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【事件名】発送伝票作製プログラムの侵害事件
【年月日】平成19年11月28日
 東京地裁 平成19年(ワ)第7380号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年10月24日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 小林茂和
被告 株式会社日本アドレス・システム(以下「被告会社」という。)
被告 B
被告 C
被告ら訴訟代理人弁護士 近藤弘


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙物件目録記載のプログラムの複製物を使用してはならない。
2 被告らは、別紙物件目録記載のプログラムの複製物をフロッピーディスク、CD-ROM、MO、ハードディスク等の記憶媒体に収納してはならない。
3 被告らは、別紙物件目録記載のプログラムの複製物を収納したフロッピーディスク、CD-ROM、MO、ハードディスク等の記憶媒体を廃棄せよ。
4 被告らは、原告に対し、各自金7263万円及びこれに対する平成19年4月15日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、別紙物件目録記載の百貨店向け筆耕用アプリケーションプログラム(以下「本件プログラム」という。)を制作した原告が、被告会社との間で本件プログラムの使用許諾契約を締結し、本件プログラムを被告会社のコンピュータにインストールしていたところ、被告Bにおいて、本件プログラムを複製し、被告らにおいて、上記契約の解約後も、同複製物を使用して筆耕作業を行い、これによって、被告会社は、解約時の、本件プログラムの不使用及び消去の各義務を負う旨の合意に違反し、被告B及び被告Cは、違法に複製された本件プログラムの複製物を使用するなどして、原告の本件プログラムについての著作権を侵害したとして、被告会社に対しては、解約時の合意に基づいて、被告B及び被告Cに対しては、著作権法112条に基づいて、本件プログラムの複製物の使用差止め等を請求するとともに、民法709条に基づき、被告会社が受けた利益に相当する金員6603万円及び弁護士費用660万円が原告の損害であるとして、被告らに対し、連帯して、それらの合計7263万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である、平成19年4月15日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者
ア 原告
 原告は、百貨店向け筆耕(百貨店が顧客から依頼された中元、歳暮、慶弔用の商品を配達するために、発送伝票等の帳票に届け先等を記載する作業)用のシステムを始めとするアプリケーションシステムの開発、賃貸等の事業を営んでいる(弁論の全趣旨)。
イ 被告ら
 被告会社は、食料品の卸及び小売業、情報処理サービス、情報提供サービス業等を目的とする株式会社である。
 被告Bは、被告会社の代表取締役である。
 被告Cは、被告会社の取締役であり、被告会社の財務経理を担当している。
(2) 本件プログラム
 原告は、平成12年5月ころ、本件プログラムを制作した。
 本件プログラムは、@百貨店等から渡される名簿等を基に、顧客及び送り先の住所及び氏名並びに商品名等のデータ( 以下「顧客等データ」という。)の入力作業を行うAPP システム(以下「本件入力システム」という。)、A@のデータ入力作業に加え、入力されたデータを加工して、百貨店等が希望する発送伝票等の帳票に印字するAPS システム(以下「本件出力システム」という。)及びBこれらの作業を効率的に行うためのシステムテーブル類から構成される。
(3) 原告と被告会社の間の本件プログラムの使用許諾契約 原告は、平成12年11月1日、被告会社との間で、被告会社が本件プログラムを使用することを許諾し、また、原告が本件プログラムの保守サービスを行い、被告会社がそれらの対価として、被告会社が得る筆耕代金の20パーセントを支払うこと等を内容とする契約を締結した(甲1、以下「本件使用許諾契約」という。)。
(4) 本件使用許諾契約の合意解約
 被告会社は、平成13年12月末ころ、原告に対し、本件使用許諾契約の契約条件の改善がされなければ、同契約を解約したい旨の申出をした。
 原告は、平成14年1月中旬ころ、被告会社に対し、本件使用許諾契約と同一の契約条件を記載した契約書案(甲3の1、3の2)を送付するなどしたが、被告会社は、同月22日付けの書面で、原告に対し、本件使用許諾契約を解約したいこと、被告会社のコンピュータにインストールされている本件プログラムの削除を同月31日に実施してもらいたいことを回答した(甲6)。
