判例全文 line
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【事件名】「作業マニュアル」開示事件
【年月日】平成19年6月29日
 東京地裁 平成18年(ワ)第14527号の2 損害賠償等請求事件(第1事件)、
 平成18年(ワ)第15947号 マニュアル使用差止請求事件(第2事件)
 (口頭弁論終結日 平成19年5月15日)

判決
第1事件及び第2事件原告 リザ株式会社(以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 舘野完
第1事件被告 モルガン・スタンレー証券株式会社(以下「被告モルガン」という。)
同訴訟代理人弁護士 岡田和樹
同 山川亜紀子
同 久保達弘
第2事件被告 ジョンソンコントロールズ株式会社(以下「被告ジョンソン」という。)
同訴訟代理人弁護士 井上広樹
同 荒井紀充
同 澤田真実
同 金山卓晴


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙マニュアル目録記載のマニュアル(以下「本件マニュアル」という。)を自ら使用し又は第三者に使用させてはならない。
2 被告らは、原告に対し、連帯して、653万5960円及びこれに対する平成19年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告モルガンとの間でダイニングサービスを行うことを内容とする業務委託契約を締結していた原告が、本件マニュアルに記載された内容が原告の営業秘密に当たり、被告モルガンは、原告から示された営業秘密を原告に損害を加えるなどの目的で被告ジョンソンに開示し(不正競争防止法2条1項7号)、被告ジョンソンは、不正開示行為であることを認識しながらこれを取得・使用したと主張して(同項8号又は9号)、被告らに対して、同法3条に基づく本件マニュアルの使用の差止めと、同法4条に基づく損害賠償を求めた事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告は、一般労働者派遣事業を主な業務とする会社である。
イ 被告モルガンは、有価証券の売買等を主な業務とする株式会社である。
 モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド(営業上の表示は「モルガン・スタンレー証券会社」。以下「旧モルガン」という。)は、平成18年3月31日、その営業及び権利義務の一切を被告モルガンに譲渡した。被告モルガンは同年4月1日、商号を「モルガン・スタンレー証券準備株式会社」から現在の商号に変更した(以下「被告モルガン」というとき、旧モルガンを含む場合がある。)。
ウ 被告ジョンソンは、建物及び電気、衛生、空調、通信、機械機器等に関するコンサルティング並びに企画、設計、監理及び工事の請負又は受託を主な業務とする会社である。
 (以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)
(2) 本件契約
ア 原告と旧モルガンは、原告従業員を旧モルガンの本店内でダイニングサービスに関する業務に従事させる目的で、平成12年1月28日、労働者派遣契約を締結し、その後、平成13年1月31日まで契約を更新した。
イ 原告と旧モルガンは、平成13年1月26日、同年2月1日から平成14年1月31日までを期間とする旧モルガンの本店内におけるダイニングサービスに関する業務委託契約を締結し、その後、契約の更新を重ね、平成17年2月1日、同日から平成20年1月31日までを期間とする業務委託契約を締結した(以下、平成17年2月1日付けのこの契約を「本件契約」という。)。
 被告モルガンは、平成18年3月31日、旧モルガンから、本件契約上の旧モルガンの地位を承継し、原告は、その承継を承諾した。
 (以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)
(3) 本件契約の内容
ア 本件契約書の本文
 本件契約は、被告モルガンの本店内における給茶に関連するサービス、備品管理、被告モルガンがケータリング会社に注文した食事運搬、被告モルガンの取引先のケータリング業者からの請求書処理等を内容とするダイニング業務を原告に委託するものであり、本件契約の契約書(甲1。以下「本件契約書」という。)には、以下の記載がある(読みやすさのため、「甲」「乙」をそれぞれ「被告モルガン」「原告」に置き換えた。)。
(ア) 前文
 「被告モルガンと原告とは、被告モルガンの注文にかかる業務の委託処理について以下のとおり業務委託契約(以下「本契約」という)を締結する。」
(イ) 第1条(本契約の目的)
 「被告モルガンは原告に対し、以下のダイニングサービス業務(以下「本業務」という)の実施を委託し、原告はこれを受託する。本業務の詳細の仕様は別紙(注:正しくは、本件契約書別紙1がこれに当たると考えられる。)に定める。
・恵比寿ガーデンプレイス(以下「YGP」という)11階カスタマーズエリア内会議室(「会儀室」は誤記と認める。)への給茶サービス及び被告モルガンがケータリング会社に注文した食事運搬
・YGP7階カスタマーズエリア内で使用済み給茶食器の洗浄及び収納並びに給茶に必要な備品の発注及び管理
・YGP17階カスタマーズエリア内での使用済み給茶食器の洗浄及び収納並びに給茶に必要な備品の発注及び管理
・パントリー及びティーステーション(すなわち、コーヒーマシン及び給茶機の完備場所)内設置の備品管理
・上記業務に付随する被告モルガンの取引先ケータリング業者からの請求書処理業務
・YGP 11F以外のフロアーにおける給茶(食事運搬を含む)サービス
2 原告は前項の業務を自己の裁量と責任で遂行する」。
(ウ) 第2条(契約金額)
 「本契約基づき被告モルガンが原告に対し支払うべき本業務1ヶ月あたりの基本契約料金は2、137、000円(消費税別)とし、追加料金に関する定め等詳細については、別紙1(注:正しくは、本件契約書別紙2がこれに当たると考えられる。)の仕様書において定めるものとする。
2.…(略)…」
(エ) 第3条(注文変更)
 「被告モルガンは、本契約に基づく注文内容を変更しようとする場合、あらかじめ1ヶ月前に原告に書面で通知し、原告と協議するものとする。
2.すべての注文変更は、被告モルガン原告両者の書面による合意を必要とする。」
(オ) 第5条(契約業務の履行)
