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【事件名】「スナップ写真」無断使用事件(2)
【年月日】平成19年5月31日
 知財高裁 平成19年(ネ)第10003号 出版差止等請求控訴事件、平成19年(ネ)第10011号 同附帯控訴事件
 (原審・東京地裁平成18年(ワ)第5007号)
 (口頭弁論終結日 平成19年5月17日)

判決
控訴人・附帯被控訴人(以下「一審被告」という。) (旧商号)株式会社角川書店(新商号)株式会社角川グループパブリッシング
控訴人・附帯被控訴人(以下「一審被告」という。) X
控訴人・附帯控訴人 株式会社角川グループパブリッシング
訴訟引受人(以下「角川グループ訴訟引受人」という。) 株式会社角川書店
 (ただし、平成19年1月4日に控訴人・附帯被控訴人株式会社角川グループパブリッシングから会社分割により設立された会社)
上記3名訴訟代理人弁護士 前田哲男
同 中川達也
被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告」という。) Y
訴訟代理人弁護士 藤井義継


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 本件附帯控訴に基づき、原判決主文第3項以下を次のとおり変更する。
(1) 一審被告らは、一審原告に対し、角川グループ訴訟引受人と連帯して85万円及び内45万円に対する平成14年4月27日から、内40万円に対する平成16年1月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告の一審被告らに対するその余の請求を棄却する。
3(1) 角川グループ訴訟引受人は、原判決別紙写真目録記載の写真の複製物を掲載した原判決別紙書籍目録記載の各書籍を印刷し、又は頒布をしてはならない。
(2) 角川グループ訴訟引受人は、原判決別紙書籍目録記載の各書籍における原判決別紙写真目録記載の写真を掲載した部分(原判決別紙書籍目録1記載の書籍について口絵1頁の左上部、同目録2記載の書籍について口絵3頁の左中部)を廃棄せよ。
(3) 角川グループ訴訟引受人は、一審原告に対し、一審被告らと連帯して85万円及び内45万円に対する平成14年4月27日から、内40万円に対する平成16年1月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 一審原告の角川グループ訴訟引受人に対するその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審を通じて、これを10分し、その1を一審原告の負担とし、その余を一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人の負担とする。
5 この判決は、第2項(1)並びに第3項(1)及び(3)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨(一審被告ら)
(1) 原判決を取り消す。
(2) 一審原告の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも一審原告の負担とする。
2 附帯控訴の趣旨(一審原告)
(1) 原判決中一審原告敗訴の部分を取り消す。
(2) 一審被告らは、一審原告に対し、連帯して110万円及びこれに対する平成14年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも一審被告らの負担とする。
3 角川グループ訴訟引受人に対する請求の趣旨(一審原告)
(1) 主文第3項(1)(2)と同旨
(2) 角川グループ訴訟引受人は、一審原告に対し、一審被告らと連帯して110万円及びこれに対する平成14年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、角川グループ訴訟引受人と一審被告らの負担とする。
第2 事案の概要
【以下、略称は原判決の例による。】
1 本件は、一審原告が、一審被告らに対し、一審被告Xが執筆し、一審被告株式会社角川グループパブリッシング(旧商号株式会社角川書店。平成19年1月4日に現商号に変更)が出版する原判決別紙書籍目録1及び2記載の各書籍(本件書籍1及び2。総称するときは、「本件書籍」という。)について、一審原告が著作権を有する原判決別紙写真目録記載の写真(本件写真)が無断使用されており、著作権(著作財産権及び著作者人格権)を侵害されているとして、一審被告株式会社角川グループパブリッシングに対し本件書籍の印刷、頒布の差止め及び在庫の廃棄を、一審被告らに対し不法行為に基づく損害賠償として110万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 原審の東京地裁は、平成18年12月21日、本件写真の本件書籍への掲載は、一審原告が有する本件写真の著作権(著作財産権及び著作者人格権)を侵害するとして、一審被告株式会社角川グループパブリッシングに対し本件写真を掲載した本件書籍を印刷、頒布することの差止め及び本件書籍の本件写真を掲載した部分の廃棄を命ずるとともに、一審被告らに対し連帯して損害賠償として45万円及び内43万円については平成14年4月27日から、内2万円については平成16年1月25日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うことを命じたので、これを不服とする一審被告らは、本件控訴を提起し、一方、一審原告も、本件附帯控訴を提起した。
