判例全文 line
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【事件名】「シェーン」格安DVD事件(2)
【年月日】平成19年3月29日
 知財高裁 平成18年(ネ)第10078号  著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成18年(ワ)第2908号)
 (平成19年2月1日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 パラマウント・ピクチュアズ・コーポレーション
控訴人 株式会社東北新社
上記両名訴訟代理人弁護士 遠山友寛
同 升本喜郎
同 宮澤昭介
同 稲垣勝之
同訴訟復代理人弁護士 小泉直樹
被控訴人 株式会社ブレーントラスト
訴訟代理人弁護士 浅野憲一
同 冨永敏文
被控訴人 有限会社オフィスワイケー
代表者取締役 林芳子
訴訟代理人弁護士 赤沼康弘


主文
 本件控訴をいずれも棄却する。
 控訴費用は控訴人らの負担とする。
 控訴人パラマウント・ピクチュアズ・コーポレーションのために、この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 控訴人らの求めた裁判
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人株式会社ブレーントラストは、原判決別紙映像素材目録記載の映像素材を販売してはならない。
3 被控訴人株式会社ブレーントラストは、原判決別紙映像素材目録記載の映像素材を廃棄せよ。
4 被控訴人有限会社オフィスワイケーは、原判決別紙商品目録記載のDVD商品を製造、販売してはならない。
5 被控訴人有限会社オフィスワイケーは、原判決別紙商品目録記載のDVD商品の在庫品を廃棄せよ。
6 被控訴人らは、控訴人株式会社東北新社に対し、連帯して、2355万円及びこれに対する平成18年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件の経緯(後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実並びに当事者間に争いのない事実。(1)ないし(4)は、当事者の呼称等を改めたほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 争いのない事実等」と同一である。)
(1) 当事者
 控訴人パラマウント・ピクチュアズ・コーポレーション(以下「控訴人パラマウント」という。)は、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)に本社を有する映画製作配給を業とする法人である。
 控訴人株式会社東北新社(以下「控訴人東北新社」という。)は、映画コンテンツの製作、販売、配給等を主たる目的とする株式会社である。
 被控訴人株式会社ブレーントラスト(以下「被控訴人ブレーントラスト」という。)は、著作権の存続期間が満了した映画の映像素材の販売等を主たる目的とする株式会社である。
 被控訴人有限会社オフィスワイケー(以下「被控訴人オフィスワイケー」という。)は、著作権の存続期間が満了した映画のDVD商品の製造、販売等を業としている有限会社である。
(2) 本件映画の著作権法による保護
 原判決別紙映画目録記載の映画(以下「本件映画」という。)の著作者は、米国法人である控訴人パラマウントであり(甲1、2、64、弁論の全趣旨)、本件映画は控訴人パラマウントにより米国において最初に公表されたが、日本及び米国は、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)に加盟しているから、本件映画は日本の著作権法による保護を受け(ベルヌ条約3条(1)、著作権法6条3号)、その保護期間については、日本の法律が適用される(ベルヌ条約7条(8)本文)。
(3) 控訴人東北新社の本件映画に関する権利
 控訴人パラマウントは、ヴィ・スミス−リデル・リミテッド(以下「スミス社」という。)に対して、本件映画に関する日本における恒久的な全メディアの独占的利用権を与え、控訴人東北新社は、昭和48年4月26日、スミス社から、上記権利の譲渡を受けた(甲2、3)。
(4) 被控訴人らの行為
 被控訴人ブレーントラストは、本件映画を収録した原判決別紙映像素材目録記載の映像素材(以下「本件マスターフィルム」という。)を製造し、これを被控訴人オフィスワイケーに販売し、被控訴人オフィスワイケーは、本件マスターフィルムを基に、本件映画を複製した原判決別紙商品目録記載のDVD商品(以下「本件DVD」という。)を製造し、販売している。
(5) 控訴人らは、原審において、@ 控訴人パラマウントについては、被控訴人ブレーントラストが本件マスターフィルムを製造販売する行為及び被控訴人オフィスワイケーが本件DVDを製造販売する行為が控訴人パラマウントの本件映画の著作権(複製権及び頒布権)を侵害すると主張して、著作権法112条に基づき、被控訴人ブレーントラストに対し本件マスターフィルムの販売の差止め及び廃棄、被控訴人オフィスワイケーに対し本件DVDの製造、販売の差止め及び廃棄をそれぞれ求め、A 控訴人東北新社については、被控訴人らの上記行為が本件映画に関する日本における恒久的な全メディアの独占的利用権を侵害すると主張して、民法709条、719条1項に基づき、損害賠償として2355万円(著作権法114条1項による損害の額2055万円及び弁護士費用300万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年3月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求めた。これに対し、被控訴人らは、本件映画の著作権は存続期間の満了により消滅したなどと主張して争った。
(6) 原審は、本件映画の著作権が平成15年12月31日が満了した時点で消滅したと判断して、控訴人らの請求をいずれも棄却した。
(7) 控訴人らは、原判決を不服として控訴した。
2 争点
(1) 本件映画についての平成15年法律第85号(以下「本件改正法」という。)により改正された著作権法(以下「改正著作権法」という。)54条1項の適用の有無−本件映画の著作権は存続期間満了により消滅しているか。
(2) 被控訴人らの控訴人東北新社に対する不法行為の成否
(3) 控訴人東北新社の損害の発生の有無及びその額
3 争点に対する当事者の主張
 争点に対する当事者の主張は、争点1(本件映画についての改正著作権法54条1項の適用の有無)に対する当審における控訴人らの主張とこれに対する被控訴人らの反論を以下に付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「3 争点に対する当事者の主張」(6頁5行目ないし19頁15行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、原判決15頁25、26行目に「本件映画が昭和28年5月27日に公表されたことは認める。しかし、」とあるのを、「本件映画が昭和28年5月27日に公表されたことは否認する。仮に本件映画が昭和28年に公表されたものであるとしても、」と改める。
(1) 控訴人らの主張
ア 立法者意思