 「原告は本業務の履行にあたり、本契約の内容に従い、関係諸法令を守り、自ら業務処理計画を立案し、従業員を適正に配置し、指導監督と教育指導を行い注文の趣旨に従い誠実かつ善良なる管理者の注意をもって処理するものとする。」
(カ) 第6条(現場責任者)
 「原告は本業務の履行につき被告モルガンとの連絡調整にあたり、原告を代理して注文事項を受託処理し且つ本業務の処理に従事する原告の従業員を管理し、直接指揮命令する者(以下「現場責任者」という)を選任し、次の任に当たらしめるものとする。
(1) 原告の従業員の労務管理及び作業上の指揮命令
(2) 本業務履行に関する被告モルガンとの連絡及び調整
(3) 本契約に基づく注文事項の受託ならびに本契約外の特別発注事項の処理
(4) 原告の従業員の規律秩序の保持ならびに本業務の処理に関する事項」
(キ) 第8条(規律維持)
 「原告は、本業務の処理に従事する従業員の教育指導(被告モルガンが定める別紙2(注:正しくは、本件契約書別紙3がこれに当たると考えられる。)の行為基準等の諸規則を遵守させることを含む)に万全を期し、被告モルガンの職場の秩序規律を保持し、風紀の維持に責任を負い(「多い」は誤記と認める。)、秩序ある業務処理に努めるものとする。」
(ク) 第9条(守秘義務)
 「被告モルガン及び原告は本契約の締結及び本業務の履行において知りえた相互の秘密を第三者(但し、被告モルガンの役員、従業員又は弁護士等の社外アドバイザー並びに原告の本業務担当の役員、従業員又は弁護士等の社外アドバイザーを除く)に漏らしてはならず、当該秘密を本契約に定める第三者についてもこれを遵守させるものとする。
2.前項に定める被告モルガン及び原告の守秘義務は本契約終了後3年間有効とする。」
(ケ) 第14条(契約違反等による解除)
 「被告モルガンまたは原告が次の各号の一に該当したときは、それぞれ相手方は何ら予告なくただちに本契約を解除することができる。
(1) 本契約に定める事項に違反し、または履行を怠ったとき。
 …(略)…
(6) その他、被告モルガンまたは原告の責に帰すべき事由の発生により本契約を継続しがたいとき。」
(争いのない事実)
イ 本件契約書別紙1
(ア) 業務の詳細の定め
 本件契約書別紙1は、本件契約書と一体となっており(本文1条1項)、本件契約1条の業務の詳細が定められている。
(イ) ダイニングスタッフの業務
a ダイニングスタッフの業務は 、「1.Food Order」「2.Food Service」「3.Tea Service」「4.11階のCustomer Area以外の部屋へのDeliveryの準備、サービス」「5.Arrangement for flowers」「6.Vending Machine,Water Service,Tea Stationの点検」「7.17F Customers Area Service」「8.7F MSIM」「9.Daily Date 入力」「10.Invoice 業務」「11.その他の業務」に分けて記載されている。
b このうち「2.Food Service」の項目には、ケータリング会社に注文した、食事運搬について、以下の記載がある。
 「スーパーバイザーはその日のサービスの担当者配分を決め、10時30分のMeetingで報告
a.ブレックファーストサービス
 基本的には、ダイニング早番サービススタッフが担当。
 前日に食器類は用意しておく。受付と確認し掃除が終了して会議室におけるようならば、準備しておく。
b.ランチサービス
 当日のダイニングスケジュールに沿って、当日スーパーバイザーがサービススタッフ担当者を決め、サービスを行う。
c.ディナーサービス
 基本的には、ダイニング遅番サービススタッフが担当。
 ダイニングで扱ってるケータリングサービス業者
 …(略)…
d.11階Diningで使用しているコーヒー豆、ソフトドリンクス、ペーパー皿、紙コップ、ペーパーナプキン他の発注(業者名:略)
e.ミネラルウォーター(略)の発注(業者名:略)」
(ウ) コーディネーターの業務
a コーディネーターの業務は、「1.業者との交渉」「2.ユーザーからのリクエストに関してのサポート」「3.カンパニーイベントに関するトータルアレンジメント」「4.情報のアップデート」「5.備品購入」「6.ダイニング関連データの抽出と担当者への提出」に分けて記載されている。
b このうち、「6.ダイニング関連データの抽出と担当者への提出」には、「急にダイニング関連のデータが必要な場合、データを抽出し、担当者へ提出する」と記載されている。
 (以上、争いのない事実)
ウ 本件契約書別紙3
(ア) 行為基準
 本件契約書別紙3は、本件契約書と一体となっており(本文8条) 、「行為基準(Standard of Conduct)」という標題で、原告が被告モルガンに対して遵守すべき事項が、7項目に分けて記載されている。
(イ) 第1項(機密情報の保護)
 「私は、職務に関連して入手する全ての情報(「機密情報」といいます。)を保護しその機密を保ちます。機密情報には、会社の事業、会社の顧客、会社の従業員、公開取引されている有価証券の重要な非公開情報に関する全ての情報が含まれますが、これらに限定されません。」
 「私は、機密情報を職務の目的に限定して利用します。…(略)…私は、機密情報を含む資料を許可なく会社または雇用主の内部から外に持ち出しません。私は、職務終了後、会社の求めに従い、全ての機密情報を会社に返却します。」
(ウ) 第3項(ワークプロダクツの会社所有権)
 「私は、職務に関連して創作された全てのワークプロダクツを会社(注:被告モルガン)が単独で所有することに合意します。ワークプロダクツとは、知的財産権の全ての資料または形態を意味し、以下を含みます。(a) 特許権、特許申請書、特許ディスクロージャーおよび発明(特許可能または不可能にかかわらず)、(b) 商標、サービスマーク、トレードドレス、商号、ロゴ、法人名、インターネット・ドメインネーム、それらについての登録および登録申請ならびにそれらに関連する全ての営業権、(c) 著作権および著作権の対象となる作品(マスクワークを含みます)、ならびにそれらに関する登録および登録申請、(d) コンピューターソフトウェアプログラム(ソースコードおよびオブジェクトコードを含みます)、データ、データベースおよびそれらに関する文書、(e) 企業秘密およびその他の機密情報(アイデア、方法、改善、ノウハウ、テクニック、研究開発、仕様、図面、フローチャート、プログラマーノート、デザイン、意匠権、開発、計画、ビジネスプラン、提案、テクニカルデータ、ファイナンシャルプランおよびマーケティングプラン、顧客および供給者リストならびに情報を含みます)、(f) 放棄可能なまたは譲渡可能なパブリシティ権、放棄可能なまたは譲渡可能な著作者人格権およびその他すべての形態の知的財産権、および(g) それらの複製および有形物(形態または媒体を問いません)。私は、本書において、かかるワークプロダクツに対する全ての権利、権原および権益(著作権法第27条および第28条に基づく権利を含みます)を会社に譲渡します。私は、会社の求めに従い、ワークプロダクツに対する会社の所有権を確立しまたは維持するために、文書を作成し、その他の行為を実行します(職務終了後も含みます) 。」
