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【事件名】商標“コイダス/coidas”侵害事件(2)
【年月日】平成19年10月30日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10178号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年9月20日)

判決
原告 株式会社K.K.ファンタジー
訴訟代理人弁理士 中倉和彦
同 丸山幸雄
被告 ageUN株式会社
代表者代表取締役 大丸裕介
訴訟代理人弁理士 橘哲男
同 内藤通彦


主文
1 特許庁が取消2006−30781号事件について平成19年4月6日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が有する後記商標登録について、被告が商標法50条1項に基づき不使用を理由とする商標登録取消しの審判を請求したところ、特許庁がこれを認める審決をしたので、原告がその取消しを求めた事案である。
 争点は、原告が取消審判予告登録日より3年前以降に本件商標を使用したかどうかである。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 原告は、平成9年12月1日、下記商標について商標登録出願をし、平成11年7月2日に特許庁から商標登録第4289684号として設定登録を受けた(以下「本件商標」という。商標公報は甲11)。

(商標) コイダス coidas
(指定商品) 第16類
 「印刷物、紙類、紙製包装用容器、家庭用食品包装フィルム、紙製ごみ収集用袋、プラスチック製ごみ収集用袋、衛生手ふき、紙製タオル、紙製テーブルナプキン、紙製手ふき、紙製ハンカチ、型紙、裁縫用チャコ、紙製テーブルクロス、紙製ブラインド、紙製のぼり、紙製旗、紙製幼児用おしめ、荷札、書画、写真、写真立て、文房具類(「昆虫採集用具」を除く。)、昆虫採集用具、事務用又は家庭用ののり及び接着剤、青写真複写機、あて名印刷機、印字用インクリボン、こんにゃく版複写機、自動印紙はり付け機、事務用電動式ホッチキス、事務用封かん機、消印機、製図用具、タイプライター、チェックライター、謄写版、凸版複写機、文書細断機、郵便料金計器、輪転謄写機、印刷用インテル、活字、装飾塗工用ブラシ、封ろう、マーキング用孔開型板、観賞魚用水槽及びその附属品」
イ ところで被告は、平成18年6月28日、本件商標につき商標法(以下「法」という。)50条1項に基づき不使用による商標登録の取消審判を請求し(甲13、平成18年7月14日その旨の予告登録がなされた。)特許庁は、同請求を取消2006−30781号事件として審理した上、平成19年4月6日、「登録第4289684号商標の商標登録は取り消す。」旨の審決を行い、その謄本は平成19年4月18日原告に送達された。
(2) 審決の内容
 審決の内容は、別添審決写しのとおりである。その理由の要点は、本件商標は、審判請求の登録前3年以内に日本国内において請求に係る指定商品について使用していたものと認めることはできず、かつ、本件商標を請求に係る指定商品について使用していないことについて正当な理由があるものとも認められない、としたものである。
(3) 審決の取消事由
 しかしながら、原告は本件商標及びこれと社会通念上同一の商標を予告登録前3年以内に使用しており(取消事由1)、また審決には審理不尽の違法がある(取消事由2)から、審決は違法として取り消されるべきである。
ア 原告による本件商標の使用について(取消事由1)
(ア) 原告は、本件審判請求の予告登録日である平成18年7月14日より前3年以内に、その指定商品「印刷物」について、本件商標及びこれと社会通念上同一と認められる標章を使用している(以下「原告使用標章」という。)。
 すなわち、原告使用標章が使用されている原告の商品は「コイダス」という雑誌(以下「本件雑誌」という 。)である。本件雑誌は平成10年に創刊され、第1号から第6号(平成11年11月発行)は隔月刊の雑誌として発行され、その後「2000年vol.1」 (平成12年4月発行)から「2000年vol.4」(平成12年10月発行。以下、vol.1〜vol.4を順次「第7号」〜「第10号」ともいう。)までは、何年度の何巻という号数表示を用いて発行されている。
 なお、本件雑誌は、「2000年vol.4」の発行後は休刊しているが、これはムック形式の雑誌のため、書籍と同様に長期間にわたり販売が継続されるものである。正確には、ムックには雑誌扱いムック誌と書籍扱いムックの2種類があり、本件雑誌は書籍扱いムックであるので、書籍の販売形態が採用されている。したがって、発行後、次号の発行によって市場から引き上げることはなく、完売又は絶版等の処分がなされない限り市場に残るものであり、月刊誌、週刊誌のように、次号が発行されると前号を店頭から引き上げ、最新号だけが店頭に残るという種類の雑誌ではない。
