判例全文 | ||
【事件名】「アルカイダ」報道事件(産経新聞) 【年月日】平成19年12月10日 東京地裁 平成18年(ワ)第28336号 慰謝料等請求事件 (口頭弁論終結日 平成19年9月10日) 判決 主文 1 被告は、原告aに対し、220万円及びこれに対する平成16年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告株式会社bに対し、110万円及びこれに対する平成16年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は被告の負担とする。 4 この判決は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 本件は、被告の発行する産業経済新聞紙上に、警視庁は原告a(以下「原告a」という。)が「テロ資金」を海外へ送金するための地下銀行を営んでいた疑いがあるとみて捜査しているなどの記事が掲載されたことについて、原告a及び同原告が代表取締役を務める株式会社b(以下「原告会社」という。)が、同記事により名誉を毀損されたと主張して、被告に対し、不法行為に基づき、慰謝料等の損害賠償を求める事案である。 1 前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告ら 原告aは、日本国に永住資格を有するバングラデシュ国籍の男性である(甲1、4)。 原告会社は、電話機器の販売、国際電話用プリペイドカードの作製の受託及び販売並びに輸出入等を業とする株式会社であり、原告aが代表取締役を務めている(甲4)。 イ 被告 被告は、日刊新聞である産業経済新聞を発行している株式会社である。 (2) 事実経過 ア 平成16年5月18日、爆弾テロ未遂事件などで平成15年12月13日にドイツで逮捕された国際テロ組織アルカーイダの幹部と見られるf(以下「f」という。)が、平成14年7月に偽造旅券で日本に入国後、新潟市内に1年以上潜伏し、日本出国後も、日本に住む十数人の外国人と頻繁に連絡を取っていたとの情報が、共同通信社から配信され、同月19日、新聞各社は、一斉に同旨の報道を行った(乙13、14)。 イ 神奈川県警察は、平成16年5月26日、原告aを、平成14年10月に設立したc有限会社の代表取締役登記についての電磁的公正証書原本不実記録及び同供用の容疑で逮捕した(乙6)。 ウ また、警視庁公安部外事第三課は、平成16年5月26日、原告会社に勤務していたgに対する出入国管理及び難民認定法違反被疑事件について、原告会社等の捜索を行った(乙7)。 エ 被告は、平成16年5月27日付けの産業経済新聞1面に「アルカーイダ潜伏地下銀行でテロ資金幹部と接触男を逮捕10億円海外送金か」と題する記事(以下「本件記事1」という。)を、同新聞31面に本件記事1の関連記事として「アルカーイダ潜伏表と裏の顔使い分けa容疑者米軍基地前にも拠点」と題する記事(以下「本件記事2」といい、本件記事1と本件記事2を併せて「本件各記事」という。)をそれぞれ掲載し、同日、これを発行した。 本件記事1には、別紙「名誉毀損部分一覧表」(略)の「名誉毀損部分(請求原因)」欄1記載の記述(以下「本件記述1」という。)が、本件記事2には、同一覧表同欄2記載の記述(以下「本件記述2」といい、本件記述1と本件記述2を併せて「本件各記述」という。)がある。 なお、本件記事2には、原告aが平成10年7月に原告会社を設立した旨記載されている(甲9の1、2)。 オ 原告aは、電磁的公正証書原本不実記録及び同供用の容疑で平成16年6月16日まで勾留されたが、同日、処分保留のまま釈放され、後日、不起訴処分となった。 カ 平成16年6月16日、警視庁は、原告aを、不法就労助長の容疑で逮捕し、同年7月7日まで勾留した。同日原告らに対する略式命令が請求され、その後、東京簡易裁判所により罰金30万円の略式命令がなされた(弁論の全趣旨)。 キ 後日、一部報道機関からは、原告らとアルカーイダとの関連性を否定する訂正記事が公表された(弁論の全趣旨)。 2 争点 (1) 本件各記述が原告らの社会的評価を低下させるものであるといえるか。 (原告らの主張) 別紙「名誉毀損部分一覧表」の「名誉毀損となる理由」欄記載のとおり、本件各記述は、全体として、原告aが国際テロ組織アルカーイダ幹部と密接な関係を有するアルカーイダの支援者であり、原告会社の銀行口座が地下銀行として運営されて海外のテロ組織に活動資金を提供していることを印象付けるとともに、原告aが「表と裏の顔を巧みに使い分けていた」と断定し、「裏の顔」としてイスラム原理主義政党の過激派グループの関係者としての側面があったことを印象付けるものであり、原告らの社会的評価を低下させるものである。 (被告の主張) 別紙「名誉毀損部分一覧表」の「被告の反論」欄記載のとおり、本件各記述は、捜査機関が、原告らがアルカーイダと関係しており、地下銀行を営んでいた可能性があるという疑惑を有していたことについて、当時の捜査状況や捜査機関の見通しを報じたものにすぎず、原告らとアルカーイダの関与を断定的に報じたものではないから、原告らの社会的評価を低下させるものではない。また、本件記述2のうち、「表と裏の顔を巧みに使い分けていた」との部分は、疑惑の存在を前提とした論評であり、それ自体として何らかの事実を摘示したものではないから、原告aの社会的評価を低下させるものではない。 (2) 本件各記述についての公共性、公益目的及び真実性、相当性の有無 (被告の主張) ア 公共性、公益目的 別紙「名誉毀損部分一覧表」の「公共性・公益目的(抗弁)」欄記載のとおり、本件各記述は、テロ活動という国民の生存を脅かす犯罪行為についての報道であり、公共性、公益目的が認められる。 イ 真実性、相当性 別紙「名誉毀損部分一覧表」の「真実性・相当性(抗弁)」欄記載のと おり、本件各記述の内容は真実である。 仮に真実でなかったとしても、被告は、別紙「取材経過一覧表」(略)の「被告の主張」欄記載のとおり、警視庁幹部A氏及びB氏に対して個別に取材を行い、捜査資料も示された上で、本件各記事を執筆したものであり、真実と信じたことについて相当の理由がある。 (原告らの主張) ア 公共性、公益目的 本件各記述に公共性、公益目的があることは認める。 イ 真実性、相当性 別紙「名誉毀損部分一覧表」の「原告の反論」欄記載のとおり、本件各記述で摘示されている事実はいずれも真実でなく、真実と信じたことに相当の理由があるともいえない。 (3) 損害 (原告らの主張) ア 慰謝料 原告aは、被告の本件名誉毀損行為により精神的苦痛を受けたものであり、これに対する慰謝料は200万円が相当である。 また、原告会社は、被告の本件名誉毀損行為により著しい無形損害を被ったものであり、これに対する慰謝料は100万円が相当である。 イ 弁護士費用 上記慰謝料に加え、弁護士費用として、原告aにつき20万円、原告会社につき10万円が被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。 ウ 請求のまとめ よって、原告らは、被告に対し、不法行為に基づき、原告aにつき損害賠償金220万円、原告会社につき損害賠償金110万円及びこれに対する不法行為の日である平成16年5月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張) 原告らの主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件各記述が原告らの社会的評価を低下させるものであるといえるか。)について (1) 本件各記事による摘示事実の内容について まず、本件各記述がどのような事実を摘示したものであるか、これが一般読者に対しいかなる印象を与えるものであるかについて検討する。 ア 原告らは、本件各記述が、全体として、原告aが国際テロ組織アルカーイダ幹部と密接な関係を有するアルカーイダの支援者であり、原告会社の銀行口座が地下銀行として運営されて海外のテロ組織に活動資金を提供していることを印象付けるものであると主張する。 イ 本件記述1について 確かに、本件記事1の冒頭には、「アルカーイダ潜伏地下銀行でテロ資金」との断定的な表現を用いた大見出しが相当のスペースをもって掲載されている。 しかし、ある記事の掲載が名誉毀損に当たるか否かは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきところ、これらの大見出しだけでは行為主体や具体的な行為内容は必ずしも明らかではないから、一般読者としては、本文等にも目を向けた上で、本件記事1が伝達する内容を全体として理解するものと考えられる。