 (以上、明らかに争わない事実)
(エ) 契約の成立
a 本件契約書別紙3の末尾には、「上記について承諾の証として、添付された承認書に署名捺印の上返却してください。」と記載されている。
 そして、別紙3の末尾には、「私は、添付された「Standard of Conduct」…(略)… およびかかる基本方針を読み、了解したことを承諾します。会社がこれらに適宜変更を加えるかもしれませんがその場合にはその変更内容に従うことに合意します。更に私は、私が会社の従業員ではないことを了解し合意します。」と記載された「承認書」が添付されている。
(明らかに争わない事実)
b 原告代表者Aは、本件契約書別紙3の末尾の承諾書については、署名等の上被告モルガンに交付していないが、本件契約の更新前の契約書については、平成16年6月23日、上記承諾書と同旨の承認書に署名し、被告モルガンに交付した。
 (丙2、3)
c 原告は、本件契約書別紙3については合意していない旨主張するが、別紙3は本件契約書と一体となっていること(上記(ア))、本件契約は、平成13年1月に締結された業務委託契約を更新してきたものであるが(前記(2)イ)、原告代表者Aは、更新前の業務委託契約については、平成16年6月23日付けで承認書を交付していることからすると、本件契約書別紙3は、本件契約の一部であって、原告は、別紙3の内容についても合意したものと認めるのが相当である。
(4) 本件契約に基づく業務の遂行
ア 被告モルガンにおけるダイニング業務は、被告モルガンのアドミニストレーション統轄本部のコーポレート・サービス(総務課に相当)が担当しており、ダイニング業務のマネージャーは、平成17年1月まではB(以下「B」という。)、その後はC(以下「C」という。)であり、スーパーバイザーであるD(以下「D」という。)が、平成18年4月10日まで、日々の業務の監督を行っていた。
イ 当初、ダイニング業務は、被告モルガンの社員2名、原告からの派遣社員2名、他の派遣会社からの派遣社員1名で行われ、BとDが直接指揮・監督を行っていた。
 平成13年1月に原告と被告モルガンとの間で業務委託契約が締結された後は、原告代表者Aが、現場責任者として、週に数回、被告モルガンに赴き、原告の従業員を指揮・管理し、被告モルガンとの連絡調整を行っていた。
ウ 原告は、本件契約に基づくダイニング業務を遂行するに当たり、本件マニュアルを使用していた。
(争いのない事実、丙4、弁論の全趣旨)
(5) 本件マニュアルの内容
ア 本件マニュアルの電子データをプリントアウトしたものは、全部で100頁を超えており、1枚ずつクリアファイルに挿入され、バインダーに綴じられている。
イ(ア) 本件マニュアルは、本件契約1条及び別紙1のダイニング業務の内容を具体的に記載したもので、以下の18項目に分けて記載されている。
「1、早番のDaily Work Manual」「2、遅番のDaily Work Manual」「3、Supervisorの役割&Supervisorのチェック品目」「4、Daily data inputについて」「5、Dining Menu(写真付き)」「6、サービスの詳細」「7、Regular meetingでのサービス」「8、Irregular meetingでのサービス」「9、Orders」「10、11F Customer's Area以外でのサービスについてのProcedure」「11、Others」「12、Dining Inventory List 」「13、ダイニング内の身だしなみ」「14、ダイニング内の衛生管理について」「15、Audit関係のサービスマニュアル」「16、機密情報漏洩時の対処及び報告方法マニュアル」「17、Power Down」「18、その他の書類」
(イ) 例えば, 「6、サービスの詳細」は、更にブレックファースト、ランチ、パーティなどに分けられて記載されており、準備の時期及び手順、皿やカップなどのセッティング位置、サービスの手順等が詳細に記載されている。
 最も詳しい箇所では、本件マニュアルには、被告モルガンの役員の氏名、使用する食器、ケータリング会社の業者名、弁当の名称、被告モルガンのロゴなども記載されていて、被告モルガンの各役員や会議の種類に応じて異なったサービスの内容や具体的な手順が、初めてダイニング業務を行う者でも円滑に業務が行える程度に、極めて具体的かつ詳細に記載されている。
(ウ) また、「16、機密情報漏洩時の対処及び報告方法マニュアル」には、原告が被告モルガンに対して機密情報を秘匿する責任を負っていること、社外への資料・書面の持ち出しは行為規範(本件契約別紙3)に違反すること、並びに本件マニュアルを紛失した場合、原告代表者Aら並びに被告モルガンのB及びDに報告することが定められている。
 (以上、争いのない事実、丙1)
(6) 本件マニュアルの開示・使用
ア 被告モルガンは、平成18年4月25日までに、被告ジョンソンに対し、本件マニュアルを開示した(以下「本件開示行為」という。)。
(争いのない事実)
イ 被告ジョンソンは、平成18年5月23日から同年9月24日まで、被告モルガン本店内において、本件マニュアルを使用してダイニング業務を実施したが、同月25日以降、本件マニュアルの使用を中止し、被告ジョンソンが作成した業務マニュアル(乙1)を使用してダイニング業務を実施している。
(争いのない事実、乙1、弁論の全趣旨)
(7) 本件契約の解除
ア 原告は、被告モルガンに対し、平成18年5月19日、本件開示行為は本件契約9条1項(守秘義務)に違反し、本件契約の基礎である当事者間の相互の信頼関係は決定的に破壊されたなどと主張して、本件契約14条(1)又は(6)に基づき、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
イ 被告モルガンは、原告に対し、同月23日付けで、原告が本件契約に違反してダイニング業務を提供しなかったとして、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