 そして原告は、本件雑誌の創刊と同時にウェブサイト「からだ系Coidas/コイダス」を立ち上げ、雑誌に関する情報を提供するとともに、本件雑誌のバックナンバーを販売する頁を設け、そこで注文を受けて本件雑誌を販売している。実際にも、平成16年2月から11月までに第1号から第6号が各1冊、第7号から第9号が各3冊、第10号が2冊販売され、さらに平成17年2月から10月までに、第1号、第7号から第10号が各1冊販売されている。なお、販売数量は多くないが、数量の多寡は商標使用においては問題にはならない。
 また原告は、インターネット上の広告において、本件商標を使用している。すなわち、原告は、平成11年に開設したウェブサイトにおいて本件雑誌の広告を掲げており、そこで「コイダス」との本件商標を使用している。また、原告が本件雑誌の在庫管理と販売を委託をしている株式会社翔雲社のウェブサイト(開設は平成11年)においても、本件雑誌の通巻7号の発行後(平成12年4月)から、「既刊のご案内」の中に「コイダス」の頁を設け、広告を行っている。このような広告掲載は、法2条3項8号に規定する「商品若しくは役務に関する広告」を「電磁的方法により提供する行為」に該当するものである。
 ちなみに、上記のような本件商標使用の事実は、インターネットの検索によっても容易に確認できる。すなわち、インターネット上の検索エンジンを用いて「コイダス」の語を検索すれば「コイダス」の表示と、ともに容易に本件雑誌を見出すことができ、原告が本件商標を使用して雑誌を発行している事実を確認することができる。
(イ) 原告は、本件雑誌の第7号ないし第10号において、次のような標章を使用している(別紙標章目録1参照。以下「原告使用標章1」という。)。
 原告使用標章1は、赤字の太ゴシック体のローマ字で「Coidas」と書し、その「o」の文字の上に赤色の明朝体の小さな平仮名文字で「からだ」、同じく「d」の文字の上に赤色の小さな漢字で「系」を配し、さらに、「C」 の文字の中に赤色のゴシック体のさらに小さな片仮名で「コイダス」を配したものである。
 標章の中心になる「Coidas」の文字は、原告使用標章1では、上記「からだ」及び「系」の文字より高さで4.5倍の大きさであり、「コイダス」の文字より高さで15 倍の大きさである。したがって、上記原告使用標章1を見る者は容易に、中心にある「Coidas」の太文字に注目して「コイダス」と称呼するものである。また、小さな片仮名文字「コイダス」からも、「コイダス」の称呼を生じる。
 その他の称呼として明朝体の「からだ」、「系」の文字から「カラダケイ」の称呼が生じる。また、「からだ系」の文字と「Coidas」の文字を続けて読んで「カラダケイコイダス」の称呼が生ずることも考えられる。
 観念としては、「coidas」(ギリシャ語でコ・イッ・トウ=快感)を語源とするものであるが、造語であり特定の観念を生じないものである。
 ただし、「からだ系」の語と「コイダス」、「coidas」の語の間には結合すべき特段の理由もなく、また結合されることにより新たな観念を生じることもない。
(ウ) 審決は、本件雑誌第7号ないし第10号に用いられた上記構成の原告使用標章1について、「カラダケイコイダス」の称呼が生じ、本件商標の「コイダス」の称呼とは異なると判断している。しかし、原告使用標章1から、「カラダケイコイダス」の称呼が生ずるとしても、「コイダス」の称呼が生じないと判断することは誤りである。
 なぜなら、「Coidas」、「からだ系」、「コイダス」の文字は、それぞれ、ローマ字、平仮名・漢字、片仮名と文字種が異なるものであり、またゴシック体、明朝体の違いもあり、さらに文字の大きさにおいて著しい違いがあるので、これが一連一体にだけ称呼されるということはない。文字の大きさ、文字の種類、字体の相違する文字を一連一体にのみ称呼するとする判断は、余りにも不自然である。
 大小のある文字からなる商標は、原則として、大きさの相違するそれぞれの部分からなる商標と類似すると解すべきであり、これを原告使用標章1に当てはめると、大きなローマ字「Coidas」と、その文字4分の1の大きさの平仮名と漢字「からだ系」と15分の1の大きさの片仮名文字「コイダス」から、それぞれの大きさの文字に従って、「カラダケイ」、「コイダス」の称呼が別々に生じるものである。
 このように、原告使用標章1の場合、文字の大きさ、文字種・書体のそれぞれが異なり、これらが軽重の差なく表わされているものではない。むしろ、「Coidas」の部分が大きな文字で、なおかつ太字で表わされているので、見るものは「Coidas」の部分を強く印象付けられるものである。また、観念においても、結合されるべき特段の理由もないので、一連一体にのみ称呼・観念されると判断することはできない。
