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【事件名】出会い系サイトのプログラム不正競争事件
【年月日】平成19年5月10日
 大阪地裁 平成18年(ワ)第5172号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年4月6日)

判決
原告 イープランニング株式会社
原告 マテリアル有限会社
原告ら訴訟代理人弁護士 村田秀人
川添圭
被告 Y


主文
1 被告は、原告イープランニング株式会社に対し、917万9104円及びこれに対する平成19年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告イープランニング株式会社のその余の請求及び原告マテリアル有限会社の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告イープランニング株式会社と被告との間においては、同原告に生じた費用の20分の19を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告マテリアル有限会社と被告との間においては、全部同原告の負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告イープランニング株式会社(以下「原告イープランニング」という。)に対し937万9104円、原告マテリアル有限会社(以下「原告マテリアル」という。)に対し372万8744円及びこれらの各金員に対する平成19年3月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 請求の原因
1 不正競争行為
(1) 当事者
 原告らは、いずれも携帯電話向けのウェブサイト(いわゆる出会い系サイトを指す。以下、これらの出会い系サイト一般を、単に「出会い系サイト」という。)の運営等を目的とする会社である。
 原告イープランニングは、出会い系サイトの運営に必要なソフトウェアを自社開発し(以下、同原告が自社開発したソフトウェアのプログラムを「本件プログラム」という。)、これをインターネットサーバー上に構築して出会い系サイトを経営するとともに、本件プログラムにつき、同種サイトの運営を目的とする業者を対象としてライセンス供給を行っていた。原告マテリアルは、原告イープランニングの関連会社であり、代表者は原告イープランニングと同一である。
 被告は、平成14年12月15日、アルバイト従業員として原告イープランニングに入社し、平成15年5月1日以降は正社員として雇用されていたが、同年7月3日に退職した。
(2) 本件プログラム及び本件顧客情報について
 本件プログラムは、原告イープランニングが設置していたインターネットサーバコンピュータ(インターネットアドレス「www.(省略)」)内に保存されていた別紙1の一覧表記載の各プログラム群であり、それぞれ、同一覧表の「ディレクトリ名」欄記載のディレクトリに保存された「ファイル名」欄記載の各プログラムの集合体である。その各ファイルが有していた機能は、同一覧表の「機能」欄記載のとおりである。本件プログラムは、出会い系サイトの構築と運用を実現するためのプログラム群であり、上記インターネットサーバコンピュータ内に格納されており、インターネットを通じて、携帯電話等のインターネット接続可能な端末からアクセスし、動作するものである。
 また、上記インターネットサーバコンピュータ内で動作するデータベースソフトウェアにおいて管理されているデータベースのうち、別紙2の「テーブル名」欄記載のデータベースにおいて、原告ら及び原告らの関連会社であるエリオット有限会社がそれぞれ開設・運営していた出会い系サイトを利用した顧客の情報を記録したデータが格納されていた。同データベースには、別紙2の「内容」欄記載の顧客情報が記録されていた。原告らは、これらの顧客情報のうち、別紙2の「フィールド名」が「mail」「price」「point」「point_b」欄記載の顧客情報である、会員登録された顧客のメールアドレス、入金額、所有ポイント、入力前ポイントを、後記のとおり営業秘密である顧客情報(以下「本件顧客情報」という。)と主張するものである。
(3) 本件プログラムが営業秘密であることについて
 前記インターネットサーバにログインし、本件プログラムにアクセスして編集する権限を有していたのは、本件プログラムの開発者である原告イープランニングの従業員であったP1と、原告ら代表者のみであった。それ以外の従業員らは、本件プログラムが保存されているインターネットサーバに対しては、Webブラウザを通して本件プログラムの実行結果をダウンロードする限度でしかアクセスすることができなかった(別紙3「顧客情報及び本件プログラムに対する権限一覧」記載のとおり)。
 そして、上記インターネットサーバ内の本件プログラムが保存されている領域へアクセスするために必要なID及びパスワードを保有していたのは、P1及び原告ら代表者のみであって、これら2名以外の従業員(正社員及びアルバイト従業員)に与えていたユーザIDとパスワードではアクセスを拒否するよう設定されていた。したがって、本件プログラムは、秘密として管理されていた。
 本件プログラムは、携帯電話向けの出会い系サイトを構築することを前提として設計されており、これを用いれば膨大な時間と費用をかけることなく必要な設定を行うだけで出会い系サイトを構築できるものであって、有用性のある非公知の情報である。
 したがって、本件プログラムは、営業秘密に該当する。
