が含まれるかについて判断したものであり、純粋な国内法である旧特許法の条項の解釈を示したものにすぎない。 したがって、上記判決は、原告らの主張の根拠とはならない。 3 争点(3)(原告輸出入社による本件各映画著作物の著作権の取得の有無)について 〔原告らの主張〕 (1) 本件各映画著作物は、原告輸出入社が主体となって企画し、製作予算処置を行い、各映画撮影所に発注して製作されたものであり、原告輸出入社が、その名義で製作した映像物である。原告輸出入社は、著作権法2条1項10号の「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」としての「映画製作者」に該当し、本件各映画著作物の著作者は、映画製作者である原告輸出入社に対し、当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているから、本件各映画著作物の著作権は、我が国の著作権法29条1項により、原告輸出入社に帰属する。 (2) 上記(1)によれば、原告輸出入社は、本件各映画著作物の著作権を取得したというべきである。 〔被告の主張〕 (1) 原告輸出入社が本件各映画著作物の著作権を取得したとの主張は争う。 (2) 原告輸出入社が各映画撮影所に映画の製作を発注したという原告らが主張する事実関係の下では、著作権法2条1項10号の「映画製作者」は、企画ないし発注を行った原告輸出入社ではなく、委託を受けて製作を行った映画撮影所であるというべきである。 (3) 北朝鮮の著作権事務局が作成した確認書(甲1の2)によれば、原告輸出入社は、映画製作機関の「委任」を受けて、著作権等を行使する国家映画会社であるとされている。これによれば、真の映画製作者ないし著作権者が原告輸出入社とは別に存在しており、原告輸出入社は、それらの映画製作者等から「委任」を受けているにすぎないと解される。 また、原告らが主張するように、原告輸出入社が自ら企画し、製作予算処置を講じたのであれば、本件各映画著作物のクレジットに原告輸出入社の名称が表示されるのが自然である。しかし、本件各映画著作物のクレジットには、「白頭山創作団」や「朝鮮2.8芸術映画撮影所」など他の団体の名称が表示されているだけで、原告輸出入社の名称は全く表示されていない。このことからみても、原告輸出入社が自ら企画、製作予算処置を行っているとは到底解することができない。 (4) 原告らは、当初、訴状において、「原告朝鮮映画輸出入社は、朝鮮民主主義人民共和国における著作権法に基づいて、同国の国民ないしは同国に主たる事務所又は住所を有する映画製作者が製作した映画著作物ならびに同国において第一発行された映画著作物についての著作権を享有するもの」であると主張していた。すなわち、原告輸出入社とは別の者が製作した映画であっても、その著作権はすべて原告輸出入社に帰属するため、原告輸出入社が著作権者である旨主張していた。また、「朝鮮民主主義人民共和国内において製作された映画の著作物については、全て原告朝鮮映画輸出入社にその著作権が帰属するものとされている」とも主張していた。ところが、その後、企画や製作予算処置を行ったから原告輸出入社が著作権者であるなどと、訴状とは全く異なる主張をするに至っている。 このように、著作権の取得原因に関する原告らの主張には看過し得ない重大な変遷があり、かつ、そのような変遷が生じたことについて何ら合理的な理由は認められないから、原告らの主張は信用することができない。 4 争点(4)(原告カナリオの利用許諾権の範囲) 〔原告らの主張〕 (1) 原告カナリオは、原告輸出入社との間で、本件映画著作権基本契約を締結し、同契約に基づき、本件各映画著作物について、日本国内における上映、複製、放送及び頒布等についての利用許諾に関する権利を専有し、独占的な利用許諾に関する権利を有する。 (2) 本件映画著作権基本契約においては、契約書の文言上は「上映、複製、頒布」のみが記載され、「放送」の記載はないものの、原告らの間では、以下の内容を確認している。 ア 本件映画著作権基本契約において原告輸出入社が原告カナリオに許諾した本件各映画著作物の著作権に関して「上映、複製ならびに頒布の権利」とあるのは、日本国内における公衆送信及び公衆伝達を含む、本件各映画著作物についての劇場上映権、ビデオ・DVD製作権、テレビ放映(地上波、BS、CS、携帯映像)等の著作権に関するすべての権利を意味する。 イ 原告輸出入社は、本件映画著作権基本契約の契約期間中においては、自ら日本国内における上映、複製及び頒布の権利を行使しない。 〔被告の主張〕 原告カナリオが「放送」について独占的な利用許諾を受けたとの主張は争う。本件映画著作権基本契約では「放送」に関する権利は対象とされていない。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(原告輸出入社の当事者能力の有無)について (1) 前記第2の1(1)に記載したとおり、原告輸出入社は、北朝鮮の行政機関である。