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【事件名】商標“一枚甲”侵害事件(2)
【年月日】平成19年9月27日
 知財高裁 平成18年(ネ)第10085号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成17年(ワ)第25426号)
 (口頭弁論終結日 平成19年9月11日)

判決
控訴人 X
訴訟代理人弁護士 出縄正人
同 小野顕
同 新保雄司
同 里見剛
訴訟代理人弁理士 飯島紳行
補佐人弁理士 藤森裕司
被控訴人 有限会社海宝堂
訴訟代理人弁護士 井田吉則
同 丸山和広


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、3000万円及びこれに対する平成17年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 【略称は原判決の例による。】
1 控訴人(一審原告)は、先々代が明治期に創業し、以後三代にわたり屋号を「X1」(戸籍名と同一)として、象牙撥・べっ甲先付き撥を製造販売している業者である。
 一方、被控訴人(一審被告)は、三味線用撥の製造・修理等を目的として昭和62年3月2日に設立された有限会社である。
2 本件は、下記(1)(2)の商標(本件各商標)の商標権者である控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人の製造販売する三味線バチの手元の才尻(グリップエンドの端面)に貼付されているシールに使用されている下記(3)の被告標章は、控訴人の上記商標権を侵害するものであるとして、被控訴人が控訴人から警告通知を受けて被告標章の使用を中止した平成16年3月から過去20年の不法行為による損害賠償金1億6000万円の一部金3000万円及びこれに対する平成17年12月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 記
(1) 本件第1商標権
・商標 [商標イメージ略]
・指定商品 第24類「和楽器、その他本類に属する商品」
・登録番号 第1366281号
・出願年月日 昭和50年1月21日
・登録年月日 昭和53年12月22日
(2) 本件第2商標権
・商標 [商標イメージ略]
・指定商品 第15類「ばち」
・登録番号 第1569626号
・出願年月日 昭和53年4月25日
・登録年月日 昭和58年2月25日
(3) 被告標章 [商標イメージ略]
・ただし、金色の六角形のシール内に「一枚甲」の文字を黒色により縦書きしたもの
3 原審の東京地裁は、平成18年10月26日、被控訴人による被告標章の使用は商品の品質・原材料を普通に用いられる方法で表示するものであるから商標法26条1項2号により控訴人の商標権の効力が及ばないとして、控訴人の請求を棄却した。
 そこで、これに不服の控訴人が本件控訴を提起したものである。
第3 当事者の主張
 当事者双方の主張は、当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第2事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 当審における控訴人の主張
(1) 被告標章の使用は、商品の品質、原材料を表示するものではない
 原判決は、@「三味線のバチにおける『一枚甲』との用語は、…遅くとも昭和50年代半ば以降に、三味線のバチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたものを意味する用語として、少なくとも業界の一部の業者において使用されていた」こと(20頁20行〜24行、21頁16行〜19行)、及びA「『一枚甲』の三味線バチは、一枚甲で作れるほど厚くないべっ甲2枚以上を両方から合わせて台材に張り合わせる方法で先付けしたものである『合わせ甲』ないし『二枚甲』の三味線バチとは、その品質が異なり、原材料となるべきべっ甲の品質及び枚数が異なることから、その価格も異なるものであるため、その取引時には、三味線のバチのこの品質及び原材料を明らかにするために、『一枚甲』か『合わせ甲』ないし『二枚甲』かを明示する必要がある場合が少なくはないと考えることは合理的である」こと(20頁24行〜21頁5行等)という認定事実(以下「認定事実A」という。)に基づき、@「被告標章を構成している『一枚甲』との用語は、少なくとも被告標章が使用され始めた平成5年当時とそれ以降においては、三味線のバチに先付けするべっ甲の種類を表示するだけでなく、三味線のバチそのものの品質及びその原材料を表示する用語として使用されていた名称(標章)である」こと(21頁6行〜10行)及びA「『一枚甲』との用語は、三味線バチの取引者・需要者がその取引の場においてその品質を確認するのに必要な用語であり、それらの多くの者がこの用語の意味するところを認識している」こと(21頁23行〜26行)という事実を認定している(以下「認定事実B」という。)。
 しかしながら、次に述べるとおり、原判決は、何ら具体的証拠の裏づけもなく、あたかもその論理的帰結であるかのように認定事実Aから認定事実Bを導き出すという大きな論理の飛躍を行っている点において、商標法(以下「法」という。)26条1項2号、さらには商標登録制度の趣旨を大きく没却したものである。また、認定事実A及び認定事実Bの各事実のうち法26条1項2号の適用上重要な事実部分の認定について、その基礎となるべき具体的証拠は存在しない。そして、客観的な証拠は、むしろ原判決の認定事実と大きく相反する事実を示すものである。
ア 三味線バチの取引者・需要者の「多くの者」ないし「多数」が、「一枚甲」を、品質ないし原材料を表す用語と認識することを合理的に推認する過程は、原判決において全く示されていない
 侵害の有無が問題となった表示が用いる用語が、法26条1項2号にいう「品質」ないし「原材料」を示すもの(いわゆる記述的表示)と認められるためには、まさに原判決も指摘するとおり、少なくとも、当該商品の「取引者・需要者の多数」が、当該用語をもって品質ないし原材料を表す用語であると認識することの立証が必要であり、当該用語が取引者・需要者のうち「多くの者」ないし「多数」にいかなる意味をもって認識されるかは、法26条1項2号の適用可能性を判断するための中核となるべき事実認定部分である。
 しかるところ、原判決は、認定事実A@において「業界の一部の業者」による使用の事実を認定し、かつ認定事実AAにおいて単に、三味線バチに付されたべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか、「べっ甲2枚以上を両方から合わせて台材に張り合わせる方法で先付けしたもの」であるかを三味線バチの取引時において明示する必要がある場合が少なくはないとの認定を行ったのみで、突然に、認定事実BAのとおり、「三味線バチの取引者・需要者」の「多くの者」がその「用語」(すなわち記述的表現としての「一枚甲」)の意味を認識しているとの事実認定を行っている。
 しかし、単に「業界の一部の業者」がある品質・原材料にかかわって当該用語を使用したことがあるという事実のみにより、「三味線バチの取引者・需要者」の「多くの者」がその用語をもって当該必要性を示す記述的表現と認識するとの推認を行うことができないことは、論理法則上きわめて明白である。すなわち、当該用語が「三味線バチの取引者・需要者」の「多くの者」にとってある品質・原材料にかかわって記述的表現として認識されていたとの推認を行うためには、当該用語が、単にその全体に占める程度も不明確な「業界の一部の業者」によってではなく、当該「多くの者」との認定事実を具体的に基礎付けるに値する広範な人的範囲の「取引者・需要者」において、当該品質・原材料にかかわる記述的表現として使用されていたとの具体的な認定事実と、これを示す具体的証拠とが媒介となることが当然に必要となる。それにもかかわらず、このような事実認定過程は、原判決において、何ら示されていない。
 以上のとおり、原判決は、何ら具体的裏づけもなく、認定事実A@(「業界の一部の業者」による使用)から認定事実BA(「三味線バチの取引者・需要者」の「多くの者」による認識)を導き出すという大きな論理の飛躍を行っている点において、法26条1項2号の適用の判断に際して中核となるべき事実認定の過程において、論理構造上の大きな欠落・欠陥を有するものというほかない。
イ 三味線バチの取引者・需要者の「多くの者」ないし「多数」が、「一枚甲」を、品質ないし原材料を表す用語と認識することを合理的に基礎付ける証拠は存在しない
(ア) 以下において個別に検討するとおり、原判決が「客観的な資料」としてあげたa文献(18頁12行〜19頁1行)、b価格表等の書類(19頁2行〜11行)及びcウェブページ(20頁12行〜19行)のいずれについても、三味線バチの取引者・需要者の「多くの者」ないし「多数」が、「一枚甲」との用語を、三味線バチの品質・原材料を表す用語として認識することを基礎付けるに足るものではない。
a 文献
 H著「長崎の鼈甲細工について(二)」(乙1の2枚目以下)は、その記載内容からも明らかなとおり、三味線バチに限定されないべっ甲細工一般に関する文献であり、これらべっ甲細工一般について、亀の甲羅13枚の内の一枚を「一枚甲」と称した稀な例があることを示すものにすぎない。これを引用する越中哲也著「長崎のべっ甲」(昭和58年3月発行。乙45)及び越中哲也著「玳瑁考」(1992年5月20日発行。乙46)も独立の証拠価値を有するものではない。
 他方、べっ甲工芸品について墨田区無形文化財の指定を受け勲六等瑞宝章を授与されているI、墨田区無形文化財の指定を受けているJらの作成にかかる陳述書(甲4の8)においては、「一枚の甲羅から作成されたべっ甲を特に『一枚甲』という呼称を用いて区別していたことがない」旨が明確に述べられているところ、同人らは、「三味線バチ業界」にも、同業界の「組合」にも属していないから、「客観的な証拠」として評価することができる。
b 価格表等
 価格表等(乙6の1・2、9、10の1・2、12の1・2、14)は、きわめて多数に及ぶ邦楽器の「取引者」中、同じく多数にのぼる製造卸売業者のうち、ごく一部にすぎない6業者(実質的に同一である株式会社大瀧邦楽器と株式会社九州オータキを1業者と数えれば5業者)により作成されたものであって、かつ、これらの価格表等の頒布数量を明確、具体的に示す証拠も存在しない。これらの業者のべっ甲バチの取引規模はきわめて小さい。
