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【事件名】商標“がんばれ!受験生”侵害事件(2)
【年月日】平成19年4月26日
 知財高裁 平成18年(行ケ)第10506号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年3月8日)

判決
原告 株式会社インタシグナム
訴訟代理人弁護士 森田政明
訴訟代理人弁理士 森正澄
被告 東洋水産株式会社
訴訟代理人弁護士 久保利英明
同 上山浩
訴訟代理人弁理士 小出俊實
同 幡茂良


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が無効2005−89162号事件について平成18年10月4日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は、被告が商標権者である後記商標登録について、原告が無効審判を請求したところ、特許庁が請求不成立の審決をしたことから、原告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 被告は、次のとおりの内容を有する登録第4441897号商標(以下「本件商標」という。甲3)の商標権者である。
(商標)
 がんばれ!受験生
(指定商品)
 第30類
 「コーヒー及びココア、コーヒー豆、茶、調味料、香辛料、食品香料(精油のものを除く。)、米、脱穀済みのえん麦、脱穀済みの大麦、食用粉類、食用グルテン、穀物の加工品、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、菓子及びパン、即席菓子のもと、アイスクリームのもと、シャーベットのもと、アーモンドペースト、イーストパウダー、こうじ、酵母、ベーキングパウダー、氷、アイスクリーム用凝固剤、家庭用食肉軟化剤、酒かす、ホイップクリーム用安定剤」
(出願日)平成12年1月24日(商願2000−4110号)
(登録日)平成12年12月22日(登録第4441897号)
イ 原告は、平成16年12月16日に商標「がんばれ受験生」につき出願した(商願2004−114761号)が、特許庁において本件商標を拒絶引例の一つとされたので、本件商標登録の無効審判請求につき利害関係を取得した。
ウ 本件商標につき、原告から平成17年12月16日付けで商標登録の無効審判請求がなされ、同請求は特許庁において無効2005−89162号事件として審理されることとなったが、特許庁は、平成18年10月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は平成18年10月16日原告に送達された。
(2) 審決の内容
 審決の内容は、別添審決写しのとおりである。
 その理由の要点は、本件商標は、下記のとおりの内容を有する登録第4453796号商標(甲2。以下「日清食品商標」という。)の出願日と同日に商標登録出願がされ、商標も類似し指定商品も抵触しているのに、商標法(以下「法」という。)8条2項に規定する協議や、同5項に規定するくじの実施がなされずに登録に至ったものであるが、法46条1項により商標登録を無効とすべきものとはいえない、としたものである。
 記
(商標)
 ガンバレ!受験生
(指定商品)
 第30類
 「調味料、香辛料、米、脱穀済みの大麦、食用粉類、穀物の加工品、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、菓子及びパン、即席菓子のもと」
(出願日)平成12年1月24日(商願2000−12769号)
(登録日)平成13年2月16日(登録第4453796号)
(3) 審決の取消事由
 しかしながら、以下に述べるとおり、審決は、法8条2項、同5項の解釈を誤ったから、違法として取り消されるべきである。
ア 審決は、「…8条2項、同5項の規定に違反したとしてその登録が無効とされるべきものとは、出願人の協議により定めたにも拘わらず定めた一の出願人以外のものが登録になった場合、くじの実施により定めた一の出願人でない出願人について登録がなされたような場合(本来、拒絶査定をされるべきものである)を。いうものと解するのが相当であり、前記協議及びくじの実施がなされておらず、既にその機会のない本件のような場合には、これには該当しないといわざるを得ないというべきである。」(9頁20行〜26行)とする。
 しかし、このような場合が惹起されることは殆どないといっても過言ではなく、むしろ、本件のように、二人の審査官においてそれぞれ類否判断の過誤がなされ重複登録されている事実が現実に生起していることに鑑みれば、本件のような事例にこそ、法8条2項、同5項が適用されてしかるべきものである。
 そして、法8条2項、同5項違反としてその登録が無効とされるべきものは、「一の商標登録出願人のみがその商標について商標登録を受けることができる。」(法8条2項)に違背する場合(重複登録)をいうものであり、協議やくじは、「一の商標登録出願人」を定めるための手続的手段にほかならないから、協議及びくじの実施がなされず既にその機会がなかったとしても、商標登録制度上あってはならない重複登録がなされている以上、その登録は無効とされるべきである。