このような外国の団体が我が国の民事訴訟において当事者能力を有するか否かは、国際民事訴訟法上の問題であるから、どの国の法が適用されるかを決定する必要がある。 当事者能力とは、民事訴訟において訴訟関係の主体である当事者となることのできる一般的な資格をいい、訴訟法(手続法)上の概念である。そして、手続については法廷地法によるべきであるから、手続法上の概念である当事者能力については、法廷地である我が国の民事訴訟法が適用されると解するのが相当である。 そして、民事訴訟法28条によれば、当事者能力は民法その他の法令に従うとされているので、当事者能力の有無は、権利能力に関する民法その他の実体法の規定に基づいて判断される。 もっとも、前記のとおり、原告輸出入社は、北朝鮮の行政機関であり、本件における権利能力の問題は、その主体が外国の行政機関であるという点で渉外的要素を持つため、準拠法を決定する必要がある。 この点、行政機関の権利能力の準拠法に関しては、法の適用に関する通則法(以下「法適用通則法」という。)等に直接の定めがないから、条理に基づいて、当該行政機関と最も密接な関係がある国である当該行政機関が設立された国の法律(本国法)によると解すべきである。国内のいかなる範囲の団体に権利能力を付与するかは、当該国の法政策上の問題であり、また、団体が享有し得る権利能力も当該国の法律の定める範囲に限定される以上、当該団体と最も密接な関係があるのは、当該団体が設立された国と解されるからである。 したがって、行政機関の権利能力の準拠法は、原告輸出入社が設立された北朝鮮の法律であると解すべきである。 そこで、本件について検討すると、上記争いのない事実等及び証拠(甲1の1)によれば、北朝鮮の国内において施行、適用されている北朝鮮民法12条2項は、「機関、企業所、団体は、当該機関に登録されたときから民事上の権利を有し、又は義務を負うことができる民事権利能力とそれ自身が直接実現することができる民事行為能力を有する。」と規定していること、ここにいう「機関」とは、国家行政機関を意味すること、原告輸出入社は、北朝鮮の国家行政機関である文化省によって登録された同省傘下の行政機関であること、がそれぞれ認められる。 上に認定した事実によれば、原告輸出入社は、北朝鮮民法12条2項の登録がされた北朝鮮文化省傘下の行政機関に当たるから、同条項により権利能力を有していると認められる。 以上によれば、原告輸出入社は、準拠法である北朝鮮の法律によって権利能力を付与されているから、民事訴訟法28条により当事者能力を有するというべきである。 (2) 被告は、当事者能力が認められるのは、本国法上権利能力を有しているだけでは足りず、我が国でも権利能力が認められることが必要であり、我が国では行政機関に権利能力が認められていないから、北朝鮮の行政機関である原告輸出入社には権利能力が認められず、当事者能力も認められないと主張する。 しかしながら、民事訴訟法28条は、本国法上権利能力を有する者に当事者能力を認めることとしていると解すべきことは前記のとおりであり、同条の解釈として、当事者能力が認められるためには更に我が国の法令上も権利能力が認められることを必要とすると解することはできない。 被告は、本国法で訴訟能力が付与された者であっても、我が国の訴訟手続の規制等に服し得る実態を有しているとは限らないため、訴訟手続に混乱をきたすことになりかねないと主張する。しかしながら、上記のような問題点は、民事訴訟法28条の解釈としてではなく、個別の事案において、法適用通則法42条の公序良俗違反の解釈の問題として解決されるべきものであると考えられる。そして、我が国においても、平成16年法律第84号による改正前の行政事件訴訟法11条1項は、処分等取消しの訴えについて行政庁が被告適格を有するとして、その限度で当事者能力を認めていたのであり、また、個別の法律においても同様に行政庁の被告適格を認めている場合がある(特許法178条1項、179条等)。加えて、証拠(甲1の2、3)によれば、原告輸出入社は、「映画輸出及び輸入、映画合作及び注文製作、技術協力」に関する権限を有し、北朝鮮映画の著作権等を行使する国家映画会社であるとされていることが認められるのであり、行政機関とはされているものの、その実質は、むしろ、我が国における私法人に近いということができる。そうであれば、原告輸出入社が、行政機関であることをもって、我が国の訴訟手続の規制等に服し得る実態を有していないとはいえず、訴訟手続に混乱をきたすともいえないから、原告輸出入社に当事者能力を認めたとしても、公序良俗に反するということはできない。被告の上記主張は採用することができない。 (3) 以上のとおり、原告輸出入社は、その本国法である北朝鮮の法律によって権利能力が付与されているから、民事訴訟法28条により、当事者能力を有する。 2 争点(2)(北朝鮮の著作物の我が国の著作権法による保護の可否)について (1) 原告輸出入社の差止請求については、外国である北朝鮮の著作物の著作権に基づく請求であるという点で、渉外的要素を含むものであるから、準拠法を決定する必要がある。