 のみならず、少なくとも乙6の1・2の各10頁及び乙9の13頁の各右側欄には、乙14の広告主体である有限会社山口製作所の製造にかかるものであることを示す「ふじ印」の記載がある。また、小川楽器製造株式会社の作成にかかる乙11及び乙12の1・2についても、乙11における品番「2207」の写真に有限会社山口製作所の商品に付された特徴的な市松模様の帯が付されており、その他このような市松模様の帯が付された三味線バチが乙11に多数掲載されている。そうすると、これらにおける「一枚甲」と表示された三味線バチは、有限会社山口製作所の製造にかかるものである可能性が高い。してみれば、これらの価格表等のうち、少なくとも乙6の1・2、9、11、12の1・2及び14(すなわち、乙10の1・2以外)については、商品の出所としては有限会社山口製作所のみであるということができる。そして、乙10の1・2の作成主体である牧本楽器株式会社は、控訴人の取引先であったことからすると、控訴人商品を「極上一枚甲」と表示していた可能性が高い。
 他方、甲9の2の邦楽器商報に掲載された昭和38年9月1日現在の小売標準価格表(単なる1事業者の標準小売価格ではなく、邦楽器商報発行者の調査結果として、全国レベルにおける標準的な小売価格を示すものである。)には、「ばち類」に「一枚甲」との商品区分はなく、少なくとも昭和38年9月1日時点において「一枚甲」との商品区分が一般に使用されていなかったことが容易に理解される。そして、甲22(平成15年ころの株式会社柏屋の価格表)、甲4の12、39、139及び141(平成12年度から平成14年度、平成18年度及び平成19年度の株式会社三島屋楽器店の定価表)、甲142(小川楽器製造株式会社の価格表)、甲143(日本和楽器製造株式会社の平成18年3月1日現在の卸価格表)においては、「一枚甲」なる表示は存在しない。
 また、後記(2)のとおり、被告標章が「需要者」たる一般消費者の目にとまる場所に意図的に付されていることは明確であることにも鑑みると、少なくとも本件においては、「需要者」たる一般消費者が被告標章を品質・原材料表示と認識することができたか否かという観点が最も重要視されるべきところ、これら価格表等は、乙14を除き、卸売価格を記載したものと解され、「需要者」たる一般消費者に開示されていたことはあり得ない。また、乙14の「筝のおけいこ」(NHKテキスト、1982年10月〜1983年3月)に掲載された広告についていえば、まさにその名の通り筝(すなわち琴)の需要者を読者とするものであり、三味線バチの「需要者」における認識可能性の根拠となるものではない。
c ウェブページ
 ウェブページ(乙15、38の1・2)は、いずれも本件訴訟の提起後である平成18年3月2日にプリントアウトされたものであり、そもそも原判決のいう「平成5年当時」(認定事実B@)について何ら根拠となり得るものではないとともに、三味線バチの取引者・需要者の「多くの者」による認識の根拠となり得る、長期間継続的かつ広範な使用の事実を何ら示すものでもない。
 さらにいえば、乙38の1・2において掲載された三味線バチのうち少なからぬものについては、有限会社山口製作所の商品に付された特徴的な市松模様の帯が付されており、乙38の1・2の作成主体が、有限会社山口製作所の表示した「一枚甲」との表示に従って、同社の三味線バチの取引のために「一枚甲」という表示を使用していたことを示すにすぎない。
(イ) また、以下のとおり、「客観的な資料」によれば、「一枚甲」との用語は一般的なものでないことが認められるとともに、三味線バチの需要者の多数は、そもそも「三味線のバチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」と「べっ甲2枚以上を両方から合わせて台材に張り合わせる方法で先付けしたもの」との間の区別さえ認識していない。
a 事典・辞典類
(a) 平野健次ほか監修「日本音楽大事典」(1989年3月23日初版発行)株式会社平凡社(甲40)の「ばち」ないし「しゃみせん」中の「撥」の項目において、(後者についてべっ甲はその材質としては部分的にしか用いない旨の記載はあるが)「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(b) 下中邦彦編集「音楽大事典」(1982年11月19日初版発行)株式会社平凡社(甲41)においても、「ばち【日本】」の項目に、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(c) 淺香淳編集「邦楽百科辞典雅楽から民謡まで」(昭和59年11月1日第1刷発行)株式会社音楽之友社(甲42)においても、「いちまいこう」との語は掲載されておらず、また「ばち」の項目にも、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(d) 田辺尚雄著「邦楽用語辞典」(昭和50年10月15日初版発行)株式会社東京堂出版(甲43)においても、「いちまいこう」との語は掲載されておらず、また「ばち」の項目にも、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(e) 目黒三策編集「標準音楽辞典」(昭和41年4月25日第1版発行)音楽之友社(甲44)においても、「しゃみせん」及び「ばち」のいずれの項目にも、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
b 文献類
(a) 「東洋音楽研究」第14、15合併号(昭和33年12月20日発行)株式会社音楽之友社に掲載された論文「三味線の研究」(甲45)においては、「現行三味線調査」の一環として、三味線の各流派・種目において使用される三味線のバチに関する調査結果の報告がなされている(130頁〜131頁)。それによると、一部について「象牙べっ甲先」等の記載は見られるものの、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(b) 津田道子著「京都の響き柳川三味線」(1998年5月1日印刷)社団法人京都當道会(甲46)においても、三味線ばちの先にべっ甲を用いるときもある旨の記載(18頁)や、バチ先のみべっ甲を継ぎ合わせて用いる例がある旨の記載(29頁)はあるが、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(c) 富士松亀三郎著「三味線の知識邦楽発声法」(昭和39年11月10日発行)株式会社南雲堂(甲47)においても、三味線ばちの材質に関する一定の記載は見られるが、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(d) 田辺尚雄著「三味線音楽史」(昭和38年8月15日発行)株式会社創思社(甲48)においても、三味線ばちに関する一定の記載は見られるが、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
c その他書籍
(a) 星野榮志著「邦楽ってどんなもの」(平成16年11月15日初版発行)演劇出版社(甲49)においても、バチ先すなわちひらき部分だけをべっ甲で作った三味線ばちに関する記載は見られるが、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(b) 木下伸市著「津軽三味線スタイルブック」(2003年7月1日2版発行)株式会社シンコーミュージック(甲50)においても、「べっ甲製のものが適度に撥先もしなるので最適だと思います。」等の記載(75頁)はあるが、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はない。
(c) 金子直吉編「復版「玳瑁亀図説」天・地」(昭和57年10月10日発行)東京鼈甲組合連合会(甲135)においても、「甲のまま挽抜候品にて」(94頁)と記載されており、「一枚甲」の文字は全く用いられていない。
(d) 安達健二・水上勉監修「日本の伝統工芸3東京」(昭和60年7月20日初版発行)株式会社ぎょうせい(甲136)の高橋都代子「べっ甲細工の生地ごしらえ」においても、「もともと一枚の甲羅から作られているかのように見える」(126頁)と記載されており、「一枚甲」の文字は全く用いられていない。
(e) クミタ・リュウ著「平成職人絵伝」(1992年1月10日第1刷発行)透土社(甲137)、竹内淳子・直江広治編「日本の技2江戸の伝統技と心」(昭和58年7月10日第1刷発行)株式会社集英社(甲138)、清澤一人・大森幹久著「東京の職人百職百人」(平成4年1月22日初版発行)株式会社淡交社(甲139)、毎日ムック・アミューズ編「京都江戸・職人のわざ」(1996年10月30日発行)毎日新聞社(甲140)は、いずれもべっ甲に関する文献であるが、これらにも「一枚甲」の文字は全く用いられていない。
d 上記の各事典・辞典類、文献類、その他書籍における記載状況に鑑みれば、少なくとも三味線バチの需要者の多数においては、「一枚甲」たる品質・原材料表示語も、また、「三味線のバチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」か否かという点が三味線バチの品質に影響を与え、また原材料の表示として意味を有するものであることさえも、認識していないものと理解することが経験則に合致する。
 したがって、「一枚甲」との用語は一般的なものでないことが認められるとともに、三味線バチの需要者の多数は、そもそも「三味線のバチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」と「べっ甲2枚以上を両方から合わせて台材に張り合わせる方法で先付けしたもの」との間の区別さえ認識していないということができる。
ウ 被控訴人が提出した陳述書等の記載は信用できない
 被控訴人が提出した陳述書等(乙2〜5、7、8、13、16〜18、19の1、20〜37、39、40)は、あたかも一通一通は具体的事実に基づくかのような体裁をとりながら、控訴人が「お願い」と「書式」(甲9の1の11枚目の「お願い」と8枚目及び9枚目の「書式」又はこれに類似するもの)を配布して作成されたものであり、陳述者の真意に基づいて書かれたものではないから、これらの陳述書の信用性はいずれもきわめて低い。
 なお、被控訴人は、「『一枚甲』という言葉を含む昭和50年以前の文書探しにご協力下さい(文献、納品書、カタログ、メモ等、手書き活字を問いません)」として、上記「お願い」による証拠収集活動を行っているが、それにもかかわらず、原審で取り調べられた証拠しか提出されていない事実は、「一枚甲」の用語が一般的でないことの証左である。
エ 「一枚甲」は「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であることを示すために「必要」な用語でさえない
(ア) 原判決は、三味線バチの取引時において「一枚甲」か「合わせ甲」ないし「二枚甲」かを明示する必要がある場合は少なくはないと考えることが合理的であること(上記認定事実AA)を認定し、さらには「一枚甲」との「用語」が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であることを示すために「必要な用語」であること(上記認定事実BA)を認定している。
