判例全文 line
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【事件名】類似「正露丸」販売事件(2)
【年月日】平成19年10月11日
 大阪高裁 平成18年(ネ)第2387号 不正競争行為差止等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成17年(ワ)第11663号)
 (当審口頭弁論終結日 平成19年7月10日)

判決
控訴人(1審原告) 大幸薬品株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 三山峻司
同 井上周一
同 金尾基樹
被控訴人(1審被告) 和泉薬品工業株式会社
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 谷口達吉
同 向井理佳
同 瀧澤崇
同補佐人弁理士 藤本昇


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、ロートエキスを含有する胃腸薬(止瀉薬)につき、原判決別紙被告製品目録1ないし3記載の包装を使用してはならず、又は同包装を使用した胃腸薬を製造販売し若しくは販売のために展示してはならない。
3 被控訴人は、ロートエキスを含有する胃腸薬(止瀉薬)につき、同別紙被告標章目録1記載の表示を使用し、又は同表示を使用した胃腸薬を製造販売し若しくは販売のために展示してはならない。
4 被控訴人は、ロートエキスを含有する胃腸薬(止瀉薬)につき、同別紙被告標章目録2記載の表示を使用し、又は同表示を使用した胃腸薬を製造販売し若しくは販売のために展示してはならない。
5 被控訴人は、同別紙被告製品目録1ないし3記載の包装を廃棄せよ。
6 被控訴人は、同別紙被告標章目録1又は2記載の表示を表した包装を廃棄せよ。
7 被控訴人は、控訴人に対し、6399万円及びこれに対する平成17年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
9 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、
ア いずれも控訴人が製造販売する胃腸薬(止瀉薬)の商品表示として著名であり、又は周知性を取得している包装全体の表示態様及びそのうちの「正露丸」「SEIROGAN」の各表示と類似する包装全体の表示態様及び「正露丸」「SEIROGAN」の各表示をその製造販売するロートエキスを含有する胃腸薬(止瀉薬)の包装に使用し、同包装を使用したロートエキスを含有する胃腸薬(止瀉薬)を製造販売している被控訴人の行為が、不正競争防止法2条1項2号又は1号の不正競争に当たると主張して、同法3条に基づき、上記表示態様及び各表示の使用及びこれらを使用した胃腸薬(止瀉薬)の製造販売の差止め及び同表示等を付した包装の廃棄を求めるとともに、同法4条に基づく損害賠償(訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)を請求し、
イ クレオソートを主剤とし、ロートエキスを含有する胃腸用丸薬に「正露丸」「SEIROGAN」の各表示を使用し、同表示を使用した胃腸薬(止瀉薬)を製造販売している被控訴人の行為が、控訴人の有する商標権(原判決別紙原告商標目録1、2記載の商標に係る商標権)を侵害すると主張して、商標法36条1項及び2項に基づき、上記各表示の使用及びこれらを使用した胃腸薬(止瀉薬)の製造販売の差止め及び同表示を付した包装の廃棄を求めるとともに、商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償(訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)を請求した事案である。
(2) 原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却し、控訴人が本件控訴に及んだものである。
2 前提となる事実は、原判決第2、1(3頁3行目から4頁17行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点
(1) 被控訴人表示1の使用及びこれを使用した被控訴人製品の販売は、不正競争防止法2条1項2号又は1号所定の不正競争行為に該当するか。
ア 控訴人表示1は、上記各号所定の「商品等表示」に該当するか。
イ 控訴人表示1は、著名性(2号)又は周知性(1号)を有するか。
ウ 被控訴人表示1は、控訴人表示1と類似するか。
エ 被控訴人製品を控訴人製品と誤認混同するおそれがあるか(1号)。
(2) 被控訴人表示2の使用及びこれを使用した被控訴人製品の販売は、不正競争防止法2条1項2号又は1号所定の不正競争行為に該当するか。
ア 控訴人表示2は、上記各号所定の「商品等表示」に該当するか。
イ 控訴人表示2は、著名性(2号)又は周知性(1号)を有するか。
ウ 被控訴人表示2は、控訴人表示1と類似するか。
エ 被控訴人製品を控訴人製品と誤認混同するおそれがあるか(1号)。
(3) 被控訴人標章の使用及びこれを使用した被控訴人製品の販売は、本件商標権の侵害に当たるか。
ア 被控訴人標章は、本件商標と類似するか。
イ 被控訴人標章には本件商標権の効力は及ばないか(商標法26条1項2号)。
ウ 本件商標登録は商標登録無効審判により無効にされるべきものであって、その権利行使が許されないものであるか(商標法39条、特許法104条の3第1項)。
4 争点に関する当事者の主張
 争点に関する当事者の主張は、次のとおり、当審における主張を付加するほかは、原判決第2、3(5頁12行目から15頁11行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
【控訴人の当審における主張】
(1) 争点(1)について
ア 控訴人表示1の出所表示機能を検討するに当たっては、次の各点に留意しなければならない。
(ア) 控訴人表示1が何らの識別機能を有しないか否かは、普通名称にすぎないか否かと同様に需要者の認識に係る事実認識の問題である。
(イ) 需要者の認識については、控訴人表示1に接し、これを購入する「一般消費者」の認識を基準にすべきであり、「取引者」の認識を検討するに当たっても、利害関係を有し自由利用を望む取引者の希望的・迎合的な意識は基準とすべきではない。
(ウ) 類似包装箱の存在だけに焦点を当てるのではなく、それら類似包装箱がどのような態様で流通し、需要者にどのように認識されているのかを検討するのかが重要である。
イ 「ラッパのマーク」と「瓢箪のマーク」について
(ア) 「ラッパのマーク」があれば他の表示要素と組み合わせが酷似していても区別できるとはいえない。一般消費者の購入時における購買行動や、離隔観察によれば、このことは明らかである。
(イ) 本件のように、「正露丸」と「ラッパのマーク」あるいはそれらと包装箱の表示態様など、一つの製品に複数の識別機能のあることは珍しくなく、むしろ一般的である。
(ウ) 「正露丸」も「ラッパ」も識別力を有しており、「正露丸」を控訴人製品と思い購入した消費者が多数存在し、後日、ラッパのマークでなかった、あるいは被控訴人の製品であることが判明したなど(控訴人提出の誤認混同例)、「正露丸」は、「ラッパ」に比してもこれに劣らないほどの識別作用のあることが実態である。
ウ 周知の出所表示機能を獲得するのに、独占的使用は必ずしも不可欠の要件ではない。特定の商品表示が継続使用され、他社の商品から優位に区別できる状態を築き上げ、その程度に知られて認識されていれば、出所識別作用を果たし、周知性の取得も認められてしかるべきである。独占排他的な使用があれば、出所表示機能も周知性も認定されやすいであろうが、それが要件であるわけではない。他の第三者への対応は、経緯のあるものを含めて個別に対応されてよいはずである。