(争いのない事実)
2 争点
(1) 争点1(7号)
 本件開示行為は、不正競争防止法2条1項7号に該当するか。
 争点1−1 営業秘密
 争点1−2 「示された」
 争点1−3 図利加害目的
 争点1−4 開示についての原告の同意の有無
(2) 争点2(8号)
 被告ジョンソンが本件マニュアルの開示を受け、それを使用した行為は、不正競争防止法2条1項8号に該当するか。
 争点2−1 7号該当性(争点1に同じ)
 争点2−2 被告モルガンの守秘義務違反の有無−営業秘密の原告への帰属
 争点2−3 故意又は重過失
(3) 争点3(9号)
 本件開示行為後、被告ジョンソンが本件マニュアルを使用した行為は、不正競争防止法2条1項9号に該当するか。
 争点3−1 7号該当性(争点1に同じ)
 争点3−2 被告モルガンの守秘義務違反の有無−営業秘密の原告への帰属(争点2−2に同じ)
 争点3−3 故意又は重過失
(4) 争点4(損害)
 損害の有無及び額
3 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
(1) 争点1−1(営業秘密)
ア 非公知性
(ア) 原告が被告モルガンにおいてダイニング業務を遂行するためには、本件契約書別紙1のような定めをより具体化した業務方法を定め、原告代表者Aのサービスに対する考え方を原告の従業員に示す必要があった。
(イ) そこで、原告代表者Aは、平成12年に旧モルガンと労働者派遣契約を締結した後、ダイニングサービスに対する独自の考え方に基づいて、様々な資料、過去の経験及び知識を結集して、テーブルセッティング、食器の取扱方法、サービスの手順、歩き方などの立ち居振る舞いなどサービスを受ける人に心地良さを与えるダイニングサービスのやり方を具体的状況を示して詳細に示した本件マニュアルを作成し、平成13年8月ころに完成した。
(ウ) その後、原告は、毎年8月ころに、本件マニュアルを改定した。
(エ) 原告は、その都度、被告モルガンに通知し、原告がコンピュータに入力し、原本の差し替えを行った。
(オ) 本件マニュアルの内容は、不特定の第三者が知り得るものではない非公知の情報である。
イ 秘密管理性
(ア) 電子データ
a 電子データの保存
(a) 本件マニュアルの電子データは、被告モルガンのサーバーのLドライブ内のフォルダに保存されている。
(b) このコンピュータの端末は、被告モルガンの本店11階のカスタマーズエリアのダイニングルームに附属したストレージルームに1台、キッチンに1台ある。
b アクセス権限
(a) コーポレート・サービスの担当マネージャー、スーパーバイザー及び原告のダイニングスタッフは、このコンピュータへアクセスすることができた。
(b) しかし、その他の者がこのコンピュータにアクセスすることはできなかった。
(イ) 紙媒体
a 本件マニュアルの紙媒体は、被告モルガンの本店4階のアドミニストレーション統括本部に1冊、同11階のカスタマーズエリアのダイニングルームに附属したストレージルームのキャビネットに1冊保管されていた。
b 同4階のアドミニストレーション統括本部に保管されたものは、第三者は知り得ない状態であった。
c(a) 同11階のカスタマーズエリアのダイニングルームに入室できる者は、被告モルガンの社員でダイニングルームの使用を許可されている者に限定されており、来客等の外部者は、被告モルガンの許可を得た場合に限り、入室することができた。
(b) また、食品納入業者は、ダイニングルームに附属する準備室にのみ入室を許されていたので、ストレージルーム入ることはできなかった。
(c) ストレージルームは、原告の担当者がコンピュータの前に常時座っており、勤務時間が終了すると施錠されていた。
(d) したがって、第三者がストレージルームのキャビネットに保管されていた本件マニュアルを見ることは不可能であった。
d 後記被告らの主張(1)イ(イ)dのうち、(a)(まとめ)は争い、(b)(キャビネットの不施錠)、(c)(秘密の表示なし)及び(d)(物理的措置の不存在)は明らかに争わず、(e)(ストレージルームの施錠の理由)は否認する。
(ウ) 原告の管理状況
a 原告は、ダイニング業務の必要に応じて、本件マニュアルの原本から必要な部分をコピーして作業員に手渡し、使用後回収して廃棄していた。
b 前提事実(3)イ(ウ)のとおり、本件契約書別紙1のコーディネーターの業務の中の「6.ダイニング関連データの抽出と担当者への提出」には、被告モルガンの担当者が急にダイニング関連のデータが必要な場合、原告がその必要部分のマニュアルのコピーを作り、担当者に提出するよう定められている。
(エ) 本件契約の守秘義務上の取扱い
a 前提事実(3)ア(ク)のとおり、本件契約9条には、「本契約の締結及び本業務の履行において知りえた相互の秘密を第三者…(略)…に漏らしてはなら」ないことが定められているが、本件マニュアルの内容が営業秘密であることについては、原告と被告モルガンの間で争いがなかった。
b 前提事実(5)イ(ウ)のとおり、本件マニュアルの116頁の「機密情報漏洩時の対処及び報告方法マニュアル」にも、原告が被告モルガンに対して機密情報を秘匿する責任を負っていること、社外への資料・書面の持ち出しは行為規範(本件契約別紙3)に違反すること、並びに本件マニュアルを紛失した場合、原告代表者Aら並びに被告モルガンのB及びDに報告することが定められている。
ウ 有用性
(ア) 本件マニュアルには、上記ア(イ)のとおり、被告モルガンに適応した作業手順が詳細に記載されており、その情報は、被告モルガンにおいてダイニングサービスを行うに当たって有用性がある。
(イ) 本件マニュアルのうち、@固有名詞、A弁当の名称、Bロゴ部分の標記等の被告モルガンに特化した部分以外は、一般的な汎用性のあるダイニングサービスに関する記載であり、これらの固有名詞を他の固有名詞に置き換えれば一般に使用できるものであって、本件マニュアルは汎用性があり、この点でも有用性がある。
(2) 争点1−2(示された)
 前記(1)アのとおり、本件マニュアルは、原告が作成し、被告モルガンに示したものである。
(3) 争点1−3(図利加害目的)
 被告モルガンは、本件マニュアルを被告ジョンソンに開示した当時、原告を本件契約関係から排除し、第三者である被告ジョンソンの利益を図り、原告に損害を与える目的を有していた。
(4) 争点1−4(開示についての原告の同意の有無)
