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【事件名】類似商号事件(スポーツ・マーケティング)(2)
【年月日】平成19年6月13日
 知財高裁 平成19年(ネ)第10001号 商号使用禁止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成18年(ワ)第9080号)
 (平成19年4月23日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 スポーツ・マーケティング・ジャパン株式会社
訴訟代理人弁護士 小川恵司
同 野村裕
被控訴人 ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社
訴訟代理人弁護士 吉羽真一郎
同 三好豊
同 金丸和弘


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、「ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社」との商号を使用してはならない。
3 被控訴人は、東京法務局渋谷出張所において平成17年10月3日に登記された「プロフェッショナル・マネージメント株式会社」から「ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社」への商号変更登記の抹消登記手続をせよ。
4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要及び当事者の主張等
1 事案の概要
 本件は、スポーツマーケティングを主な業務とする控訴人が、同種業務を行う被控訴人に対し、会社法8条に基づき、被控訴人が「不正の目的」をもって控訴人と誤認されるおそれのある商号を使用していると主張して、当該商号の使用差止等を求めた事案である。
 原判決は、被控訴人につき、控訴人の「スポーツ・マーケティング・ジャパン株式会社」との商号(以下、「原告商号」という。)に類似する「ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社」との商号(以下、「被告現商号」という。)を自己の営業に使用することにより、自己の営業を控訴人の営業と誤認混同させようとする意思、すなわち「不正の目的」があったものと認めることはできないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は、これを不服として、本件控訴を提起した。
2 前提事実、争点、及び、争点に関する当事者の主張
 次のとおり付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし3(原判決2頁5行〜12頁17行)記載のとおりであるから、これを引用する。なお、前記「原告商号」及び「被告現商号」を含め、原判決の略語表示は、当審においてもそのまま用いる。
(1) 控訴人の主張(補足)
ア 会社法8条所定の「不正の目的」の意義
 会社法8条における「不正の目的」とは、他人の営業と誤認させる目的や他人と不正な競争をする目的のみを指すのではなく、不正の目的は問わないものというべきである。
 会社が同一又は類似商号を使用する以上、他人に与える不利益は、両会社が客観的に識別困難になることによって当然に発生するのであって、使用者に積極的な意図があることにより発生するものではない。
 そうすると、「不正の目的」は、@同一又は類似商号を使用する会社が存在すること、A当該会社との同一性につき第三者が誤認混同する可能性が高いこと、Bそれによって当該会社に何らかの不利益が生ずることの3点を認識しつつ、あえて、同一又は類似商号を使用又は登記する意思があれば足りると解すべきである。また、同一又は類似商号を自己の商号として使用することがあれば、「不正の目的」の存在が推定されるべきである。
 特に、競業関係にある会社間では、第三者が誤認混同する可能性や競業会社の不利益が大きいから、そのような場合における「不正の目的」とは、@同一又は類似商号の存在の認識、A競業関係の認識が存することのみで足りると解すべきである。
イ 被控訴人の不正の目的の存在
(ア) 前提事実及び証拠によって認定された事実等を総合すれば、被控訴人は、被告現商号の使用を開始した際、被告現商号は原告商号との関係で「誤認されるおそれのある商号」に該当すること、控訴人が、国内外のスポーツ・マーケティング業界において原告商号を使用して活動を続け、信用を蓄積し、知名度を高めていたこと、被控訴人の代表取締役であるAが、平成17年10月1日の商号変更当時、競業関係にある控訴人に関する上記事実を認識していたにもかかわらず、あえて、「JSM」のイニシャルを変更したくないといった自己の都合を優先して、原告商号と極めて紛らわしい被告現商号を選定し、これを登記したのであるから、「不正の目的」が存在したものというべきである。
 また、被控訴人は控訴人と競業関係にあるのであるから、上記の事情の下では、当然に「不正の目的」が存在したものというべきである。
(イ) 仮に、「不正の目的」を「他人の営業を表示する商号等を自己の営業に使用することにより、自己の営業を当該商号等によって表示される他人の営業と誤認混同させようとする意思」が必要であると解したとしても、被告現商号の使用を開始した際に、被控訴人には、上記の意思が存在した。
 すなわち、被控訴人は、原告商号の存在を認識し、控訴人が被控訴人と競業関係にあることも当然に認識していたから、被控訴人は、被告現商号を使用することにより、スポーツ・マーケティング業界内において、控訴人と被控訴人の同一性について混乱を生じることを当然に認識していたというべきであり、それにもかかわらず、あえて被告現商号への商号変更を行ったのであるから、被控訴人の営業を控訴人の営業と誤認混同させようとする意思があったものと推認されるというべきである。
(2) 被控訴人の反論(補足)
ア 「不正の目的」があるというためには、他人の営業を表示する名称を自己の営業に使用することにより、自己の営業を当該名称によって表示される他人の営業と誤認混同させようとする意思を有することを要するというべきである。
イ(ア) 被控訴人は、自らを控訴人と誤認させるような営業活動したこともなければ、顧客の誤認を営業上有利に利用するような行動を取ったこともなく、控訴人の主張に係る不利益の発生を認識していたこともない。
