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【事件名】標章“オービック”不正競争事件(2)
【年月日】平成19年11月28日
 知財高裁 平成19年(ネ)第10055号 不正競争行為差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成18年(ワ)第17357号)
 (平成19年9月10日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 有限会社オービックス
訴訟代理人弁護士 伊東章
被控訴人 株式会社オービック
訴訟代理人弁護士 上村哲史
同 横山経通


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の同取消しに係る部分の請求を棄却する。
 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
 主文と同旨。
第2 事案の概要
1 本件は、被控訴人が、被控訴人の商品等表示である「オービック」及び「OBIC」(以下、総称して「オービック標章」といい、各別には、「オービック標章1」、「オービック標章2」という。)は、遅くとも平成元年ころから被控訴人及びその子会社ないし関連会社を表すものとして周知、著名となっており、控訴人が、オービック標章と類似する別紙控訴人標章目録1ないし3記載の各標章(以下、総称して「オービックス標章」といい、各別には、「オービックス標章1」、「オービックス標章2」、「オービックス標章3」という。オービックス標章1は、控訴人の商号である。)を使用したことは、不正競争防止法2条1項1号、2号に該当すると主張して、控訴人に対し、オービックス標章その他の「オービックス」又は「ORBIX」の文字を含む商号及び標章の使用差止め、オービックス標章の看板等の営業表示物件からの抹消、被告商号の抹消登記手続及び損害賠償金1億円及びその遅延損害金を求めた事案である。原審は、控訴人がオービックス標章を使用する行為は、不正競争防止法2条1項1号にいう「混同を生じさせる行為」に該当するとして、上記差止め、抹消、抹消登記手続と、損害賠償の一部1311万2588円(弁護士費用120万円を含む。)及びその遅延損害金の支払を認容したため、控訴人は、これを不服として控訴しているものである。
2 前提となる事実及び争点は、原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、「原告標章」を「オービック標章」と、「被告標章」を「オービックス標章」と読み替えることとする。
第3 当事者の主張
 次のとおり当審における主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人の主張
(1) 混同のおそれのないこと
ア 原判決は、控訴人が営業上使用しているオービックス標章1ないし3が、いずれも被控訴人の使用する標章と類似するものであり、かつ、その営業が被控訴人もしくはその系列企業と同一でるとの誤認を生じさせるものであると認定したが、誤りである。
現代のように国内、国際的に大中小の企業がひしめき合い、営業活動を展開している時代、かつIT化による情報量が氾濫している時代において、無数の企業が、たまたま似通った標章を使用しているということは必然であるところ、このような情報化社会においては、消費者、顧客が経済的取引をするに当たっては、マスメディアのコマーシャル、インターネットのホームページ等々によって、あらかじめ、取引先の企業の実態、内情を十分に調査した上で取引することが十分に可能であるのみならず、消費者、顧客の目も肥えていて、単に一流企業と似通った標章を使用しているということでその企業の商品を購入するということは稀有なことであるから、単に標章が類似しているというだけで、実体を調べもせず、その企業の商品に飛びつくような者は、保護するに値するものではない。
 本件についても、一般消費者が、控訴人のオービックス標章を見て、これが大企業である被控訴人の関連企業であるという理由で、直ちに、控訴人の商品等に飛びつくわけではない。一般消費者は、裁判所、大企業に比して十分な識別能力を有しているので、単に標章のみによって取引を行うなどということはあり得ないから、被控訴人のオービック標章と類似の標章を使用したからといって、直ちに誤認、混同を生じさせることにはならない。
