判例全文 | ||
【事件名】黒澤作品のDVD化事件 【年月日】平成19年9月14日 東京地裁 平成19年(ワ)第8141号 著作権侵害差止請求事件 (口頭弁論終結日 平成19年8月27日) 判決 原告 東宝株式会社 同訴訟代理人弁護士 中村稔 同 熊倉禎男 同 辻居幸一 同 小和田敦子 被告 株式会社コスモ・コーディネート 主文 1 被告は、別紙被告商品目録記載1ないし8の商品を製造し、輸入し、又は頒布してはならない。 2 被告は、別紙被告商品目録記載1ないし8の商品及びその原版を廃棄せよ。 3 訴訟費用は被告の負担とする。 4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 主文第1項ないし第3項と同旨 2 仮執行宣言 第2 事案の概要 本件は、映画の著作物の著作権者であると主張する原告が、その映画を複製したDVD商品を輸入、販売する被告の行為が、原告の著作権(複製権、著作権法113条1項1号)を侵害するとして、著作権法112条に基づき、当該商品の製造、輸入及び頒布の差止め並びに在庫品及び原版の廃棄を求めたのに対し、被告が、映画についての著作権は存続期間の満了により消滅したと主張して争った事案である。 1 新旧著作権法の規定 (1) 旧著作権法の規定 旧著作権法(明治32年法律第39号。以下「旧著作権法」という。)は、次のとおり規定していた。 ア 22条ノ2等 22条ノ2「文芸、学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作権ハ其ノ著作物ヲ活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ複製(脚色シテ映画ト為ス場合ヲ含ム)シ及興行スルノ権利ヲ包含ス」 22条ノ3「活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸、学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス其ノ保護ノ期間ニ付テハ独創性ヲ有スルモノニ在リテハ第3条乃至第6条及第9条ノ規定ヲ適用シ之ヲ欠クモノニ在リテハ第23条ノ規定ヲ適用ス」 22条ノ4「他人ノ著作物ヲ活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ複製(脚色シテ映画ト為ス場合ヲ含ム)シタル者ハ著作者ト看倣シ本法ノ保護ヲ享有ス但シ原著作者ノ権利ハ之ガ為ニ妨ゲラルルコトナシ」 これらの規定は、昭和6年の旧著作権法改正(昭和6年法律第64号)により新設されたものである(以下、この改正を「昭和6年改正」ということがある。)。 イ 3条 「発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ著作者ノ生存間及其ノ死後三十年間継続ス 2 数人ノ合著作ニ係ル著作物ノ著作権ハ最終ニ死亡シタル者ノ死後三十年間継続ス」 ウ 4条 「著作者ノ死後発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス」 エ 5条 「無名又ハ変名著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス但シ其ノ期間内ニ著作者其ノ実名ノ登録ヲ受ケタルトキハ第3条ノ規定ニ従フ」 オ 6条 「官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス」 カ 52条 その後、暫定的な延長措置により、3条ないし5条の存続期間は、38年に延長され(1項)、6条の存続期間は、33年に延長された(2項)。 キ 9条 「前6条ノ場合ニ於テ著作権ノ期間ヲ計算スルニハ著作者死亡ノ年又ハ著作物ヲ発行又ハ興行シタル年ノ翌年ヨリ起算ス」 (2) 新著作権法の規定 新著作権法(昭和45年法律第48号。以下「新著作権法」という。)は、次のとおり規定し、昭和46年1月1日から施行された(附則1条)。 ア 54条1項 「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後五十年…を経過するまでの間、存続する。」 イ 57条 「…第54条第1項…の場合において、…著作物の公表後五十年…の期間の終期を計算するときは、…著作物が公表され…た日の…属する年の翌年から起算する。」 