判例全文 line
line
【事件名】標章“オービック”不正競争事件
【年月日】平成19年5月31日
 東京地裁 平成18年(ワ)第17357号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成19年4月24日)

判決
東京都中央区<以下略>
原告 株式会社オービック
訴訟代理人弁護士 正田美和
同 上村哲史
同 横山経通
福岡県福岡市<以下略>
被告 有限会社オービックス
訴訟代理人弁護士 伊東章


主文
1 被告は、その営業上の施設又は活動に、別紙被告標章目録1ないし3記載の標章、その他の「オービックス」又は「ORBIX」の文字を含む商号及び標章を使用してはならない。
2 被告は、別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を、看板、インターネット上のウエブサイト、パンフレット、名刺その他の営業表示物件から抹消せよ。
3 被告は、別紙登記目録記載の商号の抹消登記手続をせよ。
4 被告は、原告に対し、1311万2588円及びこれに対する平成18年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は、これを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
7 本判決は、第1、第2、第4項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 主文1ないし3同旨
2 被告は、原告に対し、1億円及びこれに対する平成18年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
 本件は、原告が、原告の商品等表示である「オービック」及び「OBIC」(以下、総称して「原告標章」といい、各別には、「原告標章1」、「原告標章2」という。)は、遅くとも平成元年ころから原告、子会社及び関連会社を表すものとして周知、著名となっており、被告が、原告標章と類似する別紙被告標章目録1ないし3記載の各標章(以下、総称して「被告標章」といい、各別には、「被告標章1」「被告標章2」、「被告標章3」という。被告標章1は、被告の商号である。)を使用したことは、不正競争防止法2条1項1号、2号に該当すると主張して、被告に対し、被告標章その他の「オービックス」又は「ORBIX」の文字を含む商号及び標章の使用差止め、被告標章の看板等の営業表示物件からの抹消、被告商号の抹消登記手続及び損害賠償を求めた事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実、該当箇所末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、コンピュータのシステムインテグレーション事業、システムサポート事業等を営む株式会社であり、昭和43年4月8日に設立され、昭和49年1月に商号を「株式会社オービック」に変更し、現在に至っている。
イ 被告は、コンピュータシステム、コンピュータソフトウェア及び周辺機器の企画、設計、開発及び販売事業等を営む会社である。被告は、平成2年10月16日に設立された「有限会社クリエイト」が、平成8年9月25日に商号を「有限会社オービックス」に変更し、現在に至っている。
(2) 原告標章
 原告は、昭和49年に商号を「株式会社オービック」に変更して以来、以下の各商標登録のほか、別紙登録商標目録記載のとおり、「オービック」「OBiC」の字を含む多数の商標登録を行い、原告標章を原告の商品等表示として使用している(甲3の1ないし26)。
ア 登録番号第2267160号
 登録商標 オービック/OBiC
 出願日 昭和62年9月3日
 登録日 平成2年9月21日
 指定商品 第11類(電子応用機械器具、その他本類に属する商品)
イ 登録番号第2267161号
 登録商標 OBiC
 出願日 昭和62年9月3日
 登録日 平成2年9月21日
 指定商品 第11類(電子応用機械器具、その他本類に属する商品)
ウ 登録番号第3017459号
 登録商標 オービック
 出願日 平成4年8月31日
 登録日 平成6年12月22日
 指定商品 第42類(電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守、電子計算機(中央処理装置及び電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路・磁気ディスク・磁気テープその他の周辺機器を含む。)の貸与)
(3) 被告標章
 被告は、被告標章を、パンフレット、看板、名刺、及び被告がインターネット上で開設するウェブサイトにおいて使用している(甲2の1、甲15の1の1ないし6、甲15の2及び3)。また、被告は、平成8年5月以降、被告標章1を自己の商号として使用している。
2 争点
(1) 被告標章の使用は、不正競争防止法2条1項1号又は2号所定の不正競争行為に該当するか(争点1)。
(2) 損害賠償請求の可否及びその額(争点2)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告標章の使用は、不正競争防止法2条1項1号又は2号所定の不正競争行為に該当するか)について
〔原告の主張〕
(1) 原告標章の周知性、著名性
 原告は、企業情報システムの構築から、財務会計管理、販売管理、人事管理などの基幹業務ソフトウェアや業務ソフトウェアの開発・販売、導入後の保守・サポートまでを自社一貫体制でトータルに提供する戦略で、業績を伸ばし、昭和46年の東京(平成8年9月には本店所在地を東京に移転)を皮切りに、名古屋、福岡、静岡、広島、横浜、京都等全国主要都市に拠点を置き、全国的に販売活動を展開している。
