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【事件名】商標“UNITED”侵害事件B(2) 【年月日】平成19年11月29日 知財高裁 平成19年(行ケ)第10228号 審決取消請求事件 (平成19年10月11日 口頭弁論終結) 判決 原告 ハワード株式会社 訴訟代理人弁護士 窪田英一郎 同 大西達夫 同 柿内瑞絵 同 乾裕介 同 今井優仁 同 熊谷大輔 被告 エヌ.ブイ.スマトラタバコトレーディングカンパニー 訴訟代理人弁理士 佐々木功 同 川村恭子 主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の求めた裁判 「特許庁が取消2005−30613号事件について平成19年5月15日にした審決を取り消す。」との判決 第2 事案の概要 本件は、原告が、被告を商標権者とする後記登録商標(以下「本件商標」という。)につき、被告は商標登録取消審判請求の登録前3年以内に日本国内においてその指定商品についての使用をしていないとして、商標法50条1項の規定に基づき本件商標に係る商標登録の取消審判を請求したところ、特許庁は、被告が同審判請求の登録前3年以内に日本国内において本件商標をその指定商品に使用していないこと(以下「本件不使用」という。)について正当な理由があるものと認め、本件審判の請求は成り立たないとの審決をしたため、原告が、同審決の取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件商標(甲2) 登録番号:第4439059号 商標権者:エヌ.ブイ.スマトラ タバコ トレーディング カンパニー(被告) 商標の構成:「UNITED」(標準文字) 指定商品:商標法施行令別表第18類「革ひも、かばん類、袋物」 登録出願日:平成11年9月28日 設定登録日:平成12年12月8日 (2) 本件手続 審判請求人:ハワード株式会社(原告) 審判被請求人:エヌ.ブイ.スマトラ タバコ トレーディング カンパニー(被告) 審判請求日:平成17年5月24日(取消2005−30613号) 審判請求の登録日:平成17年6月9日(甲14) 審決日:平成19年5月15日 審決の結論:「本件審判の請求は、成り立たない。」 審決謄本送達日:平成19年5月25日(原告に対し) 2 審決の理由の要点 審決は、本件不使用について正当な理由があるものと認め、本件商標に係る商標登録は、商標法50条2項ただし書の規定により、これを取り消すべき限りでないとした。 審決の理由中、本件不使用について正当な理由があるとの認定判断に係る部分は、以下のとおりである(略称を本判決が指定したものに改めた部分及び本訴における書証番号を冒頭に「本訴」との文言を付した上で付記した部分がある。)。 「商標法50条2項ただし書でいう「正当な理由」に該当するものであるといえるためには、地震、水害等の不可抗力、放火、破壊等の第三者の故意又は過失による事由、法令による禁止等の公権力の発動に係わる事由等の商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の責めに帰すことができない事由が発生したために使用をすることができなかった場合をいうものと解される【東京高等裁判所平成8年11月26日判決〔平成7年(行ケ)124号〕】ところ、職権において調査した以下の新聞記事情報によれば、本件審判の請求の登録前3年以内の2004年12月末と2005年3月末に、インドネシアで地震があったことは公知の事実と認められる。 「アチェ報告 国の威信より人の命だ(社説)」と題する2005年1月31日付け朝日新聞記事情報東京朝刊3頁(本訴乙1)によれば、「スマトラ沖地震と巨大津波からひと月余りが過ぎた。インド洋を囲む国々の犠牲者は約30万人に達し、未曽有(みぞう)の惨禍はなお広がっている。その7割を超す23万人近くが犠牲となったインドネシアのアチェ地方に入り、その現状を見た。州都バンダアチェの沿岸部は、泥とがれきだらけの荒涼とした土地が見渡す限り広がる。」旨記載されている。また、「スマトラ沖地震・3月津波?逃げろ! 