(4) 本件顧客情報が営業秘密であることについて
 前記インターネットサーバコンピュータ内で動作するデータベースソフトウェアにおいて管理されているデータベースに記録されている顧客情報に対する権限は、別紙3記載のとおりである。
 本件顧客情報は、社内に設置されたパソコンから所定のアドレスにアクセスすると、ID及びパスワードの入力を促す画面が表示され、各従業員に与えられたID及びパスワードを入力することにより、アクセス制御が行われており、本件顧客情報を閲覧する権限を有するのは、正社員及び入金・問合せ担当のアルバイト従業員であり、これらの者は本件顧客情報を閲覧することができた。
 したがって、被告及びP2は、本件顧客情報をすべて閲覧できたのであるが、被告及びP2は、原告イープランニングを退職する際に、同原告との間で秘密保持に関する合意(いわゆる秘密保持契約)をしており、同原告が保有する営業秘密を第三者へ開示したり、第三者の業務に使用しない義務を負っていたのであって、秘密として管理されていた営業上の情報である。
 そして、本件顧客情報は、出会い系サイトの利用者の会員情報であって、競合他社にとって出会い系サイトの「乗り換え」を勧誘すれば、これに応じる確率の高い顧客に関する情報であるから、有用性の要件も満たす。また、非公知の情報である。
 したがって、本件顧客情報は、営業秘密に該当する。
(5) 被告、P2、P3、P4、P5ら(被告及び上記4名の者を併せて「被告ら」という。)による本件プログラム及び本件顧客情報の不正取得等について
 被告らは、共謀して、本件プログラムと本件顧客情報を無断取得し、遅くとも平成15年8月ころから同年10月ころにかけて、下記の出会い系サイト(以下「各被告サイト」という。)を開設して、本件プログラム及び本件顧客情報を使用し、平成16年3月ころまでにそれらの出会い系サイトを閉鎖した。
@「ChocoMint」(http://(省略))
A「恋げっと」(http://(省略))
B「mocoPA」(http://(省略))
C「恋の予感…」(http://(省略))
 なお、P4は、「ソルモンド」の屋号で各被告サイトを運営していた実質的経営者であり、P5は、各被告サイトの実質的経営者であるP4の指示に基づき、各被告サイトの開設及び管理を行っていた者である。
 被告及びP2は、上記(4)のとおり、原告イープランニングとの間で秘密保持契約を締結していたにもかかわらず、営業秘密である本件プログラム及び本件顧客情報を無断で持ち出して、P4、P5及びP3に、これらの営業秘密を開示したのであるから、被告の上記行為は不正競争防止法2条1項4号所定の不正競争行為に該当する。そして、P4、P5及びP3は、被告及びP2が原告イープランニングの従業員であり、原告イープランニングが保有する本件プログラムを無断で持ち込んだことを知りながら、原告イープランニングの許諾を得ずに、本件プログラムを各被告サイトの運営に使用したのであって、被告の上記行為は不正競争防止法2条1項5号所定の不正競争行為に該当する。
 また、被告らは、共謀の上、本件プログラム及び本件顧客情報を使用して、各被告サイトを原告らに無断で開設し、運営に関与したのであるから、被告らの上記行為は共同不法行為(民法719条1項前段)にも該当する。
2 損害
(1) 原告マテリアルは、平成15年8月から9月にかけて、本件プログラムの開発者であるP1を本件の調査及び各被告サイトと原告らのサイトとの比較調査等に従事させた。
 原告マテリアルが上記2か月間にP1に対して支給した給与は、合計333万3333円であり、これは本件の調査費用として損害となる。
 また、P1による上記調査後、原告マテリアルは、被告らから今後かような侵害行為を受けないためのソフトウェアを購入した。同ソフトウェアにはプログラムを暗号化して第三者に読まれないようにする機能と、特定のマシンでのみ実行可能にする機能がある。この購入費用は7万5411円である。
 これらの損害の合計額は、340万8744円である。
(2) 原告イープランニングは、平成17年7月の時点で本件プログラムを4社に対してライセンス供給していた。本件プログラムのライセンス契約においては、供給先の事業者は、原告イープランニングに対して、初期導入のためのライセンスとして1サイト当たり150万円、開設後は本件プログラムの使用により得た売上げの20%相当額を毎月支払うこととされていた。
 各被告サイトは、4つのインターネットアドレスを用いて運営されていたから、被告らは、本件プログラムを4サイト分無断で使用したことになり、初期導入ライセンス料相当損害金は600万円となる。
 また、被告らは、本件プログラム及び本件顧客情報を不正に取得、使用したことにより、少なくとも1174万5521円の売上げを上げていた。
 すなわち、仮に原告イープランニングと被告らがライセンス契約を締結していれば、上記売上げの20%相当額である234万9104円を同原告に対しライセンス料として支払わなければならないことになる。
 よって、原告イープランニングに生じた上記損害合計額は、834万9104円である。
(3) また、弁護士費用相当損害金は、原告イープランニングは103万、原告マテリアルは32万円である。
3 よって、原告らは、被告に対し、不正競争防止法4条、民法719条1項前段、709条の不法行為に基づく損害賠償として、原告イープランニングに対し937万9104円、原告マテリアルに対し372万8744円及びこれらに対する不法行為の後の日である平成19年3月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第3 当裁判所の判断