 なお、原告使用標章1 中の「からだ系」の部分は、雑誌自体の内容を示そうとしているものである。編集者は、若い女の人たちに自分のからだを大切にすることに自覚的であることを求めて、からだに関するテーマを特に取り上げることを示しており、原告は、上記の思いを託して「からだ系コイダス」という表示を多くの場所で使用している。しかし、原告使用標章1から「コイダス」の称呼が生じるか否かの問題と、商標権者の主観的な意図の問題は明らかに異なるものである。使用商標からいかなる称呼が生ずるかは、使用商標の態様自体から客観的に判断されるべきものである。
(エ) 以上のほか、本件雑誌の第1号から第5号では、ゴシック体のローマ字「Coidas」と、その文字の「o」の文字の上に10分の1の大きさ(高さ比)のゴシック体の片仮名文字「コイダス」が配されている(別紙標章目録2参照。以下「原告使用標章2」という。)。原告使用標章2においては、「からだ系」の文字は、「コイダス」・「Coidas」 の上方に、「Coidas」の文字の2倍の大きさで書かれている(「コイダス」の字は極めて小さい。)。したがって、原告使用標章2では、「コイダス」・「coidas」 と「からだ系」の文字は一体に構成されているということはできない。
 また、本件雑誌の第6号では、「コイダス」・「coidas」の表示(ただし「コイダス」の字は極めて小さい。)の上方に、「Coidas」の文字の幅と同じ幅で「からだ系」の文字を配している(別紙標章目録3参照。以下「原告使用標章3」という。)。原告使用標章3における「コイダス」と「Coidas」の配置は原告使用標章2と同一であり、この2つの文字の間では文字が組み合わされていると考えることもできるが、これらと「からだ系」の文字との間には一体性があるとはいえない。
 また、本件雑誌の背表紙には、「Coidas」の文字と「からだ系」の文字が表示されているが(別紙標章目録4、5参照。以下「原告使用標章4、5」という。)、これらは文字種も字体も異なり、異なる色の背景の中に配されているので、「Coidas」だけが使用されているといえる。
 これら原告使用標章2ないし5の使用が、本件商標「コイダス/coidas」の使用であることは明らかである。
(オ) なお、本件商標は、片仮名文字「コイダス」を上段に、ローマ字「coidas」を下段に併記してなるものであり、片仮名文字とローマ字は同一の観念および称呼を生ずるものなので、片仮名文字「コイダス」だけを使用した場合も、ローマ字「coidas」だけを使用した場合も、いずれも登録商標の使用と認められるべきものである。
 これを原告使用標章についてみると、ローマ字「Coidas」が大きく表わされていて、片仮名文字「コイダス」が15分の1の大きさで表されているとはいえ、十分に本件商標の使用と認められるものである。
 また、原告は、「カラダ系」につき、登録第4263535号として商標登録を有している(出願日平成9年12月1日、登録日平成11年4月16日。甲41。以下「別件商標」という。)。本件雑誌においては、この別件商標と本件商標を組み合わせて使用しているものである。そして、それぞれの登録商標が個性を失って一連一体にのみ称呼・観念されるものでないことは、その使用態様から明らかである。
イ 審理不尽の違法について(取消事由2)
 本件審判の被請求人たる原告は、平成18年7月20日付けで特許庁から審判請求書副本の発送を受け、これに対して平成18年8月25日付けで審判答弁書を提出した。
 その後、審判請求人(被告)から弁駁書が提出され、原告には、平成19年3月14日付けで弁駁書副本が送付された。弁駁書に対する意見書の提出の期限は定められていなかったが、その内容に対しては議論の余地があったので、原告は意見書の準備に入り、内容の検討を始めていた。
 それにもかかわらず、上記弁駁書副本送付から12日しか経過していない平成19年3月26日付けで特許庁から審理終結通知書が発送され、上 記意見書提出の機会を失うこととなった。
 審判期間の短縮を目指し、手続きの迅速化を図ることには、原告も賛意を表すものであるし、一般的に事件が進行した後には、最初の答弁期間ほどの期間を要しないことも首肯できる。しかし、本件の場合、弁駁書には答弁書で提出した証拠についてことごとく否定する見解が述べられており、その一つ一つに対して反論する必要があること、事件が進行して論点が定まった状況にもなかったことが考慮されるべきであった。特に、原告使用標章が本件商標と社会通念上同一と見られる範囲内に属するかについて、被告から特許庁の審査基準と異なる特異な主張がされていたのであり、十分に対立点を明確にし議論を尽くす必要があった。