ウ 附則2条1項 新著作権法54条1項は、同法が施行された昭和46年1月1日時点で旧著作権法による著作権が消滅していない映画の著作物に適用される。 エ 附則7条 「この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については、当該著作物の旧法(注:旧著作権法)による著作権の存続期間が新法(注:新著作権法)…の規定による期間より長いときは、なお従前の例による。」 (3) 平成15年改正 平成15年法律第85号(以下「平成15年改正」という。)は、映画の著作物の著作権の存続期間を次のとおり改正し、平成16年1月1日から施行された(附則1条)。 ア 54条1項 「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年…を経過するまでの間、存続する。」 イ 附則2条 平成15年改正後の54条1項は、平成15年改正が施行された平成16年1月1日時点で、平成15年改正前の新著作権法による著作権が消滅していない映画の著作物に適用される。 ウ 附則3条 「著作権法(注:新著作権法)の施行前に創作された映画の著作物であって、同法附則第7条の規定によりなお従前の例によることとされるものの著作権の存続期間は、旧著作権法…による著作権の存続期間の満了する日が新法第54条第1項の規定による期間の満了する日後の日であるときは、同項の規定にかかわらず、旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日までの間とする。」 2 前提事実 (1) 当事者 ア(ア) 原告は、映画の製作、映画その他の各種興行等を目的とする株式会社である。 (イ) 原告の前身である株式会社ピー・シー・エル映画製作所は、昭和12年、合併により東宝映画株式会社(以下「東宝映画」という。)となり、東宝映画は、昭和18年12月10日、株式会社東宝宝塚劇場と合併し、東宝株式会社に商号変更した。 (甲71、弁論の全趣旨) イ 被告は、映画、テレビ・ラジオ番組、ビデオ等の企画、製作及び販売等を業とする株式会社である。 (争いのない事実) (2) 本件映画 ア(ア) 東宝映画は、別紙映画目録記載1の映画(以下「本件映画1」といい、他の映画についても同様に略称する。本件映画1ないし8を併せて「本件映画」という。)を製作し、昭和18年、興行して公表した。 (イ) 原告は、本件映画2ないし6及び8の映画を製作し、別紙映画目録2ないし6及び8の「公開年」欄記載の年に、興行して公表した。 (ウ) 新東宝株式会社(以下「新東宝」という。)は、本件映画7を製作し、昭和24年、原告が配給・興行して公表した。 イ 本件映画の監督は、いずれも黒澤明(以下「黒澤監督」という。)である。 ウ 本件映画は、独創性(旧著作権法22条の3第2項)を有する映画の著作物である。 エ(ア) 本件映画の冒頭部分には、当時の「東宝」の社章と共に「東宝株式会社」(本件映画1ないし3、8)、「東寶株式會社」(本件映画4ないし6)又は「東宝株式会社・配給」「新東宝映画芸術協会提携作品」(本件映画7)と表示されている。 (イ) 冒頭部分の次に、「監督黒澤明」(本件映画1ないし3、7、8)又は「演出黒澤明」(本件映画4ないし6)と表示されている。 (ウ) 劇場公開当時のポスターにも、「東宝」の社章と共に、次のとおり表示されている。 本件映画1については「監督・脚色黒沢明」「東宝株式会社・製作配給」(甲48)、 本件映画2については「脚本監督黒沢明」「東宝株式曾社・製作配給」(甲49)、 本件映画3については「脚色演出・黒澤明」「東寶株式會社製作」(甲50)、 本件映画4については「演出・黒澤明」「東宝株式會社」(甲51)、 本件映画5については「演出・黒澤明」「東宝株式會社」(甲52)、 本件映画6については「演出黒沢明」「東宝株式会社」(甲53)、 本件映画7については「黒沢明・監督作品」「東宝株式会社・配給」「映画芸術協会・新東宝提携作品」(甲54)、 本件映画8については「監督黒澤明」「東宝二十周年記念映画」(甲55) オ 黒澤監督は、平成10年に死亡した。 (以上、争いのない事実(明らかに争わない事実を含む。)、甲48〜55、検甲1〜8) (3) 被告の行為 被告は、平成19年1月ころから、本件映画を複製した別紙被告商品目録記載1ないし8のDVD商品(以下、併せて「本件商品」という。)を日本国外において第三者に製造させ、それを日本国内で頒布する目的で輸入し、日本国内で販売している。 (争いのない事実) 3 争点 (1) 争点1 著作者及び原告の著作権の取得 ア 争点1−1 本件映画の著作者はだれか。 イ 争点1−2 原告は、本件映画の著作権を取得したか。 (2) 争点2 本件映画の著作権の存続期間 (3) 争点3 国内での製造の差止めの可否 4 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(著作者及び原告の著作権の取得) ア 争点1−1(本件映画の著作者) (原告の主張) (ア) 著作者 a 黒澤監督は、本件映画の製作に当たり、撮影、演出、照明、キャスティング、俳優指導、音楽等、映画の創作行為全般にわたって、主体的に関与し、創作的活動を行った者である。したがって、黒澤監督は、本件映画の著作者である(甲23〜25、69)。 b 仮に、黒澤監督以外に本件映画の制作、演出、撮影等を担当してその著作物の全体的形成に創作的に関与した者がいる場合は、これらの者も本件映画の著作者であり、本件映画は共同著作物となる。 (イ) 旧著作権法下における映画の著作者 a 自然人 (a) 旧著作権法下においては、著作者は自然人に限られていた。 (b) 昭和6年改正の立法担当者である小林尋次は、「現行著作権法の立法理由と解釈−著作権法全文改正の資料として−」(文部省発行。甲30)の96頁において、「現実に創作行為を為したる者が著作者であるから、その著作を自己の発意で為したか又は他人から依頼を受けて為したるかは問ところでなく、創作行為さえあれば、何れの場合も著作者である。又被傭者がその職務上著作したものであっても同じであって、現実に創作行為を為したる者が著作者であって、現実に創作行為をしない依頼者又は雇傭主が著作者となることは有り得ない。同様の趣旨から、自然人でない法人が著作者となることは有り得ない。」と説明している。 b まとめ したがって、旧著作権法における映画の著作物の著作者は、監督等の映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者である。 (被告の主張) (ア) 著作者 a 原告の主張(ア)は否認する。 b 旧著作権法には、だれが映画の著作者であるかについて定めた規定はなく、定説もなかった(乙1〜3)。一般論として、監督が著作者であるといえない以上、特定の映画について、監督が著作者であるというためには、当該映画に関する限り、明らかに監督が著作者に該当すると判断するに足りるだけの特別の事情がなければならない。しかし、本件において、上記特別の事情の立証はない。 (イ) 旧著作権法下における映画の著作者 a 同(イ)a(自然人)のうち、(a)は争い、(b)は認める。 b 同b(まとめ)は争う。 イ 争点1−2(原告の著作権の取得) (原告の主張) (ア) 本件映画1 a 東宝映画は、昭和18年ころ、本件映画1の映画製作者として、本件映画1の著作権を原始取得した黒澤監督らから、その著作権を譲り受けた(甲25、47)。 b 原告は、合併(前提事実(1)ア(イ))により、東宝映画から本件映画1の著作権を承継取得した。 (イ) 本件映画2〜6及び8 原告は、本件映画2〜6及び8の映画製作者として、各公開年ころ、本件映画2〜6及び8の著作権を原始取得した黒澤監督らから、その著作権を譲り受けた(甲25、47)。 (ウ) 本件映画7 a 新東宝は、昭和24年ころ、本件映画7の映画製作者として、本件映画7の著作権を原始取得した黒澤監督らから、その著作権を譲り受けた(甲25、47)。 b 原告は、昭和37年7月24日、新東宝から、本件映画7の著作権を譲り受けた(甲41の1及び2、42)。 (被告の主張) 原告の主張は、不知。 (2) 争点2(本件映画の著作権の存続期間) (被告の主張) ア 旧著作権法6条の適用 (ア) 本件映画は、当時の東宝の社章を表示した上(前提事実(2)エ)、その専用系列映画館で自社製作の作品として公開されたものである。 (イ) よって、本件映画は、東宝の名義で公表されたものであり、本件映画の著作権の存続期間は、旧著作権法6条、9条、52条2項により、公表の翌年から起算して33年間となるから、最も早く存続期間が満了する本件映画1でも昭和51年12月31日までであった。 そうすると、本件映画は、新著作権法施行時に著作権が消滅していない著作物であり、新著作権法54条1項が適用されることになるから、本件映画の存続期間は、公表の翌年から起算して50年間となるので、最も遅く公開された本件映画2及び8であっても、著作権の存続期間は、平成14年12月31日までである。 