イ 不正競争防止法2条1項1号は、「他人の商品等表示(標章等)・・・と類似の商品等表示を使用し、・・・他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」が不正競争に当たると規定しているのであって、「混同を生じさせるおそれを生じさせる」行為が不正競争に当たるとは規定していない。つまり、類似標章の使用によって、単に混同のおそれを生じさせるだけでは足りず、混同させることが必要なのである。この点につき、最判昭44年11月13日・判時582号92頁は、「混同のおそれ」があれば足りるとしているが、それは具体的危険性を伴うものでなければならない。そもそも、不正競争防止法が、不正な競争行為について損害賠償請求権のみならず差止請求権をもって保護している以上、その対象となる不正競争は「具体的危険性を有する不正なもの」であるべきである。
 本件についてみると、被控訴人は、国内で業界を代表する大企業であり、年間の売上高が200億円を超え、テレビコマーシャル等のあらゆる媒体を利用した宣伝費も年間10億円近くかけているのに対し、控訴人は、九州の片隅で10名未満のスタッフが細々と口コミで営業しているにすぎず、年間売上高も1億円そこそこであるから、世間が、被控訴人と控訴人とを混同することは考えられないところである。しかも、控訴人は、10年間にわたりオービックス標章を使用してきたものの、その間一度として被控訴人のオービック標章と混同されたことがなかったのであるから、被控訴人のオービック標章と控訴人のオービックス標章とが混同するおそれがないことが明らかである。
エ(ママ) 控訴人が扱う唯一の商品であるPOSシステムは、「レンタルPOSシステム」である。CD、DVD、貸本等のレンタル業において、レンタルの顧客、貸付商品、貸付日、返済日、延長期間、料金等を登録し、管理するのが、このシステムの独自性である。一方、被控訴人のPOSシステムは、販売用のシステムであり、商品の販売という1回限りの顧客管理又は一般的な財務管理システムにすぎない。このように、両者の扱う商品は質的に全く異なるものであるから、単に両者がPOSシステムを扱っているという理由で、混同を生じさせるということにはならない。また、個人レンタル業者を対象にしてレンタルPOSシステムの販売をしているのは、控訴人のほか数社にすぎないのであって、営業の規模、顧客層の違い、販売方法の相違等を無視し、単に両者がPOSシステムを扱う会社だから誤認、混同が生じるということはできない。
(2) 損害認定の誤り
ア 原判決は、被控訴人のオービック標章が、控訴人の標章使用開始前に全国の需要者の間で広く認識されていたものであり、かつ控訴人が被控訴人と同様コンピュータシステムを取り扱う会社であり、被控訴人も昭和51年1月以降福岡に支店を開設していたことから、控訴人に過失があることは明らかであると認定した。
 しかし、被控訴人のオービック標章が全国の需要者に広く認識されていたかどうかは、あくまでも相対的な評価であって、個々の認識の問題であるから、広く宣伝していれば、すべての者が認識しているとは断定できない。たとえ、被控訴人が全国規模のテレビ、ラジオでコマーシャルを放映していたからといって、視聴者が必ずしも番組のスポンサーに興味を持って視聴しているとは限らず、甲子園球場や名古屋ドームに看板を設置していたといっても、野球に興味のない者には何ら関係ないし、また、野球を観戦する者は、看板を見ることを目的として球場に行くのではない。
イ また、不正競争防止法2条1項1号は、他人の商品等表示(標章)と「混同を生じさせる」行為を違法としているものであるから、少なくとも「混同を生じさせる」という積極的意思の存在を必要とするものと解すべきである。
 ところで、本件において、控訴人は、「オービックス」の標章の使用に先立って被控訴人使用標章の存在を知らず、かつ、会社設立の場合に必要とされる同一市町村内における同一商号の有無につき登記官のチェックを受け、「オービックス」の標章が合法的であると確信し、以後10年間何らの問題にも直面せず、これを使用してきたものであるから、控訴人には、混同を生じさせる意思が全く存在していない。たまたま他人と標章が似通っているというだけのことで、不正、不当な動機が全く存しない者についてまで同法2条1項1号の規制が及ぶいわれはない。
 このように、オービックス標章が法務局により商号登記を認められたということは、無過失であることを証明するものである。もし、類似商号の使用は無条件で許されないというのであれば、商号登記の段階で法務局がこれをチェックし選別すべきである。商法上では類似商号の使用を許し、一方では不正競争防止法でこれを禁止するというのは、単に行政の不備というべきである。
ウ 控訴人と被控訴人の標章は、「同一」ではなく、せいぜい「類似」しているにすぎない。類似している標章使用が「過失」によるものであるかどうかは、少なくとも使用者の主観的意思の内容を判断しない限り認定できないものであるが、原判決には、こうした控訴人の主観的認識についての判断がされていない。
エ 原判決は、控訴人の類似標章使用によって、被控訴人が1191万2588円の損害を被ったと認定したが、失当である。