3 一審被告株式会社角川グループパブリッシングは、平成19年1月4日、会社分割(新設分割)により、書籍出版事業に関する営業に属するすべての権利義務を角川グループ訴訟引受人に承継させた(会社法764条2項)。そこで当裁判所は、一審被告株式会社角川グループパブリッシングの申立てにより、平成19年3月6日角川グループ訴訟引受人に本件訴訟を引き受けさせる旨の決定をした。
第3 当事者の主張
 当事者の主張は、当審における双方の主張を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」及び「第3 争点に関する当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 当審における一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人の主張
(1) 著作権の帰属について
ア 一般人が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく人物を撮影するスナップ肖像写真は、たとえ著作物であるとしても薄い著作権(thin copyright)しか認められず、その著作権は、肖像本人に譲渡されていると理解すべきである。
 誰でも写真アルバムには、乳幼児期の写真、自分が写っている小学校の遠足の写真、運動会の写真、友人のお父さんに友人宅の玄関先で撮ってもらった写真、友人同士で撮り合った写真、旅行先で通りがかりの人にシャッターを押してもらった写真などが貼られていることであろう。それらの写真を撮影したのは第三者である。しかし、ある人物が自叙伝を執筆して出版するに当たり、その人のアルバムに貼られたそのようなスナップ写真を口絵として掲載するのに、躊躇を覚える人はいないだろう。
 原判決の判旨によれば、自分だけが写っているスナップ写真等についても、それを自叙伝に掲載するには撮影者を捜し出して掲載の許諾を得る必要があることになる。さらにいえば、原判決の判旨によれば、亡くなった父親が撮影したと思われる自分の幼児期の写真を掲載するには、他の相続人(例えば兄弟)の同意を得ることが必要となる。しかし、同意を求められた兄弟は、何のことなのか理解できないであろう。自分だけが写っているスナップ写真を書籍等に掲載するのに撮影者の許諾が必要であるというのは、一般の法感情からあまりにもかけ離れている。
イ 原判決は、一審原告が本件写真のネガを所持しており、本件写真の複製を行い得る立場にあったことから、写真の複製物の所有権をAないしはBに譲渡したとはいえても写真の著作権自体を譲渡したことを認めることはできないというべきであると判示する(11頁下6行〜2行)。
 しかし、ネガを所持している一審原告が物理的に複製可能な状況にあったとしても、だからといって著作権が一審原告に帰属しているとする根拠にはならない。
(2) 写真の著作物性がある部分の利用について
ア 著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することであり、写真の著作物が複製されたというためには、一般人の通常の注意力を基準とした上、写真の著作物における創作性を基礎づける美的要素が感得できる場合でなければならない。
イ この点につき原判決は、「本件書籍の口絵に掲載されている写真が本件写真であることは、被写体の構図やその背景から明らかである」と判示する(12頁15行〜16行)。
 しかし、本件写真は本件書籍にAの風貌を読者に伝える目的で、口絵として小さく掲載されているにすぎず、本件写真における創作性を基礎づける美的要素を鑑賞・感得させるという掲載目的は全くない。また本件書籍への掲載の大きさ(掲載の大きさは、本件書籍1においては縦4.7センチメートル、横3.5センチメートル、本件書籍2においては縦5.3センチメートル、横4センチメートルである。)、掲載態様(本件写真のうちAの風貌がわかる部分のみを切り取って掲載している。)、掲載場所(口絵の1頁の一部への掲載である。)にかんがみても、Aの風貌を伝えるという目的に沿った効果しか生じておらず、それを超えて美的要素を鑑賞・感得させる効果は生じていない。
 したがって、本件書籍に掲載された本件写真に接する一般人の通常の注意力を基準とした場合、本件写真の創作性を基礎づける美的要素が感得できるほどに本件書籍に再現されているということはできない。
 確かに本件写真の構図等のごく一部は本件書籍においても再現されているかもしれないが、その構図等はごく一般的なスナップ肖像写真のそれを超えるものではなく、平凡かつありふれたものであるから、構図等の再現があることをもって著作物性を基礎づける創作性ある部分の再現があるということはできない。
(3) 適法引用について
 本件書籍は、第二次世界大戦後の東京の一般に知られざる社会で活動をしていた外国人たちの姿を描いたノンフィクションであるところ、Aは、その外国人のなかでも本件書籍において15頁以上にわたり描かれている人物である。そして、ノンフィクションにおいて描かれている人物の風貌を読者に伝えるために、その人物の写真を掲載することには合理的な必要性があり、本件においては、そのために本件写真を掲載するほか適切な手段がなかった(引用の必要性ないし必然性)。
 本件書籍においては、15頁以上にわたりAの活動を描いた一審被告X執筆の文章が「主」である。他方、本件写真は、本件書籍の口絵部分の1頁のごく一部に小さく、Aの風貌を読者に伝えるために掲載されているにすぎず、一審被告X執筆の文章に対して「従」である(主従関係)。
 本件写真は口絵部分に掲載されており、「写真は60年代末のスナップショット」との説明が付されていることから、写真部分が一審被告Xの著作部分ではなくて引用部分であることが明白であり、その区別は明瞭である(明瞭区別性)。
 そして本件書籍において本件写真は、ノンフィクションに描かれている人物の風貌を読者に伝えるために、それに必要な限度で掲載されているにすぎず、その掲載は、写真の美的特性を鑑賞・感得させる態様のものでなく、そのような効果も生じさせていない。
