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【事件名】商標“CHECHE”侵害事件(2)
【年月日】平成19年7月19日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10049号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年6月26日)

判決
原告 株式会社馬里奈
訴訟代理人弁理士 佐藤英昭
被告 チェチェ・コンセプト・リミテッド
訴訟代理人弁理士 中島淳
同 加藤和詳
同 西元勝一
同 山田昌子
同 樋熊美智子


主文
1 特許庁が取消2006−30988号事件について平成18年12月26日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が有する後記商標登録について、被告が不使用を理由とする商標登録取消しの審判を請求したところ、特許庁がこれを認める審決をしたので、原告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 原告は、平成12年6月19日、下記商標(以下「本件商標」という。)について商標登録出願をしたところ、平成13年4月6日に特許庁から商標登録第4465932号として設定登録を受けた。

(商標) 略
(指定商品) 第25類「履物」
イ その後被告は、平成18年8月11日に至り、本件商標につき不使用による商標登録の取消審判を請求し、平成18年8月28日、その旨の予告登録がされた。そして特許庁は、同請求を取消2006−30988号事件として審理した上、平成18年12月26日、「登録第4465932号商標の商標登録は取り消す。」旨の審決を行い、その謄本は平成19年1月10日原告に送達された。
(2) 審決の内容
 審決の内容は、別添審決写しのとおりである。その理由の要点は、被請求人たる原告は審判手続において何らの答弁もしないので、商標法50条により取り消す、としたものである。
(3) 審決の取消事由
 しかしながら、審決の判断には、次のとおり誤りがあるから、審決は違法として取り消されるべきである。
ア 原告は本件商標と社会通念上同一と認められる標章を使用していること
 原告は、本件審判請求の予告登録の日である平成18年8月28日より前3年以内に、その指定商品「履物」について、本件商標と社会通念上同一と認められる標章(以下「本件標章」という。)を使用していた。
 すなわち、原告が使用していた本件標章は下記のとおりの内容を有するところ、カタログ通信販売の大手である株式会社セシール発行の通信販売用カタログ「Ladies' Cecile 2006年春夏号」( 甲1 ) 1 9 9 頁、「Ladies' Cecile 2006年夏号」(甲2 )1 85 頁、 「Cecile BestSelection 2006年盛夏号」(甲3。以下、甲1〜3のカタログを総称して「本件カタログ」という。)3頁、37頁等において、原告製造婦人靴の内底部分に本件標章が使用されている。
 記 商標イメージ略
 そして本件標章は、上記のようにアルファベット「CHE」と「CHE」との間にハートの図形を有するが、当該ハートの図形はきわめて簡単かつありふれた標章であって、単独では出所識別機能を果たさず、商標登録を受けられない図形である。したがって、本件商標にそのような図形を付加して本件標章とすることは、商標の識別性に影響を与えない構成部分の変更に止まるというべきである。
 また、本件標章と本件商標とを比較すると、次のとおり、両者はいずれも称呼、観念が同一であり、外観において類似している。すなわち、本件標章中、ハートの図形の部分は、その他のアルファベットと同程度の大きさであって、特段に看者の目を惹くほどのものではなく、むしろ、「CHE」と「CHE」の部分が注目され、同じアルファベットの大文字で「CHECHE」と一連に表記された本件商標の外観と類似するものである。また、本件標章では、ハートの図形により「CHE」と「CHE」とが分断されているが、ハートの図形の部分から称呼は生じないため、「チェ」、「チェ」と別々の称呼だけでなく、本件商標の称呼と同一の「チェチェ」との称呼も生じるものである。さらに、本件商標「CHECHE」は、特定の観念が生じるものではないため、一種の造語を表したものと無理なく認識されるところ、ハートの図形で分断されているとはいえ、「CHECHE」の文字が無理なく認識できる本件標章も、本件商標と同一の造語を表したものと認識することができる。