したがって、本件記述1が一般読者に対しいかなる印象を与えるかについては、上記大見出しのみならず、それに続く見出し部分、リード文、本文等をも総合して判断すべきである。 そこで、上記大見出しに続く見出し部分をみると、「幹部と接触男を逮捕10億円海外送金か」との記述が存在し、リード文中には、アルカーイダ傘下組織幹部と連絡を取っていた「バングラデシュ国籍の男が管理している口座から約十億円の海外送金があったとみられる」ことが「警視庁公安部の調べで分かった」こと、及び「警視庁は、男が『テロ資金』を海外へ送金するための地下銀行を営んでいた疑いがあるとみて捜査している」ことが記述されており、これらは、警視庁の捜査状況を報じたものである。 さらに、本文においては、捜査機関により原告aについて「地下銀行を営んでいた疑いが持たれている」こと、警視庁が原告aの管理する会社の銀行口座を調べたところ、国内の多数の口座から商取引と確認できない実態不明な約10億円の入金があり、この金銭について「海外に送金された疑いが強く、警視庁は地下銀行とみている」こと、「警視庁は『テロ資金』を洗浄(マネーロンダリング)していた疑いもあるとみている」ことなどが記述されており、これらも、捜査機関が、地下銀行を営み、多額の資金を海外に送金しているとみて、捜査を行っているとの事実を報じたものと理解することができる。 以上によれば、本件記述1の見出し以外の部分では、いずれも捜査機関が疑いをもって捜査している旨を、根拠を示しつつ、客観的に報じた内容と言えるから、本件記述全体を一般読者の注意と読み方で読めば、原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営し、海外のテロ組織に多額の資金を送金している疑いがあり、捜査機関においてかかる疑いにつき捜査を行っている旨の印象を与えるにとどまるものというべきである。したがって、それ以上に、原告らが地下銀行を営んでいることを断定的事実として印象付けるものとまでは認められない。 ウ 本件記述2について 本件記事2には、「アルカーイダ潜伏」「a容疑者米軍基地前にも拠点」という見出しが存在する。また、これらと並んで「表と裏の顔使い分け」との見出しがあり、リード文中には「十億円にのぼる資金を動かす地下銀行を営んでいた疑いが持たれる一方、普段は…『とても感じのいい人』『まじめな青年』として…表の顔と裏の顔を巧みに使い分けていた」との記載があり、これらの部分だけ見ると、一般読者に対し、原告aが地下銀行を営むなどの裏の顔を持っていたことを断定的事実として印象付けかねないものである。 しかし、他方で、前記リード文においても、地下銀行についての記載は「地下銀行を営んでいた疑いが持たれる」と記載されているにとどまり、本文においても、テロ組織との関連に関しては、「過激派グループと関係している疑いが持たれている」との表現が用いられているにとどまるものであって、リード文や本文では、あくまで疑いがあるにとどまることが明示されている。そして、本文において、「警察当局はこうしたa容疑者の人脈や国内での活動が、国際テログループとどのようにかかわっていたかについて解明を急いでいる」、「『日本で支援網構築を狙っていた疑いが払拭できない』(警察庁幹部)とし、異例の一斉捜査に踏み切った」など、捜査状況が報じられていることに照らせば、本件記事2も、その基本的論調は、捜査機関が疑いを持って捜査していることを報じたものと認められる。 したがって、本件記述2も、一般読者に対し、原告aが地下銀行を営んでいたという疑いがあるとの印象を与えるにとどまり、それを超えて、アルカーイダとの関連、地下銀行の運営という事実が存在するとの断定的な印象を与えるものとまでは認めることができない。 (2) 本件記事から受ける容疑の程度の印象について ところで、捜査機関が疑いをもって捜査しているとの事実を摘示したものであるとしても、そのような疑いについては、実行された可能性が一応存在するという軽微なものから、相当程度の裏付けもあり、嫌疑が濃厚であるとされるような高度なものまで、その程度は様々である。そして、記事掲載の仕方や表現の方法等によって、いかなる程度の犯罪の嫌疑が存在するかについて一般読者が受ける印象も異なり、嫌疑が濃厚との印象を与えた場合には、被報道者の社会的評価は、大きく損なわれるものであるから、この点について、一般読者がどのような印象を受けるかも重要であると言える。 