判例全文 | ||
【事件名】“大阪みたらしだんご”不正競争事件(2) 【年月日】平成19年10月25日 大阪高裁 平成19年(ネ)第1229号 不正競争行為差止等請求控訴事件 (原審・大阪地裁平成18年(ワ)第140号) (当審口頭弁論終結日 平成19年8月28日) 判決 控訴人(1審原告) A 同訴訟代理人弁護士 辻本希世士 同 笠鳥智敬 同 松田さとみ 同補佐人弁理士 辻本一義 同 窪田雅也 同 神吉出 同 上野康成 同 森田拓生 同 種市傑 被控訴人(1審被告) 株式会社向新 同代表者代表取締役 B 同訴訟代理人弁護士 兵頭厚子 同 上原健嗣 同 上原理子 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、原判決別紙イ号物件目録記載の物件及び同物件の包装紙、包装2箱、紙袋につき、「元祖」の表示をしてはならない。 3 被控訴人は、「元祖」の表示がある原判決別紙イ号物件目録記載の物件の包装紙、包装箱、紙袋を廃棄せよ。 4 被控訴人は、控訴人に対し、1億円及びこれに対する平成18年1月22日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 1 本件は、和菓子を製造販売する控訴人から、同業で競争関係にある被控訴人に対して、@控訴人の周知商品等表示である標章(大阪みたらし小餅)に類似する標章(大阪みたらし元祖だんご)を被控訴人が使用して混同を生じさせているから、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号に該当する、A控訴人の周知商品等表示である商品形態と同一又は類似する商品形態を使用して混同を生じさせているから、同号に該当する、B被控訴人が販売する商品の包装紙等に「元祖」の表示を付している行為が、内容又は品質について誤認させるような表示であり、同項13号に該当する、C被控訴人が販売する商品の包装紙等に「元祖」の表示を付している行為が、控訴人の営業上の信用を毀損する虚偽の事実の告知行為であり、同項14号に該当するとして、それらに関する差止、廃棄及び損害賠償を請求した事案である。 原審は控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人は、上記B・Cに係る請求を棄却した部分につき、前記第1のとおり本件控訴を提起し、上記@・Aに係る請求(原判決別紙イ号物件目録記載の物件及びその包装紙等につき「大阪みたらし」の表示の差止、同表示のある包装紙等の廃棄、同物件の製造等の差止、同物件の廃棄及びその製造に必要な装置の除去の各請求)については不服申立をしなかった。 本件の争点は、@「元祖」表示が品質誤認表示行為にあたるか(不競法2条1項13号該当性・原審争点(3))、A「元祖」表示が営業誹謗行為にあたる3か(同項14号該当性・原審争点(4))、B控訴人の損害(原審争点(5))である。 2 基礎となる事実、争点及び当事者の主張は、以下のとおり当審での補充主張を付加する他は、原判決「事実及び理由」第2・2、3(3)、(4)のうち、上記B・Cに係る請求部分記載のとおりであるからこれを引用する。ただし、原判決の「原告商標」、「被告商標」の用語をそれぞれ「控訴人標章」、「被控訴人標章」と改め、「原告商品」、「被告商品」を「控訴人商品」、「被控訴人商品」といい、その他の用語はそのまま用いる。 〔控訴人〕 (1) 「元祖」表示が品質誤認表示行為にあたるか ア 不競法2条1項13号の趣旨からすると、顧客が商品の選定に際して参考にする情報が客観的に誤ったものであれば広く品質誤認表示にあたると判断すべきであり、また、誤認表示にあたるか否かは、一般的な需要者を基準として当該表示に接した場合に誤認が生ずるかによって判断すべきであって、商品の客観的な特色に該当する情報のうち需要者の商品選定に影響を与えるものは、広く同号の「品質」にあたると解すべきである。 被控訴人商品のような食品については、商標登録拒絶査定審決で「元祖」の文字は「ものごとを始めた者」を意味する語であり、当該商品を初めて作り出した者の意で商品の品質を誇称して表示する場合によく使用される語であるなどと判断されており(甲27)、「物事を初めてしだした人」の意味において需要者の商品選択の重要な要素になる(甲47、48)。