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【事件名】商標“東京メトロ”侵害事件(2)
【年月日】平成19年9月27日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10008号 審決取消請求事件
 (平成19年7月17日 口頭弁論終結)

判決
原告 X
訴訟代理人弁護士 隈元慶幸
被告 東京地下鉄株式会社
訴訟代理人弁理士 成合清
同 為谷博


主文
1 特許庁が取消2005−31299号事件について平成18年12月5日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文第1項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、「東京メトロ」の文字を標準文字で書してなり、平成14年1月18日に登録出願、第16類「新聞、雑誌」を指定商品として、同年10月4日に設定登録された登録第4609287号商標(以下、審決と同様に「本件商標」という。)の商標権者である。
 被告は、平成17年10月26日、商標法50条1項に基づいて、本件商標につき、商標登録の取消しを求める審判を請求し、同年11月16日、商標権取消し審判の予告登録がされた(以下「本件予告登録」という。)。
 特許庁は、上記審判請求を取消2005−31299号事件として審理した結果、平成18年12月5日、本件商標の商標登録を取り消す旨の審決をし、同月15日、その謄本が原告に送達された。
2 審決の理由
 審決の理由は、別紙審決書写しのとおりである。要するに、商標権者である原告(被請求人)は、以下のとおり、本件予告登録前3年以内に日本国内において、指定商品につき本件商標を使用したとはいえないから、商標法50条1項の規定により、本件商標の登録を取り消すべきであるというものである。
(1) 原告は、平成17年4月29日から5月にかけて、世田谷区内において、「とうきょうメトロ」創刊号(甲第1号証)を約8400部無料で配布したこと(以下「使用事実1」という。)及び同年11月18日から12月上旬に、世田谷区内において、「とうきょうメトロ」第2号(甲第2号証)を約5000部無料で配布したこと(以下「使用事実2」という。)を主張するが、いずれも客観的に証明する証拠が提出されていないから、原告の主張を採用することはできない。
(2) 「とうきょうメトロ」と題する無料で配布される新聞(以下、「本件新聞」という。)は、本件新聞に掲載された広告の収入により事業展開を行っているものであるから、本件新聞は、無料で配布されたものとみるのが相当である。そうすると、本件新聞は、他人の広告を掲載し、頒布するために用いられる印刷物にすぎないものであって、市場において独立して商取引の対象として流通に供されたものとは認められないから、本件審判の請求に係る指定商品「新聞、雑誌」のいずれにも含まれない商品というべきである。
第3 審決取消事由の要点
 審決は、以下のとおり、使用事実1についての認定を誤り、商標の使用についての解釈及び適用を誤ったものであるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1(使用事実1の存在)
 本件新聞には、広告主から依頼された広告が掲載されており、広告が読者に閲覧される必要があるから、印刷をして配布しないまま在庫として抱えることはあり得ない。本件新聞の創刊号は、平成17年4月25日創刊のもので、下記のとおり合計8360部が配布されている(甲第10及び第13号証)。
 記
 平成17年4月29日世田谷公園周辺(池尻、下馬)において1000部
 同年5月1、3日東京農大周辺(桜、桜ヶ丘)において1500部
 同年5月上旬三軒茶屋において5000部
 三軒茶屋商店街において450部
 渋谷の外国語学校において50部
 世田谷区内の診療所において30部
 世田谷区内の自然保護団体において80部
 関係者への郵送により250部
2 取消事由2(指定商品についての使用)
 審決のいう「市場において独立して商取引の対象として流通に供され」るために、必ずしも読者から直接対価を獲得する必要はない。本件新聞は、読者からは対価を得ていないが、本件新聞に広告を掲載する広告主からは対価を得ている。また、本件新聞の配布対象は、不特定かつ多数であり、本件新聞は、親睦団体における会報等とは性格を異にし、営利性もあるから、「商標の使用」に当たる。商標の機能の観点からみても、出所表示機能と対価をだれから得ているかとは関係がない。
 記事とともに広告主から対価を得て広告を掲載し、読者に対しては無料で配布される形態の印刷物(以下「無料紙」という。)が商標法上の「商品」に該当しないとすれば、無料紙に登録商標と同一の商標を付して配布しても、「新聞」という指定商品についての商標権者の商標権を侵害することにはならないとの結論になり、不当である。
 原告は、新聞社を定年退職する際、新たな紙媒体による報道の可能性を信じて事業を興し、無料紙の先駆けであるスウェーデンの「メトロ」(1995年)や現在無料紙の最大手であるロンドンの「メトロ」にならい、「東京メトロ」の商標登録をした。被告が「東京メトロ」という通称を使用すると発表したのは、本件商標の登録後である平成16年1月27日である。