著作権に基づく差止請求は、ベルヌ条約5条(2)により、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによることとなり、我が国の著作権法が適用される。 また、原告らの損害賠償請求については、被侵害利益が北朝鮮の著作物の著作権ないしその利用許諾権であるという点で、いずれも渉外的要素を含むものであるため、準拠法を決定する必要がある。上記法律関係の性質は不法行為であるから、準拠法については、法例11条1項(法適用通則法附則3条4項により、なお従前の例によるとして、法例の規定が適用される。)によって決すべきである。そして、同条項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」は、原告らに対する権利侵害という結果が生じたと主張されている我が国であるというべきであるから、本件における損害賠償請求については、民法709条が適用される。 (2) 著作権法6条は、同法の保護を受ける著作物は、日本国民(我が国の法令に基づいて設立された法人及び国内に主たる事務所を有する法人を含む。)の著作物(同条1号)、最初に日本国内において発行された著作物(最初に国外において発行されたが、その発行の日から30日以内に国内において発行されたものを含む。同条2号)及び前2号に掲げるもののほか、条約により我が国が保護の義務を負う著作物(同条3号)に限る、と規定している。本件各映画著作物については、同法6条1号、2号に該当するとの主張、立証はなく、原告らは、同条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に当たると主張している。 すなわち、原告らの主張は、ベルヌ条約3条(1)(a)が、いずれかの同盟国の国民である著作者の著作物は、この条約によって保護される旨を規定しており、北朝鮮がベルヌ条約に加入したことにより、既に同条約に加入している我が国との間にベルヌ条約上の権利義務関係が生じ、北朝鮮は我が国にとってベルヌ条約の同盟国と認められるから、本件各映画著作物は、著作権法6条3号にいう「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に当たる、というものである。 これに対し、被告は、我が国が、北朝鮮を国家として承認していないから、我が国と北朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係は生じず、我が国は、ベルヌ条約上、北朝鮮の著作物を保護する義務を負わないとして、原告らの前記主張を争っている。 そこで、本件各映画著作物が著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に当たるか否かの解釈問題として、我が国が国家として承認していない北朝鮮がベルヌ条約に加入したことにより、我が国と北朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係が生じるか否かが問題となる(この点は、著作権に基づく差止請求のみならず、著作権等を被侵害利益とする損害賠償請求においても問題となる。)。 (3) 上記争いのない事実等並びに証拠(甲1の1ないし3、甲2ないし7、甲8の1、2、甲12、13の各1、2、甲15ないし18、21、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。 ア 訴訟に至る経緯等 (ア) 北朝鮮映画に関する使用料の支払状況 a 被告は、平成15年2月11日、「スーパーニュース」と題する番組において北朝鮮映画である別紙映画目録1f記載の映画の映像の一部を放送し、同年3月31日、原告カナリオに対し、上記映画の使用料として18万9000円を支払った。(甲5) b 日本テレビ放送網株式会社(以下「日本テレビ」という。)は、平成15年4月15日、「ザ!情報ツウ」と題する番組において北朝鮮映画の映像の一部を放送し、同年6月5日、原告カナリオに対し、上記映画の使用料として7万8750円を支払った。(甲6) c 日本放送協会(以下「NHK」という。)は、平成15年10月26日、「海外ネットワーク」と題する番組において「人民教員」と題する北朝鮮映画の映像の一部を放送し、同年11月28日、原告カナリオに対し、上記映画の使用料として11万5500円を支払った。(甲7) (イ) 北朝鮮のベルヌ条約加入に関する文化庁の見解 平成15年1月28日、北朝鮮から、世界知的所有権機関事務局長に対し、ベルヌ条約の加入書が寄託され、同日、同事務局長は、その事実をベルヌ条約加盟国に対し通告した。これにより、ベルヌ条約は、同通告の3か月後である同年4月28日から、北朝鮮について効力を生じた。 北朝鮮のベルヌ条約加入について、文化庁長官官房国際課は、平成15年4月22日付け「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のベルヌ条約加盟について」と題する書面において、「北朝鮮がベルヌ条約を締結したとしても、我が国は北朝鮮を国家として承認していないことから、条約上の権利義務関係は生じず、我が国において法的な効果は一切生じない。