 審決のように法8条2項、同5項違反を限定的に解釈すべき法的根拠は何ら存在しないし、後記のとおり立法の精神や趣旨に照らしてみても、自然な解釈とは言えない。
イ 商標の重複登録は、商品出所の同一性を毀損し、商品出所の混同を生じて取引秩序を混乱させ、一般需要者や取引者に与える影響が大きく、法が目的とする需要者の利益保護に明らかに逸脱するものであり、ひいては商標登録制度に対する信頼を失わせるような事態を惹起させるものであることが明白であるから、許されるべきではない。
ウ 商標制度は、明治17年商標条例以来、一貫して二以上の者の抵触する商標の登録を忌避している。
(ア) 二以上の者の商標登録出願が抵触するときは、最先出願者登録主義いわゆる先願主義を採用していたが、二以上の者の商標登録出願が同日になされたときは、「共ニ之ヲ却下ス可シ」(明治17年商標条例第3条)、「願書ノ日附ノ先ナルモノヲ登録シ其日附同キモノハ共ニ之ヲ登録セサルモノトス」(明治21年改正条例第8条本文)、「出願ノ先ナルモノヲ登録シ同時ニ出願シタルモノハ共ニ之ヲ登録セス」(明治32年改正条例第8条)とし、明治42年法第3条1項において初めて関係出願人による協議が導入(関係者ノ協議ニ依リ)されると共に協議が調わないときは「共ニ之ヲ登録セス」とし、これが大正10年法第4条第1項(但シ同日ノ各別ノ出願者アルトキハ出願者ノ協議ニ依リ登録シ協議調ハサルトキハ共ニ登録セス)に踏襲された。
(イ) 大正10年法の改正法たる昭和34年法において、協議が成立しない場合に、くじにより一の商標登録出願人のみが商標登録を受けることができるとされた。昭和34年法の国会審議(第031回国会商工委員会昭和34年3月11日)では、くじにした立法理由を、「同日出願人の地理的な遠近の相違により拒絶査定の送達が異なって行われ、早く受け取った方がすぐまたオウム返しに特許庁に出願した場合登録になるといった、出願人双方における、所在地の遠近によって不公平な結果が生じることを回避するためのもの」とする。
(ウ) このような法8条の沿革立法理由から明らかなように、二以上の者の商標登録出願が抵触する同日出願は、明治17年商標条例の「共ニ之ヲ却下ス可シ」より今日迄、一貫して、重複登録されることは認められていない。そして、くじにより決する場合は、出願人相互の間において公平を図ることを企図しているのであるが、その大前提として、「一の商標登録出願人のみが商標登録を受けることができる」ことを目的としていることは明白である。したがって、重複登録は、協議及びくじの実施がなされず既にその機会がなかったものも、無効とされるべきである。
エ 登録異議申立てと第8条の重複登録
(ア) 平成8年法律第68号により新たに導入された登録後の異議申立制度においては、法43条の2に規定されているように、何人も、法8条1項、2項及び5項違反に該当する場合に不服申立をすることができる。
(イ) ところで、工業所有権法逐条解説において、「登録後の異議申立制度は、商標登録に対する信頼を高めるという公益的な目的を達成するため…」、「また後発的事由を除いたのは、本制度が登録処分の適否についての見直しを図り商標登録に対する信頼性を高めるという制度であるので…」、「異議申立の理由を公衆の利益に関するものに限ったのは、…」とされていることからも明らかなように、登録異議申立制度は、公益的な目的を達成し商標登録に対する信頼性を高めるという制度目的を有している。
(ウ) このような登録異議申立制度の目的からすれば、法8条2項、同5項に該当する場合とは、「一の商標登録出願人のみが商標登録を受けることができる」に違背した場合、即ち重複登録の場合にほかならない。
(エ) また、異議申立人は商標公報からのみ重複登録があったことを知るが、この商標公報からは、協議やくじがなされたか否かは知り得ない。したがって、この点からも、法8条2項、同5項違反に該当する場合とは、重複登録の場合をいうものであることが明らかである。
(オ) しかるに、商標登録の無効審判制度においては、法43条の2に規定される異議申立の理由に、後発的事由を加えたものを以て、無効の事由を規定する。そして、無効審判制度は登録処分の適否を判断するのみならず、公益的な目的を達成し商標登録に対する信頼性を高めることを目的の一としている。したがって、登録後の異議申立制度を検討してみれば明らかなように、異議申立てでさえ重複登録が異議理由となるのであるから、ましてや無効審判において、法8条2項、5項違反としてその登録が無効とされるべきものには、協議及びくじの実施がなされず既にその機会がなかったものも、当然、含まれるものである。
オ 審決は「…くじによってでも一の出願人を定めるのは、先願としての地位が保たれる特許法等とは異なり商標の出願には後願排除効がないため、協議不調等の場合に、いずれも登録を受けることができないとすると、後願が登録されることになり、先願主義に照らし不合理な結果をもたらすとの趣旨によるものと解される…。」(9頁15行〜19行)、「協議命令やくじが行われなかった瑕疵を理由として(因みに、8条4項違反は無効事由とされていない。)、仮に商標登録を無効とすれば、両出願が先願であったにも拘わらず、先願としての地位になかったとの結果を招来することに帰することとなる。」(9頁27行〜30行)とする。
(ア) しかし、前段の「くじによってでも一の出願人を定める」のは、重複登録を避けるという大原則を実現するためのものであり、あってはならない重複登録を是正することにこそ無効理由該当性の根幹があるにも拘らず、審決は、これを見失った違法が否めない。