(イ) このうち、認定事実AAについていえば、原判決本文において「一枚甲」との部分及び「合わせ甲」ないし「二枚甲」との部分に付された「かぎかっこ」と、認定事実AAにおいてこれらに「との用語」との表現が付加されていないことを善解すれば、認定事実AAは、単に「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか、「べっ甲2枚以上を両方から合わせて台材に張り合わせる方法で先付けしたもの」であるかという「実体」を三味線バチの取引時において明示する必要がある場合が少なくはないとの認定を行うものにすぎず、当該「用語」の普及性・一般性について認定を行うものではない(逆に、このように解しない限り、認定事実A@において「業界の一部の業者」において使用されていたと認定されたにすぎない「用語」が、突然に認定事実AAにおいて「明示する必要がある」語とされることの理由を理解しえない。)。しかるところ、認定事実B@においては、再び何ら具体的証拠の裏づけもなく、「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」か否かという実体ではなく、一枚甲との「用語」それ自体が、「三味線バチの取引者・需要者がその取引の場においてその品質を確認するのに必要な用語」に昇華されている。
(ウ) しかし、「一枚甲」との「用語」は、「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かという「実体」を取引時に明示しまたは確認するために「必要」な「用語」でさえない。そのことは、次のような事実から明らかである。
a 被控訴人自身の雑誌広告(甲24)においては、同種の三味線バチを説明する表現として、「完全一枚べっ甲で制作致します」との表現が用いられている。
b 被控訴人により提出された乙19の1の陳述書の作成主体として「一枚甲」が普通名称である旨を陳述する三味太楽器店(コスモ株式会社)の楽天市場通信販売ページにおける商品紹介(甲51)においてさえも、「一枚鼈甲の特殊設計」「当店特製の一枚鼈甲」との表現が用いられ、同ページにおいて「一枚甲」との表現はみられない。
c Yahoo!オークションにおける出品例(甲52、53)においても、同種の三味線バチを説明する表現として、「撥先は大きな一枚鼈甲です。」「当店特製の一枚鼈甲」等の表現が用いられている。
d 太陽楽器株式会社のウェブページ(甲54)においては、「一枚の鼈甲を切り裂いて製作する鼈甲撥」の表現として、津軽「一枚割鼈甲」との表記が用いられている。
e 大瀧邦楽器店の元従業員Cの陳述書(甲109)には、べっ甲を中割りしてバチの先に取り付けて作られたべっ甲バチについて、「中割」と呼んだことがあったかもしれないと記載されている。
(エ) そもそも、本件各商標は、控訴人の登録商標である。そして、登録商標制度の趣旨を無にしないためには、商標登録の対象となった文字が一定の品質・原材料等を暗示するようなものである場合において法26条1項2号の適用可能性を判断するに当たっては、侵害訴訟の被告により使用された語が、当該業界において「品質表示語としてなくてはならない」ものといえるか否かという高度のレベルにおいて、当該業界における使用の「必要」性が検討されるべきである。
 しかるところ、上記(ウ)の使用例からは、「一枚甲」との語は、三味線バチ業界において「品質表示語としてなくてはならない」語ではあり得ず、また、原判決が説示する「必要な」用語とも評価しえないこと、逆にいえば、本件において商標権侵害を認めることによって、三味線バチの品質又は原材料に関する取引者・需要者間の情報伝達の確保という法26条1項2号の趣旨は何ら妨げられないばかりか、上記(ウ)のような明確かつ適切な表現が用いられる結果となり、むしろこのような伝達が促進さえされるものである。
(オ) したがって、原判決は、認定事実B@において、一枚甲との「用語」それ自体が、「三味線バチの取引者・需要者がその取引の場においてその品質を確認するのに必要な用語」であるとの認定を行った点において誤りが存在する。
オ 「一枚甲」は、控訴人の広範かつ継続的な広告宣伝活動により、品質・原材料用語としてではなく、控訴人の製作にかかる三味線バチの商品名として、需要者及び取引者に広く認識されている
(ア) 控訴人は、邦楽器業界における唯一の業界紙であって全国邦楽器商工業組合連合会の組合員全員に配布される「邦楽器商報」における広告宣伝(甲4の15)に加え、以下のとおり、本件各商標を使用した、「ブランド」としての「一枚甲」に関する広範かつ継続的な広告宣伝活動を行い、このような広告宣伝活動の結果、「一枚甲」との文字は、控訴人の製作にかかる三味線バチの商品名ないし「ブランド」として、需要者及び取引者に全国的に広く認識されている。
a 雑誌「みんよう春秋」における広告宣伝
 控訴人は、日本における唯一の一般向け民謡雑誌である「みんよう春秋」(隔月刊)みんよう春秋社において、第59号(昭和63年1月15日発行)から第74号(平成2年7月15日発行)に至るまでの毎号、控訴人商品と亀の甲羅から三味線のバチ先をくりぬいたものの写真を広告上部に配し、広告下部においては、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものを右側に、「何故ブランドか?……」「類似製品にご注意」等の記載を中央部に、本件第1商標及び本件第2商標が登録商標である旨の記載を左側に配した、本件各商標の「ブランド」性を大きく強調した1ページ大のカラー広告を、裏表紙見返し部分に掲載し、控訴人商品及び本件各商標の広告宣伝を行ってきた(甲55の1〜15)。
b 「民謡民舞春季大会」及び「民謡民舞全国大会」のパンフレットにおける広告宣伝
 財団法人日本民謡協会主催の「民謡民舞春季大会」及び「民謡民舞全国大会」は、各省庁、東京都、読売新聞社、報知新聞社、日本テレビ放送網、日本放送協会(NHK)等の後援と各レコード会社の協賛の下に、日本全国からきわめて多数の者が参加して、国技館、東京体育館等において(ただし、「春季大会」については平成8年度以降は各地方において)、毎年、「春季大会」は春に、「全国大会」は秋に、各4日間(ただし、一部年度については2日又は3日間)にわたり開催され、優秀者には、内閣総理大臣賞その他の各大臣賞、東京都知事賞等が授与されるものである。
 控訴人は、これらのパンフレットにおいて、遅くとも昭和56年5月開催の「春季大会」以降現在まで(ただし、「春季大会」については平成9年度まで)、一部主催者側の過誤により掲載されなかった年度を除き、1ページ大のカラー又は白黒広告を掲載し、控訴人商品及び本件各商標の広告宣伝を行ってきた(甲4の16、56の1〜38)。
 このうち、昭和62年度の「全国大会」以降のパンフレットにおいては、「何故ブランドか?…」との表現を採用し、また、昭和63年度の「春季大会」以降のパンフレットにおいては、本件第2商標を登録商標として明示し、本件各商標の「ブランド」性をより強調した広告となっている。
c 「郷土民謡民舞春季大会」及び「郷土民謡民舞全国大会」のパンフレットにおける広告宣伝
 日本郷土民謡協会主催の「郷土民謡民舞春季大会」及び「郷土民謡民舞全国大会」(昭和61年以前の名称は「郷土民謡春季大会」及び「郷土民謡全国大会」)は、文化庁、東京都、産経新聞社、フジテレビ、ニッポン放送、ポニーキャニオン等の後援と各レコード会社の協賛の下に、日本全国からきわめて多数の者が参加して、日本武道館において、毎年「春季大会」は春に、「全国大会」は秋に、各4日間にわたり開催され、優秀者には内閣総理大臣賞その他の各大臣賞、東京都知事賞等が授与されるものである。
 控訴人は、これらの大会のパンフレットにおいて、遅くとも昭和58年5月開催の「春季大会」以降平成13年ころまで毎回、1ページ大のカラー又は白黒広告を掲載し、控訴人商品及び本件各商標の広告宣伝を行ってきた(甲4の17、58の1〜30)。
 このうち、昭和63年度「春季大会」以降のパンフレットにおいては、本件第2商標を登録商標として明示し、本件各商標の「ブランド」性をより強調した広告を掲載している。
d 津軽三味線コンクール全国大会パンフレットにおける広告宣伝
 財団法人日本民謡協会主催の「津軽三味線コンクール全国大会」は、読売新聞社、報知新聞社等の後援と各レコード会社の協賛の下に、日本全国からの多数の者が参加して、日比谷公会堂において毎年開催されるものである。
 控訴人は、平成10年開催の第1回大会から毎回、本件第2商標を登録商標として明示し、本件各商標の「ブランド」性をより強調した広告を掲載している(甲59の1〜10)。
e その他イベントにおける広告宣伝
 以上のほか、控訴人は、民謡関係の各種イベントにおいて、控訴人商品及び本件各商標の広告宣伝を行っている(甲60、61の1・2)。
(イ) 需要者たる三味線奏者による各証明書(甲70の1、71〜78、79の1、80〜88、114〜125、127〜129、144〜150)、意見書(甲11)は、「一枚甲」との用語が、控訴人商品自体の高度の品質と、控訴人の広範かつ継続的な広告宣伝活動との結果、原材料・品質を示す一般的用語ではなく、控訴人の製作にかかる三味線バチの登録商標、商品名又はブランド名を示す用語として、需要者に広く認識されていることを如実に示すものである。
 また、三味線バチの取引者による各証明書(甲89〜103、113)、東京和楽器製造卸組合における総会決議(甲21、104)、陳述書(甲109、126)、その他の各意見書等も、「一枚甲」との用語が、控訴人商品自体の高度の品質と、控訴人の広範かつ継続的な広告宣伝活動との結果、原材料・品質を示す一般的用語ではなく、控訴人の製作にかかる三味線バチの登録商標、商品名又はブランド名を示す用語として、需要者に広く認識されていることを如実に示すものである。なお、これらの各証明書には、被控訴人の所属する東京邦楽器商工業協同組合の理事による甲89、全国邦楽器商工業組合連合会の副理事長兼東京和楽器商組合(東京近郊の小売業者の団体である)の理事長による甲90、全国邦楽器商工業組合連合会の会長による甲94が含まれている。
(ウ) 原判決は、「…原告が三味線のバチに使用しているのは、『一枚甲』の縦書き文字及び「亀」の模様を、『ばち』形の輪郭線で囲んだ本件第1商標であることからすれば(甲5)、業界が原告の商標として認識しているものは、このような『一枚甲』と図形との組合せ商標であり、これは単なる『一枚甲』との文字商標とは異なるものである。」(22頁3行〜8行)として、「一枚甲」商標の出所識別表示の機能が十分に維持されているとの控訴人の主張を排斥している。しかし原判決のこの認定は、文字と図形の結合商標である本件第1商標においては、文字部分はその図形部分とは独立して強く需要者・取引者の目を引く強度の自他商品識別機能を有することを見誤ったものである(ただし、図形部分[輪郭線等]の存在により、当該表示全体における自他商品識別機能がより強化される点は全くの別論である)。のみならず原判決は、控訴人の広告宣伝活動の事実、とりわけ昭和63年以降において本件第2商標を登録商標として明示し、本件各商標の「ブランド」性をより強調した広告を使用している事実を、看過したものである。