ア 後記被告らの主張(4)のうち、ア(被告ジョンソンへの打診)は不知、ウ(4月25日打合せ)は認め、その余は否認する。
イ 原告は、平成18年4月25日の打合せで、既に本件マニュアルが被告ジョンソンに交付されたことを知り、同月28日、被告モルガンに対して、被告ジョンソンを介在させることについて契約違反である旨抗議した。
 さらに、原告は、同年5月19日、被告モルガンに対して、本件マニュアルの開示を認めない旨通告した。
 したがって、原告が本件マニュアルの開示について黙示の同意をしていないことは、明らかである。
(5) 争点2−2(被告モルガンの守秘義務違反の有無−営業秘密の原告への帰属)
ア 原告帰属
 本件マニュアルは、原告が作成したものであり、本件マニュアルの内容は、原告が原告の従業員に対して作業のやり方を示したものであるから、本件マニュアルの営業秘密は、原告に帰属する。
イ 認否
(ア) ワークプロダクツの被告モルガン所有
 後記被告らの主張(5)イ(ア)は否認する。
(イ) 公序良俗違反
 仮に、別紙3が本件契約の一部であるとしても、別紙3の第3項は、著作権法上一身専属である著作者人格権まで譲渡させるという法律上無効の内容を含む不合理なものであること、また、巨大な被告モルガンが、極めて弱小な原告の立場につけ込んだものであって、独占禁止法19条に定める不公正な取引方法の禁止及び公正取引委員会告示15号14項にいう優越的地位の濫用に該当することから、民法90条の公序良俗に反し、無効である。
(ウ) 解除による復帰
 仮に、別紙3の第3項により、本件マニュアルの営業秘密が被告モルガンに帰属するとしても、前提事実(7)アのとおり、原告は、平成18年5月19日、被告モルガンに対し、本件契約14条(1)又は(6)により本件契約を解除する旨の意思表示をしたから、本件契約は、平成18年5月19日に解除され、別紙3の第3項は遡及的に無効になり、本件マニュアルの営業秘密は、原告に復帰した。
(6) 争点2−3(8号の故意又は重過失)
 被告ジョンソンは、被告モルガンの本件開示行為が原告を本件契約関係から排除し、被告ジョンソンの利益を図り、原告に損害を与える目的でされたこと、又は被告モルガンの守秘義務に違反してされたことを知っていたか、少なくとも重大な過失により知らなかった。
(7) 争点3−3(9号の故意又は重過失)
 被告ジョンソンは、被告モルガンから本件マニュアルを開示された後に、本件開示行為が被告ジョンソンの利益を図り、原告に損害を与える目的でされたこと、又は被告モルガンの守秘義務に違反してされたことを知っていたか、又は重大な過失により知らなかった。
(8) 争点4(損害)
ア 原告は、被告らの不正競争行為の結果、本件契約を平成18年5月19日に解除せざるを得なかった。
イ(ア) 本件契約に基づく原告の被告モルガンからの年間収入は、2564万4000円である(213万7000円×12か月)。
(イ) その年間諸費用は、2014万8115円である。
(ウ) 年間利益は、549万5885円であり、月平均約45万円である。
(エ) したがって、原告が本件契約を解除しなければ、本件契約の残存期間である同月20日から平成20年1月31日までに、合計917万4193円の利益を得ることができた。
 45万円×12/31日+45万円×20か月=917万4193円
ウ したがって、前記期間において、被告ジョンソンも、同額の利益を得たものと推定できる。
エ 被告ジョンソンは、本件マニュアル及びその修正版を使用して、ダイニング業務を行っており、本件マニュアルは、被告ジョンソンが得た利益の約70%に寄与している。
オ したがって、原告は、不正競争防止法5条2項により、被告らの不正競争行為により、653万5960円の損害を被ったものと推定できる。
 549万5885円×0.7÷12=32万0593円
 32万0593円×12/31日+32万0593円×20か月=653万5960円
 よって、原告は、被告らに対して、653万5960円及びこれに対する不法行為の日の後である平成19年1月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
(被告らの主張)
(1) 争点1−1(営業秘密)
ア 非公知性
(ア) 原告の主張(1)ア(ア)は否認する。
(イ) 同(イ)のうち、平成13年8月ころに本件マニュアルが作成されたことは認め、その余は否認する。本件マニュアルは、被告モルガンの指示によって作成されたものである。
(ウ) 同(ウ)は認める。
(エ) 同(エ)は認める。本件マニュアルの改定及び原本の差し替えは、被告モルガンの指示又は承認の下に行われたものである。
(オ) 同(オ)は否認する。
イ 秘密管理性
(ア) 電子データ
a 原告の主張(1)イ(ア)a(電子データの保存)は認める。
b 同b(アクセス権限)のうち、(a)は認め、(b)は否認する。
 コーポレート・サービスで勤務する被告モルガンの社員、外部の業者の従業員など合計約100名の者が4階のコーポレート・サービスの部屋に入ることができ、そこに設置されているパソコンの端末を使用して、本件マニュアルにアクセスすることができる状態にあった。
(イ) 紙媒体
a 同(イ)a(保管場所)は認める。
b 同b(アドミニストレーション統括本部)は否認する。
 本件マニュアルが保管されていたキャビネットは、施錠されておらず、被告モルガンの社員はもちろん、外部の業者でもコーポレート・サービスの関係者であれば、これを閲覧することが可能であった。
c 同c(ストレージルーム)のうち、(a)は認め、(b)は否認し、(c)は知らない。(d)は否認する。
d(a) 本件マニュアルについては、不正手段を用いて秘密を取得しようとしている者、秘密の開示を受けた者等が秘密であると認識しうる程度に管理していたとはいえない。
(b) すなわち、いずれのキャビネットも、施錠されていなかった。
(c) また、本件マニュアルには、特に秘密であることを示す表示はなかった。
(d) 事実上、ストレージルームへの出入りが一定の者に制限されていたとしても、物理的に入室が不可能となる措置は採られていなかった。
(e) さらに、ストレージルームに鍵をかけていたのは、同室内に銀食器等の高価な食器類を保管していたからであり、本件マニュアルがあったからではない。
(ウ) 原告の管理状況
 同(ウ)a(コピーの廃棄)は明らかに争わない。
(エ) 本件契約の守秘義務上の取扱い
 同(エ)a(秘密性について争いの不存在)は否認する。
ウ 有用性
(ア) 同(1)ウは否認する。
