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【事件名】商標“マイクロクロス”侵害事件
【年月日】平成19年12月13日
 大阪地裁 平成18年(ワ)第8621号 商標権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年10月25日)

判決
原告 株式会社ワンズハート
原告 株式会社マイクロクロス社
被告 有本カテイ株式会社
訴訟代理人弁護士 野田英二
同 野田邦子


主文
1 原告株式会社ワンズハートに対し、
(1) 被告は,「マイクロクロス」の標章を付した別紙物件目録記載の製品を販売してはならない。
(2) 被告は、19万0909円及びこれに対する平成18年9月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告株式会社ワンズハートのその余の請求及び原告株式会社マイクロクロス社の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、被告に生じた費用の2分の1と原告株式会社マイクロクロス社に生じた費用を原告株式会社マイクロクロス社の負担とし、原告株式会社ワンズハートに生じた費用の20分の1と被告に生じた費用の40分の1を被告の負担とし、原告株式会社ワンズハート及び被告に生じたその余の費用を原告株式会社ワンズハートの負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、「マイクロクロス」の標章を付した別紙物件目録記載の製品を販売してはならない。
2 被告は、原告らに対し,「マイクロクロス」の標章を付した別紙物件目録記載の製品及び半製品を廃棄せよ。
3 被告は、原告株式会社ワンズハートに対し、5153万3000円及びこれに対する平成18年9月27日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。
4 被告は、原告株式会社マイクロクロス社に対し、5153万3000円及びこれに対する平成18年9月27日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、後記商標権を有する原告株式会社ワンズハート(以下「原告ワンズハート」という。)及び同商標権について使用権の設定を受けたとする原告株式会社マイクロクロス社(以下「原告マイクロクロス社」という。)が、同商標権に係る登録商標と同一の標章を付した商品を販売する被告の行為が原告ワンズハートの有する上記商標権及び原告マイクロクロス社の有する上記使用権を侵害する行為であるとして、@上記商標権及び使用権に基づく上記被告の商品の販売等の差止め及び同商品等の廃棄、A商標権侵害及び使用権侵害の不法行為に基づく損害賠償としてそれぞれ5153万3000円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求した事案である。
1 前提事実(証拠の掲記のないものは争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 原告ワンズハートの商標権(甲1の各号、2の各号、7)
 原告ワンズハートは、P1と別紙商標公報記載の2つの商標権(以下、第4692370号の商標権を「本件商標権1」といい、第4706725号の商標権を「本件商標権2」といい、まとめて「本件商標権」という。また、これらに係る登録商標をまとめて「本件登録商標」という。)を共有していた。
 平成18年11月20日、P1は原告ワンズハートに対し、本件商標権の共有持分を無償で譲渡するとともに、その移転登録が完了するまでに第三者が本件商標権を侵害したことによってP1が取得した損害賠償請求権を譲渡した。
(2) 原告ワンズハートと原告マイクロクロス社との間の契約(甲3、17)
 原告ワンズハートと原告マイクロクロス社は、平成15年11月14日、本件商標権に関して、「商標使用契約書」による契約を締結した(以下「本件使用契約」という。)。そこでは、「株式会社ワンズハート(甲)の取得している下記記載の商標の使用を株式会社マイクロクロス社(乙)と専属的に契約を結び、全ての権利を株式会社マイクロクロス社に一任します。」とされていた。
 本件使用契約について、本件商標権の共有者であったP1は、原告ワンズハートに対し、平成19年2月10日、これに同意していたことに相違がない旨を確認するとともに、追認した。
(3) 被告の行為(甲4及び25、乙29)
ア 被告は、本件商標権の設定登録後、「マイクロクロス」との標章を付したキッチン掃除用クロス(以下「被告商品」という。)を輸入し、合計10万3066枚販売した。被告商品の包装袋には、「食器・食卓・レンジ周り・IH調理器など水拭きだけでスッキリキレイ!!」との表示がある。また、被告商品の広告中の使用上の注意の表示として、「この製品はキッチン用クロスです。」との表示がある。