(エ) 上記(ア)の広告については、各媒体に被控訴人の広告(「一枚甲」との表示は見られない)も掲載されている例が多数存在し、さらには見開きページにおいて両者が掲載されている例(甲56の35、58の7、59の4・5)もみられる。被控訴人による本件侵害行為は、控訴人による上記各広告宣伝活動を十分に認識の上、本件各商標のもつ顧客吸引力に便乗する意図において行われた、非常に悪質なものである。
カ まとめ
 以上のとおり、被告標章を構成する文字が、法26条1項2号にいう「品質」ないし「原材料」を表示する用語であるとの主張は、根拠を欠くものである。
 そもそも、品質・効能等を暗示する表示(いわゆる暗示商標)は、需要者・取引者にとって記憶されやすく、商標としての経済的価値も高いものであるため、世情一般に出所識別表示として使用されており、かつ、十分識別力ある商標として多数登録されている(甲110、111の1〜4)。このような現状に鑑みれば、単に品質にかかわる表示ないしは品質を暗示させる表示であるというだけで商標権侵害を否定してしまうことは、このような商標に品質向上の努力と広告宣伝のための資本を投下した商標権者に多大な不利益を与えるとともに、需要者に大きな混乱を生じさせるものであり、商標の出所識別機能を保証し混同を抑止しようとしたわが国登録商標制度の趣旨がまっとうされなくなるおそれが大きい。
キ なお、被控訴人は、控訴人自身も「三味線バチの台材の先に1枚の厚いべっ甲を裂いて先付けした」ものには本件各商標を用いているが、そうでないものには本件各商標を用いていない、と主張するが、そのような事実はない。控訴人は、これまで控訴人が築き上げてきた一枚甲ブランドのイメージに悪影響が及ばないようにするため、廉価品として製造した三味線バチについては「X1シール」を、それ以外の優れた三味線バチについては「一枚甲シール」を付して販売している。
(2) 被告標章の表示方法は、法26条1項2号にいう「普通に用いられる方法で表示」にも該当するものではない
ア 法26条1項2号は、商品の品質ないし原材料を「普通に用いられる方法で表示する」ことを、商標権の効力が及ばない場合の要件として掲げている。
 当該要件の判断に関し、商品に使用される表示の方法が普通に用いられる方法であるかどうかは、それぞれの商品における取引の実態との関係において相対的に決定されるべきである。また、当該要件は、表示の位置や態様(書体、大きさ、彩色など)などに基づき、取引の実情を考慮して判断することになる。さらに、「普通に用いられる方法」と認められるためには、「商標権の効力を及ぼすことが適当でないものとして例外的に使用が許されるものであるから、その表示方法は、殊更に出所表示機能を企図する態様のものであってはならない。」(東京高裁平成10年(ネ)第1428号平成11年6月24日判決)。
イ 被告標章の付された位置
(ア) 被告標章は、三味線バチの才尻にシールを貼付する方法により表示されている。この点に関し、原判決は、品質ないし原材料を表示するシールをその才尻の部分に貼付することが、「バチの使用方法に照らし、合理的な方法であるということができる」と判示している(22頁21行〜22行)。
 しかし、以下の事実からすると、被告標章が単に品質ないし原材料を表示するシールであるならば、これを才尻に貼付することは特異な方法というべきであって、自他商品識別機能を企図したものに外ならず、その結果、需要者も被告標章を識別表示として認識するものである。
a 控訴人の三味線バチの才尻に本件第1商標が付されているが、その他の三味線バチにおいても、有限会社山口製作所の製造する三味線バチに付されたふじ印の商標(甲62、63)、株式会社共栄ライト製作所が製造する三味線バチに付された白象印の商標(甲62、64、65)、平田象牙店が製造する三味線バチに付された「充」の商標(甲66)等の自他識別機能を強く発揮する商標は、すべて三味線バチの才尻に付されている。これは、三味線バチが小売店において並べて展示される際には、専ら才尻の部分が需要者の側に向けて置かれ、需要者にとって最初に目に触れる部分であるためである(甲64、108、112)。
b また、三味線バチを使用する場合に才尻の部分は手の下などに隠れないことから、著名な三味線奏者が使用する三味線バチの才尻の部分に商標を付すことによって、三味線奏者とともに三味線バチに付された商標が被写体となり、三味線バチのブランド価値を高める効果も期待されている(甲4の22)。
c 握り部分が存在する道具類において商標を付する場所として三味線バチの才尻に当たる部分がきわめて自然かつ有効であることは、例えばテニスやバドミントンのラケットにおいてそのグリップエンドに製造者等のブランドが付されている例などからも明白である。
(イ) また、原判決は、「三味線のバチの使用方法に照らせば、品質ないし原材料を表示する被告標章のシールをその握り手の部分に貼付することは、その使用により容易に剥がれてしまうおそれがあることを考えると一般的ではなく」(22頁17行〜20行)と説示している。
 しかし、被控訴人が販売している三味線バチですら、原材料である「本鼈甲」との表示を三味線バチの握り手の部分に貼付している(甲19、67)のであって、原判決の上記判示を基礎付ける事実は存在しない。被告標章が、品質表示である「本鼈甲」と並べて表示されているのではなく、あえて識別標識がきわめて有効に機能する才尻に表示されていることは、被控訴人が被告標章を品質ないし原材料を表示する方法として普通に用いているのではなく、自他商品識別機能を強度に発揮させることを企図していることの証左である。
(ウ) 以上のような取引の実情及び才尻に付す商標の持つ自他商品表示機能としての役割の強さに鑑みると、被告標章は、品質ないし原材料を「普通に用いられる方法で表示」したということはできない。
ウ 表示態様
 被告標章は、金色の六角形のシール内に「一枚甲」の文字を黒色により縦書きしてなるものであるところ、当該被告標章は金色で光沢が非常に目立つ表示であり、かつ、六角形という特徴的な表示が需要者の目を引くものである。また、被告標章は、「甲」という文字と、亀の甲羅を示す六角形の図柄が相まって、被告標章全体が一体の標章として需要者に強い印象を与える。被告標章は、このような表示態様に鑑みても、単なる記述的表示として普通に用いられているのではなく、強度の自他商品識別機能を果たすことを企図しており、その結果、需要者が被告標章を識別表示として認識するものということができる。
 この点につき、原判決は、「シールの六角形の形状は、シールの形状としてはありふれたものであり、何らかの自他識別機能を有するものということはできない」(22頁13行〜14行)と判示しているが、考慮されるべきは被告標章全体の自他識別機能が文字を囲むシールの六角形の形状によりいかに強化されるかであって、「シールの形状」それ自体が自他商品識別機能を有するか、ありふれているものであるかということを独自に論じてみても意味はない。
 現在、我が国において登録されている商標には、六角形ないし多角形の図柄の中に漢字・英字等の文字を書してなるものは枚挙に暇がない(甲68の1〜55)。これは、商標において文字に六角形又は多角形の輪郭を付することにより、当該商標の全体として一体感を有するブランドとしての機能、すなわち自他識別機能が大幅に強化されることから、商標の1要素として六角形ないし多角形の図形が採択されやすいことによる。被告標章も、これらと同様、金色の六角形の輪郭を付することにより、ブランドとしての機能、すなわち自他識別機能を大幅に強化している。
 以上のとおり、被告標章は、表示態様からも、「一枚甲」との文字を品質ないし原材料を表示する方法としてはきわめて特異な方法により表示しているものと解さざるをえない。
エ 説明的表現の不存在
 昭和50年に控訴人が製作したべっ甲先付き三味線バチが商品として登場し、これに控訴人の本件第2商標を要部とする本件第1商標が付されて販売されて以来、「一枚甲」の文字が含まれる商標・標章を付された三味線バチは、控訴人の製作する三味線バチ以外に世界中に存在しなかったものである。そのため、本件各商標は、商標登録の専門官庁である特許庁の厳格な審査を経て商標として登録され、以後、盛大な宣伝・広告活動及び本件各商標の継続使用により、「一枚甲」は控訴人が製造する三味線バチを指すものとして広く親しまれ、需要者に認識されていった。
 仮に、平成5年の時点で「一枚甲」の文言が商品の品質ないし原材料を 表示しうるものと需要者の一部において解されるようになったとしても、文字は、単に「一枚甲」と表記されて一枚甲「のみ使用」等の説明的表現は何ら付加されず、かつそれが上記のとおり特徴的な図柄とともに使用された場合においては、需要者は、被告標章を目にしたときに、商品の品質ないし原材料を表示する記述として「一枚甲」の文字が用いられているものと認識するのではなく、控訴人が製造した三味線バチを表示するものとして「一枚甲」の文字が用いられているものと認識するはずである。
 したがって、被控訴人は、被告標章を、ブランド的価値を表現するものとして、換言すれば、控訴人又は他の特定の製造者が製造した三味線バチであることを示すものとして、強く需要者に印象付ける態様で使用しており、被告標章による使用態様は、品質ないし原材料を「普通に用いられる方法で表示する」ものとはいい難い。
オ まとめ
 以上のとおり、被告標章は、品質ないし原材料を「普通に用いられる方法で表示」したものではなく、むしろ、控訴人又は特定の製作者が製作した三味線バチであると強く需要者に印象付け自他識別機能ないし出所識別機能を企図する態様のものである。
2 当審における被控訴人の主張
(1) 被告標章の使用は、商品の品質、原材料を表示するものである
ア 原判決には論理の飛躍がない
 原判決が取り上げるように、客観的な証拠である価格表等では、昭和50年代半ば以降から「一枚甲」という名称が使用されている(乙6の1・2、9、10の1・2、11、12の1・2)。なお、乙10の1・2の作成主体である牧本楽器株式会社が控訴人商品を「一枚甲」と表示していたということはない。
 これらの価格表等を作成した業者は、全国に販売網を持つ和楽器等の卸売業者であり、少なくとも全国の小売店の90%以上と取引をしている。
