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【事件名】バス路線計画書の著作物性事件(2)
【年月日】平成19年3月27日
 知財高裁 平成18年(ネ)第10058号 著作権料金請求控訴事件(A事件)
 (原審・静岡地裁浜松支部平成17年(ワ)第376号)、
 平成18年(ネ)第10083号 著作権料金請求控訴事件(B事件)
 (原審・静岡地裁浜松支部平成18年(ワ)第101号)
 (口頭弁論終結日 平成19年2月20日)

判決
A B 事件控訴人 X
A事件被控訴人 浜松市
訴訟代理人弁護士 佐々木成明
訴訟復代理人弁護士 佐々木右子
同 高貝亮
同 伊藤祐尚
B事件被控訴人 遠州鉄道株式会社
訴訟代理人弁護士 村松良
同 村松奈緒美


主文
1 A事件についての本件控訴を棄却する。
2 B事件についての本件控訴を棄却する。
3 控訴費用は、A事件B事件とも、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 A事件
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人浜松市は控訴人に対し、3800万円及びこれに対する平成14年6月1日から平成17年7月31日まで年6分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は、第1、2審を通じて、被控訴人浜松市の負担とする。
2 B事件
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人遠州鉄道株式会社は控訴人に対し、3800万円及びこれに対する平成14年6月1日から平成17年7月31日まで年6分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は、第1、2審を通じて、被控訴人遠州鉄道株式会社の負担とする。
第2 事案の概要
1 A事件に係る訴訟は、A事件被控訴人(一審被告)浜松市が、B事件被控訴人(一審被告)遠州鉄道株式会社(以下「遠鉄」ということがある。)に業務委託して平成14年5月に運行を開始した浜松市循環まちバス路線「くるる」について、A事件控訴人(一審原告)が、「くるる」は、控訴人が発案した、新たなバス路線の設計方法を表現した設計図で新事業の計画書である「ポニー交通システム」に関する著作権を侵害するものであるとして、被控訴人浜松市に対し、損害賠償として、平成14年6月から平成17年7月まで月額100万円の割合による著作権利用料金相当額合計3800万円とこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。
 この訴訟は、原審において平成17年(ワ)第376号事件として審理され、平成18年5月29日に請求棄却の判決がなされたので、これに不服の控訴人が控訴を提起したものである(A事件)。
2 これに対し、B事件に係る訴訟は、B事件被控訴人遠鉄が浜松市から業務委託を受けて前記「くるる」を運行しているとして、B事件控訴人(一審原告)がB事件被控訴人(一審被告)遠鉄に対し、前記「ポニー交通システム」に関する著作権を侵害するとして、損害賠償として、前記1と同様の著作権利用料金と遅延損害金の支払を求めた事案である。
 この訴訟は、原審において平成18年(ワ)第101号事件として、A事件に係る訴訟と別々に審理され、平成18年10月20日に請求棄却の判決がなされたので、これに不服の控訴人が控訴を提起したものである(B事件)。
3 そして、当審の第1回口頭弁論期日である平成19年2月20日に、A・B事件が併合された。
第3 当事者の主張
 当事者双方の主張は、当審における主張として次のとおり付加するほか、A事件については原判決の第2(事案の概要)及び第3(争点に対する当事者の主張)、B事件については第2(事案の概要)記載のとおりであるから、これを引用する。
1 A事件について
(1)控訴人の主張
ア 原判決のいう争点(1)(控訴人主張の交通システムに著作物性(創作性)が認められるか否か)につき