(イ) また、後段の「仮に商標登録を無効とすれば、両出願が先願であったにも拘らず、先願としての地位になかったとの結果を招来することに帰することとなる。」に関しては、登録異議申立てにより法8条2項、5項に該当するとして商標登録が取り消された場合を見てみれば明らかなように、理由がない。
 すなわち、重複登録された同日出願に係る商標登録は、協議やくじの有無に拘わらず取り消されるものであり、その商標登録が取り消されると、取消決定の確定によりその商標権は初めからなかったものとみなされる(法43条の3第3項)ので、先願としての地位になかったとの結果を招来することは明白である。それ故、重複登録の後になされた後願は、当該重複登録が無効となるため、先願主義に照らし何ら不合理な結果をもたらすことなく、適法に商標登録を受けることができるものである。
 この点は、商標登録の無効審判の場合においても、登録異議申立ての場合と同様である。即ち、商標登録が無効となれば先願の地位がなくなることは法に規定(法8条3項)されており、また、先願としての地位になかったとの結果を招来することが、本件の如き行政処分の瑕疵により重複商標を併存させることの正当化の根拠になり得ないことは明白である。
(ウ) したがって、本件のように、重複登録の後になされた後願は、先願主義に照らし、やむを得ない事態と言うべきである。くじによる一出願人を定める行政手続は、重複商標併存の禁止を遵守するため、やむを得ず選択された法制度であるところ、行政手続の瑕疵によって重複商標が併存する結果を招来することを容認するか、後願の商標登録を容認するかは、その結果の法的重大性の比較によるところに帰着せざるを得ない。重複商標の併存の結果は、前述の通り、法の全体の精神に違反し、取引社会全体や需要者の商標に対する信頼という公衆利益そのものを阻害するのに対し、後願出願の登録の結果は、同日出願者と後願出願者間の矛盾や不合理の解消で済まされるものであり、且つ、その損失は行政手続の瑕疵に対する損害賠償等で対処すべき問題である。
(エ) 確かに、後願商標登録者は漁夫の利を得ることになり、その点の矛盾は否めない。かかる不合理は、同日出願者に対して、前述の如き損害賠償等を以て対処すべき問題とするなどの方途も選択できるし、同日出願者と後願出願者間の問題については、「勤勉な権利者の適切な商標管理」がなされれば、実際上は問題にはならない。即ち、同日出願者たる商標権利者は、本件の場合もそうであるように、一方で、無効となるまで先願権が効力を発現して後願を排除し、他方で、自身の無効理由を知り得て最先の後願出願人となることができるのであるから、爾後、適切な処置を行えば後願出願者の登場による不利益を回避することができるものである。
カ 審決は、法8条4項違反が無効理由とされていないことを根拠に挙げるが、誤りである。すなわち、法8条4項の特許庁長官の協議命令は、審査官の拒絶理由通知に伴ってなされるものであり、同拒絶理由通知の存在を前提とする。一方で、拒絶理由通知が発せられる場合は、法8条2項の規定が適用されるので、法8条4項を無効理由とする必要性はない。他方で、拒絶理由通知が発せられず且つ長官通知がなされない場合は、法8条4項の問題以前に、まさに原告が主張する本件の無効理由該当性が妥当する。
 すなわち、法8条4項は、そもそも独立した無効理由とする必要性がないものであるから、これを根拠に挙げるのは誤りである。
キ 審決は、「…他方の商標権者と協議をして適宜の処置を講ずることが仮に望ましいとしても、設定登録後の商標権者の作為あるいは不作為が登録(査定)の違法性をいう46条1項の無効事由とならないことは、その規定に照らして明らかというべきである。」(10頁2行〜5行)とする。
 しかし、前述の通り商標の重複登録は、商品出所の同一性を毀損し、商品出所の混同を生じて取引秩序を混乱させ、一般需要者や取引者に与える影響が大きく、法が目的とする需要者の利益保護に明らかに逸脱するものであり、ひいては商標登録制度に対する信頼を失わせるような事態を惹起させるものであることが明白であるから許されるべきではなく、このような重複登録によりもたらされた商標は先後願、同日出願を問うことなく排除されるべきであった。そして、こうした事態は、被告が別途に本件商標と同一の商標を出願している事実からも明らかなように、他人よりも最先に重複登録の事実を知り且つこれに対処して最先の出願人となり得たにも拘らず、長年に亘りこれを行わなかった不作為の点も含めて、仮に行政手続の違背に基づき重複登録併存の結果が招来したため同日出願に係る商標登録が無効とされても、決して酷でも不合理な結果でもない。
ク 審決は「また、本件商標、 は、本来登録を拒絶されるべきものが登録されたというものに直ちには該当しないから、抵触する先願既登録商標の存在により、本来登録されるべきでないもの(商標法4条1項11号該当)が登録されたというケースとは同列に論ずることはできない。…」(10頁6行〜9行)とする。
 しかし、本件商標は、前述したように、本来登録を拒絶されるべきものに直ちに該当するものである。そして、抵触する商標が共に登録を受け得ないことは、それらが先後願であろうが同日出願であろうが法の目的とする公益保護の観点からは同列である。