そこで、本件各記述がいかなる程度の嫌疑の存在を報じたとの印象を与えるものであるか検討する。 この点、本件記事1は、産業経済新聞1面に取り上げられて大々的に報じられた記事である。しかも、前記(1)イ、ウのとおり、本件記事1の大見出し及び関連記事である本件記事2の見出し部分には断定的表現が用いられていたこと、本件記事2では、リード文においても、「表の顔と裏の顔を巧みに使い分けていた」との断定的な表現が用いられていたこと、これらが、最も一般読者の注意を引きやすい一面記事の見出しやリード文で強調されていることに鑑みると、全体として見ると嫌疑の存在を報じたにすぎないものであるとしても、その嫌疑は濃厚であるとの印象を与えるものといえる。 さらに、本件記事1の本文には、警視庁が原告aの管理する会社の銀行口座を調べたところ、国内の多数の口座から商取引と確認できない実態不明の約10億円の入金があり、この金銭について、「管理する口座間で出入金を繰り返すなど不自然な金の動きがあった後、海外に送金された疑いが強く、警視庁は地下銀行とみている」旨の記述が存在し、その表現ぶりに照らして考えると、これは、警視庁が、捜査の結果から、原告会社の口座が地下銀行として使用されたとほぼ確実視しており、地下銀行の運営について高度の嫌疑が存在するとの印象を与えるものということができる。 さらに、本件各記事中には、原告aの氏名等が明らかにされ、本件記事2の中には、原告aが、別件の電磁的公正証書原本不実記録及び同供用の容疑で逮捕される際の連行写真が掲示されていること等に鑑みると、本件各記述は、原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営していた濃厚な嫌疑が存在し、捜査機関はその嫌疑について捜査した結果、ほぼ確実視しているとの印象を与えるものである。 (3) 以上を前提に、本件各記述が原告らの社会的評価を低下させるものであるかについて検討する。 ア 前記(1)のとおり、本件各記述は、原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営し、海外のテロ組織に多額の資金を送金しているとの疑いがあり捜査機関がかかる疑いにつき捜査を行っている旨を報じたものと認められるところ、これは、(2)のとおり、原告らが国際的なテロリスト組織と関係している濃厚な疑いがあることを示すものであり、原告らの社会的評価を著しく低下させるものと認めることができる。 イ なお、証拠によれば、原告aの逮捕及び原告会社の捜索の事実については、本件各記事が発行された前日である平成16年5月26日、神奈川県警外事課及び警視庁公安部外事第三課によって記者会見が行われ、公式に発表されたことが認められる(乙6、7、13、証人d)。しかし、これは、電磁的公正証書原本不実記録及び同供用、出入国管理及び難民認定法違反の各被疑事件について発表されたものであり、原告aがアルカーイダに関係して原告会社の銀行口座を地下銀行として運営していることが疑われているという事実について公表されたわけではないこと(乙6、7)、電磁的公正証書原本不実記録及び同供用等の被疑事実で逮捕されたことと、アルカーイダ関係者の疑いが濃厚であることとは、社会に与える衝撃の程度が大きく異なることからすれば、上記公式発表の存在が、前記アの認定を左右するものではない。 (4) 以上のとおり、本件各記述は、原告らの社会的評価を低下させるものであると認められ、原告らに対する名誉毀損に該当する。 2 争点(2)(本件各記述についての公共性、公益目的及び真実性、相当性の有無)について 本件各記述について公共性及び公益目的が存在することは当事者間に争いがない。 そこで、以下、本件各記述について真実性又は相当性が認められるかについて検討する。 (1) 前記1(2)に判示したとおり、本件各記述は、原告aがテロ組織であるアルカーイダと関係を有する人物であり、原告会社の銀行口座を地下銀行として運営し、海外のテロ組織に多額の資金を送金している疑いがあり、捜査機関がかかる疑いにつき捜査を行っている旨を報じたものと認められる。この点からすれば、本件各記述について真実性及び相当性の証明対象となるのは、原告aにかかる嫌疑が存在すること及び捜査機関がその嫌疑について捜査を行っていることであると解される。 