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【事件名】商標“海底遺跡”審決取消事件(2)
【年月日】平成19年7月12日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10013号 商標登録取消決定取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年6月12日)

判決
原告 X
訴訟代理人弁理士 若原誠一
被告 特許庁長官肥塚雅博
指定代理人 岩崎良子
同 内山進


主文
1 特許庁が異議2005−90088号事件について平成18年12月4日にした決定のうち、登録第4820057号商標の指定役務中「海底遺跡を見学するための海底散策・海上散策の案内、海底遺跡を見学するためのスノーケリング・ダイビングを行う主催旅行の実施、海底遺跡を見学するためのスノーケリング・ダイビング旅行者の案内、海底遺跡を見学するためのスノーケリング・ダイビング旅行に関する契約(宿泊に関するものを除く。)の代理・媒介又は取次ぎ、海底遺跡を見学するための遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶による旅行者の案内、海底遺跡を見学するための遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶による主催旅行の実施、海底遺跡を見学するための主催旅行の実施、海底遺跡を見学するための旅行者の案内、海底遺跡を見学するための旅行に関する契約(宿泊に関するものを除く。)の代理・媒介又は取次ぎ」についての商標登録を取り消すとの部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が有する後記商標登録につき、第三者から商標法43条の2に基づき登録異議の申立てがなされ、特許庁が指定役務の一部について商標登録の取消決定をしたことから、原告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 原告は、平成16年3月22日、商標登録出願(商願2004−26781号)をしたところ、特許庁から平成16年10月29日付けで下記内容の商標(以下「本件商標」という。下線は取消決定部分)につき商標登録をすべき旨の査定を受け、平成16年11月19日商標登録第4820057号として設定登録を受け、その商標公報は平成16年12月21日発行された。
 記
(商標) 略
(指定役務) 第39類
 「鉄道による輸送、車両による輸送、道路情報の提供、自動車の運転の代行、遊覧船・クルーズ客船による輸送、船舶による輸送、航空機による運輸、貨物のこん包、貨物の輸送の媒介、貨物の積卸し、引越の代行、遊覧船・クルーズ客船の貸与・売買又は運航の委託の媒介、船舶の貸与・売買又は運航の委託の媒介、船舶の引揚げ、水先案内、海底遺跡を見学するための海底散策・海上散策の案内、海底遺跡を見学するためのスノーケリング・ダイビングを行う主催旅行の実施、海底遺跡を見学するためのスノーケリング・ダイビング旅行者の案内、海底遺跡を見学するためのスノーケリング・ダイビング旅行に関する契約(宿泊に関するものを除く。)の代理・媒介又は取次ぎ、海底遺跡を見学するための遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶による旅行者の案内、海底遺跡を見学するための遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶による主催旅行の実施、海底遺跡を見学するための主催旅行の実施、海底遺跡を見学するための旅行者の案内、海底遺跡を見学するための旅行に関する契約(宿泊に関するものを除く。)の代理・媒介又は取次ぎ、寄託を受けた物品の倉庫における保管、他人の携帯品の一時預かり、ガスの供給、電気の供給、水の供給、熱の供給、倉庫の提供、駐車場の提供、有料道路の提供、係留施設の提供、飛行場の提供、駐車場の管理、荷役機械器具の貸与、自動車の貸与、遊覧船・クルーズ客船の貸与、船舶の貸与、車いすの貸与、自転車の貸与、航空機の貸与、機械式駐車装置の貸与、包装用機械器具の貸与、金庫の貸与、家庭用冷凍冷蔵庫の貸与、家庭用冷凍庫の貸与、冷凍機械器具の貸与、ガソリンステーション用装置(自動車の修理又は整備用のものを除く。)の貸与」