第4 被告の主張の要点
 審決の認定判断はいずれも正当であって、審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(使用事実1の存在)について
 本件の証拠によっても、使用事実1を認めるに足りるものではない。
2 取消事由2(指定商品についての使用)について
 商標法1条及び2条1項1号等の規定からみれば、商標法上の「商品」とは、商取引の目的物として流通性のあるもの、すなわち、一般市場で流通に供されることを目的として生産され、又は取引される有体物をいうと解すべきである。
 本件新聞は、これに掲載する広告収入で経済的収支が成り立つもので、読者には無償で配布されているチラシの類というべきものであって、交換価値を有する商取引の目的物として一般市場の流通に向けられたものではないから、商標法上の「商品」には該当せず、指定商品としての「新聞」とはいえない。
 商標法50条の適用において、「商標の使用」に当たるためには、商標を付す対象が商標法上の「商品」であることが前提であり、その商品について同法2条3項所定の行為が不特定多数の者に対してされて初めて「商標の使用」であるということができる。この場合において、必ずしもその商品が有償である必要はないが、本件新聞は無料で配布されるから、商取引の目的物として一般市場で流通に供されるものとはいえず、企業や商品等を宣伝・広告する単なるチラシの類にすぎないものとなるから、本件新聞が商標法上の商品である「新聞」として認められるためには、有償であることが重要な要素となる。
 以上のとおり、本件商標は、指定商品である「新聞、雑誌」に使用されているものではなく、「広告」の役務に使用されているものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(使用事実1の存在)について
 甲第1ないし13、第25、第31ないし44(各枝番を含む。)及び第52号証によれば、原告は、平成17年4月29日から5月にかけて、世田谷区内において、「とうきょうメトロ」の表題が付され、「2005年4月25日発行〈創刊号〉」と記載された印刷物(甲第1号証)を約8000部無料で配布したことが認められ、本件新聞は、その後も継続して、創刊号から少なくとも第4号まで同一の商標を付して発行されたことが認められる。
 審決は、本件新聞の頒布の数量、範囲が不明確であるとして、使用事実1は認められないというが、甲第52号証によれば、本件新聞の創刊号は、原告からの依頼に基づき錦プロデューサーズ株式会社で印刷され(甲第32号証)、創刊号に広告掲載を代金35万円で依頼した株式会社くらしの友(以下「くらしの友社」という。)の経営営業企画室宛に4000部が(甲第5号証)、同社城南営業所宛に5000部が(甲第6号証)、いずれも平成17年4月28日必着で送付されたこと、前者の4000部はくらしの友社の従業員がセールス活動の広報手段として三軒茶屋商店街周辺でポスティングし、後者は原告らが世田谷公園内で配布したり、池尻住宅、公務員住宅及びその周辺の住宅やマンションにポスティングしたりしたことが認められる。上記創刊号(甲第1号証)には、くらしの友社の広告が掲載されており、上記認定のとおり同社の従業員がポスティングしたことと符合することからみても、本件新聞の創刊号(甲第1号証)は、現に9000部が印刷され、平成17年4月29日ころ、そのほとんどが不特定多数の者に配布された事実を認めることができる。したがって、これらの証拠からすれば、本件新聞の頒布の数量、範囲が不明確であるとして、使用事実1が認められないとした審決の事実認定は誤りである。
2 取消事由2(指定商品についての使用)について
 審決は、本件新聞が他人の広告を掲載し、頒布するために用いられる印刷物にすぎないものであって、市場において独立して商取引の対象として流通に供されたものとは認められないから、指定商品「新聞、雑誌」のいずれにも含まれない商品であると判断し、被告は、本件新聞のような無料紙が商標法上の「商品」に該当しないと主張する。
(1) 本件新聞の商標法上の「商品」該当性について
ア 商標法には、「商品」を定義した規定はないが、商標法は商標による出所表示機能を保護するものであり(商標法1条)、商標登録が認められるのは、自己の業務に係る「商品」又は役務について使用をする商標であり(同法3条1項)、また、不使用取消の対象となるのは、指定「商品」について使用がされなかった場合である(同法50条1項)。これらの規定からみれば、商標法上の「商品」といえるためには、商取引の対象であって、出所表示機能を保護する必要のあるものでなければならないと解される。
 上記のとおり、商標法上の「商品」は、商取引の対象であるから、商品が売買契約の目的物であるなど、対価と引換えに取引されるのが一般的である。
 しかし、「商取引」は、契約の種類が売買契約である場合に限られるものではなく、営利を目的として行われる様々な契約形態による場合が含まれ、対価と引換えに取引されなければ、商標法上の「商品」ではないということはできない。取引を全体として観察して、「商品」を対象にした取引が商取引といえるものであれば足りるものと解される。