 これらの価格表等を見て取引をする小売店は、「一枚甲」という名称を、「三味線バチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものを意味するもの」と十分認識して取引をしている。なぜなら、「一枚甲」であるか、「合わせ甲」ないし「二枚甲」(それほど厚くないべっ甲を2枚以上両方から台座に張り合わせる方法で先付けしたもの)であるかは、弾くときの感触や音色の点で違いがあり、価格も一枚甲の方が高いため、両者を区別しているからである。そのため、小売店等から直接三味線バチを購入する顧客も、小売店を通じて「一枚甲」とは、「三味線バチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものを意味するもの」との説明を受けて購入することになる。
 したがって、原判決が「…多くの者がこの用語(被控訴人注:一枚甲)の意味するところを認識していると認めるのが相当である」(21頁下2行〜1行)と認定したことに論理の飛躍はない。
イ 三味線バチの取引者・需要者の「多くの者」ないし「多数」が「一枚甲」を品質ないし原材料を表す用語と認識する合理的な証拠が存在する「一枚甲」(いちまいこう)との用語は、原判決が認定するとおり、「一枚」と「甲」を併せたものである。そして、「甲」は「蟹または亀などの外表を被う殻」を意味し、広辞苑(甲6)には、「甲羅、…、亀甲」との用例が記載されている。そのため、「一枚甲」とは、その文字からして、1枚の甲羅ないし亀甲等から作成されたもの、すなわち、「品質」、「原材料」を意味することは明らかである。
 そうであるからこそ、郷土史家であるGが息子のHとともに昭和27年にまとめた「長崎の鼈甲細工について(二)」(乙1)には「本邦に於ける当初の細工は、現今に於ける外国人の細工と同様、一枚甲からの挽抜であった。為に不用な切屑が種々の型で出来上がったのであるが」(13頁)、「前記したプレス台上に於て充分に締め圧縮すると、蒸気に依る鼈甲自体の粘力に依って接着し、殆ど合せ目が不明となり、元の一枚甲の如き物質となる」(14頁)等と記載されており、昭和27年当時、既に「一枚甲」という名称が使用されていた。
 そして、上記アのとおり、有限会社山口製作所を含む全国に販売網を持つ和楽器等の卸売業者が、その価格表等を使用して、取引者・需要者に「三味線バチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものを意味するもの」という「一枚甲」の意味を伝えた。
 被控訴人が提出した陳述書等(乙2〜5、7、8、13、16〜18、19の1、20〜37、39、40)は、陳述者の真意に基づいて書かれたものである。これらの陳述書等の作成者は全国に及んでいるのであって、このような全国の業者に陳述を強要することは不可能である。
 「一枚甲」が、控訴人の製作にかかる三味線バチの商品名として、需要者及び取引者に広く認識されているという事実はない。関西以西においては、控訴人の製品はほとんど知られておらず、「一枚甲」といった場合、有限会社山口製作所の三味線バチを指すものと理解されている。
 したがって、全国に販売網を持つ和楽器等の卸売業者と取引のある三味線バチの取引者・需要者の「多くの者」ないし「多数」が、「一枚甲」を、品質ないし原材料を表す用語と認識する合理的な証拠が存在する。
ウ 「一枚甲」は「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたものであることを示すために「必要」な用語である
 上記アのとおり、「一枚甲」とは、三味線バチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものを意味するものであり、「一枚甲」と「合わせ甲」ないし「二枚甲」とでは、弾くときの感触や音色の点で違いがあり、価格も一枚甲の方が高いため、取引に当たっては、「一枚甲」か否かを区別する必要がある。
 そのため、全国に販売店網を有する卸業者から仕入れる取引者・需要者は、当該バチを購入するに当たり、それが「一枚甲」であるか「合わせ甲」ないし「二枚甲」であるかは十分に注意・確認して取引を行っている。
 また、控訴人自身も、「三味線バチの台材の先に1枚の厚いべっ甲を裂いて先付けした」ものには本件各商標を用いているが、そうでないものには本件各商標を用いていない。
 したがって、「一枚甲」は「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であることを示すために「必要」な用語である。
(2) 被告標章は普通に用いられる方法で表示されている
ア 被告標章を三味線バチの才尻に貼付することは自他商品識別機能を有するものではない
 控訴人が指摘する、有限会社山口製作所のふじ印の商標、株式会社協栄ライト製作所の白象印の商標、平田象牙店の「充」の商標は、いずれも商標であり、それ自身、自他商品識別機能を有しているのであって、これらが三味線バチの才尻に貼付されることによって自他商品識別機能を有するようになったものではない。
 そのため、三味線バチの品質ないし原材料を表示する被告標章を三味線バチの才尻に貼付したからといって、被告標章が自他商品識別機能を有するものではない。また、被控訴人は、三味線バチの販売に当たって展示用のケースに入れて販売しているのであって、あえて才尻に貼付した被告標章が見えるようにして販売しているものではない。
 そして、原判決のいうとおり、「三味線のバチの使用方法に照らせば、品質ないし原材料を表示する被告標章のシールをその握り手の部分に貼付することは、その使用により容易に剥がれてしまうおそれがあることを考えると一般的ではなく、これに対し、このようなシールをその才尻の部分に貼付することは、バチの使用方法に照らし、合理的な方法であるということができる。」(22頁下10行〜5行)
 したがって、被告標章を三味線バチの才尻に貼付することは自他商品識別機能を有するものではない。
イ 被告標章は特徴的なものではない
 被告標章は、ありふれた金色の六角形のシールに黒字で「一枚甲」と縦書きで漢字表記されているが、六角形のシールには亀の甲羅を連想させるものではなく、ごくありふれたシールにすぎない。
 また、その中に記載された黒字の「一枚甲」と漢字表記も、その書体・大きさ・色彩等からして、ごくありふれたものにすぎない。
ウ 以上のとおり、被告標章は、被控訴人製造にかかる三味線バチが、分厚い一枚のべっ甲を使用してバチ先を作製したものであるという、その品質ないし原材料を直感させるものであり、それ以上に、自他商品識別機能を果たす態様で使用されてはいないから、「普通に用いられる方法で」表示されたというべきである。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、原判決15頁下2行目以下(「第3争点に対する判断」)を次のとおり改めるほか、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。
2 争点3−2(被告標章の使用は、商品の品質、原材料の表示〔法26条1項2号〕に該当するか)について
(1) 被告標章は、三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示する用語であるか
ア 「一枚甲」という用語は、それ自体は広辞苑等の国語辞典に掲載されていないものの、「一枚」と「甲」を併せた用語であることは明らかである。そして、「甲」には「蟹または亀などの外表を被う殻。」との意味があり、この意味では、「甲羅、…、亀甲」との用例が広辞苑に記載されている(甲6[広辞苑第5版878頁])。そうすると、「一枚甲」という用語は、「1枚の亀の甲羅」という意味を有することが明らかである。証拠(甲45、乙5)及び弁論の全趣旨によると、古くからバチ先に亀の甲羅を用いることが行われていたと認められる。そうすると、「一枚甲」という用語を三味線のバチに用いた場合には、バチ先に「1枚の亀の甲羅」を用いたバチという意味を有するものと取引者・需要者に認識されるというべきである。そして、「一枚甲」という用語の意味自体が変化したというべき事情もないから、「一枚甲」という用語を三味線のバチに用いた場合には、被控訴人が被告標章の使用を開始した平成5年ころ以前から、バチ先に「1枚の亀の甲羅」を用いたバチという意味を有するものと認識されていたというべきである。
 また、証拠(乙2〜5、7、8、13、16〜18、19の1、20〜37、39)及び弁論の全趣旨によると、被控訴人が被告標章の使用を開始した平成5年ころ以前から、三味線のバチは、バチ先に付けるべっ甲について、一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものであるか、一枚のべっ甲で作れるほど厚くないべっ甲2枚以上を両方から合わせて台材に張り合わせる方法で先付けしたものであるかによって、弾くときの感触や音色の点で違いがあり、価格も、一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものの方が高かったことが認められる(この認定に反する甲4の8[Iほか2名の陳述書]の記載を採用できないことは、後記オ(カ)のとおり。)。
 以上を総合すると、「一枚甲」という用語は、被控訴人が被告標章の使用を開始した平成5年ころ以前から、三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示するものであったと認めることができる。
イ そして、以上のアの認定は、以下のとおり、「一枚甲」という用語が用いられている例があることからも裏付けられる。
(ア) 昭和27年発行のH著「長崎の鼈甲細工について(二)」(乙1)には、a「本邦に於ける当初の細工は、現今に於ける外国人の細工と同様、一枚甲からの挽抜であった。」(13頁)、b「前記したプレス台上に於て充分に締め圧縮すると、蒸気に依る鼈甲自体の粘力に依って接着し、殆んど合せ目が不明となり、元の一枚甲の如き物質となる。」(14頁)との記載があり、上記a、bの記載は、越中哲也著、長崎鼈甲商工協同組合・長崎玳瑁琥珀貿易協同組合・長崎鼈甲装飾品事業協同組合発行の「長崎のべっ甲」と題する書籍(昭和58年3月発行。乙45)に、上記aの記載は、越中哲也著、純心女子短期大学付属歴史資料博物館発行の「玳瑁考」と題する書籍(1992年5月20日発行。乙46)にそれぞれ引用されている。これらの記載は、べっ甲細工の細工技術を述べるものであって、亀の甲羅が複数の六角形の部分の組み合わせから成っていること(甲5)に照らせば、亀の甲羅の複数の六角形の部分の内の一枚を「一枚甲」と称し、これを材料としたべっ甲細工について説明したものであると認められる。そうすると、これらの記載は、三味線のバチについて直接言及するものではないが、昭和27年に、既に亀の甲羅の複数の六角形の部分の内の一枚を「一枚甲」と称していたことが認められる。
(イ) 価格表等の書類
@ 昭和56年1月及び昭和59年1月作成の株式会社大瀧邦楽器・株式会社九州オータキの定価表には、「ふじ印」の「惣甲撥」の中に「一枚甲」という名称の商品区分が設けられている(乙6の1・2)。
 また、証拠(甲38、乙14)によると、上記「ふじ印」は、有限会社山口製作所が、その製品に用いている商標であると認められる。