イ このような被告の行為は、@本件商標権2との関係では、同一の商品について同一の標章を使用するものといえるが、A本件商標権1との関係では、同一の標章を使用するものということはできても、同一ないし類似の商品に使用するものとはいえない。
2 争点
(1) 被告の行為の本件商標権侵害性
ア 本件登録商標の商標登録は無効審判により無効とされるべきものか。
イ 被告による「マイクロクロス」標章の使用は、商標法26条1項2号により本件商標権の侵害行為を構成しないものか。
(2) 差止・廃棄請求の可否
(3) 原告マイクロクロス社に対する不法行為の成否
(4) 原告らの損害額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(無効理由の有無)について
【被告の主張】
 本件登録商標は,「マイクロクロス」という文字のみからなる文字商標であり、それを普通に用いられる方法の域を脱しない程度に表示してなるにすぎない商標であるが、本件登録商標をその指定商品(本件商標権1については「理化学機械器具の汚れやホコリを拭き取るための専用の布」等、本件商標権2については「タオルその他の布製身の回り品」、「ふきん」等)のうちマイクロファイバー製のクロスに使用するときは、これに接する取引者、需要者は、本件登録商標構成中の「マイクロ」を「マイクロファイバー(極細繊維)」と理解し、また、クロスは「布、布地、織物」と理解し、全体として「マイクロファイバー製のクロス(布、布地、織物)」と認識、理解し、本件登録商標は商品の品質、原材料、又は商品の内容を表示しているものと認識、理解されるものである。したがって、本件登録商標は、商品識別機能を有しておらず、商標法3条1項3号又は同6号の規定に該当し、その商標登録を無効とされるべき商標である。
 また、本件登録商標をマイクロファイバー製のクロスではない通常の繊維からなるクロスに使用する場合や、クロス以外の電気磁気測定器等の商品に使用する場合には、商品の品質の誤認を生じさせるおそれがあるという他なく、商標法4条1項16号の規定に該当し、その商標登録は無効である。
【原告らの主張】
 被告の主張は争う。
 そもそも繊維業界ならばともかく、繊維製品の業界やその需要者の間で「マイクロファイバー」が広く知られていたとはいえない。繊維の名称として「マイクロファイバー」が存在していたとしても、これが「マイクロ」と略称されている事実は、繊維業界においてさえなく、まして繊維製品の業界やその需要者の間ではそのような認識はない。
2 争点(1)イ(商標法26条1項2号の適用の有無)について
【被告の主張】
 争点(1)アでの被告の主張と同様の趣旨により、被告による「マイクロクロス」標章の使用は、商標法26条1項2号に該当する。
【原告らの主張】
 被告の主張は争う。
3 争点(2)(差止・廃棄請求の可否)について
【原告らの主張】
 被告は、本件登録商標と同一の「マイクロクロス」標章を使用したふきんを輸入し、販売しており、ケンコーコムのホームページでも被告商品は掲載され続けているので、同商品の販売の差止めと製品及び半製品の廃棄を求める必要がある。
【被告の主張】
 被告は、平成18年8月ころに原告らから商標権侵害の通知を受けたことから、直ちに被告商品の販売を中止し、同年8月及び9月には、被告商品の「マイクロクロス」との表示部分に「極細繊維のクロス」とのシールを貼り替えて販売した。以後、被告は一切被告商品の販売をしておらず、今後するつもりもない。
4 争点(3)(原告マイクロクロス社に対する不法行為の成否)について
【原告マイクロクロス社の主張】
 原告マイクロクロス社は、本件商標権について使用権の設定を受けて、本件登録商標を使用した商品を販売しているから、被告の行為は原告マイクロクロス社の使用権を侵害する不法行為を構成する。
【被告の主張】
 原告マイクロクロス社が有している権利は通常使用権にすぎず、独占的通常使用権ではないから、被告の行為は原告マイクロクロス社に対する不法行為を構成しない。
5 争点(4)(損害額)について
【原告らの主張】
(1) 原告ワンズハート関係
ア 原告ワンズハートは、平成17年6月ころからジャパンケミテック有限会社(以下「ジャパンケミテック」という。)に商品1個当たり500円の許諾料をもって本件商標権の使用を許諾してきた。また、原告ワンズハートは、ほか1社にも同様の条件で本件商標権の使用を許諾してきた。したがって、被告は本件商標権の設定登録後に被告商品を10万3066枚販売したのであるから、原告ワンズハートが被った損害である商標使用料相当額は、5153万3000円(500×103,066)である。