ケ 被告は、先願主義に反するとして、原告主張を論難するが、失当である。まず、法は、後発的無効理由の場合を除き、商標登録が無効になると、商標権は初めから存在しなかったものとみなし(法46条の2第1項本文)、そして、これと同一又は類似の後願商標がある場合は、一定期間経過すればこれが繰り上がって、商標登録を受け得るものであることを認めている(法4条1項13号参照)。すなわち法は、商標権の消滅により先願権も消滅し、主観的事由の如何を問わず、後願が繰り上がるとされているのであるから、この点に関する後願者が漁夫の利を得るとの被告の批判は、法解釈としては当を得ていない。
 さらに法は、本件のような過誤登録の場合に、無効となった原商標権者に対して、一定要件の下にその商標の使用をする権利、いわゆる「中用権」を認めている(法33条)。しかるに、中用権が認められる周知の商標は、他人の商標登録出願に対して法4条1項10号の規定(周知商標の保護)の適用根拠になり得るものである。このように、法は、過誤登録の場合の救済制度を設けて関係当事者の利益調整を図っているのであるから、法8条2項及び5項に該当して商標登録が無効となり後願が繰り上がっても、何ら不合理ではない。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)、(2)の各事実は認めるが、同(3)は争う。
3 被告の反論
 審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 法8条2項及び同5項の趣旨は、審決が説示するとおりである。すなわち、同日になされた競合する2以上の出願について、出願人らに協議を求め、あるいは協議結果が不調であったり期間内に届け出のない場合に、くじによってでも一の出願人を定めるのは、先願としての地位が保たれる特許等とは異なり商標の出願には後願排除効がないため、協議不調等の場合にいずれも登録を受けることができないとすると、後願が登録されることになり、先願主義に照らし不合理な結果をもたらすことを考慮したものと解される(乙1、2)。
 かかる趣旨に照らせば、法8条2項、同5項の規定に違反したとしてその登録が無効とされるべきものとは、出願人の協議により定めたにもかかわらず定めた一の出願人でない出願人について登録がなされたような場合をいうものと解するのが相当であり、協議及びくじの実施がなされておらず、既にその機会のない本件のような場合は、これには該当しないというべきである。
 協議命令やくじが行われなかった瑕疵を理由として仮に商標登録を無効とすれば、両出願が先願であったにもかかわらず、先願としての地位になかったとの結果を招来し、その結果先願者自身には何らの帰責性もないのに、後願者が漁夫の利を得るという不合理な結果が生じることになり、上記の法8条2項、5項の趣旨に反することになる。
(2) 原告の主張は、法はいかなる場合も商標の重複登録を許容していないことを大前提とするが、当該見解は原告独自のものである。
ア 法は、原則的には重複登録を許容していないが、そうであるからと言って、法が重複登録を一切認めていないわけではなく、いくつかの例外がある。重複登録が許容されている場合として、以下のものがある。
(ア) 平成3年改正法においてサービスマークの登録が可能になったことに伴い、改正法施行後6ヶ月間に使用に基づく特例出願(附則5条)をした場合は、他人同士の相類似する商標についての出願であっても、これらを重複登録することとされている(附則5条3項、4条3項)。
(イ) 平成8年改正法において商標権の分割移転の制限が緩和されたことに伴い、類似商標の分離移転や同一商標の分割移転が認められた(法24条の2)。平成8年改正前においては、分割しようとする指定商品又は指定役務が、その分割しようとする指定商品又は指定役務以外の指定商品または指定役務のいずれかに類似している場合には、出所の混同が生じることなどを理由として分割移転が認められていなかった(旧24条1項但書)。しかし、平成8年改正法においてこの制限が取り除かれ、重複登録が許容されることとなったものである。
(ウ) 平成18年改正法において小売等役務商標制度が導入されたのに伴い、使用に基づく特例の適用が認められる出願が複数ある場合、他人の周知・著名商標と抵触しない等の他の登録要件を満たせば、重複登録が許容されることとされた。
イ また、無効審判の除斥期間が5年間に制限されている(法47条)趣旨も考慮されなければならない。出所の混同(法4条1項15号)に関する無効理由は、原告の論法に従えば、除斥期間の制限に服することなくいつまでも取消可能でなければならないということになるが、法はそのような立場は採っていない。
(3) 原告の無効審判請求は、原告が商標登録出願(商願2004−114761号)をしたところ、被告の本件商標の存在を理由の一つに拒絶理由通知を受けたことを契機としてなされたものである。したがって、本件は侵害をなした第三者が登録商標を無効とするため審判請求する場合と異なり、原告出願の商標の登録を受けるための要件を確保するためになされているという面がある。仮に被告の本件商標が無効とされれば、後願の原告出願の商標が登録される可能性がある。すなわち、被告の本件商標よりも原告出願の商標の保護を優先する結果になる。