 原告は、昭和49年に商号を「株式会社オービック」に変更した当初より、原告商品の販売その他の営業活動に、原告標章を使用しており、テレビ・ラジオのコマーシャル、新聞・雑誌の広告、広告塔等において、原告標章を用いた広告宣伝活動を展開し、原告標章を著名にするよう努力してきた。すなわち、原告は、昭和49年ころから、ラジオコマーシャルを全国において順次継続して放送しており、昭和56年ころからは、一般家庭において広く視聴されている大相撲ダイジェストやゴルフツアー等の各種スポーツ番組の提供を行い、プロゴルファーA氏をCMキャラクターに起用したテレビコマーシャルを原告標章と共に全国で放送している。原告のテレビコマーシャルの放送は、昭和57年1月から平成4年8月までの間だけでも、別紙テレビCM目録記載のとおり、膨大な数にのぼる。また、原告は、昭和55年以降、甲子園球場等に「オービック」との巨大な看板を掲示し、原告標章を全国の需要者に強く印象付けるなどしている。さらに、原告、原告の子会社及び原告の関連会社に関する新聞記事は、全国紙を含めて、昭和60年1月から平成元年末までの間に合計42回、昭和60年1月から平成18年4月末までの間に合計232回掲載されており、原告標章を使用した新聞広告は、日本経済新聞、日経産業新聞及び日経金融新聞及び日経MJだけでも、昭和62年1月から平成2年末までの間に合計85回(但し、日本経済新聞、日経産業新聞及び日経金融新聞のみ、昭和62年から平成13年4月までの間に)合計431回掲載されてきた。
 以上のことからすれば、原告標章は、遅くとも平成元年ころには、全国の需要者に広く認識されており、以来、原告、原告の子会社及び原告の関連会社を表すものとして周知かつ著名であったことは明らかである。
(2) 被告標章と原告標章との類似性
ア 被告標章1の要部は「オービックス」であり、原告標章の称呼と被告、標章1の称呼とは、語尾に「ス」が付くか否かの差異があるのみで、極めて類似している。このような場合に類似性が認められることは、特許庁の商標審査基準からも明らかである。また、被告標章2及び3の称呼も、「オービックス」であり、このような場合に類似性が認められることは、被告標章1について述べたところと同様である。
イ 被告は、原告標章と被告標章は、意味が異なり、株式会社と有限会社が異なるから類似しないと主張する。しかし、両標章から特定の観念を一切生じないため、被告標章と原告標章とで意味が異なるか否かは類否の判断に全く関係がないし、商号商標の類否の判断において、「株式会社」「有限会社」等の文字を除外すべきことは、特許庁の商標審査基準からも明らかである。
(3) 混同
ア (1)に述べたとおり、原告標章は、遅くとも平成元年ころには、全国の需要者において、原告、原告の子会社及び原告の関連会社を表すものとして周知かつ著名となっていたものであり、被告標章が原告標章と酷似していることや、原告の営業区域が広範囲にわたっていることなどに鑑みれば、被告が被告標章を使用する行為は、需要者、特にコンピュータシステムの需要者をして、被告らが原告と同一の営業主体又は原告と親子関係、あるいは系列関係その他の営業上の関係が存在するとの誤認混同を生じさせるものである。このことは、被告自身、原告の警告書に対し、「これまで当社宛にオービック殿とお間違いになられてお電話を頂いた事実はあります」と回答していることからも明らかである。
イ 被告は、原告と被告とでは業態が異なるから誤認混同されるおそれはないと主張する。しかし、原告は、財務会計管理・販売管理・人事管理等の業務管理用システムの販売事業を含むコンピュータシステム事業全般を営んでいるだけでなく、その一環としてPOSシステムの販売も行っているから、被告がPOSシステムの販売事業に被告標章を使用すれば、需要者、特に業務用コンピュータシステムの需要者をして、被告が原告と同一の営業主体又は原告と親子関係、あるいは系列関係その他の営業上の関係が存在するとの誤認混同を生じさせることは明らかである。また、原告は、テレビコマーシャルや新聞記事等による広告宣伝活動に加えて、営業担当者が全国の需要者を直接訪問して原告商品の紹介や提案を行うという方法での販売も行っており、被告の主張はこの点でも誤っている。
 さらに、被告は、被告標章使用につき悪意はなかったと主張する。しかし、前記(1)のとおり、原告標章は、遅くとも平成元年ころには著名かつ周知となっており、原告と同種のコンピュータシステム事業を営んでいた被告が、その商号を変更した平成8年当時において、原告標章を認識していなかったなど到底あり得ないのであり、にもかかわらず、被告があえて原告商号と極めて類似する「有限会社オービックス」に商号を変更したことからすれば、被告に被告標章の使用につき、故意又は少なくとも過失があったことは明らかである。
(4) 権利濫用(被告の主張に対する反論)
 被告が主張するように、不正競争行為を一定期間継続して行い続けさえすれば、その者に対する権利者による正当な権利行使が認められないとすれば、権利者に発見されないように巧みに長期間不正競争行為を行い続けた、より悪質な不正競争行為者ほど責任を問われないということになり、かかる結論が不正競争防止法の趣旨に真っ向から反するものであることはいうまでもない。しかも、本件では、原告が被告による不正競争行為を認識しつつあえて長期間にわたり放置し続けた事実もない。被告が被告標章を使用して不正競争行為を行うに到った経緯に何ら斟酌すべき事情はなく、原告による権利行使が何ら権利濫用に該当せず、本訴による請求が一切信義に反するものでないことは、明らかである。
 なお、被告は、不正競争行為の差止請求及び不正競争行為に基づく損害賠償請求が認められるためには、不正の認識が必要であると主張する。しかし、被告には前記(3)イのとおり、不正の認識がある上、このような主張は、不正競争防止法2条1項1号、2号、3条1項及び4条の規定を無視したものであり、到底採り得ないことはいうまでもない。
(5) 小括
 以上のとおり、被告の行為は、不正競争防止法2条1項2号ないし1号の不正競争行為に該当する。