イ 本件商標登録に対し、平成17年2月18日にAから下記事由を理由として登録異議の申立て(甲3)がなされたため、特許庁は、これを異議2005−90088号事件(以下「本件異議事件」という。)として審理した上、平成18年12月4日、下線部分の役務(以下「本件役務」という。)についての商標登録を取り消し、その余の指定役務についての商標登録を維持するとの決定(以下「本件決定」ということがある。)をし、その謄本は平成18年12月20日原告に送達された。
 記
 本件商標は、その出願以前より、沖縄県与那国島の観光名所として著名な「海底遺跡」の文字と、異議申立人の撮影した「海底遺跡」の代表的な写真である階段状構造物と女性ダイバーよりなる写真を模写したものであるから、以下の理由に該当し、その登録は商標法(以下「法」という。)43条の2第1項により取り消されるべきである。
@ その役務について慣用されている商標であるから、法3条1項2号に該当する。
A その役務の提供の場所、提供の用に供する物、提供の方法を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるから、法3条1項3号に該当する。
B 以前より、与那国島の「海底遺跡」を示すものとして、階段状地形と女性ダイバーの写真は広く知られており、需要者が何人かの業務に係る商標であることを認識することができない商標であるから、法3条1項6号に該当する。
C 他人が使用して著名となった言葉やその写真を模写した図形を独占使用しようとすることは、公の秩序を害するおそれがある商標であるから、法4条1項7号に該当する。
D 他人の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であって、その役務又はこれらに類似する役務について使用するものに該当するから、法4条1項10号に該当する。
E 他人の業務に係る役務と混同を生じるおそれがある商標であるから、法4条1項15号に該当する。
F 他人の業務に係る役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的をもって使用をするものであるから、法4条1項19号に該当する。
(2) 決定の内容
 本件決定の内容は、別添「異議の決定」写し記載のとおりである。
 その理由の要旨は、本件商標は、これを指定役務のうち本件役務について使用すると、これに接する者は、全体として、海底遺跡観光やスキューバダイビングの名所として広く知られた沖縄県与那国島の海底で発見された海底遺跡を、文字と図形とをもって表したと容易に認識し理解するから、単に、本件役務の質(内容、役務の提供の場所等を表示したものと認識するにす)ぎず、したがって、自他役務の識別標識としては機能しないから、法3条1項3号に該当するとして、本件役務に関する指定役務部分を取り消し、その余の指定役務についての商標登録はこれを維持する、としたものである。
(3) 決定の取消事由
 しかしながら、本件決定のうち本件役務に関する部分は、本件商標の自他識別力に関する判断を誤り、本件商標が法3条1項3号に該当するとした誤りがあるから、違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(本件商標が与那国島の海底遺跡のみを想起させるとの判断の誤り)
(ア) 本件決定の取消し部分は、上記のとおり、本件商標が沖縄県与那国島にある海底遺跡(以下「与那国島海底遺跡」という。)を容易に認識・理解させるから、本件商標は役務の質、役務提供の場所等を表示するもので、法3条1項3号に該当するとした。
 しかし、本件商標の登録査定時(平成16年10月29日)までに、階段状の海底遺跡として、与那国島海底遺跡のほか、熱海にある海底遺跡(以下「熱海海底遺跡」という。)も、新聞、雑誌等に取り上げられて広く一般に知られるようになっていた。この熱海海底遺跡の「階段状の遺跡」の発見は、与那国島海底遺跡の発見時期(1986年〔昭和61年〕)よりも古い昭和50年ごろである。また、階段状の海底遺跡はアレクサンドリア(エジプト)の海底遺跡(甲11)にも見られる。
