判例全文 line
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【事件名】商標“COMPASS”侵害事件(2)
【年月日】平成19年10月31日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件
 (平成19年9月5日 口頭弁論終結)

判決
原告 SPK株式会社
訴訟代理人弁護士 中務尚子
同弁理士 江原省吾
同 田中秀佳
同 川本真由美
被告 ダイムラークライスラー・カンパニーLLC
訴訟代理人弁護士 鈴木修
同 伊達智子
同弁理士 中田和博
同 富所英子


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が取消2005−31007号事件について平成19年3月29日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、登録第1216724号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は、別紙「商標目録」のとおり、円図形にやや図案化して表した「COMPASS」を組み合わせてなるものであり、昭和44年8月6日に登録出願、昭和34年商標法下における商標法施行規則における第12類(以下「旧12類」。)という「輸送機械器具 その部品及び附属品(他の類に属するものを除く)」を指定商品として、同51年9月6日に設定登録された。
 被告は、指定商品「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」について、商標法50条1項を理由として、本件商標登録を取り消す旨の審判(取消2005−31007号事件)を請求し、平成17年9月5日、同審判請求の登録がされた(以下、この登録を「本件審判請求登録」という。)。
 特許庁は平成19年3月29日に、「登録第1216724号商標の指定商品中第12類『自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品』については、その登録は取り消す。」との審決をし、その謄本は同年4月10日に原告に送達された。
2 審決の概要
 審決の内容は、別紙審決書写しのとおりである。
 その概要は、@原告(被請求人)は、原告販売に係る商品である「タイミングキット」の2004年度のカタログに本件商標を付したと主張及び立証するが、「タイミングキット」は「タイミングベルト」と「テンショナー」等をセットで販売する商品であるところ、「タイミングベルト」が「動力伝導用ベルト」として昭和34年商標法下の商標法施行規則における第9類(以下「旧9類」という。)「機械要素」に属することに照らせば、「タイミングキット」は、取消請求に係る指定商品に属しない、A原告は、平成16年3月にシンガポールあてに、同年10月にパナマ共和国あてに、それぞれ輸出した自動車用「クラッチ・マスタ・シリンダ」に本件商標を付して使用したと主張及び立証するが、自動車用「クラッチ・マスタ・シリンダ」は、輸出に係るものであるから、本件商標の使用には当たらない、したがって、本件商標は、本件審判請求登録前3年以内に商標権者、専用使用権者又は通常使用権者が取消請求に係る指定商品について使用したことの証明がないというものである。
第3 審決の取消事由に係る原告の主張
 次のとおり、原告は、本件商標について、本件審判請求登録前3年以内に使用した。審決は、その事実がないと認定判断した点に誤りがある。
1 本件商標の「タイミングキット」への使用
(1) 使用の事実
 原告は、2004年当時、車種ごとに個別の品番が付された、複数の消耗部品からなる商品「タイミングキット」について、その車種別適用表に本件商標を付して頒布した。原告の2004年度版「タイミングキット」車種別適用表(甲3)の表紙には「TIMING KIT 車種別適用表」と表記されている。原告は、2004年4月、原告会社社誌に掲載したタイミングキットの広告に本件商標を付し(甲6の8頁)、取引先にこれを頒布した。
 原告は、原告商品「タイミングキット」の包装に本件商標を付し、これを付したものを譲渡した(甲8)。「品番TTK5061M」の付された商品は、スズキ株式会社の自動車「アルト」(型式:CM21V、エンジン:F6A、4バルブ)用の「タイミングキット」であり(甲3の57頁、甲8)、三ツ星ベルト株式会社製造のタイミングベルト(品番:MFSZ2001)と、NTN株式会社製造のテンショナー(品番:TT506)から構成されている。本件商標は、自動車「アルト」用の「タイミングキット」(品番TTK5061M)という独立の商品に使用されたのであって、「タイミングベルト」、「テンショナー」の個々の商品に使用されたものではない。同商品は、「品番TTK5061M」という1品番をもって、発注され納品されたことからも(甲10、11)、タイミングベルト、テンショナーの個々の品番で発注され納品されたものと解すべきではない。
 以上のとおり、本件商標は、原告商品「タイミングキット」について使用された。
(2) 「タイミングキット」の性質
 「タイミングキット」とは、自動車用エンジンの「タイミングベルト駆動装置」(甲13ないし15。枝番号の表記を省略することがある。)を構成する消耗部品(「タイミングベルト」、「タイミングテンショナー」、「アイドラープーリー」等)を、整備・補修需要に応じて、車種別にまとめ、一商品として個別の品番を付して取引されている商品である。このような商品は、「タイミングベルトキット」、「タイミングベルトセット」等とも称されて、一品番が付され、自動車の補修部品市場において、独立した商取引の目的物として一般に流通している(甲16)。
 「タイミングベルト駆動装置」とは、JIS工業用語大辞典(甲13)記載のとおり、「タイミングベルトプーリー」と「ベルト」とによって駆動するクランク軸からカム軸への駆動装置である。「タイミングベルト」とは、クランクシャフト及びカムシャフトの各々のタイミングプーリーとかみ合わせるためのタイミング歯付のベルトである。「タイミングテンショナー」と「アイドラープーリー」は、そのタイミングベルトのテンション及び振れを調整する働きをする部品である(甲13ないし15)。自動車の車検、整備では、タイミングベルト駆動装置の複数の消耗部品を同時に交換することが推奨されて、一般にも行われており、このような、タイミングベルト駆動装置に係る需要に応じて「タイミングキット」という商品が、開発され、流、通している。