もっとも、その表現ぶり等に照らして考えると、本件各記事が、一般読者に対し、その嫌疑は濃厚であり、警視庁も、捜査の結果から、原告会社の口座が地下銀行として使用されたとほぼ確実視して捜査を行っているとの印象を与えるものといえることは前記認定のとおりである。 以上の点に鑑みると、本件各記述は、原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営していた濃厚な嫌疑が存在し、捜査機関はその嫌疑について、捜査の結果ほぼ確実視している事実を報じたものであり、これらの事実が真実性及び相当性の証明対象事実であると解するのが相当である。 (2) 以上を前提に、真実性及び相当性の有無について検討するに、前記前提事実のほか、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件取材経過について、次の事実が認められる。 ア 被告編集局社会部警視庁クラブに所属していたd記者(以下「d記者」という。)は、平成16年4月下旬、以前から懇意にしていた警視庁公安部外事第三課幹部のA氏(以下「A氏」という。)から、アルカーイダ傘下組織の幹部であり、平成15年12月13日にドイツ連邦共和国において、爆弾テロ未遂事件等の容疑者として逮捕されたfが、平成14年7月から平成15年9月までの間、日本への出入国を繰り返していたという情報を得て、アルカーイダの日本国内における活動実態について取材を開始することとした(乙13、証人d)(以下、特に年を記載しない限り、すべて平成16年のことである。)。 イ d記者は、4月下旬から5月18日までの間、A氏及び警視庁公安部幹部のB氏(以下「B氏」という。)に対し、fを逮捕した経緯や今後の捜査の方針についての取材を行い、fの所持品から偽造旅券や新潟市発行の外国人登録証が発見され、同人が日本へ入国していた事実が判明したこと、同人の携帯電話の通話記録から、同人が日本にいる外国人ら十数人に連絡をとっていた事実が判明したこと、fは日本においてアルカーイダのための資金獲得の役割を担っていたのではないかとの見方がされていることなどの情報を得た(乙13、証人d)。 ウ d記者は、その後も取材を継続し、5月25日までの時点で、B氏から、捜査機関が同月26日に一斉に強制捜査に着手するとの情報を得て、同日付けの産業経済新聞朝刊において、強制捜査が行われる旨を報道した。また、d記者は、5月25日、捜査機関が強制捜査を行う対象が原告a、原告会社及びc有限会社であることを知り、インターネット上の帝国データバンクを利用して、掲載されていた原告会社の概略を調べた。なお、c有限会社の情報は掲載されていなかった(乙13、証人d)。 エ 神奈川県警外事課は、5月26日、原告aを電磁的公正証書原本不実記録及び同供用の容疑で逮捕した事実について、また、警視庁公安部外事第三課は、同日、原告会社に勤務していたgに対する出入国管理及び難民認定法違反被疑事件に関して原告会社の捜索を行った事実について、それぞれ記者会見を行い、同各事実を公式に発表した(乙6、7、13、証人d)。 オ d記者は、5月26日、前記エの警視庁による記者会見終了後、B氏に対して、原告aを逮捕した事件についての個別取材を申し入れ、警視庁内の個室において、約10分間の取材を行った。 d記者が、B氏に対し、原告aに対するどのような疑惑について捜査を進めていくのかを質問したところ、B氏は、警視庁公安部外事第三課において作成された捜査関係資料の一部をd記者に示し、資料に書いてある以上の詳しいことは分からない旨答えた。 上記資料には、原告aとアルカーイダとの関係を解明する必要がある旨や、原告会社の口座に約10億円の入出金があり、地下銀行の疑いがある旨の記載があった(乙13、証人d)。 カ d記者は、5月26日、B氏に対する取材の後、さらに詳しい情報を得るため、A氏に対して取材を申し入れ、警視庁内の別の個室で、30ないし40分程度の取材を行った。 A氏は、d記者に対し、警視庁公安部外事第三課において作成されたチャート図が記載されている捜査関係資料2枚(乙19の1、2)を示して、約300の口座から原告aの管理する口座に宛てて、少なくとも3年間に約10億円の入金があり、原告aがfによる資金獲得活動と連動した地下銀行を営み、海外に送金をしていた疑いがある旨説明した。