 なお、「CHE」の「E」の文字部分は、アラビア数字の「3」を反転させたようになっているが、これはアルファベットの筆記体であり、書体のみ変更を加えた同一の文字からなるものであり、本件標章と本件商標は、同一の称呼及び観念を生ずる商標である。
 したがって、本件標章と本件商標とは、社会通念上同一と認めることができる。
イ 本件カタログに掲載された靴が原告の商品であること
 本件カタログに掲載された靴が原告の商品であることは、上記株式会社セシールの担当部長による証明書(甲5)から明らかであるし、株式会社セシールが原告に商品代金として支払った金額の明細書であるセシール作成に係る「支払明細書」(甲9、12)からも明らかである。
ウ 信義則違反ないし権利濫用ではないこと
 被告は、最高裁判所平成3年4月23日第三小法廷判決(民集45巻4号538頁)における反対意見を引用して、原告に信義則違反ないし権利濫用がある旨主張するが、同判決の要旨は、「商標登録の不使用取消審判で審理の対象となるのは、その審判請求の登録前3年以内における登録商標の使用の事実の存否であるが、その審決取消訴訟においては、右事実の立証は事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるものと解するのが相当である」(甲11)とするものであるから、被告の主張は失当である。
2  請求原因に対する認否
 請求原因(1)、(2)の各事実は認めるが、(3)は争う。
3 被告の反論
(1) 本件商標と本件標章とは社会通念上同一でないこと
 本件商標は、前記のとおり、同書同大同間隔でまとまりよく横書きした欧文字の「CHECHE」と、カタカナの「チェチェ」の文字とを2段に配した構成よりなるものである。
 一方、本件標章は、前記のとおり、「CHE」の欧文字部分ともう一方の「CHE」の欧文字部分とを左右に隔てて両者の間に大きな間隔を設けた上に、その中央部分に、黒く塗りつぶしたハートの図形を配した構成からなるものである。
 また、本件標章の「CHE」の欧文字部分は、かわいらしい印象を与えるフォントを採用しているのみならず、特に「E」の文字部分は、下半分の部分により大きなカーブを持たせてあり、欧文字の「E」というよりはむしろアラビア数字の「3」を反転させたかのような丸みを帯びた態様で表されている。これが中央部分のハートの図形と相まって、全体としてキュートな外観上の特徴を形成しているのであって、本件標章は、本件商標とは外観をきわめて異にし、両者を社会通念上同一の商標とすることはできない。
 なお、原告は、本件標章中の中央部分に配された塗りつぶされたハートの図形について、出所識別機能を果たさないものである旨主張するが、失当である。商標審査基準(甲4)によれば、輪郭として普通に用いられる△、□、○、◇、ハートの図形等は自他商品等識別力が弱いとするものであるが、原告が主張するようにハートの図形そのものについての自他商品等識別力を否定するものではない。
(2) 本件カタログに掲載された靴が原告の商品とは認められないこと
 靴は、通常、ブランド名と製造者名との併記、靴底の製造者名刻印・製造者名シールの貼付、タグの添付などの種々の態様で製造者が明らかにされることが一般的であるが、本件カタログに掲載された靴については、原告の製造に係るものであることを直接的に示すものはない。本件カタログに掲載された商品が原告の製造に係る商品であるとすれば、製品製造の仕様書・納品書等、原告と商品との関連を客観的かつ具体的に示す資料の提出がなされてしかるべきであるところ、原告の提出する株式会社セシールの担当部長なる者による証明書(甲5)のみでは信ぴょう性に欠けるといわざるを得ない。
 また、原告は、支払明細書(甲9)を提出するところ、この種の書類には、内容についての責任の所在を明らかにする目的で、書類作成者の名前や部署名、日付、印鑑、サインなどのための欄が設けられているのが通常である。しかし、上記支払明細書には、書類送付の送状と推察される「ファクシミリ送信のご案内」に文書の送信者名(作成者ではない)及び送付先名が記載されているだけで、「支払明細書」それ自体には、書類作成者の名前や部署名、日付、印鑑、サインのいずれも示されていない。また、仮に「支払明細書」が真に平成18年(2006年)に発生した支払をリストにしたものであるとすれば、支払先欄には「(株)馬里奈」以外の取引先が多数掲載されていてしかるべきであるのに、これがない。
