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【事件名】商標“SpeedCooking スピードクッキング”審決取消事件(2)
【年月日】平成19年4月10日
 知財高裁 平成18年(行ケ)第10450号 審決取消請求事件
 (平成19年2月15日 口頭弁論終結)

判決
原告株式会社 ワイズスタッフ
訴訟代理人弁理士 新居広守
被告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 青木博文
同 山口烈
同 田中敬規


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2005−5691号事件について平成18年9月4日にした審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は、原告(平成17年4月1日組織変更前の旧商号「有限会社ワイズスタッフ」)が、後記本願商標につき商標登録出願をして拒絶査定を受け、これを不服として審判請求をしたところ、審判請求は成り立たないとの審決がなされたため、同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件出願(甲第69号証)
 出願人:有限会社ワイズスタッフ(原告)
 出願番号:商願2003−102854号
 出願日:平成15年11月19日
 商標の構成:「SpeedCooking スピードクッキング」(標準文字のみによって成るもの。以下「本願商標」という。)
 指定役務:第42類「電子計算機端末又はインターネットを利用したメニュー・レシピ又は食材に関する情報の提供」(ただし、平成16年7月30日付け手続補正及び審判請求後の平成17年5月2日付け手続補正により、後記のとおり補正された。)
(2) 本件手続
 手続補正日:平成16年7月30日(甲第72号証)
 拒絶査定日:平成17年2月28日(甲第74号証)
 審判請求日:平成17年4月1日(不服2005−5691号)(甲第75号証)
 手続補正日:平成17年5月2日(甲第76号証)
 審決日:平成18年9月4日
 審決の結論:「本件審判の請求は、成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成18年9月19日
2 審決の理由の要点
 審決は、平成17年5月2日付け手続補正後の指定役務である、第43類「電子計算機端末又はインターネットを利用した、短時間で簡単にできる料理のメニュー・レシピ又は食材に関する情報の提供」を、本件商標出願に係る指定役務(以下「本願役務」ということがある。)とした上、本願商標は、これをその指定役務に使用するときは、その役務の質、内容を表示するにとどまり、自他役務の識別標識としての機能を果たさず、また、提出された資料によっては、本願商標がその指定役務に使用された結果、需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識できるに至ったものと認めることはできないから、本願商標は、商標法3条1項3号に該当するものであり、かつ、同条2項に当たるとすることはできないとした。
 審決の理由のうち、本願商標が商標法3条1項3号に該当するとの理由に係る部分及び同条2項に当たるとすることはできないとする理由に係る部分は、以下のとおりである(甲第1〜第64号証(枝番号を含む。)の証拠番号は、審判及び本訴に共通である。)。
(1) 商標法3条1項3号該当の理由
 「本願商標は、上記のとおりの構成より成るところ、構成文字中の『Speed』及び『スピード』の文字は『はやさ。速力。速度。また、はやいこと。』(岩波書店『広辞苑第5版』1443頁)、『クッキング』及び『Cooking』の文字は『料理。料理法。』(同768頁)の意味合いを持つ語としてそれぞれ一般に理解、認識されているものである。そして、これらの文字を結合した本願商標からは、『素早くできる料理法』『短時間で簡単にできる料理』の意味合いが容易に認識されるとみるのが相当である。このことは、『スピードクッキング』又は『SpeedCooking』の文字が、以下の新聞記事やインターネット検索情報(平成18年8月14日検索。)などにおいて、上記意味合いで使用されていることからも首肯される。(使用例ア)〜テ)省略)
 してみれば、『SpeedCooking スピードクッキング』の文字より成る本願商標は、これをその指定役務に使用するときは、これに接する取引者、需要者をして、単に役務の質、内容を表示したものと容易に認識、理解させるにとどまるものであり、よって自他役務の識別標識としての機能を果たし得ないものというのが相当である。
 そして、このような標章は、指定役務との関係において、当該役務の質・内容等を表示するために、取引において必要適切な標章として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのは適当ではないというべきである。」
(2) 商標法3条2項非該当の理由