1 被告は、適式の呼び出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出せず、請求原因事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
2(1) 上記事実によれば、本件プログラム及び本件顧客情報が営業秘密であること、被告がP2と共に本件プログラム及び本件顧客情報を原告イープランニングから不正に取得し、かつ、不正取得した営業秘密をP4、P5及びP3に対して開示したことが認められ、このような被告及びP2の行為は、不正競争防止法2条1項4号所定の不正競争行為に該当する。さらに、P4、P5及びP3は、被告及びP2による本件プログラム及び本件顧客情報の不正取得行為が介在することを知って、営業秘密である本件プログラム及び本件顧客情報を取得して、各被告サイトの運営に使用したことが認められ、これらの行為は、不正競争防止法2条1項5号所定の不正競争行為に該当する。そして、被告らは、本件プログラムを各被告サイトの運営のために使用することを共謀し、一体となって営業秘密である本件プログラムの不正取得行為及び不正使用行為を行ったのであるから、被告らの不正競争行為は、共同不法行為(民法719条1項前段)に該当するものである。
(2) そして、原告イープランニ ングは、被告らが無断で本件プログラムを用いて4つの出会い系サイトを運営し、少なくとも1174万5521円の売上げを上げたことによって、得べかりし利益として初期導入ライセンス料相当損害金600万円及びランニングロイヤリティ相当損害金として1174万5521円の20%である234万9104円、合計834万9104円の損害を被ったと認めることができる。
(3) 他方、原告マテリアルがP1に対して支給したという給与333万3333円は、被告らによる本件プログラムの不正取得行為等がなくても、P1との間の雇用契約に基づいて支払うべきであることは、同原告の主張自体から明らかである。当裁判所は、同原告に対して、第1回口頭弁論期日前に「原告マテリアルに生じた損害について、P1氏に支払った給与全額を調査費用としているが、それらには本件被告らの行為がなくても支出した費用も含まれていると思われるので、通常支払うべき費用以外に別途かかった費用を損害として主張することを検討されたい(例:P1氏が通常行っている業務ができなくなった結果、発生した外部委託費用等)。」との求釈明を行ったが、同原告はこれに対して回答をしていない(当裁判所に顕著な事実)。また、原告マテリアルは、P1が被告らによる本件プログラムの不正取得行為の調査に従事したことによって、同原告がP1との雇用契約に基づいて支払うべき給与以外に、同原告の通常の業務のために支出を余儀なくされた費用があったとの主張をしない。
 さらに、原告マテリアルが被告らからの侵害行為を予防するために購入したソフトウェアの購入費用を支出したと主張するところ、同費用相当額は、被告の本件プログラムの不正取得行為等と相当因果関係があるとは認められないというべきである。すなわち、被告らの上記行為は、同ソフトウェア購入の契機となったということはできるとしても、被告らは既に本件プログラムを取得しているのであるから、さらに本件プログラムにアクセスする必要性に乏しい上、具体的に被告らが再度本件プログラムを不正取得しようとしていたことを窺わせるに足りる事情の主張がない。これらによれば、むしろ原告マテリアルは、今後の被告ら以外の第三者による本件プログラムの不正取得行為等を予防するために購入したものであると認めるのが相当である。そして、金銭賠償による原状回復を旨とする損害賠償制度においては、被告らによる本件プログラムの不正取得行為等が存在しなかった状態への金銭による原状回復がなされれば足りるのであるから、原告マテリアルが主張する上記ソフトウェア購入費用は、かかる原状回復の限度を超える損害を主張するものというべきである。よって、原告マテリアルが主張するソフトウェアの購入費用は、上記被告らによる本件プログラムの不正取得行為等と相当因果関係のある損害であると認めることはできない。
(4) そして、上記不正競争行為と相当因果関係を有する弁護士費用は、本件事案の性質、内容、請求認容額等を考慮すると、83万円の限度で認めるのが相当である。3 よって、原告イープランニングの本訴請求は、不正競争防止法4条に基づき、917万9104円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年3月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の同原告の請求及び原告マテリアルの本訴請求はいずれも理由がないから棄却する。
 なお、原告らは、口頭弁論終結後の平成19年4月27日に、本件プログラムのライセンス料相当損害金が本件プログラムを使用したことによって得た売上げの20%であることを立証するため、供給先とのライセンス契約の契約書を書証として提出するべく弁論再開を申し立てた。しかし、上記2(2)のとおり、原告イープランニングに生じたランニングロイヤリティ相当損害金が被告らの上げた売上げの20%であることについては擬制自白が成立しており、上記契約書によって認容額が左右されるものではないから、口頭弁論を再開する必要はない。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 田中俊次
 裁判官 西理香
 裁判官 西森みゆき
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