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【事件名】インクカートリッジの特許権侵害事件(エプソン)(2)
【年月日】平成19年5月30日
 知財高裁 平成18年(ネ)第10077号 特許権侵害差止請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成16年(ワ)第26092号)
 (口頭弁論終結日 平成19年3月28日)

判決
控訴人 セイコーエプソン株式会社
訴訟代理人弁護士 飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本和徳
同 鈴木英之
同 和氣満美子
同 大友良浩
同 隈部泰正
同 戸谷由布子
被控訴人 株式会社エコリカ
訴訟代理人弁護士 溝上哲也
同 岩原義則
訴訟代理人弁理士 山本進


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙物件目録1ないし6記載の製品を輸入し、販売し、又は、販売のための展示をしてはならない。
3 被控訴人は、その本店、支店、営業所又は倉庫に存する前項の製品を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、500万円及びこれに対する平成16年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、インクジェット記録装置用インクタンクに関する特許権(特許第3257597号)を有する控訴人が被控訴人に対し、控訴人の製造、販売に係るインクタンクが使用された後にインクを再充填されるなどして製品化された原判決別紙物件目録1ないし6記載の各インクタンク(以下「被告製品」という。)を輸入、販売する被控訴人の行為が、上記特許権を侵害するとして、特許法100条に基づき、被告製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条、特許法102条2項、3項に基づき、一部請求として500万円の支払を求めた事案である。
 原判決は、控訴人の特許に係る出願は、原出願からの分割出願であるが、平成5年法律第26号による改正前の特許法44条(以下「特許法旧44条」という。)1項所定の分割要件を満たさない不適法なものであり、その出願日は原出願時に遡及しないとした上で、控訴人の特許には、特許法29条1項3号違反(新規性の欠如)の無効理由(同法123条1項2号)があるので、控訴人は、同法104条の3第1項の規定により、上記特許権を行使することができないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は、原判決を不服として本件控訴を提起した。
2 争いのない事実、争点及びこれに関する当事者の主張
 以下のとおり訂正付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第2の1ないし3(原判決2頁16行目から68頁24行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
 なお、以下においては、原判決の略語表示は、特に断りのない限り当審においてもそのまま用いる。
(1) 原判決の訂正付加
 原判決6頁10行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
 「ウ 以上のとおり、控訴人は、平成4年2月19日にした本件原出願(特願平4−32226号)からの分割出願として、平成12年12月21日、新たに本件特許に係る出願(本件分割出願)をし、平成13年12月7日、本件特許権の設定登録(特許第3257597号。請求項の数5)を受けた。
 なお、本件特許に対し平成14年8月16日に特許異議の申立てがされたため、特許庁は、これを異議2002−72022号事件として審理し(その係属中の平成16年3月15日、控訴人は、特許請求の範囲の請求項2について「シール材」を「環状のシール材」と訂正する訂正請求をした。)、同年7月14日、訂正を認めた上で、本件特許(請求項1ないし5)を維持する旨の異議決定をした。
 原審に本件訴訟が係属した後、被控訴人は、平成17年5月12日、本件特許に対し無効審判請求をし、特許庁は、これを無効2005−80144号事件として審理した結果、平成18年5月22日、本件特許を無効とする旨の審決(以下「本件審決」という。乙92)をした(なお、本件審決は、本件分割出願は分割要件を欠く不適法なものであることを前提に、本件特許は新規性がないと判断した。)。
 控訴人は、本件審決を不服として、その取消しを求める審決取消訴訟(知財高裁平成18年(行ケ)第10282号)を提起した後、同年7月31日、本件特許の特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判請求をした。知的財産高等裁判所(第2部)は、同年9月29日、特許法181条2項に基づき、事件を審判官に差し戻すため、本件審決を取り消す旨の決定(甲31)をした。
エ 平成18年10月18日、本件訴訟の原判決が言い渡された。
 原判決は、本件原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(本件原明細書等)(以下、上記明細書を「本件原出願の当初明細書」と、これと上記図面を併せて「本件原出願の当初明細書等」という場合がある。)に本件分割出願に係る本件発明が記載されていないので、本件分割出願は分割要件を満たさない不適法なものであり、本件分割出願の出願日は、本件原出願の時まで遡及せず、現実の出願日(平成12年12月21日)となることを前提に、本件発明は、新規性を欠くと判断した。