したがって、我が国は、北朝鮮の著作物についてベルヌ条約に基づき保護すべき義務を負うものではなく、北朝鮮がベルヌ条約を締結することによる我が国への影響はない。」との見解を示した。(甲8の2) (ウ) 文化庁の見解表明後の各放送局の対応 a 原告カナリオは、平成16年5月25日、NHKが「ニュース7」と題する番組において北朝鮮映画の映像の一部を放送したため、NHKに対し、当該映像の出所について回答を求めた。 これに対し、NHKは、「「映像の出所」についてはお答えいたしかねます。いずれにしても、5月25日の「ニュース7」で使用した北朝鮮映画の映像は、「報道・引用」の範囲内だと考えております。」と回答するとともに、上記(イ)の文化庁の見解を記載した書面を別紙として添付し、これを引用して、「政府は別紙のように、「国交がない北朝鮮との間では、ベルヌ条約に基づいて著作権を保護する義務は生じない」との公式見解を示していますが、NHKでは、現在、KRT・朝鮮中央テレビの映像の取り扱いについて、在日本朝鮮人総聯合会との間で協議を続けております。」と回答した。(甲8の1、2) b 原告カナリオは、被告に対し、北朝鮮の劇場用映画の取扱いについて回答を求めた。 これに対し、被告は、平成15年5月21日付け「北朝鮮劇場用映画取り扱いの件」と題する書面において、「北朝鮮のベルヌ条約加盟につきましては、文化庁より「条約上の保護関係は生じない」との見解がでているのは、既承の通りです。・・・(中略)・・・弊方といたしましては、著作権案件の管轄官庁である文化庁の見解を尊重することとし、その背景に関しましては、貴社より文化庁にご照会いただくのが、適当と考えております。・・・(中略)・・・貴社が権利主張されております当該映画に関しましては、ベルヌ条約上の内国民待遇を受けられず、・・・(中略)・・・現時点では本邦著作権法での権利保護はうけられないというのが、弊方の結論です。従いまして、今後、わが国政府における・・・(中略)・・・北朝鮮著作物の取り扱いが変更になり、日本と北朝鮮間で相互に著作権の保護関係が発生するまでは、当該映画を、弊方の必要に応じて、なんらの制限も留保条件もなく使用することが可能であることになります。」と回答した。(甲4の1、2) c 被告は、平成15年12月15日、「スーパーニュース」と題するニュース番組において、原告らの事前の許諾を得ずに本件放送著作物の映像の一部を放送した。(甲15ないし17) (エ) 本件訴えの提起等 a 原告カナリオは、平成16年9月21日、被告及び日本テレビに対し、それぞれ、北朝鮮のベルヌ条約加入により、同条約の締約国である日本は、北朝鮮の国民ないし同国に主たる事務所又は住所を有する映画製作者が製作した映画著作物並びに同国において第一発行された映画の著作物の著作権を保護する義務を負っていること、文化庁の前記見解は52年最高裁判決に明らかに反する誤った解釈であるから、日本国内における北朝鮮映画についての独占的な利用許諾権を有する原告カナリオの許諾を得ずに北朝鮮映画を使用することは、原告輸出入社の著作権及び原告カナリオの独占的利用許諾権を侵害するものであること、被告及び日本テレビに対する、これまでの無断使用分の使用料の請求について法的請求を検討していること、今後、北朝鮮映画を使用する場合には原告カナリオの承諾を得ることを求めること、などを内容とする通知書を送付した。(甲12、13の各1、2) b 原告らは、平成18年3月24日、本件訴えを提起した。 イ 北朝鮮のベルヌ条約加入に関する政府機関の見解 当裁判所は、平成18年6月27日、日本国と北朝鮮との間におけるベルヌ条約に基づく権利義務関係の存否等について、必要な調査を外務省及び文部科学省に嘱託した。これに対し、各省は、同年8月31日、次のとおり回答した。 (ア) 外務省の回答 「我が国は北朝鮮を国家として承認していないことから、2003年に北朝鮮がベルヌ条約を締結しているものの、北朝鮮についてはベルヌ条約上の通常の締約国との関係と同列に扱うことはできず、我が国は、北朝鮮の「国民」の著作物について、ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務をベルヌ条約により負うとは考えていない。 他方で、多数国間条約のうち、締約国によって構成される国際社会(条約社会)全体に対する権利義務に関する事項を規定していると解される条項についてまで、北朝鮮がいかなる意味においても権利義務を有しないというわけではない。具体的にどの条約のどの条項がこれに当たるかについては、個別具体的に判断する必要がある。 また、北朝鮮において我が国国民の著作物が保護されるか否かについては、北朝鮮法上の問題と考えられる。」 (イ) 文部科学省の回答 「我が国は北朝鮮を国家として承認していないことから、2003年に北朝鮮がベルヌ条約を締結しているものの、我が国は、北朝鮮の「国民」の著作物については、ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を負うとは考えておらず、著作権法における「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」ではない。・・・(中略)・・・北朝鮮において、我が国民の著作物が保護されないかどうかは、北朝鮮法における問題である。 北朝鮮に限らず、外国においても可能な限り広く我が国の著作物が保護される方が望ましいものの、著作権は各国政府によって政策的に保護されるものであるので、必ずしも保護されるとは限らない。」 ウ 北朝鮮文化省の見解 北朝鮮文化省は、上記イの日本国の各政府機関の見解につき、「日本国外務省及び文部科学省の回答に対する意見書」と題する書面において、次のとおりの見解を示した。(甲21) 「日本国外務省及び文部科学省の公式見解は、「ベルヌ条約」を我が国が未承認国であるが故に、守らなくてもいいという結論を出している。 しかし、その理由に根拠はない。 「ある条約では未承認国でも義務を負う条約もある」という事は認めながら、どの条約が守る義務があり、どの条約が守らなくてもいいのか、即ち「ベルヌ条約」が守らなくてもいいとする条約に該当する理由を、外務省及び文部科学省の見解は明確にしていない。 我が国は、「ベルヌ条約」の同盟国である日本国の著作権について「ベルヌ条約」に従って保護する意思は有しているが、仮に日本国において相互遵守が出来ない事が確定した場合には大変遺憾に思うと同時に、我々にとって日本国の著作権を保護する義務がなくなるであろうことを憂慮している。 このような違法行為が継続されるならば、それに対応する措置をとらざるを得ないであろう。我が国は、国際法上の義務を遵守すべきことを日本国に要求する。」 エ 台湾のTRIPS協定加入に関する政府機関の見解 台湾は、WTO協定に加入し、これにより、TRIPS協定は、平成14年1月1日、台湾について効力を生じた。(甲22) なお、北朝鮮は、WTO協定に加入していない。 当裁判所は、平成18年12月18日、我が国と台湾との間におけるTRIPS協定に基づく権利義務関係の存否等について、必要な調査を外務省及び文部科学省に嘱託した。これに対し、各省は、平成19年1月29日、次のとおり回答した。 (ア) 外務省の回答 「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(以下「WTO協定」という。)は、第12条1において、「国(State)」のみならず「独立の関税地域(separate customs territory)」もWTO協定に加入することができるとしており、国家以外の存在であってもWTO協定上の権利義務関係を有することができることを特別に認めるものとなっている(WTO協定に加入した独立関税地域がWTO協定上の「加盟国(Member)」であることは、第16条の「注釈」において、「世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域(separate customs territory Member of the WTO)」とされていることからも明らかである。)。したがって、当該規定から、WTOに加盟している独立関税地域との間では、国家として承認しているか否かにかかわらず、WTO協定上の権利義務関係が存在する。 台湾は、WTO協定第12条1にいう「国(State)」としてではなく、「台湾、澎湖諸島、金門及び馬祖から成る独立関税地域」(以下「独立関税地域台湾」という。)という名称で、「独立の関税地域」としてWTO協定に加入し、同協定上の「加盟国(Member)」となっている。したがって、我が国と独立関税地域台湾との間には、WTO「加盟国(Member)」間に生じるWTO協定上の権利義務関係が存在する。 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(以下「TRIPS協定」という。)との関係については、同協定はWTO協定の一部であるので、我が国と独立関税地域台湾との間には、TRIPS協定第9条に基づく権利義務関係(同条に基づきWTO「加盟国(Member)」が負うベルヌ条約の一定の条項を遵守する義務を含む。)が存在し、これに基づく我が国国内法制上の取扱いにおいても、独立関税地域台湾はWTO「加盟国(Member)」のうちの「国(State)」と同様に扱われる。 北朝鮮については、WTOにいかなる形でも加盟していないため、我が国として、TRIPS協定(同協定第9条に基づきWTO「加盟国(Member)」が遵守する義務を負うベルヌ条約の条項を含む。)に関し、以上に述べたような取扱いをすべき根拠はない。」 (イ) 文部科学省の回答 「我が国と台湾との関係において、TRIPS協定第9条がベルヌ条約の一定の条項を遵守する義務を定めていることにより、これら条項は、我が国の著作権法第5条及び第6条第3号に規定する「条約」に該当すると考えている。