〔被告の主張〕
(1) 原告標章の周知性、著名性
 原告の主張を否認する。被告が被告標章1「有限会社オービックス」を使用し始めた平成8年9月当時、原告標章が全国において周知性を具備していたとはいえない。
(2) 被告標章と原告標章との類似性
 被告標章1「有限会社オービックス」は「軌道に乗せる」という意味の、「orbit」という英単語を基本とし、限りなく軌道を走る(事業を継続する)との意を込めて末尾に「X」を付加し、「ORBIX」としたもので有意性のある表示、商号である。これに対し、原告標章の「オービック」又は「OBIC」は、英語によっても日本語によっても何ら意味のない単なるカタカナ文字、ローマ字の羅列にすぎず、もし、「orbicular」又は「orbicularty」(完全な、完全)なる語源を有しているのであれば、被告標章と意味合いは全く異なる。しかも、被告商標1には「有限会社」が付されている。
 原告標章1と被告標章1は、「オービック」というカタカナ5文字に共通点はあるものの、前記の有意性の点及び有限会社と株式会社の点で全く異なるものであり、類似とは言い切れない。
(3) 混同
 仮に、原告標章が周知であり、原告標章1「オービック」と被告標章1の「オービックス」が類似であったとしても、誤認混同のおそれを判断するためには、双方の商品、営業が類似しているかどうか、顧客層が重なり合っているか否かなど、双方の営業が競業、競合関係にあるか、現実に混同が発生しているか、類似商号使用者の悪意の存否等を具体的に検討する必要がある。被告標章については、以上のいずれの要素も認められず、誤認混同のおそれはない。すなわち、原告は、現在、約20億円の資本金を有し、従業員を約1200名抱え、かつ子会社を数社持ち、年間純利益も70から80億円のいわゆる大手企業であるのに対し、被告は、資本金450万円、社員9名、年間の売上高1億円以下、純利益は僅か1ないし2パーセントの零細企業であって、ビデオ、CD、DVD、コミックレンタル店(ほとんどが地方のレンタルビデオ店)のレンタル商品管理に特化したPOSシステムの企画、開発、販売を行っているにすぎず、それ以外のソフトは一切扱っていないものである。レンタルショップは年中無休で深夜、終夜営業を行うところが多いため、被告はほぼ24時間のサポート体制をとっている。しかも、レンタル業の営業システムは、一般の商品販売業とは異なり、各ショップの営業形態等により、その管理業務も区々であることから、システムの開発、作成は、個々のレンタルショップとの間のきめ細かい打ち合わせをする中でしか行えず、各レンタルショップとの個別的密着度の強い業務である。その上、その営業の対象は、全国に約6000店あるレンタルショップのうち、独自のPOSシステムを有する大手チェーンショップ2000店を除く約4000店の零細ショップであり、極めて狭い範囲での営業活動を行っているにすぎず、被告の業務が競合するのは、被告と同様の営業を行っている会社(全国で6社)との間においてのみであり、被告と原告の業務は、全くといっていいほど、競合接触することはない。また、原告は、主として、企業一般に向けて、業務用のソフトウェアを製作、販売しており、その販売するというPOSシステムも、不特定多数の一般顧客に対する商品販売活動を管理するもので、100%といってよいほど、レンタルショップには通用しない商品であるのに対し、被告は主としてレンタルビデオ店を対象として、POSシステムの企画、販売業務を行っているものであり、その取扱商品や販売場所が全く異なっている。さらに、原告は、大手メディアを利用して、全国ネットの宣伝、広告により広く一般の企業を対象として自社のソフトを販売しているのに対し、被告は数少ない営業マンが、全国のレンタルビデオ店を1店1店くまなく歩き回り、自社の商品を販売するというシステムを採っており、販売方法も相違する。
 このように、取り扱う商品、対象となる販路等あらゆる意味において原告と被告とが営業面で競合する可能性も、誤認混同される可能性も全くない。
 さらに、被告が、平成8年9月に現商号(被告標章1)「有限会社オービックス」に改めた趣旨は前記(2)のとおりであって、被告は、商号変更の際、本社のある福岡県福岡市を管轄する法務局において、同一又は類似商号を調査、確認の上、障害のないことを確認して商号登記したものである。被告は、その後10年間現商号を使用して全国に販路を求めて営業を継続してきたが、その間、原告の営業と競合したり、原告又はその取引関係者から、自社の商号を誤認混同されたことは一度としてなく、被告は、原告の商号権を侵害していると考えたこともないもので、このことは、誤認混同のおそれが皆無であることを証明している。原告ですら、今日に至るまで、被告標章1(被告商号)の存在を知らず、何ら異議申立てをしたことがないのであるから、誤認混同のおそれなどないことを自ら証明しているようなものである。原告は、被告が一度電話で原告と間違えられたことがあるということから、いかにも誤認混同があったかのごとき主張をしているが、個人にしろ法人にしろ、似たような名称のものが電話などで間違えられることは決して少なくなく、一度くらいそのようなことがあったことをもって、そのことを誤認混同というのは不当である。
(4) 権利濫用
 不正競争防止法の目的、趣旨は、文字どおり不正な方法、営業活動により他の競業者、営業者の営業を妨害し、あるいはその成果を利用して利を収めることを禁止することであり、誤認混同行為については故意又は過失がなければ刑事罰を受けないとはいえ、民事上の差止請求、損害賠償請求においても基本的に行為者において「不正」の認識が存することが要件と考えるべきである。被告は、(3)に述べたとおり、被告標章1を使用開始するにあたって商法の規定に従った登記手続を経ており、かつ、平成8年から10年間被告標章を問題なく使用し、零細企業ながら全国津々浦々に販売網を開拓、敷設し、それなりに名前を普及し、幅広い顧客層を取得し、被告標章に経済的価値も生じているもので、その間、原告から一度としてクレームを受けたことはなく、(3)に述べたとおり、被告の営業活動によって原告の営業が影響を受け、ましてや損害を被るなどということはあり得ないことである。