 本件改正法は、原判決が摘示(11頁3行目ないし13頁7行目)するように、平成15年12月31日の終了をもって保護期間が満了する映画の著作物(昭和28年に公表されたもの)についても当然に適用されるとの前提で立法化が進み、そのまま成立したものであって、昭和28年に公表された映画の著作物の保護期間を70年に延長するという意図が明確に含まれていた。また、そのような立法者意思を前提に国会で審議されていたことは、日本が掲げる知的財産戦略としての日本映画の保護の重要性をめぐる議論からも汲み取ることができるし、その議論内容は、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の保護期間を延長して保護するという意図に沿うのである。
 昭和28年に公表された映画について、本件改正法の原案を作成した文化庁及び内閣法制局が本件改正法附則2条によりその保護期間を延長し保護する意図があったことは、明らかである。また、関係国会議員は、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権を消滅から防ぐために、平成15年第156回国会における本件改正法の成立が必要不可欠であると認識して、本件改正法を成立させたものであり、実際に、委員会における審議をみても、保護期間の延長の点に関する議論として、今後の日本の知的財産戦略において、日本映画が非常に強い国際競争力があり、その点を重要視すべきであることを指摘し、日本映画を保護して活用するという観点から、映画の著作物の著作権の保護期間を他国と同等に引き上げるという本件改正法の意図が好ましいものであるとされたのである。そして、立法過程のどの段階においても、昭和28年に公表された映画を改正著作権法の適用範囲外とすべきであるといった議論がされないまま、国会において全会一致で可決成立したのであるから、本件改正法に込められた立法者意思は、昭和28年に公表された映画をも含めた日本映画の黄金期の作品の著作権の保護期間を本件改正法により延長することで、国家の知的財産戦略の一環として日本映画を保護し、その国家的利益の増大を企図しようとした点にあるということができる。そうであれば、本件改正法の法律案が国会に提出された際に示された提案理由の中に日本映画の黄金期に公表された各作品の著作権の消滅を防ぐという点が挙げられていなかったという形式的な側面のみを捉えて、硬直的に立法者意思を判断するのは妥当でなく、現実の立法過程を全体的に捉えて、実質的、合目的的に立法者意思を汲み取ることが重要であり、そのような視点からみれば、本件改正法は、国会対策委員を含めた与党の各議員が昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の保護期間を延長するという意思を有しつつ、可決成立した法律であって、そうである以上、昭和28年に公表された映画が改正著作権法の適用範囲に含まれることは明らかである。
 そして、このような国民の代表機関である国会における立法者意思を無視し又はこれに反して、裁判所が独自の見解に基づいて法律を解釈することは、立法権の侵害にほかならないから、許されない。
イ 本件改正法附則2条の趣旨
 本件改正法附則2条の「施行の際現に」とは、「平成16年1月1日午前零時の直前まで」を意味するものと解釈すべきであり、本件映画は、本件改正法附則2条により改正著作権法54条1項の適用を受け、その著作権の保護期間が公表後70年に延長されたものである。
(ア) 本件改正法附則2条は、「施行時」や「施行の日」といった文言を使用しないで、あえて、「施行の際」という文言を使用しているところ、「際」という文言には、本質的に、広がり、周辺、頃といった概念が含まれていて、一点とその周りを示す意味で使用されるから、「施行の際」という文言では、施行前の時点と施行後の時点を厳密に峻別することはできない。そうであるから、これを「施行時」や「施行の日」と同列に扱い、「施行の際」が平成16年1月1日午前零時を意味するものと捉えることは、文理解釈上誤っている。本件改正法附則2条が「施行の際」という文言をあえて使用したのは、本件改正法が施行される平成16年1月1日午前零時の直前であって同時刻と隣り合っている「平成16年1月1日午前零時の直前」(厳密にいうと、概念上は、無限に平成16年1月1日午前零時に近接しているが、同時刻に達していない時点)において現に保護期間中であった映画の著作物についても改正著作権法54条1項の適用範囲に含めようとしたからにほかならないから、「施行の際現に」とは、平成16年1月1日午前零時の直前までを意味するものと捉えるのが正しい解釈である。
(イ) そして、このことは、他の法令の解釈からも正当化される。
 例えば、独立行政法人日本原子力研究開発機構法(平成16年法律第155号)は、従来の日本原子力研究所(以下「旧研究所」という。)と核燃料サイクル開発機構(以下「旧機構」という。)を廃止し、新たに独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下「新機構」という。)を創設するためのものであるが(平成17年10月1日に新機構が設立されている。)、その附則2条2項は「機構の成立の際現に旧研究所が有する権利のうち、機構及び理化学研究所がその業務を確実に実施するために必要な資産以外の資産は、機構の成立のときにおいて国が承継する。」と規定し、3条2項は「機構の成立の際現に旧機構が有する権利のうち、機構がその業務を確実に実施するために必要な資産以外の資産は、機構の成立の時において国が承継する。」と規定する。同法において行われる旧研究所、旧機構の廃止と新機構の新設は組織再編行為に該当し、旧研究所、旧機構と新機構とが時間軸上同時に並存することはあり得ないから、附則2条2項の「機構の成立の際現に旧研究所が有する権利」とは、新しく新機構が設立された際に「まさにその直前まで旧研究所が有していた権利」のことであり、附則3条2項の「機構の成立の際現に旧機構が有する権利」とは、同じく、新しく新機構が設立された際に「まさにその直前まで旧機構が有していた権利」を意味する。ところで、上記各条項にいう「機構の成立の際」を「機構の成立時」又は「機構の成立日」と読み替えることはできない。なぜなら、そのように読み替えると、「機構の成立の際」とは平成17年10月1日午前零時を意味することになるが、平成17年10月1日午前零時には既に旧研究所や旧機構が存在しないので、「平成17年10月1日に旧研究所(又は旧機構)が有する権利」というものが観念し得ないからである。そうであるから、このような場合には、「・・の際現に」を「・・の直前まで」と読み替えるほかないのである。
 そして、この理は、本件改正法附則2条にも当てはまる。なぜなら、「この法律の施行の際」を平成16年1月1日午前零時と置き換えても、「改正前の著作権法による著作権」は平成16年1月1日午前零時には存在しないので、「平成16年1月1日午前零時に存する改正前の著作権法による著作権」というものは観念し得ないからである。
 したがって、本件改正法附則2条にいう「施行の際現に」とは、平成16年1月1日午前零時の直前までと読むのが正しい。
(ウ) また、そもそも、いかなる著作物について改正著作権法を適用して、その保護期間を延長するかは、立法政策上の問題である。