イ 旧著作権法3条の適用 後記原告の主張イは争う。 (原告の主張) ア旧著作権法6条の適用 (ア) 被告の主張ア(ア)は認め、(イ)は否認する。 (イ) 原告が自社の所有又は系列下の映画館で東宝マークを映画の最初に表示して配給・興行を行うことは、映画製作者又は配給者として当然の行為である。原告の名称は、映画製作者又は配給者として表示されているにすぎず、著作者として表示されているのではない。 (ウ) 旧著作権法6条の趣旨 a 小林尋次は、旧著作権法6条の趣旨について、「団体名義で発行した著作物中に数個の論文があるとして、そのうちに著作者の実名を掲げた論文がありとせば、当該論文には上記の短期保護期間が適用されないで、長期の原則期間の適用を見る。…そこで法律は、単に団体名義だけで発行されて、自然人の著作者名が掲げられていない出版物が存立することを想定して、保護期間に関してのみ第6条の規定を設けたものと考える。」と説明している(甲30の198頁)。 b 上記説明から明らかなように、旧著作権法6条の団体名義の著作物とは、自然人の氏名が表示されておらず、団体の著作者名義のみが表示された著作物を意味する。 イ 旧著作権法3条の適用 本件映画の冒頭部分に「監督黒澤明」又は「演出黒澤明」と表示されていたから(前提事実(2)エ)、本件映画の著作権は、旧著作権法22条の3、3条、9条、52条1項によると、少なくとも著作者の一人である黒澤監督の死亡した平成10年の翌年である平成11年から起算して38年存続するので、新著作権法附則7条、平成15年改正附則3条により、旧著作権法が適用され、同著作権は、平成48年12月31日まで存続する。 (3) 争点3(国内での製造の差止めの可否) (原告の主張) ア 被告は、現時点で日本国内において本件商品のプレス作業を行っていないとしても、今後日本国内においてプレス作業をすることで本件商品の製造をするおそれがある。 イ よって、原告は、著作権法112条に基づく予防請求等として、製造及び頒布の差止めを求めることができる。 (被告の主張) 原告の主張は否認する。 第3 当裁判所の判断 1 争点1−1(本件映画の著作者)について (1) 著作者 前提事実(2)のとおり、本件映画は独創性(旧著作権法22条の3第2項)を有する映画の著作物であり、黒澤監督がその映画監督であり、証拠(甲23〜25、29、69、検甲1〜8)により認められる本件映画の内容を併せ考慮すれば、黒澤監督は、少なくとも本件映画の著作者の一人であることが認められる。 (2) 被告の主張に対する判断 ア 被告は、旧著作権法には、だれが映画の著作者であるかについて定めた規定はなく、定説もなかったから、特定の映画について監督が著作者であるというためには、当該映画に関する限り、明らかに監督が著作者に該当すると判断するに足りるだけの特別の事情がなければならない旨主張する。なお、被告の主張は、新著作権法15条の職務著作に相当するものを主張するものではない。 確かに、映画の著作物は、映画製作者が、企業活動として、当初から映画の著作物を商品として流通させる目的で企画し、多額の製作費を投入して製作するものであり、その製作には脚本、音楽、制作、監督、演出、俳優、撮影、美術、録音、編集の担当者など多数の者が関与しており、その関与の範囲や程度も様々であるという特殊性を有する。しかし、著作者とは元来著作物を創作する者をいうから、映画利用の円滑化を図るために、映画製作者に著作権を帰属させる必要があるとしても、そのことから直ちに映画製作者が映画の著作物の著作者となると解することはできず、映画の著作物の著作者は、新著作権法16条と同様に、映画の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者であると解するのが相当である。 そして、この解釈の正当性は、後記イの立法者意思及びウの新著作権法の審議経過によっても裏付けられる。 イ 立法者意思 証拠(甲30)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる(一部は、当事者間に争いがない。)。 (ア) 昭和6年の旧著作権法の改正の立法担当者である小林尋次は、「現行著作権法の立法理由と解釈−著作権法全文改正の資料として−」(文部省発行。