 控訴人会社の売上金、利益は、すべて数少ない社員の労働力が金銭化したものであって、被控訴人の標章と類似の標章を使用したことによる付加価値ではない。言い替えれば、控訴人会社が、どのような商号、標章を使用していたとしても、この程度の利益を上げることは当然のことであるので、被控訴人の標章と類似の標章を使用したことと控訴人の利益との間には何らの因果関係もない。
 そもそも、被控訴人は、控訴人の類似標章使用によって損害を被ってなどいないのである。被控訴人は、控訴人が類似標章を使用して以降今日に至るまで一貫して売上高、利益を増加してきており、控訴人が類似標章を使用したことによって営業上の利益を侵害されたとか損害を被ったとかいうことはないのである。また、被控訴人が、控訴人の類似商号使用によって営業上の利益を侵害され損害を受けたということの立証もなく、原判決は、単に、控訴人の類似標章使用の事実のみから、控訴人が被控訴人に対して上記損害を与えたと認定しているにすぎない。
 なお、本来、企業の利益というものは、企業の支払う利息、税金等を負担した後に残された純利益を指すものであって、それ以前の営業利益は純粋な利益とはいえないから、この営業利益をもって控訴人の利益といい、かつ、それが被控訴人の標章と類似の標章を使用したことによる被控訴人の損害であるとする原判決の判断は不当である。
(3) 権利濫用、信義則違反
 原判決は、被控訴人の請求が権利濫用ないし信義則違反であるといえるような事情は何ら見当たらないと認定したが、誤りである。
 前記のとおり、被控訴人は、控訴人のオービックス標章の使用によって営業上の利益を侵害され損害を被ったことはなく、その証明もされていない。むしろ、控訴人の上記標章使用に関係なく、被控訴人の年々の売上高と利益は増加の一途をたどっている。本件で明らかなことは、唯一、控訴人の使用する標章が被控訴人の標章と類似しているということだけである。不正競争防止法5条によって、損害額の推定がされているからといって、単に標章が類似しているというだけの理由で、全国レベルの大企業が、地方の片隅で細々と営業活動を続ける零細企業を事実上倒産に追い込むような権利行使をすることは許されず、正義に反するものである。
 憲法は、すべての国民に職業選択の自由を保障しているが、このように資本力のある企業が、その余の零細企業の経済活動を自由に抑圧、制約できるというのであれば、資本力の乏しい者には職業選択の自由も認められないことになる。
 被控訴人の本件請求は、正に法律の形式のみを悪用した不当、不法な要求であり、権利濫用、信義則違反というべきである。
(4) 憲法違反
ア 独占禁止法3条は、事業者は私的独占をしてはならないと定め、特定の大企業が市場におけるシェアを独占することによって他の中小、零細な企業の自由な経済活動を制限、制約することを禁じている。この規定は、いわば戦後の憲法の大原則である自由主義思想から発し、具体的には憲法14条(法の下の平等)、21条(結社、表現の自由)、22条(職業選択の自由)、29条(財産権の不可侵)等々に淵源があるということができる。この中で職業選択の自由とは、個々人がいかなる職業を選択するかの自由ばかりでなく、選択した職業について誰からも制限、干渉されず自由に営むという権利をも内包している。したがって、ある事業者がいかなる商号、標章を使用するかについての自由も職業選択の自由の一要素である。ところで、不正競争防止法によると、一定の商品等表示(標章等)を先行して使用する企業にして、この標章を広範囲にわたって周知させている場合は、この標章と「類似する」標章についても、その使用を禁ずるというもので、間接的に後続する企業の経済活動全般を制限するものである。そして、不正競争防止法では同一の標章だけではなく、類似の標章についてまで、その使用を禁じているから、いよいよ中小零細企業は、その経済活動を制限されることとなる。
 このように、不正競争防止法1条、5条の規定は、他の商品等表示(標章等)と「類似する」商品等表示、という極めてあいまい、かつ、抽象的表現によって中小零細企業の商品等表示に制約を加え、ひいては職業選択の自由を制限するものであるから、独占禁止法に抵触するばかりでなく憲法第22条に違反する違法な法律である。
イ 不正競争防止法2条1項1号の規定は、事業者が選択し、命名した標章が、単に他の標章と類似しているというだけの理由で、その使用を禁じ、かつ損害賠償義務を負わせるものであるから、憲法21条で定める表現の自由を侵害するものである。すなわち、事業者は、事業を進めるに当たり自己の会社、商品についていかなる商号、商標等を用いるかは、基本的に自由であり、その権利は表現の自由の一部でもある。ところが、不正競争防止法は、資本力と宣伝力の強大な大企業が有する商品等表示を先使用しているという理由のみにより、それと類似しているというだけの商品等表示を一律に禁じるものであり、結果として中小零細企業の表現活動を違法に制限しているものというべきである。