 原告らは、本件登録商標を使用するに当たり、高品質の製品を高価で販売することにより、付加価値を十分に加えることとしており、安価な商品や低品質の商品には使用を断ってきていることから、上記の商標使用料は相当なものである。
イ 被告は、本件登録商標の知名度が低いと主張するが、原告マイクロクロス社は平成15年10月22日付けの日本経済新聞に広告を掲載し、同原告のホームページにおいてもその旨を表記している。また原告マイクロクロス社には、他社の「マイクロクロス」商品についてのクレームが一般消費者から多数寄せられているのであって、これは本件登録商標の知名度が高いことを示すものである。
 また被告は、ジャパンケミテックとの商標使用契約の内容について疑問を主張するが、原告らが提出した証拠によって十分に裏付けられている。
(2) 原告マイクロクロス社関係
 原告マイクロクロス社は、自ら本件登録商標を使用した商品を企画・製造・販売しており、その販売価格は1個当たり1000円で、利益額は1個当たり500円である。したがって、被告は本件商標権の設定登録後に被告商品を10万3066枚販売したのであるから、原告マイクロクロス社が被った損害額は、5153万3000円(500×103,066)である。
【被告の主張】
 原告らの主張は争う。
(1) 原告ワンズハート関係について
 そもそも本件登録商標は、繊維製品の取引者及び需要者において「マイクロファイバー製のクロス(布、布地、織物)」という商品の品質を表示するにすぎない自他識別力を欠く商標であり、顧客吸引力も極めて弱い。また、本件登録商標に知名度はなく、この点からも顧客吸引力は極めて弱い。
 本件登録商標がこのようなものであるにもかかわらず、被告が相当数の被告商品を売り上げたのは、被告の長年にわたる営業努力やこれまでに築き上げた販売網、被告商品の品質等によるものである。また、市場には極めて多数のマイクロファイバー製キッチン用クロスが販売されており、高額な使用料では到底販売することができない。これらの諸点からすると、本件における本件商標権の使用料相当額は低額とされるべきであり、被告の売上高の1%を超えることはない。
 原告らはジャパンケミテックに対する使用許諾例を主張するが、同社は平成19年5月7日以前に本件登録商標を使用していなかった可能性がある上、原告らが提出した証拠によっては、原告ワンズハートとジャパンケミテックの間に商標使用契約が存し、実際に商品1個当たり500円という商標使用料が徴収されてきたことは裏付けられていない。また、ほか1社に対する使用許諾料も不明である。
(2) 原告マイクロクロス社関係での主張は争う。
第4 争点に対する当裁判所の判断
1 争点(1)ア(無効理由の有無)について
(1) 本件登録商標は「マイク、 ロクロス」の標準文字を横書きしてなるものであるが、「マイクロ」は「100万分の1を表す語であり、極小、微小、非常に小さい物」程度の意味を持つ英語であり(乙26の2)、「クロス」は「布、布切れ、織物」の意味を持つ英語である(乙18)から、本件登録商標からは「極小・微小の布・織物」といった観念が生じる余地があると認められる。
 ところで、「マイクロ」の語は、上記のとおり物の小ささを表す形容詞にすぎないが、例えば「ミニ」や「スモール」のような単に一般的に小さいことを示す語とは異なり、100万分の1というほどに極小・微小なことを意味するものであることから、布や織物の小ささを示す語としては通常用いられないものである。また、「マイクロクロス」という語が、例えば「マイクロバス」のように慣用語として通常用いられているとも認められない。
 してみれば、本件登録商標が本件商標権1の指定商品である理化学機械器具等のための専用の布、本件商標権2の指定商品である織物等に使用されたとしても、それが商品の品質等を意味するにすぎないとか、自他識別力を欠くとか、商品の品質を誤認させるということはできない。したがって、本件登録商標の商標登録には、商標法3条1項3号及び6号並びに同法4条1項16号に違反する無効理由があるとはいえない。
(2) 以上に対し被告は、本件登録商標からは「マイクロファイバー製の布・布地・織物といった観念」が生じると主張する。そこで、本件登録商標の「マイクロ」の部分から、「マイクロファイバー製である」との認識が生じるかを検討する。
ア 後掲証拠によれば、次の事実が認められる。
(ア) マイクロファイバーについて
a 昭和63年8月18日の日刊工業新聞(乙2)においては、「超極細繊維を使用したワイピングクロスは、62年に東レが『トレシー』の商品名で発売して以来、眼鏡ふきを主体に爆発的なブームを引き起こしている。しかし、最先発は帝人で、これに鐘紡が加わって、現在の市場規模は月産約200万枚程度と推計されている。」との記載がある。