車殺到、パニック『波怖い』泣く住民」と題する2005年3月29日付け読売新聞東京夕刊27頁(本訴乙2)によれば、「31万人以上の死者・行方不明者を出した昨年12月のスマトラ島沖地震から3か月余り。インド洋沿岸の住民に、再び津波の悪夢がよみがえった。同島沖を震源とする28日夜(日本時間29日未明)の地震は、12月の地震以後最大の規模となり、津波におびえた住民たちはわれ先に避難した。これまでに津波による被害は確認されていないが、震源地に近いニアス島では、家屋の崩壊で多数の死者が出ている。(中略)震源域に近いニアス島では状況は深刻さを増している。現地からの報道では、島の中心街では建物の8割以上が倒壊し、多数の住民らが生き埋めとなっている模様だ。島内全域が停電している上に、医師や看護師も住民らと一緒に高台に避難してしまい、患者の手当てが出来なくなっているという。」旨記載されている。また、「インド洋津波から半年つめ跡深く、進まぬ復興=見開き特集」と題する2005年6月26日付け読売新聞東京朝刊34頁(本訴乙3)によれば、「◎インドネシア◆『家が欲しい』放浪生活8万人最も大きな被害を出したインドネシア・スマトラ島のナングロアチェ・ダルサラム州では、インドネシア政府の復興計画がようやく具体化し始めた。しかし、家を失った約55万人の被災者のための住宅建設事業は大幅に遅れ、多くの人々が不自由なテント生活を強いられている。」旨記載されている。また、「インド洋大津波から1年、被災地経済、なお苦境」と題する2005年12月26日付け日本経済新聞朝刊7頁(本訴乙4)によれば、「二十三万人以上の死者・行方不明者を出したインド洋大津波から二十六日で一年。インドネシアやスリランカ、インドの被災地の経済は今なお苦境が続いている。最大の被災地インドネシア・アチェ州では主力の石油ガス産業も不振に陥り、失業率が上昇。その他の各地でも住宅建設が遅れ、復興資金拠出は計画の二から三割にとどまるなど、生活基盤再建のメドが立たない。(中略)十六万人以上の犠牲者を出したアチェ州では二〇〇五年の完全失業率が前年比三・二ポイント増の一二・五%前後に跳ね上がる見通しだ。」旨記載されている。 また、被請求人が提出した「登録商標不使用理由宣言書」(本訴甲10の1。なお本訴甲10の2は、その翻訳文である。)及び審判乙2(審判乙2の3を除く。)ないし審判乙3(本訴甲4の1、2及び4ないし6並びに甲5の1及び2)によれば、被請求人の営業所は、インドネシアのアチェ州にあり、本件審判の請求の登録前3年以内の2004年12月末と2005年3月末の二度にわたる地震によって破壊され、指定商品について本件商標の使用ができなかったものと推認される。 してみれば、被請求人は、地震、津波等の不可抗力によって、同人の責めに帰すことができない事由が発生したために本件商標の使用をすることができなかったことを明らかにしたものと判断するのが相当である。 したがって、被請求人が、本件審判の請求の登録前3年以内に、本件商標をその指定商品に使用していないことについて正当な理由があるものと認める。」 第3 当事者の主張の要点 1 原告主張の審決取消事由(本件不使用に係る正当な理由についての認定判断の誤り)の要点 審決は、以下のとおり、本件不使用について、それが真にやむを得ないと認められる特別の事情が何ら主張立証されていないにもかかわらず、本件不使用について正当な理由があることを被告が明らかにしたものと認定判断した点において誤りである。 (1) 商標法50条2項ただし書に規定する「正当な理由」(以下「法所定の正当な理由」という。)について ア 商標法が本来登録商標の使用を保護の前提としていることに加え、同法50条1項及び2項ただし書の趣旨に照らすと、法所定の正当な理由とは、地震、水害等の不可抗力、放火、破壊等の第三者の故意又は過失による事由、法令による禁止等の公権力の発動に係る事由など、商標権者等において予見することが困難であり、その責めに帰すことができない事由が発生したために登録商標の使用をすることができなかった場合をいうと解すべきである(東京高裁平成8年11月26日判決・判時1593号97頁)。