北朝鮮と台湾との間で異なる取扱いをする法的根拠は該当する「条約」の有無である。」 (4) 我が国の著作権法による保護の可否について ア 北朝鮮の著作物である本件各映画著作物が、我が国の著作権法による保護を受けることができるか否かは、前記(2)で述べたように、本件各映画著作物が著作権法6条3号にいう「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に当たるか否か、すなわち、我が国が未承認国である北朝鮮に対してベルヌ条約上の義務を負担するか否かの問題に帰着する。 そこで、この点についてみると、現在の国際法秩序の下では、国は、国家として承認されることにより、承認をした国家との関係において、国際法上の主体である国家、すなわち国際法上の権利義務が直接帰属する国家と認められる。逆に、国家として承認されていない国は、国際法上一定の権利を有することは否定されないものの、承認をしない国家との間においては、国際法上の主体である国家間の権利義務関係は認められないものと解される。 この理を多数国間条約における未承認国の加入の問題に及ぼすならば、未承認国は、国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入したとしても、同国を国家として承認していない国家との関係では、国際法上の主体である国家間の権利義務関係が認められていない以上、原則として、当該条約に基づく権利義務を有しないと解すべきことになる。未承認国が多数国間条約に加入したというだけで、承認をしない国家との間でそれまで存在しないとされていた権利義務関係が、国家承認のないまま突然発生すると解するのは困難である。 我が国は、北朝鮮を国家として承認しておらず、我が国と北朝鮮との間に国際法上の主体である国家間の権利義務関係が存在することを認めていない。したがって、北朝鮮が国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入したとしても、我が国と北朝鮮との間に当該条約に基づく権利義務関係は基本的に生じないから、多数国間条約であるベルヌ条約についても、同様に解することになる。 イ もっとも、未承認国であっても、国際社会において実体として存在していることは否定されないから、国際法上の主体である国家間の権利義務関係が認められないからといって、未承認国との関係において条約上の条項が一切適用されないと解することが妥当でない場合があり得る。 我が国の外務省も、前記(3)イ(ア)のとおり、未承認国である北朝鮮との関係では、我が国がベルヌ条約上の義務を負うことはないとしつつ、「多数国間条約のうち、締約国によって構成される国際社会(条約社会)全体に対する権利義務に関する事項を規定していると解される条項についてまで、北朝鮮がいかなる意味においても権利義務を有しないというわけではない。具体的にどの条約のどの条項がこれに当たるかについては、個別具体的に判断する必要がある。」との見解を示している。 もとより、多数国間条約の条項のなかには、ジェノサイド条約(「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約」)における集団殺害の防止(1条)や拷問等禁止条約(「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」)における拷問の防止(2条)のように、条約当事国間の単なる便益の相互互換の範疇を超えて、普遍的な国際公益の実現を目的としたものが存在する。このように、条約上の条項が個々の国家の便益を超えて国際社会全体に対する義務を定めている場合には、例外的に、未承認国との間でも、その適用が認められると解される。なぜならば、人を殺すなかれとの命題が刑法の規定を待つまでもなく、社会規範として通用するのと同様に、本来、こうした条項は、国家間の合意の有無にかかわらず、国際社会における規範として成立し得るものであり、各当事国が国際社会全体との関係で絶対にその義務を遵守しなければ、条約を締結した目的が十分に達成されないからである。このように、当該条項が、個々の条約当事国の関係を超え、国際社会全体に対する権利義務に関する事項を規定する普遍的な価値を含むものであれば、あらゆる国際法上の主体にその遵守が要求されることになり、その限りでは、国家承認とは無関係に、その普遍的な価値の保護が求められることになる。 ウ 原告らは、著作権の保護が普遍的な価値を有する命題であると主張する。 そこで、著作物の保護義務を定めるベルヌ条約3条(1)(a)の条項が国際社会全体に対する権利義務に関する事項を規定するものと解し得るか、すなわち、著作権の保護(直接的には、いずれかの同盟国の国民である著作者の著作物の保護という形態)が国際社会全体における普遍的な価値を有しているかについて検討する。 この点について、世界人権宣言は、27条2項によって、「すべて人は、その創作した科学的、文学的又は美術的作品から生ずる精神的及び物質的利益を保護される権利を有する。」