エ 数量シェアは、10個あれば4個は必ず他社製品であるというような市場の現況にはない。また、控訴人は、不正競争行為者に対し、長期間、差止請求権を行使せず、違法行為を黙認してきたわけではない。違法行為者のすり寄りが悪質で便乗への悪意があるとみられる本件について権利を行使したのである。
オ 被控訴人製品の包装箱の「すり寄り」と酷似性
 控訴人製品と被控訴人製品の包装箱の各表示の構成要素の組み合わせや位置・大きさなどの構成比などを直接的な対比観察の手法で計測して比較すると、被控訴人製品は控訴人製品のラッパの図の位置に瓢箪を入れ替えただけで、他の表示要素は、大きさ・配置・色彩に至るまで、控訴人製品の各諸要素の配置・大きさ・各大小の比率・配色などを含め、そっくりといってよいほどに酷似した包装箱の表示態様を採用している。被控訴人製品とは異なる他製品と比較しても、被控訴人製品の「すり寄り」と酷似性は極めて明白であり、控訴人製品への便乗性は明らかである。被控訴人は、控訴人製品の取り扱われているドラッグストアにこのような便乗すり寄り製品(ゾロ製品)を配置して売ろうとするものである。
 そして、上記のとおり、「すり寄り」といえるほどの酷似性が認められることから、被控訴人には控訴人製品の包装箱を意図的に模倣し、控訴人製品の広告力・名声に便乗し消費者を誤認せしめてフリーライドによる利益を得ようとする意図により作為的に控訴人製品の図柄を採択したと推測するに十分である。
カ 控訴人と被控訴人の要保護性について
 不正競争防止法2条1項1号の解釈適用に当たっては、商品表示主体の側が自他商品の識別可能な環境の維持に向けて誠実な行動をとってきたかということも考慮に入れるべきである。しかるところ、控訴人は特徴的な包装箱を採用し、包装箱全体によっても識別可能となるように努力を重ねてきた。ところが、被控訴人は、控訴人が努力して信用を蓄積してきた、「正露丸」以外の付加的要素をも模倣しており、混同を防止するための適切な手段を誠実にとっていたとは到底いえない。こうした行為態様をとる被控訴人の競業の自由を保護する必要性はない。控訴人の蓄積した信用の大きさと、控訴人及び被控訴人の混同防止のためのそれぞれの努力の有無と程度を相関的に観察すると、本件では、控訴人製品の「商品等表示性」及び「周知性」の要件は充足されているというべきである。
キ 類似性の判断について
(ア) 類似性の判断は、取引実情の下になされなければならないが、次の事項が挙げられる。
a 控訴人製品、被控訴人製品とも一般用医薬品であり、購入する消費者を共通にし、その購買行動も同一である。
b 購入の現場では、薬剤師や従業員から説明も受けず、直接購入される機会が多い。したがって、誤認混同が生じやすい。
c 控訴人製品は、ロングセラーの定番商品として認知され、その宣伝広告も永年にわたって強力に継続して行われている。
(イ) 一般消費者は、注意深く第1次的に「ラッパのマーク」か「瓢箪のマーク」かに注目して選別し、しかる後に「正露丸」等の文字表示等についていかなる差があるかを第2次的に選択するという購買様式をとるものではない。このことを考えると、被控訴人製品は、控訴人製品に類似するというべきである。しかも、被控訴人製品は、ロートエキスを含有しており、本件で混同が起これば健康被害が生じ得るから、これを防止するために通常の商品よりもハードルを低くして不正競争行為該当性を肯定すべきである。
ク パッケージ混同調査の結果(甲100)について
 控訴人は、調査会社に依頼して、その有するオンラインアクセスパネル(世帯登録を基本としており、対象者は住所、電話番号が登録されていて重複はない。)により、最初に被控訴人パッケージを見せ、控訴人パッケージと同じ医薬品と間違えるかを調査したところ、3000サンプル中、間違えた者は82.1%存在し、そのうち「全く同じパッケージの薬だったから」とするものが93.8%、「パッケージは異なるが、同じメーカーの姉妹品・関連商品だから」とするものが2.8%あった。すなわち、パッケージを通じて製品が同一として出所の混同を生じているのは77%(=82.1%×93.8%)あったことになる。これに、姉妹品・関連品であるとの誤認を含めると、79.3%(=82.1×96.6%)の割合で出所の誤認混同を生じていることになる。
 よって、控訴人表示1と被控訴人表示1との間に誤認混同の生じるおそれがあり、不正競争行為の成立が認められる(甲110)。
(2) 争点(2)について
 控訴人表示2(「正露丸」と「SEIROGAN」)は、普通名称ではなく、商品等表示性を有する。
ア 商標法及び不正競争防止法上の普通名称化が生じているか否かは、世人の認識に関する事実認定の問題である。これを裏付ける事実状況があるか否かという事実問題であり、単に普通名称のごとく世人に認識されるおそれがあるという「おそれ」の問題ではない。
イ 「正露丸」について
(ア) 一般消費者の認識について
a 大衆薬を購入する一般の消費者が商品の「外観」を通じて商品名称としての「正露丸」表示を目にするのはテレビを通じた映像や雑誌・新聞の掲載表示あるいは店頭における商品陳列を通してのものが主なものである。我が国の主要な新聞において、「正露丸」という用語を控訴人の登録商標として永年継続して宣伝しているのは控訴人だけであり、他者の商品を「正露丸」として用いた記事はほとんど皆無である。一般消費者において「正露丸」という用語が一般名称として親しまれていることをうかがわせるような記載はほとんどない(甲62)。
 また、控訴人のテレビと新聞を通じての宣伝も、「正露丸」を普通名称として宣伝しているものではなく、控訴人の登録商標(ブランド)として宣伝広告を継続していた。さらに、第三者によって取り上げられる控訴人製品の諸種の商品掲載記事を見ても、「正露丸」の表示は控訴人商品を指称する商品商標であることを前提とする内容ばかりである。
 以上からして、表示の「外観」を通じて、一般消費者が「正露丸」を一般名称として親しみ、識別表示でない普通名称として浸透しているということはあり得ない。
b 次に、「称呼」からみても、一般消費者が「セイロガン」という音を耳にすることは、テレビやラジオの控訴人の宣伝広告を通じてであろう(「正露丸は、大幸薬品の登録商標です。」)。「称呼」を通じて、一般消費者が「正露丸」を普通名称として認識し、浸透しているということはあり得ない。
c 「観念」による浸透に至っては、普通名称化の証左となるものはさらにない。日露戦争をきっかけとする「征露丸」の経緯をふまえ造語たる「正露丸」の表示の意味を含めて、今日の一般消費者がその由来を知っているとは考えられない。また、「正露丸」から一般的な観念しか想起せず、特定主体の製造商品を認識することができないほどに識別機能がないということはできない。
 普通名称とする以上は、普通名称の指称する特定の商品が当然に意識想起されなければならないが、クレオソートを原料とする胃腸薬などという認識は一般消費者はほとんど有しない。「独特のにおいのするあの薬」という想起があったとしても、控訴人商品を想起するものである。
 なお、一般消費者が利用する国語辞典類などに一般用語を意味する言葉として、「正露丸」が掲載されていないことも看過してはならない。
d 以上のとおり、本件製品の最も重要な需要者である一般消費者の意識において「正露丸」がクレオソートを主剤とする胃腸薬の普通名称であると認識しているものとはいい難い。
(イ) 取引者等の認識について
a 「製造販売に携わる取引者」の認識について
 一部の同業者の違法使用が複数存在するが故に普通名称ではないかと判断することは適切ではない。特に、同業者は、普通名称性の論じられている表示を自由かつ無償で使用することを希望する特別利害関係人であるから、希望的・迎合的に観察しがちであり、これらの者の認識では足りない。