(ア)ポニー交通システムは、市街地循環復路線群(A)、放射状循環復路線群(B)及び環状型復路線群(C)で構成された新たなバス路線の設計方法を表現した設計図であり、控訴人が製作した新事業の計画書である。
 したがって、原判決がいうような単なるアイデアではなく、著作権法の保護を受け得る著作物であり、控訴人は著作権を有するものである。
(イ)ポニー交通システムは、バスの運行ルートの開発における循環バス路線の設定方式と設計図であり、経由地を指定した運行ルートを定めたものではない。原判決は、「………運行ルートを著作物であると主張しているものと解することができる」(8頁下5〜4行)としているが、事実誤認である。
(ウ)控訴人は、「くるる」がポニー交通システムの市街地循環復路線(A)に相当することを理由に著作権の侵害を主張しているのである。被控訴人浜松市が過去において運行していたと主張する「西廻線」「西じゅんかん」は、放射状循環復路線群(B)に相当するものであるから、訴外要因である。
 したがって、原判決が「(控訴人の)主張する『運行ルート』自体が昭和11年から存在した循環型復路線である西廻線と類似したものであり、この点について創作性を認めることはできない」(9頁9〜11行)と判断したことは、誤りである。
イ 原判決のいう争点(2)(著作物性が認められるとして、「くるる」が控訴人のポニー交通システムに依拠しているか否か)につき
(ア)「くるる」は、時計回り・反時計回りで構成され、これらはすべて同一名称(くるる)であり、同一車種・同一車体色(赤色)・同一時間帯(時刻表)にて運行し、双方全体の80%が同一経由地であり、これにそれぞれ東ループ・西ループと表示を付けて運行する、左右一対で双方向に走行する市街地循環復路線である。
 したがって、「くるる」がポニー交通システムの市街地循環復路線(A)であり、控訴人の著作物に強く依拠した新たな市街地循環復路線であることは明らかである。
(イ)被控訴人浜松市が運行する「くるる」は、在来線とは明らかに区別した車輌及び新規の運行方法を採用しており、これが、控訴人の創作にかかるポニー交通システムの市街地循環復路線(A)であることは、明らかである。
 また、被控訴人浜松市は、「くるる」には時計回りと反時計回りの二つのルートがあって、それぞれ一方方向にのみ走行するものであると主張するが、事実に反する。「くるる」のパンフレット・時刻表及び走行中の写真によれば、同一路線を双方向で運行する市街地循環復路線であることが明らかである。
(ウ)被控訴人浜松市が平成13年3月に作成した「都心快適モビリティ実現化調査報告書」中の「実験のルート設定案」(40、41頁)には、時計回りと反時計回りの双方向に同一路線上を走行する運行図が示されている。
 このように、「くるる」の運行方法は、ポニー交通システムの市街地循環復路線に相当することは明らかである。
(エ)被控訴人浜松市は、武蔵野市のムーバスについて主張するが、ムーバスの境南東西循環線(3号線)は、東循環線と西循環線を一括した呼称にすぎず、別々の路線である。したがって、ムーバスの境南東西循環線(3号線)は同一路線を双方向に運行しない個別の循環路線であり、訴外要因である。一方、「くるる」は、同一路線を双方向に運行する市街地循環復路線であるから、控訴人の著作権に抵触する。
(オ)控訴人はポニー交通事業計画書を平成10年1月7日に被控訴人浜松市に提出しているのであるから、その後に被控訴人浜松市が「くるる」の運行を開始するに当たって、同計画書に記載された「運行ルートの開発」及び「運行路線図」(著作物)を認知していなかったとはいえない。
 また、仮に被控訴人浜松市が同計画書に影響を受けず、またこれに依拠せず運行を開始したとしても、控訴人の著作権から免れるものではない。
(カ)控訴人の著作物として主張するのは、中心市街地における双方向型循環路線そのものである。したがって、主経由地(ルート)の差異があっても、また、被控訴人浜松市が控訴人の著作物に意識的に依拠したものでなくても、結局は著作権の侵害に当たるものである。
ウ 原判決のいう争点(3)(法定の利用行為が行われたか否か)について
 控訴人は、原審の第3回口頭弁論で陳述した平成18年3月14日付け準備書面において、被控訴人浜松市の著作権侵害を明記し、法定の利用行為が行われた旨を主張したにもかかわらず、原判決が「当裁判所の求釈明にもかかわらず、………著作権法に規定されたどの法定の利用行為をして控訴人のどの著作権を侵害したのかを明らかにせず、主張自体失当である」(10頁12〜14行)と判断したのは不当である。