 このように、上記支払明細書(甲9)には不自然な点が多数存在し、信ぴょう性に欠け、到底信用することができない。
(3) 信義則違反・権利濫用
 審判手続においては、審判請求人と被請求人は、信義則上、相協力して審判手続を進める義務があるにもかかわらず、被請求人である原告は、上記義務に違反して、審判手続において、立証はおろか答弁すら行わなかったのであり、これは、被告に対する信義則違反である。原告は、本件訴訟の口頭弁論に至って提出した証拠(甲1〜5)により、本件商標使用の事実を証明しようとしているが、審判手続において主張立証活動をしなかったにもかかわらず、審決取消訴訟で本件商標の使用に関する事実の立証を行うことが無制限に許されるとすることは妥当ではない(最高裁平成3年4月23日第三小法廷判決・民集45巻4号538頁における反対意見参照)。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)、(2)(審決の内容)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 原告主張の取消事由について
(1) 本件標章使用の有無
ア 証拠(甲1〜3、5、10)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(ア) カタログ販売業者の大手である株式会社セシールが発行した通信販売用カタログ「Ladies' Cecile 2006年春夏号」(甲1)199頁には、品番RF−285、RF−288のミュール及び品番RF−289のサンダルが、同「Ladies' Cecile 2006年夏号」(甲2)185頁には品番RE−103のサンダルが、同「Cecile Best Selection 2006年盛夏号」(甲3)3頁及び37頁には品番RE−227、RE−232のサンダルが、それぞれ掲載されている(以下、上記ミュールないしサンダルを総称して「本件婦人靴」という。)。
(イ) 本件婦人靴には、いずれも内底部分に、「CH●▽CH●」との標章(本件標章)が付されている。
(ウ) 本件標章を子細に見ると、アルファベット部分のうち、いずれの「●」も、アラビア数字の「3」を反転させたような丸みを帯びた筆記体で表されており、また、ハートの図形はほぼ文字と同大、同間隔で、文字と同色に塗りつぶされている。
(エ) 株式会社セシールの原告宛証明書(甲5)には、本件カタログのうち、「Ladies' Cecile 2006年春夏号」(甲1)は平成18年1月ころに、「Ladies' Cecile 2006年夏号」(甲2)は同年3月ころに、「Cecile Best Selection 2006年盛夏号」(甲3)は同年5月ころに、それぞれ頒布が開始された旨が記載されている。
イ 以上によれば、本件標章が、本件審判請求の予告登録の日である平成18年8月28日より前3年以内に、本件商標の指定商品である「履物」に付されていたと認めるのが相当である。
(2) 社会通念上の同一性の有無
 そこで、本件商標と本件標章とが社会通念上同一といえるかについて検討する。
 本件商標は、前記第3の1(1)アに述べたとおり、「(商標)」というものであって、カタカナによる「チェチェ」との文字とアルファベットによる「CHECHE」との文字を2段に配した構成によりなる商標であり、これに対し本件標章は、前記のとおり、「CH●▽CH●」というものである。これを対比してみると、本件商標が2段の構成をしているのに対し、本件標章はアルファベットのみの構成である点、本件標章には「CHE」と「CHE」との間に「▽(ハートマーク)」が挿入されている点、本件標章の「E」の部分が筆記体の「●」となっている点で、外観上の差異が認められる。
