判例全文 line
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【事件名】性格心理テストの著作権譲渡事件
【年月日】平成19年6月12日
 大阪地裁 平成17年(ワ)第153号 著作権侵害差止等請求事件(第1事件)、
 平成17年(ワ)第2317号 商標権侵害差止等請求事件(第2事件)
 (口頭弁論終結日 平成19年4月13日)

判決
第1事件原告兼第2事件被告 竹井機器工業株式会社
第1事件原告 X
上記2名訴訟代理人弁護士 本橋光一郎
同 下田俊夫
第1事件被告兼第2事件原告 日本心理テスト研究所株式会社
第1事件被告 Y
上記2名訴訟代理人弁護士 西村渡
同 辻本希世士
(当事者の表示について)
 以下、第1事件原告兼第2事件被告竹井機器工業株式会社を「原告会社」といい、第1事件原告Xを「原告X」といい、両者を併せて「原告ら」という。また第1事件被告兼第2事件原告日本心理テスト研究所株式会社を「被告会社」といい、第1事件被告Yを「被告Y」といい、両者を併せて「被告ら」という。


主文
1 被告会社は、別紙被告商品目録1記載の用紙、同目録2記載の用紙のうち原告会社から仕入れたものでないもの及び同目録3記載の用紙を発行し、販売し、頒布してはならない。
2 被告会社は、その占有に係る前項記載の各用紙の在庫品を裁断その他の方法により廃棄せよ。
3 被告らは、原告Xに対し、連帯して175万円及びこれに対する被告会社は平成17年1月25日から、被告Yは同月23日から、いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは、原告会社に対し、連帯して443万8938円及びこれに対する被告会社は平成17年1月25日から、被告Yは同月23日から、いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らの第1事件に関するその余の請求をいずれも棄却する。
6 被告会社の第2事件に関する請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は、原告Xと被告らとの間においては、原告Xに生じた費用の10分の1を原告Xの負担とし、原告Xに生じたその余の費用と被告らに生じた費用は全部被告らの負担とし、原告会社と被告会社との間においては、原告会社に生じた費用の10分の1を原告会社の負担とし、原告会社に生じたその余の費用と被告会社に生じた費用は全部被告会社の負担とし、原告会社と被告Yとの間においては、原告会社に生じた費用の5分の1を原告会社の負担とし、原告会社に生じたその余の費用と被告Yに生じた費用は全部被告Yの負担とする。
8 この判決は、第1項、第3項及び第4項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
【第1事件】
1 被告会社は、別紙被告商品目録1記載の用紙(以下「旧ハイブリッド用紙」という。)、同目録2記載の用紙のうち原告会社から仕入れたものでないもの(以下「海賊版用紙」という。)及び同目録3記載の用紙(以下「新ハイブリッド用紙」という。)を発行し、販売し、頒布してはならない。
2 被告会社は、その占有に係る前項記載の各用紙の在庫品を裁断その他の方法により廃棄せよ。
3 被告らは、原告Xに対し、連帯して197万円及びこれに対する被告会社は平成17年1月25日から、被告Yは同月23日から、いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは、原告会社に対し、連帯して2126万2625円及びこれに対する被告会社は平成17年1月25日から、被告Yは同月23日から、いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
【第2事件】
1 原告会社は、別紙原告商品目録1記載の商品(以下「原告手引」という。)及び同目録2記載の商品(以下「原告パンフレット」という。)を発行し、販売し、頒布してはならない。
2 原告会社は、その占有に係る前項記載の各商品の在庫品を裁断その他の方法により廃棄せよ。
3 原告会社は、被告会社に対し、別紙原告商品目録3記載の用紙(以下「本件用紙」という。)を10万部引き渡せ。
4 原告会社は、被告会社に対し、3661万6620円及びこのうち3164万4900円に対する平成17年3月26日から、このうち497万1720円に対する同年6月8日から、いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
@ 第1事件は、
ア 原告Xが、
 被告会社による旧ハイブリッド用紙、海賊版用紙、新ハイブリッド用紙及び「YGPI用紙」なるYG性格検査のための検査用紙(以下「YGPI用紙」といい、以上4種類の用紙を併せて「被告用紙」という。)の発行等は、本件用紙に対する原告Xの著作権(複製権又は翻案権)を侵害すると主張して、被告会社に対し、著作権法112条に基づき、被告用紙のうち、旧ハイブリッド用紙、海賊版用紙及び新ハイブリッド用紙(YGPI用紙を除く被告用紙)の発行等の差止め及びその在庫品の廃棄を求めるとともに、被告会社及びその代表取締役である被告Yに対し、YGPI用紙を含む被告用紙の発行等について著作権侵害の不法行為に基づき、連帯して、損害賠償(著作権法114条3項による。訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を含む。)を求め、
イ 原告会社が、
 被告会社による被告用紙の発行等は、本件用紙に対する原告会社の出版権を侵害すると主張して、被告らに対し、出版権侵害の不法行為に基づき、連帯して、損害賠償(著作権法114条1項による。訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を含む。)を求めた事案である。
A 第2事件は、被告会社が、原告会社に対し、
ア 原告会社による原告手引及び原告パンフレット(以下、これらを併せて「原告商品」という。)の制作・販売等は、登録商標「YG性格検査」に係る被告会社の商標権及び「YG性格検査実施手引」と題する印刷物(以下「本件手引」という。)に対する被告会社の著作権を侵害すると主張して、商標法36条及び著作権法112条に基づき、原告商品の制作・販売等の差止め及びその在庫品の廃棄を求め、
イ 原告会社と被告らとの間の大阪地方裁判所平成15年(ヨ)第20021号仮処分命令申立事件で平成15年6月4日に成立した裁判上の和解(以下「本件和解」という。)に基づき、本件用紙10万部の引渡しを求め、
ウ 原告会社は本件和解に基づき被告会社に対して本件用紙を引き渡すべき債務があるのにこれを怠ったと主張して、債務不履行に基づき、3164万4900円の損害賠償(訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を含む。)の支払を求め、
エ 本件用紙の使用料につき、原告会社はこれを受領する権原がないのにこれを受領して利得し、本件用紙の著作権を有する被告会社に対し同額の損失を被らせたと主張して、不当利得に基づき、497万1720円の利得返還(第2事件原告準備書面(1)送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を含む。)を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 原告ら
(ア) 原告会社は、実験心理学器械、職業適性検査器及び体力測定器の製作並びに販売等を目的とする株式会社である。
(イ) 原告Xは、亡P1の妻である。
イ 被告ら
(ア) 被告会社は、心理テストのための印刷物、録音物及び映像物の企画、開発、製作並びに販売等を目的とする株式会社である。
(イ) 被告Yは、P1の子であり、被告会社の代表取締役である。
ウ P1
 P1は、平成13年9月18日に死亡し、原告X、被告Y、被告Yの子でP1の養子であるP2及びP3がP1を相続した。
(2) YG性格検査
 YG性格検査(矢田部ギルフォード性格検査)は、南カリフォルニア大学心理学教授であったJ.P.ギルフォード教授が考案した3つの人格目録を、P1が、P4教授及びP5教授の指導のもと、日本の文化環境に合うように標準化した120の質問からなる質問紙法性格検査である。YG性格検査は、企業や官公庁などでは採用試験や人事異動の参考資料として、また、学校関係では進路指導や生徒指導などに、幅広く利用されている。
(3) 本件用紙
 本件用紙(甲2〔以下、書証番号は特に断らない限り第1事件の番号を指す。第2事件の書証番号は、「A甲1」のように、書証番号の前に「A」を付して表示する。〕)は、YG性格検査を行うための検査用紙(以下「YG性格検査用紙」という。)であり、120の質問文・回答表・プロフィール表等の構成部分を一体にしたものである。
 本件用紙は、三つ折り・六面の用紙であって、@表紙(「作者のことば」、「れんしゅう」、「回答の書き方」の各欄を含む、A質問文(12の性格特性に対応する質問文が10問ごとに配置されている。)、B回答表(縦12問、横10問の回答枠で、同じ性格特性に対応する質問に対する回答が横一列に並ぶように構成されている。)C粗点集計表、DYG性格検査プロフィール表、E判定の解説から構成されている。
 また、本件用紙は、質問文と回答表を同一見開き内に配置して、被験者が受検する際に質問文と回答欄しか目に入らないようにして検査の正確性を確保する一方、回答表と粗点集計表を分離して別の表とし、回答欄にされた記入が裏面に塗布されたカーボンインクを通じて粗点集計欄に上下逆向きに転記されるようにした上で、粗点集計欄とYG性格検査プロフィール表を同一見開き内に配置して、採点者が粗点の集計と粗点のYG性格検査プロフィール表への転記を簡便に行うことができるように工夫されている。
(4) 本件出版契約
 P1は、著作権者をP1、P4教授及びP5教授(以下、この3名を「P1ら3名」という。ただし、小学2年〜6年生用はP1、P6、P5教授の3名)と表示し、これらの者を代表して、原告会社との間で、平成12年1月1日付けで、「著作物出版販売契約書」と題する文書(甲6。以下「本件出版契約書」という。)を作成し、P1ら3名が原告会社に対し本件用紙を複製して発売頒布することを許諾することを内容とする契約(以下「本件出版契約」という。)を締結した。
 本件出版契約書には、P1ら3名は、契約期間の存続中、本件用紙と同一内容又は著しく類似の著作物を自ら発行し、又は他人をして発行せしめることができないこと等が定められている。
(5) 被告会社の行為
ア YGPI用紙の販売
 被告会社は、平成15年2月26日ころ、YGPI用紙(甲7、20)の販売を開始した。
イ 旧ハイブリッド用紙の販売
 被告会社は、平成16年2月初めころ、旧ハイブリッド用紙(甲10、21)の販売を開始した。
ウ 新ハイブリッド用紙の販売等
 被告会社は、平成17年2月初めころ、新ハイブリッド用紙(甲17、23)の発行、販売及び頒布を開始した。
(6) 被告会社の商標権
 被告会社は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)の商標権者である。
 登録番号 第4409820号
 出願日 平成6年12月28日(出願番号:商願平6−132131号)
 登録日 平成12年8月18日
 商標 「YG性格検査」
 商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務 第16類性格検査用の印刷物
(7) 本件手引
 被告会社は、「YG性格検査実施手引」と題する印刷物(本件手引。A甲5)を発行している。
 本件手引は、YG性格検査の実施方法について解説したものであり、別紙商品目録1のとおり、「〔1〕YG性格検査の由来」(第1〜2頁)、「〔2〕YG性格検査で調べられる性格特性の説明」(第2〜3頁)、「〔3〕YG性格検査の用途」(第3頁)、「〔4〕検査用紙の説明」(第4頁)、「〔5〕検査の施行方法」(第4〜6頁)、「〔6〕採点の方法」(第6〜8頁)、「〔7〕プロフィールの読み方」(第9〜12頁)、「〔8〕本検査の信頼性」(第13頁)の各章から構成されている。
 本件手引の中でも特に〔5〕、〔6〕、〔7〕の章は、本件手引の主要な部分で あり、独創性を有している。すなわち、「〔5〕検査の施行方法」の章は、検査の所要時間、被験者に対する検査前の指示、検査中の注意を、箇条書きや項分け形式で分かりやすく説明し、「〔6〕採点の方法」の章は、粗点の算出、プロフィールの記入、系統値の算出、類型判定について順に説明し、「〔7〕プロフィールの読み方」の章は、プロフィールをA〜Eの5つのタイプに分類し、図や表を交えて各タイプについての説明をしたものであり、文章の表現、図や表の構成等に工夫があり、その表現に創作性がある。
(8) 原告会社の行為
ア 原告手引の制作・販売
 原告会社は、遅くとも平成13年12月ころから原告手引(A甲3)を制作・販売している。
イ 原告パンフレットの制作・頒布
 原告会社は、遅くとも平成14年12月ころから原告パンフレット(A甲4)を制作・頒布している。
(9) 原告手引
ア 原告手引は、YG性格検査の実施方法についての説明が記載された印刷物であり、表紙に「YG性格検査実施方法」との表記(以下「原告手引標章」という。)が付されている。
イ 原告手引は、別紙商品目録2のとおり、「〔1〕YG性格検査実施方法(中学校用、高校用、一般用)」(第1〜4頁)、「〔2〕YG性格検査の採点方法」(第5〜8頁)、「〔3〕YG性格検査を利用するにあたって」(第9〜20頁)の各章から構成されている。
 原告手引の「〔1〕YG性格検査実施方法(中学校用、高校用、一般用)」の章は、本件手引の「〔5〕検査の施行方法」の章と、原告手引の「〔2〕YG性格検査の採点方法」の章は、本件手引の「〔6〕採点の方法」の章と、原告手引の「〔3〕YG性格検査を利用するにあたって」の章は、本件手引の「〔7〕プロフィールの読み方」の章と、それぞれ内容及び具体的な表現において同一性ないし類似性がある。
(10) 原告パンフレット
ア 原告パンフレットは、YG性格検査用の印刷物に関する広告であり、表紙に「YG性格検査」との表示(以下「原告パンフレット標章」という。)が付されている。
イ 原告パンフレットは、別紙商品目録3のとおり、YG性格検査用紙についての部分(第1〜8頁)とキャッテルC.F.知能テストについての部分(第9〜10頁)とからなり、YG性格検査用紙についての部分は、「YG性格検査で、何がわかるか」(第1頁)、「YG性格検査の特徴」(第2頁)、「YG性格検査の実施要領」(第2〜8頁)の各章から構成されている。
 原告パンフレットの「YG性格検査の実施要領」の章は、本件手引の「〔5〕検査の施行方法」、「〔6〕採点の方法」及び「〔7〕プロフィールの読み方」の章と、内容及び具体的な表現において同一性ないし類似性がある。
(11) 本件訴え提起に至る経緯
ア 第1次仮処分事件
 原告会社は、被告会社によるYGPI用紙の発行及び販売は、原告会社の出版権を侵害するものであるとして、被告らを債務者として、大阪地方裁判所に対し、YGPI用紙の発行の差止めを求める仮処分の申立てを行った(同裁判所平成15年(ヨ)第20021号。以下「第1次仮処分事件」という。)
 第1次仮処分事件は、数回の審尋期日を経て、平成15年6月4日、原告会社と被告らとの間で、被告らがYGPI用紙を発行、販売、頒布しないこと等を内容とする裁判上の和解(本件和解)が成立して終了した。本件和解の内容は下記のとおりである(〔〕内は、本訴における呼称である。)。
 記
 「1 債務者ら〔被告ら〕は、別紙商品目録記載の商品(以下「本件商品」という。)〔YGPI用紙〕を発行、販売、頒布しない。
2(1) 債務者ら〔被告ら〕は、債権者〔原告会社〕に対し、本日時点で債務者ら〔被告ら〕が占有する本件商品〔YGPI用紙〕の在庫品を、平成15年6月20日限り、債権者〔原告会社〕のYG営業部(東京都品川区<以下略>)あてに郵便等により送付して引き渡す。
(2) 債務者ら〔被告ら〕は、債権者〔原告会社〕が上記(1)により送付された本件商品〔YGPI用紙〕を廃棄することに異議を述べない。
(3) 上記(1)の送付費用は債務者ら〔被告ら〕、同(2)の廃棄費用は債権者〔原告会社〕がそれぞれ負担する。
3 債務者日本心理テスト研究所株式会社(以下「債務者会社」という。)〔被告会社〕は、平成15年6月20日限り、本件商品〔YGPI用紙〕の販売を中止した旨を同社が開設するインターネットホームページ(http://<以下略>)上に掲載し、その掲載を同年7月19日まで継続する。
4 債権者〔原告会社〕は、債務者会社〔被告会社〕に対し、YG性格検査用紙(手採点/一般用、高校用、中学校用、小学2年〜6年生用)〔本件用紙〕を、暫定的に、年間(7月1日から翌年6月30日)10万部を限度として、債務者会社〔被告会社〕の注文に応じて、従前どおりの価格で販売、納品する。
5 今後の債権者〔原告会社〕と債務者ら〔被告ら〕との間の問題については、別途、両者で協議する。
6 債権者〔原告会社〕は、本件仮処分命令申立てを取り下げる。
7 申立費用は各自の負担とする。」
 被告会社は、本件和解に基づき、その占有するYGPI用紙の在庫品及び仕掛品を原告会社宛に送付し、原告会社はこれを廃棄処分した。
イ 第2次仮処分事件
 原告らは、被告会社による旧ハイブリッド用紙の発行及び販売は原告会社の出版権を侵害するとともに、原告Xの著作権を侵害するものであるとして、被告らを債務者として、大阪地方裁判所に対し、旧ハイブリッド用紙の発行差止めを求める仮処分の申立てを行った(同裁判所平成16年(ヨ)第20009号。以下「第2次仮処分事件」という。)
 第2次仮処分事件は、数回の審尋期日を経て、平成16年10月13日、原告Xの申立てを認め、被告会社に対して旧ハイブリッド用紙の発行、販売及び頒布の差止等を命ずる仮処分命令がされた。なお、原告会社は、同日付で、その申立ての全部を取り下げた。
 なお、上記仮処分命令に基づき、平成16年10月25日、被告会社の事務所において仮処分執行が行われ(平成16年(執ハ)第313号)、旧ハイブリッド用紙の在庫品1700部の占有が解かれ、大阪地方裁判所執行官の保管するところとなった。
2 第1事件の争点(争点1)
(1) 原告Xの著作権侵害の有無
ア 本件用紙の著作物性(争点1−1)
イ 被告用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。
(ア) YGPI用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。(争点1−2)
(イ) 旧ハイブリッド用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。(争点1−3)
(ウ) 新ハイブリッド用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。(争点1−4)
ウ 本件用紙の著作権はP1から被告Yを通じて被告会社に譲渡されたものであるか。(争点1−5)
エ 被告会社は海賊版用紙を販売したか。(争点1−6)
オ YGPI用紙に係る損害賠償請求の問題は本件和解により解決済みであり本訴において原告らは被告らにその支払を請求できないものであるか。(争点1−7)
カ 本件用紙について被告会社が翻案権又は複製権を有し、これにより原告Xの著作権が制限されるか。(争点1−8)
キ 原告Xによる本件用紙の著作権の行使は、権利濫用に当たるか又は被告用紙の販売に合意しない「正当な理由」を欠き、許されないか。(争点1−9)
(2) 原告会社の出版権侵害の有無
ア 出版権の帰属(争点1−10)
イ 被告用紙は本件用紙を「原作のまま…複製」したものであるか(争点1−11)
ウ 原告会社は被告らに対し出版権を対抗できるか。(争点1−12)
(3) 被告Yの共同不法行為責任の有無(争点1−13)
(4) 原告らの損害
ア 原告Xの損害(争点1−14)
イ 原告会社の損害(争点1−15)
(5) 差止め等の必要性の有無(争点1−16)
3 第2事件の争点(争点2)
(1) 商標権侵害の有無
ア 原告各標章の使用は商標としての使用といえるか。(争点2−1)
イ 本件商標の使用許諾の有無(争点2−2)
ウ 被告会社の商標権に基づく請求は権利濫用に当たるか。(争点2−3)
(2) 著作権侵害の有無
ア 被告会社は本件手引の著作権を取得したか。(争点2−4)
イ 著作物利用許諾の有無(争点2−5)
ウ 原告商品は本件手引に依拠したものであるか。(争点2−6)
(3) 本件和解に基づく本件用紙の引渡請求について
 本件和解に基づく本件用紙の引渡請求権の存否(争点2−7)
(4) 本件和解の債務不履行に基づく損害賠償請求について
ア 帰責性の有無(争点2−8)
イ 被告会社の損害(争点2−9)
(5) 不当利得返還請求について
ア 不当利得の成否(争点2−10)
イ 被告会社の損失の有無(争点2−11)
ウ 消滅時効の成否(争点2−12)
第3 第1事件の争点に関する当事者の主張
1 争点1−1(本件用紙の著作物性)について
【原告らの主張】
(1) 原告Xの有する著作権は、本件用紙それ自体だけではなく、本件用紙を構成する部分(具体的には、質問事項120問やプロフィール表等)についても及んでいる。
(2) 被告らは、昭和30年代と昭和41年ころ、それぞれ本件用紙とは別個の用紙(以下、昭和30年代に発行されていた用紙を「昭和30年代用紙」、昭和41年ころ発行されていた用紙を「昭和41年用紙」といい、両用紙を併せて「旧用紙」という。)が発行されており、旧用紙は本件用紙とは別個の著作物であるとして、本件用紙の著作権はあくまで本件用紙において新たに創作された部分に限定されると主張する。
 確かに、両用紙にはいくつかの相違点が見られる。しかし、それらは、およそ同一性が失われるような根本的な相違といえるものではない。したがって、本件用紙は、旧用紙の二次的著作物と評価し得るものではなく、いわば二次的作品にすぎないものであって、本件用紙において創作された部分のみを区分して論ずる必要性はない。被告ら自身、本件用紙において創作された部分以外の部分をも第三者に対して引用許諾等をしているが(乙17ないし19)、自己の主張と自己矛盾をきたしている。
 よって、被告らの上記主張は理由がない。
(3) 被告らは、本件用紙が出版される以前から、P1等において各種論文や文献等にも発表されていたとしてP1著の「新性格検査法」(乙1)を、また、被告らにおいてこれら質問及び表を記載した用紙その他の手引書等を販売してきたとして被告会社発行の「三型式YG性格検査実施手引」(乙2)をそれぞれ証拠として提出する。しかし、「新性格検査法」及び実施手引は、もともとは原告会社において発行・販売していたものであり(原告会社発行の「新性格検査法−YG性格検査実施・応用・研究手引−」につき甲29)、コンピュータ判定も原告会社で行おうとしていたところ、その後P1の意向により、「日本心理テスト研究所」が行うようになった模様である(甲30ないし32)。
【被告らの主張】
 本件用紙は、それ以前に発行されていた用紙(旧用紙)とは別個の著作物であり(後記(1))、本件用紙につき著作物性が認められる部分は、本件用紙において新たに創作された部分に限定される(後記(2))。これと異なる原告らの主張には理由がない(後記(3))。そして、本件用紙と被告用紙が類似する根拠として原告らが指摘する後記構成@ないしBは、いずれも旧用紙が備えていたものであり、本件用紙において新たに創作された部分ではない(後記(4))。したがって、上記構成@ないしBには、本件用紙の著作権の保護は及ばない。仮に本件用紙の著作権の保護が及ぶとしても、その範囲は狭い(後記(5))。本件用紙において創作性が認められる部分は、用紙全体の構成、用紙中の質問や表の配列、用紙や用紙に書かれた字の色や大きさなどであるが、これを前提に本件用紙と被告用紙を比較すると、両著作物は類似しない(後記(6))。
(1) 本件用紙が発行されるより前の、昭和30年代と昭和41年ころ、原告会社は、本件用紙とは明らかに区別されるべき性格検査用紙(旧用紙)を発行していた。
 すなわち、@旧用紙の表紙には、「矢田部ギルフォド性格検査」との表示はあるが、本件用紙にある「YG性格検査」の表示はなく、両者は名称からして異なっている。また、A本件用紙には、裏側の最上面に、質問文を分断する点線とこの点線中の「(この線で半分だけ折りまげる)」との表示があるが、旧用紙にはこれがなく、B本件用紙には、表紙の反対側の記入欄の枠内にルビンの杯を二重の円とその中の「INSTITUTE FOR PSYCHOLOGICAL ESTING」の文字で囲んだマークがあるが、旧用紙にはこれらがなく、C本件用紙には、回答欄の裏側にカーボンパターン間の黒色の塗りつぶしがあるが、旧用紙にはこれがなく、D旧用紙の回答欄の○△○の表示は、本件用紙のそれに比べて著しく太く、E質問文(昭和30年代用紙については多数、昭和41年用紙については、19、23、31、59、82、103)や、F構成者3名(P1ら3名)の順序、氏名・生年月日欄の構成等について、旧用紙と本件用紙との間には、いくつもの相違点がある。しかも、G本件用紙には、「一般用」(本件用紙)の他に、「高校用」、「中学校用」、「小学2年〜6年用」の区別があり、それぞれ表紙にその旨が表示されているとともに、黄色、空色、薄緑色、赤色に着色されているが、旧用紙にはそのような区別がない。
 以上のとおり、本件用紙は、旧用紙とは名称やデザイン等の具体的表現が異なっており、それぞれ別個の著作物であることは明らかである。原告会社もそれを十分に認識していたからこそ、自ら作成した本件出版契約書(甲6)の「著作物の題目」に、旧用紙(「矢田部ギルフォド性格検査」)とは明確に区別できるように、「YG性格検査用紙(一般用、高校用、中学校用、小学2年〜6年用)」と記載し、旧用紙については出版権を主張しなかったのである。
 また、質問文やプロフィール等の構成要素については、過去に作成された用紙には、現在では意味のわかりにくい表現や不適切な表現、古い被験データに基づくものが含まれており、そのまま使い続けると誤った判定結果が出るおそれがあるので、新規に作成される用紙中の質問文やプロフィール等の構成要素は、過去の用紙の構成要素に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現し、適正な判定結果が得られるものとなるよう努めている。特に、昭和30年代用紙とそれより後の用紙とでは、質問文の内容のほとんどが異なり、プロフィール表の数字の配置も全く異なっており、完全に同一性を失っている。
 原告らは、本件用紙が旧用紙の二次的著作物であると述べてしまうと自らの主張に破綻を来すと考えたためか、「二次的著作物」を「二次的作品」という言葉に置き換えて苦しい弁解をしているが、結局のところ、原告らも、本件用紙と旧用紙が別の著作物として評価されることを実質的に認めているのである。
(2) 本件用紙は、P1が本件用紙を創作する前に創作した質問事項やプロフィール表などの著作物から構成される著作物である。すなわち、質問事項やプロフィール表などの個々の構成要素は、本件用紙が出版される以前から、P1等において研究開発され各種論文や文献等にも発表されていたし(乙1)、被告らにおいてもこれらの質問事項やプロフィール表を記載した用紙その他の手引書等を販売してきたものである(乙2)。
 また、本件用紙は、旧用紙を改良して創作されたものであるから、旧用紙において創作された部分と本件用紙において新たに創作された部分から構成される著作物でもある。
 ところで、ある著作物が、既存の著作物の全部又は一部が複製された部分と独自に創作された部分とで構成される場合、当該著作物の創作性は、当該著作物において新たに付加された創作的部分についてのみ生じ、既存の著作物と共通する部分には及ばないというのが確立した法理である(最高裁判所平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁)。
 この確立した法理からすれば、本件用紙において著作権法上保護されるのは、あくまで本件用紙において新たに創作された部分に限定され、旧用紙において既に創作されていた部分には及ばず、ましてや質問事項やプロフィール表などの個々の構成要素に及ぶことはない。
(3) 原告らは、本件用紙と被告用紙が類似する根拠として、@「1枚の用紙に質問文、回答欄、粗点集計欄、プロフィール表等を配置し、折り重ねた構成」、A「回答欄の裏面に塗布された特殊用紙を通じて回答内容が上下逆に粗点集計欄に転写される構成」、B「粗点集計欄とプロフィール表を同一見開き内に配置した構成」を挙げる(以下、順に「構成@」、「構成A」、「構成B」という。)。しかし、構成@ないしBは、いずれも昭和30年代用紙ないし昭和41年用紙が備えていたものであり、本件用紙において新たに創作された部分ではない。したがって、構成@ないしBは、本件用紙の著作権の保護が及ぶ範囲には含まれない。
(4) 以下のとおり、構成@ないしBの創作性のレベルは低く、仮に本件用紙の著作権の保護が及ぶとしても、その範囲は狭いものというべきである。
ア 構成@は、特に創意工夫が認められるものではなく、各社発行の多数の性格検査用紙(乙7ないし14)にも見られる、陳腐化したありふれたものである。
イ 構成Aは、回答欄のある面を折った状態から開いたときに現れる粗点集計欄の文字の記載方向が、用紙の折り方との関係上、必然的に回答欄と上下逆向きになって表れるだけのことであり、学術的な工夫に基づき創作されたものではない。すなわち、本件用紙を展開してみると、回答欄と粗点集計欄の向きは一致しており、回答欄にされた記入が粗点集計欄に上下逆向きに転写されるといっても、それは回答欄が粗点集計欄の上に重なるように用紙を折れば、必然的に回答欄と粗点集計欄の向きが互いに上下逆向きになるからである。このように、本件用紙において回答欄にされた記入が粗点集計欄に上下逆向きに転写されるのは、1枚の紙を折って構成されたことに由来するものであり、特に検査実施のために工夫されたものではない。したがって、構成Aについて創作性を認めることは誤りである。
