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【事件名】商標“エルテ”侵害事件
【年月日】平成19年8月29日
 東京地裁 平成18年(ワ)第1337号 商標権侵害差止請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年5月21日)

判決
原告 皮膚臨床薬理研究所株式会社
同訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 杉田禎浩
同 大井法子
同 杉浦尚子
同 吉田朋
同 雪丸真吾
同 芹澤繁
同 亀井弘泰
同 大藏隆子
同 村上弓恵
被告 株式会社セプテムプロダクツ
同訴訟代理人弁護士 浅井正
同 久保田皓


主文
1 被告は、別紙商品目録記載の商品に別紙被告標章目録記載の標章を付し、又は同標章を付した同商品を製造、販売し若しくは販売のために展示してはならない。
2 被告は、別紙商品目録記載の商品に関する宣伝用のカタログ若しくはパンフレットに別紙被告標章目録記載の標章を付して頒布し、又は同商品に関する情報に同標章を付してホームページで提供してはならない。
3 被告は、別紙被告標章目録記載の標章を付した別紙商品目録記載の商品を廃棄せよ。
4 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告との間の別紙商標目録記載の商標(以下「本件商標」という。)の通常使用権設定契約(以下「本件商標使用契約」という。)を、商標使用料支払の履行遅滞を理由として(予備的に同契約の条件違反を理由として)解除したことを前提として、被告に対し、商標法36条に基づき、別紙被告標章目録記載の標章(以下「被告標章」という。)を別紙商品目録記載の各商品(以下「被告商品」という。)に付すこと、被告標章を付した被告商品を製造、販売、又は販売のために展示すること、被告商品に関する宣伝用のカタログ若しくはパンフレットに被告標章を付して頒布し、又は被告商品に関する情報に被告標章を付してホームページで提供することの差止め並びに被告標章を付した被告商品の廃棄を求めている事案である。
1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者
ア 原告は、美容・美顔・健康管理に係る技術開発、指導、講習、講演活動等を目的とする株式会社である。原告の旧商号は「株式会社バンガード」であり、平成8年8月8日に現在の商号に変更された。
イ 被告は、化粧品、石鹸、香料、養毛剤、シャンプー、リンス等の研究開発、製造売買並びに輸出入等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の商標権
 原告は、以下の商標権(以下「本件商標権」という。)を有している。
 登録番号 第3134460号
 出願日 平成5年4月15日
 登録日 平成8年3月29日
 商品区分 第3類
 指定商品 せっけん類、香料類、化粧品
 登録商標 別紙商標目録のとおり
(3) 本件商標使用契約の締結
 原告(当時の商号「株式会社バンガード」)と被告とは、平成7年10月1日、本件商標(ただし、当時は、本件商標について、設定登録されておらず、商標登録出願中であった。)に関し、次のとおり、本件商標使用契約を締結した(甲3)。
@ 通常使用権の範囲
 範囲:日本全域
 期間:平成7年10月1日から製品製造販売の終了まで
 内容:製品エルテに関する商標
A 被告は、原告の処方する製品に限り、本件商標を使用できる。
B 被告は、原告に対し、毎年9月末日限り、一商標につき年間(10月1日から翌年9月30日まで)6万円の商標使用料(以下「本件商標使用料」という。)を、原告指定の銀行口座に送金して支払う。
C 本契約の当事者が本契約に違反したときは、他方当事者は、本契約を解除できる。
(4) 本件商標使用契約に基づく許諾対象商品及び本件商標の使用
ア 原告と被告とは、平成8年8月8日、被告の依頼に基づいて原告が開発、製造した商品について、被告が独占的販売権を有すること等を内容とするOEM商品供与契約(以下「本件OEM契約」という。)を締結した(甲4)。
イ 被告は、本件商標使用契約及び本件OEM契約により、原告が研究、開発して製造(第三者への委託製造を含む。以下同じ。)したオイルクレンザー、ソープ、スキンローション、エッセンス及びミルクローション等の化粧品(本件商標使用契約で本件商標使用が許諾された「製品エルテ」であり、被告商品はこれに該当する。)について、本件商標を付して独占的に販売することを許諾された(弁論の全趣旨)。
ウ 被告と代表者を同じくする株式会社セプテム総研(以下「セプテム総研」という。)が平成13年7月3日に設立され、原告は、セプテム総研との間で、平成14年10月1日、原告がセプテム総研に対して原告の研究、開発する化粧品、医薬品及び医薬部外品の処方を提供し、セプテム総研が、これに従って化粧品等を製造し、原告に対して処方使用料(以下「本件処方使用料」という。)を支払うという内容の契約(以下「本件処方使用契約」という。)を締結した(甲5、弁論の全趣旨)。
エ 本件処方使用契約が締結されたことにより、原告が、セプテム総研に対して原告の研究、開発する化粧品、医薬品及び医薬部外品の処方を提供し、セプテム総研が、その処方に基づいて化粧品等の製品の製造を行い、被告が、その製品に本件商標を付して販売することになった(弁論の全趣旨)。