上記資料のうちの1枚には、バングラデシュ所在の会社を付け替え場所として依頼人から受取人に送金する仕組みを想定したチャート図が記載されており、日本国内で依頼人から原告会社の口座への入金がされ、原告会社を送金受任場所として、そこから資金をプールしてあるバングラデシュ所在の会社に送金し、現地の受取人に現金が交付される仕組みが示されていた(乙19の1)。もう1枚の資料には、入金の流れをさらに詳細に示したチャート図が記載されており、表題として「地下銀行の疑い」との記載があり、チャート図の中には、原告aや原告会社の名称が記載されていたほか、多数の口座番号が記載されていた(乙19の2)。 d記者は、上記各チャート図を見ながら、A氏に対して、原告aに対する地下銀行疑惑の具体的内容やその根拠についてさらに質問した。これに対し、A氏は、原告aに対して約1か月半の内偵捜査を行ったが、原告aが大規模な商取引を行っている様子は見受けられず、原告会社の口座に入金された10億円と商取引との関係が確認できていないため、地下銀行が営まれた可能性を疑っている旨説明した。もっとも、A氏は、原告らの口座資金が地下銀行としてアルカーイダに流れていたことを裏付けるような具体的な根拠は説明せず、また、今後上記10億円と商取引との関係が確認できる可能性の有無についても述べなかった。さらに、A氏は、原告aに対する疑惑について、@原告aの管理下にある口座間で不自然な出入金が繰り返されており、マネーロンダリングの意図があった可能性を疑っていること、A原告aと接点のあったfについては、日本国内で資金調達を行う役割を有していたとの疑いをもっていること、B原告aがクアラルンプールでfと複数回会っていた可能性が強いこと、Cfから原告会社の口座に入金があったこと、Dクアラルンプールには、原告aが役員を務めており、原告会社の関連会社であるとみられるeが存在することなどを指摘した。d記者は、その際、今後入金された10億円が商取引と確認される可能性の有無、今後の立件の見込みについては尋ねなかった。(乙13、証人d)。 キ d記者ら被告編集局の担当記者は、上記取材結果をもとに、本件各記事を執筆し、これを5月27日付け産業経済新聞に掲載した。 (3) 以上認定した事実をもとに、真実性及び相当性の有無について判断する。 ア 真実性の有無について (ア) 前記(2)に認定したとおり、@B氏がd記者に示した捜査関係資料に、原告aとアルカーイダとの関係を解明する必要がある旨や、原告会社の口座に約10億円の入出金があり、地下銀行の疑いがある旨の記載があったこと、A国際テロ対策を担当する部署である警視庁公安部外事第三課の幹部A氏が、d記者に対し、約300の口座から原告aの管理する口座に宛てて、少なくとも3年間に約10億円の入金があり、原告aが地下銀行を営んで、海外に送金をしていた疑いがある旨説明したことなどからすれば、捜査機関において、原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営して、海外のテロ組織に多額の資金を送金している可能性を疑い、これについて捜査を進めていた事実を認めることができる。 (イ) しかしながら、前記認定事実によれば、A氏は、d記者からの取材において、原告会社の口座に入金された10億円と商取引との関係が未だ確認できていない旨述べたにとどまり、それが地下銀行として機能していたことを示す具体的根拠や、今後商取引と確認される可能性の有無については述べていなかったことが認められる(前記(2)カ)。そして、原告会社が外国人の顧客を対象とした電話機器の販売、国際電話用プリペイドカードの作製の受託及び販売並びに輸出入等を業とする株式会社であること(甲4、弁論の全趣旨)を考慮すれば、原告会社の口座に多数の入金があり、また、同口座から海外への送金がされていたとしても、そのこと自体から原告らの実態が地下銀行であると強く疑われるものではなく、捜査機関において、その後の捜査を尽くすことによって、商取引との関係を煮詰める予定であった可能性も十分に窺うことができる。 また、d記者は、A氏から、原告aに対する疑惑の内容及び根拠として、@原告aの管理下にある口座間で不自然な出入金が繰り返されており、マネーロンダリングの意図があった可能性を疑っていること、A原告aがクアラルンプールでfと複数回会っていた可能性が強いこと、Bfから原告会社の口座に入金があったこと、Cクアラルンプールには、原告aが役員を務めており、原告会社の関連会社であるとみられるeが存在することなどを指摘されたことが認められるけれども、原告会社が外国人の顧客を対象とした国際電話用プリペイドカードの販売等を行っていたことに鑑みると、@ないしCの各事実が、直ちに原告aが地下銀行を営んでいたことを強く裏付ける事情であるとは認められず、捜査機関において、その後の取調べによって、@ないしCの事情を確認する予定であった可能性も十分にあったといえる。 