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【事件名】商標“浜焼き鯖寿司”侵害事件A(2)
【年月日】平成19年9月13日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10079号 審決取消請求事件
 (平成19年7月19日 口頭弁論終結)

判決
原告 X
訴訟代理人弁理士 森治
被告 株式会社海の恵み
訴訟代理人弁理士 前田弘
同 竹内宏
同 嶋田高久
同 竹内祐二
同 今江克実


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が無効2006−89046号事件について、平成19年1月18日にした審決を取り消す。」との判決
第2 事案の概要
 本件は、原告及びAの共有に係る後記1(1)記載の商標(以下「本件商標」という)の登録について、被告が同1(2)記載のとおり無効審判請求をしたところ、特許庁は本件商標の登録を無効とする旨の審決をしたため、原告が、その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件商標の登録
 出願人:原告及びA
 指定商品:第30類「鯖寿司」
 出願日:平成16年9月24日(商願2004−87470号)
 登録査定日:平成17年8月24日
 登録日:平成17年11月11日
 商標登録番号:第4906986号
(2) 無効審判手続
 無効審判請求日:平成18年4月11日(無効2006−89046号)
 審決日:平成19年1月18日
 審決の結論:「登録第4906986号の登録を無効とする。」
 審決謄本送達日:平成19年1月30日
2 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
(1) 本件商標の構成は次のとおりである。
 「みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司」 ※画像略
(2) 引用商標は被告が「焼き鯖寿司」の製造販売を行うに際しその「巻き紙」及び「しおり」に表示して使用しているものであり、その構成は本件商標と同一である。
(3) 本件商標登録出願における指定商品(第30類「鯖寿司」)は被告の製造販売する「焼き鯖寿司」と同一又は類似の商品である。
3 審決の理由の要旨
 審決の理由は以下のとおりであるが、その内容は、要するに、引用商標は、無効審判請求人(被告)の業務に係る商品を表示するものとして、本件商標の登録出願前から需用者の間において広く認識されているところ、本件商標は上記のとおり引用商標と同一の商標であり、両商標に係る指定商品は同一又は類似するものであるから、本件商標の登録は商標法4条1項10号に違反してされたものであり、同法46条1項1号により無効とすべきであるというものである。なお、審決における甲号証の証拠番号は、本訴における証拠番号と共通である。また、章の番号及び記号について、本判決で指定するものに改めた部分がある。
 「・・当審の判断
 請求人は、本件商標は商標法第4条第1項第10号に該当する旨主張しているので、この点について判断する。
(1) 引用商標の周知性について
ア 甲各号証によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 請求人は、平成14年9月20日に設立され、「焼き鯖寿司」を主力商品として製造販売している会社であるところ(甲第1号証:履歴事項全部証明書)、請求人商品は、平成14年12月に発売が開始されたものである。
 また、請求人商品の開発の経緯は、甲第10号証(日経WOMAN、2005年1月号)から、請求人会社の取締役であった「A」が日本航空(JAL)グループの商社JALUX(ジャルックス)へ商談を持ち込んだことに始まり、JALUX(ジャルックス)の担当者と共同して企画・開発を行い、鯖寿司のレシピについては、「A」手製のものを踏襲し、ネーミングについてはブランドを意識して、製作者である「A」の名前を前面に出して命名されたものであること等を推認することができる。
(イ) 請求人は、本件商標の登録出願日前に、株式会社JALUXの羽田空港支店、羽田食品企画販売、成田空港支店、関西空港支店、大阪空港支店、名古屋空港支店、大分空港支店、ジェイアール西日本商事株式会社金沢支店、株式会社明治屋(東京都)、株式会社ジャパンフーズシステム(東京都)、国分株式会社(東京都)、国分フードクリエイト株式会社(東京)、株式会社みくら東京営業本部、西野商事株式会社(東京都)、株式会社三越多摩センター店(千葉県)、株式会社沼津西部(判決注:「西武」の誤記であると認められる。)百貨店(静岡県)、株式会社西武百貨店岡崎店(愛知県)、株式会社ヤスサキ(福井県)、福井県漁業協同組合連合会、福井ワシントンホテル、財団法人福井県産業支援センター、福井中央魚市株式会社、株式会社しゃりー(福井県)及びだるまや西武(福井県)で、「巻き紙」及び「しおり」に引用商標を付した請求人商品を販売している(甲第7号証の1ないし24)。