 本件では、類似品を扱う業者ではなく、大衆薬を扱う一般の製造業者あるいは一般の販売業者の認識が認定されるべきであるが、本件の証拠関係では、類似品の販売ルートや販売態様も不明なままであり、「正露丸」の製造販売に携わる取引者の間では、「正露丸」が本件医薬品の一般的な名称として認識されており、控訴人製品を指称する商品表示として認識されているものではないと認定することはできない。
 また、控訴人製品と他社製品が販売価格に顕著な差異が設けられて販売されていることや、別個の製品として並べて陳列販売されていることも、普通名称化の理由付けとなるものではない。
b 「医療従事者」の認識について
 医療の現場に従事している医師と患者の双方に副作用についての照会の過程で誤認混同例が発生していること(甲64、65)は、「正露丸」が普通名称ではなく、特定の製品を指称する表示として認識されていることを如実に示している。
(ウ) 認識者像の階層的区別
a 取引者を含む需要者全体の認識を問題として、「正露丸」の語が控訴人製品を指称するものとして、取引者を含む需要者全体に認識されるに至ったものか否かを問題とするのは誤りである。取引者の認識と一般消費者の認識を意識的に区別し、一般消費者の視点にたって消費者に惹起される類似・混同の有無を検討すべきである。
b 仮に、一般消費者を含んで取引者を含む需要者全体に普通名称ではないとの認識が必要とするのであれば、その合理的根拠は明らかではない。
c なお、一部ドラッグチェーンでの写真(甲33ないし35、36ないし38、乙16〔いずれも枝番含む。〕)は、これをもって取引者一般の認識の認定を行えるものではない。
(エ) 昭和29年10月から平成18年5月の間の需要者の認識について
a 東京地方裁判所昭和40年10月5日判決(判例タイムズ188号211頁)は、「正露丸」の語は本件医薬品を指称する普通名称とはいえず、控訴人の商品の標章としてその商品識別の標識力を有し、かつ、その標識力は漸次増大しているものということができる旨判示しており、さらに、今日では「正露丸」の識別機能は強化されている。
 すなわち、控訴人は、昭和40年ころを通じ、現在まで長年にわたり継続的に多額に費用を投じて宣伝広告活動を行ってきており、シェア(売上金額ベースで80%超)も高率を維持し今日に至っている。また、上記東京地裁判決で認定されている同業者数も大きく減っているし、同判決中で認定された被控訴人の「方名仙露丸」は今はないし、被控訴人の「イズミ強力正露丸」の包装態様は現在は大きく異なったものとなっている。このように、昭和40年ころから今日に至るまで、識別力はより強化されこそすれ、消滅しているなどということはない。
b これに対し、普通名称を付した商品が大量の広告宣伝等を通じて大半のシェアを有するに至ったとしても、それだけで直ちにその普通名称がその業者の製造販売する商品を識別する機能を有する商品表示性を取得するものでない、などと論じるのは誤りである。これから普通名称か否かを認定するに当たって、普通名称であることを前提として上記のように論じるのは発想が逆転しているといわざるを得ない。普通名称か否かは、現今における世人の認識の問題である。
c また、控訴人製品と他社製品とでは相当の販売価格差があり、数量ベースでみれば控訴人製品のシェアは約60%になると推測するのは誤りである。他社製品が数量ベースで40%であるとすれば、市場で常に目につく状況となるが、現況はそのような市場状況ではない。
(オ) 控訴人の権利行使について
 控訴人は、昭和29年当時から昭和40年そして現在までの経緯を踏まえ、何が何でも名称使用の排除の措置を執ってはいない。ただ、近年、ドラッグチェーンによる販売という販売態様の変化により、被控訴人製品のごとく控訴人製品に酷似する紛らわしいデザインを採用し便乗しようとする業者が現れ座視し得ないので、本件訴えに及んだのであり、昭和52年以降本件訴え提起までの間に、控訴人が「正露丸」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている他の業者に対し、その名称の使用を排除するための措置をとり、実際にその使用を中止させたことは一度しかないとしても、普通名称化の認定に当たり考慮すべきではない。
(カ) 控訴人の宣伝活動において「ラッパのマーク」が強調されていることについて
 控訴人の控訴人製品の宣伝活動において「正露丸」の表示とともに「ラッパのマーク」を強調していることは、普通名称化の認定に当たり考慮すべきではない。一商品に2つ以上の識別機能を有する部分があり、これら複数の識別標をそれぞれ強調して宣伝広告してアピールすることは何も珍しいことではない(「日清」の「チキンラーメン」、「クロネコヤマト」の「宅急便」)。このような場合に、そのうちの一つを強調しているからといって、他に識別力がなくてもよいなどとは商品主体者は思っていない。客観的に他の識別標と見られる部分がどのような表示態様をとりどのような表記として取り扱われているかによって判断されるべきである。本件では、控訴人は、明らかに「正露丸」を自らの識別標の態様として客観的に使用し、そのように宣伝してきた。
ウ 「SEIROGAN」について
(ア) 「SEIROGAN」は、それ自体識別力があるとして登録されており、同商標登録が無効とされたことは一度もなく、従前普通名称と認定された事実もない。控訴人は、「SEIROGAN」商標を登録料を支払うなど更新し、長年大切にしてきており、実績のある商標である。
(イ) 「SEIROGAN」は、「正露丸」の文字に振り仮名のように付記したような態様ではなく、別個独立の態様で使用され、商品の包装箱の主要部に大書され商標的に使用されている。漢字から受ける印象と欧文字でかつ大文字で表記した印象も相当に異なる。
(ウ) したがって、安易に「SEIROGAN」の効力を全否定するような認定は許されない。
エ いわゆるテフロン調査の結果(甲100)について
 控訴人は、調査会社に依頼して、その有するオンラインアクセスパネル(世帯登録を基本としており、対象者は住所、電話番号が登録されていて重複はない。)により、「正露丸」をブランドと思っている者の割合を調査したところ、3000サンプル中、「正露丸」をブランドと思っている者は77.7%にのぼった。その率は、男女別、年代別あるいは関東圏及び関西圏の区別なくおおむね同様の傾向を示している。これに対し、一般名称とする者は15.5%である。この結果によれば、「味の素」「カルピス」「マクドナルド」に準じる識別力を発揮するものとして認識されている事実があらわれている。
 これによれば、文字標章「正露丸」は普通名称ではなく、商品等表示性を有する(甲109、110)。
(3) 誤認混同が多いこと(争点(1)(2)共通)について
ア 控訴人製品は、本件被控訴人製品との間に集中的に混同例が増えており(甲39〔枝番含む。〕、41、63ないし65、86〔枝番含む。〕、91ないし97、102)、しかも、それは、被控訴人製品を控訴人製品と間違えたという問い合わせや苦情であり、類似表示品の方が控訴人製品と誤認混同されるという不正競争防止法2条1項1号の典型的な誤認混同例が発生している。
イ 誤認による結果は、重大である。被控訴人製品は、ロートエキスを相当量含有しており、緑内障、排尿困難、心臓病等の患者には症状を悪化させる可能性があるため、被控訴人製品を控訴人製品と誤認混同した消費者が有害事象の発生を惹き起こすおそれが現実に存在する。これを、被控訴人製品を含む本件医薬品の包装箱に禁忌例を記載していないという販売の在り方等の問題として片づけることはできない。薬品にあって消費者にとって最も重要な情報(成分情報の差異)が十分に告知されないまま、同じ名称の酷似包装の製品を同じ成分と考えて誤認混同して誤服用することによる結果の重大性は火を見るより明らかである。
 また、控訴人は、包装表示を独占しようとしているのではないから、控訴人表示1又はこれと類似する包装表示を控訴人に独占させることによって解決されるべき問題ではないなどとするのも誤りである。