オ なお、控訴人は、平成18年7月18日、本件原出願に係る明細書の訂正を求める訂正審判請求(甲30の1)をしたが、平成18年10月26日、審判請求の取下げをした。
 (控訴人は、平成18年10月26日、新たに本件原出願の特許請求の範囲等の訂正を求める訂正審判請求をし、特許庁は、これを訂正2006−39179号事件として審理した結果、同年12月19日、上記訂正を認める旨の審決(甲34、33の2)をした。同審決の確定により、本件原出願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりとなり(下線部は訂正箇所)、請求項2(前記イのもの)及び請求項3は削除された。
 『【請求項1】キャリッジに設けられた記録ヘッドに連通するインク供給針に、装着前にはインク取り出し口をフィルムで封止したインクタンクが着脱可能に設けられたインクジェット記録装置において、前記インク供給針は、樹脂成形で、前記フィルムを貫通できるように先端が円錐面として形成された筒胴部を備え、かつ前記円錐面のみに前記筒胴部の内径よりも小さく、メニスカスによりインクを保持することができる直径のインク供給孔が複数穿設されているインクジェット記録装置。』)」
(2) 当審における控訴人の主張(本件分割出願の適法性・争点(2)ア関係)
 本件分割出願は、以下のとおり分割要件を充足する適法なものであり、出願日は遡及するから、本件発明には新規性を欠く無効理由は存在しない(なお、控訴人の原審の主張と重複する主張については、原審の主張を補充するものである。)。
ア 出願の分割は、もとの出願の特許請求の範囲に記載された発明についてだけ許されるのではなく、もとの出願の願書に添付した明細書の「発明の詳細な説明」又は図面に、分割出願に係る発明の要旨とする技術的事項のすべてが、当業者において正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されている場合には、当該発明の分割出願は、適法であると解される(最高裁昭和55年12月18日第一小法廷判決・昭53(行ツ)101号、最高裁昭和56年3月13日第二小法廷判決・昭53(行ツ)140号参照)。
 本件原出願の当初明細書等(乙6)には、以下の記載がある。
(ア) 「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成の作用効果について−(1)
 本件原出願の当初明細書には、「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止する(先端が鋭くないインク供給針でも貫通できる)フィルム」という構成と、「インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材」という構成を組み合わせた「シール構造の発明」が記載されている。
 本件原出願に係る発明の目的は、従来技術では、@「インクタンク交換時に記録ヘッドに流れる気泡の量が多く、印字不良を発生させる要因となっていた」(段落【0004】)、A「インク供給針は先端が鋭く加工されており危険であったため、その安全性を確保する必要があった」(段落【0005】)、という技術的課題を解決することにある。
 @の課題に対する解決手段としては、「インク供給針9の先端は円錐形状をしており、円錐面には直径φ0.3mmのインク供給孔9aが複数個空けられている」という構成(段落【0013】)が開示されている。
 Aの課題に対する解決手段としては、「インクタンク1はややテーパ形状の内部に多孔質吸収材2を装填しており、多孔質吸収材2内にインクを保持、貯蔵している。多孔質吸収材2に押し付けられて、インクタンク1下部のインク取り出し口3にナイロン繊維またはステンレス繊維よりなるフィルタ5がある。フィルタ5は熱溶着または接着剤により固定されている。インク取り出し口3の外気側にはフィルム4が溶着あるいは接着されている。フィルム4とフィルタ5との間には空間8が形成されインクで満たされており、空間8にはインク取り出し口3 とフィルム4 間で保持したパッキン6 が装着されている。」(段落【0011】)、「インクタンク1を度当たるまで挿入すると、インク供給針9がフィルム4を破り、インク供給針9の先端部のインク供給孔9aは空間8内へ突出する。それと同時にインク取り出し口3とフィルム4の間で保持されたパッキン6の内周とインク供給針9の外周が密着し、インクタンク1とインク供給針9の接続部のシールが確保される。」(段落【0012】)と記載されている。
 同記載部分には、「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止する(先端が鋭くないインク供給針でも貫通できる)フィルム」という技術と、「インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材」という技術が開示されている。すなわち、従来のインクタンクにおいては、「インク取り出し口34にゴム栓31を具備し、このゴム栓31に金属製のインク供給針32を挿入しインクを抽出していた。インク供給針32はゴム栓31に貫通させるため、ステンレス製のパイプを先端が鋭い針となるように絞り加工を行い、さらにインクの流路としてパイプの側面に直径1mm程度のインク供給孔33を設けていた。」(段落【0002】)ものであったが、本件原出願に係る発明においては、「先端の先鋭度が低いインク供給針を使用するために、ゴム栓を貫通できないことから環状のパッキンを用い、インク供給針が貫通した後は、両者により密封関係が生じるにようにし、未使用時においては、環状のパッキンではインクタンクに収容されたインクを密封できないため、先端部の先鋭度が低いインク供給針によって破断される程度のフィルムをインク取り出し口の外気側に接着させる」構成とした。
