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【事件名】彦根市長への名誉毀損事件(週刊新潮)
【年月日】平成19年7月19日
 大津地裁 平成18年(ワ)第745号 謝罪広告等請求事件

判決


主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告に対し、週刊新潮の本文及び電車内吊広告内に、別紙一「謝罪広告目録」記載の謝罪広告を掲載せよ。
二 被告は、原告に対し、二二〇〇万円及び内金二〇〇〇万円に対する平成一八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告が、被告に対し、被告発行の週刊誌及び同誌の広告における「バカ市長」等の表現により名誉を毀損されたと主張して、不法行為に基づき、謝罪広告及び損害賠償を求めた事案である。
二 前提事実(争いがないか、括弧内掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、滋賀弁護士会に登録をする弁護士であり、彦根市長である。
イ 被告は、書籍及び雑誌の出版等を業とする株式会社であり、週刊誌「週刊新潮」を発刊している。
(2)彦根市職員の服務に関する規程とこれをめぐる原告の発言
ア 彦根市職員の服務に関する規程(昭和四〇年四月一日訓令第一〇号。以下「服務規程」という。)二五条は、「職員が公務により負傷し、もしくは疾病にかかり、または突発的な事故を起こし災禍を発生させた場合は、所属長は速やかに事故報告書を市長に提出しなければならない。」と規定する。
イ 他方、彦根市職員の交通事故等に係る処分に関する要綱(以下「要綱」という。)二条は、従前、事故等の報告として、「所属長は、職員が公務または公務外にかかわらず事故等を起こしたときは、服務規程第二五条の規定に基づき、速やかに任命権者に報告しなければならない。」と規定していた。
ウ 原告は、平成一八年一〇月二五日、定例記者会見において、服務規程二五条に関し、「公務外の事故について報告義務はないのか」と質問を受けたのに対し、「公務外の事故については報告義務はない」と答え、その理由として、@職員に対し、公務外の飲酒運転などの交通法規違反について市への報告義務を課すのは、自己に不利益な供述の強要を禁じた憲法三八条に反する、A公務員にだけ公務外における飲酒運転等の報告義務を求めるのは職業差別であるなどと発言した(以下「原告発言」という。)。
エ 原告は、その後、要綱二条が所属長の報告義務を「公務または公務外にかかわらず事故等を起こしたときは、」としていたのを「公務により事故等を起こしたときは、」と改め、同年一一月一日からこれを施行することとし、公務外の事故について報告義務がないことを明確にした。
(3)本件記事の掲載
ア 被告は、平成一八年一一月二日、「週刊新潮」一一月九日号(以下「本件週刊誌」という。)を発行したが、その一五二頁以下において、「『飲酒事故』報告義務は憲法違反と言った『彦根のバカ市長』」との見出し(以下「本件見出し」という。)を付けて、別紙二記載のとおりの記事を掲載した(以下、本件見出しを含めて「本件記事」という。)。
イ 本件週刊誌の目次には、本件見出しが掲載されている。
(4)広告
 被告は、本件週刊誌の発行にあたって、朝日新聞、讀賣新聞、毎日新聞などの全国紙及びJR、私鉄等の電車内において、本件見出しを掲載した別紙三記載のとおりの新聞広告(朝日新聞、讀賣新聞)や電車内中吊広告を出して本件週刊誌の宣伝をした(以下「本件広告」という。)。
三 争点
(1)本件記事についての不法行為の成否
(2)本件見出し及び目次についての不法行為の成否
(3)本件広告についての不法行為の成否
(4)損害
(5)謝罪広告の要否
四 争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(不法行為の成否)
(原告の主張)
ア 名誉毀損表現の存在
(ア)「名誉」とは、人の品性、徳行、名声、信用などの人格的価値について社会から受ける客観的評価であり、名誉毀損とは、これを低下させることである。