 そうすると、法8条2項及び5項の趣旨を検討するに当たっては、単に登録商標のみに着目してその有効性を判断するだけでなく、原告出願の商標と被告の本件商標の要保護性を比較衡量するという視点からの検討も必要であるところ、原告が出願中の商標と被告の本件商標及び日清食品商標とには既に保護価値において大差がある(乙10〜17)。それにもかかわらず、原告は、原告出願の商標の保護価値には言及することなく主張を展開しており、失当である。
第4 当裁判所の判断
1 本件審決までの経緯
 当事者間に争いのない請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(審決の内容)の各事実、証拠(甲1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば、本件審決までの経緯は、以下のとおりであったことが認められる。
(1) 訴外日清食品株式会社(以下「日清食品」という。)は、平成12年1月24日、「ガンバレ!受験生」とする商標につき、指定商品を第30類「調味料、香辛料、米、脱穀済みの大麦、食用粉類、穀物の加工品、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、菓子及びパン、即席菓子のもと」とする商標登録出願をしたところ(商願2000−12769号)、特許庁審査官(A)は、これにつき法8条4項の定める特許庁長官の協議命令及び5項の定めるくじの手続を経ることなく、登録査定をしたため、平成13年2月16日、上記出願どおりの商標登録(日清食品商標・登録第4453796号)がなされた。
(2) 一方、被告(東洋水産株式会社)も、上記(1)と同じ日である平成12年1月24日、「がんばれ!受験生」とする商標につき、指定商品を「コーヒー及びココア、コーヒー豆、茶、調味料、香辛料、食品香料(精油のものを除く。)、米、脱穀済みのえん麦、脱穀済みの大麦、食用粉類、食用グルテン、穀物の加工品、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、菓子及びパン、即席菓子のもと、アイスクリームのもと、シャーベットのもと、アーモンドペースト、イーストパウダー、こうじ、酵母、ベーキングパウダー、氷、アイスクリーム用凝固剤、家庭用食肉軟化剤、酒かす、ホイップクリーム用安定剤」とする商標登録出願をしたところ(商願2000−4110号)、特許庁審査官(B)は、これにつき法8条4項の定める特許庁長官の協議命令及び5項の定めるくじの手続を経ることなく、登録査定をしたため、平成12年12月22日、上記出願どおりの商標登録(本件商標。登録第4441897号)がなされた。
(3) ところで原告(株式会社インタシグナム)は、平成16年3月24日、「キットサクラサクよ!がんばれ受験生!」の文字を下記のとおりの図形の中に有する商標につき、指定商品を「菓子及びパン、アイスクリーム用凝固剤、家庭用食肉軟化剤、ホイップクリーム用安定剤、食品香料(精油のものを除く、茶、コーヒー及。) びココア、氷、調味料、香辛料、アイスクリームのもと、シャーベットのもと、コーヒー豆、穀物の加工品、アーモンドペースト、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、イーストパウダー、こうじ、酵母、ベーキングパウダー、即席菓子のもと、酒かす、米、脱穀済みのえん麦、脱穀済みの大麦、食用粉類、食用グルテン」として商標登録出願をしたところ(商願2004−27694号)特許庁審査官から拒絶査定を受けることなく、平成16年11月12日、登録第4816766号として商標登録(以下「原告商標」という。)がなされた。
 記
(商標イメージあり)
 上記商標は、原告からスイス国法人ソシエテデプロデュイネッスルエスアーの日本法人に使用が許諾され、「KitKat(キットカット)」のチョコレート菓子に使用されている。
 なお、上記原告商標に対しては、平成18年2月17日に至り、東洋水産から類似を理由に商標登録の無効審判請求がなされ、同事件は特許庁に係属中である(無効2006−89018号事件)。
(4) 原告は、上記(3)の原告商標に対し被告又は日清食品から無効審判請求がなされることを予想していたこともあって、その対抗的措置として本件商標及び日清食品商標につき無効審判請求をすべく、その審判請求適格を取得するため、平成16年12月16日、「がんばれ受験生」とする商標につき、商標登録出願(商願2004−114761号)をした(指定商品第30類。詳細は不明)が、平成17年5月24日、本件商標及び日清食品商標に類似する(法4条1項11号該当)として、特許庁審査官から拒絶理由通知を受けた。
 そして原告は、平成17年12月16日に至り、被告(東洋水産株式会社)の本件商標及び日清食品株式会社の日清食品商標につき、本件無効審判請求をしたものである。
(5) なお、被告(東洋水産株式会社)は、本件商標が日清食品商標と同日出願であるのに法8条4項の協議命令及び5項のくじの手続がとられていないことのいわば保全的措置として、平成14年11月22日に本件商標とほぼ同一内容の商標出願をしたが、平成15年9月9日、特許庁から拒絶査定を受けている。
2 本件審決の適否
(1) 本件審決は、別添審決写し記載のとおり、いずれも平成12年1月24日に出願された本件商標と日清食品商標とは、商標も類似し指定商品も抵触しているのであるから、法8条2項・4項・5項に基づき、特許庁長官の協議命令・当事者間の協議・特許庁長官の行うくじの手続を経なければならなかったが、審査官がこれらの手続を経ずに商標登録をさせるに至ったときは、法46条1項により商標登録を無効とすべきものとはいえないとしたものであり、原告はその違法を主張するので、以下検討する。