 その結果、熱海海底遺跡等の存在は、本件商標から与那国島海底遺跡を認識・理解させることの障害となるのであって、本件商標は、与那国島海底遺跡と同等またはそれ以上に熱海海底遺跡を想起させるといえるし、与那国島海底遺跡や熱海海底遺跡に限定されない不特定の海底遺跡を認識・理解させるともいえるのであって、本件商標に接する需要者・取引者は、本件商標から、全体として与那国島海底遺跡という特定の海底遺跡を、文字と図形とをもって表したと容易に認識・理解するということはできず、もはや、役務の質、役務提供の場所等を表示するかどうか不明であるといえる。
 それにもかかわらず、本件決定の取消し部分は、本件商標に接する取引者、需要者は、本件商標からは、全体として、与那国島海底遺跡という特定の観光地を、文字と図形とをもって表したと容易に認識、理解すると判断したものであり、このような本件決定の取消し部分には誤りがあるから、取消しを免れない。
(イ) また、熱海海底遺跡では、本件役務中、「海底遺跡を見学するための遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶による旅行者の案内、海底遺跡を見学するための遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶による主催旅行の実施」に係る役務(以下「船舶等役務」という。)による海底遺跡観光は、ほとんど行われていない。これは、熱海海底遺跡の方が、与那国島海底遺跡に比べて、海面から海底遺跡までの深度がかなり深いこと(甲8の6)、熱海海底遺跡付近の海が、与那国島海底遺跡付近の海に比べて透明度が低いこと、海底遺跡全体が海面の一箇所から見渡せるか否かという条件が異なることによるものと考えられる。また、アレクサンドリアの海底遺跡も、遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶による観光の場所として知られているものではない。
 そうすると、熱海海底遺跡を含む、一般的な「階段状の段差のある海底遺跡」が、遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶による観光の場所として知られているとは必ずしもいい切れないから、本件商標を、船舶等役務について使用した場合、これが船舶等役務の質を表示するということはできない。
 したがって、この意味においても本件決定の取消し部分には誤りがあるから、取消しを免れない。
イ 取消事由2(手続違背)
 本件決定の取消し部分は、本件商標が不特定の海底遺跡を想起させるとの理由で、本件商標が法3条1項3号に該当すると判断している(本件決定9頁15行〜18行)。
 しかし、本件異議事件の平成17年12月28日付け取消理由通知書(甲2)では、本件商標が与那国島海底遺跡という特定の海底遺跡を想起させることを唯一の理由として、本件役務の商標登録を取り消しており、与那国島海底遺跡以外の他の海底遺跡を認識させるとしても法3条1項3号に該当するとの理由は全く示されていない。
 本件商標が与那国島海底遺跡以外に熱海海底遺跡等をも想起させるか否かは、本件決定の結論に影響を与える重要な事項であるから、本件異議事件においては、事前に、「与那国島海底遺跡以外の他の海底遺跡が知られていたものであったとしても、商標法第3条第1項第3号違反である」という取消理由を通知し、この点について原告に意見書を提出する機会を与えなくてはならなかったはずである。
 それにもかかわらず、本件決定の結論に影響を及ぼす重大な事項につき反論の機会を与えないで、即座に商標登録を取り消したことは、明らかに法43条の12の規定に違反するものであり、本件決定の取消し部分には、結論に影響を及ぼすべき手続違背があるといわざるを得ない。
ウ 取消事由3(法43条の3第2項違反)
 本件決定の取消し部分は、前記イのとおり、本件商標が与那国島海底遺跡以外の不特定の海底遺跡を想起させることを理由として、本件商標登録を取り消しているが、本件異議事件の商標登録異議申立書(甲3)においては、本件商標が与那国島海底遺跡という特定の海底遺跡を認識させることを理由として、本件商標が法3条1項3号に該当する旨主張するものであった。