b 平成2年7月17日の日経産業新聞(乙1)においては、「脚光浴びるハイテク繊維」の見出しの下、「1本の太さが1デニール…以下のポリエステル・ナイロン糸のマイクロファイバーは、日本の合繊業界が世界に誇るハイテク製品。現在までに、この糸を素材とする5種類のヒット商品が生まれてきた。」、「東レの人工皮革『エクセーヌ』が、マイクロファイバーを素材として初めて登場したのは1970年。」「マイクロファイバーの眼鏡ふきが登場するまで、これほど汚れが落ちる製品はなかった。各社が6番目の新商品開発に躍起になるのは、眼鏡ふきに見られるようにマイクロファイバーを加工した製品の市場が全く新しく、既存商品に代わって大市場を獲得する可能性が大きいからだ。」という記載がある。
c 同年12月11日の日経産業新聞(乙3)においては、「クラレはポリエステル超極細繊維(マイクロファイバー)を使ったふき取り用具の販売を拡大する。」との記載がある。
d 平成4年12月10日の日経流通新聞(乙4)においては、「開発トピックス帝人の『あっちこっちふきん』」、「極細繊維で汚れ落とす/布に凹凸つけ機能向上」の見出しの下、「帝人が11月1日から発売したハイテククリーナークロス『あっちこっちふきん』が評判を呼んでいる。」、「商品の素材そのものは十数年前に同社が開発したマイクロファイバー。ポリエステルとナイロンを50%ずつ配合し、ハイテク技術で極細に仕上げる。」との記載がある。
e 平成12年11月13日の朝日新聞夕刊(乙5)においては、「超極細繊維のワイピングクロスポンプ効果で汚れ取り込み」との見出しの下、「メガネについた指紋やあぶら汚れを、洗剤を使わずにピカピカにするのが、超極細繊維のワイピングクロス。ここ数年、キッチンやふろ場、自動車用、パソコンのマウスパッドなど、私たちの暮らしのあちこちに用途が広がってきた。いったいどんな『魔法』で汚れを落とすのか。」とのリードで始まり、超極細繊維が汚れを落とす仕組みについて詳しい解説が記載されている。
(イ) マイクロファイバー製の布製品について
a アイセン工業株式会社は、平成13年3月1日の時点で、「ピカピカふきん」、「ピカピカダスター」、「ピカピカミトン」といった商品を販売していた。その商品説明には、「マイクロファイバーがどんな汚れも水拭きだけでサッと落とす。」、「断面にエッジのあるマイクロファイバーなので、ミクロの汚れも残らずキレイに拭き取ります。また、繊維の隙間が汚れをしっかり保持。だから仕上がりが違います。」と記載され、断面拡大図が記載されている。(乙8)
b 帝人は、平成18年12月19日の時点で、「あっちこっちふきん」という商品を販売していた(本商品は平成4年11月から販売していると考えられる[乙4])。そのホームページにおける商品説明では、「ヒミツはマイクロファイバー」として、マイクロファイバーによる拭き取りや吸水の仕組みが解説されている。(乙10)
c 山崎産業株式会社は、平成18年9月1日の時点で、「マイクロクロス90」というダスターモップ用カラ拭きシートを販売していた(乙11の2)が、これがマイクロファイバー製であるか否かは定かでない。
d 三共理化学株式会社は、平成18年12月8日の時点で、「マイクロクロス」という商品を販売していた。その商品紹介には、「2.5ミクロンという超極細繊維から生まれたスエード調の布、マイクロクロスは、東レ鰍フマイクロファイバーの技術を応用したもので、キレイに拭き上げます。」との記載がある。(乙12の2)
e 株式会社まめいたは、平成18年8月11日の時点で、「まめいたマイクロクロス(イエロー)」という商品を販売していた。その商品紹介には、「『まめいたマイクロクロス(イエロー)』は、断面にエッジのあるマイクロ繊維により、ミクロの汚れもキレイに拭き取れるキッチンクロスです。」との記載がある。(乙13の2)
 なお同社は、平成19年5月12日の時点で、「まめいたマイクロふきん(グリーン)」なる商品を販売し、上記と同様の商品説明がされている(乙28の3)。
f 平成18年12月13日の時点で、雑誌のオンライン書店「Fujisan」のホームページにおいて、雑誌「クロワッサン」について、「定期購読でマイクロタオルをプレゼント」とされ、プレゼント品の紹介として、「極細繊維が汚れや水分をすばやく取り込む、機能性ミニタオルの2枚セットです。」とされていた。(乙14)
g 平成16年7月7日から、パダームというブランドで、「フェイス用マイクロタオル」という商品が販売されていた。この商品の紹介として、「髪の毛の100分の1という細さの超極細繊維を用いた、洗顔用タオル」、「私が猛烈に気になって試用したのは、『フェイス用マイクロタオル』」、「マイクロタオルをお湯で湿らせ、タオルのなかで石けんを軽く揉むように泡立てる。」との記載がある。(乙15)
h 平成18年12月14日の時点で、バスルームシンフォニーというブランドから、「マイクロエステタオル」という商品が販売されていた。この商品の紹介として、「極細のマイクロファイバーを使った洗顔用のフェイスタオル。マイクロファイバーは最先端技術によって作られた髪の毛の1/100以下の細さに加工された超極細繊維です。」との記載がある。(乙16)