 したがって、本件審判には、当事者双方の主張が尽きるのを待たず、審理を尽くさなかった違法がある。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)、(2)の各事実は認めるが、(3)は争う。
3 被告の反論
 審決は、本件商標は原告により継続して3年以上日本国内において使用されていないものと正当に認定判断したものであって、審決に原告主張の違法はない。
(1) 取消事由1に対し
ア 原告は、本件雑誌に原告使用標章が付されていることから、本件商標の使用の事実を主張するが、本件雑誌はいずれも平成10年12月1日ないし平成12年10月28日に発行されたものであり、これらはいずれも本件取消審判予告登録日である平成18年7月14日から遡ること3年以内に発行されたものでないことは明らかである。そのため、本件雑誌の存在のみでは、本件商標の使用の事実を証明することはできない。ちなみに、本件雑誌に関する国立国会図書館のウェブサイトにおける書誌情報(乙2)中の「休・廃刊注記」の項には、「2001年1月限り廃刊」との記載が認められることからも、本件取消審判予告登録日前3年以内に使用されている事実がないことは明らかであり、その結果、原告には法的に保護すべき業務上の信用がないことが分かる。
 この点、原告は、本件雑誌を上記予告登録日前3年以内に販売した事実を証するものとして、雑誌「コイダス/coidas」の注文記録なる証拠(甲7の1) を提出する。しかし、同証拠は、その書面上、誰が販売したのか、何を販売したのか、というその販売の主体、客体がともに不明であるため、証拠力は極めて弱く、これによっては本件商標の使用の事実は立証できないものといわざるを得ない。よって、原告の主張は、失当である。
 なお、原告は、本件商標の使用の事実は、インターネットの検索等によっても容易に確認できるなどと主張するが、このような主張は、法の定める「使用」の概念についての重大な誤認を前提としたものであり、妥当性を欠くものである。すなわち、一般に、法2条等の定める「使用」とは、その商標を単に表示するものでは足りず、その商標が商標の本質というべき自他商品又は役務の識別標識としての機能を発揮した態様で使用されていることを要するとされている。しかし、インターネット上の検索エンジンによる検索結果は単にキーワードを含むウェブサイトがインターネット上に存在することを示すだけであるため、その商標がその指定商品に使用されているか、及び、そもそもその商標が上記法の定める「使用」であるかが全く不明である。そして、原告がその主張の根拠として挙げるインターネット検索の結果やウェブサイトに係る証拠についても、単に「コイダス」の文字を表示するものにほかならず、このような単なる表示は、自他商品の識別標識としての機能を発揮しうる態様での使用とはいえないから、原告の上記主張は失当である。
イ 原告は、原告使用標章の称呼が「カラダケイコイダス」のみであると認定するのは誤りである旨主張する。
 しかし、原告が本件商標を使用した事実の証拠として提出しているものは、別紙標章目録記載のとおり、すべて「からだ系Coidas」又は「からだ系コイダス」と表示され、その構成態様ならびに取引の実情のいずれの諸点に鑑みても、原告使用標章からは単に「カラダケイコイダス」の称呼のみが生ずるというべきであって、この点について審決に所論の違法性はない。
 また、原告が販売する本件雑誌は、背表紙部分(原告使用標章4、5)からも明らかなように、「からだ系Coidas」の名の下に販売されているのが取引の実情である(甲5の奥付部分及び甲20〜29参照。)このような取引の実情があるにもかかわらず、単に文字種、書体、文字の大きさが異なるといった理由のみをもって、単に「コイダス」の称呼のみを生ずるとの原告の主張は、取引の実情を完全に無視したものであって、合理的な根拠を欠くものといわざるを得ない。
 なお、本件雑誌第10号の奥付部分には「からだ系Coidas」との表記がされており、かかる表記は当該雑誌の名称が「からだ系Coidas」であることを端的に示している。また、第1号ないし第10号の背表紙部分からも「からだ系Coidas」が当該雑誌の名称であることが容易に理解できる。さらに、国立国会図書館のウェブサイトにおける書誌情報(乙2) によれば、本件雑誌のタイトルは「からだ系Coidas」と登録されていることが分かる。このように、本件雑誌が「からだ系Coidas」の名称で取引されている事実は明らかである。よって、原告の主張は、失当である。
ウ 原告は、大小のある文字からなる商標は、原則として、大きさの相違するそれぞれの部分からなる商標と類似すると解すべきであり、これを原告使用標章に当てはめると、それぞれの大きさの文字に従って、「コイダス」の称呼と、「カラダケイ」の称呼が別々に生じると主張する。しかし、このような主張は、社会通念上同一の概念と類似の概念を混同したものである。