 以上のように、本件書籍における本件写真の引用利用は、引用の目的、態様・方法及び効果に照らし、公正な慣行に合致するものであり、かつ、引用の目的上正当な範囲内で行われたものであるから、著作権法32条1項により適法である。
 なお、本件書籍において著作者名等を示した出所の明示はないが、一般人が芸術的配慮なく日常生活のなかで撮影したスナップ写真についてまで出所の明示をすることは通常ではないから、「スナップ写真」であることを記載しておけば出所の明示として十分であるし、仮にそうでないとしても、出所の明示がないことから公正な慣行に合致しなくなるわけではない。
 また、本件写真が公表されたものでなくても、本件写真は少なくとも著作者の手元にのみあったものではなく、Aの活動を描いたノンフィクションにおいて本件写真を利用する必要性の高さに照らせば、著作権法32条1項が適用ないし類推適用されるというべきである。
(4) 氏名表示権について
 原判決は、本件写真を本件書籍に掲載するに当たって一審原告の氏名表示がなかったことをもって、氏名表示権の侵害であると認定している(16頁1行〜2行)。
 しかし、プロのカメラマンではなく、しかもアマチュアカメラマンとして活動しているとも思われない一審原告が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく撮影したスナップ肖像写真について、一審原告が著作物の創作者であることを主張する利益はもともとないから、そのようなスナップ肖像写真を氏名表示なく掲載したところで当該利益を害するおそれもない。スナップ肖像写真について氏名表示を省略することは公正な慣行に反しない。
 一審原告は、一審被告Xから取材を受けた際、本件書籍に自分の名前を表示しないことを強く求め、その旨を書面にして約束することまでも求めた。そこで、一審被告Xも、その旨を書面で約束した。したがって、本件書籍に一審原告の氏名を表示することは不可能であったのであり、それは、一審原告が求めていたことであった。
 したがって、本件写真を本件書籍に掲載するに当たり著作権法19条3項に基づき氏名表示を省略することができ、氏名表示権侵害とはならない。
(5) 同一性保持権について
 原判決は、本件書籍において、父子の姿を撮影した本件写真を父の部分の顔と上半身とその背景の一部のみを切除して利用したことが同一性保持権の侵害になると判示する(16頁2行〜5行)。
 しかし、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変は同一性保持権の侵害とはならない(著作権法20条2項4号)。
 本件において、本件写真は、一般人が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく撮影した通常のスナップ写真である(著作物の性質)。Aの風貌を読者に伝えるという目的のためには子の部分の利用は不要であり、しかも、子の肖像権・プライバシー権に配慮するためには、その部分をカットして掲載することが必要である(利用の目的及び態様)。
 また、写真を口絵の1頁の一部に小さく掲載することでAの風貌を読者に伝えるためには、顔と上半身の部分を中心として掲載する必要がある(利用の目的及び態様)。
 したがって、本件書籍に本件写真の一部のみを掲載したことは、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変に当たり、同一性保持権侵害とはならない。
(6) 過失について
ア 原判決は、「出版活動に携わる被告らとしては、取材に応じた者から写真の提供があったとしても、その者がその写真のネガなどを管理しており、その写真を撮影したことを窺わせる事情がない限り、写真の撮影者が別にいて、著作権を有しているという事態を容易に想定し得るところである。…著作権者に対する確認作業は何ら行われていないのであるから、写真使用時に問題となり得る著作権処理について十分な措置を講じたとは言い難く、著作権侵害につき過失があるものといわざるを得ない。」と判示する(13頁下3行〜14頁6行)。
イ しかし、原判決の上記判示は、通常人及び「出版活動に携わる」者の常識的な感覚から大きく逸脱したものである。
 一審被告Xは、Aと生前親交の深かったBに取材し、同人から本件写真を入手し、かつ掲載の同意も得た。一審被告Xは、Bから、本件写真を自由に使ってよいと言われており、同人に「この写真はあなたのものか。」と尋ねたところ、「そうである。」との答えを得た。また、一審被告Xは、Bに対して、本件写真の使用料についても尋ねたが、同人は不要であると答えた。Bは、長年にわたり、雑誌「東京ウイークエンダー」の編集長を務めた出版関係者であった。
 一審被告Xは、自ら執筆したノンフィクション作品に利用するため、これまで数多くの報道機関、フォトエージェンシーなどから写真の提供を受けてきたが、それらはすべて印画紙にプリントされた写真であり、ネガそのものであったことはなかった。一審被告Xは、このような経験からも、ネガの所在について確認が必要であるとは考えなかった。
 一般人が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく人物を撮影するスナップ肖像写真を、ノンフィクションの対象となっている人物の風貌を読者に伝えるために書籍に掲載する場合には、肖像本人又は写真の所持者から同意を得れば、あえて撮影者は誰であるかを詮索しないのが通常であり、その詮索をしなかったからといって、一審被告らに出版に携わる者としての注意義務違反があるということはできない。