i 平成18年12月14日の時点で、ヒアルウェースというブランドから、「フェイス用マイクロタオル」という商品が販売されていた。この商品の紹介として、「髪の毛の1/100の細さのマイクロファイバーが、気になる毛穴の汚れをやさしくクリア。」「ヒアルウェースタオルは、そんな毎日の洗顔をより簡単に効率的にしてくれるマイクロファイバーを使った洗顔タオルです。」との記載がある。(乙17)
j 平成19年5月19日の時点で、株式会社大創産業は、「マイクロふきん」という商品を販売していた。その商品パッケージには、「超極細繊維(マイクロファイバー)が汚れを落とす!」、「洗剤を使わずに汚れを落とす高機能ふきんです。」との記載があり、「超極細繊維(マイクロファイバー)」として、その性質の説明が記載されており、材料表示として「ポリエステル70%、ナイロン30%」と記載されている。(乙22の各号)
k 平成19年5月19日の時点で、株式会社大創産業は、「マイクロファイバーふきん」という商品を販売していた。その商品パッケージには、「素材を傷つけない超極細繊維」、「マイクロファイバー製品とは、人間の髪の毛の1/100の太さの超極細繊維を加工した製品です。」との記載があり、材質表示として「ポリエステル75%、ナイロン25%」と記載されている。(乙23の各号)
l 平成19年5月16日の時点で、レック株式会社は、「激落ちクロス」という商品を販売していた。その商品パッケージには、「超極細繊維パワーでピカピカ」「超極細繊維(マイクロファイバー)」との記載があり、「超極細繊維って何?」との下に性質の説明が記載され、材料表示として「マイクロファイバー(ポリエステル80%、ナイロン20%)」と記載されている。(乙24の各号)
イ 以上に基づき検討する。
 先に認定した各新聞の記載からすると、「マイクロファイバー」は既に平成2年の時点において、日本企業が開発した超極細の合成繊維を指す普通名称として使用されていること、マイクロファイバーを使用した商品は多岐にわたっており、布製品では、昭和62年に東レが眼鏡ふきを発売して以降、各社が競って商品化するようになり、現在では被告商品と同じ各種掃除用ふきんや、洗顔用タオルが商品化されていること、掃除用ふきんにおいては素材であるマイクロファイバーの性質から、汚れを落とす力や吸水性に優れていることが強調されていることが認められる。
 ところで、本件商標権1の指定商品である理化学機械器具等のための専用の布、本件商標権2の指定商品である織物等の需要者は、主として一般消費者であるところ、一般消費者向け(前記ア(ア)aないしcのような産業界向けのものは含まれない。)に超極細繊維を指すのに「マイクロファイバー」の語がどのように使用されているのかを見てみると、商品説明においてマイクロファイバー「」の語が単独で使用されている例は前記ア(イ)a、b及びiの3例(eの「マイクロ繊維」を加えると4例)があるが、そのいずれにおいてもマイクロファイバーの構造や性質の説明が付加されている。他方、商品説明において「マイクロファイバー」の語が単独で使用されていない例は、前記ア(イ)d、h、j、k及びlの5例があり、そこでは「超極細繊維」という繊維の内容を端的に日本語で意味する語が併用され、さらにその構造や性質の説明が付加されている。さらには、「マイクロファイバー」の語が使用されていない例も前記ア(イ)e及びgの2例あり、それぞれ「極細繊維」、「超極細繊維」の語のみが使用されている。また、以上は商品の広告やパッケージにおける使用状態であるが、一般消費者が閲読する朝日新聞夕刊での紹介記事(前記ア(ア)e)では、「マイクロファイバー」の語は使用されず、「超極細繊維」の語のみが使用されている。
 これらの状況からすると、マイクロファイバーという超極細繊維は、開発されてから相当の年月が経過したとはいえ、なお一般消費者に対しては構造や性質の説明をしてその効用を訴えることを要する状態にあるということができ、ポリエステルとかナイロンといった通常の合成繊維のように特段の説明を要しないほどに一般消費者の間に浸透した繊維素材になっているとはいえない。まして、「マイクロファイバー」という語については、その語が単独で使用される例よりも、内容を端的に表す「超極細繊維」の語とともに、又はその語のみが使用される例の方が多く、やはり超極細繊維の名称として一般消費者の間に浸透しているとはいえない。