2 被控訴人の主張
(1) 混同のおそれのないことに対して
 控訴人と被控訴人の業務内容には共通性があり、被控訴人の商品にもPOSシステムが含まれていること、被控訴人の商品又はサービスの対象業種が多岐にわたっていることからすれば、控訴人が被控訴人標章と類似する控訴人標章を使用する行為は、需要者をして、被控訴人と同一か、控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものであることは明らかである。
(2) 損害認定の誤りに対して
ア 控訴人は、法務局で商号登記が認められていることをもって過失がないと主張するようである。
 しかしながら、法務局は、同一市町村区内で同一又は類似の商号の登記がなされているかを形式的に審査するだけであり、当該商号を使用して営業することが不正競争防止法に違反するかどうかを審査しているわけではないから、商号登記の事実は、不正競争行為に対する故意又は過失の認定を何ら左右するものではない。
イ 被控訴人標章は、全国的にも周知であること、控訴人と同じコンピュータシステムを取り扱う会社であり、しかも控訴人の本店がある福岡にも昭和51年1月以降支店を開設していたことなどにかんがみれば、控訴人が被控訴人標章と類似の標章を使用することについて少なくとも過失があることは明らかである。
ウ 控訴人は、原審の損害額の認定を論難するが、不正競争防止法5条2項に基づき不正競争行為によって得た利益の額をもって被控訴人の損害と推定した原審の判断に何ら誤りはない。
(3) 権利濫用、信義則違反に対して
 被控訴人の本件請求は、不正競争防止法に基づく正当な権利の行使であって何ら権利の濫用ないし信義則違反に当たるものではない。
(4) 憲法違反に対して
 不正競争防止法は、不正競争を防止して国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする法律であり、何ら憲法に違反するものではない。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所も、原判決と同様、被控訴人の請求を、被告標章その他の「オービックス」又は「ORBIX」の文字を含む商号及び標章の使用差止め、被告標章の看板等の営業表示物件からの抹消、被告商号の抹消登記手続並びに1311万2588円及びこれに対する本件不正競争行為の後である平成18年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却するのが相当であると判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 混同のおそれがないとの主張について
(1) 不正競争防止法2条1項1号は、他人の周知商品等表示と「同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品」を販売等して「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」と規定しているところ、商品等表示において「混同を生じさせる行為」が、周知表示の出所指示機能を破壊し、営業上の利益を害するのみならず、一般取引者及び需要者を害し、ひいては取引秩序を混乱破壊するものであることにかんがみると、ここに「混同を生じさせる行為」を禁止しようとする趣旨は、周知表示に化体して形成された信用を冒用することを規制し、それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあると解すべきである(最判昭35年4月6日・刑集14巻5号525頁参照)。したがって、「混同を生じさせる行為」の判断に当たっては、一般取引者及び需要者の心理に基準を置くのが相当である。
 そして、商品等表示において「混同を生じさせる行為」は、周知の他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己とその他人とを同一の商品主体又は営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為をも含み、両者間に競争関係があることを要しないと解すべきである(最判昭59年5月29日・民集38巻7号920頁参照)。また、当該「混同を生じさせる行為」は、現に混同を生じさせていることは要せず、混同を生じさせるおそれがあればよいものと解すべきである(最判昭44年11月13日・判時582号92頁参照)。
(2) 証拠(甲2の1、甲5、12、20、乙1、2、4、5)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被控訴人について