ウ 例えば、ある人物の自叙伝を出版するに当たり、著者の乳幼児期、少年期等のスナップ写真を掲載することが多いが、この場合、出版社側で、それらの写真の撮影者が誰であるかを詮索することは通常でないし、それをしなかったからといって出版社側に「出版に携わる者」としての注意義務違反はない。本件書籍は自叙伝ではないが、自叙伝の場合に撮影者の詮索が必要でない以上、Aが既に死亡しており、生前その親交があった人物から写真を入手して掲載した本件においても、撮影者の詮索まですべき注意義務は「出版に携わる者」にない。
エ 一般人が芸術的配慮なく日常的に撮影したスナップ写真の提供を取材対象者から受けた場合、その提供者が写真のネガなどを管理しているのでない限り、撮影者を捜索して著作権処理をしなければ書籍等に掲載できないとすれば、自由かつ円滑な出版活動に大きな支障が生じ、自由闊達であるべき出版活動が萎縮してしまうことになる。
(7) 権利の濫用について
 仮に本件書籍への本件写真の掲載が著作権及び著作者人格権侵害となるとしても、本件書籍の印刷、頒布の差止め及び廃棄を請求するのは、権利の濫用として許されない。その理由は、次のとおりである。
ア 一審被告らの表現の自由との関係
@ 表現の自由は最大限尊重されるべき価値であるところ、一審被告らが本件書籍を出版する自由もまた最大限尊重されなければならない。
A 本件書籍で描かれているAの風貌を読者に伝える写真を掲載する必要性が高く、また一審被告らにとってその目的の実現のために本件写真を掲載するほかに適当な手段がない。
B 上記Aの状況のもとで本件写真を掲載した本件書籍の印刷、頒布が差し止められるとすれば、一審被告らの表現の自由が大幅に制約される結果となる。
C 一般人が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく人物を撮影するスナップ肖像写真については、著作者を捜索することが極めて困難であり、事前に本件写真の著作者、著作権者から許諾を得るのは事実上難しい。
イ 一審原告の財産権に与える影響が極めて稀薄である。
@ もともと本件写真の著作物性が極めて稀薄である。
A 本件写真の本件書籍への掲載は、Aの風貌を読者に伝えることにあり、本件写真の著作物性がある部分を感得させることはなく、現実の掲載態様もその目的を超えるものではないから、本件写真の著作物としての創作性を基礎づける部分の利用が仮にあったとしても、それは極めて軽微である。
B 本件写真の利用は本件書籍の口絵の1頁の、そのまたごく一部に小さく行われたにすぎない。
C 本件写真は経済的に利用されてこなかったものであり、本件書籍への掲載があったからといって本件著作物に対する顕在的又は潜在的市場が浸食されたという事情は全くなく、一審原告に経済的損失は発生していない。
ウ 一審原告の人格的利益に対する影響が極めて稀薄である。
@ 本件写真はAの風貌を伝えるために利用されており、撮影者が一審原告であることを示していないから、一審原告に対して何ら精神的苦痛を与えるものではない。
A 氏名表示権及び同一性保持権に関して、芸術的作品についてならともかく、そうではない本件写真については、氏名表示がないこと又は切除を受けたことによる著作物の「創作者」としての精神的苦痛の存在は考えにくい。
エ 以上に照らすと、本件写真の著作権、著作者人格権侵害を理由として本件書籍の印刷、頒布の差止め及び廃棄を求めることは、一審被告らの表現の自由を強く制約することになり、他方、一審原告側においては、そのような表現の自由を制約することを正当化するに足りる財産的利益及び人格的利益がないから、権利の濫用として許されないというべきである。
(8) 著作者人格権侵害の慰謝料額の算定について
ア 原判決は、「本件写真は、原告がその夫と子供をプライベートに撮影したものであり、本来、公表を予定しないものであったにもかかわらず、本件書籍(単行本及び文庫本)に掲載されて広く頒布されたこと@、本件書籍は、『東京アウトサイダーズ』と題する書籍であり、その文庫本の裏表紙に『一攫千金を夢見るアウトサイダーたちが世界中から集まる街・東京。天才詐欺師、…政治家を手玉にとるロビイスト、世界各国の諜報部員…夜の東京に暗躍するアウトローたちに、日本のヤミ社会はビッグ・チャンスと失望を与えてきた。』(甲4)と記載され、口絵に掲載された本件写真には、『元CIAのAは…』と紹介されていることなどから(甲4、乙4、5)、原告が本件書籍に本件写真の掲載を承諾しないことには合理的な理由があることA、さらに、本件書籍においては、父子の姿を撮影した本件写真について、父の部分の顔と上半身とその背景の一部のみを切除して使用するという同一性保持権を侵害する態様で複製使用されたことB、他方、本件写真は日常生活の中で撮影された写真であり、被告らにとって、その著作者を見つけ出すことが必ずしも容易ではなかったことからすれば、原告が著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)の侵害により被った精神的損害の慰謝料としては、30万円と認めるのが相当である」と判示する(16頁10行〜下1行。@AB及び下線は一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人が付加)。
イ しかし、上記下線@について、一審原告がAの相続人又は遺族であるという証拠はなく、また本件写真には一審原告の子が撮影されているが、本件書籍においては子の部分がカットされているから、「子をプライベートに撮影したもの」であることが一審原告の精神的苦痛を高めることにはならない。
 上記下線Aについて、一審原告がAの相続人又は遺族でなければ、本件書籍がAの半生をなまなましく描かれているとしても、一審原告に対する慰謝料を増額させる理由とはならない。またそもそも、著作者人格権は、著作者が「創作者」としてその作品に対して持つ精神的・人格的利益を保護する権利であるから、著作者人格権侵害の慰謝料は、そのような作品に対する創作者としての精神的・人格的利益が害されたことに対する慰謝料でなければならない。原判決が挙げる上記下線Aは、それとは異質の事情を著作者人格権侵害の慰謝料増額要因として挙げるものであるから、不当である。