(イ) 控訴人と被控訴人の同一性について混乱は生じていないし、今後も生じるおそれはなく、被控訴人には、その営業を控訴人の営業と誤認混同させようとする意思は認められない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、被控訴人につき、」「不正の目的」があったものと認めることはできず、控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の訂正
(1) 原判決12頁20行目以下13頁7行目までを次のとおり改める。
「(1) 「不正の目的」の意義
ア 会社法8条は、「不正の目的」をもって他の会社であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならないとし、当該使用行為によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれのある会社は、このような使用行為に対して差止めを請求することができる旨を規定する。
 平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)の下において、自己の商号等と同一又は類似する商号を使用された者の救済については、旧商法20条及び21条が設けられていた。このうち、登記された商号の使用に対する救済に関する規定(旧商法20条)については、専ら不正競争防止法2条1項1号等にゆだねられるものとして廃止されたが、他方、「不正の目的」による商号使用に対する救済に関する規定(旧商法21条)については、不正競争防止法では十分に保護されない場合がなお存在するものとして、会社法8条(株式会社等につき)が引き継いだ。
 ところで、会社法8条(旧商法21条)は、故意に信用のある他人の名称又は商号を自己の商号であるかのように使用して一般公衆を欺くというような反社会的な事象に対処すること等を目的として設けられたものであること、同条は、不正競争防止法2条1項1号のように他人の名称又は商号が「周知」であることを要件とせずに、営業上の損害を受けるおそれのある者に差止請求権を付与していること、後に名称又は商号の使用を行った者が、その名称又は商号の使用を禁止される不利益も少なくないこと等の事情に照らすならば、同条にいう「不正の目的」は、他の会社の営業と誤認させる目的、他の会社と不正に競争する目的、他の会社を害する目的など、特定の目的のみに限定されるものではないが、不正な活動を行う積極的な意思を有することを要するものと解するのが相当である。
イ この点について、控訴人は、「不正の目的」について、@同一又は類似商号を使用する会社が存在すること、当該会社との同一性につき第三者が誤認混同する可能性が高いこと、それによって当該会社に何らかの不利益が生ずることを認識しつつ、あえて同一又は類似商号を使用又は登記する意思があれば足りる、A特別な理由もなく、同一又は類似商号を自己の商号として使用する者については、「不正の目的」を推定すべきである、B競業関係にある会社間であれば、同一又は類似商号の存在の認識及び競業関係の認識が存すれば足りる、などと主張するが、前記の説示に照らして、採用できない。」
(2) 原判決16頁22行目以下17頁21行目までを次のとおり改める。
「イ 検討
(ア) 以上の事実によれば、控訴人は、国内外のスポーツマーケティング業界において、原告商号を使用して活動を続け、信用を蓄積して、その知名度を高めていたことが認められる。そして、Aも、本件合併当時、競業関係にある控訴人に関する上記の事実を認識していたことが認められる(なお、Aの陳述書(乙6)の記載中上記認定に反する部分は信用することができず、また、上記認定に反する被控訴人の主張は、到底採用することができない。)。
 一方、Aは、日本におけるスポーツマーケティングの草分け的存在であり、Aが代表取締役を務めるジェイ坂崎マーケティング社は、昭和62年に設立され、当初からスポーツマーケティング事業を行い、被控訴人は、それを引き継いだものであり、我が国におけるスポーツマーケティング業界において、控訴人をはるかに上回る活動歴、信用及び知名度を有していることが認められる。被控訴人の本店所在地の移転の経過を検討しても、直ちに被控訴人と控訴人との間の混同を惹起させるような事情を窺わせるものは見当たらない。
 原告商号中の「スポーツマーケティング」は業務の内容を示すものとして、「ジャパン」は我が国を示すものとして、ごく一般的な語であるといえる。
 これらの事情を総合考慮すれば、被控訴人につき、自己の営業を控訴人の営業と誤認させる目的、控訴人と不正に競争する目的、控訴人を害する目的があったものとは認められず、また、その他の目的のいかんを問わず、被告現商号を使用することによって、不正な活動を行う積極的な意思があったものと認めることはできない。したがって、「不正の目的」を認めることはできない。
(イ) この点について、控訴人は、被控訴人が、原告商号の存在を認識し、控訴人が被控訴人と競業関係にあることも当然に認識していたから、被控訴人は、被告現商号を使用することにより、スポーツ・マーケティング業界内において、控訴人と被控訴人の同一性について混乱を生じることを当然に認識していたというべきであり、それにもかかわらず、あえて被告現商号への商号変更を行ったのであるから、被控訴人の営業を控訴人の営業と誤認混同させようとする意思があったものと推認される旨主張する。
 しかし、既に述べたとおり、控訴人の主張は、その主張自体採用できないのみならず、被控訴人は、我が国におけるスポーツマーケティング業界において、控訴人を上回る活動歴、信用及び知名度を有していることなど、前記認定した事情を総合考慮すれば、被控訴人につき、自己の営業を控訴人の営業と誤認させる目的、あるいは、控訴人と不正に競争する目的があったものとは認められない。控訴人の主張は採用することができない。」
2 結論
 以上によれば、控訴人の被控訴人に対する本訴請求を棄却すべきものとした原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 大鷹一郎
 裁判官 嶋末和秀
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