 タイミングベルト駆動装置を構成する部品は、車種によって異なり、車検・整備時に同時交換が推奨される消耗部品の内容も車種ごとに異なる。甲16の1の「タイミングベルトキットメーカー一覧」のウェブサイトにも、「※タイミングベルト、テンショナー、アイドラの3点セットではなく、適合車種に必要な部品のセットです。(3点のうちいずれかを使用していない車種もございます。)」と説明がある。原告商品である「タイミングキット」も、車種別適用表(甲3)にあるとおり、車種ごとに、需要に応じた種々の部品から構成されている。
(3) 「タイミングキット」の「自動車の部品」該当性
 「タイミングキット」は、以下の理由により、被告の請求に係る「自動車の部品」(旧第12類)に該当する。
ア 原告において登録商標を使用している商品が、無効審判請求において被告の請求に係る指定商品に該当するか否かは、単に、その名称、表示などによって形式的に判断すべきではなく、当該商品の取引者及び需要者の認識を基準として実質的に判断すべきである。そして、原告において使用している商品が、被告の請求に係る指定商品に該当するのであれば、他の商品区分に属している場合であっても、被告の請求に係る指定商品に使用されていると評価して差支えないというべきである。
 商標法における商品区分は、市場で流通する膨大な種類の商品を、商標登録出願に際しての出願人の便宜及び審査の便宜を図るという行政的見地から分類したものである。いずれの分類に属するか判断の困難な商品も存するのみならず、時代の推移とともに右分類がされた当時には存在しなかった商品が出現することもある。したがって、ある商品が2つの分類に属することを否定する見解は相当ではない。
 したがって、原告の使用する商品「タイミングキット」が、被告の請求に係る指定商品である「自動車の部品」(旧12類)に含まれるか否かは、当該使用商品の取引者及び需要者の認識、流通過程等を基準として実質的に判断すべきであり、当該使用商品が、旧第9類にも属する性質があるという形式的な理由により、「自動車の部品」(旧第12類)に属さないとするのは誤りである。
イ 原告の使用する商品「タイミングキット」は、これを構成する複数の部品から構成されるが、市場で流通している独立した商品というべきである。
 また、「タイミングキット」は、自動車の補修部品市場で流通する商品であるから、その需要者・取引者は、発注元たるカー用品店、整備工場ないし流通業者たる自動車部品業者など(甲4の2、甲17、18)である。
 クラッチやカー用品は、自動車部品として旧12類にあげられ、自動車の補修部品業者により、自動車の一補修部品として取引の対象とされている(甲3、甲16)。「タイミングキット」も、これと同様であって、整備・補修需要に応じ、自動車の補修部品業者により、車種ごとの独立した補修部品として、取引の対象とされている(甲10、11)。
 上記のとおり、「タイミングキット」は、独立した商品として、自動車補修部品市場において流通している。本件商標は、この「タイミングキット」に使用され、「自動車の部品及び附属品」の需要者ないし取引者に、自動車の補修部品の出所を識別する標識として認識されている。したがって、「タイミングキット」についての本件商標の使用は、「自動車の部品」(旧第12類)への使用と解すべきである。
2 本件商標の「クラッチ・マスタ・シリンダ」への使用
(1) 「クラッチ・マスタ・シリンダ」の「自動車の部品及び附属品」該当性
 「クラッチ・マスタ・シリンダ」とは、自動車の油圧式クラッチ機構において、クラッチペダルに連結される部品であり、ペダルの踏力を油圧に変換するものである。「油圧(液圧)式のブレーキと同じように、クラッチペダルにマスターシリンダーを備え、クラッチ側にレリーズシリンダーを備えて、クラッチ液(ブレーキ液を使う)によって力を伝えて作動させる」(甲22の195頁)、クラッチ機構において、レリーズシリンダーがクラッチ・マスタ・シリンダからの油圧を受け、クラッチの接断を可能とする。
 上記のとおり、「クラッチ・マスタ・シリンダ」は、油圧式クラッチ機構に係るクラッチ部品であるところ、クラッチは、旧12類の「自動車の部品及び附属品」に分類される商品であるから、クラッチ・マスタ・シリンダも、旧12類の「自動車の部品及び附属品」に含まれる。
(2) 使用の事実
 原告は、次のとおり、本件審判請求登録前3年以内に、日本国内において、原告の商品たるクラッチ・マスタ・シリンダの包装に本件商標を付し、また本件商標を付した同商品を譲渡した。
ア ラベルの制作
 原告は、平成14年7月ころ、本件商標を印刷したラベル(甲23。以下「本件ラベル」という。)の製造、印刷を、共同印刷株式会社に発注し、同月3日、同社より、1500シート分が納入された(甲24)。なお、共同印刷株式会社受注に係るラベルシートは、ラベル30枚を1シートとして納入されるものであり(甲25参照)、原告は、同日、4万5000枚の本件ラベルの納入を受けた。
イ シンガポールへの輸出品に係る本件商標の使用
 原告は、平成15年11月17日、原告の子会社であるシンガポール法人「エスピーケイ シンガポール プライベート リミテッド」(以下「SPKシンガポール」という。)との間で、本田技研工業株式会社(以下「本田技研工業」という。)の自動車に対応するクラッチ・マスタ・シリンダ(品番46920-SM4-A03)を売り渡し、同商品の包装に、品番及び品名を中央空欄部分に印刷した本件ラベルを貼付した。原告は、当該商品を、同16年3月11日、SPKシンガポールあてに輸出した。