そして、法所定の正当な理由を「被請求人が明らかにした」と認められるためには、商標権者等において、登録商標を使用できなかったことが真にやむを得ないと認められる特別の事情を具体的に主張立証する必要があると解するのが相当である(知財高裁平成17年12月20日判決・判時1922号130頁)。 イ この場合において、上記アの特別の事情が具体的に主張立証されたといえるためには、上記アの不可抗力等の事由が生じなかったならば、商標権者等において、取消審判請求の登録(以下、一般的には「予告登録」といい、本件については「本件予告登録」という。)前3年以内に、指定商品等について登録商標の使用をすることができたという具体的な因果関係(すなわち、当該事由と登録商標の不使用との間の具体的な因果関係)が存在することを主張立証すべきであると解される。そのためには、例えば、登録商標を使用する予定の商品の商品化について具体的な計画が存在し、当該商品が生産準備中であって、予告登録日までに登録商標を使用したことが確実であったのに、天災地変等によって工場等が損壊した結果、登録商標の使用ができなかったというように、登録商標の使用の実現可能性が具体化していることを要すると解するのが相当である。 ウ さらに、予告登録前3年以内に上記アの不可抗力等の事由が生じたような場合であっても、当該事由の発生後の登録商標の不使用の状況のみならず、その発生前の継続した不使用の事実又は状況と前後相通じて、法所定の正当な理由があったか否かを判断すべきであり、仮に、当該事由の発生後、そのために登録商標を使用することができなかったとしても、そのことをもって直ちに、予告登録前3年以上の継続した不使用事実について法所定の正当な理由があるということはできないと解される(東京高裁昭和56年11月25日判決・無体集13巻2号903頁)。 (2) 審決の認定判断について ア(ア) 2004(平成16)年12月26日発生のスマトラ沖地震(以下「平成16年12月の大地震」という。)によりインドネシア共和国アチェ州に、2005(平成17)年3月28日発生のスマトラ沖地震(以下「平成17年3月の大地震」といい、平成16年12月の大地震と併せて「本件各大地震」という。)により震源地に近い同国北スマトラ州ニアス県(ニアス島)に、いずれも多大の被害が発生したこと自体は公知の事実である。また、甲4の4及び5によれば、被告の営業所が同国アチェ州内及びニアス島内にあり、それぞれ、本件各大地震により破壊されたことが窺われる。 (イ) しかしながら、上記各施設がいずれも単なる営業所であることは、甲4の4及び5並びに被告の主張自体から明らかであり、同所において本件商標の使用を予定する商品の生産準備中であったのに、本件各大地震により上記各営業所が破壊された結果、本件商標の使用ができなかったというような事情を認めるに足りる証拠は何ら存在しない。 (ウ) また、平成16年12月の大地震が発生した当時、既に、本件商標に係る設定登録後4年以上が経過しており、被告は、同設定登録後、本件商標をその指定商品について使用しないまま、漫然と放置していたものということができ、しかも、本件不使用の期間(本件予告登録前3年以内の期間)中、同大地震発生前であった部分は、2年6か月余りを占めているのであるから、この点を考慮しても、仮に本件各大地震による被害が生じなければ、被告が本件商標をその指定商品について使用していたであろうという具体的事情を認めることはできない。 (エ) なお、仮に、被告が、現時点において、本件商標を使用している事実が認められたとしても、そのことをもって、過去においても、本件商品をその指定商品について使用することに関する具体的な計画があったということはできない。 (オ) また、被告は、2004(平成16)年4月13日に発生した火災(以下「平成16年4月の火災」という。)によって、被告の本社及び工場が全焼したため、本社機能が失われたほか、商品生産のための操業が完全に不可能となり、致命的な事態に陥っていたものであるところ、その再建もされないうちに、未曾有の大災害である本件各大地震に遭遇した旨主張するが、平成16年4月の火災が第三者の故意又は過失によるものであることは全く明らかにされていないから、平成16年4月の火災の事実が、本件不使用についての正当な理由に該当しないことは明らかである(なお、審決も、平成16年4月の火災が、本件不使用についての正当な理由に該当するとは判断していない。)