 著作権法には、一度保護期間が切れた(パブリックドメインに帰した)著作物については、後になってその保護を復活させないという不文の大原則がある。それは、一度保護期間が切れて何人も自由に使用できることになった著作物について、後になってその保護を復活させると、著作権取引の安定を害し、社会や人々に不測の損害を与えることになるからである。そうであるから、著作物の著作権の保護期間を延長する法改正を行う場合は、保護期間が切れてパブリックドメインに帰した著作物の著作権を再び復活させないように手当てする必要があり、本件改正法附則2条は、そのような「公有著作物の保護復活の禁止」を定めた規定であると解される。
 そして、「公有著作物の保護復活の禁止」との関係で昭和28年に公表された映画を捉えた場合、昭和28年に公表された映画について改正著作権法54条1項の規定を適用して保護期間を延長することは、著作権取引の安全を害し、社会や人々に不測の損害を与えることがないから、何ら「公有著作物の保護復活の禁止」に抵触しない。
 本件改正法附則2条は、「公有著作物の保護復活の禁止」として、既に著作権の保護期間が満了してパブリックドメインとなって社会一般の利用に供されていた映画の著作物について、改正著作権法54条1項の規定の適用を否定して、著作権を復活させない旨を宣言したものであり、本件改正法の施行までの間にパブリックドメインとなった期間が存在しない昭和28年に公表された映画については、その適用範囲外と解することも十分に可能であり、むしろ、本件改正法附則2条が「施行の際現に」という文言を使用したのも、上記映画の著作物の著作権については、改正著作権法への「乗り移り」(更新)を認めても差し支えないとの考えによるものであると解釈することが理にかなっているというべきである。
(エ) 昭和45年法律第48号(以下「45年改正法」という。)により改正され、本件改正法による改正前の著作権法(以下「改正前の著作権法」という。)は、昭和46年1月1日に施行されたが、45年改正法附則2条1項は、「改正後の著作権法・・・中著作権に関する規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法・・・による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない」と規定し、昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権は、その保護期間が満了するはずであった昭和45年12月31日午後12時と改正前の著作権法の施行時である昭和46年1月1日午前零時が同時刻であるから、改正前の著作権法の適用を受けるとして、昭和57年まで保護されることになった。その結果、昭和7年に死亡した著作者の著作物は、昭和57年12月31日午後12時が経過するまでパブリックドメインとして扱われることもなく、著作権法上の規定に沿った権利処理を行うことによって利用されていたのであり、また、現に多くの文献等は昭和7年以降に死亡した著作者の著作物の保護期間が延長された旨解説し、一般人もそのように理解していた。当時、45年改正法附則2条1項が適用される著作物の範囲が特に問題にならなかったのは、「施行の際現に」という文言を用いた経過規定によって、当然に施行の直前まで保護期間が存続していた著作物についても引き続き改正法が適用できるという立法実務が存在していたからにほかならない。
 結局、45年改正法附則2条1項にいう「施行の際現に」とは「施行時の直前まで」という意味で読むことが正しい解釈であるから、45年改正法附則2条と全く同じような状況の下で、「施行の際現に」という文言を使用した本件改正法附則2条の経過規定を解釈するに当たっては、当然に、45年改正法附則2条1項と平行してその趣旨を捉えなければならない。
ウ 映画ビジネスに対する影響
 一般に、映画製作者は、資本を投下して製作した映画を、配給、劇場上映、DVDやビデオカセットに収録して製造販売するビデオグラム化、テレビ放送、商品化その他の商業的利用を行うことによって、投下した資本を回収し、利益を獲得することを目的とする。また、映画の商業的利用に関わるビデオ製造販売業者、テレビ局等も、映画の著作物の著作権を有する映画製作者に対価を支払い、映画の商業的利用に関する権利を取得して自らビジネスを行い又は第三者をしてビジネスを行わせることによって、投下した資本(権利取得の対価)を回収する。こうした映画の商業的利用は、法的にみれば、映画の著作物に生ずる著作権を、著作物の存続期間中、独占的に利用する行為にほかならず、かかる理解を前提として、映画製作者は映画の商業的利用の権利を付与することで対価を取得し、他方、映画を商業的に利用する者は、映画製作者に対して適正な対価を支払うことにより商業的利用の権利を取得する。その意味で、映画のビジネスの特質は、まさに、「著作権を利用した権利ビジネス」ということができる。
 このような「著作権を利用した権利ビジネス」という映画ビジネスの特質を考えれば、映画ビジネスに従事する者にとって、映画に関わる著作権の存否は重大な関心事であり、特に、映画の著作物の著作権の存続期間を延長する法改正があった場合、どの範囲の映画の著作物が対象となって、著作権の存続期間が延長されるのかは極めて重要な問題となる。そうであるから、映画の著作物の著作権の存続期間を延長する法改正があった場合、映画ビジネスに従事する者は、該当条文の適用範囲や条文の解釈について極めて高い関心を抱くのが通常である。ところが、著作権法に規定された条文は、日常用語やその語法とは異なる法技術的な観点から規定されるから、法の専門的知識を有しない多くの映画ビジネスに従事する者からすれば、当該条文そのものを読んで自ら解釈した結果よりも、当該条文についてのコメントや解説が所管官庁である文化庁から明示的に示されている場合には、かかるコメントや解説に信頼を寄せてビジネスを行うことは当然のことである。文化庁は、本件改正法の成立直後から、各種の文献や雑誌等で、本件改正法附則2条により、昭和28年に公表された映画は改正著作権法54条1項の規定の適用を受け、保護期間が20年延長されたとの説明を行っていたから、実質的な立法者である文化庁の上記説明は、映画ビジネスに従事する者にとって、今後の経営方針を決めるに当たってのいわば唯一の指標となるといい得る。その意味で、控訴人らのみならず、昭和28年に公表された映画の著作権者、独占的ライセンシー等、多数の映画ビジネスに従事する者は、改正著作権法の適用対象となる旨の文化庁の見解を信頼してビジネス展開していたのであり、映画ビジネスの円滑な遂行や取引安全という見地から、こうした関係者の信頼は法的に保護されなければならない。なお、被控訴人らも、過去の名作映画を対象としてDVDに収録して製造販売している点では映画ビジネスに従事する者であるが、被控訴人らが文化庁の説明を認識することなく本件DVDを製造販売したのであれば、パブリックドメイン作品を扱う者として当然に行うべき調査を行わなかったといえるのであり、これにより被る不利益は甘受してもやむをえない。
エ 以上のとおり、立法者意思からすれば、改正著作権法は、昭和28年に公表された映画にも適用される意図の下で成立したもの、少なくとも昭和28年に公表された映画にも適用されるとの前提で成立したものであって、本件改正法附則2条も、そのような意図ないし前提で規定されたものである。また、本件改正法附則2条の「施行の際現に」という文言は、「平成16年1月1日午前零時の直前まで」という意味に読むべきであって、これまでの実務の運用や法改正を巡る各種報道等を併せ考えれば、誰もがそのように解釈するのである。