(ア) 被控訴人は、コンピュータのシステムインテグレーション事業、システムサポート事業等を営む株式会社であり、昭和43年4月8日に設立され、昭和49年1月に商号を「株式会社オービック」に変更した株式会社であるが、昭和47年8月設立の株式会社オービーシステム、昭和54年11月設立の株式会社オービックオフィスオートメーション、昭和55年12月設立の株式会社オービックビジネスコンサルタント、昭和56年9月設立の株式会社オービックビジネスソリューション、昭和57年8月設立の株式会社オービックシステムエンジニアリング、昭和58年11月設立の株式会社新潟オービックシステムエンジニアリングという複数の連結子会社ないし関連会社からなる企業グループを形成し、日本全国の小売・サービス業等多岐にわたる業種の企業及び官公庁を対象として、会計情報システム、販売情報システムその他のシステムを統合した総合業務ソフトウェアを製造、販売し、かつハードウェアの保守やシステム用のサポート等を行っているものであり、その提供するシステムの中には店舗POSシステムが含まれている。
(イ) 被控訴人は、上記のとおり営業の全国的な展開をしていったものであるが、特に、九州地区をみると、昭和51年1月に福岡支店、昭和61年1月に北九州営業所をそれぞれ開設しており、また、上記株式会社オービックビジネスソリューションは、福岡市博多区に本店を置いて、ソフトウェアの委託加工を行っているものである。
(ウ) 被控訴人は、昭和57年から59年までの間は、主に九州地区で、大相撲ダイジェスト番組においてテレビコマーシャルを放送していたが、昭和62年以降は、全国ネットでテレビコマーシャルを放送するようになり、その他にも、昭和60年1月21日から、控訴人が商号を「有限会社オービックス」に改めてPOSシステムの販売を開始した平成8年9月25日までの間に、日経産業新聞、日本経済新聞、朝日新聞に、原告又は原告の連結子会社ないし関連会社であるオービックビジネスコンサルタント、オービックシステムエンジニアリングの商品やサービス、新たな支店等の開設を紹介する記事等を多数回にわたって掲載し、その他、昭和55年3月1日以来、阪神甲子園球場3塁側に、「コンピュータのオービック」、又はデザイン化されたアルファベット「OB」の後に「オービック」と記載した看板を設置し、昭和58年4月1日から平成4年11月30日までの間には、ナゴヤ球場3塁側照明塔下脚部に、デザイン化されたアルファベット「OB」の後に「オービック」と記載した看板を設置していた。
イ 控訴人について
(ア) 控訴人代表者は、電子部品、家電製品等を取り扱う会社を経営していたが、思わしくなかったところ、平成8年9月ころ、いわゆる休眠会社であった「有限会社クリエイト」(控訴人)を買い取り、その代表者に就任するとともに、同年9月25日、現商号である「有限会社オービックス」(オービックス標章1)に改め、レンタルショップを対象としたPOSシステムの販売を開始した。
(イ) 控訴人は、福岡に本社を、東京に営業所を置いており、その主要業務は、Windows版コンピュータシステム(業務用)の企画・開発・販売、業務用コンピュータシステムの保守・メンテナンス、ビデオ、DVD、CDのレンタルショップの販売企画・運営管理・経営管理の支援業務等としており、主な顧客は、全国の書籍、CD、DVD等のレンタルショップであり、主な商品は、レンタル/セル(ビデオ、DVD、CD)POSシステム、複合カフェPOSシステム、書籍管理POSシステム等である。
(3) オービックス標章1は、控訴人の会社の形態を表す「有限会社」と「オービックス」を組み合わせたものであって、その要部である「オービックス」がオービック標章1と異なっているのは、末尾にカタカナの「ス」が付くかどうかにすぎないから、オービックス標章1がオービック標章1に類似することは明らかである。また、オービックス標章2は「ORBIX」と書してなるもの、オービックス標章3は「ORBIX」と書した上そのアルファベットの下部に重ねて横線が引かれているものであるが、「OBIC」と書してなるオービック標章2と比較すると、いずれもアルファベットで表記されており、その違いは、「O」と「B」の間に「R」が付くかどうか、末尾の文字が「C」であるか「X」であるかであり、称呼についてみても、オービックス標章2及び3は「オービックス」と称呼されるのに対し、オービック標章2は「オービック」と称呼されるものであり、末尾に「ス」が付くかどうかで異なるにすぎない。