。 (カ) 以上のとおり、被告が本件不使用について正当な理由があることを明らかにしたとは到底認めることができないというべきである。 イ しかるに、審決は、単に、本件予告登録のわずか5か月余り前以降に発生した本件各大地震によって被告の各営業所が破壊されたとの事実の証明があるにとどまるにもかかわらず、上記アにおいて主張したような本件不使用の状況を併せて検討することもしないまま、「被告は、地震、津波等の不可抗力によって、被告の責めに帰すことができない事由が発生したために本件商標の使用をすることができなかったことを明らかにしたものと判断するのが相当である」旨の結論を極めて短絡的に導き出したものである。 2 被告の反論の要点(「本件不使用に係る正当な理由についての認定判断の誤り」に対し) 以下のとおり、本件不使用に係る正当な理由についての審決の認定判断に誤りはない。 (1) 法所定の正当な理由について ア 商標法50条1項に規定する登録商標の不使用につき、その不使用の期間の終期は、同条2項本文に規定するとおり、予告登録時であるところ、同条1項の「使用をしていないとき」との文言にも照らせば、予告登録時に登録商標を使用していれば、過去において3年以上継続して使用していなかったという事実があっても、取消審判請求の理由とはなり得ない。したがって、法所定の正当な理由についても、予告登録時にそれが存在していたことを明らかにすることで足りると解するのが相当である。 イ 原告は、「法所定の正当な理由が具体的に主張立証されたといえるためには、不可抗力等の事由と登録商標の不使用との間の具体的な因果関係が存在することを主張立証すべきであり、そのためには、例えば、登録商標を使用する予定の商品の商品化について具体的な計画が存在し、当該商品が生産準備中であって、予告登録日までに登録商標を使用したことが確実であったのに、天災地変等によって工場等が損壊した結果、登録商標の使用ができなかったというように、登録商標の使用の実現可能性が具体化していることを要する」旨主張するが、上記アにおいて主張したところに照らせば、原告の上記主張は、失当である。 ウ また、原告は、「予告登録前3年以内に不可抗力等の事由が生じたような場合であっても、当該事由の発生後の登録商標の不使用の状況のみならず、その発生前の継続した不使用の事実又は状況と前後相通じて、法所定の正当な理由があったか否かを判断すべきである」旨主張するが、原告が引用する裁判例は、「商標権の移転又は通常使用権の許諾がされた場合には、単にその移転又は許諾後の事情のみならず、それ以前の継続した不使用の事実ないし状況が、予告登録前3年内の不使用事実として、前後通じて判断されるべきものである」旨判示したものであって、本件とは事案を異にするから、原告の上記主張は、失当である。 (2) 本件不使用に係る正当な理由について ア 被告は、インドネシアの各地に営業所を有しているものであるが、平成16年12月の大地震による未曾有の巨大津波により、アチェ州所在の営業所が壊滅的かつ深刻な被害を受け、また、平成17年3月の大地震により、震源地に近いニアス所在の営業所が破壊され、甚大かつ深刻な被害を被った。 さらに、これらに先立ち、被告は、平成16年4月の火災(漏電によるものと報道された。)による被害に遭い、これにより、被告の本社及び工場が全焼したため、本社機能が失われたほか、商品生産のための操業が完全に不可能となり、致命的な事態に陥っていたものであるところ、その再建もされないうちに、未曾有の大災害である本件各大地震に遭遇したものである。 上記各事由は、本件予告登録前に生じた被告の責めに帰すことができない事由であり、本件不使用についての正当な理由に該当するものであるが、その被害の大きさ、深刻さに照らせば、会社の再建や事業の回復には相当の時間が必要であったから、本件不使用についての正当な理由は、本件予告登録時まで継続していたものであるといえる。 