 以上のとおり、「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止する(先端が鋭くないインク供給針でも貫通できる)フィルム」という構成と、「インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材」という構成の組合せ(「シール構造の発明」)により、@「フィルム4の総厚みは50μm程度で十分に薄いため、樹脂成形で安全性の高いインク供給針9であっても容易に貫通できる。」(段落【0014】)、A「インクタンク1を度当たるまで挿入すると、インク供給針9がフィルム4を破り、インク供給針9の先端部のインク供給孔9aは空間8内へ突出する。それと同時にインク取り出し口3とフィルム4の間で保持されたパッキン6の内周とインク供給針9の外周が密着し、インクタンク1とインク供給針9の接続部のシールが確保される。」(段落【0012】)という作用効果を奏することになる。
 そうすると、「インクタンク1とインク供給針9の接続部のシールを確保」させるという上記Aの課題解決のために、フィルム保護を目的として「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を採る必要はないことになる。したがって、「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成が必須の要件でないことは、当業者にとって自明であるといえる。
(イ) 「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成の作用効果について−(2)
a 本件原出願の当初明細書(本件原明細書)の段落【0014】には、「樹脂成形で安全性の高いインク供給針9であっても容易に貫通できる。」との記載部分に続いて、「しかし一方では、使用者のハンドリングによりフィルム4を不用意に破る危険性がある。」との解決課題が記載され、「そこでインク取り出し口外縁3aをフィルム4より外側に突出させ外輪形状にする」とのフィルムの保護構造に関する構成が記載され、「図4に示すように使用者の指16等が直接フィルム4に強く触れることがなく、インクタンク1を交換する時に不用意にフィルム4を破るのを防止している。またこのような構造にすることにより、他部品を用いることのない単純な構造、即ち低コストでフィルム4を保護することができる。」との効果が記載されている。そうすると、フィルムの保護構造は、使用者の「不用意」なインクタンクの取扱いに対して設けられたものであることが分かる。
 そうであれば、本件原出願の当初明細書記載のインクタンクにあっては、使用者が、用心、心づかい、注意、あるいは、配慮をした取扱いをしさえすれば、フィルムが破られるものでなく、また、そのような取扱いをすれば、そのための対策であるフィルムの保護構造を不要としてもよいことは、本件原出願の当初明細書から自明な事項であるといえる。
 以上のとおり、本件原出願の当初明細書に記載された発明において、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は、不可欠のものではなく、インク取り出し口の封止部材をフィルムにする構成と一体としてとらえるべきものではない。
b 本件原出願の出願当時も、現在においても、ナイロンの薄膜は、一般に15μmの厚さのものと25μmの厚さのもの2種類が多く市販されていて、一種のデファクトスタンダード(事実上の標準)となっていた。本件原出願の当初明細書(乙6)においては、実施例に記載の「アルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造」のフィルム(段落【0014】)は、総厚みが50μm程度であるから、使用されるナイロンは、上記15μmのものと考えられる。ところで、この3層構造を形成するアルミ膜は、本件原出願の当初明細書に記載されているようにガスバリア性に優れる(気体が透過しにくい)ものであり、ポリスチレンは、その外層に位置してインク取り出し口に熱溶着しやすくするものであり、ナイロンは専らその強度を保持する目的で使用されるものである。
 そして、インクタンクに設けられたインク取り出し口の内径は、通常5〜7mm程度であるため、このインク取り出し口に15μm厚の単層ナイロンフィルムを貼った場合、通常、指で触ってもフィルムは破れるものではなく、また、指先の細い人がフィルムを破る目的で意図的にフィルムが破れるまで力一杯に爪を突き立てた場合には、15μm厚の単層ナイロンフィルムや当該ナイロンフィルムとアルミやポリスチレン層からなる総厚みが50μm程度の3層構造フィルムは破れることはあるかもしれないが、一般的、常識的には親指や人差し指のはらでそのようなフィルムを触ったり、爪を立てても破れることはない(甲35)。
 また、本件発明の実施製品である控訴人のインクジェットプリンタ用インクカートリッジ製品は、平成5年ころの発売以来、一貫して、プリンタ本体に設けられたキャリッジに着脱できるように構成され、そのインクカートリッジにはインク取り出し口が底壁に設けられ、そのインク取り出し口はプリンタに設けられたインク供給針が挿通されてインク供給路が形成されるようになっており、そのインク取り出し口の先端部に、そのインク供給針の挿通側を封止するようにフィルムが貼られているが、これを保護するようなキャップや保護するための部材など設けられておらず、フィルムはむき出しのままである。このような控訴人のインクジェットプリンタ用インクカートリッジ製品は、これまでの間、大量に販売されたが、顧客がインクカートリッジの使用前に、そのインク取り出し口に貼られたフィルムを指のはらや爪で破損したとのクレームを受けたことはなく、本件発明の実施製品である控訴人の製品のフィルムは、使用者の不注意があっても容易には破損しないものであることは明らかである(甲36、37等)。
