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【事件名】日めくりカレンダー配信事件
【年月日】平成19年12月6日
 東京地裁 平成18年(ワ)第29460号 慰謝料請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成19年10月9日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 加藤文也
同 加納力
被告 富士通株式会社
同訴訟代理人弁護士 村島俊宏
同 穂積伸一
同 森山敦


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、273万7500円及びこれに対する平成18年7月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、365枚の花の写真を1年間の日ごとに対応させた日めくりカレンダー用デジタル写真集を作成した原告が、原告から同写真集の著作権の譲渡を受けた被告が、インターネット上に開設した携帯電話利用者向けのサイトにおいて、同写真集中の写真を携帯電話の待受画面用の画像として毎週1枚のみを配信し、かつ各配信日に対応すべき写真を用いなかったことが、編集著作物である同写真集の著作者人格権(同一性保持権)を侵害するとして、被告に対して、不法行為に基づく精神的損害についての慰謝料の支払を求めている事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定し得る事実。なお、証拠により認定した事実については、該当箇所の末尾に()書きで当該証拠を掲げた。以下同様。)
(1) 当事者
ア 原告は、主に四季の風景や野花などを主題とした自然写真を作品として発表している写真家である。(原告本人1・2頁、甲7、甲8)
イ 被告は、通信システム、情報処理システム及び電子デバイスの製造・販売並びにこれらに関連するシステムの構築及びコンサルティング等を業とする株式会社であり、インターネット上に被告製造のiモード対応携帯電話利用者のための「@Fケータイ応援団」というサイト(以下「本件サイト」という。)を開設している。
(2) 本件写真集の作成
ア 原告は、平成14年ころ、「日めくりカレンダー」用、すなわち365枚の花の写真の画像データを1年間の日ごとに対応させたデジタル写真集(花の写真の画像データを「File0001」から「File0365」までのファイル名(拡張子を除く。)により保存したもの。以下「本件写真集」という。)を作成した(ただし、本件写真集が編集著作物として著作権法上保護されるものに該当するか否かという点については、後記のとおり争いがある。)。(甲1、原告本人2〜6頁)
イ 原告は、本件写真集中に画像データとして含まれる個々の花の写真について、それぞれ著作権を有していた。
(3) 原告から被告への著作権の譲渡
 原告は、平成15年4月又は5月ころ、被告に対し、訴外富士通パレックス株式会社(以下「富士通パレックス」という。)を通じて、本件写真集中の花の写真の画像データ(ただし、元の画像データを携帯電話の待受画面用にそれぞれ12種類に加工済みのもの。以下、個々の花の写真についての画像データをまとめて、単に「花の写真」ということがある。)及びそれらの著作権を全部譲渡し、その対価である273万7500円の支払を受けた(以下「本件譲渡行為」という。なお、原告の主張によれば、編集著作物としての本件写真集の著作権も同時に譲渡したことになる。)。(甲3、乙1、乙2、乙6、乙8)
(4) 本件サイトにおける本件写真集中の花の写真の配信
 被告は、平成15年6月27日から同17年7月15日までの間、本件サイトにおいて、携帯電話の待受画面用の画像として、本件写真集中の花の写真の配信をした。その際、花の写真の配信ペースは毎週1枚であり、かつ、各配信日に対応すべき花の写真は用いられなかった(以下、上記内容の被告による配信行為を「本件配信行為」という。)。
2 争点
(1) 本件写真集は編集著作物に該当するか(争点1)。
(2) 本件配信行為は、原告の本件写真集に対する同一性保持権の侵害を構成する態様のものか(争点2)。
(3) 本件配信行為について、原告の明示又は黙示の同意があったか(争点3)。
(4) 原告の損害及びその金額(争点4)。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件写真集は編集著作物に該当するか)について
(1) 原告の主張