 甲26は、本田技研工業発行に係る自動車部品価格表であるが、その396頁において、品番「46920-SM4-A03」、部品名称「シリンダ−ASSY.,クラッチマスター」とあるとおり、品番「46920-SM4-A03」は、本田技研工業の自動車に対応するクラッチ・マスタ・シリンダを示している。甲27の2は、平成15年11月17日付けの原告とSPKシンガポール間の売買確認書(No.10-3625)であり、同確認書のアイテム17「46920-SM4-A03」、商品欄に「CM/C ASSY COMPASS」、数量「10」とあるとおり、原告は、SPKシンガポールに対し、原告コンパスブランド商品たる、本田技研工業の自動車に対応するクラッチ・マスタ・シリンダ(品番46920-SM4-A03)10個を売り渡している。甲28の1は、同16年3月5日付け原告の株式会社大運あて指示書である。同指示書において、原告は、上記売買確認書(No.10-3625)に係る商品について(「Marks & Numbers」欄)、荷受人をSPKシンガポールとして(「Consignee」欄)、シンガポールへ(「Port of Discharge」「Place of Delivery」欄)船積みするよう指示している。
 原告は、平成15年11月17日、SPKシンガポールとの間でクラッチ・マスタ・シリンダ(品番46920-SM4-A03)の売買契約を締結したことを受け、同日、大信産業株式会社(以下「大信産業」という。)に対し、同商品の製造を発注した。大信産業は、原告の注文を受け、そのころ、その製造に係るクラッチ・マスタ・シリンダ(品番46920-SM4-A03)を1つずつ包装箱に収納して、包装箱に本件ラベルを貼付した。そして、同16年2月26日、大信産業は、本件ラベルの付された同商品10個を、原告に納入した。
 甲29添付の注文書からは、原告が「Ref. No. 10-3625」に係る商品を、納期を平成16年2月5日として、同15年11月17日に大信産業へ発注している事実が、同注文書右下の「同封のコンパスラベル(品名、品番)を貼付願います」と記載からは、原告がクラッチ・マスタ・シリンダに係る商品に、当該商品に対応する本件ラベルを貼付するよう大信産業に指示した事実が、甲29からは、大信産業が指示に従い、商品を1個ずつ収納した上で包装に本件ラベルを貼付した事実が、甲30の梱包明細書の注文番号に「10-3625」とある記載されていることから、一連の取引がすべて原告の売買確認書10-3625に基づくクラッチ・マスタ・シリンダ(品番46920-SM4-A03)に係るものである事実が、甲27からは、クラッチ・マスタ・シリンダ(品番46920-SM4-A03)が同16年3月18日、シンガポール港に荷揚げされ、SPKシンガポールが受領した事実が、それぞれ確認できる。
ウ パナマへの輸出品に係る本件商標の使用
 原告は、平成16年5月24日、パナマ法人「アウト インポート インテルナシオナル エセ アー」(以下「アウト・インポート社」という。)との間で、三菱自動車工業株式会社(以下「三菱自動車工業」という。)の自動車に対応するクラッチ・マスタ・シリンダ(品番 MB555192)を売り渡し、同契約に係る同商品の包装に、品番及び品名を中央空欄部分に印刷した本件ラベルを貼付した。原告は、当該商品を、同年10月28日、アウト・インポート社あてに輸出した。
 甲31は、三菱自動車工業発行に係る自動車部品価格表であるが、その48頁において、部品番号「MB555192」、部品名称「CYL、CL、MAST」(Cylinder, Clutch, Master)とあるとおり、品番「MB555192」は、三菱自動車工業の自動車に対応するクラッチ・マスタ・シリンダを示している。甲32の2は、平成16年5月24日付けの原告とアウト・インポート社間の売買確認書(No.17-6444)であり、同確認書のアイテム57に「MB555192」、商品欄に「CLUTCH CYL. COMPASS」、数量「10」とあるとおり、原告は、アウト・インポート社に対し、三菱自動車工業の自動車に対応するクラッチ・マスタ・シリンダ、(品番MB555192)10個を売り渡している。甲32の2は、同年10月21日付けの原告の株式会社大運あて指示書である。同指示書において、原告は、上記売買確認書(No.17-6444)に係る商品について(「Marks & Nos.」欄。PASAN A SEGUNDA HOJA(スペイン語訳:次項へ続く)、2枚目下段)、荷受人をアウト・インポート社として(「Consignee」欄)、香港へ(「Port of Discharge」欄)、同年10月28日に(「Sailing on」欄)船積みするよう指示している。甲32の2は、原告がアウト・インポート社あてに送付した船積み通知書であるが、2枚目請求書の下段において、「Ref. No. 17-6444」とあるとおり、売買確認書(No.17-6444)に係る商品について船積みしたことが報告されている。なお、同船積み通知書に同封されたパッキング・リストには、「MB555192 CLUTCH CYL. COMPASS 10」との記載があり、クラッチ・マスタ・シリンダ(品番MB555192)10個が船積みされたことが確認できる。
 原告は、同年5月24日、アウト・インポート社との間でクラッチ・マスタ・シリンダ(品番MB555192)の売買契約を締結したことを受け、同日、大信産業に対し、同商品の製造を発注した。大信産業は、原告の注文を受け、そのころ、その製造に係るクラッチ・マスタ・シリンダ(品番MB555192)を1つずつ包装箱に収納して、原告の指示により、各包装箱に本件ラベルを貼付した。そして、同年9月28日、大信産業は、本件ラベルが付された同商品10個を、原告に納入した。
 甲34添付の注文書からは、原告が「Ref. No. 17-6444」に係る商品を、納期を平成16年9月10日として、同年5月24日に大信産業へ発注している事実が、同注文書右下の「同封のコンパスラベル(品名、品番)を貼付願います」との記載からは、原告がクラッチ・マスタ・シリンダに係る商品に、当該商品に対応する本件ラベルを貼付するよう大信産業に指示した事実が、甲34から、大信産業が指示に従い、商品を1個ずつ収納した上で包装に本件ラベルを貼付した事実が、甲34添付の梱包明細書の注文番号に「17-6444」と記載されていることから、一連の取引がすべて原告の売買確認書17-6444に基づくクラッチ・マスタ・シリンダ(品番MB555192)に係るものであるとの事実が、それぞれ確認できる。