甲30)において、映画の著作物の著作者について、次のとおり説明している。 「現実に創作行為を為したる者が著作者であるから、その著作を自己の発意で為したか又は他人から依頼を受けて為したるかは問ところでなく、創作行為さえあれば、何れの場合も著作者である。又被傭者がその職務上著作したものであっても同じであって、現実に創作行為を為したる者が著作者であって、現実に創作行為をしない依頼者又は雇傭主が著作者となることは有り得ない。同様の趣旨から、自然人でない法人が著作者となることは有り得ない。」(96頁)、 「昭和6年の一部改正立法の際に、激しく論議された点がもう一つある。映画の著作者は何人なりやの問題であった。…(略)…そこで精神的創作として関与する者のすべての共同著作と見るか、或は映画監督を以て唯一の著作者(「著作物」は誤記と認める。)と見るかが論議の焦点に上らされた。他面又、この映画監督をも含めてすべての関与者は、映画会社の被傭者であるから、使用者である映画会社を著作権者とするのが妥当ではないかとの論議もあった。なる程映画作成には大きな資本を必要とし、その資本が無くては如何に名監督、名俳優等が集っても名画は完成できないのであり、できあがった後も、資本がなければ、広く映画館を通じて上映することも難かしいから、映画会社を著作権者と認定することが、実際にも適合し且権利の安定上妥当のようにも思われた。しかし又本章第一節でも述べたように、著作者は自然人に限るとすることが正論であるとするならば、映画会社は法人であるから、これを著作者と断定することは妥当を欠く。そこで昭和6年の立法当時は著作者は映画監督であると一応断定し、完成された映画の著作権は映画監督が、原始取得するものであるが、彼は映画会社の被傭者乃至専属契約下に在る者であるから、契約に基き、映画著作権は映画完成と同時に映画会社に移るものとする意見に統一して、国会に臨んだのであるが、国会では本件に関する質問を受けなかったので、答弁説明の機会なくして終った。」(114〜115頁) (イ) この事実によれば、昭和6年改正の立法者意思は、映画の著作物の著作者は映画監督らとするものであったことが認められる。 ウ 新著作権法の審議経過 証拠(乙1〜3)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる(一部は、当事者間に争いがない。)。 (ア) 新著作権法の規定 新著作権法16条は、「映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。ただし、前条の規定の適用がある場合は、この限りでない。」と、同法15条1項は、「法人その他使用者…の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物…で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。」と定めていて、職務著作の場合は使用者たる法人等が、それ以外の場合には、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者が著作者である旨明記している。 また、新著作権法29条1項は、「映画の著作物(…略…)の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と定め、映画監督らが原始取得した著作権を映画製作者が承継取得することを定めている。 (イ) 映画の著作者に関する議論 a 旧著作権法下における学説 旧著作権法下において、映画利用の円滑化を図るため、映画製作者に財産権である著作権を帰属させることについては、あまり異論はなかった。 しかし、映画の著作物の著作者がだれであるかについては、著作権と著作者人格権の分属を認めるのか、現実に創作行為をなし得ない法人が著作者となり得るのかなどの議論と相まって、学説は、@映画製作者であるとする説、A映画監督であるとする説、B脚本、監督、音楽担当者等の共同著作物とする説などに分かれていた。 b 著作権制度審議会第4小委員会審議結果報告 昭和37年に文部大臣の諮問機関として設置された著作権制度審議会第4小委員会が昭和40年5月21日に提出した審議結果報告には、映画の著作物の著作者がだれかという問題について、@シナリオの著作者、音楽の著作者、監督等の映画製作に創作的に関与した者の共同著作物であるという考え方と、A映画製作者の単独の著作物であるという考え方の2つの考え方が併記されていた。 