 このように一般に、アルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造で総厚みが50μm程度の3層構造のフィルムが、インクタンクの供給口に貼られた場合、容易に破断されるものではないことは当業者にとって自明である。
 そして、本件原出願の当初明細書に、使用者の過誤による破損の危険性を除去するため、このフィルムの保護を図る構成(「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」構成」)が開示されているとしても、それは、本件原当初発明の説明について当てはまるにすぎず、上記構成が本件原出願の当初明細書記載のシール構造の発明と技術的に一体不可分であるとする論拠にはならない。
(ウ) したがって、本件原出願の当初明細書記載の「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は、インク取り出し口の封止部材をフィルムにする構成と一体としてとらえるべきものとはいえない。
イ 本件原出願における本件発明の記載
 本件原出願の当初明細書(本件原明細書)には、本件分割出願に係る「インクを収容する容器と、インク供給針が挿通可能で、かつ前記容器の底面に筒状に形成されて前記インクが流入するインク取り出し口と、前記インク取り出し口に設けられ、前記インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材と、前記シール材の前記インク供給針の挿通側を封止し、かつ前記インク取り出し口に接着されたフィルムと、 からなるインクジェット記録装置用インクタンク。」(本件発明1)を示す構成が開示されている。
 そして、前記ア(ア)記載のAの作用効果を奏するために「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成が必須不可欠ではないことは自明であり、「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須の構成としない、いわば上位概念化した本件発明においても、本件原出願の当初明細書記載の目的、作用効果に何ら変更がない以上、本件原出願の当初明細書等には、本件発明の要旨とする技術的事項のすべてが当業者において正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されているといえるから、本件発明は、本件原出願の当初明細書等に記載されている。
ウ 結論
 以上のとおり、本件分割出願は、特許法旧44条1項所定の分割要件を備えた適法な分割出願であるから、その出願日は、もとの出願である本件原出願の出願日とみなされ、本件発明の新規性の判断の基準日は、本件原出願の出願日である平成4年2月19日となるから、この基準日より後に公開された文献乙9によって、本件発明が新規性を欠くことはない。
(3) 当審における被控訴人の反論(本件分割出願の適法性・争点(2)ア関係)
ア 以下のとおり、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を削除した本件分割出願に係る本件発明は、本件原出願の当初明細書(乙6)に記載された事項の範囲内のものではなく、本件原出願の当初明細書に記載された事項から自明な事項であるということもできないから、本件分割出願は特許法旧44条1項の要件を満たしていない不適法なものであり、本件発明は、文献乙9によって新規性を欠く。
(ア) 「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成の作用効果に対し−(1)
 控訴人は、本件原出願の当初明細書に、「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止する(先端が鋭くないインク供給針でも貫通できる)フィルム」という構成と、「インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材」という構成を組み合わせた「シール構造の発明」なるものが記載されており、この「シール構造の発明」により、@「樹脂成形で安全性の高いインク供給針9であっても容易に貫通できる。」、A「インクタンク1とインク供給針9の接続部のシールが確保される」という作用効果が奏される、上記Aの作用効果については、「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させた」という、フィルムが不用意に破られることがないようにする保護構造の有無によって、何らの影響も受けるものではないので、上記保護構造に係る構成は、本件原出願に係る発明の必須の要件ではない旨主張する。
 しかし、控訴人の主張は、以下のとおり失当である。
 控訴人が根拠とする本件原出願の当初明細書(乙6)の段落【0011】には、冒頭に「図1は本発明によるインクジェット記録装置に用いるインクタンクの実施例を示した図である。」と記載されているから、これに続く「インク取り出し口3の外気側にはフィルム4が溶着あるいは接着されている。」との記載部分中の「外気側」のフィルムとは、図1(本件図面1)に図示されている筒状のインク取り出し口の「内部に配されたフィルム」のことを指すと解するほかはない。