(3) 商標法2条3項1号における「商品」の意義について
 輸出行為は、平成18年法律第55号による改正前の商標法の下において商標の使用に当たらない。ところで、商標法2条3項1号にいう「商品又は商品の包装に標章を付する行為」とは、輸出目的の商品であるかどうかを問うべきではない。すなわち、輸出目的の商品であるかどうかにかかわらず、日本国内において商品に標章を付す行為は、商標の使用に当たる。
 したがって、輸出前において日本国内で登録商標を商品に付す行為は、登録商標の使用に当たると解すべきである。商標法にいう「商品」に輸出用の商品が含まれないとするのは妥当でない。特に、商標法50条1項、2項にいう登録商標の不使用が問題となる局面においては、登録商標の権利者によって、国内において登録商標を付す行為があったにもかかわらず、輸出用の商品であるという理由により、登録商標の不使用取消に係らしめるのは、権利者に酷な結果を招き、妥当でない。
 審決は、原告が日本国内において「クラッチ・マスタ・シリンダ」の包装に本件商標を付した事実を主張立証したにもかかわらず、同商品が輸出目的の商品であったことを理由として、本件商標の使用とは認められないとした点に誤りがある。
第4 被告の反論
 次のとおり、本件審判請求登録前3年以内に原告が本件商標を使用した事実は認められない。審決の認定判断は、正当である。
1 本件商標の「タイミングキット」への使用について
(1) 「タイミングキット」の「自動車部品」(旧第12類)該当性
 原告は、「タイミングキット」が自動車の補修部品業者により、車種ごとの独立した補修部品として取引の対象にされていること等を根拠に、「自動車の部品」(旧第12類)に含まれると主張する。
 しかし、原告の主張は、以下のとおり失当である。
 すなわち、「タイミングキット」は、「タイミングベルト」、「タイミングテンショナー」、「アイドラープーリー」等いずれも旧第9類「機械要素」に含まれる部品を1 つの包装にまとめたものであって、需要者の購入を助け、あるいは販売促進を図ることを主な目的として、セット販売の対象とされたものにすぎない。個々の部品が1 つの包装にまとめられ、セットとして販売されたからといって、これにより個々の部品の性質や効用が変化することはなく、セット商品(「タイミングキット」)の性質や効用が個々の部品と異なるものとなると解することはできない。仮に、原告の主張するように取引者及び需要者の認識、流通過程等を基準として実質的に判断したとしても、需要者は、単に同時に使用する複数の部品をまとめて購入したという認識を持つにすぎず、個々の部品とは異なる「独立した商品」を購入したとの認識を持つことはない。
 したがって、旧第9類「機械要素」に含まれる個々の部品(商品)を1つの包装にまとめてセット商品として販売したとしても、「タイミングキット」という独立した商品となることはなく、これが旧第12類「自動車の部品」に含まれる商品となることはあり得ない。
(2) 以上のとおり、「タイミングキット」の商品区分は旧第9類に属するものであり、旧第12類に属するものではないから、原告は、取消請求に係る指定商品について本件商標を使用したということはできない。
2 本件商標の「クラッチ・マスタ・シリンダ」への使用
(1) 「クラッチ・マスタ・シリンダ」の「自動車の部品及び附属品」該当性
ア 原告は、「クラッチ・マスタ・シリンダ」は油圧式クラッチ機構に係るクラッチ部品であるが、クラッチは旧第12類の「自動車の部品及び附属品」に分類されているから、「クラッチ・マスタ・シリンダ」も、旧第12類の「自動車の部品及び附属品」に含まれると主張する。
 しかし、原告の主張は、以下のとおり失当である。
イ 「クラッチ・マスタ・シリンダ」は、運転席内のクラッチペダルを踏んだ力を油圧に変える装置である(乙1)。マニュアル式クラッチに用いられ、ペダル操作をクラッチへ伝達する作用を有するもので、マスタシリンダと、これに挿入されたピストンと、ピストンロッドからなり、ペダル操作がピストンロッドを通してピストンを移動させ、これにより油を押し出すものである。ピストンロッドにはペダルが接続され、マスタシリンダにはチューブが接続され、このチューブがクラッチ本体につながる(乙2)。「クラッチ・マスタ・シリンダ」は、クラッチペダルの操作力を油圧に変え、チューブ、オペレーティングシリンダ、フォーク、レリーズ軸受、クラッチカバーに順次伝達する機能を有する部品といえる。
 ところで、「ブレーキマスターシリンダー」は、ブレーキペダルに加えられた力を、機構を介して液圧に変換する構成部品」(乙5)であって、クラッチ・マスタ・シリンダと機能としては全く変わることのない部品であるが、旧第9類「機械要素」に分類されている(乙4)。
 そうすると、クラッチ・マスタ・シリンダの上記の動力伝達機能及び、ブレーキマスターシリンダーが旧第9類「機械要素」に含まれることとの均衡を考慮すると、クラッチ・マスタ・シリンダは、旧第9類「機械要素」に含まれると解するべきである。
 確かに「クラッチ」は旧第12類の商品とされている。しかし、クラッチの主要部品であるクラッチ板(クラッチディスク)を始め、クラッチ用メインドライブシャフト、クラッチ用リングギア、クラッチのライニング(クラッチ摩擦面に用いられる摩擦材)などのクラッチ部品はいずれも旧第9類「機械要素」に分類されていることに照らすならば(乙6)、「クラッチ・マスタ・シリンダ」も旧第9類の「機械要素」に分類されると解すべきである。
(2) 使用の事実
ア 原告は、@3年間に2回の輸出、A各10個、Bそれぞれシンガポールとパナマあて、Cシンガポールへの輸出は本田技研工業用、パナマ諸島への輸出は三菱自動車工業用に、クラッチ・マスタ・シリンダについて本件商標を使用したと主張する。
 しかし、原告の主張は、以下のとおり失当である。
イ 原告の主張に係る使用態様は、回数、量、販売先、種類のすべての面で、異常に少なく、通常の取引として不自然である。
 原告の主張を裏付ける証拠としては、下請製造元である大信産業の取締役作成に係る証明書(甲29、30、34)が存在するにすぎない。同証明書には、原告の指示に従い、クラッチ・マスタ・シリンダの包装に本件商標が記載されたラベルを貼付した上で、原告に納品した旨の記述があるが、大信産業は原告の下請企業であり、その信用性に疑問があるほか、その内容にも不自然な点があるから、本件商標が取消請求に係る指定商品に使用された事実を証明するには不十分というべきである。