 「なお、請求人は、本願商標が請求人の商標として各種新聞・雑誌等の各種メディア及びインターネット上で多数紹介されており、本願商標が広く知られ自他役務識別力が生じた結果、商標法第3条第2項の規定が適用される旨主張し、証拠方法として甲第1号証乃至同第64号証(枝番号を含む。)を提出している。
 しかしながら、提出された資料(甲第2号、7号証等)によれば、請求人の作成する料理情報の提供を受けるには(無料とはいえ)会員登録の手続きを経た上でなければアクセスできないものであり、したがって、請求人の役務の提供を受けているのは、事実上、現在7万5千人余の会員のみであり、これをもって、本願商標が我が国の需要者間に周知となっているとはいい難い。また、そもそも、商標法第3条第2項の適用を受け、使用により識別力を有するに至った商標として登録が認められるのは、使用に係る商標が出願に係る商標と同一の場合であって、かつ、使用に係る役務と出願に係る指定役務も同一のものに限られると解されるところ、各資料において使用されている商標は、太字の『スピードクッキング』の文字を白く縁取りして成るもの(甲第1、3、6、17、22号証等)や活字で『スピードクッキング』の文字と請求人のホームページアドレスの表記である『http://www.speedcooking.jp/』又は『http://www.5012.jp/speedcooking/』を普通に用いられる方法で併記して成るもの(甲第8、9、10の2、11の2、12の2、13の2、15、18乃至21、24乃至39、41乃至64号証)であるから、『SpeedCooking スピードクッキング』の文字を標準文字で書して成る本願商標とはその構成態様を別異にするものである。
 したがって、提出された資料(甲各号証)によっては、本願商標がその指定役務に使用された結果、需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識できるに至ったものと認めることはできないから、本願商標が商標法第3条第2項に該当するものであるとする請求人の主張は、これを採用することができない。」
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
 審決の理由中、本願商標が、商標法3条1項3号に該当すること自体は争わないが、審決は、同条2項該当性の判断において、本願商標の周知性を誤認し、また、使用されている商標が本願商標とその構成態様を別異にするものである旨誤って判断したことにより、本願商標がその指定役務に使用された結果、需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識できるに至ったものと認めることはできないとの誤った結論に至ったものであるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1(周知性の誤認)
 審決は、「請求人の作成する料理情報の提供を受けるには(無料とはいえ)会員登録の手続きを経た上でなければアクセスできないものであり、したがって、請求人の役務の提供を受けているのは、事実上、現在7万5千人余の会員のみであり、これをもって、本願商標が我が国の需要者間に周知となっているとはいい難い。」(6頁14〜19頁)として、本願商標の周知性を認めなかったが、以下のとおり、誤りである。
(1) すなわち、JENS株式会社は、本願商標を使用し、本願役務である「電子計算機端末又はインターネットを利用した、短時間で簡単にできる料理のメニュー・レシピ又は食材に関する情報の提供」を行うウエブサイトを、平成10年4月に開設したところ、原告は、同会社から、平成13年11月に、上記ウエブサイト(「http://www.speedcooking.jp/」及び「http://www.5012.jp/speedcooking/」。以下「本件ウエブサイト」という。)を譲り受け、現在に至るまで、本件ウエブサイトにおいて、短時間で簡単にできる料理のメニュー・レシピ又は食材に関する情報の提供を行っている。
 そして、甲第3〜第14号証(枝番号を含む。)が示すとおり、本件ウエブサイトは、これまでに、種々のマスメディアにより広く紹介されている。
 また、平成19年1月29日の時点で、原告による上記情報提供の業務に係る延べ会員数は9万8515名(このうち、上記情報の提供をメールマガジンで受信しているアクティブな会員の数は6万8445名)に達するとともに、平成18年12月29日から平成19年1月28日までの1か月間の本件ウエブサイトへのアクセス数は38万8881件にのぼっている。
 上記会員数及びアクセス件数は、これまでに、約10万人もの需要者が、本願商標が使用されている本件ウエブサイトから、「短時間で簡単にできる料理のメニュー・レシピ又は食材に関する情報の提供」を受けていること、及び、1日平均1万人以上もの需要者が、本件ウエブサイトにおいて、本願商標が本願役務について使用されていることを見ていることを意味するものである。これは、本願役務に係る「短時間で簡単にできる料理のメニュー・レシピ又は食材に関する情報の提供」を受ける可能性のある日本の人口(例として、平成17年度国勢調査による、20〜49歳の女性の総数を挙げれば、2470万人余りである。)と比較しても無視することのできない極めて大きな数値である。