 このように、商標登録異議申立書において取消理由とされていなかった、「不特定の海底遺跡を想起させる」という取消理由を付加して本件商標登録を取り消すことは、「登録異議の申立てに係る商標登録」(法43条の3第2項)に該当しない商標登録を取り消すものであって、法43条の3第2項に違反する。
エ 取消事由4(予備的主張:本件役務についての法3条1項3号非該当性)
 仮に、本件商標が与那国島海底遺跡という特定の海底遺跡を想起させるとしても、本件役務中、船舶等役務についての商標登録を取り消した判断は誤りである。
 本件商標には、船舶等役務に係る「遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶」を認識させる文字等はない。かえって、本件商標には、女性のダイバーの図形(以下「女性ダイバー図」という。)が含まれており、しかも、同図形部分が本件商標全体の中で占める割合は大きく、本件役務の需要者・取引者に充分に認識され、無視できないほどのものである。そして、この女性ダイバー図は、「スノーケリング・ダイビングに関連する…役務」の質を表示することはあっても、「遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶」に関する船舶等役務の質を表示するものではないし、船舶等役務の提供の場所を表示するものでもない。
 そうすると、本件商標は、船舶等役務を「普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」であるとはいえず、船舶等役務について自他役務の識別標識としての機能があるというべきである。
 したがって、船舶等役務について法3条1項3号に該当するとして商標登録を取り消した本件決定は誤りであり、いずれにせよ本件決定は取り消されるべきである。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)及び(2)の事実はいずれも認めるが、同(3)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
ア 与那国島海底遺跡は、1986年(昭和61年)に地元のダイバーAが、ダイビングマップを作成するため潜水調査をしていたときに、与那国島南端の新川鼻沖約100メートル付近で、海底の奇妙な地形を発見し、その後、これが人工的な構造物の可能性があることから、B・琉球大学教授(海洋地質学)等による琉球大学海底調査団の調査が行われ、新川鼻沖約100メートル付近を中心とした東西約50メートル以上、南北150メートル・高さ25〜26メートルの岩礁に、数多くのテラスや階段、排水路らしき溝などが掘り込まれ、階段状の構造物を有する遺跡の可能性があることが明らかになったものである。(乙13の1、2)
 与那国島海底遺跡は、新聞(乙14ないし27)、雑誌等(乙4ないし8、11、28ないし38)のマスコミで報道されることも多く、その際、海底遺跡の特徴的な部分である階段状構造物についても、写真等により紹介されている。
 さらに、与那国島海底遺跡は、ダイビング及び観光スポットとして宣伝、広告されており(乙39ないし46)、その際も、ダイバーが遊泳する海底遺跡の階段状の構造物の写真が使用されている。
 このように、与那国島海底遺跡は、B・琉球大学教授等の調査により遺跡の可能性が高まった1997年(平成9年)ころから、沖縄地域はもとより、それ以外の新聞や週刊誌、旅行、ダイビングに関する雑誌等にも多数取り上げられ、一般にも広く知られるようになった。特に、その海底遺跡の階段状の構造物は、上方の平坦部分から下方の平坦部分にかけて、直角の辺を有する大きな段差の階段状になっており、きわめて人工的な印象を与えることから、ダイバーが遊泳する同階段状の構造物の写真や画像は、与那国島海底遺跡に関する新聞報道や週刊誌及び旅行、ダイビングに関する雑誌等の記事、ダイビングや観光の宣伝の際に、当該遺跡を象徴するものとして多用されている。
 したがって、与那国島海底遺跡は、「階段状の構造物を特徴とする海底遺跡」として、少なくとも遺跡や旅行及びダイビングに興味を有する者には広く知られるようになっていた。