 上記下線Bについて、子の部分を切除したのは、Aの風貌を読者に伝えるという引用目的と関係がなく、かつ、子の肖像権・プライバシー権に配慮するために必要だからであり、その切除はむしろ慰謝料の減額要因となるべきものである。また、一般人が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく撮影した通常のスナップ写真について切除があったとしても、そのことによって創作者がその作品に対して持つ人格的利益が強く害されたとはいえず、切除をもって慰謝料増額要因とする原判決は不当である。
ウ 原判決は、著作権侵害に基づく損害賠償として5万円と認める一方、著作者人格権侵害に基づく慰謝料を30万円と認めている。
 しかし、著作権侵害に基づく損害賠償額が5万円程度にすぎない軽微な利用について、著作者人格権侵害の慰謝料としてその6倍もの30万円を認めることは、あまりにも均衡を失する。
 慰謝料額の算定については裁判所の裁量的判断が不可避であるものの、合理的な裁量の範囲を逸脱した高額の慰謝料認定であるといわなければならない。
2 当審における一審原告の主張
(1) 損害額について
 角川書店は著名な出版社であり、一審被告Xは著名な作家であるし、弁護士を選任して裁判をしているのであるから、損害賠償の金額は世人が納得する100万円以上でなければならない。
 本件は社会的注目を集め、インターネットニュースで全世界に報じられたのであるから、損害賠償額が45万円では、日本は知的所有権に関する未開社会として貿易摩擦はますます強くなるのである。
 本件写真の使用料相当額は本件書籍1について30万円、本件書籍2について20万円が相当であり、著作者人格権侵害による慰謝料の額は50万円が相当である。
(2) 当審における一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人の主張に対する反論
ア 著作権の帰属についての主張に対し
 著作権法には、プロの著作物のみ保護しアマチュアの著作物は保護の対象外とは記載しておらず、プロの著作物とアマチュアの著作物とを区別する見解は、現行著作権法の体系からは受け入れがたい見解である。
イ 写真の著作物性のある部分の利用についての主張に対し
 写真の著作物の場合、オリジナルはネガであり、ネガから複製されたものが、複製物であり、一審被告らの本件写真の使用は、複製物から複製したものである。
ウ 適法引用についての主張に対し
 本件写真は、公表された著作物ではないから、適用に引用することができるものではない。
 また、本件書籍は、一審被告らがセンセーショナルな副題を記載して、もっぱら営利目的で出版しているものであるから、適法引用の規定を類推適用する必要もない。
エ 氏名表示権についての主張に対し
 著作者人格権の内容として氏名表示権があり、本件は無断使用であるから、氏名表示権を侵害している。
オ 同一性保持権についての主張に対し
 本件は、著作権者である一審原告に無断で使用した事案であるので、本件写真の改変は同一性保持権の侵害になる。
カ 過失についての主張に対し
 一審被告らには、過失がある。原判決の判断は実態に適合した常識的な判断である。
 一審被告Xは、一審原告にAの写真の提供を求めたが、拒否された。
 一審被告XがBから本件写真を入手したとの事実は否認する。Bは、一審原告に無断で本件写真を提供するような人物ではない。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、一審被告らが本件写真の一部を本件書籍に掲載した行為は、一審原告が有する本件写真についての著作権及び著作者人格権を侵害する行為であり、一審原告は一審被告株式会社角川グループパブリッシング及び角川グループ訴訟引受人に対し、本件写真を掲載した本件書籍を印刷、頒布することの差止め及び本件書籍の本件写真を掲載した部分の廃棄を求めることができると判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決10頁12行〜13頁10行及び16頁1行〜5行(「第4 争点に対する判断」の1〜4及び6(2))のとおりであるから、これを引用する。
(1) 著作権の帰属について
 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、一般人が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく人物を撮影するスナップ肖像写真の著作権は、肖像本人に譲渡されていると理解すべきであると主張する。しかし、そのように解すべき法的根拠はなく、上記主張は、独自の見解であるというほかないから、採用することができない。
(2) 写真の著作物性がある部分の利用について
 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件写真の本件書籍への掲載は、写真の著作物性がある部分を利用していないから、複製に当たらないと主張する。
 しかし、本件書籍には、本件写真のうちAの上半身部分が、そのまま掲載されているから、本件書籍には、本件写真の著作物性がある部分(シャッターチャンスの捉え方等)が再現されていることは明らかである。