(2) 需要者が、商標を手掛かりにして、求める情報を検索する場合に利用する最も一般的な方法は、今日では、インターネットによる検索である。そこで、平成18年11月6日に、代表的な検索エンジンである「Google」、「Yahoo! JAPAN」及び「goo」を用いて、本願商標の称呼を表す文字の「スピードクッキング」により検索を行った結果は、「Google」を使用した場合には、検索結果約5万0100件中の上位1〜6位が、「Yahoo! JAPAN」を使用した場合には、検索結果約4万2200件中の上位1〜4位が、「goo」を使用した場合には、検索結果約3670件中の上位1〜6位が、それぞれ本件ウエブサイト又はこれにリンクされた関連ウエブサイトであった。
 したがって、インターネットによる検索によって情報を得ようとするほとんどの需要者は、本件ウエブサイトを訪れることになり、情報提供の場であるインターネットの世界においては、「スピードクッキング」という用語は、現在においては、もはや、単に「素早くできる料理法」、「短時間で簡単にできる料理」を意味する普通名詞ではなく、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものに至っているといえる。
 なお、上記インターネットの検索結果に照らすと、「スピードクッキング」という用語が、「素早くできる料理法」、「短時間で簡単にできる料理」の意味合いで用いられている例として、審決が列挙するア)〜テ)は、極めて少数の使用例といわざるを得ない。また、これらの使用例中には、原告が本願商標の使用を始めた平成13年11月よりも古いものが含まれており、現在における本願商標の周知性を否定する例としてふさわしいものではない。
2 取消事由2(商標の同一性に関する判断の誤り)
 審決は、「商標法第3条第2項の適用を受け、使用により識別力を有するに至った商標として登録が認められるのは、使用に係る商標が出願に係る商標と同一の場合であって、かつ、使用に係る役務と出願に係る指定役務も同一のものに限られると解されるところ、各資料において使用されている商標は、太字の『スピードクッキング』の文字を白く縁取りして成るもの(甲第1、3、6、17、22号証等)や活字で『スピードクッキング』の文字と請求人のホームページアドレスの表記である『http://www.speedcooking.jp/』又は『http://www.5012.jp/speedcooking/』を普通に用いられる方法で併記して成るもの(甲第8、9、10の2、11の2、12の2、13の2、15、18乃至21、24乃至39、41乃至64号証)であるから、『SpeedCooking スピードクッキング』の文字を標準文字で書して成る本願商標とはその構成態様を別異にするものである。」(6頁19〜30行)と判断したが、以下のとおり、誤りである。
 すなわち、平成13年11月以降、原告が使用してきた商標は、初期においては、小さく緑色で横書きされた「Speed Cooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピード」及び「クッキング」の各片仮名文字を横書きに二段に表して成るものであり(甲第1号証等)、その後、小さく緑色で横書きされた「Speed Cooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピードクッキング」の片仮名文字を横書きして成るものを用い(甲第66号証等)、平成19年1月30日以降は、小さく緑色で横書きされた「SpeedCooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピードクッキング」の片仮名文字を横書きして成るものを用いている(甲第79号証)。
 これらの使用された商標と本願商標とを対比すると、「Speed」と「Cooking」の各欧文字間の空白を除き、構成文字が過不足なく一致し、また、使用された商標における具体的な構成態様(色、大きさ、段数)は、多少の装飾が付されているものの、文字がもつ本来の意味を変更するほどの奇抜な態様ではなく、具体的な構成態様を指定することができない「標準文字」の通常の使用範囲内のものである。
 さらに、使用された商標と本願商標とは、少なくとも称呼が同一である。そして、上記のとおり、情報を求める需要者が利用するのはインターネットによる検索であるところ、検索エンジンに入力する文字は、フォントや外観に依存しない、「称呼」を表す「標準文字」であるから、使用により識別力を有するに至った商標は、標準文字により、「SpeedCooking スピードクッキング」と書して成る本願商標と同一であるということができる。
 したがって、使用された商標は、実質的に本願商標と同一である。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(周知性の誤認)に対し
 後記2のとおり、原告によって現実に使用されてきた商標と本願商標との間には、同一性が認められないのであるから、本願商標が、商標法3条2項に該当する余地はないが、その点は措くとしても、以下のとおり、原告によって現実に使用されてきた商標が、我が国の需要者の間で周知となっているものと認めることはできない。