 すなわち、登録商標の社会通念上の同一性について規定する法50条1項かっこ書の趣旨は、過剰な防衛的出願・登録を抑制することによって早期権利付与の確保を図る点にある。他方、商標の類似の概念は、商標の類似範囲を取引の経験則上一般に出所の混同を生ずる範囲と擬制することで、速やかに需要者の出所の混同を生じさせる登録を排除し、かつ、使用を禁止させるべく導入された概念である。このように、登録商標の社会通念上同一の概念と商標の類似の概念とはその趣旨を異にするものであるため、全く別個のことといわなければならない。そうであるにもかかわらず、これらの概念を混同する原告の主張は、合理的な根拠を欠くものといわなければならない。
 そして、確かに、法50条1項かっこ書には、社会通念上同一と認められる商標としての基準として、〔T〕書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、〔U〕平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであって同一の称呼及び観念を生ずる商標、〔V〕外観において同視される図形からなる商標、が例示されているが、これらの基準をみれば明らかなように、単に使用商標の一部から登録商標と同一の称呼が生じることのみをもって、使用商標と登録商標とが社会通念上同一であると認めることはできない。したがって、原告の主張は失当である。
エ 原告は、本件商標の構成態様からすれば、「コイダス」の片仮名文字部分又は「Coidas」の欧文字部分のいずれかを使用した場合であっても、本件商標の使用と認められるべきものである旨主張する。
 しかし、原告使用標章は、前記イのとおり、構成態様は違っても、いずれも「からだ系Coidas」であることは明らかである。そのため、原告使用標章が「コイダス」・「coidas」であるとの誤った認定を前提とする原告の主張は理由がない。
(2) 取消事由2に対し
 原告は、審判には審理不尽の違法がある旨主張する。
 しかし、本件の審判の審理段階において、原告には適法に答弁期間が与えられており、原告はその期間内に答弁を行っている。証拠の提出が不十分であると考えるのであれば、証拠を追加して提出することも可能であったはずである。そうであるにもかかわらず、原告は何らその対応を採っていない。また、いずれにしても、被告が請求した不使用取消審判の審理段階において、原告が提出した証拠によっては、その請求を免れないことは明らかであった。
 したがって、原告の主張は失当であって、審決に所論の違法はない。
 なお原告は、原告使用標章が本件商標と社会通念上同一と見られるかにつき特許庁の審査基準と異なる特異な主張を被告がしていた旨述べるが、上述したように、社会通念上同一の概念と類似の概念とは全く別個のものであって、使用商標と登録商標とが社会通念上同一と認められるか否かについて商標審査基準を用いるのはそもそも筋違いである。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)、(2)(審決の内容)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 原告による本件商標の使用の有無(取消事由1)について(1)証拠(甲1、2の1〜4、3〜6、7の1、2、20〜29、32、33、36、37、41)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
ア 原告は、平成10年〔1998年〕12月1日付けで本件雑誌の第1号(甲20)を創刊し、その後、平成11年〔1999年〕3月1日付けで第2号(甲21)、平成11年〔1999年〕5月1日付けで第3号(甲22)、平成11年〔1999年〕7月1日付けで第4号(甲23)、平成11年〔1999年〕9月1日付けで第5号(甲24)、平成11年〔1999年〕11月1日付けで第6号(甲25)を発行し、また、平成12年〔2000年〕4月2日付けで「2000年vol.1」(第7号。甲26)、平成12年〔2000年〕6月15日付けで「2000年vol.2」(第8号。甲27)、平成12年〔2000年〕8月15日付けで「2000年vol.3」(第9号。甲28)、 平成12年〔2000年〕10月28日付けで「2000年vol.4」(第10号。甲29)を発行したが、以後は休刊している。(甲20〜29、弁論の全趣旨)