(イ) 本件マニュアルの情報は、被告モルガンの役員や会議の種類に応じて異なるサービスの内容や手順を記述し、被告モルガンにおけるより適したダイニングサービスとは何かを示したものであって、固有名詞を置き換えたからといって、他の会社の一般的なダイニングサービス業務にそのまま利用できるようなものではなく、有用性のある情報ではない。
(2) 争点1−2(示された)
 原告の主張(2)は否認する。
 本件マニュアルは、被告モルガンの発案により、原告と共同して作成されたものである。
(3) 争点1−3(図利加害目的)
 同(3)は否認する。
 被告モルガンは、被告モルガンのスーパーバイザーであるDが行っていたダイニングサービス業務の管理業務を被告ジョンソンに行わせることを意図していたにすぎず、原告をダイニングサービス業務から排除する意図や本件マニュアルを開示しないでダイニングサービス業務を継続させた場合に得られたであろう利益以上の利益を得る意図を有していなかった。
(4) 争点1−4(開示についての原告の同意の有無)
ア 被告ジョンソンは、平成18年4月ころ、被告モルガンから、ダイニングサービスの管理を行っていた被告モルガンの従業員であるDが退職したことに伴い、ダイニング業務の管理を行うことを打診され、原告の業務を管理する役割を委ねられることになった。
イ 被告ジョンソンが本件管理業務を行うに当たっては、被告モルガンにおいて現在どのようなダイニングサービスが行われているかを理解し、当面の間は、従来どおりのダイニングサービスを提供する必要があった。
ウ 被告ジョンソンは、このような新体制における業務を円滑に進めるため、同月25日、被告モルガン本店において、原告、被告モルガン、被告ジョンソンの間で打合せを行った。同日の打合せには、原告代表者Aが出席した。
エ この際、被告ジョンソンが被告モルガンから本件マニュアルの開示を受け、これを利用することは、当然の前提となっていた。
オ 原告代表者Aは、上記エの点を十分認識していたにもかかわらず、同日の打合せにおいて、被告モルガンが被告ジョンソンに本件マニュアルを開示することについて何ら異議を述べなかった。
カ したがって、原告は被告モルガンが被告ジョンソンに対して本件マニュアルを開示することについて黙示に同意をしたものである。
(5) 争点2−2(被告モルガンの守秘義務違反の有無−営業秘密の原告への帰属)
ア 認否
 同(5)アは否認する。
イ 被告らの主張
(ア) ワークプロダクツの被告モルガン所有
 仮に、本件マニュアルの情報が原告の情報であったとしても、その情報は、ワークプロダクツの被告モルガン所有を定めた本件契約書別紙3の第3項(前提事実(3)ウ(ウ))により、被告モルガンに帰属する。
(イ) 公序良俗違反
 原告の主張(5)イ(イ)は否認する。
 原告が提供していたのは、被告モルガンにおける食事、飲み物のサービスであって、その過程において、原告が独自に市場的な価値を有する成果物を制作することは想定されていなかったから、本件のような約定を結ぶことは優越的地位の濫用には当たらない。
(ウ) 解除による復帰
 同(ウ)は争う。
(6) 争点2−3(8号の故意又は重過失)
 原告の主張(6)は否認する。
(7) 争点3−3(9号の故意又は重過失)
 原告の主張(7)は否認する。
(8) 争点4(損害)
 原告の主張(8)のうち、イ(ア)(原告の被告モルガンからの年間収入)は認め、その余は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 事実認定
 各項に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる(一部は当事者間に争いがない。)。
(1) 本件契約の締結
ア 原告と旧モルガンは、原告が旧モルガンの本店内でダイニングサービスに関する業務を実施する目的で、平成12年1月28日、労働者派遣に関する基本契約を締結し、その後、平成13年1月31日まで契約を更新した。
 原告と旧モルガンは、平成13年1月26日、同年2月1日から平成14年1月31日までを期間とする旧モルガンの本店内におけるダイニングサービスに関する業務委託契約を締結し、その後、契約の更新を重ね、平成17年2月1日、同日から平成20年1月31日までを期間とする業務委託契約(本件契約)を締結した。
イ 被告モルガンは、平成18年3月31日、旧モルガンから、本件契約上の地位を承継し、原告は、その承継を承諾した。
 (前提事実(2))
ウ(ア) 被告モルガンにおけるダイニング業務は、被告モルガンのアドミニストレーション統轄本部のコーポレート・サービス(総務課に相当)が担当しており、ダイニング業務のマネージャーは、平成17年1月までB、その後はCであり、スーパーバイザーであるDが、日々の業務の監督を行っていた。
(イ) 当初、ダイニング業務は、被告モルガンの社員2名、原告からの派遣社員2名、他の派遣会社からの派遣社員1名で行われ、BとDが直接指揮・監督を行っていた。
(ウ) 平成13年1月に原告と被告モルガンとの間で業務委託契約が締結された後は、原告代表者Aが、現場責任者として、週に数回、被告モルガンに赴き、原告の従業員を指揮・管理し、被告モルガンとの連絡調整を行っていた。
(エ) 原告は、本件契約に基づくダイニング業務を遂行するに当たり、本件マニュアルを使用していた。
 (前提事実(4))
(2) 本件契約の内容
ア 本件契約書の本文
 本件契約は、被告モルガンの本店内における給茶に関連するサービス、備品管理、被告モルガンがケータリング会社に注文した食事運搬、被告モルガンの取引先のケータリング業者からの請求書処理等を内容とするダイニング業務を原告に委託するものであり、本件契約書(甲1)には、前提事実(3)アのとおりの記載がある。
 (前提事実(3)ア)
イ 本件契約書別紙1
 本件契約書別紙1は、本件契約書と一体となっており、本件契約1条の業務の詳細が定められており、その内容は、前提事実(3)イのとおりである。
 (前提事実(3)イ)
ウ 本件契約書別紙3
 本件契約書別紙3は、本件契約書と一体となっており、原告と被告モルガン間で合意された内容の一部となっているが、「行為基準(Standard of Conduct)」という標題で、原告が被告モルガンに対して遵守すべき事項が7項目に分けて記載されており、その第1項及び第3項は、前提事実(3)ウ(イ)及び(ウ)のとおりである。
 (前提事実(3)ウ)
(3) 本件マニュアルの作成経緯