(イ)本件記事中には、数か所にわたり、原告が原告発言をしたことについて、「バカ」、「バカ市長」、「バカさ加減」、「バカ発言」、「妄言を繰り返す」と記載されているが、その表現は、「バカ」な人物が市長という公職についているという事実を摘示することにより、読者をして、「市長である原告はバカである」との誤った印象を与え、さらには弁護士としての能力までが「バカ」、「能力がない」との印象を与えて、彦根市長で、弁護士である原告の社会的評価を低下させ、その名誉感情を傷つけるものである。
(ウ)また、その表現は、同時に、公人たる原告に対する低俗な人格的非難、中傷、椰輸、罵倒、侮辱となる人身攻撃に該当するから、仮に事実の摘示ではなく、意見ないし論評の表明による表現であったとしても、名誉毀損となる。
イ 違法性阻却の有無
(ア)原告は、京都大学法学部を卒業し、司法試験を二回目で合格して検事に任官し、その後、弁護士に転身し、市長に二回当選した経歴と実績を有する法曹出身の市長であり、バカな人物が彦根市長の職にあるという事実はない。
 また、原告は、市の職員について、公務外の飲酒事故については報告義務がないと述べたのみであって、道路交通法上の報告義務や公務上の飲酒事故等の一切の報告義務まで否定する発言をしたのではない。にもかかわらず、本件記事は、原告が「公務外」の事故等に限定して報告義務はないと述べたことには一切ふれず、あたかもその状況にかかわらず、一切の飲酒運転について、憲法三八条を根拠に報告義務を否定したかのような印象を与える記載をした。しかも、原告がかかる発言をしたことを前提に、学者にコメントを求め、報告義務が憲法違反であるとの原告の見解は明らかな誤解であるという上記学者の意見を掲載している。
 したがって、本件記事中、原告がバカ市長であるとしたことや原告が公務上の交通法規違反に関する報告義務等まで否定する趣旨の発言をしたことは真実ではない。
(イ)被告は、雑誌の売り上げを伸ばす「売らんかな」主義の金儲けの目的で上記の表現を記載したにすぎず、もっぱら公益を図る目的で批判、論評を行ったものとはいえない。
(ウ)仮に、「バカ市長」等の表現が、事実を前提に、これについての論評、意見を表明するものであるとしても、その表現は、「バカ市長」、「舌禍事件」、「妄言」、「バカにつける薬はない」などと原告を誹謗中傷し、人身攻撃に及んでいるのであって、論評の域を逸脱しているから、違法性を阻却されるものではない。
(被告の主張)
ア 本件記事中の表現が事実か論評かについて
 原告が「バカ」であるか否かなどということの存否は証拠によって決することが不可能であるから、原告が「バカ市長」である等の表現は、事実の言明ではなく、論評である。
イ 違法性阻却の有無
(ア)@論評の対象が公務員の地位における行動である場合には、かかる論評により公務員の社会的評価が低下することがあっても、A論評の目的が専ら公益を図るものであり、かつ、Bその前提としている事実が主要な点において真実であることの証明があったときは、C人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り、論評による名誉毀損は違法性を欠き、不法行為は成立しない。
(イ)本件記事は、平成一八年八月二五日に福岡市職員が飲酒運転をした上で事故を起こし、その結果、幼児三名の命が失われた悲惨な事故(以下「福岡事故」という。)を契機として、全国で合計四一自治体が飲酒運転に関する処分規定を新たに明文化したり、従来の規定をより厳罰化したりする傾向にある中で、元検事で、弁護士でもある彦根市長の原告が定例記者会見において、要旨「市の職員に飲酒事故の報告義務を課すことが憲法三八条に違反する」と発言したことについて、これを検証したものである。したがって、上記@Aの要件は充たす。
(ウ)本件記事における論評の前提としている事実は、平成一八年一〇月二五日の定例記者会見での原告の発言である。かかる発言が真実であることは、翌日の全国紙の報道内容からも明らかである。
 原告は、本件記事において、原告の発言が「公務外」の飲酒事故について報告義務がないとするものであったことが一切ふれられておらず、この意味で原告の発言を歪曲するものであったかのように主張する。
 しかし、公務上の飲酒運転事故については服務規程二五条で報告義務が課されている。被告は、原告が、服務規程ではふれられていない公務外の事故について報告義務がないと記者会見で明らかにしたことから、報道価値があると判断して本件記事を掲載したのである。そもそも、公務員が公務従事中に飲酒運転事故を起こすことは想定されておらず、昨今の飲酒運転厳罰化の議論も公務外の休日での飲酒運転をめぐるものであった。そうした中で、公務外の飲酒運転事故について報告義務はないとすることは、実質上すべての報告義務はないというのに等しいから、「公務外」ということにふれずに報道しても原告の発言の主要部分を歪曲したことにはならない。