(ウ) 株式会社大鹿印刷所から請求人に納められた浜焼き鯖寿司ケース甲第8号証及び「株式会社多田商店」から請求人に納められた「巻き紙」及び「しおり」の出荷履歴(甲第9号証)からみれば、請求人商品は、その販売開始から本件商標の登録出願日までに、少なく見積もっても70万食(平成15年及び平成16年1月から8月27日までのしおり枚数が約70万枚)は販売されていたものと推測され、また、平成16年度のケース出荷数が大小合わせて約130万ケースであり、平成17年度のケース出荷数が大小合わせて約155万ケースであることからみれば、本件商標の登録出願日以降も請求人商品の販売数量は引き続き伸張していたものということができる。
 「そして、このことを裏付けるように、『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司(さばずし)』・・・三年前の登場以来、羽田空港など国内主要空港で売られ、『空弁』という言葉さえ生んだ全国区のヒット商品だ。・・・空弁を考案したのは『海の恵み』のA社長。『福井のサバ』を一気に全国に知らしめた。・・・」(甲第11号証:日刊県民福井、2006年1月6日号)、「『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司(さばずし)』(大九百円、小六百円)を販売したところ、『あっさりしてておいしい』と人気爆発。今年十月の月間売り上げは一万二百三十一個を数えた。」(甲第12号証の2:日本経済新聞、2003年12月6日朝刊)、「羽田空港の売店に並ぶ空弁の売れ筋を販売額でランキングした。・・・1位の『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』は2002年12月に発売され、空弁ブームの火付け役になった。」(甲第12号証の4:日経流通新聞MJ(日経テレコン21)、2004年1月17日)、「羽田空港のターミナルビル2階。搭乗口近くの売店は昼時になると、人気の弁当を目当てに訪れる客でごった返す。その弁当は、空弁ブームの火付け役『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』・・・・1日50個売れればヒットの弁当市場で、400個が午後7時には売り切れる。」(甲第12号証の5:朝日新聞、2004年1月21日朝刊)「驚異的な売り上げの『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』」(甲第12号証の7:夕刊フジ、平成16年1月30日)等々のように、請求人商品の好調振りが各種新聞、雑誌において紹介されている(なお、甲号証の中には、本件商標の登録出願日以降に発行された新聞・雑誌も含まれているが、それらにも本件商標の登録出願日以前における引用商標に係る「浜焼き鯖寿司」についての事情が記載されており、その内容は、引用商標の周知性を把握するに十分役立つものである。)。
イ まとめ
 以上の事実を総合してみれば、引用商標は、請求人商品を表す商標として、本件商標の登録出願時(平成16年9月24日)においては既に、我が国におけるこの種商品(弁当、中でも、「空弁」と呼ばれている主に空港で販売される弁当)の取引者・需要者の間において広く知られていたものということができる。
 そして、その周知性は、その後、本件商標の登録査定時(平成17年8月24日)まで継続していたものと認められる。
(2) 本件商標と引用商標の類否について
 本件商標と引用商標とは、・・・いずれも、「みち子が」、「お届けする」、「若狭の」、「浜焼き」及び「鯖寿司」の文字を筆書き風の文字をもって縦書きしてなるものであって、同一の構成からなるものである。
 そして、本件商標の指定商品は「鯖寿司」であり、引用商標の使用に係る商品は「浜焼き鯖寿司」であるから、両者は、同一又は類似の商品について使用するものである。
(3) 被請求人の主な主張について
ア 本件商標は、本件商標権者のXが独自に創作したものである旨の主張について
 請求人商品が開発された当時、Xが、請求人の以前の名称である「有限会社ボース・クリエーション」の代表取締役であったことは認められる。