 結局、昭和28年に公表された本件映画は、平成16年1月1日午前零時の直前まで保護期間が継続し、平成16年1月1日午前零時以降、本件改正法附則2条により新たに改正著作権法54条1項の適用を受けるに至り、その著作権の保護期間が延長されたものである。
(2) 被控訴人らの反論
ア 被控訴人ブレーントラスト
(ア) 立法者意思
 国会、すなわち、立法者は、本件改正法によって昭和28年に公表された映画から保護するとか、昭和29年に公表された映画から保護するとかを具体的に議論していないから、立法者意思を根拠に本件改正法附則2条1項の規定の文理解釈をねじ曲げることは許されない。
 本件改正法の目的が、映画著作権の保護期間を50年から70年に延長し、映画の著作物の著作権を従前よりも保護するものであったことは争わないが、本件では、本件改正法が昭和28年に公表された映画の著作物の著作権をあと20年間保護することを具体的に目的としていたのか、それとも映画全般の著作権の保護期間を延長することが目的であり、昭和28年に公表された映画という具体的な作品の保護は目的としていなかったのかが問題となっているのであって、後者であれば、昭和29年に公表された映画から保護することにしても、本件改正法の目的は達成されるのである。
(イ) 本件改正法附則2条の趣旨
 「施行の際」と「施行時において」は日本語として同義であるから、DVDの販売行為について、「施行の際」と規定されていたら刑事罰が課せられ、「施行時」と規定されていたら刑事罰が課せられないと解釈すること自体が、罪刑法定主義を軽視した解釈である。
 独立行政法人日本原子力研究開発機構法は、廃止される旧機構及び旧研究所の資産を誰が承継するのかについて規定したものである。これに対し、本件改正法附則2条1項は、改正著作権法54条1項の規定を適用する著作物と適用しない著作物を仕分けた規定であって、重要なことは、「施行の際現に」という文言は、「存する映画の著作物については適用し」と「消滅している映画の著作物については、なお従前の例による(すなわち適用しない)」との両方に用いられていることである。本件改正法は、「施行の際現に・・・消滅している映画の著作物」については適用しないと規定しているところ、平成15年12月31日の終了時と平成16年1月1日午前零時は並立しないから、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権は、「施行の際現に消滅していた著作物」であり、改正著作権法54条1項の規定は適用されない。
(ウ) 映画ビジネスに対する影響
 著作権の保護に期間を設け、保護期間の切れた作品(パブリックドメイン)については、無償で、演奏することが許され、演奏したCDを販売することが許され、出版することが許され、映画化することが許され、また、映画も上映することが許され、DVDを販売することが許されるというのが全世界に共通するルールである。被控訴人らも、ルールを守り、昭和29年以降に公表された映画についてはDVDを製造販売していない。
イ 被控訴人オフィスワイケー
(ア) 立法者意思
 立法者意思は、国会の意思であるから、法案自体からは通常理解できないものや国会での提案理由、説明資料等の討議資料、議論に含まれていないものを立法者意思ということはできない。昭和28年に公表された映画の著作物の著作権を保護するということが資料等で示されていない以上、審議に当たった国会議員は、法案の文言からそれを認識することができない。
 また、審議に当たった国会議員は、本件改正法において、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権を消滅から保護するという認識を有していない。審議においては、日本のアニメ等に関する議論はされているが、昭和28年に公表された映画は話題にも出ていないのである。そして、国会議員がそのような認識を有していたということを示す資料も全くない。
 結局、控訴人のいう立法者意思なるものは、全く国会では審議されず、具体的にも客観的にもなっていなかったといわなければならない。
(イ) 本件改正法附則2条の趣旨
 「施行の際現に」という表現で、施行直前に消滅した著作権も含むというのは、言葉の意味からも大きくかけ離れている。特に、「現に」という文言とも抵触する。また、「際」という文言で、施行の前後という幅が含まれるというのは、あまりに一般の理解に反し、あいまいにすぎる。刑罰も予定されている著作権法において、そのようなあいまいな解釈は許されない。
 独立法人日本原子力研究開発機構法は、諸権利を有する主体が変更される際に、諸権利が新たに成立する主体に移行することを規定したものであり、その限りでは、「成立の際」という表現について、旧主体が消滅するとともに新主体に権利が移行すると解するのは当然のことである。しかし、本件改正法で問題となるのは、有効な権利の存在自体であり、本件改正法附則2条1項は、「法律の施行の際」「現に・・・著作権が存する映画の著作物について適用」するとしているのであるから、施行日において有効な著作権が存するものについて適用すると解釈すべきは、これまた当然である。昭和28年に公表された映画の著作物の著作権が平成15年12月31日の終了ともに消滅する以上、平成16年1月1日にはその著作権は存しないから、改正著作権法54条1項の規定は適用されない。
 「公有著作物の保護復活の禁止」との関係で昭和28年に公表された映画を捉えた場合というのは、結局、改正著作権法54条1項の規定を昭和28年に公表された映画に適用しても、不都合は生じないということに尽きるが、不都合が生じないから適用すべきだというのは、法というものを無視した議論であり、認められない。
(ウ) 映画ビジネスに対する影響
 被控訴人らは、被控訴人らの経済的利益を保護すべきであるから、昭和28年に公表された映画について改正著作権法54条1項の規定を適用すべきでないと主張しているのではなく、条文の通常の理解に基づいて解釈すべきだと主張しているにすぎない。もっとも、条文の通常の解釈に従って行動する者の保護ということは重要であり、著作権法のように、業法ではなく、一般人にも適用され、さらに罰則規定もある法律の場合には、一般人が予測できない適用をしてはならない。
 なお、いかに創造的な作品といえども、それ以前の創造的作品等を下敷きにし、参考にして成り立っているのであって、文化は、そのようにして発展してきたのであり、これからもそうあるべきなのである。著作権は、創作者が投下資本を回収し、一定の利益を得たならば、人々が共有すべき文化、財産として開放すべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件映画についての改正著作権法54条1項の適用の有無−本件映画の著作権は存続期間満了により消滅しているか。)について
(1) 本件映画が公表された年について
 当裁判所も、本件映画が公表された年は昭和28年であると認定する。その理由は、原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1(1)の「本件映画が公表された年について」(19頁20行目ないし21頁24行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) 本件映画の著作権の存続期間