(4) 控訴人の損害
ア 控訴人は、被控訴人製品によりその製造販売開始時(平成12年8月)から訴え提起時(平成17年11月)までの間の損害賠償を求めるものであるが、月間POS実績に基づく被控訴人製品の平成12年9月から平成17年10月までの月別推定販売高の合計は4億5020万5000円であり、粗利益率は少なくとも30%を下らないと思料され、被控訴人の場合、宣伝広告費は僅少であり、運賃もさほどのものを要しないと考えられるから、限界利益率は15%を下らないから、被控訴人の賠償すべき、得た利益(商標法38条2項、不正競争防止法5条2項)は6753万0750円(=4億5020万5000円×15%)となる。
イ また、医薬品に関する商標使用率は5%程度が多いが(甲108)、大衆医薬品においては商品ブランドや周知著名なパッケージが消費行動に対して与える影響が小さくないことを考えると、少なくとも同等の割合が用いられるべきである。そうすると、使用量相当損害額(商法38条3項、不正競争防止法5条3項)は、2251万0250円(=4億5020万5000円×5%)となる。
【被控訴人の当審における主張】
(1) 争点(1)について
ア 控訴人は、遅くとも昭和52年には控訴人表示1の使用を開始し、以後一貫して控訴人表示1を使用していることを理由に、控訴人表示1の商品表示性を主張し、その前提に立って類似性、誤認混同の主張に及んでいる。
イ しかしながら、被控訴人の昭和20年代から平成初期までの製品の包装箱のデザインには、控訴人表示1で主張されている包装箱の形態に施されているデザイン等の基本的な特徴がはっきりと表れており、被控訴人の昭和20年ころの包装箱のデザインにも既に現在の控訴人及び被控訴人のデザイン等の基本的な特徴をうかがうことができる。
 しかも、以上のような特徴は、他社製品にも同様にみられ、他社のデザインも古くにあっても同様あるいは類似のものであった。
ウ 控訴人主張の包装箱の形態やデザインは、決して控訴人が創始し、その後独占してきたものではなく、正露丸を作ってきた同業他社がほぼ共通して使用してきた基本的なデザインであり、正露丸を作る同業者にとっては、正露丸と銘打つ製品を作る限りにおいては決別することができないデザインであった。控訴人が同業他社の合計シェアを上回るシェアになった後も、地色を白や水色にするなど他の正露丸メーカーとの独自性を主張することをしなかったのはこのような歴史的経緯による。
エ 以上によれば、控訴人主張の包装箱の形態やそこに施されている基本的デザインなどは、格別、控訴人製品と他社製品とを識別させ、控訴人製品であることを明らかにする(表示する)意味を持つものではない。
 それ故にこそ、控訴人は、「ラッパのマーク」というトレードマークや「ラッパのマークでおなじみの大幸薬品」といった識別方法を持ち出し、宣伝活動などに当たってこれを特徴として強調する方法をとり、そのことによって他社製品との識別化を図ろうとし、また図ってきた。
 とすれば、控訴人表示1の中で自他商品識別機能を有するのは「ラッパの図柄」及び「控訴人の社名」のみである。
オ 被控訴人表示1において、「ラッパの図柄」に相当する部分が「瓢箪の図柄」である。したがって、これが控訴人表示1と類似しないことは明らかであるから、誤認混同のおそれは認められない。
カ 控訴人の主張する被控訴人のすり寄りの意図について
 控訴人は、被控訴人が他に独自の商品表示をする余地が十分あるにもかかわらず、あえて控訴人表示と近似する表示を選択していると主張し、すり寄りの意図が存すると主張する。
 しかしながら、被控訴人製品の包装箱の表示態様の変遷(乙12)に照らすと、現在のものも、昭和20年ころに使用していた包装箱等これまでのデザインを基盤とするものである。控訴人表示1に対するすり寄り行為があったために被控訴人製品の包装箱のデザインが生まれたわけではない。
 さらに、控訴人表示1は、「ラッパの図柄」及び「控訴人の社名」を除き、それ自体において特定のものの商品であることを識別させるに足りないものである。それ故、仮にそのような自他商品識別機能を有しない表示態様の範囲内で、控訴人表示1により接近した表示態様を用いたとしても、そのことが不正競争防止法2条1項1号、2号の不正競争に当たるとはいえない。
キ 控訴人が、被控訴人製品がロートエキスを含有することを指摘する点について 控訴人は、被控訴人製品はロートエキスを相当量含有しており、緑内障などの患者の症状を悪化させる可能性があるとし、このような事態が発生した場合、回復できない信頼破壊や信用失墜を生じる旨主張する。
 しかしながら、控訴人製品と被控訴人製品との間に誤認混同のおそれはないが、両者を取り違えて購入する一般消費者がいて、控訴人指摘の不測の事態が発生したとしても、控訴人製品の包装箱に禁忌例を記載していないという販売のあり方などの問題にすぎないから、控訴人表示1又はこれと類似する包装表示を控訴人に独占させることによって解決すべき問題ではない。
ク パッケージ混同調査の結果(甲100)について
(ア) 上記調査の設問4は、「下のア〜オの画像には、先ほど(引用者注・設問2の画像)ご覧いただいた医薬品と同じものが含まれています。先ほどご覧いただいたA−Eの医薬品と同じものだと思うものにチェックを入れてお知らせ下さい。」と設問されているが、極めて不適切である。
 なぜなら、設問2の画像では「正露丸」はB(被控訴人製品)のみである以上、設問4で同じ医薬品と質問されれば同じ正露丸であるイ(控訴人製品)を選択するのが通常だからである。
(イ) パッケージ混同調査を適切に実施するならば、現在少なくとも10社から販売されている他社製品としての正露丸のパッケージをも提示した上で、その識別力やパッケージデザインの類似性を選択できるアンケートとすべきであった。ところが、本設問においては、単に控訴人製品と被控訴人製品の画像のほか、正露丸と全く異なるパッケージデザインの4製品の画像を提示して、控訴人製品と被控訴人製品のパッケージデザインの同一性を2者択一的に判別させるものであり、不適切なものとなっている。
(2) 争点(2)について
ア 控訴人表示2(「正露丸」と「SEIROGAN」)は、かつてはもちろん、現在にあっても、単なる普通名称にすぎない。
 「正露丸」という名称は、昭和29年10月当時において、クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬(本件医薬品)を指す普通名称であった。控訴人主張の、もともと普通名称であったものがその後の特定業者による宣伝広告や販売実績によって普通名称性を失って特定業者の商品表示に転化するという事態が生じるためには、次のような状況の存在を必要とする。
(ア) 控訴人以外の他の同業者が、「正露丸」の名称を付した商品の製造販売を中止するなどして、控訴人以外に本件医薬品の製造販売実績がない状態に至るか、あるいは、それと同視しても差し支えない状態に至っていること
(イ) その結果、流通過程で、一般消費者や取引業者が、控訴人商品以外に、「正露丸」の名称を付した本件医薬品を目にすることが存在しなくなってしまったか、あるいは、極めて稀となってしまった状況が一定期間あるいは相当期間継続していること
(ウ) このようなことから、一般消費者はもちろん、取引業者にあっても、「正露丸」の名称を普通名称と認識する人が極めて少数化してしまったこと
イ しかしながら、本件にあっては、以下のとおり、上記のような状況は発生していない。また、「正露丸」「SEIROGAN」ともに、出所表示機能を有さない。
(ア) 「正露丸」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている業者は、かつては相当数存在したし、現在でも控訴人、被控訴人の他に少なくとも10社以上存在している。