 また、原告の主張中、輸出を裏付ける証拠についても、原告子会社のディレクタ作成に係る書面で信用性に疑問があり(甲27)、また、原告提出に係るその他の証拠(甲27、32、33)は、いずれもクラッチ・マスタ・シリンダないしその包装に本件商標が付されていた事実を証明するには不十分である。
(3) 商標法2条3項1号における商品の意義について
ア 「商標」とは標章であって「業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの」と規定されている(商標法2条1項1号)。そして、商標法の目的が「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り‥‥‥あわせて需要者の利益を保護すること」(商標法1条)にあることからすれば、単に生産をするだけで販売することを予定しない物は、そもそも商品ではなく、また、そのような物に使用された標章は、業務上の信用が化体される余地はなく、また需要者の目に触れることもないものであるから、上記商標法の目的からして保護の対象たりえない。商標法上の保護は、商標の使用によって蓄積された信用に対して与えられ、他者の商標選択等の自由を制約する以上、商標に信用が蓄積される態様で使用された商標のみが不使用取消を免れ得るというべきである。
 そもそも販売を予定していない商品について、商標が付される行為がされたとしても、登録商標の使用と解すべきではない。例えば、販売等を前提とせず、自社内で使用する目的で製造した商品について商標が付されたとしても、これをもって商標の使用と解するのは妥当でない。
 したがって、国内で譲渡されることが予定されていない商品については、国内で当該標章に信用が化体することはないし、また、需要者の目に触れることもないから、需要者の利益の保護ということも考える余地はなく、そのような商品に、登録商標を付したとしても、登録商標の使用と解するべきではない。
イ 商標法2条3項1号は商品又は商品の包装に標章を付する行為を、標章についての「使用」と規定する。商品や包装に商標を付する行為を「使用」と規定した趣旨は、商標が出所識別機能を発揮する譲渡行為の前段階の行為であり、通常、直ちに譲渡されることが予定されることから、譲渡行為を待つことなく、標章を商品に付す行為も「使用」に含まれるとしたものと理解される。しかし、輸出に供される商品に商標を付す行為は、国内市場において出所の識別機能を果たすことが予定されず、業務上の信用が化体することもないから「使用」に該当しない。、
 原告の主張する本件商標の「クラッチ・マスタ・シリンダ」への使用に係る事実は、原告からクラッチ・マスタ・シリンダの製造を請負った下請業者が、原告の指示に従いクラッチ・マスタ・シリンダを製造の上、包装箱にラベルを付し、原告に納入し、原告がシンガポールとパナマ諸島の業者に向け輸出したという事実であり、「クラッチ・マスタ・シリンダ」を国内で販売した、又は国内での販売する予定であった事実ではない。
 そうすると、「クラッチ・マスタ・シリンダ」に付された本件商標は、日本国内の市場において出所識別機能を果たすことが予定されておらず、また、実際にも出所識別機能を果たしていない。したがって、商標法の目的に照らすと、本件クラッチ・マスタ・シリンダに本件商標を付する行為は「使用」に当たらないというべきである。
第5 当裁判所の判断
 当裁判所は、@「タイミングキット」は旧第12類に属するものではないから、「タイミングキット」についての本件商標の使用は取消請求に係る指定商品についてされたということはできず、A「クラッチ・マスタ・シリンダ」は旧第12類に属し取消請求に係る指定商品に当たるが、原告提出に係る証拠によっては、同商品についての本件商標の使用の事実を認めるに足りないのみならず、また、輸出を目的とする商品に商標を付する行為をもって商標法50条にいう商標の使用ということはできないから、本件商標について、本件審判請求登録前3年以内に商標権者、専用使用権者又は通常使用権者が取消請求に係る指定商品について使用したことの証明がないとした審決の認定判断に誤りはないと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 本件商標の「タイミングキット」への使用について
(1) 「タイミングキット」の商品区分
ア 被告が取消請求の対象とした指定商品は、「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」である。
 原告は、本件商標を付した商品「タイミングキット」は、自動車の補修部品業者により車種ごとの独立した補修部品として発注され納品される独立の商品であって、「自動車の部品」(旧第12類)に属するから、被告の取消請求に係る指定商品「自動車の部品」に含まれると主張する。
 そこで、この点を検討する。
イ 旧第12類は「輸送機械器具 その部品及び付属品(他の類に属するものを除く。)」(注:下線は、判決において付したものである。)と規定されているところ、他方、旧第9類として「産業機械器具 動力機械器具(電動機を除く。)風水力機械器具 事務用機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く。)その他の機械器具で他の類に属しないもの これらの部品及び附属品(他の類に属するものを除く。)機械要素」が規定され、このうち「機械要素」に属するものとして「動力伝達装置」が掲げられ、「動力伝達用ベルト」がこれに属するものとされている。
ウ 証拠(甲3、6、8、13〜15)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件商標を付して販売した「タイミングキット」は、タイミングベルトとテンショナー等を組み合わせてセットで販売する商品であり、タイミングベルトは、エンジン内のクランクシャフトの回転とバルブの開閉のタイミングを合わせる機能を有するもので、「動力伝導用べルト」とみるのが相当であるから、旧第9類の「機械要素」に属する。そうすると、旧第12類には「(他の類に属するものを除く。)」と規定されているのであるから、「タイミングキット」は、旧第12類に属するということはできず、取消請求に係る指定商品に含まれるということはできない。