と定め、著作権を国際的に保護されるべき人権の一つとして定めている。また、ベルヌ条約は、著作権に対する国際的な保護を図るという目的を有し、その加入に何らの要件の具備も要しない開放条約であり(29条)、加盟国の数は、平成19年8月末の時点で163か国に上り、多くの国が、内国民待遇の原則(5条(1))に基づき、著作物の保護に関して自国民と同様の待遇を外国人に与えている。これらの点によれば、著作権が国際社会において保護されるべき重要な価値を有していることは明らかである。 しかしながら、ベルヌ条約自体においても、同盟国の国民を著作者とする著作物(3条(1)(a))、非同盟国の国民を著作者とする著作物のうち、同盟国において最初に発行されるか、同盟に属しない国と同盟国において同時に発行された著作物(3条(1)(b))等が保護されるにとどまっており、非同盟国の国民の著作物が普遍的に保護されているわけではない。非同盟国の国民の著作物であっても、最初の発行地が同盟国であれば保護されるとされているものの、これは、同盟国において、最初あるいは同時の発行を促すことによって、著作物の普及を促進するとともに、これに伴う経済的な利益を獲得することを企図したものである。そこでは、同盟国という国家の枠組みが前提とされており、前国家的な非同盟国の著作者の自然権を保護するという発想は見られない。 また、同条約の他の条項においても、「映画の著作物について著作権を有する者を決定することは、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる。」(14条の2(2)(a))、「保護期間は、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる。」(7条(8))などと規定して、著作権の主体や保護期間等について、保護を行う国によって異なり得ることを許容するとともに、5条(2)において、著作権の保護の範囲及び著作権を保全するために著作者に保障される救済の方法を、保護が要求される同盟国の法令の定めるところに委ね、その保護の範囲及び方法が国によって異なる事態を想定している。さらに、35条(2)は、同盟国がベルヌ条約を廃棄することができる旨を規定し、廃棄により、条約上の権利義務関係から離脱することをも認めているところである。 以上によれば、著作権の保護は、国際社会において、擁護されるべき重要な価値を有しており、我が国も、可能な限り著作権を保護すべきであるということはできるものの、ベルヌ条約の解釈上、国際社会全体において、国家の枠組みを超えた普遍的に尊重される価値を有するものとして位置付けることは困難であるものというほかない。 したがって、ベルヌ条約3条(1)(a)の条項は、国際社会全体に対する権利義務に関する事項を規定するものと解することができず、北朝鮮との関係で同条項の適用は認められないから、結局、我が国は、同条項に基づき北朝鮮の著作物を保護する義務を負わない。 エ 原告らは、TRIPS協定が台湾に発効したことにより台湾の著作物が我が国において保護される旨の文化庁の見解は、同じ未承認国である北朝鮮の著作物に関する同庁の見解と明らかに齟齬しており、未承認国である台湾の著作物を保護するのであれば、北朝鮮の著作物も保護すべきである旨主張する。 しかしながら、WTO協定は、12条1項において、「すべての国又は対外通商関係その他この協定及び多角的貿易協定に規定する事項の処理について完全な自治権を有する独立の関税地域は、自己と世界貿易機関との間において合意した条件によりこの協定に加入することができる。」とし、また、16条の「注釈」において、「この協定及び多角的貿易協定において用いられる「国」には、世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域を含む。この協定及び多角的貿易協定において「国」を含む表現(例えば、「国内制度」、「内国民待遇」)は、世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域については、別段の定めがある場合を除くほか、当該関税地域に係るものとして読むものとする。」と規定しており、主権国家のみならず独立の関税地域もWTO協定に加入することができ、同協定の加盟国となり得ることを前提としている。また、WTO協定の規定を受けて、同協定の一部であるTRIPS協定1条の脚注1も、「この協定において、「国民」とは、世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域については、当該関税地域に住所を有しているか、又は現実かつ真正の工業上若しくは商業上の営業所を有する自然人又は法人をいう。」と定めている。これらの規定によれば、WTO協定及びTRIPS協定が、国家として承認されていないものでも、一定の要件の下で「独立の関税地域」として加入することができる旨定めていることは明らかである。前記2(3)エ(ア)によれば、台湾については、これらの規定にいう「独立の関税地域」として、WTO協定に加入したものであると認められる。