(1) 甲第3〜第14号証(枝番号を含む。)によれば、本件ウエブサイトが、平成13年11月以降、テレビ、新聞、雑誌等の複数のマスメディアにより、「スピードクッキング」の文字及びウエブサイトのURL表記等を伴って紹介されたことを窺い知ることはできるが、その新聞、雑誌等の発行部数及び地域等、需要者間における認識の程度を計るために必要な具体的な根拠は、何も示されておらず、この程度の紹介があったからといって、原告が現実に使用している商標が、需要者間に周知となったものと認めることはできない。
(2) 原告は、原告による上記情報提供の業務に係る延べ会員数が9万8515名(このうち、上記情報の提供をメールマガジンで受信しているアクティブな会員の数は6万8445名)、平成18年12月29日から平成19年1月28日までの1か月間の本件ウエブサイトへのアクセス数は38万8881件であったと主張する。
 しかるところ、原告の使用に係る商標の周知性の判断に当たっては、原告の登録会員数のみならず、本願役務に係る業界における、需要者、取引者全般における原告の認知度等を考慮すべきことは、被告も否定するものではないが、上記主張によっても、本件ウエブサイトへのアクセス数のうち、会員以外の者によるアクセス数がどの程度に及ぶかは明らかではなく、1か月間のアクセス数と会員数とを比較すると、会員以外に多数の者が、本件ウエブサイトにアクセスしたということもできない。加えて、原告の会員以外の者が、原告による本願役務の提供を受けるためには、原則として会員登録の手続を経た後に、本件ウエブサイトのトップページにおいて、メールアドレス及びパスワードを入力する必要があり(甲66号証、乙4号証の1、2)、このことを併せ考えると、会員以外の者による本件ウエブサイト及び原告の本願役務の提供に対する認知度は、到底、高いものとはいえない。
(3) 原告は、平成18年11月6日に、検索エンジン「Google」、「Yahoo! JAPAN」及び「goo」を用いて、「スピードクッキング」の文字によりインターネット検索を行った結果、上位1位から4〜6位までが、本件ウエブサイト又はこれにリンクされた関連ウエブサイトであったから、インターネットによる検索によって情報を得ようとするほとんどの需要者は、本件ウエブサイトを訪れることになると主張する。
 しかしながら、検索結果上の順位は、その検索を行った時期によって変動し得るものであり(平成18年12月6日に被告が行った検索結果では、「Google」を使用した場合及び「goo」を使用した場合の各4、5位が、本件ウエブサイト以外のサイトであった。)、また、検索をした者が、検索結果の順位に従ってのみ、結果として表示されたウエブサイトにアクセスするともいえないから、検索結果の上位に表示されることをもって、直ちに、ほとんどの需要者が本件ウエブサイトを訪れるということはできない。
 さらに、検索結果には、原告以外の者による「スピードクッキング」の文字が「素早くできる料理法」、「短時間で簡単にできる料理」の意味合いで、一般に使用されている事例や、本願役務に関連する業界において、「スピードクッキング」の文字が、「素早くできる料理法や短時間で簡単にできる料理に関する情報の提供」といった、役務の質、内容を表示するものとして、使用されている事例も、少なからず表示され得るものである。
2 取消事由2(商標の同一性に関する判断の誤り)に対し
(1) 商標法3条2項の趣旨は、特定人が、当該商標をその業務に係る商品(役務)の自他識別標識として、他人に使用されることなく、永年独占排他的に継続使用した実績を有する場合には、当該商標は例外的に自他商品(役務)識別力を獲得したものということができる上に、当該商品(役務)の取引界において、当該特定人の独占使用が事実上容認されている以上、他の事業者に対して、その使用の機会を解放しておかなければならない公益上の要請は乏しいということができるから、当該商標の登録を認めようというものであると解される。そうすると、同項により、商標登録が認められるためには、登録出願に係る商標が、使用された結果、判断時(審決時)において、自他商品(役務)識別力を獲得していることのほか、商標登録出願された商標が、使用されてきた商標と同一であることが必要であり、この要件は厳格に解釈し、適用されるべきである(出願に係る商標と類似のものは含まない。)。
 しかるところ、本願商標と同一の構成から成る商標が、原告によって使用されてきたことを認めるに足りる証拠は全くない。
(2) 原告は、平成13年11月以降、原告が使用してきた商標につき、@初期においては、小さく緑色で横書きされた「Speed Cooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピード」及び「クッキング」の各片仮名文字を横書きに二段に表して成るものであり、Aその後、小さく緑色で横書きされた「Speed Cooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピードクッキング」の片仮名文字を横書きして成るものを用い、B平成19年1月30日以降は、小さく緑色で横書きされた「SpeedCooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピードクッキング」の片仮名文字を横書きして成るものを用いているとした上、これらの商標と本願商標とは、構成文字が過不足なく一致し、使用された商標における具体的な構成態様(色、大きさ、段数)は、多少の装飾が付されているものの、文字がもつ本来の意味を変更するほどの奇抜な態様ではなく、「標準文字」の通常の使用範囲内のものであると主張するが、上記@〜Bの商標の構成態様が本願商標と、同一性を有していないことは明らかである。
 また、原告は、需要者が、インターネットに検索により、検索エンジンに入力する文字は、フォントや外観に依存しない、「称呼」を表す「標準文字」であるから、使用により識別力を有するに至った商標は、標準文字により、「SpeedCooking スピードクッキング」と書して成る本願商標と同一であるとも主張するが、かかる主張は、詮ずるところ、登録出願に係る商標から生ずる称呼と、使用によって識別力を有するに至った商標から生ずる称呼とが同一であれば、登録出願に係る商標と使用された商標とが同一であるものとして、商標法3条2項の適用が認められるべきであるとの論理に帰着するものであり、到底認められるものではない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(商標の同一性に関する判断の誤り)について
 便宜上、取消事由2から判断する。
(1) 本願商標と全く同一の構成から成る商標が、原告によって使用されてきたことを認めるに足りる証拠はない。
 しかるところ、原告は、平成13年11月以降、原告が使用してきた商標につき、
 @初期においては、小さく緑色で横書きされた「Speed Cooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピード」及び「クッキング」の各片仮名文字を横書きに二段に表して成るもの(甲第1号証等)、Aその後、小さく緑色で横書きされた「Speed Cooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピードクッキング」の片仮名文字を横書きして成るもの(甲第66号証等)であるとした上(以下、これらの商標を、順次、「使用@の商標」、「使用Aの商標」という。)、これらの商標が、実質的に本願商標と同一である旨主張するので、まず、この点につき判断する。
 なお、原告は、平成19年1月30日以降は、小さく緑色で横書きされた「SpeedCooking」の欧文字と、その下に大きく赤色で「スピードクッキング」の片仮名文字を横書きして成るものの使用をしている旨主張するが、登録出願に係る商標が、商標法3条1項各号又は同条2項に該当するか否かは、査定時(審判請求があったときは審決時)を基準として判断すべきものであるから、本件においては、審決後である平成19年1月30日以降の使用に係る商標の構成態様は、判断の対象となり得ない。
(2) 商標法3条1項3号が、同号所定の商標につき商標登録を受けることができないとする趣旨は、同号所定の商標は、例えば商品(役務)の質、内容等の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占的使用を認めることを、公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合、自他商品(役務)識別力を欠き、商標としての機能を果たさないことによるものであると解され、他方、同条2項が、同条1項3号等所定の商標であっても、使用をされた結果、需要者が何人かの業務に係る商品(役務)であることを認識することができるものについては、商標登録を受けることができるとする趣旨は、特定人が、当該商標を、その者の業務に係る商品(役務)の自他識別標識として、永年の間、他人に使用されることなく、独占的排他的に継続使用した実績を有する場合には、当該商品(役務)に係る取引界においては、事実上、当該商標の当該特定人による独占的使用が事実上容認されているといえるので、他の事業者にその使用の機会を開放しておく公益上の要請が乏しくなるとともに、当該商標が、自他商品(役務)識別力を獲得したことにより、商標としての機能を備えるに至ったことによるものと解される。
 ところで、同条2項の規定上、同項によって商標登録が認められるのは、使用されていた商標に限られることは明らかであるが、上記のように、同条1項3号等の規定に対する例外規定である同条2項の規定は、当該商標が、特定人によりその業務に係る商品(役務)の自他識別標識として使用されてきた事実に基づく、公益上の要請の後退及び自他商品(役務)識別力の取得という現象に基礎を置くものであって、当該「使用」の範囲に含まれない構成態様の商標には、同条2項により商標登録を受けることを許容する根拠が認められるわけではない(すなわち、当該「使用」の範囲に含まれない構成態様の商標が、なお同条1項3号等に当たる場合であれば、上記公益上の要請及び識別力の欠如という状態が存在する)のであるから、同条2項の適用において、登録出願に係る商標と使用されていた商標との同一性は、厳格に判断されるべきものと解するのが相当である。
(3) 本件出願に係る商標(本願商標)は、いずれも標準文字のみによる「SpeedCooking」の欧文字と、「スピードクッキング」の片仮名文字を、横書きに、欧文字と片仮名文字の間に1字分の空白を設けた上で、一連に表して成るものである。
 これに対し、使用@の商標の構成態様(甲第1号証)は、全体を3段に分けて表し、上段は「Speed」の欧文字と「Cooking」の欧文字を、横書きに、その間に1字分の空白を設けた上で、一連に表して成り、中段は「スピード」の片仮名文字を、下段は「クッキング」の片仮名文字を、それぞれ横書きに表して成るものであって、中段の文字の左端は上段の文字の左端と比べ、また、下段の文字の左端は中段の文字の左端と比べ、それぞれ右方にずれているが、そのずれ幅は、中段は上段と比べわずかであるのに対し、下段は中段と比べ、ほぼ1文字文ずれており、書体は、上段の欧文字も、中、下段の片仮名文字も、標準文字ではなく、筆記体に近いものであり、さらに、中、下段の片仮名文字は、字の大きさ及び書体を共通にし、上段の欧文字は、中、下段の片仮名文字と比べ、ごく小さい文字で表したものである。なお、色彩を明らかにする証拠はない。
 使用Aの商標の構成態様(甲第66号証)は、全体を2段に分けて表し、上段は「Speed」の欧文字と「Cooking」の欧文字を、いずれも緑色で、横書きに、その間に1文字分の空白を設けた上で、一連に表して成り、下段は「スピードクッキング」の片仮名文字を、赤色で横書きに表して成るものであって、下段の文字の左端は上段の文字の左端と比べ、下段の文字の横幅の約半分程度、右方にずれており、書体は、上段の欧文字も、下段の片仮名文字も、標準文字ではなく、筆記体に近いものであり、さらに、上段の欧文字は、下段の片仮名文字と比べ、ごく小さい文字で表したものである。
 そうすると、使用@の商標及び使用Aの商標が、本願商標と称呼及び観念を共通にし、さらに、構成文字において過不足なく一致するとしても、使用@の商標及び使用Aの商標と本願商標とでは、外観において相当程度に相違しており、使用@の商標及び使用Aの商標の使用が、実質的に本願商標の使用に当たるということはできない。
(4) 原告は、使用@の商標及び使用Aの商標につき、文字がもつ本来の意味を変更するほどの奇抜な態様ではなく、具体的な構成態様を指定することができない「標準文字」の通常の使用範囲内のものであると主張する。しかしながら、標準文字のみによって、商標登録を受けようとする場合(商標法5条3項)には、文字につき具体的な構成態様を指定することができないことは当然である(同法12条の2第2項3号かっこ書き参照)が、この場合の文字の構成態様については、標準文字の書体から成るものとして扱われ(同法12条の2第2項3号かっこ書き、27条1項参照)、格別、文字の構成態様について同一性を有するものの範囲が広がるというものではないから、文字がもつ本来の意味を変更するほどの奇抜な態様でなければ、標準文字と同一性を有するといわんばかりの原告の主張は失当である。
 また、使用@商標及び使用A商標と本願商標とは、称呼を共通にするものであるところ、原告は、情報を求める需要者が利用するのはインターネットによる検索であり、検索エンジンに入力する文字は、フォントや外観に依存しない、「称呼」を表す「標準文字」であるから、使用により識別力を有するに至った商標は、標準文字により、「SpeedCooking スピードクッキング」と書して成る本願商標と同一であるということができる旨主張する。しかしながら、検索エンジンに入力する文字が、フォントや外観という要素を伴わないという意味で「標準文字」という言い方が可能であるとしても、これと、商標法5条3項所定の「特許庁長官の指定する文字」の略称である「標準文字」の意義が同一であるとはいえず、原告の上記主張は、両者を混同するものである。のみならず、商標法3条2項の適用には、特定の商標が、特定人によりその業務に係る商品(役務)の自他識別標識として使用されてきたことが必要であるところ、仮に、情報を求める需要者が検索エンジンに入力する文字が「標準文字」によって成り、原告が使用してきた商標と同一の称呼を生ずるものであるとしても、そのような標準文字によって成る入力文字を、なにゆえに、原告が使用してきたといい得るのかが明らかではない。そもそも、一般に、情報を求める需要者がインターネットの検索エンジンに入力する文字が、登録出願人が使用してきた商標と同一の称呼を生ずるからといって、それだけで、標準文字のみから成る商標と、登録出願人が使用してきた商標とが同一であるとはいえないことは明白である。
(5) したがって、原告によって使用されてきた商標が、本願商標とその構成態様を異にするものであるとの審決の判断に誤りはない。
2 結論
 以上によれば、取消事由1について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、棄却されるべきである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 塚原朋一
 裁判官 石原直樹
 裁判官 高野輝久
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