ウ 構成Bは、「採点者が粗点の集計とプロフィール表へのプロットを簡便に行えるようにする」という目的を実現するための機能の問題であり、著作権の保護は及ばない。
 また、プロフィール表は、粗点集計欄に記入された粗点に基づいてプロフィール表内の該当する数字に丸印を付け、各丸印間を線で結んでグラフにすることにより、性格特徴を視覚的に把握できるようにしたものであるが、グラフ(本件におけるプロフィール表)とグラフの元になるデータ(本件における粗点集計欄)を同一見開き内に配置することは、古くから一般的に当然のように行われていることであって、創作とはいい難いレベルのありふれたものである。
 グラフとグラフの元になるデータを同一見開き内に配置することは、性格検査用紙以外の様々な分野でも普通に行われていることである。たとえば、健康測定の結果は、身長・体重・血糖値などの各データとこれらのデータをグラフ化したものが同時に視覚に入るように記載されるし、同様のことは生体情報測定・気象情報などありとあらゆる分野で行われている。このようにグラフとグラフの元になるデータを同一見開き内に配置することは当然であって、誰でもそのようにするのが自然であり、むしろあえて別々の場所に配置することの方が不自然かつ不便である。現実に、本件用紙のことなど全く知らないはずの者によって作成されたと思われる多種多様な図表において、グラフとグラフの元になるデータが同一見開き内に配置されている(乙4ないし6参照)。
(5) 以上によれば、本件用紙において創作性が認められる部分は、用紙全体の構成、用紙中の質問や表の配列、用紙や用紙に書かれた字の色や大きさなどに限定される。
2 争点1−2(YGPI用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
【原告らの主張】
(1) 本件用紙の構成
ア 表紙(1頁)
(ア) 左上に、表題として「YG性格検査(矢田部ギルフォード性格検査)」の表示が、その下に構成者3名の氏名・肩書が記載されている。
(イ) 左下に、「作者のことば」が記載されている。
(ウ) 右上に、「れんしゅう」の欄があり、9問の質問文及び各質問の回答欄が記載されている。
(エ) 右下に、「回答の書き方」の欄があり、5つの回答パターンに沿って、回答の書き方の説明が記載されている。
イ (表紙を開いて)上頁(2頁)
 頁全体に、質問文が存する。縦12問ずつ、横に3列分、2段組みで、上半分に1問から36問、下半分に37問から72問まで記載されている。実施の際には、頁半分のところで折り曲げ、36問が終わるまでは37問以下の問題が見えないようにする(甲1の4頁参照)。
ウ (表紙を開いて)下頁(3頁)
(ア) 上半分に、質問文が記載されている。縦12問ずつ、横に3列分で、73問から120問まで記載されている。
(イ) 下半分に、回答欄が記載されている。回答欄の構成は、縦12問ずつ、横10列分、計120問の回答欄がひとまとまりになっている。個々の質問の回答欄は、左から「はい」「?」「いいえ」の順に「○」「△」「○」が印刷済みの欄があり、回答は回答欄の「○」「△」「○」を上からなぞって記入するようになっている。
エ 裏表紙(記入欄)
(ア) 左上に、表題として「YG性格検査記入欄」が表示されている。
(イ) 中央に、「回答者の特定に必要な欄・検査月日の欄」が記載されている。
(ウ) 左下に、「注意事項」として、5項目の注意事項が記載されている。
(エ) 右下に、「著者の氏名」「発行所・販売元」の表示が記載されている。
オ 糊付けされ検査実施中は開くことはできないが、採点時に開封する内部の頁のうちの上頁
(ア) 上部に、プロフィール表が記載されている。プロフィール表は、各質問によって得られた12の各因子に関する粗点をそれぞれ対応する場所に転記し(○印を付ける、左右どちらに位置するかによって各因子の強弱がわか)るように構成されるとともに、各○印を線で結んで得られた線形から、15類型の型判定ができるようになっている。
(イ) 中央部分に、裏表紙のYG性格検査記入欄が転写される欄(回答者の特定に必要な欄・検査月日の欄に記入したものが転写される)が記載されている。
(ウ) 下部に、カーボン印刷が施されている(3頁の回答欄の真裏に位置する)。
カ 糊付けされ検査実施中は開くことはできないが、採点時に開封する内部の頁のうちの下頁
(ア) 上部に、回答欄が転写され、粗点集計欄が記載されている。採点の際、○を2点、▽を1点として集計して、横列ごとに集計した数字を記入する粗点欄が右端に記載されている。回答欄の真裏にカーボン印刷が施され、かつ、回答欄の真下に折り曲げた用紙の粗点集計欄がくるよう配置することにより、回答欄に記入した受検者の応答がそのまま転写されるようになっている。
(イ) 中央部分に、カーボン印刷が施されている(「受検者の特定に必要な欄」を転写するため)。
(ウ) 下部のうち、左側にプロフィール判定基準が、右側に調査される12の性格特徴の傾向についての簡単な説明が記載されている。
(2) 本件用紙の表現上の本質的な特徴
ア 受検者が回答欄に記入した回答結果が、折り曲げられ糊付けされた用紙の内部の粗点集計欄にそのまま転写されることにより、集計欄において各尺度ごとの粗点を集計し易くできるよう配列・構成されている(横列ごとに各尺度の粗点を集計することができる。)。用紙を折り重ね、回答欄の内側(折り重ねた紙の真下)に粗点集計欄を位置させるという構成・配列は、本件用紙における具体的な表現であり、本質的な特徴である。
イ 粗点集計欄で集計した粗点を、採点者がプロフィール表に転記し(該当点数を○で囲む。)、各○印を線で結ぶことにより、当該受検者のプロフィールの型が分かるように構成されている。粗点を転記しやすいように、粗点集計欄と同じ面にプロフィール表を配置したのも、本件用紙における具体的な表現であり、本質的な特徴である。
ウ 本件用紙は、1枚の用紙に、質問文・回答欄・粗点集計欄・プロフィール表等を配列・構成することにより、検査実施から検査結果(型判定)の表示まで、性格検査に関する一連の作業をすべて行うことができる。かかる目的のために配列・構成された用紙の全体は、具体的な表現であり本質的な特徴である。
エ 質問文120問の選別及び配列は、P1等が行ったものである。質問文は、12の各因子が判定できる質問を各因子ごとに10問、計120問が選別されている(たとえば、「D:抑うつ性」に関する質問は、12、24、36、48、60、72、84、96、108、120問に配列されている)。このような配列をしたのは、回答結果が粗点集計欄に転写される構成・配列に合わせて、因子ごとの得点の集計をしやすくするように工夫したものである。すなわち、回答欄は、単に機械的に縦12問分、横10列に配列しているのではなく、各因子に関する得点を集計しやすいように工夫されている。このように構成された回答欄も、具体的な表現であり本質的な特徴である。
オ プロフィール表は、P1等が創作したものである。粗点集計欄で集計した各因子の粗点を、プロフィール表に転記して線で結び、得られた線形から15類型の型判定を行うことができるように構成されているプロフィール表も、具体的な表現であり本質的な特徴である。
(3) 本件用紙とYGPI用紙の類否
 被告らの主張する本件用紙とYGPI用紙の表現上の相違は、表紙面のごく一部のことにすぎない。他の大部分は、その構成部分の内容・配置ともに全く同一である。
 したがって、YGPI用紙は、本件用紙と同一又はその本質的特徴が同一である。
【被告らの主張】
 原告らは、本件用紙と被告用紙が類似する根拠として、@「1枚の用紙に質問文、回答欄、粗点集計欄、プロフィール表等を配置し、折り重ねた構成」(構成@)、A「回答欄の裏面に塗布された特殊用紙を通じて回答内容が上下逆に粗点集計欄に転写される構成」(構成A)、B「粗点集計欄とプロフィール表を同一見開き内に配置した構成」(構成B)を挙げる。
 仮に、構成@ないしBが本件用紙の著作権の保護範囲に含まれるとしても、本件用紙は、表紙に「性格検査」という表示や教授名の表示があり、いずれも活字体で表示されているため、いかめしく、被験者を萎縮させ、試験の判定結果に影響を及ぼしかねないのに対し、YGPI用紙は、表紙に「性格検査」という表示や教授名の表示はなく、ルビンの杯のイラストに重ねて、丸みのある文字で「YG Personality Inventory」と表示されており、全体的に柔らかな印象を与え、被験者を萎縮させることがないように工夫されているため、本件用紙とは具体的な表現について明らかな相違がある。
 よって、YGPI用紙は本件用紙に類似していない。
3 争点1−3(旧ハイブリッド用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
【原告らの主張】
(1) 旧ハイブリッド用紙の構成
ア 表紙
(ア) 左上に、表題及びロゴが記載されている。
(イ) 中央上に、「文字見本」が記載されている。
(ウ) 右上に、「注意事項」として6項目の注意が記載されている。
(エ) 中央に、回答者の特定に必要な欄が記載されている。
(オ) 下半部に、「回答欄」が記載されている。回答欄の構成は、縦12問分ずつ、横10列分、計120問の回答欄がひとまとまりになっている。個々の質問の回答欄は、左から「はい」「?」「いいえ」の順に「○」「△」「○」が印刷済みの欄があり、回答は回答欄の「○」「△」「○」を上からなぞって記入するようになっている。回答欄の構成は、本件用紙の回答欄と同一である。
イ 糊付けされ検査実施中は開くことはできないが、表紙を開いた内部の頁のうちの上頁
(ア) 上半部に、「YGPIコンピュータ判定データ入力シート」と題する欄が記載されている。この欄の内容は、欄外の各因子に関する説明が若干違うほかは、本件用紙のプロフィール表とほぼ同一である。
(イ) 中央に「回答者の特定に必要な欄」が記載されている。
(ウ) 下半部に、「コンピュータL判定系統値入力データ」と題する欄が記載されている。表紙の回答欄に記入した受検者の応答が特殊印刷によりそのまま転写されるようになっており(ただし、採点に必要な欄のみが転写される)、粗点を集計することができるような欄になっている。採点の際、○を2点、▽を1点として集計して、横列ごとに集計した数字を記入する粗点欄が右端に記載されている。この欄の内容は、本件用紙の粗点集計欄とほぼ同一である。
ウ 糊付けされ検査実施中は開くことはできないが、表紙を開いた内部の頁のうちの下頁
 表題として左上に「コンピュータによる判定解析法」との記載があり、時計回りに右下まで、@粗点の計算、Aデータ入力シートプロフィールへの転記、B系統値の算出、CコンピュータL判定解析へ、についての説明文が記載され、また、左下に、上頁の縮小版及びその記入例が記載されている。
(2) 本件用紙と旧ハイブリッド用紙の類否
 旧ハイブリッド用紙は、本件用紙と、次のような共通点が存し、また、表現上の本質的特徴を共通にしている。
ア 回答欄の構成、すなわち、縦12問分ずつ、横10列分、計120問の回答欄がひとまとまりになっている構成、及び、個々の質問の回答欄が、左から「はい」「?」「いいえ」の順に「○」「△」「○」が印刷済みの欄があり、回答は回答欄の「○」「△」「○」を上からなぞって記入するようになっている構成が、全く同一である。
イ 旧ハイブリッド用紙の「YGPIコンピュータ判定データ入力シート」と題する欄と本件用紙のプロフィール表は、ほぼ同一である。
ウ 旧ハイブリッド用紙の「コンピュータL判定系統値入力データ」と題する欄と、本件用紙の粗点集計欄は、ほぼ同一である。
エ 回答欄の真下の部分に粗点集計欄を配置している構成は、同一である。また、たとえば、質問文1の回答の応答が粗点集計欄の尺度S(社会的外向性についての因子)の欄に転記されるようになっており、各質問文の回答の結果がそれに対応する各尺度の粗点集計欄に転写されるよう、方向も一致している。したがって、旧ハイブリッド用紙は、本件用紙と同一又は著しく類似している。
【被告らの主張】
(1) 旧ハイブリッド用紙は、2枚の紙(回答欄を配置した紙、粗点集計欄及びプロフィール表を配置した紙)を切り離し可能に接着したもので、質問文は別紙で提供されており、そもそも本件用紙の構成@(1枚の用紙に質問文、回答欄、粗点集計欄、プロフィール表等を配置し、折り重ねた構成)を備えたものではない。
(2) 本件用紙の構成A(回答欄の裏面に塗布された特殊用紙を通じて回答内容が上下逆に粗点集計欄に転写される構成)は、前述のとおり、1枚の紙を折って構成されたことに由来するものであり、特に検査実施のために工夫されたものではない。
 これに対し、旧ハイブリッド用紙は、回答欄のある表紙と粗点集計欄のあるシートを互いの上端縁と下端縁で糊付けし、テストの実施後に表紙を取り外してから採点作業が行われるようにしたものであり、1枚の紙を折って構成されたものではなく、回答欄と粗点集計欄の向きが互いに上下逆向きとなっているのは、本件用紙のように用紙の折り方から必然的に導かれた結果ではない。旧ハイブリッド用紙において回答欄を表紙の他の構成要素と逆向きにしたのは、テストの開始前に、回答欄に目が奪われがちな被験者に対し、表紙の「文字見本」や「注意事項」等に注目してもらうための工夫であり、本件用紙の構成Aに依拠したものではない。
(3) 本件用紙の構成B(粗点集計欄とプロフィール表を同一見開き内に配置した構成)に関し、旧ハイブリッド用紙は、粗点集計欄及びプロフィール表のそれぞれの構成、並びに両者間の間隔等の具体的な表現形式について、本件用紙とは明らかな相違がある。
 すなわち、本件用紙においては、プロフィール表は、その下の生年月日欄、性別欄、検査年月日欄、判定欄と一体になった構成で、粗点集計欄とプロフィール表との間に比較的広い間隔があり、この間隔には折り目、カーボンが設けられている。
 これに対し、旧ハイブリッド用紙においては、粗点集計欄とプロフィール表との間にわずかな間隔しかなく、この間隔には団体名学校名欄、学年・組・番号欄、氏名欄、年齢欄、性別欄が、粗点集計欄やプロフィール表とは分離した態様で設けられており、さらに、粗点判定欄がプロフィール表の右に設けられた構成となっている。
 このように、両用紙は、少なくとも著作権法の保護が及ぶ「表現」のレベルにおいて全く異なる著作物である。
 さらに、旧ハイブリッド用紙において粗点集計欄とプロフィール表が同一見開き内に配置されているのは、グラフとグラフの元になるデータを同一見開き内に配置しただけの、古くから当たり前とされている構成を採用したことに基づくだけのことであり、ことさらに本件用紙の構成に依拠したものではない。
(4) よって、旧ハイブリッド用紙は、本件用紙に類似していない。
4 争点1−4(新ハイブリッド用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
【原告らの主張】
(1) 新ハイブリッド用紙の構成
ア 表紙
 旧ハイブリッド用紙からの変更点は、次の2点であり、他の点に変更はない。
(ア) 「YGPIコンピュータ判定回答用紙(YG性格検査)」の記載が左上部のロゴの上から右下部(回答欄を上にして見て同欄の左上の位置)に変更されている点
(イ) 左上部のロゴの下にあった「著作・発行日本心理テスト研究所株式会社」の表記が削除されている点
イ 糊付けされ検査実施中は開くことはできないが、表紙を開いた内部で、表紙から数えて2枚目の頁
(ア) 文字の表記方向に従って上下とした場合(以下同じ)の上半部に、「YGPIコンピュータFAX判定」と題する欄が記載されている。表紙の回答欄に記入した受検者の応答が特殊印刷によりそのまま転写されるようになっており(ただし、採点に必要な欄のみが転写される)、粗点を集計することができる欄になっている。採点の際には、上部の「***」が下になるように用紙を回転し、○を2点、▽を1点として粗点を集計する。横列ごとに集計した数字を記入する欄が右端に記載されている。この欄の内容は、本件用紙の粗点集計欄とほぼ同一である。
(イ) 中央部に「回答者の特定に必要な欄」が記載されており、表紙の同欄、に記入した内容が特殊印刷によりそのまま転写されるようになっている。
(ウ) 下半部に、「YGPI粗点集計欄計算方法」と題する欄及び計算例、粗点の計算方法の手順1、2が記載されている。
ウ 糊付けされ検査実施中は開くことはできないが、表紙を開いた内部で、表紙から数えて3枚目の頁
(ア) 文字の表記方向に従って上下とした場合(以下同じ)の最上部に、表題として「YGPI検査プロフィール表」との記載があり、上左部に「系統値の求め方」の説明及び「系統値算出式」の表の記載があり、上中央部から右部にかけて「YGPI検査プロフィール区分表」と題する欄の記載があり、その右部には採点の結果判定された型を記入する「粗点判定」の欄の記載がある。
(イ) 中央部に、「回答者の特定に必要な欄」が記載されており、表紙の同欄に記入した内容が特殊印刷によりそのまま転写されるようになっている。
(ウ) 下半部に、プロフィール表が記載されている。この表の内容は、欄の左右の端の各因子に関する説明文が若干違うほかは、本件用紙のプロフィール表とほぼ同一である。また、この表の右に12の各因子ごとの粗点の集計欄があり、内部頁の1枚目で記入した粗点集計の内容が特殊印刷によりそのまま転写されるようになっている。
(2) 本件用紙と新ハイブリッド用紙の類否
 新ハイブリッド用紙は、本件用紙と、次のような共通点が存し、また、表現上の本質的特徴を共通にしている。
ア 表紙記載の回答欄の構成、すなわち、縦12問分ずつ、横10列分、計120問の回答欄がひとまとまりになっている構成、及び、個々の質問の回答欄が、左から「はい」「?」「いいえ」の順に「○」「△」「○」が印刷済みの欄があり、回答は回答欄の「○」「△」「○」を上からなぞって記入するようになっている構成が、全く同一である。
イ 新ハイブリッド用紙の3枚目の頁のプロフィール表と、本件用紙のプロフィール表は、ほぼ同一である。
ウ 新ハイブリッド用紙の2枚目の頁の「YGPIコンピュータFAX判定」と題する欄と、本件用紙の粗点集計欄は、ほぼ同一である。
エ 回答欄の真下の部分に粗点集計欄を配置している構成は、同一である。また、たとえば、質問文1の回答の応答が粗点集計欄の尺度S(社会的外向性についての因子)の欄に転記されるようになっており、各質問文の回答の結果がそれに対応する各尺度の粗点集計欄に転写されるよう、方向も一致している。
 したがって、新ハイブリッド用紙は、本件用紙と同一内容又は著しく類似の著作物に該当する。
【被告らの主張】
(1) 新ハイブリッド用紙は、3枚の紙(回答欄を配置した紙、粗点集計欄を配置した紙、プロフィール表を配置した紙)を切り離し可能に接着したもので、質問文は別紙で提供されており、そもそも本件用紙の構成@(1枚の用紙に質問文、回答欄、粗点集計欄、プロフィール表等を配置し、折り重ねた構成)を備えていない。
(2) 新ハイブリッド用紙は、回答欄が表紙の他の構成要素と逆向きになっているが、回答欄と粗点集計欄の向きは逆向きとはなっていないのであり、そもそも本件用紙の構成A(回答欄の裏面に塗布された特殊用紙を通じて回答内容が上下逆に粗点集計欄に転写される構成)を備えていない。
(3) 新ハイブリッド用紙は、粗点集計欄とプロフィール表が同一見開き内に配置されておらず、そもそも本件用紙の構成B(粗点集計欄とプロフィール表を同一見開き内に配置した構成)を備えていない。
 しかも、新ハイブリッド用紙は、粗点集計欄及びプロフィール表のそれぞれ具体的な表現形式について、本件用紙とは明らかな相違がある。
 すなわち、新ハイブリッド用紙における粗点集計欄を配置した紙は、プロフィール表とは別の紙にしたことにより生じたスペースに、粗点集計欄計算方法を掲載しており、一方、新ハイブリッド用紙におけるプロフィール表を配置した紙は、粗点集計欄とは別の紙にしたことにより生じたスペースに、「系統値の求め方」やYGPI検査プロフィール区分表等を設けているため、旧ハイブリッド用紙と比べても、より分かり易いものとなっている。
 さらに、新ハイブリッド用紙における粗点集計欄自体の構成も、尺度を示す英字がない点や、マス目の区切り方等の点で、本件用紙の粗点集計欄とは一見して明らかに異なるものであり、新ハイブリッド用紙におけるプロフィール表自体の構成も、尺度、調査される性格特徴、標準点の各項目の内容・並び順等の点で本件用紙のプロフィール表とは一見して明らかに異なるものである。
(4) よって、新ハイブリッド用紙は、本件用紙に類似していない。
5 争点1−5(本件用紙の著作権はP1から被告Yを通じて被告会社に譲渡されたものであるか)について。
【原告らの主張】
(1) 原告Xは、P1が有していた本件用紙(その構成部分である質問項目120問及びプロフィール表等を含む。以下、原告らの主張において同じ。)の著作権の2分の1を相続により承継取得した。
 P1が生前に作成した公正証書遺言(A甲6)では、「遺言者は、その所有するYG性格検査の出版による印税を、前記妻・Xと前記長男・Yの両名に弐分の壱宛相続させる。」との文言が記載されており、自筆証書遺言(乙24)では、「遺言者は、その所有するYG性格検査の出版による印税についてその二分の一を前記妻・Xに相続させる。(以下略)」との文言が記載されている。文言だけからみれば、「YG性格検査の著作権」については直接言及されていない。しかし、他に「YG性格検査の著作権」について正面から定めている文言がないことからすれば、「出版による印税」と「著作権」とを別個のものとして解釈すべき事情はなく(著作権そのものと、その派生的権利である印税取得権をわざわざ分属させる特段の必要性も存しない。)、両者は同義のものと考えるのが合理的である。また、逆に、「YG性格検査の著作権」を被告会社ないし被告Yに相続させる旨の文言も存しない。
 よって、原告XがYG性格検査の著作権の2分の1を相続により取得したものであることは明らかである。
(2) 被告らの主張に対する反論
ア 生前の権利承継
 被告らは、昭和58年4月、P1が本件用紙の著作権を被告Yに承継させ、その後平成元年12月、被告Yが同権利を被告会社に承継させたと主張する。しかし、これら承継の事実を直接証する客観的な証拠はなく(被告Y調書17〜18頁)、逆に、以下の諸事情からみて、P1が被告Yに本件用紙の著作権を承継させた事実はない。
(ア) 本件出版契約の存在
 P1が原告会社との間で平成12年1月1日付けで締結した本件出版契約書(甲6)には、本件用紙の「著作権者」の一人として、また著作権者の代表者として「P1」が明記され、P1本人が署名押印している。これは、平成12年1月1日の時点において、P1本人が、自分が著作権者であることを認識しつつ本件出版契約を締結したことの証左であり、平成元年12月に被告会社が著作権を承継したとする被告らの主張と相容れない。これはすなわち、平成12年1月1日の時点において、本件用紙の著作権を被告会社ではなくP1が保有していたことを意味するものである。また、P1は原告Xに対しても被告Yに対しても、自分が本件用紙の権利者であることを表明していたこと(原告X調書9頁)からして、P1が亡くなるまで本件用紙の著作権者であったことは明らかである。なお、被告らは、本件出版契約締結当時、P1は心身共に衰弱し、内容を十分把握し得ないまま押印を迫られて作成したと主張するが、当時、P1の意思能力には全く問題がなかった(甲25、P7調書3〜5頁、原告X調書8頁)のであり、本件出版契約がP1の意思を反映したものであることは明らかである。また、本件出版契約書に調印の際には、P1及び原告会社の担当者のほかに、被告Yも同席し(なお、打合せには同被告の妻で現在被告会社の監査役であるP8も同席していることがあった。)、同席した関係者全員が同契約書の内容を十分に確認し、特に異議が出ることもなく、調印に至っている。
(イ) 被告Yの言動等
 被告Yは、P1が亡くなる直前、P1に対し、何度も何度も「著作権を下さい」と要求し懇願していた。かかる懇願をしていたことは、被告Y自身、自分には権利はないことを認めていたことの証左である(しかし、P1は、被告Yの要求を頑として認めず、結局亡くなるまで被告らのいずれにも著作権の譲渡はしていない。)。また、仮に真実、著作権を譲渡したというのであれば、贈与税や法人税等につきしかるべき税務申告がなされたり、被告会社の財務諸表に計上されているなど、書面上明らかなる証拠が存在するはずであるが、かかる証拠はない。
(ウ) 原告会社に告知されていないこと
 仮に、P1が生前にその有する著作権を被告Yに譲渡したのであれば、長年のパートナーである原告会社に対し、当然その旨を告げるはずであるが、原告会社がそのような事実を告げられたことはない。
(エ) 原告Xの印税取得
 被告らは、P1が取得していた本件用紙の印税分(定価の15.5%)のうち、原告Xがその2分の1を遺産分割により取得したことについては、認めている(大阪地方裁判所平成16年(ワ)第1821号事件)。
 いわゆる印税とは、著作権使用料のことである。「権利無くして受益なし」の大原則からすれば、印税を取得しているということは、他人に著作物を使用させることのできる権利、すなわち著作権を保有しているということが当然の前提である。被告らにおいて、原告Xの印税取得を肯認しているということは、それはすなわち、原告Xが著作権(の一部)を保有していることを認めていることにほかならない。
(オ) 「日本心理テスト研究所」の経営権の承継の範囲
 P1は、昭和50年から「日本心理テスト研究所」又は「日本・心理テスト研究所」という名称(いわゆる屋号)で個人事業を開始したが、かかる名称での事業活動は、被告会社を平成元年に設立した以後も亡くなるまでずっと行っていた。P1は、平成13年3月に、自分の名刺及び個人事業の青色専従者である原告X及び従業員である原告Xの姉の名刺を作成するに当たって、自分の名刺は、既に関西大学を定年退官しているのでこれまでの大学のものは使えないとのことで、肩書に「日本心理テスト研究所」と入れたものを作成した(甲26) 。また、税務申告(青色申告)に関する届出書類には、業種目を「心理テスト研究所」と記載している(甲27 )。
 これら事実によれば、P1は、被告会社を設立した後も、亡くなるまで引き続き個人事業にて「日本心理テスト研究所」という名称で活動を行っていたものであるから「日本心理テスト研究所」の経営権及びP1の著作権を、昭和58年に全て被告Yに承継させたという主張は、事実に反する。
(カ) 他の共有者の同意(著作権法65条1項)の不存在
 本件用紙の著作権者には、P1のほか、P4教授の遺族(妻)であるP9がおり、P1が死亡する前から現在に至るまで、原告会社はP9に印税として定価の1.5%相当額を支払っている(甲28。なお、P5教授の持分は、同教授の死後に遺族が放棄したため、P1とP9がその分を承継することになった。)。共有者の一人が自分の著作権の持分の譲渡を行う場合には、他の権利者の同意を必要とする(著作権法65条1項)。ところが、被告らは、P1が本件用紙の著作権を被告Yに承継させることについて他の権利者の同意があったことを何ら主張しないし、それを証する証拠資料も提出しない。したがって、P1が被告Yに著作権を譲渡したという事実は認められない。
(キ) 被告会社が第三者に対して本件用紙の利用許諾を与えていることについて
 被告らは、平成元年12月に被告Yが被告会社に著作権を譲渡したことから、その後被告会社が、本件用紙の著作権者として、第三者に対して利用許諾を与えていると主張し、その証拠を提出する(乙17ないし20)。
 しかし、これら利用許諾契約の存在は、何ら被告会社が正当に権利を承継し、かつ、有することの証拠にはなりえない。すなわち、これら契約の存在は、そもそも著作権の譲渡がなされたことを直接証する証拠ではないし、実際にも、これら契約は被告らがP1の関知しないところで締結しているものにすぎない。したがって、これら利用許諾契約の存在をもって著作権の譲渡がなされているという被告らの主張は失当である。
(ク) P1が被告Yに著作権を譲渡しなかった背景事情
 P1は、生前被告Yに著作権を譲渡せず、また被告Yから「著作権を下さい。」と懇願されても拒否し、結局原告Xが著作権の一部を取得することになったのは次のような背景事情がある。
 それは、被告YがインターネットでYG性格検査をやりたがっていたことにつき歯止めを掛けることにあった。P1は、YG性格検査を手採点方式で実施することの効用からインターネットでのYG性格検査の実施を断固反対しており(性格検査は、デタラメ回答等をできるだけ排除するため、強制速度法による実施を原則としているが、インターネットだと、被験者が正しい実施要項に従って行うかわからない。)、もし被告Yが著作権を単独で保有する、あるいは被告会社を通じてYG性格検査を自己の自由にできるようになった場合、独断でインターネット採点などを始めてしまうことを危惧していた。原告Xは、P1との結婚当初から、P1にもしものことがあっても著作権はいらないとP1に言っていたのであるが、上記のような危惧があることをP1から聞かされ、また、「YG性格検査を守るためにはXが著作権の一部を有しておく必要がある。もしYらが勝手なことをしたら権利行使して欲しい。」と言われ、実際にもかかる危惧が現実化する兆候も見られ、P1の危惧は正しいとの確信を得たことから、著作権の一部の承継を受け入れたのである。P1が生前懸念していたとおり、被告らは自分勝手なことを行い、YG性格検査及びP1の名誉を汚す行為に及んでおり、まさにP1の予想が的中したのである。
イ 死因贈与
 被告らは、仮にP1の生前での本件用紙の著作権の承継が認められないとしても、P1と被告会社との間の死因贈与契約により、死後に被告会社が承継したとも主張する。しかし、P1は、生前に公正証書遺言(A甲6)及び自筆証書遺言(乙24)を作成しているところ、いずれにも本件用紙の著作権の全部を自分の死後被告会社に贈与する旨の文言は何ら存しない。