(イ) 本件医薬品の販売金額においても、20%近くが控訴人以外の同業者のシェアに属しており、ドラッグストア等の量販店の増加に伴い、近時、このシェアは増加していると推測されるいる。
(ウ) さらに、控訴人とそれ以外の同業者における本件医薬品の販売価格の大幅な違いからすれば、販売数量でのシェアは控訴人以外の同業者において4割程度を占めていると推測される。現に、ドラッグストアや駅前周辺の薬店を訪れれば、「正露丸」の名称を付した他社製品を容易に見出すことができる。「正露丸」の表示を控訴人製品を示すものとして控訴人に独占使用を許すことは公益的にみても妥当とは考えられない。
(エ) 本件医薬品を一般消費者に販売する取引業者にあっては、多数の正露丸メーカーの存在を当然のことながら熟知しており、これを前提に各社商品を対比したり、価格面で差別化した販売方法をとっていることが多い。
(オ) 「正露丸」が普通名称だとする東京高裁昭和46年9月3日判決、その上告審である最高裁昭和49年3月5日判決がマスコミで報道されたことは、一般消費者や取引業者における普通名称性についての認識や再認識の強化に寄与したと思われる。さらに、大阪地裁平成11年3月11日判決でも、「正露丸」「セイロガン」「正露丸糖衣錠」はいずれも普通名称であるとされている。
(カ) 控訴人においてすら、このような現状を考慮して、自らの宣伝においては、「ラッパのマークの正露丸」とか、「ラッパのマークの大幸薬品の正露丸」として使用態様や称呼を統一して使用し、他者との差別化を図る宣伝広告を重ねてきたのであって、単なる「正露丸」の名称のみでもって販売してきたものでは決してない。
(キ) 控訴人表示2や控訴人製品は、その使用態様や広告宣伝の結果、「ラッパのマークの正露丸」あるいは「大幸薬品の正露丸」、「ラッパのマークの大幸薬品の正露丸」として、広く取引者や一般消費者に認識されている(乙34ないし36〔枝番含む。〕)。
(ク) 取引の実情についてみると、本件医薬品はドラッグストアや薬局において少なくとも2社以上の「正露丸」が並列して陳列されている(乙22、29)。しかも、店によっては、「ラッパのマークの正露丸」「イヅミ正露丸」のチラシが価格とともに表示広告されている。また薬局等の店頭においては、薬剤師が、販売する各社の正露丸の違いや内容を説明して販売している(甲102)。これらの具体的状況に基づくと、少なくとも本件医薬品を製造販売する取引者間においては、「正露丸」は本件医薬品の一般的な名称として認識した上で、一般消費者に販売している事実があるのみならず、一般消費者においても、「正露丸」は本件医薬品の一般名称として認識されているのであって、決して控訴人の製品を指称又は特定するものとして認識されるに至ったものでは到底ない。
(ケ) 以上の点は、「正露丸」を単に欧文字で表示したにすぎない「SEIROGAN」についても同様である。
ウ いわゆるテフロン調査の結果(甲100)について
(ア) テフロン調査は、商標化普通名称か否かを判断するに米国で採用されたアンケート調査の一手法であって公衆の反応を評価する方法にすぎず、前提として、「適切な選択肢によって受領者の正確な理解を求めることが必要である。」とされており、不適切とされることもある。また、我が国において特許庁・裁判所で採用された実績はなく定着した手法ではない。
(イ) 上記調査は、一般大衆を対象としたものであり、本件医薬品の製造・販売に携わる取引者は含まれておらず、まずこの点において適切ではない。
(ウ) 上記調査は、「正露丸」を含む15の名前について、「ブランド」「一般名称」のいずれであるかを問うているが、注釈があるとはいえ、一般大衆に「ブランド」と「一般名称」とを正確に理解させた上でのアンケートとなっていない。その結果、現に商標として独占的に使用されている「セロテープ」「シーチキン」「クレパス」「宅急便」等の商標(乙36)を一般名称とする回答が50%以上にのぼり、ブランドとする回答が20%〜30%にとどまっており、信頼性に欠けたものとなっている。これは、本来のテフロン調査の大前提である需要者に正確な理解をさせるに適切な設問であることとの前提を欠いたからである。「正露丸」について、普通名称か否かの判断を正確に求めるならば、「正露丸」が他にあることを消費者に念頭に置かせた上で、回答をもとめるべきであった。
(3) 控訴人の当審主張(3)について
ア 控訴人は、原判決後に控訴人に問い合わせのあった内容を整理した「お客様情報管理カード」(甲86)、お客様へのアンケート(甲91ないし97、102)を提出して誤認混同例が多いと主張するが、真に前者のような問い合わせがあったか否か確認しようがなく不明であり、両者とも控訴人と利害関係のある者の回答であるかも不明であり、証拠としての客観性を欠く。
イ ただし、前者には、控訴人製品をラッパのマークの正露丸として認知していることを明らかにするもの(甲86の1、2、5、14、22)、後者には購入時に「イヅミ正露丸」と認識し得たことを明らかにしているもの(甲96の3、97の3)、店員の説明を受けて「イヅミ正露丸」を購入したとしているもの(甲91の3、97の3)が含まれている。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(控訴人表示1の「商品等表示」性)、争点(1)ウ(控訴人表示1と被控訴人表示1との類似性)及び争点(1)エ(控訴人製品と被控訴人製品との誤認混同のおそれ)について
(1) 当裁判所も、控訴人表示1の中で自他商品識別機能を有するのは「ラッパの図柄」(及び控訴人の社名)のみであり、被控訴人表示1と控訴人表示1は類似せず、被控訴人製品が控訴人製品と誤認混同を生ずるおそれがあるとは認められないと判断する。その理由は、原判決第3、1(15頁13行目から22頁11行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
 ただし、原判決第3、1(2)において、認定に供した証拠として、乙10の1ないし3を加える。
 なお、控訴人は、売上金額ベースで見た控訴人製品のシェアを81.34%とし、控訴人製品と他社製品の販売価格差を2.85対1として、販売数量ベースで見た控訴人製品のシェアを計算すると、約60.47%になるとの認定を争い、数量シェアは、10個あれば4個は必ず他社製品であるというような市場の現況にはないと主張するが、挙示した証拠によれば、控訴人製品と他社製品では大幅な価格差があることから、販売数量ベースでの控訴人製品のシェアが売上金額ベースでみたシェアより相当低くなること自体は間違いがないと認められ、また、証拠(甲33ないし38、乙29〔枝番があるものは枝番を含む。〕)によれば、ドラッグストアの正露丸が置かれている陳列棚において、他社製品は控訴人製品とほぼ同等のスペースを占めているようにも見受けられるから、販売数量ベースで他社製品が4割に匹敵するほどのシェアを占めているとしても何ら不自然とはいい難いというべきである。甲112は、この認定を左右するものではない。
(2) 控訴人の当審における主張について
ア 控訴人は、控訴人表示1が何らの識別機能を有しないか否かは需要者の認識に係る事実認識の問題であり、需要者の認識については、控訴人表示1に接し、これを購入する「一般消費者」の認識を基準にすべきであり、「取引者」の認識を検討するに当たっても、利害関係を有し自由利用を望む取引者の希望的・迎合的な意識は基準とすべきではなく、また、類似包装箱の存在だけに焦点を当てるのではなく、それら類似包装箱がどのような態様で流通し、需要者にどのように認識されているのかを検討すれば、控訴人製品は控訴人表示1により他社の商品から優位に区別できる状態を築き上げ、その程度に知られて認識されているといえるから、控訴人表示1は出所識別作用を果たし、周知性の取得も認められてしかるべきである旨主張する。