 そして、控訴人が有限会社山口製作所に対し、平成16年2月12日付け内容証明郵便で、本件第2商標権に基づく侵害警告を行ったのに対し、同社は、同年3月4日付け内容証明郵便で、「『一枚甲』なる表現を当該『ばち』の品質、生産の方法等を普通に用いられる方法で表示するものとして使用しており、また、当該表示を付した商品については、既に、貴殿の商標登録出願に先立つ昭和30年代頃より、その販売を開始しております。」と回答している(甲20の1・2)。
A 昭和55年3月及び平成4年7月発行の牧本楽器株式会社の価格表(牧本商報)には、「象牙代用撥」について「一枚甲」という名称の商品区分が設けられている(乙10の1・2)。
 なお、証拠(甲4の15)及び弁論の全趣旨によると、牧本楽器株式会社は、控訴人の取引先であったと認められるので、上記「一枚甲」という名称の商品区分は、控訴人の製品について用いられた可能性がある。しかし、上記価格表(牧本商報)には、控訴人の製品である旨の記載はない。
B 日本放送出版協会が昭和57年10月に発行した「箏のおけいこ」と題するNHKテキストに掲載された有限会社山口製作所の広告には、「亀甲入り撥の部」に「一枚甲」という商品区分が記載されている(乙14)。
C 昭和60年4月及び昭和61年1月作成の小川楽器製造株式会社のカタログには、「撥」について「一枚甲」という名称による商品区分が設けられている(乙11、43)。また、平成3年11月及び平成8年5月作成の同社卸売価格表にも、「撥」について「一枚甲」という名称の商品区分が設けられている(乙12の1・2)。
 昭和60年4月及び昭和61年1月作成の小川楽器製造株式会社の上記カタログ(乙11、43)に掲載された三味線の写真には、市松模様の帯が付されているところ、証拠(甲38)によると、この市松模様の帯は有限会社山口製作所の製品に付されているものと認められるから、小川楽器製造株式会社の上記カタログ(乙11、43)及び卸売価格表(乙12の1・2)に記載されている「一枚甲」という名称の商品区分は、有限会社山口製作所の製品について用いられている可能性がある。しかし、小川楽器製造株式会社の上記カタログ及び卸売価格表には、有限会社山口製作所の製品である旨の記載はない。
 なお、小川楽器製造株式会社は、控訴人の申入れを受け、平成16年6月27日、「一枚甲」という名称を使用しない旨の覚書を控訴人と交わした(甲4の20、9の3、132)。
D 平成元年3月作成の株式会社銀河楽器の定価表には、「ふじ印」の「べっ甲撥」の中に「一枚甲」という名称の商品区分が設けられている。また、これとは別に「べっ甲撥(関東製一枚甲)」との記載もある(乙9)。このうち、「ふじ印」は、上記@のとおり、有限会社山口製作所が、その製品に用いている商標である。
E 控訴人は、被告標章が「需要者」たる一般消費者の目にとまる場所に意図的に付されていることは明確であることにも鑑みると、少なくとも本件においては、「需要者」たる一般消費者が被告標章を品質・原材料表示と認識することができたか否かという観点が最も重要視されるべきところ、上記@〜Dの価格表等のうち、Bを除いては、卸売価格を記載したものと解され、「需要者」たる一般消費者に開示されていたことはあり得ないのであり、また、上記Bは、筝(すなわち琴)の需要者を読者とするものであって、三味線バチの「需要者」における認識可能性の根拠となるものではない、と主張する。
 しかし、後記(2)のとおり、被告標章が「需要者」たる一般消費者の目にとまる場所に意図的に付されているとは認められないから、控訴人の上記主張は、その前提を欠く。そして、被告標章が品質・原材料表示と認識されるかどうかは、「取引者・需要者」について決せられるところ、「取引者・需要者」の中には、一般消費者のみならず、卸売業者や小売業者などの取引業者が含まれるから、上記@、A、C、Dの価格表等が卸売価格を記載したものであるからといって、「取引者・需要者」の認識の認定に用いることができないということはない。また、上記Bは「筝のおけいこ」と題するテキストであるが、筝も三味線も和楽器であるから、その取引者・需要者は共通するところがあるものと推認できる。したがって、上記Bのテキストの記載を、三味線バチの「需要者」における認識可能性の根拠とすることができる。
(ウ) ウェブページ
@ 有限会社弦匠のウェブページ(平成18年3月2日)には、「当社では(並)から(特上)まで撥先は全て一枚甲で、欠けにくい撥を取り扱っています。」との記載がある(乙15)。
A 和楽器市場と題するウェブページ(平成18年3月2日)には、「こちらの撥は貼り合わせの二枚甲ではなく、一枚甲の作りになっておりますので」との記載があり、「津軽用鼈甲撥(一枚甲)」との商品表示がされている(乙38の1・2)。
 上記ウェブページに掲載されているバチの写真には、上記(イ)Cの市松模様の帯が付されているものがあるから、上記の「津軽用鼈甲撥(一枚甲)」との商品表示は、有限会社山口製作所の製品について用いられている可能性がある。しかし、上記ウェブページには、有限会社山口製作所の製品である旨の記載はない。
(エ) 証拠(甲27、29、37の1、2、126、130、乙42)及び弁論の全趣旨によると、上記(イ)(ウ)の業者以外にも三味線バチを扱う業者が存するものと認められるし、また、上記(イ)(ウ)の各記載の出所も有限会社山口製作所などに限られていた可能性がある。しかし、そうであるとしても、前記アのとおり、もともと「一枚甲」という用語が「1枚の亀の甲羅」という意味を有することからすると、それを三味線のバチに用いた場合には、バチ先に「1枚の亀の甲羅」を用いたバチという意味を有するものと認識されるのであって、上記(イ)のとおり昭和50年代から控訴人以外に「一枚甲」を用いていた業者があったことは、「『一枚甲』という用語は、平成5年ころ以前から、三味線のバチの『品質』ないし『原材料』を表示するものと認めることができる」との前記アの認定を裏付けるものということができる。また、上記(ウ)認定のウェブページの記載は、いずれも平成18年3月2日当時に掲載されていたものであるが、「一枚甲」という用語の意味自体が変化したというべき事情がないことからすると、やはり、「『一枚甲』という用語は、平成5年ころ以前から、三味線のバチの『品質』ないし『原材料』を表示するものと認めることができる」との前記アの認定を裏付けるものということができる。
 なお、控訴人は、上記@〜Dの業者のべっ甲バチの取引規模はきわめて小さい、とも主張するが、乙42(有限会社藤井楽器代表取締役Dの陳述書)によると、牧本楽器株式会社、株式会社大瀧邦楽器、小川楽器製造株式会社、銀河楽器株式会社(後に日本和楽器製造株式会社と社名を変更した[乙42の別紙2])は、多くの取引先と取引をしている大手のメーカーであると認められ、小川楽器製造株式会社が控訴人からの警告書に対して「一枚甲」のバチを年間5個を販売したのみであると答えていること(甲132)は、この認定を直ちに左右するものではない。また、規模がどうであれ、昭和50年代から控訴人以外に「一枚甲」を用いていた業者があったことは、上記のとおり、前記アの認定を裏付けるものということができる。
ウ 被告標章は、金色の六角形のシール内に「一枚甲」の文字を黒色により縦書きしてなるものであるから、上記アのとおり、「一枚甲」が、被控訴人が被告標章の使用を開始した平成5年ころ以前から、三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示するものであったと認められる以上、被告標章は、平成5年ころ以前から、三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示するものであったと認めることができる。
エ 控訴人のその余の主張につき
(ア) 控訴人は、法26条1項2号が適用されるためには、当該商品の「取引者・需要者の多数」が、当該用語をもって品質ないし原材料を表す用語であると認識することの立証が必要であるところ、本件においては、一部の業者に使用されていたことが立証されているのみであるから、そのような立証はされていないと主張する。
 しかし、取引者・需要者の認識は、使用例によって立証しなければならないものではなく、その用語自体の意味するところによっても立証することができるというべきである。
 本件においては、「一枚甲」という用語について、前記イ(イ)(ウ)のとおり限られた使用例しかないとしても、前記アのとおり「一枚甲」という用語が「1枚の亀の甲羅」という意味を有することからすると、「取引者・需要者の多数」は、そのような意味を有するものとして認識すると認めることができ、そのことから、被告標章の使用は、商品の品質、原材料の表示に該当すると認めることができるのであって、その過程に論理の飛躍があるということはない。
(イ) 控訴人は、甲9の2の邦楽器商報に掲載された昭和38年9月1日現在の小売標準価格表には、「ばち類」に「一枚甲」との商品区分はないし、甲22(平成15年ころの株式会社柏屋の価格表)、甲4の12、甲39、139及び141(平成12年度から平成14年度、平成18年度及び平成19年度の株式会社三島屋楽器店の定価表)、甲142(小川楽器製造株式会社の価格表)、甲143(日本和楽器製造株式会社の平成18年3月1日現在の卸価格表)においては、「一枚甲」なる表示は存在しない、と主張する。
 しかし、これらの事実は、これらの価格表等には、「一枚甲」との商品区分ないし表示が存在しない、というにとどまり、前記アの認定を左右するに足りるものではない。なお、前記イ(イ)Cのとおり、小川楽器製造株式会社は、控訴人の申入れを受け、「一枚甲」という名称を使用しない旨の覚書を控訴人と交わしている。
(ウ)a 控訴人は、次の各事典・辞典類、文献類、その他書籍における記載状況に鑑みれば、三味線バチの需要者の多数においては、「一枚甲」たる品質・原材料表示語も、また、「三味線のバチの台材の先に、一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」か否かという点が三味線バチの品質に影響を与え、また原材料の表示として意味を有するものであることを認識していないと主張する。
(a) 事典・辞典類
 平野健次ほか監修「日本音楽大事典」(平成元年3月23日初版発行)株式会社平凡社(甲40)
 下中邦彦編集「音楽大事典」(1982年11月19日初版発行)株式会社平凡社(甲41)
 淺香淳編集「邦楽百科辞典雅楽から民謡まで」(昭和59年11月1日第1刷発行)株式会社音楽之友社(甲42)
 田辺尚雄著「邦楽用語辞典」(昭和50年10月15日初版発行)株式会社東京堂出版(甲43)
 目黒三策編集「標準音楽辞典」(昭和41年4月25日第1版発行)音楽之友社(甲44)
(b) 文献類
 「東洋音楽研究」第14、15合併号(昭和33年12月20日発行)株式会社音楽之友社に掲載された論文「三味線の研究」(甲45)