 よって、上記Bの要件を充たす。
(エ)本件記事は、福岡事故以降、飲酒運転、とりわけ公務員の飲酒運転につき、多くの地方自治体が厳罰化に向けて何らかの対応をとっている中で、上記のとおり、原告が飲酒運転の報告義務付けは憲法三八条に違反するとして、公務外の飲酒運転について報告義務はないと発言したことについて、世論の動向を無視し、一人法律論のみをふりかざしている社会常識の欠けた専門バカという意味で、「バカ市長」と論評したものである。原告は、市長の地位にある以上、その資質、能力、品格を社会的に厳しく批判されることは受忍すべきである。したがって、「バカ市長」という表現は、市長の見識に向けられた評価の一つであって、人身攻撃に当たるものではないから、論評の域を逸脱していない。
 よって、上記Cの要件を充たす。
(2)争点(2)(本件見出し及び目次についての不法行為の成否)
(原告の主張)
 本件見出しにはもっぱら読者の興味関心を掻き立てるために誇張した表現が用いられ、一般の読者に記事本文の趣旨とは異なる否定的印象を与えるものとなっている。また、本件目次は、本件記事とは別個に原告の社会的評価を低下させるものであるから、これらについては独自に不法行為が成立する。
(被告の主張)
 本件見出し及び目次は、特段誇張的な表現を用いたものとはいえず、その内容は本件記事から逸脱したものではないから、不法行為は成立しない。
(3)争点(3)(本件広告についての不法行為の成否)
(原告の主張)
 全国の各新聞紙上や電車内吊広告に掲載された本件広告に記載された本件見出しは、「バカ市長」という文言が印象に残るように誇張して表現されており、本件記事は本文は読まずに本件広告のみを読む一般公衆に対し、原告が「バカ市長」であるとの印象を強く与えるものであるから、不法行為を構成する。
(被告の主張)
 上記(2)(被告の主張)のとおり、本件見出しについて不法行為は成立せず、そして、広告を見る者が見出しのみを見て事実の有無を断定的に判断することは少ないから、本件見出しを記載した本件広告についても不法行為は成立しない。
(4)争点(4)(損害)
(原告の主張)
ア 被告の不法行為により、低下した原告の社会的評価を金銭で評価すれば、二〇〇〇万円を下らない。また、原告は、本件訴訟を提起するにあたって、弁護士に委任せざるをえなかったが、その費用二〇〇万円は被告の不法行為と相当因果関係のある損害である。
イ したがって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき、損害金二二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日(平成一八年一一月二八日)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
 争う。
(5)争点(5)(謝罪広告の要否)
(原告の主張)
 被告の不法行為により毀損された原告の名誉を回復するには、損害賠償のみならず、謝罪広告が必要である。新聞広告や電車内吊広告の中のタイトルだけを見て、実際にその雑誌を購入しない読者が多数であることにかんがみると、謝罪広告は、被告が発行する「週刊新潮」の新聞広告及び電車内吊広告に掲載されるべきである。
(被告の主張)
 争う。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件記事についての不法行為の成否)
(1)本件記事の名誉毀損性
ア 名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的な価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立する。
イ 本件記事中には、原告を指して「彦根のバカ市長」と記載し、原告発言は「バカ発言」であって、「『バカにつける薬』は、未だ発見されていない」、「妄言を繰り返す」とする部分(以下「本件表現」という。)がある。