 しかしながら、甲第10号証には、「みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司」は、平成14年(2002年)10月に、食品加工業社「海の恵み」を経営する「A」が日本航空(JAL)グループの商社JALUX(ジャルックス)へ商談を持ち込んだことに始まり、JALUX(ジャルックス)の担当者と共同して企画・開発を行い、ネーミングについては、ブランドを意識して製作者である「A」の名前を前面に出して命名されたものである旨記載されている。
 当該記事からみれば、該商品の企画・開発を直接担当したのは、取締役の「A」であったということができるが、それは「有限会社ボース・クリエーション」としての行為とみるべき、であり、その成果は個人としてのAに帰属するものでもなければ、代表取締役であったXに帰属するものでもなく、「有限会社ボース・クリエーション」帰属するというべきである。
 そして、甲号証及び乙号証のいずれをみても、Xが本件商標を創作したものとすべき証拠は見当たらない。
 したがって、この点についての被請求人の主張は採用できない。
イ 被請求人であるXが創作した商標「みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司」中の「浜焼き鯖寿司」の文字部分について、Xは平成14年10月22日に商標登録出願(商願2002−89254)をしており、本件商標は、実質的には、上記出願の出願時に商標登録出願されていたものとみなすことができるものであるから、引用商標の周知性は、平成14年10月22日の時点において判断されるべきである旨の主張について、Xが平成14年10月22日に出願したのは「浜焼き鯖寿司」の文字からなる商標であるから、本件商標の登録要件の判断時点を「浜焼き鯖寿司」の文字からなる商標の登録出願日に遡及させる理由は存しない。
 したがって、この点についての被請求人の主張は採用できない。
ウ 引用商標の周知性についての判断時期を本件商標の現実の出願日である平成16年9月24日においたとしても、請求人の業務に係る「浜焼き鯖寿司」は、空港の売店等極めて限られた場所でしか販売されておらず、販売数量も決して多くはなく、商品の性格上、その場で消費されることが多く、需要者の間に商標が浸透しにくいことから、引用商標が請求人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとはいえない旨の主張について
 上記したとおり、請求人商品は、その販売開始から本件商標の出願日(平成16年9月24日)までに、少なく見積もっても70万食が販売されたものと推測されるものである。そして、請求人商品は、日本全国の空港と結ばれている株式会社JALUX羽田空港支店を始めとする多くの空港支店において販売されているばかりでなく、全国各地で全国駅弁大会、全国物産展等を開催している株式会社ジャパンフーズシステム(東京都、全国各地の食料品店に請求人)商品を卸している西野商事株式会社(東京都)や秋田県、新潟県、東京都、長野県、石川県、愛知県、京都府、大阪府、広島県、島根県、高知県等々のサティ店に請求人商品を卸している福井県漁業協同組合連合会等々にも販売されており、請求人商品の需要者は、全国に及んでいるものということができる。そして、例えば、前出の甲第12号証の7(夕刊フジ2004年1月30日)には、「・・・『これよ、これこれ』。羽田空港のゲート内にあるJALグループのJALUXが展開するショップ『BLUESKY』を訪れる人から、しばしばこんな声が聞かれている。お目当ての商品は『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』。・・・『職場や家族のお土産に、出張前に10個ぐらいまとめてとりおきを頼んで、戻ってきてから買っていくお客さんも多い』というから、その人気ぶりもうなずける。・・・」旨記載されており、また、甲第13号証の10(女性自身2004年4月27日号)には、「みち子がお届けする『若狭の浜焼き鯖寿司』一昨年の発売開始以来、空前の大ヒット。現在、1日千個を売り上げる。なかには飛行機に乗る用もないのにわざわざタクシーで買いに来る人も(羽田空港)」と記載されている。
 これらの事実からみれば、引用商標が本件商標の出願日において、請求人の業務に係る商品を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたとはいえない旨の被請求人の主張は採用できない。
エ 請求人が引用している「みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司」なる商標は、本件商標権者のXによって創作された本件商標そのものであって、他人の未登録商標には該当しないから、商標法第4条第1項第10号違反を理由とする本件審判請求は、その前提において失当である旨の主張について
 前記のとおり、「みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司」の商標をXが創作したものであることを認めるに足る証拠はないから、この点についての被請求人の主張は採用できない。
(4) むすび
 以上を総合勘案してみれば、本件商標は、他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間において広く認識されている商標と同一の商標であって、その商品又はこれに類似する商品について使用をするものといわなければならない。
 したがって、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第10号に違反してされたものであるから、同法第46条第1項の規定により、無効とすべきである。」
第3 審決取消事由の要点
1 取消事由1
 引用商標は原告が創作した商標であるから、商標法4条1項10号にいう「『他人の』業務に係る・・・商標」とはいえない。
 原告は、平成14年9月に「焼き鯖寿司」の商品化を企画するに際し、当該商品に付する商標として本件商標を創作したのであるが、本件商標を創作するに当たって、飲食店の店名として料理人の名前が多用され、特に、男性の名前が多い傾向があることに鑑みて、新たに商品化する「焼き鯖寿司」を、既存の「焼き鯖寿司」と差別化するため、商標に、「浜焼き鯖寿司」という文字とともに、この種の商品で使用されていない女性の名前を冠すること、具体的には、「みち子」の名前を含めることとした。
 このようにして創作されたのが、本件商標であり、原告は、本件商標を創作して間もない平成14年10月22日に、原告が創作した商標「みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司」中の「浜焼き鯖寿司」の文字部分について商標登録出願(商願2002−89254号)を行ったが、商標法3条1項3号及び4条1項16号に該当するとして、平成15年12月10日付で拒絶された。
 そのため、原告は、平成16年9月24日に本件商標の商標登録出願(商願2004−87470号)を行ったが、その際、出願人にAを加えた。Aに本件商標について商標登録を受ける明確な意志があったことは、商願2004−87470号の平成17年5月18日付意見書の内容からも明らかである。
 以上のとおり、本件商標は、被告によって「焼き鯖寿司」の販売が開始される平成14年12月より前に、原告による商品の企画・開発・拡販戦略に基づいて創作された原告の商標であり、被告は本件商標の単なる使用者(通常使用権者)に過ぎない。
 この点に関し、審決は、「鯖寿司のレシピについては、『A』手製のものを踏襲し、ネーミングについてはブランドを意識して、製作者である『A』の名前を前面に出して命名されたものであること等を推認することができる。」とし、また、「請求人商品の企画・開発を直接担当したのは、取締役の『A』であったということができるが、それは、『有限会社ボース・クリエーション』としての行為とみるべきであり、その成果は個人としてのAに帰属するものでもなければ、代表取締役であったXに帰属するものでもなく、『有限会社ボース・クリエーション』に帰属するというべきである。そして、甲号証及び乙号証のいずれをみても、Xが本件商標を創作したものとすべき証拠は見当たらない。」としているが、被告の「焼き鯖寿司」の企画・開発・拡販は、まだ会社としての体裁が全く整っていない中で、実質上、原告が一人で行い、商品の差別化のために、商標に「浜焼き鯖寿司」という文字とともに女性の名前を冠するに当たり「みち子」の名前を含めることとしたため、Aが、広告塔的な意味合いで前面に出たにすぎない。また、平成14年12月より販売を開始した被告の「焼き鯖寿司」は、有限会社西川水産から供給を受けたものであるが、この商品は、当該会社のB氏(当時専務取締役)のアイデアに基づいて創出されたもので、審決が推認した内容は、明らかに誤っている。なお、本件商標が、原告の創作に係るものであることについては、被告も争っていない。
 被告は、本件商標の使用者として「焼き鯖寿司」の販売を開始したものである、ことから、仮に、引用商標が、被告の「焼き鯖寿司」を表す商標として、本件商標の登録出願時(平成16年9月24日)において、周知になっていたとしても、これは、本件商標の使用者(通常使用権者)としての被告の行為によるものであることから、被告の引用商標は、商標法4条1項10号の規定による保護を受けることはできない。
2 取消事由2
 引用商標は、本件商標登録出願時において、商標法4条1項10号にいう「需用者の間に広く認識されている商標」ではなかった。
 上記1のとおり、本件商標は、被告の「焼き鯖寿司」の販売が開始される平成14年12月より前に原告によって創作され、商願2002−89254号の出願日である平成14年10月22日に実質的に商標登録出願されていたものとみなすことができるものである。
 この点に関し、審決は、「Xが平成14年10月22日に出願したのは、『浜焼き鯖寿司』の文字からなる商標であるから、本件商標の登録要件の判断時点を『浜焼き鯖寿司』の文字からなる商標の登録出願日に遡及させる理由は存しない。」としているが、上記のとおり、この商標登録出願は、原告が創作した本件商標中の「浜焼き鯖寿司」の文字部分について使用する権利を占有することを目的とし、本件商標から当該文字部分を抽出して出願したものであること(このことは、被告の「焼き鯖寿司」の販売開始時期が平成14年12月であることとも符合する。)から、少なくとも被告との関係においては、本件商標は、商願2002−89254号の出願日である平成14年10月22日に商標登録出願されていたということができる。
 そうすると、引用商標は、商願2002−89254号の商標登録出願時において、被告の「焼き鯖寿司」を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとはいえず、本件商標の登録出願時においても同様に考えるべきである。
 仮に、引用商標の周知性についての基準時を、本件商標の登録出願日である平成16年9月24日においたとしても、@当該時点において、被告の「焼き鯖寿司」は、空港の売店等極めて限られた場所でしか販売されておらず、A販売数量自体この種の商品(弁当)としては決して多い量とはいえないこと、さらに、B商品の性格上、その場で消費されることが多く、需要者の間に商標が浸透しにくいこと等の点を勘案すると、引用商標が需要者の間に被告の「焼き鯖寿司」を表示するものとして広く認識されていたとは到底いえない。
3 以上のとおり、引用商標が被告の業務に係る商品を表示するものとして需用者の間に広く認識されている商標であるとして、本件商標登録を無効と判断した審決は、商標法4条1項10号及び46条1項1号に違反したものであり、取り消されるべきである。
第4 被告の反論
1 取消事由1に対し
 原告は、本件商標は原告が独自に創作したものであると主張するが、その立証はされていない。
 原告は、被告の「焼き鯖寿司」の企画・開発・拡販は被告会社の体裁が全く整っていない中で原告一人が行なった、被告商品は有限会社西川水産のBのアイデアに基いて創出された、と主張する。
 しかし、被告の「焼き鯖寿司」及び引用商標に関し、甲第10号証(日経WOMAN、2005年1月号)には、JALUX(ジャルックス)空港業務部業務チーム課長補佐のC氏の紹介記事「…引きつけられたのはむしろAさんが「お土産に」と持参した手作りの「鯖寿司」であった。「販売店で20代の女性スタッフと一緒に食べてみたら、みんな鯖と気づかずパクパク食べて。本当においしかったので、ぜひ商品化したいと思いました。」上司の許可も得て開発がスタート。鯖寿司のレシピについては、Aさん手製のものを踏襲。パッケージにも気を配った。筆文字と墨絵風の鯖のイラストを採用し、鯖が苦手な人にも配慮して青色は使わないようにしたという。ネーミングではブランドを意識して、製作者であるAさんの名前を前面に出した」が掲載されている。。
 これによれば、被告の「焼き鯖寿司」は、AとJALUX(ジャルックス)の担当者との共同で企画・開発が行なわれ、その過程で、ネーミングもブランドを意識して製作者であるAの名前を前面に出して行なわれたことがわかる。
 仮に被告の「焼き鯖寿司」のネーミングに原告が何らかの形で関与したとしても、原告は、被告会社が「有限会社ボース・クリエーション」として設立された時から本件商標の商標登録出願後の平成17年9月27日まで、被告会社の役員として、当該商品の販売を含む会社業務の遂行に携わっていたのであるから、被告には、原告との関係において、引用商標の使用に悪意がないことは明らかである。
 そして、引用商標を付した被告の「焼き鯖寿司」は、被告会社の業務に係る商品であって、原告の業務に係る商品ではないから、その販売によって得られた成果(引用商標に化体した業務上の信用)は被告に帰属しなければならない。
 したがって、引用商標が商標法4条1項10号の規定により、被告の周知商標として保護されることには何の問題もない。
2 取消事由2に対し
 原告は、商願2002−89254号の商標登録出願は本件商標中の「浜焼き鯖寿司」の文字部分について使用する権利を占有することを目的とし、当該文字部分を抽出して出願したものであるから、本件商標は商願2002−89254号の出願日である平成14年10月22日に実質的に商標登録出願されていたものとみなすことができると主張する。
 しかし、本件商標と商願2002−89254号の商標登録出願に係る「浜焼き鯖寿司」とは相異なる商標であり、原告の主張には法的根拠がない。
 したがって、本件商標の出願日を商願2002−89254号の出願日である平成14年10月22日として、当該出願時における引用商標の周知性を否定する原告の主張は失当である。
 原告は、甲第19号証に基づき、引用商標の周知性についての基準時を本件商標の出願日である平成16年9月24日においたとしても、その周知性は否定されると主張し、その根拠の一つとして、被告の「焼き鯖寿司」の販売場所が限定されていることを挙げている。
 しかし、被告の「焼き鯖寿司」の販売場所には、羽田空港、成田空港、関西空港、大阪空港、名古屋空港、大分空港といった日本全国の空港と結ばれている空港売店が含まれている。それら空港売店は全国各地から訪れる旅行者等が利用することから、被告の当該商品の需要者は全国に及ぶということができ、販売場所が限定されていること自体は引用商標の周知性を否定する根拠にはならない。
 しかも、被告の「焼き鯖寿司」は、全国各地で全国駅弁大会、全国物産展等を開催している株式会社ジャパンフーズシステム(東京都)、全国各地の食料品店に被告商品を卸している西野商事株式会社(東京都)や秋田県、新潟県、東京都、長野県、石川県、愛知県、京都府、大阪府、広島県、島根県、高知県等々のサティ店に被告商品を卸している福井県漁業協同組合連合会等々にも販売されており、被告の「焼き鯖寿司」の需要者は、全国に及んでいるものということができる。
 また、原告は周知性否定の根拠の一つして、被告の「焼き鯖寿司」の販売数量が多くないことを挙げている。
 しかし、「焼き鯖寿司」自体は平成14年頃に生まれた新しい商品であり、しかも、鯖という嗜好性の強い食材を使用する商品であるにもかかわらず、被告の「焼き鯖寿司」の販売数は、その販売開始(平成14年12月)から本件商標登録の出願日(平成16年9月24日)までの僅か20か月程度の期間で100万食弱、少なく見積もっても70万食に達しているのであり、引用商標が被告の業務に係る商品を表示するものとしての周知性を獲得する販売数量として、販売数量が少ないということはできない。
 さらに、原告は周知性否定の根拠の一つとして、この種の商品はその場で消費されることが多く、需要者間に商標が浸透しにくいことを挙げている。
 しかし、国民一般の食品に対する嗜好性が強くなっている今日においては、仮にその場で消費されることがあるとしても、その商品「焼き鯖寿司」に付されている商標が需要者に浸透しにくいとはいえない。甲第12号証の7(夕刊フジ2004年1月30日)には、「・・・『これよ、これこれ』。羽田空港のゲート内にあるJALグループのJALUXが展開するショップ『BLUESKY』を訪れる人から、しばしばこんな声が聞かれている。お目当ての商品は『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』。・・・『職場や家族のお土産に、出張前に10個ぐらいまとめてとりおきを頼んで、戻ってきてから買っていくお客さんも多い』というから、その人気ぶりもうなずける。・・・」旨記載されており、また、甲第13号証の10(女性自身2004年4月27日号)には、「『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』一昨年の発売開始以来、空前の大ヒット。現在、1日千個を売り上げる。なかには飛行機に乗る用もないのにわざわざタクシーで買いに来る人も(羽田空港)」
 と記載されている。
 これらの事実からみれば、引用商標は、本件商標の出願日において、被告の業務に係る商品を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたというべきであり、原告の主張には理由がない。
3 以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、原告の請求は棄却されるべきである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1について
 原告は、引用商標は、原告が独自に創作したものであり、被告は単なる通常使用権者にすぎないから、同商標は、商標法4条1項10号の「他人の業務に係る商品・・・を表示するものとして需用者の間に広く認識されている商標」に該当しないと主張するので、以下において検討する。
 商標法4条1項10号は「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するもの、として需用者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であって、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」については商標登録を受けることができないと定めている。