イ 本件雑誌の第7号ないし第10号には、以下の構成からなる原告使用標章1が付されている。すなわち、概ね別紙標章目録1のとおり、その表紙の最上段に、白抜き(第7号、甲26)、青色(第8号、甲27)、赤色(第9号、甲28)又は黒色(第10号、甲29)の太ゴシック体のローマ字で、「Coidas」と大書し、その「o」の文字の上にこれと同色のゴシック体の小さな平仮名文字で「からだ」、同じく「d」の文字の上に同色の小さな漢字で「系」を配し、さらに、「C」の文字の中に同じ色(ただし、第10号は赤色)のゴシック体でかつ更に小さな(「C」の約15分の1)片仮名で「コイダス」を配したものである。上記「Coidas」の文字は、「からだ」、「系」の文字より高さで約4.5倍の大きさであり、「コイダス」の文字より高さで約15倍の大きさである。また、「a」の文字の上には星形の図形が、「s」の右側には「s」を囲むようにして三日月形の図形が配置されている(甲26〜29)。
ウ 本件雑誌のうち、第1号ないし第5号には、以下の構成からなる原告使用標章2が付されている。すなわち、概ね別紙標章目録2のとおり、その表紙の最上段付近に黒色で「からだ系」と大書され、その直下に、その約2分の1の大きさで、ゴシック体のローマ字により「Coidas」と黒色表示され、かつ、その「o」の文字の上に、上記ローマ字の約10分の1の大きさ(高さ比)でかつ「C」と「i」に挟まれる形で、ゴシック体の片仮名文字により「コイダス」と黒色表示されている。上記「Coidas」との表示及び「コイダス」との表示は、第1号ないし第3号(甲20ないし甲22)では左詰めに、第4号及び第5号(甲23、24)では右詰めに配置されている。また、「からだ系」の文字のうち「系」の文字は、その左下部が着色された三日月形の図形により表されている。(甲20〜24)
エ 本件雑誌の第6号(甲25)には、以下の構成からなる原告使用標章3が付されている。すなわち、概ね別紙標章目録3のとおり、その表紙の最上段左部に「からだ系」の文字が黒色で表示され、その直下に、これと同じ幅ないし高さで、ゴシック体のローマ字により「Coidas」と黒色表示され、かつ、その「o」の文字の上に、上記ローマ字の約10分の1の大きさ(高さ比)で、ゴシック体の片仮名文字により「コイダス」と黒色に表示されている。上記「からだ系」の文字のうち「系」の文字は、その左下部が着色された三日月形の図形により表されている。(甲25)
オ 本件雑誌の各背表紙には、以下の構成からなる原告使用標章4、5が付されている。
 すなわち、本件雑誌の第1号ないし第6号(甲20ないし甲25)の背表紙には、「からだ系」と「Coidas」の文字が、ほぼ同じ幅で、原告使用標章2と同様の書体により、隣合せにして配されている。ただし、両文字は、ほぼ1文字分の間が空いているほか、異なる地の色で区分されており、また、第2号を除き文字色も異なっている(原告使用標章4参照。 )(甲20〜25)
 また、本件雑誌の第7号ないし第10号(甲26ないし甲29)の各背表紙には、「Coidas」の表示と、これに1文字程度の間を置いてゴシック体で「からだ系コイダス」との表示が配されている(原告使用標章5参照)。(甲26 〜29)
カ なお、本件雑誌の第7号ないし第9号(甲26ないし甲28)の裏表紙には、「からだ系コイダスのしくみ」(文字の色は黒、青又は白抜き)と題して、その全面を用いて雑誌の内容の説明が記載されるとともに、左下部に小さな文字で「コイダスとは…ギリシャ語でコ・イッ・トウ→快感のことです。女の人のからだとココロの気持ちよさを探していくのが、コイダスCoidasの目標です」と記載されており、また、同裏表紙の中に原告使用標章1と同様の文字及び図形を縮小した表示が1つあるほか、「コイダス」の文字は、「コイダスでつながった『系』が質の高い、温かい情報を送り合います!」などとして、「からだ系」の文字とは組み合わされず、単独で使用されている。(甲26 〜28 )
 また、本件雑誌の第6号(甲25)の裏表紙には、ゴシック体で「Coidas」と「通販」の文字を2段組にした表示や、縦書きのゴシック体で「coidas●」とする表示が付されている。(甲25)
キ 原告は、本件雑誌のバックナンバーを、原告のウェブサイトや原告が販売を委託している株式会社翔雲社のホームページを通じて販売しており、平成15年9月から10月までに第3号と第6号が各1冊、平成16年2月から11月までに第1号から第6号が各1冊、第7号から第9号が各3冊、第10号が2冊販売され、さらに平成17年2月から10月までに第1号、第7号から第10号が各1冊販売された。(甲2の1〜4、3、4、7の1・2、32、33、36、37、弁論の全趣旨)
ク 原告は、「カラダ系」につき、別途、登録第4263535号として商標登録を有している(出願日平成9年12月1日、登録日平成11年4月16日)。(甲41)
(2) 以上によれば、原告の発行する本件雑誌には、「Coidas」、「コイダス」、「からだ系」との表示等が組み合わされた原告使用標章1ないし5が付されていることが認められる。
 そこで、本件商標と原告使用標章とが社会通念上同一といえるかについて検討する。