特にアイデア商品については、今まで誰も思い付かなかったアイデアを思い付いた点に重要な価値があり、これが需要者の商品選定の重要な考慮要素となる。「元祖」表示を見た需要者において、かかる表示を付する者が最初に当該商品を思い付いた者であるところに希少価値を求めて誘引されることは社会通念上明らかである。 控訴人商品は、たれがあるので食べづらい伝統的な菓子であるみたらし団子を、醤油だれと餅生地を逆にした点に特徴のある画期的なアイデア商品、斬新な商品であるから、これを考え出した者であること自体に大きな価値があり、「元祖」表示は「製造販売を継続している中で最古のもの」ではなく「物事を初めてしだした人」の意味において、需要者の商品選定に大きな影響を与える。控訴人・被控訴人ともこの点に価値を見いだし、他の商品との差別化を図り販売しているものであり、被控訴人も被控訴人商品の最大の売りとして「元祖」であることを自ら積極的に宣伝広告している。 控訴人商品がインターネット掲示板でまがい物扱いされたこと(甲28〜30、40)は、「元祖」表示が一般需要者に対して与える印象を決定づける。一般需要者は控訴人商品との比較において被控訴人商品が伝統がある優位性のある商品と認識する。販売を継続できたのは優れた品質が顧客に支持されたからであるとして、「元祖」を「製造販売を継続している中で最古のもの」と解するのは、判断することが著しく困難な主観的かつ抽象的意味での品質の良し悪しを前提とするもので誤りである。 しかるに、控訴人がかかる商品を最初に思い付いた事実は控訴人の特許出願日や被控訴人出願の実用新案無効審決の内容から明らかである(甲3、21)。 控訴人は、レオン(レオン自動機株式会社)に相談する前からみたらし団子のたれを餅生地の中に入れることを考えていたのであり、みたらしだれ餅の配合表(甲25)は同社の当時の担当者から相談後に参考として送付されたにすぎない(甲49)。被控訴人は、その主張において自身が逆バージョンのみたらし団子の発案者でないことを認めており、被控訴人が「元祖」表示をすることで他の業者との関係で競争上不正に優位に立つ。 イ 「元祖」を「製造販売を継続している中で最古のもの」と解したとしても、控訴人は平成元年4月ころから平成4年6月ころまで控訴人商品に使用する米粉を仕入れていたから(甲26)、平成3年12月以前は販売実績がなかったかないに等しかったとするのは過小評価である。 控訴人商品が平成元年ころから販売を開始したとの新聞記事(甲42)は客観性が高く信用性がある。 餅生地と食感を重視して平成4年6月以降の控訴人商品とそれ以前の同商品を区別して販売継続性がないとするのは、「醤油だれを餅生地で包み込んだみたらし団子」であることを商品の特徴とすることと矛盾する。インターネット掲示板における需要者の反応を見ても、需要者は「団子の中に醤油だれが入っている」との観点から控訴人・被控訴人商品のどちらが「元祖」かを吟味しており、食感等に変更が加えられたからといって「元祖」でなくなるものではない。控訴人商品の上記特徴は販売開始時である平成元年以降中断したことはなく継続しているから、食感等を修正するために販売を留保した時期が存することを根拠に販売継続性を否定すべきではない。 ウ 原判決は、「元祖」表示が内容誤認表示行為に該当するかを判断していないが、商品の「内容」は、販売される際の要素となる商品の実質や属性を意味するところ、「元祖」表示は、控訴人商品のようなアイデア商品である食品において使用される場合は、需要者の商品選定に大きな影響を及ぼす属性に該当するから、「内容」にあたる。 (2) 「元祖」表示が営業誹謗行為にあたるか 「元祖」を「製造販売を継続している中で最古のもの」との解釈は誤りであり、「初めてしだした人」の他が真似であることは社会通念上一般的な理解である。特に、控訴人・被控訴人のような典型的な競業者の場合、一方が他方の商品を意識して営業活動を行っていることは明らかであり、控訴人商品のようなアイデア商品の販売を後発的に開始した業者は、先発業者の商品を真似したものと需要者に理解されてしまうリスクを一般的に孕んでいるため、「元祖」表示は控訴人の営業誹謗行為にあたる。 