 しかるに、原告は、被告が被告標章を合法的に継続使用して10年も経過した後、突然何らかの方法で被告標章1(被告商号)を発見したことから、急遽本件を提訴したものと考えられ、しかも、事前に内容証明1本を送りつけ被告の商号使用停止を一方的に命令しただけで被告からの誠実な対応に対しては一顧だにせず、被告の商号使用を差止める必要性など存しないにもかかわらず、本件を提起している。
 したがって、原告が、現時点においてあえて差止請求、損害賠償請求をすることは、権利の濫用であり、信義則に反する違法な請求というべきである。
2 争点2(損害賠償請求の可否及びその額)について
〔原告の主張〕
(1)ア 被告の前記不正競争行為により、原告は、営業上の利益を侵害されているところ、被告に、被告標章の使用につき故意又は少なくとも過失があることは、前記1(3)イに述べたとおりである。
イ 被告の売上げは、平成15年4月1日から平成18年3月31日までの間、少なくとも年間1億円を下らず、そのうち、被告が得た利益は、年間3000万円、合計9000万円を下らない。また、原告が支払うべき弁護士費用は、少なくとも1000万円を下らない。したがって、平成15年4月1日から平成18年3月31日までの間の被告の不正競争行為に基づく原告の損害は、少なくとも合計1億円を下らない。
(2) 被告は、不正競争防止法5条は違法であるとの認識がなかった場合にまで適用されないと主張するようである。しかし、同条にそのような適用除外事由はなく、被告に故意又は少なくとも過失があることは前述のとおりであって、被告の上記主張は失当である。
 また、被告は、原告とは商品等が異なり、原告に損害がないと主張する。しかし、前記1(3)イに述べたとおり、原告の業務分野と被告の業務分野は、コンピュータシステム事業という点では全く同じである上、周知かつ著名な原告標章が無断で使用されれば損害が発生することは自明であり、不正競争防止法5条により損害額まで法律上推定されるのであるから、被告の上記主張も全くの誤りである。
〔被告の主張〕
 被告が、被告商号に変更した経緯は前記1(2)のとおりであって、被告商号は原告標章とは全く関係なく決定されたものであること、被告標章(商号)を考案、決定する過程においてそれに関わった被告社員の誰一人として原告標章に対する認識がなかったこと、商号変更の最終的な決め手となったのは、被告代表者が会社所在地の管轄法務局であらかじめ商号を審査してもらった結果、何ら問題はないとの回答を得たことなどに鑑みれば、被告標章の使用について、故意、過失は全くない。
 また、前記1(3)で述べたとおり、原告と被告とでは、その営業は全く重なり合うことがなく、被告は、商号変更以来10年間、原告からその存在を全く気づかれず(それほど被告は零細であり、かつ原告とはまるで異なる市場で商売をしていたということである。)、被告の対象としているレンタル業界で、原告と競合することもなく営業してきたもので、被告が原告標章と類似の商号を使用していたという理由によって被告の顧客となった者は一人としておらず、被告としては、原告の商号、標章と類似の商号を使用したことによって何らの利益を得ていない。それ故、たまたま被告が原告標章と類似している標章を使用しているからといって、そのことで原告が損害を被るなどあり得ないのである。不正競争防止法5条が類似商号の使用についての損害額の推定を規定しているとしても、損害の発生していないことが明らかな場合にまで損害賠償義務があるとすることはできない。現に、被告が現商号を使用した平成8年9月以降の原告の売上高は毎年増加の一途をたどっており、被告標章の使用によって原告が経済的損失を被ったという事実は存在しないことが明白である。
 さらに、原告の主張する損害額(被告の年間の粗利益)は不当である。被告のように個別訪問によりレンタル業という特化した業種のPOSシステムを販売するような企業は、仮に原告のような有名ブランド(もっとも原告標章が、どれほど一般消費者に浸透しているかは極めて疑問であるが)を盗用したとしても、顧客が得られることはなく、被告の業務、利益にとって、商号、商標などというものは全く関係ないのであって、被告の売上高、粗利益の大半は、労働力を提供する従業員に帰属すべきものである。被告の毎年の純利益は、被告の決算書から明らかなとおり、平均すると年間31万3939円にすぎないが、その利益すら原告標章とは全く関係がない。
 したがって、原告の損害賠償請求は失当である。
第4 争点に対する判断
1 争点1(被告標章の使用は、不正競争防止法2条1項1号又は2号所定の不正競争行為に該当するか)について
(1) 原告標章の周知性、著名性について
ア 証拠(甲1、甲5、甲6、甲7の1ないし4、甲8の2ないし4、甲9の1ないし232、甲10の1及び2、甲12、甲14、甲20)及び弁論の全趣旨によれば、原告の営業状態、原告標章の使用状況等について、前記第2の1(1)ア及び(2)に認定の事実のほか、以下の事実が認められる。
a) 原告の沿革、業態、売上げ等
 原告は、昭和43年4月「株式会社大阪ビジネス」の商号で大阪市、内を本店所在地として設立されたもので、昭和49年1月、商号を現在の「株式会社オービック」に変更した。その後、原告は、昭和46年11月に東京支店(現東京本社)、昭和48年12月に名古屋支店、昭和51年1月に福岡支店、昭和57年8月に静岡営業所及び広島サービスセンター(現広島営業所)、昭和59年2月に横浜支店、昭和61年1月に北九州営業所(その後、福岡支店に統合)、昭和62年7月に千葉支店、昭和63年10月に京都支店、平成6年8月に松本出張所(現松本営業所)、平成7年10月に北関東営業所(現北関東支店)、平成8年10月に立川営業所及び厚木営業所をそれぞれ開設している。