 本件映画は、上記(1)のとおり、昭和28年に公表されたものであるから、その著作権は、公表の翌年である昭和29年から起算して50年後の末日である平成15年12月31日が終了するまでの間存続する、すなわち、本件映画の著作権は、同日の終了をもって、存続期間の満了により消滅するものであり、このことは、原判決(20頁23行目ないし21頁24行目)に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、このことは控訴人らも争わない。)。
(3) 改正著作権法54条1項の適用の有無
 本件改正法は、平成16年1月1日から施行されたが(本件改正法附則1条)、改正著作権法54条1項は、「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年(・・・)を経過するまでの間、存続する。」と規定して、映画の著作物の著作権の保護期間を50年から70年に延長した。そして、本件改正法附則2条は、「改正後の著作権法・・・第五十四条第一項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。」と規定して、その施行日である平成16年1月1日において、改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について改正著作権法54条1項の規定を適用し、改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、従前の例による、すなわち、改正著作権法54条1項の規定を適用しないものとした。
 本件映画の著作権は、上記(2)のとおり、平成15年12月31日の終了をもって、存続期間の満了により消滅する。そうすると、本件改正法が施行された平成16年1月1日においては、改正前の著作権法による本件映画の著作権は既に消滅しているから、本件改正法附則2条の規定により、改正著作権法54条1項の規定は適用されない。
(4) 控訴人らの主張について
ア 控訴人らは、改正前の著作権法による本件映画の著作権の存続期間の満了点である平成15年12月31日午後12時は、本件改正法が施行された平成16年1月1日午前零時と同時刻であるから、本件映画の著作権は本件改正法が施行された際現に存続していたのであり、改正著作権法54条1項が適用されて、本件映画の著作権は、公表後70年を経過するまでの間、すなわち、公表の翌年である昭和29年から起算して70年後の末日である平成35年12月31日が終了するまでの間存続すると主張する。
 しかしながら、改正前の著作権法54条1項及び57条は、映画の著作物の著作権の存続期間を年によって定めたものであって(民法140条)、この場合には、期間は、その末日の終了をもって満了するから(民法141条)、日を単位としているものである。そして、本件改正法附則1条は、本件改正法の施行の時点を日を単位として定めたものである。そうすると、両者はいずれも日を単位とするものであるから、本件改正法が平成16年1月1日から施行され、この日が午前零時から始まるものであるとしても、平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了する本件映画の著作権がその翌日である平成16年1月1日に存続していたということはできない。
 控訴人らの上記主張は、独自の見解に立つものであるといわざるを得ないから、採用することができない。
イ 控訴人らは、本件映画の著作権が平成15年12月31日の終了をもって消滅したものであるとしても、立法者意思、本件改正法附則2条の趣旨及び映画ビジネスに対する影響等にかんがみると、本件改正法附則2条1項の「施行の際現に」という文言は「平成16年1月1日午前零時の直前まで」という意味であり、本件映画は平成16年1月1日午前零時の直前まで保護期間が継続していたから、平成16年1月1日午前零時以降、本件改正法附則2条1項により改正著作権法54条1項の適用を受けると主張するが、以下のとおり、理由がない。
(ア) 立法者意思について
 控訴人らは、本件改正法は、平成15年12月31日の終了をもって保護期間が満了する映画の著作物(昭和28年に公表されたもの)についても当然に適用されるとの前提で立法化が進み、そのまま成立したものであって、昭和28年に公表された映画の著作物の保護期間を70年に延長するという意図が明確に含まれていたから、昭和28年に公表された映画が改正著作権法の適用範囲に含まれると主張する。
a しかしながら、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が満了するのを防ぐことが本件改正法の制定時の立法者意思であるという控訴人らの主張に理由がないことは、原判決(25頁8行目ないし35頁18行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
b そして、引用した原判決が判示するように、本件改正法の法律案が国会に提出された際に示された提案理由のうち、映画の著作物の著作権の保護期間を延長することについての説明は、映画の著作物の著作権の保護期間が他の著作物の著作権の保護期間より短く、また、他の先進諸国における映画の著作物の著作権の保護期間は一般に日本よりも長いという状況を踏まえて、映画の著作物の著作権の保護期間を延長して映画の著作物の保護を強化するというものであって、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の消滅を防ぐことについては何ら具体的に明示されていない。また、当審において控訴人らが提出した甲69(第156回国会参議院文教科学委員会会議録第14号)及び甲70(第156回国会衆議院文部科学委員会議録第18号)によれば、上記改正案は、参議院文教科学委員会及び衆議院文部科学委員会に付託されて審議されたことが認められるが、その審議において、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の消滅を防ぐことについて特段の質疑、討論等が行われた形跡はない。
 本件改正法において、映画の著作物の著作権の保護期間を公表後50年から70年に延長するに当たり、その施行前に公表された映画の著作物の著作権の保護期間をも公表後70年に延長するか否かは立法政策の問題である。本件改正法は、経過規定においてその定めをしたのであるが、その根拠となる本件改正法附則2条の規定は、上記(3)のとおり、本件改正法の施行日である平成16年1月1日において、改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について改正著作権法54条1項の規定を適用し、改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規定を適用しないものとした。そして、本件映画のような昭和28年に公表された映画の著作物の著作権は、本件改正法の施行日の前日である平成15年12月31日の終了をもって、存続期間の満了により消滅するものであるところ、本件改正法の経過規定は、あえて、施行期日を平成16年1月1日とし(附則1条)、同日において、改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規定を適用しないものとした(附則2条)のであるから、個々の国会議員の認識や内心の意思はともかく、上記経過規定自体から推知される立法者意思としては、昭和28年に公表された映画の著作物については、その著作権の保護期間を延長しないというものであったというほかない。