 「マイクロファイバー」自体の以上のような浸透度に加え、前記のとおり「マイクロ」の語が単に「極小・微小」を意味する語として一般に知られていること、また「マイクロ○○」という語が「マイクロファイバー製の○○」を示す名称として使用される例も証拠上見られないこと、マイクロファイバー製の布製品でも「マイクロ」が付されない商品があること、本件登録商標は冗長ではなく、かつ「マイクロ」「クロス」と「クロ」が連続して小気味良く一気に発音しやすいため全体として一体感が強いことも併せ考慮すると、本件登録商標「マイクロクロス」から「マイクロ」の部分のみを取り出して、それが「マイクロファイバー」の更にその一部である「マイクロ」に当たるものであって、かつ素材としてのマイクロファイバーを意味する趣旨であると一般に認識されるとは認められない。したがって、本件登録商標の登録査定時及び本訴口頭弁論終結時において、本件登録商標の指定商品の需要者において、本件登録商標「マイクロクロス」から「マイクロファイバー製の布・布地・織物」の観念が生じると認めることもできない。
 もっとも、マイクロファイバー製の布製品について、「マイクロタオル」や「マイクロふきん」といった商品名の商品が散見されることは先に認定したとおりではある。しかし、上記のようなマイクロファイバー自体の一般消費者への浸透度を考慮すると、それらの商品名に接した一般消費者において、「マイクロ○○」といえば一般にはマイクロファイバー製のものであるとの認識が生じるとも認め難いから、そのような例があるからといって、上記認定を覆すものではない。
 また、被告は、編みレース地を指定商品として出願された「MICRO COTTON マイクロコットン」なる商標登録出願が、平成15年2月25日に拒絶査定されたこと(乙26の各号)を指摘するが、このような例が一例あるからといって、上記認定判断を左右するものではない。
ウ したがって、本件登録商標の商標登録に、商標法3条1項3号又は6号、同法4条1項16号に違反する無効理由があるとはいえない。
2 争点(1)イ(商標法26条1項2号の適用の有無)について
(1) 先に述べたところからすると、現在においても、被告商品に使用された「マイクロクロス」との標章が、商標法26条1項2号に規定する商品の普通名称等に該当するとはいえない。
(2) 以上より、被告が「マイクロクロス」との標章を付した被告商品を販売した行為は、本件商標権2を侵害する行為であるといえる。
 なお、前提事実記載のとおり被告商品は本件商標権1の指定商品と同一又は類似の商品とはいえないから、被告の上記行為が本件商標権1を侵害するとはいえず、本件商標権1に基づく請求は理由がない。
3 争点(2)(差止・廃棄請求の可否)について
(1) 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告は、平成16年10月から平成18年6月の間に7回にわたり、被告商品を合計12万2720枚輸入し(乙31及び35の各1ないし7)、平成18年7月までの間に1枚入りの被告商品を6万4246個、2枚入りの被告商品を2496個、3枚入りの被告商品を1万1276個の合計7万8018個(枚数にすると10万3066枚)を販売した(乙30の1ないし4)。
イ 被告は、原告らから、被告商品の販売が本件商標権を侵害する旨の通知を受けたことから、被告商品の商品名を「極細繊維のクロス」に変更することとし、平成18年8月初旬にその商品名シールを発注して納品を受け(乙37ないし39)、1枚入りの商品については従前の被告商品のパッケージの商品名部分のみを同シールに貼り替え、3枚入りの商品については透明のパッケージにシールを貼付して(乙33の各号)、同年8月及び9月に1枚入りの商品を8600個、3枚入りの商品を2890個の合計1万1490個(枚数にすると1万7270枚)販売した(乙32の各号)。
 被告は、被告商品の商品名シールを貼り替えるに当たり、在庫品のシールを一斉に貼り替えることはしていなかった。そのため、同年9月22日に大阪府天満警察署が商標法違反の容疑で被告に対して行った捜索差押えにおいては、シールの貼替えがされていない被告商品を、シールの貼替えがされた商品とともに合計17箱押収した(乙36)。
ウ 平成19年5月12日の時点では、ケンコーコムのホームページでは、被告商品(「マイクロクロス3色組」)は、「当店では現在お取り扱いしておりません」と表示されている(乙27)。
(2) 以上によれば、被告は、原告らから商標権侵害の通知を受けると直ちに商品名の変更を行い、そのための商品名シールまで新たに作成して貼り替えて販売したのであるから、今後、被告商品を「マイクロクロス」の標章を付したままで販売するおそれは低いといえる。
 しかし、上記認定事実からすると、被告は現在もなお商品名シールの貼り替えが未了の被告商品の在庫を有しているのであり、しかも被告は本件登録商標の商標登録の有効性を争っているのであるから、被告が「マイクロクロス」標章を付したままの被告商品を今後販売するおそれが全くないとはいえない。
 したがって、被告に対して「マイクロクロス」標章を付した被告商品の販売の差止めを求める原告ワンズハートの請求は理由がある。他方、原告マイクロクロス社は、本件商標権の商標権者でも専用使用権者でもないから、その有する使用権に基づく差止請求をすることはできない。