そして、TRIPS協定9条1項は、「加盟国は、1971年のベルヌ条約の第1条から第21条まで及び附属書の規定を遵守する。」と定めていることから、「独立の関税地域」である台湾と我が国との間でTRIPS協定に基づく著作権の保護関係が生じたものであるということができる。これに対し、北朝鮮は、WTO協定に加入していないことから、我が国との間でTRIPS協定に基づく著作権の保護関係は生じていない。 以上のとおりであるから、我が国が未承認国である台湾の著作物を保護するからといって、当然に北朝鮮の著作物も保護すべきであるということはできず、この点についての文化庁の見解に齟齬があるとはいえない。原告らの上記主張は失当である。 また、原告らは、52年最高裁判決の法理によれば、北朝鮮の著作物もベルヌ条約により保護されるべきであると主張する。しかしながら、52年最高裁判決は、相互主義を定めた旧特許法32条の「其ノ者ノ属スル国」に未承認国であるドイツ民主共和国(東ドイツ)も含まれると判示したものにすぎず、我が国と未承認国との間に条約上の権利義務関係が生じるかという問題について判断を示したものではないから、本件とは事案を異にし、原告らの主張の根拠となるものとはいえない。 原告らは、その主張の根拠として、北朝鮮著作権法において、同国が加入した条約の加盟国の著作権を保護する旨を規定し、北朝鮮文化省が日本の著作物を保護するとの意思表明をしていること、北朝鮮の著作物が我が国において保護されないということになると、北朝鮮において我が国の著作物が保護されないといった事態が生じ得ることを挙げる。しかしながら、原告らの主張する上記の諸事情は、我が国政府の外交政策上の判断の考慮事情のひとつとなり得るかどうかはともかく、裁判所が、著作権法の解釈問題として、既に(4)アで述べた国家承認についての基本的な考え方と異なり、北朝鮮の多数国間条約への加入により、未承認国である北朝鮮に対し我が国が条約上の義務を負うことになるとの解釈を採用する根拠とはなり得ないというべきである。 原告らは、北朝鮮映画が、既に、国際市場において取引されていることから、国際市場においては、ベルヌ条約の加盟国が国家承認の有無にかかわらず相互の著作権を尊重し合うことが暗黙の前提とされている旨主張する。しかしながら、私人間においては、契約自由の原則により、国家承認の有無にかかわらず、ある国の映画について著作権の存在を前提とした契約を締結することは自由である。このような私人間の契約において未承認国の映画が取引の対象とされたからといって、国家間の権利義務関係として未承認国の著作物の著作権を保護すべき条約上の義務が発生しているということができないことは明らかである。 原告らの上記主張は、いずれも採用することができない。 オ 甲第20号証(鑑定意見書)中には、我が国と北朝鮮との間にベルヌ条約上の権利義務関係が生じていると解すべき根拠として、特定の既存国家が特定の加盟国を国家として承認していないからといって、その加盟国が国家ではないとの理由で、決議に必要な表決数からその加盟国を除外したり、条約発効に必要な批准、加入書の数から除外したりすることが不可能となっているという国際社会の現状を挙げる部分がある。 確かに、条約上の条項が上記のような条約上の組織等に関する事項である場合には、未承認国との関係でもその適用を認めるのが相当である。しかし、それは、上記のような条約上の組織等に関する事項を、国家承認の有無という個別の事情によって左右されるものとすると、条約に基づく意思決定等が困難になることによるものであるということができる。本件において、著作物の保護義務を定めるベルヌ条約3条(1)(a)の条項が、このような条約上の組織等に関する事項に当たらないことは明らかである。甲第20号証中の上記記載部分は、本件における原告らの主張を根拠付けるものとはいえない。 カ なお、北朝鮮の著作物について、非同盟国の国民の著作物として、いずれかの同盟国において最初に発行されたものである場合(ベルヌ条約3条(1)(b))等に、我が国がベルヌ条約上保護の義務を負う場合はあり得るものの、原告らにおいて、この点についての主張、立証はない。 (5) 以上のとおりであるから、我が国は、北朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係を有するものではなく、北朝鮮に対し、ベルヌ条約3条(1)(a)に基づく義務を負うことはない。したがって、本件各映画著作物は、著作権法6条3号の「条約により我が国が保護の義務を負う著作物」とはいえないから、本件の差止請求及び損害賠償請求は、その前提を欠くことになる。 3 結論 以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 平田直人 裁判官 瀬田浩久 別紙 映画目録 1 劇映画
2 記録映画
3 科学映画
4 アニメ映画
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