 P1ほどの人物であるならば、遺言を作成する際には後日紛争が生じないようにするはずであり、もしP1が真実死後に被告会社に本件用紙の著作権の全部を贈与する意思があったのであれば、その旨明確に記していたはずと考えられるが、その旨の明記がないということは、逆に被告会社に権利の全部を贈与する意思は存しなかったと推認することができる。これは、原告Xが、P1が本件用紙等の権利の2分の1を原告Xが持って欲しい旨表明していたと証言していることとも合致する(原告X調書11〜12頁。)
ウ 被告Y又は被告会社による原始取得
 争う。
【被告らの主張】
 YG性格検査の個々の構成要素及び本件用紙の著作権は、P1の生前にP1から被告Yを通じて被告会社に承継されている(後記(1))。原告らはこれを否認するが、原告らの主張には理由がない(後記(2))。仮に、P1の生前における権利承継が認められないとしても、P1から被告会社に対し死因贈与契約により承継されている(後記(3))。また、本件用紙における昭和41年用紙との主要な相違点は被告Yの創作によるものであるから、本件用紙の著作権は被告Yにより原始取得された(後記(4))。仮に、そうでないとしても、日本心理テスト研究所が設立された昭和50年4月以降に制作された各著作物は職務著作であり、同研究所又は被告会社がその著作権を原始取得した(後記(5))。したがって、いずれにしても、原告Xが本件用紙の著作権を相続により取得することはあり得ない。
(1) P1から被告Y、被告Yから被告会社への著作権の譲渡
 被告Yは、昭和58年4月ころにP1から日本心理テスト研究所の経営権を譲り受けており、その際、YG性格検査にかかる一切の権利義務を被告Yが承継した。そして、その後、平成元年12月に被告会社が設立され、被告Yは被告会社に同権利義務を移転した。
 このことは、被告Yが、高校時代からP1より、YG性格検査の事業を継ぐように言われており、大学では社会学部心理学科を専攻し、大学卒業後、半年間の社会人経験を経て、日本心理テスト研究所をP1とともに立ち上げ、その後、日本心理テスト研究所が設立されて7年以上経ち、被告Y自身、YG性格検査のコンサルタント活動が十分にできるようになったということから、P1が、被告Yに対し、「名実ともに自分の仕事にしていけ」ということで、昭和58年に、それまで日本心理テスト研究所の名称でP1が行っていたYG性格検査に関する著作権を当然に含む経営に必要な一切のもの、経営のすべてを譲り受けた旨、はっきりと供述していることからも明らかである(被告Y調書2〜5、17、27頁)。かかる供述は、被告Yの高校時代からの被告Yに対するP1の思いを極めて詳細かつ具体的に表現しており、極めて信用性が高い。
 そして、被告Yは、昭和58年に日本心理テスト研究所の経営権をP1から譲り受けて以降は、広告やユーザーに対するダイレクトメールについても日本心理テスト研究所の代表者としてP1に代わって被告Yの名前を載せ(同27頁)、YG性格検査に関する著作権についても、P1に代わって処理するようになり、たとえば他の企業からYG性格検査の利用許諾を求められた際の最終的な意思決定も被告Yが行うようになった(被告Y調書5、6頁)。また、YG性格検査の改良作業についても、被告Yが中心となって行うようになっていった(同頁)。
 このようにP1から被告Y、被告Yから被告会社へ著作権が譲渡されるに至った事実は、P1が昭和50年に被告会社の前身である日本心理テスト研究所を設立し、YG性格検査に関する事業を継続的に行っていこうとしたこと、YG性格検査に関する各種著作物の使用についての引用許諾契約書等が、P1個人ではなく被告会社ないし被告会社の前身の代表者名義で作成されており(乙16ないし20、31ないし36)、著作物の利用等に関する契約の主体が被告会社となっていること、「YG性格検査」は被告会社が商標権者として商標登録をしていること(乙38)、P1の自筆証書遺言において自己の死後はYG性格検査にかかる著作物の翻案等につき、被告Yが被告会社の代表者の立場で行う意思を明確に示していること(乙24)等の事情によっても裏付けられており、P1が遅くとも自己の死後、本件用紙の著作権を被告Yを通じて被告会社に承継させる意思があったことが明らかである。
 また、被告Yも供述するとおり、具体的には、昭和58年にP1から被告Yに経営権が承継された際、P1は「もう、これで僕は安心だ」という言葉を被告Yに対して告げており(被告Y調書18頁)、また、被告会社が設立された際には、被告YがP1に対して、「著作権を含めて著作権管理は今後法人でやっていきます」と告げている(同頁)。現実問題としても、YG性格検査に関する事業の経営権の譲渡を受けておきながら、その経営に必須であるYG性格検査に関する各種著作権がP1に留保されているなどと解するのは極めて不合理である(同27頁)。
 さらに、以上のような被告Yの供述は、P1と義兄弟の関係に立ち、心理学者であるP10の証言とも一致する。すなわち、P10は、P1がYG性格検査の将来を被告Yに託そうとしていたこと(P10調書10頁)、被告会社が設立されたときに、P10はP1より同社の社長には被告Yがなり、P1は監査役になったことをP1から聞いていたこと(同16、17頁)を証言しているが、その証言は極めて自然かつ詳細であり、また、自らが記憶するところを誠実に証言しているものと認められるうえ、第三者としての立場から証言するものであるので(乙48)、その信用性は極めて高い。なお、P10は被告会社の発起人とはなっているも(P10調書11頁)、これは、名目上、発起人として名を連ねているだけであって、被告会社に行ったことすらなく(同16頁)、同社に実質的に関与していたことは一切ないため、かかる事由は同人の証言の信用性を減殺する要素とはならない。
 なお、P1が設立した日本心理テスト研究所の代表者の地位を被告Yに譲り、同被告にその経営を任せたこと、及び被告Yが代表を務める「日本心理テスト研究所」が法人成りして被告会社になったことは、以下のことからも明らかである。
ア 日本心理テスト研究所の事務所は、P1の設立当初からずっと大阪市<以下略>にあったが、P1は同研究所の代表権を被告Yへ移転させるとともにこれを譲渡している(乙27)。
イ 被告YがP1に代わって日本心理テスト研究所の代表者になってからも、同研究所の事務所は前記706号室から変わっていない(乙28)。
ウ P1は、日本心理テスト研究所の代表者であった当時、本件用紙の著作権者として著作権使用の対価の振込先を「郵便振替大阪<以下略> 日本心理テスト研究所」(乙16)としていたが、同振込先は、代表権が被告Yに移ってからは同被告が代表を務める日本心理テスト研究所の口座として、また、被告会社が設立されてからは被告会社の口座としてずっと使われている(乙29、30)。
エ 本件用紙の利用許諾その他については、P1が代表を務めている間は、同人が代表者である日本心理テスト研究所が(乙15、16)、被告Yに代表が移ってからは、同被告が代表者である日本心理テスト研究所が(乙31〜34)、さらに法人成りにより被告会社が設立されてからは、被告会社が(乙17〜20、35〜38)著作権者として行ってきた。
 以上のとおり、客観的事実による裏付けにも支えられ、詳細かつ具体的な被告Yの供述は信用性があり、よって、以上の事実より、P1から被告Y、被告Yから被告会社へと本件著作権が譲渡されたことは明らかである。
(2) 生前の権利承継に関する原告らの主張に対する反論
ア 本件出版契約書(甲6)の存在について
 契約書の内容を一方的に作成した原告会社が、心身ともに衰弱し、内容を十分に把握し得ないP1に対し押印を迫って作成されたのが、本件出版契約書である。
 この点、原告らは、P1の発ガン時期は平成12年8月ころで、本件出版契約書作成時である平成12年1月にははっきりと意思能力があった旨記載されたD医師の回答書(甲25)を根拠に、P1には本件出版契約書作成時に意思能力が減退していたことはありえない旨主張するが、同回答書は、医学的にみて妥当性を欠いたもので信用性を欠き、原告らの主張には根拠がない。すなわち、肺ガンにも進行速度の早いもの、遅いもの等数種のものがあり、また、それぞれの種類に分けられたとしても実際の病状の進行速度には著しい個人差があることから、診察した患者がガンに罹患しているか否かは診断できても、その患者がいつガンに罹患したかを診断することは、現代の医学では不可能である。したがって、平成12年9月12日に初めてP1に対し肺ガンである旨を診断したD医師が、その罹患を同年8月ころと推測することなど医学的にはなし得ないことである。また、発ガン後1か月位の極々早期にガンを発見しているのに、そのときには「左肺門部原発の肺ガンがすでに『肺内転移と脳転移』をきたしていた」というのであるが、発ガン後1か月で、しかも普通でも進行の遅い老人において、このようなことはあり得ない。さらに、このD医師の回答書は原告Xの依頼により作成されたものであるが(原告X調書21頁)、とりわけP1の発ガン時期について、原告Xは、P1の発ガン時期は平成12年9月より2、3か月前であると医師から告げられた旨明確に供述しているにもかかわらず(同頁)、同回答書(甲25)には同年8月である旨記載されており、両証拠の間に明確な矛盾が存在する。
 また、原告会社の担当者であったP7は、P1が自ら本件出版契約書の修正案を示していたかの如き供述に及んでいるが(P7調書27頁)、本件出版契約書は弁護士の監修の下に作成されたものであるならば(同26、27頁)、P7が供述するP1死亡時の扱いや原告会社倒産時の扱い(同27頁)については弁護士の監修下に盛り込まれた条項であると考えるのが自然であり、P7の供述は信用できない。
イ 被告YがP1が亡くなる直前にP1に対し著作権を譲ってくれるように懇願していたことについて
 原告Xは、YGの著作権を下さいと被告YがP1に対し、懇願しているのを直接聞いた旨供述するが(原告X調書15頁)、かかる供述には信用性がない。
 原告Xの尋問調書全体を見てもわかるとおり、同人は、例えばP1との結婚に至った経緯などについては、具体的なエピソードも交え、かなり詳細に供述するタイプの者であるにもかかわらず、被告YがP1に対して著作権を譲ってくれるように懇願していた点については、具体的にどのような言葉で、被告YがP1に対し、著作権を譲ってくれるように言ったのかについて具体的に供述できておらず、不自然である。
 したがって、この点に関する原告Xの供述には全く信用性がなく、かかる事実は存在しなかったと考えるのが極めて自然である。
ウ 原告会社にP1から被告会社への著作権譲渡が告知されていないことについて
 P7が証言するように、原告会社にとって、YG性格検査の著作権が誰にあるかというようなことは、P1との打合せの中で出たことがなく、よってP7自身、誰がYG性格検査の著作権者かなど意識して考えたこともなかった(P7調書30頁)。こうした事実にかんがみると、原告会社にP1から被告会社への著作権譲渡があったことが告知されていなかったとしても何ら不自然ではなく、かかる事実はP1から被告会社への著作権譲渡があった事実を妨げる事情とはならない。むしろ、このように著作権者は誰かという意識が薄い原告会社に対して、わざわざP1が著作権譲渡を告げていることの方が不自然である。
 他方、原告会社は、本件用紙の改訂についてP1の生前中も被告会社代表者である被告Yと打ち合わせを行っており(被告Y調書15頁)、被告会社)著作権が譲渡されていることは原告会社にとっても承知のことであったとも考えられ、そのような原告会社にあえてP1が著作権譲渡を告げる必要がなかったともいえる。
エ 原告Xが印税を取得していることについて
 著作権の所在と印税取得権の所在は必ずしも一致しなければならないものではなく、原告Xが印税を取得していることをもって原告Xが著作権を取得したとは認められない。
オ P1は被告会社設立後も個人事業として日本心理テスト研究所という名称で活動を行っていたことについて
 P1が亡くなるまで個人事業を続けていたことは、単なる節税のためである。これは、業務として何も行っていない原告Xを日本心理テスト研究所の青色専従者としている(甲27)ことなどからも明らかであるが、原告Xの供述によっても、結局、上記個人事業の実態は明らかにならなかった(原告X調書19頁)。
カ 著作権譲渡につき、他の共有者の同意がないことについて
 原告らは、P1から被告Yへの著作権譲渡につき、P9ら他の共有者の同意がないことから認められない旨主張するが、YG性格検査の創作において、P4教授は、研究チームを組織したこと、及び翻案にあたって意見を求められた際にアドバイスをした可能性があることが窺われる程度にすぎず、本件用紙における個々の構成要素はP1の創作によるものである(P10調書2〜7頁)。
 本件出版契約書(甲6)等において著者としてP4教授らの名前がP1の名前と一緒に挙げられてはあるが、当時の心理学の世界の慣習に従い、単に「大先生に敬意を表して載せる」(P10調書7頁)ためであって、P1のYG性格検査の研究の経緯をみれば、性格検査を構成する上で、根幹となる項目分析を因子分析の手法を用いて独自に行い、12尺度、120項目の構成でYG性格検査を創り上げたのはP1であって、実際にYG性格検査用紙を創り上げたのは、P1単独であるとしか言いようがない(同4〜7頁)。このことは、昭和40年にYG性格検査の大改訂が行われ、その時点では既にP4教授は逝去していたこと(同教授は昭和33年に亡くなっている。)からも明らかである(同7頁)。
 よって、本件用紙の著作権をP1が被告Yに対して譲渡する際には、他の共有者などそもそもおらず、かかる点は理由となり得ない。
キ その他P1が被告Yに著作権を譲渡しなかった背景事情について
 原告らは、被告Yの勤務態度等を同被告に対する尋問で指摘した上で、P1が、そのような勤務態度の芳しくない被告YからYG性格検査を守るべく、原告Xに歯止めをかけてもらおうと考えていた旨主張するが、かかる事実を裏付ける客観的証拠は皆無であり、被告Y自身も勤務態度等に問題がなかった旨の供述をしている(被告Y調書12、13頁等)。
 さらに、原告Xは、被告Yが単独で本件用紙の著作権を取得することによって生じる弊害を避けるため、P1がストッパーとして原告Xにも同著作権を共有させた旨を主張するが、P1が避けようとした弊害として、原告Xは、インターネットによる販売をやめさせることなどを(後述するようにこの点の供述自体変遷しているが)、抽象的、曖昧に主張するのみならず(原告X調書27〜30頁)、そもそも「パソコンのことは詳しくは知ら」ず(同28頁)、インターネット販売が何たるかを分かっていない原告Xがストッパーになれるはずがなく、原告らのかかる主張は明らかに不自然である。
 P1と同じく心理学を専門とし関西大学で教授を務めるP10は、P1が被告Yのことにつき不満を漏らしていた事実を一切聞いたことがない(P10調書10頁)。
 また、原告らは、もともと「故P1はYG性格検査を手採点方式で実施することの効用からインターネットでのYG性格検査実施を断固反対していたが、・・・もし被告Yが著作権を単独で保有する、あるいは被告会社を通じてYG性格検査を自分の自由にできるようになった場合、独断でインターネット採点などをはじめてしまうことを危惧していた。」と述べ、P1が原告Xに本件用紙の著作権を共有させてまで阻止しようとしたのは、被告Yのインターネットを通じた「採点」であったはずである。ところが、原告Xは本法廷での供述で突如、P1が反対していたのは、インターネットを通じての「販売」であると言い出し(「インターネットでYGテストを売ります・・・というサイトを開くこと」(原告X調書28頁)主張を変遷させたばかりか、被告ら代理人から電話やファックスと比べインターネット販売の弊害について具体的に説明を求められても、原告Xは「今、インターネット販売みたいなのが増えてきているので、きちんとした、確立したものになるまで、様子を見なさいみたいなことを主人に言われましたので。」(同29頁)というように意味不明な回答しかできなかったのであり、かかる点に関する原告らの主張は全く信用できない。
 インターネットを利用することについては、むしろ、心理学者であるP10が証言するように、今の時代にあっては、コンピュータ判定が主流になっており(P10調書17、18頁)、P1は、被告Yが供述するように、被告Yが行うYG性格検査の改良に対し、「もっと売れるようなテストにしろ」ということを散々述べていたことからすると(被告Y調書6頁)、YG性格検査が広く人々の間で普及することを常々願っていたP1にとって、YG性格検査のインターネット判定は望むべきものであったと考えるのが自然であり、原告Xの供述はかかるP1の意思にも矛盾する。
 また、原告Xは、著作権の処理・管理についても、具体的にどのようなことを行うのか全く知らず(原告X調書26頁)、さらに心理学について特別な知識を全く持たないのであって、YG性格検査の改良に当たっては今までの経験や心理学の知識が必須である(P10調書10頁)心理テストの著作権を、YG性格検査の創始者として、その発展を願って止まないP1から託されたはずがない。P1の意思は、その自筆証書遺言(乙24)に書かれているように「尚本検査に関する著作人格権については、本検査の開発、普及、研究に20年以上たずさわって来た長男Yが日本心理テスト研究所々長として今後も責任をもって同検査の改良に努めてくれることを希望する。」のであって、被告Yに託していたものであることに疑いはない。
 このように、原告らが主張するP1が被告Yに本件著作権を譲渡しなかった背景事情も全く存在しない。
(3) 死因贈与
 上記(1)及び(2)で述べた事実からすれば、昭和58年4月にP1がその息子である被告Yに対しYG性格検査に関する事業を承継させた時点において、その承継に係る財産の中にYG性格検査に関する各著作権も包含されていたと解するのが自然であるが、仮に、P1において、同時点以降も自己の生存中は自らが著作権者として行動する意思を留保していたとしても、遅くとも死後にはYG性格検査に関する一切の著作権を個人事業主としての被告Y(法人化した場合は同法人)に承継させる意思であったと解される。
 また、以上の事実を度外視するとしても、P1は、平成13年7月16日、自筆証書遺言において、自己の死後はYG性格検査に係る著作物の翻案等につき、被告Yが被告会社の代表者の立場で行う意思を明確に示しているから、遅くとも上記遺言書作成時点において、YG性格検査に係る著作物の著作権を被告会社に承継させる意思を確定的に表示したといえる。
(4) 被告Yによる原始取得
 本件用紙における昭和41年用紙との主要な相違点は、被告Yにより付与されたものである。
 被告Yは、大学(哲学科)卒業後、昭和50年ころから性格検査用紙に関する業務に関わるようになり、顧客からの問い合わせの対応等に携わっているうちに、従前の用紙についての問題点を把握し、それに代わる新しい用紙の案を練り、本件用紙を完成させた。
 本件用紙のルビンの杯を二重の円とその中の「INSTITUTE FOR PSYCHOLOGICAL TESTING」の文字で囲んだマークは、被告Yによってデザインされたものであり、被告Y自身が昭和51年5月18日に指定商品「印刷物」について商標登録出願し、昭和55年6月12日に出願公告されている。
 したがって、本件用紙において新たに創作性が認められる部分は、すべて被告Yにより創作されていたから、被告Yが本件用紙の著作権を原始的に取得していた。
(5) 被告会社による原始取得
 日本心理テスト研究所が設立された昭和50年4月以降に製作された各種著作物は、次のとおり職務著作であり、日本心理テスト研究所ないし被告会社が原始取得した。
ア 被告会社の発意に基づいていること
 P1は、自己の研究業績の結果ともいうべきYG性格検査につき、被告会社の下でその研究を開発・普及させたものであるため、被告会社の前身である日本心理テスト研究所(日本・心理テスト研究所)が設立された昭和50年4月以降に生み出されたYG性格検査に関する各種著作物については、被告会社の発意に基づいている。
イ 被告会社の業務に従事する者が職務上作成したこと
 P1は、被告会社ないしその前身である日本心理テスト研究所(日本・心理テスト研究所)に従事する者であることは明らかであり、上記各著作物をその職務上作成したといえる。
ウ 被告会社が自己の著作の名義の下に公表したこと
(ア) 用紙について
 本件用紙(甲2)には、「著者P1・P4・P5」と表示されているが、これは、心理学研究者として名高い3名の教授の名を著者名として表示することにより、当該性格検査用紙についての評価を保証しようとの意図の下でなされたものであり、また、3名の研究者の功績を讃える意味も込められており、必ずしも実態を反映したものではない。
 むしろ、前記のとおり著作物の利用等に関する契約の主体が被告会社となっていることからすれば、P1は、被告会社の名でYG性格検査の研究をしてきたと評価できるのであり、発行所である被告会社の名義の下に公表したと解釈するのが実態に即している。また、法人名義の下に著作物が公表されることが必要とされる趣旨は、第三者において著作権者を推知することを容易ならしめる点にあるところ、本件用紙には、発行所として被告会社が記載されており、第三者において著作者を推知することが容易といえる。
(イ) 用紙の構成要素について
 質問事項等の用紙の構成要素は、用紙の一部として公表されていたため、個々に著作名義は付されていなかった。質問事項等の周辺に著作名義を付すことも考えられるが、性格検査とは無関係な表示を付すと、被験者を惑わすおそれもあり、性格検査としては不適切であるため、著作名義を付すことはできなかった。しかし、質問事項等は、個々に公表されるとすれば、被告会社の著作名義の下に公表されるものであるから、職務著作が成立する。実際、旧ハイブリッド用紙では、質問事項が別紙となったため、その裏面に被告会社の著作名義が付されている(甲11)。
6 争点1−6(被告会社は海賊版用紙を販売したか。)について
【原告らの主張】
(1) 被告会社は、遅くとも平成16年9月ころから、本件用紙の複製物である海賊版用紙を自ら印刷、製本し、その発行、販売及び頒布を始めた。
 本件用紙は、原告会社のみが発行、出版しているものである。本件用紙には「発行所」として被告会社の名称が記載されているが、これは被告会社の設立後ころに、P1の要請に従ってそのような記載をするようになったにすぎず、実際には原告会社だけが出版、発行していることには変わりはなかった。被告、 会社は、本件用紙を自ら出版することはできず、コンサルタント活動のために原告会社から仕入れた原告会社の出版した本件用紙を、更に代理店に販売したり、小売りすることが認められているだけであった。原告会社が被告会社に納入している本件用紙の数量は、年間で平均すると9万部前後であった。
 原告会社は、第1次仮処分事件後、本件和解に従い、すぐに本件用紙3万部を納入したが、これは被告会社にとって3、4か月分程度の販売数量であった。ところが、その後原告会社から納入を受けることなく、現在もなお被告会社が本件用紙を販売していることは不自然であることから、原告会社は、被告らが海賊版用紙を印刷作成し販売しているとの疑いを抱き、ある会社から購入したYG性格検査用紙の現物(甲15)の提供を受けて、本件用紙の印刷を行っているヨシダ印刷株式会社(以下「ヨシダ印刷」という。)に当該用紙が真正品であるか否かの鑑定依頼をしたところ、当該用紙が真正品でないことの鑑定結果を得た〔甲16の「鑑定報告書」と題する書面(以下、単に「鑑定報告書」という。)〕。
 被告らが海賊版用紙の発行等の事実を争ったため、当該用紙の提供者に対し入手経緯を明らかにすることについて協力を求めたところ、残念ながら協力が得られなかった。
 そこで、改めて他に被告会社から本件用紙を購入したことのある会社を探し協力を求めたところ、有限会社ウィズダムマネジメント(以下「ウィズダムマネジメント社」という。)及び株式会社岡田総合心理センター(以下「岡田総合心理」という。)の2社から協力する旨の返事が得られた。
 原告会社の担当者が上記2社に赴き、両社に在庫として残っていた本件用紙(ロット番号15030900と記載のあるもの)の現物を見せてもらったところ、素人目で見ても、先の鑑定報告書で指摘されているいわゆる海賊版用紙の特徴点と一致した。
 そこで、原告会社担当者は、上記2社に対し、被告会社から本件用紙を購入した事実があることを証明してもらうこと、その購入した用紙の現物を提供してもらうこと等について了解を得て、甲第33号証ないし第36号証の原本の提供を受けた。
 原告会社が被告会社に対して販売納入したことのある本件用紙(ロット番号15030900のもの)は、ヨシダ印刷製のものであるところ、その特徴点は、鑑定報告書に真正品として記載されているものである。しかるに、原告会社が被告会社に対して海賊版用紙を納入した可能性は絶無である。
 ウィズダムマネジメント社は、これまで原告会社から本件用紙を購入したことはなく、同社が保有する本件用紙(そのうちの一つが甲34)は、被告会社から購入し納入を受けたもの以外にあり得ない。また、岡田総合心理は、被告会社及び原告会社の両社から本件用紙を購入したことがあるが、同社から現物の提供を受けた用紙(甲36の1、2)は被告会社からの購入物の在庫の一部である。また、これら用紙は、そもそも原告会社が販売する真正品の用紙(ヨシダ印刷が印刷するもの・甲2、19)の特徴点と素人目でみても異なる(逆に、海賊版用紙の特徴点と一致する)ことから、被告会社から購入し納入を受けたもの以外にありえない。
(2) 被告らの主張に対する反論
ア 被告らは、被告会社がウィズダムマネジメント社及び岡田総合心理に対して販売した本件用紙はすべて原告会社から仕入れたものであり、それに問題があるとすれば原告会社の製造段階でなされたのであるとし、原告らの上記主張は被告らを陥れようとしているものである旨主張するが、原告らが、いわゆる海賊版用紙をわざわざ新たに印刷・製作してまで、また、第三者に裁判への協力を依頼してまで、被告らを陥れる必要性など全く存しない。
イ 被告らは、被告ら自らが海賊版用紙を発行したことを争い、本件用紙と海賊版用紙の相違点は、製造過程で生じる可能性のある誤差の範囲にすぎないと主張する。
 確かに、人間による作業も含まれる以上、全く誤差が生じないということはないが、刷色の相違(「濃紺」と「スミ」(墨色のこと)の違い)だけでも、明らかに違うものである(P11調書8、13頁)。また、被告らは、P11証人の尋問において、乙第48号証と乙第49号証のカーボンの位置の違いを指摘したが、両用紙はロット番号が異なっており、ロット番号によってカーボン位置が異なることは否定できないのであるから、海賊版用紙(ロット番号が「15030900」のもの)が真正品であること(製造誤差の範囲のものであること)を証することにはならない。
ウ 上記の事情に照らせば、海賊版用紙は、被告会社が作成し、販売したものであること以外の結論はあり得ない。
【被告らの主張】
(1) 被告会社は、ウィズダムマネジメント社及び岡田総合心理に対し本件用紙を販売した事実はあるが、販売した本件用紙は、原告会社から仕入れたものである。それに問題があるとすると、原告会社の製造段階でなされたのであり、被告らを陥れようとするものである。
(2) 原告会社は、ある会社から被告会社より購入した本件用紙の現物(甲15)の提供を受け、真正品か否かの鑑定を行い、真正品でないことの鑑定結果を得たことから(甲16)、被告ら発行にかかる本件海賊版(甲22)が存在する旨主張する。
 しかし、まず、甲第15号証の検査用紙が「被告らが販売したものである」との前提事実が証明されていない。また、甲第16号証の鑑定報告書は、甲第15号証についてのものであって、甲第34、36号証の検査用紙については、全く触れていない。しかも、上記鑑定は、以下のように、原告会社と「取引先」という特殊な関係に立つヨシダ印刷によるものであり、また、目視による外観比較検査によるものであって、何ら科学的根拠に基づくものではなく(インクを照合すれば科学的には鑑定可能である(P11調書29頁)、その信用性は著しく低い。
ア 鑑定人の不適格さ
 鑑定報告書は、ヨシダ印刷の名義で作られているが、「得意先としている」原告会社から「実際、当社の作った製品との違いを調べてみてほしい」という依頼を受けて鑑定を行ったものである(P11調書1〜3頁)。このように、そもそも得意先という関係にある原告会社から、「違いを調べてみてほしい」というように違いがあることを前提として鑑定を依頼されており、鑑定人には、そもそも鑑定当初から、本件鑑定対象物はヨシダ印刷ではない所で作成されたものであるとの強いバイアスがかかっている。
イ 鑑定結果の正確性に対する疑念
 鑑定結果は、「刷色・中面カーボン・印刷位置・印刷文字について、真正品と鑑定対象物とは明らかな違いがあり、鑑定対象物は真正品と同一のものではなく、いわゆる海賊版であると判断いたします。」とされている(甲16)。
(ア) 刷色
 刷色はインクの練り具合やインクの盛り等によって微妙に違いが生じてくること(P11調書9頁)、インクは太陽光線によって変化が生じること(同12、13頁)、1回のロットを印刷する際に途中でインクが切れてインクを補充することもあること(同21頁)は、鑑定人であるP11自身が認めるところであり、客観的にもそのような可能性が指摘されている(乙43)。しかも、P11自身、鑑定対象物の保管状況は知らなかったとのことであるし(同4、5頁)、鑑定対象物にはそもそもUV処理が施されておらずもともと変色しやすい状態にあったとのことでもある(同12、13頁)。とするならば、鑑定対象物が真正品とは刷色の上で違いが生じていても、それは別の印刷会社で印刷されたものであるためなのか、それともインクの状態の変化によるものなのかは明らかではない。よって、インクの状態の変化によって、鑑定対象物と真正品との間に違いが生じた可能性が否定できない以上、鑑定結果の正確性は全く担保されない。