オ 被告は、現在に至るまで、被告商品に、本件商標と同一の被告標章を付して販売し、又は販売のために展示し、宣伝用のカタログ若しくはパンフレットに被告標章を付して頒布し、又は被告商品に関する情報に被告標章を付してホームページ上で提供している(甲8、9、弁論の全趣旨)。
(5) 各契約の解除の意思表示等
ア セプテム総研は、原告に対し、平成17年2月24日付け通知書により、平成16年12月31日をもって本件処方使用契約を解除した旨を告げた(甲6)。
イ 原告は、セプテム総研に対し、平成17年6月1日、本件処方使用料の不払が債務不履行に当たるとして、本件処方使用契約を解除する旨の意思表示をした(甲7の1、2)。
ウ 原告は、被告に対し、平成17年12月9日、同月7日付け通知書により、本件処方使用契約を解除した同年6月以降、被告が、セプテム総研から原告の処方を使用した製品の提供を受けられなくなったことを理由として、本件商標を一切使用しないよう求めた(甲10の1、2)。
エ 原告は、平成18年1月25日、被告が本件商標と同一又は類似の被告標章を使用することの差止め等を求める本件訴訟を提起し、本件訴状は、同年2月15日、被告に送達された。
オ 原告は、被告に対し、平成18年3月6日、同月2日付け通知書により、本件商標使用契約を解除する旨の意思表示をした(甲11の1、2)。
(6) 平成16年分及び平成17年分の本件商標使用料の支払
 被告は、原告に対し、平成18年3月8日に、平成16年分(平成15年10月1日から平成16年9月30日までの分)及び平成17年分(平成16年10月1日から平成17年9月30日分)の本件商標使用料として、12万6000円(消費税含む)を支払った(弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 本件商標使用契約の解除が有効か(争点1)
(2) 本件商標使用料の不払を原因とする解除が権利濫用に当たるか争点(2)
(3) 本件商標使用料の不払を原因とする解除及び同解除に基づく本件使用差止請求が信義誠実の原則に反するか(争点3)
(4) 本件商標権の効力は、商標法26条1項1号により、被告による本件商標の使用に及ばないか(争点4)
3 争点についての当事者の主張
(1) 本件商標使用契約の解除が有効か(争点1)
(原告の主張)
ア 本件商標使用料の不払を原因とする解除(主位的主張)について
(ア) 解除事由
 本件商標使用契約解除の事由は、平成15年10月1日から平成16年9月30日まで及び同年10月1日から平成17年9月30日までの各商標使用料合計12万6000円(消費税含む)について、それぞれ平成16年9月末日及び平成17年9月末日が支払期限であったにもかかわらず、被告が、これを漫然と徒過し、支払を怠ったという債務不履行(履行遅滞)である。
(イ) 平成17年12月7日付け通知書による解除
a 原告が被告に対して本件商標の使用停止を求めた平成17年12月7日付け通知(甲10の1)は、本件商標使用契約の解除の意思表示を含むものと解されるから、本件商標使用契約は、同通知が被告に到達した日である同月9日において、解除されたというべきである。
b この場合、上記通知の前に催告はなされていないが、本件においては、当時、被告が、本件商標使用契約の許諾条件を遵守せず、また、許諾の対価を支払わない意向であったことは明白であり、債務の本旨に従った履行の可能性は皆無であったから、債務不履行による解除に当たって催告を要しないというべきである。
 すなわち、使用の対象を原告の処方する製品に限るというのが、本件商標の使用許諾条件であったところ(甲3の第3条)、セプテム総研から、原告に対し、平成16年12月末日をもって本件処方使用契約を解除するとの意思表示がなされ(甲6)、また、原告から、セプテム総研に対しても、平成17年6月1日、本件処方使用契約を債務不履行を理由とする解除の意思表示がなされた(甲7の1、2)。これにより、セプテム総研は、遅くとも同日までに、原告の処方を使用する権限を失い、セプテム総研から製品を仕入れて販売する被告も、原告の処方する製品を販売することが不可能となった。セプテム総研と代表者を同じくする被告は、このような経緯を十分承知していた上で、あえて本件商標の使用を続けていたのである。
 また、被告は、これに先立つ平成16年分から、本件商標使用料の支払も停止していた。
 こうした事情からすれば、被告が本件商標使用契約に従う意向がなかったことは明白である。
(ウ) 平成18年3月2日付け通知書(甲11の1)による解除
a 上記(イ)の解除が認められないとしても、原告は、被告に対し、平成17年12月9日到達の同月7日付け通知書(甲10の1)を催告として、平成18年3月2日付け通知書(甲11の1)によって解除の意思表示をし、同通知書は、同月6日、被告に到達した。
b また、原告は、平成18年2月15日送達の本件訴状において、本件商標使用料の支払期限が毎年9月末日であること及び被告による本件商標使用料の支払がないことを述べているところ、かかる事実の指摘は、黙示の催告に当たる。
 そして、本件訴状において催告がなされていた以上、平成18年3月6日到達の同月2日付け通知書において解除がなされるまでには、相当期間の経過があったといえる。
 したがって、本件訴状による催告を前提としても、原告の被告に対する上記通知書による解除は有効である。
c 仮に、本件において適法な催告がなされていないとしても、被告は、平成16年9月末日を支払期限とする本件商標使用料の支払を怠り、それと相前後する同年12月31日をもって被告と代表者を同じくするセプテム総研から処方使用契約を解除するとの一方的な通知が行われたという状況下にあっては、被告において本件商標使用料を支払う意思がなかったことは明らかである。
 このことは、被告が、本件訴訟が提起された後も平成18年3月8日に至るまで支払を行わなかったという事実からも十分に裏付けられるものである。
(エ) 被告の主張に対する反論
a 被告が原告に対して本件訴訟係属中に振込送金したという12万6000円は、債務不履行に基づく損害賠償に充てられることはあっても、その支払によって、既に解除された本件商標使用契約が復活するものではない。
b 本件商標使用契約第4条では、本件商標使用料を毎年9月末に支払うと定めるのみであり、請求書の送付がその支払の要件となっていなかったことは明らかである。
 したがって、原告が請求書を送付しなかったことに過失の大半が存在するとの被告の主張は、責任転嫁も甚だしい。
c 被告は、本件以外に多くの支払義務を負っていたため、商標使用料の支払を失念したとしても、自己に過失はない旨主張する。
 しかしながら、被告が他の取引先にいくらの支払義務を負っていようと、それによって本件商標使用料の不払が正当化されるものではなく、支払を怠ったこと自体が被告の過失であることは明らかである。
イ 本件商標の使用条件違反を原因とする解除(予備的主張)について
(ア) 本件処方使用契約の解除による被告の本件商標使用権の消滅
 本件商標使用契約第3条においては、「乙(被告)は、甲(原告)の処方する製品に限り、本件商標を使用できるものとする」とされているところ、その趣旨は、原告とセプテム総研との間における本件処方使用契約を前提として、原告がセプテム総研に対して供給する処方によって製造された製品に限り、本件商標の使用を許諾するとしたものである。
 そして、現時点では、本件処方使用契約が解除され、セプテム総研において上記処方の使用権限を失ったため、セプテム総研から製品の納入を受けて販売する被告も、本件商標を使用する権限を有していない。
 したがって、仮に、本件商標使用料不払を原因とする本件商標使用契約の解除が無効だとしても、原告は、上記の条件違反を原因として、同契約を解除することができる。
(イ) 被告の主張に対する反論
a 本件商標使用契約が原告の処方の適法な使用を前提とするものであることについて
(a) セプテム総研が本件処方使用契約の終了を主張し、かつ、この契約終了を根拠として、それ以降今日まで同契約上の処方使用料を全く支払っていない以上、それは、本件処方使用契約の消滅状態ないし同契約に反する債務不履行状態の下での原告の処方の使用という、違法な使用状態にすぎないのである。
 そして、このような違法な処方使用によって製造された製品は、原告の処方する製品とはいえず、本件商標使用契約の条件を満たさない。
(b) そもそも、本件商標使用契約締結当時の取引形態は、原告が自ら開発した処方を使用して製品を製造し、その製品を購入した被告が本件商標を付して販売するというものであった。この場合、原告自らが自己の処方を用いて製品を製造、販売するのであるから、その処方の使用が適法なものであることは、契約当事者間において当然の前提であった。したがって、上記契約第3条「甲の処方する製品に限って」が「甲の処方に従って適法に製造された製品に限り」と解釈されることも、当然であったといえる。
 そうすると、原告が自らの処方についてセプテム総研に使用を許諾し、セプテム総研がその処方を使用して製品を製造し、被告がセプテム総研からかかる製品の供給を受けるという形態に移行したとしても、セプテム総研による原告の処方の使用が本件処方使用契約に従った適法なものであるべきことは、当然である。
b 本件処方使用契約における原告の処方の技術秘訣性について
 被告は、本件処方使用契約における原告の処方について、技術秘訣性がなく、処方として保護される対象とはなり得ないから、被告による上記処方の使用は、現時点においても適法である旨主張する。
 しかしながら、仮に上記処方に技術秘訣性がないとしても、既に本件処方使用契約が終了している以上、セプテム総研は、何ら契約上の根拠なく原告の処方を使用して製品を製造しているのであるから、そのような製品に本件商標を付す被告の本件商標使用は、本件商標使用契約第3条にいう「甲の処方する製品に限って」、すなわち、「甲の処方に従って適法に製造された製品に限り」という条件に明らかに反している。したがって、被告が主張する原告の処方の性質論は、本件において、問題とならない。
c 本件商標とAとの関係について
 被告は、本件商標が「化粧品業界の偉人Aのキャラクターライセンスたるトレードマークを保護するために権利化されたものである」旨主張するが、その趣旨は不明である。
 本件においては、本件商標権が原告に帰属している事実及び原告と被告との間においてその使用許諾関係があった事実は争いがなく、このような事実に反し、かつ、商標法にも反する被告の主張は失当である。
(被告の主張)
ア 本件商標使用料の不払を原因とする解除(主位的主張)について
(ア) 原告による解除の手続が不適法であること
a 適法な催告が存在しないこと
(a) 原告は、本件商標使用契約につき、被告に対する平成17年12月9日到達の同月7日付け通知書(甲10の1)を催告として、平成18年3月6日における解除を主張する。
 しかしながら、同通知書は、本件商標の使用停止を求めるのみで、本件商標使用料の支払については何ら求めていないのであるから、これを適法な催告と認めることはできない。
(b) また、原告は、本件訴状も、上記解除のための催告となる旨主張する。
 しかしながら、本件訴状においては、本件商標使用料が支払われていないことが述べられているのみで、その支払の請求は何らなされておらず、請求の趣旨にも本件商標使用料の請求は含まれていない。よって、これを適法な催告と認めることはできない。
b 催告後相当な期間が経過していないこと
 仮に催告ありと認められたとしても、同催告には催告期間の指定がない。
 そして、催告期間の指定がない場合でも相当な期間が経過すれば解除権が発生すると解したとしても、本件においては、被告が平成16年分及び平成17年分の本件商標使用料合計金12万6000円(消費税含む)を支払った平成18年3月8日の時点では、次のような理由により、いまだ相当な期間が経過していないと解すべきである。
(a) 原告は、被告に対し、毎年、支払期(9月末)に本件商標使用料の請求書を送付して来ていたにもかかわらず、平成16年分と平成17年分については送付して来なかった。
(b) 原告の平成17年12月7日付け通知書は、これを催告と捉えるとしても、黙示的な催告にすぎず、本件商標使用料を請求する趣旨が明示されていなかった。そのため、被告は、この通知書を受領した同月9日の時点で、2年分の本件商標使用料が未払であること及びその支払の請求を受けていることを覚知できなかった。
(c) 本件訴状においても、2年分の本件商標使用料が未払である旨が事情として述べられているにすぎず、被告に対する本件商標使用料の支払請求はされていない。
(d) 原告の解除の主張は、被告の求釈明に対する回答として、原告の平成18年3月1日付けの準備書面(1)で述べられたものである。
 被告は、かかる主張により、初めて、原告の上記平成17年12月7日付け通知書に本件商標使用料の支払を求める催告が含まれていることを知ったものである。
(e) 被告は、原告に対し、被告の平成18年3月8日付け準備書面(2)において、金額を明定して本件商標使用料の請求(催告)をするよう求めており、その時点でも、いまだ具体的で明確な催告がされていなかったのである。
c 無催告解除が認められないこと
(a) 原告は、被告が平成16年9月末日を支払期限とする本件商標使用料を支払わず、それと相前後する同年12月末日をもって、被告と代表者を同じくするセプテム総研から本件処方使用契約を解除するとの一方的な通知が行われたことを理由として、被告による履行の可能性なしと断定している。
 しかしながら、このような原告の判断は、本件商標使用契約と本件処方使用契約とが当事者、契約の目的及び内容において異なり、本件処方使用契約の解除が本件商標使用契約の履行意思に何ら関連しないことを看過したものであって、当を得ないものである。
(b) 原告は、被告に対し、過去10年近く、履行期である毎年9月末に金額を明示した本件商標使用料の請求書を送付して履行の請求をしており、被告は、そのような請求があれば、直ちに支払ってきた。
 ところが、原告において、平成16年及び平成17年の2年分についてのみ請求書を送付しなかったため、被告は、その支払を遅滞してしまったものである。
 したがって、被告において上記2年分を支払う意思がなかったものと解すべきではない。
(イ) 被告による本件商標使用料の不払が債務不履行に該当しないこと
a 故意の不存在
 上記のとおり、本件商標使用契約と本件処方使用契約とは別個のものであって、一方が解除されたとしても他の一方の履行を拒否する理由はなく、被告は、原告から請求があれば、直ちに本件商標使用料を支払うことができたものである。
 そもそも、平成16年分の本件商標使用料は、原告とセプテム総研との間で本件処方使用料の不払問題が生じていない時期のものであるから、被告の本件商標使用料の不払と原告及びセプテム総研間の問題とは、何の関係もない。
 以上によれば、被告による本件商標使用料の不払に故意がなかったことは明らかである。
b 過失の不存在
(a) 被告は、平成16年分及び平成17年分の本件商標使用料の請求書が送付されなかったこと、その請求書の送付と本件処方使用料の支払とが密接不可分な商取引慣行として定着していること、そして、それまで約10年近く請求書を送付して来ていた原告が上記2年分について請求書を送付しなかったことなどにより、その未払に気づかなかったものである。
(b) 被告は、取引先に対して、月額約7億円、年額約85億円を継続的に支払うことを経理事務上の常態としているのであるから、原告から請求書の送付がなかったことを前提にすれば、原告に対する年6万円の支払を失念しても、過失として責められるべきではない。
(c) 請求書の送付義務は、債務の履行についての債権者の協力義務に準ずるものであるところ、原告は、それを怠ったものである。したがって、本件商標使用料未払についての過失の大半は、そのような原告に存するものというべきである。
c 原告による平成16年分以降の本件商標使用料支払請求権の放棄
 平成16年6月ころ、当時の原告会社代表取締役であったAは、被告代表取締役Bに対し、本件商標使用料については、その金額も少ない上、被告が主として使用しているアルファベット表記ではなく、片仮名表記でしか商標登録できなかったこともあり、また、本件商標使用料には、商標登録出願中の標章「アトップY」(以下「アトップY」標章という。)の使用料も実質的に含まれているところ、「アトップY」標章が同年5月27日に拒絶査定されたことが判明したので、これを今後請求しない旨告知し、本件商標使用料支払請求権を放棄した。
イ 本件商標の使用条件違反を原因とする解除(予備的主張)について
(ア) 本件商標使用契約第3条においては、「乙は甲の処方する製品に限り、本件商標を使用できるものとする」とされているところ、これは、甲の処方と同一内容の処方に従って製造された製品に限り、本件商標を使用できるという意味に解するのが、文理解釈上自然である。
(イ) 本件商標使用契約締結時における当事者の取引状況から推察した場合も、上記のように解するのが合理的である。
 すなわち、被告は、上記契約が締結された平成7年10月1日当時、原告自身が本件処方により製造していた製品を購入し、販売していたにすぎず、その状況は、本件処方使用契約が締結された平成14年10月1日に至るまで継続していた。そのため、原告及び被告においては、上記契約締結当時、第三者(セプテム総研)に処方使用権限を与えて「甲の処方」に基づく製品を製造させるという取引形態を、全く念頭においていなかったのである。
 また、平成7年10月1日付けの本件商標使用契約の文言を解釈するに当たり、それから7年後の平成14年10月1日付けの本件処方使用契約の存在及び内容を前提とすることはできないというべきである。
 加えて、セプテム総研が設立されたのは、平成13年7月3日であり、本件商標使用許諾契約締結時点では、その法人格すらこの世に存在しなかったのであるから、その存在を前提とする契約解釈を採用することはできない。
(ウ) 本件商標使用契約第3条は、契約当事者において、本件商標の出所表示機能、品質保証機能などの商標法の精神を守ることを目的としたものである。そして、本件商標は、化粧品業界の偉人であるAのキャラクターライセンスを保護するために権利化されたものであるから、同条は、本来、その保護を目的とするものであるといえる。そのため、本件商標とAが調合したレシピを用いた「甲の処方する製品」とは、不可分の関係にある。
 したがって、本件商標使用契約は、Aレシピによって「処方された」製品に眼目があったといえ、そのような処方を使用してさえいれば、同契約第3条に反することもないというべきである。
(エ) 本件処方使用契約の対象品目に係る原告の処方は、技術秘訣性を有しておらず、無価値である。そのため、被告が原告の承諾なくその処方を使用して本件商標を付した製品を製造したとしても、その行為は、違法とならないというべきである。
(2) 本件商標使用料の不払を原因とする解除が権利濫用に当たるか(争点2)
(被告の主張)
 上記(1)イ(イ)で述べた諸事情に加えて、不払額が2年分で合計12万6000円(消費税含む)という極めて少額なものであったこと、平成18年3月8日において既に上記不払分を支払済みであること等を総合して勘案すれば、原告による被告の形式的な履行遅滞を理由とする解除は、権利濫用であるというべきである。
(原告の主張)
 被告が本件商標使用料の支払を怠ったことは、被告自身の故意ないし過失によるものであり、そのことについて、原告の責めに帰すべき事由は何ら存在しない。
 しかも、被告は、原告が通常よりも低額の使用料で商標の使用を許諾していたことを逆手に取り、遅滞した額が少額であるから解除は権利濫用だと主張するものであって、余りにも身勝手である。
 したがって、責められるべきは、すぐにでも支払える金額であるにもかかわらず2年分の支払を怠った被告の態度であって、原告による解除は、権利濫用に当たらない。
(3) 本件商標使用料の不払を原因とする解除及び同解除に基づく本件使用差止請求が信義誠実の原則に反するか(争点3)
(被告の主張)
 原告がわずかな使用料不払を口実としてなした本件商標使用契約の解除は、被告標章をAトレードマーク(Aキャラクターライセンス)として世に広く流布しようという契約当事者の合意に背反するものであるから、信義誠実の原則に反して許されない。
 また、かかる解除を利用するような本件の被告標章使用の差止請求も、同様に、信義誠実の原則に反して許されない。
(原告の主張)
 被告標章がAトレードマーク(Aキャラクターライセンス)であるとの主張は、意味不明であって、かかる主張を前提とする信義則違反の主張も、およそ意味のないものである。
(4) 本件商標権の効力は、商標法26条1項1号により、被告による本件商標の使用に及ばないか(争点4)
(被告の主張)
 Aは、自己のキャラクターライセンスとしての「エルテ」創案の当時、原告の代表取締役としての身分も有していたところ、平成5年4月15日、原告を代表して、「エルテ」を化粧品類の商標として登録すべく、商標登録出願を行い、平成8年3月29日、商標登録が認められた。
 他方、原告と被告とは、平成7年10月1日、本件商標使用契約を締結したところ、その時点で、本件商標は、いまだ商標権として成立していない不確定なものにすぎず、同契約締結時点で権利として存在していたのは、Aの有するキャラクターライセンスとしての権利のみであった。
 そして、仮に本件商標使用契約の解除が有効であるとしても、原告の商標権の行使は、商標法26条1項1号の規制を受けるべきである。
 そうすると、上記キャラクターライセンスを有するAにおいて、「原告の被告に対する本件契約の解除、商標権差止請求に同意できない。」旨宣明し、被告による本件商標権行使を容認しているのであるから、同号の法意からして、原告は、被告に対し、同法に基づく差止請求権を行使できないものである。すなわち、「A」イコール「エルテ」であるということができる以上、同号により、Aによる被告標章「エルテ」の行使に対しては本件商標権の効力は及ばず、その結果、同人の許諾を得た被告による被告標章の使用についても、原告による商標権使用差止請求の対象とはならないのである。
(原告の主張)
 被告の主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件商標使用契約の解除が有効か)について
(1) 本件商標使用料の不払を原因とする解除(主位的主張)について
ア 事実認定
 上記前提となる事実等、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告と被告とは、平成7年10月1日、被告が、原告に対して毎年9月末日限り年間6万円の本件商標使用料を支払い、本件商標を使用できるが、その商標を付すことができるのは原告の処方する製品に限る旨の、本件商標使用契約を締結した。
(イ) 原告と被告とは、平成8年8月8日、本件OEM契約を締結し、被告は、同契約及び本件商標使用契約により、原告の製造に係る製品に本件商標を付して、被告商品として、独占的に販売することになった。
(ウ) 原告は、被告に対し、平成9年及び平成11年から平成15年まで毎年9月30日付けで、平成10年には10月20日付けで、それぞれ、そのころ、本件商標使用料の請求書を送付した(乙1の1ないし7、弁論の全趣旨)。
(エ) セプテム総研は、平成13年7月3日、被告の代表取締役であるBを代表取締役として設立され(弁論の全趣旨)、原告との間で、平成14年10月1日、本件処方使用契約を締結した。その結果、上記(イ)の取引形態から、セプテム総研が原告の処方を使用して製品を製造し、被告がその製品に本件商標を付して販売するという形態に移行した。
(オ) 被告は、原告に対し、本件商標使用契約締結以降、平成15年分までの本件商標使用料を毎年支払ってきた(弁論の全趣旨)。
(カ) 原告及びセプテム総研間の別件訴訟(東京地方裁判所平成17年(ワ)第26738号処方使用料等反訴請求事件)において、セプテム総研は、平成16年12月31日をもって、他方、原告は、平成17年6月1日をもって、それぞれ、本件処方使用契約を解除した旨主張している(甲12ないし14)。
(キ) 原告は、被告に対し、平成17年12月9日、同月7日付け通知書により、本件商標の使用を中止するよう求めたが、同通知書には、本件商標使用契約を解除する旨は明示されておらず、また、使用を中止すべき理由としては、本件処方使用契約が解除され、セプテム総研が原告の処方を使用できない以上、もはや、被告において、原告の処方の使用を条件とする本件商標の使用はなし得ないという点が記載されていた(甲10の1、2)。
(ク) 本件訴状は、平成18年2月15日、被告に送達されたところ、原告は、同訴状において、被告に対し、本件商標使用契約の条件を満たし得なくなったことのほか、平成16年分以降の本件商標使用料の未払を理由として、本件商標の使用の差止め等を求めている。
(ケ) 原告は、被告に対し、平成18年3月6日、同月2日付け通知書により、上記平成17年12月7日付け通知書による催告後も不履行状態が是正されなかったことを理由として、本件商標使用契約を解除する旨の意思表示をした(甲11の1、2)。
(コ) 被告は、原告に対し、平成18年3月8日、平成16年分及び平成17年分の本件商標使用料合計金12万6000円(消費税含む)を振り込んで支払った(弁論の全趣旨)。
イ 検討
(ア) 解除の意思表示について
 上記認定事実によれば、原告の上記平成17年12月7日付け通知書は、被告において、原告が処方する製品に限り本件商標を付することができるという本件商標使用契約の条件に違反しているから、本件商標を使用することができない旨を告げるのみであり、本件処方使用料の不払を理由に同契約を解除するとの意思を推認することは困難であるが、他方、平成18年3月2日付け通知書には、その意思が明確に示されていると認められるから、同通知書によって、原告による解除権の行使がされたと解するのが相当である。
(イ) 催告について
a 上記(ア)のとおり、平成17年12月7日付け通知書は、本件処方使用料の不払について何ら触れていないのであるから、これを同不払を原因とする解除のための催告と見ることはできないというべきである。
b 上記認定事実によれば、原告は、本件訴状において、被告が平成16年分以降の本件商標使用料を支払っていないことを明示しているところ、被告は、平成15年分までは、本件商標使用料を毎年支払ってきたのであるから、本件訴訟において平成16年分以降の不払を指摘された以上、当該使用料を支払わねばならないことを当然に認識し得るというべきである。
 しかも、上記認定のとおり、平成18年3月2日付け通知(同月6日到達)までは、原告によって本件商標使用料不払を原因とする解除の意思表示がされておらず、また、被告もそのように主張しているのであるから、被告において、弁済によらない限り平成16年分以降の本件商標使用料の支払義務は消滅しないと考えるのが通常であるといえる。
 したがって、本件訴状は、上記アの解除権行使の要件である本件商標使用料についての催告を含んでいるものと解するのが相当である。
c 本件訴状における催告は、相当な期間の定めを伴っていないが、支払うべき金額が合計12万6000円(消費税含む)とさほど高額ではないことに照らせば、同訴状が被告に送達された平成18年2月15日から上記アの解除権が行使された同年3月6日まで、およそ20日間の期間が存したのであるから、相当な期間が経過したものと認められる。
d 被告は、被告の平成18年3月8日付け準備書面(2)において、原告に対して金額を明示しての催告を要求していることを根拠に、その時点でいまだ明確な催告がされていなかったと主張するが、同準備書面において被告が明確にするように求めているのは、「アトップY」標章の使用料であり、本件商標の使用料についてではないから、同主張は、事実に反するものであって、失当である。
(ウ) 故意、過失について
 被告は、平成16年分及び平成17年分の本件商標使用料について、それまで送付されていた請求書が送付されなかったこと、被告の月々の経費等の支払額に比して、本件商標使用料が低額であることなどから、本件商標使用料の不払について、過失すら存しない旨主張する。
 確かに、原告は、上記認定のとおり、被告に対し、平成9年分から平成15年分について、本件商標使用料の請求書を送付していたものと認められるが、本件商標使用契約上、原告に当該請求書の送付が義務付けられていないことは明らかであり、また、取引慣習上、原告による請求書の送付が被告による支払の前提や条件となっていたとまで認めることはできない。そして、本件商標使用契約書の3条において、毎年9月末という本件商標使用料の支払期限が明示されていることも考慮すれば、原告による請求書の不送付の事実は、本件商標使用料の不払に関する被告の過失の不存在を基礎付けるものとなり得ない。
 また、本件商標使用料の支払額が、被告の他の債権者に対する支払額に比して低額であるとしても、そのことにより、当該支払義務を履行しないことが法的に正当化されるわけではないことは明らかであり、そのような事情は、被告の過失の不存在を基礎付けるものとなり得ない。
 その他、本件に表れたすべての事情を勘案しても、被告の過失の不存在を基礎付けることはできないから、被告の主張は失当であり、他にその主張を認めるに足りる証拠はない。
(エ) 原告による本件商標使用料支払請求権の放棄について
 被告は、原告が、平成16年6月ころ、本件商標使用料の支払請求権を放棄した旨主張し、その証拠として、A、B及び当時原告の従業員であったCの陳述書(いずれも平成19年5月21日付け)を提出する(乙11ないし13)。
 そして、それらの陳述書においては、いずれも、「(エルテの)商標使用料については金額も少ない上、カタカナでしか商標がとれなかったこともあるので、商標使用料はもうもらわない」と、当時原告の代表取締役であったAが、本件商標使用料支払請求権を放棄するに至ったことが説明されている。
 しかしながら、A及びBの各陳述書については、その内容について客観的な裏付けが何ら存しない上、平成9年から平成15年までは取り立てて問題もなく本件商標使用料が支払われていたにもかかわらず、平成16年6月ころの時点で、平成8年に登録された本件商標の態様(片仮名表記でしか商標の登録ができなかったこと)を理由に本件商標使用料の支払請求権を放棄することは、それを合理的に説明する事情がない限り不自然であるところ、当該事情についての説明は全くない。そもそも、本件商標使用料支払請求権の放棄の主張は、本訴第1回弁論準備手続期日から約半年が経過し、争点整理手続が実質的に終了する第6回弁論準備手続期日に至って初めて主張されたものであり、それに関連して提出された上記両名の陳述書も、両名が放棄の当事者であるにもかかわらず、弁論準備手続が終結する段階になって唐突に作成されたものであって、その作成の経緯も不自然というほかない。
 また、被告は、平成16年5月27日に、「アトップY」標章についての商標登録出願が拒絶査定を受けていたことが判明し、同標章の使用料も実質的に含んでいた本件商標使用料について請求しないことにした旨を主張し、それに沿う内容の上記Cの陳述書を提出するが、本件商標使用料が「アトップY」標章の使用料を含んでいないことは、本件商標使用契約書(甲3)上明らかであり、他に「アトップY」標章の使用料が本件商標使用料に含まれていることを認めるに足りる証拠はなく、上記の「アトップY」標章の拒絶査定に関する事情が、本件商標使用料の支払請求権の放棄を導くものとなるとは認められない。
 なお、Cの陳述書には、当時原告の経理担当取締役であったDから、本件商標使用料を請求しないことになったので、平成16年分の請求書を発行をしないようにと指示を受けたこと、その指示と併せて、アルファベット表記のエルテでの商標登録出願書類等一式を被告に送付するよう指示を受けたことが記載されているが、原告が本件商標使用料支払請求権を放棄したという点については、上記のとおり、それ自体不自然なものであるし、その記載内容も伝聞にすぎないため、にわかに信用し得ない。
 したがって、上記各陳述書の内容を採用することはできない。
 さらに、原告から、被告に対し、平成15年までは、本件商標使用料の請求書を送付しながら、平成16年及び平成17年には送付していないことが認められるものの、このことをもって、本件商標使用料の支払請求権を放棄したとまで認めることはできない。
 その他、被告の主張を認めるに足りる証拠はない。
ウ 小括
 以上の検討の結果、本件においては、被告による本件商標使用料の不払を原因として、本件商標使用契約についての解除権が発生したものと認められる。
(2) 本件商標の使用条件違反を原因とする解除(予備的主張)について
 上記(1)のとおり原告が主位的に主張する本件商標使用料の不払を原因と、する解除が認められる以上、この点について判断する必要はない。
2 争点2(本件商標使用料の不払を原因とする解除が権利濫用に当たるか)について
 被告は、@原告から平成16年分及び平成17年分の本件商標使用料の請求書の送付がなかったこと、A被告が他の取引先に対して多額の支払を行っており原告に対する支払を失念してもやむを得ないことという事情のほか、B不払額が極めて少額で、かつ、Cそれについて既に支払済みであること等の事情を挙げて、原告による上記1の解除権行使が権利濫用に当たり、許されない旨主張する。
 しかしながら、上記1(1)イ(ウ)で検討したとおり、上記@及びAの事情は、何ら被告の不払を正当化するものではない。
 また、Bの事情については、被告において、低額な使用料で本件商標を使用する利益を得ていながら、その低額な使用料すら支払を遅滞している上、さらに、支払うべき金額が低いことを根拠として解除権の行使が権利濫用に当たるというのであるから、信義に反する態度として許されないというべきである。そして、原告が解除権を行使した後になって、元々支払うべき遅滞分のみを振込送金したからといって、被告による上記不払を正当化することはできない。
 このような事情の下、原告が、被告による2年分の本件商標使用料不払につき、最後の支払期日である平成17年9月末から5か月以上経過した時点で、いまだ支払がないことを原因とする解除権を行使したことは、権利濫用に該当するものでないことが明らかである。
 したがって、被告の上記主張は理由がない。
3 争点3(本件商標使用料の不払を原因とする解除及び同解除に基づく本件使用差止請求が信義誠実の原則に反するか)について
 被告は、原告が、被告のわずかな使用料不払を口実に本件商標使用契約を解除し、被告標章の使用を差し止めるのは、被告標章をAのキャラクターライセンスとして世に広く流布させるという契約当事者間の合意に反するものである旨主張し、さらに、原告が解除権を行使した真の理由は、原告の現代表者であるDとAの息子であるEとが、Aを排斥しようとしたことにあるとも主張する。
 しかしながら、被告のいう「Aキャラクターライセンス」は、それ自体曖昧であって、何らかの権利性を認めるには不明確すぎる上、本件商標使用契約の当事者である原告と被告とがそれを流布させることを合意したという事実や、原告が解除権を行使した理由として被告が主張する事実については(当該事実により原告による解除等が信義誠実の原則に反することになるか否かはさておき)、それらを認めるに足りる証拠はない。
 本件商標使用料の不払を原因とする解除に法律上の問題がないことは、前示のとおりであるし、同解除に基づく本件使用差止請求が信義誠実の原則に反するものでないことも、上記説示に照らして明らかである。
 したがって、被告の上記主張は理由がない。
4 争点4(本件商標権の効力は、商標法26条1項1号により、被告による本件商標の使用に及ばないか)について
 被告は、被告標章がAの「氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」(商標法26条1項1号)に該当するものと主張するようである。
 しかしながら、同号は、事業者の氏名、名称等が、その同一性表示機能ゆえに、商品や役務の需要者にとって重要な情報となり、かつ、事業者としても、それを商品に表示する人格的利益を有することから、事業者の氏名、名称等を含む商標に特別な保護を与えて、商標権の効力を制限したものと解されるところ、本件全証拠によっても、被告標章が、Aの氏名、名称等に準じる程度に、同人との同一性を示す機能を有し、同人の人格的利益に結び付くものとまでは、到底認められない。
 したがって、被告の上記主張は理由がない。
第4 結論
 以上の次第で、その余の点を判断するまでもなく、原告による本件商標使用契約解除が有効であり、被告は、何ら権原なくして、被告商品に原告商標と同一の被告標章を付して販売等し、かつ、宣伝用カタログ等及びホームページ上で同標章を使用しており、また、将来において、同標章を付した被告商品を製造する可能性があるものと認められる。
 したがって、原告の請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 山田真紀
 裁判官 國分隆文
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