イ 本件商標は、前記のとおり、台形状矩形の右上部分を2段に階段状に切り取って成る図形(以下「階段状図形」という。)と、その階段状図形に向かって、両腕を広げた女性ダイバー図を黒塗りにシルエット風に表し(ただし、女性ダイバーの着用する水中めがね及び足ひれ、泡部分は白で表されている、女性ダイバー図の下部に「海底遺跡」の漢字を配した。)構成より成るものである。
 このような構成中の階段状図形は、右側部分が上方の平坦部の右端部分から右方向に全体が2段となるように階段状に表され、それ以外の左側及び底辺の部分は、単に直線により描かれて成るから、特に右側の階段状の部分が看者の注意を惹き、印象されるものであって、その階段状図形は、前述のとおり、与那国島海底遺跡を象徴する部分として需要者に広く知られている階段状の構造物と、その特徴が酷似するものである。
 そうすると、本件商標は、その構成中に「海底遺跡」の漢字を有することと相まって、本件商標に接する取引者・需要者は、その構成全体として、海底遺跡観光やダイビングの名所として広く知られている与那国島海底遺跡を容易に理解し、認識するものといわなければならない。
ウ これに対し、原告は、与那国島海底遺跡のほかに、熱海海底遺跡やアレクサンドリアの海底遺跡にも階段状の遺跡が見られる旨主張する。
 確かに、熱海海底遺跡には階段と思われる遺構が存在し、アレクサンドリアの海底遺跡にもスフィンクス等の2段の台座が存在する(甲11)が、上記階段や台座は、本件商標の階段状図形とは、全くその特徴を異にするものであるから、仮に熱海海底遺跡やアレクサンドリアの海底遺跡が本件商標の需要者の間に知られていたとしても、本件商標に接する一般的・平均的需要者が本件商標から熱海海底遺跡やアレクサンドリアの海底遺跡を想起するとは到底考えられない。
エ また、原告は、熱海の海底遺跡等の海底遺跡が遊覧船等による観光として知られていないことをもって、本件商標が、船舶等役務を想起させるとはいえない旨主張する。
 しかし、奇岩、植物の群生などの景勝地や様々な遺跡等は、その立地条件等の特段の事情がある場合を除いて、一般に観光・遊覧の対象となり得るところであり、このことは、海岸(海上)や海中についても同様であるといえる。そうすると、海底遺跡についても遊覧・見学することができない、あり得ないという事情がない限りは、遊覧船やグラスボート(水中展望船)などの船舶による遊覧・見学等の対象に十分なり得るというべきであるから、このような海底遺跡を表示する名称等は、観光、旅行者の案内等の役務の質(内容)を表示するものというべきである。
オ 以上のとおり、本件商標は、これを本件役務に使用するときは、沖縄県与那国島の海底遺跡を認識させるものというべきであるから、これに接する取引者・需要者は、単に当該役務の質(内容、役務の提供の場所(対)象物・目的地)等を表示したものと認識するにすぎず、自他役務の識別標識としての機能を有しないものというべきであり、本件役務を業とする何人もその使用を欲するものであるから、特定人による独占使用を認めることができない。
 したがって、本件商標が法3条1項3号に該当するとした本件決定の取消し部分に誤りはなく、取り消されるべき理由はない。
(2) 取消事由2に対し
 審判長は、取消決定をしようとするときは、商標権者及び参加人に対し、商標登録の取消しの理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない(法43条の12)。この場合、取消理由の通知は、該当する法43条の2各号に掲げられた理由及びそれに該当する理由を開示することが必要であるものと解される。
 これを本件についてみると、本件異議事件の取消理由通知(甲2)は、本件商標が法3条1項3号に該当する旨を述べて、法43条の2第1号に規定されている理由の一を示し、さらに、法3条1項3号に該当する理由について、本件商標は、これに接する取引者、需要者は、全体として与那国島海底遺跡を文字と図形をもって表したものと認識するとし、本件商標は、その指定役務中の「海底遺跡を見学するための海底散策・海上散策の案内」等の役務について使用しても、単に役務の質を表示するというべきであり、自他役務の識別機能を果たし得ないものといわざるを得ないとしている。
 そうすると、上記取消理由通知は、本件異議決定において、本件商標を取り消すべきとした取消理由及びそれに該当するとすべき理由を開示して通知しているから、本件決定に係る手続が、法43条の12の規定に違反しないことは明白である。