 ところで、本件商標のカタカナ部分は、アルファベット部分を日本語によって表記したものにすぎない。また、ハートの図形は、かわいらしさ、キユートさを想起させる図形として、女性用の衣料品・装身具類等のアクセントとしてしばしば用いられるデザインであり、本件標章におけるハートの図形についても、これが女性用の靴に用いられているものであって、しかも、同列のアルファベットの文字とほぼ同大、同間隔、同色であることからすれば、当該ハートの図形部分だけが看者に特別な印象を与えるものとはいえない。さらに、「E」の部分を「●」としている点も、アルファベットの「E」を筆記体で表記したものとして、きわめてありふれたものであって、看者においてことさらに別異のものとして認識されるものではない。そして、ハートの図形部分や「E」の筆記体から独自の称呼は生じないことからすると、本件標章の称呼は、本件商標の称呼である「チェチェ」と同一と解して妨げなく、観念として新たなものを付加するものでもない。
 そうすると、本件標章は、本件商標と社会通念上同一と認めるのが相当である。
(3) 本件婦人靴は原告の商品か
 被告は、原告が提出した株式会社セシールの原告宛証明書(甲5)は信用できず、本件婦人靴は原告の商品とは認められない旨主張するので、これについて検討する。
ア 証拠(甲1〜3、5、9、12)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 株式会社セシールのレディースアウターカンパニー長Aが作成した原告宛証明書(甲5)には、「貴社の登録商標『チェチェ/CHECHE』(登録第4465932号)が付された貴社製品(靴)を、当社発行に係る下記カタログに下記の要領にて掲載していたことを証明致します。」との記載があり、その要領には、カタログ名として本件カタログが、掲載頁として本件カタログにおける本件婦人靴の掲載頁がそれぞれ記載されている。
(イ) 平成19年5月1日付け「ファクシミリ送信のご案内」と題する文書(甲9)には、株式会社セシールの経理部担当者から原告宛に支払明細を送付する旨の記載がある。添付された支払明細書には、平成18年(2006年)4月26日から同年7月20日までの株式会社セシールと原告間の取引に関する記録があり、ここには、原告が同年5月1日以降、品番RE−227、232の商品を株式会社セシールに納品し、又は株式会社セシールから返品を受けた旨の記載がある。
(ウ) 「支払明細書060725締」と題する書面(甲12)には、平成18年(2006年)6月28日から7月24日までの株式会社セシールと原告間の取引に関する記録があり、ここには、上記期間に係る上記甲9の支払明細書と同趣旨の支払明細(品番RE−227、232の納品・返品)の記載がある。同支払明細書の余白には、株式会社セシールのレディースアウターカンパニー生産管理部長B名で、「本書は、当社が保管する2006年度6月及び7月度の支払明細書で株式会社馬里奈との取引に係る部分の抄本である。」との記載及び同人の記名押印がある。
イ 以上を総合すれば、株式会社セシールと原告間において、本件婦人靴の取引があったと認めるのが相当であるから、本件カタログに記載された本件婦人靴は、いずれも原告の商品であると認めることができる。
 この点、被告は、上記甲9の支払明細書に書類作成者の名前等が示されていないことなどを理由に、同支払明細書は信ぴょう性に欠けると主張する。しかし、被告の上記主張を受けて提出された上記甲12には、上記ア(ウ)のとおり、同内容の正当性を認証する旨が付記されているし、株式会社セシールにおいて虚偽の支払明細書を作成する必然性は見当たらないことからすると、被告の上記主張は採用の限りでない。
(4) 信義則違反・権利濫用の有無
 被告は、原告が、審判手続において、答弁すら行わなかったことは信義則に違反し、又は権利濫用に該当する旨主張するが、商標登録の不使用取消審判に係る審決取消訴訟において、審判請求の登録前3年以内における登録商標の使用の事実の存否の立証は、事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるものと解するのが相当である(最高裁平成3年4月23日第三小法廷判決・民集45巻4号538頁)から、被告の主張は採用の限りでない。
3 結論
 以上によれば、原告は、本件審判請求の予告登録の日である平成18年8月28日より前3年以内に、本件商標と社会通念上同一と認められる標章を本件商標の指定商品である履物に付して使用していたことになるから、これと結論を異にする審決は違法として取消しを免れない。
 よって、原告の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 澁谷勝海
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