(2) 商標法は、その8条1項において「同一又は類似の商品又は役務について使用をする同一又は類似の商標について異なった日に2以上の商標登録出願があったときは、最先の商標登録出願人のみがその商標について商標登録を受けることができる。」と定めて、先願主義の立場をとることを明らかにしている。もっとも、この先願主義の立場は、日を単位として適用されるのであって、同一日に複数の出願が競合した場合については、各出願相互間に優劣を設けずにこれを同一順位と扱い、その後になされる当事者間の協議(法8条2項)又は特許庁長官が行うくじ(法8条5項)により、複数出願相互間の優劣が決せられる仕組みとなっている。一方、法46条は、商標登録の無効審判における無効理由について定めていて、何らかの事由により商標法の規定に反する商標登録がなされた場合にこれを無効にすることにより、商標制度の適法性を担保しようとしたものである。本件においては、前記のように、被告(東洋水産株式会社)からなされた本件商標登録出願と日清食品株式会社からなされた日清食品商標登録出願とは、商標が類似し指定商品も抵触するのであるから、上記各出願を受けた特許庁審査官としては、法8条2項・4項・5項に基づく協議・協議命令・くじの手続を執るべきであったのにこれを看過し、両出願につき商標登録させてしまったものであるが、これらの手続違背が当然に法46条1項の商標登録の無効審判事由に該当するかどうかが、本件訴訟の中心的争点である。
 思うに、法46条1項の無効審判事由該当性の有無の解釈に当たっては、違反した手続の公益性の強弱の程度、及び無効事由に該当すると解した場合の法制度全体への影響等を総合的に判断してこれを行うべきものである。法46条1項の規定のうち本件に関係があるのは、その1号の「その商標登録が…第8条第1項、第2項若しくは第5項…の規定に違反してされたとき」との部分であるが、法8条は、前記のように、商標法における先願主義の立場を明らかにし、先願と抵触する重複登録はこれを避けようとした規定であると解される。そして、法8条の定めるこの先願主義ないし重複登録禁止の立場は、商標が商品の出所の同一性を明らかにするという意味での公益性に寄与するためのものであることは明らかであるが、その公益性の程度は、法47条が商標権の設定登録の日から5年を経過したときは無効審判請求をすることができないことを定めていることからして、重複した商標登録の併存を法が絶対に許容しない程の強い公益性を有するものと解することはできない(設定登録後5年を経過すれば、重複登録は適法に並存できる。)のみならず、商標法は、類似の規定を持つ特許法(39条)及び意匠法(9条)においてはいわゆる後願排除効がある(同一内容の後願は、先願が拒絶されても、受理されることはないという効力。特許法29条の2、意匠法3条の2)のと異なり、後願排除効がない(法8条3項)から、仮に平成12年1月24日に出願がなされた本件商標及び日清食品商標につき法8条2項若しくは5項違反により無効審判をすべきものと解することになると、それよりも後願の者(例えば原告)の商標登録出願を許容することになり、その後願者にいわゆる漁夫の利を付与することになって、法8条1項の先願主義の立場に反する結果になる。
 そうすると、法8条2項、同5項に違反し商標登録が無効となる場合(法46条1項1号)とは、本件審決(9頁20行〜24行)も述べるように、先願主義の趣旨を没却しないような場合、すなわち出願人の協議により定めたにも拘わらず定めた一の出願人以外のものが登録になった場合、くじの実施により定めた一の出願人でない出願人について登録がなされたような場合をいうものと解するのが相当である。
 したがって、これと同旨の審決が法8条2項、同5項の解釈を誤ったということはできず、審決に違法はない。
(3) 原告の主張に対する補足的説明
ア 原告は、審決の法8条2項、同5項違反に当たる場合の解釈に法的根拠はなく、そのような場合が惹起されることはほとんどないにの対し、重複登録は本件のように現実に生起していることを指摘し、法8条2項、同5項違反としてその登録が無効とされるべきものは、「「一の商標登録出願人のみがその商標について商標登録を受けることができる。」(法8条2項)に違背する場合(重複登録)」をいうものであり、協議やくじは、「一の商標登録出願人」を定めるための手続的手段にほかならないから、協議及びくじの実施がなされず既にその機会がなかったとしても、商標登録制度上あってはならない重複登録がなされている以上、その登録は無効とされるべきであると主張する。
 しかし、上記(2)に説示したとおり、そもそも法8条2項、同5項の趣旨が先願主義にあると解されることに照らせば、法8条2項、同5項の「一の商標登録出願人」との文言のみから形式的に、重複登録の場合はいずれも無効とされるべきであるとして、先願主義を没却する解釈を採ることはできない。そして、上記(2)に説示したとおり、審決の解釈は先願主義という法的根拠に基づくものであるし、審決の説示するような場合がほとんど起こらないとしても直ちに原告のような解釈を採るべきということにはならない。