 また、原告の連結子会社ないし関連会社として、昭和47年8月設立の株式会社オービーシステム(本店所在地は大阪市)、昭和54年11月設立の株式会社オービックオフィスオートメーション(本店所在地は東京都中央区)、昭和55年12月設立の株式会社オービックビジネスコンサルタント(本店所在地は東京都新宿区)、昭和56年9月設立の株式会社オービックビジネスソリューション(本店所在地は福岡市博多区)、昭和57年8月設立の株式会社オービックシステムエンジニアリング(本店所在地は東京都中央区)、昭和58年11月設立の株式会社新潟オービックシステムエンジニアリング(本店所在地は新潟市)がある。
 原告及びその連結子会社並びに関連会社は、主にコンピュータのシステムインテグレーション事業(主要製品は顧客に対する総合情報システム)、システムサポート事業(ハードウェア保守とシステム運用サポートを行う。)、オフィスオートメーション事業(主要製品はOA機器一般及びコンピュータサプライ用品)及び業務用パッケージソフト事業(主要製品は財務会計等パッケージソフト)を行っている。システムインテグレーション事業については、製品の製造・販売を原告が、ソフトウェアの委託加工を連結子会社ないし関連会社である株式会社オービックシステムエンジニアリング、株式会社オービックビジネスソリューション、株式会社オービーシステム及び株式会社新潟オービックシステムエンジニアリングが行っている。システムサポート事業については、原告が行い、オフィスオートメーション事業については、株式会社オービックオフィスオートメーションが行い、業務用パッケージソフト事業については、株式会社オービックビジネスコンサルタントが行っている。原告のシステムインテグレーション事業の主力製品である基幹系総合業務ソフトウェアは、流通卸・物流サービス業、小売・サービス業等多岐にわたる業種を対象とし、会計情報システム、販売情報システムその他のシステムを統合したものであるところ、そのなかには、店舗POSシステムが含まれている。
 原告の主要販売先はリース会社その他の法人又は官公庁であり、平成10年時点で、約1万社にのぼる。原告の売上げは、昭和54年度は約63億円であったが、その後増加して昭和57年度には約120億円に達し、その後昭和60年度に約98億円と減少した以外は毎年年間100億円を超え、平成2年度以降平成7年度まで、平成4年度から平成6年度までの間は年間100億円台であった以外は、毎年200億円を超え、その後も平成17年度(年度末は平成18年3月31日)までの間、毎年売上げは増加している。また、原告は、平成10年12月には、東京証券取引所の第二部に、平成12年3月には同取引所の第一部に、株式を上場した。
b) 原告の宣伝等
 原告は、昭和54年度から平成17年度まで、最も低額で年間約2億3000万円、最も高額で年間約9億1000万円の広告宣伝費を費やし、以下のとおり、テレビ、ラジオ、新聞等様々な媒体を通じて、原告及びその提供する商品やサービスの宣伝を行い、あるいは、原告の経営方針等が新聞等で報道された。
@ テレビコマーシャル
 原告は、昭和54年ころからテレビコマーシャルの放送を行っており、そのテレビコマーシャルが放送された番組、放送日、放送局、放送時間は、昭和57年1月から平成4年8月までの間をみると、別紙テレビCM目録記載のとおりである(なお、同別紙の「提供番組」欄に「スポット」又は「テレビスポット」と記載してあるものは、番組の提供とは無関係に、テレビ番組の間に原告のコマーシャルが放送されたものである。)。
 原告のテレビコマーシャルのうち代表的なものは、著名なプロゴルファーAをCMキャラクターに起用した、以下のような内容のものである。
(i) 「人間が好きだ編」と呼ばれるもの
 コマーシャルの前半部分で、風景や人物に重ねて画面の右下にデザイン化された「OB」のアルファベットと共に「オービック」と表示され(以下このような表示を「OBマーク」と呼ぶ。)、最後の部分では、画面上に「コンピュータのオービック」という文字だけが大写しになる。
(ii) 「FINE SHOT編」、「FINE SHOTクレーン編」と呼ばれるもの
 コマーシャルの前半部分で、風景や人物に重ねて画面の左上に「オービック」と表示され、その後、画面の上下に「情報システムセミナー開催」「詳しくはwww.obic.co.jpまで」と表示される中、画面の中程に、風景に重ねて「会計情報システム人事情報システム・・・販売情報システム・・・」という文字に続き、「統合業務ソフトウェアオービックセブン」という文字と共に大きくデザイン化された「OBIC7」という字が表示され、最後に、画面上に「システムインテグレータのオービックwww.obic.co.jp」という文字だけが大写しになる。
(iii) 「ハワイ編」と呼ばれるもの
 風景や人物に重ねて画面の右下にOBマークが表示された後、最後に、風景や人物に重ねて画面下半分に、「価値あるソフトウェアを考えるコンピュータのオービック」という文字が大写しになる。
(iv) 「企業編」と呼ばれるもの
 コマーシャルの最後の部分の画面中央に、OA機器類の写真に重ねて、「信頼と実績を誇るコンピュータのオービック」という文字が、デザイン化された「OB」のアルファベットと共に大写しになる。
(v) 「ドライビング編」と呼ばれるもの
 風景や人物を写した画面の上下に「おかげさまで35周年」「システムインテグレータのオービック」と表示される画面が続いた後、最後に、風景や人物に重ねて、画面下3分の1ほどに、「システムインテグレータのオービック」という文字が大写しになる。