 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件写真は本件書籍にAの風貌を読者に伝える目的で掲載されていること、本件書籍における本件写真の掲載の大きさは、本件書籍1においては縦4.7センチメートル、横3.5センチメートル、本件書籍2においては縦5.3センチメートル、横4センチメートルであること、本件写真のうちAの風貌がわかる部分のみを切り取って掲載していること、本件書籍における本件写真の掲載は、口絵の1頁の一部への掲載であることを主張するが、そのような事実は、本件書籍に、本件写真の著作物性がある部分が再現されている旨の上記判断を何ら左右するものではない。
(3) 適法引用について
 著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。」と規定しているところ、本件写真が公表されたものであることについての主張立証はないから、本件写真は「公表された著作物」であるとは認められない。したがって、著作権法32条1項の適用により本件写真の本件書籍への掲載が適法となることはない。
 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件写真が公表されたものでなくても、本件写真は少なくとも著作者の手元にのみにあったものではなく、Aの活動を描いたノンフィクションにおいて本件写真を利用する必要性の高さに照らせば、著作権法32条1項が類推適用されると主張するが、本件書籍がAの活動を描いたノンフィクションであるからといって、本件写真を利用する必要性が高いということはできないし、仮に、本件写真が著作者の手元にのみあったものではなくAの活動を描いたノンフィクションにおいて本件写真を利用する必要性があるからといって、著作権法32条1項を類推適用すべきであるということにはならない。したがって、著作権法32条1項の類推適用により本件写真の本件書籍への掲載が適法となることもない。
(4) 氏名表示権について
 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件写真は、プロのカメラマンではなく、しかもアマチュアカメラマンとして活動しているとも思われない一審原告が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく撮影したスナップ肖像写真であるから、一審原告が著作物の創作者であることを主張する利益はない旨主張する。しかし、一審原告が、プロのカメラマンやアマチュアカメラマンではなく、本件写真が日常生活のなかで撮影されたスナップ肖像写真であるからといって、氏名表示の利益がなくなるものではない。
 また、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、一審原告は、一審被告Xから取材を受けた際、本件書籍に自分の名前を表示しないことを強く求めたので、一審被告Xは、その旨を書面で約束したと主張し、乙6(一審被告Xの陳述書)には、その旨の記載がある。しかし、一審被告Xが本件写真の掲載について一審原告と話した事実は認められないから、上記のとおり一審原告が本件書籍に自分の名前を表示しないことを求めた事実があったとしても、それは、本件写真の掲載について一審原告が自分の氏名を表示しないことを承諾したものではなく、本件写真の本件書籍への掲載は一審原告の氏名表示権を侵害する旨の判断を左右するものではない。
(5) 同一性保持権について
 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件書籍に本件写真の一部のみを掲載したことは、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変に当たると主張する。
 しかし、一般人が日常生活のなかで撮影したスナップ写真であるからといって、改変されてもやむを得ないということができないことは明らかである。また、本件書籍がAの活動を描いたノンフィクションであるからといって、本件写真を利用する必要性が高いということはできないから、本件書籍に本件写真の一部のみを利用する必然性があったということもできない。本件書籍に本件写真の一部のみを掲載したことは、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変には当たらず、一審原告が本件写真について有する同一性保持権を侵害するものというべきである。
(6) 権利の濫用について
 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件写真の著作権、著作者人格権侵害を理由として本件書籍の印刷、頒布の差止め及び廃棄を求めることは、一審被告らの表現の自由を強く制約することになり、他方、一審原告側においては、そのような表現の自由を制約することを正当化するに足りる財産的利益及び人格的利益がないから、権利の濫用として許されないというべきである、と主張する。
 しかし、既に述べたとおり、本件写真の本件書籍への掲載は、本件写真の複製に当たり、一審原告の著作財産権を侵害するものであるし、著作者人格権をも侵害するものであって、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、本件写真が掲載された本件書籍の印刷、頒布の差止め及び廃棄を求めることが権利の濫用に当たるというべき事情は認められない。
2 当裁判所も、本件写真の本件書籍への掲載について一審被告らには過失があると判断する。その理由は、次のとおりである。
(1) 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、一審被告Xは、Bから、本件写真を自由に使ってよいと言われており、同人に「この写真はあなたのものか。」と尋ねたところ、「そうである。」との答えを得たこと、一審被告Xは、Bに対して、本件写真の使用料についても尋ねたが、同人は不要であると答えたこと、Bは、長年にわたり、雑誌「東京ウイークエンダー」の編集長を務めた出版関係者であったことから、一審被告Xには過失はない旨主張し、乙6(一審被告Xの陳述書)には、その旨の記載がある。これに対し、一審原告は、一審被告XがBから本件写真を入手したとの事実は否認している。