(3) 取消事由3に対し
 原告は、商標登録異議申立書において取消理由とされていなかった、「不特定の海底遺跡を想起させる」という取消理由を付加して本件商標登録を取り消すことは、法43条の3第2項に違反する旨主張するが、本件決定は、原告の主張するような取消理由を何ら付加するものではない。
 また、登録異議の申立てについての審理においては、商標権者、登録異議申立人又は参加人が申し立てない理由についても、審理することができる(法43条の9)とされているから、いずれにせよ法43条の3第2項に違反するものではない。
(4) 取消事由4に対し
ア 原告は、本件商標の女性ダイバー図部分は、通常、船舶等役務とは関連がなく、役務の質又は役務の提供場所を表すとはいえない旨主張する。
 しかし、本件役務は、いずれも海底遺跡を見学するために提供される役務であるところ、その海底遺跡は、その文字のとおり海底(海中)にあるものであって、このような海とダイバーは、関連性が深いものであり、海底遺跡をダイバーが遊泳していることはそれほど不自然なものではない。
 そして、本件商標の階段状図形部分は、前述のとおり、与那国島海底遺跡の特徴的部分として知られている階段状の構造物を顕著に表しているものであることからすると、本件商標に接する上記役務の取引者、需要者の認識からすれば、その構成中の女性ダイバー図部分が強く印象付けられて、女性ダイバー図部分により、自他役務を識別できるような観念、称呼を生ずるというよりは、むしろ階段状構造物を特徴とする海底遺跡の付近を遊泳している様子を理解、認識させる程度にすぎないし、女性ダイバー図のみを捉え、これを抽出して認識しなければならない事情もないから、本件商標は、「海底遺跡」の文字とも相まって、全体として与那国島海底遺跡を認識するというべきである。
 したがって、本件商標は、これを船舶等役務に使用しても、役務の質又は役務の提供場所を表すものといわなければならない。
イ また、法3条1項3号に該当する商標は、役務に関して「その役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、数量、態様、価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」であれば足り、船舶等役務に関していえば、「遊覧船・クルーズ客船・その他の船舶」を認識させる文字等や当該役務を表示する標章を商標の構成中に含んでいる必要はない。
 本件商標は、全体として与那国島海底遺跡を認識させるにすぎないものであるから、船舶等役務に使用された場合は、当該遺跡を見学する内容であるとの役務の質(内容)を表示するというべきである。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)、(2)(決定の内容)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
 そこで、決定の違法性の有無に関し、原告主張の取消事由ごとに判断する。
2 取消事由1(本件商標が与那国島海底遺跡のみを想起させるとの判断の誤り)について
(1) 本件決定は、与那国島「海底遺跡及びその周辺は、本件商標の登録査定時(平成16年(2004年)10月29日)には、海底遺跡観光やスキューバダイビングの名所として、この種分野に属する役務の取引者、需要者間に広く知られたものとなっていた」(本件決定8頁6行〜9行)から、前記のとおりの図形と文字を有する「本件商標に接する者は、これよりは、全体として、海底遺跡観光やスキューバダイビングの名所として広く知られた沖縄県与那国島の海底で発見された海底遺跡(本件遺跡)を、文字と図形とをもって表したと容易に認識し、理解するもといわなければならない」(同頁13行〜16行)、したがって、本件商標を本件役務について使用するときには、「これに接する者は、単に、当該役務の質(内容)、役務の提供の場所等を表示したものと認識、理解するにすぎず、自他役務の識別標識としては機能し得ない」(同頁27行〜29行)としたが、原告は、本件商標は特定の海底遺跡を想起させるものではないと主張するので、以下この点について検討する。