しかし、その後、検討を重ねた結果、昭和41年3月9日の第4小委員会再審議結果報告では、2つの考え方を併記するという従来の結論を改め、@の考え方を採用し、Aの考え方は少数意見として付記するにとどめられた。ただし、シナリオと音楽の著作者については、映画の著作者から除外して原作者として扱うことにし、映画の著作者の範囲を具体的に特定することをやめて、「映画の全体的形成に創作的に関与した者」とし、だれが著作者になるかは個々の映画ごとの判断に委ねることとした。 c 著作権制度審議会答申 著作権制度審議会は、上記小委員会の審議結果報告やこれに対して関係団体から提出された意見、専門委員会審議結果報告などを総合的に検討して、昭和41年4月20日文部大臣に答申し、「映画の著作者は、『映画の全体的形成に創作的に関与した者』とする。著作者には、監督、プロデューサー、カメラマン、美術監督などが該当し、俳優も映画の全体的形成に創作的に関与したと認められるものである限り、映画の著作者たり得ると考えるが、著作者を法文上例示することはしないものとする。」と述べている。 同答申を受けて著作権法案が作成され、第63回国会に提出されて、昭和45年4月28日、新著作権法が成立した。 2 争点1−2(原告の著作権の取得)について (1) 前記1のとおり黒澤監督は本件映画の著作者であったところ、前提事実(1)ア、証拠(甲25、29、31〜42、46、47)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ア 東宝映画は、昭和18年ころ、黒澤監督から本件映画1の著作権を承継取得し、原告は、昭和18年12月10日、合併により本件映画1の著作権を承継取得した。 イ 原告は、昭和20年から昭和27年にかけて、黒澤監督から本件映画2ないし6及び8の著作権を承継取得した。 ウ 新東宝は、昭和24年ころ、黒澤監督から本件映画7の著作権を承継取得し、原告は、昭和37年7月24日、新東宝から本件映画7の著作権を承継取得した。 (2)ア 仮に黒澤監督以外に撮影等を担当し、その全体的形成に創作的に関与した者がいた場合、それらの者も著作者として本件映画の著作権を原始取得したものである。 イ そして、本件映画は、当初から映画製作者である東宝映画、新東宝又は原告が自己の商品として公表することを前提に作製され、興行されたものであること(前提事実(2)ア、弁論の全趣旨)、その後、原告が本件映画の原版を保管していること(甲63)、原告は、本件映画を複製したDVD商品を販売しており、当該商品には原告が著作権者として明示されているが、これに対して著作者と主張する者から異議が述べられた形跡は認められないこと(甲43、47、65、検甲1〜8、弁論の全趣旨)、また、原告は、第三者との間で、昭和41年以降、本件映画1及び4の16o版映画の上映権許諾契約を締結し(甲59、60、64)、昭和44年以降、本件映画についてテレビ放映権許諾契約を締結し(甲56〜58、64)、平成17年、本件映画のスチール写真を利用した出版物の発売を許諾する契約を締結し(甲45、65)、昭和35年、本件映画6及び8について外国の会社とライセンス契約を締結(甲61、62)して、著作権者として権利行使をしてきたが、これに対しても著作者と主張する者から異、 議が述べられた形跡は認められないこと(弁論の全趣旨)からすると、他の著作者も、本件映画の製作に参加した段階で、各映画製作者に対し、本件映画の著作物の著作権を譲渡することを約束したことを推認することができ、上記認定を覆すに足りる証拠はない。 そうすると、原告は、上記(1)と同様の経緯により、他の著作者から、本件映画の著作権を承継取得したものと認められる。 (3) したがって、原告は本件映画の著作権を単独で有しているものである。 3 争点2(本件映画の著作権の存続期間)について (1) 旧著作権法の昭和6年改正に関与した小林尋次が「現行著作権法の立法理由と解釈−著作権法全文改正の資料として−」(甲30の198頁)おいて、旧著作権法6条の規定が設けられた趣旨につき、「団体には自然人の如く生死を考え得られないから、この場合も法律は、発行又は興行した時から三十年間と言う短期保護期間を適用することにしている(著作権法第6条)。団体にも自然人の死に相当する解散ということが考えられるが、もし法人が解散しなければ保護期間は永久と言うことになって不合理であるから、上記の如き建前とせざるを得ないのである。」