 しかし、仮に、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人が主張する上記事実が存したとしても、一審被告らは、本件写真の著作権者が誰であるかを確認し、その者から本件書籍への掲載について許諾を得る活動を全くしていないのであるから、過失があるというべきである。
(2) 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件のような場合、あえて撮影者は誰であるかを詮索しないのが通常であると主張する。しかし、出版物に写真を使用する際に著作権処理をすることなくこれを使用することは考え難いところである。そして、撮影者が誰であるかが分からなければ、著作権者は判明せず、著作権処理をすることは困難であると考えられるから、本件のような場合に撮影者は誰であるかを詮索しないのが通常であるとは認められない。
 また、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件のような場合、撮影者を捜索して著作権処理をしなければ書籍等に掲載できないとすれば、自由かつ円滑な出版活動に大きな支障が生じ、自由闊達であるべき出版活動が萎縮してしまうことになるとも主張する。しかし、そもそも、出版物に写真を使用する際に著作権処理をすることは、出版物の著作者及び出版社にとって当然になすべき義務であるから、それをせずに大きな支障が生ずるとか、出版活動が萎縮してしまうなどとする主張が失当であることは明らかである。
(3) したがって、本件写真の本件書籍への掲載について一審被告らには過失があるというべきである。
3 次に、損害額についての当裁判所の判断は、次のとおりである。
(1) 複製権侵害に基づく損害賠償について
ア 証拠(乙1)によると、株式会社オリオン(オリオンプレス)では、書籍における中1頁(表紙、裏表紙、見開き部分でない頁)の1頁以内に1色で(カラーでなく)使用する場合の使用料金は、1点あたり1万5000円であること、同一利用者が同一写真を複数回使用する場合には、70%の料金となることが認められる。
 また、証拠(乙2)によると、株式会社セブンフォト(世界文化フォト)では、書籍の中面(表紙、裏表紙でない頁)でモノクロにて使用する場合の使用料金は、1点あたり2万1000円であること、同一利用者が同一写真を1年以内に複数回使用する場合には、70%の料金となることが認められる。
 また、証拠(乙3)によると、株式会社アフロでは、書籍でのワンカットとしての使用料金は1点あたり2万5000円を基準とすること、モノクロにて使用する場合にはその80%(すなわち、2万円)であること、同一利用者が同一写真を1年以内に複数回使用する場合には、70%の料金となることが認められる。
イ 既に述べたとおり、一審被告らは、著作権者である一審原告に無断で本件写真を複製使用しているので、一審原告は、使用料相当額を損害賠償として請求することができる。使用料相当額を認めるに当たっては、上記ア認定のとおり、書籍における写真の使用料は、書籍の発行部数に比例して決定されるものではないことからすると、本件においても、同様の方法で算定することが相当である。そして、本件写真は、Aの風貌を写したものであるから、他の写真で容易に代替できるものではないこと、上記ア認定の使用料は、写真エージェンシー事業者が代替性のある写真(宣伝広告等に使用される写真)について定めたものであることを考慮すれば、本件写真の複製権侵害に基づく使用料相当額は、上記ア認定の使用料の額を大幅に上回るものというべきであり、本件書籍1への掲載につき15万円、本件書籍2への掲載につき10万円であると認めるのが相当である(なお、本件書籍2による複製権侵害は、同書籍発行日に生じるものであるから、遅延損害金の起算点は本件書籍2の発行日[平成16年1月25日]であると解するのが相当である。)。
(2) 著作者人格権侵害に基づく損害賠償(慰謝料)について
ア 証拠(一審原告Yの陳述書。甲5)及び弁論の全趣旨によると、本件写真は、一審原告がその夫と子供をプライベートに撮影したものであり、本来、公表を予定しないものであったことが認められる。それにもかかわらず、本件書籍(単行本及び文庫本)に掲載されて、一審原告の氏名を表示することなく広く頒布されたものであって、一審原告は、公表権及び氏名表示権を侵害されたものである。
 この点について、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、一審原告がAの相続人又は遺族であるという証拠はないと主張するが、一審原告は撮影者であってAの相続人又は遺族であるかどうかにかかわらず、上記のとおり公表権及び氏名表示権の侵害が認められるというべきである。また、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、本件書籍においては子の部分がカットされているから、「子をプライベートに撮影したもの」であることが一審原告の精神的苦痛を高めることにはならないとも主張するが、「子をプライベートに撮影したもの」であることは、上記のとおり、本件写真が公表を予定しないものであったことを示す事情として認定しており、子の写真が公表されたことを認定しているのではないから、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人の上記主張は、その前提を欠くものである。