エ 原告は、「タイミングキット」が自動車の補修部品業者により、車種ごとの独立した補修部品として発注され納品されていることを理由として、旧第12類の「自動車の部品」に含まれると主張するが、上記に説示したところに照らし、原告の主張を採用することはできない。
(2) したがって、原告主張の「タイミングキット」への本件商標の使用をもって、取消請求に係る指定商品について原告が本件商標を使用したということはできない。
2 本件商標の「クラッチ・マスタ・シリンダ」への使用について
(1) 「クラッチ・マスタ・シリンダ」が「自動車の部品及び附属品」に含まれることについて
ア 被告が取消審判請求の対象とした指定商品は、「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」である。
 原告は、本件商標を付した商品「クラッチ・マスタ・シリンダ」は、被告の請求に係る「自動車の部品」(旧12類)に含まれると主張する。
 そこで、この点を検討する。
イ 旧第12類は、「輸送機械器具」の1 つとして「自動車」が掲げられ、「自動車の部品及びこれに属するもの」として「クラッチ」が掲げられている。
 証拠(甲22、乙1〜3)及び弁論の全趣旨によれば、「クラッチ・マスタ・シリンダ」とは、油圧(液圧)作動型のクラッチ装置において、クラッチペダルに加えられた力がクラッチ液(油)を介してクラッチカバーに伝達される際に、クラッチ液(油)を収納し、液圧(油圧)の調整等を行う機能を有する部品である。したがって、「クラッチ・マスタ・シリンダ」は、クラッチの構成部品であり、「自動車の部品及びこれに属するもの」(旧第12類)に属するものというべきである。
 この点について、被告は、「クラッチ・マスタ・シリンダ」が、その動力伝達機能において、ブレーキマスターシリンダーと異なるところがないところ、ブレーキマスターシリンダーが「機械要素」(旧第9類)に含まれることからすれば、「クラッチ・マスタ・シリンダ」も、「機械要素」(旧第9類)に含まれると解すべきであると主張する。確かに、証拠(甲22、乙1〜5)によれば、「クラッチ・マスタ・シリンダ」は、その動力伝達機能において、ブレーキマスターシリンダーと同様の原理を用いるものであって、用いる液体(クラッチ液)もブレーキに用いられるもの(ブレーキ液)と区別されるものではない。しかし、旧第9類には、「機械要素」に属するものとして、「制動装置」が掲げられているが、前記のとおり、旧第12類に「自動車の部品及びこれに属するもの」として「クラッチ」が掲げられていることに照らせば、機能的に同じ原理を有するからといって、「クラッチ・マスタ・シリンダ」がブレーキマスターシリンダーと同じ商品区分に属しなければならないということはできない。また、旧第9類「機械要素」の中に「動力伝達装置」が例示されているからといって、「クラッチ・マスタ・シリンダ」が、一般的な「動力伝達装置」に属するということもできない。被告の主張は、採用できない。
(2) 原告による使用の事実
ア 原告は、平成16年3月にシンガポールあてに輸出したクラッチ・マスタ・シリンダ及び同年10月にパナマあてに輸出したクラッチ・マスタ・シリンダの包装に本件商標を付したと主張する。
イ 確かに、証拠(甲26〜28、30〜33)によれば、原告が、平成15年11月7日にSPK シンガポールとの間で本田技研工業の自動車用のクラッチ・マスタ・シリンダ10個についての売買契約を締結し、同16年3月11日にこれをシンガポールあてに輸出したこと及び同年5月24日にアウト・インポート社との間に三菱自動車工業の自動車用のクラッチ・マスタ・シリンダ10個につき売買契約を締結し、同年10月28日にこれをパナマあてに輸出したことを認めることができる。
ウ しかし、平成15年ないし16年当時に作成された書類によって認められるのは、原告が、平成16年3月にシンガポールあてに、同年10月にパナマあてに、それぞれクラッチ・マスタ・シリンダを輸出したという事実のみであって、その際に輸出されたクラッチ・マスタ・シリンダの包装に本件商標を印刷した本件ラベルが貼付されていたという事実に関する証拠は、被告により本件商標登録取消審判請求がされた後である平成18年6月になって、原告の取引先(原告商品製造業者)である大信産業の業務部長により作成された「証明書」甲(29、34)が存在するだけである。
 そこで、これらの「証明書(甲29、34)を検討するに、平成18年6月19日付け証明書」(甲29)に添付されているクラッチ・マスタ・シリンダ及びその包装への本件ラベルの貼付状況の再現写真(別紙4)並びに平成18年6月21日付け証明書(甲34)に添付されているクラッチ・マスタ・シリンダの包装への本件ラベルの貼付状況の再現写真(別紙3)は、いずれも平成18年6月に撮影されたものであって、本件ラベル(甲29の別紙3、甲34の別紙3)も同様に同月に中央空欄部分にクラッチ・マスタ・シリンダの品名及び品番を記入して再現したものと認められ、結局、これらの「証明書」の添付書類中本件ラベルに関して平成15年ないし16年当時に作成された書類としては、平成15年11月17日付けの原告から大信産業あての注文書写し(甲29の別紙1)及び平成16年5月24日付けの原告から大信産業あての注文書写し(甲34の別紙1)のみである(甲29の別紙2の梱包明細書写しには、本件ラベルの貼付に関する記載はない。)。しかし、これらの注文書写しを含めた「証明書」(甲29、34)には、次に指摘するとおり不自然な点があり、その記載を採用することはできない。