 なお、甲68(A作成の「鑑定書」と題する書面)には、改正著作権法54条1項の立法過程から、昭和28年に公表された映画の著作物についても、同項を適用すべきであるとする立法趣旨が強く推認されると記載されているが、立法過程からそのような立法趣旨が推認されるとしても、上記のとおり、本件改正法の経過規定自体からはそのような立法趣旨を推知することができないのであるから、本件改正法の経過規定を定めるに際して、昭和28年に公表された映画の著作物についても改正著作権法54条1項の規定を適用するものとして、本件改正法附則1条及び2条のような規定をしたとは考え難いところである。
 したがって、立法者意思を検討しても、改正著作権法が、昭和28年に公表された映画にも適用される意図の下で成立したもの、少なくとも昭和28年に公表された映画にも適用されるとの前提で成立したものであって、そのような意図ないし前提で本件改正法附則2条が規定されたということはできない。
(イ) 本件改正法附則2条の趣旨について
a 控訴人らは、本件改正法附則2条が「施行の際」という文言をあえて使用したのは、本件改正法が施行される平成16年1月1日午前零時の直前であって同時刻と隣り合っている「平成16年1月1日午前零時の直前」において現に保護期間中であった映画の著作物についても改正著作権法54条1項の適用範囲に含めようとしたからにほかならないから、「施行の際現に」とは、平成16年1月1日午前零時の直前までを意味するものと捉えるのが正しい解釈であると主張する。
 しかしながら、本件改正法附則1条は、本件改正法の施行の時点を日を単位として定めたものであるから、本件改正法附則2条の「施行の際」という文言を、平成16年1月1日午前零時の直前、すなわち、平成15年12月31日午後12時の直前をも含むものとして理解することの合理性は、見いだし難いところであり、同様に、「施行の際現に」という文言を、平成16年1月1日午前零時の直前、すなわち、平成15年12月31日午後12時の直前までを意味するものとして理解することの合理性も、見いだし難いところである。ちなみに、甲4によれば、文化庁長官官房著作権課長は、平成17年10月5日付で、弁護士法23条の2の規定に基づく照会に対し、「平成15年著作権法改正(2004年1月1日施行)によって、映画の著作物の保護期間が20年延長されたが、改正前に2003年12月31日まで著作権が存続するとされていた著作物については、2003年12月31日の24時と2004年1月1日の0時は同時と考えられるから、「施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存するもの」(著作権法の一部を改正する法律(平成15年法律第85号)附則第2条)として、2023年12月31日24時まで保護期間が延長されると考える。」と回答していることが認められ、この事実によれば、所管官庁である文化庁は、「施行の際現に」との文言を平成16年1月1日午前零時と捉えているのであって、平成16年1月1日午前零時の直前までを意味するものとは捉えていない。
 そして、本件改正法は平成16年1月1日に施行されたものであり、これをもって、平成16年1月1日午前零時の瞬間から施行されたということができるとしても、昭和29年以後に公表された映画はともかく、少なくとも昭和28年に公表された映画の著作物の著作権は、本件改正法の施行日の前日である平成15年12月31日の終了をもって、存続期間の満了により消滅するものであるから、これについても改正著作権法54条1項の適用範囲に含めようとするのであれば、端的に、その著作権が消滅する平成15年12月31日以前の日を本件改正法の施行期日にするなど、その趣旨が明確になるように経過規定を定めればよいだけのことである。しかるところ、本件改正法の経過規定は、本件改正法の施行期日を、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が満了する平成15年12月31日の翌日である平成16年1月1日とし(附則1条)、同日において、改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規定を適用しないものとした(附則2条)のであるから、本件改正法附則2条が「施行の際」という文言を使用したことをもって、昭和28年に公表された映画の著作物についても改正著作権法54条1項の適用範囲に含めようとしたということはできない。
b 控訴人らは、例えば、独立行政法人日本原子力研究開発機構法(平成16年法律第155号)において、附則2条及び3条の各2項にいう「機構の成立の際」という文言を、「機構の成立時」又は「機構の成立日」と読み替えると、「機構の成立の際」とは平成17年10月1日午前零時を意味することになるが、平成17年10月1日午前零時には既に旧研究所や旧機構は存在しないので、「平成17年10月1日に旧研究所(又は旧機構)が有する権利」というものは観念し得ないから、「・・の際現に」とは、「・・の直前まで」と読み替えるほかないところ、この理は、本件改正法附則2条にも当てはまるのであって、「この法律の施行の際」を平成16年1月1日午前零時と置き換えても、「改正前の著作権法による著作権」は平成16年1月1日午前零時には存在しないので、「平成16年1月1日午前零時に存する改正前の著作権法による著作権」というものは観念し得ないから、本件改正法附則2条にいう「施行の際現に」とは、平成16年1月1日午前零時の直前までと読むのが正しいと主張する。
 しかしながら、控訴人らが援用する独立行政法人日本原子力研究開発機構法(平成16年法律第155号)は、附則2条において、1項が「日本原子力研究所(以下「旧研究所」という。)は、機構の成立の時において解散するものとし、その一切の権利及び義務は、次項の規定により国が承継する資産を除き、権利及び義務の承継に関し必要な事項を定めた承継計画書において定めるところに従い、その時において機構及び独立行政法人理化学研究所(以下「理化学研究所」という。)が承継する。」と規定し、これを受けて、2項が「機構の成立の際現に旧研究所が有する権利のうち、機構及び理化学研究所がその業務を確実に実施するために必要な資産以外の資産は、機構の成立の時において国が承継する。」と規定しており、同様に、附則3条において、1項が「核燃料サイクル開発機構(以下「旧機構」という。)は、機構の成立の時において解散するものとし、その一切の権利及び義務は、次項の規定により国が承継する資産を除き、その時において機構が承継する。」と規定し、これを受けて、2項が「機構の成立の際現に旧機構が有する権利のうち、機構がその業務を確実に実施するために必要な資産以外の資産は、機構の成立の時において国が承継する。」と規定している。上記規定によれば、旧研究所及び旧機構は、機構の成立の時において解散するというものであるところ、通常、法人は、解散によって当然に法人格が消滅するわけではなく、解散後も清算の目的の範囲内においてなお存続するものであるから、上記附則2条及び3条は、機構の成立の際、すなわち、旧研究所及び旧機構が解散の際現に旧研究所及び旧機構が有する権利及び義務の承継を定めた規定であるということができる。