 そこで、原告は、同日、被告Bの立会いの下で、被告会社のコンピュータのハードディスクに収納されていた本件プログラム並びに外部記憶媒体に保管されていたバックアップ用の本件プログラム及びデータを、いずれも復元不可能な形で削除する等の作業を行い、同日、本件使用許諾契約は、合意により解約され(以下「本件解約」という。)、終了した。
(5) 被告会社の筆耕業務
 被告会社は、本件解約後も、筆耕業務を継続している(弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 被告会社による、本件解約時の合意の不履行の有無(争点1)
(2) 被告B及び被告Cによる著作権侵害の有無(争点2)
(3) 原告の損害の有無及び金額(争点3)
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(被告会社による、本件解約時の合意の不履行の有無)について
(原告の主張)
ア 本件解約時の合意
(ア) 明示の合意
 原告は、平成13年12月末ころ、以前の職場の同僚であり、原告に被告B等を紹介したDから、被告会社が本件プログラムを使用した筆耕業務から撤退したいとの意向を有していることを聞き、Dを代理人として、被告会社との本件使用許諾契約の解約交渉を行うこととした。そして、原告は、Dに対し、解約はやむを得ないが、今後、被告会社が筆耕業務を行うことができないようにしてほしい旨の意向を伝えた。
 原告の依頼を受けたDは、平成14年1月下旬、被告B及び被告Cに対し、電話で、本件プログラムについては、原告が提供した複製物だけでなく、被告において作成した複製物を含めて、すべて、返却又は完全に削除すること、原告が削除の作業をするまでに、被告Bにおいて、返却対象物と削除対象物とをそろえて目録を作成すること等を請求した。
 被告B及び被告Cは、Dに対し、本件プログラムについては、被告らにおいて複製したものについてもすべて返却し、又は、原告により削除してもらい、返却し忘れたものがあったとしても削除すること、プログラムに詳しくないので、本件プログラムに関して、返却対象物と削除対象物とに分けてリストを作成することができないこと等を回答した。
 したがって、原告と被告会社との間で、そのころ、本件プログラムに関し、被告らにおいて作成した複製物も含めて、すべて原告に返却又は完全に削除する、返却し忘れたものがあった場合に、これを削除する、との合意が成立したものである。
(イ) 黙示の合意
 本件使用許諾契約は、平成14年1月31日に、原告及び被告会社の合意により解約されたが、その際、黙示により、@被告会社は、解約後、本件プログラムを使用しない、A被告会社に本件プログラムの複製物があれば、すべて消去する、との合意が成立した。同合意を基礎付ける事情は、以下のとおりである。
a 本件使用許諾契約では、契約の終了の際は、被告会社が本件プログラムをすべて速やかに原告に返却することが規定されていた(甲1、第6条2文)。これは、契約終了後、被告会社に本件プログラムを使用させないために規定されたものであり、これを担保するため、被告会社が本件プログラムをすべて消去する義務を負担していると解すべきである。
b 被告会社の代表者である被告Bは、本件解約後に本件プログラムの使用ができなくなることを前提に、被告会社が筆耕業務を行っている取引先に対し、平成14年1月31日付けで取引の中止を申し入れる旨の文案を作成し、原告に送付した(甲7)。
c 原告は、平成14年1月31日、被告B及びEの立会いの下で、被告会社のコンピュータにインストールされた本件プログラム及び外部記憶媒体に保管されたバックアップ用の本件プログラム及びデータをすべて復元不可能な形で削除し、被告会社に貸与していた入力専用ソフトウェアのインストール用CD を回収し、さらに、被告Bから、他のコンピュータや外部記憶媒体に本件プログラムを収納していない旨の回答を得た。
d しかしながら、被告Bは、本件プログラムを利用して筆耕業務を継続するため、本件解約の直前、本件プログラムをMOに複製し、本件解約後、同MOを用いて、再び被告会社コンピュータにインストールし、被告会社において本件プログラムを使用している。
e しかも、被告Bは、被告会社の筆耕業務における入力作業を依頼していたFの夫であるGに対し、外部記憶媒体に保存された本件プログラムの複製物を利用して、本件プログラムを作り直すことを指示した。Gは、それをアットテクノロジーに依頼し、同社は、これをビジュアルベーシックのプログラム言語を用いて作成した。
イ 本件プログラムの複製物の使用
 被告会社は、本件解約後も、本件プログラムの複製物を消去せず、MOに保存された本件プログラムの複製物を、被告会社のコンピュータに復元し、これを用いて、株式会社東武百貨店池袋本店(以下「東武百貨店」という。)向けの筆耕業務を継続している。
 被告会社は、本件使用許諾契約の継続期間中、筆耕業務について、Fに入力作業を依頼しており、Fが使用していたコンピュータには、本件プログラムの本件入力システムが保存されていた。そして、本件解約後も、Fは、被告会社の依頼により、筆耕業務における入力作業を継続して行っていたが、その際利用していたのは、本件入力システムであった。したがって、被告会社において、本件解約後も本件プログラムの使用を継続していることは明らかである。
ウ 小括
 したがって、被告会社は、本件解約時に合意した、本件使用許諾契約終了後は本件プログラムを使用せず、消去する旨の義務に違反した。
(被告会社の反論)
ア 本件解約時に原告が主張する合意がされたことは否認する。
イ 上記原告の主張ア(イ)cの事実は概ね認めるが、その余の事実は否認する。
 被告会社は、別途、筆耕業務用のプログラムを作成して、それを使用しているので、本件解約後に本件プログラムを使用していない。
(2) 争点2(被告B及び被告Cによる著作権侵害の有無)について
(原告の主張)
ア 本件プログラムの著作物性
 本件プログラムの機能の主な特徴は、百貨店向け発送伝票等の住所、商品名等のデータ入力を簡単かつ誤りを起こしにくい方法で行い、これらの入力データを最適かつ美的に印字域に出力すること等である。そして、本件プログラムの構成は、上記1?のとおり、@本件入力システム、A本件出力システム及びBこれらの作業を効率的に行うためのシステムテーブル類から構成される。
 本件プログラムには多くのテーブルがあり、また、352種類以上に及ぶ独自のマクロを使用して、コンピュータの画面上で入力の誤りを訂正したり未記入部分を入力できる機能及び住所、肩書、氏名等が横書きの名刺のイメージでバランスよく印字できる機能を、それぞれ具備している。
 プログラムは、指令の組合せ方に作成者の個性が現れるので、誰が作成しても同様になってしまうという極めて単純なプログラム以外のプログラムについては、著作物性が認められるのであり、本件プログラムも、アプリケーションシステムの開発用に販売されているシステム開発用のソフトウェアである「アクセス」を使用して作成されたプログラムであり、著作物性を有するというべきである。
イ 本件プログラムの複製
 被告Bは、本件解約の直前、本件プログラムをMOに複製し、本件解約後に、被告会社のコンピュータに復元した。
ウ 本件プログラムの使用
 被告Bは、本件解約の直前に複製された本件プログラムを用いて、本件解約後に、東武百貨店向けの筆耕業務において使用している。
 被告Cは、本件解約後、被告会社において使用するプログラムが、本件プログラムを複製したものであること、又は、本件解約によって被告会社が本件プログラムの使用権原を失ったことを知りながら、本件プログラムの複製物を筆耕業務の出入力及び補正作業において使用した。
(被告会社の反論)
ア 本件プログラムに著作物性がないこと
 本件プログラムは、単なる配送伝票に配送先住所を書き込むひな形のようなものであって、契約書のひな形や船荷証券の様式と同様であり、思想又は感情を表現したものとはいえず、また、独創性もなく、著作物とはいえない。
イ 本件プログラムの複製及び使用をしていないこと
 本件プログラムの複製及び使用に関する原告の主張は否認する。とりわけ、被告Cは、筆耕作業を行っていない。
(3) 争点3(原告の損害の有無及び金額)について
(原告の主張)
ア 逸失利益
 被告会社は、通年の仏事等筆耕業務分及び事前筆耕業務・追加・修正データ入力作業分として、以下のとおり、利益を受けた。被告会社のこの利益額は、原告の逸失利益として、原告が、被告らの行為により受けた損害である。
(ア) 通年の仏事等筆耕業務分の利益
 被告会社は、東武百貨店向けの筆耕業務等において、本件解約がされた平成14年1月31日から本件訴訟提起時である平成19年3月26日までの約61か月間、年間1149万6552円を下らない売上げをあげたところ、粗利益率は75パーセントであるから、その利益額は4383万円である。
 11,496,552円×0.75×(61÷12)≒ 43,830,000円
(イ) 事前筆耕業務・追加・修正データ入力作業分の利益
 被告会社は、上記(ア)と同様の期間に、東武百貨店向けの事前筆耕業務(中元、歳暮用のカタログとともに送付する申込票に、当該顧客の前年の届け先リストを事前に印刷すること)として、600万円(データ60万件×単価40円×粗利益率25パーセント)、また、その申込票の追加・修正データ入力作業により、1620万円(事前筆耕業務件数の約3割である18万件×平成14年歳暮から平成18年歳暮まで9回×単価40円×粗利益率25パーセント)の利益を受け、その合計は2220万円となる。
(ウ) 小括
 原告の逸失利益の損害は上記(ア)及び(イ)の合計額の6603万円である。
イ 弁護士費用
 原告は、本件訴訟の遂行を原告代理人に委任して、その報酬として、請求金額の1割を下らない金額を支払う旨約した。
 したがって、上記ア(ウ)の金額の約1割に相当する660万円が被告らの行為と相当因果関係のある損害である。
(被告らの反論)
 原告の主張は否認する。
第3 争点に対する当裁判所の判断
1 争点1(被告会社による、本件解約時の合意の不履行の有無)について
 前記前提となる事実等、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 事実認定
ア 原告は、平成12年11月1日、被告会社との間で、被告会社が本件プログラムを使用することを許諾し、また、原告が本件プログラムの保守サービスを行い、被告会社がそれらの対価として、被告会社が得る筆耕代金の20パーセントを支払うこと等を内容とする本件使用許諾契約を締結した(甲1)。
 本件使用許諾契約では、契約終了時に、被告会社が、本件プログラムをすべて原告に返却することが合意された(甲1、6項第2文)。
イ 被告会社は、平成13年12月末ころ、原告に対し、本件使用許諾契約の条件改善を求め、改善がなければ契約の継続が難しい旨を伝えたが、条件変更の話合いはされず、平成14年1月中旬ころには、原告から、条件の改定のない契約書案(甲3の1、3の2)が送付されるなどした。被告会社は、結局、同月22日付けの書面で、原告に対し、本件使用許諾契約を解約したいこと、被告会社のコンピュータにインストールされている本件プログラムの削除を同月31日に実施してもらいたいことを回答するとともに(甲6)、原告から送付された契約書案を送り返した(甲3の1、3の2)。
ウ そして、平成14年1月31日、被告Bが立ち会い、原告により、被告会社のコンピュータのハードディスクに収納されていた本件プログラム並びに外部記憶媒体に保管されていたバックアップ用の本件プログラム及びデータについて、復元不可能な形で削除する等の作業が行われ、同日、本件使用許諾契約は終了した(争いのない事実)。
(2) 検討
ア 本件解約時の合意の有無
 上記(1)で認定した経緯によれば、本件使用許諾契約は、被告会社から契約条件改定の意向が示されたものの、改定に向けた協議などはされないまま、原告から契約条件を改定しない契約書案が送られたことを受けて、被告会社において解約の意向を固め、原告もそれを了承して、被告会社のコンピュータ等から本件プログラム及びデータを削除する作業が行われることで、事実上契約が終了したものと認められ、当該契約の終了時期等を両者の間で明示するなどの明確な解約合意ではなく、黙示での解約の合意があったと認められるものである。このように、解約自体が、明確に合意されたものではなく、黙示の合意として認められるにすぎない状況であるところ、本件解約に至るまでに、被告会社から契約条件の改定を求める書面や、解約の意向を示す書面が送付された(甲5〜7)ほかは、本件使用許諾契約終了に当たって、何らかの合意が形成されたことを裏付けるような事情は認められず、合意形成に向けた主観的又は客観的な動きを示すような事情も認められないのであるから、解約に際して、本件使用許諾契約終了後の義務等について定める合意が形成されたことを認めることはできないといわざるを得ない。
 原告は、Dを代理人として解約に向けた交渉を行い、明示の合意をした旨を主張し、Dによる、それに沿う内容の陳述書(甲22)を提出する。しかしながら、Dを代理人として解約の交渉を行い、明示的に合意が成立したとの事実の存在は、本件解約時の合意の成立として、まず主張されるべきであると考えられるところ、本件解約時の合意に関する原告の当初の主張は、平成19年8月24日付けの準備書面?における、黙示の合意の成立を内容とするものであり、さらに、上記のDを代理人として交渉を行ったとする事実は、本件訴訟の提起から7か月近く経過した後に初めて主張されたものである。その上、Dについては、原告に被告Bらを紹介するなどしたことが認められるものの、原告や被告会社が担当する筆耕業務に深く関与していたことをうかがわせる事情も認められないことからすれば、同人の陳述書における、本件使用許諾契約や本件解約時の状況に関する詳細な記述は、同人の記憶に基づくものであるか疑問がないとはいえず、その内容を採用することはできない。
 また、原告は、被告Bにおいて、取引先に対し、本件解約後の取引中止を周知する文書を検討していたこと等の事情を指摘して、本件解約後に本件プログラムを使用しないこと及び本件プログラムやその複製物を廃棄することが合意された旨主張するが、本件解約に至る事情は、上記のとおりであり、そうであるとすれば、仮に、原告が主張するとおりに、被告会社において、取引先に対する通知の文書を検討していたとしても、そのことにより原告との間で何らかの合意が成立するわけではなく、原告及び被告会社の間で、本件使用許諾契約における取決め以上に、本件解約に際して新たな合意がされたことは認められない。
 したがって、原告が主張する、本件解約時の合意を認めることはできない。
イ 本件プログラムの複製物の使用について
 以上のとおり、本件解約時の合意は認められないから、これに基づく請求は、理由がないこととなるが、念のため判断するに、被告会社が、本件解約後も、東武百貨店向け等の筆耕業務を継続している事実は認められるものの、被告会社において、本件プログラムの複製物を使用して筆耕業務を行っていることを認めるに足りる証拠はない。
 この点、原告は、被告会社から依頼を受けて入力作業を行っていたFにおいて、本件解約後も、従前用いていた、本件プログラム中の本件入力システムをそのまま用いていることからも、被告会社において、本件プログラムの複製物を使用している旨主張し、F及びその夫であるGから事情を聴取した際の会話の反訳書(甲14)、Fからの事情聴取の際に、同人が筆耕業務の入力作業において用いていたものとして交付を受けたフロッピーディスク等(甲15の1〜15の3、19の1、19の2、20の1、20の2)を提出する。
 しかしながら、これらによっても、本件プログラムの一部と、Fの手元にあった筆耕作業のためのプログラムとの同一性は必ずしも明らかではないし、この点以外に、被告会社において、本件解約後に本件プログラムの複製物を使用していたことを合理的に推認させる事情も認められないから、被告会社において、本件解約後に本件プログラムの複製物を使用していたことも認められない。
ウ まとめ
 以上のとおり、本件プログラムの複製物の使用差止め及び廃棄の請求を基礎付ける、本件解約時の新たな合意の存在を認めることはできず、また、被告会社による、本件プログラムの複製物の使用の事実を認めることもできないから、被告会社による、本件解約時の合意の不履行は認められない。
2 争点2(被告B及び被告Cによる著作権侵害の有無)について
 原告は、本件プログラムの著作物性について、プログラムは、指令の組合せ方に作成者の個性が現れるので、誰が作成しても同様になってしまうという極めて単純なプログラム以外のプログラムについては、著作物性が認められるのであり、本件プログラムも、アプリケーションシステムの開発用に販売されているシステム開発用のソフトウェアであるアクセスを使用して作成されたプログラムであり、特徴的な機能を有するのであるから、著作物性を有するというべきである旨主張する。
 しかしながら、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであり(著作権法2条1項1号)、著作物性を肯定するためには、表現それ自体において創作性が発現されること、すなわち、表現上の創作性を有することが必要とされるものであるから、著作物性は、当該表現物の具体的な表現に即して、その創作性の有無を検討することにより判断されるべきものであり、具体的な表現を離れて論ずることは相当ではない。そして、複製権の侵害が問題とされる場合には、当該表現物と複製物と主張されている対象物のうち、同一性を有する部分の創作性の有無が検討されるのであるから、プログラムを複製されたと主張する場合には、自己のプログラムの表現上の創作性を有する部分と、対象プログラムの表現との同一性が認められることを主張する必要がある。すなわち、複製物であると主張する対象において、アイディアなどの表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、同一性を有するにすぎない場合には、既存の著作物の複製に当たらない(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)ことから、通常、表現の同一性のある部分を抽出して、同部分の表現の創作性の有無を検討することによって、著作物性及び複製権侵害の有無が並行して判断されるのである。
 この点につき、原告は、本件プログラムについて、機能面での特徴を指摘するのみで、被告らが使用するプログラムとの対比及びその同一性についての具体的な表現上の創作性について何ら主張するものではないから、本件プログラムについての複製権侵害を基礎付ける、本件プログラムの著作物性、被告らが使用するプログラムとの同一性の有無についての主張・立証がないものといわざるを得ない。
 なお、原告は、被告Cに対する請求について、同被告が本件プログラムの複製物を使用したことが著作権を侵害したと主張するのみで、当該使用行為が著作権のどのような支分権を侵害するのか明らかにしないから、上記主張はそれ自体失当であり、これを採用する余地はない。
 したがって、著作権侵害に関する原告の主張を認めることはできない。
3 まとめ
 そうすると、争点3について論ずるまでもなく、原告の請求は、いずれも認められない。
第4 結論
 以上の次第で、原告の請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 山田真紀
 裁判官 國分隆文


(別紙)
物件目録
1 名称 コンピュータ筆耕用ソフトウェアAPSシステム
2 種類 百貨店向け筆耕用アプリケーションプログラム
3 製作者 原告
4 製作年月日 平成12年5月
5 動作環境 ウィンドウズ95以降
6 ディスク構成 APS(入力)システムMOディスク1部 APP(入力)システムCD1部
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