エ すなわち、平成15年11月17日付け注文書写し(甲29の別紙1)及び平成16年5月24日付け注文書写し(甲34の別紙1)には、いずれも、手書きで「(同封のコンパスラベル(品名、品番)を貼付願います)」との記載がされているが、このうち平成15年11月17日付け注文書(甲29)においては11種類の商品が注文されているところ、売買契約書(甲27の1、添付書類1)によれば、8種類の商品(合計80個)のみがコンパスブランドであって、残りの3種類の商品(平成15年11月17日付け注文書におけるアイテム22ないし24)は、コンパスブランドの商品ではなく、本件ラベルを貼付すべきでないことになる。しかるに、同注文書には、漫然と、「(同封のコンパスラベル(品名、品番)を貼付願います)」と記載されるのみで、8種類のコンパスブランドの商品について品名・品番に応じて本件ラベルを貼付すべきこと、及びコンパスブランド以外の商品(アイテム22ないし24)を除外すべきこと等の格別の指示はない。また、同注文書には、それぞれ異なる8種類の品名・品番を記載した合計80枚の本件ラベルが同封されていたことになるが(コンパスブランドである8種類の商品のうち、クラッチ・マスタ・シリンダのみに本件ラベルの貼付を指示したとすれば、いかにも不自然である。)、注文主である原告において、このような記載内容の異なる8種類のラベルを作成することや、商品数に対応して80枚もの数のラベルを注文書に同封して送付するということは、通常の商取引としては、極めて不自然である(原告において、中央の品名・品番記載部分を空白にしたまま、本件ラベルをあらかじめ大信産業に交付して、注文書に従って、大信産業をして品名・品番を記載させれば足りるはずであり、通常の取引においては、そのように処理されるものと解される。)。さらに、平成15年11月17日付け注文書写し(甲29の別紙1)及び平成16年5月24日付け注文書写し(甲34の別紙1)には、いずれも、手書きで「(同封のコンパスラベル(品名、品番)を貼付願います)」との記載がされている。両者の記載態様を検討すると、約6か月という長期間を隔てて記載されたにもかかわらず、指示文言が全く同文であること、全体を2段にし、「同封のコンパスラベル(品名、品番)を」を上段に記載し、改行して「貼付願います」を下段に記載し、全体を括弧でくくっていること、明らかに同一人の筆跡であることなど、表記、体裁の細部にいたるまですべてが完全に一致しているものであって、極めて不自然である。しかるに、大信産業に送付された後において、同一の機会に双方の注文書に手書き文言が追加された疑いを払拭する合理的な説明は何らされていない。なお、「証明書」には、2つの注文書の写しが添付されているだけであり、これを精査しても手書き文言がいつ記載されたかについて明らかでないが、被告によりこの点の疑問点を指摘された(平成19年7月13日付け被告第1準備書面10頁)後においても、大信産業において保存されているはずの注文書原本や原告において保存されているはずの注文書控は、本訴において、原告から証拠として一切提出されていない。
オ さらに、平成18年6月19日付け証明書(甲29)に添付されている本件ラベルを再現したもの(別紙3)並びにクラッチ・マスタ・シリンダ及びその包装への本件ラベルの貼付状況の再現写真(別紙4)並びに平成18年6月21日付け証明書(甲34)に添付されている本件ラベルを再現したもの(別紙3)及びクラッチ・マスタ・シリンダの包装への本件ラベルの貼付状況の再現写真(別紙3)を見ると、平成18年6月19日付け証明書(甲29)については、本件ラベル(別紙3)には、「46920-SM4-A03 CLUTCH MASTER CYL. ASS'Y」(上段に「46920-SM4-A03」、下段に「CLUTCH MASTER CYL. ASS'Y」)と記載されているのに対し、クラッチ・マスタ・シリンダの包装に貼付されている本件ラベルを撮影した写真(別紙4)には「CLUTCH MASTER CYLINDER 46920-SM4-A03」(上段に「CLUTCH MASTER CYLINDER」、下段に「46920-SM4-A03」)と記載されており、品名と品番が上下逆に表記されている上、品名も異なる。また、平成18年6月21日付け証明書(甲34)についても、本件ラベル(別紙3)には、「MB555192 CLUTCH CYLINDER」(上段に「MB555192」、下段に「CLUTCH CYLINDER」)と記載されているのに対し、クラッチ・マスタ・シリンダへの包装本件ラベルの貼付状況の再現写真(別紙3)には「CLUTCH CYLINDER MB555192」(上段に「CLUTCH CYLINDER」、下段に「MB555192」)と記載されており、品名と品番が上下逆に表記されている。本訴において、被告からこの点の矛盾を指摘された(平成19年7月13日付け被告第1準備書面11頁)のに対して、原告は、「原告は、ラベルの記号番号を大信産業株式会社の担当者の記憶のみから再生して例として示したのではなく、残存している取引書類原本と通常のラベル貼付の扱いから、記載しているものである。」(平成19年8月13日付け原告準備書面(2)9頁〜10頁)と応じているが、「残存している取引書類原本」及び大信産業における通常のラベル貼付の扱いを参照した上で、このような矛盾のある証明書添付書類を作成したというのであれば、なおさら不合理であり、「証明書」(甲29、34)全体の信用性に疑問を抱かせるものといわざるを得ない。なお、「残存している取引書類原本」は、本訴において、原告から証拠として一切提出されていない。
カ 上記によれば、原告が平成16年3月にシンガポールあてに、同年10月にパナマあてに、それぞれクラッチ・マスタ・シリンダを輸出した事実は認められるにしても、その包装に本件商標の記載された本件ラベルを貼付した事実は、証拠上これを認めるには足りない。
(3) 商標法2条3項1号における商品の概念について
ア 以上によれば、クラッチ・マスタ・シリンダへの本件商標の使用については、原告が輸出用のクラッチ・マスタ・シリンダの包装に本件商標を付した事実が認められないから、原告の主張は、この点において、既に理由がないものであるが、念のために、輸出用商品に商標を付する行為が商標の使用に該当するか否かについても、付加判断する。