 津田道子著「京都の響き柳川三味線」(1998年5月1日印刷)社団法人京都當道会(甲46)
 富士松亀三郎著「三味線の知識邦楽発声法」(昭和39年11月10日発行)株式会社南雲堂(甲47)
 田辺尚雄著「三味線音楽史」(昭和38年8月15日発行)株式会社創思社(甲48)
(c) その他書籍
 星野榮志著「邦楽ってどんなもの」(平成16年11月15日初版発行)演劇出版社(甲49)
 木下伸市著「津軽三味線スタイルブック」(2003年7月1日2版発行)株式会社シンコーミュージック(甲50)
 金子直吉編「復版「玳瑁亀図説」天・地」(昭和57年10月10日発行)東京鼈甲組合連合会(甲135)
 安達健二・水上勉監修「日本の伝統工芸3東京」(昭和60年7月20日初版発行)株式会社ぎょうせい(甲136)の高橋都代子「べっ甲細工の生地ごしらえ」
 クミタ・リュウ著「平成職人絵伝」(1992年1月10日第1刷発行)透土社(甲137)
 竹内淳子・直江広治編「日本の技2江戸の伝統技と心」(昭和58年7月10日第1刷発行)株式会社集英社(甲138)
 清澤一人・大森幹久著「東京の職人百職百人」(平成4年1月22日初版発行)株式会社淡交社(甲139)
 毎日ムック・アミューズ編「京都江戸・職人のわざ」(1996年10月30日発行)毎日新聞社(甲140)
b 上記aの各事典・辞典類、文献類、その他書籍には、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載はないものと認められる。
 しかし、上記aの各事典・辞典類、文献類、その他書籍は、音楽に関する事典(辞典)、三味線についての研究論文、三味線について一般向けに紹介した文献(書籍)、べっ甲細工について記載した書籍などであって、三味線のバチの取引の実情について記載することを目的としたものではないから、「一枚甲」との表現ないしバチ先のべっ甲が「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であるか否かについての記載がないからといって、「『一枚甲』という用語は、平成5年ころ以前から、三味線のバチの『品質』ないし『原材料』を表示するものと認めることができる」との前記アの認定が左右されるものではない。
(エ) 控訴人は、「一枚甲」は「一枚の厚いべっ甲を裂いて先付けしたもの」であることを示すために「必要」な用語でさえない、と主張する。
a 以下に認定するように、三味線のバチを一枚のべっ甲で作ったことを表す表現は、「一枚甲」以外にも存することが認められる。
(a) 被控訴人の雑誌広告(甲24)においては、三味線バチについて、「完全一枚べっ甲で制作致します」との表現が用いられている。
(b) コスモ楽器株式会社が経営する三味太楽器店の楽天市場通信販売ページにおける商品紹介において、「一枚鼈甲の特殊設計」「当店特製の一枚鼈甲」との表現が用いられている(甲51)。
(c) Yahoo!オークションの出品において、「撥先は大きな一枚鼈甲です。」「当店特製の一枚鼈甲」との表現が用いられている(甲52、53)。
(d) 太陽楽器株式会社のウェブページにおいて、「一枚の鼈甲を切り裂いて製作する鼈甲撥」について、「一枚割鼈甲」との表現が用いられている(甲54)。
(e) 大瀧邦楽器店の元従業員Cの陳述書(甲109)には、べっ甲を中割りしてバチの先に取り付けて作られたべっ甲バチについて、「中割」と呼んだことがあったかもしれないと記載されている。
b しかし、ある用語が、商品の「品質」ないし「原材料」を表示するものと認められるためには、その用語が、取引者・需要者に、商品の「品質」ないし「原材料」を表示するものと認識されれば足り、商品の「品質」ないし「原材料」を表示するには必ずその用語を使用する必要があるというような厳格な要件は必要ではないから、三味線のバチを一枚のべっ甲で作ったことを表す表現が「一枚甲」以外にも存するとしても、そのことは、前記アの認定を左右するものではない。
 控訴人の「商標登録の対象となった文字が一定の品質・原材料等を暗示するようなものである場合において法26条1項2号の適用可能性を判断するに当たっては、侵害訴訟の被告により使用された語が、当該業界において『品質表示語としてなくてはならない』ものといえるか否かという高度のレベルにおいて、当該業界における使用の『必要』が検討されるべきである」との主張は、独自の見解というほかなく、採用することができない。
(オ) 控訴人は、「一枚甲」は、控訴人の広範かつ継続的な広告宣伝活動により、品質・原材料用語としてではなく、控訴人の製作にかかる三味線バチの商品名として、需要者及び取引者に広く認識されていると主張する。
a 控訴人の広告宣伝の内容
@ 「邦楽器商報」における広告
 控訴人は、全国邦楽器商工業組合連合会の組合員に配布される「邦楽器商報」において、昭和55年3月から12月まで、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものを右側下部に記載した広告を掲載した(甲4の15、弁論の全趣旨)。
A 雑誌「みんよう春秋」における広告
 控訴人は、雑誌「みんよう春秋」(隔月刊)みんよう春秋社において、第59号(昭和63年1月15日発行)から第74号(平成2年7月15日発行)に至るまでの毎号、控訴人商品と亀の甲羅から三味線のバチ先をくりぬいたものの写真を広告上部に配し、広告下部においては、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものを右側に、「何故ブランドか?……」等の記載を中央に、本件第1商標及び本件第2商標が登録商標である旨の記載を左側に配した、1ページ大のカラー広告を、裏表紙見返し部分に掲載した(甲55の1〜15)。
B 「民謡民舞春季大会」及び「民謡民舞全国大会」のパンフレットにおける広告
 財団法人日本民謡協会主催の「民謡民舞春季大会」及び「民謡民舞全国大会」は、各省庁、東京都、読売新聞社、報知新聞社、日本テレビ放送網(平成9年度の「春季大会」まで)、日本放送協会(平成9年度の「全国大会」以降)等の後援と各レコード会社の協賛の下に、日本全国から参加者が集まって、国技館、東京体育館等において(ただし、「春季大会」については平成8年度以降は各地方において)、毎年、「春季大会」は春に、「全国大会」は秋に、各4日間(ただし、一部年度については2日又は3日間)にわたり開催され、優秀者には、内閣総理大臣賞、東京都知事賞等が授与されるものである。
 控訴人は、昭和56年5月開催の「春季大会」以降、これらの「春季大会」及び「全国大会」のパンフレット(ただし、「春季大会」については平成9年度まで)において、1ページ大のカラー又は白黒広告を掲載してきた(甲4の16、56の1〜38)。
 これらの広告のうち、昭和62年度の「春季大会」までのものは、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものを右側下部に記載した広告であり、昭和62年度の「全国大会」のものは、控訴人商品と亀の甲羅から三味線のバチ先をくりぬいたものの写真を広告上部に配し、広告下部においては、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものを右側に、「何故ブランドか?……」等の記載を中央に配したものであり、昭和63年度の「春季大会」以降のものは、上記Aの雑誌「みんよう春秋」の広告と同じものである。平成16年度以降のものには、「『一枚甲』は当社が昭和53年登録し現在も更新登録されている当社の登録商標です。同一商標を無断使用した商品が出回っておりますが類似品にご注意下さい。また、『一枚甲』の名を当社に無断で使用することは商標権侵害になりますのでご警告申し上げます。」との警告文が付記されている。
 これらのパンフレットの発行部数は、昭和56年度から昭和62年度までは、「全国大会」が2万5000部、「春季大会」が2万部、昭和63年度から平成9年度までは、「全国大会」が2万部、「春季大会」が1万7000部、平成10年度から平成16年度まの「全国大会」が1万8000部、平成17年度の「全国大会」が1万7000部であった(甲57)。
C 「郷土民謡民舞春季大会」及び「郷土民謡民舞全国大会」のパンフレットにおける広告
 日本郷土民謡協会主催の「郷土民謡民舞春季大会」及び「郷土民謡民舞全国大会」(昭和61年以前の名称は「郷土民謡春季大会」及び「郷土民謡全国大会」)は、文化庁、東京都、産経新聞社、フジテレビ、ニッポン放送等の後援と各レコード会社の協賛の下に、日本全国から参加者が集まって、日本武道館において、毎年「春季大会」は春に、「全国大会」は秋に、各4日間にわたり開催され、優秀者には内閣総理大臣賞、東京都知事賞等が授与されるものである。
 控訴人は、昭和58年5月開催の「春季大会」以降、平成12年10月開催の「全国大会」まで、これらの「春季大会」及び「全国大会」のパンフレットにおいて、1ページ大のカラー又は白黒広告を掲載してきた(甲4の17、58の1〜30)。
 これらの広告のうち、昭和61年度の「全国大会」までのものは、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものを右側下部に記載した広告であり、昭和62年度の「全国大会」のものは、控訴人商品と亀の甲羅から三味線のバチ先をくりぬいたものの写真を広告上部に配し、広告下部においては、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものを右側に、「何故ブランドか?……」等の記載を中央に配したものであり、昭和63年度の「春季大会」以降のものは、上記Aの雑誌「みんよう春秋」の広告と同じものである。
 これらのパンフレットの発行部数は、昭和56年度から昭和62年度までは、「全国大会」が1万5000部、「春季大会」が1万3000部、昭和63年度から平成9年度までは、「全国大会」が1万3000部、「春季大会」が1万2000部、平成10年度から平成12年度までは、「全国大会」が1万2000部、「春季大会」が1万部であった(甲69)。
D 津軽三味線コンクール全国大会パンフレットにおける広告宣伝財団法人日本民謡協会主催の「津軽三味線コンクール全国大会」は、読売新聞社、報知新聞社等の後援と各レコード会社の協賛の下に、日本全国から参加者が集まって、日比谷公会堂において毎年開催されるものである。
 控訴人は、平成10年開催の第1回大会から、1ページ大の広告を掲載してきた(甲59の1〜10)。
 これらの広告は、上記Aの雑誌「みんよう春秋」の広告と同じものである。平成16年以降のものには、上記Bの「民謡民舞全国大会」のパンフレットと同じ警告文が付記されている。
E その他の広告
 控訴人は、昭和59年に九段会館で開催された、全日本民謡民舞連盟主催の「第3回みんれん全国大会」のパンフレットに、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものを右側下部に記載した広告を掲載した(甲60)。