ア 原告が、被告モルガンに従業員を派遣してダイニング業務を行っていた当時、ダイニング業務の直接の指揮・監督は、被告モルガンの担当者であるBやDが行っていた。
 BやDは、ウェスティンホテルのダイニングサービスのプロを呼んで派遣社員を教育したり、原告からの派遣社員とサービスの方法について話し合ってサービスの向上に努めていたが、具体的な手順を書面化したものはなかった。
イ Bは、平成13年1月の原告との業務委託契約の締結により、被告モルガンにおけるダイニングサービスの手順や方法を定めたマニュアルがあった方が原告としても業務を進めやすいだろうと考え、原告代表者Aと話し合い、具体的な手順等を書面化したマニュアルを作成することを合意した。
ウ(ア) 原告代表者Aが、上記マニュアルの作成を担当し、BやDの意見を取り入れて修正を加えるなどして、平成13年夏ころ、本件マニュアルの原型を完成した。
(イ) その後、本件マニュアルは、原告側からの提案や被告モルガン側のBらの提案に基づき順次改定されていったが、その改定は、いずれもBやDの了解を得た上でされたものであり、Bらの了解が得られないまま付け加えられたものはない。
(ウ) 本件マニュアルのコンピュータへの入力作業は、原告代表者Aが行った。
エ 上記認定に反する原告代表者Aの陳述書(甲4、10、11)は、本件マニュアルの大部分は、被告モルガンにおけるダイニングサービスに特化した内容になっており(後記(4)イ)、「機密情報漏洩時の対処及び報告方法マニュアル」には、本件マニュアルを紛失した場合、原告代表者Aらだけでなく、被告モルガンのB及びDに報告することが定められていること(後記(5)イ(キ)b)並びに反対趣旨のBの陳述書(丙4、5)に照らし、採用することができない。
 (以上、争いのない事実、甲4、10、11、丙4、5)
(4) 本件マニュアルの内容
ア 本件マニュアルの電子データをプリントアウトしたものは、全部で100頁を超えており、1枚ずつクリアファイルに挿入され、バインダーに綴じられている。
イ 本件マニュアルは、前提事実(5)イ(ア)のとおり、18項目に分けて記載されているが、例えば、「6、サービスの詳細」は、更にブレックファースト、ランチ、パーティなどに分けられて記載されており、準備の時期及び手順、皿やカップなどのセッティング位置、サービスの手順等が詳細に記載されている。
 最も詳しい箇所では、本件マニュアルには、被告モルガンの役員の氏名、使用する食器、ケータリング会社の業者名、弁当の名称、被告モルガンのロゴなども記載されていて、被告モルガンの各役員や会議の種類に応じて異なったサービスの内容や具体的な手順が、初めてダイニング業務を行う者でも円滑に業務が行える程度に、極めて具体的かつ詳細に記載されている。
 (前提事実(5))
(5) 本件マニュアルの保管状況
ア 電子データ
(ア) 本件マニュアルの電子データは、被告モルガンのサーバーのLドライブ内のフォルダに保管されている。
 コンピュータの端末は、被告モルガンの本店11階のカスタマーズエリア内のダイニングルームに附属したストレージルームとキッチンに1台ずつ、4階のアドミニストレーション統括本部のコーポレート・サービスの部屋に1台設置されている。
(イ) アクセス権限
a コーポレート・サービスで勤務する被告モルガンの社員は、4階のコーポレート・サービスの部屋に設置されているパソコンの端末からだけでなく、社内のどのパソコンからでも自己のIDとパスワードを用いて被告モルガンのシステムにログインすることによって、本件マニュアルにアクセスすることができた。本件マニュアル自体にはパスワードは設定されていなかった。
b 原告を含む外部の業者の従業員は、自己のIDとパスワードを用いて、4階のコーポレート・サービスの部屋に設置されている被告モルガンの社員と共用となっているパソコンの端末や、11階のカスタマーズエリア内のダイニングルームに附属したストレージルームとキッチンに設置されたパソコンの端末から被告モルガンのシステムにログインすることによって、本件マニュアルにアクセスすることができた。したがって、原告以外の外注先の従業員が本件マニュアルの入ったフォルダを見ようと思えば、見ることができた。
イ 紙媒体
(ア) 本件マニュアルの紙媒体は、被告モルガンの本店4階のアドミニストレーション統括本部に1冊、同11階のカスタマーズエリアのダイニングルームに附属したストレージルームのキャビネットに1冊保管されていた。
(イ) コーポレート・サービスの部屋のキャビネットには、鍵はかかっていない。
 コーポレート・サービスの部屋には、被告モルガンの社員が出張する際のチケットの手配をするトラベルセンターがあり、被告モルガンの社員はだれでも自由に出入りすることができ、外注先の業者の従業員も出入りすることができ、これを閲覧しようと思えば、閲覧することができた。
(ウ) 11階のストレージルームは、日中は鍵はかかっておらず、被告モルガンの社員や外注先の業者の従業員が出入りできる状態であった。
(エ) 本件マニュアルのファイルには、「社外秘」とか「持出厳禁」のような秘密であることを示す表示は一切されていない。
(オ) 原告は、ダイニングサービス業務の必要に応じて、本件マニュアルの原本から必要な頁をコピーして作業員に手渡し、使用後回収し、そのコピーを廃棄していた。
(カ) 本件契約書の別紙1のコーディネーターの業務の中の「6.ダイニング関連データの抽出と担当者への提出」には、被告モルガンの担当者が急にダイニング関連のデータが必要な場合、原告がその必要部分のマニュアルのコピーを作り、担当者に提出するよう定められている。
(キ)a 本件契約9条には、「本契約の締結及び本業務の履行において知りえた相互の秘密を第三者…(略)…に漏らしてはなら」ないことが定められている。
b 本件マニュアルの116頁の「機密情報漏洩時の対処及び報告方法マニュアル」には、原告が被告モルガンに対して機密情報を秘匿する責任を負っていること、社外に資料・書面の持ち出しは行為規範(本件契約別紙3)に違反すること、並びに本件マニュアルを紛失した場合、原告代表者Aらだけでなく、被告モルガンのB及びDに報告することが定められている。
 (以上、前提事実(3)イ(ウ)、(5)、争いのない事実、丙4、弁論の全趣旨)
(6) 被告ジョンソンが介在するに至った経緯
ア(ア) 被告ジョンソンは、平成18年4月ころ、被告モルガンから、ダイニングサービスの管理を行っていたDが退職したことに伴い、ダイニング業務の管理を行うことを打診された。
(イ) そこで、被告ジョンソンは、被告モルガンに対して、同月7日付けで、Dが行っていた原告のダイニング業務を管理する役割を被告ジョンソンが行う旨の提案書(甲3)を提出した。