(2)被控訴人浜松市の認否と反論
ア 控訴人の主張アに対し
 争う。原判決に事実誤認はなく、該著作物に創作性がないとの原判決の判示は、市街地を循環する路線について、都市構造や交通状況を考慮して路線の設定をする場合における創作性の有無を論じたものであり、論理の飛躍はなく不当ではない。
イ 控訴人の主張イに対し
 「くるる」が双方向に走行するとの点は否認し、その余は争う。
ウ 控訴人の主張ウに対し
 いずれも争う。
2 B事件について
(1)控訴人の主張
ア 原判決のいう争点(1)(著作物性の有無)につき
 ポニー交通システムは、市街地循環復路線群(A)、放射状循環復路線群(B)及び環状型復路線群(C)で構成された新たなバス路線の設計方法を表現した設計図であり、控訴人が製作した新事業の計画書である。したがって、原判決のいうような「ありふれたもの」ではなく、著作権法の保護する著作物であり、控訴人はその著作権を有する。原判決は、前例となる既存事例を何ら認定しておらず、被控訴人遠鉄も既存事例等を主張していないから、ポニー交通システムが、控訴人が発明した唯一の著作物であることは明らかである。
イ 原判決のいう争点(2)(著作権侵害の有無及び損害額)につき
(ア)被控訴人遠鉄が運行する「くるる」は、在来線とは明らかに区別した車輌及び新規の運行方法を採用しており、これが、控訴人の創作にかかるポニー交通システムの市街地循環復路線(A)であることは、明らかである。
 また、「くるる」のパンフレット、時刻表及び走行中の写真によれば、同一路線を双方向で運行する市街地循環復路線であることが明らかである。
(イ)被控訴人遠鉄が運行する「くるる」の運行系統図は、控訴人が提出した運行路線地図を複製、模倣したものである。
(ウ)控訴人が被控訴人浜松市の都市計画化にポニー交通事業計画書を提出したのは平成10年1月7日であり、その後被控訴人浜松市が被控訴人遠鉄に依頼して平成13年10月からこれに類似する事業「くるる」の試験運行を開始したため、控訴人は再度被控訴人浜松市の商工部を訪れ、資料とともに月額100万円の計算基準を記載した交通権利用料金表を手渡しているのであるから、同計算基準による請求は正当である。
ウ 控訴人は、B事件原審裁判所に、B事件原審(平成18年(ワ)第101号事件)をA事件原審(平成17年(ワ)第376号事件)に併合するよう上申したのに、別件として審理判断したのは、一審原告(控訴人)に理解及び承諾できない事象である。したがって、原判決は要件を満たしていないので破棄されるべきである。
(2)被控訴人遠鉄の認否と反論
ア 控訴人の主張アに対し
 争う。
イ 控訴人の主張イに対し
 控訴人が被控訴人浜松市の都市計画課に事業計画書を提出したことは知らない。被控訴人遠鉄が被控訴人浜松市から「くるる」の運行の委託を受け、その運行を開始したことは認める。その余は争う。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の本訴請求は、A事件及びB事件とも、いずれも理由がないと判断する。その理由は、当審における控訴人の各主張に対する判断として次に付加するほか、各原判決記載のとおりであるから、これを引用する。
1 A事件について
(1)争点(1)(控訴人主張の交通システムに著作物性(創作性)が認められるか否か)につき
 控訴人は、ポニー交通システムは、市街地循環復路線群(A)、放射状循環復路線群(B)及び環状型復路線群(C)で構成された新たなバス路線の設計方法を表現した設計図であり、控訴人が製作した新事業の計画書であって、著作権法の保護を受け得る著作物である、と主張する。
 著作権法にいう「著作物」とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの(同法2条1項1号)をいう。したがって、同法が保護の対象とするのは、「創作的」な「表現」であって、その基礎にある思想、感情又はアイデアではない。