(ア) しかしながら、原判決を引用して説示したとおり、控訴人製品の包装箱の表示態様は、そのシェアの大きさ等から、本件医薬品として店頭等で一番よく目にすることのできる包装として一般消費者にかなりの程度浸透していることは優に認めることができるものの、「正露丸」あるいは「SEIROGAN」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている業者は複数存在し、その包装箱の表示態様として、遅くとも昭和30年代ころから、主要な点(@包装箱の形状、包装箱全体の地色、A正面の「正露丸」の文字、図形及び周縁の模様の表示、配色及び配置、B背面の「SEIROGAN」の文字、図形及び周縁の模様の表示、配色及び配置、C左右側面の表示)において控訴人表示1と共通する特徴を有する包装箱が用いられており、売上金額ベースでみた控訴人製品のシェアは80%を超える圧倒的なものということができるものの、販売数量ベースで見た控訴人製品のシェアは、売上金額ベースで見た上記シェアをかなり下回り、市中に出回っている他社製品の数量は、本件医薬品全体の中で無視できない割合を占めているものと認められること、さらに、後記2のとおり、「正露丸」「SEIROGAN」の表示は、それだけでは現在においてもなお控訴人製品を示す商品表示性を取得したものとはいえないこと考慮すると、控訴人表示1は、「正露丸」の製造販売に携わる取引業者はもとより、相当多数の一般消費者においても、「ラッパの図柄」を度外視した包装態様のみでは、これが控訴人の商品であることを認識することができるものではないと認められ、商品の出所表示機能を有するものと認定することはできない。
(イ) また、証拠(86ないし102、109ないし111〔枝番があるものは枝番を含む。〕)が上記控訴人主張に沿うが、以下のとおり、採用できない。
a 甲86ないし88は、原判決後に控訴人に問い合わせがあった内容を整理した「お客様情報管理カード」と認められ(ただし、各号証の1は整理表)、甲86の2ないし27は自らないし家族等が控訴人製の正露丸製品と被控訴人製の正露丸製品を混同して購入した経験があることを述べるものであり、そのうち、控訴人が問い合わせ人から購入した製品を回収して被控訴人製品のことを述べたものと確認したのが4件あることが認められる。
 しかしながら、いずれも、本件訴訟に関し、控訴人を激励する趣旨のものであり、客観的な証拠とはいい難く、また、問い合わせ人の利害関係の有無も不明であり、これによって控訴人表示1が商品等表示性を有すると認めることはできない。
b 甲89は、デザインをテーマにインターネットで媒体を運営するとする「ジャパンデザインネット」が平成18年8月2日〜8日にインターネットを介してアンケート調査を実施した結果を示したものであり、「同じオレンジ色のパッケージに、赤で正露丸の文字。ただ、ラッパのマークとひょうたんの図柄は違います。類似性が認められなかった正露丸訴訟、あなたはどう思いますか。」との質問に対し、2557名の総回答数のうち、約8割が「どう見てもソックリ。明らかに類似している。」と回答したとされ、その理由としては、「オレンジ色の箱」と「正露丸の赤い文字」を挙げる人が多く、「正露丸」のイメージにはその2点に大きな割合があることがわかったとされていることが認められる。この結果は、控訴人表示1が商品等表示性を有することを認める根拠となり得るものではない。
c 甲90は新聞の投書であって、一読者の原判決の報道に対する感想であるから、控訴人表示1が商品等表示性を有することを認める客観的根拠となり得るものではない。
d 甲91ないし99は、「お客様情報アンケート」で、被控訴人製品を購入した者にアンケートを実施したものであり、客観的証拠とはいい難く(ただし、甲96、97は被控訴人製品と知って購入した者、甲99は妻がそれと知って購入したというものであって、そもそも必ずしも控訴人の立証趣旨に沿うものともいえない。)、控訴人表示1が商品等表示性を有することを認める根拠となり得るものではない。
e 甲100はいわゆるテフロン調査及びパッケージ調査の結果であり、甲109は前者、甲110は両者についての鑑定意見書であるが、後記オ及び2(2)イのとおり、いずれも採用できない。
f 甲101は、日経流通新聞におけるブランド想起調査の結果であり、インターネットにより調査モニターに対し協力依頼メールを送付したほか、検証サイトなど一般のインターネットユーザーにも告知して、回答者が評価している、又は好感を持っている企業名、商品・サービス名を挙げるよう求め、回答を得たというものであるところ、薬品・医療のジャンルでは「正露丸」が2位となったとされていることが認められるものの、詳細は不明であり、いずれにしてもこれだけでは控訴人表示1が商品等表示性を有することを認める根拠となり得るものではない。
g 甲102、111は、薬剤師として、ロートエキスが含有されている正露丸製品とそうでない正露丸製品との区別がつきやすいようにしてほしい旨の意見を述べるものであり、控訴人表示1が商品等表示性を有することを認める根拠となり得るものではない。
イ 控訴人は、「正露丸」と「ラッパのマーク」あるいはそれらと包装箱の表示態様など、一つの製品に複数の識別機能のあることは珍しくなく、むしろ一般的であり、「正露丸」は、「ラッパ」に比してもこれに劣らないほどの識別作用のあることが実態であって一般消費者の購入時における購買行動や、離隔観察によれば、「ラッパのマーク」があれば他の表示要素と組み合わせが酷似していても区別できるとはいえないことは明らかであるなどと主張する。
 しかしながら、後記2のとおり、「正露丸」「SEIROGAN」の表示は、それだけでは現在においてもなお控訴人製品を示す商品表示性を取得したものとはいえないから、控訴人の主張は前提を欠くというべきである。
ウ 控訴人は、周知の出所表示機能を獲得するのに、独占的使用は必ずしも不可欠の要件ではない。特定の商品表示が継続使用され、他社の商品から優位に区別できる状態を築き上げ、その程度に知られて認識されていれば、出所識別作用を果たし、周知性の取得も認められてしかるべきであると主張する。
 しかしながら、控訴人表示1についてみると、前記アのとおりであるから、「ラッパの図柄」を度外視した包装態様のみでは、商品の出所表示機能を有するものと認定することはできない。
エ 控訴人は、被控訴人製品の「すり寄り」と酷似性は極めて明白であり、控訴人製品への便乗性は明らかであって、被控訴人には控訴人製品の包装箱を意図的に模倣し、控訴人製品の広告力・名声に便乗し消費者を誤認せしめてフリーライドによる利益を得ようとする意図により作為的に控訴人製品の図柄を採択したと推測するに十分であり、他方、控訴人は特徴的な包装箱を採用し、包装箱全体によっても識別可能となるように努力を重ね、信用を蓄積してきたから、控訴人及び被控訴人の混同防止のためのそれぞれの努力の有無と程度を相関的に観察すると、本件では、控訴人製品の「商品等表示性」及び「周知性」の要件は充足されているというべきであると主張する。
 しかしながら、原判決を引用して説示したとおり、控訴人製品の包装箱の表示態様は、遅くとも昭和30年代ころから、正露丸の製造販売業者において用いられてきた包装箱の主要共通点(基本デザイン)に照らすと、「ラッパの図柄」以外は特徴的なものということはできず、「ラッパの図柄」(及び控訴人の社名)を除いた自他商品識別機能を有しない表示態様の範囲内で控訴人表示1により接近した表示態様を用いたとしても、そのことが不正競争防止法2条1項1号、2号の不正競争に当たるとはいえないというべきである。
オ 控訴人は、いわゆるテフロン調査及びパッケージ調査の結果(甲100)並びにこれらに関する鑑定意見書(甲109、110)を提出し、被控訴人表示1には商品等表示性があり、控訴人製品と被控訴人製品は混同されやすいことが明らかに示されていると主張するが、いわゆるテフロン調査の結果については後記2(2)イのとおりであり、パッケージ調査の結果は控訴人製品と被控訴人製品は混同されやすいとの結果を示しているものの、「ラッパの図柄」を度外視した包装態様のみでは控訴人表示1の商品等表示性は認められないとの認定を左右するものではないから、被控訴人製品が控訴人製品と誤認混同を生ずるおそれがあるとは認められないとの前記認定を左右しない。