イ 原告は、「平成16年12月の大地震が発生した当時、既に、本件商標に係る設定登録後4年以上が経過しており、被告は、同設定登録後、本件商標をその指定商品について使用しないまま、漫然と放置していた」旨主張するが、被告は、上記アのとおり、本件不使用についての正当な理由が本件予告登録時に存在していたことを明らかにしているのであるから、原告の上記主張は、失当である。 ウ 以上のとおりであるから、本件不使用について正当な理由があることは明らかである。 第4 当裁判所の判断(「本件不使用に係る正当な理由についての認定判断の誤り」について) 1 法所定の正当な理由について (1) 「法所定の正当な理由があること」とは、地震、水害等の不可抗力によって生じた事由、放火、破壊等の第三者の故意又は過失によって生じた事由、法令による禁止等の公権力の発動に係る事由その他の商標権者、専用使用権者又は通常使用権者(以下「商標権者等」という。)の責めに帰すことができない事由(以下「不可抗力等の事由」という。)が発生したために、商標権者等において、登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することができなかった場合をいうと解するのが相当である。 (2) そして、法所定の正当な理由は、登録商標の不使用を正当化し、当該不使用による商標登録の取消しを免れるための事由であるから、不可抗力等の事由の発生と登録商標の不使用との間には、因果関係が存在することを要するものと解すべきである。 もっとも、当該因果関係が存在するというために、原告が主張するような、登録商標を使用する予定の商品の商品化について具体的な計画が存在し、当該商品が生産準備中であって、予告登録日までに登録商標を使用したことが確実であったが、不可抗力等の事由が発生した結果、登録商標の使用ができなかったなど、登録商標の使用の実現可能性が、不可抗力等の事由の発生前に具体化していることを要するものと解することはできない。なぜなら、商標法50条1項及び2項本文が商標登録の取消事由として規定するのは、予告登録前3年間の継続した不使用であり、その期間内に登録商標の使用の事実があれば、当該取消事由は存在しないことになるところ(当該使用につき、同条3項本文の事由がある場合は別論である。)、登録商標をどのように使用するかは、基本的には、商標権者等の経営判断等、商標権者等の側の事情により決し得るものであって、例えば、結果的には不可抗力等の事由が発生してしまったが、仮にその発生がなかったとすれば、その時点から予告登録時までの間に、登録商標の使用の実現可能性が初めて具体化し、かつ、当該期間内に登録商標の使用に至ることができたというような事態(この場合には、商標登録の取消事由は存在しないこととなる。)も十分考えられるにもかかわらず、このような場合にまで、商標権者等に対し、原告が主張するような、不可抗力等の事由の発生前における登録商標の使用の具体的可能性に基づく因果関係の主張立証を求めるとすると、商標権者等に不可能を強いることになるからである。そうすると、不可抗力等の事由の発生と登録商標の不使用との間に因果関係が存在するというためには、不可抗力等の事由が発生した時点における、商標権者等の登録商標使用の具体的準備の有無・程度を前提とし、その時点から予告登録までの間が、仮に当該不可抗力等の事由の発生がなかったとすれば、登録商標の使用に至ることができたと認めるに足りる程度の期間であり、かつ、当該不可抗力等の事由が、その発生により、上記期間内に商標権者等が登録商標の使用に至ることを妨げたであろうと客観的に認め得る程度のものであることを要し、かつ、それで足りるものと解するのが相当である。 (3) なお、原告は、不可抗力等の事由の発生前の継続した不使用の事実又は状況をも併せて法所定の正当な理由の有無につき判断すべきである旨主張するが、上記のとおり、商標法50条1項及び2項本文が商標登録の取消事由として規定するのは、予告登録前3年間の継続した不使用であり、その期間内に登録商標の使用の事実があれば、当該取消事由は存在しないことになることに照らせば、上記原告の主張を採用することはできない(原告が引用する裁判例(東京高裁昭和56年11月25日判決・無体集13巻2号903頁)は、予告登録前3年以内に、商標権の移転及び使用許諾契約の締結があったという事案において、単にその移転又は許諾後の事情のみならず、それ以前の継続した不使用の事実ないし状況が、予告登録前3年以内の不使用事実として、前後通じて判断されるべきものであり、商標権の譲渡又は使用権の許諾後のみについてみると、当該登録商標の使用の前提として必要な行為がたとえ遅滞なく行われたとしても、そのことだけでは、直ちに不使用についての正当な理由があるものということはできない旨を説示したものであって、正当な理由として、不可抗力等の事由の発生が主張されている本件とは、事案を異にするものである。)