ア 本件商標は、前記第3の1(1)アに述べたとおり、片仮名の「コイダス」とローマ字の「coidas」を2段に配した構成よりなる商標である。
イ これに対し原告使用標章1は、前記(1)イのとおり、「Coidas」、「コイダス」、「からだ系」との文字及び三日月や星の図形表示が大小取り混ぜて組み合わされたものである。
 これを対比してみると、@本件商標が2段の構成をしているのに対し、原告使用標章1はローマ字の「C」の中に片仮名部分を縮小して配している点、A本件商標はローマ字部分がすべて小文字で構成されているのに対し、原告使用標章1は「c」のみが大文字で構成されている点、B本件商標が「コイダス」と「coidas」の文字から構成されているのに対し、原告使用標章1はこれに「からだ系」の文字及び三日月や星の図形表示が組み合わされている点で、外観上の差異が認められる。
 この点、上記@及びAの差異は、「コイダス」が「coidas」の日本語表記にすぎないこと、また、観念及び称呼において新たなものを付加するものではないことからすれば、本件商標と原告使用標章1とが社会通念上同一と解する上で妨げとなるものではない。
 また、上記Bの差異のうち、三日月や星の図形表示については、かわいらしさ、女性らしさを想起させる図形として、しばしば用いられるデザインであるところ、前記(1)カのとおり、本件雑誌は「女の人のからだとココロの気持ちよさを探していく」ことを目標とする女性向けの雑誌であり、当該図形部分はその内容を想起させるものと位置付けることでき、しかも、当該図形部分は中抜きの線のみで表示され、視覚的な効果として大きなものとはいい難く、独自の称呼を生ずるものでもないことを併せ考慮すれば、当該図形部分だけが看者に特別な印象を与えるものとはいえない。
 さらに、上記Bの差異のうち、「コイダス/coidas」との文字に「からだ系」の文字が組み合わされている点についてみると、前記(1)イのとおり、上記「Coidas」の文字は、「からだ系」の文字より高さで約4.5倍の大きさであり、しかも、太字のゴシック体であること、これに対し、「からだ系」の文字は細字のゴシック体であり、かつ、「i」 の文字により「からだ」と「系」に分断されていることが認められ、外観上、これが直ちに一連一体のものであるとはいい難い。しかも、「〜系」との語は系統立った分類を示すものであるから、「からだ系」との文字は表紙上のその余の表示と相まって本件雑誌の内容(女性の健康問題等)を分類する語として独自の観念を生じるものであり、原告が前記(1)クのとおり「カラダ系」の言葉につき商標登録を得ているのも、この点を考慮したものと推認できる。他方、前記(1)カのとおり、「コイダス」とはギリシャ語の「コ・イッ・トウ」、すなわち快感を意味するものとされているが、このような意味が我が国で普遍的であるとは認め難いことからすれば、「コイダス/coidas」との文字自体からは独自の観念が生じるとは解し難い。そうすると、本件雑誌の表紙において、「コイダス/coidas」との文字と「からだ系」との文字が組み合わされていたとしても、「からだ系」の文字につき、本件雑誌の内容を示すものという意義を見出すことはできても、これと「コイダス/coidas」とが一連一体のものと解すべき必然性は乏しいといわなければならない。そして、以上のような観点からみれば、称呼の点においても、「カラダケイコイダス」との称呼のほか、「コイダス」との称呼も併存し得るというべきである。したがって、上記Bの差異についても、原告使用標章1と本件商標とが社会通念上同一であると解する上で妨げとなるものではない。
 以上の事情を総合すれば、原告使用標章1 は、本件商標と社会通念上同一と認めるのが相当である。
ウ 次に、原告使用標章2について検討する。原告使用標章2は、前記(1)ウのとおり、本件雑誌の最上段付近に、黒色で「からだ系」と大書され、その直下に、その約2分の1の大きさで、ゴシック体のローマ字により「Coidas」と黒色表示され、かつ、その「o」の文字の上に、上記ローマ字の約10分の1 の大きさ(高さ比)で、ゴシック体の片仮名文字により「コイダス」と黒色表示され、また「からだ系」の文字のうち「系」の、文字は、その左下部が着色された三日月形の図形により表されたものである。
 これを本件商標と対比してみると、@本件商標が2段の構成をしているのに対し、原告使用標章2は片仮名部分(コイダス)がローマ字の「o」の上に「C」と「i」に挟まれる形で縮小して配されている点、A本件商標はローマ字部分がすべて小文字で構成されているのに対し、原告使用標章2は「c」 のみが大文字で構成されている点、B本件商標が「コイダス」と「coidas」の文字から構成されているのに対し、原告使用標章2はこれに「からだ系」の文字及び三日月の図形表示が組み合わされている点で、外観上の差異が認められる。