 控訴人は、平成9年及び平成10年に開催された、財団法人日本民謡協会主催の「新春民謡ショー」のパンフレットに、上記Aの雑誌「みんよう春秋」の広告と同じ内容の1ページ大の広告を掲載した(甲61の1・2)。
b 上記aの認定事実によれば、控訴人は、本件各商標を使用した広告を行っているものと認められるが、昭和61年までは、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたもののみが表示されており、昭和62年以降は、本件第1商標に加えて本件第2商標が表示されたものの、本件第2商標は、左側下部に登録商標であることが記載されているのみであり、右側下部に記載された、本件第1商標中に「商標登録第1366281号」との記載を加えたものが、より注目されるものと認められる。
 以上の事実に、「一枚甲」という用語は、既に認定したとおり、もともと三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示するものと認められることを総合すると、「一枚甲」の縦書き文字及び「亀」の模様を「ばち」形の輪郭線で囲んだ本件第1商標はともかく、「一枚甲」という用語それ自体が、上記aの広告宣伝によって控訴人のものとして認識され三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示したものとは認識されない、とまでいうことはできない。
 「一枚甲」は控訴人のバチに表示された控訴人の商標であると認識していた旨の多くの陳述書・証明書(甲4の9・10・18・19・23、10の1〜9、11〜15、21、30、31、70の1、71〜78、79の1、80〜104、109、113〜129、144〜152)が証拠として提出されているが、その多くは抽象的にその旨を述べるものにすぎず、反対の趣旨の多くの陳述書(乙2〜5、7、8、13、16〜18、19の1、20〜37、39)が提出されていることも考慮すると、これらの控訴人に有利な陳述書・証明書から、「一枚甲」という用語について控訴人のものとして認識され三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示したものとは認識されないということはできない。
(カ) 控訴人は、被控訴人が提出した陳述書等(乙2〜5、7、8、13、16〜18、19の1、20〜37、39、40)の信用性はいずれもきわめて低いと主張する。
 しかし、これらの陳述書の記載のうち、「被控訴人が被告標章の使用を開始した平成5年ころ以前から、三味線のバチは、バチ先に付けるべっ甲について、一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものであるか、一枚のべっ甲で作れるほど厚くないべっ甲2枚以上を両方から合わせて台材に張り合わせる方法で先付けしたものであるかによって、弾くときの感触や音色の点で違いがあり、価格も、一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものの方が高かった」点については、これに反する証拠としては、「べっ甲細工の業界において、一枚の甲羅から三味線のバチを作成することは一般的ではなく、また、一枚のべっ甲から作成された製品と数枚のべっ甲から作成された製品とで、その特質に特に相違はなく、外観上も識別し得ないものである」旨を述べるIほか2名の陳述書(甲4の8)が存する。しかし、甲4の8の上記記載は、他にこの記載に沿う証拠はないばかりか、控訴人本人の陳述書(甲4の7)の「撥においては、べっ甲を貼り合わせると、音色が劣化し、撥の強度も落ちる問題がある」旨の記載にも反するので、採用することができない。
(キ) 三味線のバチの業界における「一枚甲」という名称の使用状況について、九州邦楽器商組合は、本訴における被控訴人の立場を支持する旨の決議をし、一方、全国邦楽器商工業組合連合会に加盟している東京和楽器製造卸組合は、本訴における控訴人の立場を支持する旨の決議をしている(甲21、25〜29、37の1・2、104、乙40)。このように業界の組合の決議は分かれているのであるから、組合の決議がされた事実から、いずれの主張が採用できるかを認定することはできない。
オ 小括
 以上のとおり、被告標章は、三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示する用語であるものと認められる。
 なお、控訴人は、品質・効能等を暗示する表示(いわゆる暗示商標)は、需要者・取引者にとって記憶されやすく、商標としての経済的価値も高いものであるため、世情一般に出所識別表示として使用されておりかつ十分識別力ある商標として多数登録されているとして、他の登録商標の登録例について主張する(甲110、111の1〜4)が、いずれも本件各商標とは異なる商標の登録例であって、上記認定を左右するものではない。
(2) 被告標章の表示方法は「普通に用いられる方法で表示」に該当するものであるか
ア 被告標章は、前記のとおり、金色の六角形のシールに「一枚甲」という漢字表記をごくありふれた字体で行うものであり、これをバチの才尻に貼付するものである。
イ 被告標章のうち、金色という色や六角形の形状は、シールの色や形状としてはありふれたものであり、何らかの自他識別機能を有するものということはできない。
 この点につき、控訴人は、被告標章は、金色の六角形のシールに「一枚甲」という表記をするものであるから、その表示態様に鑑みても、強度の自他商品識別機能を果たすことを企図しており、その結果、需要者が被告標章を識別表示として認識するものということができると主張する。しかし、上記のとおり、被告標章のシールの色及び形状は、ありふれたものであり、そうである以上、被告標章が、その表示態様において、強度の自他商品識別機能を果たすことを企図しているとは認められない。我が国において登録されている商標には、六角形ないし多角形の図柄の中に漢字・英字等の文字を書してなるものは枚挙に暇がない(甲68の1〜55)としても、そのことは、上記認定を左右するものではない。
ウ そして、被告標章をバチの才尻に貼付するという方法も、当然にあり得る自然な表示方法であるということができる。
 この点につき、控訴人は、三味線バチが小売店において並べて展示される際には、専ら才尻の部分が需要者の側に向けて置かれ、需要者にとって最初に目に触れる部分であること、三味線バチを使用する場合に才尻の部分は手の下などに隠れないことなどから、被告標章が単に品質ないし原材料を表示するシールであるならば、これを才尻に貼付することは特異な方法というべきであるとして、三味線バチの才尻に商標が付されている例(控訴人の例及び甲62〜66の例)を主張する。
 しかし、証拠(乙44の1・2)及び弁論の全趣旨によると、三味線バチは、展示用のケースに入れて販売されることがあるものと認められ、展示用のケースに入れて販売される場合には、三味線バチの才尻の部分が小売店において需要者にとって最初に目に触れる部分であるということはできない。また、三味線バチが小売店において並べて展示される際に、才尻の部分が需要者の側に向けて置かれることがあり(甲64、108。甲112[E・Fの陳述書]には、民謡民舞全国大会の会場において被控訴人の三味線バチの才尻の部分が需要者の側に向けて置かれて展示されていた旨の記載があるが、被控訴人が日常的にこのような展示方法を採っているとまでは認められない。)、その場合、才尻の部分が小売店において需要者にとって最初に目に触れる部分であるとしても、需要者は、才尻の部分のみを見て購入するかどうかを決定するわけではないから、その部分に商標を付さなければならないということはできない。そして、前記(1)アのとおり、「一枚甲」であることは、高品質であることを示すものであるから、高品質であることを示すために、需要者の目に触れる才尻の部分に、品質ないし原材料を表わす被告標章を貼付することは、自然なことであると考えられる。
 また、三味線バチを使用する場合に才尻の部分は手の下などに隠れないとしても、そのことによる才尻の部分に商標を付する利点は、著名な奏者などが演奏する場合に限られるから、一般的に才尻の部分に商標を付する理由とすることはできない。
 さらに、三味線バチの才尻に商標が付されている例(控訴人の例及び甲62〜66の例)があることも、上記認定を覆すに足りるものではない。
 なお、被控訴人が販売している三味線バチは、原材料である「本鼈甲」との表示を三味線バチの握り手の部分に貼付している(甲19、67)が、そうであるからといって、被告標章も握り手の部分に貼付しなければならないということはできず、才尻の部分に被告標章を貼付することが特異であるということはできない。
エ 控訴人は、被告標章は、単に「一枚甲」と表記されて一枚甲「のみ使用」等の説明的表現は何ら付加されず、かつそれが特徴的な図柄とともに使用されているから、需要者は、被告標章を目にしたときに、商品の品質ないし原材料を表示する記述として「一枚甲」の文字が用いられているものと認識するのではなく、控訴人が製造した三味線バチを表示するものとして「一枚甲」の文字が用いられているものと認識するはずである、と主張する。
 しかし、上記イのとおり、被告標章は、「一枚甲」が特徴的な図柄とともに使用されているということはできないから、控訴人の上記主張は、この点において、前提を欠く。また、前記(1)エ(オ)のとおり、「一枚甲」という用語が、控訴人のものとして認識され、三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示したものとは認識されないということはできないから、需要者は、被告標章を目にしたときは、三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示したものと認識するのであって、控訴人が製造した三味線バチを表示するものとして「一枚甲」の文字が用いられているものと認識するとは認められない。
オ したがって、被告標章の表示方法は、バチの品質ないし原材料を「普通に用いられる方法で表示する」ものであると認められる。
(3) 小括
 以上によると、被控訴人による被告標章の使用については、法26条1項2号により、本件各商標権の効力は及ばないものというべきである。
3 結論
 以上によれば、その余について判断するまでもなく、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は理由がない。
 よって、これと結論を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 澁谷勝海
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