。 2 本件不使用に係る正当な理由の有無について (1) 掲記の証拠によれば、以下のような新聞報道がされたことが認められる。 ア 平成17年1月31日付け朝日新聞(社説)(乙1) (ア) 見出し「アチェ報告」、「国の威信より人の命だ」 (イ) 本文「スマトラ沖地震と巨大津波からひと月余りが過ぎた。インド洋を囲む国々の犠牲者は約30万人に達し、未曽有(みぞう)の惨禍はなお広がっている。 その7割を超す23万人近くが犠牲となったインドネシアのアチェ地方に入り、その現状を見た。 州都バンダアチェの沿岸部は、泥とがれきだらけの荒涼とした土地が見渡す限り広がる。『死者』よりも『行方不明者』の方がはるかに多い。がれきを取り除くたびに黒い塊となった亡きがらが見つかる。身元は分からない。無数の遺体がそのまま埋葬地へ運ばれていく。 ・・・都市部では水や電気が戻り、電話網も回復し始めた。 だが、震源により近いアチェの西海岸一帯の被害のすさまじさは、州都の比ではない。 ・・・海辺の町や村には、がれきすらろくに残っていない。橋は流され、道路も寸断された。仮設橋の建設は進まず、生き残った人々は孤立したまま、ヘリで運ばれる食料で命をつないでいる。 ・・・モンパナ村の人の話では、335人いた村民のうち生存者はたった111人だった。 被災地のごく一部を見たにすぎない。もっと悲惨な地域もあるだろう。犠牲者の何倍もの数の人々が毎日綱渡りの生活を強いられていることは間違いない。」 イ 平成17年3月29日付け読売新聞夕刊(乙2) (ア) 見出し「津波?逃げろ!」、「スマトラ沖地震」、「車殺到パニック」、「『波怖い』泣く住民」 (イ) 本文「31万人以上の死者・行方不明者を出した昨年12月のスマトラ島沖地震から3か月余り。インド洋沿岸の住民に、再び津波の悪夢がよみがえった。同島沖を震源とする28日夜(日本時間29日未明)の地震は、12月の地震以後最大の規模となり、津波におびえた住民たちはわれ先に避難した。これまでに津波による被害は確認されていないが、震源地に近いニアス島では、家屋の崩壊で多数の死者が出ている。・・・。 ・・・昨年12月の地震と津波で、22万人の死者・行方不明者を出したインドネシアのナングロアチェ・ダルサラム州。州都バンダアチェでは、住民らが家屋の下敷きになるのを恐れて街頭に飛び出した。市内の主婦(23)によると、風呂場にくみ置きしていた生活用水があふれ、『ただごとではない』と神に祈ったという。 住民らは揺れが収まると、貴重品や持てるだけの生活用品を自家用車やオートバイに積み込み、一家総出で海岸線と反対方向に走り出した。このため内陸の空港に通じる幹線道路は、車や徒歩で逃げる住民らでけん騒状態となった。 揺れと同時に各所で停電も起き、パニックに拍車をかけた。先の震災で長女を亡くし、医師から『精神的外傷』と診断された主婦は、『波が怖い。もう同じ思いをするのは嫌だ』と泣き崩れた。 ・・・ 震源域に近いニアス島では状況は深刻さを増している。現地からの報道では、島の中心街では建物の8割以上が倒壊し、多数の住民らが生き埋めとなっている模様だ。島内全域が停電している上に、医師や看護師も住民らと一緒に高台に避難してしまい、患者の手当てが出来なくなっているという。 ・・・ ニアス島で5年前から植林活動を支援しているNGOの『オイスカ』(本部・東京)のジャカルタ事務所に、同島に滞在しているインドネシア人スタッフから入った連絡によると、10回程度の地震が続き、うち3回は強い揺れを感じたという。島の西側の集落では民家や教会が数多く倒壊し、下敷きになったまま取り残された人がいるほか、電柱が傾いて電線が切れ、周辺一帯は停電したままだという。」 