 控訴人らは、「機構の成立の際」とは平成17年10月1日午前零時を意味することになるが、平成17年10月1日午前零時には既に旧研究所や旧機構は存在しないので、「平成17年10月1日に旧研究所(又は旧機構)が有する権利」というものは観念し得ないというのであるが、上記のとおり、旧研究所及び旧機構は、解散後も清算の目的の範囲内においてなお存続するのであるから、「平成17年10月1日に旧研究所(又は旧機構)が有する権利」というものを観念することができるのであり、そうであれば、「・・の際現に」の文言を、あえて「・・の直前まで」と読み替える必要はない。
 また、確かに、改正前の著作権法は本件改正法が施行された平成16年1月1日午前零時には存在しないものであるが、改正前の著作権法による著作権が、本件改正法の施行により当然に消滅するというわけではないから、「平成16年1月1日午前零時に存する改正前の著作権法による著作権」というものを観念することはできるのであって、本件改正法附則2条においても、「施行の際現に」の文言を平成16年1月1日午前零時の直前までと読み替える必要はないのである。
c 控訴人らは、本件改正法附則2条は、「公有著作物の保護復活の禁止」を定める規定であると解されるところ、昭和28年に公表された映画について改正著作権法54条1項の規定を適用して保護期間を延長することは、著作権取引の安全を害し、社会や人々に不測の損害を与えることがないから、何ら「公有著作物の保護復活の禁止」に抵触しないのであって、本件改正法の施行までの間にパブリックドメインとなった期間が存在しない昭和28年に公表された映画については、その適用範囲外と解することも十分に可能であり、むしろ、本件改正法附則2条が「施行の際現に」という文言を使用したのも、上記映画の著作物の著作権については、改正著作権法への「乗り移り」(更新)を認めても差し支えないとの考えによるものであると解釈することが理にかなっていると主張する。
 しかしながら、本件改正法附則2条が「公有著作物の保護復活の禁止」を定める規定であると解することができるとしても、同条は、本件改正法の施行日である平成16年1月1日において、改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規定を適用しないものとしたのであるから、このような文理の本件改正法附則2条の下において、本件映画のように、平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了する昭和28年に公表された映画について改正著作権法54条1項の規定を適用して保護期間を延長することが、著作権取引の安全を害し、社会や人々に不測の損害を与えることがないとまではいうことができない。そして、本件改正法附則1条は、本件改正法の施行期日を、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が満了する平成15年12月31日の翌日である平成16年1月1日としたのであるから、本件改正法附則2条が「施行の際現に」という文言を使用したことをもって、昭和28年に公表された映画の著作物について、改正著作権法への「乗り移り」(更新)を認めても差し支えないとの考えによるものであるということもできない。
 なお、甲68(A作成の「鑑定書」と題する書面)には、昭和28年に公表された映画は、日単位でみた場合、平成15年12月31日に保護が存続していた著作物について、翌日の平成16年1月1日にも保護が継続する、というだけであり、法の根拠をもって「乗り移り」が行われる限り、著作権取引に特段の不都合が生ずるわけではないとして、昭和28年に公表された映画の著作物についても、本件改正法附則2条により保護期間が延長されると記載されている。しかし、上記(3)のとおり、その根拠となる本件改正法附則2条は、その施行日である平成16年1月1日において、改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について改正著作権法54条1項の規定を適用し、改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規定を適用しないものとしたのであるところ、本件改正法が施行された平成16年1月1日には、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権は既に消滅していて、改正著作権法54条1項の規定が適用される余地はないから、本件改正法附則2条の規定は、昭和28年に公表された映画の著作物の改正著作権法への「乗り移り」の根拠とはならない。そして、平成15年12月31日に保護が存続していた著作物について、翌日の平成16年1月1日にも保護が継続することの根拠となるべき規定は他に見当たらない。
 そうであるから、上記見解を採用することはできない。
d 控訴人らは、45年改正法附則2条1項により、昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権は、その保護期間が満了するはずであった昭和45年12月31日午後12時と45年改正法の施行時である昭和46年1月1日午前零時が同時刻であるから、45年改正法の適用を受けるとして、昭和57年まで保護されることになったものであるところ、「施行の際現に」という文言を用いた経過規定によって、当然に施行の直前まで保護期間が存続していた著作物についても引き続き改正法が適用できるという立法実務が存在していたからにほかならないから、45年改正法附則2条と全く同じような状況の下で、「施行の際現に」という文言を使用した本件改正法附則2条の経過規定を解釈するに当たっては、当然に、45年改正法附則2条1項と平行してその趣旨を捉えなければならないと主張する。
 45年改正法は、昭和46年1月1日から施行されたが(45年改正法附則1条)、45年改正法附則2条は、「改正後の著作権法・・・中著作権に関する規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法・・・による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない。」と規定して、その施行日である昭和46年1月1日において、改正前の著作権法による著作権が消滅している著作物については改正前の著作権法の規定を適用しないものとした。昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権は、公表の翌年である昭和8年から起算して38年後の末日である昭和45年12月31日が終了するまでの間存続する、すなわち、昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権は、同日の終了をもって、存続期間の満了により消滅するのであって、現行の著作権法が施行された昭和46年1月1日においては、45年改正前の著作権法による昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権は既に消滅しているから、附則2条の規定により、改正前の著作権法の規定は適用されないものである。