(4) 上記(2)及び(3)の事実によれば、被控訴人と控訴人の業務内容は、コンピュータシステムないしソフトウェアの製造、販売、それに伴うサービスの提供という共通性があることに加え、事業者向けのPOSシステムを取扱商品としている点でも共通しており、被控訴人が複数の連結子会社ないし関連会社からなる企業グループを形成して全国的な営業展開をしており、その商品又はサービスの対象業種が多岐にわたることを併せ考えれば、控訴人が、被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば、商品主体又は営業主体が被控訴人と同一又は同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められる。
(5) 控訴人は、あらかじめ、取引先の企業の実態、内情を十分に調査した上で取引することが十分に可能であるのみならず、消費者、顧客の目も肥えていて、単に一流企業と似通った標章を使用しているということでその企業の商品を購入するということは稀有なことであるから、単に標章が類似しているというだけで、実体を調べもせず、その企業の商品に飛びつくような者は、保護するに値するものではない旨主張する。
 しかし、不正競争防止法2条1項1号は、上記のとおり、混同行為を禁止しようとする趣旨は、周知表示に化体して形成された信用の冒用を規制し、それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあるのであって、「混同を生じさせる行為」の判断に当たっては、一般取引者及び需要者一般の心理に基準を置くのが相当であるところ、同法の上記趣旨からすれば、一般取引者及び需要者は、日常一般に払われる注意力の下で混同のおそれがあるか否かが問われるものと解すべきであって、常に日常一般に払われる以上の注意力をもって子細に観察する消費者、あるいは、標章のみによっては、決して取引を行わず、常に商品そのものを観察して購買するか否かを決する賢明な消費者を基準に置いているものではなく、また、そのような賢明な消費者であっても混同を避けられないような巧妙な不正競争行為のみを保護するものでもないから、控訴人の上記主張は、採用できない。
(6) 控訴人は、一般消費者が、控訴人のオービックス標章を見て、これが大企業である被控訴人の関連企業であるという理由で、直ちに、控訴人の商品等に飛びつくわけではないとし、一般消費者は、十分な識別能力を有しているので、単に標章のみによって取引を行うなどということはあり得ないから、被控訴人のオービック標章と類似の標章を使用したからといって誤認、混同を生じさせることにはならない旨主張する。
 しかし、上記のとおり、「混同を生じさせる行為」の判断の基準とされるべき一般取引者及び需要者は、日常一般に払われる注意力の下で混同のおそれがあるか否かが問われるものと解すべきであって、十分な識別能力を有し、単に標章のみによって取引を行うなどということのないいわゆる賢明な消費者を基準に置いているものではなく、そうであれば、前記( 4)のとおり、本件の事情の下では、控訴人が、被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば、商品主体又は営業主体が被控訴人と同一又は同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるのである。したがって、控訴人の上記主張も、採用することができない。
(7) 控訴人は、被控訴人が大企業であるのに対して、控訴人は九州所在の零細企業であるから、世間が被控訴人と控訴人とを混同することは考えられず、控訴人が10年間にわたりオービックス標章を使用してきたものの、その間一度として被控訴人のオービック標章と混同されたことがなかったから、混同のおそれがない旨主張する。
 しかし、前記のとおり、不正競争防止法2条1項1号は、周知表示に化体して形成された信用の冒用を規制し、それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあり、企業の規模とは無関係である。そして、上記のとおり、控訴人が、被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば、被控訴人と同一か、同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるのであり、甲18(被控訴人代理人の通知した警告書に対する回答書)によれば、控訴人自身が過去に被控訴人と間違えた者からの電話を受けたことを認めているのであり、現に混同を生じたことがあったのである。したがって、控訴人の上記主張も、採用することができない。
(8) 控訴人は、同人が扱うPOSシステムは、「レンタルPOSシステム」であるのに対し、被控訴人のPOSシステムは、販売用のシステムであるから、両者の扱う商品が質的に全く異なっており、単に両者がPOSシステムを扱っているという理由で混同を生じさせるということはない旨主張する。