イ 本件新聞の創刊号は、5段組みの記事部分とその下の2段組み程度のスペースにくらしの友社の広告が掲載されている。記事部分には、世田谷公園のミニSLに関する記事、「せたがやトラスト協会」が実施したフォーラムの報告、世田谷区みどりの基本条例の制定に関する記事などが掲載され、本件新聞の配布地域の話題や環境保全活動の状況が紹介されている(以上につき甲第1号証)。そして、本件新聞の配布形態は、前記1に認定のとおり、広告依頼主であるくらしの友社に9000部が納品され、その一部は同社社員によって営業活動時に配布されたほか、原告らも世田谷区内の住宅などに配布する方法でそのほとんどが配布された。
ウ 本件新聞のような無料紙は、配布先の読者からは対価を得ていないが、記事とともに掲載される広告については、広告主から広告料を得ており、これにより読者から購読料という対価を得なくても経費を賄い、利益が得られるようにしたビジネスモデルにおいて配布されるものである。したがって、読者との間では対価と引換えでないとしても、無料紙を広告主に納品し、あるいは読者に直接配布することによって広告主との間の契約の履行となるのである。現に、本件新聞の創刊号は広告依頼主に商品として納品されているのであり、このような形態の取引を無料配布部分も含めて全体として観察するならば、商取引に供される商品に該当するということができる。
 被告の主張するように、読者との間で直接対価の授受がなければならないとする考え方を及ぼすならば、広告主から広告料を得て、視聴者から対価を徴収していない(有料放送でない)いわゆる民間放送において、指定役務を第38類「テレビジョン放送」とするときは、民間放送業者は、放送で商標を使用しても、指定役務についての使用ではないとして商標法上の保護を受けられないことになる。商標法の前記アに述べた趣旨からみれば、商標法が「役務」について上記のような結論を予定していないことは明らかである。
 本件新聞のような無料紙は、「商品」と「役務」の違いを除けば、経費負担の面から見て上記の民間放送と同じビジネスモデルであるということができるから、商標法上の「商品」も「役務」と同様に、対価と直接交換されるものに限られない。
エ 無料紙の読者は、掲載された広告のみならず、記事にも注目している、あるいは、広告よりもむしろ記事に注目している場合があり、記事によって読者からの人気を得れば、広告が読者の目に止まる機会が増すことになり、広告主との関係でも広告媒体としての当該無料紙の価値が高まる関係にある。
 このような関係が成り立つときに、同一又は類似の商標を付した無料紙が現れれば、ある無料紙が築き上げた信用にフリーライドされたり、希釈化されたりする事態も起こり得る。したがって、無料紙においても、付された商標による出所表示機能を保護する必要性があり、「商品」が読者との間で対価と引換えに交換されないことのみをもって、出所表示機能の保護を否定することはできない。
(2) 本件新聞の第16類「新聞」該当性について
 「新聞」とは、一般的には、「社会の出来事の報道・解説・論評を、すばやく、かつ広く伝えるための定期刊行物」(広辞苑第五版)と解されているところ、商標法の趣旨・目的に照らすと、商標法施行令別表第16類の「新聞」についてもおおむね上記と同様の概念と理解するのが相当である。そして、前記1及び2(1)イに認定したところによれば、本件新聞が上記の要件を満たすことは明らかというべきである。
 審決は、本件新聞が他人の広告を掲載し、頒布するために用いられる印刷物にすぎないというが、前記2(1)イに認定したとおり、本件新聞には、「社会の出来事の報道・解説・論評」に該当する記事が主要部分を占め、これを誘引力として広告が掲載されているのである(甲第1、第2、第11及び第12号証)から、本件新聞は、単なる「印刷物」ではなく、「新聞」の一種であるということができる。
(3) 小括
 以上のとおり、本件新聞のような無料紙であっても、商取引の対象である商品であって、出所表示機能を保護する必要のあるものということができるから、商標法上の「商品」に該当するということができる。したがって、記事とともに広告を掲載した無料紙に商標を付し、広告料収入によって経費を賄い、読者には無料で配布する行為は、「新聞」という指定商品についての商標の使用であるということができる。本件商標については、前記1のとおり、使用事実1が認められるから、本件予告登録前3年以内に日本国内において、指定商品につき本件商標を使用したことが認められ、商標法50条1項の要件は満たされていない。
3 結論
 使用事実1を認めず、本件新聞を商標法上の「商品」でないとして、指定商品についての使用がないとした審決の判断は誤りであり、審決取消事由には理由があるから、審決は取消しを免れない。よって、原告の請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 田中信義
 裁判官 古閑裕二
 裁判官 浅井憲
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