 なお、パッケージ調査は、ブランドについての知識、知見等のほか、性別、年齢、住所を前提事実として尋ねるとともに、設問1でドラッグストアや薬局等に行く頻度を尋ねた後、設問2で被控訴人商品(B)を含む商品群(A〜E)の写真をしばらくの間見せ、購入経験の有無を問うた後、設問4で控訴人商品(イ)を含む商品群(ア〜オ)をしばらく見せながら、「二番目に提示された商品群の中に、最初の商品群と同じものがありましたか。」と問うたものである。鑑定書(甲110)によれば、同調査の設問を設計した意図については、薬局やドラッグストアでの家庭医薬品の購買場面を回答者に想起させ、回答の際の心理状態が購買場面のそれに少しでも近似したものとなるよう工夫し、設問1でドラッグストアや薬局等に行く頻度を尋ね、設問3でドラッグストア等に期待することを尋ねるなどして、回答者が実際の購買経験を想起するように仕向けたほか、回答者に見せる商品群の構成を決定するに当たっては、現実の薬局やドラッグストアでの胃腸薬の陳列棚に近いものとするように努めた、また、本件の真の対象である正露丸のパッケージに不自然に意識が集中して回答者が調査目的に思いをめぐらせることのないよう、最初の商品群と2番目の商品群の両方に含まれている商品と片方だけに含まれている商品とを適宜取り混ぜたと説明されているが、回答者は各商品群の中にいずれも左から2番目の位置に置かれたほぼ同色の正露丸の包装箱を順に見せられたのであるから、控訴人製品と被控訴人製品について同一のパッケージの商品があった旨の回答をすることは自然であり、誘導的な質問態様であることは否めないし、また、回答者は各商品群を順に見せられるのであるから、実際の購入場面のように、控訴人製品と被控訴人製品ほかの他社製品がそれぞれ相当の価格差がある価格表示がされて並列して陳列されている陳列棚を前に観察するのとは相当に観察状況が異なるから、控訴人製品と被控訴人製品が実際の購入場面で混同されやすいか否かを検討するに当たって参考とするには、その信用性に限界があるというべきである。
 したがって、パッケージ調査の結果を妥当とし、控訴人表示1と被控訴人表示1との間に誤認混同のおそれがあることを示すものといえるとする鑑定意見(甲109)は採用できない。
カ 控訴人は、控訴人製品は、本件被控訴人製品との間に集中的に混同例が増えており、被控訴人製品は、ロートエキスを相当量含有しており、緑内障、排尿困難、心臓病等の患者には症状を悪化させる可能性があるため、被控訴人製品を控訴人製品と誤認混同した消費者が有害事象の発生を惹き起こすおそれが現実に存在し、誤認による結果は重大であるなどと主張する。
 まず、証拠(甲29、68、78〔枝番があるものは枝番を含む。〕)によれば、ロートエキス自体、リスクの程度は、正露丸の主成分であるクレオソートと同じく、第二類医薬品(薬事法36条の3第1項2号)とされ(薬事法第36条の3第1項第1号及び第2号の規定に基づき厚生労働大臣が指定する第一類医薬品及び第二類医薬品〔平成19年3月30日号外厚生労働省告示第69号〕別表第3)、まれに入院相当以上の健康被害が生じる可能性がある成分とされているにとどまり、一般用医薬品の中にもこれを含有するものが広く認められ、成人の1日服用量に含有されるロートエキスの量につき、被控訴人製品が他の一般用医薬品より多いわけではないこと(被控訴人製品では19.8mgであるところ、例えば、セイドーAでは60mg、ビオフェルミン下痢止めでは33mgとされている。)に照らすと、被控訴人製品に含有されるロートエキスの有害性を殊更強調すること自体、必ずしも当を得たものではないというべきである。
 もっとも、この点をさておき、被控訴人製品を控訴人製品と取り違えて購入し服用する一般消費者がおり、これにより控訴人の指摘する有害事象が生じるおそれがあり、また現に生じているとしても、このことは被控訴人製品を含む本件医薬品の包装箱に禁忌例を記載していないという販売の在り方等の問題であり、控訴人表示1が「ラッパの図柄」を度外視した包装態様のみで商品等表示性を有すると認める根拠となるものではない。したがって、上記主張は、控訴人表示1の中で「ラッパの図柄」以外の部分に商品等表示性がなく、自他商品識別機能を有するのは「ラッパの図柄」(及び控訴人の社名)のみであるとの認定を左右するものではないから、「ラッパの図柄」に相当する「瓢箪の図柄」を有する被控訴人表示1によって、被控訴人製品が控訴人製品と誤認混同されるおそれがないとの認定を左右するものではない。
2 争点(2)ア(控訴人表示2の「商品等表示」性)について
(1) 当裁判所も控訴人表示2には商品等表示性はなく、その余の点について判断するまでもなく、不正競争防止法に基づく控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は、原判決第3、2(22頁12行目から27頁19行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
 ただし、23頁21行目の末尾に続けて、「もっとも、普通名称であれば、誰もが自由に使用することができたところ、特定の者についての商品等出所表示性を認めるならば、同業他者は、不正競争防止法19条1項3号、4号(先使用権)によって保護されることがあるほかは、適法に当該名称を使用することが困難となり、当該特定の者に当該名称の独占的使用を認めるのとほぼ同様の結果となる。したがって、このような結果を正当化するに足りる認識状況を要するというべきであり、普通名称の商品等出所表示への転換を認めるに当たっては、例えば、同業他者が消滅し、当該特定の者のみが当該名称を使用して当該商品ないしサービスを提供するような事態が継続し、あるいは、何らかの事情により当該商品ないしサービスが一旦、全く提供されなくなり、一時、人々の脳裏から当該名称が消え去った後、当該特定の者が当該名称を自己の商品等表示(商標)として当該商品ないしサービスの提供を再開するなどの事態が生じ、当該名称が当該特定の者の商品等表示(商標)と認識されるようになったこと等を要するというべきである。」を加える。
 なお、控訴人は、他社製品が少なからぬ薬局・薬店・ドラッグストア等において、控訴人製品と並べて陳列され、それぞれ相当の価格差のある価格表示がなされていて、一般消費者に対して控訴人製品とはそれぞれが別個の商品であることを明示して販売されていることが認められるとの認定を争うところ、このことは、原判決挙示の証拠のほか、乙28、29〔枝番含む。〕によってもうかがうことができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(2) 控訴人の当審主張について
ア 控訴人は、一般消費者が新聞、雑誌やテレビなどの掲載表示を通じて目にしているのは控訴人製品の「正露丸」表示のみであり、表示の「外観」を通じて、一般消費者が「正露丸」を一般名称として親しみ、識別表示でない普通名称として浸透しているということはあり得ず、「称呼」からみても、一般消費者が「セイロガン」という音を耳にすることは、テレビやラジオの控訴人の宣伝広告を通じてであり、「観念」による浸透に至っては、普通名称化の証左となるものはさらになく、日露戦争をきっかけとする「征露丸」の経緯をふまえ造語たる「正露丸」の表示の意味を含めて、今日の一般消費者がその由来を知っているとは考えられないから、普通名称化は認められないなどと主張する。
 しかしながら、本件で問題となるのは、商品等表示(商標)である「正露丸」が普通名称化したかではなく、もともと普通名称にすぎない「正露丸」が商品等表示性を有する表示と認識されるに至ったかであるところ、前記認定のとおり、社会の人々の認識に転換をもたらすような事態は生じておらず、「正露丸」の普通名称性には変わりがないと認められる。