 この点、上記@及びAの差異が、本件商標と原告使用標章2を社会通念上同一と解する上で妨げとなるものではないことは、前記イにおいて述べたところから明らかである。
 また、上記Bの差異のうち、三日月の図形表示が組み合わされている点についても、前記イにおいて述べたところがそのまま当てはまるというべきである。
 さらに、上記Bの差異のうち、「からだ系」の文字が組み合わされている点についてみると、原告使用標章2においては、「Coidas」 の文字は「からだ系」の文字の約2分の1、面積比でいえば約4分の1であり、そのフォントも異なっていることからすれば、外観上、両者を一連一体のものとみることができないことは明らかである。のことに、原告使用標章2の観念及び称呼を考慮すれば、上記Bの差異についても、原告使用標章2が本件商標と社会通念上同一であると解する上で妨げとなるものではない。
 以上を総合すれば、原告使用標章2は、本件商標と社会通念上同一と認めるのが相当である。
エ 次に、原告使用標章3について検討する。原告使用標章3は、前記(1)エのとおり、本件雑誌の表紙の最上段左部に「からだ系」の文字が黒色で表示され、その直下に、これと同じ幅ないし高さで、ゴシック体のローマ字により「Coidas」と黒色表示され、かつ、その「o」の文字の上に、上記ローマ字の約10分の1の大きさ(高さ比)で、ゴシック体の片仮名文字により「コイダス」と黒色に表示され、また、上記「からだ系」の文字のうち「系」の文字は、その左下部が着色された三日月形の図形により表されているものである。
 これを本件商標と対比してみると、原告使用標章2について述べた前記ウの@ないしBの差異と基本的に同様であり、ただ原告使用標章3においては「からだ系」の文字と「Coidas」の文字が同じ大きさである点において異なるのみである。
 そして、原告使用標章3において、「からだ系」と「Coidas」の文字との間において外観上、大小の優劣は直ちにつけ難いものの、その使用されるフォントは異なっていることや、前記イに述べた「からだ系」及び「Coidas」の語の観念に加え、上記両文字が一連ではなく2段で表記されていることを併せ考慮すれば、これらを一連一体のものと解すべき必然性は認め難く、その称呼においても、「カラダケイコイダス」のほかに「コイダス」との称呼も併存すると解することができるというべきである。
 そうすると、原告使用標章3は、本件商標と社会通念上同一と認めるのが相当である。
オ 次に、原告使用標章4について検討する。原告使用標章4は、前記(1)オのとおり、「からだ系」と「Coidas」の文字が、ほぼ同じ幅で、原告使用標章2と同様の書体により、隣り合わせにして配されているものであるが、両文字は、ほぼ1文字分の間が空いているほか、異なる地の色で区分されており、また、本件雑誌第2号を除き文字色も異なっているのであって、両者が一連一体のものといえないことは明らかである。そして、「Coidas」との標章と本件商標が社会通念上同一であることは、既に述べたところから明らかというべきである。
 また、原告使用標章5は、前記(1)オのとおり、原告使用標章1を縮小した表示と、これに1文字程度の間を置いてゴシック体で「からだ系コイダス」との表示が配されているものであるところ、原告使用標章1が本件商標と社会通念上同一であることは、前記イに述べたとおりである。そして、これと「からだ系コイダス」とのゴシック部分とを一連一体とみるべき事情は存しないから、原告使用標章5についても本件商標と社会通念上同一というべきである。
(3) 以上のとおり、本件雑誌に付された原告使用標章1ないし5は、いずれも本件商標と社会通念上同一であると認められる。
 そして、前記(1)キによれば、本件雑誌は、その第1号から第10号のいずれについても、本件審判請求の予告登録の日である平成18年7月14日より前3年以内に販売されたことが認められる。
 したがって、原告は、本件審判請求の予告登録の日である平成18年7月14日より前3年以内に、本件商標と社会通念上同一と認められる標章を、本件商標の指定商品である「印刷物」に付して使用していたものと認めることができる。
3 結論
 以上によれば、原告主張のその余の取消事由について検討するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。 よって、原告の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 澁谷勝海

(別紙)標章目録
1 原告使用標章1 略
2 原告使用標章2 略
3 原告使用標章3 略
4 原告使用標章4 略
5 原告使用標章5 略
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