ウ 平成17年6月26日付け読売新聞(乙3) (ア) 見出し「インド洋津波から半年」、「巨大地震の実像に迫る」、「つめ跡深く進まぬ復興」、「広大な海底動く」、「『家が欲しい』放浪生活8万人」 (イ) 本文「津波被害が最も大きかったスマトラ島北部で調査に当たった横浜国立大の柴山知也教授は、津波が斜面を駆け上り、高さ48.9メートルにまで達したことを示す痕跡に遭遇した。 現場は二つの小山が並んだ半島。津波は、小山と小山の間に挟まれた高さ40メートルを超える斜面の最上部を乗り越え、反対側にあったコテージを押し流していた。 津波の恐ろしさは高さだけではない。スマトラ島のバンダアチェ市で撮影されたビデオ映像を、東大地震研究所の都司嘉宣助教授が分析した結果、市の中心街で多数の住民をのみ込んだ津波の高さは1メートル程度だったが、流速は秒速5.2メートルに達した。 都司助教授は『・・・。スマトラ沖のケースは、水深が浅くても流れが速い津波の怖さを改めて示した』と話している。」(34面) 「*インドネシア 最も大きな被害を出したインドネシア・スマトラ島のナングロアチェ・ダルサラム州ではインドネシア政府の復興計画がようやく具体化し始めた。しかし、家を失った約55万人の被災者のための住宅建設事業は大幅に遅れ、多くの人々が不自由なテント生活を強いられている。州都バンダアチェ近郊のパヨン村。かつてエビ養殖で栄えた約2000人の村では、津波の直撃で1500人以上の命が奪われた。生き残った約480人が身を寄せ合って古びたテントで暮らす。 ・・・ ・・・。住民たちは、政府が高台に作った避難民キャンプを今年2月に離れ、津波で一面の更地と化した村へ戻った。 援助機関などから支給されたテントで雨露をしのぎ、配給の食料と水で命をつなぐ。・・・。 『早く住宅を提供して欲しい。家がないと生活は立て直せない』とスレイマンさんは訴える。 州政府によると、国際機関や政府系企業に委託して建てた仮設住宅は約1650棟。約5万人の被災者が入居した。しかし、このほかの被災者は8万人以上が放浪生活を強いられ、17万人がテント暮らし。親類の家に身を寄せたままの人が25万人もいる。 国際移住機構(IOM)は今年末までに1万1000棟の仮設住宅を建設する計画を進めている。だが、水や電気の通じた場所では建設用地の確保が難しく、建材の調達や技術力のある業者の選定も難航し、計画は立ち遅れ気味だ。 しかも、これはあくまで仮設住宅の話。恒久住宅の建設やインフラ整備などを軸とする本格的な復旧・復興への動きは、最近まで足踏み状態だった。 中央政府による今後5年間の震災復興計画が決まり、主管官庁の『アチェ復興再建庁』が設立されたのが今年4月。同計画に基づく・・・事業計画を国会が承認したのは今月9日のこと。復旧・復興の本格着手はこれからだ。」(35面) エ 平成17年12月26日付け日本経済新聞(乙4) (ア) 見出し「被災地経済なお苦境」、「インドネシアアチェ州石油・ガスが不振」、「復興資金、計画の2−3割」、「インド洋大津波から1年」 (イ) 本文「二十三万人以上の死者・行方不明者を出したインド洋大津波から二十六日で一年。インドネシアやスリランカ、インドの被災地の経済は今なお苦境が続いている。最大の被災地インドネシア・アチェ州では主力の石油ガス産業も不振に陥り、失業率が上昇。その他の各地でも住宅建設が遅れ、復興資金拠出は計画の二−三割にとどまるなど、生活基盤再建のメドが立たない。 十六万人以上の犠牲者を出したアチェ州では二〇〇五年の完全失業率が前年比三・二ポイント増の一二・五%前後に跳ね上がる見通しだ。・・・。 ・・・ この一年間にインドネシア政府が同州に支出した復興資金は予算枠四十四億ドル(約五千百億円)の二割、現在も七万人近くの被災者がテント生活を余儀なくされており『中央政府は信用できない』との不満が出ている。 住宅や道路整備が遅れている理由の一つは津波で土地台帳が流出し、政府も土地所有の実態をつかみきれないことだ。」 (2) また、証拠(甲4の1(甲4の2はその翻訳文である。)、甲4の4及び5(甲4の6はこれらの各証拠(写真)に付された説明の翻訳文である。)、甲10の1(甲10の2はその翻訳文である。))