ア 本件写真集は、原告が過去に撮影しストックしていた写真に加えて、本件写真集のためだけに撮影された写真を追加し、1年365日の日ごとに、それぞれの季節、行事等にふさわしいと考えられる花を対応させて「日めくりカレンダー」として編集されたものである。
イ 1年の中には、季節や節句その他の年中行事があり、花にも季節や年中行事にちなんだ花があることはいうまでもないが、本件写真集は、単に1枚1枚の写真がある季節や年中行事にちなんでいるというだけではなく、暦にしたがって各日に1枚ずつの写真を対応させることで、1年という時間軸を取り込んだ連作写真集となっている。そして、どの日にちにどの花の写真を対応させるかは自動的に決まるものではなく、原告が自ら撮影した著作物たる写真を、季節や年中行事に合わせ、さらに花言葉に照らして選択・配列したものであり、その結果、花の写真による「日めくりカレンダー」として創作されている。
ウ 実際に、本件写真集中の花の写真は、完璧な365日の日めくりカレンダーを組むために、原告が特別に苦労して撮り下ろして揃えた花の写真がほとんどであり、また、日ごとの花の色や種類の順序関係も、配信上で見栄えがするように厳密な編集上の配慮を施している。
エ したがって、本件写真集は、1枚1枚の写真自体が原告の著作物であると同時に、全体として、素材の選択又は配列によって創作性を有する編集著作物である。
オ 被告は、本件写真集について、知的創作活動の結果としての表現は何ら読み取ることができず、単なる花の写真の画像データの集合でしかないとして、編集著作物性を否定する。
 しかし、大阪地方裁判所平成16年2月12日判決では、原告が出版していた、1年366日(2月29日を含む。)の日ごとに計366種類の花を一つずつ「誕生花」と称して対応させた花の写真及びその花言葉の組合せからなる写真集について著作物性を肯定しており、上記裁判例における著作物性の判断は、本件写真集にもほぼそのまま当てはまる。
 上記裁判例における写真集は既に紙媒体で出版されていたものであるのに対して、本件写真集は未発表のものであったという違いはあるものの、本件写真集は、本件サイトから「日めくりカレンダー」として配信されることによる発表を残すのみの、完成した写真集である。したがって、上記裁判例における写真集と本件写真集との違いは、それが紙媒体として存在するか、デジタルデータとして存在するかの違いにすぎない。
(2) 被告の主張
ア 原告は、本件訴訟において、立証趣旨を「著作物の存在及び内容」とした上で、甲第1号証として365枚の花の写真の画像データを提出し、この365枚の花の写真の画像データの全体について、編集著作物性があると主張する。
イ しかし、そもそも著作権法で保護されるのは、あくまでも「表現」であって、思想、感情又はアイデアなど表現それ自体ではないものには、著作物性は認められない。本件訴訟で著作物性が問題とされている365枚の花の写真の画像データの全体については、甲第1号証を見ると、花の写真とそのファイル名しか表現されておらず、他に原告の思想又は感情が表現されたものはない。
ウ 原告は、これを「写真集」と称している。しかし、甲第1号証においては「写真集」としての知的、 創作活動の結果としての表現は何ら読み取ることができず、この365枚の花の写真の画像データの全体については、単なる花の写真の画像データの集合でしかないことから、著作権法12条の「編集物」には該当せず、したがって、著作権法上の編集著作物には該当しない。
エ 原告が前記(1)オにおいて引用する裁判例は、実際に1冊の書籍として出版された写真集を問題にしたものであって、そのページ上に日付の記載がなされ、日付と花の対応が具体的に表現されている点が、本件写真集と決定的に異なっているところである。
2 争点2(本件配信行為は、原告の本件写真集に対する同一性保持権の侵害を構成する態様のものか)について
(1) 原告の主張
ア 本件写真集は、前記1(1)アからウまでのとおり、対応する日付による花の写真の順序に殊の外意味があり、無作為に並べ替えるのではその意味が全く失われてしまう性格のものであるから、その著作物としての同一性は、各写真の順序も含めて保持されなければならない。
 したがって、毎日その日にちなんだ花の写真を配信すること以外に、本件写真集の同一性を損なわない方法はない。
イ ところが、本件配信行為においては、花の写真の配信は毎週1枚のみというペースで進められ「日、 めくりカレンダー」としての画像配信にならなかったばかりか、各配信日に対応すべき花の写真が用いられず、本件写真集の著作物としての同一性は著しく損なわれた。