 したがって、図1に示された「インク取り出し口の外縁がフィルムの面よりも外側に突出した」とする構成以外の構成、例えば「インク取り出し口に接着されたフィルム」との構成、あるいは「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止するフィルム」との構成が採用可能であると解する余地はなく、また、そのような示唆もない。
 そうすると、本件原出願の当初明細書には、控訴人主張に係る「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止するフィルム」の構成が記載されているとはいえない。以上のとおり、「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させた」という上記保護構造に係る構成は、必須の要件である。
(イ) 「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成の作用効果に対し−(2)
 本件原出願の当初明細書(乙6)には、「インク取り出し口を封止する部材はゴム栓であったため、インク供給針の先端は、ゴム栓を貫通できるよう鋭く加工されており危険であった」という課題(段落【0005】。控訴人主張のAの課題)があり、この課題を解決するため、インク取り出し口を封止する部材を、先端が鋭くないインク供給針でも貫通することができる厚さの薄いフィルムとしたことが記載されているが、そのフィルムの厚みについて言及されているのは、唯一の実施例である「50μmの厚みのフィルム4」(段落【0014】)のみである。
 そして、本件原出願の当初明細書には、上記課題解決のためにインク取り出し口を封止する部材を厚さの薄いフィルムとしたことにより、新たに、使用者の過誤によりフィルムが破れる危険性という問題が生じることが記載されており、それを解決するための具体的手段として、唯一「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成が開示されていることは明白である。
 すなわち、本件原出願の当初明細書の段落【0015】には、種々の実験が重ねられた結果、実施例の厚さ50μmのフィルム4を使用する場合において、インク取り出し口外縁3aの最大内径(d)に対し、突出量(h)の範囲を「h≧d/10」としたときに、初めて、「使用者が通常の取り扱いをする限り、例えば故意に指の爪先をフィルム4に立てるようなことをしなければ、フィルム4が破れることはない。」という知見が記載されているが、この記載は、インク取り出し口の外縁の突出量の範囲が上記に満たないときは(「h<d/10」)、通常の取扱いにおいてもフィルム4が破損するおそれがあることを示唆するものといえる。また、本件原出願の当初明細書には、そもそもインク取り出し口の外縁をフィルムより突出させないインクタンクの構成は、一切記載されていない上に、インク取り出し口の外縁をフィルムより突出させる構成以外の手段で、フィルム保護の問題を解決すること(例えばフィルムの厚みや強度の調整など)についても一切記載がなく、それを示唆する記載すら見当たらない。
 したがって、この点からも、本件原出願の当初明細書等(本件原明細書等)には、控訴人主張の「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止するフィルム」の構成が記載されていないことは明らかである。
 また、上記のとおり、唯一の実施例である厚さ50μmのフィルムについて、インク取り出し口の外縁を一定量突出させなければ、通常の取扱いにおいてもフィルムが破損するおそれがあることが記載されている以上、使用者が用心、心づかい、注意、あるいは、配慮をした取扱いをしてもなお、フィルムの保護構造が必要であるというほかなく、インク取り出し口の外縁を突出させずに「インク取り出し口に接着されたフィルム」(本件分割出願に係る本件発明1の構成要件1D)とすることが、本件原出願の当初明細書等から自明であるとは到底認められない。
イ 本件原出願における本件発明の記載
(ア) 本件原出願の当初明細書(乙6)には、「環状のシール材」という部材はどこにも記載されていないのみならず、実施例(段落【0011】以下)で「パッキン6」の説明がされているものの、その「パッキン6」と「インク供給針9」の接触の状態を「弾接」と説明している箇所はどこにもなく、「密着し、」(段落【0012】)と説明されているにすぎない。
 したがって、本件原出願の当初明細書には、控訴人主張の「インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材」の構成は記載されていない。
 以上のとおり、本件原出願の当初明細書には、「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止する(先端が鋭くないインク供給針でも貫通できる)フィルム」の構成及び「インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材」の構成のいずれについても記載がなく、両構成を組み合わせた「シール構造の発明」なるものが記載されているとはいえないし、仮に「シール構造の発明」の記載があることを前提としても、本件原出願の当初明細書には、そもそもインク取り出し口の外縁を突出させないインクタンクの構成は、全く記載されていないこと、先端が鋭くないインク供給針でも貫通することができるフィルムの厚みに関する唯一の実施例である厚さ50μmのフィルムについて、インク取り出し口の外縁を一定量突出させなければ通常の取扱いにおいてもフィルムが破損するおそれのあることが記載されていることに照らすならば、「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成が必須でないとする控訴人の主張は失当である。
(イ) 控訴人は、甲35ないし37等を挙げて、一般にアルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造で総厚みが50μm程度の3層構造のフィルムが、インクタンクの供給口に貼られた場合、容易に破断されるものではないことは当業者にとって自明であり、「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成とインク取り出し口の封止部材をフィルムにする構成を一体としてとらえるべきではないと主張する。
 しかし、甲35及び甲36の各報告書の内容は、本件原出願の出願日(平成4年2月19日)より後の知見に関するものであり、これを本件原出願の出願当時の技術常識として参酌することはできない。また、同様に、平成19年の現時点で販売されている控訴人の製品(甲37、検甲5号証の10の2のイ)や、被告製品(検甲5の10の2のロ)のフィルムの仕様を考慮すべきでないことも当然である。
 また、前記ア(イ)のとおり、本件原出願の当初明細書(乙6)には、先端が鋭くないインク供給針でも貫通することができるフィルムとしては厚さ50μmのフィルムのみを唯一の実施例として記載し、インク取り出し口の外縁を突出させずに「インク取り出し口に接着されたフィルム」の構成を採用するならば、通常の取扱いにおいてもフィルム破損の問題が生じると解するほかなく、インク取り出し口の外縁をフィルムより突出させること以外に、フィルム保護の問題を解決するための諸条件(フィルムの厚み、強度など)については何ら開示していない。
ウ 以上のとおり、「インク取り出し口外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成とインク取り出し口の封止部材をフィルムにする構成を一体としてとらえるべきではないとの控訴人の主張は、失当である。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、本件分割出願は、分割要件を欠く不適法なものであり、その出願日は本件原出願の時まで遡及せず、現実の出願日(平成12年12月21日)であり、本件発明は、本件分割出願の出願前に頒布された刊行物(乙9)に記載された発明と同一であるから、新規性を欠き、本件特許には特許法29条1項3号に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので、同法104条の3第1項の規定により、控訴人は、被控訴人に対し、本件特許権を行使することができないと判断する。
 その理由は、原判決の「事実及び理由」欄の第3の1ないし3(原判決68頁末行から85頁10行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決69頁9行目の「(特許法44条)」を「(特許法旧44条)」と、同78頁10行目から11行目にかけての「平成6年法律第1 1 6 号改正前特許法4 4 条1項」を「特許法旧4 4条1 項」と改める。)。
 さらに、当審における控訴人の主張(本件分割出願の適法性・争点(2)ア関係)に対して、以下のとおりの理由を付加する。
1 本件分割出願の適法性について
 特許法旧44条1項は、「特許出願人は、願書に添附した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」、同条2項本文は、「前項の場合は、新たな特許出願は、もとの特許出願の時にしたものとみなす。」と規定している。分割出願が、同条2項本文の適用を受けるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(原出願の当初明細書等)に記載されていること、又はこれらの記載から自明であることが必要である。
 本件についてみると、本件分割出願に係る本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は、「インクを収容する容器と、インク供給針が挿通可能で、かつ前記容器の底面に筒状に形成されて前記インクが流入するインク取り出し口と、前記インク取り出し口に設けられ、前記インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材と、前記シール材の前記インク供給針の挿通側を封止し、かつ前記インク取り出し口に接着されたフィルムと、からなるインクジェット記録装置用インクタンク。」と記載され、また本件分割出願に係る本件発明2の特許請求の範囲(請求項2)は、「キャリッジに設けられた記録ヘッドに連通するように、先端が円錐面として形成された筒胴部を備え、メニスカスによりインクを保持することができる直径のインク供給孔が穿設されたインク供給針を備えたインクジェット式記録装置に着脱されるインクタンクにおいて、インクを収容する容器と、インク供給針が挿通可能で、かつ前記容器の底面に筒状に形成されて前記インクが流入するインク取り出し口と、前記インク取り出し口に設けられ、前記インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材と、前記シール材の前記インク供給針の挿通側を封止し、かつ前記インク取り出し口に接着されたフィルムと、からなるインクジェット記録装置用インクタンク。」と記載されている。本件発明1、2の特許請求の範囲には「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成要件の記載はない。
 そして、本件分割出願のもとの出願である本件原出願の当初明細書等(本件原明細書等。乙6)には、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクジェット記録装置用インクタンクに関する発明が記載されているが、フィルムを保護するための「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成が不可欠なものとして記載されていることが認められる。しかし、本件原出願の当初明細書等には、この構成要件を欠く本件発明1、2については、全く記載はなく、当初明細書等の記載から自明であると認めることもできないから、本件分割出願は、本件原出願との関係において、特許法旧44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願」から分割した「新たな出願」に該当しない不適法なものであり、本件分割出願の出願日は、本件原出願の時まで遡及することはなく、現実の出願日である平成12年12月21日となる。
 以下、このように判断した理由について、「控訴人の主張に対する判断」として、項を改めて述べる。
2 控訴人の主張に対する判断
(1) 控訴人は、概要、以下の理由により、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は、本件原出願の当初明細書記載の発明の作用効果に影響を与える必須の構成とはいえないから、本件原出願の当初明細書等には、上記構成を有していない本件発明を含んでいると主張する。すなわち、
ア 本件発明の目的は、従来技術では、「インクタンク交換時に記録ヘッドに流れる気泡の量が多く、印字不良を発生させる要因となっていた」(@の課題)、「インク供給針は先端が鋭く加工されており危険であったため、その安全性を確保する必要があった」(Aの課題)、という技術的課題を解決することにあること
イ 本件原出願の当初明細書には、Aの課題に対する解決手段として、「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止する(先端が鋭くないインク供給針でも貫通できる)フィルム」という構成と、「インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材」を組み合わせた構成を採用したことにより、「フィルム4の総厚みは50μm程度で十分に薄いため、樹脂成形で安全性の高いインク供給針9であっても容易に貫通できる。」(@の作用効果)及び「インク取り出し口3とフィルム4の間で保持されたパッキン6の内周とインク供給針9の外周が密着し、インクタンク1とインク供給針9の接続部のシールが確保される。」(Aの作用効果)をそれぞれ奏することが記載されていること
ウ 確かに、本件原出願の当初明細書に、使用者の過誤によるフィルムの破損の危険性を除去するため、フィルムの保護を図る構成(「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」構成)が開示されているが、これは発明の本来の課題を解決するためのものではなく、付加的な構成にすぎず、Aの作用効果に何ら影響を及ぼすものではないので、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は不可欠のものではなく、インク取り出し口の封止部材をフィルムにする構成と一体としてとらえるべきものではないこと
エ 本件原出願の当初明細書記載のインクタンクにあっては、使用者が、用心、心づかい、注意、あるいは、配慮をした取扱いをすれば、フィルムが破られるものでなく、このような取扱いをすれば、その対策であるフィルムの保護構造を不要としてもよいことは、本件原出願の当初明細書から自明な事項であり、また、一般に、アルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造で総厚みが50μm程度の3層構造のフィルムが、インクタンクの供給口に貼られた場合、容易に破断されるものではないことは当業者にとって自明であること
オ 上記アないしエによれば、本件発明は、本件原出願の当初明細書記載の「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須のものとはせずに、上位概念化したものであるが、本件原出願の当初明細書記載の目的、作用効果の点で変更はないから、本件原出願の当初明細書等において、当業者において、本件発明のすべての事項が、正確に理解され、容易に実施することができる程度に記載されていると主張する。
(2) しかし、控訴人の上記主張は、以下のとおり理由がない。
ア(ア) 本件原出願の当初明細書(乙6)には、概要、以下の点が記載されている。
 すなわち、@インクジェット記録装置に用いるインクタンクからインクを抽出(供給)する従来の技術では、インクタンクのインク取り出し口をゴム栓で封止した上で、ゴム栓を貫通できるような金属製のインク供給針を当該ゴム栓に挿入しインクを抽出していたが、ゴム栓を貫通させるためインク供給針の先端が鋭い針となるように加工され危険であるという課題があったので、この課題を解決する手段として、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクに関する発明が記載されていること、A「本発明」の実施例として記載されたアルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造のフィルム4に関して、「フィルム4の総厚みは50μm程度で十分に薄いため、樹脂成形で安全性の高いインク供給針9であっても容易に貫通できる。