 控訴人は、ポニー交通システムのうち、市街中心部を双方向(時計回り及び反時計回り)に循環する市街地循環復路線(A)は、過去に類例がなく、控訴人が新たに考案したものである旨主張する。しかし、そのような路線の設定方法自体は、思想ないしアイデアであって、著作権法が保護の対象とする著作物ではない。よって、市街中心部を双方向(時計回り及び反時計回り)に循環するという路線設定の方法自体は、それが創作的なものであるか否かを問わず、そもそも著作物に当たらないといわざるを得ない。
 よって、控訴人の主張は採用することができない。
(2)争点(2)(著作物性が認められるとして、「くるる」が控訴人のポニー交通システムに依拠しているか否か)につき
 控訴人は、「くるる」は、ポニー交通システムの市街地循環復路線に相当するものであるから、控訴人の著作物に依拠したものであると主張する。
 しかし、上記(1)のとおり、ポニー交通システムの市街地循環線の路線設定の方法はアイデアにすぎず著作物ではないから、控訴人主張の共通性の有無にかかわらず、控訴人の主張は、その前提において失当であり、採用することができない。
なお、ポニー交通システムにおける運行ルート(A事件原判決別紙図面の緑色線)と「くるる」の運行ルート(同赤色線及び青色線)が一致している部分はそれほど多くはないことに照らすと、控訴人が被控訴人浜松市にポニー交通システムの事業計画書を事前に渡していたとしても、控訴人の主張する著作物に依拠して被控訴人浜松市が浜松市循環まちバスの運行ルートを設定したと認めることはできない。
(3)争点(3)(法定の利用行為が行われたか否か)について
 上記(1)のとおり、ポニー路線システムの市街地循環復路線の路線設定の方法自体は著作権法にいう著作物ではない。これに対し、「くるる」の運行開始前に控訴人が作成した書面(一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請書〔甲1〕添付の「路線概要書」及び「運行路線図」、研究開発等事業計画に係る認定申請書〔甲2〕の「2)運行ルートの開発」に係る部分)等に仮に創作性が認められれば、これらの書面が著作物に該当すると解する余地があるかもしれない。
 しかし、被控訴人浜松市が「くるる」を被控訴人遠鉄に業務委託して運行する行為自体は、著作権法における「複製」ほか、同法が「著作権に含まれる権利」(同法21条〜28条)として掲げるいずれの権利が内容とする行為にも該当しないから、上記の各書面の著作権を侵害する行為に当たる余地はない。
 したがって、この点からしても、被控訴人浜松市に控訴人の著作権を侵害する行為があったということはできない。
2 B事件について
(1)B事件の争点(1)はA事件の争点(1)と、B事件の争点(2)はA事件の争点
 (2)(3)とそれぞれ同一であるから、これらに対する当裁判所の判断も、A事件と同一である。
 なお、控訴人は、被控訴人遠鉄の「くるる」の運行系統図は、控訴人が提出した一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請書〔甲1〕添付の「運行路線図」を複製、模倣したものであると主張する(前記第3の2(1)イ(イ))。しかし、控訴人の「運行路線図」のうち、市街地循環線に相当する路線番号□20を示す部分は、浜松駅を囲むほぼ単純な長方形の図形にすぎないから創作性を認めることはできず、当該部分はそもそも著作権法上の著作物に当たらない。したがって、上記主張にも理由がない。
(2)当審における控訴人の主張ウ(原審においてA事件とB事件を併合しなかったことの不当性)について
 控訴人は、原審においてA事件とB事件を併合しなかったのは不当であると主張するが、口頭弁論の併合をするか否かは裁判所の訴訟指揮権の一つとしてその自由な裁量によってなし得るものであるから、訴訟手続に違法があったということはできない。
3 結語
 以上の次第で、A事件及びB事件に係る控訴人の本訴各請求はいずれも理由がない。よって、これと結論を同じくする各原判決はいずれも正当であって、控訴人の本件各控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 岡本岳
 裁判官 上田卓哉
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