 原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は、商標の重複登録は様々な弊害があるため許されるべきでないと主張する。しかし、一般的には重複登録が望ましくないと言えるとしても、上記(2)に説示したとおり、そもそも法8条2項、同5項の趣旨が先願主義にあると解されることに照らせば、重複登録の弊害のみを理由として本来の趣旨である先願主義を没却するような解釈を採ることはできない。
 原告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告は、二以上の者の商標登録出願が抵触する同日出願は、明治17年商標条例の「共ニ之ヲ却下ス可シ」より今日迄、一貫して、重複登録されることは認められていない、くじにより決する場合は、出願人相互の間において公平を図ることを企図しているのであるが、その大前提として、「一の商標登録出願人のみが商標登録を受けることができる」ことを目的としていることは明白であるから、重複登録は、協議及びくじの実施がなされず既にその機会がなかったものも、無効とされるべきであると主張する。
 しかし、上記(2)に説示したとおり、そもそも法8条2項、同5項の趣旨が先願主義にあると解されることに照らせば、原告が主張するようにくじによれば出願人相互の間において公平を図ることができるということがあるとしても、これのみをもって「一の商標登録出願人のみが商標登録を受けることができる」との文言を介して、先願主義を没却する解釈を採ることはできない。
 原告の上記主張は採用することができない。
エ 原告は、公益的な目的を達成し商標登録に対する信頼性を高めるという登録異議申立制度の目的からすれば、法8条2項、同5項に該当する場合とは「一の商標登録出願人、 のみが商標登録を受けることができる」に違背した場合、即ち重複登録の場合にほかならない、また、異議申立人は商標公報からのみ重複登録があったことを知るが、この商標公報からは、協議やくじがなされたか否かは知り得ないから、この点からも、法8条2項、同5項違反に該当する場合とは、重複登録の場合をいうものであることが明らかであると主張する。
 しかし、登録異議申立制度の目的が公益的な目的を達成し商標登録に対する信頼性を高めることにあり、異議申立人が商標公報から協議やくじがなされたか否か知り得ないとしても、上記(2)に説示したとおり、そもそも法8条2項、同5項の趣旨が先願主義にあると解されることに照らせば、これらのみをもって当然に重複登録が異議理由となるとして先願主義を没却する解釈を採るべきとする理由にはならない。
 原告の上記主張は採用することができない。
オ 原告は、異議申立てでさえ重複登録が異議理由となるのであるから、ましてや無効審判において、法8条2項、同5項違反としてその登録が無効とされるべきものには、協議及びくじの実施がなされず既にその機会がなかったものも当然含まれると主張するが、異議申立てにおいて重複登録が異議理由となるとするその前提自体が、上記エに照らし失当である。
カ 原告は「くじによってで、 も一の出願人を定める」のは、重複登録を避けるという大原則を実現するためのものであり、あってはならない重複登録を是正することにこそ無効理由該当性の根幹があるにも拘らず、審決は、これを見失った違法が否めないと主張する。
 しかし、上記(2)に説示したとおり、そもそも法8条2項、同5項の趣旨が先願主義にあると解されることに照らせば、原告の上記主張は採用することができない。
キ 原告は、登録異議申立てにより法8条2項、同5項に該当するとして商標登録が取り消されることを前提に、その商標登録が取り消されると、取消決定の確定によりその商標権は初めからなかったものとみなされる(法43条の3第3項)ので、先願としての地位になかったとの結果を招来する、それ故、重複登録の後になされた後願は、当該重複登録が無効となるため、先願主義に照らし何ら不合理な結果をもたらすことなく、適法に商標登録を受けることができると主張する。
 しかし、上記エ、オに説示したとおり、異議申立てにおいて重複登録が異議理由になるとするその前提自体が失当であるから、原告の上記主張は採用することができない。
ク 原告は、無効審判の場合においても、商標登録が無効となれば先願の地位がなくなることは法に規定(法8条3項)されており、また、先願としての地位になかったとの結果を招来することが、本件の如き行政処分の瑕疵により重複商標を併存させることの正当化の根拠になり得ないことは明白であると主張する。
 しかし、商標登録が無効となれば先願の地位がなくなる(法8条3項)ことを根拠として、後願が登録されても先願主義に照らし不合理な結果をもたらすといえないとするのはあまりに形式的であり、先願主義を実質的に無にするものであるから相当とはいえない。また、本件においてたとえ行政処分の瑕疵があったとしても、そのことをもって法8条1項、2項及び5項の趣旨である先願主義を無にするような解釈を採るべき十分な理由になるとはいえない。
 原告の上記主張は採用することができない。
ケ 原告は、重複商標の併存の結果は、法の全体の精神に違反し、取引社会全体や需要者の商標に対する信頼という公衆利益そのものを阻害するのに対し、後願出願の登録の結果は、同日出願者と後願出願者間の矛盾や不合理の解消で済まされるものであり、且つ、その損失は行政手続の瑕疵に対する損害賠償等で対処すべき問題であると主張する。
 しかし、重複登録の併存の結果が、法の全体の精神にそぐわないものであるとはいえても、先願主義が、法8条1項に明定された重要な法原則であることに変わりはないことに照らせば、これをもって同日出願者と後願出願者間の矛盾や不合理の解消で済まされるとか、その損失は行政手続の瑕疵に対する損害賠償等で対処すべき問題であるとか言うことができないのは明らかである。
 原告の上記主張は採用することができない。
コ 原告は、同日出願者たる商標権利者は、一方で、無効となるまで先願権が効力を発現して後願を排除し、他方で、自身の無効理由を知り得て最先の後願出願人となることができるのであるから、爾後、適切な処置を行えば後願出願者の登場による不利益を回避することができると主張する。
 しかし、たとえ原告が指摘するような方法が場合によっては可能であるとしても、このような設定登録後の商標権者の作為又は不作為が、設定登録の違法性をいう無効理由該当性を検討する場面において、上記(2)に説示した解釈を覆すに十分な理由になるとはいえないから、原告の上記主張は採用することができない。
サ 原告は、審決は法8条4項違反が無効理由とされていないことを根拠に挙げるが誤りである、すなわち、法8条4項の特許庁長官の協議命令は、審査官の拒絶理由通知に伴ってなされるものであり、同拒絶理由通知の存在を前提とするところ、拒絶理由通知が発せられる場合は、法8条2項の規定が適用されるので、法8条4項を無効理由とする必要性はない、他方で、拒絶理由通知が発せられず且つ長官通知がなされない場合は、第8条4項の問題以前に、まさに原告が主張する本件の無効理由該当性が妥当する、と主張する。
 しかし、法8条4項違反が無効理由とされていないことは、上記(2)に説示したような、法8条2項、同5項の趣旨が先願主義にあることを裏付けるものとみるのが自然である。また、原告が主張する法8条2項、同5項違反に当たり無効となる場合の解釈自体が誤りであることは、上記(2)に説示したとおりである。
 原告の上記主張は採用することができない。
シ 原告は、重複登録によりもたらされた商標は先後願、同日出願を問うことなく排除されるべきであった、そして、こうした事態は、被告が別途に本件商標と同一の商標を出願している事実からも明らかなように、他人よりも最先に重複登録の事実を知り且つこれに対処して最先の出願人となり得たにも拘らず、長年に亘りこれを行わなかった不作為の点も含めて、仮に行政手続の違背に基づき重複登録併存の結果が招来したため同日出願に係る商標登録が無効とされても、決して酷でも不合理な結果でもないと主張する。
 しかし、上記コに説示したように、たとえ原告が指摘するように被告が他人よりも最先に重複登録の事実を知り且つこれに対処して最先の出願人に場合によってはなり得るとしても、このような設定登録後の商標権者の作為又は不作為が、設定登録の違法性をいう無効理由該当性を検討する場面において、上記(2)に説示した法8条2項、同5項の趣旨に沿わない解釈を採るべき十分な理由になるということはできない。
 原告の上記主張は採用することができない。
ス 原告は、本件商標は、本来登録を拒絶されるべきものに直ちに該当し、抵触する商標が共に登録を受け得ないことは、それらが先後願であろうが同日出願であろうが法の目的とする公益保護の観点からは同列であると主張する。
 しかし、上記(2)に説示したとおり、本件商標は、本来登録を拒絶されるべきものに直ちに該当すると言い得ず、また同日出願の抵触する商標が共に登録を受け得ないとすれば先願主義に反する事態となるものであるから、原告の上記主張は採用することができない。
セ 原告は、先願主義に反するとの批判は、法が、商標登録が無効になると、商標権は初めから存在しなかったものとみなし(法46条の2第1項本文、これと同一又は類似の) 後願商標がある場合は、一定期間経過すればこれが繰り上がって、商標登録を受け得るものであることを認めている(法4条1項13号参照)ことからすると、法解釈としては当を得ていないと主張する。
 しかし、法が、商標登録が無効となった場合に商標権が初めから存在しなかったものとみなしているとしても、これを根拠として後願が登録される結果を先願主義に反しないというのがあまりに形式的であり、先願主義を実質的に無にするものであり相当とはいえないことは、上記クに説示したとおりであるから、原告の上記主張は採用することができない。
ソ 原告は、法は、本件のような過誤登録の場合に、無効となった原商標権者に対して、一定要件の下にその商標の使用をする権利、いわゆる「中用権」を認める(法33条)など、過誤登録の場合の救済制度を設けて関係当事者の利益調整を図っていると主張する。
 しかし、法が過誤登録の場合の救済制度を設けていることが、当然に、法8条2項、同5項違反の無効理由該当性について、同日出願の抵触する商標が共に登録を受け得ないとの解釈を採るべき理由になるとは言い得ないから、原告の上記主張は採用することができない。
3 結論
 以上によれば、本件商標が法8条2項及び同5項に違反して登録されたものに該当するということはできないとした審決の判断に誤りはない。
 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 田中孝一
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