ウ 被告は、365種類の花の写真の画像データを適宜配信したにすぎないので、ユーザから見て本件写真集の特徴等は何ら読み取ることができないから、同一性保持権の侵害はないと主張する。
 しかし、本件では、原告が撮影し365日分連続して配列された花の写真が、本件配信行為によってその連続性や日付との対応関係が失われてしまっているものの、原告が撮影した季節の花の写真としての本質的特徴が感得できることは疑いがなく、本件配信行為が本件写真集の同一性を損なうものであることは明らかである。
(2) 被告の主張
ア 著作権法20条の同一性保持権を侵害する行為とは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいい、他人の著作物を素材として利用しても、その表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は、原著作物の同一性保持権を侵害しないと解されている(最判昭和55年3月28日、最判平成10年7月17日等)。
イ 本件配信行為は、365種類の花の写真の画像データを適宜配信したものであり、この配信を受けたユーザは、花の写真の画像データを取得して、単に花の写真を携帯電話の画面上で見ることが可能となるにすぎない。
 したがって、本件配信行為においては、原告が主張している本件写真集の特徴等については、何ら読み取ることはできない。
ウ よって、仮に、本件写真集に何らかの理由で著作物性が認められたとしても、本件配信行為は、同一性保持権の侵害となり得ない。
3 争点3(本件配信行為について、原告の明示又は黙示の同意があったか)について
(1) 被告の主張
ア 被告の従業員であるB(以下「B」という。)は、原告と最初に面会した平成15年1月20日、原告に対して、本件サイトの更新が毎週1回金曜日であり、その際に待受画面用の画像が1枚ずつ配信されるものであることを、本件サイトを紹介する資料を提示しながら説明し、また、実際に本件サイトが表示された携帯電話の画面を提示して、待受画面用の画像として配信した写真が携帯電話の画面上どのように表示されるかについても、具体的に説明している。
 原告は、Bからの説明を聞き、うなずくなどした上で、翌日の平成15年1月21日には本件写真集中の個々の花の写真の画像データを被告に提供したのであるから、Bからの説明がなされた同月20日の時点で、原告が、本件写真集中の花の写真を週1回1枚の割合で配信することについて、明示に同意していたことは明らかである。
 その後、実際に本件配信行為が始まるまで、原告と被告との間で、「日めくりカレンダー」の話が一切なされていないのも、原告の同意があったからに他ならない。
イ 仮に、明示の同意がないとしても、原告は、Bからの説明を聞き、本件サイトにおいて待受画面用の画像がいつ、どのような形式で配信されるかについて十分認識していたのであって、それにもかかわらず、実際に本件配信行為が始まった後である平成15年7月28日に至るまで、本件写真集中の花の写真の配信方法について何らの異議も述べることはなかった。
 このように、原告は、本件写真集中の花の写真が週1回1枚の割合で配信されることを十分に認識しながら、それに対して何らの異議も述べることがなかったのであるから、遅くとも手付金支払のための注文書が発行された平成15年5月7日までには、原告が、本件写真集中の花の写真を週1回1枚の割合で配信することについて黙示に同意していたことは明らかである。
(2) 原告の主張
ア 被告は、原告が本件写真集中の花の写真を週1回1枚の割合で配信することについて、明示又は黙示に同意していたと主張する。
 しかし、そのような事実はなく、いずれも否認する。
イ 原告とBが平成15年1月20日に面会した際、Bから本件サイトの当時の更新ペースが週1回であることの説明はなされたものの、それはあくまで現状についての説明としてなされたものであり、むしろ、Bは、原告の「日めくりカレンダー」という提案に対して、毎日1枚のペースで更新することは可能であると説明しており、当時の現状としての配信状況を改めて、毎日1枚の割合で更新して配信されることが黙示的な了解事項となっていた。
 また、原告は、毎日1枚の割合で花の写真が配信されることを微塵も疑っていなかったからこそ、本件配信行為が始まっていることにすら気付かなかったのであり、黙示の同意の前提を欠いている。
4 争点4(原告の損害及びその金額)について
(1) 原告の主張