 さらに、P11は真正品では濃紺が使用されているのに対し、海賊版用紙ではスミが使われていると主張し、一見明らかな違いがあるような主張をするが、後述の鑑定方法の不適切さのところで指摘しているとおり、本法廷で複数の用紙につき真正品か否かを目視により問われた際、なかなか答えられず誤答さえしており、「濃紺」か「スミ」か違いは目視によって明らかにできるものではない。
(イ) カーボン
 P11は、中面カーボンにつき、内容的に全く変更はない旨の供述をしておきながら、実際のところ、カーボンの乗せ方が違う(ミスである)商品は存在することが明らかになっており(乙48、49)、この点でも、上記鑑定やこれに沿おうとするP11の証言には全く信用性がないことが明確になっている(P11調書17〜20頁)。
(ウ) 印刷位置、印刷文字
 印刷位置については、同じロットでも裁断の際の刃の圧力や抵抗等が原因でずれが生じることは十二分にあり得ることであり、印刷文字についても、同じロットでもインクの盛り具合などで違いが生じることは否定できない(乙43)。そして、P11においても、印刷位置につき、表面・裏面の印刷の過程で人間の手が介される際にずれが生じ得ることを認めているし(P11調書16、17頁)、印刷文字に至っては、真正品と海賊版用紙の比較の根拠としては脆弱であることを自ら認めるに至っている(同17頁)。そもそも、「やや字が太っている」のような記載(甲16)については、その字が太く見えるかどうかは主観によって左右され得るものであることからしても、客観性に乏しい。
(エ) 違いが生じる可能性の大きさ
 本件用紙は複数の外注先による各種作業を経て完成に至るものであるから(甲37)、P11調書21、22頁、ヨシダ印刷内での作業を含めて、これら外注先の作業により、種々のミスやずれが生じることは社会通念上否定できない。しかも、ヨシダ印刷は、一応のサンプル検査を行うとはいえ抜き取り調査でしかなく、検品をすり抜けていく不良品が相当程度高い確率で存在し得ることも明らかとなっている(同14頁)。
 したがって、かかる高い確率で存在し得るミスやずれの可能性を無視した上記鑑定結果は、その正確性に大きな疑念がある。
ウ 鑑定方法の不適切さ
 P11は、目視によってヨシダ印刷で印刷された真正品であるか偽物であるかは一目瞭然に分かると証言するも、実際に法廷で乙第48号証及び同第49号証が真正品であるか判定を求められた際、判断するのに時間がかかり、また、乙第34号証、第36号証の1及び2という3つの商品を示されて、ヨシダ印刷製か否かの判定を求められた際にも、なかなか答えが出ずに一度は誤答し、原告代理人の示唆のもとでようやく正解に導かれたものである(P11調書27、28頁)。
 かかる経緯は、上記鑑定結果に信用性がないことを端的に示しているとともに、鑑定方法としても、真正品であるか否かを目視で判断することはできないことを如実に表している。
エ 小括
 以上のとおり、被告会社が海賊版用紙を販売していた事実は、信用性のきわめて薄い鑑定報告書を唯一の証拠としており、かかる事実が認めらないことは明らかである。
7 争点1−7(YGPI用紙に係る損害賠償請求の問題は本件和解により解決済みであり本訴において原告らは被告らにその支払を請求できないものであるか。)について
【被告らの主張】
 YGPI用紙の損害賠償請求については、第1次仮処分事件の和解において解決済みであり、本件においてこれを行使することはできない。
【原告らの主張】
 争う。
(1) 原告会社との関係
 原告会社は、第1次仮処分事件の当事者であるが、本件和解においては、損害賠償請求権については何らの合意もしていない(甲9)。原告会社は、損害賠償請求権の放棄をしていないし、和解の過程において、放棄の意思を示したことも一切ない。したがって、原告会社との関係において、YGPI用紙の損害賠償請求の問題が「解決済みである」といえる余地は存在しない。
(2) 原告Xとの関係
 原告Xは、第1次仮処分事件の当事者ではない。したがって、原告Xとの関係において、YGPI用紙の損害賠償請求の問題が「解決済みである」といえる余地は存在しない。
8 争点1−8(本件用紙について被告会社が翻案権又は複製権を有し、これにより原告Xの著作権が制限されるか。)について
【被告らの主張】
 前述のとおり、P1は、YG性格検査の改良は従前から被告Yが行ってきたことを認めて評価した上で、今後も被告Yが被告会社の社長として改良を重ねていくよう求めている(乙24)。
 したがって、万一、本件用紙の著作権がP1に帰属しており原告Xがその共有持分権を取得したとしても、被告らは、P1から独自にYG性格検査について改良する権利(すなわち翻案権)と、翻案の結果新たに創作された改良版を世に出す権利(すなわち複製権)を付与されていたことになるから、原告Xの著作権(共有持分権)は、上記翻案権及び複製権により制限される。
 そして、被告用紙は、YG性格検査を改良していく一環として創作されたものであり、上記翻案権及び複製権の行使によって正当に作成されたものである。
【原告らの主張】
 P1は、その自筆証書遺言(乙24)において、被告YにYG性格検査の改良に努めてくれることを希望する旨の意思を表明しているが、これは、P1が被告Yに期待を込めて、その希望の念を表明したものにすぎない。したがって、P1は、何らの権利も付与しておらず、ましてや翻案権及び翻案物についての複製権を付与したものでもない。
9 争点1−9(原告Xによる本件用紙の著作権の行使は、権利濫用に当たるか又は被告用紙の販売に合意しない「正当な理由」を欠き、許されないか。)について
【被告らの主張】
 原告Xの陳述書(甲38)によれば、原告Xが本訴を提起した理由は、@インターネットでのYG性格検査に歯止めをかける、A英語版のYG性格検査用紙の制作・販売を防止する、というP1の意図を実現するためである。@、Aについての原告Xの事実認識は誤ったものであるが、原告Xの誤った主張を前提としても、原告XによるYG性格検査の共有著作権の行使は、次のとおり法的根拠を欠くものである。
(1) 権利濫用
 原告XがYG性格検査の著作権の共有持分権に基づき発行・販売の差止めを求める被告用紙は、インターネット判定とは無関係で、かつ、英語版でもない。
 したがって、原告Xの主張を前提としても、YG性格検査の著作権の共有持分権に基づく原告Xによる権利行使は、P1が原告Xに同権利を相続により一部承継させた趣旨を完全に逸脱したものであり、権利行使の名の下に被告らによるYG性格検査の実施や改良を妨げるという不正義を生み出すにすぎず、権利の濫用に当たる。
(2) 正当理由の不存在
 被告YもP1の相続人であり、原告らの主張を前提としてもYG性格検査の著作権の共有持分権を有するところ、被告用紙はYG性格検査の発展に資するものであり、P1が被告らに期待する行為を実現するものでもあるから(乙24)、被告Yは、被告らによる被告用紙の制作販売につき全く異議はない。被告らによる被告用紙の制作販売には、原告Xの合意を得るという方法もあるが(著作権法65条2項、原告Xにおいて「正当な理由」なく被告らによる被告用紙の制作)販売につき合意しない場合には、原告Xの合意は必要ではない(同条3項)。
 原告Xには心理学の知識はなく、YG性格検査の実施や改良に口出しする能力も資格もない。そして、原告Xの主張を前提としても、上記のとおり、原告XによるYG性格検査の著作権の共有持分権の行使が認められるのは、インターネット判定と英語版の歯止めのために限定されるところ、原告Xによる権利行使は、この目的を完全に逸脱しており、原告Xによる合意の拒絶は、単に、YG性格検査の実施や改良を妨げるという不正義を生み出すにすぎない。
 したがって、原告Xには、被告らに被告用紙の制作販売を認めることに関して被告Yと合意しないことにつき正当な理由がない。
【原告らの主張】
 争う。
(1) 権利濫用について
 原告Xによる権利行使は、被告らのいうケースのみに限定されるものではなく、その権利が侵害されるおそれがあるとき、あるいは現に侵害されているときに自己の権利の保全のために権利行使をすることは当然の権利であって、権利濫用としてその行使が否定される理由はない。
 本件の場合、被告らは、原告XはYG性格検査及び本件用紙に関する著作権を有しないと主張しており、そもそも原告Xの権利者性自体を否定しているのであって、かかる主張をする被告らとの間で自己の権利を保全する必要性が存することは論を待たない。しかも、被告用紙を販売しても、原告Xに対し印税は一切支払われていない。しかるに、原告Xが被告らに対して(著作権を有することを前提に)被告用紙の販売の差止め等を請求することは当然の権利行使であって、権利濫用といわれる理由は存しない。
 また、原告Xは、P1の相続人として原告会社との間で締結した本件出版契約上の地位を承継している。したがって、著作権者として、出版権者である原告会社の権利が侵害されるおそれがあるとき、あるいは侵害されているときには、著作権者としてその侵害の排除に協力すべき義務を原告会社に対して条理上当然に負っているところ、被告用紙が本件用紙と市場で競合する商品であり、原告会社の出版権を侵害するものであることからすれば、原告Xが被告用紙の販売の差止め等を請求することは、著作権者としての当然の権利行使にあたる。なお、被告用紙の売上増加に伴って原告会社による本件用紙の売上が減少すると、原告Xが原告会社から得られる印税も減少し、原告Xの経済的利益も損なわれるという関係にある。
 いずれにしても、原告Xによる権利行使は当然の行為であって、権利濫用とされる余地はない。
(2) 正当理由の不存在について
 被告らの主張は、独自の解釈にすぎず失当である。前述のとおり、原告Xは、P1の相続人として原告会社との間で締結した本件出版契約上の地位を承継している。そして、被告用紙は本件用紙と市場で競合する商品であり、原告会社の出版権を侵害するものであることからすれば、原告Xが被告用紙の制作販売を是認することは、本件出版契約5条で禁止される行為に該当し、あるいは同条の精神に悖ることは明らかであるから、被告用紙の制作販売について同意を与えないことには正当な理由が存する。
10 争点1−10(出版権の帰属)について
【原告らの主張】
 原告会社の本件用紙についての出版権は、昭和33年ころの販売開始当初は口頭による契約に基づくものであったが、その後口頭の出版契約を書面化することとなり、平成12年1月1日付けで本件出版契約書(甲6)を作成・締結した。
 本件出版契約書の第5条では、「甲(判決注:P1のこと)はこの契約期間の存続する間は、本著作物と同一内容または著しく類似の著作物を自ら発行し、または他人をして発行せしめることが出来ない。」と明定しているが、原告会社に出版権を設定したことの効果として、P1はもちろんのこと、その包括承継人も同一又は著しく類似の著作物を発行することは許されない。
【被告らの主張】
 前記5〔争点1−5(本件用紙の著作権はP1から被告Yを通じて被告会社に譲渡されたものであるか。)について〕の【被告らの主張】(4)のとおり、本件用紙の著作権は、被告Yが原始的に取得したため、原告会社がP1から出版権の設定を受けることはできない。
11 争点1−11(被告用紙は本件用紙を「原作のまま…複製」したものであるか。)について
【原告らの主張】
(1) 被告用紙及びその構成部分が、いずれも本件用紙及びその構成部分と同一又は著しく類似しているものであることは、前記2ないし4〔争点1−2ないし4(被告用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について〕の【原告らの主張】のとおりである。
(2) 著作権法80条1項にいう「原作のまま」とは、加戸守行「著作権法逐条講義(三訂新版)」(422頁)によると、「出版権は、その目的である著作物を原作のまま複製する権利であります。原作のままといいますのは、一字一句たりとも修正しないでということではなくて、原著作物として、つまり原作の複製権として機能する形態においてという意味でありまして、言葉を換えて言えば、翻訳して出版するとかあるいは翻案して出版するという二次的形態において複製する権利を含まない趣旨であります。」と解されている。かかる解釈によれば、原作の複製権として機能する形態であれば出版権の効力は及ぶ、ということである。一方、複製権が著作物の一部についても及ぶことは、確立した解釈である。したがって、著作物の一部であっても、原作の複製権として機能する形態であれば、出版権の効力が及ぶことは明らかである。
【被告らの主張】
(1) 被告用紙が本件用紙に類似していないことは、前記2ないし4〔争点1−2ないし4(被告用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について〕の【被告らの主張】のとおりである。
(2) 出版権者の権利は、出版権の目的である著作物を「原作のまま」複製することにとどまる(著作権法80条1項)。「原作のまま」とは、出版権の対象となる著作物の一部分の複製には出版権の効力は及ばないという意味である。出版権が設定されたという一事をもって、著作権者がその対象となる著作物の一部分を複製することまで禁じられるとなってしまうと、創作活動に大きな支障が生じる。だからこそ、著作権法は「原作のまま」という文言を付したのであり、これは確立した解釈である。本件出版契約書(甲6)には、その第5条に、P1に対して「同一内容または著しく類似の著作物」の発行を禁止する旨の文言が付されているが、出版権と複製権の内容が同一であればわざわざ「著しく」などという文言を「類似」の前に付する必要はない。本件出版契約書が、著作権法の上記解釈を受けて作成されたものであることは明らかである。
12 争点1−12(原告会社は被告らに対し出版権を対抗できるか。)について
【被告らの主張】
 前記5〔争点1−5(本件用紙の著作権はP1から被告Yを通じて被告会社に譲渡されたものであるか。)について〕の【被告らの主張】のとおり、本件用紙の著作権は、P1から被告Yを通じて被告会社に承継されたため、P1が原告会社のために出版権を設定したとしても対抗問題となり、原告会社は、出版権設定登録を経由していない以上、同出版権を被告らに対抗できない。
【原告らの主張】
 争う。
 被告会社は、実質的にはP1が設立した会社であり、P1が監査役に就任している。また、被告Yは、P1の長男かつ相続人であり、被告会社の代表取締役である。被告会社は、その役員構成からしていわゆる同族会社である。
 被告Yは、本件出版契約書(甲6)が作成されることを知っており、また、被告会社が、本件用紙と同一又は類似のものを作成してはならないことも認識していた(被告Y調書18〜20頁)。
 このような事情に照らせば、被告らと原告会社との関係は、純然たる第三者の関係とはいえないのであって、被告らは原告会社の登録欠缺を主張し得る利益を有する第三者には該当せず、対抗関係にはない。
 よって、たとえ原告会社が出版権につき設定登録を経ていないとしても、被告らに対し出版権を主張することはできるものというべきである。
13 争点1−13(被告Yの共同不法行為責任の有無)について
【原告らの主張】
 被告Yは、被告会社の代表者として、原告Xの有する著作権を侵害し、同時に原告会社の有する出版権を侵害する被告用紙の発行、販売及び頒布を行っていた。被告会社は、いわゆる同族会社であり、被告Yは、被告会社の業務全般を所掌し、また、率先して被告用紙の発行、販売及び頒布を行っていたものであり、かかる行為は、被告らの共同不法行為であり、被告Yは、被告会社と連帯して責任を負う。
【被告らの主張】
 争う。
14 争点1−14(原告Xの損害)について
【原告Xの主張】
(1) 逸失利益(著作権法114条3項)
ア 原告Xは、本件用紙の印税として、定価の8%相当額の印税の支払を受けているものであるところ、被告らが被告用紙を発行する場合には、原告Xは、上記割合による印税の支払を受け得たはずである。
 したがって、被告用紙の定価に8%を乗じた額に発行部数を乗じた額が、被告らの著作権侵害行為により原告Xが被った損害の額となる。
イ YGPI用紙及び旧ハイブリッド用紙の定価は1部当たり180円、海賊版用紙の定価は1部当たり220円である。
ウ 被告会社が発行した被告用紙の部数については、厳密な立証は事実上不可能であるから、合理的な推計によって認定されるべきである。従前被告会社が原告会社から仕入れていた本件用紙は、年間で平均して9万部前後であることから、1か月当たりに直すと7500部(9万÷12)であり、この程度の部数を毎月販売していたものと推計される。
 YGPI用紙の販売期間は、平成15年2月末から同年6月初めまでの約3か月であるので、少なくとも2万2500部(7500×3)の販売がなされたものと推計される。
 旧ハイブリッド用紙の販売期間は、平成16年2月初めころから同年10月中旬までの約8.5か月であるので、少なくとも6万3750部(7500×8.5)の販売がなされたものと推計される。
 海賊版用紙は、平成16年9月から同年12月までの4か月間、少なくとも3万部(7500×4)の販売がなされたものと推計される。
 よって、被告用紙(ただし、新ハイブリッド用紙を除く。)は、合計で11万6250部の販売がなされたものと推計される。
エ したがって、被告会社の著作権侵害行為による原告Xの逸失利益は、177万円(180×0.08×8万6250+220×0.08×3万)である。
(2) 弁護士費用
 原告Xは、本件訴訟の遂行を弁護士に委任し、相当額の報酬を支払うことを約した。
 本件訴訟の難易等を総合考慮すれば、被告会社の著作権侵害行為と相当因果関係にある弁護士費用は、20万円を下らない。
(3) 原告Xの被った損害の額
 原告Xは、被告会社の著作権侵害行為により、上記(1)及び(2)の合計197万円の損害を被った。
(4) 被告らの主張に対する反論
 被告らは「被告会社が著作権者であるから、仮に原告Xが著作権の共有者で、あっても、…原告Xは、被告らに対して著作権法114条3項に基づく請求はできない」と主張するが、争う。
 たとえ著作権の共有者間であっても、ある共有者が他の共有者の合意がなく著作権を行使すれば、他の共有者との関係で著作権侵害が成立し、損害賠償責任を負うのは当然である。
【被告らの主張】
 争う。
 被告会社は著作権者であるから、仮に原告Xが著作権の共有者であったとしても、被告らによる被告用紙の販売について合意(著作権法65条2項)の問題はあるにせよ、原告Xは、被告らに対して著作権法114条3項に基づく請求をすることはできない。
 原告Xは、ある共有者が他の共有者との合意なく共有著作権を行使すれば著作権侵害が成立すると主張するが、仮に原告Xが主張するとおりであったとしても、本件用紙の著作権は原告Xと被告Yの共有と評価され、被告らによる被告用紙の販売行為は被告Yの共有著作権につき、これを第三者にライセンスしたのではなく自己のために行使したものと評価されることになる。かかる場合、第三者による著作権侵害が生じたわけではないから、著作権侵害の場合の損害額の推定規定である著作権法114条は適用されない。
15 争点1−15(原告会社の損害)について
【原告会社の主張】
(1) 逸失利益(著作権法114条1項)
ア 被告会社が被告用紙を販売したことにより、原告会社は、その販売数と同数の本件用紙を販売することができたはずであるのに、その販売をすることができず、その結果、販売することができれば得られたはずの利益を失った。
 本件用紙の定価は231円(消費税込み)であり、制作原価は1部当たり65.3円(制作費10.3円、印税及びコンサルタント料計55円)であるから、被告会社の出版権侵害による原告会社の逸失利益は、1部当たり165.7円を下らない。
イ 被告会社によって販売された被告用紙(ただし、新ハイブリッド用紙を除く。)の数は、前記14〔争点1−14(原告Xの損害)について〕の【原告Xの主張】のとおり、合計で11万6250部である。
ウ したがって、被告会社の出版権侵害行為による原告会社の逸失利益は、1926万2625円(165.7×11万6250)である。
(2) 弁護士費用
 原告会社は、本件訴訟の遂行を弁護士に委任し、相当額の報酬を支払うことを約した。
 本件訴訟の難易等を総合考慮すれば、被告会社の出版権侵害行為と相当因果関係にある弁護士費用は、200万円を下らない。
(3) 原告会社の被った損害の額
 原告会社は、被告会社の出版権侵害行為により、上記(1)及び(2)の合計2126万2625円の損害を被った。
(4) 被告らの主張に対する反論
 被告らは、「少なくとも年間9万部ペースの販売部数については、原告会社には販売能力がなく、また、被告会社の販売行為がなかったとしても、販売することができなかった事情がある」と主張するが、争う。
 被告用紙は、いずれも手採点が可能であることが「売り」になっている。すなわち、YGPI用紙及び海賊版用紙は、その構成上手採点のみであり、新旧ハイブリッド用紙は、コンピュータを用いた採点も可能となっているが、手採点が可能であることも謳っている(甲12、18)。被告用紙は、いずれも手採点が可能な用紙であるからからこそ、従前(被告会社が本件用紙を販売していた当時)と同等程度の数量の販売ができるのである。もし仮に、被告会社が手採点可能な用紙の販売を行わず、手採点可能な用紙の需要者が同用紙を原告会社からしか購入できない状況下にあれば、需要者は、当然のことながら原告会社から購入するほかない。
 なお、被告らは、「新旧ハイブリッド用紙は、FAXで送信して判定を受けられるようになっており、本件用紙とは一線を画している」と主張するが、FAX判定だけを行うのであれば、新旧ハイブリッド用紙よりも安価な「OCR版コンピュータ判定用紙」を購入すれば足りるので、わざわざ新旧ハイブリッド用紙を購入してFAX判定を実施する契機は乏しい。新旧ハイブリッド用紙の需要は、本件用紙との同一性ないしは実質的同一性が存すること、すなわち従前販売していた本件用紙と同様の採点・判定が可能であることに起因し、また、被告会社自身、それを十分承知しているからこそ、本件用紙と同様の判定が行いうることを謳っているのである。
 したがって、年間9万部ペースの販売部数についても、原告会社には販売能力があり、また、被告会社の販売行為がなかったとすれば、原告会社が販売することができたということができるのであって、被告らの主張に理由がないことは明らかである。
【被告らの主張】
(1) 原告らは、被告用紙の販売部数を合計11万6250部であると主張するが、その根拠は、被告会社が従前に販売していた本件用紙の販売部数が年間9万部前後であったというものである。そうすると、被告用紙の販売部数は、年間9万部ペース以内であれば、すべて従前に被告会社が開拓した顧客に対するものということになる。
 また、性格検査用紙は、取扱いに高度な知識や判断力が要求されるものであり、書店や文具店等の店舗において一般消費者との間で単純に売買されるようなものではなく、販売先は、学校、官公庁、企業等に限定されるのであり、新規顧客の獲得はきわめて困難である。
 そして、被告会社は単に性格検査用紙を販売するだけでなく、その判定結果を提供し、指導する立場にもあるため、当該顧客と被告会社との間には堅い信頼関係がある。
 さらに、本件用紙を改良した被告用紙は、新製品であるため顧客への浸透は従前の用紙ほどではないにしても、その機能・品質・デザイン性は高く評価されている。特に、新旧ハイブリッド用紙は、記入後の用紙をFAXで被告会社に送信して判定を受けられるようにしており、本件用紙とは一線を画している。
 このような性格検査用紙の特殊な商品としての性質、流通性、新規顧客獲得の困難さ、被告会社への信頼、被告会社による商品改良の努力を考慮すれば、少なくとも年間9万部ペースの販売部数については、原告会社には販売能力がなく、また、被告会社の販売行為がなかったとしても、販売することができなかった事情がある。しかも、実際、被告用紙の販売部数は年間9万部ペースを超えておらず、原告会社の顧客を奪ってもいない。
 よって、原告会社には損害は発生していない。
(2) 原告らの反論に対する再反論
ア 「手採点が売り」との主張について
 原告らは、被告用紙は手採点が可能であることが「売り」になっているから、従前と同等程度の数量の販売ができるのであり、仮に被告会社が手採点可能な用紙の販売を行わなければ、需要者は原告会社から購入するほかなく、原告会社が販売できたと主張する。
 しかし、手採点が可能であることは著作物の機能に関するものであり、著作物として保護対象となる具体的な表現形式に関するものではない。したがって、手採点が可能であることを理由として何らかの損害が発生していたとしても、そのような損害は著作権侵害とは因果関係のない損害であり著作権法上保護され得ない。
イ 寄与率について
 原告会社は、旧用紙の各部分に着目して著作権侵害を主張しているにすぎないから、仮に原告会社の主張を前提に著作権侵害と因果関係のある損害を検討する場合、原告会社が挙げる旧用紙における構成@ないしBがどの程度原告会社の逸失利益に寄与したかを検討する必要がある。
 しかるに、構成@及びBと、構成Aの「回答欄の内容が粗点集計欄に転写される」点は、旧用紙や他社の用紙にも見られる陳腐化したもので、特に「売り」になるようなものではない。また、構成Aの「上下逆に粗点集計欄に転写される」点は、旧用紙にもあり、また、用紙の構成上必然的に生じた構成で特に意味のあるものではなく、やはり「売り」になるようなものではない。
 したがって、仮に、原告会社が主張するように、被告用紙と旧用紙との間に構成要素の配置に関する共通部分があるとしても、そのことによって原告らが販売する用紙の部数に変動が生じるという関係には立たず、寄与率はゼロであるから、原告会社の損害はゼロである。
ウ FAX判定について
 新旧ハイブリッド用紙がFAX判定を受けられるようになっていることに関し、原告らは、FAX判定だけを行うのであれば、ハイブリッド用紙よりも安価な「OCR版コンピュータ用紙」を購入すれば足りるので、わざわざハイブリッド用紙を購入してFAX判定を実施する契機は乏しいと主張するが、「OCR版コンピュータ用紙」はFAX判定に対応したものではなく、FAX判定を受けるにはハイブリッド用紙を購入する必要がある。
16 争点1−16(差止め等の必要性の有無)について
【原告Xの主張】
 被告会社は、原告Xの著作権侵害を争っており、YGPI用紙を除く被告用紙の発行等の差止め及び在庫廃棄の必要性がある。
【被告らの主張】
 争う。
第4 第2事件の争点に関する当事者の主張
1 争点2−1(原告各標章の使用は商標としての使用といえるか。)について
【原告会社の主張】
 原告手引標章及び原告パンフレット標章(以下、併せて「原告各標章」という。)の使用は、商標としての使用とはいえない。その理由は次のとおりである。
 原告会社は、昭和32年ころからYG性格検査用紙を販売しているところ、原告手引は、YG性格検査用紙の需要者に対して実施方法や採点方法等を説明するために制作されたものであり、原告パンフレットは、YG性格検査用紙の販売促進のために制作されたものである。したがって、原告手引に接する需要者は、原告手引における「YG性格検査実施方法」との表示(原告手引標章)を、YG性格検査の実施方法等を内容とする文章が掲載された印刷物であることを示す表示であると理解し、また、原告パンフレットに接する需要者は、原告パンフレットにおける「YG性格検査」との表示(原告パンフレット標章)を、YG性格検査の目的・特徴・実施要領等を内容とする文章が記載された印刷物であることを示す表示であると理解する。
 以上のとおり、原告が原告手引及び原告パンフレットにおいて原告各標章を付した行為は、原告各標章を、原告手引及び原告パンフレットの自他商品識別機能ないし出所表示機能を有する態様で使用する行為、すなわち商標としての使用行為には該当しない。
【被告会社の主張】
(1) 原告手引
 「YG性格検査」は、性格検査に関して一般的に使用される用語ではなく、被告会社の特定の商品に関する固有名称であり、独占適応性がある。
 また、原告手引の表紙上部の「YG性格検査実施方法」の下の枠内には、「YG性格検査実施方法・・・1〜4」、「YG性格検査の採点方法・・・5〜8」、「YG性格検査を利用するにあたって・・・9〜20」との記載があり、原告手引の内容はここに記載されているのであり、その上方に陰影付きの大きな文字で表示された「YG性格検査実施方法」(原告手引標章)は、原告会社の商品を識別するための標識、すなわち商標として使用されている。
 なお、書籍に関しては、当該書籍の内容を表示するために固有名称でない一般的に使用される用語により構成された文字を題号として付したような場合は、独占適応性がなく、当該題号の使用は商標的使用ではないと認められる場合があり得る。しかし、本件の場合は、前述のとおり「YG性格検査」に独占適応性があり、しかも、原告手引は書籍とは異なるものであり、全く状況が異なる。
(2) 原告パンフレット
 原告パンフレットは、商品(性格検査用の印刷物)の販売促進のために無料で配布されているもので、当該商品に関する広告であるから、原告会社の行為は、本件商標を使用する行為(商標法2条3項8号)に該当する。
2 争点2−2(本件商標の使用許諾の有無)について
【原告会社の主張】
(1) 原告会社は、遅くとも昭和50年代ころ、原告手引及び原告パンフレット(ただし、旧体裁のものを含む。)の制作頒布を開始した。その作成経緯は次のとおりである。そして、原告会社が原告各標章を原告手引あるいは原告パンフレットにおいて使用することについては、本件商標の出願日よりも前から、また被告会社の設立よりも前から、P1の承諾を得ていた。
ア 原告手引の作成経緯
 原告手引は、YG性格検査用紙を購入した一般企業・官公庁・学校等が、検査の実施から、採点・性格類型の判断までを購入者自身において行うことができるように、検査の実施方法・採点方法等を解説した印刷物である。