 上記規定の趣旨は、特定人の業務等に係る商品等を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標(以下「周知商標」という。)について、同一又は類似の商品等につき、同一又は類似の商標の登録を上記特定人以外の者に認めたのでは商品等の出所を識別することが困難となり、商品流通秩序が損なわれるため、後者の商標登録を許さないとする点にある。そうすると、上記規定の「他人」とは出願者以外の者を広く指称するものと解するのが相当であるところ、引用商標が被告の商品に使用されていることは原告も認めるところであるから、これが上記規定にいう「他人の商標」に当たることは明らかである。
 以上の説示から明らかなように、上記規定の適用においては、周知商標の創作者が誰であるかは何ら関係を有するものではないから、仮に、引用商標が原告の創作に係るものであり、原告の許諾を得て被告が使用するものであるとしても、上記の他人性を肯定することに何ら影響するものでないことは明らかであって、引用商標が「被告の商品である焼き鯖寿司」を表すものとして需要者の間に広く認識されているとするならば(この点は次項において認定判断する。)、引用商標は被告の商品の出所を示すものとして、商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品・・・を表示するものとして需用者の間に広く認識されている商標」というべきである。したがって、この点に関する原告の主張は、失当であり、採用することができない。
2 取消事由2について
(1) 原告は、上記第3の2のとおり、「本件商標は、被告の『焼き鯖寿司』の販売が開始される平成14年12月より前に原告によって創作され、商願2002−89254号の出願日である平成14年10月22日に実質的に商標登録出願されていたものとみなすことができるものである」とし、引用商標の周知性の具備の有無について、被告の「焼き鯖寿司」の販売開始よりも前である商願2002−89254号の出願日を基準として判断すべきである旨主張する。
 しかしながら、原告の出願に係る商願2002−89254号に係る商標の構成は、「浜焼き鯖寿司」であるところ、これが本件商標と構成を異にすることは明らかであるし、上記出願は原告も自認するとおり、拒絶査定を受けたものであるから、上記出願を本件商標の出願と同視する余地はない。
 したがって、商願2002−89254号に係る出願時を基準として引用商標の周知性の具備の有無を論ずる意味はないから、この点に関する原告の主張は失当であり、採用することができない。
(2) 原告は、引用商標の周知性についての判断の基準時を本件商標の登録出願時である平成16年9月24日としたとしても、引用商標は「需用者の間に広く認識されている」ものとはいえないと主張するので、この点について以下検討する。
ア 甲第1、第18、第20号証によると、被告は、平成14年9月20日、鮮魚及び水産加工品販売業、飲食店業、寿司の製造販売業などを目的として、「有限会社ボーズ・クリエーション」との商号で設立され、同15年8月29日、「有限会社海の恵み」へと商号変更した後、株式会社へと組織変更して現在に至っていることが認められる。
イ 甲第10、第11、第12号証の1〜22、甲第13号証の1〜18によると、被告が、平成14年12月、羽田空港ターミナルビル内の売店で、引用商標を表示した巻き紙及びしおりを使用した「焼き鯖寿司」(以下「被告商品」という。)
の販売を開始したこと、被告商品は徐々にその売上げを伸ばし、本件商標登録出願前の平成16年9月までには、羽田空港で1日平均1000食以上、全国の主要空港売店で1日3000食以上を売り上げるまでになったこと、被告商品が、「空弁」(そらべん)(空港で販売される弁当)ブームの火付け役となったと評価されていることがそれぞれ認められる。
 被告商品についての新聞や雑誌の記事を一部挙げると次のとおりである。
 「『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司(さばずし)』・・・三年前の登場以来、羽田空港など国内主要空港で売られ、『空弁』という言葉さえ生んだ全国区のヒット商品だ。・・・空弁を考案したのは『海の恵み』のA社長。『福井のサバ』を一気に全国に知らしめた。・・・」(甲第11号証:日刊県民福井、2006年1月6日号)
 「『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司(さばずし)』(大九百円、小六百円)を販売したところ『あっさりしてておいしい』と人気爆発。今年十月の月間売り上げは一万二百三十一個を数えた。」(甲第12号証の2:日本経済新聞、2003年12月6日朝刊)
 「羽田空港の売店に並ぶ空弁の売れ筋を販売額でランキングした。・・・1位の『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』は2002年12月に発売され、空弁ブームの火付け役になった。」(甲第12号証の4:日経流通新聞MJ(日経テレコン21)、2004年1月17日朝刊)
 「羽田空港のターミナルビル2階。搭乗口近くの売店は昼時になると、人気の弁当を目当てに訪れる客でごった返す。その弁当は、空弁ブームの火付け役『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』・・・・1日50個売れればヒットの弁当市場で、400個が午後7時には売り切れる。」(甲第12号証の5:朝日新聞、2004年1月21日朝刊)
 「驚異的な売り上げの『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』」(甲第12号証の7:夕刊フジ、平成16年1月30日)
ウ 甲第7号証の1〜24によると、被告商品は、本件商標の登録出願日前である平成16年5月から8月には、株式会社JALUXの羽田空港支店、羽田食品企画販売、成田空港支店、関西空港支店、大阪空港支店、名古屋空港支店、大分空港支店、ジェイアール西日本商事株式会社金沢支店、株式会社明治屋(東京都)、株式会社ジャパンフーズシステム(東京都)、国分株式会社(東京都)、国分フードクリエイト株式会社(東京都)、株式会社みくら東京営業本部、西野商事株式会社(東京都)、株式会社三越多摩センター店(東京都)、財団法人福井県産業支援センター(東京都)、株式会社沼津西武百貨店(静岡県)、株式会社西武百貨店岡崎店(愛知県)、株式会社ヤスサキ(福井県)、福井県漁業協同組合連合会、福井ワシントンホテル、福井中央魚市株式会社、株式会社しゃりー(福井県)及びだるまや西武(福井県)などで販売されていたことが認められる。
エ 甲第8号証によると、平成14年11月から同16年8月までの22か月間に株式会社大鹿印刷所から被告に向けて出荷された被告商品のケース(「浜焼き鯖寿司ケース」)の数量は合計98万0610個(大が70万0270個、小が28万0440個)であること、同年9月から平成17年7月まで11か月間の同数量は合計153万3284個(大が117万9164個、小が35万4120個)であることが認められ、甲第9号証によると、平成15年10月から同16年8月までの11か月間に株式会社多田商店から被告に向けて出荷された被告商品の「巻き紙」の数量は74万7000枚であること、同年9月から平成17年7月までの11か月間の同数量は155万4000枚であることが認められる。
 これらの事実からすると、被告商品は、本件商標登録出願日前の1年以上の期間において、1日平均1400食以上販売されていたと認められ、同出願日前後から同査定日前後までの間の1年足らずの期間において、1日平均4500食以上販売されていたと認められる。
(3) 上記(2)で認定した各事実によると、平成14年12月の被告による被告商品の販売開始以来、被告商品は徐々に売上げを伸ばしていたが、主要空港や百貨店など全国で販売されるようになってから一気に販売数量を伸ばし、その後「空弁」ブームの火付け役として被告商品が取り上げられて知名度を高めたという経過が認められ、このような経過を経て、本件商標の登録出願時(平成16年9月24日)及び同査定時(平成17年8月24日)の各時点において、引用商標は、被告の業務に係る商品を表示するものとして、需用者の間に広く認識されている商標となっていたものと認められる。
(4) 上記(3)で認定したところに加え、上記第2の2(2)、(3)のとおり、本件商標は、引用商標と構成が同一であり、本件商標登録出願における指定商品(第30類「鯖寿司」)が被告商品(「焼き鯖寿司」)と同一又は類似の商品であることについて当事者間に争いがないことからすると、本件商標は、周知商標である引用商標と同一のものであり、被告商品と同一又は類似する商品について使用するものであるというべきである。
(5) したがって、本件商標登録は商標法4条1項10号に違反してされたものであるというべきであるから、同法46条1項1号により無効とすべきである。
3 結論
 以上のとおりであるから、本件商標登録を無効とした審決に誤りはなく、原告の請求は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 田中信義
 裁判官 石原直樹
 裁判官 杜下弘記
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