ア 原告は、これまで温めてきた連作の自然写真による「日めくりカレンダー」という構想を作品化し、本件サイトでの配信という形でその発表の機会を得たが、これは、本件写真集がいかなる評価、反響を得られるのかを量るまたとない機会となるはずであった。しかしながら、被告が原告の作品の意図を知りながらこれに沿わない方法で公表したため、原告は、本件写真集について社会から正当な評価を受ける機会を失った。
 この精神的損害をあえて金銭に算定するならば、作品としての価値を損なわれたという観点から、少なくとも被告への著作権の譲渡対価に相当する273万7500円を下回るものではない。
イ 原告は、平成18年7月10日、被告に対し、慰謝料273万7500円の支払を請求した。
ウ よって、原告は、被告に対し、同一性保持権侵害の不法行為に基づく精神的損害に対する慰謝料273万7500円及びこれに対する(前記慰謝料請求の翌日であり)不法行為の後である平成18年7月11日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告の主張
ア 被告は、原告が承諾している内容で本件配信行為をしたのであるから、原告が精神的損害を被っていることは、そもそもあり得ない。
 また、原告は、精神的損害として、「正当な評価を受ける機会を失った」と主張しているが、その金銭的評価においては、当該主張と全く関係のない、「作品としての価値を損なわれた」という観点で行っており、本件の請求金額は何ら合理的な理由のないものであることは明らかである。
イ 前記(1)イは認め、同ウは争う。
第4 当裁判所の判断
1 はじめに
 本件においては、本件写真集がそもそも編集著作物に該当するかという点(争点1)、及び本件配信行為が原告の本件写真集に対する同一性保持権の侵害を構成する態様のものかという点(争点2)についても、それぞれ争点となっている。
 しかしながら、本件事案の紛争の実体は、原告が、本件写真集の発表の手段として、本件サイトにおいて、本件写真集中の花の写真が「日めくりカレンダー」として画像配信されることを期待していたのに対して、被告による本件配信行為の内容が結果的にその期待に添うものではなかったという行き違いに端を発したものであること(甲4の1〜5)に鑑み、当裁判所は、まず争点3(本件配信行為について、原告の明示又は黙示の同意があったか)について判断することが相当であると考える。
2 争点3(本件配信行為について、原告の明示又は黙示の同意があったか)について
(1) 本件譲渡行為に至る経緯について
ア 原告は、写真家として、カレンダーの仕事、すなわち、1年を2か月ごとに6枚又は1か月ごとに12枚の風景若しくは花の写真で季節感を表現することを中心的な活動としてきた。原告は、そうした活動を続ける中で、携帯電話を媒体として、その待受画面用にデジタル画像として写真を配信するという形で自分が撮った写真を発表するというアイデアを温めていた。(原告本人1〜3頁)
イ 原告は、平成13年ころ、インターネットのサイトの中には毎日内容を更新しているものがあることに気付き、従来の自分の仕事と結び付けて、花の写真による「日めくりカレンダー」を携帯電話の待受画面用に配信するという構想を抱くようになり、約1年間を掛けて本件写真集を作成した。(原告本人2〜4頁)
ウ 原告は、被告が本件サイトを開設していることを知って、平成14年10月ころ、被告のウェブサイト上のビジネスコンタクト窓口に対して、本件写真集を本件サイトで携帯電話の待受画面用に「日めくりカレンダー」として配信するという企画を提案した。(原告本人6頁、甲9)
エ 被告側では、平成14年12月12日、原告が提案した企画について、本件サイトにおける携帯電話の待受画面や着信メロディなどのコンテンツ配信業務を担当していたモバイルフォン販売推進部で対応することとし、Bがその担当となった。Bは、原告と電子メールで連絡を取り合い、平成15年1月20日、被告の当時の本社内の応接室で初めて原告と面談した(以下「本件面談」という。)。(証人B6〜8頁、原告本人6・7頁、甲9、乙8)
オ 本件面談では、まず、原告から、写真家としての原告の仕事の実績の紹介と、「日めくりカレンダー」として「花」と「風景」の写真があるという提案があった。(証人B10頁、原告本人7頁、乙8)
 これに対して、Bは、本件サイトについてのコンテンツ提供業者向けの一般的な説明資料(乙7又はこれに類するもの)や本件サイトの携帯電話での実際の表示画面を原告に示しながら、被告としての本件サイトの位置付けや、本件サイトの更新は週1回であることなどを説明し、原告もこれにうなずいていた。なお、原告自身も、当時本件サイトの更新が週1回であることは既に承知していた。(証人B2・3頁、原告本人7・8・14〜16頁、甲9、乙8)