 しかし一方では、使用者のハンドリングによりフィルム4を不用意に破る危険性がある。そこでインク取り出し口外縁3aをフィルム4より外側に突出させ外輪形状にすることで、図4に示すように使用者の指16等が直接フィルム4に強く触れることがなく、インクタンク1を交換する時に不用意にフィルム4を破るのを防止している。」(段落【0014】)、「インク取り出し口外縁3aの突出量について、・・・インク取り出し口外縁3aの最大内径(d)に対し、インク取り出し口外縁3aの突出量(h)を、h≧d/10 とするのが好ましいことが判明した。この時、使用者が通常の取り扱いをする限り、例えば故意に指の爪先をフィルム4に立てるようなことをしなければ、フィルム4が破れることはない。」(段落【0015】)、「インク取り出し口3に配したフィルム4に薄膜を用いた場合、フィルム4をより確実に保護する必要がある。・・・インク取り出し口外縁3aをフィルム4より外側に突出させることにより、単純な構造で目的を達成できる。さらに図6に示すように、インク取り出し口外縁3aの端に強度の強い第2のフィルム20を貼ることで、より確実にフィルム4を保護してもよい。」(段落【0017】)との記載があること、そして、B発明の効果として、「インクタンクのインク取り出し口外縁をフィルムより突出させることにより、簡単な構造で安価にフィルムを保護し、使用者が不用意にフィルムを破るのを防止できる。」(段落【0018】)との記載があることが認められる。
(イ) 以上によれば、本件原出願の当初明細書(乙6)には、インク供給針の先端は、インク取り出し口を封止したゴム栓を貫通できるよう鋭く加工されており危険であったという課題を解決するため、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクとしたが、これに伴い、インク取り出し口を封止するフィルムの厚さは薄いものとなった結果、使用者がインクタンクを交換する時に不用意にフィルムを破る危険という課題が生じること、その課題解決手段として、インク取り出し口外縁がフィルムより突出させる構成を採ったこと、その突出量が一定量(インク取り出し口外縁の最大内径の10分の1以上)である場合には、使用者が通常の取扱いをする限りフィルムが破れることはないが、その突出量が一定量に満たない場合には、使用者が通常の取扱いをしても、フィルムが破れるおそれがあることを開示していることが認められる。
イ また、本件原出願の当初明細書記載の実施例の説明図(図1ないし6。乙6)では、インク取り出し口の外縁はフィルム4より外側に突出させた状態が示されており、インク取り出し口の外縁をフィルム4より突出させないインクタンクの構成は示されていないこと、本件原出願の当初明細書には、インク取り出し口の外縁をフィルム4より突出させる構成を用いることなく、フィルム4を保護する手段(例えば、フィルム4の厚みや強度の調整等)を開示ないし示唆する記載はない。
 なお、控訴人は、一般にアルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造で総厚みが50μm程度の3層構造のフィルムが、インクタンクの供給口に貼られた場合、容易に破断されることはないとして、甲35(平成19年2月27日付け報告書)及び甲36(平成19年2月26日付け報告書)を提出するが、これらの記載内容は、本件原出願の出願日(平成4年2月19日)より後である平成5年(1993年)ころ以降にされたインク供給口のフィルムの研究開発、又はそのころ以降に発売されたインクカートリッジ製品に基づく知見であり、これを本件原出願の出願当時の技術常識として参酌することはできない。
ウ 以上を総合すれば、本件原出願の当初明細書等(乙6)によれば、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクにおいて、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は、一連の課題解決のために必要不可欠な特徴的な構成であることを示している。すなわち、本件原出願の当初明細書等は、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクにおいて、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を具備しない技術には課題が残されていることを明確に示して、これを除外していると解される。したがって、本件原出願の当初明細書等のいかなる部分を参酌しても、上記の構成を必須の構成要件とはしない技術思想(上位概念たる技術思想)は、一切開示されていないと解するのが相当である。
 以上のとおりであって、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須の構成としない本件発明が、本件原出願の当初明細書等に記載されているとの控訴人の主張は、採用することができない。
3 小括
 したがって、本件分割出願は、分割要件を欠く不適法なものであるから、その出願日は本件原出願の時まで遡及せず、現実の出願日である平成12年12月21日となる。
第4 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないことに帰するから、これと同旨の原判決は相当である。
 よって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 大鷹一郎
 裁判官 嶋末和秀
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