さらに、前記認定のとおり、A氏が、d記者から原告aに対する疑いの根拠を尋ねられても、約1か月半にわたる内偵捜査の結果、原告aに怪しい行動がみられたかについて具体的な話をしなかったこと(前記(2)カ)からすれば、5月26日の時点では、原告aについて、地下銀行の経営を具体的に疑わせる行動は確認されていなかったものと推認することができる。 加えて、d記者は、A氏、B氏から捜査関係資料を見せられ、それらに「地下銀行の疑い」等の記載があった旨指摘するが、そのような書面が作成されていたからといって、直ちに捜査機関が濃厚な疑いを抱いていると言えるものではなく、今後の捜査で解明すべき金銭の流れなどを図示したに過ぎない可能性もあるから、この点から、5月26日時点で濃厚な嫌疑があったとか、捜査機関において地下銀行であると確実視していたと推認することもできない。 そして、5月26日の段階では、捜査機関は、未だ原告aから詳細な事情聴取を行っていたとは認められず、前記1(3)イのとおり、電磁的公正証書原本不実記録及び同供用等の被疑事実について公式発表したにとどまり、原告らが地下銀行を営んでいた疑いに関しては何ら公式発表をしていなかったことが認められる。 以上の点に照らせば、5月26日の時点で捜査機関が抱いていた嫌疑が、未だ流動的なものであり、今後、引き続き捜査を行うことによって、原告aが地下銀行を営んでいた事実の有無を確認しようとする段階であった可能性は否定できず、そうであるとすれば、「警視庁は地下銀行と見ている」との断定的表現を用い得るような濃厚な嫌疑が存在していたとまでは認めることができない。 イ 相当性の有無について (ア) 捜査機関において、原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営して、海外のテロ組織に多額の資金を送金しているとの疑いをもち、これについて捜査を進めていたと認められることは、前記ア(ア)のとおりである。 そして、前記認定事実によれば、@d記者が取材を行ったA氏及びB氏は警視庁の幹部であり、特にA氏は、国際テロ対策を担当する部署である警視庁公安部外事第三課において、捜査に直接関与する立場の人物であったこと、AA氏は、d記者に対し、地下銀行の仕組みがチャート図として記載された捜査関係資料を示しつつ、約1か月半の内偵捜査において、原告aが大規模な商取引を行っている様子は見受けられず、原告会社の口座に入金された10億円と商取引との関係が確認できていないことなど、原告aについて地下銀行の経営が疑われる根拠を具体的に説明したことなどが認められる。 (イ) しかし、他方で、d記者の指摘する各事実が、「警視庁は地下銀行と見ている」との断定的表現を用い得るような濃厚な嫌疑の存在を推認させるとまで言えないことは前記アに説示のとおりである。さらに、前記認定事実によれば以下の点を指摘することができる。 a d記者は、A氏から、約1か月半の内偵捜査において、原告aが大規模な商取引を行っている様子は見受けられなかった旨を聴いたものの、A氏から、原告aが地下銀行を営んでいることを疑わせるような怪しい行動がみられたとの具体的な話は出ておらず、内偵捜査の結果、原告aが地下銀行を営んでいたことを窺わせる積極的な事情が認められたのか否かについて、A氏に確認していない。 b また、d記者は、原告会社の口座に入金された10億円と商取引との関係が確認できていないとの点に関しても、今後の捜査においてその確認がとれる可能性の有無及びその程度について、A氏に明確に確認していない。この点、@d記者が帝国データバンクを利用して原告会社の概略について情報を得ていたこと(前記(2)ウ)からすれば、d記者は、原告会社が実体を有する会社であることを認識していたと推認できること、A原告会社が外国人の顧客を対象とした電話機器の販売、国際電話用プリペイドカードの作製の受託及び販売並びに輸出入等を業とする株式会社であり、海外への送金を繰り返し行っていたとしても不自然ではないことからすれば、今後の捜査において口座の入出金と商取引の関係が確認される可能性もあり得ることは容易に想定し得たものと認められる。 