 YG性格検査は、一般企業等において検査を実施した後、記入済みのYG性格検査用紙を原告会社に送付して、原告会社において採点・性格類型の判断を行うという方法があるが、YG性格検査の最大の特色は、YG性格検査用紙を用いることにより誰でも機械的に採点を行うことができ、さらに性格類型の判断までを行うことができるように考案されていることにある。原告手引は、一般企業等の検査実施者自身において、YG性格検査を正しく実施するため、また、採点・性格類型判断等を正しく行うための手引として制作されたものである。
 現在の原告手引(以下「現行原告手引」ともいう。)は、表紙付きの冊子様の印刷物であるが、このような体裁になったのは平成8年ころからである。それ以前の原告手引(A乙1、以下「旧原告手引」という。)は冊子様ではなく、表紙なし・B4判用紙で表裏印刷の二つ折りで、「〔1〕YG性格検査実施方法」「〔2〕YG性格検査の採点方法」「〔3〕YG性格検査を利用するにあたって」の3部がそれぞれ独立したものとしてページ数が振られ、この3部をまとめて左ホチキス綴じにして一つのものとした体裁であった。購入者からこの体裁は使いにくいとの声があったため、途中で体裁を冊子様に変更したが、手引の内容・具体的な表現、各ページの記載内容は変更しておらず、従前と全く同一である。
 旧原告手引は、制作時期を表す記号・番号や価格等の記載がないので、それ自体からは制作時期を明らかにすることができないが、原告会社において、後記の旧原告パンフレットと一緒に保管されていたことからして、旧原告パンフレットの制作時期(昭和60年〜63年)と同時期に制作していたものと推認される。
 旧原告手引は、制作時期は不明であるが、P1からアドバイスを受けながら、P1の文献等を参考にして、原告会社が制作した。そして、現行原告手引も、P1の了解を得て変更し、制作頒布しているものである。
イ 原告パンフレットの作成経緯
 原告パンフレットは、原告会社において出版・販売しているYG性格検査用紙及びキャッテルC.F知能テストの販売促進のために、その内容等を説明した印刷物である。
 原告パンフレットは、原告会社の主たる販売商品であるYG性格検査用紙の販売促進活動のために、YG性格検査の目的、特徴、実施要領等を簡潔に記載し、YG性格検査用紙の購入希望者・購入見込者に対して配布するために制作したものである。
 現在の原告パンフレット(以下「現行原告パンフレット」ともいう。)は、カラー印刷であるが、このような印刷形態になったのは平成元年ころである。それ以前の原告パンフレット(A乙2、以下「旧原告パンフレット」という。)は黒単色印刷のものであった。カラー化に伴ってパンフレットの内容の一部が変更されたが、「YG性格検査で、何がわかるか?」「YG性格検査の特徴」「YG性格検査の実施要領」の各部分の内容及び具体的な表現の変更はなく、従前と全く同一である。
 旧原告パンフレットは、その最終頁に商品の価格表が掲載されているところ、「YG性格検査用紙」(一般・大学用)の定価は「150円」となっている。YG性格検査用紙の定価が150円であったのは、昭和60年4月から昭和63年3月までのことであるので(A乙23)、旧原告パンフレットが制作されたのも、この期間内のことである。現行原告パンフレットは、遅くとも平成2年3月には発行されているので(A乙24・最終頁参照)、平成元年中には旧原告パンフレットは現行原告パンフレットに切り替わっているものである。
 旧原告パンフレットは、制作時期は不明であるが、P1からアドバイスを受けながら、P1の文献等を参考にして、原告会社が制作した。そして、現行原告パンフレットも、P1の了解を得て変更し、制作頒布しているものである。
(2) P1は、クレペリン検査という作業検査法の研究を行い、原告会社及び被告会社から検査用紙を販売していたが、同検査の権利が切れた後に他社がクレペリン検査の類似商品の販売を始めたという事態が起こった。その反省からP1は、「YGを守るため商標登録を申請する。」との意向を原告会社に示し、原告会社はP1の考えに賛同した。平成6年に被告会社が本件商標の登録出願を行い、平成12年に商標登録がなされたが、その後、原告会社が出版権に基づき制作・販売していたYG性格検査用紙に関しては、「YG性格検査」のすぐ右横に●を入れるよう変更した。一方、原告手引及び原告パンフレットにおける原告各標章の使用に関しては、何ら変更はなく従前どおりのままであり、変更を求められたこともなく、また、商標権の使用許諾契約等を取り交わすこともなかった。
(3) 以上のとおり、原告会社が原告各標章を使用することは、本件商標の登録日よりも前からP1の承諾を得ており、登録日後も何ら異議が述べられることなく使用している。
 P1と被告会社とは別個の法人格であるが、被告会社がいわゆる同族会社であり、P1と一体と評価され得るものであることから、P1の承諾=被告会社の承諾と評価し得る。
(4) 被告会社の代表者である被告Yは、平成5、6年ころ、自ら原告会社作成のパンフレットと同じものを作ってほしい旨原告会社に依頼したことがあり(被告Y調書22頁、P7調書9頁)、被告会社自身としても、パンフレットの存在を認識し、かつ容認していた。
(5) よって、原告会社が原告各標章を原告手引あるいは原告パンフレットに使用することは、P1及び被告会社の承諾を得ているから、本件商標についての商標権の侵害にはならない。
【被告会社の主張】
(1) 本件商標を付した原告手引を原告会社が商品として販売することについて、P1が承諾した事実はない(P1存命中の平成8年ころ及びそれ以前に原告会社が制作したとする手引は、原告会社が販売したYG性格検査用紙の購入者に対し無料で配布されたものであり、それ自体が商品として販売されたことはない。原告会社は、P1の死去後、被告会社に無断で原告手引を商品として販売するようになった。)。
(2) 原告会社は、本件商標の出願前にP1からその使用の承諾を得たと主張するが、商標登録も出願もされていない商標は原則として保護されない。よって、商標権者でも出願人でもない者から使用の承諾を受けたとしても、それは抗弁事由にならない。
(3) P7の証言によると、原告会社では、平成10年ころ、契約書面の有無が社内で問題となり、ちょうどそのときにP1から契約書の作成について申し入れもあったことを契機として、本件出版契約書(甲6)が作成されている(P7調書26頁)。その際、原告会社は、契約書面の重要性を認識しており、YG性格検査の手引やパンフレットの著作権や本件商標についても、権利関係に関することであるから契約書面を作成しておくことが必要であり、また作成する機会を有していたにもかかわらず、また、原告会社は許諾を得て出版や販売ができる立場にあることを十二分に認識していたにもかかわらず、書面による承諾を得ていない(同27〜29頁)が、これは、P1による承諾を得ていないことの証左である。
3 争点2−3(被告会社の商標権に基づく請求は権利濫用に当たるか。)について
【原告会社の主張】
 仮に、原告会社が原告各標章を原告手引あるいは原告パンフレットに使用する行為が、被告会社の有する商標権に抵触するとしても、次の事情に照らせば、被告会社による商標権の行使は権利濫用に該当し許されない。
 すなわち、原告会社は、昭和32年ころからYG性格検査用紙を出版、販売し、YG性格検査の普及のため新性格検査法(A乙19)や実施手引(A乙32)を発行してきた。P1が「日本・心理テスト研究所」を設立し、同研究所から手引等が発行されるようになった後も、原告会社はYG性格検査の普及のため、昭和55年ころには、P1の了解を得て独自に旧原告手引及び旧原告パンフレットを制作し、発行するようになった。その後、旧原告手引は平成8年ころに現行原告手引に、旧原告パンフレットは平成元年ころに現行原告パンフレットに改訂されているが、その内容はほとんど変わっていない。原告手引も原告パンフレットもYG性格検査の普及・販売促進のためのものであり、販売促進の効果によりYG性格検査用紙の売上が増えれば、その分は印税あるいはコンサルタント料として被告会社の収入のアップにつながるものである。
 また、被告会社は、平成12年に本件商標権を取得した後、原告会社に対し、YG性格検査用紙の表記について、.及び登録商標の注記を付け加えられることを求めたほかは、特に使用を制限することも使用料の支払を求めたこともない。
 このように、そもそも被告会社が商標権を取得するよりもはるか以前から、原告会社は原告手引及び原告パンフレットを制作し発行してYG性格検査の普及に努めてきたこと等に照らせば、被告会社の原告会社に対する商標権の行使は権利濫用に該当し、許されないものである。
【被告会社の主張】
(1) 原告会社は、YG性格検査の著作権者であったP1からの依頼に基づき同検査に関する用紙等を発行してきた業者にすぎず、本件用紙という限られた範囲での出版権を除き、そもそも同検査に関して何らかの排他的権利を主張し得る法的地位にはない。
(2) 現行原告手引及び現行原告パンフレットは、旧原告手引及び旧原告パンフレットとは別のものであるから、過去に原告会社が旧原告手引及び旧原告パンフレットを発行した事実があるからといって、被告会社の商標権を無視してまで、原告会社の独断で別の手引やパンフレットを作成して販売・頒布することは許されない。
(3) 旧原告手引は、YG性格検査用紙の購入者に無償で提供されていたが、現行原告手引は、商品として販売されている。したがって、P1の意思を推測しても、現行原告手引が商品として販売されることまでは容認しなかったはずである。
(4) 本件用紙は、機能面でもデザイン面でも古くなっており、今後は改良した用紙に切り替えていくことが望ましい。したがって、原告手引及び原告パンフレットの販売・頒布は、被告会社にとって不利益なものですらある。
(5) 被告会社は、本件用紙に関する印刷物等に.及び登録商標の注記を求めているが、原告手引及び原告パンフレットを原告会社が販売・頒布しているのを知ったのは最近のことであり、長期間放置していたわけではない。
4 争点2−4(被告会社は本件手引の著作権を取得したか)について。
【被告会社の主張】
 昭和58年4月に日本心理テスト研究所の経営権がP1から被告Yに承継され、その後、平成元年12月に日本心理テスト研究所が法人成りし、被告会社が設立された際、被告Yから被告会社に対し、YG性格検査に関する一切の権利が移転した。このような経緯をたどって、被告会社は、本件手引の著作権を有するに至った。
【原告会社の主張】
 不知。
5 争点2−5(著作物利用許諾の有無)について
【原告会社の主張】
(1) 前述のとおり、原告手引及び原告パンフレットの内容・具体的な表現については、被告会社の成立以前に、原告会社がP1の文献を参考にしつつ、P1のアドバイスを受けて完成させたものである。当然のことながら、P1は、原告手引及び原告パンフレットの制作目的、すなわち、YG性格検査の普及、販売促進のためのものであることを十分理解しており、YG性格検査用紙の販売が存続する限り、原告会社がこれらを制作・頒布することを許諾していた。原告会社は、これまで一度も異議を述べられたこともない。
(2) なお、被告会社の本件手引の著作権の取得原因及び取得年月日は不明であるが、仮にP1が被告会社に対し本件手引の著作権を譲り渡した事実があったとしても、原告手引及び原告パンフレットの制作・頒布目的からして、原告会社に対する許諾を停止することはありえないし、許諾停止を告げられた事実も存しない。すなわち、仮に本件手引の著作権が被告会社に譲り渡されたとしても、P1は原告会社に対する許諾付きで譲り渡しているのであり、現在もなお許諾が有効に存続していることに変わりはない。
(3) したがって、原告会社が原告手引及び原告パンフレットを制作、販売、頒布する行為は、何ら被告会社の著作権を侵害するものではない。
【被告会社の主張】
(1) 原告会社は、P1から「別途の使用料の支払を要することなく、YG性格検査用紙の販売が存続する限り、制作・頒布する」という内容の承諾を得ていた旨主張するが、否認する。
(2) 原告会社は、原告手引や原告パンフレットの頒布目的につき、YG性格検査用紙の実施方法を広めるためであるとか、販売促進の材料として使用するためであるとの主張をするが、そうであれば、有償で販売するとなると完全に意味合いが違ってくる。そして、原告手引・原告パンフレットが有償で販売されるようになったのは、原告会社の主張によっても平成11年8月ころからであるところ、P7の供述によってすら、原告会社がP1から原告手引・原告パンフレットの頒布につき最後に了解を得たのは平成9年ころである(P7調書19、20頁)。したがって、原告会社側の主張・証言によっても、原告手引・原告パンフレットが有償販売されるようになってからは、P1の了解は得られていない。しかも、原告会社がP1の承諾の存在の根拠とするのは、原告手引・原告パンフレットをP1に見せたけれどもP1が何も述べなかったことに尽きるところ、かかる事情のみをもって、有償販売であろうが販売促進のための限定的な無償頒布であろうが「別途の使用料の支払を要することなく、YG性格検査用紙の販売が存続する限り、制作・頒布する」ことができる地位を確保したとはいえない。
6 争点2−6(原告商品は本件手引に依拠したものであるか。)について
【被告会社の主張】
 原告手引及び原告パンフレットは、いずれも本件手引と内容・具体的な表現において同一性ないし類似性があり、本件手引に依拠したものである。
【原告会社の主張】
 否認する。
 原告会社は、原告手引及び原告パンフレットを制作するにあたって、主にP1の著作である「新性格検査法―YG性格検査実施応用研究手引」を参考にしたのであって、本件手引に依拠したのではない。また、原告会社は、そもそも本件手引の発行以前に、原告手引及び原告パンフレットを制作したのであるから、本件手引に依拠することはあり得ない。
7 争点2−7(本件和解に基づく本件用紙の引渡請求権の存否)について
【被告会社の主張】
 原告会社は、本件和解において、被告会社との間で、被告会社の注文があれば、暫定的に年間(7月1日から翌年6月30日)10万部を限度として、本件用紙を売る旨を合意した(なお、売買代金は従前の取引どおり1部25円〔消費税別〕で、納品後払い)。したがって、原告会社は、被告会社に対し、本件用紙10万部の引渡義務を負う。
(1) 内容の特定性
 内容の不確定な法律行為の効力には疑義が生じる余地もないわけではないが、法律行為の内容の全部が確定している必要はなく、当事者の定めた標準ないし解釈によって確定し得るものであればよい。
 原告会社は、原告会社が引き渡すべき本件用紙の数量を問題にしている模様であるが本件和解第4項によれば、原告会社が引き渡すべき本件用紙の数量は、年間10万部を上限として、被告会社の注文に応じて具体的に確定することとなっており、その効力に何らの問題はない。
(2) 具体的義務の存在
 上記(1)のとおり、原告会社と被告会社の間の売買契約は、目的物及び数量等が具体的に確定しており、本件和解成立時点で、既に有効に成立している。そして、本件和解第4項には、原告会社は被告会社から注文された数量を「納品する」と明確に記載されており、「納品するよう努める」など紳士協定であることを推認させるような記載もない以上、原告会社が納品するべき法律上の義務を負うことは明らかである。
 原告会社は、被告会社の「注文」が申込みの意思表示で、売買契約の成立には別途原告会社の承諾が必要であると主張するが、本件和解第4項所定の被告会社の注文は、既に本件売買契約において原告会社が納品するべき数量を具体的に確定させる効果を有するものであって申込みの意思表示ではない。仮に、被告会社の「注文」が申込みの意思表示であり、原告会社の「承諾」が形式的に別途必要であると解するとしても、原告会社には被告会社の注文に応じて「納品する」義務がある以上、納品の前提となる承諾を拒絶する権利などなく、被告会社の申込みを承諾のうえ注文を受けた数量を納品する法律上の義務を負うというべきである。
【原告会社の主張】
 否認する。その理由は次のとおりである。
(1) 本件和解に至る経緯等
 第1次仮処分事件の直接の審理対象はYGPI用紙であったが、関連問題として、本件用紙の廉価販売問題があった。平成14年末、被告会社が本件用紙を特別価格販売と銘打って通常の卸価格を大幅に下回る価格にて割引販売を開始するということがあり、原告会社がこれを知り被告会社からの4万部の注文を留保するということがあったが、翌年1月の話合いの席で、代理店向け価格については今後協議するとの約束がなされたので、4万部を納入した。ところが、その後も具体的な協議はなされず、一方で被告会社が廉価販売を継続している疑いがあった。原告会社の被告会社に対する本件用紙の販売は、そもそも被告会社によるYG性格検査の普及のためのコンサルタント活動のために提供されるものであり、だからこそ、原告会社の被告会社に対する販売価格は1部20円(定価は1部220円。消費税別)と格安に設定されていた。
 第1次仮処分事件においては、原告会社・被告会社間の紛争を全面的に解決するために、本件用紙の販売問題についても協議がなされたが、すぐに合意に達する見込みが低かったこと、及び、別途被告会社が原告会社に対して東京簡易裁判所に調停申立てを行っていたことから(同裁判所平成14年(メ)第481号。以下「別件調停事件」という。)、被告会社は本件用紙の販売問題について仮処分ではなく別途の協議で解決を図ることを希望し、原告会社はこれを受け入れることとした。そして、本件用紙の問題については、暫定的に年間の販売数量の上限枠を10万部と設定し、廉価販売等の件は別途協議とすることとした(本件和解第4項・5項)。
 原告会社は、本件和解の成立後すぐ、被告会社の求めに応じて、本件和解成立時までに販売していた年間数量が7万部であったことから、3万部を被告会社に販売、納入した。
 ところが、その後、被告会社が原告会社との間で本件用紙の販売問題についての協議が調うことないまま廉価販売を継続していたため、原告会社は、改めて被告会社に対して抗議するとともに、被告会社からの平成15年6月26日付の本件用紙10万部の注文については留保する旨の回答をした(A乙3)。別件調停事件は、被告会社が突如本件用紙の著作権は被告会社が全て有する等の従前の当事者間の認識を覆す主張をするに至ったため、平成15年9月22日に不調となったが、原告会社は、改めて、本件用紙の納入を留保する理由について、被告会社に対し書面をもって通知した(A乙4)。ところが、被告会社からは同通知に対する回答は何らなされてなかった。
(2) 具体的な請求権の不存在
ア 被告会社の注文についての法的意味について
 本件和解条項は、被告会社の注文のみによって、売買契約の成立(法的には、原告会社の承諾の意思表示を擬制するとの意であろう。)及び本件用紙の引渡義務の発生を定めたものではなく、当事者間の無用な争いを避けるために、販売数量の上限枠及び販売価格を暫定的に定めたいわゆる紳士条項的なものであり、原告会社の承諾するか否かの自由を排除したものではない。すなわち、社会的常識の範囲を逸脱した注文である場合や当事者間の信頼関係を破壊するような特段の事情が存する場合にまで、無条件の承諾擬制を課せられることはない。また、原告会社は、本件和解成立に至る過程において、無条件の承諾擬制を認めたこともない。逆に、本件用紙の納入販売問題は、当時既に第1回期日の決まっていた別件調停事件又は法的手続外で協議を行うこととされたのである(本件和解第5項はその趣旨である。)
 したがって、被告会社の注文のみによって直ちに売買契約が成立するものではなく、原告会社がその注文を承諾して初めて売買契約が成立し、本件用紙の引渡義務が生ずるものであるから、被告らの注文に関する法的主張は失当である。
イ 原告会社が被告会社の注文に対する承諾の意思表示をしていないこと(注文を留保する旨の意思表示をしたこと)
 原告会社は、平成15年6月26日付で、本件用紙10万部の注文を受けた(A甲10)。これに対して、原告会社は被告会社に対し、かかる注文には直ちには応じられない旨の注文留保の回答を行い(A乙3の1)、承諾はしていない。したがって、原告会社が被告会社の注文に対する承諾をしていない以上、被告会社の注文にかかる売買契約は成立しておらず、その用紙の引渡義務も発生していない。
ウ 注文を留保したことに何らの帰責性も存しないこと
 後記8〔争点2−8(帰責性の有無)について〕の【原告会社の主張】記載の経過からすれば、被告会社が原告会社に対して平成15年6月27日付けで本件用紙10万部の注文をしたとしても、原告会社がその注文に対して承諾していないことについて何らの不当性は存せず、何らの帰責性も存しない以上、被告会社の注文による売買契約は成立しておらず、本件用紙の引渡義務も発生していない。
8 争点2−8(帰責性の有無)について
【原告会社の主張】
 次のような経過からすれば、被告会社が原告会社に対して平成15年6月27日付けで本件用紙10万部の注文をしたとしても、原告会社がその注文に対して承諾しないことについて何らの不当性は存せず、何らの帰責性も存しない。
(1) 常識を逸脱した注文数量であること
 原告会社は、本件和解成立後、本件用紙3万部を平成15年6月5日付で被告会社に対し納入したが、1か月も経たないうちに、今度は和解で成立した年間注文部数の上限である10万部の注文を受けた(A甲10)。
 このような膨大な部数の注文は、これまでの注文についての慣行を著しく逸脱したものであり(通常は1回の注文で1万部であった。)、また、このような膨大な部数の在庫を原告会社が常時抱えているわけではなく、注文から僅か数日後に納入することは現実的にも不可能であることからしても(被告会社の注文書は6月26日付、同注文書が原告会社に届いたのは6月27日、被告会社の指定納期は7月1日である。)、常識の範囲を大きく逸脱するものであった。このような常識の範囲を逸脱する注文について、原告会社が被告会社からの注文を留保することは正当な理由が存する。
(2) 被告会社による廉価販売
 本件和解成立後も、被告会社が本件用紙を廉価販売しているという事実があった。廉価販売問題は、第1次仮処分事件の申立前から原告会社・被告会社間で協議を行うこととされていた問題であった(A乙3の2)。ところが、本件和解成立後も被告会社は本件用紙を廉価販売していたので、原告会社は被告会社に対し、これを止めるよう申し入れた(A乙3の1)。
 被告会社が本件用紙を一般向けに廉価販売することは、原告会社の被告会社に対する本件用紙の販売納入があくまでも「YG検査の普及に関するコンサルタント活動」のためになされるものであるという趣旨を無にするものであり、また、原告会社の販売活動と競合するものであって、原告会社に対する背信行為に当たるものである。しかるに、被告会社が廉価販売を行っているというおそれが存する限り、原告会社が被告会社からの注文を留保することは正当な理由が存する。
(3) 被告会社の不合理かつ不誠実な対応
 別件調停事件においても本件用紙問題について協議がなされる予定であったが、被告会社は、本件用紙の権利の帰属等に関して不合理な主張を繰り返すばかりであり、原告会社が被告会社の要求を拒むと、被告会社は自ら申し立てた別件調停事件を不調としてしまった。
 調停不調後に、原告会社は本件用紙の納入を留保する理由を明確にするとともに、話合い解決の意向を示したにもかかわらず(A乙4)、被告会社は何らの応答もしなかった。
(4) 本件用紙代金の未払
 被告会社は、本件用紙の廉価販売や従前の著作権の帰属についての当事者間の認識を覆す主張をなすなど、極めて背信的な行為を行っていたにもかかわらず、原告会社の釈明要求に対して何ら回答をしなかった。また、本件和解成立後、原告会社は被告会社に対し本件用紙3万部を販売、納入したが、その代金(税込で63万円)は、原告会社が催告しても支払われなかった。原告会社は、被告会社に対し、やむを得ず反対債務と相殺する旨通知したところ、平成16年4月15日、嫌がらせ的にわずか2万9999円の送金がなされただけであった。そのため、平成16年4月20日、原告会社が被告会社に対して有する反対債務と対当額にて相殺を行った(A乙5ないし10)。
【被告会社の主張】
(1) 平成15年6月の本件用紙3万部の納入は、本件和解の内容とは無関係のものである。
 すなわち、被告会社は、平成14年12月26日、原告会社に対し、本件用紙4万部の発注をしたが、原告会社は、被告会社が廉価販売をしている等々の口実を付けて、納入をしなかった。その後、第1次仮処分事件が提起され、本件和解成立の席で、暫定的に毎年7月1日から翌年6月31日まで年間10万部を限度として売買することで話がまとまったとき、和解期日に出席していた被告会社代表者である被告Yが同じく出席していた原告会社の役員であるP12に、既に平成14年12月に発注済みの4万部について早く納品することを求めたところ、「平成15年6月末までの年度で既に7万部販売しているので、残り3万部を至急納品します。」ということになり、6月中に3万部が納品された(A甲23、24)。したがって、この3万部は、本件和解の内容としての平成15年7月1日から平成16年6月30日までの10万部とは関係のない、前年度の発注分である。
(2) 原告会社が被告会社に対し、納品を拒む根拠として挙げる事情は、すべて本件和解において納品を留保できる事情として定められているものではない。よって、何らの根拠もなしに一方的な原告会社の都合によって納品を拒むこと自体に帰責事由があるといえる。
9 争点2−9(被告会社の損害)について
【被告会社の主張】
 被告会社は、原告会社から購入した本件用紙を月平均7650部販売し、月平均174万2895円の売上げを得ていた(A甲11)。
 原告会社が本件和解に基づき被告会社に本件用紙を販売していたならば、被告会社は、平成15年7月から平成17年2月までの20か月間に3164万4900円の利益を得られたのであり、被告会社は、原告会社の本件和解の債務不履行により同額の損害を被った。
 売上 月174万2895円×20か月=3485万7900円
 仕入原価 月7650部×20円×20か月×1.05=321万3000円
 利益 3485万7900円−321万3000円=3164万4900円
【原告会社の主張】
 争う。
10 争点2−10(不当利得の成否)について
【被告会社の主張】
(1) 被告会社は、P1から本件用紙の著作権を承継した被告Yから、平成元年12月、本件用紙の著作権を取得した。
 しかるに、原告会社は、本件用紙の著作権者でないにもかかわらず、財団法人住友生命社会福祉事業団(以下「事業団」という。)が作成し、使用するYG性格検査のマークシート式質問回答用紙(以下「本件質問回答用紙」という。)の使用を事業団に対して許諾した上、YG性格検査用紙に関する著作権の使用料を請求し、これを取得した。
(2) 原告会社は、事業団が本件質問回答用紙を作成し利用することについて、著作権者であるP1が承知・了解していたとして、不当利得の成立を争うが、承諾書面もなく、また、次のとおり、愛知県勤労会館事件における処理と整合性が取れておらず、P1の承知・了解があったとは考えられない。
 すなわち、愛知県勤労会館事件とは、平成8年11月14日ころ、被告会社の従業員P13が愛知県勤労会館に営業で訪れたことから発覚したものであるが、原告会社は、本件用紙の著作権者でないにもかかわらず、P1や被告会社に無断で、愛知県勤労会館がYG性格検査コンピュータ判定用紙を印刷し使用することに許諾を与え、その対価を取得していた。この事実が発覚してから、原告会社は、P1及び被告会社に対し、今後二度と同じことをしないことを誓うとともに、YG性格検査用紙の販売についての正規の印税・コンサルタント料とは明確に区別した形で、愛知県勤労会館が使用した用紙の数量に応じて印税・コンサルタント料を支払うことを約束したので、P1及び被告会社はこの件を不問にすることにした。
A 甲43は、平成10年7月分のYG性格検査用紙の販売による正規のコンサルタント料計算書であり、A甲44(「名古屋コンピューター用」と記載)は愛知県勤労会館が自己で印刷し使用したコンピュータ判定用紙の使用数量に基づくコンサルタント料計算書である。原告会社はこの二つのコンサルタント料を合わせて被告会社に支払っている(A甲45)。そして、原告会社は、現在に至るまで、上記取扱いと同様に、被告会社にコンサルタント料の支払をしている。(A甲46〜48)。
 事業団についても、愛知県勤労会館の場合と異なった取扱いをすべき事情はない。仮に、原告会社が主張するように、事業団の場合につき、P1や被告会社が「承知・了解」したのなら、愛知県勤労会館の場合と同様に、正規の印税・コンサルタント料の計算書とは別個に計算書が作られてしかるべきである。しかし、そのようなものはまったく作られておらず、実際にも印税・コンサルタント料は一銭も支払われていない。
【原告会社の主張】
(1) 事業団は、昭和58年あるいはその少し前ころから、人間ドック受診者からの希望者に対し、無料で、本件質問回答用紙を使用したYG性格検査を実施している。それ以前は、原告会社からYG性格検査用紙を継続的に購入したことはないとのことである。
(2) 事業団が本件質問回答用紙を作成し利用し始めようとしたころ、YG性格検査用紙を販売していた原告会社(大阪支店)に対して問合せを行った。その後、事業団と原告会社との間で協議が持たれ、事業団はYG性格検査用紙を購入しないが、「YG性格検査の実施料」として、検査実施者の人数にYG性格検査用紙の価格(当時120円)を乗じた金額を原告会社に対して支払うこととなった。同金額は、その後現在まで、120円のまま据え置かれている。
(3) 原告会社は、事業団から、YG性格検査用紙を販売した扱いにしてその金員を受領しているが、その数量及び定価に応じた印税を各権利者に対して、また、コンサルタント料を被告会社に対して、それぞれ支払っている。
(4) 上のような取扱いについては、P1も承知・了解の上で行っていることである。いつごろどのようにP1の承知・了解を得たのか、その詳細は不明であるが、このような取扱いが始まった後に、原告会社の担当者が盆暮れの挨拶に伺った際、P1から「大阪の方(事業団のこと)は、ちゃんと(これまでどおりのやり方で)やっているのか?」と問われ、「これまでどおりやっております。」と答えたことがある。