〔被控訴人〕 (1) 「元祖」表示が品質誤認表示行為にあたるか ア 「品質」とは商品の原材料、質、性能、効果等の商品の属性や成分を意味するところ、「元祖」表示は品質に関する表示に該当しない。みたらし団子の需要者は、価格や美味か否かの観点から商品を選定するものであって、初めて販売された商品ないし初めて商品として販売した人を「元祖」と解するとしても、元祖であるから品質が優れているわけではないから、商品選定に影響する要素となりえない。 みたらし団子は安価な伝統的菓子であり、控訴人商品が醤油だれと餅生地を逆にした点に特徴のある画期的なアイデア商品であるとしても、最近は餅生地の中にみたらしだれ、胡麻だれ、フルーツソース等の液状餡を内包した菓子が市場に多く出回っており、一般需要者は誰が発案したのか、あるいは製造販売を継続する中で最古のものはどれかなどに格別の意味を見いだすものではなく、かかる要素は商品選択に大きな影響を与えない。 控訴人は、餅生地の中に醤油だれを入れた逆バージョンのみたらし団子を最初に発案して製造販売した者でもない。発案者は菓子機械の製造販売を業とするレオンであった。 イ 被控訴人は、平成3年8月にレオンから製造機械を購入し、材料の配合や製造方法に工夫を重ね、平成4年2月からみたらしだれ餅と銘打って醤油だれを餅生地で包み込んだみたらし団子を商品化して販売を開始し、平成6年9月の関西空港開港と同時に大阪土産として被控訴人商品の販売を開始し、全国的な販売を開始してかかる製品を初めて全国に周知させた菓子業者であるから、「元祖」表示は誤りではない。 (2) 「元祖」表示が営業誹謗行為にあたるか争う。 第3 当裁判所の判断 1 「元祖」表示による品質誤認表示行為の有無(不競法2条1項13号) (1) 原判決「事実及び理由」第3・3記載のとおりであるからこれを引用する。当裁判所もかかる請求は理由がないと判断する。 (2) 控訴人の当審補充主張 ア 控訴人は、商品の客観的な特色に該当する情報のうち需要者の商品選定に影響を与えるものは、広く同号の「品質」にあたると解すべきであるところ、「元祖」は「ものごとを始めた者」を意味する語であり、当該商品を初めて作り出した者の意で商品の品質を誇称して表示する場合によく使用される語であって、特に控訴人商品のようなアイデア商品については、アイデアを思い付いた点に重要な価値があり、これが需要者の商品選定の重要な考慮要素になるなどと主張する。 しかるに、引用に係る原判決の認定・説示のとおり(15頁20行目〜17頁7行目)、同種の菓子食品であっても品質等(原材料、成分・栄養分、添加物の有無、味覚、食感、消費期限、保存方法等)、様々な点に違いがあるのが通常であって、一番最初に当該商品についての着想を得る等した者が製造した商品であるからといって、必ずしもその品質が優れているとは限らないから、「元祖」を上記のように解したとしてもかかる表示が直ちに商品の特定の品質に結びついて商品選定に影響するとは認められない。また、「一家系の最初の人」も意味する「元祖」の語義からすれば、一般論としてはこれを付した商品が相応の歴史・伝統を有するものとして商品選定に何がしかの影響を及ぼすことがあり得るとしても、本件商品のような新しい着想による、歴史・伝統の浅い商品について「元祖」表示を付することが、その品質に係る優位性を強調することに繋がるとは必ずしもいえず、かかる商品についての「元祖」表示が、直ちに商品選定に影響するとは認められない。 また、仮に、かかる意味での「元祖」表示をもって品質についての表示と見うるとしても、控訴人が平成元年5月30日にした特許出願(甲3、4、16、21、22、43)より前に、レオンがみたらしだれ等の液状の蜜を餅生地で包んだ和菓子の製造機械を開発して販売していたこと(乙18)、被控訴人も、レオンから上記機械を導入して、同社提供の配合表を参考としつつ、独自に被控訴人商品を開発して製造販売を開始したものであること(乙11、17)、及び引用に係る原判決の認定・説示のとおりの控訴人商品の製造経緯(16頁9行目〜17頁3行目、20頁9行目〜22頁4行目)に照らせば、着想、研究・試作の点はともかく、控訴人が開発、及び試験販売に至るのは平成4年6月からであって、控訴人商品の製造販売の程度と対比した被控訴人商品の製造販売の経緯と規模からして、商業的には被控訴人が上記商品を一番最初に製造販売して一般需要者に認知させたともいい得るものであり、被控訴人商品について「元祖」表示をすることが品質誤認表示にあたると直ちに認めるに足りない。 