イ 証拠(甲4、5、乙4、5)によると、本件書籍は、「東京アウトサイダーズ」と題する書籍であり、その文庫本の裏表紙に「一攫千金を夢見るアウトサイダーたちが世界中から集まる街・東京。天才詐欺師、…政治家を手玉にとるロビイスト、世界各国の諜報部員…夜の東京に暗躍するアウトローたちに、日本のヤミ社会はビッグ・チャンスと失望を与えてきた。」と記載され、口絵に掲載された本件写真には、「元CIAのAは…」と紹介されていること、一審原告は、本件書籍の内容から、本件写真を本件書籍の掲載することを望まない旨述べていることが認められる。
 この点につき、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、一審原告がAの相続人又は遺族でなければ、本件書籍がAの半生をなまなましく描かれているとしても一審原告に対する慰謝料を増額させる理由とはならないと主張するが、一審原告がAの相続人又は遺族であるかどうかにかかわらず(本件写真を撮影した当時、一審原告とAは法律上の夫婦であり、同訴外人に抱かれている子は両名の子である)、著作権者である一審原告が本件書籍に本件写真を掲載して公表することを望んでいないことは、慰謝料算定の事情として考慮することができるというべきである。また、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、著作者人格権侵害の慰謝料は作品に対する創作者としての精神的・人格的利益が害されたことに対する慰謝料でなければならないとも主張するが、本件写真を本件書籍に掲載することを望まない一審原告の意向に反して本件書籍に本件写真を掲載して公表することは、作品に対する創作者としての精神的・人格的利益を害することにほかならないから慰謝料算定の事情として考慮することができるというべきである。
ウ 本件書籍においては、父子の姿を撮影した本件写真について、父の部分の顔と上半身とその背景の一部のみを切除して使用するという同一性保持権を侵害する態様で複製使用されている。
 この点について、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、子の部分を切除したのは、Aの風貌を読者に伝えるという引用目的と関係がなく、かつ、子の肖像権・プライバシー権に配慮するために必要だからであると主張するが、切除の理由がそういうものであるとしても、同一性保持権の侵害が成立することに変わりはない。また、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、一般人が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく撮影した通常のスナップ写真について切除があったとしても、そのことによって創作者がその作品に対して持つ人格的利益が強く害されたとはいえないとも主張するが、独自の見解であって採用することができない。
エ 以上の事情その他弁論に表れた一切の事情を考慮すると、一審原告が著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)の侵害により被った精神的損害の慰謝料としては、50万円(本件書籍1によるもの25万円、本件書籍2によるもの25万円)と認めるのが相当である。
 なお、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は、著作財産権侵害に基づく損害賠償額と著作者人格権侵害の慰謝料額とは、均衡を失するものであってはならない旨の主張をする。しかし、著作財産権侵害に基づく損害賠償請求と著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求は、別個の請求であり、それぞれについて相応の損害賠償額を算定すべきであるところ、上記のとおり認定することができるのであるから、その結果は何ら不合理ではない。
(3) 弁護士費用について
 本件事案の内容、外国在住の一審原告が第1、2審において訴訟追行のため訴訟代理人弁護士の選任を余儀なくされたことその他本件訴訟に表れた一切の事情に鑑みれば、一審被告らの行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、請求額である10万円(本件書籍1の分5万円、本件書籍2の分5万円、合計10万円)を下らないと認めるのが相当である。
4 結語
 以上の次第で、一審原告の本訴請求は、一審被告株式会社角川グループパブリッシング及び角川グループ訴訟引受人に対し、本件写真の複製物を掲載した本件書籍を印刷、頒布することの差止め及び本件写真を掲載した部分の廃棄を、一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人に対し、損害賠償として、連帯して85万円及び内45万円(本件書籍1による複製権侵害分15万円と慰謝料25万円と弁護士費用5万円の合計)については本件書籍1の発行日(不法行為日)の後の日である平成14年4月27日から、内40万円(本件書籍2による複製権侵害分10万円と慰謝料25万円と弁護士費用5万円の合計)については本件書籍2の発行日(不法行為日)である平成16年1月25日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
 そうすると、本訴請求金額の棄却を求める本件控訴は理由がないので棄却することとする。
 また、当審の上記判断は原判決を一審原告に一部有利にするものであるので、一審原告のなした本件附帯控訴に基づき、原判決を主文第2項のとおり変更することとする。
 さらに、一審原告の角川グループ訴訟引受人に対する請求は上記の限度で認容すべきものである。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 田中孝一
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