 原告のテレビコマーシャルは、昭和57年から59年までの間は、主に九州地区で放送されていたものの、昭和62年以降は、日本テレビ系(12ないし28局ネット又は日本テレビ放送網)、テレビ朝日系(12ないし17局ネット)、東京放送系(16ないし28局ネット)や、テレビ東京、テレビ愛知、テレビ大阪、テレビせとうち、テレビ神奈川、東海テレビ、毎日放送、中部日本放送、テレビ西日本、テレビ北海道、サンテレビジョン、福岡放送など、多数の地方に及ぶ放送網で放送されたり、複数の地方局で放送されたりした。また、その放送回数も、平成元年には年間100回を超え、平成2年ないし平成4年は、さらに年間放送回数が多い上(ただし、平成4年は8月までの8か月間の回数である、平成3年には、日本テレビ放送網で。)午前5時から5時45分までの間(月曜は午前5時30分から5時45分までの間)と早朝ではあるが毎日、毎日放送でも7月以降同様の時間帯に毎日、天気予報番組の中で放送されており、平成4年にも日本テレビ放送網で午前5時15分から6時までの間(月曜は午前5時30分から5時45分までの間)と早朝ではあるが毎日の天気予報番組の中で、東京放送では5月以降午後8時54分から9時までの間に毎日のスポーツニュースの中で、放送された。原告のテレビコマーシャルが放送された番組は、上記天気予報などのほか、ゴルフ、サッカー、テニス、野球などの中継や、スポーツニュースが主であった。
A ラジオコマーシャル
 原告は、昭和55年4月ころから、東海ラジオにおいて10秒のコマーシャルを、昭和60年4月ころからTBSラジオにおいて10秒のコマーシャルを、昭和63年から平成3年までの間は、RKBにおいて10秒のコマーシャルを、平成11年6月から平成16年3月までの間はKBCにおいて、毎週火曜7時34分からの「交通情報」の中で20秒のコマーシャルを、平成16年4月から平成17年3月までの間は、RKBにおいて、毎週月曜7時29分からの「スポーツ新聞今朝の見どころ」の中で20秒のコマーシャルを、それぞれ放送していた。
B 球場等の広告看板
 原告は、以下のとおり、球場に広告看板を設置しており、これらの看板は、各球場で行われた試合の観戦者やテレビ中継の視聴者らの目に触れる状態にあった。
(i) 昭和55年3月1日以来阪神甲子園球場3塁側に、「コンピュータのオービック」、又は「(デザイン化されたアルファベット「OB」の後に)オービック」と記載した看板。
(ii) 昭和58年4月1日から平成4年11月30日までの間、ナゴヤ球場3塁側照明塔下脚部に、「(デザイン化されたアルファベット「OB」の後に)オービック」と記載した看板
(iii) 少なくとも平成11年12月ころ、後楽園球場のレフト側に「(デザイン化されたアルファベット「OB」の後に)オービック」と記載した看板、ライト側に「(デザイン化されたアルファベット「OB」の前に)オービック」と記載した看板
C 新聞記事・新聞広告
 原告又は原告の連結子会社ないし関連会社であるオービックビジネスコンサルタント、オービックシステムエンジニアリングの商品(会計ソフト、統合ソフト等)やサービス、新たな支店等の開設を紹介する記事、原告の代表取締役や業務方針等を紹介したりする記事が、日経産業新聞、日本経済新聞、朝日新聞、日経金融新聞、毎日新聞、産経新聞、東京読売新聞などに紹介された。これらの記事の掲載日、掲載新聞名は、別紙新聞記事目録記載のとおりであり、その掲載回数は、昭和60年1月21日から被告が現商号に変更した平成8年9月25日までの間で103回、昭和60年1月21日から平成18年4月21日までの間で232回にのぼる。
 また、原告は、日本経済新聞、日経産業新聞、日経金融新聞、日経MJなどに、広告を掲載しているところ、その昭和62年から平成13年までの間の、掲載日、掲載新聞名、掲載場所、スペース等は、別紙新聞広告目録記載のとおりである。これらの広告の内容は、「豊かなソフトウェアで企業を結ぶ」、「おかげさまで創立20周年」、「価値あるソフトウェアを考える」、「価値あるソフトウェアを提供する」、「価値ある戦略情報システムを提供する」などの言葉の下に、OBマークの上に「コンピュータの」と記載したマークあるいは「コンピュータのオービック」との記載をし、その下に、支店名及びその電話番号を小さく記載したもの、デザイン化されたアルファベットの「OB」と共に「コンピュータのオービック」と記載したり、あるいは、OBマークの上に「コンピュータの」と記載したマークと共に原告の紹介文を記載したもの、OBマークの横に「株式会社オービック」と記載し、併せて原告の紹介を記載したもの、コンピュータ・情報システムフェアの宣伝の右上に、OBマークの上に「コンピュータの」と記載したマークを掲載したものである。そして、その掲載回数は、昭和62年から被告が現商号に変更した平成8年9月25日までの間で合計208回、昭和62年から平成13年までの間で、合計431回にのぼる。
イ 上記認定のような原告の経営状況、宣伝広告の回数、その内容等に鑑みれば、原告標章1は、被告が現在の商号に変更し被告標章の使用を開始した平成8年9月よりも前に、全国の需要者の間で広く認識されていたものであり、その状態は現在まで続いていると認められる。また、原告標章2も、上記のとおり、その称呼をカタカナ表記した「オービック」(原告標章1)が広く認識される状況にあることに加え、前記第2の1(2)のとおり、原告標章2とはアルファベットの「I」が小文字である点が異なるのみの「OBiC」の文字を含む商号が原告の商品等表示として用いられたりしていることに鑑みれば、原告標章1と同様に、平成8年9月よりも前に、全国の需要者の間で広く認識されていたものであり、その状態は現在まで続いていると認められる。
(2) 原告標章と被告標章との類似性について
ア 不正競争防止法2条1項1号にいう「同一若しくは類似の商品等表示」とは、標章の細部にいたるまで同一でなくとも、その要部に着目して同一又は類似といえるものをいうものであり、標章の類似性は、取引の実情の下において、取引者又は需要者が、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である。
イ そこで、まず、原告標章1と被告標章1を比較するに、被告標章1は、「有限会社オービックス」という会社の形態を表す「有限会社」と「オービックス」を組み合わせたものであるから、その要部は、「オービックス」であるところ、原告標章1との違いは、末尾にカタカナの「ス」が付くかどうかにすぎないから、被告標章1が原告標章1に類似することは明らかである。
 また、原告標章2と被告標章2とを比較すると、いずれもアルファベットで表記されており、その違いは「O」と「B」の間に「R」が付くか、どうか、末尾の文字が「C」であるか「X」であるか、また、その称呼の末尾に「ス」が付くかどうかにすぎない。したがって、被告標章2も原告標章2に類似するものと認められる。
 さらに原告標章2と被告標章3とを比較すると、被告標章3は、アルファベットの字体が被告標章2と異なること、アルファベットの下部に重ねて横線が引かれていること以外は、被告標章2と同様のものであるから、被告標章2と同様に被告標章3もまた、原告標章2に類似するものというべきである。
ウ 被告は、@原告標章と被告標章は、その意味が異なり、A原告は株式会社、被告は有限会社であることが異なるから、原告標章と被告標章は類似しないと主張する。
 しかし、「同一若しくは類似の商品等表示」とは上記アに記載したようなものをいうのであり、両標章の由来や意味が異なれば直ちに非類似という結論に至るわけではない上、本件の場合、原告標章はどのような由来、意味を有するものか、その標章自体から必ずしも明らかでないものの、被告標章についても、その表記、称呼等から被告の主張するような由来や意味を有するかどうか判然としないものである。また、株式会社か有限会社かは会社の種類にすぎず、各標章の要部とはいえないから、その違いは類似性の有無を左右しない。被告の上記主張は失当というほかない。
(3) 混同について
ア 不正競争防止法2条1項1号にいう「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」とは、他人の周知の商品等表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為をも含むものであり、混同を生じさせる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないと解すべきである(最高裁昭和59年5月29日第三小法廷判決・民集38巻7号920頁。)
イ 本件の場合、原告は、前記(1)アa)に認定したとおり、複数の連結子会社ないし関連会社からなる企業グループを形成し、日本全国の小売・サービス業等多岐にわたる業種の企業及び官公庁を対象として、会計情報システム、販売情報システムその他のシステムを統合した総合業務ソフトウェアを製造、販売し、かつハードウェアの保守やシステム用のサポート等を行っているものであり、その提供するシステムのなかには店舗POSシステムが含まれている。他方、被告は、福岡に本社を、東京に営業所をおく資本金450万円の有限会社であって、その主要業務は、Windows版コンピュータシステム(業務用)の企画、開発、販売、業務用コンピュータシステムの保守・メンテナンス、レンタルショップ(ビデオ、DVD、CD)の販売企画・運営管理・経営管理の支援業務等であり、その主要商品は、レンタル/セル(ビデオ、DVD、CD)POSシステム、複合カフェPOSシステム、書籍管理POSシステム等で、その主要納入先は、全国のビデオ/CDレンタルショップ、全国のインターネットカフェ、全国の書店等である(甲2の1、乙1、2、4、5 。)
 以上のように、原告と被告の業務内容は、コンピュータシステムないしソフトウェアの製造、販売、それに伴うサービスの提供という共通性があることに加え、被告の主力商品がビデオ等のレンタル店を対象としたPOSシステムであるところ、原告の商品にもPOSシステムが含まれること、原告の商品又はサービスの対象業種が多岐にわたることを併せ考えれば、被告が原告標章と類似する被告標章を使用してその営業を行えば、原告と同一か、同一でなくとも原告の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認めることができる。
 したがって、被告が被告標章を使用する行為は、不正競争防止法2条1項1号に規定する「混同を生じさせる行為」に該当する。
ウ 被告は、@双方の営業が競業、競合関係にあるか、現実に混同が生じているか、類似商号使用者の悪意の存否等を具体的に検討する必要がある、A原告と被告とでは業態や販売方法が異なり、誤認混同のおそれはないし、B被告は法務局において類似商号を調査確認の上、商号登記したもので、悪意はなかったと主張する。
 しかし、そもそも、「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」とは前記アのようなものをいうのであって、類似商号使用者の悪意が必要であるとする被告の主張は不正競争防止法2条1項1号の解釈として誤りというほかないし、原告と被告の業態等を比較し、原告と被告が同一でなくとも原告の系列企業であるとの誤認が生じ得るものであって、被告標章の使用が「混同を生じさせる行為」に該当することは前記イに述べたとおりである。被告の上記主張も失当である。
(4) 本件請求が権利濫用・信義則に該当するかについて
 被告は、@不正競争防止法にいう誤認混同行為に対する差止請求・損害賠償請求においても、行為者において「不正」の認識が存することが要件と考えるべきである、A被告は、法務局において類似商号を調査確認の上、商号登記したもので、悪意はなかったものであり、その後10年間問題なく被告標章の使用を継続していた、B原告は、突然何らかの方法で被告標章1を発見したことから、事前に内容証明1本を送りつけただけで、被告の商号使用を差し止める必要性など存しないにもかかわらず本件訴訟を提起したもので、原告の請求は権利濫用であり、信義則に反すると主張する。
 しかし、不正競争防止法にいう誤認混同行為を定義した同法2条1項1号、行為者に対する差止請求権を規定した同法3条、行為者の損害賠償責任を規定した同法4条のいずれにおいても「不正の認識」は、要件とされておらず、被告の主張は前提とする同法の解釈を誤っている。また、被告が10年間被告標章の使用を継続していたとしても、本件において、原告の本件請求が権利濫用ないし信義則違反であるといえるような事情は何ら見あたらない。被告の上記主張も採用することはできない。
2 争点2(損害賠償請求の可否及びその額)について
(1) 被告の故意・過失について
 不正競争行為をした者に対する損害賠償請求は、行為者が「故意又は過失により」当該行為を行ったことを要する(不正競争防止法4条本文)。
 本件においては、前記1(1)に認定したとおり、被告による被告標章の使用開始前において、原告標章は、全国の需要者の間で広く認識されていたものであること、被告は、その対象とする顧客等が原告と異なるとはいえ、原告と同様にコンピュータシステムを取り扱う会社であり、しかも、被告の本店所在地である福岡に、原告も昭和51年1月以降支店を開設していたことなどにかんがみれば、被告に少なくとも過失があることは明らかである。被告が、被告には故意・過失がないとして主張する諸事情は、上記認定を妨げるものではない。
(2) 損害及びその額について
アa) 不正競争防止法5条2項に基づく損害とその額
 不正競争防止法5条2項の「侵害行為により得た利益」の算定においては、当該不正競争行為に相当な因果関係のある費用、すなわち、当該不正競争行為に直接必要な費用を控除の対象としていわゆる貢献利益(広義の限界利益)を算定すべきであって、当該不正競争行為をしなくても発生する費用は控除の対象とすべきではない。したがって、貢献利益の算定においては、当該行為の内容、被告となる企業の規模、業態、不正競争行為をするに当たって必要となった施設や労力など様々な要素を全体的に考慮して、不正競争行為に相当な因果関係のある費用を算定する必要がある。
 本件における不正競争行為は、被告標章を使用して営業したことであるところ、被告は、資本金450万円(前記1(3)イ)、社員は、代表者(営業も行っている。)、営業専任の従業員1名、女子事務員1名、その他サポート役の従業員が4名の合計7人(乙5)、年間の総売上額が平成15年度が1億2214万5173円(乙6)、平成16年度が1億3153万7179円(乙7)、平成17年度が1億0542万0779円(乙8)と比較的小規模な会社である(なお、被告における各年度は、当該年の4月1日から翌年3月31日までをいう。)。そして、その業務は、コンピュータシステム等の企画・開発販売等であるが、中でも被告標章を使用したビデオ/CDレンタルショップ向けのPOSシステムの販売がほぼ100パーセントを占める(乙5) 。以上の被告の不正競争行為にかんがみれば、被告の営業に伴う費用、すなわち、被告の損益計算書(乙6ないし8)において売上原価並びに販売費及び一般管理費として計上されているものは、すべて被告の不正競争行為に必要な費用であり、同行為と相当な因果関係のある費用としてこれを控除すべきである(損益計算書において営業外費用として計上されているものは、不正競争行為に必要な費用であるとはいえず、これと相当な因果関係のある費用とは認められないから、控除の対象とすべきではない。)。
 したがって、被告がその不正競争行為により得た利益の額は、その損益計算書における営業利益の額と等しいと認められるところ、その営業利益の額は、平成15年4月1日から平成16年3月31日までの間が452万8356円(乙6)、平成16年4月1日から平成17年3月31日までの間が216万2834円(乙7)、平成17年4月1日から平成18年3月31日までの間が522万1398円である(乙8)。
 よって、被告が、平成15年4月1日から平成18年3月31日までの間にその不正競争行為により得た利益の額は、上記営業利益額の合計である1191万2588円であり、それが、不正競争防止法5条2項に基づき、原告の損害の額と推定される。
b) 弁護士費用
 原告の請求の内容、本件の事案の性質、本件訴訟の経緯等を考慮すれば、本件訴え提起に伴う弁護士費用相当の損害としては、120万円が相当と認める。
c) 小括
 よって、平成15年4月1日から平成18年3月31日までの間の被告の不正競争行為に基づく原告の損害は、上記a)及びb)の合計額である、1311万2588円である。
イ 被告は、原告と競合することなく営業を続けてきたもので、原告標章と類似する標章の使用によって顧客を獲得したわけではなく、被告標章の使用によって何ら利益を得ていないから、原告の損害賠償請求は失当である旨主張する。
 しかし、原告も店舗POSシステムを取り扱っていることは前記1(1)アa)に認定したとおりである上、仮に被告の主張するように被告の取り扱うPOSシステムは対象業種が特化しており原告の営業の対象と重なり合うところがないとしても、広義の営業の混同が認められ、不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為の成立が認められる以上、同法5条2項に基づき被告の得た利益の額は、原告の損害の額と推定されるというべきである。被告は、その他同条項に基づく推定を覆すに足りる事情を立証しておらず、被告の主張は、前記アa)の損害の認定を覆すものではない。
第5 結論
 以上の次第で、原告の請求は、被告に対し、被告標章その他の「オービックス」又は「ORBIX」の文字を含む商号及び標章の使用差止め、被告標章の看板等の営業表示物件からの抹消、被告商号の抹消登記手続並びに1311万2588円及びこれに対する本件不正競争行為の後である平成18年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 間史恵
 裁判官 古庄研
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/