と説明しているとおり(争いのない事実)、旧著作権法6条は、団体名義で公表した場合には、自然人の生死を標準として存続期間を計算することができないために設けられた規定であり、自然人の氏名が表示され、その者の死亡時から著作権の存続期間を算定することができる著作物は、同法6条にいう団体名義の著作物に当たらない。 (2) 本件映画は、「東宝」の社章と共に「東宝株式会社」、「東寶株式會社」又 は「東宝株式会社・配給」「新東宝映画芸術協会提携作品」と表示され(前提事実(2)エ)、その専用系列映画館で自社作品として公開されたものであることは、当事者間に争いがない。 しかしながら、前提事実(2)エのとおり、本件映画の冒頭部分の次に、「監督黒澤明」又は「演出黒澤明」と表示され、劇場公開当時のポスターにも同様の表示があるから、著作者の実名で公表されたものであり、本件映画は、旧著作権法6条にいう団体名義の著作物に当たらない。 したがって、本件映画の著作権の存続期間については、旧著作権法3条を適用すべきである。 (3 ) 以上によれば、黒澤監督の死亡時期は平成10年であるから(前提事実(2)オ)、旧著作権法3条、9条、52条1項によると、本件映画の著作権は、少なくとも著作者の1人である黒澤監督の死亡した翌年である平成11年から起算して38年間存続するので、新著作権法附則7条、平成15年改正附則3条により、旧著作権法の規定が適用され、本件映画の著作権は、少なくとも、平成48年12月31日まで存続する。 (4) よって、本件商品は、輸入の時において国内で作成したとしたならば原告の複製権を侵害するべき行為によって作成された物であり、被告が本件商品を国内において頒布する目的で輸入していることは争いがないから、被告が本件商品を輸入する行為は原告の著作権を侵害する行為とみなすことができる。 したがって、原告は、被告に対し、著作権法113条1項1号並びに112条1項及び2項に基づいて、本件商品の輸入及び頒布の差止め並びに在庫品及び原版の廃棄を求めることができる。 なお、被告による頒布の差止めについては、著作権法113条1項2号の適用があるとしても、遅くとも被告に対する本判決の送達により「情を知って」の要件を満たすことになると認められるので、原告は、著作権法113条1項2号、112条1項に基づいて、その頒布の差止めを求めることができる。 4 争点3(国内での製造の差止めの可否)について (1) 被告は、本件商品を日本国外において第三者に製造させており(前提事実(3))、本訴段階においても、存続期間の満了を理由に著作権侵害を争っているから、将来、日本国内においても本件商品を製造するおそれがあると認められる。 (2) よって、原告は、著作権法112条1項及び2項に基づいて、本件商品の国内での製造及び頒布の差止めを求めることができる。 5 結論 よって、原告の請求はいずれも理由があり、差止請求については仮執行宣言を付するのが相当であると認め、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 大竹優子 裁判官 中村恭 (別紙) 被告商品目録 1.日本名作映画集01 「姿三四郎」商品番号:4582297250116 2.日本名作映画集02 「虎の尾を踏む男達」商品番号:4582297250123 3.日本名作映画集03 「續姿三四郎」商品番号:4582297250130 4.日本名作映画集04 「わが青春に悔なし」商品番号:4582297250147 5.日本名作映画集05 「素晴らしき日曜日」商品番号:4582297250154 6.日本名作映画集06 「酔いどれ天使」商品番号:4582297250161 7.日本名作映画集08 「野良犬」商品番号:4582297250185 8.日本名作映画集12 「生きる」商品番号:4582297250222 (別紙) 映画目録 1.題名:「姿三四郎」公開年:昭和18年 2.題名:「虎の尾を踏む男達」公開年:昭和27年 3.題名:「續姿三四郎」公開年:昭和20年 4.題名:「わが青春に悔なし」公開年:昭和21年 5.題名:「素晴らしき日曜日」公開年:昭和22年 6.題名:「醉いどれ天使」公開年:昭和23年 7.題名:「野良犬」公開年:昭和24年 8.題名:「生きる」公開年:昭和27年 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |