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【事件名】「愛の流刑地」類似表現事件
【年月日】平成19年7月25日
 東京地裁 平成19年(ワ)第7324号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年6月27日)

判決
原告 A
被告 B
同訴訟代理人弁護士 木下秀三
同 安田伸一


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金2000万円を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、小説を執筆し、その原稿を新聞社に送付した原告が、上記送付後に同新聞社発行の新聞に連載された小説の表現の多くが、原告の上記小説の表現と同一であり、上記新聞に連載された小説を執筆したことは、原告の上記小説の該当部分についての著作権(複製権)の侵害に当たるとして、上記連載小説の執筆者である被告に対して、民法709条に基づき、著作権侵害の不法行為による2000万円の損害賠償を請求している事案である。
1 原告の主張
(1) 原告は、「さまざまのこと思い出す桜かな−松尾芭蕉−」という題名の小説(以下「原告小説」という。)を執筆し、平成16年6月1日、原告小説の原稿を株式会社日本経済新聞社(以下「日経新聞社」という。)に送付した。
(2) 被告は、平成16年11月1日から、日経新聞社発行の新聞(以下「日経新聞」という。)紙上において、「愛の流刑地」という題名の連載小説(以下「被告小説」という。)を執筆した。
(3) 別紙の「被告の新聞小説」欄に記載された文章(以下「被告小説抜粋部分」という。)は、被告小説の一部を抜粋したものであり、別紙の「原告作成の原稿」ないし「原告が作成した原稿」欄に記載された文章( 以下「原告小説抜粋部分」という。)は、原告小説の一部を抜粋したものであるが、前者のうちの下線を引いた部分(以下「被告小説侵害主張部分」といい、個々の被告小説侵害主張部分を示すときは、当該被告小説侵害主張部分の上部に記載された頁数及び行数を括弧書きで付記して、「被告小説侵害主張部分(208頁9行目)」などと表記する。)は、後者のうちの下線を引いた部分(以下「原告小説被侵害主張部分」といい、個々の原告小説被侵害主張部分を示すときは、当該原告小説被侵害主張部分の上部に記載された日付を括弧書きで付記して「原告小説被侵害主張部分(平成16年11月2日付け)」などと表記する。)と同一であるから、被告が被告小説を新聞紙上において執筆したことは、原告小説被侵害主張部分について原告が有する著作権(複製権)を侵害する。
(4) 原告が上記著作権を侵害されたことにより受けた損害は、2000万円を下らない。
(5) よって、原告は、被告に対して、著作権侵害の不法行為に基づき、2000万円の支払を求める。
2 被告の認否、反論
(1) 原告小説抜粋部分を原告が執筆したこと、被告小説を被告が執筆したこと、被告小説抜粋部分が日経新聞紙上に掲載されたことは認める。
(2) 原告小説被侵害主張部分は、大半が名詞、動詞、副詞、形容詞の単語であって、日本人ならば通常使用する、平凡かつありふれた言葉ばかりであり、そこには、原告の思想や感情を独自に創作したものや原告の個性が表現されたものは何ら存しないから、原告小説被侵害主張部分に、著作物性は認められない。
 なお、原告は、被告小説の存在を知らず、また、被告小説抜粋部分と原告小説抜粋部分の文章表現は似ていない。
 したがって、いずれにしても原告の請求は理由がない。
第3 当裁判所の判断
 著作権法による保護の対象となる著作物は、思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)ところ、「創作的に表現したもの」というためには、作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り、厳密な意味で、独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが、言語からなる作品においては、表現が平凡かつありふれたものである場合や、文章が短いため、その表現方法に大きな制約があり、他の表現が想定できない場合には、作成者の個性が現れておらず、「創作的に表現したもの」ということはできないと解すべきである。
 原告は、被告小説侵害主張部分が原告小説被侵害主張部分と同一であり、被告小説の執筆は、原告小説被侵害主張分について原告が有する著作権を侵害する旨主張するので、当該主張部分を個別に検討するに、まず、原告小説被侵害主張部分(753頁13行から15行)については、アイディアの同一性を主張するものであって、表現の同一性をいうものではないし、原告小説被侵害主張部分(504頁10行から14行目及び981頁5行から6行目)と、それに対応する被告小説侵害主張部分(平成16年11月16日付け)とは、同一であるとも類似しているともいえないことが明らかである。また、上記以外の原告小説被侵害主張部分は、地名を表示するもの(240頁4行目及び994頁19行から995頁2行目の一部)を含むほか、いずれも、日常的によく使用されている、極めてありふれた表現であって(しかも、そのほとんどは、1ないし2単語の語句である。)、同部分に著作物性が認められないことが明らかであるから、原告の上記主張は、いずれも採用できない。
 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
第4 結論
 以上の次第で、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 山田真紀
 裁判官 佐野信
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