ウ その表現は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、原告が、「市長としての資質や能力に欠ける愚かな人物」という否定的な印象を与えるものであるから、彦根市長であり、弁護士である原告が社会から受ける客観的評価を低下させるものであり、名誉毀損表現に当たる。
(2)本件表現は事実の摘示か意見ないし論評の表明か
ア 問題の表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり、証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである(最高裁平成一六年七月一五日第一小法廷判決・民集五八巻五号一六一五頁)。
イ 本件表現は、原告が、市長の定例記者会見において、市の職員に対し飲酒運転等の交通法規違反について市への報告義務を課すのは憲法三八条に反するなどと発言した事実を前提として、その発言(原告発言)が市が打ち出した飲酒運転に対する厳罰化の方針と矛盾しており、公職である市長たる者の発言として常識に外れるのみならず、憲法解釈としても的外れなものであるとの見解を表明したもので、証拠等による証明になじまないから、意見ないし論評の表明に当たるというべきである。
(3)違法性阻却事由の有無についての判断基準
ア ある真実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、同行為は違法性を欠くものというべきである。また、仮に上記意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である(最高裁判所平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁)。
イ 本件表現は、先に認定したとおり、彦根市長である原告が、市長の定例記者会見という公式の場で、職員への懲戒処分等の改訂という市政方針に関連して行った公人としての発言を前提として、原告の人物や識見について論評し、意見を表明するものであるから、本件表現が名誉毀損として不法行為を構成するか否かを判断するにあたっては、被告が週刊誌の刊行にあたり享受すべき、政治家の言動、資質について論評する言論、報道の自由と、原告の名誉権の保護とを比較衡量して調整すべく、前記の判断基準に照らして、違法性の有無を判断すべきである。
(4)本件表現の違法性の有無
ア <証拠略>によれば、平成一八年五月二五日に福岡市職員が飲酒運転で一家五人が乗車中の車両に自車を追突させ、海に転落させるという事故を起こし、幼児三名が死亡した事件(福岡事件)を契機として、本件週刊誌の発行以前から、公務員の飲酒運転が全国的に問題とされるようになり、全国の各自治体において、飲酒運転事故で職員が逮捕された場合には、当該職員を懲戒免職にするなど公務員に対する処分を厳しくする傾向にあったことが認められる。本件記事は、このような公務員の飲酒事故をめぐる社会的状況の下で、原告が公務外の事故についてまで市の職員に飲酒運転事故を市に報告する義務を課すのは憲法三八条に違反するなどと定例記者会見で発言したことについて、地元記者、市議、憲法学者とされる大学教授(以下「大学教授」という。)らの意見を紹介する手法により、彦根市長の立場にある原告が地方公共団体の首長という公的立場にたずさわる者として相当な資質や見解を備えているかについて、これを評価し、批判しょうとするものである。
 したがって、本件記事は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあるものということができる。
イ 次に、本件記事中において、被告が本件表現を用いて行った意見ないし論評の表明の前提となる事実がその重要な部分について事実であるかどうかについて検討する。
(ア)本件表現は、原告が、平成一八年一〇月二五日、定例記者会見において、職員に対し、公務外の飲酒運転などの交通法規違反について市への報告義務を課すのは、自己に不利益な供述の強要を禁じた憲法三八条に反する、公務員にだけ報告義務を求めるのは職業差別であるなどと述べたことを前提として行われたものであるが、原告が前記の日に、前記の趣旨の発言をしたことは上記第二、二(2)のとおりである。