(5) 以上のとおり、事業団による本件質問回答用紙を使用してのYG性格検査の実施に関して、原告会社が事業団から被験者一人当たり120円の金員を取得し、定価をもとに算定した印税等を各権利者に支払うという取扱いは、YG性格検査の著作権者であったP1の承知・了解のもとに行われていたものであり、また、被告会社はしかるべき使用料につき原告会社を通じて取得しているのであるから、不当利得は成立しない。
11 争点2−11(被告会社の損失の有無)について
【被告会社の主張】
(1) 本件質問回答用紙を用いたYG性格検査の被験者数は、平成16年8月から平成17年1月までの6か月間及び平成17年3月から同年5月までの3か月間の合計9か月間において、合計1884人である。
 したがって、被告会社が本件用紙の著作権者となった平成元年12月から平成17年5月までの16年6か月の被験者数は、1884人÷9か月×16.5年×12か月=4万1431人となる。
 また、使用料の単価は120円であるから、原告会社の利得は、120円×4万1431人=497万1720円となる。
(2) 原告会社は、事業団が使用した用紙の数量に応じて、印税・コンサルタント料を被告会社に支払ったと主張するが、否認する。
【原告会社の主張】
 原告会社は、事業団が使用した用紙の数量に応じて、印税・コンサルタント料を被告会社に支払った。したがって、被告会社に損失はない。
12 争点2−12(消滅時効の成否)について
【原告会社の主張】
 仮に、事業団からの支払受領につき不当利得が成立するのであれば、10年を経過したものに対する不当利得に基づく請求について、原告会社は、平成17年7月15日の本件弁論準備手続期日において、第2事件の平成17年7月15日付け被告準備書面(2)を陳述したことにより、上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。
【被告会社の主張】
 争う。
第5 第1事件に関する当裁判所の判断
1 争点1−1(本件用紙の著作物性)について
(1) YG性格検査用紙の開発経緯について、証拠(甲29、40、41、乙39、42、46、証人P10)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 基礎研究と昭和32年論文(乙42)
 YG性格検査という名称は、南カリフォルニア大学心理学教授であったJ.P.ギルフォード教授の頭文字Gと、P4教授の頭文字Yを合わせたものである。ギルフォード教授は、第2次世界大戦前から大戦中にかけて、3種の人格診断目録(Personality & Personnel Inventory)を開発した。YG性格検査は、ギルフォード教授による3種の人格診断目録を一つの性格検査としてまとめ上げたものである。
 当時、日本では、質問紙法性格検査が一つしかなかったことから、P4教授は、わが国において新しい性格自己診断検査を作成するため、昭和26年に研究チームを立ち上げ、ギルフォード教授の3種の人格診断目録の計13尺度(性格特性、計595項目の翻案及び項目分析に着手した。)
 この翻案及び項目分析の具体的作業は、P4教授の下でP6(同研究員は後に改姓し、奈良女子大学教授に就任した。)が担当し、項目分析用に、後のYG性格検査の基になる予備検査のための質問紙(18特性、240項目)を作成し、項目分析の結果を踏まえて改訂作業を行い、順次「YG検査第一形式(YGT)」(16特性、200項目)、「YG検査第二形式(YGU)」(13特性、156項目)と呼ばれる予備検査を構成した。P6は、項目分析において、GP分析と呼ばれる比較的簡単な分析手法を用いていた。
 ところが、改訂作業を重ねていくうちに、研究チームの作成した尺度が、ギルフォード教授の作成した尺度の名称と必ずしも一致していないことが次第に明らかとなり、このまま研究を続けていけば、「YG検査第二形式(YGU)」の13特性を尺度化することが果たしてできるのかどうかという根本的な問題が生じた。この検討作業を担当することになったのが、昭和27年4月に京都大学教養部助手に就任していたP1である。
 P1は、因子分析法と呼ばれる分析手法を用いて検討作業を行った。その結果、研究チームの作成した尺度の信頼性が確認され、このまま研究を続けていけば性格自己診断検査が成立することが明らかとなった。
 このころ用いられていた検査用紙は、質問紙と回答票が別々になっており、質問紙には質問項目のみが印刷され、回答票には項目番号のみが印刷されていて、被験者は、項目番号に「○」、「×」、「( )」を付ける(質問項目に対し肯定するときは「○」、否定するときは「×」どちらとも決められないときは「( )」を付ける)という形式であった。また、尺度の配列は、STDCRGAMINOAgCo(S:社会的内向、T:思考的内向、D:抑鬱性、C:循環性傾向、R:のんきさ、G:一般的活動性、A:支配性、M:男子性、I:劣等感、N:神経質、O:客観性の欠乏、Ag:愛想のないこと、Co:協調性の欠乏)であった。
 項目分析は、尺度の信頼性を左右するものであり、項目分析の結果、尺度を構成する質問項目が決まってくるものである。したがって、項目分析は、性格検査を構成するための根幹をなすものであり、性格検査が実用化されるための必要条件というべきものである。P1が用いた因子分析法は、P6が用いたGP分析と比べて格段に精密な分析手法であり、P1が行った検討作業の結果、尺度の信頼性が確認されたものである。
 以上のような研究チームの研究の成果は、昭和29年3月30日発行の「京都大學文學部研究紀要第三」において、P4教授を報告者とする「性格自己診断検査の作製」として公表された。P1は、その第三部において、「矢田部 Guilford 性格検査の因子分析的研究」とのタイトルの論文を発表した。
 この後、P1は、各尺度の信頼性の検証、信頼性を高めるためのより厳格な項目分析、各尺度が本当に目指しているものを測定しているかという因子的妥当性ないしは構成概念妥当性の検討、日本人集団における判定基準得点の算出のための標準化作業等を順次行った。
 P1は、昭和29年3月に京都大学助手を辞し、同年4月に関西大学文学部専任講師に就任したが、その後も上記のような作業を続け、昭和30年から31年にかけて、全国の大学生約6000名を対象に、標準化のための資料収集を行った。
 なお、P4教授は、昭和31年4月に京都大学を定年退官し、翌年早稲田大学教授に就任したが、昭和33年3月に他界した。P4教授の後任に就任したP5教授は、昭和47年4月に京都大学を定年退官し、その後仏教大学教授に就任したが、昭和57年3月に他界した。
 P1は、以上の研究の成果について、昭和32年6月発行の「心理学評論」の創刊号において、「矢田部・Guilford性格検査」とのタイトルで論文(乙42。以下「昭和32年論文」という。)を発表した。
イ 応用研究と検査用紙の実用化(昭和30年代用紙の開発)
 その後、P1は、一般成人、高校生、中学生における標準化と因子的妥当性や実際的妥当性を検証する応用研究を進め、検査用紙の実用化に取り組んだ。
 昭和30年代用紙(乙39)は、P1が創案したプロフィールの、5段階得点(標準点)による判定方式のものである。尺度数は12尺度とされ、項目数も各尺度に10項目ずつ、計120項目とされた。尺度の配列は、因子分析の結果に基づき、DCINOCoAgGRTASとされた。
 P1は、検査用紙の形式にも工夫をこらし、被験者が回答欄に記入した「はい」「いいえ」の○、△印が裏面に塗布されたカーボンにより粗点集計欄に転記できるようにして、本件用紙で用いられている三つ折りの形式を創案した。
 原告会社は、昭和32年ころから、昭和30年代用紙の販売を開始した。
ウ 検査用紙の改訂(昭和41年用紙の開発)
 P1は、昭和41年ころ、YG性格検査の改訂を行い、昭和41年用紙(乙S40)を導入した。すなわち、昭和30年代用紙では、プロフィール判定の基準得点(標準得点)として5点法を採用していたが、昭和41年用紙では、パーセンタイル得点法を採用し、粗点をそのままプロフィール欄にマークすると、その得点が健常者の上位又は下位何%に当たるかが一目瞭然にわかるようにした。また、それまでに何回も行われた項目尺度間の相関関係の数値や被験者の目の疲労度を配慮して各項目を並べ替え、かつ、A、B、C、D、E系統値によりプロフィールの類型を判定する方法を初めて導入した。
 なお、P1は、昭和43年7月15日発行の「新性格検査法YG性格検査実施・応用・研究手引」と題する書籍(甲29)を原告会社から公刊した。同書籍には、昭和41年用紙の特徴や昭和41年用紙を用いた検査の実施方法等が解説されている。
エ 本件用紙は、昭和41年用紙に改変を加えたものである。
(2) 上記認定事実によれば、本件用紙は、昭和41年用紙に依拠してこれに改変を加えたものであり、昭和41年用紙は、昭和30年代用紙に依拠してこれに改変を加えたものであり、さらに昭和30年代用紙は、昭和32年論文に依拠して開発・作成されたものであることが認められる。
 したがって、本件用紙の著作物性の有無を検討するためには、昭和32年論文と昭和30年代用紙の関係、昭和30年代用紙と昭和41年用紙の関係、昭和41年用紙と本件用紙の関係を検討する必要がある。
 そこで、まず、昭和32年論文、昭和30年代用紙、昭和41年用紙及び本件用紙の内容について見てみると、上記(1)認定事実及び証拠〔乙39、40、42、甲2(甲19)〕によれば、次のとおりであることが認められる。
ア 昭和32年論文の内容
(ア) 昭和32年論文は、「矢田部・Guilford性格検査」に関する基礎研究の成果をまとめたものであり、@研究目的、A矢田部・Guilford性格検査の由来、B本検査の施行および採点方法、C本検査の尺度間構造、D本検査の尺度内構造、E本検査の信頼性、F本検査の標準化(大学生の場合)の各項から構成されている。
(イ) 質問文の配列は、第1問から12問ごとに、それぞれ尺度STDCRGAINOAgCo(S:社会的内向、T:思考的内向、D:抑鬱性、C:回帰性傾向、R:のんきさ、G:一般的活動性、A:支配性、I:劣等感、N:神経質、O:客観性がないこと、Ag:愛想が悪いこと、Co:協調性がないこと。なお、Aについては「−A:支配性の逆(服従性)」として記載されている。)に対応している。
(ウ) 質問文の内容は、例えば、1番から12番を見てみると、次のとおりである。「1 知らぬ人と話すときは固くなる」、「2 深く物事を考える傾向がある」、「3 度々ゆううつになる」、「4 すぐ不機嫌になる」、「5 よく考えずに行動してしまうことが多い」、「6 短い時間に沢山の仕事をする自信がある」、「7 人前で話すのは気がひける」、「8 じきにうろたえるたちである」、「9 心配性である」、「10 わけもなく喜こんだり悲しんだりする」、「11 失礼なことをされるとだまっていない」、「12 不満が多い」。
(エ) プロフィールは、1から5までの5段階評価(標準点)になっている。
 男子のプロフィールを見てみると、例えば次のとおりである。尺度Tは、尺度が0〜4の場合に標準点1、尺度が5〜9の場合に標準点2。尺度Aは、尺度が0〜2の場合に標準点1、尺度が3〜8の場合に標準点2。
 女子のプロフィールを見てみると、例えば次のとおりである。尺度Sは、尺度が0〜1の場合に標準点1、尺度が2〜6の場合に標準点2。尺度Tは、尺度が0〜4の場合に標準点1、尺度が5〜9の場合に標準点2。
イ 昭和30年代用紙の内容
 昭和30年代用紙の内容は、別紙検査用紙目録1のとおりである。
(ア) 昭和30年代用紙は、三つ折り六面の用紙であり、@表紙(「矢田部ギルフォド性格検査」の表題、P4教授・P5教授・P1をこの順番で列挙した「構成者」の欄、「作者のことば」、「れんしゅう」、「答の書き方」の各欄を含む。)、A質問文(12の性格特性に対応する質問文が10問ごとに配置されている。B回答表(縦12問、横10問の回答枠で、同じ性格特性に対応する質問に対する回答が横一列に並ぶように構成されている。)、C粗点集計欄、Dプロフィール表から構成されている。
(イ) 質問文の配列は、1番から12番(以下、12問ごとに同様)は、それぞれSTDCRGAINOAgCoに対応している。
(ウ) 質問文の内容は、例えば、1番から12番を見てみると、次のとおりである。「1 知らぬ人と話すときはかたくなる」、「2 深く物事を考える傾向がある」、「3 たびたびゆううつになる」、「4 すぐ不機嫌になる」、「5 よく考えずに行動してしまうことが多い」、「6 短い時間に沢山の仕事をする自信がある」、「7 人前で話すのは気がひける」、「8 じきうろたえるたちである」、「9 心配性である」、「10 わけもなく喜んだり悲しんだりする」、「11 失礼なことをされるとだまっていない」、「12 不満が多い」。
(エ) プロフィールは、1から5までの5段階評価(標準点)になっている。
 男子のプロフィールの構成を見てみると、例えば次のとおりである。尺度Tは、尺度が0〜4の場合に標準点1、尺度が5〜9の場合に標準点2。尺度Aは、尺度が0〜2の場合に標準点1、尺度が3〜8の場合に標準点2。
 女子のプロフィールの構成を見てみると、例えば次のとおりである。尺度Sは、尺度が0〜1の場合に標準点1、尺度が2〜6の場合に標準点2。尺度Tは、尺度が0〜4の場合に標準点1、尺度が5〜9の場合に標準点2。
ウ 昭和41年用紙の内容
 昭和41年用紙の内容は、別紙検査用紙目録2のとおりである。
(ア) 昭和41年用紙は、三つ折り六面の用紙であり、@表紙(「矢田部ギルフォド性格検査」の表題、P4教授・P5教授・P1をこの順番で列挙した「構成者」の欄、「作者のことば」、「れんしゅう」、「答の書き方」の各欄を含む。)、A質問文(12の尺度(性格特性)に対応する質問文が10問ごとに配置されている。B回答表(縦12問、横10問の回答枠で、同じ性格特性に対応する質問に対する回答が横一列に並ぶように構成されている。)、C 粗点集計欄、Dプロフィール表、Eプロフィール判定基準から構成されている。
(イ) 質問文の配列は、1番から12番(以下、12問ごとに同様)は、それぞれSATRGAgCoONICDに対応している。
(ウ) 質問文の内容は、例えば、1番から12番を見てみると、次のとおりである。「1 色々な人と知り合いになるのが楽しみである」、「2 人中ではいつも後の方に引込んでいる」、「3 むずかしい問題を考えるのが好きである」、「4 色々違う仕事がしてみたい」、「5 周囲の人とうまく調子をあわせていく」、「6 いつも何かしていないと気がすまない」、「7 世の中の人は人のことなどかまわないと思う」、「8 わけもなく喜んだり悲しんだりする」、「9 人が見ていると仕事ができない」、「10 失敗しやしないかといつも心配である」、「11 気持を顔にあらわしやすい」、「12 時々何に対しても興味がなくなる」。
(エ) プロフィールは、1から5までの5段階評価(標準点)になっている。各標準点の下にパーセンタイル表示が付されている。また、プロフィール表の下に、AないしEの系統値を記入する欄が設けられている。
 男子のプロフィールの構成を見てみると、例えば次のとおりである。尺度Tは、尺度が0、1の場合に標準点1、尺度が2〜5の場合に標準点2。尺度Aは、尺度が0の場合に標準点1、尺度が1〜4の場合に標準点2。
 女子のプロフィールの構成を見てみると、例えば次のとおりである。尺度Sは、尺度が0〜2の場合に標準点1、尺度が3〜7の場合に標準点2。尺度Tは、尺度が0、1の場合に標準点1、尺度が2〜5の場合に標準点2。
(オ) プロフィール判定基準は、A、B、C、D、Eの5類と、各類につき3つの型(典型、準型、混合型)が設定されており、5類×3型=15のタイプに分類されている。
エ 本件用紙の内容
 本件用紙の内容は、別紙検査用紙目録3のとおりである。
(ア) 本件用紙は、三つ折り六面の用紙であり、@表紙( YG性格検査(「矢田部ギルフォード性格検査」)の表題、P1・P4教授・P5教授をこの順番で列挙した「構成者」の欄、「作者のことば」、「れんしゅう」、「回答の書き方」の各欄を含む。)、A質問文(12の尺度(性格特性)に対応する質問文が10問ごとに配置されている。)、B回答表(縦12問、横10問の回答枠で、同じ性格特性に対応する質問に対する回答が横一列に並ぶように構成されている。)、C粗点集計欄、Dプロフィール表、Eプロフィール判定基準から構成されている。
(イ) 質問文の配列は、1番から12番(以下、12問ごとに同様)は、それぞれSATRGAgCoONICDに対応している。
(ウ) 質問文の内容は、例えば、1番から12番を見てみると、次のとおりである。「1 色々な人と知り合いになるのが楽しみである」、「2 人中ではいつも後の方に引込んでいる」、「3 むずかしい問題を考えるのが好きである」、「4 色々違う仕事がしてみたい」、「5 周囲の人とうまく調子をあわせていく」、「6 いつも何かしていないと気がすまない」、「7 世の中の人は人のことなどかまわないと思う」、「8 わけもなく喜んだり悲しんだりする」、「9 人が見ていると仕事ができない」、「10 失敗しやしないかといつも心配である」、「11 気持を顔にあらわしやすい」、「12 時々何に対しても興味がなくなる」。
(エ) プロフィールは、1から5までの5段階評価(標準点)になっている。各標準点の下にパーセンタイル表示が付されている。また、プロフィール表の下に、AないしEの系統値を記入する欄が設けられている。
 男子のプロフィールの構成を見てみると、例えば次のとおりである。尺度Tは、尺度が0、1の場合に標準点1、尺度が2〜5の場合に標準点2。尺度Aは、尺度が0の場合に標準点1、尺度が1〜4の場合に標準点2。
 女子のプロフィールの構成を見てみると、例えば次のとおりである。尺度Sは、尺度が0〜2の場合に標準点1、尺度が3〜7の場合に標準点2。尺度Tは、尺度が0、1の場合に標準点1、尺度が2〜5の場合に標準点2。
(オ) プロフィール判定基準は、A、B、C、D、Eの5類と、各類につき3つの型(典型、準型、混合型)が設定されており、5類×3型=15のタイプに分類されている。
(3) 上記(2)認定の事実により、昭和32年論文、昭和30年代用紙、昭和41年用紙及び本件用紙を対比すると、次のとおりである。
ア 昭和32年論文と昭和30年代用紙
 昭和30年代用紙における質問文の配列、質問文の内容、プロフィールの構成は、いずれも昭和32年論文で発表された内容と同一であり、そこに何らかの創作的部分が新たに付加されたものとは認められない。
 したがって、昭和30年代用紙は、昭和32年論文に依拠し、その内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製したもの、すなわち複製したものにすぎず、それ自体としては昭和32年論文とは別の著作物と認めることはできない。
イ 昭和30年代用紙と昭和41年用紙
(ア) 昭和30年代用紙と昭和41年用紙は、いずれも三つ折り・六面の用紙で、@表紙、A質問文、B回答表、C粗点集計欄、Dプロフィール表を構成要素としている点で共通している。
(イ) 他方、両用紙は、質問文の配列、プロフィールの構成、系統値の表示の有無及びプロフィール判定基準の有無において相違する。
(ウ) ところで、証拠〔甲29、乙46、証人P10)によれば、質問文の配列及びプロフィールの構成は、YG性格検査の中核的部分をなすものであることが認められる。
 したがって、昭和41年用紙は、質問文の配列及びプロフィールの構成という具体的表現において、昭和30年代用紙にはない創作的部分を新たに付加したものである。したがって、昭和41年用紙は、既存の昭和32年論文(前示のとおり昭和30年代用紙は昭和32年論文に依拠しその内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製したものである。)に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作したものであり、既存の昭和32年論文を翻案したものというべきである(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照。)。したがって、昭和41年用紙は、昭和30年代用紙が依拠した昭和32年論文を翻案することにより創作された二次的著作物(著作権法2条1項11号)に該当するものというべきであり、質問文の配列及びプロフィールの構成という具体的表現に新たな著作物性を認めることができる。そして、昭和41年用紙について著作権は、P1に帰属することが明らかである。
ウ 昭和41年用紙と本件用紙の関係
(ア) 昭和41年用紙と本件用紙は、いずれも三つ折り・六面の用紙で、@表紙、A質問文、B回答表、C粗点集計欄、Dプロフィール表、Eプロフィール判定基準を構成要素としている点で共通しており、質問文の配列及びプロフィールの構成も同一である。
(イ) 他方、昭和41年用紙と本件用紙との間には、被告ら主張の次のような相違点がある。すなわち、@昭和41年用紙の表紙には、「矢田部ギルフォド性格検査」との表示はあるが、本件用紙にある「YG性格検査」の表示がないこと、A本件用紙には、裏側の最上面に、質問文を分断する点線とこの点線中の「(この線で半分だけ折りまげる)との表示があるが、昭和41年用紙にはこれらがないこと、B本件用紙には、表紙の反対側の記入欄の枠内に、ルビンの杯を二重の円とその間の「INSTITUTE FOR PSYCHOLOGICAL TESTING」の文字で囲んだマークがあるが、昭和41年用紙にはこれらがないこと、C本件用紙には、回答欄の裏側にカーボンパターン間の黒色の塗りつぶしがあるが、昭和41年用紙にはこれがないこと、D昭和41年用紙の回答欄の○△○の表示は、本件用紙のそれに比べて著しく太いこと、E質問文の内容に異なる部分があること(第19問、第23問、第31問、第59問、第82問、第103問)、F構成者3名(P1ら3名)の記載の順序が異なること、氏名・生年月日欄の構成が、昭和41年用紙では「在学(または)出身学校名」、「なまえ」、「生れた年・月・日」、「性別(○でかこむ )」、「備考」の各欄から構成されているのに対し、本件用紙では、「所属団体」、「氏名」、「生年・月・日」、「性別(○でかこむ)」、「検査月日」、「備考」の各欄から構成されていること、以上の相違点がある。
(ウ) そこで、検討するに、昭和41年用紙と本件用紙は、YG性格検査の中核的部分をなす質問文の配列及びプロフィールの構成が同一である一方、両者の相違点は、いずれも表現上の形式的な事柄であって、本件用紙中昭和41年用紙から改変された部分は「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)とは認められない。
 したがって、本件用紙は、昭和41年用紙に依拠し、その内容及び形式を覚知させるものを「有形的に再製」(著作権法2条1項15号)したもの、すなわち、昭和41年用紙を複製したものと認められる。
エ 以上のとおり、本件用紙は、昭和41年用紙を複製したものにすぎず、これに何ら創作的な部分を付加したものではないから、昭和41年用紙とは別の著作物とは認められない。
 しかしながら、原告らは、本件用紙の著作物性に関連して、「原告Xの有する著作権は、本件用紙それ自体だけではなく、本件用紙を構成する部分(具体的には、質問事項120問やプロフィール表等)についても及んでいる。」と主張している。この主張にかんがみると、原告Xの請求は、被告用紙が、上記のとおり本件用紙と同一性を有する昭和41年用紙を複製又は翻案したものであると主張するものと善解することができる。
 したがって、以下においては、被告用紙が、昭和41年用紙において新たに付加された創作的部分である質問文の配列及びプロフィール表の構成において昭和41年用紙と同一性を有するか、すなわち被告用紙が昭和41年用紙を複製又は翻案したものであるか否かについて検討することになるが、上記のとおり、本件用紙と昭和41年用紙とは、昭和32年論文(昭和30年代用紙)に新たに付加された創作的部分において同一であるから、以下においては、便宜上、本件用紙を被告用紙と対比する対象として、被告用紙が本件用紙に依拠してこれを複製又は翻案したものであるか否かを検討することとする。
2 争点1−2(YGPI用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
(1) 証拠〔甲2(甲19)、甲7(甲20)〕によれば、YGPI用紙は、別紙検査用紙目録4のとおり、本件用紙と同様、三つ折り・六面の用紙で、@表紙、A質問文、B回答表、C粗点集計欄、Dプロフィール表、Eプロフィール判定基準を構成要素としていること、質問文の配列及びプロフィールの構成が本件用紙と同一であること、他方、本件用紙とYGPI用紙との間には、被告ら主張の相違点があること、すなわち、本件用紙は、表紙に「性格検査」という表示や教授名の表示があるのに対し、YGPI用紙は、表紙に「性格検査」という表示や教授名の表示はなく、ルビンの杯のイラストに重ねて、丸みのある文字で「YG Personality Inventory」と表示されていることが認められる。
(2) 上記のとおり、YGPI用紙は、本件用紙(昭和41年用紙)の上記創作的な部分を備えており、同部分において同一であるから、本件用紙に依拠し、その内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製、すなわち複製したものといえる。上記認定の両者の相違点は、表現上の形式的な事柄にすぎないから、YGPI用紙が本件用紙を複製したものであることを否定するに足りる本質的な相違とは認められない。
3 争点1−3(旧ハイブリッド用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
(1) 証拠〔甲2(甲19)、甲10(甲21)、甲11(甲24の1)〕によれば、旧ハイブリッド用紙は、別紙検査用紙目録5のとおり、@質問文、A回答表、B粗点集計欄、C「YGPIコンピュータ判定データ入力シート」、D「コンピュータによる判定解析法」を構成要素としているところ、質問文の配列及びプロフィールの構成は本件用紙と同一であること、他方、本件用紙と旧ハイブリッド用紙との間には被告ら主張の相違点、すなわち、本件用紙が三つ折り・六面の1枚の用紙からなるのに対し、旧ハイブリッド用紙は、2枚の紙を切り離し可能に接着した用紙1枚と、別紙1枚の合計2枚からなること、本件用紙においては、プロフィール表は、その下の生年月日欄、性別欄、検査年月日欄、判定欄と一体になった構成で、粗点集計欄とプロフィール表との間に比較的広い間隔があり、この間隔には折り目、カーボンが設けられているのに対し、旧ハイブリッド用紙においては、粗点集計欄とプロフィール表との間にわずかな間隔しかなく、この間隔には学年・組・番号欄、姓名欄、年齢欄、性別欄が、粗点集計欄やプロフィール表とは分離した態様で設けられていること、以上の相違点があることが認められる。
(2) 上記のとおり、旧ハイブリッド用紙は、本件用紙(昭和41年用紙)の上記創作的な部分を備えており、同部分において同一であるから、本件用紙に依拠し、その内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製、すなわち複製したものといえる。被告ら主張の相違点のうち、用紙の枚数及び構成の点は機能的な事柄にすぎず、その余はいずれも表現上の形式的な事柄にすぎない。また、旧ハイブリッド用紙の構成要素Cの「YGPIコンピュータ判定データ入力シート」は、本件用紙の構成要素Dのプロフィール表に相当するものであり、旧ハイブリッド用紙の構成要素Dの「コンピュータによる判定解析法」は、系統値の算出方法を説明した上でコンピュータ判定解析を行うことを示しただけのものである。したがって、上記認定の両用紙の相違点は、旧ハイブリッド用紙が本件用紙を複製したものであることを否定するに足りる本質的なものとは認められない。
4 争点1−4(新ハイブリッド用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
(1) 証拠〔甲2(甲19)、甲17(甲23)、甲24の2〕によれば、新ハイブリッド用紙は、別紙検査用紙目録6のとおり、@質問文、A回答表、B粗点集計欄、Cプロフィール表、D「系統値の求め方」を構成要素としているところ、質問文の配列及びプロフィールの構成は本件用紙と同一であること、他方、本件用紙と新ハイブリッド用紙との間には、被告ら主張の相違点、すなわち、本件用紙が三つ折り・六面の1枚の用紙からなるのに対し、新ハイブリッド用紙は、3枚の紙を切り離し可能に接着した用紙1枚と別紙1枚の合計2枚からなること、本件用紙では、粗点集計欄とプロフィール表が同一見開き内に配置されているのに対し、新ハイブリッド用紙では、このような構成は採用されていないこと、そして、新ハイブリッド用紙における粗点集計欄を配置した紙は、プロフィール表とは別の紙にしたことにより生じたスペースに、粗点集計欄計算方法を掲載しており、一方、新ハイブリッド用紙におけるプロフィール表を配置した紙は、粗点集計欄とは別の紙にしたことにより生じたスペースに、「系統値の求め方」やYGPI検査プロフィール区分表等を設けていること、新ハイブリッド用紙における粗点集計欄は、本件用紙のそれと異なり尺度を示す英字がなく、また、マス目の区切り方において本件用紙のそれと異なること、新ハイブリッド用紙におけるプロフィール表では、「尺度」、「調査される性格特徴」の各欄が左からこの順に設けられているが、本件用紙におけるプロフィール表では、上記「尺度」、「調査される性格特徴」の各欄に相当する欄が、右からこの順に設けられていること、「調査される性格特徴」の内容についての表現が両用紙で異なること、以上の相違点があることが認められる。