(3) 原告らは、「マイクロクロス」標章を付した被告商品等の廃棄も請求している。しかし、被告が被告商品を「マイクロクロス」標章を付したままで販売するおそれが低いことは前記のとおりであるし、被告商品の在庫品は、商品名シールを貼り替えることで容易に本件商標権2の非侵害品となるのであるから、「マイクロクロス」標章を付した被告商品等の廃棄を求める原告らの請求は必要性があるとはいえず、認められない。
4 争点(3)(原告マイクロクロス社に対する不法行為の成否)について
(1) 原告マイクロクロス社が本件商標権について有する権利として主張するのは通常使用権である(なお原告マイクロクロス社は、本件訴訟提起当初の平成18年9月15日付原告第1準備書面では、自己が有する権利を専用使用権であると主張していたが、本件商標権の登録原簿[甲1の各号]に専用使用権の設定登録がないこともあって、平成19年1月12日の第2回弁論準備手続期日において、自己の有する権利を通常使用権であると変更するに至った。)。
 ところで、商標権の通常使用権というものは、使用許諾を受けた被許諾者が、許諾をした商標権者に対して、当該商標権に基づく権利行使をしないことを請求し得る権利にすぎず、第三者が当該商標権を侵害する行為を行ったことによって、そのような内容である通常使用権が何ら侵害されるものではない。
 したがって、被告の行為が本件商標権を侵害するものであるとしても、原告マイクロクロス社の有する通常使用権を侵害するものとはいえないから、被告の行為は原告マイクロクロス社に対する不法行為を構成しない。
(2) もっとも、原告マイクロクロス社の主張は、本件使用契約に基づき本件商標権の独占的通常使用権の設定を受けたとの趣旨に理解できなくもない。
 本件使用契約においては、「株式会社ワンズハート(甲)の取得している下記記載の商標の使用を株式会社マイクロクロス社(乙)と専属的に契約を結び、全ての権利を株式会社マイクロクロス社に一任します。」とされ、後にP1がそれを追認しているから、この文言からすると、原告マイクロクロス社が独占的通常使用権の設定を受けたようにも見える。
 しかし、原告ワンズハートは、上記のとおり本件使用契約において原告マイクロクロス社に本件登録商標の使用について専属的に契約するとしておきながら、ジャパンケミテックに平成17年6月ころから本件商標権の使用を許諾してきたことのほか、他1社にも本件商標権の使用を許諾していることを自認している。そして、原告ワンズハートの代表者と原告マイクロクロス社の代表者とは同一人物であるから、原告ワンズハートが上記各社に使用許諾をするに当たっては、原告ら代表者の意思次第で自由に決定することができるのである。
 これらのことからすれば、原告ワンズハートと原告マイクロクロス社との間で、本件使用契約の契約文言どおりに、本件登録商標の使用を原告マイクロクロス社のみに専属的(独占的)に認め、原告ワンズハートは他社に使用許諾をしない義務を負うという合意が真にされたとは認め難いというべきである。
 したがって、原告マイクロクロス社が独占的通常使用権の設定を受けたとも認めるに足りない。
(3) 以上より、被告商品の販売行為は原告マイクロクロス社に対する不法行為を構成しないから、原告マイクロクロス社の損害賠償請求は理由がない。
5 争点(4)(損害額)について
(1) 原告マイクロクロス社の損害賠償請求は上記のとおり理由がないから、原告ワンズハートの損害額についてのみ判断する。
(2) 原告ワンズハートは、商標使用料相当額による損害額を主張しており、これは商標法38条3項に基づく主張をするものと解される。そして、同原告は、本件商標権の使用許諾をする際には商品1個当たり500円の使用料を徴収しているとして、ジャパンケミテックとの使用許諾契約の例を挙げている。
 原告ワンズハートとジャパンケミテックとの間の「商標権使用契約書」と題する書面(甲16)には「、 商標権使用料は製品1個につき金500円の使用料とする。」との記載がある。また、ジャパンケミテック宛の原告マイクロクロス社作成の2006年(平成18年)8月3日付けの請求書(甲29)には、平成18年7月分の本件商標権の使用料として商品1個当たり500円で計算された金額が記載されており、原告マイクロクロス社の口座名義の預金通帳(甲30)によれば、平成18年8月8日に同請求書記載の請求金額が原告マイクロクロス社の普通預金口座に振り込まれたことが認められる。
 しかし、まず、上記契約書については、原告らは、当初、ジャパンケミテックとの間の商標権使用契約書であるとして甲第16号証を提出し(平成19年4月27日付原告第4準備書面)、そこには上記のとおりの商標使用料の記載があるが、原告らは後にこれを訂正し、契約当初の平成17年6月1日に作成された契約書は甲第27号証のものであったが、そこには商標使用料の定めが記載されていなかったため、平成19年2月末に追加の形で作成したのが甲第16号証であると主張するに至った(平成19年5月31日付原告第6準備書面)。商標使用料の定めは、商標権の使用許諾契約において最も重要な事柄であるから、当初に作成した契約書(甲27)においてその定めがないというのはいかにも不自然である。