 また、Bは、原告に対し、原告の提供する写真を本件サイトで週1回更新する携帯電話の待受画面用の画像として(著作権も含めて)購入することを検討したいと伝えた。(証人B10頁)
カ 本件面談の際、原告からは、本件サイトにおいて携帯電話の待受画面用の画像を「日めくり」にすること、すなわち毎日更新することは可能かという趣旨の質問があった。これに対して、Bは、当時本件サイトの更新が週1回であったことを踏まえて、一般論として「技術的には可能である。」と答えたものの、将来的に本件サイトの更新スケジュールを変更するというような具体的な話はしなかった。この回答に対して、原告からは、現実に「日めくり」にしてもらうのでなければ取引には応じられないというような否定的な反応はなかった。(証人B1・2・10・11・19・20頁)
キ 原告が提供することができた写真は、携帯電話の待受画面用のサイズではない画像データであったこと等から、そのままでは使用することができず、サイズや色味の調整などの加工が必要であった。Bが原告側で加工が可能かどうかを確認したところ、それは困難であるとのことだったので、被告側で加工が可能かどうかを検討してみるため、後日原告から写真の画像データを送付してもらうこととなり、本件面談は終了した。(原告本人9頁、甲9、乙8)
ク 数日後、原告から、写真の画像データと本件写真集中の個々の花の写真に対応した花言葉の説明文が被告宛に送られてきた。(甲2、乙8)
 これを受けて、Bは、被告側で写真の画像データの加工が可能かどうかを検討した。しかし、上記データを加工するためのスケジュールを空けることができる外注会社が見つからず、原告から提供された写真の画像データそのままでは携帯電話の待受画面用のコンテンツとしての配信はできないため、Bは、平成15年2月10日、原告に対し、電子メールで商談の断りの連絡を入れた。(原告本人8頁、甲9、乙3、乙8)
ケ 原告は、Bからの断りの連絡に納得することができず、加工だけの問題であれば原告側でやってみるので再検討してもらいたいとBに申し入れた。(原告本人9頁、甲9、乙8)
 これに対して、Bが原告に対して携帯電話の待受画面の仕様を伝えるなどして協力した結果、平成15年2月20日、原告自らが加工を施したサンプル画像がBに届いた。しかし、加工された画像の品質になお問題があったため、Bは、同年3月10日、原告と面談して上記の問題を伝え、改めて原告から提供された写真の画像データの購入を断った。(原告本人9頁、甲9、乙4、乙8)
 しかし、原告が交渉の白紙撤回には承服できないと被告に強く抗議をした結果、Bもこれを断り切ることができず、また原告も知人を通じて専門の加工業者に加工を依頼した結果、修正されたサンプル画像の品質が携帯電話の待受画面として提供可能なものになったので、Bは、平成15年4月、原告に対し、本件写真集中の花の写真の画像データを購入するという方針を伝えた。(原告本人9・10頁、甲9、乙8)
コ 本件サイトに提供されるコンテンツの購入については、実際の契約は被告の子会社である富士通パレックスから注文書を出す形で行われることとなっており、支払は検収完了月の末日締め翌々月末払いが通常であった。しかし、原告は、自己が依頼した加工業者への支払のため前倒しで支払うよう要求し、平成15年5月中に富士通パレックスから内金50万円の先払いを受けた後、改めて同社から注文書(「品名」欄は「富士通製携帯電話向け画像データ」、「数量」欄は「365」とされており、「備考」欄には画像データの使用についての特段の制約条件は記されていない。)の発行を受け、同年6月18日までに本件写真集中の花の写真の加工済みの画像データを納品し、その後、残代金223万7500円の支払を受けた。(甲3、甲9、乙1、乙5、乙6、乙8)
(2) 本件配信行為開始後の原告によるクレーム等とそれに対する被告側の対応の経緯について
ア 原告は、平成15年7月22日、被告のモバイルフォン販売推進部でBの上司にあたるC(以下「C」という。)宛に、電子メールで、本件写真集中の花の写真の配信状況について問い合わせつつ、「風景」の「日めくりカレンダー」の画像(以下「風景の写真」という。)の購入についての契約交渉について改めて申入れをした。(証人B6頁、甲4の1、甲9、乙8)
 これに対して、Cは、平成15年7月28日、原告宛に、電子メールで、本件写真集中の花の写真は週1回の更新で5枚が配信済みであること、被告は風景の写真については購入を約束したものではなく、花の写真のダウンロード数等の客観的な数字で評判を判断した上で検討するが、少なくとも数か月はデータを観察したいと考えていること等を回答した。(甲4の2、甲9、乙8)