(2) 上記のとおり、新ハイブリッド用紙は、本件用紙(昭和41年用紙)の上記創作的な部分を備えており、同部分において同一であるから、本件用紙に依拠し、その内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製、すなわち複製したものといえる。被告ら主張の相違点のうち、用紙の枚数及び構成の点は機能的な事柄にすぎず、その余はいずれも表現上の形式的な事柄にすぎない。また、新ハイブリッド用紙の構成要素Dの「系統値の求め方」は、文字どおり系統値の算出方法を説明したものにすぎない。したがって、上記認定の両用紙の相違点は、いずれも新ハイブリッド用紙が本件用紙を複製したものであることを否定するに足りる本質的なものとは認められない。
5 争点1−5(本件用紙の著作権はP1から被告Yを通じて被告会社に譲渡されたものであるか。)について
 前示のとおり、本件用紙は、昭和41年用紙を複製したものであるところ、P1がもともと昭和41年用紙の著作権を有していたこと、P1が平成13年9月18日に死亡し、P1の妻である原告Xがその余の相続人とともにP1を相続したこと(相続分2分の1)は、当事者間に争いがない。したがって、被告らの主張する著作権喪失の抗弁(生前の権利承継、死因贈与、被告Y又は被告会社による原始取得)が認められなければ、P1はその相続開始当時に上記著作権を有していたことになり、P1の妻である原告Xは、昭和41年用紙についてP1が有する著作権の持分2分の1を相続により取得したことになる。そこで、以下、被告ら主張の抗弁の成否について順次検討する。
(1) 生前の権利承継について
ア(ア) 証拠(甲26、27、乙7、31ないし36、47、A甲30ないし34、被告Y本人)及び弁論の全趣旨によれば、P1は、昭和50年9月ころ、YG性格検査用紙その他YG性格検査に係る著作物の出版等を目的として、「日本・心理テスト研究所」又は「日本心理テスト研究所」の名称で個人事業を開始したこと(以下、この個人事業を指す名称を「日本心理テスト研究所」と統一する。)、被告Yは、同年3月に関西大学社会学部心理学科を卒業しており、同研究所の設立当初から、P1を助けて事業に携わっていたこと、P1は、被告Yに対し、昭和62年3月9日付けで、日本心理テスト研究所の事務所建物について昭和61年12月15日売買を原因とする所有権移転登記手続をしたこと、被告Yは、遅くとも昭和63年9月ころから、日本心理テスト研究所の代表者の肩書を付して、性格検査用紙の使用許諾契約を締結していること、被告会社は、平成元年12月7日、被告Yを代表者、P1を監査役として設立され、以後、被告会社が契約者として、性格検査用紙の使用許諾契約を締結するようになったこと、他方、P1は、その後も「日本心理テスト研究所」の肩書を付した名刺を使用し、また、平成13年1月18日受付の青色事業専従者給与に関する変更届出書に、業種目を「心理テスト研究所」とし、原告Xを青色事業専従者と記載して所轄税務署長宛に同書面を提出していたこと、以上の事実が認められる。
(イ) 上記認定事実によれば、P1は、被告Yに対し、遅くとも昭和63年9月ころまでには、日本心理テスト研究所の代表者としての地位を譲渡したこと、その後、平成元年12月7日に被告会社が設立されたことに伴い、そのころ、日本心理テスト研究所が行っていた事業は、被告会社に承継されたことが認められる。
(ウ) 原告らは、P1は死亡するまで自ら「日本心理テスト研究所」という名称で活動を行っていたと主張する。確かに、上記認定事実のとおり、P1が「日本心理テスト研究所」の肩書を付した名刺を使用し、また、平成13年1月18日受付の青色事業専従者給与に関する変更届出書に、業種目を「心理テスト研究所」とし、原告Xを青色事業専従者と記載して所轄税務署長宛に同書面を提出していたものであるが、それ以上に、被告Yの主宰する「日本心理テスト研究所」ないし被告会社とは別に、これと独立してP1が同一名称の屋号で性格検査に関する実体のある何らかの具体的な事業を行っていたことは、本件全証拠をもってしても認めるに足りない。したがって、上記事実があることをもってP1が被告Yに対し遅くとも昭和63年9月ころまでに日本心理テスト研究所の代表者としての地位を譲渡したとの前記認定を覆すには足りない。
イ(ア) 上記のとおり、P1は、被告Yに対し遅くとも昭和63年9月ころまでには日本心理テスト研究所の代表者の地位を譲渡したことが認められる。しかし、代表者の地位の譲渡が当然に本件用紙の著作権の譲渡を伴うものということはできないことは明らかであるから、上記事実のみをもってしては、いまだP1が被告Yに対して同じころ本件用紙の著作権を譲渡したことを推認することはできない。
(イ) 被告らは、次の@ないしDの各事実を根拠として、昭和58年ころにP1が被告Yに対して本件用紙の著作権を譲渡したことが推認できる旨主張する。すなわち、@YG性格検査に関する著作物の使用についての引用許諾契約書が、P1個人名義ではなく、被告会社名義ないし日本心理テスト研究所の代表者名義で作成されている、A「YG性格検査」は被告会社が商標権者として登録をしている、BP1の自筆証書遺言において自己の死後はYG性格検査に係る著作物の翻案等につき、被告Yが被告会社の代表者の立場で行う意思を明確に示している、C昭和58年にP1から被告Yに対して経営権が承継された際、P1は「もう、これで僕は安心だ」という言葉を被告Yに対して告げ、被告会社が設立された際には、被告YがP1に対して、「著作権を含めて著作権管理は今後法人でやっていきます」と告げた、DYG性格検査に関する事業について経営権の譲渡を受けておきながら、その経営に必須であるYG性格検査に関する各種著作権がP1に留保されていると解するのは不合理である、と。
(ウ) しかし、@(引用許諾の名義)及びD(著作権留保の不合理さ)については、著作物の引用許諾業務を含む著作物の出版等に関する事業主体であることと、当該著作物の著作権の帰属主体が当然に一致していなければならない理由はなく、現にそれぞれが別個の主体に帰属する場合があることは、世上まま見られることであるから、@の事実は本件用紙の著作権がP1から被告Yに譲渡されたことを根拠付けるものではない。Dの主張も、上記同様の理由により、著作権を自己に留保したまま、その著作物の出版等に関する事業を他の事業主体に委託し、又はこれを譲渡することもあり得ることというべきであり、これを不合理ということができないことは明らかであるから、上記主張も採用の限りではない。
 また、A(商標登録)についても、著作物たる商品を指定商品とする商標権の主体と当該著作物の帰属主体が一致していなければならない理由がないことは、上記@、Dの場合と同様であるから、Aの事実も本件用紙の著作権がP1から被告Yに譲渡されたことを根拠付けるものではないというべきである。
 B(自筆証書遺言)については、次のとおりである。すなわち、証拠(乙24(A甲40)によれば、P1は、平成13年7月16日付けで自筆証書遺言を作成しているところ、その第7条には次のとおり記載されていることが認められる。
 「第7条遺言者は、その所有するYG性格検査の出版による印税について、
 その2分の1を前記妻・Xに相続させる。残る2分の1については、日本心理テスト研究所(株式会社)の長期にわたる同検査の開発・普及・研究に対する研究上ならびに経済的貢献を考慮するとき、その2分の1は当然日本心理テスト研究所鰍ノ帰属すべきものと考える。したがって、相続法としては日本心理テスト研究所鰍ヨの遺言者よりの遺贈とする。なお、この件に関する相続税の扱いについては法人税の問題として処理すべきものと考える。尚本検査に関する著作人格権については、本検査の開発・普及・研究に20年以上たずさわって来た長男Yが日本心理テスト研究所々長として今後も責任をもって同検査の改良に努めてくれることを希望する。」
 自筆証書遺言における「YG性格検査」の文言は、その前後の文脈に照らし、本件用紙を含むYG性格検査用紙を指すものと認められるところ、上記記載内容からすると、P1は、YG性格検査用紙の出版による印税については、原告Xと被告会社に2分の1ずつ取得させ、YG性格検査用紙に関する著作者人格権(上記遺言にいう「著作人格権」)については、被告Yに、日本心理テスト研究所の代表者として、改良に努めてもらいたいとの希望を有していたことが認められる。ところで、上記遺言書中、被告YにYG性格検査の改良に努めてくれることを希望する旨の記載は、P1がわざわざ「尚本検査に関する著作人格権については」と断っていることからして、せいぜい著作者人格権の一つである同一性保持権の一内容としての本件用紙を含むYG性格検査用紙を改良(改変)する権利を被告Yに委ねる趣旨のものであったと解され(もっとも、著作者人格権は一身専属性を有し、譲渡・相続の対象にならないが(著作権法59条、民法896条但書き)、P1の意思としては上記のものであったと認められる。)、それ以上に被告Yに対し、本件用紙を含むYG性格検査用紙に関し著作財産権たる複製権、翻案権を譲渡する、すなわちP1が、YG性格検査用紙の著作権(著作財産権)を被告Yに譲渡する意思を有していたことを認めることはできず、まして、上記条項から、P1が、被告Yに対して日本心理テスト研究所の代表者の地位を承継した時点において、YG性格検査用紙の著作権も併せて被告Yに譲渡したことを推認することは到底できない。
 C(昭和58年の発言、被告会社設立時の発言)についても、P1及び被告Yの上記発言は、何ら生前における著作権譲渡を根拠付けるものではないというほかはない。
(エ) 以上のとおり、上記@ないしDは、いずれも被告ら主張の生前の著作権譲渡を根拠付けるものではなく、他に、P1が、被告Yに対して日本心理テスト研究所の代表者の地位を譲渡した当時、本件用紙の著作権も併せて同被告に譲渡したことを推認するに足りる証拠はない。
ウ(ア) かえって、 平成12年1月1日付けの本件出版契約書の「著作権者」の欄にP1の氏名が明記され、自ら著作権者の代表として署名押印していることからすると、P1は、その当時、自身が本件用紙の著作権者であると認識していたことが認められる。仮に、P1が生前に本件用紙の著作権を被告Yないし被告会社に譲渡していたとすると、P1が上記行為に及ぶことは著しく不自然であるというほかないから、やはり上記譲渡の事実はなかったものと推認される。
(イ) 被告らは、当時、P1は心身ともに衰弱し、内容把握不十分なまま本件出版契約書に押印を迫られたと主張するが、当時のP1が意思能力を欠いていたことを認めるに足りる証拠はない。被告らは、甲第25号証(当時P1に意思能力があったとする主治医の回答書)には信用性がないと縷々主張するが、当時P1に意思能力がなかったことについては、被告らに立証責任があるところ、被告らは当時のP1に意思能力がなかったことを示す具体的な事実関係について特段の主張立証をしない。
エ よって、P1が生前に本件用紙の著作権を被告Yに譲渡したとの被告らの主張は理由がない。
(2) 死因贈与について
 被告らは、P1は遅くとも自筆証書遺言を作成した平成13年7月16日時点において、YG性格検査に係る著作物の著作権を被告会社に承継させる意思を確定的に表示し、もって、本件用紙の著作権を被告会社に死因贈与した旨主張する。
 しかし、自筆証書遺言の記載内容は前記認定のとおりであり、それによれば、P1は、YG性格検査用紙の出版による印税については、原告Xと被告会社に2分の1ずつ取得させ、YG性格検査用紙に関する著作者人格権については、被告Yに、日本心理テスト研究所の代表者として、改良に努めてもらいたいとの希望を有していたことは認められるが、それにとどまり、上記条項から、P1が、自筆証書遺言作成時において、YG性格検査用紙の著作権を被告Yに譲渡する意思を有していたことを認めることはできない。
 よって、死因贈与の主張も理由がない。
(3) 被告Yによる原始取得について
 被告らは、本件用紙において昭和41年用紙と異なる点は被告Yが創作したものであるから、被告Yがその著作権を原始取得したと主張する。
 しかし、前示のとおり、本件用紙の著作物性を基礎付ける要素は、本件用紙として複製された昭和41年用紙における質問文の配列及びプロフィール表の構成であり、これを創作したのはP1であって、被告Yではないから、被告Yが本件用紙の著作権を原始取得したという被告らの主張は、理由がない。
(4) 被告会社による原始取得について
 被告らは、日本心理テスト研究所が設立された昭和50年4月以降に製作された各種著作物は職務著作に当たり、被告会社がその著作権を原始取得したと主張する。
 しかし、前示のとおり、本件用紙の著作物性を基礎付ける要素は、昭和41年用紙に存在していたものであって、その後に作成された本件用紙はこれを複製したものであって、昭和50年4月以降に生み出されたものではないから、被告会社が本件用紙の著作権を原始取得したという被告らの主張は、理由がない。
(5) 以上のとおり、被告ら主張の著作権喪失の抗弁は、いずれも理由がない。
 したがって、原告Xは、本件用紙(昭和41年用紙)の著作権(持分2分の1)を有するものと認められる。
6 争点1−6(被告会社は海賊版用紙を販売したか。)について
(1) 証拠(甲15、16、33、35、36の1及び2、37、証人P11)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 本件用紙は、原告会社のみが発行、出版しているものである。本件用紙には「発行所」として被告会社の名称が記載されているが、これは被告会社の設立後に、P1の要請に従ってそのような記載をするようになったにすぎない。
イ 被告会社は、コンサルタント活動のため、原告会社から本件用紙を仕入れて代理店に販売したり、小売りしていた。平成16年9月当時、被告会社が原告会社から仕入れていた本件用紙の数量は、年間で平均すると9万部前後であった。
ウ 原告会社は、平成15年6月4日の本件和解後に本件用紙3万部を被告会社に納入したが、その後、被告会社に本件用紙を納入することはなかった。
エ 被告会社は、平成16年9月時点においても、本件用紙を販売していた。
オ 原告会社は、上記ウで納入した3万部という数量が被告会社にとって3、4か分程度の販売数量であるにもかかわらず、被告会社はその後原告会社から本件用紙の納入を受けることなく、1年3か月近く本件用紙を販売していることは不自然であり、被告会社が海賊版用紙を印刷して販売しているのではないかとの疑いを抱いた。
 そこで、原告会社は、ある会社から、同社が購入したロット番号15030900のYG性格検査用紙(甲15)の提供を受けて、本件用紙の印刷を行っているヨシダ印刷に当該用紙が真正品であるか否かの鑑定依頼をした。ヨシダ印刷は、平成15年3月に、ロット番号15030900の本件用紙を9万部印刷し、原告会社に納入していた。
カ ヨシダ印刷は、平成16年10月1日、サンプル用として同社に残していたロット番号15030900の用紙(鑑定報告書記載の「真正品」)と、原告会社から鑑定のため提供を受けた甲第15号証の用紙(鑑定報告書記載の「鑑定対象物」)について、目視による外観比較検査を行った。
キ 鑑定報告書には、検査項目のうち、@刷色、A中面カーボン、B印刷位置、C印刷文字について、真正品と鑑定対象物とは明らかな違いがあり、鑑定対象物は真正品と同一のものではないと判断する旨が記載されている。
ク 原告会社は、本訴において被告らが海賊版用紙の発行等の事実を争ったため、甲第15号証の提供を受けた上記会社に対し、入手経緯を明らかにすることについて協力を求めたが、協力が得られなかった。そこで、原告会社は、改めて他に被告会社から本件用紙を購入したことのある会社を探し協力を求めたところ、ウィズダムマネジメント社と岡田総合心理の2社から協力する旨の返事が得られた。
 ウィズダムマネジメント社は、平成16年以降3回、被告会社からYG性格検査用紙を購入していた(注文日:平成16年11月5日200枚(同月6日納品)、同月26日200枚(同月29日納品)、同年12月14日200枚(同月16日納品)。
 岡田総合心理は、平成16年以降2回、被告会社からYG性格検査用紙を購入していた(注文日:平成16年11月26日1000枚(同月29日納品)、同年12月9日2000枚(同日納品)。
 原告会社は、上記2社から、両社が被告会社から購入したYG性格検査用紙(甲33、36の1・2。いずれもロット番号15030900)の提供を受けた。このうち、甲第33号証はウィズダムマネジメント社から提供を受けたものであり、甲第36号証の1及び2は岡田総合心理から提供を受けたものである(以下、これら3部の用紙を併せて「2社提供用紙」という。)。
ケ 本件用紙(鑑定報告書記載の「真正品」)と鑑定対象物との最大の違いは、刷色の色味にある。本件用紙の色味は、スミ50%、あい16%、紺あい34%の混合であり、青みが50%入っているのに対し、鑑定対象物のそれはスミのみであり、青みが全く入っていない。
コ 2社提供用紙の色味も、鑑定対象物と同様、スミのみで青みが全く入っていない。
(2)ア 上記認定事実を総合すると、2社提供用紙は、刷色の色味において本件用紙の真正品と全く異なるものであり、両者は同一のものでないことが認められる。
イ 被告らは、@刷色はインクの練り具合やインクの盛り等によって微妙に違いが生じてくる、Aインクは太陽光線によって変化が生じる、B1回のロットを印刷する際に途中でインクが切れてインクを補充することもある、C本件用紙にはUV処理は施されておらず変色しやすい状態にあったなどとして、鑑定対象物と真正品との間において、刷色の点で違いがあっても、インクの状態の変化によってその違いが生じた可能性を否定できない旨主張する。
 しかし、被告ら主張の@、A及びCについては、証拠(証人P11)及び弁論の全趣旨によれば、用紙の制作過程及び保管状態によっては、色の濃淡が変わることはあり得る(例えば、用紙にUV加工をしていなければ、用紙が黄色く焼けることはある。)が、刷色の色味自体が変わることはないことが認められる。したがって、上記@、A及びCによって、色味が変わるものとは認められない。
 また、被告ら主張のBについては、そのようなことは一般論としてはあり得ると考えられるが、本件においては、証拠(証人P11)によれば、鑑定に用いた本件用紙(鑑定報告書記載の「真正品」)を含むロット番号15030900の用紙を印刷した際には、インクは1度配合しただけであり、印刷の途中でインクが切れて新たに配合し直したインクを補充したことはないことが認められる。したがって、上記Bは、本件に当てはまるものではなく、本件用紙(鑑定報告書記載の「真正品」)の色味に変化が生じた理由になり得るものではない。
 よって、被告らの上記主張は理由がない。
ウ 以上のとおり、2社提供用紙は、被告会社が他社に販売したものであり、かつ、本件用紙の真正品と同一のものでなく原告会社が被告会社に販売したものではないことが認められるから、被告会社は、本件用紙のいわゆる海賊版を販売していたものと認められる。
 なお、前記(1)認定の事実に、被告会社が2社提供用紙を販売していた事実を併せると、鑑定対象物(甲15)もまた、被告会社の販売に係るものであることを推認することができる。
(3) そして、前記(1)認定の事実からすると、被告会社は、少なくとも、平成16年9月から同年12月までの4か月間、本件用紙のいわゆる海賊版を販売していたものと認められる。
7 争点1−7(YGPI用紙に係る損害賠償請求の問題は本件和解により解決済みであり本訴において原告らは被告らにその支払を請求できないものであるか。)について
(1) 原告会社との関係
 本件和解には、原告会社と被告らとの間で、YGPI用紙に係る損害賠償請求権について、その額を確認したり、その請求を放棄するなど何らかの合意がされたことを示す条項はなく、他に、本件和解において、原告会社と被告らとの間で、YGPI用紙に係る損害賠償請求の問題を解決済みとする旨合意したことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告会社との関係において、本件和解によりYGPI用紙に係る損害賠償請求の問題が解決済みであるとの主張は、理由がない。
(2) 原告Xとの関係
 原告Xは、第1次仮処分事件の当事者ではない。
 したがって、原告Xとの関係において、本件和解によりYGPI用紙に係る損害賠償請求の問題が解決済みであるとの主張は、それ自体失当である。
8 争点1−8(本件用紙について被告会社が翻案権又は複製権を有し、これにより原告Xの著作権が制限されるか。)について
 被告らは、P1は自筆証書遺言第7条により被告らに対し本件用紙の翻案権及び複製権を付与したから、原告Xの著作権は、この翻案権及び複製権により制限されると主張する。
 しかし、自筆証書遺言の第7条の解釈は、前示のとおり、本件用紙の著作者人格権について、被告Yが被告会社の代表者として責任をもってその改良に努めてほしいとの希望を表明したものにすぎず、P1が被告らに対し、本件用紙の著作財産権としての翻案権及び複製権を付与する旨の意思を表示したものとは認められない。
 したがって、被告らの上記主張は理由がない。
9 争点1−9(原告Xによる本件用紙の著作権の行使は、権利濫用に当たるか又は被告用紙の販売に合意しない「正当な理由」を欠き、許されないか。)について
(1) 権利濫用について
 被告らは、原告Xによる被告らに対する著作権の行使は、原告Xが主張するところの、@インターネットでのYG性格検査に歯止めをかける、A英語版でのYG性格検査用紙の制作・販売を防止する、との目的以外には許されないとの前提で、原告Xによる著作権行使は権利濫用に当たる旨主張する。
 しかし、まず、原告Xによる被告らに対する著作権の行使が上記@及びAの場合に限定される理由は見当たらない。すなわち、原告Xの許諾なく被告用紙の発行等をすることは、原告Xの著作権(持分2分の1)を侵害するものであることが明らかであり、その差止めを求めることは著作権者としての当然の権利であって、その権利行使が原告の主張する上記@、Aの場合に限定されるいわれはないことが明らかである。そもそも、被告らは、原告Xが本件用紙の著作権を有すること自体を否認しており、これを前提に原告Xの許諾なく被告用紙の発行等をしている被告らに対し、原告Xにおいて著作権者としての権利行使をすることが上記の理由によって権利の濫用と評価される余地はない。
 また、原告Xは、本件用紙の著作権者である以上、本件出版契約におけるP1の地位の承継者(持分2分の1に対応して)でもあるから、本件出版契約書第5条により、原告会社に対し、本件用紙と「同一または著しく類似の著作物」を第三者をして発行させないようにする義務を負っている。そうすると、第三者が本件用紙と「同一または著しく類似の著作物」を発行し又は発行するおそれがあるなど、本件出版契約第5条によって確保された原告会社の利益が侵害され又は侵害されるおそれがある場合は、原告Xは、原告会社に対し、本件出版契約における信義則上、その侵害の排除に協力すべき義務を負うものと解するのが相当である。しかるところ、被告会社は、少なくとも本件用紙と同一の海賊版用紙を発行していたのであるから、原告Xにおいてその排除を求めて権利行使をするのは、本件出版契約に照らして当然のことというべきである。
 よって、被告らの上記主張は、理由がない。
(2) 「正当な理由」について
 被告らは、原告Xが被告会社による被告用紙の販売について著作権の共有者である被告Yと合意をしないことについては、著作権法65条3項の「正当な理由」が存しない旨主張する。
 しかし、被告らは、前示のとおり、原告Xが本件用紙(昭和41年用紙)の著作権を有すること自体を否認し、原告Xに対し本件用紙の出版に係る印税も一切支払っていないこと(当事者間に争いがない。)、被告会社による海賊版用紙の発行は、本件出版契約第5条によって原告会社に確保された利益を侵害する行為であることからすると、原告Xが被告会社による被告用紙の販売について被告Yと合意をしないことについては、著作権法65条3項の「正当な理由」があるものというべきである。
 よって、被告らの上記主張は、理由がない。
(3) 以上によれば、被告会社による被告用紙(YGPI用紙、旧ハイブリッド用紙、新ハイブリッド用紙及び海賊版用紙)の発行等は、いずれも原告Xの著作権を侵害する不法行為を構成するものと認められる。
10 争点1−10(出版権の帰属)について
 証拠(甲6)によれば、原告会社は、平成12年1月1日付けの本件出版契約により、P1らから本件用紙について出版権の設定を受けたことが認められる。
 被告らは、被告Yが本件用紙の著作権を原始的に取得したから、原告会社がP1から出版権の設定を受けることはできないと主張するが、被告Yが本件用紙の著作権を原始的に取得したとの主張を採用できないことは前示のとおりである。
 したがって、被告らの上記主張は、その前提を欠き理由がない。
11 争点1−11(被告用紙は本件用紙を「原作のまま…複製」したものであるか。)について
(1) 原告会社の被告らに対する請求は、出版権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求であって、本件出版契約に基づく請求ではないから、被告らによる被告用紙の販売により原告会社の出版権に対する侵害が生じているか否かは、被告用紙が本件用紙を「原作のまま」(著作権法80条1項)複製したものといえるか否かによって判断すべきであって、被告用紙が本件用紙に単に類似しているというだけでは足りず、また、本件出版契約書第5条の「同一内容または著しく類似」といえるか否かとの基準によって判断すべきものでもない。
 そして、「原作のまま」複製したものとは、出版権の対象である著作物をそのまま再現したものをいい、したがって、誤字・脱字・仮名遣い等を補正したにとどまるものを除き、当該著作物の内容を変更したものは、「原作のまま」複製したとはいえないものと解するのが相当である。
(2) 上記の観点から、被告用紙が本件用紙を「原作のまま」複製したものといえるか否かを検討すると、次のとおりである。
ア YGPI用紙
 YGPI用紙は、本件用紙と同様、三つ折り・六面の用紙で、@表紙、A質問文、B回答表、C粗点集計欄、Dプロフィール表、Eプロフィール判定基準を構成要素としており、また、質問文の配列及びプロフィールの構成も本件用紙と同一である。
 しかし、本件用紙は、表紙に「性格検査」という表示や教授名の表示があるのに対し、YGPI用紙は、表紙に「性格検査」という表示や教授名の表示はなく、ルビンの杯のイラストに重ねて、丸みのある文字で「YG Personality Inventory」と表示されていることが認められる。
 上記の相違点は、誤字・脱字・仮名遣い等を補正したものと同程度の改変とは認められないから、YGPI用紙は、本件用紙を「原作のまま」複製したものとは認められない。
イ 旧ハイブリッド用紙
 旧ハイブリッド用紙と本件用紙との間には、本件用紙が三つ折り・六面の1枚の用紙からなるのに対し、旧ハイブリッド用紙は、2枚の紙を切り離し可能に接着した用紙1枚と、別紙1枚の合計2枚からなること、本件用紙においては、プロフィール表は、その下の生年月日欄、性別欄、検査年月日欄、判定欄と一体になった構成で、粗点集計欄とプロフィール表との間に比較的広い間隔があり、この間隔には折り目、カーボンが設けられているのに対し、旧ハイブリッド用紙においては、粗点集計欄とプロフィール表との間にわずかな間隔しかなく、この間隔には学年・組・番号欄、姓名欄、年齢欄、性別欄が、粗点集計欄やプロフィール表とは分離した態様で設けられていること、以上の相違点がある。
 上記の相違点は、誤字・脱字・仮名遣い等を補正したものと同程度の改変とは認められないから、旧ハイブリッド用紙は、本件用紙を「原作のまま」複製したものとは認められない。
ウ 新ハイブリッド用紙
 新ハイブリッド用紙と本件用紙との間には、本件用紙が三つ折り・六面の1枚の用紙からなるのに対し、新ハイブリッド用紙は、3枚の紙を切り離し可能に接着した用紙1枚と、別紙1枚の合計2枚からなること、本件用紙では、粗点集計欄とプロフィール表が同一見開き内に配置されているのに対し、新ハイブリッド用紙では、このような構成は採用されていないこと、そして、新ハイブリッド用紙における粗点集計欄を配置した紙は、プロフィール表とは別の紙にしたことにより生じたスペースに、粗点集計欄計算方法を掲載しており、一方、新ハイブリッド用紙におけるプロフィール表を配置した紙は、粗点集計欄とは別の紙にしたことにより生じたスペースに、「系統値の求め方」やYGPI検査プロフィール区分表等を設けていること、新ハイブリッド用紙における粗点集計欄は、本件用紙のそれと異なり尺度を示す英字がなく、また、マス目の区切り方において本件用紙のそれと異なること、新ハイブリッド用紙におけるプロフィール表では、「尺度」、「調査される性格特徴」の各欄が左からこの順に設けられているが、本件用紙におけるプロフィール表では、上記「尺度」、「調査される性格特徴」の各欄に相当する欄が、右からこの順に設けられていること、「調査される性格特徴」の内容についての表現が両用紙で異なること、以上の相違点がある。
 上記の相違点は、誤字・脱字・仮名遣い等を補正したものと同程度の改変とは認められないから、新ハイブリッド用紙は、本件用紙を「原作のまま」複製したものとは認められない。
エ 海賊版用紙
 海賊版用紙は、本件用紙と同一であるから、本件用紙を「原作のまま」複製したものと認められる。
(3) 以上によれば、被告会社による被告用紙の発行等のうち、海賊版用紙の発行等は、原告会社の出版権を侵害する不法行為を構成するものと認められるが、YGPI用紙、旧ハイブリッド用紙及び新ハイブリッド用紙の発行等は、原告会社の出版権を侵害する不法行為を構成しない。
12 争点1−13(被告Yの共同不法行為責任の有無)について
 被告Yは、被告会社の代表者として、被告用紙の発行等を行っていたものであるところ、証拠(被告Y本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、いわゆる同族会社であり、被告Yは、被告会社の業務全般を所掌し、また、率先して被告用紙の発行等を行っていたものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、被告用紙の発行等は、被告会社と被告Yとの共同不法行為と目することができ、被告Yは、被告会社と連帯して、原告Xに対する損害賠償責任を負うものというべきである。