 しかし、レンタル用であるか販売用であるかの差は大きなものではなく、前記のとおり、被控訴人が、複数の連結子会社ないし関連会社からなる企業グループを形成して全国的な営業展開をしており、その商品又はサービスの対象業種が多岐にわたることからすると、オービックス標章を使用してする控訴人の営業に接する一般取引者及び需要者は、それが被控訴人自体の商品、営業であるとの誤認、又は、被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるから、控訴人の上記主張も、採用することができない。
2 損害認定の誤りについて
(1) 前記のとおりの事情の下では、控訴人によるオービックス標章の使用開始前、被控訴人のオービック標章は、全国の需要者の間で広く認識されていたものであり、控訴人は、その対象とする顧客等が被控訴人と異なるとはいえ、被控訴人と同様にコンピュータシステムを取り扱う会社であり、しかも、控訴人の本店所在地である福岡に、被控訴人も昭和51年1月以降支店を開設しており、昭和57年から平成8年9月25日までの間、九州地区におけるテレビコマーシャルあるいは全国ネットでテレビコマーシャルを放送しており、福岡がその受信地域に入っていたことなどにかんがみると、平成8年9月25日以前に電子部品、家電製品等を取り扱う会社を経営していた控訴人代表者であれば、被控訴人のコマーシャルに接する機会が十分にあったものであり、たとえ被控訴人の存在を認識することができたとはいえないとしても、少なくとも被控訴人の存在を認識することができなかったことに過失があるものというべきである。
(2) 控訴人は、被控訴人のオービック標章が全国の需要者に広く認識されていたかどうかは、あくまでも相対的な評価であって、個々の認識の問題であるから、広く宣伝していれば、すべての者が認識しているとは断定できない旨主張する。
 しかし、不正競争防止法4条にいう故意又は過失は、自己の行為が不正競争行為に該当することを認識し、又は、不注意によりこれを認識しなかった場合に成立するものと解すべきであって、すべての者が認識しているかどうかという問題ではない。通常であればほとんどの者が認識し得る状況にあるときには、仮に認識していないとすれば、少なくとも過失があるというべきである。
(3) 控訴人は、不正競争防止法23 条1項1号は、他人の商品等表示(標章)と「混同を生じさせる」行為を違法としているものであるから、少なくとも「混同を生じさせる」という積極的意思の存在を必要とするものと解すべきである旨主張する。
 しかし、不正競争防止法4条にいう故意又は過失は、自己の行為が不正競争行為に該当することを認識し、又は、不注意によりこれを認識しなかった場合に成立するものと解すべきであって、それ以上に積極的意思の存在を要件とするものではない。そして、控訴人において、少なくとも過失が認められることは、上記のとおりである。
 また、控訴人は、オービック標章の存在を知らず、オービックス標章が法務局により商号登記を認められていたから、無過失である旨主張する。
 しかし、商業登記は、商業登記法、会社法等の法規に基づき登記すべき事項を公示する制度であり、法務局は、当事者の商号の登記の申請を受け取ったならば、申請に係る商号がその同一市町村において既に登記されているもの又はこれと判然区別することができない類似の場合には申請を却下するのであって(商業登記法27条)、市町村の枠を越えてオービックス標章がオービック標章と類似しているか否かを審査することを要しないのであるから、法務局がオービックス標章1を登記したからといって、オービックス標章がオービック標章に類似していないと判断したことになるわけではない。
 したがって、控訴人の上記主張は、いずれも失当である。
(4) 損害額について
ア 控訴人は、控訴人がどのような商号、標章を使用していたとしても、この程度の利益を上げることは当然のことであり、被控訴人の有するオービック標章と類似するオービックス標章を使用したことと控訴人の利益との間に因果関係はない旨主張する。
 しかし、前記のとおり、被控訴人のオービック標章が全国の需要者の間で広く認識されるに至っていた状況の下で、控訴人は、商号を「有限会社オービックス」に改め、レンタルショップを対象としたPOSシステムの販売を開始したのであるから、周知のオービック標章の信用性が確立されている、その影響下で、オービックス標章を付した控訴人の商品を販売していたのであり、控訴人によるビデオ/CDレンタルショップ等向けのPOSシステムの販売行為は、被控訴人のオービックス標章の信用に便乗していたものといわざるを得ず、その結果、控訴人は、得べかし利益を失ったものというべきである。そして、本件全証拠を検討しても、上記認定を左右するに足りる事情を見いだすことができない。