イ 商標法50条1項は、「継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標‥‥‥の使用をしていないときは」と規定し、同法2条3項1号は、「商品又は商品の包装に標章を付する行為」を標章の使用と規定し、同項2号(ただし、平成18年法律第55号による改正前の規定)において「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為」を標章の使用と、それぞれ規定する。平成18年法律第55号による改正前の商標法の下においては、これらの規定における「商品」とは、日本国内における流通を予定し、あるいは現に国内において流通している商品を意味し、およそ国内において流通することを予定せず、かつ現に流通していない商品は、これらの規定における「商品」には該当しないものというべきである。けだし、商標法1条は、同法の目的として「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、‥‥‥あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。」と規定しているところ、ここでいう「業務上の信用」とは日本国内における業務上の信用であり、「需要者」とは日本国内における需要者を意味するからである。
ウ 本件において、原告が本件商標を付したと主張しているのは、原告がシンガポール及びパナマあてに輸出するために大信産業に発注した商品であっておよそ国内において流通することを予定せず、現に国内において流通しなかったものであるから、この意味においても、原告の本件商標の使用の主張は失当である。なお、原告の主張する内容は、原告は、シンガポール及びパナマの取引先との間で売買契約を締結した後に、クラッチ・マスタ・シリンダを大信産業に発注し、その輸出に際して包装に本件商標を付したというものであるから、仮に原告の主張するところに従ったとしても、原告が国内において本件商標を付した商品を譲渡したと解する余地はない。
3 結論
(1) 本件審判手続について
 念のため、本件審判手続に関して、以下の点を指摘する。
 第2、1(特許庁における手続の経緯)記載のとおり、被告(審判請求人)は、指定商品「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」について、本件商標登録を取り消す旨の審判を請求した。
 しかし、被告が取消しを求めた指定商品の範囲については、「自動車並びにその部品及び附属品」ではなく、「及びこれらに類似する商品」を含めた点において、不明確というべきである。
 商標法50条は、継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者(以下、単に「商標権者」という。)が、各指定商品又は指定役務(以下、単に「指定商品」という。)についての登録商標を使用していない場合に、その指定商品に係る登録商標の取消審判を請求することができると規定し、この場合、審判請求登録前3年間、商標権者がその請求に係る指定商品のいずれかについての登録商標の使用をしていることが証明されない限り、その指定商品の商標登録が取り消される旨を規定する。
 取消審判請求の審理の対象となる指定商品の範囲は、設定登録において表示された指定商品の記載に基づいて決められるのではなく、審判請求人において取消しを求めた審判請求書の「請求の趣旨」の記載に基づいて決められる。審判請求書の「請求の趣旨」は、@審判における審理の対象・範囲を画し、A被請求人における防御の要否の判断・防御の準備の機会を保障し、B取消審決が確定した場合における登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲を決定づけるという意味で重要なものであるから、「請求の範囲」の記載は、客観的で明確なものであることを要するのは当然である。
 本件についてこれを見ると、Aの点に関しては、原告(被請求人)の行った立証の内容に照らして、一応、実質的な防御の機会を奪うほどの不利益を与えていることはないものと解される。しかし、Bの点に関しては、本件取消審決が確定した後の本件登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲は、旧12類「輸送機械器具 その部品及び附属品(他の類に属するものを除く)」から「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」を除外した指定商品となるが、その範囲は客観的明確性を欠き、法的安定性を害する結果になるといわざるを得ない。
 このような点に鑑みると、商標登録の取消審判請求の審理する審判体としては、実質的な審理を開始するに先だって、まず、釈明権を行使するか、補正の可否を検討する等の適宜の措置を採るべきであり、そのような措置を採ることなく、漫然と手続を進行させた本件の審判手続のあり方は妥当を欠く点があったというべきである。
 もっとも、本件においては、上記指摘した点は、審判の経緯、取消訴訟の審理の経緯及び取消事由の内容(上記の点を取消事由として主張していないことも含める。)など一切の事情に照らして、審決を取り消すまでの違法を来すものとはいえない。
 今後、商標法50条に基づく商標登録の取消審判請求の審理に当たっては、請求人の求めた「請求の趣旨」における「指定商品の範囲(特に、「類似」する商品」との記載)の明確性の有無の検討、不明確な請求の趣旨に対する是正手続を十分に尽くすべきであり、この点に考慮を払わない審判手続の運用は、すみやかに改善されるべきである(知的財産高等裁判所平成19年6月27日判決・平成19年(行ケ)第10084号審決取消請求事件参照。)。
(2) 結語
 以上によれば、結局、本件商標については、本件審判請求登録前3年以内に商標権者、専用使用権者又は通常使用権者がこれを取消請求に係る商品について使用したことについて、原告による証明がないことに帰するから、取消請求に係る商品について本件商標の登録を取り消すべきものとした審決の認定判断に誤りはない。原告の主張する取消事由には理由がなく、その他、審決には、これを取り消すべき誤りは見当たらない。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 三村量一
 裁判官 上田洋幸


(別紙)商標目録 略
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