c さらに、d記者は、A氏及びB氏から得られた情報について、自ら裏付け取材は行っていない。 そして、本件各記事の内容が、原告らがアルカーイダに関連して地下銀行を運営していたと警視庁が見ているとする重大な内容であって、社会への衝撃も大きく、万一見込み違いであった場合の原告らへの打撃を考えれば慎重な対応が望まれる事柄であったこと、捜査機関において未だ原告a本人からの詳細な事情聴取も行われておらず、金員の流れについても、取引に関係したものである可能性が否定できない流動的と思われる状況であり、捜査機関も未だ公式発表をしていない段階であったことに照らせば、被告の担当者らにおいては、更に慎重な裏付け取材を続ける必要があったというべきであり、少なくとも原告らの実名を掲載して、「警視庁は地下銀行と見ている」と記載することは相当でない。 以上のとおり、d記者がA氏及びB氏から聴取した事実が、原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営していたことを強く疑わせるだけのものとは認められないこと、d記者は、B氏の話した情報をそのまま受け取ったのみで、その意味内容を深く追求したとはいい難いこと、A氏及びB氏に対する取材以外に特段の裏付け取材を行っていないことなどに照らせば、前記(ア)の事情を考慮したとしても、d記者が、原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営していた高度の嫌疑が存在するとか、捜査機関が地下銀行であることを確実視していると信じたことに相当の理由があったとは認めることができない。 (4) したがって、被告が本件各記事の掲載により原告らの社会的評価を低下させたことについて違法性は阻却されず、被告は、原告らに対して、名誉毀損を理由とする不法行為責任を負う。 3 争点(3)(損害)について (1) 慰謝料 ア 原告aの慰謝料200万円 本件各記事は、国際テロ組織という犯罪的性格の強い内容を扱ったものであること、これが全国紙に掲載され、大きく報道されたことなどに照らすと、被告の本件名誉毀損行為により原告aが受けた精神的苦痛は大きいものということができ、これに対する慰謝料としては、200万円が相当であると認められる。 イ 原告会社の慰謝料100万円 原告aが原告会社の代表取締役を務めていること、本件記事2では、原告会社の名称が明らかにされていること(甲9の2)などの事情に鑑みれば、原告aのみならず、原告会社も本件名誉毀損行為により相応の無形的損害を被ったというべきであり、これに対する慰謝料として100万円を認めるのが相当である。 ウ なお、被告は、本件各記事と同様の報道が、そのころ他紙でも報道されていた以上、被告の報道と原告らの損害との間に因果関係がないと主張するが、被告による報道は、他紙に率先して行われていたと認められ(証人d)、被告の主張は採用できない。 また、被告は、原告aの釈放後、報道機関によっては、既に原告らとアルカーイダとの関連性を否定する訂正記事が公表されており、原告らの名誉や信用の回復は実質的には済んでいるから、原告らの主張する損害額は高額に過ぎると主張するが、訂正記事が公表されたことを考慮しても、本件記事の内容等に照らせば原告らの精神的苦痛は大きいものと認められ(甲4)、被告の主張は採用できない。 (2) 弁護士費用 本件事案の内容、前記(1)の認容額等の事情に鑑みれば、原告aにつき20万円、原告会社につき10万円の弁護士費用は、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。 (3) まとめ 以上によれば、被告は、原告らに対し、不法行為に基づき、原告aにつき220万円、原告会社につき110万円及びこれに対する不法行為の日である平成16年5月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。 4 結論 よって、原告らの請求は、理由があるから全部認容することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部 裁判長裁判官 秋吉仁美 裁判官 大嶺崇 裁判官 渡邉隆浩 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |