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【事件名】インクカートリッジの特許権侵害事件(3)
【年月日】平成19年11月8日
 最高裁(一小) 平成18年(受)第826号 特許権侵害差止請求事件
 (原審・知財高裁平成17年(ネ)第10021号)

判決


主文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理由
 上告代理人上山浩、同松山遙、同川井信之の上告受理申立て理由(排除された部分を除く。)について
1 本件は、インクジェットプリンタ用インクタンクに関する特許権を有する被上告人が、上告人の輸入販売するインクジェットプリンタ用インクタンクについて、被上告人の特許の特許発明の技術的範囲に属するとして、上告人に対し、そのインクタンクの輸入、販売等の差止め及び廃棄を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 本件特許権
 被上告人は、発明の名称を「液体収納容器、該容器の製造方法、該容器のパッケージ、該容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェットヘッドカートリッジ及び液体吐出記録装置」とする特許(特許第3278410号)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
(2) 本件発明
ア 上記特許の願書に添付された明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、この請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
 「互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部と大気連通部とを備える負圧発生部材収納室と、該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えると共に実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体収納室と、前記負圧発生部材収納室と前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形成するための仕切り壁と、を有する液体収納容器において、
 前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し、前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であると共に、前記第2の負圧発生部材は前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり、
 前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高く、かつ、
 液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体
が負圧発生部材収納室内に充填されていることを特徴とする液体収納容器。」(上記記載の本件発明の構成のうち、「前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高く」されているという構成を「構成要件H」、「液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体が負圧発生部材収納室内に充填されている」という構成を「構成要件K」ともいう。)
イ 本件発明は、インクジェットプリンタに使用されるインクタンクに関するものである。従来技術によるインクタンクとしては、インクタンク内のインクが外部に漏れないようにこれを保持しつつ、インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ、かつ、インクを安定的に供給することができるようにするために、インクタンクの内部を仕切り壁によって複数の部屋に分け、プリンタヘのインク供給口のある側の部屋(負圧発生部材収納室)に、負圧発生部材(ウレタンフォーム等の多孔質体やフェルト等のインク吸収体)を収納してインクを含浸させる一方、それ以外の部分(液体収納室)には、負圧発生部材を収納せずにインクを直接充てんするという構成のものがあった。しかし、この構成のインクタンクにおいては、使用開始前の輸送時や保管時に液体収納室が負圧発生部材収納室の上に置かれる姿勢で放置されると、負圧発生部材収納室内の空気が気液交換動作によって液体収納室内のインクと入れ替わって液体収納室内のインクが連通孔を通って負圧発生部材収納室に流出し、負圧発生部材のうちインクが含浸されていなかった領域にもインクが含浸されて負圧発生部材収納室のインクが過充てんとなり、開封時に液体供給口等からインクが漏れ出して、使用者の手などを汚すという問題があった。本件発明は、@負圧発生部材収納室に2個の負圧発生部材(液体収納室との連通部側に第1の負圧発生部材、大気連通部側に第2の負圧発生部材)を収納し、これらを互いに圧接させ、その境界層である圧接部の界面の毛管力を上記各負圧発生部材のそれよりも高くする(構成要件H)とともに、Aインクタンクの姿勢のいかんにかかわらず、前記圧接部の界面全体がインクを保持することが可能な量のインクを負圧発生部材収納室に収納する(構成要件K)などの構成を採ることによって、上記圧接部の界面において常にインクを保持した状態とし、これにより空気の移動を妨げる障壁を形成する機能を果たさせて、インクタンクがどのような姿勢にあっても液体収納室内のインクが負圧発生部材収納室に流出して負圧発生部材収納室のインクが過充てんとなることのないようにし、開封時のインク漏れを防止しようというものであり、構成要件H及び構成要件Kの双方の構成を、その本質的部分、すなわち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す特徴的部分とするものである。
(3) 被上告人製品
ア 被上告人は、本件発明の実施品(製品番号BCI−3eBK、BCI−3eY、BCI−3eM、BCI−3eCのインクジェットプリンタ用インクタンク。以下「被上告人製品」という。)を我が国において製造し、国内及び国外において販売している。また、被上告人から許諾を受けた被上告人の関連会社等も、被上告人製品を国外において販売している。なお、国外で販売された被上告人製品については、譲受人との間で販売先又は使用地域から我が国を除外する旨の合意はされていないし、その旨が被上告人製品に明示されてもいない。
イ 被上告人製品は、インクジェットプリンタに装着されて印刷に供されると、内部のインクがインク供給口から供給されて減少し、ある程度の使用がされると、繊維材料から成る第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面の一部又は全部がインクを保持しなくなる。ただし、それ以降も印刷をすることは可能である。
ウ 被上告人製品は、インクが不足してくると、使用済みのものとしてプリンタから取り外されるが、使用済みの被上告人製品においては、液体収納室の壁面、第1及び第2の負圧発生部材の内部、両負圧発生部材の圧接部の界面、インク供給口等に若干量のインクが残っている。そして、プリンタから取り外された使用済みの被上告人製品は、時間が経過するに連れてインクタンクの内部に残存していたインクの乾燥が進行し、取り外しから1週間〜10日程度が経過した後には、圧接部の界面を含む負圧発生部材の繊維材料の内部に形成された多数の微細なすき間にインクが不均一な状態で乾燥して固着し、そのすき間の内部に気泡や空気層が形成され、その結果、負圧発生部材において新たにインクを吸収して保持することが妨げられている状態となる。それゆえ、使用済みの被上告人製品にその状態のままインクを再充てんした場合には、これをインク収納容器としてインクジェットプリンタに装着して印刷に供することは可能であるが、たとえ液体収納室全体及び負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までインクを充てんしたとしても、圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成するという機能が害されることになる。
 なお、被上告人製品には、インク補充のための開口部は設けられていない。
エ 被上告人製品の1個当たりの小売価格は、800円〜1000円程度である。
(4) 上告人製品
ア 上告人は、本件発明の技術的範囲に属する原判決別紙物件目録(1)、(2)記載のインクタンク(以下「上告人製品」という。)を、中華人民共和国のマカオ所在の会社(会社名不詳。以下「甲会社」という。)から輸入し、我が国において販売している。上告人製品は、甲会社の関連会社(会社名不詳。以下「乙会社」という。)が使用済みの被上告人製品のインクタンク本体(以下「本件インクタンク本体」という。)を我が国及び国外から収集し、乙会社の子会社(会社名不詳。以下「丙会社」という。)がこれを買い受け、後記のとおり、本件インクタンク本体を利用し、その内部を洗浄してこれに新たにインクを注入するなどの工程を経て製品化したものであり、甲会社は、これを丙会社から買い入れて、上告人に輸出している。
イ 本件インクタンク本体は、プリンタから取り外されてから丙会社において上告人製品として製品化されるまでに既に内部に残存するインクが固着する期間である1週間〜10日程度を超える期間が経過しており、その製品化されるまでの間、負圧発生部材において新たにインクを吸収して保持することが妨げられ、圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成する機能が害された状態となっている。
ウ 丙会社における上告人製品の製品化の工程は、@本件インクタンク本体の液体収納室の上面に、洗浄及びインク注入のための穴を開ける、A本件インクタンク本体の内部を洗浄する、B本件インクタンク本体のインク供給口からインクが漏れないようにする措置を施す、C上記@の穴から、負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までと、液体収納室全体に、インクを注入する、D上記@の穴及びインク供給口に栓をする、Eラベル等を装着する、というものである。
エ 上告人製品においては、本件インクタンク本体の内部の洗浄により、そこに固着していたインクが洗い流され、圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成する機能の回復が図られている。また、液体収納室にインクがほぼ満杯に充てんされているとともに、負圧発生部材収納室には、第1の負圧発生部材と第2の負圧発生部材との圧接部の界面の上方までインクが充てんされており、インクタンクの姿勢のいかんにかかわらず、圧接部の界面全体がインクを保持することができる状態になっている。
オ 上告人製品の1個当たりの小売価格は、600円〜700円程度である。
(5) 被上告人による使用済みインクタンクの回収等
ア 被上告人は、使用済みのインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には、インクタンクの内部に残存して乾燥したインク等がプリンタヘッドのインク流路及びノズルの目詰まりの原因となり、印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることなどを理由に、被上告人製品について、インクを再充てんして再使用するのではなく、1回で使い切り、新しいものと交換するものとしている。そして、被上告人製品がこのような使い切りタイプのインクタンクであることを示すとともに、使用済み品の回収を図るため、被上告人製品の包装箱、被上告人製品が使用される被上告人製のインクジェットプリンタの使用説明書、被上告人のホームページにおいて、被上告人製品の使用者に対し、交換用インクタンクについては新品のものを装着することを推奨するとともに、使用済みインクタンクの回収活動への協力を呼び掛けている。
イ 被上告人を含むインクジェットプリンタの製造業者は、それぞれ自社のプリンタに使用されるインクタンク(いわゆる純正品)の販売を行っている。他方、純正品のインクタンクの使用済み品にインクを再充てんするなどしたインクタンク(いわゆるリサイクル品)が、複数の業者により販売されている。このようなリサイクル品の製造方法は、おおむね丙会社による上告人製品の製造方法と同じである。また、インクタンクの使用者がインクを再充てんするために用いるインク(いわゆる詰め替えインク)も販売されている。しかし、被上告人は、リサイクル品や詰め替えインクの製造販売をしていない。
3 原審は、次のとおり判示して、被上告人の請求を認容した。
 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において当該特許発明に係る製品(以下「特許製品」という。)を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権者は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等に対し、特許権に基づく差止請求権等を行使することができないというべきである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。しかしながら、@当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)、又は、A当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)には、特許権は消尽せず、特許権者は、当該特許製品について権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。
 また、我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合、特許権者は、譲受人に対しては、当該特許製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をしたときを除き、譲受人から当該特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間でその旨の合意をした上で当該特許製品にこれを明確に表示したときを除き、当該特許製品を我が国に輸入し、国内で使用、譲渡等する行為に対して特許権に基づく権利行使をすることはできないというべきである(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決)。しかしながら、@当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)、又は、A当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)には、特許権者は、当該特許製品について権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。
 本件において、被上告人製品は、当初に充てんされたインクが費消されたことをもって、製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたということはできず、上告人製品について、上記第1類型に該当するということはできない。しかし、丙会社における上告人製品の製品化の工程は、本件発明の本質的部分である構成要件H及び構成要件Kを充足しない状態となっている本件インクタンク本体について、その内部を洗浄して固着したインクを洗い流した上、これに構成要件Kを充足する一定量のインクを再充てんするという行為を含むものである。そして、丙会社の上記行為は、再び圧接部の界面の機能を回復させて空気の移動を妨げる障壁を形成させるものであり、被上告人製品中の本件発明の本質的部分を構成する部材の一部についての加工又は交換にほかならない。したがって、上告人製品については、国内で販売された被上告人製品を利用したもの、国外で販売された被上告人製品を利用したもののいずれに関しても、上記第2類型に該当するものとして、本件特許権の行使が制限されないというべきであり、被上告人は、上告人に対し、上告人製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めることができる。
4 論旨は、原審の特許権行使の可否に係る判断基準、及びこれに基づいて本件特許権の行使が制限されないとした判断について、法令違反をいうものであるが、採用することはできない。その理由は、以下のとおりである。
(1) 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者(以下、両者を併せて「特許権者等」という。)が我が国において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品の使用、譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず、特許権者は、当該特許製品について特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。この場合、特許製品について譲渡を行う都度特許権者の許諾を要するとすると、市場における特許製品の円滑な流通が妨げられ、かえって特許権者自身の利益を害し、ひいては特許法1条所定の特許法の目的にも反することになる一方、特許権者は、特許発明の公開の代償を確保する機会が既に保障されているものということができ、特許権者等から譲渡された特許製品について、特許権者がその流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決参照)。このような権利の消尽については、半導体集積回路の回路配置に関する法律12条3項、種苗法21条4項において、明文で規定されているところであり、特許権についても、これと同様の権利行使の制限が妥当するものと解されるというべきである。
 しかしながら、特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから、特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、特許権を行使することが許されるというべきである。そして、上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり、当該特許製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。
(2) 我が国の特許権者又はこれと同視し得る者(以下、両者を併せて「我が国の特許権者等」という。)が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、譲受人との間で当該特許製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をした場合を除き、譲受人から当該特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で上記の合意をした上当該特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該特許製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解されるところ(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決)、これにより特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品そのものに限られるものであることは、特許権者等が我が国において特許製品を譲渡した場合と異ならない。そうすると、我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、我が国において特許権を行使することが許されるというべきである。そして、上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合と同一の基準に従って判断するのが相当である。
(3) これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、被上告人は、被上告人製品のインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には、印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることから、これを1回で使い切り、新しいものと交換するものとしており、そのために被上告人製品にはインク補充のための開口部が設けられておらず、そのような構造上、インクを再充てんするためにはインクタンク本体に穴を開けることが不可欠であって、上告人製品の製品化の工程においても、本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け、そこからインクを注入した後にこれをふさいでいるというのである。このような上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は、単に消耗品であるインクを補充しているというにとどまらず、インクタンク本体をインクの補充が可能となるように変形させるものにほかならない。
 また、前記事実関係等によれば、被上告人製品は、インク自体が圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁となる技術的役割を担っているところ、インクがある程度費消されると、圧接部の界面の一部又は全部がインクを保持しなくなるものであり、プリンタから取り外された使用済みの被上告人製品については、1週間〜10日程度が経過した後には内部に残存するインクが固着するに至り、これにその状態のままインクを再充てんした場合には、たとえ液体収納室全体及び負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までインクを充てんしたとしても、圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成するという機能が害されるというのである。そして、上告人製品においては、本件インクタンク本体の内部を洗浄することにより、そこに固着していたインクが洗い流され、圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成する機能の回復が図られるとともに、使用開始前の被上告人製品と同程度の量のインクが充てんされることにより、インクタンクの姿勢のいかんにかかわらず、圧接部の界面全体においてインクを保持することができる状態が復元されているというのであるから、上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は、単に費消されたインクを再充てんしたというにとどまらず、使用済みの本件インクタンク本体を再使用し、本件発明の本質的部分に係る構成(構成要件H及び構成要件K)を欠くに至った状態のものについて、これを再び充足させるものであるということができ、本件発明の実質的な価値を再び実現し、開封前のインク漏れ防止という本件発明の作用効果を新たに発揮させるものと評せざるを得ない。
 これらのほか、インクタンクの取引の実情など前記事実関係等に現れた事情を総合的に考慮すると、上告人製品については、加工前の被上告人製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。したがって、特許権者等が我が国において譲渡し、又は我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品である被上告人製品の使用済みインクタンク本体を利用して製品化された上告人製品については、本件特許権の行使が制限される対象となるものではないから、本件特許権の特許権者である被上告人は、本件特許権に基づいてその輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。
5 以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、結論において正当であり、論旨は採用することができない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 横尾和子
 裁判官 甲斐中辰夫
 裁判官 泉徳治
 裁判官 才口千晴
 裁判官 涌井紀夫
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