イ 前記アのCの回答に対して、原告は、平成15年7月30日、C宛に、電子メールで、花の写真が「日めくり」にならないことについてクレームをつけ、納得ができないとして説明を求め、また、風景の写真の購入についても、被告側の従来の説明は、花の写真の反響を早急に審査して判断するということだったのだと主張した。(甲4の3、甲9、乙8)
 これに対して、Cは、平成15年8月6日、原告宛に、電子メールで、「日めくり」にならない理由は本件サイトの更新の外注にかかる費用の問題であること、原告からの当初の企画の提案は「日めくり」であったことは承知しているが、本件譲渡行為に際しては、花の写真を毎日更新するという契約内容にはなっていないと認識していること等を回答した。(甲4の4、甲9)
ウ 前記イのCの回答に対して、原告は、平成15年8月15日、C宛に、電子メールで、風景の写真の購入の検討が延期になったことと花の写真の配信が「日めくり」でないことについて全然納得材料が見当たらないなどとして、再度クレームをつけた。上記電子メールの中で、原告は、@風景の写真の購入を至急検討すること、A本件写真集中の花の写真の画像データの購入代金を見直すこと、B「日めくり」のコンセプトを何とかしていかすこと、の3点を要求した。(甲4の5、甲9)
エ その後も、原告から被告側に対して電話と電子メールによるクレームが続き、それと並行して風景の写真の売り込みも続いた。(甲9、乙8)
 しかし、花の写真の反響が良くなかったため、被告側は、平成15年11月16日、原告に対し、風景の写真を購入しないと正式に断った。(甲9、乙8)
オ しかし、その後も、原告から被告側に対して電話と電子メールによるクレームが続き、とにかく会って話がしたいという申入れがあったので、Bとその上司2名は、平成15年12月22日、原告と面談した。その際も、原告は、花の写真が日めくりになっていないということと、本件譲渡行為時の単価(花の写真1枚につき7500円)は風景の写真の購入が前提になっていたということを繰り返し主張し、風景の写真を半分だけでもよいから購入して欲しいと要求した。(証人B4頁、原告本人20頁、乙8)
(3) 事実認定の補足説明
ア 原告は、原告本人尋問中の反対尋問及び補充尋問において、「Bは、自分が手作業ででも毎日画像を更新しますと言った。」という旨の供述をし、そのようなBの発言(以下「本件約束」という。)があった時期については、本件面談のあった当日ではなく、それ以後のことであったという趣旨の供述をしている。〔原告本人23・24・29・30・32・33頁〕
イ しかしながら、原告は、原告本人尋問が行われる以前に当裁判所に提出した陳述書〔甲7、甲9〕においては、本件約束があったことについて一切言及していない。また、原告本人尋問中でも、主尋問においては「本件面談の後、『日めくり』の話は一切出なかった。」という旨を明確に供述した〔原告本人16頁〕にもかかわらず、反対尋問及び補充尋問において、唐突に本件約束があったという供述を始めたものである。
 上記の経緯に照らすと、本件約束があったとする原告の供述は極めて不自然である。
ウ これに対して、Bは「本、 件面談の後、本件配信行為が始まるまでの間に、原告から『日めくり』という話は一切出なかった。」という旨、及び「本件サイトの更新作業が的確に行われているかどうかを確認するには、B自身ともう一人の担当者との2名でほぼ一日掛かりの作業になることから、本件面談当時にBが担当していた仕事の内容からすると、本件サイトを毎日更新するということは現実的にはできなかったであろう。」という旨の証言をしている。〔証人B2〜4頁〕
エ 前記ウのBの証言及び本件約束があったとする原告の供述が極めて不自然であることに照らすと、原告の上記アの供述は採用し得ず、むしろ、本件約束のようなBの発言は存在しなかったと認めるのが相当である。
(4) 本件配信行為についての原告の同意の有無について
ア 前記(1)及び(2)において認定した各事実並びに前記(3)エにおいて認定した事実によれば、以下のとおりの事実を認めることができる。
a) 原告の被告に対する当初の提案は、本件写真集中の花の写真を、本件サイトで携帯電話の待受画面用に「日めくりカレンダー」として配信するという企画であった。
 しかし、被告側の担当者であるBは、そもそも本件写真集中の花の写真を「日めくり」で配信しなければならないものであるとは考えていなかった。むしろ、Bは、原告に対し、本件サイトの更新がこれまで週1回であったことを告げ、その際に原告がこれにうなずいていたことから、原告に対し、本件写真集中の花の写真を本件サイトの更新に合わせて週1回の割合で更新したいと考えていることを告げたものであり、その上で、その後の原告との交渉を継続した。
b) これに対して、原告は、平成15年1月20日のBとの最初の会談の際、本件サイトにおいて携帯電話の待受画面用の画像を「日めくり」にすることは可能かという質問をし、Bは「技術的には可能である。」と答えている。
 しかし、原告は、本件サイトの更新が週1回であることをあらかじめ知っていながら、Bの「技術的には可能である。」という、とらえ方によってはあいまいな(少なくとも、本件サイトの当時の更新スケジュールを将来変更して「日めくり」にするという約束をしたものと受け止めることは難しい)回答に対して、現実に「日めくり」にして配信することになるのかどうかを再度確認することもなく、以後は、本件写真集中の花の写真を売却して、本件サイトにおいて配信してもらうための交渉に終始したのである。
 そのため、原告がその内心において本件写真集中の花の写真を「日めくり」にして配信して欲しいとの期待を強く持っていたとしても、そのことは被告側の担当者に対しては十分に伝えられておらず、むしろ、原告にとっては、被告に本件写真集中の花の写真を購入してもらうことができるか否かが、被告との交渉においては最重要の関心事であったのである。
イ 上記アにおいて認定した各事実によれば、仮に本件写真集が編集著作物に該当するものであったとしても、原告は、被告が本件サイトにおいて本件写真集中の花の写真を毎週1回の割合で更新して配信することについて、遅くとも本件譲渡行為の時点までには黙示に同意していたものと解さざるを得ない。
 また、原告が本件写真集の作成に際して企図した花の写真と1年365日の日付との対応関係についても、「日めくり」にすることによって初めてその配列の連続性に創作的な意義を見出すことができるものであるから、毎週1回の割合による更新、すなわち1週間は同じ花の写真が配信され続けることについて黙示の同意を与えた時点で、原告は、被告が本件写真集中の花の写真から本件サイトにおける配信日に対応すべきものを用いるとは限らないということについても、やはり黙示の同意を与えたものと解するのが相当である。
 以上をまとめると、原告は、本件配信行為について黙示に同意をしていたということができる。
ウ これに対して、原告は、黙示の同意をしたことを否認し、原告は毎日1枚の割合で花の写真が配信されることを微塵も疑っていなかったのであるから黙示の同意の前提を欠くと主張する(前記第3の3(2))。
 これに関連して、原告は、原告本人尋問において、「Bの『日めくりの配信をすることは技術的には可能である。』との答えを聞いて、被告が『日めくり』の配信をしてくれるものと信じて全く心配していなかった。」旨を供述している〔原告本人14〜18頁〕。また、本件配信行為の開始後、原告が被告側に対して、風景の写真の採用を巡る交渉と前後して、花の写真の配信が「日めくり」にならないことについてクレームの電子メールを送信したと認められることは前記(2)のとおりである。これらのことは、原告が本件写真集中の花の写真の配信が「日めくり」となることについて強い期待を抱いていたことをうかがわせるに足りる事情であるということができる。
 しかしながら、仮に原告が上記のような期待を抱いていたのだとしても、本件譲渡行為に至る交渉の過程においては、当初の原告の「日めくり」による配信の企画の提案に対し、被告側は本件サイトは週1回の更新である旨を回答しており、原告はこれを黙示に了承しながら、「日めくり」による配信の期待を内心において維持していただけであることは、前記認定のとおりである。「黙示の同意」の有無は、あくまで外部的に現れた客観的事実の総合評価によって判断されるべきものであって、上記のような原告の期待という、原告の内心に留まって外部的に何ら表示されていなかったような事情によって、その判断が左右されるべきものではない。
エ また、原告が、被告に対して、本件配信行為の開始後に、花の写真の配信が「日めくり」ではないことについて電子メールでクレームをつけたことは前記(2)のとおり事実である。しかし、その電子メールの内容を具体的に検討すると、最初の電子メールの内容は、「そろそろ風景の方をお願いしないといけないのですが。加工業者様のご都合もあり、七月にという事だったと思いますので。どうか、なんとか、宜しくお願いいたします。」(甲4の1)というものであり、その後の電子メールの内容も、「とにかく、7月の『2セット目の考察』が延期になった事と、『日捲りでない』こと。この二点において全然納得材料が見当たりません。困っております。急きょ2セット目の購入を決めて頂くことが出来ればまだしも、代金も2セット購入を前提としたときのままだし、大事なコンセプトは水泡だし、どう納得すれば良いのでしょうか。とりあえず、ともかくは、2セット目の購入を至急検討して頂くことと、代金の修正をして頂くこと。それに、日捲りのコンセプトを何とかして生かして頂くこと。この三点について、解決の為の要望として善処して頂きたく存じます。取り急ぎ、何卒、宜しくお願いいたします。」(甲4の5)というものである。