さらに、控訴人は、被控訴人は「醤油だれを餅生地で包み込んだみたらし団子」の着想者でないことを自認しており、被控訴人が「元祖」表示をすることで他の業者との関係で競争上不正に優位に立つとも主張するが、以上の検討に照らせば、かかる主張も採用できない。 イ 控訴人は、原判決が説示したように「元祖」を「製造販売を継続している者の中で最古の者」と解したとしても、控訴人は平成元年4月ころから平成4年6月ころまで控訴人商品に使用する米粉を仕入れていたこと、平成元年ころから販売を開始したとの新聞記事は客観性が高く信用性があることからすれば、食感等を修正するために販売を留保した時期が存するとしても販売継続性が否定されるべきではないこと等を主張して、控訴人が上記の意味でも「元祖」にあたると主張する。 しかし、前記引用に係る原判決の認定・説示のとおり(17頁9行目〜22頁11行目)、米粉の仕入れは、研究・試作の目的の少量のものも含めて何回か納入したことがあるとの趣旨と解されること、控訴人が「みたらし小餅」を「89年(平成元年)に販売を始めた」との記載がある新聞記事(甲42)は、取材内容等の裏付けが何ら明らかでなく、単にかかる記事が新聞に掲載されたことをもってその内容が客観性が高く信用できるとまでいえないこと、控訴人自身が醤油だれを餅生地で包み込んだみたらし団子を開発後しばらくは製造しておらず、一部店舗で断続的に販売を繰り返したことを自認していること等からすれば、控訴人が被控訴人に先立って平成5年より前から現在まで継続してかかる商品を製造販売していたと認めることはできず、その意味でも、被控訴人が被控訴人商品について「元祖」表示をすることが品質誤認表示にあたると認めるに足りない。 ウ 控訴人は、商品の「内容」は、販売に際して要素となる商品の実質・属性を意味するところ、「元祖」表示がアイデア商品である食品において使用される場合は、需要者の商品選定に大きな影響を及ぼすから「内容」にあたるとも主張するが、以上の検討によれば直ちに採用できない。 2 「元祖」表示による営業誹謗行為の有無(不競法2条1項14号) (1) 原判決「事実及び理由」第3・4記載のとおりであるからこれを引用する。当裁判所もかかる請求は理由がないと判断する。 (2) 控訴人の当審補充主張 控訴人は、「元祖」を「製造販売を継続している者の中で最古の者」と解釈するのは誤りであり、また「初めてしだした人」の他が真似であることは社会通念上一般的な理解であって、特に、控訴人・被控訴人のような典型的な競業者の場合、アイデア商品の販売を後発的に開始した業者は、先発業者の商品を真似したものと一般需要者に理解されるリスクを孕んでいるから、「元祖」表示は控訴人の営業誹謗行為にあたると主張する。 しかし、前記引用に係る原判決の認定・説示のとおり(22頁13行目〜23頁7行目)、「元祖」表示は、自らについて説明するものといえても、他の同業者について何ら述べるものではないから、それのみでは他の同業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布したといえないなど、かかる主張は採用できない。 3 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、 原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、以上の認定、判断を覆すほどのものはない。 よって、その余の点につき判断するまでもなく控訴人の請求はいずれも理由がないから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 若林諒 裁判官 小野洋一 裁判官 菊地浩明 |
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