(イ)この点につき、原告は、本件記事には、原告が、公務上の飲酒運転についての報告義務や道路交通法上の事故の報告義務についてまで否定する趣旨の発言をした旨の事実が摘示されているが、かかる事実は真実ではないし、原告発言にあらわれた憲法解釈が誤解である旨の大学教授のコメントも、原告が公務上の飲酒運転事故についての報告義務をも憲法三八条に反すると発言したとの誤った事実を前提とするものであると主張する。
(ウ)しかしながら、本件記事が、前記アのような性格を有するものであることを前提に、一般の読者の普通の注意と読み方を基準としてその内容を全体として読めば、本件記事において、原告が、公務上の飲酒運転についての報告義務や道路交通法上の事故の報告義務についてまで否定する発言をした趣旨には解されないというべきである。
 確かに、本件記事には、原告発言において問題とされたのが公務外の飲酒運転であるとは明確に記威されていない。しかし、公務員の飲酒運転事故に対する厳罰化の流れをもたらす発端となった福岡事故が、福岡市職員が定時退庁後友人らと午後一〇時半ころまで飲酒し、その後、ドライブに出発した際に起こした公務外の事故であり、かかる事実は本件週刊誌発行当時、広く一般に認識されていたこと、現に公務員の飲酒運転事故として報道されるものの多くが公務外の事故であり、各種地方自治体の厳罰化傾向を伝えた当時の他の報道機関も、上記の傾向をふまえて、公務外の事故を対象とするかどうかを特に触れることなく報道していることなどに照らせば、原告発言について本件表現を用いて意見ないし論評を表明する前提としては、本件記事に記載された程度の事実を記載すれば足りるというべきである。
 したがって、原告発言において問題とされているのが公務外の飲酒事故の報告義務であることを明確にしなかったとしても、これをもって意見ないし論評の前提となる事実が、その重要な部分において真実に反するものであるということはできない。
(エ)なお、本件記事中には、原告発言について大学教授のコメントが掲載されているが、その内容及び本件記事全体の記載を勘案すれば、上記コメントは、大学教授が、原告が公務外の飲酒運転についての報告義務を否定する趣旨の発言をしたことについて述べた意見を掲載したものと解するのが相当である。原告の主張は採用できない。
ウ(ア)意見ないし論評を表明する自由は民主主義社会に不可欠な表現の自由を構成するものであるから、その表明による名誉毀損が、上記のように、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、意見ないし論評の前提となる事実が重要な事実について真実であることの証明があったときには、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、人身攻撃に及ぶなど、意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為が違法性を欠くというべきである(前掲最高裁平成一六年七月一五日判決参照)。まして、本件のように批判・論評の対象とされる者が、政治家であり、かつ地方公共団体の首長という地域住民の投票により選任される者である場合には、その者が公人として行った発言、行動に対する批判、論評は、民主政の過程を正常に機能させるため必要不可欠な行為であるから、その前提となる事実が重要な部分において真実である限り、原則として自由というべきであり、その表現中に対象者を揶揄すると評価しうる部分が認められるとしても、また、表現自体が激しく攻撃的になることがあるとしても、対象とされた者は原則としてこれを甘受すべきであって、その論評ないし意見の表明は、不法行為を構成しないというべきである。
(イ)普通地方公共団体である市の職員は、市全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(地方公務員法三〇条)、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(同法三三条)。そして、市長は、市の職員に全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった等の事由が認められる場合には、当該職員の懲戒を行うことができる(同法六条一項、二九条)。