 これらの電子メールの内容によれば、原告は、被告に対して、@風景の写真の購入、A風景の写真を購入しない場合における本件写真集中の花の写真の代金の増額修正、B「日めくり」のコンセプトをいかすことの三つの要望をしている。これらの要望のうち、Bの「日めくり」のコンセプトに係る要望の優先順位は最も低いことが認められる上、原告は、被告が風景の写真を急遽購入すれば、その他の要望については撤回することを示唆していることが認められる。
 さらに、前記(2)オにおいて認定したとおり、原告は、上記の各電子メールを送った後に、風景の写真を半分だけでもよいから購入して欲しいと被告に申し入れている。
 これらのことは、原告にとっては、風景の写真の「日めくり」というコンセプト自体ではなく、その代金にもっぱら関心があったことを裏付けるものであり、花の写真にあっても同様であったと十分に推認することができる。
 そうすると、原告が、被告から購入を二度までも断られたにもかかわらず、原告側で画像を加工してまでも本件写真集中の花の写真を売り込んだことと同様に、上記各電子メールによるクレーム当時の原告の最大の関心事は、風景の写真の売り込みにあったものと認められる。
 したがって、原告が、被告に対して、花の写真の配信が「日めくり」でないことについてクレームをつけていたとしても、この事実は、上記イの認定を左右するものではなく、結局のところ、そのクレームの内容を子細に検討すれば、かえって「、 日めくり」のコンセプトは、花の写真にあっても風景の写真にあっても二の次にすぎないものであったことが裏付けられるものといえるのである。
オ なお、原告は、本件口頭弁論終結後に提出した「最終準備書面」と題する書面において、「本件写真集中の花の写真が原告の配列した順序に従って使用されるものと信じることについての期待権」が法的保護に値し、それが侵害されたと主張する。
 しかし、原告は、前記イのとおり、本件配信行為について黙示の同意をしたのであるから、上記のような期待は、仮にその存在が認められたとしても、原告がその内心に抱いていた事実上のものにすぎず、民法709条に規定する「法律上保護される利益」と認めることはできない。
3 原告による口頭弁論再開の申立てについて
 原告は、本件口頭弁論終結後に提出した「弁論再開の申立書」と題する書面において、次のように主張している。
 すなわち、@本件約束の存在は、原告が本人尋問を前に記憶喚起をする中で思い出した事実であり、原告の記憶を裏付ける客観的証拠として、原告が平成15年8月28日に発信した電子メール(上記書面の別紙1)を本件口頭弁論終結後に発見したので、当該証拠を取り調べるために口頭弁論の再開を求める、ABは、日めくりカレンダーとして配信することはないと当初から明言していた旨証言しているが、平成15年12月9日に至って初めて日めくりカレンダーとして配信できない理由を原告に説明したことを示す新証拠(上記書面の別紙2:Cが平成15年12月9日に発信した電子メール)が発見されたので、B証言に対する弾劾証拠の提出等のために口頭弁論の再開を求める、というものである。
 しかしながら、上記@については、原告本人尋問中の主尋問において、原告が本件約束の存在について一切触れず、かえって「本件面談の後、『日めくり』の話は一切出なかった。」旨を明確に供述したことを合理的に説明することができるものではないし、上記Aについても、日めくりカレンダーとして配信できない理由については、平成15年8月6日の段階で既にCから原告に対して説明されていたことが甲第4号証の4により明らかである。したがって、上記@及びAのいずれの理由も、前記2(4)イの認定を左右するものではないから、本件口頭弁論を再開する必要性は認められない。
第5 結論
 よって、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 中島基至
 裁判官 杉浦正典
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