イ いわゆるテフロン調査の結果(甲100)について
 控訴人は、テフロン調査(一般大衆に対し問題とする名称を含め複数の名称についてブランドか普通名称かを質問するアンケート調査を行うもの)の重要性を強調し(控訴人提出の甲109は、米国の裁判所において、テフロン調査の結果は信頼性が高いとして重要視されているとする。)、調査会社に依頼して、その有するオンラインアクセスパネルにより、インターネットを介して質問し「正露丸」をブランドと思っている者の割合を調査したところ、3000サンプル中、「正露丸」をブランドと思っている者は77.7%にのぼるなどの結果が判明しており(甲100)、これによれば、「味の素」「カルピス」「マクドナルド」に準じる識別力を発揮するものとして認識されているから、文字標章「正露丸」は普通名称ではなく、商品等表示性を有するということができ、同調査結果の鑑定意見書(甲109、110)もこの点を肯定していると主張する。
 一般的には、ある名称の普通名称性を検討するのに、いわゆるテフロン調査の結果を認定に供することは可能と考えられるが、本件において、上記調査結果及びこれに基づく鑑定意見を採用することには、以下のとおり問題があるというべきである。
(ア) まず、上記調査の質問は、2者択一であり、「ブランド」か「一般名称」かを問うものであり、ここでいう「ブランド」とは「クラウン」「カローラ」というような、ある特定の会社で作られているその会社独自の製品名を指し、また、「一般名称」とは「自動車」で、特定の会社に限定されない製品そのものの呼称を指すとの説明が付されている。その適否について検討すると、「自動車」は、(「クラウン」「カローラ」と比べれば)かなり抽象度の高い普通名詞であり、正露丸のような家庭用医薬品についていえば、「胃腸薬」「吐瀉薬」がこれに相当すると考えられる。
 他方、「ラッパのマーク」が控訴人の商標であり、識別力を有することは争いがなく、「ラッパのマークの正露丸」であればこれをブランドとして回答することに誤りはない。そして、前記認定のとおり、控訴人の宣伝広告では「ラッパのマーク」が強調され、平成11年10月ころまでの新聞広告には、「ラッパのマークの正露丸とご指定ください。」との記載もあり、テレビコマーシャルにおいて、「下痢にラッパのマーク大幸薬品の正露丸。」というコピーが流され、ラジオコマーシャルにおいて、「パッパラパッパー」というラッパの音を連想させる音声とともに、女性の声で「下痢、食あたり、水あたりにラッパのマークの正露丸。」などというコピーが流されていることが認められる。
 そうすると、上記調査の質問に回答するに当たり、回答者は、「深く考えずに感じたとおりお答え下さい」と指示されているから、上記広告宣伝の影響の下に、「正露丸」を「自動車」のようなカテゴリーに属する名詞ではなく、ブランドであると回答することも十分想定でき、その場合、単なる「正露丸」がブランドであるか否かについて回答したものとは即断できないと考えられる。
 もちろん、回答者が質問に付された説明をよく読んで考えれば、「ラッパのマークの正露丸」との広告宣伝の影響を排して判断することが可能であるが、インターネットを介して質問し、回答を求めたものであるから、回答者の質問に対する理解が十分に得られているといえるかは、必ずしも保証されていないというべきである。
(イ) 次に、調査対象者の面からみると、「正露丸」に関し、社会全体の人
々の認識に転換が起こったというためには、「正露丸」の製造販売に携わる取引業者を含めて認識の転換があったといえなければならないのであり、また、上記(ア)のとおり、控訴人が広告宣伝において「ラッパのマーク」を強調し、「正露丸」と結びつけており、一般消費者がその影響下にあることも考えると、製造販売に携わる取引業者の認識を調査することには特に意義があるというべきである。ところが、上記調査では、調査会社が1980年代より住民基本台帳を起点として拡大・構築した汎用標本抽出枠を使用したとされ、対象者の特性に限定は設けられておらず、取引業者の認識は調べられていない。
(ウ) また、テフロン調査の特徴は、@普通名称であって法的保護が受けられないことが明らかな標章、A商標として法律上保護されることが明らかな標章、B両者の中間に位置する標章の3種の標章を複数とりまぜ、問題の標章についてなされるのと同一の質問に答えさせることによって、識別力の有無についての回答者の判別能力が信頼に値するものかをチェックできるところに特徴があり、米国の裁判所の理解を得たとされ、上記調査についても、@ないしBの種別に応じた結果が得られたとの鑑定意見が述べられている(甲110)。
 ところで、上記調査結果において、我が国において現在も普通名称ではなく、商標として認識されている「セロテープ」「シーチキン」「クレパス」「宅急便」等の商標(乙36)を一般名称とする回答が50%以上にのぼり、ブランドとする回答が20%〜30%にとどまっていることが認められる。これらについて、上記Bに該当し、相応する結果が得られたものとみることも可能であるが(甲110)、「宅急便」を例にとれば、宅配便業者がいかなる表示の下にサービスを提供しているか(業者により「宅急便」のほか、「ペリカン便」、「飛脚宅配便」、「カンガルー便」等の異なった表示が使用されていることが当裁判所に顕著である。)を意識させた上で、判断を求めれば異なった結果となったとも思われ、一般大衆に対し、現実の使用状況を意識させず、単に質問に対する回答を求めたために精度の高い回答が得られなかったとも評価できる。これを「正露丸」についていえば、回答者が、少なからぬ薬局・薬店・ドラッグストア等において、他社製品が控訴人製品と並べて陳列され、それぞれ相当の価格差のある価格表示がなされていて、一般消費者に対して控訴人製品とはそれぞれが別個の商品であることを明示して販売されているような状況をどれだけ認識の上、回答したか不明であり、上記調査は、明らかに商標あるいは普通名称とされている標章を基に一般大衆の判断能力の有無、程度について調査するには有意義だとしても、普通名称性を判断するのに回答結果を参考とするには限界があるというべきである。
(エ) 上記調査についての鑑定意見(甲109、110)は、調査方法は適切であり、調査結果の信頼性は高いとして、「正露丸」は控訴人のブランドであり、一般名称(普通名詞)ではなく、商品等表示性があるとしているが、以上の点を考慮すると、上記調査結果は信頼性が高いとまでいうことはできず、これらの鑑定意見も採用することはできない。
ウ 控訴人は、控訴人表示2についても、控訴人製品が本件被控訴人製品との間に集中的に混同例が増えていること、被控訴人製品がロートエキスを相当量含有しており、有害事象の発生を惹き起こすおそれがあることを主張する。
 しかしながら、控訴人の指摘する有害事象の発生を惹き起こすおそれについては、前記のとおり、販売の在り方等の問題であり、普通名称である「正露丸」について社会の人々に認識の転換が起こったことを認める根拠となり得るものではない。したがって、上記主張は、前記認定を左右しない。
3 争点(3)イ(商標権の効力制限)について
 当裁判所も、本件商標権に基づく控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は、原判決第3、3(27頁20行目から28頁6行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
4 結論
 よって、本件控訴は理由がないから、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 若林諒
 裁判官 小野洋一
 裁判官 冨田一彦
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