並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。 ア 被告は、インドネシア国の法律に準拠して設立された会社であり、同国アチェ地方、ニアス島等に営業所を有していた。 イ 被告の有していた営業所のうち、アチェ地方所在の営業所は平成16年12月の大地震により、ニアス島所在の営業所(以下、アチェ地方所在の営業所と併せ、「本件各営業所」という。)は平成17年3月の大地震により、いずれも全壊ないしそれに近い状態に至るという壊滅的な打撃を受け、本件各営業所における営業活動はおよそ不可能な状態となった。 (3) そこで検討するに、本件各大地震により被告が被った被害が、被告の責めに帰すことができない不可抗力により、本件予告登録前3年以内に生じた事由であることはいうまでもなく、とりわけ、平成16年12月の大地震は、本件予告登録時の約半年前に発生したものであるところ、その時点における被告による本件商標使用の準備行為の有無・内容を明らかにする証拠はないが、仮に、その準備が全くなかったとしても、本件商標に係る指定商品にかんがみて、本件予告登録までの期間は、本件各大地震の発生がなかったとすれば、本件予告登録時までの間に、被告が本件商標の使用に至ることができたと認めるに足りるものということができる。そして、上記(1)及び(2)のとおり、平成16年12月の大地震は、インドネシア国において死者二十数万人、最大の被災地であるアチェ地方においては、死者十数万人、家を失った被災者五十数万人を数えるなど、未曾有の天変地異であり、また、平成17年3月の大地震も、震源域に近いニアス島において、島の中心街で建物の8割以上が倒壊し、多数の住民らが生き埋めとなるなどの大災害であったといえるところ、平成16年12月の大地震の半年後で、本件予告登録がされた平成17年6月においても、インドネシア国政府の復興事業は目立った進捗をみず、アチェ地方には、約50万人もの被災者が仮設住宅にも入居できない状態にあり、さらに、同大地震の1年後である同年12月においても、アチェ地方には、テント生活を余儀なくされている数万人もの被災者がいるほか、経済復興も立ち行かない状態にあるというのであり、そのような大災害により、被告の本件各営業所も、壊滅的な打撃を受けたものである。 そうすると、被告は、平成16年12月の大地震により、まず、アチェ地方所在の営業所につき壊滅的な打撃を受けるという直接的な物的被害を被ったのみならず被告が同営業所の従業員らを少なからず失い、同営業所による収益もほとんど失った上、追い打ちをかけるように、平成17年3月の大地震により、ニアス島所在の営業所につき壊滅的な打撃を受け、同様の被害を被ったことが容易に推認されるほか、上記のとおりの政府の復興事業の進捗状況等にも照らせば、被告は、そのような甚大かつ深刻な被害を被ったことにより、本件予告登録時までの間、会社の総力を結集するなどして被害回復に務めることを余儀なくされたであろうこともまた、容易に推認されるというべきである。 そうであれば、本件各大地震による被害が発生したことにより、平成16年12月の大地震発生から本件予告登録までの期間内に、被告が、日本国内において、本件商標をその指定商品につき使用することが妨げられたものと認めるのが相当であるから、本件においては、本件不使用について正当な理由があることが明らかにされたものというべきである。 (4) 原告は、本件商標の使用を予定する商品が生産準備中であったなどの事実を認めるに足りる証拠はなく、また、被告は平成16年12月の大地震の発生前に本件商標をその指定商品について使用していなかったなどと主張するが、上記1において説示したところに照らせば、原告の上記主張を採用することができないことは明らかである。 (5) したがって、本件不使用に係る正当な理由についての認定判断の誤りをいう審決取消事由は、理由がない。 3 結論 よって、原告主張の審決取消事由は理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 石原直樹 裁判官 浅井憲 裁判官 杜下弘記 |
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