13 争点1−14(原告Xの損害)について
(1) 逸失利益(著作権法114条3項)
ア 印税率
 証拠(乙22)及び弁論の全趣旨によれば、原告Xは、原告会社から、本件用紙の出版による印税として、本件用紙の定価の8%に相当する金員の支払を受けていることが認められる。
 上記事実に照らすと、原告Xは、被告会社が販売した被告用紙のそれぞれの定価の8%に相当する金額の合計をもって、自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができるものというべきである(著作権法114条3項)。
イ 被告用紙の定価
 弁論の全趣旨によれば、YGPI用紙及び旧ハイブリッド用紙の定価は、1部当たり180円であり、海賊版用紙の定価は、1部当たり220円であることが認められる。
 なお、新ハイブリッド用紙の定価について、原告らは何ら主張しない。
ウ 1か月当たりの被告用紙の販売部数
 従前、被告会社が原告会社から本件用紙を年間約9万部を仕入れていたことからすると、1か月当たりの被告用紙の販売部数は、合計7500部(=9万÷12)と推認するのが相当である。
エ 販売期間
 YGPI用紙の販売期間は、弁論の全趣旨により、平成15年2月末から同年6月初めまでの約3か月間であることが認められる。
 旧ハイブリッド用紙の販売期間は、弁論の全趣旨により、平成16年2月初めころから同年10月中旬までの約8.5か月であることが認められる。
 海賊版用紙の販売期間は、前記6(3)のとおり、平成16年9月から同年12月までの4か月であることが認められる。
 なお、新ハイブリッド用紙の販売期間について、原告らは何ら主張しない。
オ 被告用紙の販売部数
 YGPI用紙の販売部数は、2万2500部(=7500部×3か月)を下らないものと認められる。
 旧ハイブリッド用紙と海賊版用紙の販売部数については、両用紙の販売期間が重複する期間(平成16年9月から同年10月中旬までの1.5か月)については、両用紙合計で1か月当たり7500部が販売されたと見るべきであり、各用紙につき1か月当たり3750部(=7500部÷2)ずつ販売されたものとして算定するのが相当である。
 そうすると、旧ハイブリッド用紙の販売部数は、5万8125部(=7500部×7か月+3750部×1.5か月)を下らないものと認められ、海賊版用紙の販売部数は、2万4375部(=3750部×1.5か月+7500部×2.5か月)を下らないものと認められる。
 なお、新ハイブリッド用紙の販売部数について、原告らは何ら主張しない。
カ 被告用紙の売上げ
 以上によれば、被告用紙の売上額は、1987万5000円(=180円×2万2500部+180円×5万8125部+220円×2万4375部)となる。
キ 逸失利益
 したがって、原告Xは、著作権法114条3項に基づき、被告会社の著作権侵害行為による逸失利益として、159万円(1987万5000円×0.08)の損害賠償を請求することができる。
ク 被告らの主張について
 被告らは、被告会社による被告用紙の販売は被告Yの共有著作権に基づくものであり、被告Yはこれを第三者にライセンスしたのではなく、自己のために行使したものと評価されるから、第三者による著作権侵害が生じたわけではないとして、著作権法114条3項の適用を否定する。
 しかし、被告会社による被告用紙の販売が本件用紙に対する原告Xの持分2分の1の著作権を侵害するものであることは明らかであり、被告ら主張の点が著作権法114条3項の適用を妨げるものでないことは明らかであるから、被告らの主張は理由がない。
(2) 弁護士費用
 本件訴訟に至った経緯、本件訴訟の難易等を考慮すると、被告会社の著作権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、16万円をもって相当と認める。
(3) よって、原告Xは、被告会社の著作権侵害行為により、上記(1)と(2)の合計175万円の損害を被ったものと認められる。
14 争点1−15(原告会社の損害)について
(1) 逸失利益(著作権法114条1項)
ア 販売部数
 海賊版用紙の販売部数は、前示のとおり、2万4375部を下らないものと認められる。
イ 単位数量当たりの利益の額
 弁論の全趣旨によれば、本件用紙の定価は231円(消費税込み)であり、制作原価は1部当たり65.3円(制作費10.3円、印税及びコンサルタント料計55円)であることが認められる。
 そうすると、本件用紙の1部当たりの利益の額は、165.7円を下らないものと認められる。
ウ 逸失利益
 したがって、原告会社は、著作権法114条1項に基づき、被告会社の出版権侵害行為による逸失利益として、403万8938円(=2万4375部×165.7円=403万8937.5円。小数点以下四捨五入)の賠償を請求することができる。
エ 被告らの主張について
 被告らは、性格検査用紙の特殊な商品としての性質(取扱いに高度な知識や判断力が要求される。)、流通の事情(書店や文具店等の店舗において一般消費者との間で売買されるものではなく、販売先は、学校、官公庁、企業等に限定される。)、新規顧客獲得の困難さ、被告会社への信頼、被告会社による商品改良の努力を考慮すれば、少なくとも年間9万部ペースの販売部数については、原告会社には販売能力がなく、また、被告会社の販売行為がなかったとしても、販売することができなかった事情があると主張する。
 しかし、まず、被告用紙は、いずれも本件用紙の著作物性を基礎付ける要素を備えているものであり、被告会社が被告用紙の販売を行わなかったとすると、上記要素を備えた性格検査用紙の需要者は、原告会社から本件用紙を購入するほかなかったものというべきである。
 そして、著作権法114条1項本文の「著作権者等の当該物に係る販売その他の行為を行う能力」については、原告会社において、年間9万部ペースの販売部数について、販売能力がないことを窺わせる具体的な事情についての主張立証はない。そうすると、原告会社は、年間9万部ペースの販売部数についても販売能力はあり、まして、海賊版用紙の販売部数2万4375部程度の販売能力は優にあったものと認めるのが相当である。
 また、著作権法114条1項ただし書の「販売することができないとする事情」として被告らの主張する事情は、いずれも抽象的なものであり(例えば、被告会社への信頼、被告会社による商品改良の努力によって、どの程度販売部数が増加したか等の具体的な主張がない。)、「販売することができないとする事情」があったものと認めるに足りる証拠もない。
 よって、被告らの上記主張は、採用できない。
(2) 弁護士費用
 本件訴訟に至った経緯、本件訴訟の難易等を考慮すると、被告会社の出版権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、40万円をもって相当と認める。
(3) よって、原告会社は、被告会社の出版権侵害行為により、上記(1)と(2)の合計443万8938円の損害を被ったものと認められる。
15 争点1−16(差止め等の必要性の有無)について
 被告会社は、現にYGPI用紙を除く被告用紙を発行等しているものであり、また、原告Xが著作権(持分2分の1)を有すること自体を争っていることにかんがみると、本件和解によりその発行等をしないと合意しているYGPI用紙を除く被告用紙を今後も発行等するおそれがあるものと認められるから、旧ハイブリッド用紙、新ハイブリッド用紙及び海賊版用紙の発行等の差止め及びその在庫品の廃棄を命じる必要性がある。
16 第1事件のまとめ
 以上によれば、本件用紙に関するP1の著作権が同人の生前に被告Yないし被告会社に譲渡されたとは認められないから、P1の妻である原告Xは相続により同著作権の持分を取得したものというべきである。したがって、被告会社による被告用紙の発行等は、本件用紙について原告Xの有する著作権を侵害する。したがって、著作権法112条に基づく原告Xの被告会社に対する旧ハイブリッド用紙、海賊版用紙及び新ハイブリッド用紙の発行等の差止め及びその在庫品の廃棄を求める請求は理由がある(なお、YGPI用紙については、被告会社においてその発行等をしない旨の本件和解が成立しており、これは確定判決と同一の効力を有するから、被告会社はもともと原告会社に対しその発行等をしない旨の不作為義務を負っている。)。また、被告らに対する著作権侵害の不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求は、上記のとおり被告会社による被告用紙の発行等は原告Xの有する著作権を侵害し、かつ、被告Yは被告会社の上記行為について共同不法行為責任を負うものというべきであるから、被告らに対し連帯して175万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告会社は平成17年1月25日から、被告Yは同月23日から、いずれも支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の損害賠償請求は理由がない。
 また、被告会社による海賊版用紙の発行等は、原告会社の有する出版権(著作権法80条)を侵害し、被告Yは被告会社の上記行為について共同不法行為責任を負うものというべきであるから、原告会社の被告らに対する出版権侵害の不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求は、海賊版用紙の発行等について、被告らに対し、連帯して443万8938円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告会社は平成17年1月25日から、被告Yは同月23日から、いずれも支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないことになる。
第6 第2事件に関する当裁判所の判断
1 争点2−1(原告各標章の使用は商標としての使用といえるか。)について
(1) 商標の使用について
 商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有し(商標法25条本文)、他人が商標権者の許諾なく登録商標を使用すると、その有する商標権を侵害することになる。そして、登録商標の使用には、指定商品に「標章を付する行為」(2条3項1号)や「標章を付したものを譲渡…する行為」(同項2号)、「商品…に関する広告…に標章を付して…頒布…する行為」(同項8号)が含まれる。
 原告手引は、本件商標権の指定商品である「性格検査用の印刷物」に当たり、原告手引標章(YG性格検査実施方法)を付してこれを販売しているものであるから、原告会社の上記行為は、原告手引という「商品」に「標章を付する行為」(商標法2条3項1号)ないし「標章を付したものを譲渡…する行為」(同項2号)に該当すると一応はいえる。
 また、原告パンフレットは、YG性格検査用紙という「商品…に関する広告…に標章を付して…頒布…する行為」(商標法2条3項8号)に該当すると一応はいえる。
 このように、原告会社の上記各行為は、形式的には、被告会社の有する本件商標権に係る登録商標を使用する行為に該当するといえる。しかし、商標の本質は、自己の営業に係る商品を他人の営業に係る商品と識別するための標識として機能することにあるから、登録商標と同一の商標の使用が商標権の侵害になるというためには、第三者の使用する商標が単に形式的に商品等に表示されているだけでは足りず、それが自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることを要すると解すべきである。そこで、原告手引及び原告パンフレットのそれぞれについて検討する。
(2) 原告手引について
ア 原告手引(A甲3)は、YG性格検査の実施方法についての説明が記載された印刷物であり、表紙に「YG性格検査実施方法」との表記(原告手引標章)が付されており、別紙商品目録2のとおり、「〔1〕YG性格検査実施方法(中学校用、高校用、一般用)」(第1〜4頁)、「〔2〕YG性格検査の採点方法(第5〜8頁)」、「〔3〕YG性格検査を利用するにあたって(第9〜20頁)の各章から構成されていて、YG性格検査を実施するに当たっての具体的手順、採点方法等が記載されている(争いのない事実、A甲3)。
イ 上記のように、原告手引標章は、原告手引の題号として使用されているところ、著作物の題号は多くの場合当該著作物の内容を端的に示すことを目的として表示されるものであり、そのような題号であれば、それは当該著作物の出所識別標識として使用されるものではないというべきである。そして、原告手引標章は、原告手引の内容を端的に表現する「YG性格検査実施方法」という題号として使用されていることが明らかであって、原告手引に接した需要者は、「YG性格検査実施方法」という標章を見て、出所識別標識として認識するのではなく、YG性格検査の実施方法等を内容とする文章が掲載された印刷物であることを表示するものと認識するものと認められる。したがって、原告手引標章は、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられているということはできず、原告手引に原告手引標章を付して販売する行為は、商標としての使用に当たらず、その余の争点(2−2、2−3)について判断するまでもなく、本件商標権を侵害するものではないというべきである。
(3) 原告パンフレットについて
ア 原告パンフレット(A甲4)は、YG性格検査用の印刷物に関する広告であり、表紙に「YG性格検査」との表示(原告パンフレット標章、その横に)やや小文字で「●矢田部ギルフォード」、これら両表示の下に「キャッテルC.F.知能テスト」という表示が付されており、別紙商品目録3のとおり、YG性格検査用紙についての部分(第1〜8頁)とキャッテルC.F.知能テストについての部分(第9〜10頁)とからなり、YG性格検査用紙についての部分は、「YG性格検査で、何がわかるか」(第1頁)、「YG性格検査の特徴」(第2頁)、「YG性格検査の実施要領」(第2〜8頁)の各章から構成され、これらの事項について広告用の説明がされているものである(争いのない事実、A甲4)。
イ 上記のとおり、原告パンフレットは、性格検査用の印刷物に関する広告であるところ、その題号として表示されている上記表示は、原告パンフレットの内容を端的に示すものとして表示されておらず、広告の対象が原告会社の商品であることを表示する出所識別標識として使用されているものというべきである。すなわち、仮に、原告パンフレットに「YG性格検査用紙」と表示されていれば、「YG性格検査用紙」は、「YG性格検査のための用紙」という意味を有するから、このようなパンフレットに接した需要者は、「YG性格検査用紙」という表示を見て、原告会社の商品に関する広告と認識するのではなく、YG性格検査のための用紙に関する広告であると認識するものと認められる。これに対し、原告パンフレットには単に「YG性格検査」としか表示されておらず、しかも、表紙の最上部に、表紙に表れる文字の中で最も大きな字で、タイトルとして目立つ形態で表示されていることからすると、原告パンフレットに接した需要者は、「YG性格検査」という標章を見て、YG性格検査のための用紙に関する広告と認識するのではなく、広告の対象を特定の商品主体のものと認識するものと認められる。
ウ したがって、原告パンフレットに原告パンフレット標章を付して頒布する行為は、商標としての使用に当たるといえる。
2 争点2−2(本件商標の使用許諾の有無)について
(1) 原告パンフレットについて、被告会社が原告会社に対し原告パンフレット標章の使用を許諾していたか否かについて検討する。
 証拠(甲39、A乙2、23、24、証人P7)及び弁論の全趣旨によれば、旧原告パンフレットは、遅くとも昭和60年ころには制作、頒布されており、平成元年ころから、現行原告パンフレットが制作、頒布されるようになったこと、この間、本件用紙について、P1には印税が支払われ、被告会社にもコンサルタント料が支払われていたこと、被告会社は、平成12年に本件商標登録を受けた後、原告会社に対し、本件用紙の表記については、.及び登録商標の注記を付け加えることを求めたが、原告パンフレットにおける原告パンフレット標章の使用については、何ら変更を求めず、4年以上の間、異議を述べていないこと、被告Yは、平成5、6年ころ、原告パンフレットと同じものを被告会社用に作ってほしい旨原告会社に依頼したことがあること、以上の事実が認められる。
 上記認定事実によれば、被告会社は、原告パンフレットに原告パンフレット標章を付して頒布することを許諾していたものと認めるのが相当である。
(2) よって、原告会社が原告パンフレットに原告パンフレット標章を付して販売する行為は、本件商標権の侵害には当たらない。
3 争点2−4(被告会社は本件手引の著作権を取得したか。)について
 前示のとおり、本件用紙の著作権についてはP1から被告会社に譲渡されたものとは認められない。しかし、前示のとおり、P1は、被告Yに対し、遅くとも昭和63年9月ころまでには、日本心理テスト研究所の代表者としての地位を譲渡し、その後、平成元年12月7日に被告会社が設立されたことに伴い、そのころ日本心理テスト研究所が行っていた事業は被告会社に承継されたものであることに加え、証拠(A甲6、乙22、24)によれば、P1は、平成10年7月31日作成の公正証書遺言(A甲6)において、「遺言者は、YG性格検査に関連する著作物(手引き、テープ等)に関する財産権は日本心理テスト研究所株式会社の所有に属することを確認する。」(第8条)、「遺言者は、前条以外の心理テストに関する著作権は日本心理テスト研究所株式会社に属していることを確認する。」(第9条)と遺言し、同条項は、その後作成された平成13年7月16日付け自筆証書遺言(乙24)でも取消しの対象とされなかったこと、また、P1作成の平成12年12月12日付け覚書(乙22)にも、YG性格検査(一般用、高校用、中学校用及び学童用)及びキャッテルC.Fテストについて、これらの「二種のテストに付随する二次著作物(手引書、テープ等)は、日本心理テスト研究所に帰属する。」と記載されていることが認められる。本件手引は、これらの遺言書ないし覚書にいう「YG性格検査に関連する著作物(手引き、テープ等)」、「(YG性格検査)に付随する二次著作物(手引書、テープ等)」に該当すると認められ、かつ、これらが「日本心理テスト研究所株式会社に属していることを確認する。」とか、「日本心理テスト研究所に帰属する。」という表現が用いられていることにかんがみると、P1は、これらの遺言書ないし覚書を作成する前に、本件手引の著作権を被告会社に譲渡したものと認められる。したがって、本件手引の著作権は、被告会社に帰属するものというべきである。
4 争点2−6(原告商品は本件手引に依拠したものであるか)について。
(1) 証拠(甲39、A甲3、A甲4、A乙1、証人P7)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、遅くとも昭和55年ころ、旧原告手引の制作、頒布を開始したこと、一方、本件手引が発行された時期は、昭和60年以降であることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
 そうすると、旧原告手引の制作、頒布は、本件手引の発行時期に先立つから、旧原告手引が本件手引に依拠したものとは認められず、また、現行原告手引(原告手引)は、旧原告手引とその内容、表現がほぼ同一であることにかんがみると、旧原告手引に依拠して作成されたものと認められるから、原告手引が本件手引に依拠して作成されたとは認められない。
 よって、原告会社が原告手引を制作、販売する行為は、被告会社の著作権を侵害するものではない。
(2) また、原告パンフレットについても、本件手引に依拠して作成されたと認めるに足りる証拠はなく、かえって、旧原告手引に依拠して作成されたものであると認められる。
 よって、原告会社が原告パンフレットを制作、頒布する行為も、被告会社の著作権を侵害するものではない。
5 争点2−7(本件和解に基づく本件用紙の引渡請求権の存否)について
(1) 証拠(A甲10、A乙3の1、4)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 第1次仮処分事件前、被告会社は、原告会社から本件用紙を仕入れ、これを代理店等に販売していたが、原告会社からの本件用紙の仕入れ部数は、通常は1回の注文当たり1万部であり、年間では9万部前後であった。
イ 平成14年末、被告会社が通常の卸価格を大幅に下回る価格で本件用紙を廉価販売するということがあり、そのため原告会社が被告会社からの4万部の注文に対し、納品を留保するということがあった。
ウ 原告会社と被告会社は、平成15年1月に協議を持ち、同協議において代理店向けの販売価格については今後協議する旨を約し、原告会社は、とりあえず上記4万部の本件用紙を被告会社に納入した。しかし、その後、その点に関する具体的な協議が行われることはなかった。
エ そうしたところ、被告会社がYGPI用紙を販売していることが判明し、原告会社は、その販売等の差止めを求めて第1次仮処分事件を提起した。原告会社と被告会社は、第1次仮処分事件において、被告会社がYGPI用紙の販売等を中止することを前提に、付帯事項として、本件用紙の代理店向け販売価格等、本件用紙の販売問題についても協議したが、被告会社は、別途、別件調停事件を提起し、本件用紙の販売問題については、第1次仮処分事件の手続においてではなく別途の協議で解決を図ることを希望し、原告会社もこれを受け入れた。その結果、原告会社と被告会社は、被告会社がYGPI用紙の販売等を中止する代りに、原告会社が、YGPI用紙を暫定的に年間の販売数量の上限枠を10万部と設定して被告会社の注文に応じて被告会社に販売することとし(本件和解第4項)、その他の点については別途協議とすることとして(同第5項)、本件和解を成立させた。
オ 原告会社は、第1次仮処分事件提起後、被告会社からの5万部の注文に対し納品を留保していたが、本件和解が成立したことから、被告会社に対し、上記5万部のうち、本件和解成立時までに販売していた年間数量が7万部であったとして、残り3万部を被告会社に販売、納入した。
カ 被告会社は、原告会社に対し、平成15年6月26日付け翌27日到達の内容証明郵便(A甲10)により、本件用紙を10万部、同年7月1日を納期と指定して、注文した。
キ 原告会社は、被告会社に対し、平成15年6月27日付け書面(A乙3の1)により、一度に10万部の注文は異常であり、これに応じる義務はないと考えている旨を伝えた。
ク その後、被告会社は、別件調停事件において、従前の主張を翻し、本件用紙の著作権はすべて被告会社が有するとの主張を始めた。別件調停事件は、平成15年9月22日不調となった。
ケ 原告会社は、被告会社に対し、平成15年9月30日付け書面(A乙4)により、原告会社が上記10万部の注文に対して納品を留保している理由について、被告会社が本件用紙の著作権はすべて被告会社が有するとの、従前と異なる主張をしていること等を述べるとともに、被告会社が原告会社及び他の権利者の権利を侵害することがなければ従前どおり本件用紙を納入する予定であること、その際は1か月に1万部程度の納入とすること、協議の場を設けてもらえれば、話合いをする用意のあることを伝えた。
コ これに対し、被告会社は、何ら応答しなかった。
(2) 上記(1)アないしエ認定の事実に照らして、本件和解第4項「債権者〔原告会社〕は、債務者会社〔被告会社〕に対し、YG性格検査用紙(手採点/一般用、高校用、中学校用、小学2年〜6年生用)〔本件用紙〕を、暫定的に、年間(7月1日から翌年6月30日)10万部を限度として、債務者会社〔被告会社〕の注文に応じて、従前どおりの価格で販売、納品する。」を解釈すると、次のとおりである。すなわち、前記認定のとおり、原告会社が被告会社に対しYGPI用紙の販売等の差止め等を求める第1次仮処分事件において、原告会社と被告会社は、被告会社がYGPI用紙の販売等を中止することを前提に、付帯事項として、本件用紙の代理店向け販売価格等、本件用紙の販売問題についても協議をしたが、被告会社は、別途、原告会社に対して別件調停事件を提起し、本件用紙の販売問題については、第1次仮処分事件の手続においてではなく別途の協議で解決を図ることを希望し、原告会社もこれを受け入れ、その結果、原告会社と被告会社は、被告会社がYGPI用紙の販売等を中止する代わりに、原告会社が、YGPI用紙を暫定的に年間の販売数量の上限枠を10万部と設定して被告会社の注文に応じて被告会社に販売することとし(本件和解第4項、その他の点については別)途協議とすることとして(同第5項)、本件和解を成立させたものである。上記事実によれば、本件和解第4項は、被告会社がYGPI用紙の販売等を中止する代りに、その代償措置として合意されたことが明らかである。そうすると、被告会社の注文に対して原告会社がその諾否の自由を有すると解することは、本件和解の上記条項の趣旨に反するものというべきである。したがって、同条項の趣旨は、YGPI用紙についての売買契約の成立には原告会社の承諾が必要であることを前提としても、被告会社の注文が、年間10万部の限度内で、従前どおりの価格での販売を求めるものである限りは、当該注文が、原告会社・被告会社間の従前の取引慣行に反し、社会的相当性を欠くような態様での注文でない限り、被告会社の注文のみによって原告会社の承諾の意思表示を擬制し、当然に売買契約が成立するようにしたものと解するのが相当である。
(3) そこで、本件和解後に被告会社がした上記(1)カの注文について見てみると、被告会社は、本件和解成立後1か月以内の平成15年6月26日付け翌27日到達の内容証明郵便をもって、納期をそのわずか4日後に設定して、年間の上限販売部数である10万部を一挙に注文したものであって、原告会社と被告会社の従前の取引数量が通常1か月当たり1万部で、年間9万部前後であったことに照らすと、被告会社による上記注文は、原告会社・被告会社間の従前の取引慣行に著しく反することはもちろん、本件和解成立直後、原告会社にとってその履行がおよそ不可能な注文を内容証明郵便を送付するという方法でしていることに照らせば、かかる被告会社の行動は、ことさら原告会社が本件和解に違反している状態を作出しようとしたものとも評価し得るものであって、契約当事者間の信義則にも反し、社会的相当性を著しく欠く態様のものというべきである。
 したがって、被告会社の上記注文によっては、原告会社の承諾の意思表示が擬制されることはなく、別途、原告会社の承諾の意思表示がない限り、当然には上記売買契約は成立しないものというべきである。しかるところ、原告会社は、被告会社に対し、上記注文には応じられない旨を伝えており(上記(1)のキ、ケ)、他に原告会社が被告会社に対し承諾の意思表示をしたとは認められないから、被告会社の上記注文に係る売買契約が成立したものとは認められない。
(4) 以上によれば、被告会社による本件用紙10万部の引渡請求は、理由がない。
 また、被告会社の上記注文に係る売買契約が成立していない以上、その債務不履行を観念する余地もないから、被告会社による本件和解の債務不履行に基づく損害賠償請求も理由がない。
6 争点2−10(不当利得の成否)について
 被告会社の原告会社に対する不当利得返還請求は、被告会社が本件用紙の著作権者であり、原告会社は本件用紙の著作権者でなく本件用紙の著作権の使用料を取得し得る権原もないのに、事業団から本件用紙の著作権の使用料を取得しており、これが不当利得に当たるというものである。 
 しかし、被告会社が本件用紙の著作権者であることを認めるに足りる証拠はない。原告会社が法律上の原因なく事業団から本件用紙の著作権の使用料を取得したとしても、これにより被告会社が同額の損失を被ったという関係には立たないから、被告会社の不当利得返還請求は、理由がない。
7 第2事件のまとめ
 以上によれば、被告会社の原告会社に対する請求のうち、商標権侵害に基づく請求は、@原告手引に原告手引標章を付して販売する行為は商標としての使用とはいえないから、本件商標権を侵害するものではない、A原告パンフレットに原告パンフレット標章を付して頒布する行為は商標としての使用に当たるが、被告会社は原告パンフレットに原告パンフレット標章を付して頒布することを許諾していたものと認められるので、結局、同行為も本件商標権を侵害するものではないから、いずれも理由がない。
 被告会社の著作権侵害に基づく請求は、被告会社は本件手引の著作権を有するものと認められるが、原告商品はいずれも本件手引に依拠したものとは認められないから、いずれも理由がない。
 被告会社の本件和解に基づく本件用紙の引渡請求は、いまだ被告会社と原告会社との間で本件用紙に関する具体的な売買契約が成立したとは認められないから、理由がなく、売買契約成立を前提とする本件和解の債務不履行に基づく損害賠償請求も理由がない。
 被告会社の不当利得返還請求は、被告会社は本件用紙の著作権を有するものではないから、原告会社の使用料受領行為により損失を被っていないから、理由がない。
第7 訴訟費用の負担及び仮執行の宣言について
 訴訟費用の負担については、民訴法64条本文、61条を適用し、仮執行宣言の申立については、上記各用紙の発行等の差止め及び金員の支払については、同法259条1項によりこれを付し、在庫品の廃棄については、仮執行宣言を付すのは相当ではないからこれを付さないこととする。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 田中俊次
 裁判官 西理香
 裁判官 西森みゆき
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