 市長は、普通地方公共団体である市を統括し、これを代表し、事務を管理し及びこれを執行する権限を有する地位にある者(地方自治法一四七条、一四八条)として、また、職員を指揮監督する地位にある者(同法一五四条)として、公務員の勤務関係の秩序を維持し、公務に対する信頼、公務の円滑な遂行を確保するために、職員の懲戒事由が発生した場合には相応の処分をして適正に懲戒権を行使し、また、そのために、市民の意見、世論の動向等に配慮した上で、職員の懲戒や監督に関して適正な内容の規定を制定したり、取扱いを決めるべき政治的責務を負っている。
(ウ)先に認定したとおり、福岡事故をきっかけに、公務員による飲酒運転が批判の対象としてマスメディアに広く取り上げられ、公務員は一般住民よりも高度の行為規範が要求されるとの考えから、尊い人命を奪いかねない交通事故を誘発する危険の高い飲酒運転等の交通法規違反を行った公務員に対しては、その事故ないし違反について厳しい指導や処分をするべきであるとの見解が広まり、多くの地方公共団体では公務外の事故についても、厳格に懲戒の対象とされるようになってきていた。原告は、公務外の事故について、これを報告義務の対象から除外することは、かかる風潮に沿わないものと認識しながら、彦根市長として、定例記者会見の場であえて自らの意見を表明すべく、市政に関わる原告発言をしたものである。
 本件記事は、かかる真実を前提として、@原告発言の後には、市民からも「監督責任を放棄するつもりか」、「見つからなければ飲酒運転してもいいのか」などとする抗議の電話やメールが市役所に寄せられたこと、A原告の飲酒事故報告義務が憲法三八条に違反するとの憲法上の見解には、これと意見を異にする大学教授もいるとして、その見解をも紹介している。したがって、本件記事は、原告発言を、独自の憲法解釈に固執し、世論を無視し又はこれに配慮せずに、市長としての職員の飲酒運転に対する監督責任を果たそうとしていない姿勢の表れと評価した上で、原告を、上記(イ)の市職員に対する懲戒や監督に関する市長としての責務や市の規則の憲法適合性に係わる事項について市長として持つべき資質を欠くものとして厳しく批判する意図を含むものであったということができる。
(エ)してみると、本件記事に記載された原告に関する「『飲酒運転』報告義務は憲法違反と言った『彦根のバカ市長』」、「妄言を繰り返す」、「バカにつける薬は未だ発見されていないのである」等の本件表現は、前記趣旨の批判の意を強く表明し、原告が市長としての資質を欠くことを強調するために記載されたものといえるのであって、市長の市政に関わる言動という公共性の強い事項について、その主題から離れることなく、真実に基づいて意見を表明し、それを読む読者に対し批判の材料を提供する意図を含むものというべきであるから、上記の表現自体はいささか侮蔑的であり、品を欠いたもので、原告の社会的評価を低下せしめるものではあるが、上記例で示した本件記事に係る諸事情の下では、彦根市長の地位にある原告としては甘受すべき批判というべきである。したがって、人身攻撃に及ぶなど、意見ないし論評としての域を逸脱したものとまでいうことができない。
(5)なお、原告は、本件記事により、名誉感情を侵害されたとも主張するが、名誉感情は、人が自分自身の人格的価値について有する主観的な評価であって、個々人の内心の領域に属する問題であるから、当該表現行為がその態様・程度を勘案して社会通念に照らして許容される限度を超えるものである場合に限って、名誉感情の侵害を理由とする不法行為が成立するものと解するのが相当であるところ、本件記事が、人身攻撃に及ぶなどの意見ないし論評としての域を逸脱したものといえないことは前示のとおりであるから、社会通念に照らして許容される限度を超えるものではないというべきである。
(6)したがって、本件記事は、原告の名誉や名誉感情を違法に侵害するものとはいえず、不法行為は成立しない。
二 争点(2)(本件見出し及び目次についての不法行為の成否)
(1)ア 本件記事冒頭及び本件週刊誌の目次に記載された本件見出しは、「飲酒事故」報告義務は憲法違反と言った「彦根のバカ市長」とするものであり、原告発言が公務外の事故に限定して行われたものであることを明示するものとはなっていない。また、本件見出し中、「飲酒事故」、「彦根のバカ市長」の部分は、別紙二のとおり、他より太い字で印刷され、「 」で括られることにより、特にその部分を強調するデザインとなっている。
イ しかし、本件週刊誌が発行された当時、世間で問題となっていたのは主として、公務員の公務外の飲酒運転事故であったことは、先に認定したとおりである。したがって、本件見出しに記載された「『飲酒事故』報告義務は憲法違反と言った」という部分は、本件週刊誌発行当時、一般読者を基準とすれば、原告発言の重要部分について一応正確に伝えるものであり、本件記事の記載内容を前提として、その内容を要約し、原告の市長としての資質について論評したものということができる。
ウ ところで、本件見出しのうち「彦根のバカ市長」の部分は、それだけを取り上げれば、侮蔑的で品を欠く表現であり、しかもカツコ抜きの太字によって当該部分を強調するような方法で記載されている(別紙二)。しかし、本件週刊誌発行当時、公務員の飲酒事故は全国的な問題であり、これにどのような姿勢で対処するかは各自治体の政治的課題であった。そして、本件見出しにおいては、「飲酒事故」の部分も同様に強調された方法で記載されている。したがって、これらの事情を併せ考えれば、本件見出しは本件記事の趣旨・内容を逸脱したものということはできず、上記「彦根のバカ市長」の部分が、彦根市長が、職員の飲酒運転について市への報告義務がないという見識に欠ける発言をしたというその主題から離れて人身攻撃に及ぶなどの意見ないし論評の域を逸脱したものとは認められない。
(2)以上のとおりであるから、本件記事冒頭及び目次に記載された本件見出しは、原告の名誉及び名誉感情を違法に侵害するものとはいえず、不法行為は成立しない。
三 争点(3)(本件広告についての不法行為の成否)
(1)本件広告は、本件週刊誌を広く一般公衆に閲読してもらうために行われたものである。
(2)本件広告にも本件見出しが記載されているところ、侮蔑的な表現である「彦根のバカ市長」の部分が黒地に白抜きされた太文字によって記載されていること(別紙三)、本件広告は朝日新聞、讀賣責新聞、毎日新聞などの全国紙やJR、私鉄など全国の電車内の吊広告に出されて日本全国の一般公衆に閲読されたものといえるが、本件広告を見た一般公衆の多くは、本件週刊誌を手に取り、本件記事の中身を閲読するものとは通常考えられないことからすれば、本件広告により、滋賀県内の一地方公共団体の長である原告の名誉が毀損された程度は小さいとはいえない。
(3)しかし、先に認定したとおり、本件見出しにおいては、論評の主題に関わる「飲酒事故」の部分も、「彦根のバカ市長」の部分と全く同様の方法で強調して記載されている。週刊誌の広告の記載が、限られたスペースや字数の中で、本文記事を広く一般公衆に閲読してもらうため広告を見る者の興味を引くように具体的な内容を省略し、誇張した表現になるのは、ある程度やむを得ないものというべきであるし、読者の側においてもそのような傾向があると了解しているのが通常であると考えられる。したがって、上記の事情を勘案すれば、本件広告に記載された本件見出しの表現も、本件記事の趣旨・内容を逸脱したものとまではいい難い。
 加えて、原告発言は、その当時、公務員の飲酒事故が全国的な問題となっていたところ、公務員の飲酒事故に対し厳しく指導処分すべきであるとの全国的な世論が高まっていたことについて、原告が市長の立場で定例記者会見の場であえて反対の意見を述べたものであるから、民主主義社会の下では意見ないし論評の表明が表現の自由として手厚く保障されるべき趣旨に鑑みれば、このような国民の関心の強い問題に関連して、原告が日本全国に販売が予定される雑誌等により、その意見に反対する立場から厳しい批判に晒されるとしてもやむをえないというべきである。
(4)したがって、本件広告は、原告発言に対する批判を掲載した本件記事を広く一般公衆に閲読してもらうためにその内容を簡潔に紹介することを目的として行われたものということができるから、上記(2)のとおり、その表現には、いささか行き過ぎの面はあるが、その点を考慮しても、意見ないし論評の域を逸脱しているものとはいえない。
(5)以上のとおりであるから、本件広告も、原告の名誉及び名誉感情を違法に侵害するものではなく、不法行為は成立しない。
四 結論
 以上の次第で、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。よって、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

大津地方裁判所


別紙一 謝罪広告目録<略>
別紙二、三<略>
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