 同提案書には、「受付およびダイニングサービスの(現場の)マネージャーをアウトソーシングする。可及的速やかに。」との記載がある。
イ 被告モルガンは、同月20日、原告に対し、Dに代わって被告ジョンソンを本件契約関係の中に介在させる旨の通告をした。
ウ(ア) 被告モルガンは、同月25日までに、被告ジョンソンに対し、本件マニュアルを開示した。
(イ) 被告ジョンソンは、同年5月23日から同年9月24日まで、被告モルガン本店内において、本件マニュアルを使用してダイニング業務を実施したが、同月25日以降、本件マニュアルの使用を中止し、被告ジョンソンが作成した業務マニュアル(乙1)を使用してダイニング業務を実施している。
エ(ア) 同年4月25日、原告と被告らとの間で、打合せが行われ、原告は、本件マニュアルが被告ジョンソンに開示されたことを知った。
(イ) 原告は、同月28日、被告モルガンに対して、被告ジョンソンを介在させることは、本件契約1条2項の「乙(注:原告)は前項の業務(注:ダイニング業務)を自己の裁量と責任で遂行する。」との定めに反し、本件契約の履行及び存続を不可能にするものであり、本件契約3条の趣旨に違反し無効であるとして、上記イの通告の撤回を求めた。
(ウ) さらに、原告は、同年5月19日、被告らに対し、本件マニュアルの開示について異議を述べ、同日、被告モルガンに対し、本件マニュアルの開示行為は本件契約9条1項(守秘義務)に違反し、本件契約の基礎である当事者間の相互の信頼関係は決定的に破壊されたなどと主張して、本件契約14条(1)又は(6)に基づき、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
(エ) 他方、被告モルガンは、原告に対し、同月23日付けで、原告が本件契約に違反してダイニング業務を提供しなかったとして、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
 (以上、前提事実(6)、(7)、甲3、10、弁論の全趣旨)
2 判断
(1) 争点1(7号)について
ア 争点1−2(示された)について
 前記1(3)及び(4)に認定のとおり、本件マニュアルは、業務委託契約に基づき業 務を履行するための具体的な手順を詳細に記載したものであり、本件契約書別紙1の内容の一部分ともいうべき内容であって、平成13年1月に最初の業務委託契約が締結された後、原告と被告モルガンの合意の下に作成されたものである。
 したがって、原告と被告モルガンは、本件マニュアルという情報が成立した時に、本件マニュアルの情報をお互いに原始的に保有することになったものであって、被告モルガンは、原告から原告が保有していた本件マニュアルの情報を「示された」ものではないと認められる。
イ 争点1−3(図利加害目的)について
 さらに、前記1(6)に認定のとおり、被告モルガンは、被告モルガンの従業員であるDが行っていたダイニング業務の管理業務を被告ジョンソンに行わせることを意図していたものであり、原告をダイニングサービス業務から排除する意図があったとは認められないから、本件マニュアルを開示することにより、原告に損害を加えるなどの目的があったと認めることはできない。
ウ まとめ
 したがって、本件開示行為は、不正競争防止法2条1項7号に該当しない。
(2) 争点2(8号)について
ア 争点2−2(被告モルガンの守秘義務違反の有無−営業秘密の原告への帰属)について
(ア) ワークプロダクツの被告モルガン所有
a 前記1(2)ウに認定のとおり(前提事実(3)ウ(ウ))、本件契約書と一体となって綴られている別紙3の第3項には、原告が職務に関連して創作したすべてのワークプロダクツは被告モルガンが単独で所有する旨規定されているが、同項によると、ワークプロダクツは知的財産権のすべての資料又は形態を意味する旨広く定義されている。
 さらに、前記1(5)イ(キ)bのとおり、本件マニュアルの「機密情報漏洩時の対処及び報告方法マニュアル」には、本件マニュアルを紛失した場合、原告代表者Aらだけでなく、被告モルガンのB及びDに報告することが定められている。
b したがって、本件マニュアルの営業秘密も、被告モルガンの単独所有となるワークプロダクツに含まれるものと認められる。
(イ) 公序良俗違反
 原告は、本件契約書別紙3の第3項は、著作者人格権の譲渡という法律上無効の内容を含み、独占禁止法の優越的地位の濫用に該当し、民法90条の公序良俗に違反するので無効である旨主張する。
 しかし、前記1(2)ウに認定のとおり(前提事実(3)ウ(ウ))、別紙3の第3項は「放棄可能なまたは譲渡可能な・・・著作者人格権」の譲渡を定めているにすぎず、著作者人格権の譲渡の点において内容が不合理なものということはできない。しかも、前記1(3)の本件マニュアルの作成経緯及び(4)の本件マニュアルの内容によれば、本件マニュアルの営業秘密を被告モルガンの所有とさせることが、正常な商慣習に照らして相手方である原告に対する関係で、独占禁止法の優越的地位の濫用に当たるものと認めることもできない。
 よって、原告の上記主張は、理由がない。
(ウ) 解除による復帰
 さらに、原告は、本件契約の解除により、その別紙3は遡及的に無効になり、本件マニュアルの営業秘密は原告に復帰した旨主張する。
 しかしながら、本件契約は継続的契約であるから、その解除の効果は将来に向かってのみ生じ、既に被告モルガンの単独所有となったワークプロダクツの帰属関係を復帰させるものではないと解される。
 よって、原告の上記主張は、理由がない。
イ まとめ
 前記(1)のとおり、本件開示行為は不正競争防止法2条1項7号に該当せず、上記アのとおり、本件開示行為は原告との間の守秘義務に違反するものでもないから、被告ジョンソンが本件マニュアルの開示を受け、それを使用した行為は、不正競争防止法2条1項8号に該当しない。
(3) 争点3(9号)について
 前記(1)のとおり、本件開示行為は不正競争防止法2条1項7号に該当せず、前記(2)アのとおり、本件開示行為は原告との間の守秘義務に違反するものでもないから、本件開示行為後、被告ジョンソンが本件マニュアルを使用した行為は、不正競争防止法2条1項9号に該当しない。
3 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 大竹優子
 裁判官 中村恭
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