 そして、証拠(乙5)によれば、控訴人の業務において、オービックス標章を使用したビデオ/CDレンタルショップ向けのPOSシステムの販売がほぼ100パーセントを占めていることが認められるから、控訴人の決算報告書の売上高は、POSシステムの売上額に等しいものというべきであり、POSシステムの販売による利益の全額を、控訴人の不正競争行為により得た利益と推定するのが相当である。
イ 控訴人は、本来、企業の利益というものは、企業の支払う利息、税金等を負担した後に残された純利益を指すものであって、企業の支払う利息、税金等を差し引いていない営業利益は純粋な利益とはいえないから、この営業利益をもって控訴人の利益といい、かつ、それが被控訴人のオービック標章と類似の標章を使用したことによる被控訴人の損害であるとする原判決の判断は不当である旨主張する。
 しかし、上記のとおり、控訴人の利益は、そのほとんどがオービックス標章を使用したビデオCDレンタルショップ/ 向けのPOSシステムの販売によるものであったことが認められ、このような事情の下においては、控訴人が上記不正競争行為によって受けた利益とは、控訴人の得た売上額からその販売のための人件費、一般管理費を控除した額であると考えるのが相当であり、営業外費用として計上されている支払利息、割引料、固定資産除却費、法人税等は、上記不正競争行為に必要な費用であるとはいえないから、これを控除の対象とするのは相当ではない。
(4)(ママ) したがって、損害認定の誤りをいう控訴人の主張は、いずれも採用の限りでない。
3 権利濫用、信義則違反について
 控訴人は、単に、控訴人のオービックス標章が被控訴人の標章と類似しているということだけであるのもかかわらず、全国レベルの大企業が、地方の片隅で細々と営業活動を続ける零細企業を事実上倒産に追い込むような権利行使をすることは正義に反し、権利濫用、信義則違反に当たる旨主張する。
 しかし、前記のとおり、不正競争防止法2条1項1号は、周知表示に化体して形成された他人の信用の冒用を規制し、それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあり、企業の規模とは無関係である。そして、単に、控訴人の使用する標章が被控訴人の標章と類似しているということだけではなく、被控訴人の標章と類似する控訴人の使用する標章を使用して営業を行っていることに問題があるのであり、それが周知表示に化体して形成された他人の信用を冒用するのであり、また公正な競業秩序を破壊するのである。
 したがって、控訴人の上記主張は、採用の限りでない。
4 憲法違反について
(1) 控訴人は、不正競争防止法1条、5条の規定は、他の商品等表示(標章等)と「類似する」商品等表示、という極めてあいまい、かつ、抽象的表現によって中小零細企業の商品等表示に制約を加え、ひいては職業選択の自由を制限するものであるから、独占禁止法に抵触するばかりでなく憲法22条に違反する旨主張する。
 しかし、不正競争防止法1条、5条による混同行為の規制は、前記のとおり、周知表示に化体して形成された他人の信用の冒用を規制し、それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあり、その規制内容は合理的なものといい得るから、公共の福祉によるやむを得ない制約というべきであって、独占禁止法に抵触するものとも憲法22条に違反するものともいえない。
(2) 控訴人は、不正競争防止法2条1項1号は、資本力と宣伝力の強大な大企業がその有する商品等表示を先使用しているという理由のみで、それと類似しているというだけの商品等表示を一律に禁じるものであり、結果として中小零細企業の表現活動を違法に制限しているから、憲法21条で定める表現の自由を侵害する旨主張する。
 しかし、本件において問題とされているのは、控訴人の表現活動ではなく、被控訴人の標章と類似する控訴人の使用する標章を付して営業を行っていることであり、それが周知表示に化体して形成された他人の信用を冒用するものであり、公正な競業秩序を破壊するものであることによるのであって、表現の自由の問題とはいえない。
(3) そうすると、憲法違反をいう控訴人の主張は、いずれも採用の限りでない。
5 以上によると、控訴人の主張はすべて理由がなく、控訴人のオービックス標章を使用する行為が不正競争防止法2条1項1号にいう「混同を生じさせる行為」に該当するとして、その差止め、抹消、抹消登記手続と、損害賠償の一部を認容した原判決は相当であるから、本件控訴は棄却を免れない。

知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 塚原朋一
 裁判官 宍戸充
 裁判官 柴田義明
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