(2) 本件商標は、前記第3の1(1)に述べたとおり、下記のような形状を有し、これを子細にみれば、台形状矩形の右上部分を2段に階段状に切り取って成る図形(階段状図形)と、その階段状図形に向かって、両腕を広げた女性ダイバー図を黒塗りにシルエット風に表し、女性ダイバー図の下部に「海底遺跡」の漢字を配した構成より成るものである。
 [商標イメージ略]
 ところで、階段状の構造物は、世界的に著名なピラミッドを想起すれば明らかなように、遺跡の形状としてきわめて一般的なものであるから、上記図柄が「女性ダイバーが海底にある遺跡(階段状の構造物)を見学している状態」を想起させるものであると理解することは容易であるものの、上記図柄に「海底遺跡」との漢字が配されているだけで「与那国島海底遺跡」ないし「沖縄海底遺跡」等の表示はなされていないのであるから、それ以上に、上記遺跡が与那国島海底遺跡であるとまで想起させることはできない。
(3) これに対し被告は、与那国島海底遺跡は、「階段状構造物を特徴とする海底遺跡」として、少なくとも遺跡や旅行及びダイビングに興味を有する者には広く知られるようになっており、本件商標の階段状図形は、与那国島海底遺跡の特徴と酷似するものである旨主張する。
 確かに、証拠(乙1〜46。枝番を含む。以下同じ)によれば、与那国島海底遺跡は階段状の構造物を有する遺跡であり、1986年(昭和61年)に沖縄県八重山郡与那国島の南端、新川鼻沖の海底において発見されて以来、1995年(平成7年)ころからは、新聞(乙14〜27)や雑誌等(乙4〜11、28〜38)において、階段状の構造物を有する海底遺跡として紹介されており、現在は、ダイビングを行う場所として観光の対象とされていること、そのような与那国島海底遺跡における階段状の構造物の特徴は、本件商標における階段状図形とほぼ合致することが認められる。
 しかし、本件商標における階段状図形は、上記(1)のとおり、台形状矩形の右上部分を2段に階段状に切り取ったものにすぎず、それ以上の特徴を有するものではない。そして、海底遺跡それ自体ないし階段状の構造物を有する海底遺跡が与那国島海底遺跡しかないのであれば「海底遺跡」との文字、ないし同文字と階段状図形の存在によって、本件商標が与那国島海底遺跡を特定して表示したものと解することができるかもしれないが、証拠(甲7〜11。枝番を含む。)によれば、階段状の構造物を有する海底遺跡としては、与那国島の海底遺跡のほかに、熱海海底遺跡やアレクサンドリアの海底遺跡が存在するのであり、しかも、これらにおける階段状の構造物の特徴は、本件商標の階段状図形の特徴と何ら矛盾するものではない。そうすると、階段状図形からなる本件商標が与那国島海底遺跡という特定の海底遺跡を表示するものと解することは困難といわざるを得ない。
 なお、証拠(乙39〜46)によれば、与那国島海底遺跡は、ダイビングを行う場所として一定程度著名であることがうかがわれ、階段状図形と「海底遺跡」の文字のほかに女性ダイバー図が組み合わされた結果、本件商標が与那国島海底遺跡を表示するに至ったものと見る余地もないわけではないが、海中に所在する遺跡の見学方法としてダイビングは容易に考えられるところであるから、女性ダイバー図の存在が直ちに与那国島海底遺跡のみを特定するものであるとはいえない。
(4) 以上によれば、本件商標が、全体として、与那国島海底遺跡を文字と図形とをもって表したと容易に認識、理解されると判断し、それに基づき法3条1項3号該当性を論じた本件決定の取消し部分は誤りというほかなく、他の理由を示していない本件にあっては、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすというべきであって、原告主張の取消事由1は理由がある。
 特許庁は、本件商標が与那国島海底遺跡のみを想起させるものではなく、熱海海底遺跡やアレクサンドリアの海底遺跡を含む海底遺跡一般を想起させるものであることを前提として、改めて本件登録異議の申立ての当否につき判断すべきである。
3 結論
 そうすると、原告主張のその余の取消事由について判断するまでもなく、本件決定の取消し部分は違法として取り消しを免れない。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 澁谷勝海
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