 また、ジャパンケミテックによる「マイクロクロス」標章の使用の実情について見ると、同社のホームページ上では、平成19年5月7日の時点では「専用極細繊維クロス」の商品名の商品はあっても、「マイクロクロス」の標章を使用した商品は掲載されていなかった(乙34)。ところが、同年6月19日の時点では、上記「専用極細繊維クロス」の商品が「専用極細マイクロクロス」との商品名に変更されている(甲28。なお同商品のメーカー小売希望価格は2730円とされている。)。このことからして、ジャパンケミテックが平成19年5月以前の時期に本件登録商標を使用していたとは認められないが、そうだとすると、前記平成18年8月8日の金銭支払が商標使用料として支払われたのかについても、疑問を抱かざるを得ない。
 さらに、原告ワンズハートが主張するような製品1個当たり500円という商標使用料は、ジャパンケミテックの「専用極細マイクロクロス」のメーカー小売希望価格(2730円)に対して約18%にも上っており、通常の経済取引における商標使用料としてはおよそ考え難いところがある。
 加えて、原告ワンズハートが使用許諾している他1社との間の商標使用料を示す証拠も全く提出されていない。
 以上の諸点に鑑みると、本件において原告ワンズハートがジャパンケミテックに対する商標使用料を実際に製品1個当たり500円としてきたとは認めるに足りないというべきである。
(3) そこで、あらためて本件において原告ワンズハートが受けるべき商標使用料相当額について検討するに、本件登録商標は、マイクロファイバー製の布という商品の内容そのものを示すものでないことは前記のとおりであるが、同商品について使用されて、商品の特徴とともに広告されるときには、商品の内容を暗示するものであることから記憶に残りやすく、また「マイクロ」と「クロス」の「クロ」が連続して小気味良い語感もある点で、商標として優れた面があるとはいえる。
 しかし、商標権は、特許権等とは異なり、商品に創作的価値を付与するものではなく、業務上の信用を化体し顧客吸引力を蓄積することによってその価値が高められていくものであるところ、本件登録商標は、その全体の使用実績も明らかでなく(原告マイクロクロス社の使用実績が窺われる甲第13ないし15号証の各号によれば、合計560個の販売にすぎない。)、また、宣伝広告も平成15年10月22日に類似標章である「MICRO CLOTH」を使用した商品について1回広告が掲載され、原告マイクロクロス社ホームページが開設されている(甲18ないし22)だけで、特段の周知性を有するとは認められない。この点について原告らは、他社の「マイクロクロス」商品についてのクレームが原告マイクロクロス社に寄せられる点を指摘するが、その数は不明であり、また他社製品を購入した者が原告マイクロクロス社にクレームを寄せてきた経緯も不明であるので、この点から本件登録商標に周知性があるともいえない。
 また、原告ワンズハートは、本件登録商標を独占使用しているわけではなく、原告マイクロクロス社を含めた3社に使用許諾をしている。原告らは、原告ワンズハートは安価な商品や低品質の商品には本件登録商標の使用を断ってきていると主張しているが、原告マイクロクロス社が使用する商品として示された甲第10号証記載の商品は、いわゆるノベルティ用の販促商品であって、少なくとも高価な商品に限定して使用していることは窺えない。
 以上を勘案すると、本件において原告ワンズハートが受けるべき商標使用料相当額は、被告の売上額の3パーセントとするのが相当である。
(4) そうすると、被告による「マイクロクロス」標章を付した被告商品の売上額は、合計636万3656円である(乙30の各号)であるので、本件において原告ワンズハートが受けるべき商標使用料相当額は、その3パーセントに当たる19万0909円となる。
6 まとめ
 以上によれば、原告らの本件請求は、原告ワンズハートが被告に対して、「マイクロクロス」標章を付した被告商品の販売の差止めと、商標権侵害に基づく19万0909円及びこれに対する侵害行為後の平成18年9月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(原告ワンズハートは年29.2パーセントの割合による遅延損害金を請求するが、民法419条1項、404条により年5分の限度で認められる。)の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 山田知司
 裁判官 高松宏之
 裁判官 村上誠子
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