 なお、甲19、21ないし26、31によれば、文化庁「改訂版著作権法ハンドブック」(甲19)、B(元文化庁著作権課長)・C「改訂・新著作権法問答」(甲21)、D(国立国会図書館調査立法考査局法務調査室主幹)「問答式入門著作権法」(甲22)、E(元文化庁次長)「著作権法逐条講義五訂新版」(甲23)、F(元文化庁著作権課課長補佐)「詳解著作権法(第3版)」(甲24)、G(元文化庁著作権課長)「明解になる著作権201答」(甲25)には、昭和7年以降に死亡した著作者の著作物については、改正前の著作権法が適用されて、その保護期間が死後50年に延長されたとの記載がされていること、J「著作権法概説第2版」(甲26)には、E「著作権法逐条講義」の引用として、同旨の記載がされていることが認められるが、これらは、いずれも文化庁又はその関係者の見解を示したものであるというにとどまり、これをもって、「施行の際現に」という文言を用いた経過規定によって、施行日の前日の終了をもって著作権の保護期間が満了した著作物についても改正前の著作権法が適用されるという立法実務が存在していたということはできない。
 そうであるから、45年改正法附則2条1項の規定があることをもって、本件改正法附則2条の規定において、「施行の際現に」という文言を施行の直前まで保護期間が存続していた著作物についても引き続き改正法が適用できるという趣旨に解釈しなければならないということはできない。
(ウ) 映画ビジネスに対する影響について
 控訴人らは、法の専門的知識を有しない多くの映画ビジネスに従事する者からすれば、条文についてのコメントや解説が所管官庁である文化庁から明示的に示されている場合には、かかるコメントや解説に信頼を寄せてビジネスを行うことは当然のことであるところ、文化庁は、本件改正法成立直後から、各種の文献や雑誌等で、本件改正法附則2条により、昭和28年に公表された映画は改正著作権法54条1項の規定の適用を受け、保護期間が20年延長されたものである旨の説明を行っていたから、映画ビジネスに従事する者にとって、実質的な立法者である文化庁の上記説明は、今後の企業の経営方針を決めるに当たってのいわば唯一の指標となるともいい得るのであって、控訴人らのみならず、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権者、独占的ライセンシー等、多数の映画ビジネスに従事する者が改正著作権法54条1項の規定の適用対象となる旨の文化庁の見解を信頼してビジネス展開していたのであり、映画ビジネスの円滑な遂行や取引安全という見地から、こうした関係者の信頼は法的に保護されなければならないと主張する。
 確かに、文化庁長官官房著作権課「解説著作権法の一部を改正する法律について」(コピライト2003.8、甲7)、E(元文化庁次長)「著作権法逐条講義五訂新版」(甲27)、文化庁長官官房著作権課「著作権テキスト〜初めて学ぶ人のために〜平成17年度」(甲28)、H(文化庁著作権課著作権調査官)「解説著作権法の一部改正について」(視聴覚教育2003.9、甲63)、文化庁著作権課「著作権法の一部を改正する法律の概要」(NBLNo.765(2003.7.15)、甲66の2)、H(文化庁著作権課著作権調査官)「著作権法の一部を改正する法律」(法令解説資料総覧263号、甲66の3)、同「政府の「知的財産戦略」推進のための著作権法改正」(時の法令1712号、甲66の5)、文化庁「著作権法入門(平成16年版)」(甲66の6)、I(弁護士)「著作権法(第2版)」(甲66の7)には、昭和28年に公表された映画が改正著作権法54条1項の規定の適用を受け、保護期間が20年延長されたとの記載がされていることが認められる。しかしながら、これらの大半は、所管官庁である文化庁又はその関係者の見解を示したものであるというにとどまるのであって、このことをもって、本件改正法が施行された平成16年1月1日において、既に消滅している昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が20年延長されると解する根拠ということはできない。なお、同様に、甲54ないし58、62、65の1ないし26によれば、平成15年6月13日付(一部は同月16日付)の地方新聞や業界新聞等に、映画の著作物の著作権保護期間が延長される契機となったのは「東京物語」であること、同月12日に成立した本件改正法により、「東京物語」等の昭和28年に公表された映画の著作物の著作権保護期間が20年間延長されることなどが記載されていることが認められるが、このことをもって、本件改正法が施行された平成16年1月1日において、既に消滅している昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が20年延長されると解する根拠ということもできない。
 そして、改正著作権法54条1項の規定は、映画の著作物の保護期間を公表後50年から70年に延長するものであって、その適用があるか否かにより、著作物を自由に利用できる期間が大きく相違する上、著作権の侵害行為に対しては、民事上の差止めや損害賠償の対象となるほか、刑事罰の対象ともなるのであるから、改正著作権法54条1項の規定の適用の有無は文理上明確でなければならないというべきである。上記(3)のとおり、本件改正法附則2条は、その施行日である平成16年1月1日において、改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について改正著作権法54条1項の規定を適用し、改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規定を適用しないものとしたものであって、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権は本件改正法が施行された平成16年1月1日において既に消滅しているから、昭和28年に公表された映画の著作物について、改正著作権法54条1項の規定が適用されないことは文理上明らかである。そうであれば、文理に反した文化庁の見解を信じた関係者があるとしても、そのために将来にわたり文化庁の見解に沿った運用をすることは、かえって、法律に対する信頼を損なうこととなってしまって、妥当でない。
(エ) したがって、本件映画は、平成16年1月1日午前零時の直前まで保護期間が継続し、平成16年1月1日午前零時以降、本件改正法附則2条により新たに改正著作権法54条1項の適用を受けるとする控訴人らの主張は、採用することができない。
2 以上のとおりであって、本件映画の著作権は、平成15年12月31日の終了をもって、存続期間の満了により消滅したから、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人らの請求は理由がない。
第4 結論
 よって、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないから、棄却されるべきである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 塚原朋一
 裁判官 石原直樹
 裁判官 高野輝久
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